(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5889906
(24)【登録日】2016年2月26日
(45)【発行日】2016年3月22日
(54)【発明の名称】粒子埋め込み型ピストンリングの製造方法
(51)【国際特許分類】
F16J 9/26 20060101AFI20160308BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20160308BHJP
【FI】
F16J9/26 B
F02F5/00 E
F02F5/00 N
【請求項の数】5
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2013-533133(P2013-533133)
(86)(22)【出願日】2011年7月19日
(65)【公表番号】特表2013-540969(P2013-540969A)
(43)【公表日】2013年11月7日
(86)【国際出願番号】EP2011062351
(87)【国際公開番号】WO2012048919
(87)【国際公開日】20120419
【審査請求日】2014年1月27日
(31)【優先権主張番号】102010042402.1
(32)【優先日】2010年10月13日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509340078
【氏名又は名称】フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100156867
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 欣浩
(74)【代理人】
【識別番号】100154003
【弁理士】
【氏名又は名称】片岡 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】リチャード ミトラー
(72)【発明者】
【氏名】ラズロ ペルソエックジー
【審査官】
杉山 悟史
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/097103(WO,A1)
【文献】
特開昭58−119455(JP,A)
【文献】
特開2010−042418(JP,A)
【文献】
特開昭59−082153(JP,A)
【文献】
特開平07−076740(JP,A)
【文献】
特開平07−189803(JP,A)
【文献】
米国特許第02681260(US,A)
【文献】
特開昭58−215260(JP,A)
【文献】
特開昭59−033065(JP,A)
【文献】
特開昭57−118849(JP,A)
【文献】
欧州特許出願公開第00335012(EP,A1)
【文献】
特開昭58−006768(JP,A)
【文献】
特表2012−521488(JP,A)
【文献】
特表2012−518766(JP,A)
【文献】
特表2012−518763(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/00 − 9/28
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリングを製造する方法であって,
a.基材としての鋳鉄又は鋳鋼材の溶湯を準備するステップと,
b.前記溶湯により低密度のセラミック粒子を加えるステップと,
c.前記溶湯を,リングのみを鋳造するためのプレハブ式の鋳型に注入するステップと,
d.前記溶湯を120秒以上の時間をかけて液相線温度に到達させながら冷却し,その冷却の間に前記鋳型を水平に配向し,重力による分離を促進して前記セラミック粒子を前記ピストンリングにおける少なくとも一方のショルダに集合させるステップと,
を含む方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって,前記セラミック粒子の密度を4.0 g/cm3未満とすることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法であって,前記セラミック粒子は,Al2O3, Cr2O3, Fe3O4, TiO2, ZrO2及びそれらの混合物の粒子を含む群から選択することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項に記載の方法であって,前記セラミック粒子の平均粒径が,0.1 μm〜100 μmであることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の方法であって,更に,
e.前記ピストンリングを,Ac3温度を上回る温度でオーステナイト化するステップと,
f.前記ピストンリングを,適切な焼入剤中で焼入れするステップと,
g.前記ピストンリングを,制御された雰囲気の炉内にて400 °C〜700 °Cの温度範囲で緩和するステップと,
