特許第5883027号(P5883027)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5883027神経学的疾患治療法、ならびにそのための組成物および物質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5883027
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月9日
(54)【発明の名称】神経学的疾患治療法、ならびにそのための組成物および物質
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/00 20060101AFI20160225BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20160225BHJP
【FI】
   A61K37/02
   A61P25/00
【請求項の数】22
【全頁数】33
(21)【出願番号】特願2013-546331(P2013-546331)
(86)(22)【出願日】2011年12月20日
(65)【公表番号】特表2014-500327(P2014-500327A)
(43)【公表日】2014年1月9日
(86)【国際出願番号】US2011066199
(87)【国際公開番号】WO2012088133
(87)【国際公開日】20120628
【審査請求日】2014年12月17日
(31)【優先権主張番号】61/424,769
(32)【優先日】2010年12月20日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513154555
【氏名又は名称】サイデック・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー
【氏名又は名称原語表記】SCIDEC LLC
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】デイビス,スティーブン
(72)【発明者】
【氏名】マイナー,ケネス・ハル
【審査官】 加藤 文彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/065917(WO,A1)
【文献】 特開2010−047533(JP,A)
【文献】 Davies, J. E. et al.,Decorin suppresses neurocan, brevican, phosphcan, and NG2 expression and promotes axon growth across adult rat spinal cors injuries,Eur. J. Neurosci.,2004年,19巻,pp. 1226-1242.
【文献】 Minor, K. H. et al.,Decorin, erythroblastic leukemia viral oncogene homologue B4 and signal transducer and activator of transcription 3 regulation of semaphorin 3A in central nervous system scar tissue,Brain,2010年11月28日,134巻,pp. 1140-1155.
【文献】 Davies, J. E. et al.,Decorin prmotes plasminnogen/plasmin expression within acute spinal cord injuries and by adult microglia in vitro,J. Neurotrauma,2006年,23巻3/4号,pp. 397-408.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
A61P 25/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の中枢神経系(CNS)の外傷性神経学的疾患を治療し、前記患者の神経学的機能の回復をもたらすための医薬組成物であって、
前記患者の髄腔へ供給するために配合される、デコリン、またはデコリンコア蛋白質を含むデコリンのフラグメントを含む医薬組成物。
【請求項2】
前記デコリンまたはデコリンのフラグメントは、小脳延髄槽(大槽)、頚部、胸部、腰部、および仙骨部の脊髄レベルにおける髄腔から成る群より選択される髄腔の一部へ供給するために配合される請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記デコリンまたはデコリンのフラグメントは、化学的に修飾されている請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記外傷性神経学的疾患は、外傷性脳損傷、外傷性脊髄損傷、脳卒中、脊髄係留症候群、および大域低酸素虚血からなる群より選択される請求項1〜3のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記デコリンまたはデコリンのフラグメントは、前記外傷性神経学的疾患の発生後、24時間以内に投与される請求項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記デコリンまたはデコリンのフラグメントは、前記外傷性神経学的疾患の発生後、1ヶ月後に投与開始される請求項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記医薬組成物の使用はさらに、前記外傷性神経学的疾患の追加治療の実施を含む請求項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記外傷性神経学的疾患を処置する追加治療は、抗炎症薬、解熱剤、固定化、細胞移植をベースとした療法、細胞注入をベースとした療法、生体材料の着床、SLRP放出ナノ粒子の髄腔内注入、運動療法、機能的電気刺激をベースとしたリハビリテーション療法、外科的介入、臨床低体温法をベースとしたCNS療法、および遺伝子治療をベースとした医療介入を含む請求項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記医薬組成物の使用は、前記患者に前記デコリンまたはデコリンのフラグメントのボーラス投与を含む請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記医薬組成物の使用は、前記デコリンまたはデコリンのフラグメントの前記患者への継続的供給を含む請求項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記医薬組成物の使用は、制御に比べて、軸索伸張および分化の増進、ニューロン樹状突起の伸張、分化、脊椎形成の増進、損傷または罹病した中枢神経系におけるシナプス形成の促進、プラスミノゲン蛋白質レベルの発現上昇、プラスミン蛋白質レベルの発現上昇、グリア瘢痕の軸索成長阻害作用抑制、グリア瘢痕関連軸索成長阻害物質、ミエリン、および灰白質関連軸索成長阻害物質の合成抑制、炎症抑制、アストログリア増殖症の抑制、多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの異常合成の抑制、線維性瘢痕形成の抑制、多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)のグリコサミノグリカン側鎖(GAG)およびコア蛋白質レベルの抑制、および軸索成長阻害分子の影響に対するニューロンの脱感作から成る群より選択される兆候の改善をもたらす請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項12】
中枢神経系(CNS)の神経学的疾患処置用キットであって、
a.デコリン、またはデコリンコア蛋白質を含むデコリンのフラグメントを患者の髄腔に投与する手段と、
b.請求項1〜11のいずれか1項に記載の医薬組成物とを備えるキット。
【請求項13】
前記投与する手段は、髄腔内ポンプ、カテーテル、チュービング、脳脊髄液迂回シャント、CSF貯蔵部−on/off弁−脳室腹腔シャント(RO−VPS)、ナノ粒子、およびその組み合わせから成る群より選択される請求項12に記載のキット。
【請求項14】
前記デコリンは、ヒトデコリンコア蛋白質を含む請求項1〜11のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
前記デコリンは、ヒトデコリンコア蛋白質である請求項1〜11のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項16】
前記外傷性神経学的疾患は、外傷性脊髄損傷である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項17】
前記外傷性神経学的疾患は、外傷性脳損傷である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項18】
前記外傷性脳損傷は、水頭症が原因である請求項17に記載の医薬組成物。
【請求項19】
前記外傷性神経学的疾患は、脳卒中である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項20】
前記外傷性神経学的疾患は、脊髄係留症候群である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項21】
前記外傷性神経学的疾患は、大域低酸素虚血である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項22】
前記デコリンまたはデコリンのフラグメントは、前記外傷性神経学的疾患の発生後、3ヶ月、6ヶ月または1年後に投与される請求項4に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、米国特許法第119条(e)の定めにより、2010年12月20日出願の米国特許出願第61/424,769号の利益を主張し、その開示内容全体を参照としてここに組み込む。
【0002】
技術分野
本発明は、一般に、中枢神経系損傷および疾病を含む神経学的疾患の治療および神経機能回復の促進のための方法、組成物、および物質に係る。
【背景技術】
【0003】
背景
神経学的疾患は、身体の神経系の障害である。脳、脊髄、またはそれらに繋がる神経における構造的、生化学的、または電気的異常は、麻痺、筋力低下、協調不足、感覚消失、および痛覚等の諸症状をもたらす可能性がある。治療介入には、予防策、生活習慣改善、理学療法またはその他の療法、神経リハビリテーション、痛覚管理、投薬治療、または神経外科医による手術が含まれる(WHO神経学的障害:公共健康対策2006)。これら疾患または障害は、原発罹患部位、関連機能不全の主要種別、または原因の主要種別に応じて分類することができる。最も広義の区分として、中枢神経系(CNS)障害および末梢神経系(PNS)障害を区分する(メルクマニュアル):脳、脊髄、および神経障害、2010−2011)。
【0004】
成人の中枢神経系(CNS)への外傷は、多数の異なる損傷種別と関連しており、これらはすべて組織修復達成の試みという実質的難問を呈している。重度の損傷を負った後の神経学的機能の復元には、成長因子および適切な基質の提供による切断された運動軸索および感覚軸索の再生的成長、および/または、軸索再生を妨げる種々の阻害物質の無効化が必要である。
【0005】
