(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、従来の切削インサートにおいては、切削加工時に、被削材の切屑等が切れ刃に溶着し、またこれが成長することによって、切れ味が低下したり、切れ刃が欠損したりすることがあった。すなわち、このような溶着は、被削材の仕上げ面品位を低下させ、工具寿命を短縮させることから好ましくない。
とりわけ、近年、自動車、航空機産業を中心に需要が拡大している非鉄材料(例えばアルミニウム、チタン等)の切削加工でその傾向は顕著であり、解決策が求められている。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、切れ刃に発生する溶着を抑制する効果を有し、これにより高品位な切れ味を安定して維持できるとともに、切れ刃の欠損を防止して、工具寿命を延長できる切削インサートを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明の発明者は、このような切削インサートについて鋭意研究を重ねた結果、該切削インサートの製造において、切れ刃の形成時に逃げ面に形成される研削痕(研削(研磨)の加工スジ)の向きを所定の方向(角度)とすることにより、耐溶着性を向上できるという知見を得るに至った。
【0008】
本発明に係る切削インサートは、このような知見に基づいてなされたものであり、軸状をなすインサート本体と、前記インサート本体の長手方向の端部に配置され、前記長手方向に直交する高さ方向の上方を向くすくい面と、前記インサート本体の長手方向の端部に配置されて前記すくい面に交差し、前記長手方向のインサート外側を向く正面逃げ面と、前記長手方向及び前記高さ方向に直交する幅方向を向く一対の側面逃げ面とを有する逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との交差稜線をなす切れ刃と、を備え、前記正面逃げ面には、前記高さ方向に延びる研削痕が形成され、前記側面逃げ面には、前記高さ方向の下方に向かうに従い漸次前記長手方向のインサート内側に向かって延びる研削痕が形成されて
おり、前記インサート本体を前記幅方向から見た側面視で、前記側面逃げ面の研削痕は、曲率半径75〜200mmの曲線状に延びており、該研削痕の全長のうち中点における仮想接線が前記インサート本体の長手方向に対して傾斜する角度は、45°〜70°であることを特徴とする。
【0009】
本発明の切削インサートによれば、切れ刃に隣接する逃げ面のうち、正面逃げ面には、インサート本体の高さ方向に延びる研削痕(以下、正面研削痕と呼ぶ)が形成され、側面逃げ面には、インサート本体の高さ方向の下方に向かうに従い漸次インサート本体の長手方向のインサート内側に向かって延びる研削痕(以下、側面研削痕と呼ぶ)が形成されているので、下記の効果を奏する。尚、本明細書でいう「長手方向のインサート外側」とは、インサート本体の長手方向に沿って、該インサート本体の胴体部(中央部)から端部に向かう方向であり、「長手方向のインサート内側」とは、インサート本体の長手方向に沿って、該インサート本体の端部から胴体部(中央部)に向かう方向である。また、以下の説明では、前記インサート本体の長手方向をインサート長手方向、前記インサート本体の高さ方向をインサート高さ方向ということがある。
【0010】
例えば、特開2011−161536号公報の
図4、
図5等に示される公知の内径溝入れなどの周面加工(内径溝入れ加工)においては、この切削加工により被削材の周面に形成される溝についても該被削材と同様に、切削インサートに対して被削材の回転方向に沿って移動している。具体的に、切削インサートの逃げ面のうち正面逃げ面に近接して形成される被削材の溝の底壁(溝の内面のうち被削材径方向の内側を向く面)は、該正面逃げ面に対して、インサート本体の高さ方向のうちすくい面が向く方向とは反対側(つまり下方)に向かうように移動している。また、切削インサートの逃げ面のうち側面逃げ面に近接して形成される被削材の溝の側壁(溝の内面のうち被削材軸線方向を向く面)は、該側面逃げ面に対して、インサート本体の高さ方向の下方に向かうに従い漸次インサート本体の長手方向のインサート内側に向かうように移動している。
【0011】
本発明の切削インサートでは、正面逃げ面に形成された正面研削痕が、該正面逃げ面に対して被削材の溝の底壁が移動する方向に沿って延びており、かつ、側面逃げ面に形成された側面研削痕が、該側面逃げ面に対して被削材の溝の側壁が移動する方向に沿うように延びているので、切れ刃からこれら逃げ面に向けて成長しようとする切粉(切屑)等の溶着物が、被削材との接触によりこれら逃げ面から容易に脱落しやすくなっている。すなわち、溶着物が切れ刃に溶着したとしても、この溶着物が逃げ面上の研削痕に案内されるように早期に脱落させられて溶着の成長が抑制されており、またこれにより、切れ刃に欠損を生じさせるような大きな溶着物が形成されにくくなっている。
【0012】
また、このように切れ刃の溶着が抑制されることによって、切れ刃本来の形状が被削材の加工面(仕上げ面)に転写されやすくなるとともに、該加工面に毟れや傷などの加工痕が形成されにくくなって、加工品位が高められる。
また、正面逃げ面及び側面逃げ面の研削痕が、ともに被削材との切削抵抗を低減させる向きに延びており、かつ、切粉等がこれら研削痕に案内されるように排出されやすいから、加工面にバリが発生しにくく、良好な仕上げ面を得ることができる。
【0013】
このように、本発明の切削インサートによれば、切れ刃における溶着の成長を抑制でき、これにより高品位な切れ味を安定して維持できるとともに、切れ刃の欠損を防止して、工具寿命を延長し、良好な被削材仕上げ面精度を長期にわたり得ることができるのである。
【0014】
さらに、前述のように、側面逃げ面の側面研削痕が、インサート本体の高さ方向の下方に向かうに従い漸次インサート本体の長手方向のインサート内側に向かって延びていることにより、切れ刃の前記高さ方向のチッピングの大きさを抑制して工具寿命をより延長させる効果、及び、切れ刃(側面切れ刃)稜線を滑らかにして耐溶着性を向上させる効果が得られる。これらについて、下記に説明する。
