(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、少なくとも表面が高分子材料からなる基材層(以下、単に「高分子基材層」ともいう)と、該基材層の少なくとも一部に担持された分子内に複数のチオール基(−SH:メルカプト基・スルフヒドリル基・水硫基と呼称することもある)を有する化合物(以下、単に「チオール化合物」ともいう)と、該分子内に複数のチオール基を有する化合物を覆う、反応性官能基を有する親水性高分子からなる表面潤滑層と、を備え、該チオール基を有する化合物がイオン化ガスプラズマを照射(以下、単に「プラズマ処理」ともいう)することにより基材層に担持(固定化)されており、かつ該チオール基を有する化合物と、該反応性官能基を有する親水性高分子とを反応させることで表面潤滑層が基材層に結合していることを特徴とする湿潤時に表面が潤滑性を有する医療用具を提供する。したがって、イオン化ガスプラズマ照射により、チオール化合物を介して基材層表面および表面潤滑層を強固に固定化できる。
【0016】
さらに、基材層表面にチオール化合物を担持(固定化)させた後、親水性高分子の反応性官能基(例えば、エポキシ基、イソシアネート基等)とチオール化合物の残存チオール基とを反応させて表面潤滑層を形成させることにより、表面潤滑層がチオール化合物を介して、種々の高分子材料からなる基材層表面に簡便な手法で強固に固定化することができ、使用時の優れた表面潤滑性を永続的に発揮することができる。
【0017】
以下、添付した図面を参照して本発明を適用した最良の実施形態を説明する。
【0018】
図1Aは、本発明に係る代表的な実施形態の湿潤時に表面が潤滑性を有する医療用具(以下、単に医療用具とも略記する)の表面の積層構造を模式的に表した部分断面図である。
図1Bは、本実施形態の応用例として、表面の積層構造の異なる構成例を模式的に表した部分断面図である。なお、
図1A及び1B中の各付号は、それぞれ、下記を表わす。1は、基材層を;1aは、基材層コア部を;1bは、高分子表面層を;2は、分子内に複数のチオール基を有する化合物(チオール化合物)を;3は、表面潤滑層を;および10は、湿潤時に表面が潤滑性を有する医療用具を、それぞれ、表わす。
【0019】
図1A、
図1Bに示すように、本実施形態の医療用具10では、少なくとも表面が高分子材料からなる基材層1と、基材層1の少なくとも一部に担持された(図中では、図面内の基材層1表面の全体(全面)に担持された例を示す)分子内に複数のチオール基を有する化合物(チオール化合物)2と、分子内に複数のチオール基を有する化合物2を覆う反応性官能基を有する親水性高分子からなる表面潤滑層3と、を備え、該チオール基を有する化合物2がイオン化ガスプラズマを照射することにより基材層1に担持(固定化)されており、かつ該チオール基を有する化合物2と、該反応性官能基を有する親水性高分子とを反応させることで表面潤滑層3がチオール化合物2を介して基材層1に結合している。
【0020】
以下、本実施形態の医療用具の各構成部材ごとに詳しく説明する。
【0021】
(1)基材層1
本実施形態の医療用具を構成する基材層1は、少なくとも表面が高分子材料からなるものである。
【0022】
(1a)基材層1の構成
基材層1が「少なくとも表面が高分子材料からなる」とは、基材層1の少なくとも表面が高分子材料で構成されていればよく、基材層1全体(全部)が高分子材料で構成(形成)されているものに何ら制限されるものではない。従って、
図1Bに示すように、金属材料やセラミックス材料等の硬い補強材料で形成された基材層コア部1aの表面に、金属材料等の補強材料に比して柔軟な高分子材料が適当な方法(浸漬(デッピング)、噴霧(スプレー)、塗布・印刷等の従来公知の方法)で被覆(コーティング)あるいは基材層コア部1aの金属材料等と表面高分子層1bの高分子材料とが複合化(適当な反応処理)されて、表面高分子層1bを形成しているものも、本発明の基材層1に含まれるものである。よって、基材層コア部1aが、異なる材料を多層に積層してなる多層構造体、あるいは医療用具の部分ごとに異なる材料で形成された部材を繋ぎ合わせた構造(複合体)などであってもよい。また、基材層コア部1aと表面高分子層1bとの間に、更に異なるミドル層(図示せず)が形成されていてもよい。更に、表面高分子層1bに関しても異なる高分子材料を多層に積層してなる多層構造体、あるいは医療用具の部分ごとに異なる高分子材料で形成された部材を繋ぎ合わせた構造(複合体)などであってもよい。
【0023】
(1b)基材層コア部1aの構成
基材層コア部1aに用いることができる材料としては、特に制限されるものではなく、カテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の用途に応じて最適な基材層コア部1aとしての機能を十分に発現し得る補強材料を適宜選択すればよい。例えば、SUS304、SUS316L、SUS420J2、SUS630などの各種ステンレス鋼(SUS)、金、白金、銀、銅、ニッケル、コバルト、チタン、鉄、アルミニウム、スズおよびニッケル−チタン合金、コバルト−クロム合金、亜鉛−タングステン合金等のそれらの合金などの各種金属材料、各種セラミックス材料などの無機材料、更には金属−セラミックス複合体などが例示できるが、これらに何ら制限されるものではない。
【0024】
(1c)基材層1ないし表面高分子層1bの構成
基材層1ないし表面高分子層1bに用いることができる高分子材料としては、特に限定されるものではなく、例えば、ナイロン6、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン66(いずれも登録商標)などのポリアミド樹脂、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)、低密度ポリエチレン(LDPE)、高密度ポリエチレン(HDPE)などのポリエチレン樹脂やポリプロピレン樹脂などのポリアルキレン樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ジアリルフタレート樹脂(アリル樹脂)、ポリカーボネート樹脂、フッ素樹脂、アミノ樹脂(ユリア樹脂、メラミン樹脂、ベンゾグアナミン樹脂)、ポリエステル樹脂、スチロール樹脂、アクリル樹脂、ポリアセタール樹脂、酢酸ビニル樹脂、フェノール樹脂、塩化ビニル樹脂、シリコーン樹脂(ケイ素樹脂)などが挙げられる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。上記高分子材料には、使用用途であるカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の高分子基材として最適な高分子材料を適宜選択すればよい。
【0025】
(1d)ミドル層の構成
また、上記ミドル層(図示せず)に用いることができる材料としては、特に制限されるものではなく、使用用途に応じて適宜選択すればよい。例えば、各種金属材料、各種セラミックス材料、さらには有機−無機複合体などが例示できるが、これらに何ら限定されるものではない。以下、「少なくとも表面が高分子材料からなる基材層1」を単に「高分子基材層1」、あるいは「基材層1」とも略称する。
【0026】
(2)分子内に複数のチオール基を有する化合物2
本実施形態の医療用具を構成する分子内に複数のチオール基を有する化合物(以下、単に「チオール化合物」とも略称する)2は、高分子基材層1表面の少なくとも一部に担持されている。
【0027】
ここで、チオール化合物2が、基材層1表面の少なくとも一部に担持されているとしたのは、使用用途であるカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の医療用具において、必ずしもこれらの医療用具の全ての表面(表面全体)が湿潤時に潤滑性を有する必要はなく、湿潤時に表面が潤滑性を有することが求められる表面部分(一部の場合もあれば全部の場合もある)のみにチオール化合物2が担持されていればよいためである。
【0028】
なお、ここでいう「担持」とは、チオール化合物2が基材層1表面から容易に遊離しない状態に固定化されていればよく、基材層1表面にチオール化合物2が堆積した状態であってもよいし、基材層1表面にチオール化合物2が含浸した状態であってもよい。