現状、外傷または疾病を伴う中枢神経系(CNS)に対して施すにあたり、ロバストなレベルでの機能回復を促進する新しい療法に対する臨床的要求は急を要するものである。成体哺乳類動物のCNSへの外傷後に形成される瘢痕組織は、軸索成長抑制コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)中に豊富であり、軸索成長に対して抑制的である(Davies,S.J.他、中枢神経系の白質路における成熟軸索の再生、Nature390、680〜683(1997);Davies,S.J.他、成体ラット脊髄の白質変性における成熟感覚軸索のロバストな再生、J.Neurosci19、5810〜5822(1999))。広範なCNS損傷における配列異常線維性瘢痕組織は明らかに軸索成長に対して物理的障壁となるが、軸索再生の障害は、組織配列が直ちに復元される微小な損傷においてでさえ発生する可能性があり(Davies,S.J.他、断裂軸索の再生障害は連続配列グリア経路の存在下においても発生する、Exp.Neurol.142;203−216(1996))、CNS損傷における軸索成長の分子抑制を強調している。ニューロカン、NG2、ブレビカン、およびホスファカン等の個別のCSPGは、インビトロで軸索成長に対して抑制的であることが示されており、成体CNS損傷の部位で発現上昇している(Morgenstern D.A.他によるCNS損傷応答におけるコンドロイチン硫酸プロテオグリカン、Prog.Brain Res137、163〜173(2002)において検討されている)。セマフォリン3A等、その他の軸索成長阻害物質もまた、脳および脊髄損傷部位における瘢痕組織内に発現上昇するものと見られている(Pasterkamp R.J.他、化学忌避物質セマフォリンIIIをコードする遺伝子の発現は、新生児ではなく成人のCNSの損傷後に形成される神経瘢痕組織の線維芽細胞要素内に誘発されるMol.Cell Neurosci 13:143〜166(1999);Pasterkamp R.J.他、末梢神経損傷は、軸索忌避物質セマフォリン3Aを発現する脊髄瘢痕組織への障害部上行脊髄軸索の成長を誘発することができない、Eur.J. Neurosci.13:457〜471(2001);Pasterkamp R.J.およびKolodkin A.L、セマフォリン結合:神経接続性を目指した経路生成、Curr.Opin.Neurobiol.13:79〜89(2003))。損傷部に直接形成される瘢痕組織内の阻害物質CSPGの発現上昇に加え、阻害物質CSPGおよびセマフォリン3Aはまた、正常な脊髄灰白質と共にCNS損傷後に高レベルで存在すると見られている(Pasterkamp R.J.他、化学忌避物質セマフォリンIIIをコードする遺伝子の発現は、新生児ではなく成人のCNSの損傷後に形成される神経瘢痕組織の線維芽細胞要素内に誘発されるMol.Cell Neurosci 13:143〜166(1999);Pasterkamp R.J.およびKolodkin A.L,セマフォリン結合:神経接続性を目指した経路生成、Curr.Opin.Neurobiol.13:79〜89(2003);Andrews E.M.他、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン発現における交代は、脊髄挫傷部および脊髄挫傷部から離間した箇所の双方に発生する、Exp.Neurol.印刷に先駆けた電子出版(2011);Tang X.他、脊髄瘢痕組織の急性的または慢性的化膿におけるNG2、ニューロカン、ホスファカン、ブレビカン、バーシカンV2、およびテナシンCの分布、細胞結合、および蛋白質発現レベルにおける変化、J.Neurosci.Res.71:427〜444(2003)。さらに、成人CNS白質を伴う軸索周辺のミエリン鞘もまた、NOGO(神経突起伸長阻害物質)、ミエリン関連糖蛋白質(MAG)、およびオリゴデンドロサイトミエリン糖蛋白質(OMgp:Yiu G.およびHe Z.、CNS軸索再生のグリア阻害、Nat.Rev.Neurosci.7:617〜627(2006))等の種々の軸索成長阻害分子を提供することが示されている。そこで、損傷箇所に亘って、次いで損傷箇所を越えてミエリンリッチな白質を介して、最終的には白質から灰白質内へ向かう軸索の「側枝」へと伸びて再生しよとする切断軸索は(機能的シナプス結合を構築するために)、多数の軸索成長阻害物質分子を含有する損傷CNSの異なるドメインを介して誘導しなければならない。
【0006】
細胞外マトリクス(EM)のスモールロイシンリッチプロテオグリカン(SLRP)は、いまや明確に異なる5つの群を網羅するプロテオグリカンおよび糖蛋白質の拡張ファミリーからなる。(Hocking,A.M.他、細胞外マトリクスのロイシンリッチリピート糖蛋白質、Matrix Biol.17、1〜19(1998);Lozzo RV.、相互作用蛋白質のスモールロイシンリッチプロテオグリカン機能ネットワークの生物学、J.Biol.Chem274,18843〜18846(1999))。SLRPファミリーは、システイン残基、ロイシンリッチリピート、および少なくとも1つのグリコサミノグリカン側鎖等の構造的相同性を共有する約17の遺伝子からなる。デコリンおよびビグリカンは、コンドロイチン、または、デルマタン硫酸側鎖、および、2つのジスルフィド結合を形成するN末端におけるシステイン残基の典型的クラスターにおいて、アミノ酸配列に類似性を示し、クラスIに属する。。フィブロモジュリンおよびルミカンはクラスIIに属し、ともにケラタン硫酸、ポリラクトサミン側鎖、およびそれらのN末端におけるチロシン硫酸化残基のクラスターを示す(Schaefer,L.他、スモールロイシンリッチプロテオグリカンの生物学的機能:遺伝学から信号伝達まで、J.Biol.Chem283(31)、21305〜21309、(2008))。一部のSLRPは、細胞外マトリクス内の成長因子貯蔵部として作用し、細胞増殖および分化等の生物学的プロセスを調整する(Hocking,A.M.他、細胞外マトリクスのロイシンリッチリピート糖蛋白質、Matrix Biol.17、1〜19(1998);Vogel,K.G.他、腱のスモールプロテオグリカンによるタイプIおよびタイプIIコラーゲン原線維発生の具体的阻害、Biochem J、222、587〜597(1984))。これらは、チロシンキナーゼ、およびトール様TGF−β/BMP受容体を介してシグナル伝達カスケードの誘発が可能である。(Schaefer,L.他、スモールロイシンリッチプロテオグリカンの生物学的機能:遺伝学から信号伝達まで、J.Biol.Chem283(31)、21305〜21309、(2008))。
【0007】
デコリンは、哺乳類動物の多くの組織タイプの細胞外マトリクス(EM)に見出される自然発生SLRPであり、また自然発生する瘢痕形成のアンタゴニストであり(Hocking,A.M.他、細胞外マトリクスのロイシンリッチリピート糖蛋白質、Matrix Biol.17、1〜19(1998)に検討されている)、またTGF−βの少なくとも3つのイソフォームの活動を阻害するものとして知られている(Yamaguchi,Y.他、プロテオグリカンデコリンによる成長因子βの形質転換に対する負の調節因子、Nature346、281〜284(1990))。デコリンはまた、表皮増殖因子(EGF)受容体チロシンキナーゼのアンタゴニストでもあり(Santra,M.他、デコリンは部分的重複しつつもEGF結合エピトープとは明確に異なって表皮増殖因子(EGF)受容体の狭領域と結合する、J.Biol.Chem.277、35671〜35681(2002))、抗炎症性および抗線維製の特性を備えるものとして知られている。CNS損傷後、デコリンは、損傷を受けたCNS神経網における星状膠細胞によって合成されるため(Stichel,C.C.他、成体ラットの脳への損傷後におけるスモールコンドロイチン/デルマタン硫酸プロテオグリカンデコリン、およびビグリカンの特異的発現、Brain Res 704(2)、263〜274(1995))、内因的にサイトカイン活動を下方制御しようとしたり、また損傷した哺乳類動物CNS内の神経回路の可塑性を向上することがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
脊髄損傷等、神経学的機能を消失すると、多くの場合、その損傷を快方に向かわせて神経学的機能を復元するような治療介入は現在までにFDA(米国食品医薬品局)で認可されていない。大半の治療は、さらなる損傷を防ぐことにフォーカスしている。したがって、当技術分野において、CNS損傷および/または疾病を含む神経学的疾患を患う患者に対して施すに際して、ロバストなレベルでの神経学的機能回復を促進する新しい療法に対するニーズが残っている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
概要
本発明の一実施形態は、患者の神経学的疾患の治療方法に係り、前記患者の髄腔へのスモールロイシンリッチプロテオグリカン(SLRP)を投与するステップを備える。一様態によると、前記投与するステップは、中央神経系組織へ前記SLRPを直接投与することなく実施される。他の様態によると、前記投与するステップは、小脳延髄槽(大槽)、頚部、胸部、腰部、および仙骨部の脊髄レベルにおける髄腔より選択される髄腔の一部へ前記SLRPを投与し、馬尾を包囲する脳脊髄液(CSF)へ注入するステップを含む。
【0010】
前記記SLRPは、デコリン、アスポリン、ビグリカン、フィブロモジュリン、エピフィカン、ルミカン、ケラトカン、オステオグリシン、コンドロアドヘリン、プロリンアルギニン末端ロイシンリッチプロテオグリカン(PRELP)、およびその組み合わせより選択することができる。一様態によると、前記SLRPは、デコリンであり、前記デコリンは化学的に修飾されている。他の様態によると、前記SLRPは、デコリン様ペプチドである。
【0011】
治療対象である前記患者の前記神経学的疾患は、慢性神経学的疾患または外傷性神経学的疾患であり得る。種々の様態によると、前記神経学的疾患は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発性硬化症(MS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、横断性脊髄炎、脳性まひ、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、水頭症、および運動ニューロン疾患より選択される慢性神経学的疾患である。他の様態によると、前記神経学的疾患は、外傷性脳損傷、外傷性脊髄損傷、脳卒中、脊髄係留症候群、および大域低酸素虚血より選択される外傷性神経学的疾患である。
【0012】
さらに他の様態によると、前記SLRPを投与するステップは、前記外傷性神経学的疾患の発生後、種々の時点で実施され得る。例えば、前記投与するステップは、前記外傷性神経学的疾患後約24時間以内等直ちに実施することができる。さらに、前記SLRPを投与するステップは、前記外傷性神経学的疾患後、より長い時間が経過して実施することもでき、依然として有効である。例えば、前記投与は、前記外傷性神経学的疾患の発生から約1ヶ月後に開始することができる。
【0013】
さらに他の様態によると、本方法はさらに、前記外傷性神経学的疾患の追加治療を含む。前記外傷性神経学的疾患の追加治療は、抗炎症薬、解熱剤の投与、固定化、細胞移植をベースとした療法、細胞注入をベースとした療法、生体材料の着床、SLRP放出ナノ粒子の髄腔内注入、運動療法、機能的電気刺激をベースとしたリハビリテーション療法、外科的介入、臨床低体温法をベースとしたCNS療法、または遺伝子治療をベースとした医療介入を行うことができる。本発明のいくつかの様態によると、前記患者の外傷性神経学的疾患は、投与時に安定化させられる。
【0014】
