(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5882351
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月9日
(54)【発明の名称】Ni基耐食耐摩耗合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 9/08 20060101AFI20160225BHJP
C22C 19/03 20060101ALI20160225BHJP
B22F 5/00 20060101ALI20160225BHJP
B29C 47/60 20060101ALI20160225BHJP
B29C 47/66 20060101ALI20160225BHJP
B22F 7/00 20060101ALN20160225BHJP
【FI】
B22F9/08 A
C22C19/03 J
B22F5/00 F
B29C47/60
B29C47/66
!B22F7/00 H
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-539592(P2013-539592)
(86)(22)【出願日】2012年9月26日
(86)【国際出願番号】JP2012074749
(87)【国際公開番号】WO2013058074
(87)【国際公開日】20130425
【審査請求日】2014年11月25日
(31)【優先権主張番号】特願2011-229934(P2011-229934)
(32)【優先日】2011年10月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003458
【氏名又は名称】東芝機械株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100107537
【弁理士】
【氏名又は名称】磯貝 克臣
(74)【代理人】
【識別番号】100118843
【弁理士】
【氏名又は名称】赤岡 明
(74)【代理人】
【識別番号】100141830
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 卓久
(74)【代理人】
【識別番号】100106655
【弁理士】
【氏名又は名称】森 秀行
(72)【発明者】
【氏名】深 瀬 泰 志
(72)【発明者】
【氏名】藤 本 亮 輔
(72)【発明者】
【氏名】二階堂 慎 一
【審査官】
蛭田 敦
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−069562(JP,A)
【文献】
特開2004−034071(JP,A)
【文献】
特開2004−176136(JP,A)
【文献】
特開平02−015140(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/00 〜 19/03
B22F 1/00 〜 9/30
C22C 1/04 、 1/05、 33/02
B29C 47/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、B:2.2〜3.0%、Si:3.0〜5.0%、Mo:18〜25%、Cu:1〜15%、C:0.01〜0.50%を含み残部Niおよび不可避的不純物からなり、かつ、B含有量に対するMo含有量の質量比が7〜9である組成の溶湯を調整する工程と、
前記溶湯から溶湯噴霧法により原料粉末を製造する工程と、
前記原料粉末を焼結する工程と、
を備えたNi基耐食耐摩耗合金の製造方法。
【請求項2】
前記焼結する工程において、前記Ni基耐食耐摩耗合金を鉄鋼または鋳鉄からなる基材と一体化することを特徴とする、請求項1記載のNi耐食耐摩耗合金の製造方法。
【請求項3】
少なくとも樹脂と接触する部分が前記Ni耐食耐摩耗合金により形成されている樹脂成形機部品を製造するために用いられることを特徴とする、請求項1または2記載のNi耐食耐摩耗合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni基耐食耐摩耗合金
の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、太陽電池モジュール用保護シート、水処理フィルター等のフッ素系樹脂成形品のニーズが年々増加傾向にある。フッ素系樹脂部品は、押出機、射出成形機等の成形装置を用いて所定の形状に成形される。
【0003】
押出成形機のバレル等の樹脂成形機の溶融樹脂環境に置かれる部品には、高い耐摩耗性が要求される場合があり、このような部品は、例えば本件出願人と同一人に係る日本国特許第4121694号公報(JP4121694B2)(以下、本明細書中において「特許文献1」と称する。)に記載されているような、焼結体Ni基サーメットが用いられている。
