特許第5884105号(P5884105)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5884105
(24)【登録日】2016年2月19日
(45)【発行日】2016年3月15日
(54)【発明の名称】酸化LDL阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/00 20060101AFI20160301BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20160301BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20160301BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20160301BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20160301BHJP
【FI】
   A61K37/02ZNA
   A61P43/00 111
   A61P9/10 101
   !C07K14/47
   !C12N15/00 A
【請求項の数】3
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2013-557577(P2013-557577)
(86)(22)【出願日】2013年2月7日
(86)【国際出願番号】JP2013052939
(87)【国際公開番号】WO2013118839
(87)【国際公開日】20130815
【審査請求日】2014年8月4日
(31)【優先権主張番号】特願2012-27793(P2012-27793)
(32)【優先日】2012年2月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】沢村 達也
(72)【発明者】
【氏名】垣野 明美
【審査官】 上條 のぶよ
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/025050(WO,A1)
【文献】 国際公開第2006/042197(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/001093(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/150538(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/147171(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Del−1(Developmental endothelial locus-1)タンパク質を有効成分として含有することを特徴とする酸化LDL阻害剤。
【請求項2】
上記Del−1タンパク質は、
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または、
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ酸化LDL阻害活性を有するタンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の酸化LDL阻害剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の酸化LDL阻害剤を含有することを特徴とする動脈硬化性疾患の治療または予防のための薬学的組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(i)酸化LDLと特異的に結合し、(ii)酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し、かつ(iii)酸化LDL依存的な細胞反応を抑制し得る、酸化LDL阻害剤に関する。本発明にかかる酸化LDL阻害剤は、酸化LDLを標的として作用し、酸化LDLとその受容体との相互作用を抑制し得る。
【背景技術】
【0002】
low−density lipoprotein(以下「LDL」という。)の酸化によって生成する酸化LDLは、動脈硬化に対して促進的に機能することが分かっており、血中の酸化LDL量を低減することにより、抗動脈硬化作用が奏される。例えば、プロアントシアニジンを乾燥重量換算で95重量%未満の割合で含む松樹皮抽出物を有効成分とする動脈硬化予防剤が開示されている(例えば、特許文献1参照のこと。)。松樹皮抽出物は血管における高い脂質の酸化抑制効果を有しており、このため、松樹皮抽出物を服用することにより酸化LDLの血中量を低減させることができる。
【0003】
一方、酸化LDLによる動脈硬化促進作用は、酸化LDLがレクチン様酸化LDL受容体(LOX−1;Lectin−like oxidized low−density lipoprotein receptor−1)を介して血管内皮細胞に取り込まれるために生ずると考えられている。LOX−1は、血管内皮細胞の酸化LDL受容体として同定されたが、現在では、炎症、動脈硬化、血栓、心筋梗塞、カテーテル治療後の血管再狭窄等の循環器疾患を促進する因子として知られている。つまり、酸化LDLのLOX−1との結合及び血管内皮細胞への取り込みを抑制することによっても、抗動脈硬化作用が得られる。
【0004】
このようなLOX−1阻害作用を有する予防剤として、コバノイシカグマ科に属するワラビの植物抽出物を有効成分として含有する、LOX−1アンタゴニスト作用を有する組成物(例えば、特許文献2参照のこと。)や、ミカン科に属する植物抽出物を有効成分として含有してなり、LOX−1アンタゴニスト作用を有する動脈硬化抑制剤(例えば、特許文献3参照のこと。)や、LOX−1アンタゴニスト作用を有する3量体以上のプロシアニジンを有効成分とするレクチン様酸化LDL受容体阻害用医薬品(例えば、特許文献4参照のこと。)、等が知られている。
【0005】
ところで、血管内皮細胞やマクロファージにおいて発現し、分泌されるタンパク質として、Developmental endothelial locus-1(以下「Del−1」という。)が知られている。Del−1については、以下の点が知られている。
(1)Del−1は、脳や肺組織において発現が高い(例えば、非特許文献1を参照のこと。)。
(2)Del−1は、Del−1のC末端のC1、C2ドメインでフォスファチジルセリン(PS)に結合し、マクロファージのアポトーシス細胞貪食を促進する(例えば、非特許文献2参照のこと。)。
(3)Del−1は、血管新生を促進する(例えば、非特許文献3参照のこと。)。
(4)Del−1は、白血球と内皮細胞との接着を抑制する(抗炎症作用)(例えば、非特許文献1を参照のこと。)。
(5)損傷血管や低酸素状態でDel−1の発現が誘導される(例えば、非特許文献4および5を参照のこと。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】日本国公開特許公報「特開2005−23032号公報(公開日:平成17(2005)年1月27日)」
【特許文献2】日本国公開特許公報「特開2007−297381号公報(公開日:平成19(2007)年11月15日)」
【特許文献3】日本国公開特許公報「特開2007−320956号公報(公開日:平成19(2007)年12月13日)」
【特許文献4】日本国公開特許公報「特開2011−6326号公報(公開日:平成23(2011)年1月13日)」
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Choi EY et al. Del-1, an endogenous leukocyte-endothelial adhesion inhibitor, limits inflammatory cell recruitment. Science 2008, Vol.322, no.5904, p1101-1104.
【非特許文献2】Hanayama R et al. Expression of developmental endothelial locus-1 in a subset of macrophages for engulfment of apoptotic cells. The Journal of imuunology 2004, vol. 172, no.6, p3876-3882.
