(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のシール付き軸受では、トルク低減効果に限界があり、満足するトルク低減効果が得られない。
そこで本件出願人は、
図10に示すように、トランスミッション用の軸受に必要な耐異物と低フリクションを両立した高摩耗性ゴムシール50を適用することで、自動車の省燃費化技術に寄与するアイテムとしていた。この高摩耗性ゴムシール50は、リップ先端部51が高摩耗性ゴム材料から成り、このリップ先端部51が対向する軌道輪周面52に対しリップ締代δ1をもって接触する。軸受の運転によりリップ先端部51が摩耗することで、トルク低減を図ると共に耐異物侵入性の向上を図っていた。しかし、このような高摩耗性ゴムシール50を適用した軸受であっても油潤滑下ではシール摩耗に時間が掛かる場合があった。すなわち従来の軸受では、リップ締代によっては、十分な押付け力が得られず、シール部材が十分に摩耗しないことがあった。
【0005】
この発明の目的は、シールリップ部の締代にかかわらず、シール部材を十分にかつ確実に摩耗させて、低トルク化を図ることができると共に、軸受の耐異物侵入性の向上を図ることができる転がり軸
受およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の転がり軸受は、内外輪と、この内外輪の軌道面間に介在する複数の転動体と、前記内外輪間に形成される軸受空間を密封するシール部材とを備えた転がり軸受において、前記シール部材は、シール部材本体の基端が内外輪のいずれか一方の軌道輪に固定され、シール部材本体の先端に、他方の軌道輪
に対してラジアル方向に接するシールリップ部を有し、このシールリップ部の断面形状は、軸受空間に対する外側の面に逃がし凹部が生じるように、径方向の中間部分となる腰部で屈曲したV字状の屈曲形状であって、前記腰部よりも先端側の部分である突起部分が先端に至るに従って狭まる先細り形状であり
、この突起部分の先端の軸方向位置を前記腰部の最小の軸方向幅内に設け、前記シール部材は、このシール部材を軸受に組込んだ状態で
、前記シールリップ部は前記腰部で屈曲し、前記突起部分の締代の変位に対し、前記他方の軌道輪に押付け力を与えるものとし、前記シールリップ部の突起部分は、軸受を回転状態で使用することで、前記突起部分が摩耗して非接触となるかまたは接触圧が零と見なせる程度の軽接触となる高摩耗材から
なり、前記シール部材は、前記突起部分の摩耗が進むと、それに追従するように前記腰部の曲がりがこのシール部材の組込み前の状態に戻ろうとするものとしたことを特徴とする。
【0007】
この構成によると、初期は接触タイプであったシール部材が、運転後、摩耗により非接触または軽接触タイプのシール部材となる。つまり軸受を回転状態で使用することで、シールリップ部の突起部分が摩耗する。このとき、シールリップ部の突起部分の締代が運転に伴い変位しても、このシール部材は、締代の変位に追従して他方の軌道輪に一定の押付け力を与える。このため接触するシールリップ部の突起部分を、早期にかつ確実に摩耗させ、シールリップ部と他方の軌道輪との間に、微小な最適すきまつまりラビリンスすきまが形成される。
【0008】
特に、シールリップ部の径方向の中間部分を、屈曲したV字状の屈曲形状としたため、軸受運転時に突起部分の摩耗が進んでも、シールリップ部の姿勢を安定して維持することができると共に、他方の軌道輪への押付け力(反力)を一定に維持することができる。すなわち、シール部材を軸受に組付けた状態において、シールリップ部は腰部で屈曲し、リップ先端である突起部分を他方の軌道輪に摩耗可能な面圧で押付ける。前記他方の軌道輪が回転して突起部分の摩耗が進むと、それに追従するように腰部の曲がりがシール部材組付け前の状態に戻ろうとするため、突起部分の摩耗が連続して進行する。前記他方の軌道輪に対するシールリップ部の反力が「0」に近づくと、シールリップ部の摩耗は完了し、最適なラビリンスすきまが形成される。
