(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記金属組織に焼入れマルテンサイトおよび残留オーステナイトが複合したMA混合相が存在している場合には、全MA混合相の個数に対して、観察断面での円相当直径dが3μm超を満足するMA混合相の個数割合が15%未満(0%を含む)である請求項1に記載の高強度冷延鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、引張強度が980MPa以上の高強度冷延鋼板について、伸び、伸びフランジ性、および曲げ性の全てを高め、加工性全般を改善するために検討を重ねてきた。その結果、
(1)冷延鋼板の金属組織を、ベイナイト、残留オーステナイト、および焼戻しマルテンサイトを含む混合組織とし、特に、ベイナイトとして、隣接する残留γ同士、隣接する炭化物同士、或いは隣接する残留γと炭化物(以下、残留γ等と呼ぶことがある。)の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、残留γ等の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトの2種類のベイナイトを生成させれば、伸び、伸びフランジ性、および曲げ性の全てが改善された加工性全般に優れた高強度冷延鋼板を提供できること、
(2)具体的には、上記金属組織のうち、高温域生成ベイナイトは、冷延鋼板の加工性のうち伸び(EL)向上に寄与し、低温域生成ベイナイトは、冷延鋼板の加工性のうち伸びフランジ性(λ)および曲げ性(R)の向上に作用すること、
(3)こうした2種類のベイナイトを含む高強度冷延鋼板を製造するには、所定温度で加熱した後、400℃以上、540℃以下の温度域(以下、T1温度域と呼ぶことがある。)の任意の温度Tまでを平均冷却速度15℃/秒以上で急冷し、このT1温度域で5〜100秒間保持して高温域生成ベイナイトを生成させた後、200℃以上、400℃未満の温度域(以下、T2温度域と呼ぶことがある。)に冷却してこのT2温度域で200秒間以上保持すればよいこと、
を見出し、本発明を完成した。
【0017】
まず、本発明に係る冷延鋼板を特徴づける金属組織について説明する。
【0018】
《金属組織について》
本発明に係る冷延鋼板の金属組織は、ベイナイト、残留オーステナイト、および焼戻しマルテンサイトの混合組織で構成されている。
【0019】
まず、本発明を最も特徴付けるベイナイトについて説明する。
【0020】
本発明において、ベイナイトは、全金属組織に対して70面積%以上を占める主相(母相)である。ベイナイトには、ベイニティックフェライトも含まれる。ベイナイトは炭化物が析出した組織であり、ベイニティックフェライトは炭化物が析出していない組織である。なお、本発明では、ベイナイトの面積率には、後述するように、焼戻しマルテンサイトの面積も含んでいる。
【0021】
そして本発明では、ベイナイトが、高温域生成ベイナイトと、高温域生成ベイナイトに比べて強度が高い低温域生成ベイナイトの複合組織から構成されているところに特徴がある。本発明では、2種類のベイナイト組織で構成されており、これにより、良好な伸びフランジ性や曲げ性を確保した上で、伸びを一層高めることができ、加工性全般が高められる。これは、強度レベルの異なるベイナイト組織を複合化することによって不均一変形が生じるため、加工硬化能が上昇することに起因すると考えられる。
【0022】
本発明において、上記高温域生成ベイナイトとは、Ac
3点以上の温度に加熱した後の冷却過程において、400℃以上、540℃以下のT1温度域で生成するベイナイト組織であり、ナイタール腐食した鋼板断面を走査型電子顕微鏡で観察したときに、残留γ等の平均間隔が1μm以上のベイナイトを意味する。
【0023】
一方、本発明において、上記低温域生成ベイナイトとは、Ac
3点以上の温度に加熱した後の冷却過程において、200℃以上、400℃未満のT2温度域で生成するベイナイト組織であり、ナイタール腐食した鋼板断面を走査型電子顕微鏡で観察したときに、残留γ等の平均間隔が1μm未満のベイナイトを意味する。なお、上記低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトは、顕微鏡観察しても区別できないため、本発明では、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトをまとめて「低温域生成ベイナイト等」と呼ぶことがある。
【0024】
ここで「残留γ等の平均間隔」とは、鋼板断面を顕微鏡観察したとき、隣接する残留γ同士の中心位置間距離、隣接する炭化物同士の中心位置間距離、または隣接する残留γと炭化物との中心位置間距離を測定した結果を平均した値である。上記中心位置間距離とは、各残留γまたは各炭化物について中心位置を求め、この中心位置同士の距離を意味する。中心位置は、残留γまたは炭化物について長径と短径を決定し、長径と短径が交差する位置とする。但し、残留γまたは炭化物がラスの境界上に析出する場合は、複数の残留γと炭化物が連なってその形態は針状または板状になるため、中心位置間距離は、残留オーステナイトおよび/または炭化物同士の距離ではなく、
図1に示すように、残留オーステナイトおよび/または炭化物が長径方向に連なって形成する線間隔(ラス間距離)を中心位置間距離とすればよい。
【0025】
本発明では、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等を含む複合ベイナイト組織とすることにより、加工性全般を改善した高強度冷延鋼板を実現できる。即ち、高温域生成ベイナイトは、低温域生成ベイナイトよりも軟質であるため、鋼板の伸び(EL)を高めるのに作用し、加工性を改善するのに寄与する。一方、低温域生成ベイナイト等は、炭化物および残留γが小さく、変形に際して応力集中が軽減されるため、鋼板の伸びフランジ性(λ)や曲げ性(R)を高める作用を有し、加工性を改善するのに寄与する。そして本発明では、こうした高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等を複合化させているため、加工硬化能が向上し、伸びが更に向上し、加工性が改善される。
【0026】
本発明において、ベイナイトを、上記のように生成温度域の相違および残留γ等の平均間隔の相違によって「高温域生成ベイナイト」と「低温域生成ベイナイト等」に区別した理由は、一般的な学術的組織分類ではベイナイトを明瞭に区別し難いからである。例えば、ラス状のベイナイトとベイニティックフェライトは、変態温度に応じて上部ベイナイトと下部ベイナイトに分類されるが、走査型電子顕微鏡(SEM)観察では、Siを多く含んだ鋼種では、ベイナイト変態に伴う炭化物の析出が抑制されるため、マルテンサイト組織も含めてこれらを区別することは困難である。そこで本発明では、ベイナイトを学術的な組織定義により分類するのではなく、上記のようにして区別した次第である。
【0027】
高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の分布状態は特に限定されず、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が混合して生成していてもよいし、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成していてもよい。
【0028】
高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の分布状態を模式的に示す図を
図2に示す。
図2(a)は、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が混合して生成している様子を示しており、
図2(b)は、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成している様子を示している。