【非特許文献3】Penta K et al. Del1 induces integrin signaling and angiogenesis by ligation of alphaVbeta3. J Biol. Chem., 1999, Vol.274, no.16, p11101-11109.
【非特許文献4】Rezaee M et al. Del1 mediates VSMC adhesion, migration, and proliferation through interaction with integrin alpha(v)beta(3). Am J Physiol Hert Circ Physiol 2002, vol. 282, no.5, p1924-1932.
【非特許文献5】Scheurer SB et al. Modulation of gene expression by hypoxia in human umbilical cord vein endothelial cells: A transcriptomic and proteomic study. Proteomics 2004, vol. 4, no.9, p1737-1760.
【非特許文献6】Steinbrecher UP. Receptors for oxidized low density lipoprotein. Biochim Biophys Acta. 1999, vol. 436, no.3, p279-298.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
酸化LDLの細胞内への取り込みは、LOX−1のみならず、スカベンジャー受容体と呼ばれる一群の酸化LDL受容体を介して行われることが知られている(非特許文献6を参照のこと)。LOX−1以外の酸化LDL受容体としては、例えばSR−A(scavenger receptor-A I/II:スカベンジャーレセプターA),CD36,SR−BI(scavenger receptor class B type 1)等が存在している。
【0009】
特許文献2−4に記載された薬剤はLOX−1のアンタゴニストであるため、LOX−1を介した酸化LDLの細胞内取り込みに対しては有効では有るものの、それ以外の酸化LDL受容体を介して行われる酸化LDLの細胞内取り込みに対しては必ずしも有効でない場合があると考えられる。このため、特許文献2−4に記載された薬剤のみでは動脈硬化性疾患の有効な治療手段とならない場合があった。
【0010】
上記の問題を解決するためには、各種酸化LDL受容体に対するアンタゴニストをそれぞれ準備するか、または全ての酸化LDL受容体に対して有効な単一のアンタゴニストを準備する必要がある。しかし、このようなアンタゴニストは未だ見出されていない。
【0011】
そこで、本発明は、酸化LDL受容体を標的とするアンタゴニストではなく、酸化LDL自体を標的として作用し、酸化LDL受容体と酸化LDLとの結合を阻害し得る、酸化LDL阻害剤を見出すことを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行ったところ、血管内皮細胞やマクロファージにおいて分泌されるタンパク質であるDel−1が、(i)酸化LDLと特異的に結合し、(ii)酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し、かつ(iii)酸化LDL依存的な細胞反応を抑制し得る、ということを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち本発明は、以下の発明を包含する。
【0013】
本発明にかかる酸化LDL阻害剤は、上記課題を解決するためにDel−1(Developmental endothelial locus-1)タンパク質を有効成分として含有することを特徴としている。
【0014】
本発明にかかる酸化LDL阻害剤において、上記Del−1タンパク質は、
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または、
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ酸化LDL阻害活性を有するタンパク質であってもよい。
【0015】
さらに本発明は、上記本発明にかかる酸化LDL阻害剤を含有することを特徴とする薬学的組成物をも包含する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の酸化LDL阻害剤は、従来公知の薬剤のごとく酸化LDL受容体を標的とするのではなく、酸化LDL自体を標的として結合し、酸化LDLの細胞内取り込みを阻害する。このため、本発明の酸化LDL阻害剤は、酸化LDL受容体を介して行われる全ての酸化LDLの細胞内取り込みを阻害することができると考えられる。よって、本発明の酸化LDL阻害剤は、酸化LDLによって引き起こされる動脈硬化性疾患等の有効な治療または予防手段となり得る。
【0017】
さらに驚くべきことに本発明の酸化LDL阻害剤によれば、酸化LDL依存的な細胞反応(例えば、NFκBおよびSRFの活性化)を抑制することができる。
【0018】
本発明の酸化LDL阻害剤に有効成分として含まれるDel−1に上記のような作用があることについてはこれまで一切知られておらず、本発明者らが見出した新規知見である。このため、当業者であっても本発明を容易に完成することはできず、また本発明が奏する効果は当業者に予想できる程度のものではない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】Del−1の構造およびアミノ酸配列を示す図である。
図2】(a)はLDLまたは酸化LDLに結合したDel−1のELISAによる検出原理を説明する概念図であり、(b)はLDLまたは酸化LDLに結合したDel−1をELISAによって検出した結果を示すグラフである。
図3】酸化LDLまたはLDLの、LDL受容体発現細胞またはLOX−1発現細胞へ取り込みに対するDel−1の影響を評価した結果を示す図であり、(a)はLDL受容体発現細胞に対して、Del−1の非存在下でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、(b)はLDL受容体発現細胞に対して、Del−1の存在下(30μg/ml)でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、(c)はLOX−1発現細胞に対して、Del−1の非存在下でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、(d)はLOX−1発現細胞に対して、Del−1の存在下(30μg/ml)でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、(e)はLDL受容体発現細胞に対して、Del−1の非存在下または存在下(30μg/ml)でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光強度、およびLOX−1発現細胞に対して、Del−1の非存在下または存在下(30μg/ml)でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光強度を示すグラフである。