前記SLRPを投与するステップは、前記患者への前記SLRPのボーラス投与を行うステップを含むことができる。代わりに、あるいは、追加的に、前記投与するステップは、前記SLRPを前記患者へ継続的に供給するステップをさらに含むことができる。
【0015】
本発明に係る前記方法は、前記患者の神経学的機能回復をもたらすことができる。一様態によると、前記方法は、制御よりも兆候をもたらすことができ、前記兆候とは、軸索伸張および分化の増進、ニューロン樹状突起の伸張、分化、脊椎形成の増進、損傷または罹病した中枢神経系におけるシナプス形成の促進、プラスミノゲン蛋白質レベルの発現上昇、プラスミン蛋白質レベルの発現上昇、グリア瘢痕の軸索成長阻害作用の抑制、グリア瘢痕関連軸索成長阻害物質、ミエリン、および灰白質関連軸索成長阻害物質の合成抑制、炎症抑制、アストログリア増殖症の抑制、多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの異常合成の抑制、線維性瘢痕形成の抑制、多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)のグリコサミノグリカン側鎖(GAG)およびコア蛋白質レベルの抑制、および軸索成長阻害分子の影響に対するニューロンの脱感作である。
【0016】
本発明における前記患者は、ヒトおよびヒト以外の哺乳類動物を含むあらゆる哺乳類動物であり得る。
【0017】
本発明の他の実施形態は、神経学的疾患処置用キットに係り、(a)SLRPを患者の髄腔に投与する手段と、(b)SLRPとを備える。一様態によると、前記投与する手段は、髄腔内ポンプ、カテーテル、チュービング、脳脊髄液迂回シャント、CSF貯蔵部−on/off弁−脳室腹腔シャント(RO−VPS)、ナノ粒子、およびその組み合わせであり得る。本実施形態の一様態によると、前記SLRPは、デコリン、スモールデコリン様ペプチド、アスポリン、ビグリカン、フィブロモジュリン、エピフィカン、ルミカン、ケラトカン、オステオグリシン、コンドロアドヘリン、プロリンアルギニン末端ロイシンリッチプロテオグリカン(PRELP)、またはその組み合わせであり得る。
【0018】
本発明のさらに他の実施形態は、組成物に係り、第1スモールロイシンリッチプロテオグリカン(SLRP)と、神経学的疾患処置用の第2治療化合物とを備える。一様態によると、前記第2治療化合物は、前記第1SLRPとは異なる第2SLRP、抗炎症薬、解熱剤、コンドロイチナーゼ、リチウム、ヒドロゲル、軸索成長または軸索の再ミエリン化を促進する神経栄養成長因子、CNSニューロンおよびグリアの生存を促進する抗アポトーシス剤、およびその組み合わせより選択することができる。一様態によると、前記第1SLRPは、デコリンである。
【0019】
本発明のさらに他の実施形態は、損傷中枢神経系組織におけるセマフォリン3Aの発現抑制方法であって、患者の髄腔へ医薬組成物を投与するステップを備え、前記医薬組成物は、SLRPを含み、セマフォリン3Aの発現が阻害される。一様態によると、前記投与するステップは、小脳延髄槽(大槽)、頚部、胸部、腰部、および仙骨部の脊髄レベルにおける髄腔より選択される髄腔の一部へ前記SLRPを投与し、馬尾を包囲する脳脊髄液(CSF)へ注入するステップを含む。一様態によると、前記投与するステップは、中央神経系組織へ前記SLRPを直接投与して実施される。本実施形態の一様態によると、前記SLRPは、デコリンである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】神経学的機能回復を促進するため、ヒトの小脳延髄槽(大槽)CSFにカテーテルを介して注入されたGALACORINTM。(Grays Anatomy、米国30版出典図表)。脳硬膜の脳膜層(最も濃い陰影部)、脳脊髄液(薄い陰影部)。
図2】脊髄損傷成体ラットの大槽脳脊髄液へGALACORINTMを注入する実験的方法を示す図表。大槽への注入により、カテーテルの脊髄軟膜表面への接触に関連した損傷を防ぐことに留意されたい。
図3】大槽へのGALACORINTMの注入を損傷後12日時点で遅れて開始した場合、脊椎損傷成体ラットにおける自発運動神経学的機能のロバストな回復を促進する。GALACORINTM処置済ラットによる失敗回数は、 GALACORINTMを注入する8日の期間後、数週間に亘って改善を続けた(データは不図示)。(*)は、GALACORINTM処置済脊髄損傷(SCI)ラットとコントロール1グループの未処置SCIラットとの間の平均スコアに著しい統計的差異があることを示す。統計分析:2通りの繰り返し測定ANOVAを行い、続いて多重比較Holm−Sidak事後試験を行った(P<0.05)。
図4A】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4B】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4C】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4D】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4E】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4F】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4G】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図4H】キャットウォーク分析。グリッドウォーク/水平はしご試験において観察された回復に加え、デコリン処置済ラットは、損傷後5週間の時点において遅れて脊髄挫傷の処置を受けた後、3つの前肢に係る統計パラメータと5つの後肢に係る統計パラメータについてロバストな挙動回復を示した。RF:右前足、RH:右後足。
図5】グリッドウォーク/水平はしご動作分析。グラフは、損傷後急性的(損傷直後)に、12日後(12d)に、および1ヶ月(1mo)の慢性的時点において開始された髄腔内デコリン注入の処置を受けた頚部挫傷脊髄損傷ラットに関する、損傷後8週間の時点におけるグリッドウォーク/水平はしご動作スコア(踏み誤り)を示すものである。
図6】デコリンは運動制御脊髄回路の発芽を促進する。SCI後12日の時点におけるデコリン処置済脊髄は未処置の損傷脊髄と比較して、処置後9週間時点で、損傷部位の尾方にある後角灰白質において皮質脊髄路(CST)軸索密度の上昇が見られる。定量分析は、未処置のコントロールに対して、デコリン処置済脊髄における内側板I〜VI内の後角灰白質において2.8倍高いCST軸索密度を実証した。アスタリスクは、1通りのANOVA統計を使用して判定した顕著な差異(p<0.05)を示す。
図7】デコリンは、損傷中枢神経系におけるシナプス形成を促進する。デコリン処置済脊髄は、損傷部位の尾方にあるC6脊髄レベルの前角灰白質における未処置コントロールグループに比して、シナプス前小胞蛋白質シナプシン−1に対してより高い免疫密度を示した。密度分析グラフは、未処置コントロールグループに対してデコリン処置済脊髄は、シナプシン−1免疫密度のレベルにおいて平均3.2倍の増加を示している。(*)は、1通りのANOVA統計比較を使用して判定した顕著な差異(p<0.05)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施形態の詳細な説明
本発明は、患者の神経学的疾患の治療方法に向けられている。本発明は、患者の髄腔(すなわち、髄腔内スペース)へのスモールロイシンリッチプロテオグリカン(SLRP)を投与するステップを含む。
【0022】
神経学的疾患とは通常、神経系の障害を言う。
したがって、これらの疾患は、筋肉、脳および脊髄の構造的障害、顔面、胴体、体肢における神経の構造的障害、および種々の頭痛等、構造的疾病によって引き起こされるものでない疾患、てんかん、失神、および目まい等の疾患を含むが、これに限定されるものでない。本発明の一実施形態によると、神経学的疾患は、急性神経学的疾患、慢性神経学的疾患、および外傷性神経学的疾患より選択される。一実施形態によると、神経学的疾患には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発性硬化症(MS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、横断性脊髄炎、脳性まひ、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、水頭症、および運動ニューロン疾患が含まれ得る。急性神経学的疾患は通常、急に発症して症状が変化し、かつ/または、悪化する疾患を言う。これらの疾患は通常、重度であり、突然発症する。慢性神経学的疾患は通常、長期に亘って進行および悪化するため、長期進行疾患と見做される。外傷性神経学的疾患は、身体の深刻な損傷およびショック状態である。本発明の他の実施形態によると、外傷性神経学的疾患には、外傷性脳損傷、外傷性脊髄損傷、脳卒中、脊髄係留症候群、および 大域低酸素虚血が含まれるが、これに限定されるものでない。
【0023】
本発明の他の実施形態によると、本発明に係る方法の実施により、神経学的疾患を効果的に治療するものとされる。急性および慢性の神経学的疾患の場合、効果的な治療には、神経学的機能の改善、神経学的機能低下の停止、および神経学的機能低下の低速化が含まれる。外傷性神経学的疾患の場合、本発明に係る方法により、本方法単独または他の治療法との組み合わせで、患者の安定化を図ることができる。通常、外傷性神経学的疾患は、直ちに同疾患による死の危険がないとき、患者へ害を及ぼすことがないとき、および患者のバイタルサインが安定しているとき(正常範囲であるとき)に安定化される。
【0024】
本発明に係る方法は、種々の異なる患者の治療において使用されてもよい。本発明の一実施形態によると、患者にはあらゆる脊椎動物が含まれ得る。本発明の特定の実施形態によると、脊椎動物は哺乳類であることが好ましい。本発明の好適な実施形態によると、患者にはヒト以外の哺乳類動物およびヒト等の哺乳類動物が含まれるが、これに限定されるものでない。ヒト以外の哺乳類動物には、イヌ、ネコ等が含まれるが、これに限定されるものでない。患者は、急性神経学的疾患、慢性神経学的疾患、または外傷性神経学的疾患等の神経学的疾患を患い得る。
【0025】
患者の神経学的疾患の治療に使用される本発明に係る方法は、患者にSLRPを投与するステップを含み、これは種々の方法によって達成することができる。本発明の好適な実施形態によると、投与するステップは、患者の中枢神経系組織にSLRPを直接投与することなく実施される。通常、神経系組織は、神経系(脳、脊髄、および身体機能を調整および制御する神経)の主要構成要素である。中枢神経系組織は、脊髄、脳、大脳皮質、小脳皮質、髄膜、グリア細胞、および脈絡叢を含み得る。
【0026】
本発明の一実施形態によると、投与するステップは、小脳延髄槽(大槽)、頚部、胸部、腰部、および仙骨部の脊髄レベルにおける髄腔から成る群より選択される髄腔の一部へ前記SLRPを投与し、馬尾を包囲する脳脊髄液(CSF)へ注入するステップを含み得る。好適な実施形態によると、SLRPは、随腔および小脳延髄槽に投与される。髄腔は通常、患者の脳および脊髄を覆うくも膜下方のスペースを言う。くも膜は、3層の髄膜、すなわち脳および脊髄を覆う膜上にある。脳脊髄液は、くも膜下腔においてこの膜の下方を流れる。
【0027】
本発明によると、本発明の実施形態において、SLRPは種々の手段により髄腔へ投与することができる。例えば、SLRPソースをシャントまたはカテーテルにより髄腔に接触させ、髄腔内へのSLRPの送達を可能にすることができる。
