特許第5888428号(P5888428)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5888428-サーメット工具 図000010
  • 特許5888428-サーメット工具 図000011
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5888428
(24)【登録日】2016年2月26日
(45)【発行日】2016年3月22日
(54)【発明の名称】サーメット工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20160308BHJP
   C22C 29/02 20060101ALI20160308BHJP
   B22F 7/00 20060101ALN20160308BHJP
【FI】
   B23B27/14 B
   C22C29/02 A
   !B22F7/00 H
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-539777(P2014-539777)
(86)(22)【出願日】2013年10月2日
(86)【国際出願番号】JP2013076796
(87)【国際公開番号】WO2014054680
(87)【国際公開日】20140410
【審査請求日】2015年1月14日
(31)【優先権主張番号】特願2012-220666(P2012-220666)
(32)【優先日】2012年10月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(74)【代理人】
【識別番号】100146031
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 明夫
(72)【発明者】
【氏名】船水 健司
(72)【発明者】
【氏名】梅村 崇
(72)【発明者】
【氏名】竹澤 大輔
【審査官】 小川 真
(56)【参考文献】
【文献】 特開平05−009646(JP,A)
【文献】 特開2000−355777(JP,A)
【文献】 H.K.TONSHOFF, A.MOHLFELD,「SURFACE TREATMENT OF CUTTING TOOL SUBSTRATES」,lnt, J. Mach. Tools Manufact.,英国,Elsevier,1998年,Vol.38, No.5-6,p469-476
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C22C 29/02
B22F 7/00
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン化合物からなる硬質相83〜97体積%と、Co、NiおよびFeから成る群より選択された少なくとも1種を主成分とする結合相3〜17体積%とを備え、前記硬質相および前記結合相の合計が100体積%となるサーメット工具であって、
前記サーメット工具の切刃の表面は、加工変質部と、残りの加工変質除去部とからなり、前記加工変質部は、前記サーメット工具の切刃の表面全体に対して0.1〜5面積%であり、
前記サーメット工具の切刃の表面における前記結合相の面積率Y(面積%)は、前記サーメット工具の切刃の表面全体に対して2.5〜34面積%であり、
前記サーメット工具における、表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域に含まれる結合相量Z(体積%)は、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域全体に対して3.5〜15.5体積%であり、
前記サーメット工具の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.1〜0.75μmであるサーメット工具。
【請求項2】
前記硬質相は、Ti元素を含む炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種であるチタン化合物を含む請求項1に記載のサーメット工具。
【請求項3】
チタン化合物は、Ti元素と、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素とを含む炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種である請求項2に記載のサーメット工具。
【請求項4】
前記サーメット工具における表面からの深さが500μmより内部の結合相量X(体積%)と、前記サーメット工具の切刃の表面における前記結合相の前記面積率Y(面積%)とは、0.5X≦Y≦2.0Xという関係を満足し、前記結合相量X(体積%)と、前記サーメット工具における表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域に含まれる前記結合相量Z(体積%)とは、0.7X≦Z≦0.9Xという関係を満足する請求項1〜3のいずれか一項に記載のサーメット工具。