図2中に示した黒丸は、MA混合相を示している。MA混合相については後述する。
【0029】
本発明では、金属組織全体に占める高温域生成ベイナイトの面積率をaとし、金属組織全体に占める低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの合計面積率をbとしたとき、aおよびbは、いずれも20〜80%を満足していることが必要である。
【0030】
高温域生成ベイナイトの面積率a、または低温域生成ベイナイト等の合計面積率bが20%を下回るか、80%を超えると、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成量のバランスが悪くなり、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の複合化による効果が発揮されない。そのため、伸び、伸びフランジ性、または曲げ性のいずれかの特性が劣化し、加工性全般を改善できない。従って上記面積率aは、20〜80%とし、好ましくは25〜75%、より好ましくは30〜70%である。また、上記合計面積率bは、20〜80%とし、好ましくは25〜75%、より好ましくは30〜70%である。
【0031】
上記aと上記bの関係は、それぞれの範囲が上記範囲を満足していれば特に限定されず、a>b、a<b、a=bのいずれの態様も含まれる。
【0032】
ここで、低温域生成ベイナイトの面積率ではなく、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの合計面積率を規定した理由は、T2温度域で規定時間以上保持することにより生成する夫々の組織が、特性に及ぼす影響が同程度になるためである。
【0033】
高温域生成ベイナイトと、低温域生成ベイナイト等の混合比率は、冷延鋼板に要求する特性に応じて定めればよい。具体的には、冷延鋼板の加工性のうち伸びフランジ性(λ)を向上させるには、高温域生成ベイナイトの比率を小さくし、低温域生成ベイナイト等の比率を大きくすればよい。一方、冷延鋼板の加工性のうち伸び(EL)を向上させるには、高温域生成ベイナイトの比率を大きくし、低温域生成ベイナイト等の比率を小さくすればよい。また、冷延鋼板の強度を高めるには、低温域生成ベイナイト等の比率を大きくし、高温域生成ベイナイトの比率を小さくすればよい。
【0034】
更に本発明では、金属組織全体に対する上記面積率aと上記合計面積率bの合計(a+b)は、70%以上を満足していることが必要である。(a+b)が70%を下回ると、980MPa以上の引張強度を確保できない。従って(a+b)は、70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上である。(a+b)の上限は特に限定されないが、例えば、95%である。
【0035】
本発明の冷延鋼板は、高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイト、および焼戻しマルテンサイトの他、残留γを含有している。
【0036】
残留γは、鋼板が歪を受けて変形する際にマルテンサイトに変態することによって良好な伸びを発揮すると共に、変形部の硬化を促し、歪の集中を防ぐ効果を発揮する組織である。こうした効果は、一般的に、TRIP効果と呼ばれている。このような効果を発揮させるために、金属組織全体に対する残留γの分率を飽和磁化法で測定したとき、当該残留γは3体積%以上含有させる必要がある。好ましくは5体積%以上、より好ましくは7体積%以上である。しかし残留γの分率が高くなり過ぎると、後述するMA混合相が生成し、このMA混合相が粗大化し易くなるため、伸びフランジ性や曲げ性を低下させてしまう。従って残留γの上限は20体積%程度である。
【0037】
残留γは、主に、金属組織のラス間に生成しているが、ラス状組織の集合体(例えば、ブロックやパケット)や旧γの粒界上に、後述するMA混合相の一部として塊状に存在することもある。
【0038】
本発明に係る冷延鋼板の金属組織は、上述したように、ベイナイト、残留γ、および焼戻しマルテンサイトを含むものであり、残部の金属組織は特に限定されない。例えば、焼入れマルテンサイトと残留γとが複合したMA混合相や、軟質なポリゴナルフェライト、或いはパーライト等が存在していてもよい。これらの残部組織は、SEM観察したときに、全金属組織に対する比率で、20面積%以下に抑制されていることが好ましい。
【0039】
ここで、MA混合相について説明すると、MA混合相は、焼入れマルテンサイトと残留γとの複合相として一般的に知られており、最終冷却前までは未変態のオーステナイトとして存在していた組織の一部が、最終冷却時にマルテンサイトに変態し、残りはオーステナイトのまま残存することによって生成する組織である。こうして生成するMA混合相は、熱処理(特に、オーステンパ処理)の過程で炭素が高濃度に濃化し、しかも一部がマルテンサイト組織になっているため、非常に硬い組織である。そのため、ベイナイトからなる母相とMA混合相の硬度差が大きく、変形に際して応力が集中してボイド発生の起点となりやすいので、MA混合相が過剰に生成すると、局所変形能が低下して伸びフランジ性や曲げ性が低下する。
【0040】
本発明の冷延鋼板は、後記するように比較的高濃度のSiを含有するために、MA混合相が生成し易くなる。MA混合相が存在している場合には、その面積率は、光学顕微鏡観察したときに、金属組織全体に対して、30%以下であることが好ましい。
【0041】
また、上記MA混合相のうち、観察断面での円相当直径dが3μmを超えるMA混合相の個数割合は、全MA混合相の個数に対して、15%未満(0%を含む)であることが好ましい。MA混合相の粒径が大きくなるほど、ボイドが発生し易くなる傾向が実験により認められたため、MA混合相は、できるだけ小さいことが好ましい。観察断面での円相当直径dが3μmを超えるMA混合相の個数割合は、より好ましくは10%未満であり、更に好ましくは5%未満である。なお、円相当直径dが3μmを超えるMA混合相の個数割合は、圧延方向に平行な断面表面を光学顕微鏡で観察して算出すればよい。
【0042】
軟質なポリゴナルフェライトやパーライトが存在している場合には、これらの組織の面積率の合計は、金属組織全体に対して、20%以下であることが好ましい。
【0043】
上記の金属組織は、次の手順で測定できる。
【0044】
高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイト等、MA混合相、ポリゴナルフェライトおよびパーライトは、鋼板の圧延方向に平行な断面のうち、板厚の1/4位置をSEMにより倍率3000倍程度で観察すれば識別できる。SEM観察によれば、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等は主に灰色で観察され、結晶粒の中に白色もしくは灰色の残留γ等が分散している組織として観察される。ポリゴナルフェライトは、結晶粒の内部に上述した白色もしくは灰色の残留γ等を含まない結晶粒として観察される。パーライトは、炭化物とフェライトが層状になった組織として観察される。一方、MA混合相は、レペラー腐食を施した試料の光学顕微鏡観察によって、白色組織として観察される。
【0045】
