特許第5883396号(P5883396)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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5883396受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5883396
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月15日
(54)【発明の名称】受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20160301BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20160301BHJP
   C12Q 1/48 20060101ALI20160301BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20160301BHJP
   A61K 45/00 20060101ALN20160301BHJP
   A61P 43/00 20060101ALN20160301BHJP
   A61K 39/395 20060101ALN20160301BHJP
   A61K 48/00 20060101ALN20160301BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALN20160301BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20160301BHJP
   C12N 1/02 20060101ALN20160301BHJP
【FI】
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
   C12Q1/48ZNA
   A61P35/00
   !A61K45/00
   !A61P43/00 111
   !A61K39/395 E
   !A61K48/00
   !A61K31/7088
   !A61K39/395 T
   !C12N15/00 A
   !C12N1/02
【請求項の数】3
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2012-550938(P2012-550938)
(86)(22)【出願日】2011年12月26日
(86)【国際出願番号】JP2011080083
(87)【国際公開番号】WO2012090939
(87)【国際公開日】20120705
【審査請求日】2014年8月15日
(31)【優先権主張番号】特願2010-290373(P2010-290373)
(32)【優先日】2010年12月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 隆
(72)【発明者】
【氏名】山口 知也
【審査官】 深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/008069(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/146957(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/124188(WO,A1)
【文献】 国際公開第2008/076868(WO,A1)
【文献】 The American Journal od Pathology,2007年,Vol.170,p.366-376
【文献】 Science,2007年,Vol.316,p.1039-1043
【文献】 Oncology Reports,2005年,Vol.14,p.1583-1588
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
G01N 33/15
C12Q 1/48
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する化合物をスクリーニングする方法であって、
(a)ROR1の機能を検出しうる系に試験化合物を接触させる工程、
(b)ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物を選択する工程、
を含み、かつ前記ROR1の機能が、ROR1とc−Srcとの結合、ROR1によるc−Srcのリン酸化、ROR1とEGFRとの結合、ROR1によるEGFRとErbB3との結合、または、ROR1によるErbB3のリン酸化である方法。
【請求項2】
受容体型チロシンキナーゼが、EGFRまたはMETである、請求項に記載の方法。
【請求項3】
癌細胞が、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性またはMETチロシンキナーゼ阻害剤耐性の癌細胞である、請求項またはに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ROR1を標的とした、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する方法、当該シグナルを抑制する化合物のスクリーニング方法、当該シグナルを抑制するための薬剤の製造方法、および、当該シグナルを抑制するための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肺癌は、経済的に良く発展した国々における癌による死亡の主たる原因であり、その中でも腺癌は最も頻度の高い組織学的サブタイプである。
【0003】
本発明者らは、肺における分岐形態形成及び生理学的機能に必要な系譜特異的転写因子(lineage−specific transcription factor)であるTTF−1の持続的な発現と、肺腺癌とは密接に結びついていることを先に報告している(非特許文献1)。また、他の3グループも同様の結論、例えば、肺腺癌における局所的なゲノム異常のゲノム規模での探索を通して、TTF−1は系譜生存的癌遺伝子(lineage−survival oncogene)であるということに至っている(非特許文献2〜4)。TTF−1がサーファクタントタンパク質の産生、並びに正常な成人の肺における生理学的機能に欠かせないことから、TTF−1の系譜特異的生存シグナルに関与する下流分子の同定が、新たな治療方法の開発に必要である。
【0004】
本発明者らは、このような下流分子の同定を試みた結果、TTF−1により発現が誘導される遺伝子として、ROR1(receptor tyrosine kinase−like orphan receptor 1)遺伝子を同定することに成功している。そして、このROR1遺伝子の発現を抑制することにより、特定の癌細胞の増殖が阻害できることを明らかにしている(特許文献1)。
【0005】
しかしながら、ROR1が癌細胞の増殖を抑制する機序については、いまだほとんど解明されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2010/008069号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tanaka,Hら、Cancer Res、2007年、67巻、6007〜6011ページ
【非特許文献2】Kendall,Jら、Proc Natl Acad Sci USA、2007年、104巻、16663〜16668ページ
【非特許文献3】Weir,BAら、Nature、2007年、450巻、893〜898ページ
【非特許文献4】Kwei,KAら、Oncogene、2008年、27巻、3635〜3640ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、ROR1が癌細胞の増殖を抑制する機序のさらなる解明にある。さらなる本発明の目的は、ROR1を標的として、当該機序を抑制する化合物をスクリーニングする方法を提供すること、および、当該機序を抑制する化合物を有効成分とする薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ROR1の機能を抑制することにより、癌細胞のアポトーシス促進性シグナルの誘導のみならず、c−Srcを介して、EGFRが伝達する癌細胞の生存促進性シグナルの抑制を行うことが可能であることを見出した。また、ROR1の機能の抑制により、ROR1とEGFRとの結合、およびEGFRとErbB3との結合を介して伝達される、癌細胞の生存促進性シグナルの抑制を行うことが可能であることを見出した。さらに、本発明者らは、ROR1の機能の抑制により、EGFR変異又はHGFが仲介するMET活性化によって、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に耐性を獲得している肺癌細胞株の増殖までもが効果的に抑制されることを見出した。
【0010】
これら知見から本発明者らは、ROR1を標的として、癌細胞のアポトーシスの誘導のみならず、EGFRやMETなどの受容体型チロシンキナーゼが伝達する癌細胞の生存促進性シグナルの抑制が可能であり、ROR1が、癌細胞の増殖抑制剤の開発の重要な標的となりうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
従って、本発明は、ROR1を標的とした、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する方法、当該シグナルを抑制する化合物のスクリーニング方法、当該シグナルを抑制するための薬剤の製造方法、および、当該シグナルを抑制するための薬剤に関するものであり、より詳しくは、以下の発明を提供するものである
(1) 受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する化合物をスクリーニングする方法であって、
(a)ROR1の機能を検出しうる系に試験化合物を接触させる工程、
(b)ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物を選択する工程、
を含み、かつ前記ROR1の機能が、ROR1とc−Srcとの結合、ROR1によるc−Srcのリン酸化、ROR1とEGFRとの結合、ROR1によるEGFRとErbB3との結合、または、ROR1によるErbB3のリン酸化である方法。
) 受容体型チロシンキナーゼが、EGFRまたはMETである、()に記載の方法。
) 癌細胞が、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性またはMETチロシンキナーゼ阻害剤耐性の癌細胞である、()または(2)に記載の方法
【発明の効果】
【0012】
