特許第5886512号(P5886512)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5886512
(24)【登録日】2016年2月19日
(45)【発行日】2016年3月16日
(54)【発明の名称】植物性スフィンゴ脂質及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 235/08 20060101AFI20160303BHJP
   C07C 231/24 20060101ALI20160303BHJP
【FI】
   C07C235/08
   C07C231/24
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2009-100634(P2009-100634)
(22)【出願日】2009年4月17日
(65)【公開番号】特開2010-248140(P2010-248140A)
(43)【公開日】2010年11月4日
【審査請求日】2012年4月6日
【審判番号】不服2014-15488(P2014-15488/J1)
【審判請求日】2014年8月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】100156845
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 威一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100112896
【弁理士】
【氏名又は名称】松井 宏記
(72)【発明者】
【氏名】向井 克之
【合議体】
【審判長】 蔵野 雅昭
【審判官】 横山 敏志
【審判官】 穴吹 智子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−022006(JP,A)
【文献】 特開2008−274106(JP,A)
【文献】 向井 克之,大西 正男,うんしゅうみかんに含まれるセラミドについて,FOOD Style21,食品化学新聞社,12(1),2008
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00−33/44
C07C235/08
C07C231/24
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下の一般式(1)で表されることを特徴とするスフィンゴ脂質。
【化1】
【請求項2】
温州みかんまたはオレンジに有機溶剤を添加し、スフィンゴ脂質を抽出することを特徴とする請求項1記載のスフィンゴ脂質の製造方法。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物由来の新規なスフィンゴ脂質及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スフィンゴ脂質には、最近の研究の結果から様々な機能性があることが明らかとなってきている。例えば、スフィンゴ脂質であるセラミド及びグリコシルセラミドは、ヒトの角質層に多く存在し、体内から水分の蒸散防止と外部刺激からの防御の役割を担っていることが明らかとなっている。
【0003】
また、スフィンゴ脂質は基礎化粧品に配合されて保湿剤として、シャンプー・リンスなどに配合されて髪のダメージ防止剤として、様々な化粧品・医薬部外品に使用されている。
【0004】
これらスフィンゴ脂質は、動物・植物から抽出されたもの、又は化学合成により製造されたものなどが使用されているが、動物由来は感染の危険性があり、化学合成品は食品として利用の制約があるため、現在では植物由来のスフィンゴ脂質が安全性の観点から食品だけでなく、化粧品としても多く用いられている。しかしながら、植物に含まれるスフィンゴ脂質はほとんどが、グルコース一つが結合したグリコシルセラミドであることが知られており、コメ(非特許文献1)及び米糠(特許文献1)、小麦(非特許文献2)、大豆(特許文献2)、とうもろこし、こんにゃく(特許文献3)などが安全性が高く、多く使用されてきた。
【0005】
しかしながら、人間の皮膚最外層である角質層に存在するセラミドは、ほとんどがグルコースの付加していないセラミドであり、植物性セラミドと皮膚セラミドは構造上異なるものである。そこで、皮膚セラミドの構造に近いグルコースの付加していない植物性セラミドが待ち望まれていた。そこで、植物由来でグルコースが付加していないスフィンゴ脂質が提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−38273号公報