図4】各種酸化LDL受容体発現細胞(LOX−1発現細胞、SR−A発現細胞、CD36発現細胞、SR-BI発現細胞)に対する酸化LDLの取り込みを、Del−1が阻害し得るかどうかを検討した結果を示すグラフである。
図5】酸化LDL受容体を内在的に発現するヒト血管内皮細胞(HUVEC)およびマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1)に対する酸化LDLの取り込みを、Del−1が阻害し得るかどうかを検討した結果を示す図であり、(a)はヒト血管内皮細胞(HUVEC)を用いた場合の蛍光顕微鏡像およびグラフであり、(b)はマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1)を用いた場合の蛍光顕微鏡像およびグラフである。
図6】酸化LDL依存的な細胞反応(NFκBおよびSRFの活性化)に対するDel−1の阻害効果を評価した結果を示すグラフであり、(a)はNFκBの活性化を検討した結果を示し、(b)SRFの活性化を検討した結果を示す。
図7】(a)および(b)は20週間、高脂肪食を自由摂取させた、24週齢の野生型マウス(図中「WT」で表す。)の大動脈基部の脂質染色像(Oil Red O染色像)であり、(c)および(d)は24週齢のDel−1過剰発現マウス(図中「Del−1−Tg」で表す。)の大動脈基部の脂質染色像(Oil Red O染色像)であり、(e)は大動脈基部中に観察された脂質沈着面積を定量した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更実施し得る。また、本明細書中に記載された公知文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0021】
〔本発明の酸化LDL阻害剤〕
本発明の酸化LDL阻害剤は、Del−1(Developmental endothelial locus-1)タンパク質を有効成分として含有することを特徴としている。
【0022】
ここで「Del−1」は、ヒトの血管内皮細胞やマクロファージにおいて発現し、分泌されるタンパク質として知られている(例えば、非特許文献2を参照のこと。)。図1にDel−1の構造およびそのアミノ酸配列を示す。Del−1は、「Homo sapiens EGF-like repeats and discoidin I-like domains 3(EDIL3)とも言われ、そのアミノ酸配列および塩基配列が、Genbankにおいてアクセッションナンバー:NM005711として公開されている。Del−lのアミノ酸配列を配列番号1に示し、その塩基配列を配列番号2に示す。
【0023】
Del−1は、480アミノ酸からなるタンパク質で、N末端側からS,E1,E2,E3,C1,C2のドメインに分かれている。なお「S」はSignal peptide、「E」はEGF-like domain、「C」はfactor 5/8 C-terminal domainを意味する。特にC末端側のC1、C2ドメインでフォスファチジルセリン(PS)に結合し、マクロファージのアポトーシス細胞貪食を促進することが知られている(例えば、非特許文献2参照のこと。)。Del−1の作用としては、血管新生を促進する作用(例えば、非特許文献3参照のこと。)、および抗炎症作用(例えば、非特許文献1を参照のこと。)が知られている。またDel−1のE2には、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸からなるRGD配列(RGDペプチド)が存在する。RGD配列は多くの細胞がマトリックス(ECM)を構成するタンパク質において共通するアミノ酸配列であり、細胞接着に密接に関わっていることが知られている。
【0024】
本発明者らは、(i)酸化LDLと特異的に結合し、(ii)酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し、かつ(iii)酸化LDL依存的な細胞反応を抑制し得る、というDel−1の新規作用を見出し、Del−1を有効成分として含有する酸化LDL阻害剤を完成させるに至った。
【0025】
ここで本発明において「Del−1タンパク質」とは、(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるDel−1のみならず、(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ酸化LDL阻害活性を有するDel−1の変異体を包含する意味である。なお、「Del−1タンパク質」には、酸化LDL阻害活性を有する限りにおいて上記(a)および(b)の部分タンパク質も含まれる。また、「Del−1タンパク質」には、配列番号1に示されるヒト由来のDel−1に限定されず、その他の哺乳動物由来のDel−1も含まれる。例えば、サル由来のDel−1(Genbankアクセッションナンバー:NM001132845など)、ウシ由来のDel−1(Genbankアクセッションナンバー:XM618255)、ブタ由来のDel−1(Genbankアクセッションナンバー:XM003123766)、ニワトリ由来のDel−1(Genbankアクセッションナンバー:XM424906)、ラット由来のDel−1(Genbankアクセッションナンバー:XM002728994)、マウス由来のDel−1(Genbankアクセッションナンバー:NM001037987)等が本発明に適用可能である。さらに「Del−1タンパク質」には、配列番号1に示されるアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を有し、且つ「Del−1」と同じ活性を備えたDel−1様のタンパク質も含まれる。つまり本明細書において特記しない限りにおいて「Del−1」とは配列番号1に示されるアミノ酸からなるタンパク質を意味し、「Del−1タンパク質」といえばDel−1、ヒト由来以外のDel−1、Del−1変異体、Del−1部分タンパク質、およびDel−1様タンパク質をも含む意味である。
【0026】