本発明により、ROR1の機能を抑制して、受容体型チロシンキナーゼが伝達する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制することが可能となった。ROR1の機能の抑制により、癌細胞の生存促進性シグナルの抑制と同時に、p38やFOXO1を介したアポトーシス促進性シグナルが惹起される。従って、ROR1の機能の抑制により、効果的に癌細胞の増殖を抑制することが可能となる。また、ROR1の機能の抑制により、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤などの受容体型チロシンキナーゼ阻害剤に耐性を獲得している癌細胞の生存促進性シグナルをも抑制しうるため、ROR1を標的とすることによって、難治性癌に対する治療薬を効率的に開発することが可能となる。ROR1は、c−Srcなどの下流分子との結合やリン酸化を介したシグナル伝達により機能を発揮することから、例えば、ROR1とc−Srcとの結合を阻害したり、ROR1によるc−Srcのリン酸化を阻害する化合物は、このような治療薬の有力な候補となる。また、ROR1は、EGFRなどの他の受容体型チロシンキナーゼと結合し、これら受容体型チロシンキナーゼの活性化状態や下流へのシグナル伝達に関わるリン酸化反応において機能している。従って、ROR1とEGFRなどの他の受容体型チロシンキナーゼとの結合を阻害する化合物、ROR1による他の受容体型チロシンキナーゼ同士の結合(例えば、EGFRとErbB3との結合)を阻害する化合物、またはROR1によるErbB3などの他の受容体型チロシンキナーゼのリン酸化を阻害する化合物なども、このような治療薬の有力な候補となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ROR1プロモーター領域における、ルシフェラーゼレポーター及びクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイの結果を示す図である。aは、TTF−1恒常発現HPL1D細胞(stable TTF−1 transfectant of HPL1D)において、ROR1プロモーター(ROR1−promoter)制御下のルシフェラーゼ(Luc.)活性が、TTF−1抑制に応じて低下したことを示すグラフである(平均値±標準偏差(n=3))。bは、ROR1プロモータ−においてTTF−1が結合すると予測される部位(TTF-1結合候補部位)、並びに、ChIPアッセイによって、ROR1プロモーターに対してTTF−1が結合能を有することを示す写真である。
図2】肺腺癌において、生存に関わるTTF−1系譜生存的癌遺伝子の下流シグナルにROR1が介在していることを示す図である。aは、siRNAとアテロコラーゲンとを混合し、腫瘍内に注入してから2週間後に、写真を撮り、腫瘍の重さを量った結果、すなわちROR1siRNAのインビボ抗腫瘍効果を示すグラフ及び写真である(平均値±標準偏差(n=7))。bは、TTF−1/ROR1 NCI−H358細胞において、ROR1の発現ベクターと、TTF−1に対するショートヘアピンRNAの発現ベクターとを同時に導入してから2週間経過後にコロニー数を数えた結果であり、ROR1の導入によって、TTF−1shRNAが惹起する増殖抑制が軽減されることを示すグラフである(平均値±標準偏差(n=3))。すなわち、TTF−1が伝える生存シグナルをROR1が担っていることを示している。cは、ROR1恒常発現細胞株(stable ROR1 transfectant)のインビボ腫瘍増殖が亢進したことを示す、グラフ及び写真である。なお、パネル上部は皮下注入してから3週間後の腫瘍の平均重量を示し(平均値±標準偏差(n=5))、パネル下部は、注入してから3週間後の代表的なマウスの写真を示す。
図3】ROR1は、c−Src−PTEN軸のシグナル伝達を介して生存促進性シグナルの維持に寄与し、また、アポトーシスを促進するp38活性化を抑制する機能を持つことを示す図である。aは、siROR1処理細胞における、c−Src、PTEN、AKT、FOXO1、及びp38のリン酸化状態の変化を、ウェスタンブロッティングによって分析した結果を示す写真である。bは、ROR1恒常発現細胞における、リン酸化状態の逆の効果をウェスタンブロッティングによって分析した結果を示す写真である。
図4】aは、c−Srcの事前導入に次いで、siROR1を導入してから72時間後にウェスタンブロッティング分析(パネル上部)を行い、siROR1を導入してから5日後に比色分析(パネル下部)によって細胞増殖を測定した結果である。すなわち、ROR1抑制に対して、恒常活性型c−Srcが有意に拮抗することを示す写真及びグラフ(平均値±標準偏差(n=3))であり、c−Srcが下流に位置することを示す。なお、「VC」は対照としての空ベクター、「WT」は野生型c−Src、「CA」は恒常活性型c−Srcを示す。bは、免疫沈降−ウェスタンブロッティング(IP−WB)分析によって、COS-7細胞において、外来性ROR1とc−Srcとは共免疫沈降することを示す写真である。cは、IP−WB分析によって、ROR1導入293T細胞において、ROR1とc−Srcとが共免疫沈降していることを示す写真である。dは、インビトロプルダウンアッセイによって、精製ROR1タンパク質とc−Srcタンパク質との相互作用を示す写真である。eは、NCI−H1975細胞の溶解液を用いたIP−WB分析によって、内因性ROR1とc−Srcとは共免疫沈降することを示す写真である。なお「IgG」は陰性対照を示す。fは、myc標識ROR1と種々のc−Src欠損変異体とをCOS-7細胞に導入し、IP−WBによって、ROR1とc−Src SH3ドメインとの相互作用を分析した結果を示す写真である。なお、パネル上部は、c−Src欠損変異体の概要図を示す。gは、精製GST標識c−Srcドメインを用いたインビトロプルダウンアッセイによって、内因性ROR1とc−Src SH3ドメインとが結合し、内因性ROR1とc−Src SH2ドメインとは結合しないということを示す写真である。
図5】aは、ROR1が欠損しているNCI−H23肺腺癌細胞株において、免疫沈降して得られたc−Srcを基質として用いた、インビトロROR1キナーゼアッセイの結果、すなわち、ATP存在下、GST−ROR1と共にインキュベーションすることによって、c−Srcは明らかにリン酸化されることを示す写真である。bは、293T細胞の溶解液から免疫沈降して得られたc−Srcを基質として用いた、インビトロROR1キナーゼアッセイにおいて、c−Srcがリン酸化されていることを示す写真である。cは、基質としてキナーゼ不活性型c−SrcをNIH3T3細胞に導入し、この細胞のc−Src免疫沈降物を用いた、インビトロROR1キナーゼアッセイの結果を示す写真である。
図6】ROR1の下流にPTENが位置することが示す図である。上段は、ROR1は、c−Srcによって不活化を受けることが知られているPTENを抑制的に制御し、それによってAKT活性化を促し生存促進性シグナルを維持する活性を持つことを示す写真である。すなわち、ROR1に対するsiRNAとPTENに対するsiRNAの併用による両者の発現抑制は、AKTのリン酸化を回復させることを示す写真である。下段は、その結果ROR1抑制によって誘導される細胞増殖抑制効果が、PTENを併せて抑制すると軽減されることを示すグラフである(平均値±標準偏差(n=3))。
図7】ROR1とEGFRとの相互作用は、ErbB3のリン酸化反応に必要であることを示す図である。aは、ROR1とEGFRとが相互に結合することを示す写真であり、ROR1の欠損変異体を用いたIP−WB解析から、EGFRはEGF刺激下においてROR1の細胞外領域と相互作用することを示している。なお、「ROR1−ΔN」とはROR1の細胞外領域を欠損させた変異体であり、「ROR1−ΔC」とはROR1の細胞内領域を欠損させた変異体であることを表わす。bは、ROR1の細胞外領域における、EGFRと結合する結合領域について、更なる詳細な分析をした結果を示す写真である。すなわち、EGFRはROR1の細胞外領域におけるシステインリッチドメイン(CRD)を介して結合していることを示す写真である。なお、「ROR1−ΔIg」とはROR1のIgドメインを欠損させた変異体であり、「ROR1−ΔCRD」とはROR1のCRDドメインを欠損させた変異体であり、「ROR1−ΔKringle」とはROR1のKringleドメインを欠損させた変異体であることを表わす。また、「ROR1−ΔIg+CRD」は、ROR1のIgドメイン及びCRDドメインを欠損させた変異体であり、「ROR1−ΔCRD+Kringle」は、ROR1のCRDドメイン及びKringleドメインを欠損させた変異体であり、「ROR1−ΔIg+CRD+Kringle」は、ROR1のIgドメイン、CRDドメイン及びKringleドメインを欠損させた変異体であることを表わす。cは、ROR1恒常発現細胞の溶解液を用いたIP−WB分析によって、内因性のROR1とEGFRとの共免疫沈降を示したものであり、両者の結合を示す写真である。なお、「VC」とはROR1遺伝子を導入されていないコントロールの細胞溶解液である。dは、ROR1の発現を抑制したNCI−H1975細胞の溶解液を用いたIP−WB分析の結果、すなわち、ROR1の抑制によって、内因性EGFRとヘテロ二量体を形成して生存促進性シグナルを伝達するEGFRの重要なパートナー分子のErbB3との結合が阻害されることを示す写真である。eは、ROR1が抑制されたNCI−H1975細胞において、ErbB3の活性化状態を反映するリン酸化反応について、ウェスタンブロッティング分析を行った結果を示す写真である。すなわち、EGF処理によって誘導されるErbB3のリン酸化が、ROR1の抑制によって顕著に低下していることを示す写真である。fは、ROR1の発現を抑制したNCI−H1975細胞の溶解液を用いたIP−WB分析によって、ROR1の抑制により、内因性ErbB3と、ErbB3のリン酸化部位を認識して結合して生存促進性シグナルを伝達するPI3Kのp85サブユニットとの結合が阻害されることを示す写真である。gは、ROR1恒常発現細胞における、ErbB3のリン酸化状態の増加を、ウェスタンブロッティングによって分析した結果を示す写真である。
図8】ROR1は、肺腺癌におけるEGFR及びMETシグナル伝達を維持するために必要であることを示す図である。aは、ROR1が抑制されたNCI−H1975細胞及びSK−LC−5細胞において、潜在的な下流分子について、ウェスタンブロッティングにより分析した結果を示す。すなわち、EGF処理によって誘導されるc−Src、AKT、及びFOXO1のリン酸化は、ROR1の抑制によって顕著に低下していることを示す写真である。bは、ROR1が抑制されたNCI−H1975細胞においては、EGFRなどの受容体型チロシンキナーゼがAKTを介して伝える生存促進シグナルによって機能抑制的な調節を受ける、細胞死誘導能を持つFOXO1が、EGF処理下においても核内に移行した活性化状態となっていることを示す免疫蛍光分析の結果の写真である。なお、スケールバーは30μmを示す。cは、ゲフィチニブに対する耐性を付与することで知られているT790M EGFR変異を有するNCI−H1975細胞及びNCI−H820細胞において、ROR1を抑制することによって細胞死が誘導され、増殖が阻害されたことを示す写真及びグラフである。なお、パネル上部はウェスタンブロッティングによる細胞死の惹起を示すカスパーゼ3断片の発現分析の結果を示し、パネル下部は比色アッセイの結果を示す(平均値±標準偏差(n=3))。dは、ゲフィチニブ及び/又はHGFによって処理したROR1抑制PC9細胞における、比色アッセイ及びROR1下流についてのウェスタンブロッティングにより分析した結果を示す。すなわち、EGFR変異体(E746_A750)を有するPC−9細胞において、HGFが介するMET活性化によって生じたゲフィチニブ耐性のAKTリン酸化が、ROR1を抑制することによって有意に低下し、顕著な増殖阻害が生じることを示す、写真及びグラフである(平均値±標準偏差(n=3))。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、受容体型チロシンキナーゼが伝達する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する方法であって、ROR1の機能を抑制することを特徴とする方法を提供する。
【0015】