【0009】
このラビリンスすきまが形成されることで、以下の効果が得られる。
(1) シールトルクがなくなる。
(2) 従来品に対して、軸受の自己昇温が下がる。
(3) 軸受の自己昇温が下がることで、従来使用していたオイルよりもさらに低粘度のオイルを選択できる。
(4) トランスミッション全体の損失低減が見込める。
(5) ラビリンスすきまのため、軸受寿命に影響するような粒径の大きい異物が、軸受内に侵入することを防げる。
したがって、シールリップ部の締代にかかわらず、シール部材を十分にかつ確実に摩耗させて、低トルク化を図ることができると共に、軸受の耐異物侵入性の向上を図ることができる。
【0010】
前記高摩耗材をゴム材または樹脂材としても良い。
この発明における第1の転がり軸受の製造方法は、前記高摩耗材をゴム材または樹脂材とした転がり軸受の製造方法であって、前記高摩耗材がゴム材で
あり、前記シール部材は、前記ゴム材を加硫成
形して形
成する。
この発明における第2の転がり軸受の製造方法は、前記高摩耗材をゴム材または樹脂材とした転がり軸受の製造方法であって、前記高摩耗材が樹脂材で
あり、前記シール部材は、前記樹脂材を射出成形して形
成する。
【0011】
前記シール部材は、環状の芯金と、この芯金の全体または一部を覆う弾性部材とを有し、シールリップ部は前記弾性部材からなるものとしても良い。弾性部材が芯金の全体を覆う構成の場合、シール部材本体の基端にある弾性部材の一部が、前記一方の軌道輪に弾性変形した状態で固定される。これにより、一方の軌道輪とシール部材本体の基端との密封性をより高めることができる。
【0012】
この発明における第3の転がり軸受の製造方法は、前記シール部材は、環状の芯金と、この芯金の全体または一部を覆う弾性部材とを有し、シールリップ部は前記弾性部材からなるものとした転がり軸受の製造方法であって、前記シール部材は、前記芯金の全体または一部に、弾性部材を加硫成
形または射出成
形して形
成する。
前記高摩耗材が、固体潤滑材、不織布、または軟鋼であっても良い。
【0014】
前記シール部材本体の基端にゴム材から成る弾性部材が設けられ、この弾性部材が、前記一方の軌道輪に嵌合固定されるものとしても良い。この場合、ゴム材から成る弾性部材が、一方の軌道輪に弾性変形した状態で嵌合固定されるため、一方の軌道輪とシール部材本体の基端との密封性をより高めることができる。
前記シール部材本体の基端に、金属製から成る芯金が設けられ、この芯金が、前記一方の軌道輪に嵌合固定されるものとしても良い。この場合、例えば、弾性部材が芯金全体を覆うものより、シール部材の剛性を高めることができ、他方の軌道輪に押付け力をより安定して与えることが可能となる。
【0015】
前記転がり軸受が、自動車のトランスミッションに用いられるものであっても良い。この場合、軸受の運転により最適なラビリンスすきまが形成されるため、トランスミッション内におけるギヤの摩耗粉等の異物が、軸受内に侵入することを防止できる。またシールトルクの低減を図れるので、自動車の省燃費化を図ることが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
この発明の転がり軸受は、内外輪と、この内外輪の軌道面間に介在する複数の転動体と、前記内外輪間に形成される軸受空間を密封するシール部材とを備えた転がり軸受において、前記シール部材は、シール部材本体の基端が内外輪のいずれか一方の軌道輪に固定され、シール部材本体の先端に、他方の軌道輪
に対してラジアル方向に接するシールリップ部を有し、このシールリップ部の断面形状は、軸受空間に対する外側の面に逃がし凹部が生じるように、径方向の中間部分となる腰部で屈曲したV字状の屈曲形状であって、前記腰部よりも先端側の部分である突起部分が先端に至るに従って狭まる先細り形状であり