【特許文献2】特開2000−159663号公報
【特許文献3】特許第3650587号公報
【特許文献4】特開2006−22006号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Agric. Biol. Chem. 49, 2753 (1985)
【非特許文献2】Agric. Biol. Chem. 49, 3609 (1985)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これら従来技術におけるスフィンゴ脂質については、植物中に含有することは明らかであるが、その詳細な構造については全く明らかにされていなかった。
【0009】
本発明は、植物由来で安全性が高く、皮膚に存在するスフィンゴ脂質の構造に近く、新規な植物性スフィンゴ脂質を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、このような課題を解決するために鋭意検討の結果、カンキツ類植物中には、新規な構造を有するスフィンゴ脂質が含まれることを発見し、そのスフィンゴ脂質が現在までに既知のスフィンゴ糖脂質やスフィンゴ脂質よりも皮膚に対する保湿作用が高いこと認め、本発明に至ったものである。
【0011】
すなわち本発明の第一は、以下の一般式(1)で表されることを特徴とする植物性スフィンゴ脂質を要旨とするものである。
【化2】
また、本発明の第一において、好ましくは、カンキツ類植物から有機溶剤を用いて抽出されたものであり、さたに好ましくは、カンキツ類植物が、温州みかん又はオレンジであるものである。
【0012】
本発明の第二は、カンキツ類植物に有機溶剤を添加し、植物性スフィンゴ脂質を抽出することを特徴とする以下の一般式(1)で表される植物性スフィンゴ脂質の製造方法。
【化3】
【0013】
本発明の第三は、上記した本発明の第一の植物性スフィンゴ脂質を含有することを特徴とする機能性食品、皮膚外用剤、医薬品又は飼料を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、機能性に優れた安全な植物由来の新規な構造を有するスフィンゴ脂質を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明における植物とは、特に限定されるものではないが、中でもカンキツ類植物が好ましく、ミカン科などに属する植物がより好ましい。ミカン科に属する植物の具体例としては、イヨカン、温州みかん、オレンジ、カボス、カワバタ、キシュウミカン、清見、キンカン、グレープフルーツ、ゲッキツ、三宝柑、シイクワサー、ジャバラ、スウィーティー、スダチ、ダイダイ、タチバナ、デコポン、ナツダイダイ、ハッサク、バレンシアオレンジ、晩白柚、ヒュウガナツ、ブンタン、ポンカン、マンダリンオレンジ、ヤツシロ、ユズ、ライム、レモン、カラタチなどを例示することができる。これらの中でも、生産量が多いものとして温州みかん、オレンジが好ましい植物として挙げることができる。
【0016】
本発明のスフィンゴ脂質は、以下の一般式(1)で表されることを特徴とするものであり、スフィンゴシン塩基成分は、4−ヒドロキシ−トランス−8−スフィンゲニン、もしくは4−ヒドロキシ−シス−8−スフィンゲニンであり、脂肪酸成分は、炭素数が12〜36の2,3−ジヒドロキシ脂肪酸であり、他に不飽和結合や分岐鎖が含まれていても構わないものである。
【化4】
【0017】
本発明の製造方法に供される上記した植物は、どのような部位、又は加工を施したものであってもよく、例えば、搾汁した後に得られる搾汁残さなどを用いればよい。また、これらの植物素材を酵素により処理した後に有機溶剤による抽出工程を行っても構わない。
【0018】
本発明の製造方法における抽出工程で用いられる有機溶剤としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、酢酸メチル、酢酸エチルなどのエステル類、アセトニトリル、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素類、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素類、ベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素類、エーテル類、ピリジン類、ポリエーテル類、超臨界二酸化炭素などが挙げられる。これらのうち、安全性の観点から、アセトン、エタノール、ヘキサン、超臨界二酸化炭素を用いるのが特に好ましい。これらの有機溶剤は単独で用いてもよいし、混合物を用いてもよい。また有機溶剤に水や界面活性剤などの添加物を加えることもできる。