ここで上記「1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、最も好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されていることを意味する。このようなタンパク質の変異体は、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するタンパク質に限定されるものではなく、天然に存在する変異タンパク質を単離精製したものであってもよい。
【0027】
なお、本発明におけるDel−1タンパク質は、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。付加的なポリペプチドとしては、例えば、HisやMyc、Flag等のエピトープ標識ポリペプチドが挙げられる。
【0028】
また、本発明におけるDel−1タンパク質は、Del−1タンパク質をコードするポリヌクレオチド(「Del−1遺伝子」という。)を宿主細胞に導入して、そのタンパク質を細胞内で発現させた状態であってもよいし、細胞、組織などから単離精製された場合であってもよい。また、Del−1タンパク質は、化学合成されたものであってもよい。
【0029】
ここで上記「酸化LDL阻害活性を有する」とは、Del−1の変異体が、(i)酸化LDLと特異的に結合し、(ii)酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し、かつ(iii)酸化LDL依存的な細胞反応を抑制し得る活性を有することを意味する。Del−1の変異体が酸化LDL阻害活性を有するかどうかについては、実施例に記載された方法によって確認することができる。
【0030】
具体的には、実施例1に記載された方法によって、Del−1の変異体が酸化LDLと特異的に結合していることが確認できれば、上記(i)酸化LDLと特異的に結合し得ると判断できる。また実施例2に記載された方法によって、Del−1変異体の存在下における酸化LDLの細胞内取り込みが、Del−1変異体非存在下におけるそれに比して有意に減少していれば、Del−1変異体が(ii)酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し得ると判断できる。また実施例3に記載された方法によって、Del−1変異体の存在下におけるNFκBおよびSRFのシグナルが、Del−1変異体の非存在下におけるそれに比して有意に減少していれば、Del−1変異体が(iii)酸化LDL依存的な細胞反応を抑制し得ると判断することができる。なお、Del−1変異体の存在下のデータが、Del−1変異体の非存在下のデータに対して有意に減少しているかどうかは、例えばスチューデントのT検定を実施して、前者のデータが後者のデータに比して有意に減少していれば(危険率5%未満)、「有意に減少している」と判断できる。
【0031】
したがって、当業者であれば、「(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列を有し、且つ酸化LDL阻害活性を有するDel−1の変異体」が本明細書に記載されていると理解する。また当業者であれば、過度な実験を行うことなく本明細書に記載に基づいてDel−1の変異体を取得することが可能である。
【0032】
本発明の酸化LDL阻害剤に含有されるDel−1タンパク質の量は、酸化LDL阻害活性による作用が奏されるために十分な量であれば特に限定されるものではなく、Del−1タンパク質の精製度、剤型、又は摂取方法等を考慮して適宜決定することができる。例えば、本発明においては、より十分な酸化LDL阻害活性を奏することができるため、Del−1タンパク質の含有割合は、酸化LDL阻害剤の50%(w/w)以上であることが好ましく、80%(w/w)以上であることがより好ましく、100%(w/w)であることがさらに好ましい。
【0033】
〔本発明の薬学的組成物〕
本願発明の薬学的組成物は、上述の本発明の酸化LDL阻害剤を含有することを特徴としている。本発明の薬学的組成物によれば、酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し、かつ酸化LDL依存的な細胞反応をも阻害することができるため、酸化LDLが原因で引き起こされる様々な疾患、とりわけ動脈硬化性疾患の治療または予防に奏効することが期待される。
【0034】
本発明の薬学的組成物は、酸化LDL阻害活性を損なわない限りにおいて、薬学的に許容される、酸化LDL阻害剤以外の他の成分(例えば、薬学的に受容可能なキャリア等)をさらに含有してもよい。
【0035】
ここで、上記「薬学的に受容可能なキャリア」について以下に説明する。本明細書において「薬学的に受容可能なキャリア」(以下、単に「キャリア」ともいう)とは、医薬、または動物薬のような農薬を製造するときに、処方を補助することを目的として用いられる物質であって、有効成分に有害な影響を与えないものをいう。さらに、本発明にかかる薬学的組成物を受容した個体において毒性が無く、且つキャリア自体は有害な抗体の産生を誘導しないものが意図される。
【0036】
上記キャリアとしては、製剤素材として使用可能な各種有機または無機のキャリア物質が用いられ、後述する薬学的組成物の投与形態および剤型に応じて適宜選択することができる。例えば、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤等;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等;防腐剤;抗酸化剤;安定剤;矯味矯臭剤等として配合されるが、本発明はこれらに限定されない。
【0037】
上記「賦形剤」としては、例えば、乳糖、白糖、D-マンニトール、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール、デンプン、結晶セルロース等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0038】
上記「滑沢剤」としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ワックス、タルク、コロイドシリカ等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0039】
上記「結合剤」としては、例えば、α化デンプン、メチルセルロース、結晶セルロース、白糖、D-マンニトール、トレハロース、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0040】
上記「崩壊剤」としては、例えば、デンプン、カルボキシメチルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0041】