【請求項5】
前記加工変質部は、前記硬質相と前記結合相とが平滑な表面形態であり、前記加工変質除去部は、前記硬質相と前記結合相とが凹凸の表面形態である請求項1〜4のいずれか一項に記載のサーメット工具。
【請求項6】
前記サーメット工具の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.2〜0.5μmである請求項1〜のいずれか一項に記載のサーメット工具。
【請求項7】
前記サーメット工具の切刃の表面における前記結合相の前記面積率Y(面積%)は、前記サーメット工具の切刃の表面全体に対して10〜25面積%である請求項1〜のいずれかの一項に記載のサーメット工具。
【請求項8】
前記サーメット工具における、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域に含まれる前記結合相量Z(体積%)は、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域全体に対して7〜14体積%である請求項1〜のいずれかの一項に記載のサーメット工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサーメット工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サーメット工具は、超硬合金工具に比べて鉄との耐反応性や高温強度に優れており、その特性を生かして仕上げ加工に用いられている。しかし、例えば、特許文献1には、サーメット製切削工具において、切削工具の最表面に金属成分から成るしみだし層が形成されることにより、切削加工時に被削材が溶着しやすくなり、被削材の仕上げ面粗さを大きくさせるという問題があることが記載されている。
【0003】
サーメット工具の表面に形成された結合相から成るしみだし層を、一般的な加工である研磨および研削などの加工方法で除去した場合、サーメット工具の加工面の表面には加工変質層が残存する。加工変質層とは、具体的には、硬質相粒子内にクラックが生じたり、硬質相粒子同士あるいは硬質相粒子と結合相との界面にクラックが生じたり、結合相の相変態が生じたりした層状のサーメット組織である。この加工変質層が起点となり、サーメット工具にチッピングや欠損を惹起するという問題がある。
【0004】
特許文献2には、サーメット切削工具において、切削工具の切れ刃部表面に生成した金属成分から成るしみだし層を除去するため、ウェットブラスト処理することが提案されている。しかし、この処理によると、金属成分から成るしみだし層の下方の部位の金属結合相が貧化し、サーメット切削工具の耐欠損性が低下する問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−146006号公報
【特許文献2】特開2011−218481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたもので、優れた耐欠損性と優れた耐チッピング性とを有し、被削材の仕上げ面粗さを小さくするサーメット工具の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、サーメット工具について種々の検討を行った。その結果、本発明者らは、サーメット工具の焼結条件を改良し、特殊な表面処理を施すことによって、優れた耐欠損性と優れた耐チッピング性とを有し、被削材の仕上げ面粗さを小さくするサーメット工具を得ることができることを明らかにし、本発明に至った。
【0008】
本発明の要旨は、下記の通りである。
(1)チタン化合物からなる硬質相が83〜97体積%と、Co、NiおよびFeから成る群より選択された少なくとも1種を主成分とする結合相が3〜17体積%とを備え、前記硬質相および前記結合相の合計が100体積%となるサーメット工具であって、
前記サーメット工具の切刃の表面は、加工変質部と、残りの加工変質除去部とからなり、加工変質部は、前記サーメット工具の切刃の表面全体に対して0.1〜5面積%であり、
前記サーメット工具の切刃の表面における前記結合相の面積率Y(面積%)は、サーメット工具の切刃の表面全体に対して2.5〜34面積%であり、
前記サーメット工具における、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域に含まれる結合相量Z(体積%)は、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域全体に対して3.5〜15.5体積%であるサーメット工具。
