【実施例】
【0037】
実施例1 融解温度調整性能の比較
各種融解温度調整剤として用いられる物質の性能比較については、インターカレーター蛍光色素の存在下でβ−Actin cDNAの約200bpの領域のPCRを行った後、PCRの増幅産物の融解温度をSYBR Green I(商標登録)の蛍光を指標として測定した。具体的には、SYBR Green Realtime PCR Master Mix (東洋紡製:QPK−201)に、各種の融解温度調整剤を複数の濃度で添加したものをそれぞれ使用し、β−Actin cDNAを標的としたPCRを実施した。PCRは、20μlの反応液量で、フォーワードプライマー(配列番号1)とリバースプライマー(配列番号2)をそれぞれ最終濃度0.4μMで添加し、鋳型として、1μgのHeLa細胞由来のtotal RNAからReverTra Ace qPCR RT Kit (東洋紡製:FSQ−101)を用いて10μlの反応系で添付の取扱説明書に記載の方法に従って逆転写を行った液を0.1μl用いた。
PCRは、ロシュ・ダイアグノスティックス社製LightCylcer 1.1を用い、初期変性95℃30秒、PCRサイクル95℃5秒及び60℃30秒で40サイクル行った。引き続き、LightCyclerを用いて融解曲線解析を行った。
融解曲線解析は、PCRの温度サイクリングの後に、95℃0秒、65℃10秒、95℃
0秒、最終段の95℃までの温度遷移率を0.2℃/秒、蛍光取得様式を「CONT」とした設定を追加して実施した。得られた蛍光値変化の導関数が最大になった温度を、その組成における融解温度とした。得られた融解温度について、融解温度調整剤を加えなかった場合の融解温度との差を取ったものを、各種融解温度調整剤の添加濃度に対してプロットし、各種融解温度調整剤の単位濃度あたりの融解温度変化量を算出した。
核酸融解温度調整剤として用いられる物質の測定は、それぞれ、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,2,3−プロパントリオール(グリセロール)、1,2−エタンジオール(エチレングリコール)、1,2−プロパンジオール(プロピレングリコール)、1,3−プロパンジオール、ホルムアミド及びベタイン(トリメチルグリシン)において行った。
【0038】
その結果を
図1および
図2に示す。プレミックス試薬中でも安定性が高い融解温度調整剤であるグリセロールの融解温度変化量は、1%あたり約−0.34℃、またベタインの融解温度変化量は、0.1Mあたり−0.23℃であった。仮に融解温度を5℃下げる場合、グリセロールの必要添加量は15容量%、ベタインは2.1M(25%(溶質重量/溶液容量))となる。2倍濃度のプレミックス試薬を調整する場合では必要添加濃度はその倍となり、それぞれ30容量%、4.2M(49%(溶質重量/溶液容量))となる。グリセロール使用時は、高濃度の添加による粘度上昇で操作上に支障を来たし、ベタインは溶解度の問題からプレミックス試薬の調製が不可能である。
一方、エチレングリコール(1,2−エタンジオール)、プロピレングリコール(1,2−プロパンジオール)、1,3−プロパンジオールの融解温度変化量は、それぞれ1容量%あたり−0.46℃、−0.64℃、−0.56℃であり、融解温度を5℃下げる場合の必要添加量は、それぞれ11%、7.8%、8.9%(いずれも容量%)であった。これらの物質は、グリセロールの粘度(1420mPa・s(20℃))と比較して粘度が低く、また所定の融解温度を得るための必要添加量も少なくて済むことから、より操作性の高い融解温度調整剤として優れた効果を示すことが示された。
【0039】
実施例2 GC含量が高い標的配列のPCRによる増幅における各種核酸融解温度調整剤の評価
実際のPCRにおけるGC含量が高い標的配列の増幅においての核酸融解温度調整剤として用いられる各種物質の効果を検証した。GC含量が高い標的配列として、ヒトIGFR2 cDNAの約500bpの領域を用いた。PCRにはKOD DNA Polymerasを用い、KOD−Plus−Ver.2(東洋紡製:KOD−211)を1U、並びに10x反応バッファーを5μl、25mM MgCl
2を3μl、2mM dNTPsを5μl、フォーワードプライマー(配列番号3)およびリバースプライマー(配列番号4)をそれぞれ最終濃度0.3μM、鋳型核酸、および核酸融解温度調整剤を添加したものを調製し、50μlの反応液量で反応を行った。
鋳型核酸としてHeLa細胞由来のtotal RNAを鋳型としてReverTra Ace −α−(東洋紡製)を用いて、取扱説明書記載の方法により、試薬に添付のラ
ンダムプライマーにより逆転写反応をおこなった反応液を、鋳型RNA 1ng相当量となるよう用いた。
核酸融解温度調整剤は、それぞれ、ジメチルスルホキシド、ホルムアミド、グリセロール、ベタイン、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−プロパンジオールを使用し、各融解温度調整剤の添加量は、実施例1で示した核酸融解温度変化量から、5容量%ジメチルスルホキシドと同等の効果を持つ濃度を推定し、4容量%ホルムアミド、11容量%グリセロール、1.5Mベタイン、8容量%エチレングリコール、5容量%プロピレングリコール、6容量%1,3−プロパンジオールとした。対照として、核酸融解温度調整剤を添加しないものの反応を同時に行った。