【0015】
まず、チッピングを抑制して工具寿命をより延長させる効果について説明する。
インサート高さ方向におけるチッピング量は、工具性能に大きく影響し、特に工具寿命と密接な関係があるため、これを抑制することは切削工具にとって極めて重要である。
さらに本発明の発明者は、前述のような溶着に起因する異常欠損の発生メカニズムを検証した結果、切れ刃のうち特に側面切れ刃(側面逃げ面とすくい面との交差稜線をなす切れ刃部分(横切れ刃))において、溶着に起因したチッピングが研削痕に沿って成長し、欠損となる事例があることも確認した。
【0016】
これを解決するために、例えば、切削インサートの製造に用いる研削砥石の番手を細かく(高く)することが考えられる。つまり、研削砥石の番手の設定により逃げ面の表面粗さを小さくコントロールして、側面切れ刃に溶着を発生させにくくしたり、若しくは溶着が発生してもそれが成長する前に切れ刃から脱落しやすくする手法が考えられる。しかしながらこの場合、研削中の目詰まり等が増え、加工時間の延長や作業性が低下することになる。すなわち、サイクルタイムの延長や研削砥石のドレッシング・ツルーイングのインターバルが短くなるなど、生産性を低下させてしまう。
【0017】
そこで、本発明では前記構成とされた側面研削痕を形成することにより、製造時における研削の作業性及び生産性を確保しつつも、被削材の切削加工時においては、たとえ側面切れ刃にチッピングが生じた場合でも、該チッピングは、側面研削痕に沿うようにインサート本体の高さ方向に対して傾斜する方向に延びるため、該高さ方向に沿うチッピングの長さ(チッピング量)を抑制できる。
このように、インサート高さ方向のチッピング量が抑制されるので、切削インサートを長期に亘り切削加工に用いることができ、工具寿命がより延長される。
【0018】
次に、切れ刃稜線を滑らかにして耐溶着性を向上させる効果について説明する。
本発明では、切削インサートの側面逃げ面における研削痕が前記構成の側面研削痕であることにより、従来の切削インサート、つまり、インサート高さ方向とほぼ同一方向の研削痕を側面逃げ面に有する切削インサートと比較し、この側面研削痕が形成された側面逃げ面とすくい面との交差稜線をなす側面切れ刃の稜線が、滑らかになる。具体的に、逃げ面を研削して切れ刃を鋭利に形成したときに、該切れ刃稜線を電子顕微鏡等で観察すると、極少の山部及び谷部が隣接して複数形成されているが、例えば本発明とは異なり、インサート高さ方向に延びる研削痕が形成された側面逃げ面とすくい面との交差稜線である側面切れ刃において隣り合う前記極小の山部と谷部との間隔に対して、本発明の前記側面切れ刃における前記山部と谷部との間隔は広くなる。
【0019】
すなわち、本発明の切削インサートの側面研削痕は側面切れ刃に対して傾斜して交差するように形成されているために、該側面切れ刃における切れ刃稜線がより滑らかになる(つまり、隣り合う極小の山部と谷部との繰り返し周期が長くなる。
図10及び
図11を参照)。
このように、生産性を確保しつつも、側面切れ刃の稜線をより滑らかにできるので、前述のように特にチッピング等の生じやすい側面切れ刃への溶着を抑制する効果が顕著に得られるのである。
【0020】
また
、前記インサート本体を前記幅方向から見た側面視で、前記側面逃げ面の研削痕は、曲率半径75〜200mmの曲線状に延びており、該研削痕の全長のうち中点における仮想接線が前記インサート本体の長手方向に対して傾斜する角度は、45°〜70°であ
る。
【0021】
側面研削痕がインサート本体の長手方向に対して傾斜する角度が、45°〜70°であるので、切れ刃(側面切れ刃)の溶着及びチッピングを抑制する効果がより顕著に得られる。
具体的に、インサート本体の長手方向に対して側面研削痕が傾斜する角度が、45°未満である場合、側面切れ刃から側面逃げ面に向けて成長しようとする溶着物が、被削材との接触により該側面逃げ面から脱落しやすくなるという効果が得られにくくなるおそれがある。また、インサート本体の長手方向に対して側面研削痕が傾斜する角度が、70°を超える場合、側面切れ刃においてインサート本体の高さ方向に沿うチッピングの長さ(チッピング量)を抑制する効果が得られにくくなるおそれがある。
尚、側面研削痕が、曲率半径75〜200mmの曲線状に延びて
おり、その曲率中心(曲率半径に相当する円の中心)が、前記仮想接線に対して前記長手方向のインサート内側に位置している(つまり側面研削痕が、前記長手方向のインサート外側に向かって凸の曲線になっている)ことが好ましい。
【0022】
また、本発明の切削インサートにおいて、少なくとも前記インサート本体の高さ方向の下方を向く工具本体への取付面が、焼結肌であることとしてもよい。
【0023】
上記の切削インサートでは、取付面を研削(研磨)加工しないことから、前述のように切れ刃の切れ味が確保されつつも、製造が簡単であり、製造費用が削減される。また、取付面を研削加工しないので、該取付面の位置精度が安定して確保されることにより、この切削インサートを刃先交換式溝入れ工具のホルダ(工具本体)に装着する際の取り付け安定性が増す。
【0024】
さらに、焼結肌は、一般に研削加工面よりも表面粗さが大きいことから、該焼結肌である取付面を用いてこの切削インサートをホルダに装着することにより、切削インサートとホルダとの間の摩擦抵抗が大きく確保されるとともに、意図しない相対移動などが規制されて、ホルダに対して切削インサートをより安定的に固定できる。
尚、このように切削インサートの取付面を未研削の焼結肌とすることが、前述した効果が得られ好ましいが、該取付面は研削加工されていても構わない。
【0025】
また、本発明の切削インサートにおいて、前記インサート本体における前記側面逃げ面の前記高さ方向の下方には、該側面逃げ面より前記幅方向に後退する側面後退部が形成され、前記側面逃げ面及び前記側面後退部の前記高さ方向に沿う長さの和に対する、前記側面逃げ面の前記高さ方向に沿う長さの割合が、20〜70%であることとしてもよい。
【0026】