【0029】
チオール化合物2としては、分子内にチオール基を複数有する化合物であれば特に限定されないが、基材層1表面にプラズマ処理及びその後の加熱処理等で基材層1表面の高分子材料と反応し強固に結合(固定化)した際に、残存するチオール基と表面潤滑層3の親水性高分子の反応性官能基が反応しやすいよう、チオール化合物2の最表面に残存するチオール基が露出しやすい構造を有していることが望ましい。かかる観点から、チオール化合物2としては、1分子内にチオール基を2個以上有する化合物(チオール基を2個以上有する実施例1の表面潤滑維持性評価試験結果の
図3と、チオール基を1個有する比較例7の表面潤滑維持性評価試験結果の
図14とを対比参照のこと)であればよいが、好ましくは1分子内にチオール基を、2〜10個、より好ましくは3〜6個有する化合物である。
【0030】
かかる観点から、上記チオール化合物としては、直鎖状、分岐鎖状、環状のいずれでもよく、例えば1,2−エタンジチオール、1,2−プロパンジチオール、1,3−プロパンジチオール、1,4−ブタンジチオール、2,3−ブタンジチオール、1,5−ペンタンジチオール、1,6−ヘキサンジチオール、1,8−オクタンジチオール、3,6−ジオキサ−1,8−オクタンジチオール、ビス(2−メルカプトエチル)エーテル、ビス(2−メルカプトエチル)スルフィド、1,2−ベンゼンジチオール、1,4−ベンゼンジチオール、1,4−ビス(メルカプトメチル)ベンゼン、トルエン−3,4−ジチオール、1,5−ジメルカプトナフタレン、2,6−ジメルカプトプリン、4,4’−ビフェニルジチオール、4,4’−チオビスベンゼンチオール、テトラエチレングリコールビス(3−メルカプトプロピオネート)等の分子内にチオール基を2つ有する化合物、1,3,5−ベンゼントリチオール、トリス−[(3−メルカプトプロピオニルオキシ)−エチル]−イソシアヌレート(TEMPIC)、トリアジントリチオール、トリメチロールプロパントリス(3−メルカプトプロピオネート)(TMMP)等の分子内にチオール基を3つ有する化合物、ペンタエリスリトールテトラキス(メルカプトアセテート)、ペンタエリスリトールテトラキス(3−メルカプトプロピオネート)、ペンタエリスリトールテトラキス(3−メルカプトブチレート)等の分子内にチオール基を4つ有する化合物、ジペンタエリスリトールヘキサキス(3−メルカプトプロピオネート)等の分子内にチオール基を6つ有する化合物、およびそれらの誘導体や重合体などを好適に例示できる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。好ましくは、基材層1表面にチオール基が結合した際に、残存するチオール基と親水性高分子の反応性官能基が反応しやすいよう、最表面に残存チオール基が露出しやすい構造を有し、分子骨格が安定で、基材層1表面との親和性がよく、チオール基を3〜6個有する化合物である、トリス−[(3−メルカプトプロピオニルオキシ)−エチル]−イソシアヌレート、ジペンタエリスリトールヘキサキス(3−メルカプトプロピオネート)である。
【0031】
また、本実施形態では、上記に例示したチオール化合物に何ら制限されるものではなく、本発明の作用効果を有効に発現し得るものであれば、他のチオール化合物も利用可能である。
【0032】
(2a)チオール化合物2の厚さ
本実施形態の医療用具を構成するチオール化合物2の厚さは特に限定されるものではなく、基材層1表面の高分子材料と表面潤滑層3とを強固に固定化でき、使用時の優れた表面潤滑性を永続的に発揮することができるだけの厚さを有していればよい。通常、厚さは10μm以下、好ましくは1μm以下である。また、いわゆる分子接着剤として有効に機能し得るものであれば、基材層1表面にチオール化合物の一分子膜層が形成された状態(=厚さ方向はチオール化合物1分子)であってもよい。さらに、チオール化合物2の厚さをより薄くすることによってカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の医療用具をより細くできるという観点から、基材層1表面にチオール化合物2が含浸した状態であってもよい。
【0033】
(2b)チオール化合物2の固定法
本発明の医療用具では、イオン化ガスプラズマを照射すること(プラズマ処理)によりチオール化合物2を基材層1に固定化させている。
【0034】
チオール化合物2を基材層1に固定化させる具体的な形態としては、(i)チオール基を有する化合物を溶解した溶液を基材層表面に塗布する前に、前記基材層表面にイオン化ガスプラズマを照射することによって、前記チオール基を有する化合物を基材層に担持する形態が挙げられる。具体的には、チオール化合物を溶解した溶液(チオール化合物溶液)を基材層1表面に塗布する前(チオール化合物塗布前)に、予め基材層1表面をプラズマ処理することによって、表面を改質、活性化した後、チオール化合物溶液を塗布して、チオール化合物2と基材層1表面とを反応(結合/固定化)させる形態である。当該形態では、基材層1表面にチオール化合物2を強固に固定化することができる。すなわち、一般に、チオール化合物2が有するチオール基は、エポキシ基やイソシアネート基等の反応性官能基(プラズマ処理により生成ないし導入された官能基やラジカルを含む)と反応できる。しかしながら、こうした反応性官能基を持たない高分子材料(例えば、ポリアミドやポリエチレンなど)からなる基材層表面に、単にチオール化合物を塗布しただけでは、チオール化合物と反応(結合)し得ない。このため、チオール化合物を介して表面潤滑層を基材層に強固に固定化できず、表面潤滑層が剥離してしまう。これに対して、上記形態によると、チオール化合物塗布前にプラズマ処理を行うことで、ポリアミドやポリエチレン等の反応性官能基を持たない高分子材料からなる基材層であっても、その表面を改質、活性化する効果やチオール化合物溶液に対する基材層表面の濡れ性を向上させる効果が得られる。これらの効果により、チオール化合物溶液を基材層表面に均一に塗布でき、また、チオール化合物を基材層に強固に結合(固定化)できる。
【0035】
また、上記(i)の形態において、チオール化合物溶液を塗布した後、加熱処理等をしてもよい。チオール化合物溶液を塗布した後、加熱処理等をすることによって、基材層1表面とチオール化合物2の反応の促進、あるいはチオール化合物2自体を重合させることが可能である。このため、上記加熱処理等によって、チオール化合物を基材層表面により強固に固定化することができる。
【0036】
また、(ii)チオール基を有する化合物を溶解した溶液を基材層表面に塗布し、その後イオン化ガスプラズマを照射することによって、前記チオール基を有する化合物を基材層に担持する形態が挙げられる。具体的には、基材層1表面にチオール化合物溶液を塗布した後(チオール化合物塗布後)に、プラズマ処理を行うことで、チオール化合物2と基材層1表面とを反応(結合)させる形態である。当該形態でも、イオン化ガスプラズマ照射により、基材層1表面にチオール化合物2を強固に固定化することができる。
【0037】
また、上記(ii)の形態において、イオンガスプラズマを照射した後、加熱処理等をしてもよい。プラズマ処理を行った後、加熱処理等をすることによって、基材層1表面とチオール化合物2の反応の促進、あるいはチオール化合物2自体を重合させることが可能である。このため、上記加熱処理等によって、チオール化合物を基材層表面により強固に固定化することができる。
【0038】
さらに、上記(i)のチオール化合物塗布前と(ii)のチオール化合物塗布後のプラズマ処理を併用する形態、すなわち、(iii)基材層表面にイオン化ガスプラズマを照射し、前記チオール基を有する化合物を溶解した溶液を基材層表面に塗布し、再度イオン化ガスプラズマを照射することによって、前記チオール基を有する化合物を基材層に担持する形態が挙げられる。具体的には、チオール化合物塗布前に、基材層1表面をプラズマ処理することによって、表面を改質、活性化した後、チオール化合物溶液を塗布し、さらにその後再度プラズマ処理を行うことで、チオール化合物2と基材層1表面とを反応(結合)させる形態である。当該形態は、基材層1表面にチオール化合物2を非常に強固に固定化することができる点で優れている(上記(iii)の実施形態である実施例2の表面潤滑維持性評価試験結果の