(2)前記硬質相は、Ti元素を含む炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種であるチタン化合物を含む(1)のサーメット工具。
(3)チタン化合物は、Ti元素と、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素とを含む炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種である(2)のサーメット工具。
(4)前記サーメット工具における表面からの深さが500μmより内部の結合相量X(体積%)と、前記サーメット工具の切刃の表面における前記結合相の前記面積率Y(面積%)とは、0.5X≦Y≦2.0Xという関係を満足し、前記結合相量X(体積%)と、前記サーメット工具における表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域に含まれる前記結合相量Z(体積%)とは、0.7X≦Z≦0.9Xという関係を満足する(1)〜(3)のいずれかのサーメット工具。
(5)前記加工変質部は、前記硬質相と前記結合相とが平滑な表面形態であり、前記加工変質除去部は、前記硬質相と前記結合相とが凹凸の表面形態である(1)〜(4)のいずれかのサーメット工具。
(6)前記サーメット工具の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.1〜0.75μmである(1)〜(5)のいずれかのサーメット工具。
(7)前記サーメット工具の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.2〜0.5μmである(1)〜(6)のいずれかのサーメット工具。
(8)前記サーメット工具の切刃の表面における前記結合相の前記面積率Y(面積%)は、前記サーメット工具の切刃の表面全体に対して10〜25面積%である(1)〜(7)のいずれかのサーメット工具。
(9)前記サーメット工具における、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域の前記結合相量Z(体積%)は、表面からの深さが50μmから100μmまでの前記内部領域全体に対して7〜14体積%である(1)〜(8)のいずれかのサーメット工具。
【発明の効果】
【0009】
本発明のサーメット工具は、優れた耐欠損性と優れた耐チッピング性を有し、被削材の仕上げ面粗さを小さくするという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】加工変質部を除去したサーメット工具の表面を示した一例の図である。
図2】加工変質部が残存したサーメット工具の表面を示した一例の図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のサーメット工具は、チタン化合物からなる硬質相83〜97体積%と、Co、NiおよびFeからなる群より選択された少なくとも1種を主成分とする結合相3〜17体積%とを備え、これらの合計が100体積%となる組成のサーメット工具である。硬質相が83体積%未満であり、結合相が17体積%を超える場合には、サーメット工具の耐摩耗性が低下する。硬質相が97体積%を超え、結合相が3体積%未満である場合には、サーメット工具の耐欠損性が低下する。また、その場合には、結合相が減少するため、サーメット工具の原料粉末の焼結性が低下する。したがって、優れた耐摩耗性、耐欠損性および焼結性のサーメット工具を得るためには、硬質相が83〜97体積%であり、結合相が3〜17体積%である。より優れた耐摩耗性、耐欠損性及び焼結性のサーメット工具を得るためには、硬質相が85〜93体積%であり、結合相が7〜15体積%であることが、より好ましい。
【0012】
本発明のサーメット工具の硬質相はチタン化合物からなる。本発明においてチタン化合物とは、Ti元素を必須成分として含み、Ti元素以外に任意成分としてZr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素を含む炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種を含む化合物を意味する。