この場合、インサート本体において幅方向を向く側面には、切れ刃に隣接する側面逃げ面と、側面逃げ面のインサート高さ方向の下方に配置されて該側面逃げ面よりも後退する側面後退部とが形成されているので、切削インサートの製造時において、側面逃げ面を研削して側面切れ刃を先鋭(鋭利)に形成する際に、インサート本体の側面全体を研削する必要がない。すなわち、切削インサートの製造において、側面後退部を研削する必要はなく、側面逃げ面のみを研削して切れ刃を形成でき、製造が簡便であるとともに生産性がよい。
【0027】
また、側面後退部が側面逃げ面よりも後退していることで、例えばこの切削インサートを端面溝入れに用いる際に、被削材の端面に形成される溝の側壁(溝の内面のうち被削材径方向を向く面であり、特に、径方向内側を向く面)と、インサート本体の側面(側面下部)との接触を防止できる。よって、被削材の加工性が向上する。
【0028】
また、このように被削材の溝の側壁とインサート本体の側面下部との接触を防止しつつも、さらに側面切れ刃の逃げ角を小さく設定できるから、これにより、該側面切れ刃の刃先強度を確保できる。
【0029】
また、側面後退部が形成されていることで、切削インサートの製造時に前述のように側面切れ刃を先鋭に形成する際、インサート本体の高さ方向の下方を向く取付面が研削により削られるようなことが防止される。つまり、インサート本体の前記取付面が側面後退部に連なっていても、該側面後退部が研削されないため、取付面も研削されることはない。
【0030】
特に、インサート本体の取付面における長手方向の端部は、ホルダのインサート取付座に対する切削インサートの取り付け安定性や取り付け位置精度に関係しやすいことから、上記のように、取付面、特に取付面の端部は研削されないことが望ましい。これにより、ホルダに対する切削インサートの取付面の位置が安定するとともに、切削加工時における該切削インサートの装着姿勢が安定する。
【0031】
また、側面逃げ面及び側面後退部のインサート高さ方向の長さの和に対する、側面逃げ面のインサート高さ方向の長さの割合(比率)が、20〜70%であるので、切れ刃の刃先強度を確保しつつも、切削インサートの製造時における加工性(作業性)を高めることができる。
具体的に、インサート本体の側面において、側面逃げ面のインサート高さ方向の長さが、当該側面逃げ面と側面後退部のインサート高さ方向の長さの和に対して、20%未満である場合には、切込みを大きくした場合等、負荷の高い切削にこの切削インサートを使用した際、側面切れ刃の刃先強度を十分に確保できなくなるおそれがある。また、側面逃げ面のインサート高さ方向の長さが、当該側面逃げ面と側面後退部のインサート高さ方向の長さの和に対して、70%を超える場合には、切削中に発生した切粉が切削インサートに接触しやすくなり、またこの場合、側面逃げ面の領域が大きくなるとともに切削インサートの製造時における研削領域が大きくなって、研削作業が複雑になるおそれがある。また前述の端面溝入れなどにおいて、被削材の溝の側壁と側面逃げ面とが接触する可能性が高くなり、被削材の加工性が低下するおそれや、切削中に切屑や被削材自体の接触によりインサートが破損し、切削を中止せざるを得ない可能性がある。
【0032】
また、本発明の切削インサートにおいて、前記インサート本体は、超硬合金からなり、前記インサート本体には、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Y、Mn、Ni、Sのうちから選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、ホウ素のうちから選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物である硬質被覆層が、前記研削痕の上に少なくとも1層以上形成されていることとしてもよい。
【0033】
この場合、インサート本体に、例えば化学蒸着法(CVD法)や物理蒸着法(PVD法)により形成される硬質被覆層の具体的な材質は上記の中から選択すればよいが、切削インサートとしては、TiC、TiCN、TiN、TiAlN、TiAlCrN、TiAlCrSiN、TiAlNbNなどのTi系硬質被膜やAlCrNなどが工具寿命の延長に特に有効である。
【発明の効果】
【0034】
本発明の切削インサートによれば、切れ刃に発生する溶着を抑制する効果を有し、これにより高品位な切れ味を安定して維持できるとともに、切れ刃の欠損を防止して、工具寿命を延長できる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の一実施形態に係る切削インサート1について、図面を参照して説明する。
本実施形態の切削インサート1は、金属材料等からなる柱状や棒状の被削材をその軸線回りに回転させて、被削材の端面に開口する穴部の内周面に溝入れ(内径溝入れ)などの周面加工を施したり、被削材の軸線方向を向く端面に溝入れなどの端面加工を施す溝入れ用切削インサートである。
【0037】
本明細書では特に図示していないが、この切削インサート1は、例えば特開2011−161536号公報の
図1等に示されるような刃先交換式溝入れ工具において、柱状又は軸状の鋼材等からなるホルダ(工具本体)の先端部に着脱自在に装着されて、被削材の切削加工に供される。ホルダの先端部には、切削インサート1を取り付けるための凸状のインサート取付座が形成されている。切削インサート1がインサート取付座に装着された状態で、該切削インサート1の後述する切れ刃5は、ホルダ先端部においてホルダ外周面から突出して配置される。
【0038】
図1〜
図9に示されるように、切削インサート1は、軸状をなすインサート本体2と、インサート本体2の長手方向Lの端部に配置され、長手方向Lに直交する高さ方向(厚さ方向)Hの上方を向くすくい面3と、インサート本体2の長手方向Lの端部に配置されてすくい面3に交差し、長手方向Lのインサート外側を向く正面逃げ面4aと、長手方向L及び高さ方向Hに直交する幅方向Wを向く一対の側面逃げ面4bとを有する逃げ面4と、すくい面3と逃げ面4との交差稜線をなす切れ刃5とを備えている。