図8と、上記(ii)の実施形態である実施例3の表面潤滑維持性評価試験結果の
図10とを対比参照のこと)。
【0039】
この際にも、再度プラズマ処理を行った後、加熱処理等をしてもよい。このような加熱処理によって、基材層1表面とチオール化合物2の反応の促進、あるいはチオール化合物2自体を重合させることが可能である。このため、上記加熱処理等によって、チオール化合物を基材層表面により強固に固定化することができる。
【0040】
上記(i)〜(iii)のいずれの形態におけるプラズマ処理の効果は、基材層1表面の高分子材料に対するチオール化合物の反応が促進されることにある。即ち、プラズマ照射により、電離したイオンや電子線が発生・放射され、被処理物である基材層1表面の高分子材料の結合(例えば高分子の主鎖など)が切断されたり、ラジカルが生じたりして、そこにチオール化合物(チオール基)が反応する。例えば、切断されたり、ラジカルが発生した部位が酸化されるなどしてパーオキサイドなどの反応基が導入されて、そこにチオール化合物が反応(結合)することができる。これにより基材層1表面とチオール化合物2とを強固に固定化することができるものといえる。以下、上記(i)、(ii)の形態を併用する上記(iii)の形態につき、説明する。
【0041】
(2b−1)チオール化合物塗布前のプラズマ処理
本形態では、基材層1にチオール化合物溶液を塗布する前(チオール化合物塗布前)に、予め基材層1表面にイオン化ガスプラズマを照射するものである。これにより、基材層1表面を改質、活性化し、チオール化合物溶液に対する基材層1表面の濡れ性を向上させることができるため、チオール化合物溶液を基材層1表面に均一に塗布することができる。当該イオン化ガスプラズマ処理は、カテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の医療用具の細く狭い内表面であっても、所望のプラズマ処理を施すことが可能である。
【0042】
予め基材層1表面にイオン化ガスプラズマ照射する前に、適当な方法で基材層1表面を洗浄しておくのがよい。即ち、イオン化ガスプラズマ照射により基材層1表面の濡れ性を高める前に、基材層1表面の高分子材料に付着した油脂や汚れなどを取り除いておくのが望ましい。なお、上記(ii)の形態のように、チオール化合物塗布前のプラズマ処理を行わずに、チオール化合物塗布を行う場合でも、当該洗浄処理は、チオール化合物溶液を塗布する前に実施しておくのが望ましい。
【0043】
チオール化合物塗布前のプラズマ処理での圧力条件は、特に制限されるものではなく、減圧下、大気圧下のいずれでも可能であるが、自由な角度からプラズマガスの照射ができ、真空装置が必要ないので装置が小型化でき、省スペース、低コストでのシステム構成が実現でき、経済的にも優れることから、大気圧下で行うのがよい。また、プラズマ照射ノズルをガイドワイヤなどの被処理物を中心にその周りを一回転させながらプラズマガスを照射することで、被処理物の全周をムラなく均一にプラズマ処理することもできる。
【0044】
チオール化合物塗布前のプラズマ処理に用いることのできるイオン化ガスとしては、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、空気、酸素、二酸化炭素、一酸化炭素、水蒸気、窒素および水素等から成る一種類以上のガスである。
【0045】
チオール化合物塗布前のプラズマ処理での照射時間は、10分以下、好ましくは0.1秒〜1分、さらに好ましくは1〜40秒の範囲である。該プラズマ照射時間の下限値は特に制限されるものではないが、0.1秒未満の場合、基材層1表面の濡れ性(改質、活性化)を十分に高めるだけの時間の確保が困難となるおそれがあり、チオール化合物溶液の非常に薄い被膜(単分子被膜)の形成が困難となるおそれがある。一方、プラズマ照射時間が10分を超える場合、基材層1表面の活性化が過度になるため、基材層1表面の高分子材料の結合の切断・再結合(分子構造の組み換えや架橋)が過剰に生じる恐れがある。
【0046】
チオール化合物塗布前のプラズマ処理での被処理物(チオール化合物塗布前の基材層1)の温度は、該基材層1表面の高分子材料の融点より低い温度で、基材層1が変形しない温度範囲であれば特に制限されるものではなく、常温のほか、加熱または冷却して高温または低温にして行ってもよい。経済的な観点からは、加熱装置や冷却装置が不要な温度(5〜35℃)がよい。
【0047】
チオール化合物塗布前のプラズマ処理条件としては、被処理物の面積、さらには使用するプラズマ照射装置やイオン化ガス種に応じて印加電流やガス流量等の照射条件を適宜決定すればよく、特に制限されるものではない(例えば、実施例1参照のこと)。
【0048】
チオール化合物塗布前のプラズマ処理に用いることのできるプラズマ照射装置(システム)としては、特に制限されるものではなく、例えば、ガス分子を導入し、これを励起してプラズマを発生するプラズマ発生管と、このプラズマ発生管の中のガス分子を励起する電極とを有し、プラズマ発生管の一端からプラズマを放出するような構成のプラズマ照射装置(システム)などが例示できるが、こうした構成(システム)に何ら制限されるものではない。例えば、既に市販されているものから、カテーテル、ガイドワイヤ、留置針等への照射に適しているイオン化ガスプラズマ照射装置(システム)、特に大気圧でのプラズマ照射装置(システム)を用いることができる。具体的には、TRI−STAR TECHNOLOGIES製のプラズマ照射装置:DURADYNE(商品名又は商標名)、DIENER ELECTRONIC製のプラズマ照射装置:PLASMABEAMなどを利用できるが、これらに何ら制限されるものではない。
【0049】
(2b−2)チオール化合物塗布
高分子基材層1にチオール化合物溶液を塗布する手法としては、特に制限されるものではなく、塗布・印刷法(コーティング法)、浸漬法(ディッピング法)、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、混合溶液含浸スポンジコート法など、従来公知の方法を適用することができる。
【0050】
以下では、チオール化合物溶液中に高分子基材層1を浸漬し、乾燥して、該チオール化合物溶液を高分子基材層1表面に塗布した後、プラズマ処理し、さらに加熱処理等によって、高分子基材層1表面に該チオール化合物2が固定化されてなる形態を例にとり詳しく説明する。但し、本発明がこれらの形成法に何ら制限されるものでない。なお、この形態の場合、高分子基材層1をチオール化合物溶液中に浸漬した状態で、系内を減圧にして脱泡させることで、カテーテル、ガイドワイヤ、注射針等の医療用具の細く狭い内面に素早く溶液を浸透させてチオール化合物2の塗布を促進するようにしても良い。
【0051】
また、高分子基材層1表面の一部にのみチオール化合物2を固定化する場合には、高分子基材層1の一部のみにチオール化合物溶液を塗布した(浸漬し、乾燥した)後、再度イオン化ガスプラズマ照射を行い、さらに、必要に応じて加熱処理等を行うことで、高分子基材層1の所望の表面部位に、チオール化合物2を固定化することができる。
【0052】
高分子基材層1表面の一部のみをチオール化合物溶液中に浸漬するのが困難な場合には、予めチオール化合物2を形成しない高分子基材層1の表面部分を着脱(装脱着)可能な適当な部材や材料で保護(被覆等)してから、該基材層1をチオール化合物溶液中に浸漬し、乾燥させた後、再度イオン化ガスプラズマ照射を行い、さらに、必要に応じて加熱処理等を行った後、チオール化合物2を形成しない高分子基材層1の表面部分の保護部材(材料)と取り外すことで、該基材層1の所望の表面部位に、チオール化合物2を固定化することができる。但し、本発明では、これらの形成法に何ら制限されるものではなく、従来公知の方法を適宜利用して、チオール化合物2を固定化することができる。例えば、基材層1の一部のみをチオール化合物溶液中に浸漬するのが困難な場合には、浸漬法に代えて、他のコーティング手法(例えば、塗布法や噴霧法など)を適用してもよい。但し、医療用具10の構造上、円筒状の用具の外表面と内表面の双方が、湿潤時に該表面が潤滑性を有する必要があるような場合(
図1A、
図1Bの構成を参照のこと)には、一度に外表面と内表面の双方をコーティングすることができる点で、浸漬法(ディッピング法)が優れている。
