【実施例】
【0072】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0073】
<材料と方法>
(1) 細胞株と試薬
ヒト肺腺癌細胞株、NCI−H1975,NCI−H820、PC−9、NCI−H358、NCI−H441、及びNCI−H23は、アメリカ培養細胞系統保存機関(American Type Culture Collection)から購入した。SK−LC−5、及びSK−LU−1細胞株は、Lloyd J.Old(メモリアル・スローン・ケタリング癌センター)から提供を受けた。そして、これらの細胞株は、10%ウシ胎児血清(FBS)添加RPMI 1640(Invitrogen社製)により維持した。また、不死化肺上皮細胞株 HPL1Dは「Masuda,A.ら、Cancer Res、1997年、57巻、4898〜4904ページ」の記載の方法に沿って維持した。
【0074】
ゲフィチニブはBiaffin GmbH&CoKGから購入し、組み換えEGF、組み換えHGFは、Sigma社、PeproTech社から各々入手した。
【0075】
下記抗体は、各々下記会社から購入した。
anti−ROR1(#4102)、anti−c−Src(36D10,#2109)、anti−phospho−c−Src(Y416,#2101)、anti−PTEN(138G6,#9559)、anti−phospho−PTEN(S380/T382/T383,#9554)、anti−phospho−AKT(T308,C31E5E,#2965)、anti−phospho−AKT(S473,#9271)、anti−FOXO1(C29H4,#2880)、anti−phospho−FOXO1(S256,#9461)、anti−phospho−p38(T180/Y182,#9211)、anti−caspase−3(#9662)、及びanti−phospho−ErbB3(Y1289,#4791)は、CellSignaling Technology社から購入した。
anti−TTF−1(8G7G3/1,M3575)はDAKO社から購入した。
anti−α−tubulin(T5192)はSigma社から購入した。
anti−c−myc(9E10,sc−40)、anti−Tyr(PY20,sc−508)、anti−ErbB3(c−17,sc−285)はSanta Cruz Biotechnology社から購入した。
anti−GST(3B2,M071−3)はMBL社から購入した。
anti−ROR1(TA302193)はOrigene Technologies社から購入した。
anti−PI3K(p85)(06−497)はMILLIPORE社から購入した。
anti−mouse IgG、及びanti−rabbit IgGはCell Signaling Technology社から購入した。
【0076】
(2) コンストラクト
ヒトTTF−1全長cDNAをpCMV−puroにて発現させるためのコンストラクト、及び、TTF−1発現に対する二重鎖ショートヘアピンRNA(shRNA)をpH1RNAneoにて発現させるためのコンストラクトは、「Tanaka,H.ら、Cancer Res、2007年、67巻、6007〜6011ページ」の記載に沿って構築した。
【0077】
また、ヒトROR1全長cDNA(OriGene Technologies社製)はpCMV−puroベクターに挿入した。そして得られたコンストラクト(pCMVpuro−ROR1)のオープン・リーディング・フレーム(ORF)の配列を正確に確認した。さらに、myc標識ROR1発現ベクター(pIRES2puro−ROR1−myc)を作製した。
【0078】
また、ヒトEGFR全長cDNA(RIKEN)はpCMV−puroベクターに挿入した。そして得られたコンストラクト(pCMVpuro−EGFR)のオープン・リーディング・フレーム(ORF)の配列を正確に確認した。
【0079】
pNeo−MSV−c−Src wild−type(WT)、constitutive active(CA)、及びkinase dead(KD)は、Dr.Tony Hunter(ソーク研究所)から提供を受け、これらの挿入物をpCMVpuroベクターに導入した。
【0080】
