【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
実施例1:Cyp3a遺伝子がノックアウトされた、免疫不全肝障害マウスの作製
本発明者が作製したcyp3a(KO/KO)マウス(WO2009/063722)の凍結精子を融解し、本発明者が作製したuPA(+/+)/SCID(+/+)マウス(WO2008/001614)の未受精卵と人工授精後、仮腹に戻した。生まれた子マウスのうち、遺伝子型がcyp3a(KO/wt)/uPA(+/wt)/SCID(+/wt)マウス[F1]を選択し、自然交配にてuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスに2度目のバッククロスを行い、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2]を得た。
【0048】
uPA遺伝子型およびSCID遺伝子型の識別は、従来公知の手法に従って行った(特開WO 2008/001614)。すなわち、uPA遺伝子型の識別はuPA遺伝子に特異的な配列を含むプライマーを用いたゲノムPCR法により、また、SCID遺伝子型の識別は、PCR-RFLP法により行った。Cyp3a遺伝子型の識別は、子マウスの尾よりゲノムDNAを抽出し、ゲノムPCR法により行った((株)クロモセンターに委託)。ゲノムPCR法の結果から、相同染色体交差のないcyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスおよび/またはcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスを選択した。尚、N2の相同染色体交差による組み換え率は、12%であった。
【0049】
次に、得られたcyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2]同士を交配させ、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)[N2F1]を得て、以下のヒト肝細胞の移植実験に用いた。
【0050】
また、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]へのヒト肝細胞の生着、置換率が低かったため、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)[N2]マウスをさらに、自然交配でuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスに2回バッククロスし、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N3、N4]を得、さらに、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4]同士を掛け合わせ、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]を得た。得られたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]についても、以下のヒト肝細胞の移植実験に用いた。尚、相同染色体交差による組み換え率は、N2F1にて12%、N3にて0%、N4にて36%、N4F1にて24〜29%であった。
【0051】
実施例2:ヒト肝細胞移植1
ヒト肝細胞としては、BD Gentest社より購入した肝細胞(Lot No.BD85、男児、2才)を使用した。この凍結肝細胞を、従来公知の手法(Chise Tatenoら、Am J Pathol 165:901-912, 2004)に従って融解して用いた。
【0052】
実施例1にて得られたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1](生後2〜4週齢)29匹をエーテルで麻酔し、左腹部を約5 mm切開し、脾頭より2.5〜10.0×10
5個のヒト肝細胞を注入した後、脾臓を腹腔に戻し縫合した。また、対照として、uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスにも、同様にヒト肝細胞を移植した。
【0053】
移植後3週、6週、その後は毎週、マウス尾静脈より2 uLの血液を採取し、LX-Buffer (栄研化学株式会社)200 uLに添加した。免疫比濁法により自動分析装置JEOL BM6050(日本電子)を用いて、マウス血中のヒトアルブミン濃度を測定した。その結果、ヒト肝細胞を移植したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス(以下、「cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス」と記載)ではヒトアルブミンの増加が認められ、ヒトアルブミン>7 mg/mlのものが6匹認められた(21%、
図1(a))。ヒト肝細胞を移植したuPA(+/+)/SCID(+/+)マウス(以下、「PXBマウス」と記載)においては、約80%のマウスでヒトアルブミン>7 mg/mlを示すことから、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスにおけるヒト肝細胞の生着および置換率は、PXBマウスと比べて低いことを示唆する。また、いずれのマウスも順調な体重増加が観察された(
図1(b))。
【0054】
移植後10〜11週(14週齢)に各キメラマウスおよび非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]を解剖し、肝臓、小腸、血液を採取した。採取した肝臓および小腸は適当な大きさにカットした後、1 mLのRNA Later (Life Technologies Corporation, Cat No. AM7020)中に浸漬して4℃で1昼夜保存した後、-80℃で保存した。また、1部の肝臓、小腸は凍結切片作製用としてOCTコンパウンド(ティッシュテック)に封入し、液体窒素で凍結保存した。余った小腸および肝臓から遠心分離等の操作によりミクロソームを調製した。調製したミクロソームは-80℃で保存した。
【0055】