【0053】
チオール化合物2を形成させる際に用いられるチオール化合物溶液の濃度は、特に限定されない。所望の厚さに均一に被覆する観点からは、チオール化合物溶液中のチオール化合物の濃度は、好ましくは0.001〜20wt%、より好ましくは0.01〜10wt%である。チオール化合物の濃度が0.001wt%未満の場合、基材層1表面に十分な量のチオール化合物を固定化することができず、表面潤滑層3を基材層1に強固に固定することが困難な場合がある。また、チオール化合物の濃度が20wt%を超える場合、チオール化合物溶液の粘度が高くなりすぎて、均一な厚さのチオール化合物を固定化できないおそれがあり、カテーテル、ガイドワイヤ、注射針等の医療用具の細く狭い内面に素早く被覆するのが困難な場合がある。但し、上記範囲を外れても、本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であれば、十分に利用可能である。
【0054】
また、チオール化合物溶液に用いられる溶媒としては、例えば、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコール等のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類、クロロホルム等のハロゲン化物、ブタン、ヘキサン等のオレフィン類、テトラヒドロフラン(THF)、ブチルエーテル等のエーテル類、ベンゼン、トルエン等の芳香族類、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)等のアミド類などを例示することができるが、これらに何ら制限されるものではない。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。
【0055】
チオール化合物溶液の乾燥条件としては、特に制限されるものではない。即ち、本発明の対象となるカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等の医療用具は非常に小さなものであり、乾燥にさほど時間がかからないことから、自然乾燥でも十分である。かかる観点から、チオール化合物溶液の乾燥条件は、20〜150℃、好ましくは20〜130℃で、1秒〜1時間、好ましくは1〜30分である。乾燥時間が1秒未満の場合、未乾燥状態のままチオール化合物塗布後のプラズマ処理を行うことで、残存する溶媒等の蒸発にプラズマエネルギーが吸収され、基材層1表面やチオール化合物の活性化(例えば、基材層1の表面エネルギーを高めたり、基材層1表面やチオール化合物の元素の励起・イオン化などにより官能基(活性点ないし活性部位)を創り出したりすることなど)を十分に図ることが難しくなるおそれがあり、基材層表面との結合部の確保が十分に図れないおそれがある。一方、乾燥時間が1時間を超える場合には、上記時間を超えて乾燥することによる更なる効果が得られず不経済である。
【0056】
乾燥時の圧力条件も何ら制限されるものではなく、常圧(大気圧)下で行うことができるほか、加圧ないし減圧下で行ってもよい。
【0057】
乾燥手段(装置)としては、例えば、オーブン、減圧乾燥機などを利用することができるが、自然乾燥の場合には、特に乾燥手段(装置)は不要である。
【0058】
(2b−3)チオール化合物塗布後のプラズマ処理
本形態では、基材層1表面に上記チオール化合物溶液を塗布後、再度イオン化ガスプラズマ照射するものである。かかるプラズマ処理によっても、チオール化合物2と基材層1表面を活性化して、チオール化合物2と基材層1表面とを結合(反応)させ、チオール化合物2を強固に固定化することができる。また、プラズマ処理によってチオール化合物2自体を重合させることも可能である。
【0059】
本形態のチオール化合物塗布後のプラズマ処理は、上述したチオール化合物塗布前のプラズマ処理と同じ条件で行うことができ、チオール化合物塗布前のプラズマ処理と同じプラズマ照射装置を用いて行うことができる。なお、本形態のチオール化合物塗布後のプラズマ処理条件は、チオール化合物塗布前のプラズマ処理に記載された好ましい範囲の条件であることが好ましいが、チオール化合物塗布前のプラズマ処理と同条件である必要はない。
【0060】
(2b−4)チオール化合物2を固定化する際の加熱処理
チオール化合物2を基材層1表面に固定化する際、上記チオール化合物塗布後のプラズマ処理を行った後、さらに加熱処理等によって、基材層1表面とチオール化合物2の反応を促進、あるいはチオール化合物2自体の重合を促進させることも可能である。
【0061】
かかる加熱処理としては、チオール化合物の反応(重合)が促進し得るものであればよく、基材層1表面の高分子材料の温度特性(耐熱性)に応じて適宜決定すればよい。
【0062】
従って、加熱処理温度(加熱炉などの加熱装置の設定温度)の下限としては、チオール化合物の反応(重合)が促進し得る温度以上、好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上である。チオール化合物の反応(重合)が促進し得る温度未満では、所望の反応が十分に促進せず、加熱処理に長持間を要し不経済であるか、あるいは加熱処理による反応(重合)が進まず、所期の効果が得られないおそれがある。
【0063】
また、加熱処理温度の上限としては、基材層1表面の高分子材料の融点−5℃の温度以下、好ましくは融点−10℃以下である。基材層1表面の高分子材料の融点−5℃の温度よりも高い温度の場合には、反応(重合)は十分促進される反面、加熱炉などの加熱装置内部の温度分布によっては設定温度以上となることもあり、基材層1表面の一部が溶融したり、変形を受けるおそれがある。
【0064】
また、基材層1表面に用いる幾つかの高分子材料を例にとり、その加熱処理温度範囲を以下に例示するが、本形態の加熱処理温度の範囲は、これらに何ら制限されるものではない。例えば、基材層1表面の高分子材料が各種ナイロン(ナイロン6、11、12、66等)の場合、加熱処理温度は、40〜150℃、好ましくは60〜140℃である。基材層1表面の高分子材料が各種ポリエチレン(LDPE、LLDPE、HDPE等)の場合、加熱処理温度は、40〜85℃、好ましくは50〜80℃である。
【0065】
加熱処理時間は、チオール化合物の反応(重合)が促進し得るものであればよく、特に制限されるものではないが、15分〜24時間、好ましくは30分〜12時間加熱処理するのが望ましい。加熱時間が15分未満の場合には、反応(重合)が十分になされないおそれがあり、未反応のチオール化合物量が増加するおそれがあり、基材層1表面との結合部の確保やチオール化合物2自身の重合による強度補填効果が十分に発現し得ないおそれがある。一方、加熱時間が24時間を超える場合には、上記時間を超えて加熱することによる更なる効果が得られず不経済である。
【0066】
但し、上記加熱処理温度や時間に関しては、チオール化合物塗布後のプラズマ処理を、例えば、低真空下で行う場合等では、プラズマ処理中に被処理物の温度が上昇し、プラズマ処理中に加熱処理と同じ反応(重合)が成される場合もあり、プラズマ処理条件も考慮して適宜決定するのが望ましいと言える。
【0067】
加熱処理時の圧力条件も何ら制限されるものではなく、常圧(大気圧)下で行うことができるほか、加圧ないし減圧下で行ってもよい。
【0068】
また、チオール化合物同士を重合させる場合、該重合を促進することができるように、熱重合開始剤などの添加剤を、チオール化合物溶液に適時適量を添加して用いてもよい。加熱手段(装置)としては、例えば、オーブン、ドライヤー、マイクロ波加熱装置などを利用することができる。
【0069】
チオール化合物の反応あるいは重合を促進させるための加熱処理以外の他の方法としては、例えば、UV照射、電子線照射などが例示できるが、これらに何ら制限されるものではない。
【0070】
チオール化合物2を固定化後、余剰のチオール化合物を、適用な溶剤で洗浄し、高分子基材層1表面に結合したチオール化合物のみを残存させることも可能である。
【0071】
(3)表面潤滑層3
本実施形態の医療用具を構成する表面潤滑層3は、チオール化合物2表面を覆う反応性官能基を有する親水性高分子からなるものである。
【0072】
