(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5884955
(24)【登録日】2016年2月19日
(45)【発行日】2016年3月15日
(54)【発明の名称】自動車車体用構造部材
(51)【国際特許分類】
B62D 25/04 20060101AFI20160301BHJP
B62D 25/20 20060101ALI20160301BHJP
【FI】
B62D25/04 Z
B62D25/20 Z
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-553945(P2015-553945)
(86)(22)【出願日】2015年6月10日
(86)【国際出願番号】JP2015066768
【審査請求日】2015年10月30日
(31)【優先権主張番号】特願2014-131901(P2014-131901)
(32)【優先日】2014年6月26日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉田 経尊
(72)【発明者】
【氏名】富澤 淳
(72)【発明者】
【氏名】植松 一夫
【審査官】
鈴木 敏史
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−51117(JP,A)
【文献】
実開平5−74928(JP,U)
【文献】
国際公開第2008/123506(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 25/04
B62D 25/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空の閉じた横断面を有する鋼製の本体を備え、該本体は、軸方向へ、焼入れされた焼入れ部と、母材硬度と同じ硬度の母材硬度部と、前記焼入れ部および前記母材硬度部の前記軸方向の間に設けられて、強度が母材硬度部の強度から焼入れ部の強度へと変化するように形成される遷移部とを少なくとも一部に備える自動車車体用構造部材において、
前記軸方向への前記遷移部の長さLが、前記本体の断面積をAとするとともに前記本体の断面2次モーメントをIとする場合に、下記(1)式の関係を満足すること
を特徴とする自動車車体用構造部材。
0.006[mm−1]<LA/I≦0.2[mm−1] ・・・・・(1)
【請求項2】
前記母材硬度部の引張強度は700MPa以下であるとともに、前記焼入れ部の引張強度は1470MPa以上である請求項1に記載された自動車車体用構造部材。
【請求項3】
前記軸方向に垂直な断面における、前記焼入れ部、前記母材硬度部および前記遷移部それぞれの硬さ分布は、略一定である請求項1または請求項2に記載された自動車車体用構造部材。
【請求項4】
前記母材硬度部または前記遷移部に設けられた、他の自動車車体用構造部材との溶接される溶接予定部を備える請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された自動車車体用構造部材。
【請求項5】
前記本体は、前記横断面の外側へ突出する外向きフランジを有さない請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された自動車車体用構造部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車車体用構造部材(以下、単に「構造部材」ともいう)に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化の防止を図るための自動車の燃費の向上と、衝突事故時の自動車のいっそうの安全性の向上とが求められる。このため、構造部材を構成する鋼板の高張力化による板厚低減と、構造部材に要求される部位毎の強度目標を過不足なく確保することとが推進される。
【0003】
構造部材の軸方向(長手方向)の部位毎に部分的に焼入れを行うことによって、焼入れが行われた高強度の焼入れ部と、焼入れが行われずに母材の強度と同じ低強度の母材硬度部とを構造部材の軸方向へ設けること(本明細書では「部分焼入れ」という)が提案されている。
【0004】
センターピラーリンフォースが特許文献1に開示される。このセンターピラーリンフォースは、略ハット型の横断面と、軸方向の一方の端部側から他方の端部側へ向けて連続的に延びて形成される高周波焼入れ部とを有する。このセンターピラーリンフォースは、「軸方向の一方の端部と他方の端部との間の中央領域が高強度であり、かつ中央領域から一方の端部または他方の端部へ向かうにつれて硬度が次第に低下する」硬度分布を有する。