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ピストンショルダの磨耗を防止するための粒子を埋め込んだピストンリングの製造方法に関するものである。更に本発明は,本発明に係る製造方法により製造されたピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のピストンリングは,ピストンヘッドとシリンダ壁面との間の隙間を燃焼室に対してシールする。ピストンの上下運動の間,ピストンリングは,一方ではその外周面をシリンダ壁面に対して常時弾性的に密着させながら摺動し,他方ではピストンの傾斜運動のためにピストンリング溝内部で揺動しながら摺動し,その際にピストンリングのショルダはピストンリング溝の上下の溝ショルダに対して交互に当接する。相対的に変位する摺動部材対には,使用材料に応じて多かれ少なかれ磨耗が発生し,その磨耗は亀裂や擦痕を,そしてドライランニングの場合には究極的にエンジン破壊を引き起こす。シリンダ壁面に対するピストンリングの摺動性能及び耐摩耗性能を改善するために,ピストンリングの外周面には異種材料のコーティングが施されている。
【0003】
エンジンの動的作動の間,ピストンリングはガス力,摩擦力及び慣性力により,ピストン溝内で軸線運動を行う。ピストンリングは絶えずシリンダボアと接触しているために,常に摺動磨耗を生じる。これは,ピストンリング表面又はコーティングの摩損として現れ,更にはシリンダ摺動面からピストン摺動面への部分的な材料移動や,その逆向きの材料移動として現れる。これによりピストンリングのショルダ磨耗が生じ,ピストンリングの機能性に深刻な影響を及ぼす。ショルダ磨耗は,エンジンの排気性能に直接影響するものである。
【0004】
ピストンリングの製造には,主として鋳鉄又は合金鋳鉄を使用する。ピストンリング,特にコンプレッションリングは,高性能エンジンにおいて高い負荷に曝される。このような負荷は,圧縮最高圧力,燃焼温度,排出ガスの再循環(EGR)及び潤滑膜の減少を含んでおり,高性能エンジンの機能特性,例えば磨耗特性,耐焼付性,耐微細溶接性及び耐腐食性に重大な影響を及ぼす。
最先端の鋳鉄は破壊リスクが高いが,これまでの材料を使用することは,環状破壊の頻発を意味する。機械的動的な負荷が増大すると,ピストンリングの耐用年数が縮まり,摺動面及びショルダに顕著な磨耗や腐食が発生する。ピストンリングに作用する機械的及び動的応力が高まっているため,より多くのエンジンメーカーが,高品質の鋼製ピストンリング及びシリンダライナを要望している。この場合,炭素含有量が2.08 wt%未満の鉄鋼材を「鋼」と称する。これよりも炭素含有量が高い場合には「鋳鉄」と称する。鋼材は,基本構造中のフリーグラファイトによる干渉を受けないため,鋳鉄と比較して強度及び靭性に優れている。
【0005】
鋳鉄又は鋼を基礎とする現在のピストンリング材料は均質材料であり,それ自体はショルダの耐磨耗性が不十分である。エンジン内におけるピストンリングのショルダ磨耗を低減するために,ピストンリングのショルダには磨耗保護層が施される。粒子補強型の硬質クロムコーティングを施したピストンリングは,例えばコーティングが施されないリング又は窒化リングと対比して,又は従来の硬質クロムコーティング及びプラズマ溶射層を基礎モリブデン鋼に施したピストンリングと対比して,耐摩損性が著しく改善される。しかしながら,これらのコーティングも,最新の内燃機関における高い圧力パラメータ及び温度パラメータのために,性能能力が限界に近づいている。従って,これまで適用されてきたコーティングと比較して,より磨耗が少なく,かつ耐付着性が高い新たなコーティングが求められている。このような要求に応えるべく,金属マトリックス中にセラミック相を含む粉末複合材料をピストンリング表面に溶射することが行われている。この場合には,セラミックスの優れたトライボロジー特性を金属の優れた機械的特性と組み合わせることができる。硬質であり,場合によっては脆いセラミック粒子を,金属マトリックス内部で硬く延性をもって確実に融合させることができる。セラミック粒子は,ピストンリング表面に適切な状態で露出し,トライボロジー機能を担うことが可能であり,他方,金属マトリックスは機械的負荷を吸収し,必要な場合には変形して応力を低減する。
【0006】
しかしながら,このような方法でコーティングを施したピストンリングの製造は費用がかかる。ピストンリングの製造にコーティング工程が加わるためである,従って,本発明の課題は,ショルダにセラミック粒子を埋め込んだピストンリングを製造するに当たり,セラミック粒子を導入するために必要とされていたコーティング工程を不要とする製造方法を提案することである。
【発明の概要】
【0007】
この課題を解決するため,本発明のピストンリングの製造方法は,以下のステップを含むものである。
a.基礎材料としての金属材料の溶湯を準備するステップと,
b.溶湯に密度が4.0 g/cm
3未満のセラミック粒子を添加するステップと,
c.溶湯を,リングのみを鋳造するためのプレハブ式の鋳型に注入するステップと,
d.溶湯を120秒以上の時間をかけて液相線温度に到達させながら冷却し,その冷却の間に鋳型を水平に配向して,セラミック粒子をピストンリングにおける少なくとも一方のショルダに集合させるステップ。
【0008】
セラミック粒子は,例えば攪拌により金属溶湯中に導入することができる。
【0009】