また、pRC−CMV−c−Src wild type(WT)、Δ15−84(Δ15)、Δ90−144(Δ90)、及びΔ150−246(Δ150)は、Dr.Sanford Shattil(カリフォルニア大学サンディエゴ校)から提供を受けた。
【0081】
また、pIRES2puro−ROR1−ΔN−mycおよびpIRES2puro−ROR1−ΔC−mycは制限酵素を用いた分子生物学的手法により作製した。
【0082】
さらに、pIRES2puro−ROR1−ΔIg−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔCRD−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔKringle−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔIg+CRD−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔCRD+Kringle−myc、pIRES2puro−ROR1−ΔIg+CRD+Kringle−mycについては、KOD−plus−DNAポリメラーゼ(TOYOBO社)を用いて、in vitro mutagenesisを行い、作製した。以下に、各々の作製に用いたプライマーを示す。
ΔIgフォワードプライマー:5’−GTGGTTTCTTCCACTGGAGTCTTGT−3’(配列番号:1)、
ΔIgリバースプライマー:5’−CGTGGTGATGTTATTCATTGGTTCA−3’(配列番号:2)、
ΔCRDフォワードプライマー:5’−ATCCGGATTGGAATTCCCATGGCAG−3’(配列番号:3)、
ΔCRDリバースプライマー:5’−GAATCCATCTTCTTCATACTCATCT−3’(配列番号:4)、
ΔKringleフォワードプライマー:5’−GATTCAAAGGATTCCAAGGAGAAGA−3’(配列番号:5)、
ΔKringleリバースプライマー:5’−CTTGTGATTTTTATTTATAGGATCT−3’(配列番号:6)。
【0083】
(3) マイクロアレイ分析
HPL1D−TTF−1恒常発現細胞(stable clone)、及びHPL1D−VC stable cloneは、FuGENE6(invitrogen)を用いてHPL1D細胞株に遺伝子導入を行い、ピューロマイシンで処理後、各々の恒常性発現細胞を樹立した。
【0084】
HPL1D−TTF−1恒常発現細胞、及びHPL1D−VC stable cloneからRNAを抽出し、低RNA蛍光線形増幅キット(low RNA fluorescent linear amplification kit、Agilent Technologies社製)を用いて、そのメーカーの使用説明書に従ってcRNAを作製し、Cy3又はCy5(GE Healthcare社製)で標識化した。
【0085】
標識化cRNAをAgilent44Kヒト全ゲノムマイクロアレイにハイブリダイズし、次いでDNAマイクロアレイスキャナー(Agilent Technologies社製)に供した。なお、発現プロファイリング分析は2回行った。
【0086】
(4) ウェスタンブロッティング分析、及び免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析
ウェスタンブロッティング分析、及び免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析は、Immobilon−P フィルター(Millipore社製)及び化学発光増強システム(enhanced chemiluminescence system、GE Healthcare社製)を用いて、標準的な方法により施行した。ROR1とc−Srcの生理的な結合を確認するために、pIRES2puro−ROR1を単独発現あるいは、wild type(WT)、Δ15−84(Δ15)、Δ90−144(Δ90)、及びΔ150−246(Δ150)といった様々なc−Src発現コンストラクトとともに共発現を行った。これらはトランスフェクション後24時間で細胞を回収し、免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析を行った。また、HPL1D細胞にpCMV−puro−TTF−1を一過性に発現させ、ウェスタンブロッティング解析によるROR1発現誘導の確認を行った。