ここで、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等とは、鋼板の圧延方向に平行な断面をナイタール腐食し、板厚の1/4位置をSEMにより倍率3000倍程度で観察すれば識別できる。鋼板の断面をナイタール腐食すると、炭化物と残留γは、いずれも白色もしくは灰色の組織として観察され、両者を区別することは困難である。これらのうち炭化物(例えば、セメンタイト)は、低温域で生成するほど、ラス間よりもラス内に析出する傾向があるため、炭化物同士の間隔が広い場合は、高温域で生成したと考えられ、炭化物同士の間隔が狭い場合は、低温域で生成したと考えることができる。また、残留γは、通常ラス間に生成するが、ラスの大きさは、組織の生成温度が低くなるほど小さくなるため、残留γ同士の間隔が広い場合は、高温域で生成したと考えられ、残留γ同士の間隔が狭い場合は、低温域で生成したと考えることができる。従って、本発明ではナイタール腐食した断面をSEM観察し、観察視野内に白色または灰色として観察される組織に着目し、隣接する組織間の中心位置間距離を測定したときに、この平均値(平均間隔)が1μm以上である組織を高温域生成ベイナイト、平均間隔が1μm未満である組織を低温域生成ベイナイト等とする。なお、上記組織の中心位置間距離は、最も隣接している組織について測定すればよい。
【0046】
上記のSEM観察によれば、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等には、残留γや炭化物も含まれるため、残留オーステナイトも含めた面積率として算出される。
【0047】
一方、残留γについては、SEM観察による組織の同定ができないため、飽和磁化法により体積率を測定する。この体積率の値はそのまま面積率と読み替えることができる。飽和磁化法による詳細な測定原理は、「R&D神戸製鋼技報、Vol.52、No.3、2002年、p.43〜46」を参照すれば良い。
【0048】
このように、残留γの体積率(面積率)は飽和磁化法で測定しているのに対し、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率はSEM観察で残留γを含めて測定しているため、これらの合計は100%を超える場合がある。
【0049】
MA混合相については、鋼板の圧延方向に平行な断面をレペラー腐食し、板厚の1/4位置を光学顕微鏡より倍率1000倍程度で観察すれば白色の組織として観察でき、他の組織と区別できる。この写真を画像解析すれば、MA混合相の面積率を測定できる。
【0050】
本発明の冷延鋼板は、旧γ粒の平均円相当直径Dが20μm以下(0μmを含まない)であることが好ましい。旧γ粒の平均円相当直径Dを小さくすることにより、伸び、伸びフランジ性、曲げ性の全てを更に向上させることができる。即ち、本発明の冷延鋼板の金属組織は、ベイナイト、残留オーステナイト、および焼戻しマルテンサイトの混合組織で構成されているため、変態前のオーステナイト粒径が大きいと、ベイナイト組織の複合単位の大きさが大きくなり、しかも組織の大きさにバラツキが生じることで、不均一な変形が生じ、歪が局所的に集中して加工性を改善することが難しくなる。そこで旧γ粒の平均円相当直径Dを20μm以下に制御し、数十μmオーダーでのマクロ的な不均一性を低減することが有効である。旧γ粒の平均円相当直径Dは、より好ましくは15μm以下、更に好ましくは10μm以下であることがよい。
【0051】
旧γ粒の平均円相当直径Dは、SEMと電子後方散乱回折(EBSP)とを組み合わせたSEM−EBSP法により測定できる。具体的には、SEM−EBSP法により、観察視野100μm×100μm程度の範囲を、0.1μmステップで結晶方位を測定した後、隣り合う測定点の結晶方位の関係を解析することによって旧γ粒界を特定できる。特定した旧γ粒界に基づいて、比較法によって旧γ粒の平均円相当直径Dを算出すればよい。SEM−EBSP法による詳細な測定原理については、「Acta Materialia、54、2006年、p.1279〜1288」を参照することができる。
【0052】
《成分組成について》
次に、本発明に係る冷延鋼板の成分組成について説明する。
【0053】
本発明の冷延鋼板は、C:0.10〜0.3%、Si:1.0〜3.0%、Mn:1.5〜3%、Al:0.005〜0.2%を含有し、P:0.1%以下(0%を含まない)、S:0.05%以下(0%を含まない)を満足している。こうした範囲を定めた理由は次の通りである。
【0054】
Cは、鋼板の強度を高めると共に、残留γを生成させるために必要な元素である。従ってC量は0.10%以上、好ましくは0.11%以上、より好ましくは0.13%以上である。しかし、過剰に含有すると溶接性が低下する。従ってC量は0.3%以下、好ましくは0.25%以下、より好ましくは0.20%以下とする。
【0055】
Siは、固溶強化元素として鋼板の高強度化に寄与する他、後述するT1温度域およびT2温度域での保持中に(オーステンパ処理中に)炭化物が析出するのを抑制し、残留γを効果的に生成させる上で大変重要な元素である。従ってSi量は1.0%以上、好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.4%以上である。しかし、過剰に含有すると、焼鈍での加熱・均熱時にγ単相が確保できずフェライトが残存してしまうため、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイトの生成が抑制される。また、強度が高くなりすぎて圧延負荷が増大する他、熱間圧延の際に鋼板表面にSiスケールを発生して鋼板の表面性状を悪化させる。従ってSi量は、3.0%以下、好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0056】
Mnは、焼入れ性を高めて冷却中にフェライトが生成するのを抑制し、ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトを得るために必要な元素である。また、Mnは、γを安定化させて残留γを生成させるのにも有効に作用する元素である。こうした作用を発揮させるために、Mn量は、1.5%以上、好ましくは1.8%以上、より好ましくは2.0%以上とする。しかし、過剰に含有すると、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制される。また、過剰添加は、溶接性の劣化や偏析による加工性の劣化を招く。従ってMn量は、3%以下、好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.6%以下とする。
【0057】
Alは、Siと同様に、後述するT1温度域およびT2温度域での保持中に(オーステンパ処理中に)炭化物が析出するのを抑制し、残留γを生成させるのに寄与する元素である。また、Alは、脱酸剤として作用する元素である。従ってAl量は、0.005%以上、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上である。しかし、過剰にAlを含有させると、鋼板の溶接性が著しく劣化するため、Alの含有量は、脱酸を目的とした最低限の添加にとどめておく必要がある。従ってAl量は、0.2%以下、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.1%以下とする。
【0058】
Pは、鋼板の溶接性を劣化させる元素である。従ってP量は、0.1%以下、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下である。P量はできるだけ少ない方が良いが、0%にするのは工業的に困難である。
【0059】
Sは、Pと同様、鋼板の溶接性を劣化させる元素である。また、Sは、鋼板中に硫化物系介在物を形成し、これが増大すると加工性が低下する。従って、S量は、0.05%以下、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。S量はできるだけ少ない方が良いが、0%にするのは工業的に困難である。
【0060】
本発明に係る冷延鋼板は、上記成分組成を満足するものであり、残部成分は、実質的に鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、NやO、トランプ元素(例えば、Pb、Bi、Sb、Snなど)などが含まれる。不可避不純物のうち、N量は0.01%以下(0%を含まない)、O量は0.01%以下(0%を含まない)であることが好ましい。