本発明は,セラミック粒子を所望のショルダに堆積させるために,セラミック粒子と金属溶湯の密度が異なる事実を利用する。この場合,セラミック粒子が溶湯よりも低密度であることが重要である。これは,セラミック粒子密度を 4.0 g/cm
3未満とすべきことを意味する。セラミック粒子の密度は好適には1.0 g/cm
3〜4.0 g/cm
3の範囲とし,より好適には1.8 g/cm
3〜3.0 g/cm
3の範囲とし,更に好適には2.1 g/cm
3〜2.8 g/cm
3の範囲とする。理想的には,セラミック粒子の密度を,2.1 g/cm
3〜2.6 g/cm
3の範囲とする。製造工程において,当業者にとって既知の方法でセラミック粒子の密度を変化させ,又は調整することが可能である。
【0010】
更に,鋳型はリングのみを鋳造するものとする。個々の鋳造方法の結果,リングの冷却の間に材料は外側から内側へ固化する。
【0011】
セラミック粒子を所望のショルダに堆積させるために,鋳型を水平に配置し,重力による分離を促進する。金属鋳造材料をセラミック粒子から部分的に分離させるには,代替的に遠心分離機を使用して加速することも可能であり,その際鋳型が規定する垂直面は,遠心分離面にある。言い換えれば,鋳型は遠心分離機の回転軸に対して平行であるため,セラミック粒子が回転軸方向に集合する。セラミック粒子を金属鋳造材料中で有利な状態で分布させるには,重力による分離が特に適していることが判明した。
【0012】
セラミック粒子を,重力により適切かつ確実に堆積させるには,液相線温度に達するまでの時間を120秒以上かけることとする。液相線温度に達するまでの時間は,好適には,180秒以上とし,より好適には180秒〜300秒の範囲とする。最も好適には,180秒〜210秒の範囲とする。
【0013】
所望の冷却速度を保持するため,例えば外側から熱を加えることができる。従ってこの場合,鋳型は加熱可能とする。代替的に,発熱性の添加剤を溶湯に加えることも可能である。更なる可能性としては,ピストンリングのブランクの体積(V)と表面積(O)との比(V/O)を0.5 cm以上とすることが挙げられる。
【0014】
セラミック粒子は,好適にはAl
2O
3, Cr
2O
3, Fe
3O
4, TiO
2, ZrO
2又はそれらの混合物の粒子を含む群から選択する。
【0015】
一方では,セラミック粒子をピストンリングの所望のショルダに容易に堆積させるため,他方ではピストンリングのトライボロジー特性を良好に確保するため,セラミック粒子の平均粒径はピストンリングの断面積に基づいて選択する。セラミック粒子の平均粒径は,0.1 μm〜100 μmの範囲とすることが可能である。セラミック粒子の平均粒径は,好適には0.5 μm〜80 μmの範囲とし,更に好適には0.5 μm〜40 μmの範囲とし,更に好適には1.0 μm〜25 μmの範囲とし,更に好適には5.0 μm〜25 μmの範囲とする。最も好適には,平均粒径は5.0 μm〜15 μmの範囲とする。
【0016】
金属鋳造材料は好適には鋳鉄,又はV4鋼などの鋳鋼材とする。ピストンリングに適した材料,及び例えば鋼のプレスなど,ピストンリングの製造方法は,当業者にとり既知である。
【0017】
金属鋳造材料が鋳鉄である場合,好適には鋳鉄組成を100 %とする重量%で,C: 2.0 %〜3.8 %,Si及び/又はAl: 1.0 %〜4.0 %,Mn: 0.05 %〜1.5 %,P: 0 %〜0.7 %,S: 0 %〜0.1 %,Cr: 0.05 %〜1.5 %,Cu: 0.05 %〜2.5 %,Sn: 0 %〜2.5 %,N: 0 %〜0.08 %を含み,残部Feとする。
【0018】
金属鋳造材料が鋼材である場合,好適には鋼材組成を100 %とした重量%でC: 2.00 %〜4.00 %,Si: 0.10 %以下,P: 0.10 %以下,S: 0.20 %以下,Mn: 1.30 %以下,Cu: 0.50 %以下,Cr: 1.7 %〜5.00 %,Ni及びランタニド: 0.10 %〜2.00 %,Mo: 0.1 %〜2.0 %,Co: 0.20 %以下,並びにTi,V及びNbを含む群から選択した少なくとも1種を合計で1.5 %以下を含み,残部Feとする。
【0019】
必要であれば,ピストンリングは以下のようにして焼き戻すことが可能である。焼き戻しは,以下のステップで実施する。
e.ピストンリングを,Ac3温度を上回る温度でオーステナイト化するステップと,
f.ピストンリングを,適切な焼入剤中で焼入れするステップと,
g.ピストンリングを,制御された雰囲気の炉内にて400 °C〜700 °Cの温度範囲で緩和するステップ。
【0020】
焼入れ剤としては油を使用するのが好ましい。
【0021】
更に,当業者にとって既知の素材で構成した耐摩損性コーティングをリングの摺動面及び/又はピストンリングのショルダに施してもよい。この種の層は,最先端技術として既知の一連の工程により塗布可能である。従ってこの層は,例えばプラズマ溶射, ワイヤアーク溶射, コールドガススプレー,ワイヤフレームスプレー及びHVOF溶射などにより塗布可能である。代替的に,この層は電気めっき,PVD処理,CVD処理,塗装や窒化により付着できる。同様に,これらの工程を組み合わせての使用も可能である。