尚、前述の「長手方向Lのインサート外側」とは、インサート本体2の長手方向Lに沿って、該インサート本体2の胴体部(中央部)から端部に向かう方向である。また、後述する「長手方向Lのインサート内側」とは、インサート本体2の長手方向Lに沿って、該インサート本体2の端部から胴体部(中央部)に向かう方向である。
【0039】
この切削インサート1がホルダのインサート取付座に装着された状態で、該切削インサート1のすくい面3は、鉛直方向のうち上方を向くように配置されるとともに、被削材の回転方向後方側を向くように配置される。本明細書においては、インサート本体2の高さ方向Hのうち、すくい面3が向く方向を上(上方)といい、すくい面3とは反対側を向く方向を下(下方)という。ただし、前述の「高さ方向Hの上方・下方」は、ホルダ(工具本体)に対する切削インサート1の装着姿勢を限定するものではない。すなわち、切削インサート1の高さ方向Hは、鉛直方向に限られるものではなく、例えばそれ以外の水平方向や鉛直と水平の間の斜め方向であっても構わない。
尚、図面中に一点鎖線等により符号Oで示されるものは、インサート本体2の高さ方向Hの中央及び幅方向Wの中央を通って長手方向Lに延びるインサート本体2の中心軸である。
【0040】
切削インサート1のインサート本体2は、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、又はセラミックスなどの硬質材料からなり、焼結体である。本実施形態のインサート本体2は、超硬合金からなる。
図5及び
図6に示されるように、インサート本体2は、直方体状をなしており、その下面2aと上面中央部2bとが断面凹V字状に形成されて、図示しないホルダのインサート取付座における断面凸V字状の一対の押圧面(天壁面及び底壁面)に当接し係合可能とされている。尚、インサート本体2の下面2a及び上面中央部2bの形状は、前記断面凹V字状に限られるものではなく、例えば、これら下面2a及び上面中央部2bのいずれか一方又は両方が断面凸V字状に形成されていてもよい。この場合には、インサート取付座の一対の押圧面が、前記した下面2a及び上面中央部2bの形状に対応して、いずれか一方又は両方が断面凹V字状に形成される。
また、インサート本体2の上面の両端部には、上面中央部2bより一段後退してそれぞれ前記すくい面3が形成されているとともに、これらすくい面3の外周端縁には、それぞれコ字状の前記切れ刃5が形成されている。
【0041】
本実施形態では、インサート本体2の外面(表面)において、逃げ面4以外の部位は研削(研磨)加工されておらず、焼結肌となっている。具体的には、インサート本体2の外面におけるインサート取付座との当接面(インサート本体2の下面2a、上面中央部2b及び後述する正面後退部6aなど)が焼結肌である。尚、これら当接面(下面2a、上面中央部2b、正面後退部6a)のいずれか1つ以上が研削加工されていても構わない。ただし、インサート本体2の外面において、少なくとも高さ方向Hの下方を向く下面(取付面)2aが焼結肌となっていることが好ましい。
【0042】
図7に示されるインサート本体2の上面視で、すくい面3は、長手方向Lに長い矩形状をなしている。本実施形態では、すくい面3の外周縁部は、該すくい面3の外周をなす切れ刃5と同等の高さ又は該切れ刃5より下方に向けて窪まされるように形成されている一方、該外周縁部以外の部位(すくい面3の中央部)は、外周縁部からすくい面3の内側に向かうに従い漸次上方に向けて突出するように形成されている。
【0043】
すなわち、本実施形態のすくい面3には、切屑排出性を高めるためのチップブレーカが形成されており、該チップブレーカは、金型により成形されるか、又はインサート本体2の焼結後に研削等により成形される。尚、すくい面3には、チップブレーカが形成されていなくても構わない。本実施形態では、すくい面3も未研削の焼結肌となっている。
【0044】
図1及び
図2において、前述したように、逃げ面4は、インサート本体2の長手方向Lのインサート外側を向く正面逃げ面4aと、インサート本体2の幅方向Wを向く一対の側面逃げ面4bとを備えている。
【0045】
図5に示されるように、インサート本体2を長手方向L(中心軸O方向)から見た正面視で、正面逃げ面4aは、幅方向Wに長い矩形状をなしている。正面逃げ面4aを形成する四辺のうち、上辺(後述する正面切れ刃5a)は、幅方向Wに沿って延びている。また、前記四辺のうち、下辺は、上辺と平行に幅方向Wに沿って延びている。
【0046】
そして、この正面視において、正面逃げ面4aには、高さ方向Hに延びる直線状の研削痕(切削インサート1の製造時に、砥石を用いた研削(研磨)加工により形成された細かな加工スジ)が形成されている。尚、正面逃げ面4aの研削痕は、高さ方向Hに沿って延びていればよく、前述した直線状に限定されるものではなく、例えば緩やかな曲線状であってもよい。
【0047】
具体的に、本実施形態では、逃げ面4の研削加工に、例えば粒度#200〜600のダイヤモンド砥石からなるカップ型砥石(研削砥石)を用いている。このカップ型砥石の直径は、例えばφ150〜400mmである。
図12に示されるように、カップ型砥石10は、その回転軸線Cが水平方向に延びるように設置されるとともに、該カップ型砥石10の円環状の研削端面(研削加工する円環面)11は、水平方向に向けて開口される。そして、カップ型砥石10を不図示のスピンドルにより回転軸線C回りに回転させつつ、前記研削端面11にインサート本体2の逃げ面4を接触させることにより、切れ刃5を鋭利に形成しつつ、該逃げ面4に所定方向となるように研削痕が形成される。
【0048】
本実施形態では、カップ型砥石10の水平方向に開口された研削端面11において、鉛直方向(高さ方向)のほぼ中央部(つまり円環状をなす研削端面11の側端部11a)で、逃げ面4のうち正面逃げ面4aを研削しており、これにより、前記構成とされた正面逃げ面4aの研削痕を簡単に形成できる。
【0049】
また、
図8において、正面逃げ面4aは、切れ刃5から下方に向かうに従い漸次長手方向Lのインサート内側に向かって傾斜している。高さ方向Hに対して正面逃げ面4aが傾斜する逃げ角は、比較的小さく、例えば0°〜20°で設定されており、これにより後述する正面切れ刃5aの刃先強度が確保されている。
【0050】