本発明において「受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナル」とは、種々の増殖因子(EGF、PDGF、FGF、HGF、インスリン様増殖因子など)がチロシンキナーゼ活性をもつ受容体(受容体型チロシンキナーゼ)に結合することによって惹起される、受容体型チロシンキナーゼ及び一連の下流分子のリン酸化反応によって伝達されるシグナルであって、癌細胞における遺伝子発現や代謝などの細胞内環境を、アポトーシスを抑制し生存を促進する状況に誘導するシグナルを意味する。受容体型チロシンキナーゼの下流に位置するPI3K/AKT経路は、代表的な生存促進性シグナルの伝達経路であり、癌細胞の生存促進につながる多くの機能を担っている。例えば、PI3Kによって活性化されたAKTによる、FOXOファミリー転写因子等の機能を抑制するリン酸化は、アポトーシス誘導に関わる遺伝子の発現を抑制し細胞の生存維持に重要な働きを担うことが知られている。
【0016】
本発明における「受容体型チロシンキナーゼ」は、その活性化により当該生存促進性シグナルを誘導するものであれば特に制限はないが、例えば、EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)ファミリーに属する分子や、METなどが挙げられる。
【0017】
受容体型チロシンキナーゼは、一般的に、リガンド刺激(結合)によって二量体化し、活性化の引き金が引かれる(Yarden,Yら、Nat Rev Cancer、2009年、9巻、463〜475ページ)。例えば、EGFRにそのリガンドであるEGFが結合すると、細胞外ドメインのコンフォーメーションが変化し受容体同士が二量体化し、互いをリン酸化し合う、いわゆるトランスアクチィベーションが起こる。このようにしてチロシンリン酸化された受容体型チロシンキナーゼは活性化状態となり、シグナル伝達を担う下流分子へと細胞内シグナルが伝達する。
【0018】
本発明におけるEGFRファミリ―に属する分子としては、例えば、EGFR(ErbB1)、Her2(ErbB2)、ErbB3、ErbB4が挙げられる(Yarden,Yら、Nat Rev Cancer、2009年、9巻、463〜475ページ)。
【0019】
Her2以外にはそれぞれに対応する複数のリガンドが存在し、リガンドが各受容体の細胞外ドメインに結合することによって、受容体分子のホモ二量体化やヘテロ二量体化が誘導され、細胞内のチロシンキナーゼドメインが活性化される。例えば、EGFRは肺非小細胞癌において高頻度に発現が検出され、約10%の症例においては遺伝子増幅も伴う。また、肺腺癌に特異的なチロシンキナーゼドメインの点突然変異や欠失変異は、EGFRのキナーゼ活性の亢進を来し、主にEGFRとErbB3とのヘテロ2量体形成を通じて癌の生存シグナルを伝達している。このような変異をもつ癌細胞は、EGFRキナーゼの阻害剤(ゲフィチニブ、エルロチニブなど)やアンタゴニストとしての作用を有する抗EGF受容体抗体(セツキシマブ)に感受性が高い。一方、EGFRにおいて二次的にT790Mが2重変異として生じたり、別の受容体型チロシンキナーゼであるMETの遺伝子増幅やそのリガンドであるHGFの過剰発現等が生じたりすることにより、生存シグナルがEGFRやErbB3に代わってMETから伝達されることがある。これによって、癌細胞が、阻害剤に対する抵抗性を獲得することが臨床上の大きな問題となっている。EGFRの遺伝子増幅による過剰発現は、口腔癌、食道癌、脳腫瘍等にも認められる。
【0020】
Her2はリガンドを持たないが恒常的にリガンド結合状態と類似した構造を取ることが知られている。しばしば遺伝子増幅を伴って乳癌や卵巣癌で高頻度に過剰発現しており、予後不良因子でもある。Her2を標的とする分子標的薬の代表的なものとして、例えばハーセプチンが挙げられる。
【0021】
ErbB3はそれ自身のキナーゼ活性は極めて弱いが、EGFRとヘテロ二量体を形成してチロシンリン酸化を受け、下流のシグナル伝達分子を効率よく活性化する働きを持つ。特に、PI3Kのサブユニットの1つであるp85はリン酸化ErbB3に結合し、PI3K−AKT軸による生存シグナルの伝達を担っている。ErbB3受容体とそのリガンドは乳癌、卵巣癌や肺癌においてしばしば発現が増加し、その浸潤・転移や個体の生存率の低下と関係している。また、ErbB3は、肺癌におけるゲフィチニブ、結腸癌や頭頸部癌におけるセツキシマブ、乳癌におけるトラスツズマブなどに対する耐性にも関係している。
【0022】
ErbB4は、肺癌や胃癌、脳腫瘍において変異が認められているが、他のEGFRファミリーと異なり、病態の悪性化との関わりについては見出されていない。
【0023】
METは肝細胞増殖因子(HGF)をリガンドとする受容体型チロシンキナーゼであり、細胞の生存、増殖、運動、形態形成などに関わる。METは、前駆体タンパク質からα及びbの二つのサブユニットとして生成され、リガンドであるHGFと結合して二量体化を通じた活性化を受けて、上述の生物学的活性に関わるシグナル伝達を担う。例えば、EGFRファミリー(特に、EGFR・ErbB3)が伝達する生存シグナルから、活性化されたMETによるPI3K-AKT軸を介した生存シグナルへと、依存する生存シグナルが転換することが、ゲフィティブなどのEGF受容体型キナーゼ阻害剤に対する癌細胞の耐性獲得につながっていると考えられている。このMETの活性化は、METの遺伝子増幅やそのリガンドであるHGFの過剰発現等によって生じる。また、METは乳癌や大腸癌などの多くの癌において発現が認められ、癌細胞の生存や増殖、浸潤、転移に深く関与している(Trusolino,Lら、Nat Rev Mol Cell Biol、2010年、11巻、834〜848ページ)。
【0024】
本発明における「ROR1」は、受容体型チロシンキナーゼの一つであり、ノックアウトマウスの解析から、骨形成や心臓の発生等に関わることが示唆されている(Nomi,Mら、Mol Cell Biol、2001年、21巻、8329〜8335ページ)。また近年、慢性リンパ性白血病におけるROR1の過剰発現の存在や(Fukuda,Tら、Proc Natl Acad Sci USA、2008年、105巻、3047〜3052ページ)、ある種の乳癌細胞における過剰発現(WO2005/100605)の報告がされている。さらに、ROR1は子宮頚癌由来のHela細胞とRNAi法を用いたキナーゼ遺伝子を対象とする網羅的機能スクリーニングにおいて、Hela細胞の生存への関与が示唆されている(MacKeigan,JPら、Nat Cell Biol、2005年、7巻、591〜600ページ)。
【0025】
本発明においては、ROR1の機能を抑制することにより、上記受容体型チロシンキナーゼが伝達する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する。ここで「抑制」とは、完全に抑制すること(すなわち、阻害すること)のみならず、部分的に抑制することをも含む意である。また、「ROR1の機能の抑制」には、ROR1の活性の抑制および発現の抑制の双方が含まれる。
【0026】
本発明においてROR1が、c−Srcと結合してそれをリン酸化することが見出された。さらに、本発明においてROR1が、EGFRと結合すること、EGFRとErbB3との結合を促進すること、及びErbB3のリン酸化を促進することが見出された。従って、本発明における「ROR1の活性の抑制」は、好ましくは、(i)ROR1とc−Srcなどの下流分子との結合の抑制、(ii)ROR1によるc−Srcなどの下流分子のリン酸化の抑制、(iii)ROR1とEGFRなどの受容体型チロシンキナーゼとの結合の抑制、(iv)ROR1による他の受容体型チロシンキナーゼ同士の結合(例えば、EGFRとErbB3との結合)の抑制、(v)ROR1によるErbB3などの受容体型チロシンキナーゼのリン酸化の抑制、である。また、ROR1は自己リン酸化することが知られていることから(Forrester,WCら、Cell Mol Life Sci、2002年、59巻、83〜96ページ)、(vi)ROR1の自己リン酸化の抑制もまた、ROR1の機能を抑制するための好ましい態様である。
【0027】
本発明において、ROR1の機能を抑制し、その生存促進性シグナルを抑制する対象となる「癌細胞」としては、例えば、肺癌、膵癌、悪性中皮腫、乳癌、大腸癌、口腔癌、食道癌などの癌の細胞が挙げられるが、これらに制限されない。癌細胞の由来する生物種としては、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギなどが挙げられるが、これらに制限されない。ROR1の機能を抑制することにより、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性の癌細胞を死滅させることが可能であるため、本発明は、このような難治性癌の治療に適用しうる点で好ましい。EGFRチロシンキナーゼ阻害剤としては、例えば、ゲフィチニブ、エルロチニブ、EKB−569、ラパチニブ、カネルチニブ、HKI−272、BIBW2992、PF−00299804などが挙げられる。また、ROR1の機能を抑制することにより、MET受容体型チロシンキナーゼからの生存促進性シグナルを抑制することが可能であるため、本発明は、PHA665752、SU11274、ARQ197などのMETチロシンキナーゼ阻害剤耐性の癌の治療に適用しうる点でも好ましい。
【0028】
癌細胞におけるROR1の機能を抑制するためには、癌細胞にROR1の機能を抑制する化合物を作用させればよい。本発明における「ROR1の機能を抑制する化合物」としては、例えば、後述する、ROR1に結合してその機能を抑制する活性を有する抗ROR1タンパク質抗体、ROR1遺伝子の転写産物に結合するRNA、ROR1タンパク質に対してドミナントネガティブの形質を有するペプチド、ROR1タンパク質に結合する低分子化合物などが挙げられる。これら化合物は、培養されている癌細胞に対しては、培地への添加や培養細胞への導入により、生体中の癌細胞に対しては、静脈注射などの非経口投与や経口投与などの投与方法で生体に投与することにより、癌細胞に作用させることができる。これら化合物は、当業者に公知の手法で製造し、後述する本発明のスクリーニング方法により所望の活性を有するものを選抜することが可能である。
【0029】
本発明は、また、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制する化合物をスクリーニングする方法を提供する。本発明のスクリーニング方法の一つの態様は、ROR1の機能を検出しうる系(例えば、ROR1を含む試料またはROR1遺伝子の発現を検出しうる系)に試験化合物を接触させる工程、および、ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物を選択する工程を含む方法である。
【0030】
本発明のスクリーニング方法において使用する試験化合物としては特に制限はなく、例えば、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成低分子化合物ライブラリー、ペプチドライブラリー、細菌放出物質、細胞(微生物、植物細胞、動物細胞)の抽出液及び培養上清、精製または部分精製ポリペプチド、海洋生物、植物または動物由来の抽出物、土壌、ランダムファージペプチドディスプレイライブラリーが挙げられる。また、後述する、抗ROR1タンパク質抗体、ROR1タンパク質に対してドミナントネガティブの形質を有するペプチド、ROR1遺伝子の転写産物に結合するRNAが挙げられる。また、ROR1タンパク質の構造を基に設計された、ROR1タンパク質に結合する構造を有する化合物が挙げられる。
【0031】
本発明のスクリーニング方法の一つの態様は、ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物を、ROR1とc−Srcに代表される下流のシグナル伝達分子との結合の抑制を指標に選択する方法である。すなわち、当該方法は、試験化合物の存在下で、ROR1とc−Srcなどのシグナル伝達分子とを接触させる工程、ROR1とそれらとの結合を検出する工程、および、前記結合を抑制する活性を有する化合物を選択する工程を含む方法である。