上記「溶剤」としては、例えば、注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油、トリカプリリン等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0042】
上記「溶解補助剤」としては、例えば、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D-マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0043】
上記「懸濁剤」としては、例えば、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤、あるいは、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0044】
上記「等張化剤」としては、例えば、塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトール等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0045】
上記「緩衝剤」としては、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0046】
上記「無痛化剤」としては、例えば、ベンジルアルコール等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0047】
上記「防腐剤」としては、例えば、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0048】
上記「抗酸化剤」としては、例えば、亜硫酸塩、アスコルビン酸等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0049】
また、上記安定剤、矯味矯臭剤としては、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0050】
本発明にかかる薬学的組成物の投与形態としては、経口的に投与するものであっても、非経口的に、静脈内、直腸内、腹腔内、筋肉内、または皮下に投与するものであってもよく、製剤形態に応じた適当な投与経路で投与することができる。中でも、投与が容易であるとの理由から、本発明にかかる組成物は、経口的に投与されることが好ましい。なお、本明細書中において、上記「非経口」とは、脳室内、静脈内、筋肉内、腹腔内、胸骨内、皮下、および関節内の注射および注入を含む投与の様式をいう。
【0051】
本発明にかかる薬学的組成物を経口的に投与する場合、かかる薬学的組成物(以下、「経口剤」ともいう)の剤型としては、例えば、粉剤、顆粒剤、錠剤、リポソーム、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤等の固形製剤や、シロップ剤等の液状製剤とすることができる。
【0052】
上記「液状製剤」は、上記キャリアとして、例えば、水;グリセロール、グリコール、ポリエチレングリコール等の有機溶媒;これらの有機溶媒と水との混合物等を用いて、製薬分野において通常用いられる方法で製造することができる。また、上記液状製剤は、さらに、溶解補助剤、緩衝剤、等張化剤、安定剤等を含んでいてもよい。
【0053】
上記「固形製剤」は、上記キャリアとして、例えば、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、矯味矯臭剤等を用いて、製薬分野において通常用いられる方法で製造することができる。
【0054】
かかる経口剤を調製する際には、目的に応じて、潤滑剤、流動性促進剤、着色剤、香料等をさらに配合してもよい。
【0055】
また、本発明にかかる薬学的組成物を非経口的に投与する場合、かかる薬学的組成物(以下、「非経口剤」ともいう)の剤型としては、例えば、注射剤、坐剤、ペレット、点滴剤等とすることができる。かかる非経口剤は、製薬分野において公知の方法に従って、本発明にかかる薬学的組成物を、希釈剤(例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、ダイズ油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)に溶解または懸濁させ、目的に応じて、殺菌剤、安定剤、等張化剤、無痛化剤等をさらに加えることにより調製することができる。
【0056】
また、本発明にかかる薬学的組成物の一実施形態として、製薬分野において通常用いられる技術により、徐放性製剤とすることもできる。
【0057】
本発明にかかる薬学的組成物は、単独で投与されてもよいし、他の薬剤と併用して投与されてもよい。併用して投与される方法としては、例えば、他の薬剤との混合物として同時に投与されてもよいし、他の薬剤とは別の薬剤として同時にもしくは並行して投与されてもよいし、あるいは経時的に投与されてもよいが、本発明はこれに限定されない。
【0058】
また、本発明にかかる薬学的組成物が1日あたりに投与される回数は特に限定されるものではない。本発明の酸化LDL阻害剤の投与量が、1日あたりの所要の投与量範囲内であれば、1日あたり1回の投与であってもよいし、複数回に分けて投与を行ってもよい。
【0059】
なお、本発明の薬学的組成物は、ヒトのみならず、ヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、およびサル等)に対しても適用可能であることは、当業者であれば容易に理解する。
【0060】
本発明の薬学的組成物中の酸化LDL阻害剤(またはDel−1タンパク質)の量は、酸化LDL阻害活性による作用が奏されるために十分な量であれば特に限定されるものではなく、Del−1タンパク質の精製度、剤型、又は摂取方法や、摂取対象者の性別、年齢、体重、健康状況等を考慮して適宜決定することができる。
【0061】
酸化LDL阻害活性による効果を得るために、本発明の薬学的組成物に、Del−1タンパク質を、例えば、摂取量が乾燥重量として成人1日当たり10〜3000mg、好ましくは150〜1000mgとなるように含有させることができる。
【0062】
以下実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。
【実施例】
【0063】
〔実施例1〕ELISA(Enzyme Linked Immunosorbent Assay: 酵素免疫測定法)によるDel−1と酸化LDLとの結合の評価
(方法)
(1)Del−1
実験に使用したヒト由来Del−1は、R&D社より購入した。当該Del−1は、C末端側にHisタグを付加した組換えタンパクで、CHO細胞にて発現させ、精製されたものである。
