特許第5890735号(P5890735)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5890735酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5890735
(24)【登録日】2016年2月26日
(45)【発行日】2016年3月22日
(54)【発明の名称】酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20160308BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20160308BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20160308BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160308BHJP
   C23G 1/24 20060101ALI20160308BHJP
【FI】
   C21D9/46 T
   C22C38/00 301W
   C22C38/04
   C22C38/58
   C23G1/24
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-91060(P2012-91060)
(22)【出願日】2012年4月12日
(65)【公開番号】特開2013-216961(P2013-216961A)
(43)【公開日】2013年10月24日
【審査請求日】2014年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100131750
【弁理士】
【氏名又は名称】竹中 芳通
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】中久保 昌平
(72)【発明者】
【氏名】大友 亮介
(72)【発明者】
【氏名】武田 実佳子
(72)【発明者】
【氏名】小泉 重人
(72)【発明者】
【氏名】森本 禎夫
(72)【発明者】
【氏名】小林 正宜
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−041611(JP,A)
【文献】 特開2001−121205(JP,A)
【文献】 特開平06−142752(JP,A)
【文献】 特開2008−231493(JP,A)
【文献】 特開平07−051730(JP,A)
【文献】 特開平11−123437(JP,A)
【文献】 特開平06−099214(JP,A)
【文献】 特開平10−291023(JP,A)
【文献】 特開2009−197256(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46− 9/48
C21D 8/00− 8/10
C22C 38/00−38/60
B21B 45/00−45/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、C:0.04〜0.20%、Si:1.0〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.02%以下(0%を含まず)、S:0.004%以下(0%を含まず)、N:0.01%以下(0%を含まず)を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼材を熱間仕上げ圧延した後、高圧水または機械的手段を用いて酸化スケールを除去し、このスケール除去完了時点の温度T(℃)から巻取り温度:600〜750℃までを下記式(1)の関係を満たす時間t(s)で空冷または水冷し、前記巻取り温度で巻き取ることにより、得られた熱延鋼板の引張強度を800MPa以下、粒界酸化層深さを10μm以下とすることを特徴とする、酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法。
1.5×10・√t・exp[−149000/{8.31×(T+273)}]≦1.1・・・式(1)
【請求項2】
成分組成が、さらに、Ni:2%以下(0%を含まず)、Cu:2%以下(0%を含まず)、Mo:2%以下(0%を含まず)、B:0.01%以下(0%を含まず)、Cr:2%以下(0%を含まず)、Nb:1%以下(0%を含まず)、V:1%以下(0%を含まず)、W:0.3%以下(0%を含まず)、Al:0.06%以下(0%を含まず)、Ti:0.1%以下(0%を含まず)よりなる群から選ばれた1種または2種以上を含むものである、請求項1に記載の酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法。
【請求項3】