【0005】
略ハット型の横断面における上平面部と両側の側壁部とが交差する両角を有するリンフォースが特許文献2に開示される。このリンフォースは、幅が端部側へ向かうにつれて小さくなるように形成された面取部である高周波焼入れ部を有する。面取部以外の部位は焼入れしない。これにより、このリンフォースは所望の強度分布を有する。
【0006】
自動車メンバの補強材に所定の条件で高周波誘導加熱(high frequency induction heating)の直接通電加熱(direct resistance heating)により溶接することにより製造される自動車用メンバが特許文献3に開示される。補強材は、所定の化学組成を有する素材にプレス加工を行って製造された略ハット型の横断面を有する。
【0007】
さらに、略ハット型の横断面の周壁に形成された熱処理部が多数の帯状の硬化部の集りとして構成されるピラーが特許文献4に開示される。帯状の硬化部は、それぞれ周壁の長手方向へ延びて形成される。主焼入れ領域と硬さ徐変領域とが、これら帯状の硬化部の長さを互いに異ならせることにより、形成される。主焼入れ領域では、周壁の単位面積当たりに占める帯状の硬化部の面積の割合が、周壁の長手方向の他の部位において帯状の硬化部が占める面積の割合よりも大きい。硬さ徐変領域では、主焼入れ領域から周壁の長手方向へ離れるほど帯状の硬化部の占める面積の割合が減少する。これにより、ピラー等の車体骨格部材の強度を高め、かつ折れ難い補強構造が提供される。
【0008】
本出願人は、屈曲部を有する部分焼入れされた構造部材を製造する発明を、特許文献5,6により開示した。これらの発明では、閉じた横断面を有する素材(例えば鋼管)を、その軸方向へ送りながら、環状の高周波誘導加熱コイルにより素材をAc
3点以上の温度に加熱する。その直後に水冷装置により素材を急冷することによって焼入れされた硬化領域を形成することができる。また、前記素材の被加熱部に曲げモーメントまたはせん断荷重を付与することによって、屈曲部を有する部分焼入れされた部材を製造する(以下、この製造法を「3DQ」という)。
【0009】
製造される部材の軸方向へ焼入れ部と母材硬度部とを並んで形成することが、3DQにおける高周波誘導加熱コイルによる素材の加熱温度や、3DQにおける水冷装置による素材の冷却速度を適宜調整することにより、可能になる。
【0010】
このような硬さ分布を有する自動車車体用構造部材は、衝撃荷重の負荷による曲げ変形が生じる際には、低強度の母材硬度部が曲げ変形することにより衝突エネルギーを吸収し、かつ高強度の焼入れ部が耐荷重性能(load resistant performance)を確保することが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−17933号公報
【特許文献2】特開2003−48567号公報
【特許文献3】特開2004−323967号公報
【特許文献4】特開2012−131326号公報
【特許文献5】特開2007−83304号公報
【特許文献6】特開2012−25335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
3DQにより製造された構造部材が衝撃荷重を負荷されると、曲げ変形(または、座屈しわ)が、焼入れ部と未焼入れ部のように強度差が大きく、かつ、強度が急激に変化する部分において、生じ易い。このため、ひずみがこの部分に集中し易い。しかし、実際には、強度が変化する部分(以下、「遷移部」という)が焼入れ部と未焼入れ部との軸方向への間に必ず存在する。
【0013】
本発明者らは、遷移部の軸方向への長さが短い場合には、
(i)高い塑性ひずみが座屈しわによって延性が小さい焼入れ部に衝突の初期から発生すること、および
(ii)このため、構造部材が衝突の初期焼入れ部を起点として早期に破断するおそれが高まること
という新規な課題を知見した。高い衝撃エネルギーの吸収性能および高い耐荷重性能をともに得られるという部分焼入れの効果が、構造部材が焼入れ部を起点として早期に破断すると、減殺される。
【0014】
特許文献1〜4は、硬さ分布(強度分布)を構造部材に形成することを、開示する。しかし、特許文献1〜4は遷移部を開示しない。このため、特許文献1〜4は上記の新規な課題やその解決手段を開示しない。
【0015】