【0019】
抽出工程に用いられる有機溶剤の量としては、特に限定されず、被抽出物からスフィンゴ脂質を抽出するのに十分な量であればよい。具体的には、被抽出物の固形分重量に対して0.5〜100倍、好ましくは1〜50倍がよい。抽出の際の温度条件は、使用する溶剤の沸点にもよるが、例えばエタノールを用いた場合では、好ましくは0℃〜80℃がよい。抽出温度がこの範囲以下であれば抽出効率が低下し、またこの範囲以上であれば溶剤の揮発をもたらし、またエネルギー使用量が増えるのみである。抽出時間は、特に限定されないが、抽出効率と作業性から好ましくは10分〜24時間がよい。
【0020】
なお、抽出操作は1回のみの回分操作に限定されるものではない。抽出後の残査に再度新規な溶剤を添加し、抽出操作を施すこともできるし、抽出溶剤を複数回被抽出物に接触させることもできる。すなわち、抽出操作としては、回分操作、半連続操作、向流多段階接触操作のいずれの方式も使用可能である。また、ソックスレー抽出、還流抽出など公知の抽出方法を使用してもよい。
【0021】
抽出後の残さの分離除去も公知の方法で行えばよく、具体的には吸引濾過、フィルタープレス、シリンダープレス、デカンター、遠心分離器、濾過遠心機などを用いればよい。
【0022】
更に、引き続いて不純物類を取り除いても良い。不純物の除去方法としては、例えば水洗浄、有機溶媒洗浄、シリカゲルカラムや樹脂カラム、逆相カラムなどを通す方法、活性炭処理、極性の異なる溶媒による分配、再結晶法、真空蒸留法などが挙げられる。
【0023】
このようにして得られたスフィンゴ脂質抽出液はその後、濃縮やカラムなどによる精製、乾燥、粉末化、担体、乳化剤などへの混合などの処理を行うことにより、あらゆる製品に用いることができる。
【0024】
本発明の製造方法は、例えば、果実を酵素処理した後に有機溶剤を添加してスフィンゴ脂質を抽出する方法や、果汁を遠心分離した後に有機溶剤を添加してスフィンゴ脂質を抽出する方法など、必要に応じて効率的な方法を用いることが可能である。
【0025】
本発明の第三の発明は、上記した本発明のスフィンゴ脂質を含有する機能性食品、皮膚外用剤、医薬品および飼料である。
【0026】
本発明の機能性食品とは、一般食品に加えて、特定保健用食品、健康食品、医薬部外品などすべての食品および/又は飲料が含まれる。該食品および/又は飲料は特に限定されるものではなく、例えば、上記医薬品的な形態のものに加えて、パン、うどん、そば、ご飯等主食となるもの、チーズ、ウインナー、ソーセージ、ハム、魚介加工品等の食品類、アイスクリーム、クッキー、ケーキ、ゼリー、プリン、キャンディー、チューインガム、ヨーグルト、グミ、チョコレート、ビスケットなどの菓子類、清涼飲料水、調味料類、酒類、栄養ドリンク、コーヒー、茶、牛乳、果汁飲料、清涼飲料などの飲料が挙げられる。本発明の植物性スフィンゴ脂質の含有量は、0.00001〜70質量%の範囲で適時決定すればよい。
【0027】
本発明の皮膚外用剤とは、皮膚に塗布する形態のものであればその剤形は特に限定されず、例えば、乳液、クリーム、化粧水(ローション)、パック、洗浄剤、メーキャップ化粧料、頭皮・毛髪用品、分散液、軟膏、液剤、エアゾール、貼付剤、パップ剤、リニメント剤、オイル、リップ、口紅、ファンデーション、アイライナー、頬紅、マスカラ、アイシャドー、マニキュア・ペディキュア(及び除去剤)、シャンプー、リンス、ヘアトリートメント、パーマネント剤、染毛料、ひげ剃り剤、石けん(ハンドソープ、ボディソープ、洗顔料)、歯磨き剤、洗口料等、いずれの剤形であっても良い。本発明の皮膚外用剤は、それ以外に、例えば化粧品などで従来使用されてきた基剤、添加剤などを使用して製造することが可能である。さらに、本発明の効果を高める目的や、成分の安定性を高めるためなどの目的で、これまでに知られている各種の原料などを併用することができる。これらは、例えば、美白剤、活性酸素除去剤、抗酸化剤、抗炎症剤、紫外線吸収剤、過酸化脂質生成抑制剤、抗菌剤、保湿剤、安定化剤、乳化剤、動物・植物抽出物、ビタミン類、アミノ酸類、抗アレルギー剤、創傷治癒剤などを併用することができる。また、本発明の皮膚外用剤中には、本発明の植物性スフィンゴ脂質が0.00001〜100質量%含有するように配合組成を考えることが好ましい。
【0028】
