特許第5889890号(P5889890)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5889890改変されたウイルス株およびインフルエンザウイルスのワクチンシードの生産を改善する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5889890
(24)【登録日】2016年2月26日
(45)【発行日】2016年3月22日
(54)【発明の名称】改変されたウイルス株およびインフルエンザウイルスのワクチンシードの生産を改善する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 7/00 20060101AFI20160308BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20160308BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20160308BHJP
【FI】
   C12N7/00ZNA
   C12P21/02 C
   C12N15/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-519047(P2013-519047)
(86)(22)【出願日】2011年7月8日
(65)【公表番号】特表2013-534428(P2013-534428A)
(43)【公表日】2013年9月5日
(86)【国際出願番号】EP2011061604
(87)【国際公開番号】WO2012007380
(87)【国際公開日】20120119
【審査請求日】2014年6月24日
(31)【優先権主張番号】1055716
(32)【優先日】2010年7月13日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】596096180
【氏名又は名称】ユニベルシテ・クロード・ベルナール・リヨン・プルミエ
(73)【特許権者】
【識別番号】511171866
【氏名又は名称】オスピス シヴィル ドゥ リヨン
(73)【特許権者】
【識別番号】594016872
【氏名又は名称】サントル、ナショナール、ド、ラ、ルシェルシュ、シアンティフィク、(セーエヌエルエス)
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(72)【発明者】
【氏名】バンサン、ムゥル
(72)【発明者】
【氏名】マヌエル、ロサ‐カラトラバ
(72)【発明者】
【氏名】オリビエ、フェラリ
(72)【発明者】
【氏名】マチュー、イブ
【審査官】 鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2009/0074804(US,A1)
【文献】 Virus Research, 2009(online), Vol.147, pp.145-148
【文献】 "polymerase PB1 [Influenza A virus (A/Nonthaburi/102/2009(H1N1))]", Acc.ACR08608, インターネット, 2009, [2015.7.10検索], URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/237651457?sat=16&satkey=2346195
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 7/00−7/08
C12N 15/00−15/90
C12P 21/00−21/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面上のHA−NA(血球凝集素およびノイラミニダーゼ)糖タンパク質の量が、直径100nmのビリオンに対して550個の糖タンパク質よりも多く、配列番号2のPB1タンパク質をコードするH3N2インフルエンザウイルスのPB1遺伝子と、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのHAおよびNA遺伝子、または、H3N2、H5N1もしくはH5N2サブタイプを有するウイルスから選択されるインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子とを含む、改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルス。
【請求項2】
インフルエンザウイルスのHA−NAワクチン糖タンパク質を生産する方法であって、HA−NAワクチン糖タンパク質をコードするHAおよびNA遺伝子を含む請求項に記載の改変されたインフルエンザウイルスを卵または細胞において増幅する、方法。
【請求項3】
インフルエンザA/PR/8/34ウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質の量を増加させる方法であって、前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスにおける配列番号1のPB1タンパク質をコードするPB1遺伝子を、配列番号2のPB1タンパク質をコードするH3N2インフルエンザウイルスのPB1遺伝子で置換することを含前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスが、前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む再集合体ウイルス、または、H3N2、H5N1もしくはH5N2サブタイプを有するウイルスから選択されるインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む再集合体ウイルスである、方法。
【請求項4】