また、特許文献1〜4はハット型の横断面を有する構造部材を開示する。しかし、閉じた矩形断面、円形断面さらには多角形断面を有する構造部材が存在する。特許文献1〜4により開示された発明がハット型の横断面以外のこれらの横断面を有する構造部材に適用できるか否かは、特許文献1〜4には開示されない。このため、これらの横断面を有する構造部材が上記課題を解決できるか否かは、不明である。
【0016】
本発明は、従来の技術が有するこの課題に鑑みてなされたものである。本発明は、軸方向(長手方向)へ焼入れ部、遷移部および母材硬度部からなる硬さ分布(強度分布)を有する自動車車体用構造部材が衝撃荷重を負荷されて曲げ変形する際に、高い塑性ひずみ(plastic strain)が入ることに起因した焼入れ部での破断を防止し、これにより、高い衝撃エネルギーの吸収性能および高い耐荷重性能を兼ね備える自動車車体用構造部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、以下に列記の通りである。
(1)中空の閉じた横断面を有する鋼製の本体を備え、該本体は、軸方向へ、焼入れされた焼入れ部と、母材硬度と同じ硬度の母材硬度部と、前記焼入れ部および前記母材硬度部の前記軸方向の間に設けられて、強度が母材硬度部の強度から焼入れ部の強度へと変化するように形成される遷移部とを少なくとも一部に備える自動車車体用構造部材において、
前記軸方向への前記遷移部の長さL(mm)が、前記本体の断面積をA(mm
2)とするとともに前記本体の断面2次モーメントをI(mm
4)とする場合に、下記(1)式の関係を満足すること
を特徴とする自動車車体用構造部材。
【0018】
0.006[mm
−1]<LA/I≦0.2[mm
−1] ・・・・・(1)
(2)前記母材硬度部の引張強度は700MPa以下であるとともに、前記焼入れ部の引張強度は1470MPa以上である1項に記載された自動車車体用構造部材。
(3)前記軸方向に垂直な断面における、前記焼入れ部、前記母材硬度部および前記遷移部それぞれの硬さ分布は、略一定である1項または2項に記載された自動車車体用構造部材。
(4)前記母材硬度部または前記遷移部に設けられた、他の自動車車体用構造部材との溶接される溶接予定部を備える1項から3項までのいずれか1項に記載された自動車車体用構造部材。
(5)前記本体は、前記横断面の外側へ突出する外向きフランジを有さない(the closed cross section is free of an outwardly-extending flange)1項から4項までのいずれか1項に記載された自動車車体用構造部材。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、衝撃荷重の負荷による曲げ変形が自動車車体用構造部材に生じる場合に、延性のある母材硬度部にひずみを集中させて変形させることができる。これにより、高い衝撃エネルギーの吸収性能および高い耐荷重性能を兼ね備える自動車車体用構造部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1(a)は、本発明に係る構造部材の遷移部付近の二面図であり、
図1(b)は、焼入れ部、遷移部および母材硬度部の硬度の一例を示すグラフである。
【
図2】
図2(a)〜
図2(c)は、有限要素法による解析条件を示す説明図であり、
図2(a),
図2(b)は想定した構造部材の形状を示し、
図2(c)は、
図2(a),
図2(b)における点線で囲まれた部分について作成したFEM解析モデルを示す。
【
図3】
図3(a)〜
図3(c)は、解析した構造部材の断面(
図2(c)におけるA−A’断面)を示す説明図である。
【
図4】
図4は、解析ケース(焼入パターン)を示すグラフである。
【
図5】
図5(a)は、解析した構造部材の斜視図であり、
図5(b)は、
図5(a)で示した0点のZ方向変位が100mmとなった時点における断面A,Bでの変形を、CASE−1とCASE−2〜CASE−4とを比較して示すグラフであり、
図5(c)は、断面A,Bでの変形を、CASE−1とCASE−5、CASE−6とを比較して示すグラフである。
【
図6】
図6は、軸方向に関する遷移部の長さL、および本体の断面積A、断面2次モーメントIで表わされる関係(LA/I)と、最大相当塑性ひずみ比との関係を示すグラフである。
【
図7】
図7(a)および