ここで、表面潤滑層3を構成する反応性官能基を有する親水性高分子(以下、単に「親水性高分子」とも略記する)は、チオール化合物2表面(全体)を覆うように形成されていればよい。ただし、チオール化合物2が湿潤時に表面が潤滑性を有することが求められる表面部分を含めた基材層1表面全体に形成されている場合には、チオール化合物2表面のうち、湿潤時に表面が潤滑性を有することが求められる表面部分(一部の場合もあれば全部の場合もある)のみに表面潤滑層3が形成されていてもよい。
【0073】
(3a)表面潤滑層3の厚さ
本実施形態の医療用具を構成する表面潤滑層3の厚さとしては、使用時の優れた表面潤滑性を永続的に発揮することができるだけの厚さを有していればよく、特に制限されない。未膨潤時の表面潤滑層3の厚さは、好ましくは0.5〜5μm、より好ましくは1〜5μm、さらにより好ましくは1〜3μmの範囲である。未膨潤時の表面潤滑層3の厚さが0.5μm未満の場合、均一な被膜を形成するのが困難であり、湿潤時に表面の潤滑性を十分発揮し得ない場合がある。一方、未膨潤時の表面潤滑層3の厚さが5μmを超える場合、高厚な表面潤滑層が膨潤することで、該医療用具10を生体内の血管等に挿入する際に、血管等と該医療用具とのクリアランスが小さい部位(例えば、末梢血管内部等)を通す際に、こうした血管等の内部組織を損傷したり、該医療用具を通しにくくなるおそれがある。
【0074】
(3b)親水性高分子
表面潤滑層3を構成する反応性官能基を有する親水性高分子は、特に制限されないが、例えば、反応性官能基を分子内に有する単量体と親水性単量体とを共重合することにより得ることができる。
【0075】
(3b−1)反応性官能基を有する単量体
上記反応性官能基を有する単量体としては、チオール基と反応性を有するものであればよく、特に制限されない。具体的には、グリシジルアクリレートやグリシジルメタクリレートなどのエポキシ基を有する単量体、アクリロイルオキシエチルイソシアネートなどのイソシアネート基を分子内に有する単量体等を例示できる。なかでも、チオール基との反応性に優れることから反応性官能基がエポキシ基であり、反応が熱により促進され、さらに架橋構造を形成することで不溶化して容易に表面潤滑層を形成させることができ、取り扱いも比較的容易であるグリシジルアクリレートやグリシジルメタクリレートなどのエポキシ基を有する単量体が好ましい。エポキシ基を有する単量体を用いた親水性高分子は、イソシアネート基を分子内に有する単量体を用いた親水性高分子に比べて、加熱操作(加熱処理)等で反応させる際の反応速度が穏やか(適当な速度)である。そのため、加熱操作等で反応させる際、チオール化合物との反応や反応性官能基同士の架橋反応の際に、すぐに反応してゲル化したり、固まって表面潤滑層の架橋密度が上昇し潤滑性が低下するのを抑制・制御することができる程度に反応速度が穏やか(適当な速度)であることから、取り扱い性が良好であるといえる。これらの反応性官能基を有する単量体は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0076】
(3b−2)親水性単量体
上記親水性単量体としては、体液や水系溶媒中において潤滑性を発現すればいかなるものであってもよく、特に制限されない。具体的には、アクリルアミドやその誘導体、ビニルピロリドン、アクリル酸やメタクリル酸及びそれらの誘導体、糖、リン脂質を側鎖に有する単量体を例示できる。例えば、N−メチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、アクリルアミド、アクリロイルモルホリン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、ビニルピロリドン、2−メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン、2−メタクリロイルオキシエチル−D−グリコシド、2−メタクリロイルオキシエチル−D−マンノシド、ビニルメチルエーテル、ヒドロキシエチルメタクリレートなどを好適に例示できる。合成の容易性や操作性の観点から、好ましくは、N,N−ジメチルアクリルアミドである。これらの親水性単量体は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0077】
(3b−3)親水性高分子の好適な形態
良好な潤滑性を発現するためには反応性官能基を有する単量体が集まって反応性ドメインを形成し、かつ親水性単量体が集まって親水性ドメインを形成しているブロックもしくはグラフトコポリマーであることが望ましい。こうしたブロックもしくはグラフトコポリマーであると、表面潤滑層の強度や潤滑性において良好な結果が得られる。
【0078】
これらの親水性高分子の製造法(重合法)については、特に制限されるものではなく、例えば、リビングラジカル重合法、マクロモノマーを用いた重合法、マクロアゾ開始剤等の高分子開始剤を用いた重合法、重縮合法など、従来公知の重合法を適用して製造可能である。
【0079】
(3c)表面潤滑層3の形成法(基材層1−表面潤滑層3間の結合形態)
本実施形態では、上記した基材層1、チオール化合物2、表面潤滑層3を備え、上述したように前記チオール化合物2がイオン化ガスプラズマを照射することにより基材層1に固定化されており、さらにチオール化合物の残存チオール基と親水性高分子の反応性官能基とを反応させることで表面潤滑層3が基材層1に結合していることを特徴とするものである。
【0080】
そのため、表面潤滑層3を形成させる場合、親水性高分子を溶解した溶液(以下、「親水性高分子溶液」とも略記する)中に、チオール化合物2を固定化した基材層1を浸漬した後、乾燥させ、加熱処理等することにより、親水性高分子の反応性官能基(例えば、エポキシ基)とチオール化合物2の残存チオール基とを反応させることで、表面潤滑層3を形成すると同時に、表面潤滑層3が基材層1に結合(固定化)することができるものである。なお、チオール化合物2を固定化した基材層1を親水性高分子溶液中に浸漬した状態で、系内を減圧にして脱泡させることで、カテーテル、ガイドワイヤ、注射針等の医療用具の細く狭い内面に素早く溶液を浸透させて表面潤滑層3の形成を促進するようにしても良い。
【0081】
なお、チオール化合物2の一部にのみ表面潤滑層3を形成させる場合には、基材層1に固定化されたチオール化合物2の一部のみを親水性高分子溶液中に浸漬した後、加熱処理等することで、チオール化合物2の所望の表面部位に親水性高分子からなる表面潤滑層3を形成することができる。
【0082】
基材層1に固定化されたチオール化合物2の一部のみを親水性高分子溶液中に浸漬するのが困難な場合には、予め表面潤滑層3を形成しないチオール化合物2の表面部分を着脱(装脱着)可能な適当な部材や材料で保護(被覆等)した上で、基材層1に固定化されたチオール化合物2を親水性高分子溶液中に浸漬してから、表面潤滑層3を形成しないチオール化合物2の表面部分の保護部材(材料)を取り外し、その後、加熱処理等することで、チオール化合物2の所望の表面部位に親水性高分子からなる表面潤滑層3を形成することができる。但し、本発明では、これらの形成法に何ら制限されるものではなく、従来公知の方法を適宜利用して、表面潤滑層3を形成することができる。
【0083】
なお、上記親水性高分子溶液中にチオール化合物2を固定化した基材層1を浸漬する方法(浸漬法ないしディッピング法)に代えて、例えば、塗布・印刷法、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、混合溶液含浸スポンジコート法など、従来公知の方法を適用することができる。
【0084】
また、チオール化合物と親水性高分子とを反応させる手法としても、特に制限されるものではなく、例えば、加熱処理、光照射、電子線照射、放射線照射など、従来公知の方法を適用することができる。
【0085】
以下では、親水性高分子溶液中に基材層1に固定化されたチオール化合物2を浸漬し、該親水性高分子溶液(コーティング溶液)をチオール化合物2表面にコーティング(被覆)した後、加熱操作によって、チオール化合物の残存チオール基と親水性高分子の反応性官能基とを反応させることで、表面潤滑層3を形成する形態を例にとり詳しく説明する。但し、本発明がこれらのコーティング及び反応処理操作に何ら制限されるものでない。