インフルエンザウイルスのHA−NA糖タンパク質を含む一用量のワクチンの免疫原性を、生産される糖タンパク質のNA/HA比を高めることによって増強する方法であって、前記糖タンパク質が、請求項に記載の改変されたインフルエンザウイルスの、卵または細胞での増幅によって生産される、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改変されたPB1遺伝子を含む改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルス、およびインフルエンザウイルスのワクチンシードの生産のための改変されたA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有する再集合体ウイルスを実装する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスにより引き起こされるインフルエンザは、毎年冬に温帯地域で集団発生を引き起こす、世界中で見られる一般的なウイルス性の呼吸器感染である。インフルエンザは今日も依然として、感染性疾患による死亡としては肺炎に次ぐ第二の原因である。ヒトにおける病態の原因となるインフルエンザウイルスはA型およびB型インフルエンザウイルスである。B型インフルエンザウイルスは系統の形態で循環するが、A型インフルエンザウイルスは、血球凝集素(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)という2つの主要な表面糖タンパク質の抗原特性によってウイルスサブタイプに分けられる。インフルエンザウイルスはそれらの表面に300〜700の間の糖タンパク質を持ち、理論的NA/HA比は1対10である。ヒトにおいて循環し、季節的流行を引き起こすウイルスは、A(H1N1)型およびA(H3N2)型ウイルスである。インフルエンザウイルスの主要な保有宿主は動物保有宿主(鳥類およびブタ)であり、動物ウイルスが種の障壁を越えてヒトに感染し得る。高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)型ウイルスおよびパンデミックA(H1N1)型ウイルスなどのウイルスは重大な公衆衛生問題を発生させる可能性がある。
【0003】
現在のところ、予防接種が集団をインフルエンザウイルスから保護する唯一の有効な手段である。いわゆる季節性ワクチンは、循環している季節性A(H1N1)型およびA(H3N2)型ウイルスおよびB型ウイルスに対する免疫を提供する。これは毎年WHOにより前年の原型株に基づいて定義される。宿主の免疫応答は主として体液性であり、HAおよびNAタンパク質に対する中和抗体の合成を伴う。これらの2つのタンパク質の顕著な抗原ドリフトのために、特に、A型ウイルスでは、ワクチンの組成は毎年見直さなければならない。
【0004】
ワクチン生産の標準的な方法は、まず、A/PR8/34(H1N1)株との遺伝子再集合により、WHOによって決定された3つの原型株のそれぞれに関して卵でワクチンシードを得ることにある。ほとんどのワクチン生産者は、一般に、主として親A/PR/8/34ウイルスに由来するこれらの再集合体ウイルスを使用する。従って、各ワクチンシードは、原型株と卵で最適な複製能を有するA/PR8/34(H1N1)ウイルスとの間の遺伝子再集合から生じる。
【0005】
ウイルス粒子は、一本鎖RNAから構成される8つの異なる遺伝子を含み、各遺伝子は1〜3個の特異的ウイルスタンパク質:HA、NA、M1、M2、NP、NS1、NS2、PB1、PB1F2、PB1N40、PB2およびPAをコードしている。その結果、長い選抜過程を経れば、PR8ウイルスの遺伝的背景に原型株のHAおよびNAをコードする遺伝子(「6+2」組成)の少なくともセグメントを含むワクチン再集合体の獲得が可能となる。3つの原型株と親A/PR/8/34株の間の遺伝子再集合に由来するこの3ワクチン再集合体を次に卵で増幅させる。HAおよびNA抗原は、ワクチンの用量を生産するために、アジュバントを伴ってまたは伴わずに、尿膜系の産物から精製される。ワクチン用量を生産するためのこの工業的プロセスは長期間である(4〜6か月)。近年、ワクチン用量を得るための別の戦略が開発された。実際に、ワクチン再集合体を増幅するために細胞系統を使用すると、とりわけ、「卵(egg)」系(パンデミックを管理するには卵の品質が不十分)にもはや依存しないこと、尿膜生産法を用いる場合に決まって見られる表面抗原の変化を軽減すること、および非アレルゲン性とすることが可能となる。しかしながら、現在のところ、この工業的プロセスは現在のところ卵が果たすほどの機能を果たさないことから、この新しい生産方法を選択する製造者はほとんどない。
【0006】
ワクチン用量生産時間を最小まで短縮するために、また、用量数の点で同等の収量を有するという目標で、「6+2」組成を有するワクチン再集合体を迅速に得ることを可能とし、従って、全選抜工程を省いた逆遺伝学的技術の使用によってワクチンシードを得ることができる。逆遺伝学による組換えウイルスの生産は、ワクチンの需要に効果的に応じるための最も現実的な代替法を与える。逆遺伝学による組換えウイルスの生産は、次に、原型株との遺伝子再集合のプロセスによって用いられる場合に、卵または細胞におけるワクチン用量の生産のために至適化されたウイルス特徴を有するワクチン再集合体を生産することを可能とする「至適化」PR8ウイルスを生産するという可能性を拓く。
【0007】
現在、パンデミック病原性ウイルスの出現に関して、インフルエンザ感染は、工業国だけで、130万〜200万人の入院および280,000〜650,000人の死亡にのぼると見られている(WHOデータ)。
【0008】
ワクチンの用量は、HA抗原の一定量によって定義される(15μg/ウイルスサブタイプ/用量)。ワクチンロットをバリデートするためには、NA抗原の陽性検出が必要である。主要な経済的論点の1つは、ワクチン用量の製造コストを削減できるということである(1回の生産当たりの多用量化および/または同じ用量を生産するための時間の短縮)。
【0009】