実施例3:RT-PCR法による肝臓におけるヒトおよびマウスCyp mRNA発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスならびに非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の肝臓における、ヒトまたはマウスの各種CYPおよびβ-actin(補正遺伝子)をコードするmRNAの発現量を、RT-PCR法を用いて測定した。
【0056】
肝臓におけるヒトCYP1A2、2B6、2C8、2C9、2C19、2D6および3A4をコードするmRNA発現量の解析結果を、
図2に示す。
肝臓におけるこれらCYPをコードするmRNAの発現量について、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]とPXBマウスを比較した場合、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]における発現量は、PXBマウスにおける発現量のおよそ70%〜117%であり、ほぼ同程度の遺伝子発現量が認められた。
【0057】
次に、肝臓におけるマウスCyp1a2、2b10、2c29、2c37、2c55および3a11をコードするmRNA発現量の解析結果を、
図3に示す。
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]においては、マウスにおいて代表的なCyp3a分子種であるCyp3a11をコードするmRNA発現は検出されなかった(
図3(f))。cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]とPXBマウスを比べた場合、Cyp1a2、2b10および2c37をコードするmRNA発現量は、両者においてほぼ同程度であり(
図3(a)、(b)、(d))、Cyp2c29および2c55をコードするmRNA発現量はcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]の方が、PXBマウスよりも高値を示した(
図3(c)、(e))。また、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]と非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]を比べた場合、非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の方が、Cyp1a2、2b10、2c29、2c37および2c55をコードするmRNAについていずれも高い発現量を示した(
図3(a)−(e))。
【0058】
実施例4:RT-PCR法による小腸におけるマウスCYP mRNA発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスならびに非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の小腸における、マウスの各種CYPをコードするmRNAの発現量を、RT-PCR法を用いて測定した。
【0059】
小腸におけるマウスCyp2b10、2c55および3a11をコードするmRNA発現量の解析結果を、
図4に示す。
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]においては、マウスにおいて代表的なCyp3a分子種であるCyp3a11をコードするmRNA発現は検出されなかった(
図4(c))。また、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]と非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]を比べた場合、非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の方が、Cyp2b10および2c55をコードするmRNAがいずれも高い発現量を示した(
図4(a)、(b))。
【0060】
実施例5:免疫染色法による肝臓におけるマウスCyp3a発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスの外側左葉の凍結切片を作製し、ヒト特異的サイトケラチン8/18(hCK8/18)抗体(PROGEN)およびマウスCyp3a抗体(SANTA C
RUZ)を用いて、肝臓の免疫染色を行った。
【0061】
結果を、
図5に示す。
肝臓においては、PXBマウスでは、hCK8/18陰性のマウス肝細胞に一致してマウスCyp3aが陽性であった(
図5(a))。一方、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]では、hCK8/18陰性のマウス肝細胞においてマウスCyp3aは陰性であった(
図5(b))。
【0062】
実施例6:免疫染色法による小腸におけるマウスCyp3a発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスの小腸の凍結切片を作製し、マウスCyp3a抗体を用いて、小腸の免疫染色を行った。
【0063】
結果を、
図6に示す。
小腸においては、PXBマウスでは、小腸上皮においてマウスCyp3aが陽性であった(
図6(a))。一方、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]では、マウスCyp3aは陰性であった(
図6(b))。
【0064】
実施例7:肝臓および小腸におけるミダゾラム(MDZ)代謝活性
上記実施例2にて調製した各マウスの肝臓および小腸に由来するミクロソームを用いてMDZ代謝活性を測定した。肝ミクロソームを用いた実験では、終濃度50 umol/LのMDZを終濃度0.1 mg/mL肝ミクロソーム中にて37℃下で5分間インキュベーションさせた。小腸ミクロソームを用いた実験では、終濃度50 umol/LのMDZを終濃度0.5 mg/mL小腸ミクロソーム中にて37℃で10分間インキュベーションさせた。MDZの1’位および4位水酸化代謝物はLC-MS/MSを用いて測定した。
【0065】
結果を
図7に示す。
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]とPXBマウスを比べた場合、肝ミクロソーム中のMDZ代謝活性は両者において同程度であった(