【0086】
(3c−1)親水性高分子溶液の濃度
表面潤滑層3を形成させる際に用いられる親水性高分子溶液の濃度は、特に限定されない。所望の厚さに均一に被覆する観点からは、親水性高分子溶液中の親水性高分子の濃度は、0.1〜20wt%、好ましくは0.5〜15wt%、より好ましくは1〜10wt%である。親水性高分子溶液の濃度が0.1wt%未満の場合、所望の厚さの表面潤滑層3を得るために、上記した浸漬操作を複数回繰り返す必要が生じるなど、生産効率が低くなる恐れがある。一方、親水性高分子溶液の濃度が20wt%を超える場合、親水性高分子溶液の粘度が高くなりすぎて、均一な膜をコーティングできない恐れがあり、またカテーテル、ガイドワイヤ、注射針等の医療用具の細く狭い内面に素早く被覆するのが困難となる恐れがある。但し、上記範囲を外れても、本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であれば、十分に利用可能である。
【0087】
(3c−2)親水性高分子溶液に用いられる溶媒
また、親水性高分子溶液を溶解するのに用いられる溶媒としては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、クロロホルム、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、ベンゼンなどを例示することができるが、これらに何ら制限されるものではない。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。
【0088】
(3c−3)表面潤滑層3を形成させる際の反応条件(加熱条件)
また本発明は、表面潤滑層3を形成させる際に、加熱処理等により親水性高分子の反応性官能基(例えば、エポキシ基)とチオール化合物2の残存チオール基とを反応させることで、表面潤滑層3を基材層1に結合させるものである。
【0089】
かかる加熱処理の条件(反応条件)としては、親水性高分子の反応性官能基とチオール化合物2の残存チオール基との反応が進行(促進)し得るものであればよく、基材層1表面の高分子材料の温度特性(耐熱性)に応じて適宜決定すればよい。
【0090】
従って、加熱処理温度(加熱炉などの加熱装置の設定温度)の下限としては、親水性高分子の反応性官能基とチオール化合物2の残存チオール基との反応が促進し得る温度以上、好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上である。親水性高分子の反応性官能基とチオール化合物2の残存チオール基との反応が促進し得る温度未満では、所望の反応が十分に促進せず、加熱処理に長持間を要し不経済であるか、あるいは加熱処理による所望の反応が進まず、所期の効果が得られないおそれがある。
【0091】
また、加熱処理温度の上限としては、基材層1表面の高分子材料の融点−5℃の温度以下、好ましくは融点−10℃以下である。基材層1表面の高分子材料の融点−5℃の温度よりも高い温度の場合には、所望の反応が十分促進される反面、加熱炉などの加熱装置内部の温度分布によっては設定温度以上となることもあり、基材層1表面の一部が溶融したり、変形を受けるおそれがある。
【0092】
また、基材層1表面に用いる幾つかの高分子材料を例にとり、その加熱処理温度範囲を以下に例示するが、本形態の加熱処理温度の範囲は、これらに何ら制限されるものではない。例えば、基材層1表面の高分子材料が各種ナイロン(ナイロン6、11、12、66等)の場合、加熱処理温度は、40〜150℃、好ましくは60〜140℃である。基材層1表面の高分子材料が各種ポリエチレン(LDPE、LLDPE、HDPE等)の場合、加熱処理温度は、40〜85℃、好ましくは50〜80℃である。
【0093】
加熱処理時間は、親水性高分子の反応性官能基とチオール化合物2の残存チオール基との反応が促進し得るものであればよく、特に制限されるものではないが、15分〜15時間、好ましくは30分〜10時間であるのが好ましい。加熱時間が15分未満の場合、反応がほとんど進行せず未反応の親水性高分子が増加するおそれがあり、表面潤滑性を長期間維持するのが困難となる場合がある。一方、加熱時間が15時間を超える場合、加熱による更なる効果が得られず不経済である。
【0094】
加熱処理時の圧力条件も何ら制限されるものではなく、常圧(大気圧)下で行うことができるほか、加圧ないし減圧下で行ってもよい。また、親水性高分子の反応性官能基がエポキシ基の場合、チオール化合物2の残存チオール基との反応を促進することができるように、トリアルキルアミン系化合物やピリジン等の3級アミン系化合物などの反応触媒を、親水性高分子溶液に適時適量添加して用いてもよい。加熱手段(装置)としては、例えば、オーブン、ドライヤー、マイクロ波加熱装置などを利用することができる。
【0095】
また、加熱処理以外にも親水性高分子の反応性官能基とチオール化合物2の残存チオール基との反応を促進させる方法としては、光、電子線、放射線などが例示できるが、これらに何ら制限されるものではない。
【0096】
表面潤滑層3を形成させた後、余剰の親水性高分子を、適用な溶剤で洗浄し、表面潤滑層3が基材層1に強固に固定化されてなる親水性高分子のみを残存させることも可能である。
【0097】
こうして形成された表面潤滑層3は、患者の体温(30〜40℃)において吸水し、潤滑性を発現するものである。
【0098】
(4)本発明の医療用具10の用途
本発明の湿潤時に表面が潤滑性を有する医療用具10は、体液や血液などと接触して用いる器具のことであり、体液や生理食塩水などの水系液体中において表面が潤滑性を有し、操作性の向上や組織粘膜の損傷の低減が可能なものである。具体的には、血管内で使用されるカテーテル、ガイドワイヤ、留置針等が挙げられるが、その他にも以下の医療用具が示される。
【0099】
(4a)胃管カテーテル、栄養カテーテル、経管栄養用チューブなどの経口もしくは経鼻的に消化器官内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0100】
(4b)酸素カテーテル、酸素カヌラ、気管内チューブのチューブやカフ、気管切開チューブのチューブやカフ、気管内吸引カテーテルなどの経口または経鼻的に気道ないし気管内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0101】
(4c)尿道カテーテル、導尿カテーテル、尿道バルーンカテーテルのカテーテルやバルーンなどの尿道ないし尿管内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0102】
(4d)吸引カテーテル、排液カテーテル、直腸カテーテルなどの各種体腔、臓器、組織内に挿入ないし留置されるカテーテル類。
【0103】
(4e)留置針、IVHカテーテル、サーモダイリューションカテーテル、血管造影用カテーテル、血管拡張用カテーテルおよびダイレーターあるいはイントロデューサーなどの血管内に挿入ないし留置されるカテーテル類、あるいは、これらのカテーテル用のガイドワイヤ、スタイレットなど。
【0105】
(4g)体外循環治療用の医療器(人工肺、人工心臓、人工腎臓など)やその回路類。
【実施例】
【0106】
[実施例1]基材:ナイロン12
ナイロン12(グリルアミドL16、EMS製)のシート(縦30mm×横50mm×厚さ1mm;高分子基材層1)をアセトン中で超音波洗浄した後、プラズマ照射装置(DURADYNE、PT−2000P、TRI−STAR TECHNOLOGIES製)に幅1インチのノズルを取り付け、大気圧下、GAS FLOW:15SCFH、PLASMA CURRENT:2.00Aの条件で、10mm離れた距離からナイロン12シート全面にアルゴンイオンガスプラズマ照射を25秒行った(チオール化合物塗布前のプラズマ処理)。
【0107】