Wanitchangらには、再集合体(「5+3」)A/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子がS−OIVウイルスのPB1遺伝子に置換された場合の、H1N1(S−OIV)ウイルスのHA/NA糖タンパク質を発現する再集合体ウイルスの増殖の改善およびそのNA活性の増強が記載されている。しかしながら、この増殖の改善およびNA活性の増強は、S−OIV HA/NA糖タンパク質に特異的なものである。さらに、この増殖の改善およびNA活性の増強は、S−OIV PB1遺伝子を含む再集合体(「7+1」)A/PR/8/34ウイルスでは検出されない。この文献には、A/PR/8/34ウイルス表面のHA−NA糖タンパク質の量を増加させる方法は記載されておらず、ウイルス表面のHA−NA糖タンパク質の量が増加されている改変されたA/PR/8/34ウイルスも記載されていない。
【発明の開示】
【0010】
本発明は、より多くの表面糖タンパク質を生産するウイルス株(ワクチン再集合体)およびHA/NA表面糖タンパク質の生産を改善する方法に関する。本発明は特に、インフルエンザウイルスのワクチンシードを生産するために慣用されるPR8ウイルスの改変からなる。この改変は、より多量の表面糖タンパク質(HAおよびNA)およびNAに好都合な異なるHA/NA比を有するワクチン再集合体を得るためにPB1タンパク質の特定のアミノ酸を改変することからなる。これらは抗インフルエンザワクチン用量の抗原を構成する。本発明は、A型およびB型インフルエンザウイルスのワクチンシードを量的および質的に至適化することを可能とする。
【0011】
本発明の利点の1つは、生産されたある量のHAに関して、NAの過剰発現によりワクチン用量の免疫原性を高めることである。
【0012】
もう1つの利点は、表面糖タンパク質の発現を増強することにより、卵または細胞において生産されるワクチンの用量数を増すことを可能とする系を取得することである。
【0013】
発明の概要
本発明は、表面上のHA−NA(血球凝集素およびノイラミニダーゼ)糖タンパク質の量が、直径100nmのビリオンに対して550糖タンパク質よりも多く、188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)から選択される少なくとも2つの特異的アミノ酸改変を有するPB1タンパク質をコードする配列番号1の変異型PB1遺伝子を含む、改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスを目的とする。
【0014】
好ましくは、本発明による改変されたウイルスは、少なくとも563(I→R)および682(V→I)の改変を有するPB1タンパク質をコードする配列番号1の変異型PB1遺伝子を含む。
【0015】
別の実施形態では、本発明によるA/PR/8/34ウイルスは、HA−NA表面糖タンパク質の量が直径100nmのビリオンに対して550糖タンパク質よりも多い別のA型インフルエンザウイルス株のPB1遺伝子を含む。
【0016】
好ましくは、本発明による改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスは、配列番号2の配列を有するH3N2インフルエンザウイルスのPB1遺伝子を含む。
【0017】
有利には、本発明による改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスは、別のインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む再集合体である。
【0018】
別の有利な実施形態では、本発明による改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスは、H3N2、H2N2、H1N2、H5N2、H5N1、H7N7、H9N2およびH3N1サブタイプを有するウイルスから選択されるインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む。
【0019】
本発明のもう1つの目的は、HA−NAワクチン糖タンパク質をコードするHAおよびNA遺伝子を含む本発明による改変されたインフルエンザウイルスが卵または細胞において増幅される、インフルエンザウイルスのHA−NAワクチン糖タンパク質の生産方法である。
【0020】
好ましくは、HA−NAワクチン糖タンパク質は、H3N2、H2N2、H1N2、H5N2、H5N1、H7N7、H9N2およびH3N1サブタイプを有するウイルスの糖タンパク質から選択される。
【0021】
本発明はまた、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質の量を増加させる方法であって、PB1遺伝子によりコードされているPB1タンパク質に188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)から選択される少なくとも2つの特異的アミノ酸改変を導入するための前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスの配列番号1のPB1遺伝子の改変を含む方法に関する。
【0022】
好ましくは、前記方法は、PB1遺伝子によりコードされているPB1タンパク質に少なくとも2つの特異的アミノ酸改変563(I→R)および682(V→I)を導入するためのインフルエンザA/PR/8/34ウイルスの配列番号1のPB1遺伝子の改変を含む。
【0023】
別の実施形態では、本発明による方法は、配列番号1のPB1遺伝子を、HA−NA表面糖タンパク質の量が直径100nmのビリオンに対して550糖タンパク質よりも多い別のA型インフルエンザウイルス株のPB1遺伝子で置換することを含む。
【0024】
好ましくは、前記方法は、配列番号1のPB1遺伝子を、配列番号2の配列を有するH3N2インフルエンザウイルスのPB1遺伝子で置換することを含む。
【0025】
有利には、A/PR/8/34ウイルスは、別のインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む再集合体ウイルスである。
【0026】