図7(b)は、本発明に係る構造部材と、他の構造部材(取付部材)との溶接部を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る構造部材を説明する。
図1(a)は、本発明に係る構造部材1の遷移部5付近の二面図であり、
図1(b)は、焼入れ部、遷移部および母材硬度部の硬度の一例を示すグラフである。
【0022】
図1(a)に示すように、構造部材1は本体2を有する。例えば、自動車車体を構成するフロントサイドメンバ,サイドシル,Aピラー,Cピラー,ルーフレールリインフォース,シャシー部品等が構造部材1として例示される。
【0023】
本体2は、
図1(a)に例示するように、閉じた断面を有する中空かつ鋼製の部材である。
図1(a)により例示する矩形断面や、円形断面、多角形断面等が閉じた断面として例示される。本体2は、
図1(a)に例示するように、高強度材からなることによる薄肉化により軽量化を図り、かつ外向きフランジを有さないことが、断面サイズを大きくして剛性を確保するために、望ましい。
【0024】
本体2は、軸方向について焼入れされた焼入れ部3、母材硬度部4および遷移部5を、少なくとも一部に備える。母材硬度部4は、焼入れ前の母材硬度と同じ硬度を有する。遷移部5は、軸方向について焼入れ部3および母材硬度部4の間に設けられる。遷移部5の強度は、母材硬度部4の強度から焼入れ部3の強度に徐々に変化する。すなわち、本体2は、軸方向へ焼入れ部3、遷移部5および母材硬度部4をこの順に並んで備える。
【0025】
母材硬度部4の引張強度は700MPa以下であるとともに、焼入れ部3の引張強度は1470MPa以上であることが望ましい。
【0026】
母材硬度部4の引張強度が700MPa以下であることにより、衝撃荷重の負荷時に自ら変形することによって衝撃エネルギーを吸収できるとともに、焼入れによって強度差を大きくつけることができ、設計自由度が高まる。
【0027】
焼入れ部3の引張強度が1470MPa以上であることにより、衝撃荷重(impact load)の負荷時に、変形を抑制させるべき個所の変形抵抗(deformation resistant performance)を高めることができるとともに、耐衝撃強度を高めることによって、薄肉化による軽量化効果が期待される。
【0028】
焼入れ部3、母材硬度部4および遷移部5それぞれの、軸方向に垂直な断面での硬さ分布は略一定であることが望ましい。
【0029】
本体2の曲げ剛性(EI)は、自動車構造部材として適用され得る程度であればよく、例えば2.97×10
5[Nm
2]以下であることが例示される。
【0030】
焼入れ部3、遷移部5および母材硬度部4を本体2の軸方向へこの順に並んで形成する手段は、特定の手段には制限されない。上述の3DQにより製造することが、生産性や、焼入れ部3、遷移部5および母材硬度部4を所望の範囲に正確かつ簡便に形成できるため、望ましい。
【0031】
具体的には、鋼管等の閉断面の母材を、その軸方向へ送りながら、環状の高周波誘導加熱コイルによりAc
3点以上の温度に加熱し、当該高温部に曲げモーメントまたはせん断力を付与した直後に、水冷装置により加熱された母材を急冷することによって屈曲部を有する部分焼入れされた部材を製造する。
【0032】
この際、高周波誘導加熱コイルによる母材の加熱温度や、水冷装置による母材の冷却速度を適宜調整することにより、焼入れ部3、遷移部5および母材硬度部4を、製造される部材の軸方向へこの順に並んで、かつ所望の範囲に形成することができる。
【0033】
3DQにより本体2を製造する場合には、母材の送り速度を速めること、または冷却水量を漸減もしくは漸増させることによって、遷移部5の軸方向への長さを制御できる。ただし、母材の送り速度と冷却水量ならびに高周波加熱コイルの電流を一括して制御することが、部材の軸方向へ硬さのばらつきが生じることを防止して、遷移部5の軸方向への長さを安定して調整するために、望ましい。
【0034】
さらに、部材の各面における軸方向の硬さ分布を揃えることが、冷却装置による水量を部材の辺毎にコントロールすることによって、可能になり、部材毎に安定した特性を得られる。
【0035】
構造部材1は、通常他の構造部材と溶接される。この溶接は、母材硬度部4または遷移部5において行われることが望ましい。言い換えると、構造部材1における他の構造部材と溶接するための溶接予定部は、母材硬度部4または遷移部5であることが望ましい。これにより、HAZ軟化による強度差が抑制されるため、衝撃荷重の負荷による変形時における軟化部のひずみの集中が比較的抑制される。
【0036】