上記チオール化合物塗布前のプラズマ処理を施したナイロン12シートを、20mMの濃度に調節したトリス−[(3−メルカプトプロピオニルオキシ)−エチル]−イソシアヌレート(TEMPIC)(SC有機化学株式会社製)(1分子中のチオール基3個)のDMF溶液に浸漬し、10分間自然乾燥した後、上記プラズマ照射装置を用いて、再度上記条件でアルゴンイオンガスプラズマ照射を25秒行った(チオール化合物塗布後のプラズマ処理)。その後、130℃のオーブンで3時間加熱処理することでナイロン12シート表面にTEMPICを固定化した。さらに、TEMPICを固定化したナイロン12シートをDMF中で超音波洗浄することにより、シート表面に固定化されていない余剰のTEMPICを取り除いた。これにより基材層1(ナイロン12シート)表面全体を覆うTEMPICからなるチオール化合物2を形成(固定化)した。
【0108】
親水性ドメインとしてN,N−ジメチルアクリルアミド(DMAA)を、反応性ドメインとしてグリシジルメタクリレート(GMA)を有するブロックコポリマー(DMAA:GMA(モル比)=11.5:1)を5wt%の割合で溶解したDMF溶液(ブロックコポリマー溶液)に、TEMPICを固定化したナイロン12シートを浸漬後、130℃のオーブン中で10時間反応させることで、基材層1(ナイロン12シート)表面に固定化されたTEMPICからなるチオール化合物2表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0109】
上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)14を、
図2A、Bに示すように角度30°をなすよう傾斜した水11中の板の上に固定した。シート(試料)14の表面潤滑層3上に、円柱状ポリエチレンシート(φ10mm、R1mm)13を貼り付けた質量1kgの真鍮製円柱状の重り12を静かにのせた。この状態で重り12を100cm/minの速さで、2cmの幅を上下に300回往復移動させた。各往復時における最大摩擦抵抗値をオートグラフ(AG−IS10kN、SHIMADZU製)により測定し、300回の繰り返し摺動に対する表面潤滑維持性を調べた。
【0110】
試験の結果、最大摩擦抵抗値は
図3のように一定値を示し、300回の繰り返し摺動においても安定した潤滑性を示した。
【0111】
尚、
図3では、試料3個につき、同じ試験を行い、それぞれの結果を図示している。以下の
図4〜14についても同様に試料3個につき、同じ試験を行い、それぞれの結果を図示している。
【0112】
[比較例1]基材:ナイロン12
実施例1と同様のナイロン12シート(高分子基材層1)を、アセトン中で超音波洗浄した後、実施例1と同じブロックコポリマー溶液に浸漬し、130℃のオーブン中で10時間反応させることで、基材層1(ナイロン12シート)表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0113】
その後、実施例1と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図4のように初期は低い摩擦抵抗値を示したものの、摺動を繰り返すうちに徐々に摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。
【0114】
[比較例2]基材:ナイロン12
実施例1と同様のナイロン12シート(高分子基材層1)を、アセトン中で超音波洗浄し、実施例1と同じプラズマ照射装置を用いて、実施例1と同条件でアルゴンイオンガスプラズマ照射を25秒行った後、速やかに実施例1と同様のブロックコポリマー溶液に浸漬し、130℃のオーブン中で10時間反応させることで、基材層1(ナイロン12シート)表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0115】
その後、実施例1と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図5のように数回の摺動で摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。そのため、本比較例2のシート(試料)を用いた試験では、100回までの繰り返し摺動に対する表面潤滑維持性を調べるに留めた。
【0116】
[比較例3]基材:ナイロン12
実施例1と同様のナイロン12シート(高分子基材層1)を、アセトン中で超音波洗浄し、20mMの濃度に調節したTEMPICのDMF溶液に浸漬し、乾燥した後、130℃のオーブンで3時間加熱することでナイロン12シート表面にTEMPICを固定化した。その後、DMF中で超音波洗浄することによりシート表面に固定化されていない余剰のTEMPICを取り除いた。これにより基材層1(ナイロン12シート)表面全体を覆うTEMPICからなるチオール化合物2を形成(固定化)した。
【0117】
実施例1と同様のブロックコポリマー溶液に、TEMPICを固定化したナイロン12シートを浸漬し、130℃のオーブン中で10時間反応させることで、基材層1(ナイロン12シート)表面に固定化されたTEMPICからなるチオール化合物2表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0118】
その後、実施例1と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図6のように初期は低い摩擦抵抗値を示したものの、摺動を繰り返すうちに徐々に摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。
【0119】
[比較例4]基材:ナイロン12
実施例1のTEMPICをL−システイン塩酸塩(和光純薬株式会社製)(1分子中のチオール基1個、アミノ基1個、カルボキシル基1個)に変えた以外は、実施例1と同様の手順で基材層1(ナイロン12シート)表面に固定化されたL−システイン塩酸塩からなるチオール化合物2を覆うようにブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0120】
その後、実施例1と同様に、前記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図7のように初期は低い摩擦抵抗値を示したものの、摺動を繰り返すうちに徐々に摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。
【0121】
[実施例2]基材:LDPE
低密度ポリエチレン(LDPE)(ノバテックLD LC720、日本ポリエチレン社製)のシート(縦30mm×横50mm×厚さ1mm;高分子基材層1)をアセトン中で超音波洗浄した後、実施例1と同じプラズマ照射装置を用いて、実施例1と同条件でアルゴンイオンガスプラズマ照射を25秒行った(チオール化合物塗布前のプラズマ処理)。
【0122】
上記チオール化合物塗布前のプラズマ処理を施したLDPEシートを、20mMの濃度に調節したTEMPICのTHF溶液に浸漬し、3分間自然乾燥した後、上記プラズマ照射装置を用いて、再度上記条件でアルゴンイオンガスプラズマ照射を25秒行った(チオール化合物塗布後のプラズマ処理)。その後、80℃のオーブンで12時間加熱処理することでLDPEシート表面にTEMPICを固定化した。さらに、TEMPICを固定化したLDPEシートをアセトン中で超音波洗浄することにより、シート表面に固定化されていない余剰のTEMPICを取り除いた。これにより基材層1(LDPEシート)表面全体を覆うTEMPICからなるチオール化合物2を形成(固定化)した。
【0123】
その後、実施例1と同様のブロックコポリマーを3.5wt%の割合で溶解したTHF溶液(ブロックコポリマー溶液)に、TEMPICを固定化したLDPEシートを浸漬し、80℃のオーブン中で5時間反応させることで、基材層1(LDPEシート)表面に固定化されたTEMPICからなるチオール化合物2表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0124】
上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)を、水を満たしたシャーレ中に固定し、摩擦測定機(トライボマスターTL201Ts、トリニティーラボ社製)の移動テーブルにシャーレを固定した。円柱状ポリエチレン端子(φ20mm、R1mm)を表面潤滑層上に接触させ、該端子上に200gの荷重をかけた。速度100cm/min、移動距離2cmの設定で、移動テーブルを水平に100回往復移動させた際の摩擦抵抗値を測定した。各往復時における最大摩擦抵抗値を読み取り、100回の繰り返し摺動に対する表面潤滑維持性を評価した。