図8に示されるように、インサート本体2を幅方向Wから見た側面視で、側面逃げ面4bは、長手方向Lに長い矩形状をなしている。側面逃げ面4bを形成する四辺のうち、上辺(後述する側面切れ刃5b)は、長手方向Lに沿って延びている。
【0051】
そして、この側面視において、側面逃げ面4bには、高さ方向Hのうちすくい面3が向く方向とは反対側(つまり下方)に向かうに従い漸次長手方向Lのインサート内側に向かって延びる直線状の研削痕が形成されている。尚、側面逃げ面4bの研削痕は、下方に向かうに従い漸次長手方向Lのインサート内側に向かって延びていればよく、前述した直線状に限定されるものではなく、例えば緩やかな曲線状であってもよい。
【0052】
図8に示される例では、側面逃げ面4bの研削痕は、直線状に延びており、この側面視において該研削痕がインサート本体2の長手方向L(中心軸O)に対して傾斜する角度θは、45°〜70°である。
【0053】
本実施形態では、
図12に示されるカップ型砥石10の研削端面11における鉛直方向の中央部よりも下方に位置する部分(具体的には、円環状をなす研削端面11の側端部11aと下端部11bとの間に位置する斜め下部分11c)で、逃げ面4のうち側面逃げ面4bを研削している。これにより、高さ方向H及び長手方向Lに対して傾斜する前記構成の側面逃げ面4bの研削痕を簡単に形成できる。
図12において、研削端面11上に示される同心円状の複数の2点鎖線は、この研削によって切削インサート1の側面逃げ面4bに形成される研削痕の向きを表している。
【0054】
尚、側面逃げ面4bの研削痕を前述のように傾斜させることのみを目的とするのであれば、例えばカップ型砥石10の研削端面11における鉛直方向の中央部よりも上方に位置する部分(研削端面11の斜め上部分11d)を研削に用いる手法も考えられるが、この場合、切削インサート1を支持する不図示のクランプ治具等と、カップ型砥石10との干渉が生じやすくなり、加工する形状等が限定される可能性がある。従って、専用のインサートクランプ治具を用意するか、側面逃げ面4bの研削には、本実施形態のように、カップ型砥石10の研削端面11における斜め下部分11cを用いることが好ましい。
【0055】
このように研削された側面逃げ面4bの研削痕は、一見直線状をなしてはいるものの、厳密には、
図9に示されるように曲率半径75〜200mmの曲線状に延びており、該研削痕(具体的には、多数の加工スジが配列してなる研削痕のうち所定の加工スジ)の全長のうち中点Mにおける仮想接線VLがインサート本体2の長手方向Lに対して傾斜する角度θは、45°〜70°である。
本実施形態では、側面逃げ面4bの研削痕は、その曲率中心(曲率半径に相当する図示しない円の中心)が、仮想接線VLに対して長手方向Lのインサート内側(
図9における右側)に位置しており、これにより側面逃げ面4bの研削痕は、長手方向Lのインサート外側(
図9における左側)に向かって凸の曲線になっている。
【0056】
また、
図5において、側面逃げ面4bは、切れ刃5から下方に向かうに従い漸次幅方向Wに後退しており、つまり下方に向かうに従い漸次幅方向Wの内側(幅方向Wに沿ってインサート本体2の側端から中央に向かう方向)に向けて傾斜している。高さ方向Hに対して側面逃げ面4bが傾斜する逃げ角は、比較的小さく、例えば0°〜20°で設定されており、これにより後述する側面切れ刃5bの刃先強度が確保されている。
【0057】
正面逃げ面4aの研削痕における表面粗さ、及び、側面逃げ面4bの研削痕における表面粗さは、それぞれカットオフ値0.08mmで算術平均粗さRaが0.04〜0.12μmとなっている。尚、この表面粗さは、正面逃げ面4aについては幅方向Wに沿って測定したものであり、側面逃げ面4bについては長手方向Lに沿って測定したものである。
【0058】
また、前述したカップ型砥石10を用いて正面逃げ面4a及び側面逃げ面4bを研削加工する場合には、研削加工面の表面粗さを向上させ、かつ、カップ型砥石10の研削端面11の偏摩耗を抑制する目的で、該研削端面11と切削インサート1とを、例えばカップ型砥石10の径方向(
図12における左右方向など)に相対的に揺動させることが好ましい。ただし、側面逃げ面4bの研削においては、切削インサート1又は該切削インサート1を保持する治工具類と、カップ型砥石10との干渉を防止する目的で、前述の揺動を行わなくても構わない。この場合、側面逃げ面4bの表面粗さは、正面逃げ面4aの表面粗さに比べて大きな値となる傾向がある。
【0059】
図1及び
図2に示されるように、インサート本体2における逃げ面4の切れ刃5とは反対側(つまり下方)には、逃げ面4より長手方向Lのインサート内側及び幅方向Wに後退する後退部6が形成されている。後退部6は、インサート本体2の端部(切れ刃5の下方に対応する部分)にのみ形成されており、該インサート本体2の中央部、つまり切削には直接関与しない胴体部には形成されていない。
【0060】
具体的に、インサート本体2における正面逃げ面4aの下方には、該正面逃げ面4aより長手方向Lのインサート内側に後退する正面後退部6aが形成されている。また、インサート本体2における側面逃げ面4bの下方には、該側面逃げ面4bより幅方向Wに後退する側面後退部6bが形成されている。
【0061】
図5に符号w1で示されるものは、切れ刃5の幅方向Wの端部(後述する側面切れ刃5b)から側面後退部6bが幅方向Wに後退する後退量である。この後退量w1は、切削インサート1の形状や用途によって種々に設定されるが、本実施形態では、例えば0.3〜1mmとなっている。
【0062】
また、
図8に符号h1で示されるものは、側面逃げ面4bの高さ方向Hに沿う長さであり、符号h2で示されるものは、側面後退部6bの高さ方向Hに沿う長さである。本実施形態では、側面逃げ面4bの高さ方向Hに沿う長さh1と、側面後退部6bの高さ方向Hに沿う長さh2との和(h1+h2)に対する、側面逃げ面4bの高さ方向Hに沿う長さh1の割合が、20〜70%である。
【0063】
図7に示されるインサート本体2の上面視で、切れ刃5は、インサート本体2の長手方向Lの端部において幅方向Wに沿って延びる正面切れ刃5aと、該正面切れ刃5aの両端部から長手方向Lのインサート内側に向けて延びる一対の側面切れ刃5bとを備えている。
