【実施例】
【0063】
〔実施例1〕ELISA(Enzyme Linked Immunosorbent Assay: 酵素免疫測定法)によるDel−1と酸化LDLとの結合の評価
(方法)
(1)Del−1
実験に使用したヒト由来Del−1は、R&D社より購入した。当該Del−1は、C末端側にHisタグを付加した組換えタンパクで、CHO細胞にて発現させ、精製されたものである。
【0064】
(2)LDLの調製
健常人からACD(acid-citrate-dextrose)含有バッファーが添加されている採血管に採取した血液から血漿を分離回収した。得られた血漿に臭化カリウムを加えて比重を1.019に調整した後、58,000rpmで20時間遠心分離処理を行った。下層を回収し、臭化カリウムにて比重を1.063に調整した後、58,000rpmで20時間遠心分離処理を行った。超遠心機は、Beckman社製のL−80を使用した。
【0065】
回収した上層を、透析膜(Slid-A-Lyzer Dialysis Cassettes 10 K MWCO、Pierce社製)を用いて、PBS(−)を外液として透析し(外液4回交換)、精製ヒトLDLを得た。
【0066】
(3)酸化LDLの調製
BCA Protein Assay Kit (Pierce社製)を用いて精製ヒトLDLのタンパク質量を測定し、濃度が3mg/mlとなるようにPBS(−)で調整した溶液に、硫酸銅を7.5μMとなるように添加した後、37℃、5%CO
2インキュベーター内で16時間インキュベートした。続いて、この溶液を、2mM EDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を外液として透析し(外液4回交換)、ヒト酸化LDLとした。なお、実施例の結果を示す図において、酸化LDLを「oxLDL」と表記する場合がある。
【0067】
(4)ELISA
384 well プレート(greiner社製)に、抗ApoB抗体(Bindingsite社製)を固相化し、25%ブロックエース(大日本住友製薬社製)でブロッキングを行った後、酸化LDLまたはLDLを結合させた。PBS(−)でプレートを2回洗浄後、溶液(10mM HEPES,150mM NaCl,pH7.4)で希釈したDel−1を添加し、室温で1時間反応させ、結合したDel−1を抗Hisタグ抗体(Invitrogen社)で検出した。
図2(a)に、LDLまたは酸化LDLに結合したDel−1のELISAによる検出原理を説明する概念図を示す。
【0068】
(結果)
図2(b)に、LDLまたは酸化LDLに結合したDel−1をELISAによって検出した結果を示す。
【0069】
図2(b)によれば、Del−1は、1,3,10μg/mlの濃度で酸化LDLに特異的に結合したことが確認された。一方、Del−1のLDLに対する特異的な結合は認められなかった。
【0070】
〔実施例2〕酸化LDLの細胞への取込みに対するDel−1の阻害効果の評価
(方法)
(1)DiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDL(DiI−oxLDL)の作製
ヒトLDLまたはヒト酸化LDLを、2mM EDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を用いて希釈し、1mg/mlとなるように調整した。この溶液に、終濃度が0.3mg/mlとなるようにDiI(D282,Invitrogen社製)を、終濃度が5mg/mlとなるようにLipoprotein deficient serum (Sigma社製)を、それぞれ添加し、37℃で18時間反応させた。DiIは、30μg/mlとなるようにDMSOに懸濁した溶液を用いた。
【0071】
反応後、塩化ナトリウムおよび臭化カリウムにて比重を1.15に調整した後、58,000rpmで20時間遠心分離処理を行った。回収した上層を、透析膜(Slid-A-Lyzer Dialysis Cassettes 10 K MWCO)を用いて、2mM EDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を外液として透析し(外液4回交換)、DiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDLを得た。なお、実施例の結果を示す図において、DiI標識LDLおよびDiI標識酸化LDLを、それぞれ「DiI−LDL」および「DiI−oxLDL」と表記する場合がある。
【0072】
(2)各種受容体発現細胞
10%FBSを含むDMEM培地(GIBCO社)を用い、37℃、5%CO
2条件下で、48時間培養された各種細胞を本実施例に用いた。各種受容体発現細胞は、以下のようにして作成された。
【0073】
Lipofectamin 2000 (Invitrogen)を用いて、COS7細胞に各種酸化LDL受容体の発現ベクターまたはLDL受容体発現ベクターを導入した。各種酸化LDL受容体の発現ベクターおよびLDL受容体発現ベクターの詳細は、以下の通りである。
【0074】