【0061】
Nは、鋼板中に窒化物を析出させて鋼板の強化に寄与する元素であるが、過剰に含有すると、窒化物が多量に析出して伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)、および曲げ性(R)の劣化を引き起こす。従ってN量は0.01%以下であることが好ましい。より好ましくは0.008%以下、更に好ましくは0.005%以下である。
【0062】
Oは、過剰に含有すると伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)、および曲げ性(R)の低下を招く元素である。従ってO量は0.01%以下であることが好ましい。より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0063】
本発明の鋼板は、更に他の元素として、
(a)Cr:1%以下(0%を含まない)および/またはMo:1%以下(0%を含まない)、
(b)Ti:0.15%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびV:0.15%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素、
(c)Cu:1%以下(0%を含まない)および/またはNi:1%以下(0%を含まない)、
(d)B:0.005%以下(0%を含まない)、
(e)Ca:0.01%以下(0%を含まない)、Mg:0.01%以下(0%を含まない)および希土類元素:0.01%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素、
等を含有しても良い。
【0064】
(a)CrとMoは、Mnと同様に、冷却中にフェライトが生成するのを抑制し、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを得るために有効に作用する元素である。これらの元素は、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、CrとMoは、夫々単独で、0.1%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.2%以上である。しかしCrとMoの含有量が、夫々1%を超えると、高温域生成ベイナイトの生成を著しく抑制する。また、過剰な添加はコスト高となる。従ってCrとMoは、夫々1%以下であることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。CrとMoを併用する場合は、合計量を1.5%以下とすることが推奨される。
【0065】
(b)Ti、NbおよびVは、鋼板中に炭化物や窒化物等の析出物を形成し、鋼板を強化すると共に、旧γ粒を微細化する作用を有する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Ti、NbおよびVは、夫々単独で、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.02%以上である。しかし、過剰に含有すると、粒界に炭化物が析出し、鋼板の伸びフランジ性や曲げ性が劣化する。従って、Ti、NbおよびVは、夫々単独で、0.15%以下であることが好ましい。より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.1%以下である。Ti、NbおよびVは、夫々単独で含有させてもよいし、任意に選ばれる2種以上を含有させてもよい。
【0066】
(c)CuとNiは、γを安定化させる元素であり、残留γを生成させるのに有効に作用する元素である。これらの元素は、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を発揮させるには、CuとNiは、夫々単独で0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、夫々単独で0.1%以上である。しかしCuとNiは、過剰に含有すると、熱間加工性が劣化する。従ってCuとNiは、夫々単独で1%以下とすることが好ましい。より好ましくは、夫々単独で0.8%以下、更に好ましくは、夫々単独で0.5%以下である。なお、Cuを1%を超えて含有させると熱間加工性が劣化するが、Niを添加すれば熱間加工性の劣化は抑制されるため、CuとNiを併用する場合は、コスト高となるが1%を超えてCuを添加してもよい。
【0067】
(d)Bは、Mn、CrおよびMoと同様に、冷却中にフェライトが生成するのを抑制し、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを生成させるのに有効に作用する元素である。こうした作用を発揮させるには、0.0005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.001%以上である。しかし、過剰に含有すると、ホウ化物を生成して延性を劣化させる。また、過剰に含有すると、CrやMoと同様に、高温域生成ベイナイトの生成を著しく抑制する。従ってB量は、0.005%以下であることが好ましく、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0068】
(e)Ca、Mgおよび希土類元素(REM)は、鋼板中の介在物を微細分散させるのに作用する元素である。こうした作用を発揮させるには、Ca、Mgおよび希土類元素は、夫々単独で、0.0005%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.001%以上である。しかし、過剰に含有すると、鋳造性や熱間加工性などを劣化させ、製造し難くなる。また、過剰添加は、鋼板の延性を劣化させる原因となる。従ってCa、Mgおよび希土類元素は、夫々単独で、0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0069】
上記希土類元素とは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味であり、これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有させるのがよい。
【0070】
以上、本発明に係る冷延鋼板の金属組織と成分組成について説明した。
【0071】
次に、この冷延鋼板を製造する方法について説明する。
【0072】
上記冷延鋼板は、
上記成分組成を満足する鋼板をAc
3点以上の温度に加熱した後、50秒以上均熱する工程と、
下記式(1)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度15℃/秒以上で冷却する工程と、
下記式(1)を満たす温度域で5〜100秒間保持する工程と、
下記式(2)を満たす温度域で200秒間以上保持する工程と、
をこの順で含むことによって製造できる。
400℃≦T1(℃)≦540℃ ・・・(1)
200℃≦T2(℃)<400℃ ・・・(2)
【0073】
以下、本発明の冷延鋼板を製造する方法について、順を追って説明する。
【0074】
まず、Ac
3点以上の温度に加熱する前の冷延鋼板として、スラブを常法に従って熱間圧延し、得られた熱延鋼板を冷間圧延したものを準備する。熱間圧延は、仕上げ圧延温度を、例えば、800℃以上、巻取り温度を、例えば、700℃以下とすればよい。冷間圧延では、冷延率を、例えば、10〜70%の範囲として圧延すればよい。
【0075】
冷間圧延して得られた冷延鋼板は、連続焼鈍ラインで、Ac
3点以上の温度に加熱し、この温度域で50秒間以上保持して均熱することによってγ単相にする。均熱温度がAc