【0064】
図1及び
図2に示されるように、正面切れ刃5aは、すくい面3と正面逃げ面4aとの交差稜線をなしている。また、側面切れ刃5bは、すくい面3と側面逃げ面4bとの交差稜線をなしている。
図7において、本実施形態では、一対の側面切れ刃5bは、長手方向Lのインサート内側に向かうに従い漸次互いの距離を縮めるように傾斜して延びており、バックテーパが与えられている。また、正面切れ刃5aと側面切れ刃5bとの交差部分は、凸曲線状に形成されたコーナー刃5cとなっている。尚、特に図示しないが、コーナー刃5cと側面切れ刃5bとの間に、さらに長手方向Lに沿って延びるワイパー刃を形成してもよい。また、コーナー刃5cは、前述した凸曲線状に限らず、例えば正面切れ刃5a及び側面切れ刃5b(又は前記ワイパー刃)にそれぞれ鈍角を形成して交わる直線で構成される面取り状でもよい。
【0065】
また、
図5及び
図8に示されるように、このような凸曲線状のコーナー刃5cが形成されていることにより、逃げ面4における正面逃げ面4aと側面逃げ面4bとの間に位置する部位には、凸曲面状のコーナー逃げ面4cが形成されている。コーナー逃げ面4cには、前述した正面逃げ面4aの研削痕及び側面逃げ面4bの研削痕のいずれかと同様の研削痕が形成され、図示の例では、高さ方向Hに延びる研削痕が形成されている。
図1及び
図2において、コーナー逃げ面4cは、高さ方向Hに沿うように延びているとともに、下方に向かうに従い漸次その幅が狭くなる細長い円錐面状に形成されている。尚、コーナー逃げ面4cの形状は、本実施形態の円錐面状に限定されるものではなく、例えばその幅が変化しない円筒面状でもよい。
【0066】
また、特に図示しないが、インサート本体2には、主にその耐摩耗性能を向上させることを目的として、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Y、Mn、Ni、Sのうちから選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、ホウ素のうちから選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物である硬質被覆層が、前記研削痕の上に少なくとも1層以上形成されていてもよい。尚、硬質被覆層は、正面逃げ面4aの研削痕上、及び、側面逃げ面4bの研削痕上の両方に形成されていることが好ましいが、いずれか一方に形成されていても構わない。硬質被覆層は、インサート本体2の表面のうち少なくとも切れ刃5を含む部分に、例えば化学蒸着法(CVD法)や物理蒸着法(PVD法)により単層又は2層以上形成されている。
硬質被覆層をPVD法により形成する場合、例えばアークイオンプレーティング法、ホロカソード法、スパッタリング法など、公知の物理的な蒸着法を適宜用いることができる。
【0067】
以上説明したように、本実施形態の切削インサート1によれば、切れ刃5に隣接する逃げ面4のうち、正面逃げ面4aには、インサート本体2の高さ方向Hに延びる研削痕(以下、正面研削痕と呼ぶ)が形成され、側面逃げ面4bには、インサート本体2の高さ方向Hの下方に向かうに従い漸次インサート本体2の長手方向Lのインサート内側に向かって延びる研削痕(以下、側面研削痕と呼ぶ)が形成されているので、下記の効果を奏する。
【0068】
例えば、内径溝入れなどの周面加工(内径溝入れ加工)においては、この切削加工により被削材の周面に形成される溝についても該被削材と同様に、切削インサート1に対して被削材の回転方向T(
図5及び
図8に示される符号Tを参照)に沿って移動している。具体的に、切削インサート1の逃げ面4のうち正面逃げ面4aに近接して形成される被削材の溝の底壁(溝の内面のうち被削材径方向の内側を向く面)は、該正面逃げ面4aに対して、インサート本体2の高さ方向Hのうちすくい面3が向く方向とは反対側(つまり下方)に向かうように移動している(
図5参照)。また、切削インサート1の逃げ面4のうち側面逃げ面4bに近接して形成される被削材の溝の側壁(溝の内面のうち被削材軸線方向を向く面)は、該側面逃げ面4bに対して、インサート本体2の高さ方向Hの下方に向かうに従い漸次インサート本体2の長手方向Lのインサート内側に向かうように移動している(
図8参照)。
【0069】
本実施形態の切削インサート1では、正面逃げ面4aに形成された正面研削痕が、該正面逃げ面4aに対して被削材の溝の底壁が移動する方向に沿って延びており、かつ、側面逃げ面4bに形成された側面研削痕が、該側面逃げ面4bに対して被削材の溝の側壁が移動する方向に沿うように延びているので、切れ刃5からこれら逃げ面4に向けて成長しようとする切粉(切屑)等の溶着物が、被削材との接触によりこれら逃げ面4から容易に脱落しやすくなっている。すなわち、溶着物が切れ刃5に溶着したとしても、この溶着物が逃げ面4上の研削痕に案内されるように早期に脱落させられて溶着の成長が抑制されており、またこれにより、切れ刃に欠損を生じさせるような大きな溶着物が形成されにくくなっている。
【0070】
また、このように切れ刃5の溶着が抑制されることによって、切れ刃5本来の形状が被削材の加工面(仕上げ面)に転写されやすくなるとともに、該加工面に毟れや傷などの加工痕が形成されにくくなって、加工品位が高められる。
また、正面逃げ面4a及び側面逃げ面4bの研削痕が、ともに被削材との切削抵抗を低減させる向きに延びており、かつ、切粉等がこれら研削痕に案内されるように排出されやすいから、加工面にバリが発生しにくく、良好な仕上げ面を得ることができる。
【0071】
このように、本実施形態の切削インサート1によれば、切れ刃5における溶着の成長を抑制でき、これにより高品位な切れ味を安定して維持できるとともに、切れ刃の欠損を防止して、工具寿命を延長し、良好な被削材仕上げ面精度を長期にわたり得ることができるのである。
【0072】