、この突起部分の先端の軸方向位置を前記腰部の最小の軸方向幅内に設け、前記シール部材は、このシール部材を軸受に組込んだ状態で
、前記シールリップ部は前記腰部で屈曲し、前記突起部分の締代の変位に対し、前記他方の軌道輪に押付け力を与えるものとし、前記シールリップ部の突起部分は、軸受を回転状態で使用することで、前記突起部分が摩耗して非接触となるかまたは接触圧が零と見なせる程度の軽接触となる高摩耗材から
なり、前記シール部材は、前記突起部分の摩耗が進むと、それに追従するように前記腰部の曲がりがこのシール部材の組込み前の状態に戻ろうとするものとしたため、シールリップ部の締代にかかわらず、シール部材を十分にかつ確実に摩耗させて、低トルク化を図ることができると共に、軸受の耐異物侵入性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
この発明の第1の実施形態を
図1ないし
図6と共に説明する。
この実施形態に係る転がり軸受は、例えば、自動車のトランスミッションに用いられる。以下の説明は、シール部材の装着方法についての説明をも含む。
図1に示すように、この転がり軸受は、軌道輪である内外輪1,2の軌道面1a,2aの間に複数の転動体3を介在させている。これら内外輪1,2および転動体3は、例えば、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼や、マルテンサイト系のステンレス鋼等からなる。但し、これらの鋼に限定されるものではない。これら転動体3を保持する保持器4を設け、内外輪1,2間に形成される環状の軸受空間の両端をそれぞれシール部材5で密封している。この軸受内にはグリースが初期封入される。この転がり軸受は、転動体3を玉とした深溝玉軸受であり、この例では内輪1を回転輪とし、外輪2を固定輪とした内輪回転タイプとしている。ただしシール付き軸受としてアンギュラ玉軸受を適用することも可能である。また、内輪1を固定輪とし、外輪2を回転輪とした外輪回転タイプとすることも可能である。
【0019】
図2(A)に示すように、外輪2の内周面には、環状のシール部材5を嵌合固定するシール取付溝2bが形成されている。シール部材5は、環状の芯金6と、この芯金6に一体に固着される弾性部材7とを有する。これら芯金6および弾性部材7の大部分により、シール部材本体8が構成され、弾性部材7の残余の部分、この例では弾性部材7の内周側部分によりシールリップ部9が構成される。このシールリップ部9を、内輪1に対して、ラジアル方向に接触する形状としている。また、この例では、弾性部材7は、芯金6の立板部6bの内側面を除き芯金6の全体を覆うように設けられる。シール部材5は、例えば、ゴム材を加硫成形して形成され、この加硫成形時に金属製の芯金6が弾性部材7に接着される。
【0020】
芯金6は、外径側から順次、円筒部6aと、立板部6bと、傾斜部6cとを有する。立板部6bが内外輪1,2の端面よりも軸方向内側で同端面と略平行に配置される。この立板部6bの基端に、円筒部6aが繋がり、これら立板部6bと円筒部6aとで断面L字形状を成す。円筒部6aと、この円筒部6aの外周面に設けられる外周部7a(弾性部材7の一部)とで成るシール部材5の基端が、シール部材本体8の基端となる。このシール部材本体8の基端が、外輪2のシール取付溝2bに嵌合固定される。このとき、外周部7aは、シール取付溝2bに弾性変形した状態で固定され、外輪2とシール部材本体8の基端との密封性をより高めている。立板部6bの先端には、内径側に向かうに従って軸方向内側に傾斜する傾斜部6cが繋がっている。
【0021】
芯金6における、立板部6bの外表面は均一な薄肉形状の覆い部7bで覆われ、傾斜部6cの内外表面はそれぞれ覆い部7c,7dで覆われている。前記覆い部7c,7dの内径側先端が、シール部材本体8の先端となる。このシール部材本体8の先端に、内輪1の外周面1bに接するシールリップ部9が設けられる。弾性部材7は、前記外周部7a、覆い部7b,7c,7d、およびシールリップ部9を有する。なお
