特許第5890280号(P5890280)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5890280
(24)【登録日】2016年2月26日
(45)【発行日】2016年3月22日
(54)【発明の名称】低水素系被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/365 20060101AFI20160308BHJP
【FI】
   B23K35/365 P
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-181415(P2012-181415)
(22)【出願日】2012年8月20日
(65)【公開番号】特開2014-36992(P2014-36992A)
(43)【公開日】2014年2月27日
【審査請求日】2014年9月1日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100112874
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 薫
(72)【発明者】
【氏名】片野 洋平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 統宣
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭59−001155(JP,B2)
【文献】 特公昭58−047954(JP,B2)
【文献】 特公昭63−066639(JP,B2)
【文献】 特開平08−174274(JP,A)
【文献】 特開平03−264193(JP,A)
【文献】 特開平06−285683(JP,A)
【文献】 特開平07−276081(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/365
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素鋼からなる心線を被覆剤で被覆した低水素系被覆アーク溶接棒であって、
前記被覆剤の被覆率が溶接棒全質量あたり25〜40質量%であり、
前記被覆剤は、
該被覆剤全質量あたり、
炭酸石灰:23〜26質量%、
蛍石:5〜25質量%、
水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金からなる群から選択される少なくとも1種(SiO2換算):5〜25質量%、
を含有すると共に、
MgO及び/又はMgCO3(MgO換算):0.1質量%以下、
金属Mg及び/又はMg合金(Mg換算):0.5質量%以下、
に規制され、
前記炭酸石灰は、粒径が10μm以下の粒子が40質量%以上であり、
前記蛍石は、粒径が100μm以上の粒子が40質量%以上である、低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
前記被覆剤は、更に、該被覆剤全質量あたり、鉄粉:45質量%以下を含有することを特徴とする、請求項1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
前記被覆剤は、更に、該被覆剤全質量あたり、Mn及び/又はMn合金(Mn換算):0.1〜6.0質量%を含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項4】
前記被覆剤は、更に、該被覆剤全質量あたり、
Ni:0.1〜10.0質量%、
Ti及び/又はTi合金(Ti換算):0.1〜3.0質量%、
B及び/又はB化合物(B換算):0.01〜0.50質量%、
からなる群から選択される少なくとも1種を含有することを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項5】
前記被覆剤は、更に、被覆剤全質量あたり、Mo:0.1〜6.0質量%及び/又はCr:0.1〜10.0質量%を含有することを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低水素系被覆アーク溶接棒に関する。より詳しくは、本発明は、造船、建築及び海洋構造物等の溶接に用いられる低水素系被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、構造物等の大型化に伴い、鋼板が高強度化及び厚板化しており、その溶接部に良好な耐割れ性を確保するため、さらなる低水素系溶加材が要求されている。種々の溶加材のなかでも、低水素系被覆アーク溶接棒は、例えば、鋼心線を炭酸石灰や蛍石等を主成分とする被覆剤で被覆した構成であり、靭性、耐割れ性をはじめ、優れた機械的性質が得られることから、幅広い分野で適用されている。低水素系被覆アーク溶接棒は、耐割れ性に影響する拡散性水素量が他の被覆系溶接棒と比較して少ない。
【0003】
従来、2%以上の炭酸ガスを含む雰囲気下、特定の温度で焼成することで製造される低水素系被覆アーク溶接棒が提案されている(特許文献1、2参照)。このような製造方法で製造される低水素系被覆アーク溶接棒では、溶接棒中の水素源であるOHの含有量が少なくなり、溶接部の拡散性水素量を低減して、耐割れ性を良好にすることができる。