PCRサイクルは、GeneAmp PCR system 9700(Applied Biosystems製)を用い、初期変性94℃2分、PCRは98℃10秒、68℃30秒のサイクルで30サイクル行った。反応終了液に対し、6x Loading Dye(東洋紡製)を10μl添加し、そのうち6μlを2%アガロースゲル(TAEバッファー)にアプライして、電気泳動を行った。
【0040】
その結果を
図3に示す。8容量%エチレングリコール、5容量%プロピレングリコール、6容量%1,3−プロパンジオールを添加したものは、既存の融解温度調整剤を添加したものと比べて、優れてGC含量が高い標的配列の増幅効率を改善する効果があると認められた。
【0041】
実施例3 核酸増幅におけるグリコール類の濃度の評価
核酸増幅反応におけるグリコール類の有効濃度を検討するため、各種濃度でPCR反応を行い、その効果を検証した。グリコール類として1,3−プロパンジオールを用い、それぞれ0%、1%、2%、3%、5%、7.5%、10%、12.5%。15%、17.5%、20%、22.5%、25%(いずれも容量%)の濃度を反応溶液に添加した。その他の組成及び含有量は実施例2と同様に調整し、50μlの反応溶液を調製した。実施例2と同一の条件でPCRを行い、反応終了液を2%アガロースゲル(TAEバッファー)にアプライして、電気泳動を行った。
【0042】
その結果を
図4に示す。GC含量の高い核酸領域を増幅するのは通常大変難しく、グリコール類の添加なしの試料では増幅できなかったところ、1,3−プロパンジオールを1〜20容量%添加した範囲において核酸の増幅が認められるという驚くべき結果となった。さらに3〜15容量%の濃度範囲ではより増幅量が向上することが確認され、これらの範囲でより顕著な効果を得ることができた。3〜10容量%の範囲ではさらに好ましい効果を得ることができる。
【0043】
実施例4 核酸融解温度調整剤の保存安定性及び抗DNAポリメラーゼ抗体への阻害作用の検討
核酸融解温度調整剤を混合したプレミックス試薬を作製し、グリコール類による保存安定性の効果及び抗DNAポリメラーゼ抗体への阻害作用の有無を検討した。PCRの反応効率と特異性の検討の指標として、β−Actin cDNAの約200bpの領域を標的としたリアルタイムPCRを行った。プレミックス試薬は、Taq DNA Polymerase(東洋紡製:TAP−201)を用い、10x反応バッファーを2x濃度、MgCl
2を5mM、dNTPsを0.4mM、Taq DNA Polymeraseを0.1U/μl、抗Taq DNA Polymerase抗体(東洋紡製Anti−Taq High:TCP−101)を0.02mg/μl、SYBR Green Iを1/20000濃度、1,3−プロパンジオールを18容量%、それぞれ混合し、2xプレミックス試薬とした。その試薬をそれぞれ4℃、25℃で1か月間遮光条件にて保存し、保存期間終了後、用時調製の同組成の反応液と同時にリアルタイムPCRを行い、PCRの反応効率と特異性について比較検討を行った。リアルタイムPCRは20μlの反応液量で実施し、前述の2xプレミックス試薬を最終濃度1x、フォーワードプライマー(配列番号1)およびリバースプライマー(配列番号2)をそれぞれ最終濃度0.4μM、鋳型として、1μgのHeLa細胞由来のtotal RNAからReverTra Ace qPCR RT Kit (東洋紡製:FSQ−101)を用いて10μlの反応系で添付の取扱説明書に記載の方法に従って逆転写を行った液を0.1μlまたは0.001μl相当量添加したものを反応液とした。反応は、ロシュ・ダイアグノスティックス社製LightCylcer 1.1を用い、初期変性95℃30秒、PCRサイクル95℃5秒、60℃30秒で40サイクル行った。引き続いて、実施例1に記載の方法で融解曲線解析を行った。
【0044】
その結果を
図5および
図6に示す。4℃または25℃で1か月間保存した後のプレミッ
クス試薬は、用時調製したものと反応性において有意な差は見られず、また非特異増幅反応も見られず、融解温度の変化も認められなかった。1,3−プロパンジオールはプレミックス試薬に対する安定性を低下させず、抗体の作用を阻害せず、それ自身もプレミックス試薬中において安定であることが示された。
【0045】
実施例5 スメアが出やすいプライマーを用いたPCR増幅の評価
実際のPCRの結果においてスメアが出やすいプライマーを用いて、各種物質の添加の効果を検証した。標的配列としてはヒトのCytoplasmicTryrosine