成分組成が、さらに、Ca:0.03%以下(0%を含まず)、Mg:0.003%以下(0%を含まず)、REM:0.03%以下(0%を含まず)よりなる群から選ばれた1種または2種以上を含むものである、請求項1または2に記載の酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸洗性が良好でかつ加工性に優れた熱延鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼板を高強度化するために、SiやMnなど鋼の強度を高める元素の添加量が増加しており、これに伴って、熱間圧延で得られた熱延鋼板の強度が上昇し、冷間圧延などの加工がしにくくなってきた。
【0003】
加工性を確保するために熱延鋼板の強度を低下させるには、高温での巻取りが必要であるが、巻取り温度を高くすると、粒界酸化が深くまで発生して酸洗による粒界酸化層の除去に長時間を要することになり、すなわち酸洗性が悪化して、生産性が低下する問題がある。
【0004】
そこで、酸洗性を良好に保持しつつ加工性を確保することができる熱延鋼板の製造方法が望まれており、過去に種々の提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、最終スタンド出側におけるオーステナイト体積率を20〜70%になるように熱間圧延を行い、次いで、300〜650℃の温度において巻き取る熱延鋼板の製造方法が開示され(請求項1参照)、このような条件で熱間圧延することで、巻取り後の変態復熱を小さくすることにより、粒界酸化を抑制するとしている。
【0006】
また、特許文献2には、仕上げ圧延温度:800〜950℃で熱間圧延した後、巻き取り温度:650〜780℃までを40秒以下で冷却して前記温度で巻き取る熱延鋼板の製造方法が開示され(請求項1参照)、このような条件で熱間圧延することで、熱延材を軟質化するとともに、鋼板表面の酸化スケールや粒界酸化層を厚くしすぎないとしている。
【0007】
また、特許文献3には、800〜950℃の最終熱間圧延温度で熱間圧延ストリップに熱間圧延した後、この熱間圧延ストリップを530〜580℃の好適巻取り温度で巻き取る熱延鋼板の製造方法が開示され(段落[0037]参照)、このような条件で熱間圧延することで、結晶粒界酸化を抑制しつつ加工性を確保するとしている。
【0008】
また、特許文献4には、仕上げ温度:830〜900℃、平均冷却速度:30〜45℃/s、巻取り温度:500〜680℃の条件の熱間圧延を施すことが開示され(請求項3参照)、このような条件で熱間圧延することで、粒界酸化を抑制しつつ加工性を確保するとしている。
【0009】
しかしながら、上記特許文献1〜4に記載された方法では、後述するように、熱間圧延中に形成された酸化スケールの上に、仕上げ圧延後から巻取りまでの間にさらに酸化スケールが形成されてその厚みが増し、この酸化スケールが、巻取り後のコイルの冷却の間に、コイル内で酸素源となり粒界酸化を引き起こしてしまうため、粒界酸化を確実に抑制することができず、酸洗性を向上させることができないという問題点を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平3−20407号公報
【特許文献2】特開2009−197256号公報
【特許文献3】特表2010−535946号公報
【特許文献4】特開2009−24233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、粒界酸化を抑制して優れた酸洗性を保持しつつ、優れた加工性をも備える熱延鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の発明は、質量%で(以下、化学成分について同じ。)、C:0.04〜0.20%、Si:1.0〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.02%以下(0%を含まず)、S:0.004%以下(0%を含まず)、N:0.01%以下(0%を含まず)を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼材を熱間仕上げ圧延した後、高圧水または機械的手段を用いて酸化スケールを除去し、このスケール除去完了時点の温度T(℃)から巻取り温度:600〜750℃までを下記式(1)の関係を満たす時間t(s)で空冷または水冷し、前記巻取り温度で巻き取ることにより、得られた熱延鋼板の引張強度を800MPa以下、粒界酸化層深さを10μm以下とすることを特徴とする、酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法である。
1.5×10・√t・exp[−149000/{8.31×(T+273)}]≦1.1・・・式(1)
【0013】
請求項2に記載の発明は、成分組成が、さらに、Ni:2%以下(0%を含まず)、Cu:2%以下(0%を含まず)、Mo:2%以下(0%を含まず)、B:0.01%以下(0%を含まず)、Cr:2%以下(0%を含まず)、Nb:1%以下(0%を含まず)、V:1%以下(0%を含まず)、W:0.3%以下(0%を含まず)、Al:0.06%以下(0%を含まず)、Ti:0.1%以下(0%を含まず)よりなる群から選ばれた1種または2種以上を含むものである、請求項1に記載の酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法である。