【0004】
また、従来、炭酸石灰、蛍石及びVを有する被覆剤を含有することで、溶接金属中にVを特定量含有させ、溶接金属の割れ感受性を低下させることが可能な低水素系被覆アーク溶接棒も提案されている(特許文献3参照)。なお、上記の蛍石を含有する低水素系被覆アーク溶接棒の技術としては、蛍石の粒径を特定の範囲にすることで、被覆筒の片溶け現象を防止し、健全な溶接金属を得る技術も提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭56−109191号公報
【特許文献2】特開昭57−160597号公報
【特許文献3】特開平8−281473号公報
【特許文献4】特開平3−264193号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1、2に記載の低水素系被覆アーク溶接棒は、前述した製造方法で製造するために、従来用いられている生産設備の変更が必要となる。また、この製造方法では、焼成温度を高めるため、低水素系被覆アーク溶接棒の製造コストが高くなるという問題もある。
【0007】
更に、特許文献3に記載の低水素系被覆アーク溶接棒では、拡散性水素量を低減する以外の方法で耐割れ性を確保している。しかしながら、特許文献3に記載の低水素系被覆アーク溶接棒では、溶接金属へのVの添加により、780MPa級高張力鋼等の高強度材(耐熱鋼)の再熱割れが発生する可能性がある。このように、従来の低水素系被覆アーク溶接棒では、拡散性水素量の低減に対する効果は十分ではない。
【0008】
そこで、本発明は、従来用いられている生産設備を変更することなく、溶接金属中の拡散性水素量を低減することが可能な低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る低水素系被覆アーク溶接棒は、前述した課題を解決するために、本発明者等の鋭意検討の結果完成されたものであり、炭素鋼からなる心線を被覆剤で被覆した低水素系被覆アーク溶接棒について、前記被覆剤の被覆率が溶接棒全質量あたり25〜40質量%とし、前記被覆剤を、該被覆剤全質量あたり、炭酸石灰:20〜60質量%、蛍石:5〜25質量%、並びに、水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金からなる群から選択される少なくとも1種(SiO換算):5〜25質量%、を含有すると共に、MgO及び/又はMgCO(MgO換算):0.1質量%以下、金属Mg及び/又はMg合金(Mg換算):0.5質量%以下に規制した成分組成にする。また、前記炭酸石灰は、粒径が10μm以下の粒子を40質量%以上とし、前記蛍石は、粒径が100μm以上の粒子を40質量%以上とする。
この低水素系被覆アーク溶接棒では、被覆剤は、該被覆剤全質量あたり、鉄粉:45質量%以下を含有していてもよい。
この低水素系被覆アーク溶接棒では、被覆剤は、更に、該被覆剤全質量あたり、Mn及び/又はMn合金(Mn換算):0.1〜6.0質量%を含有していてもよい。
この低水素系被覆アーク溶接棒では、被覆剤は、更に、該被覆剤全質量あたり、Ni:0.1〜10.0質量%、Ti及び/又はTi合金(Ti換算):0.1〜3.0質量%、B及び/又はB化合物(B換算):0.01〜0.50質量%からなる群から選択される少なくとも1種を含有していてもよい。また、、この低水素系被覆アーク溶接棒では、被覆剤は、Mo:0.1〜6.0質量%及び/又はCr:0.1〜10.0質量%を含有していてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来用いられている生産設備を変更することなく、溶接金属中の拡散性水素量を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0012】
本発明の実施形態に係る低水素系被覆アーク溶接棒は、炭素鋼からなる心線を被覆剤で被覆した低水素系被覆アーク溶接棒であり、被覆剤の被覆率が溶接棒全質量あたり25〜40質量%である。また、この被覆剤は、その全質量あたり、炭酸石灰:20〜60質量%、蛍石:5〜25質量%、並びに、水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金からなる群から選択される少なくとも1種(SiO換算):5〜25質量%を含有する。また、この被覆剤は、MgO及び/又はMgCO(MgO換算):0.1質量%以下、金属Mg及び/又はMg合金(Mg換算):0.5質量%以下に規制される。更に、この炭酸石灰は、粒径が10μm以下の粒子が40質量%以上である。また、この蛍石は、粒径が100μm以上の粒子が40質量%以上である。
【0013】
[溶接棒全質量に対する被覆剤の被覆率:25〜40質量%]