【0087】
ROR1とEGFRとの生理的な結合を確認するために、pCMV−puro−EGFRと共に、pIRES2puro−VC、pIRES2puro−ROR1−WT、ΔN、ΔC、ΔIg、ΔCRD、ΔKringle、ΔIg+CRD、ΔCRD+Kringle、又はΔIg+CRD+Kringleといった様々なROR1欠損変異体発現コンストラクトとの共発現を行った。これらはトランスフェクション後24時間で培養液を取り除き、PBSで洗浄後、Serum(FBS:ウシ胎児血清)を含まない培養液に置換し、さらに24時間培養した。その後、20ng/mlのEGFで処理したのち、細胞を回収し、免疫沈降−ウェスタンブロッティング分析を行った。
【0088】
(5) 免疫蛍光染色
標準的な免疫蛍光染色法により施した細胞は、LSM5 Pascal共焦点レーザー走査顕微鏡(Carl Zeiss社製)を用いて観察した。
【0089】
(6) ルシフェラーゼレポーターアッセイ
ROR1ルシフェラーゼレポーターコンストラクトは、pGL4ペーシックレポーターベクター(Promega社製)と、ROR1のプロモータ−領域 1.0−kb ゲノム断片を増幅したPCR産物とを用いて、作製した。なお、ルシフェラーゼレポーター活性の検出は「Osada,Hら、Cancer Res、2001年、61巻、8331〜8339ページ」の記載に沿って行った。また、ルシフェラーゼレポーター活性は、デュアルレポーターアッセイシステム(Promega社製)を用いて測定した。また、ウミシイタケルシフェラーゼ活性に基づき、ホタルルシフェラーゼ活性を標準化した。
【0090】
(7) クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイ
SK−LC−5細胞を1%ホルムアミドでクロスリンクした後、回収し、クロマチンを超音波処理により平均500〜600bpのなるようせん断した。そして、TTF−1特異的抗体を用いて免疫沈降を行った。そして、リバースクロスリンクをした後、免疫沈降して得られたクロマチンをROR1のプロモータ−領域を増幅するためのプライマーを用いたPCRに供した。なお、これらのプライマーは下記の通りである。
フォワードプライマー:5’−TCTCTCTGAGCCTCGGTTTC−3’(配列番号:7)
リバースプライマー:5’−CCCCCACACTCCTCAAACT−3’(配列番号:8)。
【0091】
(8) ヒトROR1、TTF−1、及びPTENに対するRNA干渉(RNAi)
RNAiを行うため、下記RNAオリゴマーをQIAGEN社及びSigma−Aldrich社から入手した。
5’−CAGCAAUGGAUGGAAUUUCAA−3’:siROR1#1(配列番号:9)
5’−CCCAGUGAGUAAUCUCAGU−3’:siROR1#2(配列番号:10)
5’−CCCAGAAGCUGCGAACUGU−3’:siROR1#3(配列番号:11)
5’−GUCACCGCCGCCUACCACA−3’:siTTF−1#1(配列番号:12)
5’−CGCCGUACCAGGACACCAU−3’:siTTF−1#2(配列番号:13)
5’−AAGGCGUAUACAGGAACAAUA−3’:siPTEN(配列番号:14)
また、AllStars Negative Control siRNA(siScr)はQIAGEN社から入手した。
【0092】
siRNA(各々20nM)のトランスフェクションは、リポフェクトアミンRNAiMAX(Invitrogen社製)を用いて、そのメーカーの使用説明書に従って行った。そして、細胞は、ウェスタンブロッティング分析のため、トランスフェクションをしてから72時間後に回収した。
【0093】
また、細胞増殖及びアポトーシス誘導は、テトラカラーワン比色アッセイキット(TetraColor One colorimetoric assay kit、生化学工業株式会社製)及びIn Situ細胞死検出キット(in situ cell death detection kit、Roche社製)を各々用いて、トランスフェクションをしてから5日後に測定した。
【0094】
(9) ROR1と、TTF−1及びc−Srcとの機能的相互作用解析