【0064】
(2)LDLの調製
健常人からACD(acid-citrate-dextrose)含有バッファーが添加されている採血管に採取した血液から血漿を分離回収した。得られた血漿に臭化カリウムを加えて比重を1.019に調整した後、58,000rpmで20時間遠心分離処理を行った。下層を回収し、臭化カリウムにて比重を1.063に調整した後、58,000rpmで20時間遠心分離処理を行った。超遠心機は、Beckman社製のL−80を使用した。
【0065】
回収した上層を、透析膜(Slid-A-Lyzer Dialysis Cassettes 10 K MWCO、Pierce社製)を用いて、PBS(−)を外液として透析し(外液4回交換)、精製ヒトLDLを得た。
【0066】
(3)酸化LDLの調製
BCA Protein Assay Kit (Pierce社製)を用いて精製ヒトLDLのタンパク質量を測定し、濃度が3mg/mlとなるようにPBS(−)で調整した溶液に、硫酸銅を7.5μMとなるように添加した後、37℃、5%CO2インキュベーター内で16時間インキュベートした。続いて、この溶液を、2mM EDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を外液として透析し(外液4回交換)、ヒト酸化LDLとした。なお、実施例の結果を示す図において、酸化LDLを「oxLDL」と表記する場合がある。
【0067】
(4)ELISA
384 well プレート(greiner社製)に、抗ApoB抗体(Bindingsite社製)を固相化し、25%ブロックエース(大日本住友製薬社製)でブロッキングを行った後、酸化LDLまたはLDLを結合させた。PBS(−)でプレートを2回洗浄後、溶液(10mM HEPES,150mM NaCl,pH7.4)で希釈したDel−1を添加し、室温で1時間反応させ、結合したDel−1を抗Hisタグ抗体(Invitrogen社)で検出した。図2(a)に、LDLまたは酸化LDLに結合したDel−1のELISAによる検出原理を説明する概念図を示す。
【0068】
(結果)
図2(b)に、LDLまたは酸化LDLに結合したDel−1をELISAによって検出した結果を示す。
【0069】
図2(b)によれば、Del−1は、1,3,10μg/mlの濃度で酸化LDLに特異的に結合したことが確認された。一方、Del−1のLDLに対する特異的な結合は認められなかった。
【0070】
〔実施例2〕酸化LDLの細胞への取込みに対するDel−1の阻害効果の評価
(方法)
(1)DiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDL(DiI−oxLDL)の作製
ヒトLDLまたはヒト酸化LDLを、2mM EDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を用いて希釈し、1mg/mlとなるように調整した。この溶液に、終濃度が0.3mg/mlとなるようにDiI(D282,Invitrogen社製)を、終濃度が5mg/mlとなるようにLipoprotein deficient serum (Sigma社製)を、それぞれ添加し、37℃で18時間反応させた。DiIは、30μg/mlとなるようにDMSOに懸濁した溶液を用いた。
【0071】
反応後、塩化ナトリウムおよび臭化カリウムにて比重を1.15に調整した後、58,000rpmで20時間遠心分離処理を行った。回収した上層を、透析膜(Slid-A-Lyzer Dialysis Cassettes 10 K MWCO)を用いて、2mM EDTAを含有する0.15M塩化ナトリウム溶液を外液として透析し(外液4回交換)、DiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDLを得た。なお、実施例の結果を示す図において、DiI標識LDLおよびDiI標識酸化LDLを、それぞれ「DiI−LDL」および「DiI−oxLDL」と表記する場合がある。
【0072】
(2)各種受容体発現細胞
10%FBSを含むDMEM培地(GIBCO社)を用い、37℃、5%CO条件下で、48時間培養された各種細胞を本実施例に用いた。各種受容体発現細胞は、以下のようにして作成された。
【0073】
Lipofectamin 2000 (Invitrogen)を用いて、COS7細胞に各種酸化LDL受容体の発現ベクターまたはLDL受容体発現ベクターを導入した。各種酸化LDL受容体の発現ベクターおよびLDL受容体発現ベクターの詳細は、以下の通りである。
【0074】
LOX−1発現ベクター(pcDNA6.2-human LOX-1-V5)、SR-A発現ベクター(pcDNA6.2-human SR-A-V5)、CD36発現ベクター(pcDNA6.2-human CD36-V5)、SR−BI発現ベクター(pcDNA6.2-human SR-BI-V5)、およびLDL受容体(LDLR)発現ベクターは、ヒトLOX−1 cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM002543)、ヒトSR−A cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM002445)、ヒトCD36 cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM000072)、ヒトSR−BI cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM005505)およびヒトLDLR cDNA(Genbankアクセッションナンバー: NM000527)を、ヒトcDNAライブラリーからクローニングし、哺乳動物発現ベクターpcDNA6.2/V5/GW/D-TOPO(Invitrogen社)に挿入して各受容体の発現ベクターを作製した。なお各受容体のC末端側にV5タグを付加している。
【0075】
(3)HUVEC(Human umbilical vein endothelial cells: 正常ヒト臍帯静脈内皮細胞)
LONZA社より購入した。培養には、EGM−2培地(LONZA社製)を用い、37℃、5%CO条件下で培養を行った。実験には、継代回数7回以下の細胞を使用した。
【0076】
(4)THP−1(ヒト単球性白血病細胞株)
10%FBSを含む20μMの2-Mercaptoethanolを含むRPMI1940培地(GIBCO社製)を用い、37℃、5%CO条件下で培養を行った。実験には、100nM PMA(Phorbol 12Myristate 13Acetate)存在下で72時間培養し、マクロファージ様に分化誘導させた細胞を使用した。
【0077】