被覆アーク溶接棒の被覆剤の被覆率(%)は、(被覆剤の質量(質量%)/溶接棒全質量(質量%))×100により算出される。被覆率が高くなるほど、鉄粉及び合金成分の添加比率の調整範囲が広がり、目的の性能が得られやすくなる。ただし、被覆率が40質量%を超えるとスラグ生成量が増え、アークの強さとスラグ流動性とのバランスが不良となり、良好な溶接作業性が得られなくなる。一方、この被覆率が25質量%未満であると、被覆の保護筒としての機能が不十分になりアーク安定性が劣化する。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒においては、被覆剤の被覆率は25〜40質量%とする。
【0014】
次に、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒に含まれる被覆剤の成分限定理由について説明する。なお、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤中の各成分の含有量は、被覆剤全質量あたりの含有量である。
【0015】
[炭酸石灰:20〜60質量%]
被覆剤に炭酸石灰を含有させると、溶接棒の被覆剤層を多孔質にすることができ、これにより、被覆アーク溶接棒製造時のベーキングにおいて水分の離脱が促進される。しかしながら、被覆剤の中で、炭酸石灰の含有量が20質量%未満の場合、低水素系被覆アーク溶接棒の製造時のベーキングにおいて水分の離脱が得られない。一方で、炭酸石灰の含有量が60質量%を超えた場合、スラグの流動性が劣化し、ビード形状が劣化する。
【0016】
また、炭酸石灰は、粒径が10μm以下の粒子の含有量が炭酸石灰全質量の40質量%未満である場合、低水素系被覆アーク溶接棒製造時のベーキングにおいて水分の離脱が得られない。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒では、炭酸石灰の含有量を被覆剤全質量あたり20〜60質量%とし、かつ、粒径が10μm以下の粒子の含有量を炭酸石灰全質量あたり40質量%以上とする。
【0017】
[蛍石:5〜25質量%]
蛍石は、スラグの流動性の調整及び溶接金属の清浄性を得るための成分である。しかしながら、被覆剤の中で、蛍石の含有量が5質量%未満の場合、スラグの流動性が劣化し、ビード形状が劣化すると共に、溶接金属の清浄性が低下するため、靭性が低下する。一方で、蛍石が25質量%を超えるとスラグの流動性が良くなり過ぎ、ビード形成が劣化すると共に、アーク安定性が劣化する。
【0018】
また、蛍石は、粒径が100μm以上の粒子が40質量%未満の場合、アーク安定性が劣化する。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒では、蛍石の含有量を被覆剤全質量あたり5〜25質量%とし、かつ、粒径が100μm以上の粒子の含有量を蛍石全質量あたり40質量%以上とする。
【0019】
[水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金からなる群から選択される少なくとも1種(SiO換算):5〜25質量%]
SiOはアークの強さ、アーク安定性及びビード形状を向上させるために必須の成分である。SiOを含有する成分としては、水ガラス及び硅酸鉱物等が挙げられる。また、SiOは、Siが溶接中に酸化することでも得られる。そして、Siを含有する成分としては、金属Si及びSi合金等が挙げられる。ただし、SiO源となる水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金の合計含有量が、被覆剤の中で、SiO換算で5%未満の場合、アーク安定性が劣化し、ビード形状が劣化する。
【0020】
一方、水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金の合計含有量がSiO換算で25質量%を超えると、アークの強さが大きくなり過ぎ、大気の巻き込みが多くなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒では、被覆剤全質量あたり、水ガラス、硅酸鉱物、金属Si及びSi合金からなる群から選択される少なくとも1種の含有量をSiO換算で5〜25質量%とする。
【0021】
[MgO及び/又はMgCO(MgO換算):0.1質量%以下]
MgO及びMgCOは、アーク安定性及びスラグの流動性の調整に有効である。しかしながら、被覆剤の中で、MgO及び/又はMgCOと、粘結剤である水ガラスとが共存していると、Mg(OH)が生成される。Mg(OH)のOHは、大気圧下、400℃程度の通常の焼成温度では被覆剤から遊離されずに残存するため、Mg(OH)が生成すると、溶接金属中の拡散性水素量が増加する。具体的には、MgO及びMgCOの合計の含有量が、MgO換算で0.1質量%を超えると、OHの生成により拡散性水素量が十分低減されなくなる。
【0022】
よって、OHの生成を抑制するためにはMgO及びMgCOの合計の含有量は少ない方が好ましく、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒においては、MgO及びMgCOの含有量を、被覆剤全質量あたり、MgO換算で0.1質量%以下(0質量%でもよい)に規制する。
【0023】