【0028】
本発明の実施形態によると、投与するステップは、外傷性神経学的疾患の発生後に実施される。いくつかの実施形態によると、投与するステップは、外傷性神経学的疾患を引き起こした出来事からできるだけ早い段階で実施される。例えば、投与するステップは、同出来事から約1時間、2時間、3時間、4時間、5時間、6時間、9時間、12時間、18時間、または24時間以内に実施することができる。他の実施形態によると、投与するステップは、外傷性神経学的疾患を引き起こした出来事からより長い時間が経過した後に実施されるが、本方法は依然として有効である。例えば、同投与は、外傷性神経学的疾患の発生から約1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、8日、9日、10日、20日、または30日後、およびより長期に亘る亜急性的(1ヶ月)および長期慢性的時点において開始することができる。さらに他の実施形態によると、同投与は、外傷性神経学的疾患の発生後、非常に長い期間が経過した後に開始される。例えば、同投与は、外傷性神経学的疾患の発生後、約1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年、3年、5年、7年、または9年後に開始することができる。
【0029】
さらに他の実施形態によると、投与するステップは、患者へのSLRPのボーラス投与、および/または、約1時間、約2時間、約3時間、約4時間、約5時間、約6時間、約9時間、約12時間、約15時間、約18時間、約21時間、約24時間、または8日間に亘って患者へSLRPを継続供給することにより実施されてもよい。
【0030】
CNS損傷または疾病を含む神経学的疾患の治療のためのデコリン等SLRPの特定的使用を検討するにあたり、先に公開されたラットのCNS損傷モデルにおける研究では、デコリン注入が抗炎症性であり、瘢痕関連軸索成長阻害物質レベルを低下させることが示されている(Davies,J.E.他、デコリンは急性脊髄損傷においてインビトロで成体ミクログリアによりプラスミノーゲン/プラスミンの発現を促進する。J Neurotrauma23、397〜408(2006);Davies J.E.他、デコリンは成体ラットの脊髄損傷においてニューロカン、ブレビカン、ホスファカン、およびNG2の発現を抑制して軸索成長を促進する。Eur.J Neurosci.19、1226〜1242(2004);Logan,A.他、デコリンはラット大脳半球における神経膠症の瘢痕形成を緩和する。Exp.Neurol.159、504〜510(1999))。しかしながら、注目すべきは脳および脊髄の損傷に対するデコリン投与の先行研究は、急性的に損傷した脳および脊髄の柔組織(組織)への、またはそれを介した、比較的外傷のデコリン直接注入に依存している(Davies,J.E.他、デコリンは急性脊髄損傷においてインビトロで成体マイクログリアによりプラスミノーゲン/プラスミンの発現を促進する。J Neurotrauma23、397〜408(2006);Davies.E.他、デコリンは成体ラットの脊髄損傷においてニューロカン、ブレビカン、ホスファカン、およびNG2の発現を抑制して軸索成長を促進する。Eur.J Neurosci.19、1226〜1242(2004);Logan,A.他、デコリンはラット大脳半球における神経膠症の瘢痕形成を緩和する。Exp.Neurol.159、504〜510(1999))。重要なことは、デコリン投与に係るこれらの方法は、神経学的機能の回復をもたらすことが示されていないということである(Davies,J.E.他、デコリンは急性脊髄損傷においてインビトロで成体マイクログリアによりプラスミノーゲン/プラスミンの発現を促進する。J Neurotrauma23、397〜408(2006);Davies.E.他、デコリンは成体ラットの脊髄損傷においてニューロカン、ブレビカン、ホスファカン、およびNG2の発現を抑制して軸索成長を促進する。Eur.J Neurosci.19、1226〜1242(2004);Logan,A.他、デコリンはラット大脳半球における神経膠症の瘢痕形成を緩和する。Exp.Neurol.159、504〜510(1999))。
【0031】
したがって、本発明に係る方法は、患者の隋腔にSLRPを投与するステップを備え、好ましくは、脳および脊髄の双方のCSFにSLRPを同時供給する手段を提供する小脳延隋槽に投与する。SLRPは、蛋白質:蛋白質および/または蛋白質:炭水化物の相互作用を介してマトリクスアセンブリおよび構成を導くいくつかの要素によって構成されるプロテオグリカンファミリーである。同ファミリーは、そのコア蛋白質中に見出されるいくつかの保存領域の存在によって分類される。これらの保存領域には、中枢ロイシンリッチリピートドメイン、アミノ末端中の4つのシステイン残基、カルボキシ末端中の2つのシステイン残基が含まれる(Johnson,J.M.他、ヒトの強膜におけるスモールロイシンリッチリピートプロテオグリカン(SLRP):豊富なレベルのPRELP識別、Mol.Vis.12、1057〜1066(2006))。SLRPは、個体発生、創傷修復、および癌において種々のコラーゲンマトリクスを配向および配列することによる組織形成体であり、数多くの表面受容体および成長因子と相互作用することにより、細胞の挙動を調整する(Lozzo RV.、相互作用蛋白質のスモールロイシンリッチプロテオグリカン機能的ネットワークの生物学、Biol.Chem274、18843〜18846(1999))。本発明の一実施形態によると、SLRPは、デコリン、アスポリン、ビグリカン、フィブロモジュリン、エピフィカン、ルミカン、ケラトカン、オステオグリシン、コンドロアドヘリンン、プロリンアルギニン末端ロイシンリッチプロテオグリカン(PRELP)、およびその組み合わせから成る群より選択される。好適な実施形態によると、SLRPはデコリンである。デコリンの好適な形としては、コンドロイチンまたはデルマタン硫酸グリコサミノグリカン(GAG)側鎖が不足したデコリンコア蛋白質の形のGALACORINTM(キャタレントファーマソリューションズ、ニュージャージー州サマーセット)がある。
【0032】
本明細書において参照するSLRPには、SLRP様ペプチドおよび天然蛋白質が含まれる。例えば、参照するデコリンには、スモールデコリン様ペプチドが含まれる。これらのスモールデコリン様ペプチドは、血管形成の調整において、および、TGF−βおよび細胞外マトリクスフィブロネクチンとの相互作用においてデコリンコア蛋白質のアミノ酸配列から抽出することができる(Schonherr E.他、デコリンコア蛋白質小片Leu155〜Val260はTGF−βと相互作用するものの、タイプIコラーゲンへのデコリン結合と競合するものでない。Arch.Biochem.Biophys.355:241〜248(1998);Fan H.K.他、デコリン由来抗血管新生ペプチドLRR5はVEGF誘起NO放出を妨げることにより内皮細胞遊走を阻害する。Int.J Biochem.Cell Biol.40;2120〜2128(2008);Sulochana K.N他、ヒトのデコリンロイシンリッチリピート5由来のペプチドは血管形成を阻害する。J Biol.Chem.280;27935〜27948(2005);Schmidt G.他、スモールプロテオグリカンデコリンのフィブロネクチンとの相互作用。コア蛋白質の配列NKISKの関与。Biochem.J280(Pt2);411〜414(1991))。損傷および罹病した哺乳類動物の中枢神経系の回復を促進する、これらスモールデコリン様ペプチドの能力は、報告されていない。同様に、参照としてのアスポリンには、天然アスポリン蛋白質およびアスポリン様ペプチドが含まれる。
【0033】
他の実施形態によると、本発明で使用されるSLRPは、SLRPの化学的性質を変えるべく、化学的に修飾することができる。例えば、SLRPのコア蛋白質由来のスモールペプチドは、その由来のSLRPに特有の有益な生物活性を保持する。例えば、SLRPは、ペグ化することができる(その循環時間を延ばし、組織への摂取を補助するためのポリエチレングリコールポリマー鎖の共有結合)。SLRPは、当業者により既知の方法によってペグ化することができる。例としては、標的蛋白質の特異グリコシル化部位における選択的ペグ化および標的蛋白質に操作された非天然アミノ酸の選択的ペグ化が挙げられるが、これに限定されるものでない。場合によっては、反応条件を注意深く制御することにより、標的蛋白質中のリジン側鎖のペグ化を避けつつ、蛋白質のN末端の選択的ペグ化を行うことができた。標的蛋白質の部位特定ペグ化のためのさらに他のアプローチとして、選択的結合を可能にするシステイン残基の導入がある。
【0034】
デコリンは、多くの組織タイプにおいて発現し、脳および脊髄の損傷を含むいくつかの組織障害における繊維性瘢痕を抑制するものと見られてきた。デコリンは、成長因子−β活動の転換を阻害し、赤芽球性白血病ウィルス発癌遺伝子相同体(ErbB)受容体ファミリー要素のいくつかと連結した下流シグナル伝達経路の活動を調整することができる。ヒト組み換えデコリンコア蛋白質を成体ラットの急性脊髄損傷に注入することにより、多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)のレベルを抑制することができ、損傷部位の軸索成長を可能にすることができる。
【0035】
本発明の他の実施形態によると、本方法は、SLRPおよびその他の機能的蛋白質を含有した融合蛋白質の使用を含む。例えば、SLRPは、コクサッキーウィルスおよびアデノウィルスの受容体(CAR)(Jarvinen T.A.およびRuoslahti E.、標的探索抗線維症化合物はマウスにおいて創傷治癒を増強し、瘢痕形成を抑制する。Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A107:21671〜21676(2010))、すなわち、デコリンまたはSLRPコア蛋白質由来のスモール成体活性ペプチド等のSLRPの、損傷CNS柔組織、髄膜、または背面および前面の末梢神経根への摂取を促進するよう設計された血管標的ペプチドと融合することができる。
【0036】
患者の髄腔にSLRPを投与することによる患者の神経学的疾患治療法方の他の様態には、患者の皮質脊髄路(CST)の軸索密度を上昇させるステップが含まれる。外傷性損傷の場合、CST軸索等の棘上突起軸索(脳から脊髄まで)の密度を上昇させることによる効果は、脳および脊髄内の損傷部位の上方、近傍、および下方において発揮することができる。患者の髄腔へSLRPを投与することによる患者の神経学的疾患の治療方法の他の様態には、患者のシナプシン−1密度を上昇させるステップが含まれる。外傷性損傷の場合、シナプシン−1密度を上昇させることによる効果は、全脊髄灰白質層、および、損傷部位の上方および下方の脊髄レベルにおける前角灰白質内の運動ニューロンプール内およびその周辺において発揮することができる。
【0037】