【0004】
しかし、フッ素系樹脂の成形時においては、フッ素系樹脂が分解して腐食性のガス(フッ素含有ガス)が生じることがあり、この場合、本来は高い耐食耐摩耗性を有しているNi基サーメットでも早期に損耗してしまう場合がある。
【0005】
腐食損耗を防止ないし抑制するために、高耐食性Ni基合金であるハステロイC(商標)、あるいはクボタ株式会社から提供されるCH−501材を用いることが考えられる。ハステロイCはヘインズ社(米国)により提供されるNi−Mo−Cr系耐食合金であり、耐食性には優れているが、硬さが低く耐摩耗性に劣っている。CH−501はNi基サーメットであり、微細な組織を形成していることが特徴であるが、HIPによる焼結が必要であり高い製造コストが問題となる。すなわち、上記の公知の材料を用いた場合には、腐食に起因する材料損耗を低減することができるが、耐摩耗性が十分でなく低寿命であることや、部品製造コスト(例えばバレルの製造単価)が高くなるという問題がある。
【発明の概要】
【0006】
本発明は、フッ素系ガス等の腐食性ガスが存在する環境下においても、十分な耐食性および耐摩耗性を有するNi基耐食耐摩耗合金を低コストで提供することを目的とする。
【0007】
本発明は、特許文献1(JP4121694B2)の合金を基礎として、主としてCu添加およびMo/B比の最適化を図ることにより、耐摩耗性を犠牲とすることなく耐食性の向上を図っている。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明合金の合金組織を説明するための模式図である。
【
図2】本発明合金の合金組織を示す電子顕微鏡写真(二次電子線像)の写しである。
【
図3】本発明合金を焼結時に基材と一体化する方法を説明する概略図である。
【0009】
本発明合金では、球状または塊状に集合した微細な硬質粒子の集合体を靭性に優れた金属結合相で結合することにより、耐摩耗性を低下させることなく靭性の向上を図るという特許文献1(JP4121694B2)の合金組織を踏襲している。本発明合金では、特許文献1の合金と比べて、金属結合相中のMo固溶量を増すことに加えて添加したCuを金属結合相中に固溶させ、これによって、金属結合相ひいては合金全体の耐食性を増大させている。耐食性の増大は、ハステロイCほどに耐摩耗性を犠牲にすることなく達成される。
【0010】
本発明合金は、具体的には、全体の合金組織が、Ni中にSi,Mo,Cuが固溶した結合相(a)(金属結合
相)と、前記結合相(a)中に分散した球状または塊状の硬質物集合体(b)とを含んでなり、硬質物集合体(b)の金属組織が前記結合相(a)と同様のNi中にSi,Mo,Cuが固溶した結合相(c)と、この結合
相(c)中に分散したMo
2NiB
2およびNi
3B等の硼化物からなる分散
相(d)とを含んでなる(
図1、
図2を参照)。本発明合金においては、基礎となる特許文献1の合金と同様に、硬質物集合体(b)の大きさは、30〜300μm程度とすることが好適である。
【0011】
本発明合金の製造に用いる原料粉末は、例えばNiB,Si,Mo,Ni,Cuを溶解した溶湯を用いてアトマイズ法(溶湯噴霧法)により製造されたものであり、B:2.2〜3.0%、Si:3.0〜5.0%、Mo:18〜25%、Cu:1〜15%を含み残部Niおよび不可避的不純物からなり、B含有量に対するMo含有量の
質量比が7〜9、という組成を有している。好ましくは、アトマイズ粉末のうち所定メッシュの篩いを用いて篩い分けされた粒径30〜300μmのものが原料粉末として用いられる。本発明合金の原料粉末をアトマイズ法により製造することにより、Ni中にSi,Mo,Cuが固溶した結合相中にMo
2NiB
2およびNi
3B等の硼化物からなる硬質粒子が分散した金属組織を有する粉末を得ることができ、この粉末を焼結することによりNi中にSi,Mo,Cuが固溶した結合相(上記の結合相(a)(c))を有する焼結合金が得られ、この焼結合金(本発明合金)は優れた耐食性を示す。これに対して、例えば、粉砕法により原料粉末を作製した場合、NiSiMo化合物が生成され、このNiSiMo化合物が存在すると、焼結合金の耐食性が低下することが確認されている。なお、原料粉末を焼結するにあたっては、真空焼結法および熱間静水加圧法などにより成形を行うことが好適である。
【0012】
本発明合金の組成は、
質量%で、B:2.2〜3.0%、Si:3.0〜5.0%、Mo:18〜25%、Cu:1〜15%を含み残部Niおよび不可避的不純物からなる。また、B含有量に対するMo含有量の
質量比が7〜9である。なお、焼結性向上の観点からは、焼結前の粉末が