[金属Mg及び/又はMg合金(Mg換算):0.5質量%以下]
金属Mg及びMg合金は、脱酸剤として作用するため、これらを添加することで清浄な溶接金属が得られる。その一方で、金属Mg及びMg合金は、アークの強さを大きくする作用もあるため、その含有量を規制することが好ましい。具体的には、金属Mg及びMg合金の合計の含有量が、被覆剤の中で、Mg換算で0.5質量%を超えるとアークの強さが大きくなり過ぎ、大気雰囲気の巻き込みが多くなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒においては、金属Mg及びMg合金の合計の含有量は、被覆剤全質量あたり、Mg換算で0.5質量%以下(0質量%でもよい)に規制する。なお、Mg合金としては、Ni−Mg及びAl−Mg等が挙げられる。
【0024】
[鉄粉:45質量%以下]
鉄粉は、一般的に溶接能率の向上に有効であり、溶滴移行の安定化及び大気の巻き込みの低減にも効果があるため、必要に応じて添加することができる。しかしながら、鉄粉の含有量が、被覆剤の中で、45質量%を超えると炭酸石灰、蛍石及びアーク安定剤の含有量が少なくなり、被覆剤の調製が困難になって、アーク安定性が劣化する。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、鉄粉を添加する場合は、被覆剤全質量あたり、45質量%以下とする。
【0025】
[Mn及び/又はMn合金(Mn換算):0.1〜6.0質量%]
Mnは、脱酸剤として作用するため、必要に応じて、Mn単体及び/又はMn合金の形態で添加することができる。また、Mn及びMn合金は、強度と靭性を安定させる効果もある。しかしながら、Mn及びMn合金の合計の含有量が、被覆剤の中で、Mn換算で6.0質量%を超えると、強度が大きくなり過ぎ、低温割れ感受性が高まる。一方で、Mn及びMn合金の合計の含有量がMn換算で0.1質量%未満の場合、脱酸不足となり、ブローホールが発生しやすくなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、Mn及び/又はMn合金を添加する場合は、被覆剤全質量あたり、Mn換算で0.1〜6.0質量%とする。
【0026】
なお、Mn源のCの含有量は、Mn原料全質量あたり0.5質量%を超えると、アークの強さが大きくなり、大気の巻き込みが多くなるため、Mn源のCの含有量は、Mn原料全質量あたり0.5質量%以下であることが好ましい。
【0027】
[Ni:0.1〜10.0質量%]
Niは、溶接金属の靭性の安定化に有効であるため、必要に応じて添加することができる。しかしながら、Niの含有量が0.1質量%未満の場合、十分な靱性改善効果を得られない場合がある。一方で、Niの含有量が、被覆剤の中で、10.0質量%を超えると、高温割れが発生しやすくなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、Niを添加する場合は、被覆剤全質量あたり、0.1〜10.0質量%の範囲とする。
【0028】
[Ti及び/又はTi合金(Ti換算):0.1〜3.0質量%]
Ti及びTi合金は、前述したNiと同様に、溶接金属の靭性の安定化に有効であるため、必要に応じて添加することができる。しかしながら、Tiの含有量が、被覆剤の中で、0.1質量%未満の場合、十分な靱性改善効果を得られない場合がある。一方で、Tiの含有量が10.0質量%を超えると、高温割れが発生しやすくなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、Ti及び/又はTi合金を添加する場合は、被覆剤全質量あたり、0.1〜3.0質量%の範囲とする。
【0029】
[B及び/又はB化合物:0.01〜0.50質量%]
B及びB化合物は、前述したNi及びTiと同様に、溶接金属の靭性の安定化に有効であるため、必要に応じて添加することができる。しかしながら、Bの含有量が、被覆剤の中で、0.1質量%未満の場合、十分な靱性改善効果を得られない場合がある。一方で、Bの含有量が0.50質量%を超えると、高温割れが発生しやすくなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、B及び/又はB合金を添加する場合は、被覆剤全質量あたり、0.01〜0.50質量%の範囲とする。
【0030】
[Mo:0.1〜6.0質量%]
Moは、溶接金属の強度の安定化に有効であるため、必要に応じて添加することができる。しかしながら、Moの含有量が、被覆剤の中で、0.1質量%未満の場合、十分な強度を確保することができない場合がある。一方で、Moの含有量が6.0質量%を超えると、強度が大きくなり過ぎ、靱性が劣化し、低温割れが発生しやすくなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、Moを添加する場合は、被覆剤全質量あたり、0.1〜6.0質量%の範囲とする。
【0031】
[Cr:0.1〜10.0質量%]