チタン化合物として具体的には、TiC、TiN、Ti(C,N)、(Ti,W)(C,N)、(Ti,Ta)(C,N)、(Ti,Nb)(C,N)、(Ti,Mo)(C,N)、(Ti,Zr)(C,N)、(Ti,Cr)(C,N)、(Ti,V)(C,N)、(Ti,Hf)(C,N)、(Ti,W,Mo)(C,N)、(Ti,W,Ta)(C,N)、(Ti,W,Nb)(C,N)、(Ti,W,Hf)(C,N)、(Ti,W,Zr)(C,N)、(Ti,W,Cr)(C,N)、(Ti,W,V)(C,N)、(Ti,Ta,Nb)(C,N)、(Ti,Ta,Mo)(C,N)、(Ti,Nb,Mo)(C,N)、(Ti,Ta,Nb,Mo)(C,N)、(Ti,W,Ta,Mo)(C,N)、(Ti,W,Nb,Mo)(C,N)、(Ti,W,Ta,Nb,Mo)(C,N)、(Ti,W,Ta,Mo,Zr)(C,N)、(Ti,W,Nb,Mo,Zr)(C,N)、(Ti,Ta,Nb,Mo,Zr)(C,N)、(Ti,W,Ta,Nb,Mo,Zr)(C,N)、(Ti,W)C、(Ti,Ta)C、(Ti,Nb)C、(Ti,Mo)C、(Ti,Zr)C、(Ti,Cr)C、(Ti,V)C、(Ti,Hf)C、(Ti,W,Mo)C、(Ti,W,Ta)C、(Ti,W,Nb)C、(Ti,W,Hf)C、(Ti,W,Zr)C、(Ti,W,Cr)C、(Ti,W,V)C、(Ti,Ta,Nb)C、(Ti,Ta,Mo)C、(Ti,Nb,Mo)C、(Ti,Ta,Nb,Mo)C、(Ti,W,Ta,Mo)C、(Ti,W,Nb,Mo)C、(Ti,W,Ta,Nb,Mo)C、(Ti,W,Ta,Mo,Zr)C、(Ti,W,Nb,Mo,Zr)C、(Ti,Ta,Nb,Mo,Zr)C、(Ti,W,Ta,Nb,Mo,Zr)C、(Ti,W)N、(Ti,Ta)N、(Ti,Nb)N、(Ti,Mo)N、(Ti,Zr)N、(Ti,Cr)N、(Ti,V)N、(Ti,Hf)N、(Ti,W,Mo)N、(Ti,W,Ta)N、(Ti,W,Nb)N、(Ti,W,Hf)N、(Ti,W,Zr)N、(Ti,W,Cr)N、(Ti,W,V)N、(Ti,Ta,Nb)N、(Ti,Ta,Mo)N、(Ti,Nb,Mo)N、(Ti,Ta,Nb,Mo)N、(Ti,W,Ta,Mo)N、(Ti,W,Nb,Mo)N、(Ti,W,Ta,Nb,Mo)N、(Ti,W,Ta,Mo,Zr)N、(Ti,W,Nb,Mo,Zr)N、(Ti,Ta,Nb,Mo,Zr)N、および(Ti,W,Ta,Nb,Mo,Zr)Nなどを挙げることができる。
【0013】
本発明の硬質相の形態として、コアとリムとからなる有芯構造粒子、および有芯構造を持たない単一相粒子を挙げることができる。コアとリムとからなる有芯構造粒子とは、組成の異なるコアとリムとで構成され、コアの周囲の一部または全部をリムが囲む構造の粒子である。有芯構造粒子のコアは、炭化チタン、窒化チタン、炭窒化チタン、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素とTi元素との複合炭化物、複合窒化物、複合炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種の化合物からなる。有芯構造粒子のリムは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素とTi元素との複合炭化物、複合窒化物、複合炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種の化合物からなる。また、単一相粒子は、炭化チタン、窒化チタン、炭窒化チタン、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素とTi元素との複合炭化物、複合窒化物、複合炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種の化合物からなる。本発明の硬質相の形態は、有芯構造粒子のみからなる場合、有芯構造粒子と単一相粒子とからなる場合のいずれでもよい。
【0014】
本発明のサーメット工具の結合相は、Co、NiおよびFeの中から選ばれた少なくとも1種を主成分とする金属である。Co、NiおよびFeの中から選ばれた少なくとも1種を主成分とする金属とは、結合相のCo、NiおよびFeの中から選ばれた少なくとも1種の金属の合計質量が、結合相の全質量に対して50質量%以上である金属を意味する。本発明の結合相には、Co、NiおよびFe以外に、硬質相成分が含まれていてもよい。通常、本発明の結合相に含まれる硬質相成分の合計含有量は、結合相の全質量に対して20質量%以下である。その中でも、本発明のサーメット工具の結合相が、CoおよびNiの1種または2種を主成分とした金属であることがより好ましい。その場合には、結合相と硬質相とのぬれ性、耐熱性および耐食性に優れたサーメット工具を得ることができる。
【0015】
本発明のサーメット工具は、逃げ面と、すくい面とを備える。逃げ面とすくい面との間にはホーニングを備え、ホーニングが切刃として使用される。
【0016】
サーメット工具の切刃の表面の加工変質部の面積を、サーメット工具の切刃の表面全体の面積に対して0.1面積%未満にすることは、技術的に困難である。また、サーメット工具の切刃の表面の加工変質部の面積の割合が5面積%を超えて大きくなる場合には、耐欠損性が低下する。したがって、本発明のサーメット工具の切刃の表面は、加工変質部がサーメット工具の切刃の表面全体に対して0.1〜5面積%であり、残りの面積が加工変質除去部である。