KinaseのcDNA全長である約2kbpの領域を用いた。PCRにはKOD −Plus− Neo(東洋紡製:KOD−401)を用い、10x反応バッファーを5μl、25mM MgCl2を3μl、2mM dNTPsを5μl、フォーワードプライマー(配列番号5)およびリバースプライマー(配列番号6)をそれぞれ最終濃度0.3μM、鋳型RNA 1ng相当量、KOD −Plus− Neoを1U混合したものに、各種添加剤を添加したものを調製し、50μlの反応液量で反応を行った。
鋳型としては、HeLa細胞由来のtotal RNAを鋳型としてReverTra Ace −α−(東洋紡製)を用いて、取扱説明書記載の方法により、試薬に添付のランダムプライマーにより逆転写反応をおこなった反応液から鋳型RNA 1ngを用いた。
また各種添加剤は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ホルムアミド、1,2,3−プロパントリオール(グリセロール)、トリメチルグリシン(ベタイン)、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)、1,2−エタンジオール(エチレングリコール)、1,3−プロパンジオールを用い、各添加剤の添加量は、ジメチルスルホキシド、ホルムアミド、1,2,3−プロパントリオール、1,2−エタンジオール、1,3−プロパンジオールにおいては、それぞれ、2.5容量%、5容量%、10容量%、15容量%、20容量%で行った。また、トリメチルグリシンにおいては、0.5mM、1mM、1.5mM、2mM,2.5mM、水酸化テトラメチルアンモニウムにおいては20mM、45mM、75mM、125mM、175mMの最終濃度で行った。対照として、添加剤のないものの反応を同時に行った。
PCRは、GeneAmp PCRsystem9700(Applied biosystems製)を用い、条件を、初期変性94℃2分、及び98℃10秒、60℃30秒、68℃60秒のサイクルで30サイクルのPCR反応を行った。反応終了液に対し、6x Loading Dye(東洋紡製)を10μl添加し、そのうち5μlを2%アガロースゲル(TAEバッファー)にアプライして、電気泳動を行った。
【0046】
その結果を
図7に示す。全ての添加剤で、スメアが解消される傾向が確認できたが、ジメチルスルホキシドやホルムアミド、水酸化テトラメチルアンモニウムでは、高濃度の添加で、PCR反応が阻害されているのがわかる。また、グリセロール、トリメチルグリシンでは阻害効果は見られないものの、スメアを除くためにはかなりの濃度を添加する必要がある。仮に今回のプライマーでスメアをなくすために必要な添加量は、グリセロールで15容量%、ベタインは2M(23%(溶質重量/溶液容量))となる。2倍濃度のプレミックス試薬を調整する場合では必要添加濃度はその倍となり、それぞれ30容量%、4M(46%(溶質重量/溶液容量))となる。グリセロール使用時は、高濃度の添加による粘度上昇で操作上に支障を来たし、ベタインは溶解度の問題からプレミックス試薬の調製が不可能である。一方、エチレングリコール、トリメチレングリコールを添加したものは、低濃度でスメアを減少させる効果が確認され、また、高濃度添加しても、阻害効果は確認できなかった。
【0047】
実施例6 マルチプレックスPCRでの添加剤効果の検討
マルチプレックスPCRにて添加剤の効果を検討した。マルチプレックスPCRでは複数のプライマーを添加するため、プライマーダイマーが形成されやすい。ここでは、PO
Uドメインを解析するPOUPrimer SET(Seegene社製)を用いて反応
を行った。PCRの酵素はTaq DNA Polymerase(東洋紡製:TAP−201)を用い、Tris−HCl(pH8.8)を20mM、KClを100mM、MgCl
2を2mM、dNTPsを0.2mM、Taq DNA Polymeraseを0.1U/μl、抗Taq DNA Polymerase抗体(東洋紡製Anti−Taq High:TCP−101)を0.02mg/μl、1,3−プロパンジオールをそれぞれ、3容量%、6容量%を添加し、最終液量50μlの反応液を用いてPCRを行った。対照として、添加剤のないものの反応を同時に行った。
PCRサイクルは、初期変性94℃2分、PCRは94℃30秒、63℃90秒、72℃90秒のサイクルで40サイクル行った。反応終了液に対し、6x Loading Dye(東洋紡製)を4μl添加し、そのうち5μlを2%アガロースゲル(TBEバッファー)にアプライして、電気泳動を行った。
【0048】
その結果を
図8左に示す。通常6本のバンドが確認させるのだが、添加剤なしでは6本中5本のバンドしか確認できなかった。1,3−プロパンジオールの添加で、6本全てのバンドが確認でき、また、プライマーダイマーが解消される傾向も確認できた。
また、同様の系で、1M トリメチルグリシン、5容量%ジメチルスルホキシドを反応液にいれ、PCR反応を行った。その結果を
図8右に示す。トリメチルグリシン、ジメチルスルホキシドでは6本のバンドが観察しにくい。
以上の結果を勘案して、1,3−プロパンジオールが最も良い結果が得られた。また、プライマーダイマーにおいても、1,3−プロパンジオールが最も少ない結果となった。