図2(A),(B)においてシールリップ部9の先端は、内輪1内に嵌り込んでいるように図示しているが、実際には、シールリップ部9の先端は、シール装着状態で内輪1に対し締代をもった状態で接触している。
【0022】
図2(B)に示すように、シールリップ部9は、外径側から順次、リップ基端部10と、腰部11と、突起部分12とを有し、これら10,11,12は一体に形成されている。リップ基端部10は、芯金6の傾斜部6cの内周縁よりも内径側に所定距離延び、このシールリップ部9における径方向の基端部分となる。このリップ基端部10は、内径側先端つまり腰部11に向かうに従って薄肉となる断面形状を成す。またリップ基端部10における、軸受空間側の内側面および逆側の外側面は、それぞれ内径側先端に向かうに従って軸方向内側に至るように傾斜する断面形状に形成されている。
【0023】
図2(B)に示すように、前記腰部11は、シールリップ部9における径方向の中間部分となり、リップ基端部10と突起部分12との間に位置する。シール部材5を軸受に組込んだ状態、つまりシールリップ部9を内輪1の外周面1bに嵌合させた状態において、シールリップ部9は、軸受空間に対する外側の面に逃がし凹部13が生じるように、前記腰部11で屈曲した断面V字状の屈曲形状となる。この場合の逃がし凹部13は、腰部11の外側面だけでなく、腰部11の外側面とリップ基端部10の外側面とを合わせた面に生じる凹部である。前記断面は、シール部材5を軸受軸心を含む平面で切断して見た断面である。
【0024】
前記腰部11の断面形状は、この腰部11の径方向の中間が最も薄く両端に至るに従って厚くなる形状とされている。具体的には、腰部11は、前記逃がし凹部13を形成するため、外径側から内径側に向かって順次、第1〜第4腰部分11a〜11dを有する。第1腰部分11aは、腰部11における径方向の最外径側部分において、内径側に向かうに従って薄肉となる断面形状を成す。この第1腰部分11aの軸受空間側の内側面は、リップ基端部10の内側面に平坦に繋がり、第1腰部分11aの外側面は、リップ基端部10の外側面に平坦に繋がっている。また、軸受軸心に垂直な平面に対する第1腰部分11aの外側面の傾斜角度は、同平面に対する第1腰部分11aの内側面の傾斜角度よりも大きくなっている。第1腰部分11aに繋がる第2腰部分11bは、内径側に向かうに従って僅かに薄肉となる断面形状を成す。特に前記平面に対する第2腰部分11bの内側面の傾斜角度を、第1腰部分11aの内側面の前記傾斜角度よりも小さくしている。第3,第4腰部分11c,11dは、それぞれ内径側に向かうに従って厚肉となる断面形状を成す。第3腰部分11cの内側面は、第2腰部分11bの内側面の内径側縁に繋がり、前記平面に対する第3腰部分11cの内側面は、内径側先端に向かうに従って軸方向外側に至るように傾斜する断面形状に形成されている。第4腰部分11dの内側面は、第3腰部分11cの内側面の内径側縁に繋がり、前記平面に対する第4腰部分11dの内側面は、内径側先端に向かうに従って軸方向外側に至るように傾斜する断面形状に形成されている。
【0025】
腰部11よりも先端側の部分である突起部分12は、先端に至るに従って狭まる先細り形状である。突起部分12の軸受空間側の内側面12aは、内径側先端に向かうに従って軸方向外側に至るように傾斜する断面形状に形成され、突起部分12の軸受外部側の外側面12bは、内径側先端に向かうに従って軸方向内側に至るように傾斜する断面形状に形成されている。これにより突起部分12は先端程軸方向の厚みが薄くなる、断面三角形状の先細り形状となり、この突起部分12を摩耗し得る面圧がシールリップ部9に作用し易くなっている。
【0026】
ここで
図11は他の従来例のシールリップの要部の断面図である。本件出願人は、