(5)酸化LDLまたはLDLの細胞への取込み実験
384 well プレート(greiner社製)に撒いた各種細胞を、無血清DMEM培地で洗浄後、Del−1と、DiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDLとの混合液を加え、37℃、5%CO条件下で反応させた。細胞に取り込まれたDiI標識LDLまたはDiI標識酸化LDLの蛍光シグナルを、INCell Analyzer 1000 (GE healthcare社製)で検出し、定量評価した。
【0078】
(結果)
酸化LDLまたはLDLの、LDL受容体発現細胞またはLOX−1発現細胞への取り込みに対するDel−1の影響を評価した結果を図3に示した。図3(a)はLDL受容体発現細胞に対して、Del−1の非存在下でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、図3(b)はDel−1の存在下(30μg/ml)でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像である。また図3(c)はLOX−1発現細胞に対して、Del−1の非存在下でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像であり、図3(d)はDel−1の存在下(30μg/ml)でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光顕微鏡像である。
【0079】
また図3(e)は、LDL受容体発現細胞に対して、Del−1の非存在下または存在下(30μg/ml)でDiI標識LDLを取り込ませた細胞の蛍光強度、およびLOX−1発現細胞に対して、Del−1の非存在下または存在下(30μg/ml)でDiI標識酸化LDLを取り込ませた細胞の蛍光強度を示す図である。図3(e)において、Del−1の存在下(30μg/ml)でのDiI標識LDL(またはDiI標識酸化LDL)を取り込ませた場合の蛍光強度は、Del−1の非存在下でDiI標識LDL(またはDiI標識酸化LDL)を取り込ませた場合の蛍光強度(100)に対する相対値で示されている。
【0080】
酸化LDL受容体であるLOX−1を発現する細胞への酸化LDLの取り込みに対するDel−1の影響を観察すると、Del−1は30μg/mlの濃度で、LOX−1発現細胞への酸化LDLの取り込みを90%以上阻害した(スチューデントのT検定による有意差検定で、危険率5%未満における有意差あり。)。一方、Del−1は、LDL受容体発現細胞(LDLR発現細胞)へのLDLの取込みを阻害しなかった。
【0081】
また、各種酸化LDL受容体発現細胞(LOX−1発現細胞、SR−A発現細胞、CD36発現細胞、SR-BI発現細胞)に対する酸化LDLの取り込みを、Del−1が阻害し得るかどうかを検討した結果を図4に示す。
【0082】
図4によれば、Del−1は、LOX−1だけではなく、他の酸化LDL受容体である、SR−A,CD36,SR−BIを発現する細胞に対する、酸化LDLの取り込みも阻害することができるということが分かった。このことから、Del−1は、酸化LDL受容体を標的として酸化LDLの細胞への取り込みを阻害しているのではなく、酸化LDL自体を標的として細胞への取り込みを阻害していると考えられた。
【0083】
次に、酸化LDL受容体を内在的に発現するヒト血管内皮細胞(HUVEC)およびマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1)に対する酸化LDLの取り込みを、Del−1が阻害し得るかどうかを検討した結果を図5に示す。図5(a)はヒト血管内皮細胞(HUVEC)を用いた場合の結果であり、(b)はマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1)を用いた場合の結果である。図5(a)および(b)における写真は蛍光顕微鏡像であり、「+Del−1 30μg/ml」と記載されている写真はDel−1(30μg/ml)存在下で酸化LDLを取り込ませた場合の蛍光顕微鏡像であり、「+Del−1 30μg/ml」と記載されていない写真はDel−1非存在下で酸化LDLを取り込ませた場合の蛍光顕微鏡像である。
【0084】
図5によれば、Del−1は、遺伝子導入によって酸化LDL受容体を強制的に発現させた細胞のみならず(図4を参照のこと)、酸化LDL受容体を内在性に発現する細胞(ヒト血管内皮細胞(HUVEC)およびマクロファージ(マクロファージに分化誘導させたTHP−1))への酸化LDLの取り込みをも阻害し得ることが分かった。
【0085】
なお、図5に示す各実験において、Del−1の比較としてBSAを使用したが、BSAによる取り込み阻害は認められなかった(図5中のBSAと記載されたプロットを参照のこと)。図5中のBSAと記載されたプロットは、BSAを30μg/mlの濃度で存在させて酸化LDLを取り込ませた場合のDiI標識酸化LDLの取り込み量を示す。
【0086】
〔実施例3〕酸化LDLによる細胞反応に対するDel−1の阻害効果の評価
(方法)
(1)酸化LDLによる細胞反応を調べるために、TetOn hLOX-1-V5-His / HA-Flag hAT1 / CHO 細胞(「LOX-1-AT1/CHO細胞」という。)を使用した。
【0087】
LOX-1-AT1/CHO細胞は、次のようにして作製された。ヒトLOX-1 cDNA (Genbankアクセッションナンバー:NM002543)を、発現ベクターpTRE2hyg (Clontech社製)に組み込み、hLOX-1発現ベクター(pTRE2hyg-hLOX-1)を作製した。Lipofectamin2000を用いてpTRE2hyg-hLOX-1をCHO細胞へ遺伝子導入を行った。安定発現株を得るため、100μg/mlのG418 (Calbiochem社製)および400μg/mlのhygromycin B (和光純薬株式会社製)存在下で培養し、薬剤選択で生き残った細胞をクローン化して実験に使用した。
【0088】
上記で得られたTetOn-hLOX-1-V5His細胞に、Lipofectamin2000を用いてpTRE2hyg-HA-Flag-hAT1とpSV2bsr (フナコシ社製)をコトランスフェクションした。安定発現株を得るため、hygromycin B (和光純薬株式会社製)400μg/mlと、blasticidin S 10μg/ml(フナコシ社製)存在下で培養し、薬剤選択で生き残った細胞をクローン化して実験に使用した。
【0089】
上記で得られたLOX-1-AT1/CHO細胞を10%FBS、100μg/mlのG418、400μg/mlのhygromycin B、および10μg/ml blasticidin S含むF12培地(GIBCO社)を用い、37℃、5%CO2条件下で培養を行った。