【0014】
請求項3に記載の発明は、成分組成が、さらに、Ca:0.03%以下(0%を含まず)、Mg:0.003%以下(0%を含まず)、REM:0.03%以下(0%を含まず)よりなる群から選ばれた1種または2種以上を含むものである、請求項1または2に記載の酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明方法によれば、所定の成分組成を有する鋼を熱間仕上げ圧延した後、高圧水または機械的手段を用いて酸化スケールを除去し、このスケール除去完了時点の温度T(℃)から巻取り温度:600〜750℃までを所定の時間t(s)で冷却することで、巻取り開始時点での酸化スケールの厚さを1.1μm以下にすることができ、その結果、巻取り後冷却して得られた熱延鋼板の引張強度を800MPa以下、粒界酸化層深さを10μm以下とすることができるようになり、酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板を確実に製造できるようになった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、熱延鋼板において酸洗性と加工性を両立させるためには、巻取り温度を高めても粒界酸化を抑制する方策を見出すことが重要と考え、まず粒界酸化のメカニズムに基づいて検討を行った。
【0017】
すなわち、粒界酸化(結晶粒界におけるSi−Mn酸化物の生成)は熱延コイルの巻取り後に発生する。そして、コイル巻取りに際し、鋼板ストリップが密着して巻き取られるため、コイル内は無酸素状態となり、外部からの酸素供給は立たれているが、巻取り時に既に鋼板ストリップ表面に形成されている酸化スケール(Fe酸化物;以下、単に「スケール」ともいう。)が粒界酸化の酸素源となることが知られている。
【0018】
したがって、発明者らは、巻取り時における鋼板ストリップ表面の酸化スケール厚さを抑制すれば、コイル内の酸素源が少なくなるので、粒界酸化も抑制できるのではないかと考えた。
【0019】
次に、コイル巻取り後に冷却して得られる熱延鋼板の酸洗性および加工性を評価する指標とその目標値を、公知の知見および実験により定めた。
【0020】
熱延鋼板の加工性を評価する指標としては当該熱延鋼板の引張強度(TS)を用い、その目標値としては800MPa以下(ビッカース硬さ(Hv)で270以下に相当)とし、この目標値を実現するためには、巻取り温度は600℃以上が必要であることがわかった。ただし、巻取り温度を高くしすぎると、コイルの冷却に時間がかかり生産性が悪化するので、巻取り温度は750℃以下とした。
【0021】
一方、上記熱延鋼板の酸洗性を評価する指標としては、熱延鋼板の粒界酸化層深さを用い、その目標値は10μm以下とし、この目標値を実現するためには、後記実施例より、熱延鋼板の酸化スケール厚さを1.1μm以下とする必要があることがわかった。
【0022】
ここで、通常900〜1100℃程度で実施される仕上げ圧延で既に10μm程度の酸化スケールが生成するため、この酸化スケールを巻取り前に除去すればよいことに思い至った。そして、スケール除去後から巻取りまでの空冷または水冷の間にても酸化スケールが生成するが、その空冷または水冷の間の温度および時間を調整することで、熱延鋼板の酸化スケールの厚さを上述の1.1μm以下にすればよいと考えた。
【0023】
上記知見に基づき、さらに検討を進め、本発明方法を完成するに至った。
【0024】
以下、まず本発明方法を特徴づける、仕上げ圧延後の処理条件について説明する。
【0025】
〔仕上げ圧延後に高圧水または機械的手段を用いて酸化スケールを除去〕
上述したとおり、通常900〜1100℃程度で実施される仕上げ圧延で既に10μm程度の酸化スケールが生成しているため、この酸化スケールを巻取り前のランナウトテーブル上にて除去する。高温のままで酸化スケールを除去する必要があるため、高圧水を用いる高圧水デスケーリングや、機械的手段としてブラシやグラインダなどを用いるメカニカルデスケーリングを採用すればよい。なお、高圧水を用いる場合は、スケール除去と巻取り温度までの冷却を兼ねてもよい。
【0026】
〔巻取り温度:600〜750℃〕
既述したように、熱延鋼板の加工性の指標である引張強度(TS)を800MPa以下とするため、巻取り温度は600℃以上とする。ただし、巻取り温度を高くしすぎると、コイルの冷却に時間がかかり生産性が悪化するので、巻取り温度は750℃以下とした。
【0027】
〔スケール除去完了時点の温度T(℃)から巻取り温度までを下記式(1)の関係を満たす時間t(s)で空冷または水冷
1.5×10・√t・exp[−149000/{8.31×(T+273)}]≦1.1・・・式(1)〕
スケール除去後、巻取りまでの空冷または水冷の間に生成する酸化スケールの厚さを1.1μm以下にすることで、コイル内における粒界酸化の酸素源を極力少なくして、コイル冷却の間に生成する粒界酸化層の深さを10μm以下とするためである。