別の有利な実施形態では、A/PR/8/34ウイルスは、H3N2、H2N2、H1N2、H5N2、H5N1、H7N7、H9N2およびH3N1サブタイプを有するウイルスから選択されるインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む再集合体ウイルスである。
【0027】
本発明はまた、インフルエンザウイルスのHA−NA糖タンパク質を含む一用量のワクチン(a dose of vaccine)の免疫原性を、生産される糖タンパク質のNA/HA比を高めることによって増強する方法であって、前記糖タンパク質が本発明による改変されたインフルエンザウイルスの、卵または細胞での増幅によって生産される方法を目的とする。
【0028】
配列リスト
配列番号1:インフルエンザA/PR8/8/34 A(H1N1)ウイルスのPB1のタンパク質配列
配列番号2:インフルエンザモスクワ/10/99 A(H3N2)ウイルスのPB1のタンパク質配列
【0029】
発明の具体的説明
本発明は、異なるインフルエンザウイルス株はそれらの表面に同じ量のHAおよびNA糖タンパク質を持たないという予期しない知見に基づく。特に、受精鶏卵への注射によるウイルス増幅に関わる製造者により用いられているA/PR/8/34親株の遺伝的背景を有するインフルエンザウイルスは、他のインフルエンザウイルス株よりも少ない量のHAおよびNA糖タンパク質を発現することが分かった。この知見は、A/PR/8/34の遺伝的背景を有し、かつ、HAおよびNAワクチン糖タンパク質を発現する再集合体ウイルスは抗インフルエンザワクチンの生産に従来から用いられていることから、大きな重要性を持つ。ワクチン用量は、HA抗原の15μg/ウイルスサブタイプ/用量という一定量によって定義される。A/PR/8/34の遺伝的背景を有するインフルエンザウイルスにより生産される糖タンパク質の量を増加させることは、ワクチン用量の生産収量を改善し、これらのワクチン用量の製造コストを削減するという観点から主要な論点となる。
【0030】
これらの結果を鑑みて、今般、予期しないことに、A/PR/8/34の遺伝的背景を有するウイルスにより生産されるHA−NA糖タンパク質の量はこのウイルスのPB1遺伝子の遺伝子改変によって増加させることができるということが見出された。よって、本発明は、A/PR/8/34の遺伝的背景を有し、かつ、原型株のHA−NA糖タンパク質をより多量に生産する改変されたウイルス、HA−NAワクチン糖タンパク質の生産収量を高める方法、およびA/PR/8/34ウイルスのより生産される糖タンパク質の量を増加させる方法に関する。本発明はまた、A/PR/8/34の遺伝的背景とともに、NAに好都合な異なるHA/NA比を有する改変されたウイルスに関する。
【0031】
本発明は特に、改変されたPB1遺伝子を含む改変されたA/PR/8/34ウイルス、ならびに改変されたPB1遺伝子と別のウイルス、特に、HA/NAワクチン抗原を生産するための原型ウイルスのHAおよびNA遺伝子とを含む改変された再集合体A/PR/8/34ウイルスに関する。本発明はまた、本発明による改変されたウイルスまたは再集合体ウイルスの卵での増幅を含むHA−NA糖タンパク質の生産方法に関する。最後に、本発明はまた、A/PR/8/34ウイルスまたはA/PR/8/34の遺伝的背景を有する再集合体ウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質の量を有意に増加させる方法も目的とする。これらの方法は、HA−NA糖タンパク質生産の収量を高めることを可能にする。
【0032】
「インフルエンザA/PR/8/34ウイルス」とは、A/PR/8/34株に関連するウイルスを意味する。A/PR/8/34株は、1934年にプエルトリコにおいて患者から採取されたインフルエンザウイルスを卵での生産に順応させることから得られたものである。A/PR/8/34株の種々のクローンが開発されており、当業者に周知である。A/PR/8/34株ならびにこの株に由来する種々のクローンはATCC寄託の対象となっている。それらは特にATCC寄託VR−95およびVR−1469である。このA/PR/8/34株は、ワクチン生産のために卵で高増殖能を有する再集合体ウイルスを作製するための親株として使用されている。A/PR/8/34株の種々のクローンが製造者らにより使用されているが、これらのクローンは遺伝的に高い類似性を留め、ワクチン生産のための卵での高増殖能を特徴とする。A/PR/8/34ウイルスの8つの遺伝子セグメントの配列がGenBankから以下の番号(HA:FJ888348.1、NA:CY038905.1、PB2:CY040177.1、PA:CY038908.1、NS:CY040174.1、PB1:CY040176.1、NP:CY040173.1およびM:CY040171.1)で入手可能である。
【0033】
「改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルス」とは、PB1遺伝子が改変されているA/PR/8/34株関連のウイルスを意味する。
【0034】
A型インフルエンザウイルスは、8つの遺伝子、最も特にはPB1、HAおよびNA遺伝子を含む。
【0035】
「改変されたA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有する再集合体ウイルス」とは、改変されたPB1遺伝子と、別のインフルエンザウイルス株のHAおよびNA糖タンパク質をコードする遺伝子とを含む、改変されたA/PR/8/34ウイルスの6つの遺伝子を有する再集合体ウイルスを意味する。HAおよびNA糖タンパク質をコードする遺伝子は、一般に、抗原研究および遺伝的研究(WHO関連の研究所による)をもとに大きなインフルエンザウイルス群を代表するものとして選択された野生型インフルエンザウイルス(または原型ウイルス)に由来する。これらの野生型インフルエンザウイルス(原型ウイルス)は臨床サンプルから直接増殖される。よって、毎年、WHOは特定の野生型インフルエンザウイルスから抗インフルエンザワクチンを作製することを推奨している。改変されたA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有する、対応する再集合体ウイルスは、鶏卵で極めてよく増殖し(A/PR/8/34株の特徴)、ワクチン生産のためのHAおよびNA糖タンパク質を発現する。