【0017】
前記加工変質部とは、ブラシを用いた研磨や砥石を用いた研削などの機械加工によって形成された、加工変質層が残存した領域である。加工変質層とは、例えば、硬質相粒子内にクラックが生じたり、硬質相粒子同士あるいは硬質相粒子と、結合相との界面にクラックが生じたり、結合相の相変態が生じたりした層状のサーメット組織のことである。工具の断面から加工変質層を走査電子顕微鏡(SEM)で観察すると、工具の表面から1〜5μmの深さの表面近傍に研磨屑の付着、ならびに硬質相の内部および粒界にクラックが生じていることが確認できる。また、工具の断面から表面近傍を観察すると、硬質相と結合相とが平滑な表面形態である領域に加工変質層が存在する傾向があることが確認できる。
【0018】
加工変質除去部とは、ブラストなどの表面処理によって脆弱な加工変質層が除去された領域である。加工変質除去部の表面では、硬質相における、粒子内のクラックおよび界面欠陥が残存する領域も除去される。そのため、加工変質除去部の表面は、SEMで観察すると、硬質相と結合相とが凹凸の表面形態を呈する。また、工具の断面から加工変質除去部の表面を観察すると、加工変質除去部の表面には、硬質相粒子と硬質相粒子との間の結合相が凹んでいる領域が見られる。
【0019】
本発明のサーメット工具の切刃の表面における結合相の面積率Y(面積%)は、サーメット工具の切刃の表面全体に対して2.5〜34面積%であることが好ましい。結合相の面積率Y(面積%)が、サーメット工具の切刃の表面全体に対して2.5面積%未満である場合には耐欠損性が低下し、34面積%を超えて大きくなる場合には耐溶着性が低下することにより、仕上げ面粗さが大きくなるためである。その中でも、サーメット工具の切刃の表面全体に対して、結合相の面積率Y(面積%)が10〜25面積%であることがさらに好ましい。
【0020】
本発明のサーメット工具における、表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域に含まれる結合相量Z(体積%)は、表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域全体に対して3.5〜15.5体積%であることが好ましい。結合相量Z(体積%)が3.5体積%未満である場合には耐欠損性が低下し、15.5体積%を超えて大きくなる場合には耐摩耗性が低下するためである。その中でも、結合相量Z(体積%)が、表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域全体に対して7〜14体積%であることがさらに好ましい。
【0021】
表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域とは、サーメット工具の表面を基準として深さ50μmから深さ100μmまでの内部領域である。
【0022】
本発明のサーメット工具における表面からの深さが500μmより内部の結合相量X(体積%)と、前記サーメット工具の切刃の表面における結合相の面積率Y(面積%)は、0.5X≦Y≦2.0Xという関係を満足することが好ましい。結合相の面積率Y(面積%)が0.5X未満である場合には、結合相の貧化により耐欠損性が低下するためである。また、結合相の面積率Y(面積%)が、2.0Xを超える場合には、工具の表面に結合相から成るしみだし層が残存していることを示している。この場合には、耐溶着性が低下することにより被削材の仕上げ面粗さが低下すると共に、内部領域の結合相の貧化によって、耐欠損性が低下するため、前記関係を満足することが好ましい。また、前記結合相量X(体積%)および前記サーメット工具における表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域に含まれる結合相量Z(体積%)は、0.7X≦Z≦0.9Xという関係を満足することが好ましい。結合相量Z(体積%)が0.7X未満である場合には内部領域の結合相の貧化により耐欠損性が低下するためである。また、結合相量Z(体積%)が0.9Xを超える場合には内部領域の結合相の富化により耐塑性変形性が低下するためである。
【0023】
なお、サーメット工具の切刃の表面における加工変質部、加工変質除去部および結合相の面積率ならびにサーメット工具断面の表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域における結合相量は、走査型電子顕微鏡(SEM)写真を、市販の画像解析装置を用いて画像解析することによって測定することができる。
【0024】