【0028】
ここに、上記式(1)の左辺は、酸化スケール厚さを予測する式であり、以下のようにして導出したものである。
【0029】
すなわち、酸化スケール厚さyは、下記式(2)に示すように、絶対温度Tに関しては指数関数で、経過時間tについては平方根で厚くなる。これは、酸化反応を熱拡散現象とみた理論、および実験から公知である。
【0030】
y=C・√t・[exp(−C/RT)]・・・式(2)
ここで、C、Cは定数、Rは気体定数である。
【0031】
そして、後述の実施例中の実験1において、仕上げ圧延後の鋼板を空気雰囲気下で、絶対温度Tと時間tを種々変化させて加熱して、鋼板表面に形成された酸化スケールの厚さyを測定し、yとTおよびtの関係をデータ回帰することにより、CおよびCを求め、上記式(1)の左辺を得た。上記式(1)の左辺において、「8.31」は気体定数(単位:kJ/(K・mol))、「+273」は摂氏温度(℃)から絶対温度(K)への換算のための定数であり、その左辺全体の値およびその右辺の「1.1」の単位はともにμmである。
【0032】
なお、上記式(1)の左辺は、スケール除去完了時点の温度T一定の条件で生成する酸化スケールの厚さを予測するものであるが、実際には、鋼板温度はスケール除去完了時点から巻取り開始までの間の空冷または水冷によって低下していくため、上記式(1)の左辺による予測値は、上記空冷または水冷の間に生成する、実際の酸化スケールの厚さよりも常に大きくなる。つまり、上記式(1)の左辺は、上記空冷または水冷の間に生成する、実際の酸化スケール厚さをより安全サイド(大きい側)で予測するものであり、上記式(1)による予測値が1.1μm以下の条件を満足すれば、粒界酸化層深さを10μm以下にすることが確実に実現できることを意味するものである。
【0033】
本発明方法は、仕上げ圧延後の処理条件を規定したものであるが、熱間圧延処理は常法に従って行えばよい。例えば、鋼材を加熱するときの加熱温度は、仕上げ温度確保の観点から1000〜1300℃とすることが好ましい。
【0034】
本発明方法では、熱間仕上げ圧延後の処理条件を適切に制御することによって、酸洗性と加工性を兼備する熱延鋼板を得るものであり、この熱延鋼板の化学成分組成については、高強度鋼板としての特性を満足するものであればよい。こうした観点から、本発明方法で用いる鋼材の化学成分組成についてその限定理由を説明する。以下、化学成分の単位はすべて質量%である。
【0035】
〔鋼材の化学成分組成〕
C:0.04〜0.20%
Cは鋼の強度を高めるために重要な元素であり0.04%以上含有させることが必要であるが、0.20%を超えて含有させると冷間加工性が低下する。
【0036】
Si:1.0〜3.0%
Siは鋼に強度を発現させつつ、延性や加工性を確保させることができる重要な元素である。高強度鋼板に最低限必要なSi含有量としてその下限を1.0%、好ましくは1.2%とする。しかしながら、過剰に含有させると延性を損なうためその上限を3.0%、好ましくは2.5%とする。
【0037】
Mn:0.5〜3.0%
Mnは、鋼に強度及び靭性を確保させることができる重要な元素であり、鋼強度鋼板に最低限必要なMn含有量としてその下限を1.0%、好ましくは0.8%とする。しかしながら、過剰に含有させるとSiと同様に延性を損なうためその上限を3.0%、好ましくは2.5%とする。
【0038】
P:0.02%以下(0%を含まず)
Pは不可避的に含有される元素であるが、微量のPの存在はセメンタイトの析出を遅延させ、変態を抑制する。しかしながら、過剰に含有させると延性の劣化とめっき密着性の悪化を招くため0.02%以下とする。
【0039】
S:0.004%以下(0%を含まず)
Sも不可避的に含有される元素であるが、硫化物系介在物MnSを形成し、これが鋼材の熱間圧延時に偏析することにより鋼材を脆化させるので、0.004%以下とする。
【0040】
N:0.01%以下(0%を含まず)
Nも不可避的に含有される元素であるが、粗大な窒化物を形成して曲げ性や穴広げ性を劣化させ、かつ溶接時のブローホールの原因となることから、含有量を0.01%以下に抑制する必要がある。
【0041】
本発明方法で用いる鋼材は上記成分を基本的に含有し、残部が鉄および不可避的不純物であるが、その他、必要に応じて以下の成分を含有させることができる。
【0042】
Ni:2%以下(0%を含まず)
Niは焼き入れ性を向上させる元素であり、適量含有させれば、冷間圧延後の連続焼鈍ライン(CAL)での焼鈍時や冷却時においてマルテンサイトの分率を増大させるとともに当該マルテンサイトのラス構造を微細化させる作用を通じて、次工程の連続溶融亜鉛めっきライン(CGL)での焼き戻し時における2相域再加熱後の冷却処理時の焼き入れ性を良好にし、冷却後の最終的な複合組織を良好なものとし、各種成形加工性を向上させることができる。Niを微量含有させることでかかる効果を得ることができるが、効果をより有効に発揮させるためには、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.2%以上含有させる。しかしながら高価な元素であるため、製造コストの観点からその含有量は2%以下、好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは1.0%以下とする。