Crは、前述したMoと同様に、溶接金属の強度の安定化に有効であるため、必要に応じて添加することができる。しかしながら、Crの含有量が、被覆剤の中で、0.1質量%未満の場合、十分な強度を確保することができない場合がある。一方で、Crの含有量が10.0質量%を超えると、強度が大きくなり過ぎ、靱性が劣化し、低温割れが発生しやすくなる。よって、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒において、Crを添加する場合は、被覆剤全質量あたり、0.1〜10.0質量%の範囲とする。
【0032】
以上詳述したように、本実施形態の低水素系被覆アーク溶接棒は、被覆剤中の炭酸石灰及び蛍石の粒度を特定の範囲に規定し、MgOの発生を抑制するため、従来用いられている生産設備を変更することなく、拡散性水素量を低減することができる。その結果、溶接金属の耐割れ性を良好にすること等が可能となる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。
【0034】
表1、表2に示す組成の被覆剤を、鋼心線(4.0mmΦ×400mmL)の外周に所定の被覆率となるように塗布して被覆アーク溶接棒を製造した。なお、表1中、「被覆剤組成」では、被覆剤全質量あたりの各成分の含有量を示し、「被覆率」では、溶接棒全質量あたりの被覆剤の被覆率(被覆剤の質量(質量%)/溶接棒全質量(質量%))×100を示す。また、表2中、含有量は、炭酸石灰、蛍石、又はMnの全質量あたりの含有量を示す。
【0035】
得られた各溶接棒を用い、溶接金属中の拡散性水素量をAWS A5.1及びA4.3に従って測定した。なお、溶接電流は160Ampとした。
【0036】
また、T型すみ肉(母材:SM490A、サイズ:12T×75W×450L)において立向上進姿勢で溶接(溶接電流:135〜155Amp)を行い、溶接作業性を評価した。
【0037】
また、溶接部の靭性評価は、シャルピー衝撃試験(JIS Z 3211(AWS A5.1))により行った。溶接条件は溶接電流を160Ampとし、8層16パスとした。
【0038】
評価結果および試験結果を表3に示す。なお、溶接中のアークの強さ、アーク安定性、スラグの流動性、溶接後のスラグの剥離性、ビード形状については、目視による官能評価を行い、◎、○、△、×の4段階評価をした。拡散性水素量は、4ml/100g以下を◎とし、4ml/100gを超えて5ml/100g以下を○とし、5ml/100gを超えたものを×とした。靱性評価(−40℃)は100Jを超えたものを◎とし、50J以上100J未満のものを○とし、30J以上50J未満のものを△とし、30J未満を×とした
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
表3に示すように、本発明の範囲内で作製した実施例1〜12の溶接棒では、拡散性水素量を十分に低減できた。また、実施例1〜12の溶接棒では、溶接作業性及び靱性にも優れていた。
【0043】
これに対して、表3に示すように、比較例1の溶接棒では、MgOの含有量が、本発明範囲の上限を超えていたため、拡散性水素量を十分に低減できなかった。比較例2の溶接棒では、Mgの含有量が、本発明範囲の上限を超えていたため、拡散水素量を十分に低減できなかった。
【0044】
比較例3の溶接棒では、炭酸石灰における粒径が10μm以下の粒子の含有量が、本発明範囲の下限未満であり、炭酸石灰の含有量が本発明範囲の上限を超えていたため、拡散水素量を十分に低減できなかった。また、比較例3の溶接棒では、スラグの流動性、スラグ剥離性及びビード形状も劣っていた。比較例4の溶接棒では、炭酸石灰の含有量が本発明範囲の下限未満であったため、拡散性水素量を十分に低減できなかった。また、比較例4の溶接棒では、靱性も劣っていた。
【0045】
比較例5の溶接棒では、蛍石における粒径が100μm以下の粒子の含有量が、本発明範囲の下限未満であり、蛍石の含有量が本発明範囲の下限未満であったため、拡散水素量を十分に低減できなかった。また、比較例5の溶接棒では、スラグの流動性、スラグ剥離性及びビード形状も劣っていた。比較例6の溶接棒では、蛍石の含有量が本発明範囲の上限を超えていたため、ビード形状が劣っていた。
【0046】
比較例7の溶接棒では、鉄粉の含有量が、本発明範囲の上限を超えていたため、アークの強さが劣っていた。
【0047】
比較例8の溶接棒では、SiOの含有量が、本発明範囲の下限未満であったため、アークの強さ、アーク安定性、スラグの流動性、スラグの剥離性、ビード形状及び靱性が劣っていた。一方、比較例9の溶接棒では、SiOの含有量が、本発明範囲の上限を超えていたため、拡散性水素量を十分に低減できなかった。また、比較例9の溶接棒では、スラグの剥離性及び靱性も劣っていた。
【0048】
比較例10の溶接棒では、被覆剤の被覆率が、本発明範囲の下限未満であったため、アーク安定性が劣っていた。一方、比較例11の溶接棒では、被覆剤の被覆率が、本発明範囲の上限を超えていたため、拡散性水素量を十分に低減できなかった。また、比較例11の溶接棒では、スラグの流動性及びビード形状も劣っていた。
【0049】
以上の結果から、本発明の低水素系被覆アーク溶接棒を用いることにより、拡散性水素量を低減できることが確認された。