軸方向への遷移部5の長さL(mm)は、本体2の断面積をA(mm
2)とするとともに断面2次モーメントをI(mm
4)とした場合に、0.006[mm
−1]<LA/I≦0.2[mm
−1]の関係を満足する。この理由を、有限要素法(finite element method、以下、FEM)による解析結果を参照しながら説明する。
【0037】
図2(a)〜
図2(c)は、FEMによる解析条件を示す説明図であり、
図2(a),
図2(b)は想定した構造部材の形状を示し、
図2(c)は、
図2(a),
図2(b)における点線で囲まれた部分について作成したFEM解析モデルを示す。
【0038】
構造部材として、
図2(a)に示すフロントサイドメンバ、あるいは
図2(b)に示すAピラーを想定した。
【0039】
また、
図2(c)に示す部材6(FEM解析モデル)は、焼入れ部7、母材硬度部8および焼入れ部9が軸方向に並んで形成されたものを仮想したモデルであって、遷移部が存在しないものである。この解析では、遷移部が存在しない部材6をベースとして、本発明の効果を検討した。なお、部材6の各部寸法は、
図2(c)中に示す通り(単位mm)である。
【0040】
解析は、
図2(c)に示すように、部材6における焼入れ部9側の一端を完全拘束し、焼入れ部7側の他端を車両上方向に一定速度16km/hで変位させることにより、部材6に曲げ変形を発生させる条件で行った。
【0041】
図3(a)〜
図3(c)は、解析した部材の断面(
図2(c)におけるA−A’断面)を示す説明図であり、部材の肉厚中心位置を示す。
【0042】
この解析した断面は、
図3(a)に示す矩形断面と、
図3(b)に示す円形断面と、
図3(c)に示す正八角形断面の3種とし、表1に示す各断面寸法および板厚を用いて解析を行った。
【0044】
解析ケース(焼入パターン)を、
図4および表2にまとめて示す。
【0046】
CASE−1(ベース)は、部材の両端部から70mmまでの領域を焼入れ部とし、二つの焼入れ部を除いた部材の中央部160mmを母材硬度部としたものであり、遷移部が存在しない上述の仮想モデルである。
【0047】
CASE−2は、部材の両端部から70mmまでの領域を焼入れ部とし、部材の中央部140mmを母材硬度部とし、焼入れ部と母材硬度部の間に長さLが10mmの遷移部を設けたモデルである。
【0048】
CASE−3は、部材の両端部から70mmまでの領域を焼入れ部とし、部材の中央部96mmを母材硬度部とし、焼入れ部と母材硬度部の間に長さLが32mmの遷移部を設けたモデルである。
【0049】
CASE−4は、部材の両端部から70mmまでの領域を焼入れ部とし、部材の中央部32mmを母材硬度部とし、焼入れ部と母材硬度部の間に長さLが64mmの遷移部を設けたモデルである。
【0050】
CASE−5は、部材の両端部から60mmまでの領域を焼入れ部とし、部材の中央部160mmを母材硬度部とし、焼入れ部と母材硬度部の間に長さLが10mmの遷移部を設けたモデルである。
【0051】
さらに、CASE−6は、部材の両端部から38mmまでの領域を焼入れ部とし、部材の中央部160mmを母材硬度部とし、焼入れ部と母材硬度部の間に長さLが32mmの遷移部を設けたモデルである。
【0052】
図5(a)は、解析した部材の斜視図であって、部材の断面A,Bを示し、
図5(b)は、
図5(a)で示した0点のZ方向変位が100mmとなった時点における断面A,Bの変形を、CASE−1とCASE−2〜CASE−4とを比較して示すグラフであり、
図5(c)は、断面A,Bの変形を、CASE−1とCASE−5、CASE−6とを比較して示すグラフである。
【0053】
図5に示す結果は、
図3(a)に示す矩形断面であって断面寸法がB=40mm,H=46mm,板厚1.6mmのモデルの結果である。
【0054】
図5(b)のグラフにおけるCASE−2〜CASE−4に示すように、遷移部の軸方向長さを長くするにつれて、CASE−1の変形位置P−1を、母材硬度部側、すなわちより延性が高い部位側(P−2、P−3、P−4)に移動させることが可能になる。このため、焼入れ部で変形が生じることを抑制でき、本体の破断リスクを低減できる。
【0055】
また、
図5(c)のグラフにおけるCASE−5,CASE−6のようにすると、変形位置P−5、P−6をCASE−1と同様の変形位置P−1にすることができ、CASE−2〜CASE−4と同様に、遷移部を長くすることにより、焼入れ部の変形を抑制でき、本体の破断リスクを低減できる.