【0032】
当該方法は、インビトロ結合アッセイ、例えば、精製したROR1タンパク質と、精製或いは細胞抽出液中のc−Srcとを用いたELISA法(酵素免疫測定法)や、本実施例に記載のGSTプルダウンアッセイによって実施することができる。具体的には、試験化合物が添加されたバッファー中にて、His標識c−Srcと、GST標識ROR1でコートしたアフィニティビーズとを接触させて洗浄した後、抗His抗体を用いてROR1に結合したc−Srcを検出する。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、検出されるc−Srcの量が少なければ、試験化合物は、ROR1とc−Srcとの結合を抑制する活性を有すると評価される。その他、例えば、免疫沈降法、酵母ツーハイブリッドシステム、FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)、表面プラズモン共鳴法を利用した方法などを本発明に用いることができる。
【0033】
本方法に用いられるROR1およびc−Srcは、完全なタンパク質である必要はなく、両者の結合部位を含むペプチドであってもよい。例えば、c−SrcについてはSH3ドメイン領域を用いることができる。ROR1とc−Srcの由来する生物種としては、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギなどが挙げられるが、これらに制限されない。
【0034】
本発明に用いるROR1の典型的なものとしては、ヒト由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_005003(NM_005012)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられ、マウス由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_038873(NM_013845)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられる。
【0035】
また、本発明に用いるc−Srcの典型的なものとしては、ヒト由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_005408(NM_005417)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられ、マウス由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_033297(NM_009271)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられる。
【0036】
本発明のスクリーニング方法の他の一つの態様は、ROR1の機能を抑制する化合物を、ROR1による基質(例えば、c−Src)のリン酸化を指標に選択する方法である。すなわち、当該方法は、試験化合物の存在下で、ROR1と基質とを接触させる工程、ROR1による基質のリン酸化を検出する工程、および、前記リン酸化を抑制する活性を有する化合物を選択する工程を含む方法である。
【0037】
当該方法は、例えば、ELISA法を用いたインビトロキナーゼアッセイによって実施することができる。ROR1によってリン酸化を受ける基質としては、c−Srcタンパク質或いは部分ペプチド、またはチロシンキナーゼの基質となり得るタンパク質或いは部分ペプチド(例えばチロシン残基を含むガストリンペプチド)を用いることができる。当該方法においては、例えば、ストレプトアビジンでコートしたプレート中で、精製ROR1タンパク質、ビオチン化した基質、試験化合物を混合し、インキュベーションした後、HRP標識抗リン酸化チロシン抗体を用いて基質のリン酸化量をマイクロプレートリーダーによって検出する。試験化合物の存在下と非存在下で検出した場合における相対的なリン酸化量から、試験化合物によるROR1キナーゼ活性の阻害率を算出することができる。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、試験化合物の存在下で検出される基質のリン酸化量が少なければ、試験化合物は、ROR1による基質のリン酸化を抑制する活性を有すると評価される。
【0038】
また、当該方法は、例えば、本実施例に記載のような、抗リン酸化c−Src抗体を用いたウェスタンブロッティング分析によって実施することもできる。基質がc−Srcの場合の方法を例示すれば、内在性のROR1とc−Srcとを発現している細胞(例えば、NCI−H1975細胞)の細胞溶解液に、抗c−Src抗体を添加して免疫沈降を行う。免疫沈降物をリン酸化バッファー中にインキュベーションし、SDS−PAGEに供する。次いで、抗リン酸化c−Src抗体を用いたウェスタンブロッティング分析を行い、c−Srcにおけるリン酸化を検出する。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、検出されるc−Srcのリン酸化量が少なければ、試験化合物は、ROR1によるc−Srcのリン酸化を抑制する活性を有すると評価される。
【0039】
本発明のスクリーニング方法の他の一つの態様は、ROR1の機能を抑制する化合物を、ROR1の自己リン酸化を指標に選択する方法である。すなわち、当該方法は、試験化合物の存在下で、ROR1による自己リン酸化を検出する工程、および、前記リン酸化を抑制する活性を有する化合物を選択する工程を含む方法である。当該方法は、例えば、抗リン酸化ROR1抗体を用いた酵素免疫測定法(ELISA法)、ウェスタンブロッティング分析、イン・セル・ウェスタン分析などにより実施することができる。また、抗ROR1抗体により免疫沈降した後に、抗リン酸化チロシン抗体を用いたウェスタンブロッティング分析を行ったり、抗リン酸化チロシン抗体により免疫沈降した後に抗ROR1抗体を用いたウェスタンブロッティング分析を行ったりすることによっても実施することができる。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、検出されるROR1の自己リン酸化量が少なければ、試験化合物は、ROR1の自己リン酸化を抑制する活性を有すると評価される。
【0040】
本発明のスクリーニング方法の他の一つの態様は、ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物を、ROR1とEGFRなどの受容体型チロシンキナーゼとの結合の抑制、ROR1による他の受容体型チロシンキナーゼ同士の結合(例えば、EGFRとErbB3との結合)の抑制、及び、ROR1によるErbB3などの受容体型チロシンキナーゼのリン酸化の抑制を指標に選択する方法である。
【0041】
ROR1とEGFRなどの他の受容体型チロシンキナーゼとの結合は、インビトロ結合アッセイ、例えば、精製したROR1タンパク質またはその部分ペプチド(例えば、ROR1タンパク質のシステインリッチドメイン(CRD))と、精製或いは細胞抽出液中の他の受容体型チロシンキナーゼを用いたELISA法(酵素免疫測定法)、GSTプルダウンアッセイ、あるいは本実施例に記載の免疫沈降−ウェスタンブロット(IP−WB)法によって実施することができる。他の受容体型チロシンキナーゼがEGFRである場合の方法を例示すれば、試験化合物が添加されたバッファー中にて、His標識EGFRと、GST標識ROR1でコートしたアフィニティビーズとを接触させて洗浄した後、anti−His抗体を用いてROR1に結合したEGFRを検出する。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、検出されるEGFRの量が少なければ、試験化合物は、ROR1とEGFRとの結合を抑制する活性を有すると評価される。その他、例えば、免疫沈降法、酵母ツーハイブリッドシステム、FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)、表面プラズモン共鳴法を利用した方法などを用いることもできる。
【0042】
ROR1による他の受容体型チロシンキナーゼのリン酸化の検出は、上記ROR1によるc−Srcのリン酸化の検出の場合と同様に、インビトロキナーゼアッセイや抗リン酸化ErbB3抗体などを用いたウェスタンブロッティング分析により実施することができる。
【0043】
本方法に用いられるEGFRおよびErbB3などは、完全なタンパク質である必要はない。EGFRおよびErbB3などの由来する生物種としては、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギなどが挙げられるが、これらに制限されない。
【0044】
本発明に用いるEGFRの典型的なものとしては、ヒト由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_005219(NM_005228)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられ、マウス由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_997538(NM_207655)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられる。
【0045】
また、本発明に用いるErbB3の典型的なものとしては、ヒト由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_001973(NM_001982)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられ、マウス由来のものであれば、GenBank ACCESSION No.NP_034283(NM_010153)で特定されるタンパク質(遺伝子)が挙げられる。
【0046】
本発明のスクリーニング方法の他の一つの態様は、ROR1の機能を抑制する化合物を、ROR1遺伝子の発現の抑制を指標に選択する方法である。当該方法としては、例えば、ROR1遺伝子の発現を検出しうる系(例えば、ROR1遺伝子のプロモータ―領域の下流にレポーター遺伝子が機能的に結合したDNAを有する細胞または細胞抽出液)を提供する工程、当該系に試験化合物を接触させ、前記レポーター遺伝子の発現を検出する工程、前記発現を抑制する化合物を選択する工程を含む方法が挙げられる。ここで「機能的に結合した」とは、ROR1遺伝子のプロモータ―領域に転写因子が結合することにより、レポーター遺伝子の発現が誘導されるように、ROR1遺伝子のプロモーター領域とレポーター遺伝子とが結合していることをいう。
【0047】
この方法は、例えば、本実施例に記載のルシフェラーゼレポーターアッセイによって実施することができる。具体的には、TTF−1遺伝子を導入して恒常的に発現させたHPL1D細胞に、ROR1のプロモーター領域の下流にルシフェラーゼ遺伝子が結合されたベクターを導入し、当該細胞に試験化合物を作用させ、ルシフェラーゼ活性を測定する。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、検出されるルシフェラーゼ活性が低ければ、試験化合物は、ROR1遺伝子の発現を抑制する活性を有すると評価される。
【0048】