3点の温度を下回るか、Ac
3点以上の温度域での均熱時間が50秒を下回ると、オーステナイト中にフェライトが残存し、上記高温域生成ベイナイトの面積率aと上記低温域生成ベイナイト等の合計面積率bの合計量(a+b)を所定値以上に確保することができない。均熱温度は、好ましくはAc
3点+10℃以上であり、より好ましくはAc
3点+20℃以上である。しかし、均熱温度を高くし過ぎても上記の合計量は大きく変化せず、経済的に無駄であるため、上限は、例えば、1000℃である。一方、均熱時間は、好ましくは100秒間以上である。しかし、均熱時間が長過ぎると、オーステナイト粒径が大きくなり、加工性が悪くなる傾向がある。従って均熱時間は、500秒間以下とすることが好ましい。なお、上記冷延鋼板をAc
3点以上の温度に加熱するときの平均加熱速度は1℃/秒以上であればよい。
【0076】
上記Ac
3点は、「レスリー鉄鋼材料科学」(丸善株式会社、1985年5月31日発行、P.273)に記載されている下記(a)式から算出できる。下記(a)式中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ac
3(℃)=910−203×[C]
1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]−11×[Cr]+31.5×[Mo]−20×[Cu]−15.2×[Ni]+400×[Ti]+104×[V]+700×[P]+400×[Al] ・・(a)
【0077】
Ac
3点以上の温度に加熱して50秒間以上保持して均熱化した後は、上記式(1)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度15℃/秒以上で急冷する。Ac
3点以上の温度域から上記式(1)を満たす任意の温度Tまでの範囲を急冷することにより、オーステナイトがポリゴナルフェライトに変態するのを抑制し、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方を所定量ずつ生成させることができる。この区間の平均冷却速度は、好ましくは20℃/秒以上であり、より好ましくは25℃/秒以上である。平均冷却速度の上限は特に限定されないが、例えば、100℃/秒程度であればよい。
【0078】
上記式(1)を満たす任意の温度Tまで冷却した後は、上記式(1)を満たすT1温度域で5〜100秒間保持した後、上記式(2)を満たすT2温度域で200秒間以上保持する。T1温度域とT2温度域に保持する時間を夫々適切に制御することによって、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等を所定量ずつ生成させることができる。具体的には、T1温度域で所定時間保持することにより、高温域生成ベイナイトとベイニティックフェライトの生成量を制御でき、T2温度域で所定時間保持するオーステンパ処理によって、未変態オーステナイトを低温域ベイナイト、ベイニティックフェライト、またはマルテンサイトに変態させると共に、炭素をオーステナイトへ濃化させて残留γを生成させ、本発明で規定する金属組織を生成させることができる。
【0079】
また、T1温度域における保持と、T2温度域における保持を組み合わせることにより、MA混合相の生成を抑制できる効果も発揮される。このメカニズムは、次のように考えられる。一般的に、SiやAlを添加すると、炭化物の析出が抑制されるため、オーステンパ処理ではベイナイト変態と共に炭素が未変態オーステナイトへ濃化する現象が認められる。そのため、オーステンパ処理を施すことにより、残留γを多く生成させることができる。
【0080】
ここで、炭素が未変態オーステナイトへ濃化する現象について説明する。炭素の濃化量は、フェライトとオーステナイトの自由エネルギーが等しくなるTo線で示される濃度までに制限されるため、ベイナイト変態も停止することが知られている。このTo線は、温度が高いほど低炭素濃度側になることから、オーステンパ処理を比較的高温で行うと、処理時間を長くしてもベイナイト変態がある程度のところで停止してしまう。このとき、未変態のオーステナイトの安定性は低いため、粗大なMA混合相が生成する。
【0081】
そこで、本発明では、上記T1温度域で保持した後、上記T2温度域で保持することにより未変態オーステナイトへのC濃度の許容量を多くすることができるため、高温域よりも低温域の方が、ベイナイト変態が進行し、MA混合相が小さくなる。また、上記T1温度域で保持する場合に比べて、上記T2温度域で保持する場合は、ラス状組織のサイズが小さくなるため、MA混合相が存在したとしても、MA混合相自体も細分化され、MA混合相を小さくすることができる。更に、本発明では、T1温度域で所定時間保持した後、T2温度域で保持しているため、T2温度域での保持を開始した時点で、既に高温域生成ベイナイトが生成している。従ってT2温度域では、高温域生成ベイナイトがきっかけとなり、低温域生成ベイナイトの変態が促進されるため、オーステンパ処理の時間を短縮できるという効果も発揮される。
【0082】
なお、Ac
3点以上の温度域から、上記T1温度域での保持を行わずに、上記式(2)を満たす任意の温度まで冷却し、この式(2)を満たすT2温度域のみで保持した場合(即ち、単純な低温保持のオーステンパ処理)であっても、ラス状組織のサイズは小さくなるため、MA混合相自体は小さくすることができる。しかし、この場合は、上記T1温度域で保持していないため、高温域生成ベイナイトが殆ど生成せず、また基地のラス状組織の転位密度が大きくなり、強度が高くなり過ぎて伸びが低下する。
【0083】
また、上記特許文献4には、Ac
3点+10℃以上の温度に加熱した後、微細ポリゴナルフェライトが生成する温度以下(好ましくは650℃以下)、360℃以上の温度域まで急冷し、この温度域で一定温度に保持することにより、微細ポリゴナルフェライトを積極的に生成させる技術が開示されている。しかしこの文献には、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイトの2種類のベイナイトを生成させるという技術的思想は開示されておらず、T1温度域とT2温度域に分けて夫々保持することについては記載されていない。
【0084】
本発明において、上記式(1)で規定するT1温度域は、具体的には、400℃以上、540℃以下とする。この温度域で所定時間保持することによって、高温域生成ベイナイトとベイニティックフェライトを生成させることができる。即ち、540℃を超える温度域で保持すると、軟質なポリゴナルフェライトや擬似パーライトが生成し、所望の特性が得られない。従ってT1温度域の上限は540℃、好ましくは520℃、より好ましくは500℃である。一方、400℃を下回ると、高温域生成ベイナイトが生成しないため、加工性を改善できない。従ってT1温度域の下限は400℃、好ましくは420℃である。
【0085】
上記式(1)を満たすT1温度域で保持する時間は、5〜100秒間とする。保持時間が100秒を超えると、高温域生成ベイナイトが過剰に生成するため、後述するように、上記T2温度域で所定時間保持しても低温域生成ベイナイト等の生成量を確保できない。従って高強度と良好な加工性を両立させることができない。また、T1温度域で長時間保持すると、炭素がオーステナイト中に濃化し過ぎるため、T2温度域でオーステンパ処理しても粗大なMA混合相が生成してしまう。従って保持時間は100秒以下とし、好ましくは90秒以下、より好ましくは80秒以下である。しかしT1温度域での保持時間が短過ぎると高温域生成ベイナイトの生成量が少なくなるため、加工性を改善することができない。従ってT1温度域での保持時間は5秒以上とし、好ましくは7秒以上、より好ましくは10秒以上である。
【0086】
本発明において、T1温度域での保持時間とは、鋼板の表面温度が、T1温度域上限に到達した時点から、下限に到達するまでの時間を意味し、具体的には、540℃に到達した時点から、400℃に到達するまでの時間である。