TTF−1の発現を抑制させた肺腺癌細胞における内因性のROR1の発現効果を解析するために、NCI−H358にpH1RNAneo−shTTF−1とpCMVpuro−ROR1を1:4の割合でトランスフェクションを行い、ネオマイシンで2週間処理させた後、コロニー数を測定した。次に、ROR1とc−Srcの機能的相互関係を調べるために、野生型c−Src(WT)発現pCMVpuroベクター、又は恒常活性型c−Src(CA)発現pCMVpuroベクターをNCI−H1975細胞に導入し、ピューロマイシンで3日間処理させた後、さらにROR1に対するsiRNAを導入した。siRNAを導入してから72時間後、ウェスタンブロッティング分析のため、細胞を回収した。またsiRNAを導入してから5日後に、MTTアッセイを行った。
【0095】
(10) インビボ造腫瘍性試験
1.0×10
7個のNCI−H1975細胞を、8週齢の胸腺欠損ヌードマウス(日本エスエルシー株式会社製)の脇腹下の方の皮下に接種した。接種してから1週間後、1nmol siRNA(siROR1#1、#2、及び#3)と200μlアテロコラーゲン(Koken社製)とを混合し、平均50mm
3の体積を有する腫瘍に注入した。siRNAを注入してから2週間後、腫瘍の重さを量り、データの平均値±標準誤差(SE)(n=7)を求めた。
【0096】
ROR1恒常発現株(stable ROR1 transfectant)を用いたインビボ造腫瘍性アッセイは、ROR1が恒常的に発現しているMSTO−211H細胞あるいは空ベクターが導入されたMSTO−211H細胞を1.0×10
7個、同様に8週齢の胸腺欠損ヌードマウス(日本エスエルシー株式会社製)の脇腹下の方の皮下に接種した。このケースにおいて、接種してから3週間後、腫瘍の重さを量り、データの平均値±標準誤差(SE)(n=5)を求めた。さらに、腫瘍における種々のタンパク質の発現をウェスタンブロッティングによって分析した。なお、全ての動物実験は、名古屋大学の動物実験に関する規則に従って行った。
【0097】
(11) ROR1抑制と、EGF、HGF、及びゲフィチニブとの併用効果
NCI−H1975細胞、及びSK−LC−5細胞を20nMのsiROR1又はsiScrで2日間処理し、24時間の血清飢餓状態ののち、20ng/ml EGFで処理し、これらの細胞をウェスタンブロッティング及び免疫蛍光染色による分析に供した。
【0098】
NCI−H1975細胞、及びNCI−H820細胞は20nMのsiROR1又はsiScrで3日間処理し、1μM ゲフィチニブで6時間処理したのち、細胞を回収しウェスタンブロッティング分析を行った。また、これらの細胞のMTTアッセイについては、siRNAトランスフェクション後、4日間1μM ゲフィチニブで処理を行い、測定を行った。
【0099】
同様に、siRNAを導入して3日間培養したPC9細胞は、1μM ゲフィチニブ及び/又は50ng/ml HGFにて、6時間処理し、ウェスタンブロッティング分析のために細胞を回収した。また、これらの細胞のMTTアッセイについては、siRNAトランスフェクション後、4日間1μM ゲフィチニブ及び/又は50ng/ml HGFで処理を行い、測定を行った。
【0100】
(12) 組み換えタンパク質の調製
GST標識ROR1(細胞内ドメイン)を、Gatewayシステムを用いてSf9昆虫細胞(Invitrogen社製)に、そのメーカーの使用説明書に従い、発現させた。そして、組み換えGST標識ROR1タンパク質を、グルタチオン−アフィニティクロマトグラフィーによって精製した。His標識c−Srcタンパク質及びGSTタンパク質は、各々Invitrogen社及びAbnova社より購入した。c−SrcのGST標識SH2領域及びGST標識SH3領域の組み換えタンパク質は、各々Marligen Biosciences社及びJena Bioscience社から入手した。
【0101】
(13) GSTプルダウンアッセイ
20mM MOPS[pH7.2]、1mM ジチオスレイトール、5mM EGTA、25mM β−グリセロリン酸塩、1mM Na
3VO
4、及び75mM MgCl
2からなるバッファー中にて、精製His標識c−Srcと、組み換えGST又は組み換えGST標識ROR1が結合したアフィニティビーズを混合した。次いで、ビーズを洗浄し、SDSサンプルバッファーに溶解した。この溶出液をSDS−PAGEに供し、次いでanti−GST又はanti−His抗体を用いたウェスタンブロッティング分析に供した。