ROR1遺伝子の発現を検出しうる系を利用する態様としては、上記レポーター系を利用する方法以外に、直接的に、ROR1遺伝子の発現を検出する方法も本発明において利用可能である。当該方法としては、ROR1遺伝子を発現する細胞に試験化合物を接触させる工程、前記細胞におけるROR1遺伝子の発現を検出する工程、および前記発現を抑制する化合物を選択する工程を含む方法が挙げられる。このような方法としては、転写レベルの遺伝子発現を検出する場合には、ノーザンブロッティング法、RT−PCR法、ドットブロット法などが挙げられ、翻訳レベルの遺伝子発現を検出する場合には、ELISA法、ラジオイムノアッセイ、イムノブロッティング法、免疫沈降法などが挙げられる。試験化合物の非存在下で検出した場合と比較して、検出されるROR1遺伝子の発現が低ければ、試験化合物は、ROR1遺伝子の発現を抑制する活性を有すると評価される。
【0049】
上記スクリーニング方法により選択された化合物は、薬理学上許容される担体または媒体と混合することにより、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制するための薬剤を製造することができる。従って、本発明は、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制するための薬剤を製造する方法であって、上記スクリーニング方法により選択された化合物を薬理学上許容される担体または媒体と混合する工程を含む方法を提供する。該担体または媒体としては、例えば、界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられるが、これらに制限されず、その他常用の担体または媒体を適宜使用することができる。具体的には、軽質無水ケイ酸、乳糖、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を挙げることができる。
【0050】
また、本発明は、ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物を有効成分とする、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制するための薬剤を提供する。ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物としては、例えば、ROR1とc−Srcに代表される下流のシグナル伝達分子との結合を抑制する活性を有する化合物、ROR1によるc−Srcなどの基質のリン酸化を抑制する活性を有する化合物、ROR1の自己リン酸化を抑制する活性を有する化合物、ROR1とEGFRなどの他の受容体型チロシンキナーゼとの結合を抑制する活性を有する化合物、ROR1による他の受容体型チロシンキナーゼ同士の結合(例えば、EGFRとErbB3との結合)を抑制する活性を有する化合物、ROR1によるErbB3などの他の受容体型チロシンキナーゼのリン酸化を抑制する活性を有する化合物、またはROR1遺伝子の発現を抑制する活性を有する化合物が挙げられる。
【0051】
ROR1の機能を抑制する活性を有する化合物としては、具体的には、抗ROR1タンパク質抗体、ROR1遺伝子の転写産物に結合するRNA、ROR1タンパク質に対してドミナントネガティブの形質を有するペプチド、ROR1タンパク質に結合する低分子化合物などが挙げられる。
【0052】
抗ROR1タンパク質抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、また、抗体の機能的断片であってもよい。また、「抗体」には、免疫グロブリンのすべてのクラスおよびサブクラスが含まれる。抗体の「機能的断片」とは、抗体の一部分(部分断片)であって、ROR1タンパク質を特異的に認識するものを意味する。具体的には、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ダイアボディー、多特異性抗体、およびこれらの重合体などが挙げられる。
【0053】
また、抗ROR1タンパク質抗体には、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、および、これら抗体の機能的断片が含まれる。本発明の抗体を治療薬としてヒトに投与する場合は、副作用低減の観点から、キメラ抗体、ヒト化抗体、あるいはヒト抗体が望ましい。
【0054】
本発明において「キメラ抗体」とは、ある種の抗体の可変領域とそれとは異種の抗体の定常領域とを連結した抗体である。キメラ抗体は、例えば、抗原をマウスに免役し、そのマウスモノクローナル抗体の遺伝子から抗原と結合する抗体可変部(可変領域)を切り出して、ヒト骨髄由来の抗体定常部(定常領域)遺伝子と結合し、これを発現ベクターに組み込んで宿主に導入して産生させることにより取得することができる(例えば、特開平8−280387号公報、米国特許第4816397号公報、米国特許第4816567号公報、米国特許第5807715号公報)。また、本発明において「ヒト化抗体」とは、非ヒト由来の抗体の抗原結合部位(CDR)の遺伝子配列をヒト抗体遺伝子に移植(CDRグラフティング)した抗体であり、その作製方法は、公知である(例えば、EP239400、EP125023、WO90/07861、WO96/02576参照)。本発明において、「ヒト抗体」とは、すべての領域がヒト由来の抗体である。ヒト抗体の作製においては、免疫することで、ヒト抗体のレパートリーを生産することが可能なトランスジェニック動物(例えばマウス)を利用することが可能である。ヒト抗体の作製手法は、公知である(例えば、Nature,1993,362,255−258、Intern.Rev.Immunol,1995,13,65−93、J.Mol.Biol,1991,222,581−597、Nature Genetics,1997,15,146−156、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2000,97:722−727、特開平10−146194号公報、特開平10−155492号公報、特許2938569号公報、特開平11−206387号公報、特表平8−509612号公報、特表平11−505107号公報)。
【0055】
また、抗ROR1タンパク質抗体には、望ましい活性を減少させることなく、そのアミノ酸配列が修飾された抗体が含まれる。アミノ酸配列変異体は、抗体鎖をコードするDNAへの変異導入によって、またはペプチド合成によって作製することができる。抗体のアミノ酸配列が改変される部位は、改変される前の抗体と同等の活性を有する限り、抗体の重鎖または軽鎖の定常領域であってもよく、さらに、可変領域(フレームワーク領域およびCDR)であってもよい。CDR以外のアミノ酸の改変は、抗原との結合親和性への影響が相対的に少ないと考えられるが、現在では、CDRのアミノ酸を改変して、抗原への結合活性(アフィニティー)が高められた抗体をスクリーニングする手法が公知である(PNAS,102:8466−8471(2005)、Protein Engineering,Design&Selection,21:485−493(2008)、国際公開第2002/051870号、J.Biol.Chem.,280:24880−24887(2005)、Protein Engineering,Design&Selection,21:345−351(2008))。
【0056】
改変されるアミノ酸数は、好ましくは、10アミノ酸以内、より好ましくは5アミノ酸以内、最も好ましくは3アミノ酸以内(例えば、2アミノ酸以内、1アミノ酸)である。アミノ酸の改変は、好ましくは、保存的な置換である。本発明において「保存的な置換」とは、化学的に同様な側鎖を有する他のアミノ酸残基で置換することを意味する。化学的に同様なアミノ酸側鎖を有するアミノ酸残基のグループは、本発明の属する技術分野でよく知られている。例えば、酸性アミノ酸(アスパラギン酸およびグルタミン酸)、塩基性アミノ酸(リシン・アルギニン・ヒスチジン)、中性アミノ酸においては、炭化水素鎖を持つアミノ酸(グリシン・アラニン・バリン・ロイシン・イソロイシン・プロリン)、ヒドロキシ基を持つアミノ酸(セリン・トレオニン)、硫黄を含むアミノ酸(システイン・メチオニン)、アミド基を持つアミノ酸(アスパラギン・グルタミン)、イミノ基を持つアミノ酸(プロリン)、芳香族基を持つアミノ酸(フェニルアラニン・チロシン・トリプトファン)で分類することができる。抗原への結合活性は、例えば、フローサイトメーター、ELISA,ウェスタンブロッティング、免疫沈降法等を用いて解析することにより評価することができる。
【0057】
さらに、本発明においては、抗体の安定性を増加させる等の目的で脱アミド化されるアミノ酸若しくは脱アミド化されるアミノ酸に隣接するアミノ酸を他のアミノ酸に置換することにより脱アミド化を抑制してもよい。また、グルタミン酸を他のアミノ酸へ置換して、抗体の安定性を増加させることもできる。本発明は、こうして安定化された抗体をも提供するものである。
【0058】
抗体の改変は、例えば、グリコシル化部位の数または位置を変化させるなどの抗体の翻訳後プロセスの改変であってもよい。これにより、例えば、抗体のADCC活性を向上させることができる。抗体のグリコシル化とは、典型的には、N−結合またはO−結合である。抗体のグリコシル化は、抗体を発現するために用いる宿主細胞に大きく依存する。グリコシル化パターンの改変は、糖生産に関わる特定の酵素の導入または欠失などの公知の方法で行うことができる(特開2008−113663、米国特許第5047335号、米国特許第5510261号、米国特許第5278299号、国際公開第99/54342号)。
【0059】
抗ROR1タンパク質抗体は、癌の治療に用いる場合には、細胞傷害剤などの癌の治療のための物質が結合されていてもよい。このような抗体を用いることにより、いわゆるミサイル療法を行うことが可能である。
【0060】
ROR1遺伝子の転写産物に結合するRNAとしては、ROR1タンパク質をコードする遺伝子の転写産物と相補的なdsRNA(二重鎖RNA)または該dsRNAをコードするDNAが挙げられる。また、かかるdsRNAは、その一部又は全部において、PNA(polyamide nucleic acid、ペプチド核酸)、LNA(登録商標、locked nucleic acid、Bridged Nucleic Acid、架橋化核酸)、ENA(登録商標、2’−O,4’−C−Ethylene−bridged nucleic acids)、GNA(Glycerol nucleic acid、グリセロール核酸)、TNA(Threose nucleic acid、トレオ―ス核酸)等の人工核酸によって、RNAが置換されているものであってもよい。
【0061】
dsRNAをコードするDNAは、標的遺伝子の転写産物(mRNA)のいずれかの領域に対するアンチセンスRNAをコードしたアンチセンスDNAと、該mRNAのいずれかの領域のセンスRNAをコードしたセンスDNAを含み、該アンチセンスDNAおよび該センスDNAより、それぞれアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させることができる。また、これらのアンチセンスRNAおよびセンスRNAよりdsRNAを作製することができる。
【0062】
dsRNAの発現システムをベクター等に保持させる場合の構成としては、同一のベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる場合と、異なるベクターからそれぞれアンチセンスRNAとセンスRNAを発現させる場合がある。同一のベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスDNAおよびセンスDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセットとセンスRNA発現カセットをそれぞれ構築し、これらカセットを同方向にあるいは逆方向にベクターに挿入する構成である。
【0063】