表3〜5に、全てのモデルの解析結果をまとめて示す。表3〜5においては、変形位置は焼入れ部の端から離れた位置で変形を開始したものを「good」で示し、そうでないものを「no good」で示す。
【0059】
表3〜5に示すように、断面が
図3(a)に示す矩形断面、
図3(b)に示す円形断面、
図3(c)に示す正八角形断面のいずれであっても、かつ、断面寸法が表1に示すいずれの断面サイズ(板厚中央)であっても、さらには、板厚が1.2,1.6mm,2.0mmのいずれであっても、
図5により示す変形形態と同じ変形形態を示し、変形位置は、CASE−2〜CASE−6の全てにおいて「good」となった。
【0060】
以上の説明は、変形開始点についてのものであるが、変形が進行して座屈しわが大きくなると、焼入れ部の変形も大きくなるため、各ケースにおける相当塑性ひずみ(equivalent plastic strain)の最大値を調査した。
【0061】
相当塑性ひずみの最大値は、車高方向に100mm変位したときにおける、焼入れ部に発生する最大の相当塑性ひずみであり、CASE−1(ベース)での最大値により除した比率にて評価した。表3〜5にこの比率(以下、相当塑性ひずみ比(rate of equivalent to plastic strain)という)を示す。
【0062】
図6は、本解析における軸方向に関する遷移部の長さL、および本体の断面積A、断面2次モーメントIで表わされる関係(LA/I)と、最大相当塑性ひずみ比との関係を示すグラフである。
【0063】
図6のグラフに示すように、比(LA/I)が大きくなると、最大相当塑性ひずみ比が減少傾向にあることがわかる。比(LA/I)が小さいと座屈しわの進行によって焼入れ部の相当塑性ひずみ比が1よりも大きくなるケースがある。このため、本発明では、(LA/I)>0.006[1/mm]とする。
【0064】
逆に、比(LA/I)を大きくすることは、遷移部の長さLを大きくすることになり、効果が飽和するだけではなく耐荷重特性が低下するおそれがあり、さらには、安定した遷移部を形成するための制御が難しくなる。このため、本発明では、LA/I≦0.2[1/mm]である。
【0065】
図7は、本発明に係る構造部材1と、他の構造部材(取付部材)との溶接部を示す説明図であり、
図7(a)は溶接が連続溶接である場合を示し、
図7(b)は溶接が抵抗スポット溶接である場合を示す。
【0066】
構造部材1における焼入れ部で、アーク溶接やレーザー溶接等の連続溶接を行って他の構造部材と溶接したり、抵抗スポット溶接等の点溶接を行って他の構造部材と溶接すると、溶接条件によっては熱影響部(HAZ部)の軟化によって、構造部材1に衝撃荷重が負荷された際に、軟化した熱影響部にひずみが集中して構造部材1が破断するおそれが高くなる。
【0067】
このため、
図7(a)に示す発明例Dや
図7(b)に示す発明例Eに示すように、溶接を、長さLの遷移部の範囲、好ましくはより低い硬さの範囲で行うことにより、HAZ軟化した部分との強度差を小さくすることができる。このため、相対的にひずみ集中が緩和され、破断の可能性を低下することができる。また、遷移部は母材硬度部よりも強度が高いため、取付け部材との重ね合わせ部の強度を高めることもできる。
【符号の説明】
【0068】
1 構造部材
2 本体
3 焼入れ部
4 母材硬度部
5 遷移部
6 部材(FEM解析モデル)
7 焼入れ部
8 母材硬度部
9 焼入れ部
【要約】
長手方向へ焼入れ部、母材硬度部および遷移部からなる硬さ分布(強度分布)を有する自動車車体用構造部材に衝撃荷重の負荷による曲げ変形が生じる場合における変形部を、母材硬度部として、焼入れ部での塑性ひずみの集中を回避する。
中空かつ矩形断面の鋼製の本体を有する自動車車体用構造部材である。本体は、軸方向の少なくとも一部に、焼入れ部と、遷移部と、母材硬度部とを軸方向にこの順に備える。軸方向に関する遷移部の長さ(L)が、本体の断面積を(A),断面2次モーメントを(I)とした場合に、0.006[mm
−1]<LA/I≦0.2[mm
−1]の関係を満足する。