図11の二点鎖線にて示す軸受組込み前の自然状態で、シールリップ53の内径面53aを軸受内側に開くテーパ面とし、同図実線にて示す軸受組込み後、シールリップ53の内径面53aを、内輪54に接触した弾性変形状態とする技術を提案している(特許文献2)。この従来例では、シールリップ53で軸受を密封するためにこのシールリップ53に負荷を与えている。但し、この従来例では、軸受を使用しているうちにシールリップ53に微小な摩耗が生じることはあっても、積極的には摩耗はさせない。つまりシールリップ53を摩耗させるために、負荷を与える構造ではない。このシールリップ53のリップ先端は、こすり付ける圧力が少なく、弾性変形する。
これに対して本願発明のものは、
図2(B)に示すように、シールリップ部9の先端を摩耗させるために、このシールリップ部9の突起部分12の先端に負荷を与えている。
【0027】
突起部分12の外径側端には、軸受外部側で軸方向に突出する軸方向突出部12cが設けられている。この軸方向突出部12cは、リップ基端部10の外側面とは接触しないように設定している。
《接触させない理由について説明する。》
リップ先端が内輪1と接触している部分に負荷されている押付け力はゴムの弾性のみを想定しており、軸方向突出部12cがリップ基端部10の外側面と接触させてしまうとゴムの弾性以外の負荷がかかり、回転抵抗があがってしまう。リップへの負荷は上がるので、摩耗の促進は期待できるかも知れないが、一方で外輪側のスリップを回避するために連れ回りトルクも上げる必要が出てくる。(内輪側のトルク>外輪側のトルクとなると外輪側でシールがすべりが生じるので、シール内径側のリップの摩耗はしない。)
【0028】
突起部分12は、この軸受を回転状態で使用することで、前記突起部分12が摩耗して非接触となるか接触圧が零と見なせる程度の軽接触となる高摩耗材からなる。高摩耗材は、この例では先端側の部分である突起部分12のみに設けているが、この例に限定されるものではない。例えば、突起部分12および腰部11が高摩耗材からなるものとしても良いし、突起部分12、腰部11、およびリップ基端部10にわたるシールリップ部9全体が高摩耗材からなるものとしても良い。高摩耗材は例えば高摩耗ゴム材からなる。高摩耗材を構成する他の材料として、樹脂材、固体潤滑材、不織布、軟鋼等を適用しても良い。前記樹脂材を用いる場合、図示外の射出成形金型を用いて樹脂材を射出成形してシール部材5を形成することができる。
【0029】
シール部材5を軸受に組込んだ状態において、シールリップ部9の突起部分12の先端が、内輪外周面1bよりも径方向内方に位置するいわゆる締代δ2をもった状態となる。また、シール部材5は、このシール部材5を軸受に組込んだシール装着状態で、突起部分12の内輪1に対する締代δ2の変位に対し、内輪1に一定の押付け力を与える。この状態で内輪1が回転することで突起部分12が摩耗するようになっている。
【0030】
ここでシールリップ部9の摩耗のメカニズムについて説明する。
前述のように、シールリップ部9を断面V字状の屈曲形状とし、シールリップ部9を内輪1の外周面1bに嵌合させることで、突起部分12に内輪1への反力つまり押付け力が作用する。換言すれば、シールリップ部9を、軸受空間に対する外側の面に逃がし凹部13が生じるように、径方向の中間部分となる腰部11で屈曲したV字状の屈曲形状とすることで、シールリップ部9は、腰部11で屈曲するばねのようになり、突起部分12を内輪1に摩耗可能な面圧で押付ける。内輪1が回転して突起部分12の摩耗が進むと、それに追従するように腰部11の曲がりがシール部材組付け前の状態に戻ろうとするため、突起部分12の摩耗が連続して進行する。内輪1に対するシールリップ部9の反力(「リップ反力」と言う場合がある)が「0」に近づくと、シールリップ部9の摩耗は完了し、最適なラビリンスすきまが形成される。
【0031】