LOX−1発現ベクター(pcDNA6.2-human LOX-1-V5)、SR-A発現ベクター(pcDNA6.2-human SR-A-V5)、CD36発現ベクター(pcDNA6.2-human CD36-V5)、SR−BI発現ベクター(pcDNA6.2-human SR-BI-V5)、およびLDL受容体(LDLR)発現ベクターは、ヒトLOX−1 cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM002543)、ヒトSR−A cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM002445)、ヒトCD36 cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM000072)、ヒトSR−BI cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM005505)およびヒトLDLR cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM000527)を、ヒトcDNAライブラリーからクローニングし、哺乳動物発現ベクターpcDNA6.2/V5/GW/D-TOPO(Invitrogen社)に挿入して各受容体の発現ベクターを作製した。なお各受容体のC末端側にV5タグを付加している。
【0075】
(3)HUVEC(Human umbilical vein endothelial cells: 正常ヒト臍帯静脈内皮細胞)
LONZA社より購入した。培養には、EGM−2培地(LONZA社製)を用い、37℃、5%CO
2条件下で培養を行った。実験には、継代回数7回以下の細胞を使用した。
【0076】
(4)THP−1(ヒト単球性白血病細胞株)
10%FBSを含む20μMの2-Mercaptoethanolを含むRPMI1940培地(GIBCO社製)を用い、37℃、5%CO
2条件下で培養を行った。実験には、100nM PMA(Phorbol 12Myristate 13Acetate)存在下で72時間培養し、マクロファージ様に分化誘導させた細胞を使用した。
【0077】
(5)酸化LDLまたはLDLの細胞への取込み実験
384 well プレート(greiner社製)に撒いた各種細胞を、無血清DMEM培地で洗浄後、Del−1と、DiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDLとの混合液を加え、37℃、5%CO
2条件下で反応させた。細胞に取り込まれたDiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDLの蛍光シグナルを、INCell Analyzer 1000 (GE healthcare社製)で検出し、定量評価した。
【0078】
(結果)
酸化LDLまたはLDLの、LDL受容体発現細胞またはLOX−1発現細胞への取り込みに対するDel−1の影響を評価した結果を
図3に示した。
図3(a)はLDL受容体発現細胞に対して、Del−1の非存在下でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、
図3(b)はDel−1の存在下(30μg/ml)でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像である。また
図3(c)はLOX−1発現細胞に対して、Del−1の非存在下でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、
図3(d)はDel−1の存在下(30μg/ml)でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像である。
【0079】
また
図3(e)は、LDL受容体発現細胞に対して、Del−1の非存在下または存在下(30μg/ml)でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光強度、およびLOX−1発現細胞に対して、Del−1の非存在下または存在下(30μg/ml)でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光強度を示す図である。
図3(e)において、Del−1の存在下(30μg/ml)でのDiI標識LDL(またはDiI標識酸化LDL)を取り込ませた場合の蛍光強度は、Del−1の非存在下でDiI標識LDL(またはDiI標識酸化LDL)を取り込ませた場合の蛍光強度(100)に対する相対値で示されている。
【0080】
酸化LDL受容体であるLOX−1を発現する細胞への酸化LDLの取り込みに対するDel−1の影響を観察すると、Del−1は30μg/mlの濃度で、LOX−1発現細胞への酸化LDLの取り込みを90%以上阻害した(スチューデントのT検定による有意差検定で、危険率5%未満における有意差あり。)。一方、Del−1は、LDL受容体発現細胞(LDLR発現細胞)へのLDLの取込みを阻害しなかった。
【0081】