図7(a))。一方、小腸ミクロソーム中のMDZ代謝活性については、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]は、PXBマウスよりも低く、非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]とほぼ同程度であった(
図7(b))。cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスではPXBマウスに比べ、小腸におけるマウスCyp3aによる代謝が抑制されていることが示された。
【0066】
実施例8:ヒト肝細胞移植2
上記実施例2と同様にヒト肝細胞を調製し、実施例1にて得られたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1](生後2〜4週齢)8匹に、上記実施例2と同様に5.0×10
5個のヒト肝細胞を移植した。
【0067】
移植後3週、6週、その後は毎週、マウス尾静脈より2 ulの血液を採取し、LX-Buffer 200 ulに添加した。免疫比濁法により自動分析装置JEOL BM6050(日本電子)を用いて、マウス血中のヒトアルブミン濃度を測定した。その結果、ヒトアルブミンの増加が認められ、ヒトアルブミン>7 mg/mlのものが5匹認められた(
図8(a))。そのうち、4匹のキメラマウス(雄2匹、雌2匹)を用いて、以下の試験を実施した。また、これらのマウスは順調な体重増加を示した(
図8(b))。
【0068】
マウス血中ヒトアルブミン濃度より、移植したヒト肝細胞の生着および置換率は、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]と比べて、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]に移植した場合において高いと考えられた。このように、得られたマウスをuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスへバッククロスすることにより、ヒト肝細胞の生着、置換率の上昇が認められた。
【0069】
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N4F1]を11または14週で解剖し、各葉の肝臓の凍結切片を作製した。凍結切片をhCK8/18抗体で染色し、マウス肝臓切片当たりのhCK8/18抗体陽性面積を求め、ヒト肝細胞による置換率[RI(%)]とした。解剖時のマウス血中ヒトアルブミンの濃度と置換率をプロットしたところ、PXBマウスと同様の相関を示した(
図8(c))。
【0070】
実施例9:塩酸ネファゾドンの代謝試験
上記実施例8で得られた、ヒト肝細胞が移植されたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1](移植後8週(11週齢))4匹(雄2匹、雌2匹)に用量10 mg free/kg b.w. になるよう、0.5%メチルセルロースに懸濁した8 mg free/mL塩酸ネファゾドンを5 mL/kg b.w.の容量で2回強制経口投与した。
【0071】
塩酸ネファゾドンの1回目の経口投与後、動物を直ちに代謝ケージに収容し、投与後0〜8時間および8〜24時間までの尿をそれぞれ室温下にて採取した。尿採取後、2回目の塩酸ネファゾドンの経口投与を行い、投与1時間後に採血ならびに小腸および肝臓の採取を行った。採血後は速やかに遠心分離 (1000 × g, 4℃にて10分間)を行い血漿を調製した。採取後の尿および血漿はただちに-80℃で保存した。PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスも同様に処理し、血漿および尿を得た。
【0072】
得られた血漿および尿に等量のアセトニトリルを加えて除タンパクした後、遠心ろ過し(遠心ろ過チューブ: Ultrafree-MC, 0.45 μm, 9500×g, 2 min, 4℃)、ろ液を分析試料とした。
【0073】
上記の試料を分析した結果、PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスの血漿中にはネファゾドンの未変化体が検出されず、代謝物としてTriazoledione体のみが検出された。一方で、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N4F1]の血漿中には未変化体およびTriazoledione体に加えてヒト型代謝物であるOH-NEFおよびp-OH-NEF(Mayol RFら、 Drug Metab Dispos 22(2): 304-11, 1994)が検出された(
図9(a))。
【0074】
また、PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスの尿中には代謝物として代謝産物Cのみが検出されたのに対して、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N4F1]の尿中には代謝産物Cに加えて、ヒト型代謝物2種(mCPPおよび代謝産物D)(Mayol RFら、 Drug Metab Dispos 22(2): 304-11, 1994)を含む6種の代謝物が検出された(
図9(b)。
【0075】
以上の実施例の結果より、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスの肝臓および小腸においては、マウスCyp3aの発現が欠失していることに加え、各種マウスCypの発現量の増加が抑制されている。一方、移植されたヒト肝細胞は肝臓に生着・増殖し、各種ヒトCYPを発現していることが明らかとなった。これらの結果は、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスは、ヒト肝細胞に基づくヒト代謝系を備え、マウス細胞による内在性の肝代謝および消化管代謝が有意に抑制または欠失されていることを示す。実際、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスの塩酸ネファゾドンの代謝様式は、PXBマウスやSCID(+/+)マウスと異なり、ヒト薬物代謝系を反映していることが明らかとなった。したがって、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスは、ヒトin vivo薬物動態の予測モデル動物として有用であることが示された。