本発明のサーメット工具の表面粗さは、0.1〜0.75μmであることが好ましい。サーメット工具の表面粗さを、算術平均粗さRaで0.1μm未満とすることは困難であり、表面粗さが0.75μmを超えて大きくなる場合には、被削材の仕上げ面粗さが大きくなるためである。その中でも、表面粗さが0.2〜0.5μmであることがさらに好ましい。
【0025】
本発明のサーメット工具において、表面粗さは、JIS B0601−1994(2001)にしたがい、カットオフ値0.08mmにおける算術平均粗さRaにより測定する。カットオフ値を0.08mmとしている理由は、被削材の仕上げ面の品質に影響を与えるのはサーメット工具表面のミクロな凹凸であるためであり、焼結前の圧粉体の密度バラツキおよび焼結時に発生する焼結変形等に起因するサーメット工具の焼結肌面のうねり成分の影響を除去するためである。
【0026】
本発明のサーメット工具の製造方法は、下記の工程(A)、(B)、(C)、(D)および(E)を含む。工程(A)は、平均粒径0.5〜2.5μmの炭窒化チタン粉末:40〜77質量%と、炭窒化チタンを除く平均粒径0.5〜4.0μmのTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、MoおよびWから成る群より選択された少なくとも1種の金属元素の炭化物、窒化物、炭窒化物およびこれらの相互固溶体から成る群より選択された少なくとも1種の粉末:20〜40質量%と、平均粒径0.5〜4.0μmのCo、NiおよびFeから成る群より選択された少なくとも1種の粉末:3〜20質量%とからなり、これらの合計が100質量%となるようにした混合物を準備する混合工程である。工程(B)は、工程(A)で準備した混合物を100〜6000Paの窒素雰囲気にて1450〜1600℃の範囲の焼結温度まで昇温する工程である。工程(C)は、混合物を100〜6000Paの窒素雰囲気にて、1450〜1600℃の範囲の焼結温度で所定の時間保持して焼結する焼結工程である。工程(D)は、焼結した混合物を、不活性雰囲気にて1450〜1600℃の範囲の焼結温度から1000〜1250℃の範囲の所定の温度まで、毎分20〜200℃の冷却速度で冷却する第1冷却工程である。工程(E)は、焼結した混合物を、1000〜1250℃の範囲の所定の温度から常温まで冷却する第2冷却工程である。なお、工程(A)の原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sieve Sizer(FSSS))により測定されたものである。
【0027】
本発明のサーメット工具の製造方法の各工程は、以下の効果を奏する。工程(A)では所定の配合組成の混合粉末を均一に混合させる。工程(B)および(C)では、窒素雰囲気により混合物の表面からの脱窒を防ぎ、脱窒に伴う焼結肌面の平滑性の低下および焼結肌面近傍のTi(C,N)などの硬質相の減少を抑制する。工程(D)では、焼結温度から液相の凝固点近辺(1000〜1250℃)までの冷却速度をコントロールすることで、硬質相粒子の移動および粒成長を抑制して、焼結肌面の平滑性を損なわないようにする。冷却速度が毎分20℃未満の場合、表面の硬質粒子が粒成長することで、サーメット工具の表面粗さが大きくなり、被削材の仕上げ面粗さが低下する。一方、冷却速度が毎分200℃を超えて大きい場合、焼結肌面は平滑になるものの、このような高い冷却速度で冷却が可能な焼結炉には、特殊な冷却装置が必要となり、サーメット工具を安価に製造することが難しくなる。工程(E)では混合物を常温まで冷却する。
【0028】
工程(A)から工程(E)までの工程を経て得られたサーメット工具に対して、刃先のホーニング加工を行い、さらに必要に応じて研削加工を行ってもよい。また、サーメット工具に対して表面処理を施すことによって、所望の表面形態および表面粗さを得ることができる。表面処理としては、サーメット工具が欠けにくいブラスト処理が好ましい。ブラスト処理としては、気体によって研磨材を被処理物に投射する乾式ブラスト処理、および研磨材と液体の溶媒とをある比率で混合した研磨液を被処理物に投射する湿式ブラスト処理などを挙げることができる。その中でも湿式ブラスト処理は、乾式ブラスト処理よりもサーメット工具が欠けにくく、加工変質層を除去する効果が高く、さらに表面の平滑性を向上させる効果が得られるので、さらに好ましい。ブラスト処理の研磨材は、硬質のメディアであればよい。硬質のメディアとしては、アルミナ、炭化珪素、ジルコニア、樹脂系、ガラス系などを挙げることができる。また、ブラスト処理を行うことによって、サーメット工具表面の平滑性を向上させる効果が得られる。なお、ブラスト処理時間が必要以上に長いと、コスト高となるので、本発明の効果が得られる必要最小限のブラスト処理時間であることが好ましい。
【0029】