また、各種酸化LDL受容体発現細胞(LOX−1発現細胞、SR−A発現細胞、CD36発現細胞、SR-BI発現細胞)に対する酸化LDLの取り込みを、Del−1が阻害し得るかどうかを検討した結果を
図4に示す。
【0082】
図4によれば、Del−1は、LOX−1だけではなく、他の酸化LDL受容体である、SR−A,CD36,SR−BIを発現する細胞に対する、酸化LDLの取り込みも阻害することができるということが分かった。このことから、Del−1は、酸化LDL受容体を標的として酸化LDLの細胞への取り込みを阻害しているのではなく、酸化LDL自体を標的として細胞への取り込みを阻害していると考えられた。
【0083】
次に、酸化LDL受容体を内在的に発現するヒト血管内皮細胞(HUVEC)およびマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1)に対する酸化LDLの取り込みを、Del−1が阻害し得るかどうかを検討した結果を
図5に示す。
図5(a)はヒト血管内皮細胞(HUVEC)を用いた場合の結果であり、(b)はマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1)を用いた場合の結果である。
図5(a)および(b)における写真は蛍光顕微鏡像であり、「+Del−1 30μg/ml」と記載されている写真はDel−1(30μg/ml)存在下で酸化LDLを取り込ませた場合の蛍光顕微鏡像であり、「+Del−1 30μg/ml」と記載されていない写真はDel−1非存在下で酸化LDLを取り込ませた場合の蛍光顕微鏡像である。
【0084】
図5によれば、Del−1は、遺伝子導入によって酸化LDL受容体を強制的に発現させた細胞のみならず(
図4を参照のこと)、酸化LDL受容体を内在性に発現する細胞(ヒト血管内皮細胞(HUVEC)およびマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1))への酸化LDLの取り込みをも阻害し得ることが分かった。
【0085】
なお、
図5に示す各実験において、Del−1の比較としてBSAを使用したが、BSAによる取り込み阻害は認められなかった(
図5中のBSAと記載されたプロットを参照のこと)。
図5中のBSAと記載されたプロットは、BSAを30μg/mlの濃度で存在させて酸化LDLを取り込ませた場合のDiI標識酸化LDLの取り込み量を示す。
【0086】
〔実施例3〕酸化LDLによる細胞反応に対するDel−1の阻害効果の評価
(方法)
(1)酸化LDLによる細胞反応を調べるために、TetOn hLOX-1-V5-His / HA-Flag hAT1 / CHO 細胞(「LOX-1-AT1/CHO細胞」という。)を使用した。
【0087】
LOX-1-AT1/CHO細胞は、次のようにして作製された。ヒトLOX-1 cDNA (Genbankアクセッションナンバー:NM002543)を、発現ベクターpTRE2hyg (Clontech社製)に組み込み、hLOX-1発現ベクター(pTRE2hyg-hLOX-1)を作製した。Lipofectamin2000を用いてpTRE2hyg-hLOX-1をCHO細胞へ遺伝子導入を行った。安定発現株を得るため、100μg/mlのG418 (Calbiochem社製)および400μg/mlのhygromycin B (和光純薬株式会社製)存在下で培養し、薬剤選択で生き残った細胞をクローン化して実験に使用した。
【0088】
上記で得られたTetOn-hLOX-1-V5His細胞に、Lipofectamin2000を用いてpTRE2hyg-HA-Flag-hAT1とpSV2bsr (フナコシ社製)をコトランスフェクションした。安定発現株を得るため、hygromycin B (和光純薬株式会社製)400μg/mlと、blasticidin S 10μg/ml(フナコシ社製)存在下で培養し、薬剤選択で生き残った細胞をクローン化して実験に使用した。
【0089】
上記で得られたLOX-1-AT1/CHO細胞を10%FBS、100μg/mlのG418、400μg/mlのhygromycin B、および10μg/ml blasticidin S含むF12培地(GIBCO社)を用い、37℃、5%CO
2条件下で培養を行った。
【0090】
(2)ルシフェラーゼアッセイ
酸化LDLによる細胞反応の評価には、ルシフェラーゼアッセイを用いた。酸化LDLによってNFκBおよびSRFが活性化されることについては、当業者に良く知られている(例えば「Circulation Research. 2011; 108: 797-807, Myocardin-Related Transcription Factor A Mediates OxLDL-Induced Endothelial Injury」を参照のこと。)。ルシフェラーゼレポーターベクターpGF1-NFκBあるいはpGF1-SRF(いずれもSystem Biosciences社)と、pRL-CMV (Promega社)とを混合し、Lipofectamin LTX(invitrogen社)を用いて、LOX-1-AT1/CHO細胞に遺伝子導入した。遺伝子導入から16時間後、0.1%FBSおよび300ng/mlのdoxycyclineを含むF12培地に交換し、0.5%CO