また、異なる鎖上に対向するように、アンチセンスDNAとセンスDNAとを逆向きに配置した発現システムを構成することもできる。この構成では、アンチセンスRNAコード鎖とセンスRNAコード鎖とが対となった一つの二本鎖DNA(siRNAコードDNA)が備えられ、その両側にそれぞれの鎖からアンチセンスRNAとセンスRNAとを発現し得るようにプロモーターを対向して備える。この場合には、センスRNAとアンチセンスRNAの下流に余分な配列が付加されることを避けるために、それぞれの鎖(アンチセンスRNAコード鎖、センスRNAコード鎖)の3’末端にターミネーターをそれぞれ備えることが好ましい。このターミネーターは、A(アデニン)塩基を4つ以上連続させた配列などを用いることができる。また、このパリンドロームスタイルの発現システムでは、二つのプロモーターの種類は異なっていることが好ましい。
【0064】
また、異なるベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスDNAおよびセンスDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセットとセンスRNA発現カセットとをそれぞれ構築し、これらカセットを異なるベクターに保持させる構成である。なお、上記dsRNAは、当業者であればそれぞれの鎖を化学合成して調製することも可能である。
【0065】
本発明に用いるdsRNAとしては、siRNA、shRNA(short haipin RNA)が好ましい。siRNAは、細胞内で毒性を示さない範囲の短鎖からなる二重鎖RNAを意味する。また、shRNAは、センスRNAとアンチセンスRNAとがスぺーサー配列を配置した1本鎖のRNAであり、細胞内等でセンスRNAとアンチセンスRNAとの間で水素結合が生じ、スぺーサー配列がヘアピン構造となるもので、該ヘアピン構造が細胞内で切断されることにより、siRNAとなり得るものを意味する。
【0066】
さらに、標的遺伝子の発現を抑制することができ、かつ、毒性を示さなければ、その鎖長に特に制限はない。dsRNAの鎖長は、例えば、15〜49塩基対であり、好適には15〜35塩基対であり、さらに好適には21〜30塩基対である。
【0067】
dsRNAをコードするDNAは、標的遺伝子の塩基配列と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の同一性は、BLASTプログラムにより決定することができる。dsRNAとしては、本実施例に記載のsiRNAが特に好ましい。
【0068】
本発明における「ROR1遺伝子の転写産物に結合するRNA」の他の態様としては、ROR1遺伝子の転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA(アンチセンスDNA)やROR1遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNA(リボザイム)をコードするDNAも挙げられる。
【0069】
また、本発明におけるROR1タンパク質に対してドミナントネガティブの形質を有するペプチドは、例えば、チロシンキナーゼ活性が消失するように改変されたROR1タンパク質またはその部分ペプチド、ROR1とSrcに代表される下流分子との結合や当該下流分子の活性化を妨げるように改変されたROR1タンパク質またはその部分ペプチド、ROR1とEGFRに代表される受容体型チロシンキナーゼとの結合やその活性化を妨げるように改変されたROR1タンパク質またはその部分ペプチド(例えば、ROR1タンパク質のシステインリッチドメイン(CRD))、或いは、基質や他の受容体型チロシンキナーゼとの結合に関して、ROR1上の結合部位と競合するようなタンパク質或いはペプチドとして調製することができる。
【0070】
また、本発明におけるROR1タンパク質に結合する低分子化合物は、例えば、低分子化合物のライブラリーなどから上記本発明のスクリーニングにより同定し、当業者に公知の合成法により調製することができる。
【0071】
本発明の薬剤は、有効成分としてのROR1の機能を抑制する活性を有する化合物に加え、他の成分を含むことができる。他の成分としては、例えば、上記の薬理学上許容される担体または媒体が挙げられる。
【実施例】
【0072】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0073】
<材料と方法>
(1) 細胞株と試薬
ヒト肺腺癌細胞株、NCI−H1975,NCI−H820、PC−9、NCI−H358、NCI−H441、及びNCI−H23は、アメリカ培養細胞系統保存機関(American Type Culture Collection)から購入した。SK−LC−5、及びSK−LU−1細胞株は、Lloyd J.Old(メモリアル・スローン・ケタリング癌センター)から提供を受けた。そして、これらの細胞株は、10%ウシ胎児血清(FBS)添加RPMI 1640(Invitrogen社製)により維持した。また、不死化肺上皮細胞株 HPL1Dは「Masuda,A.ら、Cancer Res、1997年、57巻、4898〜4904ページ」の記載の方法に沿って維持した。
【0074】
ゲフィチニブはBiaffin GmbH&CoKGから購入し、組み換えEGF、組み換えHGFは、Sigma社、PeproTech社から各々入手した。
【0075】
下記抗体は、各々下記会社から購入した。
anti−ROR1(#4102)、anti−c−Src(36D10,#2109)、anti−phospho−c−Src(Y416,#2101)、anti−PTEN(138G6,#9559)、anti−phospho−PTEN(S380/T382/T383,#9554)、anti−phospho−AKT(T308,C31E5E,#2965)、anti−phospho−AKT(S473,#9271)、anti−FOXO1(C29H4,#2880)、anti−phospho−FOXO1(S256,#9461)、anti−phospho−p38(T180/Y182,#9211)、anti−caspase−3(#9662)、及びanti−phospho−ErbB3(Y1289,#4791)は、CellSignaling Technology社から購入した。
anti−TTF−1(8G7G3/1,M3575)はDAKO社から購入した。
anti−α−tubulin(T5192)はSigma社から購入した。
anti−c−myc(9E10,sc−40)、anti−Tyr(PY20,sc−508)、anti−ErbB3(c−17,sc−285)はSanta Cruz Biotechnology社から購入した。
anti−GST(3B2,M071−3)はMBL社から購入した。
anti−ROR1(TA302193)はOrigene Technologies社から購入した。
anti−PI3K(p85)(06−497)はMILLIPORE社から購入した。
anti−mouse IgG、及びanti−rabbit IgGはCell Signaling Technology社から購入した。
【0076】
(2) コンストラクト
ヒトTTF−1全長cDNAをpCMV−puroにて発現させるためのコンストラクト、及び、TTF−1発現に対する二重鎖ショートヘアピンRNA(shRNA)をpH1RNAneoにて発現させるためのコンストラクトは、「Tanaka,H.ら、Cancer Res、2007年、67巻、6007〜6011ページ」の記載に沿って構築した。
【0077】
また、ヒトROR1全長cDNA(OriGene Technologies社製)はpCMV−puroベクターに挿入した。そして得られたコンストラクト(pCMVpuro−ROR1)のオープン・リーディング・フレーム(ORF)の配列を正確に確認した。さらに、myc標識ROR1発現ベクター(pIRES2puro−ROR1−myc)を作製した。
【0078】
また、ヒトEGFR全長cDNA(RIKEN)はpCMV−puroベクターに挿入した。そして得られたコンストラクト(pCMVpuro−EGFR)のオープン・リーディング・フレーム(ORF)の配列を正確に確認した。
【0079】
pNeo−MSV−c−Src wild−type(WT)、constitutive active(CA)、及びkinase dead(KD)は、Dr.Tony Hunter(ソーク研究所)から提供を受け、これらの挿入物をpCMVpuroベクターに導入した。
【0080】
また、pRC−CMV−c−Src wild type(WT)、Δ15−84(Δ15)、Δ90−144(Δ90)、及びΔ150−246(Δ150)は、Dr.Sanford Shattil(カリフォルニア大学サンディエゴ校)から提供を受けた。
【0081】
また、pIRES2puro−ROR1−ΔN−mycおよびpIRES2puro−ROR1−ΔC−mycは制限酵素を用いた分子生物学的手法により作製した。
【0082】
さらに、pIRES2puro−ROR1−ΔIg−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔCRD−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔKringle−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔIg+CRD−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔCRD+Kringle−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔIg+CRD+Kringle−mycについては、KOD−plus−DNAポリメラーゼ(TOYOBO社)を用いて、in vitro mutagenesisを行い、作製した。以下に、各々の作製に用いたプライマーを示す。
ΔIgフォワードプライマー:5’−GTGGTTTCTTCCACTGGAGTCTTGT−3’(配列番号:1)、
ΔIgリバースプライマー:5’−CGTGGTGATGTTATTCATTGGTTCA−3’(配列番号:2)、
ΔCRDフォワードプライマー:5’−ATCCGGATTGGAATTCCCATGGCAG−3’(配列番号:3)、
ΔCRDリバースプライマー:5’−GAATCCATCTTCTTCATACTCATCT−3’(配列番号:4)、
ΔKringleフォワードプライマー:5’−GATTCAAAGGATTCCAAGGAGAAGA−3’(配列番号:5)、
ΔKringleリバースプライマー:5’−CTTGTGATTTTTATTTATAGGATCT−3’(配列番号:6)。
【0083】
(3) マイクロアレイ分析
HPL1D−TTF−1恒常発現細胞(stable clone)、及びHPL1D−VC stable cloneは、FuGENE6(invitrogen)を用いてHPL1D細胞株に遺伝子導入を行い、ピューロマイシンで処理後、各々の恒常性発現細胞を樹立した。
【0084】
HPL1D−TTF−1恒常発現細胞、及びHPL1D−VC stable cloneからRNAを抽出し、低RNA蛍光線形増幅キット(low RNA fluorescent linear amplification kit、Agilent Technologies社製)を用いて、そのメーカーの使用説明書に従ってcRNAを作製し、Cy3又はCy5(GE Healthcare社製)で標識化した。
【0085】
標識化cRNAをAgilent44Kヒト全ゲノムマイクロアレイにハイブリダイズし、次いでDNAマイクロアレイスキャナー(Agilent Technologies社製)に供した。なお、発現プロファイリング分析は2回行った。
【0086】
(4) ウェスタンブロッティング分析、及び免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析