【0043】
Cu:2%以下(0%を含まず)
CuもNiと同様に焼き入れ性を向上させる元素であり、Niと同様の作用により各種成形加工性を向上する。Cuを微量含有させることでかかる効果を得ることができるが、効果をより有効に発揮させるためには、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.2%以上含有させる。しかしながら高価な元素であるため、製造コストの観点から2%以下、好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは1.0%以下とする。
【0044】
Mo:2%以下(0%を含まず)
Moは、めっき性を損ねることなく、固溶強化を図る上で有用な元素である。また、Ni、Cuと同様に焼き入れ性を向上させる元素であり、Ni、Cuと同様の作用により各種成形加工性を向上する。Moを微量含有させることでかかる効果を得ることができるが、効果をより有効に発揮させるためには、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.2%以上含有させる。しかしながら高価な元素であるため、製造コストの観点から2%以下、好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは1.0%以下とする。
【0045】
B:0.01%以下(0%を含まず)
Bは焼き入れ性を向上する効果があり、必要に応じて含有させる。Bを微量含有させることでかかる効果を得ることができるが、効果をより有効に発揮させるためには、好ましくは0.0001%以上、さらに好ましくは0.0002%以上含有させる。しかしながら過剰に含有させるとめっき性を劣化するため、0.01%以下、好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.001%以下とする。
【0046】
Cr:2%以下(0%を含まず)
Crは鋼材および冷間鍛造品に強度を付与するために必要に応じて含有させることができる。Crを微量含有させることでかかる効果を得ることができるが、効果をより有効に発揮させるためには、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上含有させる。しかしながら過剰に含有させると延性を劣化させるため、2%以下、好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは1.0%以下とする。
【0047】
Nb:1%以下(0%を含まず)
Nbは、微量の含有で炭化物の微細組織を得ることができ、靭性を損なわずに高強度化を図れる元素である。かかる効果をより有効に発揮させるためには、好ましくは0.001%以上、さらに好ましくは0.005%以上含有させる。しかしながら、過剰に含有させると炭化物が過剰に生成し、マルテンサイトの分率の減少、あるいは前記炭化物の析出強化により強度と加工性のバランスを劣化させるため、1%以下、好ましくは0.5%以下、さらに好ましくは0.1%以下とする。
【0048】
V:1%以下(0%を含まず)
VもNbと同様、微量の含有で炭化物を生成する元素であり、鋼板の強度向上に寄与する。かかる効果をより有効に発揮させるために、好ましくは0.001%以上、さらに好ましくは0.005%以上含有させる。しかしながら、過剰に含有させると、コスト高の原因となるだけでなく、降伏点(降伏比)を上昇させて加工性を低下させてしまうため、1%以下、好ましくは0.5%以下、さらに好ましくは0.1%以下とする。
【0049】
W:0.3%以下(0%を含まず)
Wは、微量の含有で、析出物強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転移強化により、鋼板の強度上昇に寄与する。かかる効果をより有効に発揮させるために、好ましくは0.001%以上、さらに好ましくは0.005%以上含有させる。しかしながら、過剰の含有は炭窒化物の析出を過剰にし、成形性の劣化を招くため、0.3%以下、好ましくは0.2%以下、さらに好ましくは0.1%以下とする。
【0050】
Al:0.06%以下(0%を含まず)
Alは、脱酸剤として使用されるとともに、焼ならし加熱の際にオーステナイト結晶粒の粗大化を防止するため、好ましくは鋼材に含有させる。ただし、過剰の含有はかかる効果を飽和することに加えて、結晶粒が不安定になるため、0.06%以下、好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.02%以下とする。
【0051】
Ti:0.1%以下(0%を含まず)