【0102】
NCI−H1975細胞の細胞抽出液を、組み換えGST標識SH2領域及びGST標識SH3領域の組み換えc−Srcタンパク質が結合したアフィニティビーズと混合した。数回洗浄した後、SDSサンプルバッファーに溶解した。この溶出液をSDS−PAGEに供し、次いでanti−GST又はanti−ROR1抗体を用いたウェスタンブロッティング分析に供した。
【0103】
(14) インビトロキナーゼアッセイ
NCI−H23細胞、293T細胞の抽出液を用いてc−Srcの免疫沈降を行い、免疫沈降物を30℃にて1時間、リン酸化バッファー(25mM Tris−HCl[pH7.5]、5mM MgCl
2、0.5mM ATP)中にて、GST又はGST−ROR1とともにインキュベーションし、次いでanti−phospho−c−Src抗体を用いたウェスタンブロッティング分析に供した。
【0104】
また、NIH3T3細胞にpCMVpuro−KD−c−Srcをトランスフェクションし、ピューロマイシンで5日間処理した細胞を用いて、kinase−dead c−Srcを免疫沈降し、ROR1キナーゼアッセイのための基質として使用した。
【0105】
(実施例1)
<TTF−1の系譜特異的生存シグナルに関与するROR1の同定>
ヒトROR1遺伝子のプロモーターの1.0−kb近傍領域を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイによってTTF−1依存的な活性化であることが示され(
図1のa)、クロマチン免疫沈降アッセイによって、ROR1遺伝子のプロモーターにTTF−1が直接結合することが明らかになり(
図1のb)、かかる結果から、ROR1はTTF−1の転写標的であることが示された。
【0106】
(実施例2)
<ROR1の発現抑性又は発現亢進による肺腺癌細胞の増殖への影響に関する検証>
アテロコラーゲンを用いたROR1 siRNA腫瘍内投与による、インビボ治療によって、NCI−H1975の異種移植腫瘍の成長は有意に低下した(
図2のa)。
【0107】
また、ショートヘアピンTTF−1(shTTF−1)の発現によってかなりの程度抑制されていたTTF−1
+/ROR1
+ NCI−H358細胞の増殖は、ROR1を共発現させることによって有意に回復した(
図2のb)。このことから、TTF−1によって誘導されるROR1は、TTF−1の生存シグナルの下流において極めて重要なメディエイターであることが示唆される。
【0108】
さらに、ROR1をNCI−H358細胞と同程度に外来的に発現させることによって、ROR1陰性MSTO−211H細胞のインビボにおける異種移植腫瘍の成長は増強された(
図2のc)。
【0109】
(実施例3)
<ROR1が介するシグナル伝達における下流分子の同定>
次に、ROR1が介するシグナル伝達の解明のため、潜在的な下流分子の分析をウェスタンブロッティング分析により行った。
【0110】
ROR1抑制によってc−Src、PTEN、AKT、及びFOXO1のリン酸化が低下し、逆にp38のリン酸化が亢進した(
図3のa)。一方、ROR1を導入したMSTO−211H細胞由来の異種移植腫瘍においては逆の効果が観察された(
図3のb)。
【0111】
これらの知見は、発癌シグナル伝達を急に阻害することによって、生存促進性シグナルとアポトーシス促進性シグナルとのバランスが悪くなり、結果として細胞死に至るという「癌遺伝子ショック」モデルと合致する。
【0112】
このように、ROR1陽性肺腺癌細胞株はROR1が介する生存シグナルに依存しており、これが阻害されるとアポトーシス反応が順々に誘発されることになる。
【0113】
(実施例4)
<ROR1によるc−Srcを介した生存シグナルの検証>
また、ROR1をノックダウンした細胞又はROR1が過剰発現している細胞において、c−Srcの416番目のチロシンのリン酸化が増加しているということに注目し、恒常活性型c−SrcをNCI−H1975細胞に導入し、ROR1抑制が誘導するリン酸化、並びに細胞の増殖抑制がどのように変化するかを調べた。結果、恒常活性型c−Srcが導入されることによって、ROR1抑制が誘導するPTEN及びAKTのリン酸化状態の変化、並びNCI−H1975細胞の増殖抑制が顕著に低下することが示され(