本発明の他の方法は、損傷中枢神経系組織におけるセマフォリン3A(Sema3A)の抑制方法に向けられており、患者の髄腔へSLRPを含有する医薬組成物を投与するステップを含む。本発明の一様態によると、Sema3Aの発現が阻害される。Sema3Aは、軸索誘導、線維束性攣縮、およびシナプス形成において機能する分泌および膜結合型の糖蛋白質の大きなファミリーを含むものとして知られる分泌クラス3セマフォリンの要素である。Sema3Aは、成長期および成人期に発現し、中枢および末梢神経系における選択神経集団の潜在的化学忌避物質として機能することができる。Sema3Aは、成長円錐の崩壊を促進することにより軸索再生の阻害物質として振舞うと考えられた外傷性中枢神経系損傷部位において調整されないものと見做されてきた(Pasterkamp R.J.他、化学忌避物質セマフォリンIIIをコードする遺伝子の発現は、新生児ではなく成人のCNSの損傷後に形成される神経瘢痕組織の線維芽細胞要素内に誘発される。Mol.Cell Neurosci 13:143〜166(1999);Pasterkamp R.J.およびKolodkin A.L、セマフォリン結合:神経接続性を目指した経路生成。Curr.Opin.Neurobiol.13:79〜89(2003);Andrews E.M.他、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン発現における交代は、脊髄挫傷部および脊髄挫傷部から離間した箇所の双方に発生する。Exp.Neurol.印刷に先駆けた電子出版(2011);Tang X.他、脊髄瘢痕組織の急性的または慢性的化膿におけるNG2、ニューロカン、ホスファカン、ブレビカン、バーシカンV2、およびテナシンCの分布、細胞結合、および蛋白質発現レベルにおける変化、J.Neurosci.Res.71:427〜444(2003))。
【0038】
本発明の他の実施形態は、外傷性神経学的疾患の追加的治療と組み合わせて、患者の髄腔にSLRPを投与することにより神経学的疾患を治療するステップを含む。好適な実施形態によると、外傷性神経学的疾患を治療する追加的治療には、抗炎症薬、解熱剤の投与、固定化、細胞移植をベースとした療法、細胞注入をベースとした療法、生体材料の着床、SLRP放出ナノ粒子の髄腔内注入、運動および機能的電気刺激をベースとしたリハビリテーション療法、外科的介入、臨床低体温法をベースとしたCNS療法、および遺伝子治療をベースとした医療介入が含まれる。抗炎症薬は当業者により既知であり、アスピリン、イブプロフェン、およびナプロキセン等の非ステロイド系抗炎症薬(NASIDS)およびアセトアミノフェン等の鎮痛剤が含まれるが、これに限定されるものでない。解熱剤も当業者により既知であり、イブプロフェンおよびアセトアミノフェンを含んでもよい。
【0039】
本発明のいくつかの実施形態によると、神経学的疾患の治療には、SLRPの投与に加え、神経学的疾患を治療するための第2治療化合物の投与を含むことができる。このような第2治療化合物は、前記第1SLRPとは異なる第2SLRP、抗炎症薬、解熱剤、コンドロイチナーゼ酵素、軸索成長または再ミエリン化を促進する神経栄養成長因子、CNSニューロンおよびグリアの生存を促進する抗アポトーシス剤、およびその組み合わせであり得る。
【0040】
本発明のさらに他の実施形態は、髄腔へのSLRP投与であり、SLRPは自己集合性ペプチド骨格またはマトリクス(SAP)に付着する(Cigognini D.他、注入可能に機能化された自己集合性骨格の急性脊髄損傷への初期影響および後期影響の評価。PLoS ONE6:el9782(2011))。SAPは、規則的ナノ構造への自発集合を経たペプチドのカテゴリーである。SAPは、SLRPに骨格を提供し、生物学的活動の向上した活性分子を付与する。他の実施形態によると、SLRP−SAP複合体は、髄腔内へ注入される。さらに他の実施形態によると、SLRP−SAPは、デコリン−SAP複合体である。
【0041】
本発明の実施形態によると、本方法は、患者の神経学的機能の回復をもたらすことができる。さらに他の実施形態によると、本方法は、制御よりも、軸索伸張および分化の増進、プラズミノゲン蛋白質レベルの発現上昇、プラスミン蛋白質レベルの発現上昇、グリア瘢痕関連軸索成長阻害物質の合成抑制、グリア瘢痕、ミエリン、および灰白質関連軸索成長阻害分子の軸索成長阻害作用抑制、炎症抑制、アストログリア増殖症の抑制、多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの異常発現の抑制、線維性瘢痕形成の抑制および多数の軸索成長阻害物質コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)のグリコサミノグリカン側鎖(GAG)およびコア蛋白質レベルの抑制、および神経回路の可塑性および機能を促進するための損傷たは罹病成体哺乳類動物における中枢神経系内軸索成長阻害分子の影響に対するニューロンの脱感作のうちの1つ以上の兆候をもたらすことができる。
【0042】
本発明はまた、神経学的疾患の治療キットにも向けられている。一実施形態によると、同キットは、患者の髄腔にSLRPを投与する手段を備える。一実施形態によると、投与する手段は髄腔内ポンプを含む。さらに他の実施形態によると、投与する手段はカテーテルを含む。さらに他の実施形態によると、SLRPを投与する手段は、脳脊髄液迂回シャントを含む。さらに他の実施形態のよると、SLRPを投与する手段は、CSF貯蔵部−on/off弁−脳室腹腔シャント(RO−VPS)を含む。さらに他の実施形態によると、投与する手段はチュービングを含む。さらに他の実施形態によると、SLRPを投与する手段には、CNSの髄腔に注射または注入されたナノ粒子による放出が含まれる。さらに他の実施形態によると、同キットにより投与されたSLRPは、デコリン、スモールデコリン様ペプチド、アスポリン、ビグリカン、フィブロモジュリン、エピフィカン、ルミカン、ケラトカン、オステオグリシン、コンドロアドヘリン、プロリンアルギニン末端ロイシンリッチプロテオグリカン(PRELP)、SLRP生物活性を伴うペプチド、およびその組み合わせから成る群より選択される。
【0043】
本発明はまた、デコリンと、神経学的疾患を治療する追加的な、すなわち、第2の治療化合物とを含む新規の組成物にも向けられている。そのような追加的化合物は前記第1SLRPとは異なる第2SLRP、抗炎症薬、解熱剤、軸索成長または軸索の再ミエリン化を促進する神経栄養成長因子、CNSグリアの生存を促進する抗アポトーシス剤、人工脳脊髄液、コンドロイチナーゼ、リチウムヒドロゲル、およびその組み合わせからなるが、これに限定されるものでない。コンドロイチナーゼは、コンドロイチンA、B、およびCからのグルクロン酸塩残渣の除去を触媒する酵素であり、動物における臨床前実験的脊髄損傷の治療に使用されてきたコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(神経活動に影響する細胞中の細胞外マトリクスにおける蛋白質)の治療である。リチウムは、ニューロンの再生および分化を向上することができる(Wong他、脊髄;49、2011)。ヒドロゲルは、脊髄負傷部位に注入されると創傷治癒を増進することができる(Chen,B.K.他、ラット脊髄におけるポリマー骨格の比較:脊髄修復への複合的アプローチに係る定量的評価へのステップ、Biomaterials32:8077〜8086(2011))。
【0044】
本発明に係る他の実施形態によると、SLRPは、デコリン、修飾された形のデコリン、化学的に修飾された形のデコリン、デコリン由来ペプチド、およびSLRP生物活性を伴うペプチドから成る群より選択される。
【0045】
切断された軸索の再生に加え、「神経可塑性」、すなわち、神経回路内で生き残った軸索が新しいシナプスの発芽および形成を行う能力をも促進することができる方策は、神経学的機能の回復をも促進するようである。したがって、損傷後、早期の段階での軸索成長阻害物質の瘢痕形成を抑制することができ、かつ、瘢痕組織が既に形成された後の急性的または慢性的な負傷または罹病CNSにおける再生および生存神経回路の可塑性をも促進することができる治療策略により、神経学的機能の著しい回復をもたらすことができる。
【0046】
具体的にはデコリンを含み、瘢痕形成のアンタゴニストとして自然発生する、本発明の活性分子(SLRP)は、ラットの急性脊髄負傷に注入されると、炎症、損傷周辺におけるアストログリア増殖症、多数の阻害物質CSPGの合成、および線維性瘢痕形成を抑制するのに非常に効果的である(Davies,J.E.他、デコリンは成体ラットの脊髄損傷においてニューロカン、ブレビカン、ホスファカン、およびNG2の発現を抑制して軸索成長を促進する。Eur.J Neurosci.19、1226〜1242(2004))。より重要なことは、脊髄へのデコリンの直接注入により、4日間のみで負傷部位に亘る急速な軸索成長が可能となったことである(Davis,J.E他、デコリンは成体ラットの脊髄損傷においてニューロカン、ブレビカン、ホスファカン、およびNG2の発現を抑制して軸索成長を促進する。Eur.J Neurosci.19、1226〜1242(2004))。成長因子−βの転換(Yamaguchi,Y.他、プロテオグリカンデコリンによる成長因子βの形質転換に対する負の調節因子、Nature346、281〜284(1990))および表皮増殖因子受容体の信号伝達(Csordas,G.他、デコリンによる表皮増殖因子受容体の持続的下方制御。インビトロでの腫瘍成長制御メカニズム。J.Biol.Chem.275、32879〜32887(2000))の双方を阻害するデコリンの能力は、デコリンがTGFβとしてのCNS瘢痕形成を抑制することができる分子メカニズムのようであり、EGFRリガンド、EGF、およびTGFαがすべて、インビトロで星状膠細胞によりCSPG合成を発現上昇することが示され(Asher,R.A.他、ニューロカンは損傷した脳およびサイトカン処置済み星状膠細胞において発現上昇される。J.Neurosci.20、2427〜2438(2000);Properzi,F.他、コンドロイチン6−硫酸塩合成は、損傷CNSにおいて発現上昇され、損傷関連サイトカンにより誘起され、軸索成長阻害物質グリア中で増進される。Eur.J.Neurosci.21、378〜390(2005);Schnadelbach,O.初代神経およびグリア由来の細胞培養系におけるDSD−1−PGの発現、TGF−βによる発現上昇、およびグリア細胞株Oli−neuの細胞基質相互作用に対する関連。Gila23、99〜119(1998))、インビボでアストログリア増殖症(星状膠細胞プロセスの物理的不整合)を促進することが示されている(Rabchevsky,A.G.他、アストログリア増殖症の誘発因子としての成長因子α変換の役割。J.Neurosci.18、10541〜10552(1998))。Erb B4受容体との特定の相互作用により、デコリンは、セマフォリン3Aの発現を抑制することができる(Minor,K.H.他、中枢神経系瘢痕組織におけるデコリン、赤芽球性白血病ウィルス発癌遺伝子相同体B4、およびセマフォリン3Aの転写3調整の信号伝達兼活性化因子。Brain(2010)、脳および脊髄中枢の瘢痕組織内における線維芽細胞に侵入することによって発現するその他重要な瘢痕関連阻害分子(Pasterkamp R.J.および A.L.Kolodkin 、セマフォリン結合:神経接続性を目指した経路生成、Curr.Opin.Neurobiol.13(2003)79〜89);F.De Winter,F.De.他、ラット脊髄における損傷誘発クラス3セマフォリン発現、Exp.Neurol.175(2002)61〜75;Pasterkamp,R.J.他、神経再生および瘢痕形成におけるセマフォリンIIIおよびその受容体ニューロピリン−1の役割は?。Prog.Brain Res.117(1998)151〜170)。
【0047】
CNS損傷部位における多数の阻害分子のレベルを降下させることに加え、切断された軸索の再生および生存神経回路の可塑性を促進する他の潜在的手段には、阻害物質を除去すること、阻害物質に打ち勝つべく成長因子を活性化すること、または阻害物質に対する軸索感受性を直接変化させることがある。
【0048】