ウェスタンブロッティング分析、及び免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析は、Immobilon−P フィルター(Millipore社製)及び化学発光増強システム(enhanced chemiluminescence system、GE Healthcare社製)を用いて、標準的な方法により施行した。ROR1とc−Srcの生理的な結合を確認するために、pIRES2puro−ROR1を単独発現あるいは、wild type(WT)、Δ15−84(Δ15)、Δ90−144(Δ90)、及びΔ150−246(Δ150)といった様々なc−Src発現コンストラクトとともに共発現を行った。これらはトランスフェクション後24時間で細胞を回収し、免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析を行った。また、HPL1D細胞にpCMV−puro−TTF−1を一過性に発現させ、ウェスタンブロッティング解析によるROR1発現誘導の確認を行った。
【0087】
ROR1とEGFRとの生理的な結合を確認するために、pCMV−puro−EGFRと共に、pIRES2puro−VC、pIRES2puro−ROR1−WT、ΔN、ΔC、ΔIg、ΔCRD、ΔKringle、ΔIg+CRD、ΔCRD+Kringle、又はΔIg+CRD+Kringleといった様々なROR1欠損変異体発現コンストラクトとの共発現を行った。これらはトランスフェクション後24時間で培養液を取り除き、PBSで洗浄後、Serum(FBS:ウシ胎児血清)を含まない培養液に置換し、さらに24時間培養した。その後、20ng/mlのEGFで処理したのち、細胞を回収し、免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析を行った。
【0088】
(5) 免疫蛍光染色
標準的な免疫蛍光染色法により施した細胞は、LSM5 Pascal共焦点レーザー走査顕微鏡(Carl Zeiss社製)を用いて観察した。
【0089】
(6) ルシフェラーゼレポーターアッセイ
ROR1ルシフェラーゼレポーターコンストラクトは、pGL4ペーシックレポーターベクター(Promega社製)と、ROR1のプロモータ−領域 1.0−kb ゲノム断片を増幅したPCR産物とを用いて、作製した。なお、ルシフェラーゼレポーター活性の検出は「Osada,Hら、Cancer Res、2001年、61巻、8331〜8339ページ」の記載に沿って行った。また、ルシフェラーゼレポーター活性は、デュアルレポーターアッセイシステム(Promega社製)を用いて測定した。また、ウミシイタケルシフェラーゼ活性に基づき、ホタルルシフェラーゼ活性を標準化した。
【0090】
(7) クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイ
SK−LC−5細胞を1%ホルムアミドでクロスリンクした後、回収し、クロマチンを超音波処理により平均500〜600bpのなるようせん断した。そして、TTF−1特異的抗体を用いて免疫沈降を行った。そして、リバースクロスリンクをした後、免疫沈降して得られたクロマチンをROR1のプロモータ−領域を増幅するためのプライマーを用いたPCRに供した。なお、これらのプライマーは下記の通りである。
フォワードプライマー:5’−TCTCTCTGAGCCTCGGTTTC−3’(配列番号:7)
リバースプライマー:5’−CCCCCACACTCCTCAAACT−3’(配列番号:8)。
【0091】
(8) ヒトROR1、TTF−1、及びPTENに対するRNA干渉(RNAi)
RNAiを行うため、下記RNAオリゴマーをQIAGEN社及びSigma−Aldrich社から入手した。
5’−CAGCAAUGGAUGGAAUUUCAA−3’:siROR1#1(配列番号:9)
5’−CCCAGUGAGUAAUCUCAGU−3’:siROR1#2(配列番号:10)
5’−CCCAGAAGCUGCGAACUGU−3’:siROR1#3(配列番号:11)
5’−GUCACCGCCGCCUACCACA−3’:siTTF−1#1(配列番号:12)
5’−CGCCGUACCAGGACACCAU−3’:siTTF−1#2(配列番号:13)
5’−AAGGCGUAUACAGGAACAAUA−3’:siPTEN(配列番号:14)
また、AllStars Negative Control siRNA(siScr)はQIAGEN社から入手した。
【0092】
siRNA(各々20nM)のトランスフェクションは、リポフェクトアミンRNAiMAX(Invitrogen社製)を用いて、そのメーカーの使用説明書に従って行った。そして、細胞は、ウェスタンブロッティング分析のため、トランスフェクションをしてから72時間後に回収した。
【0093】
また、細胞増殖及びアポトーシス誘導は、テトラカラーワン比色アッセイキット(TetraColor One colorimetoric assay kit、生化学工業株式会社製)及びIn Situ細胞死検出キット(in situ cell death detection kit、Roche社製)を各々用いて、トランスフェクションをしてから5日後に測定した。
【0094】
(9) ROR1と、TTF−1及びc−Srcとの機能的相互作用解析
TTF−1の発現を抑制させた肺腺癌細胞における内因性のROR1の発現効果を解析するために、NCI−H358にpH1RNAneo−shTTF−1とpCMVpuro−ROR1を1:4の割合でトランスフェクションを行い、ネオマイシンで2週間処理させた後、コロニー数を測定した。次に、ROR1とc−Srcの機能的相互関係を調べるために、野生型c−Src(WT)発現pCMVpuroベクター、又は恒常活性型c−Src(CA)発現pCMVpuroベクターをNCI−H1975細胞に導入し、ピューロマイシンで3日間処理させた後、さらにROR1に対するsiRNAを導入した。siRNAを導入してから72時間後、ウェスタンブロッティング分析のため、細胞を回収した。またsiRNAを導入してから5日後に、MTTアッセイを行った。
【0095】
(10) インビボ造腫瘍性試験
1.0×10個のNCI−H1975細胞を、8週齢の胸腺欠損ヌードマウス(日本エスエルシー株式会社製)の脇腹下の方の皮下に接種した。接種してから1週間後、1nmol siRNA(siROR1#1、#2、及び#3)と200μlアテロコラーゲン(Koken社製)とを混合し、平均50mmの体積を有する腫瘍に注入した。siRNAを注入してから2週間後、腫瘍の重さを量り、データの平均値±標準誤差(SE)(n=7)を求めた。
【0096】
ROR1恒常発現株(stable ROR1 transfectant)を用いたインビボ造腫瘍性アッセイは、ROR1が恒常的に発現しているMSTO−211H細胞あるいは空ベクターが導入されたMSTO−211H細胞を1.0×10個、同様に8週齢の胸腺欠損ヌードマウス(日本エスエルシー株式会社製)の脇腹下の方の皮下に接種した。このケースにおいて、接種してから3週間後、腫瘍の重さを量り、データの平均値±標準誤差(SE)(n=5)を求めた。さらに、腫瘍における種々のタンパク質の発現をウェスタンブロッティングによって分析した。なお、全ての動物実験は、名古屋大学の動物実験に関する規則に従って行った。
【0097】
(11) ROR1抑制と、EGF、HGF、及びゲフィチニブとの併用効果
NCI−H1975細胞、及びSK−LC−5細胞を20nMのsiROR1又はsiScrで2日間処理し、24時間の血清飢餓状態ののち、20ng/ml EGFで処理し、これらの細胞をウェスタンブロッティング及び免疫蛍光染色による分析に供した。
【0098】
NCI−H1975細胞、及びNCI−H820細胞は20nMのsiROR1又はsiScrで3日間処理し、1μM ゲフィチニブで6時間処理したのち、細胞を回収しウェスタンブロッティング分析を行った。また、これらの細胞のMTTアッセイについては、siRNAトランスフェクション後、4日間1μM ゲフィチニブで処理を行い、測定を行った。
【0099】
同様に、siRNAを導入して3日間培養したPC9細胞は、1μM ゲフィチニブ及び/又は50ng/ml HGFにて、6時間処理し、ウェスタンブロッティング分析のために細胞を回収した。また、これらの細胞のMTTアッセイについては、siRNAトランスフェクション後、4日間1μM ゲフィチニブ及び/又は50ng/ml HGFで処理を行い、測定を行った。
【0100】
(12) 組み換えタンパク質の調製
GST標識ROR1(細胞内ドメイン)を、Gatewayシステムを用いてSf9昆虫細胞(Invitrogen社製)に、そのメーカーの使用説明書に従い、発現させた。そして、組み換えGST標識ROR1タンパク質を、グルタチオン−アフィニティクロマトグラフィーによって精製した。His標識c−Srcタンパク質及びGSTタンパク質は、各々Invitrogen社及びAbnova社より購入した。c−SrcのGST標識SH2領域及びGST標識SH3領域の組み換えタンパク質は、各々Marligen Biosciences社及びJena Bioscience社から入手した。
【0101】
(13) GSTプルダウンアッセイ
20mM MOPS[pH7.2]、1mM ジチオスレイトール、5mM EGTA、25mM β−グリセロリン酸塩、1mM NaVO、及び75mM MgClからなるバッファー中にて、精製His標識c−Srcと、組み換えGST又は組み換えGST標識ROR1が結合したアフィニティビーズを混合した。次いで、ビーズを洗浄し、SDSサンプルバッファーに溶解した。この溶出液をSDS−PAGEに供し、次いでanti−GST又はanti−His抗体を用いたウェスタンブロッティング分析に供した。
【0102】
NCI−H1975細胞の細胞抽出液を、組み換えGST標識SH2領域及びGST標識SH3領域の組み換えc−Srcタンパク質が結合したアフィニティビーズと混合した。数回洗浄した後、SDSサンプルバッファーに溶解した。この溶出液をSDS−PAGEに供し、次いでanti−GST又はanti−ROR1抗体を用いたウェスタンブロッティング分析に供した。
【0103】
(14) インビトロキナーゼアッセイ
NCI−H23細胞、293T細胞の抽出液を用いてc−Srcの免疫沈降を行い、免疫沈降物を30℃にて1時間、リン酸化バッファー(25mM Tris−HCl[pH7.5]、5mM MgCl、0.5mM ATP)中にて、GST又はGST−ROR1とともにインキュベーションし、次いでanti−phospho−c−Src抗体を用いたウェスタンブロッティング分析に供した。
【0104】
また、NIH3T3細胞にpCMVpuro−KD−c−Srcをトランスフェクションし、ピューロマイシンで5日間処理した細胞を用いて、kinase−dead c−Srcを免疫沈降し、ROR1キナーゼアッセイのための基質として使用した。
【0105】
(実施例1)
<TTF−1の系譜特異的生存シグナルに関与するROR1の同定>
ヒトROR1遺伝子のプロモーターの1.0−kb近傍領域を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイによってTTF−1依存的な活性化であることが示され(図1のa)、クロマチン免疫沈降アッセイによって、ROR1遺伝子のプロモーターにTTF−1が直接結合することが明らかになり(図1のb)、かかる結果から、ROR1はTTF−1の転写標的であることが示された。
【0106】
(実施例2)
<ROR1の発現抑性又は発現亢進による肺腺癌細胞の増殖への影響に関する検証>
アテロコラーゲンを用いたROR1 siRNA腫瘍内投与による、インビボ治療によって、NCI−H1975の異種移植腫瘍の成長は有意に低下した(図2のa)。