【0087】
上記式(1)を満たすT1温度域で保持する方法は、T1温度域での滞留時間が5〜100秒間であれば特に限定されず、例えば、
図3の(i)〜(iii)に示すヒートパターンを採用すればよい。但し、本発明はこれに限定する趣旨ではなく、本発明の要件を満足する限り、上記以外のヒートパターンを適宜採用できる。
【0088】
このうち
図3の(i)は、Ac
3点以上の温度から上記式(1)を満たす任意の温度Tまで急冷した後、この温度Tで所定時間恒温保持する例であり、恒温保持後、上記式(2)を満足する任意の温度まで冷却している。
図3の(i)には、一段階の恒温保持を行った場合について示しているがこれに限定されず、T1温度域の範囲内であれば、保持温度が異なる2段階以上の恒温保持を行ってもよい。
【0089】
図3の(ii)は、Ac
3点以上の温度から上記式(1)を満たす任意の温度Tまで急冷した後、冷却速度を変更し、T1温度域の範囲内で所定時間かけて冷却した後、再度冷却速度を変更して上記(2)式を満足する任意の温度まで冷却する例である。
図3の(ii)には、T1温度域の範囲内で所定時間かけて冷却した場合を示しているがこれに限定されず、T1温度域の範囲内であれば、所定時間かけて加熱する工程を含んでいても良いし、冷却と加熱を適宜繰り返してもよい。また、
図3の(ii)に示すように一段冷却ではなく、冷却速度が異なる二段以上の多段冷却を行ってもよい。また、一段加熱や、二段以上の多段加熱を行なってもよい(図示せず)。
【0090】
図3の(iii)は、Ac
3点以上の温度から上記式(1)を満たす任意の温度Tまで急冷した後、冷却速度を変更し、上記(2)式を満足する任意の温度までを、同じ冷却速度で徐冷する例である。このように徐冷する場合であっても、T1温度域内での滞留時間は5〜100秒間とする。
【0091】
本発明において、上記式(2)で規定するT2温度域は,具体的には、200℃以上、400℃未満とする。この温度域で所定時間保持することにより、上記T1温度域で変態しなかった未変態オーステナイトを、低温域生成ベイナイト、ベイニティックフェライト、またはマルテンサイトに変態させることができる。また、充分な保持時間を確保することによりベイナイト変態が進行して、最終的に残留γが生成し、MA混合相も細分化される。このマルテンサイトは、変態直後は焼入れマルテンサイトとして存在するが、T2温度域で保持している間に焼戻され、焼戻しマルテンサイトとして残留する。この焼戻しマルテンサイトは、鋼板の伸び、伸びフランジ性、または曲げ性のいずれにも悪影響を及ぼさない。しかし400℃以上で保持すると、粗大なMA混合相が生成するため、局所変形能が低下して伸びフランジ性や曲げ性を改善できない。従ってT2温度域は、400℃未満とする。好ましくは390℃以下、より好ましくは380℃以下である。一方、200℃を下回る温度で保持しても低温域生成ベイナイトが生成しないため、γ中の炭素濃度が低くなり、残留γ量を確保できず、さらに焼入れマルテンサイトが多く生成するので、強度が高くなり、伸び、伸びフランジ性、曲げ性のバランスが悪くなる。また、γ中の炭素濃度が低くなり、残留γ量を確保できないため、伸びを高めることができない。従ってT2温度域の下限は200℃とする。好ましくは250℃であり、より好ましくは280℃である。
【0092】
上記式(2)を満たすT2温度域で保持する時間は、200秒間以上とする。保持時間が200秒を下回ると、低温域生成ベイナイト等の生成量が少なくなり、γ中の炭素濃度が低くなり、残留γ量を確保できず、さらに焼入れマルテンサイトが多く生成するので、強度が高くなり、伸び、伸びフランジ性、曲げ性のバランスが悪くなる。また、炭素の濃化が促進されないため、残留γの生成量が少なくなり、伸びを改善することができない。また、上記T1温度域で生成した粗大なMA混合相を微細化できないため、伸びフランジ性や曲げ性を改善できない。従って保持時間は200秒以上とする。好ましくは250秒以上であり、より好ましくは300秒以上である。保持時間の上限は特に限定されないが、長時間保持すると生産性が低下するほか、濃化した炭素が炭化物として析出して残留γを生成させることができず、伸びの劣化を招く。また、生産性が低下する。従って保持時間の上限は、例えば、1800秒とすればよい。
【0093】
本発明において、T2温度域での保持時間とは、鋼板の表面温度が、T2温度域上限に到達した時点から、下限に到達するまでの時間を意味し、具体的には、400℃未満に到達した時点から、200℃に到達するまでの時間である。
【0094】
上記式(2)を満たすT2温度域で保持する方法は、T2温度域での滞留時間が200秒間以上となれば特に限定されず、上記T1温度域内におけるヒートパターンのように、恒温保持してもよいし、T2温度域内で冷却または加熱してもよい。
【0095】
本発明の技術は、特に、板厚が3mm以下の薄鋼板に好適に採用できる。
【0096】
上記冷延鋼板の表面には、溶融亜鉛めっき層や合金化溶融亜鉛めっき層を形成してもよい。溶融亜鉛めっき層や合金化溶融亜鉛めっき層を形成するときの条件は特に限定されず、公知の条件を採用できる。
【0097】
本発明に係る冷延鋼板は、引張強度が980MPa以上で、且つ加工性全般に亘って良好である。この冷延鋼板は、自動車の構造部品の素材として好適に用いられる。自動車の構造部品としては、例えば、フロントやリア部サイドメンバやクラッシュボックスなどの正突部品をはじめ、ピラー類などの補強材(例えば、センターピラーリインフォース)、ルーフレールの補強材、サイドシル、フロアメンバー、キック部などの車体構成部品、バンパーの補強材やドアインパクトビームなどの耐衝撃吸収部品、シート部品などが挙げられる。また、上記冷延鋼板は、温間での加工性が良好であるため、温間成形用の素材としても好適に用いることができる。なお、温間加工とは、50〜500℃程度の温度範囲で成形することを意味している。
【実施例】
【0098】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0099】
下記表1に示す成分組成の鋼(残部は鉄および不可避不純物)を真空溶製して実験用スラブを製造した。下記表1に示した成分組成と、上記式(a)に基づいて、Ac
3点を算出し、結果を下記表1に併せて示す。なお、算出したAc
3点の温度は、下記表2〜表4にも併せて示した。
【0100】
得られた実験用スラブを熱間圧延した後に冷間圧延し、次いで連続焼鈍して供試材を製造した。具体的な条件は次の通りである。
【0101】
実験用スラブを1250℃で30分間加熱保持した後、圧下率を約90%とし、仕上げ圧延温度が920℃となるように熱間圧延し、この温度から平均冷却速度30℃/秒で巻取り温度500℃まで冷却して巻き取った。巻き取った後、この巻取り温度(500℃)で30分間保持し、次いで室温まで炉冷して板厚2.6mmの熱延鋼板を製造した。
【0102】
得られた熱延鋼板を酸洗して表面スケールを除去してから、冷延率46%で冷間圧延を行い、板厚1.4mmの冷延鋼板を製造した。
【0103】
得られた冷延鋼板を、下記表2〜表4に示す温度(℃)に加熱し、下記表2〜表4に示す時間保持して均熱した後、次に示す4つの何れかのパターンに従って冷却し、連続焼鈍して供試材を製造した。
【0104】
(冷却パターンi;上記
図3の(i)に対応)
均熱後、下記表2〜表4に示す平均冷却速度(℃/秒)で下記表2〜表4に示す開始温度T(℃)に冷却した後、この開始温度Tで下記表2〜表4に示す時間(秒;ステップ時間)保持し、次いで下記表2〜表4に示すT2温度域における開始温度(℃)まで冷却し、この開始温度で保持した。下記表2〜表4には、T1温度域における滞在時間(秒)とT2温度域における滞在時間(秒)を示す。また、T1温度域で保持を完了した時点から、T2温度域における開始温度に到達するまでの時間(秒)を示した。