本発明のサーメット工具を得るための湿式ブラスト処理条件は、以下の通りである。すなわち、湿式ブラスト処理には、硬質のメディアとして安価で入手が容易なアルミナを用い、溶媒として水を用いることが好ましい。その中でも、平均粒径10〜100μmのアルミナのメディア、より好ましくは平均粒径10〜30μmのアルミナのメディアを用いることができる。溶媒には水を用いて、研磨液の全質量に対して10〜70質量%、好ましくは20〜40質量%となるようにアルミナのメディアを混合した研磨液を用いることができる。湿式ブラスト処理機のブラストガンに研磨液を供給する圧力、すなわち投射圧力を0.05〜0.4MPa、より好ましくは0.1〜0.2MPaの範囲内の圧力に設定することができる。研磨液の投射角度は、サーメット工具の逃げ面に対して、30〜60度の角度、より好ましくは40〜50度の角度にすることができる。すくい面にも湿式ブラスト処理が施され、サーメット工具全体の表面の加工変質層を除去することができるので、ブラストガンの投射口からサーメット工具の逃げ面までの距離を10cm〜50cmにすることが好ましい。その中でも、ブラストガンの投射口からサーメット工具の逃げ面までの距離を15cm〜30cmとすることがさらに好ましい。研磨液の投射時間の合計は、40〜240秒間、より好ましくは60〜120秒間とすることができる。
【実施例】
【0030】
原料粉末として、市販されている、平均粒径1.5μmのTi(C,N)粉末(質量比でTiC/TiN=50/50)、平均粒径1.0μmのWC粉末、平均粒径1.0μmのNbC粉末、平均粒径1.0μmのTaC粉末、平均粒径3.0μmのMo2C粉末、平均粒径1.0μmのCo粉末、および平均粒径1.0μmのNi粉末を用意した。なお、原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sieve Sizer(FSSS))により測定されたものである。用意した原料粉末を表1の配合組成になるように秤量した。秤量した原料粉末をアセトン溶媒と超硬合金製ボールと共にステンレス製ポットに入れて湿式ボールミルで混合および粉砕を行った。湿式ボールミル後、アセトン溶媒を蒸発させることによって得られた混合物を、焼結後の形状がJIS B 4120のインサート形状CNMG120408ブレーカー付きになる金型を用いて、圧力196MPaでプレス成形することにより、混合物の成形体を得た。
【0031】
【表1】
【0032】
混合物の成形体を焼結炉内に入れた後、焼結炉内の雰囲気を窒素雰囲気に置換した。次に、表2(a)に記載の炉内圧力P1(Pa)になるまで焼結炉内に窒素を導入した。次に、焼結炉内の温度を室温から表2(b)に記載の温度T1(℃)まで昇温した。炉内温度がT1(℃)になったとき、炉内圧力P1(Pa)の窒素雰囲気にて焼結温度T2(℃)で60分間保持して焼結した。その後、焼結炉内の雰囲気を13300PaのAr雰囲気として、焼結炉内を焼結温度T2(℃)から1200℃まで表2(c)に記載の冷却速度R1(℃/分)で冷却した。その後、焼結炉内の雰囲気を窒素雰囲気として、焼結炉内を1200℃から室温まで冷却した。
【0033】
【表2】
【0034】
焼結して得られたサーメット工具に対して、湿式ブラシホーニング機により、サーメット工具の刃先にホーニング処理を施した。次に湿式ブラスト機を用いて、サーメット工具の表面に対して、以下の湿式ブラスト処理を行った。研磨液としては、平均粒径20μmのアルミナのメディアを用意して、水の溶媒:65質量%、アルミナのメディア:35質量%となる割合に混合した研磨液を用いた。この研磨液を湿式ブラスト機に入れて、サーメット工具を湿式ブラスト機にセットした。なお、サーメット工具の逃げ面に対して45度の角度で研磨液を投射するように、およびブラストガンの投射口から逃げ面までの距離が20cmになるように、ブラストガンの位置と向きを調整した。そして、サーメット工具に対して、表3に示す条件で湿式ブラスト処理を行った。インサート形状CNMG120408ブレーカー付きは、通常両面のコーナーを使用するため、1回目の湿式ブラスト処理後、サーメット工具のすくい面を裏返して、2回目の湿式ブラスト処理を1回目の湿式ブラスト処理と同様に施した。サーメット工具の逃げ面には、研磨液が45度の角度で合計2回投射されることになる。逃げ面に対する投射時間の合計を表3に示す。
【0035】
【表3】
【0036】
混合粉末、焼結条件、ブラスト条件を表4に示すように変えて、発明品1〜10のサーメット工具と、比較品1〜8のサーメット工具とを作製した。
【0037】
【表4】
【0038】
作製したサーメット工具について、サーメット工具の表面をJIS B0601−1994(2001)にしたがい、カットオフ値0.08mmにおける算術平均粗さRaにより測定した。算術平均粗さRaの結果を表6に示す。
【0039】