2条件下で24時間培養した。
【0091】
細胞をPBS(−)で洗浄後、0.1%FBSおよび100ng/mlのdoxycyclineを含むF12培地を、200μl/well添加した。Del−1の非存在下または存在下で酸化LDLを添加し、0.5%CO
2インキュベーター内で20時間反応させた。
【0092】
ルシフェラーゼの測定には、Dual-Luciferase Reporter Assay System (Promega社)を使用した。具体的には、反応後の細胞をPBS(−)で1回洗浄後、細胞をPassive lysis bufferにて回収、溶解し、10,000rpmで2分間遠心分離処理後、上清をサンプルとして使用した。ルミノメーター Centro LB960 (Berthold社製)を用いて発光強度を測定し、ホタルルシフェラーゼ/ウミホタルルシフェラーゼの値を算出した。酸化LDLを添加していない条件の発光強度を1として各発光強度をグラフ化した(
図6を参照のこと。)。
【0093】
(結果)
図6によれば、LOX-1-AT1/CHO細胞において、酸化LDLによって惹起されるNFκBおよびSRFの活性化を、Del−1(10μg/mlおよび30μg/mlの濃度)は有意に阻害したことが分かる。このときBSAによる阻害は認められなかった。
図6に示すデータは有意差検定(スチューデントのT検定)を行っており、危険率5%未満で有意差がある場合は
図6中に「*」が付されており、危険率1%未満で有意差がある場合は
図6中に「**」が付されている。
【0094】
したがって、Del−1は酸化LDL依存的な細胞反応を阻害し得るということが確認された。
【0095】
〔実施例4〕Del−1の動脈硬化抑制効果の評価
(方法)
(1)Del−1高発現マウスの作製
Del−1高発現マウス(「Del−1−Tgマウス」という。)は以下のようにして作製された。
【0096】
ヒトDel−1遺伝子(配列番号2)を、ヒト脳cDNAからクローニングし、哺乳動物用発現ベクターpcDNA6.2/V5/GW/D-TOPO(Invitorogen社)に挿入して、ヒトDe1−1発現ベクターpcDNA6.2-hDel-1を作製した。
【0097】
Del−1−Tgマウスの作製は、Gordonらの方法(1980. Proc.Nalt.Acad.Sci. 77:7380-7384)の改良法で実施された。すなわち、ヒトDel−1発現ベクター(pcDNA6.2-hDel-1)を制限酵素(MfeI、SmaI)で処理し、CMVプロモーターとDel−1遺伝子を含むDNA断片を調製した。このDNA断片をC57BL/6JJclの前核期胚の雄性前核に顕微注入した。このDNA注入胚を偽妊娠雌マウス(ICRマウス)の卵管内に麻酔下にて移植し、自然分娩させ、子マウス(Del−1−Tgマウス)初代(Founder)を得た。
【0098】
(2)脂質染色
24週齢のDel−1高発現マウス(「Del−1−Tgマウス」という。)および野生型マウスに、20週間、高脂肪食(商品名: Atherogenic Rodoent Diet (型番:D12336)、リサーチダイエット社)を自由摂取させた。これらのマウスを解剖し、各個体から大動脈を取り出してOil Red O染色液(和光純薬工業株式会社製)により大動脈中の脂質を染色した。具体的には以下の通りである。
【0099】
20週間の高脂肪食負荷を行ったマウスを、イソフルランによる吸入麻酔下で開腹および開胸を行い、生理食塩水(大塚製薬製)で還流後、マウスから大動脈を摘出した。摘出した大動脈は、生理食塩水中で用手的に周辺組織を剥離した後、4%(v/v)パラフォルムアルデヒド−PBSを用いて固定した。固定した大動脈を60%(v/v)イソプロパノールで洗浄および平衡化した後、Oil Red O染色液(和光純薬工業株式会社)により大動脈に沈着した脂質を染色した。その後、60%(v/v)イソプロパノールにて脱色を行った。
【0100】
染色後の組織について、光学顕微鏡観察を行った。
【0101】
(結果)
結果を
図7に示す。
図7(a)および(b)は20週間、高脂肪食を自由摂取させた、24週齢の野生型マウス(図中「WT」で表す。)の大動脈基部の脂質染色像(Oil Red O染色像)である。また
図7(c)および(d)は24週齢のDel−1過剰発現マウス(図中「Del−1−Tg」で表す。)の大動脈基部の脂質染色像(Oil Red O染色像)である。
図7(a)−(d)中、陽性染色部位を矢印で示す。また
図7(e)は、大動脈基部中に観察された脂質沈着面積を定量した結果を示すグラフである。
【0102】
図7のから、野生型マウスに比べ、Del−1−Tgマウスでは明らかな脂質沈着の減少がみられた(P<0.001)。よって、Del−1をマウスにて過剰発現させることにより、動脈硬化の進展を抑制し得ることが確認された。すなわち、Del−1タンパク質を薬理学的に用いることにより、動脈硬化等の循環器疾患を抑制できる可能性があるといえる。