【0105】
(冷却パターンii;上記
図3の(ii)に対応)
均熱後、下記表2〜表4に示す平均冷却速度(℃/秒)で下記表2〜表4に示す開始温度T(℃)に冷却した後、下記表2〜表4に示す終了温度(℃)まで、下記表2〜表4に示すステップ時間(秒)をかけて冷却し、次いで下記表2〜表4に示すT2温度域における開始温度(℃)まで冷却し、この開始温度で下記表2〜表4に示す時間(秒)保持した。下記表2〜表4には、T1温度域における滞在時間(秒)とT2温度域における滞在時間(秒)を示す。また、T1温度域で保持を完了した時点から、T2温度域における開始温度に到達するまでの時間(秒)を示した。
【0106】
(冷却パターンiii;上記
図3の(iii)に対応)
均熱後、下記表2〜表4に示す平均冷却速度(℃/秒)で下記表2〜表4に示す開始温度T(℃)に冷却した後、下記表2〜表4に示すT2温度域における開始温度(℃)まで冷却し、この開始温度で保持した。下記表2〜表4には、T1温度域における滞在時間(秒)とT2温度域における滞在時間(秒)を示す。
【0107】
(冷却パターンiv)
均熱後、下記表2〜表4に示すT1温度域における開始温度(℃)またはT2温度域における開始温度(℃)まで冷却し、いずれかの開始温度で保持した。下記表2〜表4には、T1温度域における滞在時間(秒)とT2温度域における滞在時間(秒)を示す。
【0108】
なお、表2〜表4には、
図3の(i)、(ii)に示すように、Ac
3点以上の温度から上記式(1)を満たす任意の温度Tまで冷却した後、恒温保持するか、T1温度域内において冷却してから上記式(2)を満たす任意の温度まで冷却するヒートパターンを「ステップ冷却」と記載し、
図3の(iii)に示すように、Ac
3点以上の温度から上記式(1)を満たす任意の温度Tまで冷却した後、冷却速度を変更し、上記(2)式を満足する任意の温度まで冷却するヒートパターンを「徐冷」と記載する。
【0109】
得られた供試材について、金属組織の観察と機械的特性の評価を次の手順で行った。
【0110】
《金属組織の観察》
金属組織のうち、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等(即ち、低温域生成ベイナイト+焼戻しマルテンサイト)の面積率は走査型電子顕微鏡で観察して算出し、残留γの体積率は飽和磁化法で測定した。
【0111】
[(1)高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率]
供試材の圧延方向に平行な断面について、表面を研磨し、更に電解研磨した後、ナイタール腐食させて、板厚の1/4位置をSEMで、倍率3000倍で5視野観察した。観察視野は約50μm×50μmとした。
【0112】
次に、観察視野内において、白色または灰色として観察される残留γと炭化物の平均間隔を前述した方法に基づいて測定した。これらの平均間隔によって区別される高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率は、点算法により測定した。
【0113】
下記表5、表6に、高温域生成ベイナイトの面積率a(%)と、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計面積率b(%)を示す。また、上記面積率aと合計面積率bとの合計(a+b)も示す。
【0114】
[(2)残留γの体積率]
金属組織のうち、残留γの体積率は、飽和磁化法で測定した。具体的には、供試材の飽和磁化(I)と、400℃で15時間熱処理した標準試料の飽和磁化(Is)を測定し、下記式から残留γの体積率(Vγr)を求めた。飽和磁化の測定は、理研電子製の直流磁化B−H特性自動記録装置「model BHS−40」を用い、最大印加磁化を5000(Oe)として室温で測定した。
Vγr=(1−I/Is)×100
【0115】
また、残留γと焼入れマルテンサイトとが複合したMA混合相のうち、全MA混合相の個数に対して、観察断面での円相当直径dが3μmを超えるMA混合相の個数割合は次の手順で測定した。供試材の圧延方向に平行な断面の表面を研磨し、光学顕微鏡を用い、観察倍率1000倍で5視野について観察し、MA混合相の円相当直径dを測定した。観察されたMA混合相の個数に対して、観察断面での円相当直径dが3μmを超えるMA混合相の個数割合を算出した。個数割合が15%未満である場合を合格(○)、15%以上である場合を不合格(×)として評価結果を下記表5、表6に示す。
【0116】
また、旧γ粒の平均円相当直径Dは、SEM−EBSP法により0.1μmステップで観察視野100μm×100μmの領域の結晶方位を3視野について測定した後、隣り合う測定点の結晶方位の関係を解析して旧γ粒界を特定し、これに基づいて旧γ粒の平均円相当直径Dを比較法により算出した。なお、EBSP法による方位解析条件は、CI値0.1以上とした。
【0117】
図4に、下記表2に示したNo.2(本発明例)の電子顕微鏡写真(図面代用写真)、
図5に、下記表2に示したNo.4(比較例)の電子顕微鏡写真(図面代用写真)を示す。
【0118】
図4中、点線で囲んだ領域は、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの複合組織であり、本発明例では、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方の組織が生成していることが分かる。これに対し、
図5は、上記のような複合組織の形成は見られず、単一のベイナイト組織から構成されていることが分かる。
【0119】
《機械的特性の評価》
供試材の機械的特性は、引張強度(TS)、伸び(EL)、穴拡げ率(λ)、限界曲げ半径(R)に基づいて評価した。
【0120】
(1)引張強度(TS)と伸び(EL)は、供試材から切り出したJIS Z2201で規定される5号試験片を用い、JIS Z2241に基づいて引張試験を行って測定した。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように切り出した。測定結果を下記表7、表8に示す。
【0121】
(2)穴拡げ率(λ)は、鉄鋼連盟規格JFST 1001に基づいて穴拡げ試験を行って測定した。測定結果を下記表7、表8に示す。
【0122】
(3)限界曲げ半径(R)は、V曲げ試験を行って測定した。具体的には、JIS Z2204で規定される1号試験片(板厚:1.4mm)を供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向(曲げ稜線が圧延方向と一致)となるように切り出し、JIS Z2248に準じてV曲げ試験を行った。なお、亀裂が発生しないように、試験片の長手方向の端面には機械研削を行ってからV曲げ試験を行った。
【0123】
ダイとパンチの角度は60°とし、パンチの先端半径を0.5mm単位で変えて曲げ試験を行い、亀裂が発生せずに曲げることができるパンチ先端半径を限界曲げ半径(R)として求めた。測定結果を下記表7、表8に示す。なお、亀裂発生の有無はルーペを用いて観察し、ヘアークラック発生なしを基準として判定した。
【0124】
供試材の機械的特性は、引張強度(TS)に応じた伸び(EL)、穴拡げ率(λ)、および限界曲げ半径(R)の基準に従って評価した。即ち、鋼板のTSによって要求されるEL、λ、Rは異なるため、TSレベルに応じて下記基準に従って機械的特性を評価した。
【0125】
下記評価基準に基づいて、EL、λおよびRの全ての特性が満足している場合を合格(○)、何れかの特性が基準値に満たない場合を不合格(×)とし、評価結果を下記表7、表8に示す。
【0126】
(1)980MPa級の場合
TS:980MPa以上、1180MPa未満
EL:16%以上
λ :30%以上
TS(MPa)×EL(%)×λ(%)/1000:700以上
R :1.5mm以下
(2)1180MPa級の場合