【0125】
試験の結果、最大摩擦抵抗値は
図8のように一定値を示し、100回の繰り返し摺動においても安定した潤滑性を示した。
【0126】
[比較例5]基材:LDPE
実施例2と同様のLDPEシート(高分子基材層1)を、アセトン中で超音波洗浄した後、実施例2と同じブロックコポリマー溶液に浸漬し、80℃のオーブン中で5時間反応させることで、基材層1(LDPE)表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0127】
その後、実施例1と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図9のように摺動を繰り返すうちに摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。
【0128】
[実施例3]基材:LDPE
実施例2と同様のLDPEシート(高分子基材層1)を、アセトン中で超音波洗浄し、20mMの濃度に調節したTEMPICのTHF溶液に浸漬し、3分間自然乾燥した後、実施例1と同じプラズマ照射装置を用いて、実施例1と同条件でアルゴンイオンガスプラズマ処理を25秒行った(チオール化合物塗布後のプラズマ処理)。その後、80℃のオーブンで12時間加熱処理することでLDPEシート表面にTEMPICを固定化した。さらに、TEMPICを固定化したLDPEシートをアセトン中で超音波洗浄することによりシート表面に固定化されていない余剰のTEMPICを取り除いた。これにより基材層1(LDPEシート)表面全体を覆うTEMPICからなるチオール化合物2を形成(固定化)した。
【0129】
実施例2と同じブロックコポリマー溶液に、TEMPICを固定化したLDPEシートを浸漬し、80℃のオーブン中で5時間反応させることで、基材層1(LDPEシート)表面に固定化されたTEMPICからなるチオール化合物2表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0130】
その後、実施例2と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図10のように摺動を繰り返すうちに摩擦抵抗値が増加したものの、その程度は比較例5に比べて小さく、表面潤滑層の持続性が向上した。
【0131】
[実施例4]基材:LLDPE
実施例2のLDPEを直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)(ニポロン−Z ZF260、東ソー社製)に変えた以外は、実施例2と同様の手順で基材層1(LLDPEシート)表面に固定化されたTEMPICからなるチオール化合物2表面を覆うようにブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させ、得られたシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、最大摩擦抵抗値は
図11のように一定値を示し、100回の繰り返し摺動においても安定した潤滑性を示した。
【0132】
[比較例6]基材:LLDPE
実施例4と同様のLLDPEシートをアセトン中で超音波洗浄した後、実施例2と同じブロックコポリマー溶液に浸漬し、乾燥させ、80℃のオーブン中で5時間反応させることで、基材層1(LLDPEシート)表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0133】
その後、実施例2と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図12のように摺動を繰り返すうちに徐々に摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。
【0134】
[実施例5]基材:HDPE
実施例2のLDPEを高密度ポリエチレン(HDPE)(ノバテックHD HY540、日本ポリエチレン社製)に変えた以外は、実施例2と同様の手順で基材層1(HDPEシート)表面に固定化されたTEMPICからなるチオール化合物2表面を覆うようにブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0135】
その後、実施例2と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、最大摩擦抵抗値は
図13のように僅かに増加していくもののその程度は小さく、表面潤滑層の維持性が高かった。
【0136】
[比較例7]基材:HDPE
実施例5と同様のHDPEシートをアセトン中で超音波洗浄した後、実施例2と同じブロックコポリマー溶液に浸漬し、乾燥させ、80℃のオーブン中で5時間反応させることで、基材層1(HDPEシート)表面を覆うように、上記ブロックコポリマー(親水性高分子)からなる厚さ(未膨潤時)が2μmの表面潤滑層3を形成させた。
【0137】
その後、実施例2と同様に、上記の手順で表面潤滑層3を形成したシート(試料)の表面潤滑維持性を調べたところ、
図14のように数回の摺動で摩擦抵抗値が増加し、表面潤滑層の持続性が悪かった。
【0138】
[参考例1]基材:LLDPE
直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)(ニポロン−Z ZF260、東ソー社製)のシート(縦10mm×横10mm×厚さ0.3mm;高分子基材層1)をアセトン中で超音波洗浄した。実施例1において、このLLDPEシートをナイロン12シートの代わりに使用し、アルゴンイオンガスプラズマ照射を100秒に変更する以外は、実施例1と同じプラズマ照射装置を用いて実施例1と同条件で行ない(チオール化合物塗布前のプラズマ処理)、チオール化合物塗布前のプラズマ処理を施したLLDPEシートを得た。
【0139】
上記チオール化合物塗布前のプラズマ処理を施したLLDPEシートを、100mMの濃度に調節したTEMPICのTHF溶液に浸漬し、3分間自然乾燥した後、上記プラズマ照射装置を用いて、再度上記条件でアルゴンイオンガスプラズマ照射を100秒行なった(チオール化合物塗布彼のプラズマ処理)。その後、80℃のオーブンで12時間加熱処理することでLLDPEシート表面にTEMPICを固定化した。さらに、TEMPICを固定化したLLDPEシートをTHF中で超音波洗浄することにより、シート表面に固定化されていない余剰のTEMPICを取り除いた。これにより基材層1(LLDPEシート)表面全体を覆うTEMPICからなるチオール化合物2を形成(固定化)した。
【0140】
[比較参考例1]基材:LLDPE
上記参考例1と同様のLLDPEシート(高分子基材層1)をアセトン中で超音波洗浄した。このLLDPEシートを100mMの濃度に調節したTEMPICのTHF溶液に浸漬し、3分間自然乾燥した後、80℃のオーブンで12時間加熱処理することでLLDPEシート表面にTEMPICを固定化した。その後、THF中で超音波洗浄することにより、シート表面に固定化されていない余剰のTEMPICを取り除いた。
【0141】
上記参考例1(プラズマ処埋あり)及び比較参考例1(プラズマ処理なし)で得られたLLDPEシートの試験片の表面をX線光電子分光(XPS〉により解析した。参考例1より得られたスペクトルを
図15に、比較参考例1より得られたスペクトルを
図16に示す。さらに、XPSによって得られたスペクトルからC,N,O,Sの元素比率を試験片ごとに算出した結果を表1に示す。
【0142】
【表1】
【0143】
上記表1の結果ならびに
図15及び16から、XPSのスペクトルでは、比較参考例1(プラズマ処理なし)の表面においてはCが組成の殆どを占めていたが、参考例1の表面においてはTEMPIC由来のN,O,Sのピークが明確に確認された。このことから、比較参考例1では、TEMPICは基材層に殆ど固定化されず、大部分が洗浄操作で流されてしまうのに対して、参考例1ではイオン化ガスプラズマ照射によって、TEMPICが基材層に強固に固定化されると、考察される。
【0144】
本出願は、2009年1月28日に出願された日本特許出願番号2009−017097号に基づいており、その開示内容は、参照され、全体として、組み入れられている。