【0036】
「再集合体ウイルス」および「遺伝子再集合」とは、各親ウイルスの遺伝子を有するハイブリッドウイルスを得るための、2種または数種のインフルエンザウイルスの遺伝子が種々の組合せで見られる方法を意味する。この遺伝子再集合は自然界でも起こり得るし、あるいは実験室で得ることもできる。
【0037】
本発明による改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスは、改変されたPB1(ポリメラーゼ塩基性タンパク質1)遺伝子を含む。A型インフルエンザウイルスのPB1遺伝子は当業者に周知である。A/PR/8/34 PB1遺伝子の配列は、例えば、GenBankから番号CY040176.1、CY038909.1、CY038901.1、EF190980.1およびEF190972.1として入手可能である。
【0038】
インフルエンザA/PR/8/34ウイルスの種々のクローンのPB1遺伝子は、PB1遺伝子の遺伝的浮動がたとえ小さくとも少数の配列分散を持ち得る。特定の実施形態では、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子は、配列番号1のPB1タンパク質をコードする。別の特定の実施形態では、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子は、配列番号1のPB1タンパク質、または配列番号1と少なくとも98%、99%もしくは99.5%の同一性を有するこのタンパク質の変異体をコードする。
【0039】
「改変されたPB1遺伝子」とは、このセグメントによってコードされているタンパク質のアミノ酸配列に違いをもたらすその配列の改変を含むPB1遺伝子を意味する。
【0040】
PB1遺伝子は3つのタンパク質(PB1、PB1F2およびPB1N40)をコードし、PB1タンパク質は周知であり、ウイルスの複製/転写に中枢的役割を果たす(このタンパク質なしには複製は起こらない)。その他のタンパク質は補助的であるとされ、あまり理解されていない。PB1F2タンパク質はin vivoにおいて役割を果たすと思われるが、PB1N40タンパク質の転写において推定される役割を記載している研究はただ1つに過ぎない。さらに、循環ウイルスのPB1遺伝子セグメントはいずれもPB1F2タンパク質をコードしていない。当業者は、このことからPB1遺伝子の改変が、PB1、PB1F2および/またはPB1N40タンパク質の改変をもたらし得ると理解している。
【0041】
改変されたPB1遺伝子を含むA/PR/8/34ウイルスは、A/PR/8/34PB1遺伝子の突然変異誘発、特に、PB1遺伝子の配列に突然変異を導入するか、またはA/PR/8/34のPB1遺伝子を別のインフルエンザウイルス株のPB1遺伝子で置換することによって得られる。
【0042】
「HA−NA糖タンパク質」とは、血球凝集素(HA)糖タンパク質およびノイラミニダーゼ(NA)糖タンパク質を意味する。これらは、中和抗体の生産を誘導し得るインフルエンザAウイルス表面の特異的抗原タンパク質である。A型インフルエンザウイルスは、血球凝集素およびノイラミニダーゼの組合せ(16のサブタイプのHAと9つのサブタイプのNA)に応じて再分類される。
【0043】
それらのPB1遺伝子の改変により、改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスおよび本発明の改変されたA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を含む再集合体インフルエンザワクチンウイルスは、改変されたPB1遺伝子を含まないA/PR/8/34ウイルスの表面に通常存在するHA−NA糖タンパク質の量よりも増大された量のHA−NA糖タンパク質をそれらの表面に有する。
【0044】
好ましくは、改変されたPB1遺伝子を含むA/PR/8/34ウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質の量は、直径100nmのビリオンに対して550、600、より好適には650より多い糖タンパク質を有する。表面糖タンパク質(HA+NA)の量は、糖タンパク質スパイク間の距離を測定した後に、直径100nmのウイルスの表面積と相関させることによって決定される。4つの糖タンパク質スパイク間の距離は、低温電子顕微鏡によって測定される。
【0045】
好ましい実施形態では、A/PR/8/34株のPB1遺伝子は、PB1タンパク質に特定のアミノ酸改変をもたらす改変を有する。好ましくは、PB1遺伝子の改変は、A/PR/3/84株PB1タンパク質の1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14または15アミノ酸の特定の改変を伴う。より好適には、PB1遺伝子の改変は、A/PR/3/84株PB1タンパク質の少なくとも2個のアミノ酸の特異的改変を伴う。
【0046】
好ましくは、改変されたPB1遺伝子は、188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)から選択される少なくとも1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14または15の改変を含むPB1タンパク質をコードする。
【0047】
本発明の有利な一実施形態では、改変されたPB1遺伝子は、少なくとも188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)の改変を有するPB1タンパク質をコードする。
【0048】