さらに、前述のように、側面逃げ面4bの側面研削痕が、インサート本体2の高さ方向Hの下方に向かうに従い漸次インサート本体2の長手方向Lのインサート内側に向かって延びていることにより、インサート高さ方向Hにおけるチッピングの大きさを抑制して工具寿命をより延長させる効果、及び、切れ刃5(側面切れ刃5b)稜線を滑らかにして耐溶着性を向上させる効果が得られる。これらについて、下記に説明する。
【0073】
まず、チッピングを抑制して工具寿命をより延長させる効果について説明する。
インサート高さ方向Hにおけるチッピング量は、工具性能に大きく影響し、特に工具寿命と密接な関係があるため、これを抑制することは切削工具(切削インサート1)にとって極めて重要である。
さらに本発明の発明者は、前述のような溶着に起因する異常欠損の発生メカニズムを検証した結果、切れ刃5のうち特に側面切れ刃5b(側面逃げ面4bとすくい面3との交差稜線をなす切れ刃5部分(横切れ刃))において、溶着に起因したチッピングが研削痕に沿って成長し、欠損となる事例があることも確認した。
【0074】
これを解決するために、例えば、切削インサート1の製造に用いるカップ型砥石10の番手を細かく(高く)することが考えられる。つまり、カップ型砥石10の番手の設定により逃げ面4の表面粗さを小さくコントロールして、側面切れ刃5bに溶着を発生させにくくしたり、若しくは溶着が発生してもそれが成長する前に切れ刃5から脱落しやすくする手法が考えられる。しかしながらこの場合、研削中の目詰まり等が増え、加工時間の延長や作業性が低下することになる。すなわち、サイクルタイムの延長やカップ型砥石10のドレッシング・ツルーイングのインターバルが短くなるなど、生産性を低下させてしまう。
【0075】
そこで、本実施形態では前記構成とされた側面研削痕を形成することにより、製造時における研削の作業性及び生産性を確保しつつも、被削材の切削加工時においては、たとえ側面切れ刃5bにチッピングが生じた場合でも、該チッピングは、側面研削痕に沿うようにインサート本体2の高さ方向Hに対して傾斜する方向に延びるため、該高さ方向Hに沿うチッピングの長さ(チッピング量)を抑制できる。
このように、インサート高さ方向Hのチッピング量が抑制されるので、切削インサート1を長期に亘り切削加工に用いることができ、工具寿命がより延長される。
【0076】
ここで、
図10(a)に示されるものは、高さ方向Hに対して研削痕が傾斜して延びる本実施形態(本発明)の切削インサート1の側面逃げ面4bとすくい面3との交差稜線をなす側面切れ刃5b近傍の拡大イメージであり、
図11(a)に示されるものは、高さ方向Hに沿って研削痕が延びる従来の切削インサートの側面逃げ面4bとすくい面3との交差稜線をなす側面切れ刃5b近傍の拡大イメージである。尚、これらの図においては、側面切れ刃5b近傍を簡略化して表している。
図10(a)における側面逃げ面4bの研削痕と、
図11(a)における側面逃げ面4bの研削痕とが互いに同一の研削砥石により形成される場合、側面切れ刃5bから研削痕に沿って同一長さのチッピングが生じた場合には、工具寿命に影響する高さ方向Hに沿うチッピング量は、
図11(a)の従来の切削インサートに比べて、
図10(a)の本実施形態の切削インサート1(本発明品)の方が短くなる。このように、特に溶着やチッピングが生じやすい側面切れ刃5bのチッピング量が本発明品では抑制されるので、工具寿命を延長することができるのである。
また、一般的に側面逃げ面の逃げ角が大きくなるに従い、切れ刃強度が低下する為、切削時にチッピングや欠損が発生しやすくなる。本発明品では、側面逃げ面4bの逃げ角は、例えば0°〜20°に設定されているが、前述のようにチッピング量が抑制されることにより、工具寿命を延長することができ、とりわけ、側面逃げ面4bの逃げ角が5°以上、つまり5°〜20°とされた場合にその効果が大きい。
【0077】
次に、側面切れ刃5b稜線を滑らかにして耐溶着性を向上させる効果について説明する。
切削インサート1の製造における生産性を考慮すれば、正面逃げ面4aと側面逃げ面4bを研削するカップ型砥石10は、同一であることが好ましい。このように同一砥石にて、側面逃げ面4bを、
図11(a)の従来の切削インサートのように研削した場合と比較し、
図10(a)の本発明の切削インサート1のように研削した場合、前記構成の側面研削痕であることにより、この側面研削痕が形成された側面逃げ面4bとすくい面3との交差稜線をなす側面切れ刃5bの稜線が、滑らかになる。具体的に、逃げ面4を研削して切れ刃5を鋭利に形成したときに、該切れ刃5稜線を電子顕微鏡等で観察すると、極少の山部及び谷部が隣接して複数形成されているが、インサート高さ方向Hに延びる従来の研削痕が形成された側面逃げ面4bとすくい面3との交差稜線である側面切れ刃5bにおいて隣り合う前記極小の山部と谷部との間隔に対して、本発明の側面切れ刃5bにおける前記山部と谷部との間隔は広くなる。
【0078】
ここで、
図10(b)に示されるものは、本実施形態(本発明)による切削インサート1の側面切れ刃5b稜線に形成される極小の山部及び谷部の拡大イメージであり、
図11(b)に示されるものは、従来の切削インサートの側面切れ刃5b稜線に形成される極小の山部及び谷部の拡大イメージである。
図10(b)及び
図11(b)に示される側面切れ刃5b同士が、互いに同一番手の砥石により研削されて形成されている場合、研削痕と切れ刃5とが垂直に交わる
図11(b)の側面切れ刃5bに対して、研削痕と切れ刃5とが傾斜して交わる
図10(b)の側面切れ刃5bは、前記極小の山部と谷部との間隔が長くなる。
【0079】
すなわち、側面研削痕が側面切れ刃5bに対して垂直に交差するように形成されている従来の切削インサートに対し、本発明の切削インサート1における側面研削痕は側面切れ刃5bに対して傾斜して交差するように形成されているために、該側面切れ刃5bにおける切れ刃稜線がより滑らかになる(つまり、隣り合う極小の山部と谷部との繰り返し周期が長くなる)。
このように、生産性を確保しつつも、側面切れ刃5bの稜線をより滑らかにできるので、前述のように特にチッピング等の生じやすい側面切れ刃5bへの溶着を抑制する効果が顕著に得られるのである。
【0080】
また、側面研削痕がインサート本体2の長手方向Lに対して傾斜する角度θが、45°〜70°であるので、側面切れ刃5bの溶着及びチッピングを抑制する効果がより顕著となる。