図4のa)、肺腺癌におけるROR1が介する生存シグナル伝達の少なくとも一部にc−Srcが関与していることが示唆された。
【0114】
次に、ROR1がc−Srcを制御するメカニズムを解明するために、ROR1がc−Srcに結合するかどうかを調べた。結果、COS7細胞に外来的に導入したc−SrcとROR1との間の相互作用(
図4のb)、及び293T細胞にトランスフェクトしたROR1と内因性c−Srcとの相互作用ははっきりと証明された(
図4のc)。また、精製ROR1タンパク質及びc−Srcタンパク質を用いたインビトロプルダウンアッセイによって、それらの直接的な相互作用が示された(
図4のd)。さらに、免疫沈降−ウェスタンブロッティング(IP−WB)分析によって、NCI−H1975細胞において、内在性ROR1とc−Srcとが相互作用していることが確認された(
図4のe)。また、種々のc−Src欠失変異体を用いたIP−WB分析によって、ROR1とc−SrcのSH3ドメインとが結合することが明らかになった(
図4のf)。さらに、NCI−H1975細胞の溶解液を用いたGSTプルダウンアッセイによって、内在性ROR1とc−SrcのSH3ドメインとが相互作用することも明らかになった(
図4のg)。
【0115】
(実施例5)
<ROR1によるc−Srcリン酸化に関する検証>
次にc−SrcはROR1によってリン酸化されるかどうかを調べた。すなわち、インビトロROR1キナーゼアッセイを、c−Srcを基質として用いて、NCI−H23及び293T細胞の細胞溶解液からc−Srcを免疫沈降することによって調べた結果、ROR1によってc−Srcはリン酸化されることが明らかになった(
図5のa(NCI−H23細胞)及び
図5のb(293T細胞))。
【0116】
さらに、キナーゼ死型のc−Src(kinase−dead c−Src、c−Src−KD)を発現させたNIH3T3細胞を用いて、かかるc−Srcのリン酸化がc−Srcの自己リン酸化反応に依るものでないということを確認した。なお、c−Src−KDは自己リン酸化能がない基質である(
図5のc)。
【0117】
(実施例6)
<ROR1による生存シグナルとしてのc−Srcを介したPTEN制御に関する検証>
c−SrcはPTENをリン酸化することでPTENの不活化を誘導することが知られている。NCI−H1975細胞において、PTENを同時に抑制することによって、ROR1抑制が誘導するAKTリン酸化への影響、並びにその結果として生じる増殖抑制が大体解消されることが明らかになった(
図6)。
【0118】
従って、ROR1はc−Srcに結合し、c−Srcをリン酸化すること、並びにc−Srcは肺腺癌におけるROR1−c−Src−PTEN−PI3K−AKT軸を介した生存促進性シグナルの調節に、非常に重要な役割を担っていることが明らかになった。
【0119】
(実施例7)
<ROR1とErbBファミリーとのクロストークについての検証>
ErbBファミリー、特にEGFRやErbB3が肺癌の生存・増殖において重要な役割を担っていることは良く理解されている。また、最近、受容体型チロシンキナーゼ間におけるクロストークが重要視されており、受容体同士は細胞膜上で非常に近傍に存在し、連絡し合うことで、生存促進性シグナルを担っていると考えられている。そこで、免疫沈降−ウェスタンブロット(IP−WB)法により分析した結果、EGF刺激下においてROR1とEGFRとは結合することが明らかになった。また、その両者の相互作用はROR1の細胞外領域を介して結合していることを見出した(
図7のa)。さらに、詳細なROR1の結合領域の検討により、ROR1とEGFRとは、ROR1の細胞外領域に存在するシステインリッチドメインを介して相互作用していることも明らかとなった(
図7のb)。また、ROR1を導入したMSTO−211H細胞を用いて、内因性のROR1とEGFRとの結合を免疫沈降−ウェスタンブロット(IP−WB)法により互いの結合を検出した(
図7のc)。さらに、ROR1の発現を抑制した肺腺癌細胞NCI−H1975を用いたIP−WB分析によって検討したところ、ROR1の抑制によって、内因性EGFRと、ヘテロ二量体を形成して生存促進性シグナルを伝達するEGFRの重要なパートナー分子のErbB3との結合が阻害されることが明らかとなった(