より好適には、改変されたPB1遺伝子は、188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)から選択される少なくとも2つの改変を有するPB1タンパク質をコードする。
【0049】
有利には、改変されたPB1遺伝子は、少なくとも563(I→R)および682(V→I)の改変を有するタンパク質をコードする。
【0050】
他の実施形態では、A/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子は、HA−NA表面糖タンパク質の量が直径100nmのビリオンに対して550、600または650糖タンパク質よりも多い別のインフルエンザウイルス株のPB1遺伝子で置換されている。
【0051】
有利な実施形態では、A/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子は、配列番号2のPB1タンパク質をコードする遺伝子で置換されている。
【0052】
本発明はまた、本発明による改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有し、かつ、別のインフルエンザウイルスのHAおよびNA遺伝子を含む再集合体インフルエンザウイルスにも関する。よって、これらの再集合体ウイルスは一般に改変されたA/PR/8/34ウイルスの6つの遺伝子(改変されたPB1遺伝子を含む)と、別のインフルエンザウイルス株の2つの遺伝子(これらの遺伝子はHAおよびNA糖タンパク質をコードする)を担持する。本発明の再集合体ウイルスは、それらの表面でより多くのHAおよびNA糖タンパク質を生産するとともに、A/PR/8/34株ウイルスと同様に卵で極めてよく増殖する。よって、同じ再集合体ウイルス生産量では、より多用量のワクチンを生産することができる。
【0053】
好ましくは、HAおよびNA糖タンパク質をコードする遺伝子はA型ウイルス、有利には、野生型インフルエンザウイルス(原型ウイルス)に由来する。有利には、HAおよびNA糖タンパク質をコードする遺伝子は、ウイルスサブタイプに関わらずに循環ヒトまたは動物インフルエンザウイルスに由来する。好ましい実施形態では、HAおよびNA糖タンパク質をコードする遺伝子は、H3N2、H2N2、H1N2、H5N2、H5N1、H7N7、H9N2およびH3N1サブタイプを有するウイルスから選択されるインフルエンザウイルスに由来する。
【0054】
特定の実施形態では、本発明は、A/PR/8/34ウイルスの5つの遺伝子と1以上の他のインフルエンザウイルス株のPB1、HAおよびNA遺伝子とを含む再集合体インフルエンザウイルスに関する。好ましくは、A/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子は、HA−NA表面糖タンパク質の量が直径100nmのビリオンに対して550、600または650糖タンパク質よりも多い別のインフルエンザウイルス株のPB1遺伝子で置換されている。有利には、A/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子は、配列番号2のPB1タンパク質をコードする遺伝子で置換されている。
【0055】
本発明はまた、改変されたA/PR/8/34ウイルスおよび改変されたA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有する再集合体ウイルスを実装する、HA−NA糖タンパク質の生産のための方法に関する。
【0056】
本発明による改変されたA/PR/8/34ウイルスおよび改変されたA/PR/8/34ウイルスを用いて得られた再集合体ウイルスは、受精鶏卵または細胞における増幅によるワクチンシードの生産に特に適している。
【0057】
A/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景(改変されたPB1遺伝子を含む6つのA/PR/8/34遺伝子)と野生型ウイルス(または原型ウイルス)のHAおよびNA遺伝子とを有する再集合体ウイルスは、HA−NAワクチン糖タンパク質の生産に特に適している。この再集合体ウイルスは、標準的技術に従って受精鶏卵または細胞で増幅される。
【0058】
有利な実施形態では、本発明は、本発明による改変されたインフルエンザA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有し、かつ、前記HA−NAワクチン糖タンパク質をコードするHAおよびNA遺伝子を含む再集合体ウイルスが卵または細胞で増幅される、インフルエンザウイルスのHA−NAワクチン糖タンパク質の生産方法に関する。
【0059】
好ましくは、HA−NAワクチン糖タンパク質は、A型インフルエンザウイルスのHA−NA糖タンパク質から、より詳しくは、ウイルスサブタイプに関わらずに循環ヒトまたは動物インフルエンザのHA−NA糖タンパク質から選択される。好ましい実施形態では、HAおよびNAワクチン糖タンパク質は、H3N2、H2N2、H1N2、H5N2、H5N1、H7N7、H9N2およびH3N1サブタイプから選択される。
【0060】
本発明はまた、これらの方法によって得られるHA−NA糖タンパク質にも関する。
【0061】
本発明はまた、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたはこのウイルスのPB1遺伝子の改変を含む再集合体A/PR/8/34ウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質の量を増加させる方法に関する。
【0062】
PB1遺伝子のこれらの改変は上記されている。
【0063】
HA−NA糖タンパク質量の増加は、改変されたPB1遺伝子を含まないA/PR/8/34ウイルスまたは再集合体A/PR/8/34ウイルスの表面に存在する糖タンパク質の量に対して測定される。
【0064】
有利な実施形態では、この増加により、HA−NA表面糖タンパク質の量が直径100nmのビリオンに対して550、600または650糖タンパク質よりも多いA/PR/8/34ウイルスまたは再集合体A/PR/8/34ウイルスを得ることが可能となる。