【0107】
また、ショートヘアピンTTF−1(shTTF−1)の発現によってかなりの程度抑制されていたTTF−1/ROR1 NCI−H358細胞の増殖は、ROR1を共発現させることによって有意に回復した(図2のb)。このことから、TTF−1によって誘導されるROR1は、TTF−1の生存シグナルの下流において極めて重要なメディエイターであることが示唆される。
【0108】
さらに、ROR1をNCI−H358細胞と同程度に外来的に発現させることによって、ROR1陰性MSTO−211H細胞のインビボにおける異種移植腫瘍の成長は増強された(図2のc)。
【0109】
(実施例3)
<ROR1が介するシグナル伝達における下流分子の同定>
次に、ROR1が介するシグナル伝達の解明のため、潜在的な下流分子の分析をウェスタンブロッティング分析により行った。
【0110】
ROR1抑制によってc−Src、PTEN、AKT、及びFOXO1のリン酸化が低下し、逆にp38のリン酸化が亢進した(図3のa)。一方、ROR1を導入したMSTO−211H細胞由来の異種移植腫瘍においては逆の効果が観察された(図3のb)。
【0111】
これらの知見は、発癌シグナル伝達を急に阻害することによって、生存促進性シグナルとアポトーシス促進性シグナルとのバランスが悪くなり、結果として細胞死に至るという「癌遺伝子ショック」モデルと合致する。
【0112】
このように、ROR1陽性肺腺癌細胞株はROR1が介する生存シグナルに依存しており、これが阻害されるとアポトーシス反応が順々に誘発されることになる。
【0113】
(実施例4)
<ROR1によるc−Srcを介した生存シグナルの検証>
また、ROR1をノックダウンした細胞又はROR1が過剰発現している細胞において、c−Srcの416番目のチロシンのリン酸化が増加しているということに注目し、恒常活性型c−SrcをNCI−H1975細胞に導入し、ROR1抑制が誘導するリン酸化、並びに細胞の増殖抑制がどのように変化するかを調べた。結果、恒常活性型c−Srcが導入されることによって、ROR1抑制が誘導するPTEN及びAKTのリン酸化状態の変化、並びNCI−H1975細胞の増殖抑制が顕著に低下することが示され(図4のa)、肺腺癌におけるROR1が介する生存シグナル伝達の少なくとも一部にc−Srcが関与していることが示唆された。
【0114】
次に、ROR1がc−Srcを制御するメカニズムを解明するために、ROR1がc−Srcに結合するかどうかを調べた。結果、COS7細胞に外来的に導入したc−SrcとROR1との間の相互作用(図4のb)、及び293T細胞にトランスフェクトしたROR1と内因性c−Srcとの相互作用ははっきりと証明された(図4のc)。また、精製ROR1タンパク質及びc−Srcタンパク質を用いたインビトロプルダウンアッセイによって、それらの直接的な相互作用が示された(図4のd)。さらに、免疫沈降−ウェスタンブロッティング(IP−WB)分析によって、NCI−H1975細胞において、内在性ROR1とc−Srcとが相互作用していることが確認された(図4のe)。また、種々のc−Src欠失変異体を用いたIP−WB分析によって、ROR1とc−SrcのSH3ドメインとが結合することが明らかになった(図4のf)。さらに、NCI−H1975細胞の溶解液を用いたGSTプルダウンアッセイによって、内在性ROR1とc−SrcのSH3ドメインとが相互作用することも明らかになった(図4のg)。
【0115】
(実施例5)
<ROR1によるc−Srcリン酸化に関する検証>
次にc−SrcはROR1によってリン酸化されるかどうかを調べた。すなわち、インビトロROR1キナーゼアッセイを、c−Srcを基質として用いて、NCI−H23及び293T細胞の細胞溶解液からc−Srcを免疫沈降することによって調べた結果、ROR1によってc−Srcはリン酸化されることが明らかになった(図5のa(NCI−H23細胞)及び図5のb(293T細胞))。
【0116】
さらに、キナーゼ死型のc−Src(kinase−dead c−Src、c−Src−KD)を発現させたNIH3T3細胞を用いて、かかるc−Srcのリン酸化がc−Srcの自己リン酸化反応に依るものでないということを確認した。なお、c−Src−KDは自己リン酸化能がない基質である(図5のc)。
【0117】
(実施例6)
<ROR1による生存シグナルとしてのc−Srcを介したPTEN制御に関する検証>
c−SrcはPTENをリン酸化することでPTENの不活化を誘導することが知られている。NCI−H1975細胞において、PTENを同時に抑制することによって、ROR1抑制が誘導するAKTリン酸化への影響、並びにその結果として生じる増殖抑制が大体解消されることが明らかになった(図6)。
【0118】
従って、ROR1はc−Srcに結合し、c−Srcをリン酸化すること、並びにc−Srcは肺腺癌におけるROR1−c−Src−PTEN−PI3K−AKT軸を介した生存促進性シグナルの調節に、非常に重要な役割を担っていることが明らかになった。
【0119】
(実施例7)
<ROR1とErbBファミリーとのクロストークについての検証>
ErbBファミリー、特にEGFRやErbB3が肺癌の生存・増殖において重要な役割を担っていることは良く理解されている。また、最近、受容体型チロシンキナーゼ間におけるクロストークが重要視されており、受容体同士は細胞膜上で非常に近傍に存在し、連絡し合うことで、生存促進性シグナルを担っていると考えられている。そこで、免疫沈降−ウェスタンブロット(IP−WB)法により分析した結果、EGF刺激下においてROR1とEGFRとは結合することが明らかになった。また、その両者の相互作用はROR1の細胞外領域を介して結合していることを見出した(図7のa)。さらに、詳細なROR1の結合領域の検討により、ROR1とEGFRとは、ROR1の細胞外領域に存在するシステインリッチドメインを介して相互作用していることも明らかとなった(図7のb)。また、ROR1を導入したMSTO−211H細胞を用いて、内因性のROR1とEGFRとの結合を免疫沈降−ウェスタンブロット(IP−WB)法により互いの結合を検出した(図7のc)。さらに、ROR1の発現を抑制した肺腺癌細胞NCI−H1975を用いたIP−WB分析によって検討したところ、ROR1の抑制によって、内因性EGFRと、ヘテロ二量体を形成して生存促進性シグナルを伝達するEGFRの重要なパートナー分子のErbB3との結合が阻害されることが明らかとなった(図7のd)。また、肺腺癌細胞NCI−H1975においてROR1の発現を抑制すると、EGF刺激によって生じて生存促進性シグナルを伝えるErbB3の活性化状態を反映するリン酸化の著明な低下が確認された(図7のe)。さらに、ROR1の発現を抑制した肺腺癌細胞NCI−H1975において、ErbB3とErbB3のリン酸化部位を認識して結合して生存促進性シグナルを伝達するPI3Kのp85サブユニットとの結合を調べたところ、ErbB3とp85の結合の低下が明らかとなった(図7のf)。また、ROR1を導入したMSTO−211H細胞由来の異種移植腫瘍においてはErbB3のリン酸化反応の増加が観察された(図7のg)。
【0120】
したがって、ROR1は、EGFRなどの受容体型チロシンキナーゼと結合することによって、その生存促進性シグナル伝達に重要な受容体型チロシンキナーゼ間の結合やリン酸化、さらには、その下流のシグナル伝達因子の結合等に重要な役割を担っており、受容体型チロシンキナーゼによる生存促進性シグナルの伝達に必要であることが明らかとなった。
【0121】
(実施例8)
<EGFRが介するシグナル伝達とROR1との関連性についての検証>
EGFRが介するシグナル伝達が肺癌の成長において重要な役割を担っていることは良く理解されている。そこで、次にEGFRが介するシグナル伝達とROR1との関連性を調べた。その結果、EGFによって誘導されるc−Src、AKT、及びFOXO1のリン酸化は、ROR1抑制によって顕著に阻害されることが明らかになった(図8のa)。
【0122】
さらに、EGFの有無に関わらず、ROR1が抑制されたNCI−H1975細胞において、AKTによって不活化される下流分子であり、アポトーシス促進因子であるFOXO1の核内繋留(nuclear retention)が誘導され、それゆえアポトーシスの活性化が誘発されることが明らかになった(図8のb)。
【0123】
従って、ROR1抑制によって誘導されるp38リン酸化はEGF処理の影響を受けないことから、肺腺癌におけるEGFRが介する生存促進性シグナル伝達、及びアポトーシス促進性シグナル伝達の抑制に、持続的なROR1の発現は必須であるということが示唆された。
【0124】
(実施例9)
<EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性の肺癌細胞におけるROR1抑制の有効性に関する検証>
NCI−H1975細胞及びNCI−H820細胞は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する抵抗性を付与するT790M変異を合わせて有するEGFR遺伝子の2重変異をもつ細胞株である。いずれの細胞株においても、EGF添加によって生存促進性シグナルが強く惹起されるが、ROR1抑制はそれを顕著に低下させ、アポトーシス促進性シグナルを惹起し、細胞増殖を顕著に抑制した。(図8のc)。
【0125】
また、MET受容体型チロシンキナーゼのリガンドであるHGFの過剰発現や、METの遺伝子増幅によって、METの活性化が誘導されることにより、EGFRからMETへと生存に関わる依存対象の切り換えが生じることによって、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性を獲得するという、さらなるメカニズムが最近報告されている(Yano,Sら、Cancer Res、2008年、68巻、9479〜9487ページ;Turke,ABら、Cancer Cell、2010年、17巻、77〜88ページ)。そこで、HGF/METとROR1との関連性について調べた。
【0126】
その結果、EGFR変異を有するPC9肺腺癌細胞において、HGF処理によりEGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性が付与されるたが、一方、ROR1抑制によって、METが伝達する生存促進性シグナルは抑性されることが明らかになった(図8のd)。
【0127】
従って、ROR1は、系譜特異的生存癌遺伝子TTF−1の下流分子であり、EGFRやMETといった他の受容体型チロシンキナーゼからの生存促進性シグナルを維持し、またアポトーシス促進性シグナルを抑制するうえでも必要とされることが明らかになった。さらに、このことはROR1の抑制が、EGFRやMETなどの受容体型チロシンキナーゼ阻害剤への耐性をもつ癌細胞の治療標的として極めて有用であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0128】
上記の通り、本発明により、ROR1の機能を抑制して、アポトーシス促進性シグナルを亢進させることのみならず、受容体型チロシンキナーゼが仲介する癌細胞の生存促進性シグナルを抑制することが可能となった。本発明によれば、ROR1の機能を抑制することにより、EGFRやMETなどの受容体型チロシンキナーゼに対する阻害剤に耐性を獲得している癌細胞の増殖を抑制することもできるため、本発明は、難治性癌も含む癌の治療薬の開発に大きく貢献しうるものである。
【配列表フリーテキスト】
【0129】
配列番号1〜8
<223> 人工的に合成されたプライマーの塩基配列
配列番号9〜14
<223> 人工的に合成されたオリゴヌクレオチドの配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]