質量%でC:0.01〜0.5%を含んでいることが好ましいが、必ずしもC添加は行わなくてもよい。なお、以下、本明細書において、組成ないし含有量を表示するパーセンテージは、特にことわり書きのない限り全て
質量%を意味する。
【0013】
以下に、上記の成分規定を行った理由について個別的に説明する。
【0014】
Moは、結合相(前記の結合相(a)、(c))中に固溶して、合金の耐食性を高める。Mo含有量が18%未満では、結合相中に固溶するMo量が少なくなり、十分な耐食性向上効果を得ることができない。また、Mo含有量が25%を超えると健全な焼結体を得るためには焼結温度を高くしなければならず、製造コストの増大を招く。
【0015】
Bは、NiおよびMoとともに硬質粒子である硼化物(Mo
2NiB
2)を形成し、合金の耐摩耗性を高める。B含有量が2.2%未満では、生成されるMo
2NiB
2量が少なくなり、耐摩耗性が低下する(但し、結合相中に固溶するMoが増すため、耐食性はその分だけわずかに向上する。)。B含有量が3.0%を超えると、Mo
2NiB
2が生じた分だけ、Mo含有量を増さなければ結合相中に固溶するMoが減少し、耐食性が劣化してしまう。しかしながら、前述したように、Mo含有量を増やすと焼結温度を高くしなければならず、製造コスト(焼結コスト)が増大してしまう。このためB含有量は2.2〜3.0%とした。
【0016】
前述したように、本発明合金は、結合相中のMo固溶量を増すことに加えて添加したCuを結合相中に固溶させ、これによって、結合相ひいては合金全体の耐食性を増大させたものである。上記のB含有量の説明からもわかるように、合金に含まれるMoの一部はB含有量に応じてMo
2NiB
2を生成するために消費され、残余のMoが結合相中に固溶して存在する。上記のことを考慮して、耐食性の向上が認められる程度にするには、B含有量に対するMo含有量の
質量比(Mo/B
質量比)は7以上とする必要がある。一方、前述したように、アトマイズ法により作製された原料粉末はNi中にSi,Mo,Cuが固溶した結合相中にMo
2NiB
2およびNi
3B等の硼化物からなる硬質粒子が分散した金属組織を有するが、この粉末の結合相にMoが大量に固溶していると、健全な組織を得るために必要となる焼結温度が高くなるという問題が生じる。このため、Mo/B
質量比は9以下とした。
【0017】
Cuは、Moと同様に、結合相中に固溶することにより合金の耐食性を高める。Cu含有量が2%未満だと結合相中に固溶するCu量が少なく、耐食性向上効果が現れない。一方で、Cu含有量が15%を超えると、Cu系化合物が生成して合金の耐食性を低下させる。さらに、Cu含有量が15%を超えると、靱性が低下し微細な欠けが生じやすくなり、その結果低摩耗性が低下する。このため、Cu含有量は1〜15%とした。なお、耐摩耗性を重視するのであればCu添加量は10%以下が好ましい。
【0018】
Siは、焼結温度を低下させる働きがある。Si含有量が3.0%未満では焼結温度の低下効果が十分に得られない。一方、Si含有量が5.0%を超えると、合金の靱性を低下させるNiSi化合物、および合金の耐食性を低下させるNiSiMo化合物が生成されやすくなるので好ましくない。このため、Si含有量を3.0〜5.0%とした。
【0019】
Cは、粉末表面の酸化膜を還元し、アトマイズ粉末の焼結温度を下げる効果がある。C含有量(添加量)が0.01%以下の場合、粉末表面の酸化膜を還元する効果が小さく、十分な焼結温度低下効果が得られない。C含有量が0.5%以上の場合、炭化物が多く析出し強度、高温耐食性を劣化させてしまう。このため、Cを添加する場合には、添加量は0.01〜0.5%とする。なお、Cは添加した方が好ましいが、アトマイズ粉末の製造条件等によっては粉末表面の酸化程度が小さい場合もあり、この場合には、C添加を極力少なくする。Cの添加方法には2つの方法が考えられ、アトマイズ粉末すなわち噴霧粉の原料の溶解時にCを予め添加してから噴霧する方法と、従来通りのCを含まない原料を溶解してアトマイズ粉末を精製し、それにC(グラファイト)を添加する方法である。どちらの方法においても添加したCによって粉末表面の酸化物は十分に還元されアトマイズ粉末の焼結性を向上させることができる。なお前者のように原料溶解時にCを添加する場合、C単独で添加してもよいし、Mo、Si、Bなどの炭化物を添加することによりCを添加してもよく、いずれの場合も同様の効果が得られる。
【0020】
本発明合金は、プラスチック成形機の溶融プラスチック(特にフッ素を含むプラスチック)に接触する部品、例えばバレル、スクリュ等に好適に使用することができる。なお、本発明合金は比較的高価であるため、一つの部品の全体を本発明合金によって構成するよりむしろ、溶融樹脂に接触する部分のみを基材(通常は鉄鋼材料または鋳鉄からなる)の上にライニングとして設けることが好ましい。