【0065】
好ましくは、この改変は、前記PB1遺伝子によりコードされるPB1タンパク質に少なくとも1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14または15の特異的アミノ酸改変を導入するための前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変を含む。
【0066】
より好適には、この改変は、前記PB1遺伝子によりコードされるPB1タンパク質に188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)から選択される少なくとも1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14または15の特異的アミノ酸改変を導入するための前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変を含む。
【0067】
有利には、この改変は、前記PB1遺伝子によりコードされるPB1タンパク質に少なくとも特定のアミノ酸改変188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)を導入するための前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変を含む。
【0068】
有利には、この改変は、前記PB1遺伝子によりコードされるPB1タンパク質に188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)から選択される少なくとも2つの特異的アミノ酸改変に導入するための前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変を含む。
【0069】
より有利には、この改変は、前記PB1遺伝子によりコードされるPB1タンパク質に少なくとも2つの特異的アミノ酸改変563(I→R)および682(V→I)を導入するための前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変を含む。
【0070】
他の実施形態では、前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変は、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子を、HA−NA表面糖タンパク質の量が直径100nmのビリオンに対して550、600または650糖タンパク質よりも多い別のインフルエンザウイルスのPB1遺伝子で置換することを含む。
【0071】
好ましくは、前記インフルエンザA/PR/8/34ウイルスまたは前記再集合体インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子の改変は、インフルエンザA/PR/8/34ウイルスのPB1遺伝子を配列番号2のPB1遺伝子で置換することを含む。
【0072】
本発明はまた、A/PR/8/34の遺伝的背景を有する再集合体ワクチンウイルスの卵または細胞における増幅による、インフルエンザウイルスのHA−NAワクチン糖タンパク質の生産収量を高める方法であって、前記再集合体ウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質の量がA/PR/8/34のPB1遺伝子の改変により増加される方法に関する。
【0073】
本発明はまた、本発明による改変されたA/PR/8/34ウイルスの6つの遺伝子が原型インフルエンザウイルス(野生型ウイルス)のHAおよびNAワクチン糖タンパク質をコードする2つの遺伝子と組み合わされた、HA−NAワクチン糖タンパク質の生産のための再集合体ワクチンウイルスを作製する方法に関する。
【0074】
本発明の利点の1つは、生産される一定量のHAに対してNAを過剰発現させることによりワクチン用量の免疫原性が増加することである。
【0075】
よって、本発明はまた、インフルエンザウイルスのHA−NA糖タンパク質を含む一用量のワクチンの免疫原性を、生産される糖タンパク質のNA/HA比を高めることによって増強する方法であって、糖タンパク質が本発明による改変されたA/PR/8/34ウイルスの遺伝的背景を有する再集合体ウイルスの卵または細胞における増幅により生産される方法に関する。
【実施例】
【0076】
実施例1:逆遺伝学による組換えウイルスの生産
本発明者らは、本発明者らの研究室で開発されたプロトコールに従い、逆遺伝学によって9種類の組換えウイルスを作製した。これらの組換えウイルスのゲノム組成は次の通りである(表1)。
−ウイルスH3N2 A/モスクワ/10/99(MO)
−ウイルスH1N1 A/PR/8/34(PR8)
−ウイルスA:PR8ウイルスの遺伝的背景にMOのHAおよびNA遺伝子のセグメントを含む「クラシック」PR8ワクチン再集合体
−ウイルスB:PR8ウイルスの遺伝的背景にMOのHA、NAおよびPB1遺伝子のセグメントを含むPR8ワクチン再集合体
−ウイルスC:MOのPB1遺伝子のセグメントを含むPR8
−ウイルスD:鳥インフルエンザH5N2 A/フィンチ/イングランド/2051/91(ウイルスFI)のHAおよびNA遺伝子のセグメントを含む「クラシック」PR8ワクチン再集合体
−ウイルスE:PR8ウイルスの遺伝的背景にFIのHAおよびNA遺伝子のセグメントとMOのPB1遺伝子のセグメントとを含むPR8ワクチン再集合体
−ウイルスF:ヒトH3N2ウイルスA/カルフォルニア/10/04(ウイルスCAL)のHAおよびNA遺伝子のセグメントを含む「クラシック」PR8ワクチン再集合体
−ウイルスG:PR8ウイルスの遺伝的背景にCALのHAおよびNA遺伝子のセグメントとMOのPB1遺伝子のセグメントを含むPR8ワクチン再集合体
【0077】