図4に示すように、前記シール部材5を成形するシール成形型14は、例えば、組合わされる2個の金型15,16を有する。これら金型15,16のうち一方の金型15は、シール部材5の内側面部分を成形する環状のキャビティ部分17を有し、他方の金型16は、同シール部材5の外側面部分を成形する環状のキャビティ部分18を有する。これら2個の金型15,16を互いに組合わせた状態で、シール部材5を成形するキャビティ19が形成される。シール成形型14において、キャビティ19の外周側部分、内周側部分に隣接して、弾性部材7の材料を前記キャビティ19に注入する環状のゲート20a,20bがそれぞれ設けられている。
【0032】
前記高摩耗ゴム材が適用されるシールリップ部9の突起部分12と、ゴム材が適用される弾性部材7の他の部位とは、シール成形型14により、例えば、二色成形により成形される。先ず、キャビティ19の外周側部分に隣接するゲート20aからゴム材を注入し、一次側となる弾性部材7の前記他の部位を成形する。次に、キャビティ19の内周側部分に隣接するゲート20bから高摩耗ゴム材を流し込み、二次側となるシールリップ部9の突起部分12を成形する。なお、先にキャビティ19の内周側部分に隣接するゲート20bから高摩耗ゴム材を流し込み、突起部分12を成形した後、キャビティ19の外周側部分に隣接するゲート20aからゴム材を注入し、突起部分12以外の部位を成形しても良い。いずれにしても、同一のシール成形型14により、高摩耗ゴム材から成る突起部分12と、ゴム材から成るその他の部位とを一体に成形し得る。
【0033】
作用効果について説明する。
この構成によると、
図3(B)に示すように、運転初期には接触タイプであったシール部材5が、
図3(C)に示すように、運転数十分後には、摩耗により非接触または軽接触タイプのシール部材5となる。つまり軸受を回転状態で使用することで、シールリップ部9の突起部分12が摩耗する。このとき
図3(B)に示すように、シールリップ部9の突起部分12の締代が運転に伴い変位しても、このシール部材5は、締代の変位に追従して内輪1に一定のラジアル方向の押付け力F1を与える。
【0034】
ここで
図5は、本実施のシール部材を備えた転がり軸受(「開発品」と称す)および従来品のシール摩耗確認試験結果(締代と反力との関係)を示す図である。同
図5において、丸印は開発品を指し、四角印は従来品を指す。なお横軸のしめしろは半径値(単位mm)を示す。従来品では、締代0.24mmから0.09mmの変位に対し、内輪1への反力が約4.5kgfから2.0kgfと変動した。これに対し、開発品では、締代0.3mmから0.15mmの変位に対し、内輪1への反力が約2.75kgfから1.75kgfと従来品よりも変動幅の狭い一定範囲に収まっている。
【0035】
このように突起部分12の締代が運転に伴い変位しても、このシール部材5は、締代の変位に追従して内輪1に
図5のF1で表記する一定の押付け力を与えるため、
図3(c)に示すように、内輪1に接触するシールリップ部9の突起部分12を早期にかつ確実に摩耗させ、シールリップ部9と内輪1との間に、微小な最適すきまつまりラビリンスすきまδsが形成される。
【0036】
特に、シールリップ部9の径方向の中間部分を、屈曲したV字状の屈曲形状としたため、軸受運転時に突起部分12の摩耗が進んでも、シールリップ部9の姿勢を安定して維持することができると共に、内輪1への押付け力を一定に維持することができる。すなわち、シール部材5を軸受に組付けたシール装着状態において、
図3(A)に示すように、シールリップ部9は腰部11で屈曲するばねのようになり、リップ先端である突起部分12を内輪1に摩耗可能な面圧で押付ける。
図3(B)に示すように、内輪1が回転して突起部分12の摩耗が進むと、それに追従するように腰部11の曲がりがシール部材組付け前の状態に戻ろうとするため、突起部分12の摩耗が連続して進行する。