図3を参照して製法について簡単に説明する。
図3において1は筒状体、2は棒状体、3は上下の蓋体、4は筒状体1と棒状体2との間に充填された原料粉末である。この状態で、筒状体1の表面若しくは棒状体2の表面、蓋体3の表面に離型剤を塗布して所定温度で焼結を行うことにより、筒状体1(または棒状体2)と原料粉末4(原料粉末4の焼結体)とが一体化された構造体が得られる。筒状体1は、例えばバレルの基材(鉄鋼材料または鋳鉄からなる)とすることができる。また、棒状体2は、例えばスクリュの基材(鉄鋼材料からなる)とすることができる。なお、基材表面に焼結体(焼結層)を形成するための焼結型ないし焼結治具の形態として、例えば本件出願人による特許出願に係る特許公開公報JP4−202705A(および対応米国特許公報US5,336,527および対応独国公開公報DE4139421A)に開示されたものを利用することができる。US5,336,527は、参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0021】
本発明合金は、特許文献1の合金と比べて、高価なMoの含有量が増している。しかし、Niより安価なCuを添加しているため、Cu添加量に相応する分だけ高価なNiの含有量が減少している。このため、材料コストは特許文献1の合金と概ね同等である。また、本発明合金のアトマイズ処理費用は特許文献1記載の合金と同等である。さらに、本発明合金は、特許文献1の合金と比べて(わずかに高いが)大きく変わらない焼結温度で製造することができ、焼結時の収縮量も特許文献1の合金と変わらないため、同じ生産設備で部材を製造することができる。すなわち本発明合金を用いた場合に、特許文献1の合金と同様の総費用で、部材を製造することができる。
【実施例】
【0022】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。
【0023】
下表1の上段に示すように、試料番号1〜8の8種類の試料を作製した。なお、下表1において、「従来材」とは特許文献1(JP4121694B2)の合金組成を有する合金を意味し、また、「Mo/B」とは
質量比でのMo含有量/B含有量の値を意味する。また、試料番号1〜4、7、8については、いずれもC(炭素)を0.1%添加している。表中の「焼結温度」は、空孔が存在しない健全な焼結組織が得られる最低温度を実験で求めたものである。上記各試料に対して、腐食試験および摩耗試験を行った。腐食試験においては、4×7×25mmの直方体の試験片を、50℃の10%フッ酸に24時間浸漬して、腐食減量を測定した。摩耗試験では、直径8mmのピンからなる試験片に対して高千穂精機製のピンオンディスク摩耗試験機にて、荷重1000N、摩擦速度0.2m/sec、摩擦距離400mの条件での摩耗減量を測定した。その結果を、下表1の下段に示した。
【0024】
【表1】
【0025】
上記の表1の下段よりわかるように、本発明合金(試料番号7、8)は従来合金(試料番号1、3)と比較して大幅に、フッ酸に対する耐食性(フッ素系ガスに対する耐食性の指標となる)が向上しており、従来から腐食損耗が問題となる部位に用いられてきた合金(試料番号5、6)と比較しても同等の耐食性を有している。本発明合金(試料番号7、8)は従来合金(試料番号1、3)と比較して、耐摩耗性がやや低下する傾向にあるが、それでも、従来から腐食損耗が問題となる部位に用いられてきた合金(試料番号5、6)と比較すると耐摩耗性は大幅に向上している。すなわち、本発明合金では、フッ酸に対する耐食性の向上を、耐摩耗性の低下を最小限に抑制しつつ実現できていることがわかる。なお、本発明合金(試料番号7、8)同士を比較すると、Cu量が高い試料番号7の方が、やや耐食性に優れるが、やや耐摩耗性に劣っていた。
【0026】
上記表1の下段の「バレル製造比率」とは、樹脂押出成形機のバレルを製造するための製造コストを、特許文献1の合金(従来材)を用いた場合を基準(=1)として比率で示したものである。本発明合金である試料番号7、8は従来材と同等の製造コストで製造できる。本発明合金と同等組成ではあるが粉末製法が異なる試料番号4の合金は、焼結時の収縮が大きいため、焼結と同時に鉄鋼基材に接合ができないか、非常に困難である(すなわち、工業的生産方法として現実的でない)。本発明合金は、特許文献1の合金(従来材)と同様に溶湯噴霧法により製造された原料粉末(アトマイズ粉末)を用いており、このような原料粉末は焼結時の収縮が少なく、焼結と同時に鉄鋼基材に接合することが容易である。このため、Ni基耐食耐摩耗合金で被覆されたバレルを低コストで製造することができる。また、試料番号5、6の合金は、焼結と同時に鉄鋼基材に接合することが困難であるか、あるいは特別な焼結方法(HIP)が必要となるため、製造コストが高くなっている。