成体ラットの脊髄損傷に直接ヒトデコリンを注入することにより、セリン・プロテアーゼプラスミンの脊髄レベルを著しく上昇することができる(Davies,J.E.他、デコリンは急性脊髄損傷においてインビトロで成体ミクログリアによりプラスミノーゲン/プラスミンの発現を促進する。J Neurotrauma23(2006)、397〜408)。プラスミンは、阻害CSPG(Wu,Y.P.他、組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)/プラスミン細胞外蛋白質分解システムは、プロテオグリカン基質を介した発作誘発性海馬苔状線維伸張を調節する。J.Cell Biol.148(2000)1295−1304)およびグリア瘢痕基底層(Stichel,C.C.他、損害部CNSにおける基底膜欠失瘢痕:軸索再生の性質および関係、Neuroscience93(1999)321〜333)の主成分であるコラーゲンIV{Mackay,1990 6466/id}を分解する能力を有するものとして知られる酵素である。プラスミンは、阻害CSPGの存在下において基底層を分解し、軸索成長を促進することのできる(Ferguson,T.A.およびMuir,D.、MMP−2およびMMP−9はシュワン細胞基底層の神経突起促進力を向上し、変性した神経において発現上昇される。Mol.Cell Neuro sci.16(2000)157〜167)いくつかのマトリクス・メタロプロテイナーゼ(MMP)(Murphy,G.,他、結合組織メタロプロテイナーゼの調整におけるプラスミノーゲン活性因子の役割。Ann.N.Y.Acad.Sci.667(1992)1〜12)を活性化することができる。
【0049】
軸索成長促進および阻害キューの間の均衡は、長い間、CNS損傷に亘って軸索を再生する能力を調整するにあたり、重要な役割を担うものと考えられてきた(Ramony Cajal,S.、神経系の変性および再生。Oxford University Press、英国ロンドン,1928)。過渡的にCNS損傷内に発現したニューロトロフィン成長因子(Nakamura,M.およびBregman,B.S.、脊髄損傷後の新生ラットおよび成体ラットにおける神経栄養因子遺伝子発現の差異。Exp.Neurol.169(2001)407〜415)は、Ramony Cajalにより最初に開示されたように、断裂軸索の発芽を促進し、CSPG等の瘢痕関連軸索成長阻害物質の急速な発現上昇は最終的に発芽の未成熟をもたらすようである(Davies,S.J.他、成体ラット脊髄の白質変性における成体感覚軸索のロバストな再生。J.Neurosci.19(1999)5810〜5822;Davies,S.J.およびSilver,J.、成体CNS白質における成体軸索再生[書簡;コメント]。Trends Neurosci.21(1998)515;S.J.Davies,S.J.他、中枢神経系の白質路における成体軸索の再生。Nature390(1997)680〜683)。軸索損傷神経の細胞体(Hiebert,G.W.他、運動皮質へ適用された脳由来神経栄養因子は、皮質脊髄線維の発芽を促進するものの、末梢神経移植への再生を促進するものでない。J.Neurosci.Res.69(2002)160〜168;Plunet,W.他、軸索切断に応じた細胞体増殖による中枢神経系の軸索再生促進。J.Neurosci.Res.68(2002)1〜6)、あるいは、(Bregman,B.S.他、移植および神経栄養因子は、脊髄損傷後の成熟CNS神経の萎縮を防ぐ。Exp.Neurol.149(1998)13〜27;Murray,M.他、遺伝子操作を受けた細胞の移植は、脊髄損傷の修復および回復に寄与する。Brain Res.Brain Rev.40(2002)292〜300)に検討されている、細胞ブリッジとの組み合わせにおいて損傷部位の近傍(Oudega,M.およびHagg,T.、神経成長因子は成体ラット脊髄への感覚軸索の再生を促進する。Exp.Neurol.140(1996)218〜229)への外因性ニューロトロフィンの供給により成長促進キューを増進することで、CNS瘢痕組織に亘る軸索成長を促進するものと見られてきた。ニューロトロフィンもまた、ミエリンおよびミエリン関連糖蛋白質(MAG)の存在下において、インビトロで軸索成長を促進する(Cai,D.他、ニュートロフィンへの事前暴露により、cAMP−依存メカニズムを介したMAGおよびミエリンによる軸索再生の阻害を遮断する。Neuron22(1999)89〜101)。軸索成長を促進する成熟型ニューロトロフィンは、翻訳後の酵素的切断によりプロニューロトロフィンから抽出する(Edwards,R.H.他、生物学的に活性な神経成長因子を形成するための天然神経成長因子前駆体の処置。J Biol.Chem.263(1988)6810〜6815)。注目すべきは、proNGF(ヒトの神経成長因子のプロペプチド)およびproBDNF(脳由来神経栄養因子の前駆体)がプラスミンおよび選択的マトリクス・メタロプロテイナーゼ(MMP)により切断されるということである(Dougherty,K.D.他、脊髄損傷後の星状膠細胞、乏突起膠細胞、およびマイクログリア/マクロファージにおける脳由来神経栄養因子。Neurobiol.Dis.7(2000)574〜585;Lee,R.他、プロニューロトロフィン分泌による細胞生存の調整。Science294(2001)1945〜1948;Pang,P.T.他、tPA/プラスミンによるproBDNF切断は、長期に亘る海馬の可塑性のために不可欠である。Science306(2004)487〜491)。損傷または罹病CNSにおけるデコリン誘発性のプラスミン増加は、したがって、急性的または慢性的に損傷または罹病した脊髄および脳における軸索成長および可塑性を促進するのに利用可能な成熟型ニューロトロフィンのレベルを上昇させることがある。
【0050】
デコリンは、ニューロンに対して直接的な効果を有し、多数のCSPGおよびミエリン関連阻害物質の軸索成長阻害効果に対してニューロンを効果的に脱感作することができる(Minor,K.他、デコリンは、ニューロンへの直接的効果により阻害物質CSPGおよびミエリンにおけるロバストな軸索成長を促進する。Neurobiol.Dis.32(2008)88〜95)。軸索成長阻害瘢痕CSPGおよびミエリンにより成長を促されたデコリン処置済成体感覚ニューロンに関し、それぞれ14.5倍および4.8倍の軸索成長におけるロバストな増加が見られた(Minor,K.他、デコリンは、ニューロンへの直接的効果により阻害CSPGおよびミエリンにおけるロバストな軸索成長を促進する。Neurobiol.Dis.32(2008)88〜95)。CSPGおよびミエリン関連阻害物質の存在に関わらず軸索成長を促す能力は、これらの阻害物質分子のレベルが白質および灰白質において高いと知られている亜急性および慢性の損傷CNSにおける軸索再生および結合可塑性を促進するための有力な治療法として使用される損傷CNS組織へのデコリン注入を重要な要因とする(Tang,X.他、脊髄瘢痕組織の急性的または慢性的化膿におけるNG2、ニューロカン、ホスファカン、ブレビカン、バーシカンV2、およびテナシンCの分布、細胞結合、および蛋白質発現レベルにおける変化、J.Neurosci.Res.71(2003)427〜444;Schwab,M.E.、ノゴおよび軸索再生。Curr.Opin.Neurobiol.14(2004)118〜124)。本明細書における実施例において提示したデータは、本発明に係る新規療法のパラダイムを使用したデコリンの髄腔内注入による挫傷脊髄損傷を伴う成体ラットの治療により、脊髄内軸索のロバストな発芽、脊髄運動ニューロンにおけるシナプス可塑性、および種々の自発運動機能のロバストな回復を促進することができることを示している。
【0051】
以下の実施例において実証されるように、臨床的に関連する齧歯動物の頚部脊髄挫傷モデルにおいて機能的回復を促進するための随腔内へのヒトデコリンの注入の能力に係る試験を実施した。損傷した中枢神経系へのデコリン投与を行うための臨床的に関連した手段を構築すべく、ヒトの組み換えデコリンコア蛋白質が、損傷直後、脊髄損傷後12日、損傷後1ヶ月で開始した個別集団の脊髄損傷ラットに対して髄腔内投与された。注目すべきは、損傷後12日および1ヶ月の時点で、軸索成長阻害物質である中枢神経系瘢痕組織は既に確立されており、損傷ニューロンの著しい神経防護作用を促進する機会は大幅に減っているということである。このように、生存神経回路の結合可塑性促進に関与するメカニズムによって回復を促進するデコリンの能力が評価された。成体脊髄損傷ラットのデコリン処置は、グリッドウォーク/水平はしごおよびキャットウォーク分析によって測定されたとおり、自発運動機能につき、ロバストな機能的回復をもたらした。損傷後12日で処置されたラットのキャットウォーク分析では、グリッドウォーク/水平はしご動作スコアにおける85%の回復と相互関連づけられたデコリン処置に引き続き、損傷側における前肢および後肢の双方において回復が実証された。特に、デコリン処置済脊髄損傷ラットにおける前肢および後肢双方の指使用における著しい回復は、随腔内へのデコリン処置により脊髄損傷を伴うヒトの手足の指機能の回復を促進するといった潜在的能力を示唆する重大なものである。実施例の節におけるデータにより提示されるとおり、損傷後まる12日間処置を施された脊髄損傷ラットにおいて観察された機能的回復は、損傷部位の近傍および下方における知覚運動性皮質脊髄路(CST)軸索の密度上昇および同部位の下方における前角灰白質におけるシナプシン−1(活性シナプス内に発現する蛋白質)の密度上昇に関連づけられた。こうした発見はさらに、外傷または罹病した成人中枢神経系(脳および脊髄)の処置としてのデコリン髄腔内注入をサポートするものである。重要なのは、皮質脊髄路および脊髄運動ニューロンにおける活性シナプス密度等、重要な運動制御回路の可塑性を促進するデコリンの能力は、機能的回復を促進するデコリン髄腔内注入の治療域を亜急性および慢性中枢神経系損傷まで拡張するということである。
【0052】
以下の実施例は、説明の目的で提示されるものであり、本発明の範囲を限定することを意図するものでない。
【実施例】
【0053】
実施例1
本実施例は、未処置ラットとの比較における、頚部脊髄損傷ラットのグリッドウォーク/水平はしごを渡る能力に関する、本発明のデコリン処置効果を実証するものである。
【0054】
ヒトデコリンコア蛋白質のGALACORINTMが、頚部脊髄損傷を伴った成体ラットへの遅延(亜急性)治療プロトコルにおいて試験された。実験的脊髄損傷の生成は、スプラーグドーリーラット(3ヶ月メス)の脊髄の頚部(脊椎レベルC4−C5;右片側挫傷;先端径1.7mm;75kdyne force;変位1.1mm)レベルにやや重度の片側打撲性損傷を発生させるべく、コンピュータ制御の無限水平(IH)衝突体装置(Precision Systems and Instrumentation,LLC)を使用した。脊髄損傷後12日間の時点で開始し、脊髄損傷ラット(n=9)は、脊髄または脳の中枢神経系組織に直接ではなく、脳脊髄液(CSF)に対してGALACORINTMを注入するという新規の処置パラダイムを使用してGALACORINTMで処置を施した(図2)。GALACORINTMのCSF供給を達成するため、小径カニューレが、頭蓋骨の後頭骨にドリルで開けられた小さな穿頭孔を介してラットの大槽に外科的に埋め込まれた(図1および2)。CSFの総質量の約20%(0.1ml)が除去され、5mg/mlの濃度でGALACORINTMを含有する(つまり、1mgのGALACORINTM)リン酸緩衝液(PBS)媒体に置換された。その後、カニューレは、歯科用セメントを使用して頭蓋骨に固定され、一日0.1mgのGALACORINTMを継続的に8日間髄腔内へ供給すべく、5mg/mlの濃度でGALACORINTMを含有する生理食塩水とともに予め組み込んだアルゼット浸透圧ポンプに取り付けられた。したがって総量1.43mgのGALACORINTMが8日間の注入期間に亘って投与された。未処置脊髄損傷ラットのコントロールグループは、大槽にカニューレのみを施されたもの(コントロールグループ1:n=9匹のラット)またはカニューレを大槽に施され、さらにPBSを注入されたもの(コントロールグループ2:n=7匹のラット)から成る。