in vitroにおける組換えウイルスの生産は、それぞれ遺伝子のセグメントを含む8つのプラスミドを有する293T細胞のトランスフェクションに基づく。ウイルスの生産は、本研究室にてその独自の分子ツールおよび細胞ツールを用いて行った。9種類の組換えウイルスで得られた生産収量は細胞においては同等であり、組換えウイルスの通常の生産に適合する。
【0078】
【表1】
【0079】
実施例2:低温電子顕微鏡による組換えウイルスの表面のHA−NA糖タンパク質密度の比較分析(表2)
逆遺伝学により作製された種々のウイルスを増幅し、スクロースクッション上で精製する。格子上に付着させた精製ウイルスを超低温で冷凍し、低温電子顕微鏡で観察する。
【0080】
表面糖タンパク質(GP)の密度を、4つの糖タンパク質スパイク間の距離を測定することによって決定し(ImageJ画像解析ソフトウエア)、下式:4πR(R=50nm)に従って、直径100nmのウイルスの表面に相関させることによって決定する。
【0081】
結果:
ウイルスPR8:直径100nmのウイルスの表面に500GP。
ウイルスMO:直径100nmのウイルスの表面に689GP。
ウイルスA:直径100nmのウイルスの表面に500GP。
ウイルスB:直径100nmのウイルスの表面に700GP。
ウイルスC:直径100nmのウイルスの表面に598GP。
ウイルスD:直径100nmのウイルスの表面に498GP。
ウイルスE:直径100nmのウイルスの表面に640GP。
ウイルスF:直径100nmのウイルスの表面に502GP。
ウイルスG:直径100nmのウイルスの表面に703GP。
【0082】
【表2】
【0083】
−組換えPR8 H1N1ウイルスと組換えMO H3N2ウイルスの間には糖タンパク質量に関して有意差がある(H3N2ウイルスでは+35%)。
−クラシックワクチン組成物に相当する組換えウイルスAは、PR8ウイルスと同等のGP量を有する。
−組換えウイルスB(MO PB1遺伝子を含む)はその表面に、MOウイルスで見られるものと同一のGP量を有する。
−PB1遺伝子は、直径100nmのビリオンに対して700GPに相当するGP量を含む組換えワクチンウイルスを得ることを可能とする。
−組換えウイルスCはその表面に、ウイルスPR8で見られるものよりも多い量のGPを有する(20%)。
−MO PB1遺伝子のセグメントによるGP量の増加が、表面にCAL株のH3N2 GPを有する組換えウイルスFおよびGで見られた。
−MO PB1遺伝子のセグメントのより媒介されるGP量の増加が、FI H5N2ウイルスの鳥類GPを有する再集合体ワクチンウイルス(ウイルスDおよびE)で見られた。
【0084】
実施例3:組換えウイルスのノイラミニダーゼ(NA)活性の決定および比較(表2)
NA活性は、本研究室によって開発された実験プロトコール(Ferraris et al. Vaccine 2006)を用いて決定した。NA活性は所定量のウイルスに対して決定されるので(RFUは105ウイルスを表す)、見られた変動はウイルス表面のNAタンパク質の量を反映する(同一のNAに関する)。
【0085】
NA RFU活性の変動(ヒトN2ノイラミニダーゼを含むウイルスに関する)を下記に示す。
MO:10E5のウイルスで29340RFU
ウイルスA:10E5のウイルスで14600RFU
ウイルスB:10E5のウイルスで58000RFU
ウイルスF:10E5のウイルスで13897RFU
ウイルスG:10E5のウイルスで63470RFU
【0086】
クラシック再集合体ワクチンウイルスである組換えウイルスAおよびFに対して組換えウイルスBおよびGでNA量の増加が見られる。
【0087】
NA RFU活性の変動(鳥類N2ノイラミニダーゼを含むウイルスに関する)を下記に示す。
ウイルスD:10E5のウイルスで8450RFU
ウイルスE:10E5のウイルスで36542RFU
【0088】
クラシック再集合体ワクチンウイルスである組換えウイルスDに対して組換えウイルスE(MO PB1遺伝子のセグメント)でNA量の増加が見られる。
【0089】
NA RFU活性の変動(N1ノイラミニダーゼを含むウイルスに関する)を下記に示す。
ウイルスPR8:10E5のウイルスで14234RFU
ウイルスC:10E5のウイルスで63540RFU
【0090】
ウイルスPR8に対して組換えウイルスC(MO PB1遺伝子のセグメント)でNA量の増加が見られる。
【0091】
結果として、MOウイルスのPB1遺伝子を含むクラシック再集合体ワクチンウイルスは、クラシックワクチン再集合体で測定されたものよりも大きいNA酵素活性を有する。
【0092】
MOウイルスPB1遺伝子をクラシック再集合体ワクチンウイルスの遺伝的背景に導入すると、
・ウイルス表面のGP数の増加(+20%〜+35%)、
・ウイルス表面のNA数の増加(NA活性の増加)
が可能となる。
【0093】
実施例4:PR8 H1N1ウイルスとMO H3N2ウイルスの間のアミノ酸配列比較による、上記特性を担う特定のH3N2 PB1配列の決定
PB1タンパク質のタンパク質配列のアライメントは、PR8とMOの間の30アミノ酸の違いを示す。
【0094】
MO PB1タンパク質のタンパク質配列を得るためのPR8 PB1タンパク質のタンパク質配列の改変を可能とする指定突然変異誘発の戦略は、本特許出願の対象である突然変異のリストを実証することを可能とした。
【0095】
突然変異のリスト:188(K→E)、205(M→I)、212(L→V)、216(S→G)、398(E→D)、486(R→K)、563(I→R)、576(I→L)、581(E→D)、584(R→Q)、586(K→R)、617(D→N)、621(Q→R)、682(V→I)および691(R→K)。
【0096】
さらに精密化した実験戦略によれば、記載の生物学的プロセスに関与する2つの突然変異を同定することが可能であった。突然変異I563RおよびV682IをPR8(ウイルスA)PB1タンパク質に導入すると、ウイルスBで見られるものと同様の表現型(GPおよびNA活性の量)を得ることが可能となる。
【0097】
参照文献
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]