図7のd)。また、肺腺癌細胞NCI−H1975においてROR1の発現を抑制すると、EGF刺激によって生じて生存促進性シグナルを伝えるErbB3の活性化状態を反映するリン酸化の著明な低下が確認された(
図7のe)。さらに、ROR1の発現を抑制した肺腺癌細胞NCI−H1975において、ErbB3とErbB3のリン酸化部位を認識して結合して生存促進性シグナルを伝達するPI3Kのp85サブユニットとの結合を調べたところ、ErbB3とp85の結合の低下が明らかとなった(
図7のf)。また、ROR1を導入したMSTO−211H細胞由来の異種移植腫瘍においてはErbB3のリン酸化反応の増加が観察された(
図7のg)。
【0120】
したがって、ROR1は、EGFRなどの受容体型チロシンキナーゼと結合することによって、その生存促進性シグナル伝達に重要な受容体型チロシンキナーゼ間の結合やリン酸化、さらには、その下流のシグナル伝達因子の結合等に重要な役割を担っており、受容体型チロシンキナーゼによる生存促進性シグナルの伝達に必要であることが明らかとなった。
【0121】
(実施例8)
<EGFRが介するシグナル伝達とROR1との関連性についての検証>
EGFRが介するシグナル伝達が肺癌の成長において重要な役割を担っていることは良く理解されている。そこで、次にEGFRが介するシグナル伝達とROR1との関連性を調べた。その結果、EGFによって誘導されるc−Src、AKT、及びFOXO1のリン酸化は、ROR1抑制によって顕著に阻害されることが明らかになった(
図8のa)。
【0122】
さらに、EGFの有無に関わらず、ROR1が抑制されたNCI−H1975細胞において、AKTによって不活化される下流分子であり、アポトーシス促進因子であるFOXO1の核内繋留(nuclear retention)が誘導され、それゆえアポトーシスの活性化が誘発されることが明らかになった(
図8のb)。
【0123】
従って、ROR1抑制によって誘導されるp38リン酸化はEGF処理の影響を受けないことから、肺腺癌におけるEGFRが介する生存促進性シグナル伝達、及びアポトーシス促進性シグナル伝達の抑制に、持続的なROR1の発現は必須であるということが示唆された。
【0124】
(実施例9)
<EGFRチロシンキナーゼ阻害剤耐性の肺癌細胞におけるROR1抑制の有効性に関する検証>
NCI−H1975細胞及びNCI−H820細胞は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する抵抗性を付与するT790M変異を合わせて有するEGFR遺伝子の2重変異をもつ細胞株である。いずれの細胞株においても、EGF添加によって生存促進性シグナルが強く惹起されるが、ROR1抑制はそれを顕著に低下させ、アポトーシス促進性シグナルを惹起し、細胞増殖を顕著に抑制した。(
図8のc)。
【0125】
また、MET受容体型チロシンキナーゼのリガンドであるHGFの過剰発現や、METの遺伝子増幅によって、METの活性化が誘導されることにより、EGFRからMETへと生存に関わる依存対象の切り換えが生じることによって、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性を獲得するという、さらなるメカニズムが最近報告されている(Yano,Sら、Cancer Res、2008年、68巻、9479〜9487ページ;Turke,ABら、Cancer Cell、2010年、17巻、77〜88ページ)。そこで、HGF/METとROR1との関連性について調べた。
【0126】
その結果、EGFR変異を有するPC9肺腺癌細胞において、HGF処理によりEGFRチロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性が付与されるたが、一方、ROR1抑制によって、METが伝達する生存促進性シグナルは抑性されることが明らかになった(
図8のd)。
【0127】
従って、ROR1は、系譜特異的生存癌遺伝子TTF−1の下流分子であり、EGFRやMETといった他の受容体型チロシンキナーゼからの生存促進性シグナルを維持し、またアポトーシス促進性シグナルを抑制するうえでも必要とされることが明らかになった。さらに、このことはROR1の抑制が、EGFRやMETなどの受容体型チロシンキナーゼ阻害剤への耐性をもつ癌細胞の治療標的として極めて有用であることを示している。