【0055】
外科手術に引き続き、GALACORINTM処置済ラットおよび未処置ラットの双方は6週間に亘る神経学的挙動試験を受けた。グリッドウォークまたは水平はしご試験は、脊髄損傷齧歯動物における随意足配置自発運動回復の厳しい試験として幅広く認識されており、ラットが1mの長さのはしごを3度通過し、失敗(落下)の平均数を記録する。グリッドウォークの神経学的機能回復についての結果(図3および表1)は、未処置脊髄損傷動物のいずれのコントロールグループと比較しても、GALACORINTM処置済動物によってなされた誤り(失敗)回数のロバストな減少を明らかに実証している。損傷後12日でGALACORINTM処置開始後、6週後の終了時点において、GALACORINTM処置済ラットは、カニューレのみを大槽に受けた未処置コントロール脊髄損傷ラット(コントロールグループ1)または同一の方法でPBS媒体のみを注入された未処置コントロール脊髄損傷ラット(コントロールグループ2)によって達成されたスコアと比較すると、失敗回数に61%ものロバストな減少を示している。
【0056】
【表1】
【0057】
Alexa−488で標識されたGALACORINTMを大槽へ直ちに注入する前の、同一の挫傷性脊髄損傷を受けた4匹のラットの試験セットの組織学的分析により、このように投与した GALACORINTMが、周辺の髄膜(硬膜およびくも膜)に加え損傷脊髄組織と、末梢神経根(後根および前根)との双方に偏在することが示された。本分析において右片側C4挫傷は、大槽にAlexa−488で標識されたGALACORINTMを直ちに注入した成体の3ヶ月メスラット(n=4)に対して、無限水平衝突体で施された。組織学的分析は、注入後18時間で実施された。分析された組織学的画像は、C5脊髄レベル(損傷部位のすぐ尾方)における断面図である。
【0058】
実施例2
本実施例は、デコリン未処置(コントロール)脊髄損傷ラットと比較した、デコリン処置済脊髄損傷ラットの自発運動回復のキャットウォーク分析である。ビオチン化デキストランアミン(BDA)標識の脊髄組織を備えた処置済動物および未処置動物の比較も実施された。自動定量的歩行分析は、キャットウォークXTシステム(バージョン8.1、Noldus Information Technology、米国バージニア州リーズバーグ)を使用してすべての実験グループに対して実施された。キャットウォークシステムは、以前にかなりの詳細に亘って開示されている(F.P.Hamers他、脊髄損傷査定におけるキャットウォーク補助歩行分析。(J.Neurotrauma23、537〜548(2006))。システムハードウェアは、半透明の照明ガラスウォークウェイからなり、その下方ではビデオカメラ(Fujinon Corporation、日本)が、ラットがウォークウェイを渡る際の足跡を記録する。キャットウォークデータの取得および分析は、処置グループとの区別がつかない個体により実施された。適合であると思われる3回のランが、各時点における各動物に対して、決定された各パラメータに対する平均値を求めるために収集された。適合性は、ウォークウェイを渡る総所要時間および歩行速度の偏差に基づいて決定された。最短ラン長は2秒であり、最長ラン長は12秒であり、歩行速度の最大偏差は60%であった。カメラは、ウォークウェイの長さが70cmと測定されるように位置づけられた。すべてのグループに属する動物は、損傷直前、損傷後12日における治療直前、および損傷後5週間の時点で試験された。以下のパラメータが分析された。足跡面積、最大接触における足跡面積、足跡強度、スタンスに対する最大接触、および最大接触における最高強度。すべてのグループからの適合的ランのビデオファイルは、個々の足跡およびおよび歩行パターンを識別するため、キャットウォークXT8.1を使用して処理された。指使用を除外したすべてのパラメータは、キャットウォークソフトウェアによって決定された。指使用は、同ソフトウェアによって定義された最大接触の地点における足跡画像を取得することにより、決定された。各体肢に対する最大接触での足跡画像は連続的かつランダムに選択され、全四肢について合計6つの足跡がランダムに選択されるように適合的ランごとに2つの足跡が選択された。このランダムな選択は、3回の査定時点において、すべての動物から収集された足跡画像において実施された。最大接触における足跡画像は、キャットウォークXT8.1の3D足跡可視化特性を使用して生成された。そして各足跡画像に対する指跡は、区別がつかない状態で計数された。そして足跡および歩行に係る静的および動的なパラメータの測定は、Microsoft ExcelおよびSigmaStatソフトウェアを使用して実施する統計的分析に移された。
【0059】
キャットウォークの自発運動動作スコアの回復率計算
グリッドウォークおよびキャットウォークの結果に対して回復率を推定するために、損傷前、処置前、損傷後5週間の時点で測定した各実験グループの平均スコアを使用した。これらの平均値より、回復率(回復%)は以下のように計算した。
【0060】
回復%=(XPost Inj−XPre Tx)/(XPre Inj−XPre Tx)×100%
ここにおいてXPre Injは、損傷前における挙動パラメータの平均スコアを表し、XPre Txは、処置直前におけるパラメータの平均スコアを表し、XPost Injは、損傷後特定時間経過後におけるパラメータの平均スコアを表す。
【0061】
前肢皮質脊髄路(CST)の順行性ビオチン化デキストランアミン(BDA)追跡
安楽死前2週間の時点において、すべての動物グループは麻酔され、前肢CST追跡のための定位固定装置(Kopf)に載置された。頭蓋骨の露出に続き、外科手術用ドリルを使用して4つの穿頭孔が設けられ、PBS中のビオチン化デキストランアミン(BDA10,000MW、Invitrogen、米国カリフォルニア州カールスバッド)の10%溶液を0.5μlずつ4回、左前肢感覚運動皮質(定位座標:ブレグマ前方の1.0mmおよび2.0mm、ブレグマ側方の2.5mmおよび3.5mm、および皮質表面からの深さ1.6mm)へ圧力注入した。
【0062】
注入は、緻密に引き抜かれるガラス毛管によりなされ、ガラス毛管は供給後2分間、同位置に保持された。BDA注入に引き続き、動物には縫合が施され、回復を促された。脊髄組織の組織学的断面図におけるBDA標識軸索の可視化は、標準的な免疫組織化学手法によって実施された(Davies J.E.他、グリア調整前駆体由来の星状膠細胞は、脊髄回復を促進する。Journal of Biology5:7(2006)参照のこと)。脊髄セクションは、Axio Visionソフトウェアを使用して、Zeiss Observer Zl顕微鏡により観察され、撮像された。
【0063】
脊髄灰白質におけるCST/BDAおよびシナプシン−1の密度分析
ImageJソフトウェアを使用し、BDA標識CST軸索およびシナプシン−1の密度の閾値を求め、測定した。CST密度は、C5脊髄レベルの後角灰白質において測定された。連続した6つのセクションごとに、約400μmの組織によって測定された。シナプシン−1の密度は、同様に、薄層IXのニューロンプール周辺の前角における損傷空間(C6)下方で測定された。
【0064】
キャットウォーク分析はデコリンの髄腔内注入により外傷性脊髄損傷後の自発運動機能および指使用のロバストな回復を促進することを示す
グリッドウォーク分析に加え、実験グループの自発運動機能の回復も、損傷後5週間/処置後3週間の時点でキャットウォーク歩行分析を使用して査定された。Gensel他(ラットにおける片側頚部脊髄挫傷の挙動および組織学的特性評価、J.Neurotrauma23、36〜54(2006))において既に報告されているとおり、片側頚部挫傷後、足跡位置、支持基底、ストライド長、または足取りパターンの変化等、損傷後の同側における体肢に関する動的パラメータに著しい変化はなかった。しかしながら、損傷前の値と比較して統計的に著しい変化が、処置前/損傷後12日の時点において、足跡面積、足跡強度、最大接触おける足跡面積、スタンスに対する最大接触、および最大接触における最高強度等の種々の足特定パラメータについて見出された(図4A−4H)。
【0065】
平均足跡面積
足跡面積は、足がガラスプレートに接触している時間すべてに亘る完全な足跡の表面積として定義され、足跡面積を決定するインクパッド法と比較が可能である(F.P.Hamers他、脊髄損傷査定におけるキャットウォーク補助歩行分析。J.Neurotrauma23、537〜548(2006))。すべての実験動物に対する足跡面積分析により、損傷前および処置前のすべての個別ラットの右(同側)前肢および後肢の平均足跡面積と比較可能な損傷前基準値が明らかになった。C4/C5脊髄レベルの片側挫傷は、すべての実験ラットの損傷部位と同側の前肢および後肢に対する平均足跡面積を著しく減じる結果となった。損傷後12日時点の脊髄損傷ラットへのデコリン処置は、生理食塩水およびカテーテルのみの未処置脊髄損傷ラットと比較して、損傷後5週間時点の前肢および同側後肢の双方に対する平均足跡面積において、統計的に著しく回復する結果となった。
【0066】
平均足跡面積の回復上昇率は、損傷前基準値から処置前平均足跡面積値を引き、増加をその差の百分率として表すことで決定された。処置前の値と比較すると、デコリン処置済SCIラットは、右側前肢の平均足跡面積において37.36%の回復を示し(図4B)、右側後肢の平均足跡面積において79.23%の回復を示した(図4E)。これはすなわち、損傷前の基準値にほぼ回復したということである。生理食塩水で処置された動物は、前肢の平均足跡領域では比較的穏やかな26.08%の回復を示したものの、処置前の値と比較すると、損傷後5週間の時点で後肢の平均足跡面積はさらに13.3%の減少を示した(図4Bおよび4E)。カテーテルのみ施されて注入の行われなかった脊髄損傷ラットは、前肢の平均足跡面積において損傷後5週間の時点で9.45%の回復程度を示したものの、後肢の足跡面積において38.67%の急落を示している。これはすなわち、損傷後12日の処置前の時点と比較して、足の機能をさらに消失したことになる(図4Bおよび4E)。
【0067】
最大接触における足跡面積
移動運動の間、各足は、足のガラスランウェイに対する接触が立脚相から遊脚相へと進行する際に発生する最大接触の足跡面積を生成する(Noldus Catwalk XT 8.1ユーザマニュアル:(F.P.Hamers他、脊髄損傷の査定におけるキャットウォーク補助歩行分析。J.Neurotrauma23、537〜548(2006)))。各処置グループは、統計的に異ならない同側前肢および後肢双方の最大接触における足跡面積の損傷前基準値を有する。損傷後12日/処置前の時点で、すべての処置グループは、基準値と比較して、同側右前肢および後肢の最大接触における足跡面積において著しい減少を示した。損傷後5週間の時点で、デコリン処置済SCIラットは、同側右前肢および後肢の平均最大接触面積において著しい回復を示し、同側前肢および後肢の最大接触足跡領域は各々、35.92%および88.82%の回復に及んだ。しかしながら、損傷後5週間の時点で、生理食塩水で処置された動物は、右側前肢の平均最大接触面積において比較的低い29.15%の回復を示し、右側後肢の平均最大接触面積において16.49%の減少を示した。未処置のコントロールSCI動物は、食塩水処置済ラットと比較すると、右側前肢の平均最大接触面積においてより低い14.34%の回復を示し、損傷後5週間/処置後3週間の時点で処置前の値と比較すると、平均最大接触面積においてより大きな43.35%の減少を示した(図4Cおよび4F)。