【0090】
(2)ルシフェラーゼアッセイ
酸化LDLによる細胞反応の評価には、ルシフェラーゼアッセイを用いた。酸化LDLによってNFκBおよびSRFが活性化されることについては、当業者に良く知られている(例えば「Circulation Research. 2011; 108: 797-807, Myocardin-Related Transcription Factor A Mediates OxLDL-Induced Endothelial Injury」を参照のこと。)。ルシフェラーゼレポーターベクターpGF1-NFκBあるいはpGF1-SRF(いずれもSystem Biosciences社)と、pRL-CMV (Promega社)とを混合し、Lipofectamin LTX(invitrogen社)を用いて、LOX-1-AT1/CHO細胞に遺伝子導入した。遺伝子導入から16時間後、0.1%FBSおよび300ng/mlのdoxycyclineを含むF12培地に交換し、0.5%CO2条件下で24時間培養した。
【0091】
細胞をPBS(−)で洗浄後、0.1%FBSおよび100ng/mlのdoxycyclineを含むF12培地を、200μl/well添加した。Del−1の非存在下または存在下で酸化LDLを添加し、0.5%COインキュベーター内で20時間反応させた。
【0092】
ルシフェラーゼの測定には、Dual-Luciferase Reporter Assay System (Promega社)を使用した。具体的には、反応後の細胞をPBS(−)で1回洗浄後、細胞をPassive lysis bufferにて回収、溶解し、10,000rpmで2分間遠心分離処理後、上清をサンプルとして使用した。ルミノメーター Centro LB960 (Berthold社製)を用いて発光強度を測定し、ホタルルシフェラーゼ/ウミホタルルシフェラーゼの値を算出した。酸化LDLを添加していない条件の発光強度を1として各発光強度をグラフ化した(図6を参照のこと。)。
【0093】
(結果)
図6によれば、LOX-1-AT1/CHO細胞において、酸化LDLによって惹起されるNFκBおよびSRFの活性化を、Del−1(10μg/mlおよび30μg/mlの濃度)は有意に阻害したことが分かる。このときBSAによる阻害は認められなかった。図6に示すデータは有意差検定(スチューデントのT検定)を行っており、危険率5%未満で有意差がある場合は図6中に「*」が付されており、危険率1%未満で有意差がある場合は図6中に「**」が付されている。
【0094】
したがって、Del−1は酸化LDL依存的な細胞反応を阻害し得るということが確認された。
【0095】
〔実施例4〕Del−1の動脈硬化抑制効果の評価
(方法)
(1)Del−1高発現マウスの作製
Del−1高発現マウス(「Del−1−Tgマウス」という。)は以下のようにして作製された。
【0096】
ヒトDel−1遺伝子(配列番号2)を、ヒト脳cDNAからクローニングし、哺乳動物用発現ベクターpcDNA6.2/V5/GW/D-TOPO(Invitorogen社)に挿入して、ヒトDe1−1発現ベクターpcDNA6.2-hDel-1を作製した。
【0097】
Del−1−Tgマウスの作製は、Gordonらの方法(1980. Proc.Nalt.Acad.Sci. 77:7380-7384)の改良法で実施された。すなわち、ヒトDel−1発現ベクター(pcDNA6.2-hDel-1)を制限酵素(MfeI、SmaI)で処理し、CMVプロモーターとDel−1遺伝子を含むDNA断片を調製した。このDNA断片をC57BL/6JJclの前核期胚の雄性前核に顕微注入した。このDNA注入胚を偽妊娠雌マウス(ICRマウス)の卵管内に麻酔下にて移植し、自然分娩させ、子マウス(Del−1−Tgマウス)初代(Founder)を得た。
【0098】
(2)脂質染色
24週齢のDel−1高発現マウス(「Del−1−Tgマウス」という。)および野生型マウスに、20週間、高脂肪食(商品名: Atherogenic Rodoent Diet (型番:D12336)、リサーチダイエット社)を自由摂取させた。これらのマウスを解剖し、各個体から大動脈を取り出してOil Red O染色液(和光純薬工業株式会社製)により大動脈中の脂質を染色した。具体的には以下の通りである。
【0099】
20週間の高脂肪食負荷を行ったマウスを、イソフルランによる吸入麻酔下で開腹および開胸を行い、生理食塩水(大塚製薬製)で還流後、マウスから大動脈を摘出した。摘出した大動脈は、生理食塩水中で用手的に周辺組織を剥離した後、4%(v/v)パラフォルムアルデヒド−PBSを用いて固定した。固定した大動脈を60%(v/v)イソプロパノールで洗浄および平衡化した後、Oil Red O染色液(和光純薬工業株式会社)により大動脈に沈着した脂質を染色した。その後、60%(v/v)イソプロパノールにて脱色を行った。
【0100】
染色後の組織について、光学顕微鏡観察を行った。
【0101】
(結果)
結果を図7に示す。図7(a)および(b)は20週間、高脂肪食を自由摂取させた、24週齢の野生型マウス(図中「WT」で表す。)の大動脈基部の脂質染色像(Oil Red O染色像)である。また図7(c)および(d)は24週齢のDel−1過剰発現マウス(図中「Del−1−Tg」で表す。)の大動脈基部の脂質染色像(Oil Red O染色像)である。図7(a)−(d)中、陽性染色部位を矢印で示す。また図7(e)は、大動脈基部中に観察された脂質沈着面積を定量した結果を示すグラフである。
【0102】
図7のから、野生型マウスに比べ、Del−1−Tgマウスでは明らかな脂質沈着の減少がみられた(P<0.001)。よって、Del−1をマウスにて過剰発現させることにより、動脈硬化の進展を抑制し得ることが確認された。すなわち、Del−1タンパク質を薬理学的に用いることにより、動脈硬化等の循環器疾患を抑制できる可能性があるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0103】
上記説示したように、本発明によれば、本発明は、(i)酸化LDLと特異的に結合し、(ii)酸化LDLの細胞内への取り込みを阻害し、かつ(iii)酸化LDL依存的な細胞反応を抑制し得る、酸化LDL阻害剤を提供することができる。このため、本発明の酸化LDL阻害剤は、酸化LDLによって引き起こされる動脈硬化性疾患等の行こうな治療または予防手段となり得る。
【0104】
したがって本発明は、例えば、医療および医薬品に関わる産業において利用可能である。
図6
図1
図2
図3
図4
図5
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]