本発明の皮膚外用剤は、特に制限されるものではなく、従来既知の使用方法にて使用すればよい。例えば、乳液、クリーム、化粧水等であれば、1日1〜2回気になる部位に薄く塗布するのが好ましい。また、パックや貼付剤であれば1日1回患部に10分から1時間程貼付すれば良い。
【0029】
本発明の医薬品としては、注射液、輸液、散剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、腸溶剤、懸濁剤、シロップ剤、内服液剤、トローチ剤、乳剤、外用液剤、湿布剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、軟膏剤、ローション剤、座剤、経腸栄養剤などの形態で摂取することができる。これらは、その症状により単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。本発明の組成物の含有量は、0.001〜90質量%の範囲で適時決定すればよいが、上記した1日あたりの摂取量の目安を摂取できるように製剤設計することが好ましい。
【0030】
本発明の飼料としては、本発明の植物性スフィンゴ脂質に、例えば、トウモロコシ、小麦、大麦、ライ麦などの穀類、ふすま、米ぬかなどのぬか類、コーングルテンミール、コーンジャムミールなどの粕類、脱脂粉乳、ホエー、魚粉、骨粉などの動物性飼料類、ビール酵母などの酵母類、リン酸カルシウム、炭酸カルシウムなどのカルシウム類、ビタミン類、油脂類、アミノ酸類、糖類などを配合することにより製造することができる。飼料の形態としては、ペットフード、家畜飼料、養殖魚用飼料などに用いることができる。組成物の含有量は、0.00001〜20質量%の範囲で適時決定すればよい。
【実施例】
【0031】
以下に本発明の実施例を記す。なお本発明はこの実施例によりその範囲を限定するものではない。
精製したスフィンゴ脂質の同定は、以下のように実施した。
精製した成分を1M塩酸/含水メタノール溶液中で、70℃、18時間反応させた。放冷後、ヘキサンで3回抽出して脂肪酸メチルエステル画分を得た。反応液の水層を4N 水酸化ナトリウムでpH10に調整し、ジエチルエーテルで3回抽出し、スフィンゴイド塩基画分を得た。スフィンゴイド塩基画分の一部は0.2Mメタ過ヨウ素酸ナトリウムを加えて2時間反応させた。その後、水を加えてヘキサンで脂肪性アルデヒドを抽出した。また、残りのスフィンゴイド塩基画分はTMS誘導体化した。脂肪酸メチルエステル、脂肪性アルデヒドおよびスフィンゴイド塩基TMS誘導体をガスクロマトグラフおよびガスクロマトグラフ質量分析計で分析した。
【0032】
実施例1
バレンシアオレンジをインライン搾汁機で搾汁し、フィニッシャー(0.5mmスクリーン)で搾汁残さを集めた。その搾汁残さ(オレンジジュース粕、水分率約90%)8kgを凍結乾燥した後、エタノール3Lを加えて2時間撹拌し、スフィンゴ脂質を抽出した。ろ過して、エタノール画分を回収し、エバポレーターを用いてエタノールを留去した後、300mlの水を加えて撹拌した後、ろ過し水不溶性成分を回収し、同様な操作を2回繰り返した。その結果、オレンジエキス6.2gが得られた。このエキスをシリカゲルカラムで精製し、スフィンゴ脂質を構造解析したところ、20〜30の炭素数を有する2,3−ジヒドロキシ脂肪酸と4−ヒドロキシ−スフィンゲニンから構成されるスフィンゴ脂質であることが確認された。
【0033】
実施例2
温州みかんを剥皮した後、ブラウン搾汁機で果汁を搾り、フィニッシャー(0.5mmスクリーン)で搾汁残さを集めた。その搾汁残さ(みかんジュース粕、水分率約90%)8kgに、食品加工用ペクチナーゼ酵素剤スミチームPX(新日本化学工業株式会社製、ユニット数:ペクチナーゼ5,000u/g、アラバナーゼ90u/g)10gとセルラーゼ、ヘミセルラーゼ酵素剤であるセルラーゼY-NC(ヤクルト薬品工業株式会社製、ユニット数:セルラーゼ30,000u/g)10gを添加し、よくかき混ぜて室温で8時間静置反応を行った。この反応液を遠心分離し、上清を除去した後、水を添加して撹拌し、再度遠心分離により上清を除去し、ドラムドライヤーを用いて、ドラム温度110℃、1回転/分の回転速度で乾燥した。この乾燥粉末を粉砕して、乾燥粉末1kgに対して2Lのエタノールを添加してスフィンゴ脂質を抽出した。シリカゲルカラムを用いて、スフィンゴ脂質を精製した。精製したスフィンゴ脂質を構造解析したところ、炭素数22〜28の炭素数を有する2,3−ジヒドロキシ脂肪酸と4−ヒドロキシ−スフィンゲニンから構成されるスフィンゴ脂質であることが確認された。