図3(C)に示すように、内輪1に対するシールリップ部9の反力が「0」に近づくと、シールリップ部9の摩耗は完了し、最適なラビリンスすきまδsが形成される。
【0037】
このラビリンスすきまδsが形成されることで、以下の効果が得られる。
(1)シールトルクが低減される。
(2)従来品に対して、軸受の自己昇温が下がる。
(3)軸受の自己昇温が下がることで、従来使用していたオイルよりもさらに低粘度のオイルを選択できる。
(4)トランスミッション全体の損失低減が見込める。
(5)ラビリンスすきまδsのため、軸受寿命に影響するような粒径の大きい異物が、軸受内に侵入することを防げる。
【0038】
ここで
図6は、開発品の運転時間と起動トルクとの関係を示す図である。
軸受呼び番号6207の深溝玉軸受について、本実施形態に係るシール部材を組み込んだ複数個の開発品のシール摩耗確認試験を行ったところ、以下のような結果を得た。試験条件は、ラジアル荷重:500N、回転速度:4000min
−1、オイル条件:オートマチックトランスミッションフルードによる油浴、略称;ATF油浴とした。ここでシール部材5の突起部分12が摩耗して、接触圧が零と見なせる程度の軽接触となるシールトルク(起動トルク)のレベルは0.04N・mであり、非接触となるシールトルクのレベルは0.01N・mである。試験開始して予め定めた運転時間経過時に、各開発品の起動トルクを確認したところ、運転数十分後には、少なくとも軽接触となるシールトルクのレベルとなった。このようにシールトルクの低減を図ることができる。
【0039】
シールリップ部9の姿勢が安定している原理について
図2(B)に示すように、シールリップ部9は、軸受空間に対する外側の面に逃がし凹部13が生じるように、径方向の中間部分となる腰部11で屈曲したV字状の屈曲形状としたため、シール部材5を軸受に組込むとき、組込み方向に沿ってシールリップ部9が弾性変形する。このため、シール部材5の軸受組込み時にシールリップ部9が軸受外部側に逃げ易くなり、シールリップ部9が不所望に反転することはない。
【0040】
シールリップ部9に安定した反力が作用する原理について
シールリップ部9は腰部11で屈曲するばねのような形状なので、シールリップ部9の突起部分12が摩耗可能な適度の反力が、この突起部分12に働く。軸受運転時に突起部分12の摩耗が進んでも、それに追従して腰部11の曲がりがシール部材組付け前の状態に弾性復帰しようとするので、リップ反力は急激に低下しない。また、
図2(B)に示すように、シールリップ部9は腰部11で屈曲するが、逃がし凹部13があるので、シールリップ部9が大きな剛性を持たず、シールリップ部9と内輪1との接触部で過大な反力が働かない。これにより、
図2(A)に示すように、シール部材5の外輪側つまりシール部材本体8の基端が、外輪シール溝2bに対しスリップすることを防ぐことができ、シールリップ部9の摩耗を阻害することはない。
【0041】
以上より、シールリップ部9にばねのような弾性を持たせることで、シールリップ部9の締代によらず内輪1に安定したリップ反力を負荷することができる。
突起部分12の摩耗が進んでも、急激にリップ反力が低下しない。
シールリップ部9全体が大きな剛性を持たないので、過大なリップ反力が働かない。
したがって、シールリップ部9の締代にかかわらず、シール部材5を十分にかつ確実に摩耗させて、低トルク化を図ることができる。これに共に、軸受の耐異物侵入性の向上を図ることができる。
図2(A)に示すように、弾性部材7が芯金6の全体を覆う構成としたため、シール部材本体8の基端にある弾性部材7の一部が、外輪2のシール溝2bに弾性変形した状態で固定される。これにより、外輪2とシール部材本体8の基端との密封性をより高めることができる。
【0042】
図7(A)に示すように
、参考提案例として、シールリップ部9Aを、内輪1に対して、アキシアル方向に接触する形状としても良い。この例では、