TS:1180MPa以上、1270MPa未満
EL:14%以上
λ :25%以上
TS(MPa)×EL(%)×λ(%)/1000:600以上
R :2.5mm以下
(3)1270MPa級の場合
TS:1270MPa以上、1370MPa未満
EL:12%以上
λ :20%以上
TS(MPa)×EL(%)×λ(%)/1000:500以上
R :3.5mm以下
なお、本発明では、TSが980MPa以上であることを前提としており、TSが980MPa未満の場合は、EL、λ、Rが良好であっても対象外として扱う。
【0127】
下記表1〜表8から次のように考察できる。
【0128】
下記表2〜表4に示したNo.1〜67のうち、No.1、5、12、31、43〜47、57〜59、62、63は、本発明で規定する上記パターンiで冷却した例であり、No.6、13、14、27、28は本発明で規定する上記パターンiiiで冷却した例であり、No.4、11、38は本発明の要件を外れる上記パターンivで冷却した例であり、残りは本発明で規定する上記パターンiiで冷却した例である。
【0129】
下記表7、表8において、総合評価に○が付されている例は、いずれも本発明で規定する要件を満足している冷延鋼板であり、各TSに応じて定めた機械的特性(EL、λ、R)の基準値を満足している。従って本発明の高強度冷延鋼板は、加工性全般に亘って良好であることが分かる。
【0130】
一方、総合評価に×が付されている例は、本発明で規定するいずれかの要件を満足していない冷延鋼板である。詳細には次の通りである。
【0131】
No.3、No.10、およびNo.47は、加熱、均熱温度がAc
3点の温度を下回って低過ぎる例であり、二相域で焼鈍した例である。その結果、フェライト分率が高くなり、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成が抑制されているため、TSが低下した。
【0132】
No.4およびNo.11は、均熱処理した後、T1温度域まで冷却し、この温度で保持した例である。T1温度域のみで保持しているため、T2温度域での保持時間が短過ぎており、低温域生成ベイナイト等が殆ど生成しておらず、粗大なMA混合相が多く生成しているため、λが基準値より小さくなり、穴拡げ性を改善できていなかった。
【0133】
No.7は、T2温度域での保持時間が短過ぎるため、低温域生成ベイナイト等の生成が抑制された例である。従ってELが基準値より小さくなっており伸びを改善できていない。また、Rが基準値より大きくなっており曲げ性も改善できていない。また、粗大なMA混合相が多く生成しているため、λは基準値を満足するが、ELとλのバランスが低くなっており、曲げ性も低くなった。
【0134】
No.14は、T1温度域における保持時間が長過ぎるため、低温域生成ベイナイトの生成率が低く、粗大なMA混合相が多く生成しているため、λが基準値より小さくなり、穴拡げ性を改善できていない例である。また、ELとλのバランスが低くなった。
【0135】
No.15は、T2温度域での保持時間が短過ぎるため、低温域生成ベイナイト等の生成が抑制されている例である。粗大なMA混合相が多く生成しているため、Rが基準値より大きくなっており曲げ性が改善できていなかった。また、ELとλのバランスも低くなった。
【0136】
No.28およびNo.29は、T1温度域における保持時間が短過ぎる例であり、高温域生成ベイナイトの生成が抑制された結果、ELが小さくなり、加工性を改善できていなかった。
【0137】
No.30は、T1での滞在時間は満たしているが、急冷終点温度(ステップ開始温度)が540℃を上回っているため、フェライトが多く生成し、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成が抑制されているため、TSが低下した。
【0138】
No.31は、均熱した後、T1温度域で保持せずに、T2温度域のみで保持した例であり、高温域生成ベイナイトの生成が抑制され、ELが小さくなり、加工性を改善できていなかった。
【0139】
No.34およびNo.52は、均熱後の平均冷却速度が小さ過ぎる例であり、冷却中にフェライト変態が生じてしまい、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成が抑制された結果、TSが低下していた。
【0140】
No.35およびNo.53は、いずれもT1温度域での保持時間が短い例であり、高温域生成ベイナイトの生成量が少ないため、ELが小さくなった。
【0141】
No.36、No.39、No.54、およびNo.55は、T1温度域での保持時間が長過ぎる例であり、低温域生成ベイナイト等の生成が抑制されていた。そのため粗大なMA混合相が多く生成し、λが小さくなった。
【0142】
No.38は、均熱処理した後、T2温度域まで冷却し、この温度で保持した例である。T2温度域のみで保持しているため、高温域生成ベイナイトが殆ど生成しておらず、ELが基準値より小さくなり、伸びを改善できていなかった。
【0143】
No.40は、T1温度域のみで保持した例であり、T2温度域で保持していなかった。従って、低温域生成ベイナイト等の生成が抑制され、粗大なMA混合相が多く生成しているため、λが小さくなった。
【0144】
No.41は、T2温度域を下回る温度で保持した例であり、T2温度域における保持時間が短過ぎる例である。そのため、低温生成ベイナイトの生成が抑制されており、ELが小さくなって加工性を改善できていなかった。
【0145】
No.44は、均熱時間が短過ぎる例であり、オーステナイト単相化できないため、残存しているフェライトと冷却中に生成したフェライトとが合計される結果、フェライとの生成量が多くなり、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成量が少なくなった。その結果、TSが低下した。
【0146】
No.64〜67は、鋼板の成分組成が本発明で規定する要件を満足しない例であり、各TSに応じた機械的特性(EL、λ、R)の基準値を満足していなかった。具体的には次の通りである。
【0147】
No.64は、C量が少な過ぎる例であり、TSが980MPa未満となり、所望の強度を確保できていなかった。
【0148】
No.65は、Si量が多過ぎる例であり、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成が抑制されているため、TSが980MPa未満となり、強度不足であった。
【0149】
No.66は、980MPa級のTSを達成できている例であるが、Si量が少な過ぎるため、残留γの生成量が確保できていなかった。従ってELが小さくなった。
【0150】
No.67は、Mn量が少な過ぎる例であり、充分に焼入れできていないため、冷却中にフェライトが生成し、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の生成が抑制されていた。従ってTSが980MPa未満となり、強度不足になった。
【0151】
以上の結果より、本発明によれば、加工性全般を改善した高強度冷延鋼板を提供できることが分かる。
【0152】
次に、上記表7、表8に示した引張強度(TS)と伸び(EL)の積(TS×EL)を算出し、積の値と穴拡げ率(λ)との関係を
図6に示す。
図6において、●は旧γ粒の平均円相当直径Dが20μm以下の結果、△は旧γ粒の平均円相当直径Dが20μm超の結果を示している。
【0153】
図6から明らかなように、TS×ELの値が同じ場合であっても、旧γ粒の平均円相当直径Dを20μm以下に抑えることにより、穴拡げ率(λ)を大きくすることができ、加工性を改善できることが分かる。
【0154】
【表1】
【0155】
【表2】
【0156】
【表3】
【0157】
【表4】
【0158】
【表5】
【0159】
【表6】
【0160】
【表7】
【0161】
【表8】