サーメット工具の切刃の表面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察して、3000倍に拡大して表面形態の二次電子像の写真を撮影した。得られた二次電子像の写真を、画像解析ソフトを用いて画像解析することにより、加工変質部および加工変質除去部の面積をそれぞれ測定した。また、サーメット工具の切刃の表面における結合相面積率Y(面積%)は、切刃の表面をSEMで観察し、3000倍に拡大して表面組織の反射電子像の写真を撮影し、画像解析ソフトを用いてその写真を画像解析することにより測定した。なお、反射電子像を用いて写真を撮影することで、硬質相と結合相とを容易に判別することができる。それぞれの測定結果を表6に示す。さらに、サーメット工具の断面をダイヤモンドペーストで鏡面研磨し、サーメット工具の断面をSEMで観察した。このSEM観察から、加工変質層が存在している領域は、いずれの試料も硬質相および結合相が平滑な表面形態であることが確認できた。一方、加工変質層が除去された領域は、いずれの試料も硬質相および結合相が凹凸の表面形態であることが確認できた。
【0040】
次に、サーメット工具表面から深さ方向に1000μm内部までの断面組織をエネルギー分散型X線分析装置(EDS)付きSEMにて測定し、断面の組成を分析した。サーメット工具は、チタン化合物の単一相粒子とチタン化合物の有芯構造粒子とからなる硬質相と、CoおよびNiの中から選ばれた少なくとも1種を主成分とする結合相とから構成されていることが観察された。また、サーメット工具の組織中に若干存在する大きさが2μm以上の結合相プールをSEM付属のEDSによって分析した。その結果、すべてのサーメット工具の結合相には、主成分のCoおよびNi以外に、Ti、W、Ta、NbおよびMoが含まれていることが分かった。また、Ti、W、Ta、NbおよびMoの合計含有量は、結合相の全質量に対して0.01〜10質量%であることが分かった。すなわち、結合相は、CoおよびNiを主成分とする金属であることが分かった。組成分析により得られた結合相の主成分を表5に示す。
【0041】
次に、サーメット工具の断面を、王水を用いて1分間食刻した。食刻したサーメット工具の表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域をSEMで観察し、3000倍に拡大して撮影した断面のSEM写真を、画像解析ソフトを用いて画像解析することで、食刻された結合相の面積率を測定して、結合相量Z(体積%)を求めた。また、同様に、サーメット工具の表面からの深さが1000μmの位置における、食刻されなかった硬質相の面積率と、食刻された結合相との面積率を測定して、サーメット工具の硬質相の体積%と結合相の体積%とを求めた。また、この結合相の体積%を内部の結合相量X(体積%)とした。表面からの深さが50〜100μmの内部領域に含まれる結合相量Z(体積%)の結果を表6に示し、硬質相の体積%と結合相との体積%の結果を表5に示す。サーメット工具の結合相量X(体積%)と、工具の切刃の表面の結合相面積率Y(面積%)との関係、およびサーメット工具の結合相量X(体積%)と、工具の断面における表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域に含まれる結合相量Z(体積%)との関係の判定結果を表7に示す。
【0042】
【表5】
【0043】
【表6】
【0044】
【表7】
【0045】
上述のサーメット工具を用いて切削加工を行った。被削材として、直径50mm、長さ300mmの円柱状の炭素鋼S45Cを準備した。NC旋盤を用い、クーラントを使用して、切削時間20分の外径連続切削を行った。切削条件は、サーメット工具を用いた一般的な仕上げ加工条件である切削速度250m/min、送り量0.12mm、および切込み1.0mmの条件とした。切削加工後、工具の損傷状態および被削材の仕上げ面粗さ(表面粗さ)について評価を行った。
【0046】
【表8】
【0047】
表7に、サーメット工具の損傷状態、および被削材の仕上げ面粗さの測定結果を示す。発明品のサーメット工具の損傷状態は正常摩耗であった。発明品の被削材の仕上げ面粗さ(表面粗さ)は算術平均粗さRaで1.3μm以下であり、非常に良好であった。一方、比較品6および9は、加工変質部が残存した割合が高いため、チッピングを生じ、被削材の仕上げ面粗さは大きくなった。比較品7は、焼結温度が高いので、結合相から成るしみだし層を生成していた。そのため、切削加工時に、圧着分離による欠損を生じ、被削材の仕上げ面粗さは大きくなった。比較品1、3、4および8は、刃先表面の結合相の面積率Y(面積%)または表面からの深さが50μmから100μmまでの内部領域の結合相量Z(体積%)が小さいため、チッピングまたは欠損を生じ、被削材の仕上げ面粗さは大きくなった。比較品2は、サーメット工具の結合相量X(体積%)が多いため、正常摩耗であったが、逃げ面摩耗幅が大きくなり、被削材の仕上げ面粗さは大きくなった。
図1
図2