Tiは、Alと同様、脱酸剤として使用され、好ましくは0.01%以上含有させる。しかしながら過剰に含有させると靭性が低下するため、0.1%以下、好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.03%以下とする。
【0052】
Ca:0.03%以下(0%を含まず)、Mg:0.003%以下(0%を含まず)、REM:0.03%以下(0%を含まず)よりなる群から選ばれた1種または2種以上
これらの元素は、脱酸に用いられる元素であり、それぞれ、好ましくは0.002%以上、さらに好ましくは0.003%以上含有させる。しかしながら過剰に含有させると成形性を劣化させるため、それぞれ、0.03%、好ましくは0.02%以下、さらに好ましくは0.01%以下とする。なお、本発明方法に用いられるREM(希土類元素)としては、Sc、Y、ランタノイド等が挙げられる。
【実施例】
【0053】
本発明の適用性を確証するため、下記表1に示す種々の成分組成を有する鋼材試験片を用いて、仕上げ圧延からコイル巻取り後の冷却までを模擬した実験を行った。
【0054】
【表1】
【0055】
[実験1]スケール生成実験
仕上げ圧延からコイル巻取り開始までの間におけるスケール生成を模擬するため、上記表1に示す成分組成を有する鋼材をコイン状(直径20mm×厚さ3mm)に加工した試験片を準備し、加工フォーマスタを用いて熱処理を行った。具体的には、N雰囲気下で所定温度(仕上げ圧延温度またはスケール除去完了温度を想定)まで昇温し、雰囲気を調整空気ガスに切り替えて、所定時間(仕上げ圧延終了時点またはスケール除去完了時点から巻取り開始までの時間を想定)その温度に保持して表面を酸化させた後、調整空気ガスの供給を停止しNガスを噴きつけて急速冷却を行った。そして、生成した酸化スケールの厚さについては、上記熱処理後の試験片の断面を、Fe−SEM装置(日立製作所製のS−4500電界放射型走査電子顕微鏡)を用いて観察した写真(倍率:3000倍)に基づき、酸化皮膜の厚さを測定し、その最大厚さを「酸化スケールの厚さ」とした。
【0056】
[実験2]巻取り後のコイル冷却模擬実験
次に、上記実験1で熱処理して作製した同一の2つの試験片について、酸化皮膜が形成された面が向かい合うように重ね合わせ(コイル内において鋼板が重なり合った状態を想定)、0.2kgf/cm(≒1.96N/cm)の荷重が掛るようにおもりを載せた状態で電気炉内に挿入し、所定温度(巻取り温度をイメージ)まで昇温し、その温度T(℃)から、コイル冷却シミュレーション計算(前提条件:コイルの重量10トン、内径760mm、外径1480mm、幅1000mm)に基づき求めた下記式(3)を満たす冷却速度v(℃/min)で500℃まで冷却し、その後は炉冷した。試験片の電気炉内への設置から取り出しまで全てN雰囲気で行った。
【0057】
v=−0.0125T+12.448・・・式(3)
【0058】
そして、このように熱処理した試験片の断面について、酸化スケール厚さの測定と同様、Fe−SEM装置(日立製作所製のS−4500電界放射型走査電子顕微鏡)を用いて観察した写真(倍率:3000倍)に基づき、粒界酸化層を測定し、その最大深さを「粒界酸化層深さ」とした。
【0059】
下記表2に実験の条件およびその結果を示す。また、同表には、別途、上記表1の成分組成を有する鋼材試験片を一旦オーステナイト化した後、上記実験2と同様のコイル冷却条件で冷却して得られた試験片のビッカース硬さの測定値も併記した。なお、ビッカース硬さは、マイクロビッカース硬さ試験機で、荷重1000g(9.8N)の条件で、表面から試験片の厚みの1/4の深さまで1mmごとにビッカース硬さ測定を行い、それらの平均値とした。
【0060】
下記表2に示すように、実験条件が本発明方法の要件である「スケール除去あり、式(1)の左辺≦1.1、巻取り温度:600〜750℃」を満たすNo.5〜10、12〜14の発明例は、いずれも、巻取り開始時(想定)の酸化スケール厚さ(実測値)が1.1μm以下であり、最終的に得られた熱延鋼板は、その粒界酸化層深さが10μm以下であるとともに、ビッカース硬さが270Hv以下(引張強度が800MPa以下に相当)であり、酸洗性、加工性ともに優れている。
【0061】
これに対し、実験条件が本発明方法の要件のうち「スケール除去あり、式(1)の左辺≦1.1」を満たさないNo.1〜4は、巻取り開始時(想定)のスケール厚さ(実測値)が1.1μmを超え、最終的に得られた熱延鋼板は、その粒界酸化層深さが10μmを超えており、酸洗性に劣っている。
【0062】
また、実験条件が本発明方法の要件のうち「巻取り温度:600〜750℃」を満たさないNo.11は、最終的に得られた熱延鋼板は、そのビッカース硬さが270Hvを超えており(引張強度が800MPa超えに相当)、加工性に劣っている。
【0063】
以上より、本発明方法の適用性が確認できた。
【0064】
なお、下記表2に示すように、式(1)の左辺の値と、実測の酸化スケール厚さとは非常に良く一致しており、式(1)の左辺は、酸化スケール厚さの予測精度に優れていることがわかる。
【0065】
【表2】