【0068】
平均足跡強度
足跡強度値は、足がガラスプレートに接触する際に加えられる圧力と正比例する(F.P.Hamers他、脊髄損傷査定におけるキャットウォーク補助歩行分析。J.Neurotrauma23、537〜548(2006))。SCIは、処置グループを超えて、右前肢および後肢の平均足跡強度において著しく一貫して不足する結果となった。損傷後5週間の時点で、デコリン処置済動物は、右側前肢の平均足跡強度において統計的に顕著な10.84%の回復を示し、右側後肢の平均足跡強度において89.28%の回復を示した。しかしながら生理食塩水処置済動物は、右側前肢の平均足跡強度において41.16%の消失を示し、右側後肢の平均足跡強度において6.53%の消失を示した。未処置SCIコントロールは、右側前肢の平均足跡強度において58.87%の消失を示し、右側後肢の平均足跡強度において12.48%の消失を示した(図4Aおよび4D)。
【0069】
スタンス率における最大接触
本明細書において規定されるこのパラメータは、足が立脚相を遊客相と区別する最大接触ポイント(百分率による最大接触として知られている:Noldus manual)においてガラスランウェイと接触している期間である(「スタンス」と称する)。各足が立脚および遊脚双方のために使用される際、前足および後足は、各スタンスごとに異なって利用される。前肢は主に立脚のために使用され、後肢は主として遊脚のために使用される(Webb,A.A.,他、頚部または胸部脊髄を片側切断したラットの代償自発運動調整。J.Neurotrauma19,239〜256(2002);Webb,A.A.,他、片側後柱および赤核脊髄路の負傷は、無拘束ラットの地上自発運動へ影響する。Eur.J.Neurosci.18、412〜422(2003))。そこで後肢は、遊脚するためのスタンス(ガラスとの接触継続)率がより高いため、足跡面積はスタンスの早い段階で最大接触に達する。キャットウォークでは、後肢が最大接触に達した際のスタンス率である、このパラメータを測定する。したがって後肢は、自発運動に際して遊脚の役割を担うため、損傷に先立ち、前肢と比較してより低いスタンス率で最大接触に達する。
【0070】
我々の頚部挫傷モデルは、機能的欠損という結果となり、右側後肢は、全動物の損傷前基礎値と比較すると、著しく高いスタンス率(百分率による最大接触)で最大接触に到達した。損傷後5週間の時点で、デコリン処置済動物は、右側後足の百分率による最大接触の著しい減少を示し、これは同体肢による遊脚の56.38%の回復に対応する(図4H)。生理食塩水処置済動物は、百分率による最大接触について最も少ない減少を示し(17.46%の改善)、未処置SCIコントロールは、損傷後5週間の時点で機能消失を継続的に示した(5.52%の機能消失)。したがって、デコリン処置は、動物の損傷側後肢使用における立脚および遊脚の正常区別への回復を促進し、最終的に自発運動の際の後肢による遊脚を改善することができる(図4H)。[図4Hのタイトルは「平均値における右側後肢の最大接触]でなく「百分率による右側後肢の最大接触」と読むべきであることに留意する。お持ちのExcelファイルで訂正されたい。]
最大接触最大強度
最大接触地点における最大強度は、立脚相と遊脚相との境界においてガラスプレートに加えられた圧力および重力支持の測定値である(Noldus Catwalk manual:(F.P.Hamers他、脊髄損傷査定におけるキャットウォーク補助歩行分析。J.Neurotrauma23、537〜548(2006)))。我々の頚部挫傷モデルは、基準値と比較すると、このパラメータにおいて統計的に著しい減少を起こし、立脚相および遊脚相の変遷中、機能不全を示した。デコリン処置済SCIラットは、損傷後5週間で右側後肢におけるこのパラメータで63.51%の回復を示し、生理食塩水処置済動物は、17.81%の回復というさらに低い値を示し、未処置コントロールは損傷後5週間で37.02%というより大きな消失を示した(図4G)。
【0071】
最大接触における指
Hamers他(脊髄損傷査定におけるキャットウォーク補助歩行分析。J.Neurotrauma23、537〜548(2006))は以前に、最大接触地点において、正常な非損傷ラットの後足では、ほぼすべての足指がガラスプレートに接触していることを示した。我々の研究はこれを確認し、また非損傷ラットの前足がガラスプレートとの最大接触に達する際、すべての指(可能性のある4本の指のうち3.89±0.04)も同様にこの地点でガラスに接触することを示した。我々の研究において、後足に関しては、非損傷動物は最大接触において5本の指のうち平均3.75±0.11を示した(表2)。我々の頚部挫傷モデルは、損傷後12日/処置前の時点で、損傷と同側の前足(1.95±0.12本の指)および後足(1.26±0.14本の指)の双方にて、最大接触における平均指跡数が著しく減少する結果となった。デコリン処置済SCIラットは、損傷後5週間の時点で前足については3.76±0.58本の平均指跡、後足については3.88±0.69本の指跡という顕著な回復を示した。生理食塩水処置済ラットは、前足については2.58±0.47本の指跡、後足については1.37±0.78本の指跡となり、最大接触における指跡数の回復はより少ないものとなった。未処置コントロールは、前足については平均2.19±0.60本、後足については0.96±0.68本となり、最大接触における指跡数はさらに少ないものとなった。
【0072】
表2に示す通り、キャットウォーク分析は、デコリンの髄腔内注入により脊髄損傷ラットにおける足指使用の回復を促進することを示した。デコリン処置済脊髄損傷ラットは、最大接触において、損傷前の足跡と非常に類似した指接触数の足跡を示しており、反対に未処置脊髄損傷コントロールラットは、処置前スコアと比較すると、脊髄損傷後5週間時点で指使用の回復を示さなかった。
【0073】
【表2】
【0074】
実施例3
本実施例は、グリッドウォーク分析における脊髄損傷ラットの動作に対する、損傷後異なる時点(時間=0日、12日、1ヶ月)における本発明に係るデコリン投与の効果を説明するものである。
【0075】
C4/C5頚部脊髄レベルに片側挫傷を負った成体ラットの大槽へデコリンを髄腔内注入することによる効果を分析した。本分析は、実験グループ毎に相当数の動物を使用し、脊髄損傷後12日の時点におけるデコリン注入によって得られた結果を前述したものと同一の注入、外科的、およびグリッドウォーク/水平はしご挙動試験プロトコルを使用し、損傷直後または損傷後1ヶ月のいずれかで開始された。図5に示す通り、大槽にカニューレのみを施されてデコリン注入が行われなかった未処置コントロール脊髄損傷ラットと比較すると、デコリン処置済ラットのすべてにおいて、水平はしごを渡る際の踏み誤り回数にロバストな減少が見られた。図5に示す動作スコアは、損傷後急性的(損傷直後)に、12日後(12d)に、および1ヶ月(1mo)の慢性的時点において開始された髄腔内デコリン注入の処置を受けた頚部挫傷脊髄損傷ラットに関する、損傷後8週間の時点における動作スコア(踏み誤り)を表す。
【0076】
実施例4
本実施例は、損傷部位の近傍および下方における灰白質内のCST側枝密度の増加に対する、デコリン処置の効果を説明するものである。
【0077】
以前の研究は、後柱CST白質を温存するにも関わらず、C4〜C5レベルの片側頚部挫傷後に前肢機能が著しく消失することを示し、頚部レベルにおけるCSTの側枝発芽は、脊髄損傷後の自発運動回復と相互関連することが示されてきた(Schucht,P.他、ラット脊髄の背面および全面病変に引き続く自発運動回復の解剖学的相関。Exp.Neurol.176、143〜153(2002))。本実施例では、損傷部位の尾方にある生存灰白質内のCST軸索側枝可塑性を促進するデコリン髄腔内注入の能力を評価する。デコリン処置済および未処置SCIラットにおいて、ビオチン化デキストランアミン(BDA)が左半球感覚運動皮質の前肢領域に注入され、頚部脊髄の右側CSTにおける薄層Vの上部運動ニューロンの軸索および側枝が追跡された。損傷箇所の上方、近傍、および下方の未処置脊髄に対するデコリンについての灰白質の連続断面組織学的分析により、薄層1〜5の背内側灰白質(図6)、すなわち感覚運動機能を支持するものとして知られるCST末端部においてBDA+CST側枝密度の最も顕著な変化が見られることが分かった。前肢CST軸索の側枝は、未処置コントロールと比較すると、損傷部位尾方にある薄層1〜5の背内側灰白質において広域な分岐および樹枝状分岐が示された。定量的連続断面分析は、デコリン処置により、薄層1〜5の背内側灰白質におけるBDA標識CST軸索の密度が未処置脊髄において観察された密度に対して2.8倍増加促進されたことを実証した(図6)。
【0078】
実施例5
本実施例は、前面灰白質運動ニューロンプールにおけるシナプス可塑性を促進するデコリン髄腔内注入の能力を説明するものである。
【0079】
デコリン処置済および未処置コントロールの負傷脊髄の灰白質におけるシナプス可塑性を分析し、シナプシン−1と、活性シナプス内に見出され、シナプス成熟、長期に亘るシナプス維持および伝達における役割を果たすものとして知られる前シナプス蛋白質に着目した(Lu,B.、シナプシンIの発現は神経筋シナプスの成熟と相関する。Neuroscience74、1087〜1097(1996);Thiel,G.、シナプシンI、シナプシンII、およびシナプトフィジン:シナプス小胞のマーカー蛋白質。Brain Pathol.3、87〜95(1993);Gulino,R.他、シナプス可塑性は、脊髄片側切断後の自発運動自然回復を調節する。Neurosci.Res.57、148〜156(2007);Koelsch,A.他、導入遺伝子媒介GDNF発現は、脊髄挫傷後の機能転帰を改善すべく、シナプス接続およびGABA伝達を向上する。J Neurochem.113、143〜152(2010);Mundy,W.R他、神経発達の細胞培養モデルのける成長およびシナプス形成と関連付けられた蛋白質バイオマーカー。Toxicology249、220〜229(2008);De,CP.他、シナプシンI(蛋白質I)、神経末端特定リン蛋白質II。アガロースに埋め込まれたシナプトソームにおける免疫細胞化学によって実証されたシナプス小胞との特定の関連。J Cell Biol.96、1355〜1373(1983))。シナプシン−1免疫密度は、前肢の動きを制御する薄層IX運動ニューロンプールについて、C6脊髄レベルの損傷レベル下方の前面灰白質において評価した。図7に示す通り、デコリン処置脊髄は、未処置コントロールと比較すると、前面灰白質においてシナプシン−1免疫密度の目覚しい上昇を示した。デコリン処置済脊髄において、シナプシン−1斑点の増加レベルは、ニューロン細胞体および樹枝状突起の双方で観察されるものの、シナプシン−1がGFAP+星状膠細胞体またはプロセスと直接的に関連するという証拠はほとんど、または、全く見出されなかった。連続断面定量分析により、未処置コントロール脊髄と比較すると、デコリン処置済脊髄のC6薄層IX運動ニューロンプールにおけるシナプシン−1免疫密度が3.2倍上昇することが分かった(図7)。
【0080】
本発明に係る種々の実施形態が詳細に記されたが、当業者により、これらの実施形態の修正および応用が発生するであろうことは明らかである。しかしながら、そのような修正および応用も以下の例証的請求項に記載の本発明の範囲内であることが明確に理解されなければならない。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図4F
図4G
図4H
図5
図6
図7