図7(B)に拡大して示すように、内輪1の軸受空間側の周面つまり内輪外周面1bに、シール溝21が設けられている。このシール溝21は、内輪外径面に繋がる傾斜面21aと、この傾斜面21aに続く溝底面21bとを有する。前記傾斜面21aは、外径側から内径側に向かうに従って、軸方向外側に傾斜する形状に形成されている。この傾斜面21aに、シールリップ部9Aの後述の突起部分12Aがアキシアル接触する。
【0043】
シール部材5Aのシールリップ部9Aのうちリップ基端部10Aは、内径側先端に向かうに従って薄肉となる断面形状を成す。このリップ基端部10Aの軸受空間側の内側面は、内径側先端に向かうに従って軸方向外側に傾斜し、同リップ基端部10Aの外側面は、内径側先端に向かうに従って軸方向内側に傾斜するように形成されている。このシールリップ部9Aは、外側面に逃がし凹部13が生じるように、前記リップ基端部10Aと腰部11Aとで断面V字形状を成し、さらに内側面に凹部22が生じるように、前記腰部11Aと突起部分12Aとで前記と逆向きの断面V字形状を成す。突起部分12Aは、内径側先端に向かうに従って軸方向内側に傾斜するように形成されている。この突起部分12Aの軸受空間側の内側面12Aaと底面12Abとの角部が、内輪シール溝21の傾斜面21aに対し、アキシアル方向に接触するようになっている。
【0044】
この構成によると、前記シール部材5Aを軸受に組付けたシール装着状態において、シールリップ部9Aは腰部11Aで屈曲するばねのようになり、リップ先端である突起部分12Aを内輪1に摩耗可能な面圧で押付ける。内輪1が回転して突起部分12Aの摩耗が進むと、それに追従するように腰部11Aの曲がりがシール部材組付け前の状態に戻ろうとするため、突起部分12Aの摩耗が連続して進行する。その後、内輪1に対するシールリップ部9Aの反力が「0」に近づくと、シールリップ部9Aの摩耗は完了し、最適なラビリンスすきまが形成される。このラビリンスすきまが形成されることで、前述の(1)乃至(5)の効果を奏する。
【0045】
図8に示すように、シール部材5Bの弾性部材7が、芯金6Aの一部を覆うように構成しても良い。この芯金6Aは、金属製薄板状の鋼板から成り、屈曲部6Aa、円筒部6Ab、第1の立板部6Ac、第1の傾斜部6Ad、第2の立板部6Ae、および第2の傾斜部6Afを含む。前記弾性部材7は、第2の立板部6Aeの内径側部分および第2の傾斜部6Afを覆う。屈曲部6Aaおよび円筒部6Abを、外輪シール溝2b(
図2(A))に加締めて固定する。その他第1の実施形態と同様の構成となっている。この場合、弾性部材が芯金全体を覆うものより、シール部材5Bの剛性を高めることができ、シール部材5Bの剛性を高めることができ、内輪1に押付け力をより安定して与えることが可能となる。
【0046】
図9は、いずれかの実施形態に係る転がり軸受を、自動車のトランスミッションに組み込んだ一例を示す概略図である。同図はオートマチックトランスミッションの例である。ケース23の軸方向両端に転がり軸受BR1,BR1の各外輪が嵌合され、これら軸受BR1,BR1の内輪に、メインシャフト24の両端がそれぞれ回転自在に支持されている。ケース23に、カウンターシャフト25が前記メインシャフト24と平行に設けられている。このカウンターシャフト25は、メインシャフト24のギア部に噛み合うギア部を有し、前記ケース23に軸受を介して回転自在に支持されている。
【0047】
このように転がり軸受BR1,BR1を、自動車のトランスミッションに組み込んだ場合、トランスミッション内におけるギヤの摩耗粉等の異物が、軸受内に侵入することを確実に防止することができ、かつシールリップ部の締代にかかわらず、シール部材を十分にかつ確実に摩耗させて、低トルク化を図ることができる。シールトルクの低減を図れるので、自動車の省燃費化を図ることが可能となる。
なお、いずれかの実施形態に係る転がり軸受を、無断変速式トランスミッションや、手動変速式トランスミッションに用いても良い。