具体的に、インサート本体2の長手方向Lに対して側面研削痕が傾斜する角度θが、45°未満である場合、側面切れ刃5bから側面逃げ面4bに向けて成長しようとする溶着物が、被削材との接触により該側面逃げ面4bから脱落しやすくなるという効果が得られにくくなるおそれがある。また、インサート本体2の長手方向Lに対して側面研削痕が傾斜する角度θが、70°を超える場合、側面切れ刃5bにおいてインサート本体2の高さ方向Hに沿うチッピングの長さ(チッピング量)を抑制する効果が得られにくくなるおそれがある。
尚、
図9に示されるように、側面逃げ面4bの研削痕が、曲率半径75〜200mmの曲線状に延びている場合は、その曲率中心が仮想接線VLに対して長手方向Lのインサート内側に位置している(つまり側面逃げ面4bの研削痕が、長手方向Lのインサート外側に向かって凸の曲線になっている)ことが好ましい。この場合、側面研削痕が被削材の回転方向Tに沿うように(平行となるように)延びることになり、前述した効果がより顕著となる。またこれとは逆に、曲線状に延びる側面逃げ面4bの研削痕は、その曲率中心が仮想接線VLに対して長手方向Lのインサート外側に位置している(つまり側面逃げ面4bの研削痕が、長手方向Lのインサート内側に向かって凸の曲線になっている)こととしてもよい。
【0081】
また、本実施形態では、正面逃げ面4a及び側面逃げ面4bにおける研削痕の表面粗さが算術平均粗さRaで0.04〜0.12μmであるので、前述した研削痕による作用効果を確実に得ることができ、かつ、被削材の仕上げ面精度を十分に確保できる。
すなわち、前記研削痕の表面粗さがRaで0.04μm未満の場合、切れ刃5から逃げ面4に向けて成長しようとする溶着物が該逃げ面4上の研削痕に案内されるように早期に脱落させられて、溶着が抑制されるという前述した効果が、十分に得られにくくなる可能性がある。また、前記研削痕の表面粗さがRaで0.12μmを超える場合、該研削痕が交差する切れ刃5稜線が滑らかに形成されにくくなり、この切れ刃5により切削される被削材の仕上げ面精度が十分に確保できなくなる可能性があり、またこの場合、大きなチッピングが発生しやすくなるおそれがある。
従って、逃げ面4の研削痕の表面粗さは、前述の範囲内とされていることが好ましい。
【0082】
また、この切削インサート1は、少なくともインサート本体2の高さ方向Hのうちすくい面3とは反対側(つまり下方)を向く取付面(下面2a)を研削(研磨)加工しない焼結肌としていることから、前述のように切れ刃5の切れ味が確保されつつも、製造が簡単であり、製造費用が削減される。また、取付面を研削加工しないので、該取付面の位置精度が安定して確保されることにより、この切削インサート1を刃先交換式溝入れ工具のホルダに装着する際の取り付け安定性が増す。
【0083】
さらに、焼結肌は、一般に研削加工面よりも表面粗さが大きいことから、該焼結肌である取付面を用いてこの切削インサート1をホルダに装着することにより、切削インサート1とホルダとの間の摩擦抵抗が大きく確保されるとともに、意図しない相対移動などが規制されて、ホルダに対して切削インサート1をより安定的に固定できる。
尚、このように切削インサート1の取付面を未研削の焼結肌とすることが、前述した効果が得られ好ましいが、該取付面は研削加工されていても構わない。
【0084】
具体的に、本実施形態では、前記取付面を含む当接面(インサート本体2の外面のうちホルダのインサート取付座に当接される部分であり、下面2a、上面中央部2b及び正面後退部6aなどが含まれる)が、すべて焼結肌となっているから、前述した効果がより顕著に得られる。
【0085】
また一般に、この種の溝入れ用切削インサートにおいては、装着されるホルダのインサート取付座との当接面積を可能な限り大きく確保し、かつ、切削加工時においては、インサート本体の切れ刃以外の部位が被削材に接触しないようになっていることが好ましい。特に、本実施形態で説明したホルダのように、インサート取付座の一対の押圧面(天壁面及び底壁面)が、インサート本体2を高さ方向Hから挟み込むように支持固定する場合、インサート上面側の当接面積(インサート本体2の上面中央部2bとインサート取付座の前記天壁面との当接面積)は比較的容易に確保できるものの、インサート下面側の当接面積(インサート本体2の下面2aとインサート取付座の前記底壁面との当接面積)は、切削加工時における被削材との干渉のおそれがあり十分に確保することが難しかった。
【0086】
本実施形態の切削インサート1によれば、インサート本体2における長手方向Lの端部に後退部6が形成されており、該後退部6は、インサート本体2の切れ刃5の下方に対応する部位にのみ形成されている一方、インサート本体2の長手方向Lの中央部(胴体部)には形成されていない。具体的に、後退部6が形成されていることで、インサート本体2の切れ刃5位置に対応する該インサート本体2の正面下部及び側面下部は、切れ刃5及び逃げ面4部分より一段後退させられており、これにより、該インサート本体2と被削材との接触が抑制されて加工性が高められている。そして、後退部6が形成されているのはインサート本体2の端部のみであるから、該インサート本体2の下面2a中央部におけるインサート取付座との当接面積が十分に確保されて、ホルダに対する切削インサート1の取り付け安定性が高められている。
【0087】
さらに、本実施形態では、後退部6が焼結肌で形成されていることにより、設備費用を削減でき、生産性を向上できる。すなわち、本実施形態とは異なり、例えば後退部6を研削加工で成形する場合は、加工する面の形状等により、使用する研削砥石の形状や研削の手法が限定され、切れ刃5研削時に同時に(同一工程で)後退部6を加工することは難しく、別段取り(別工程)、別設備での加工が必要となる場合がある。
一方、本実施形態によれば、後退部6が金型成形されるとともに、その形成に研削加工を必要としないので、コスト削減でき、製造が簡便で作業性が向上する。
【0088】
特に、本実施形態のように、インサート本体2における側面逃げ面4bの高さ方向Hの下方に、該側面逃げ面4bより幅方向Wに後退する側面後退部6bが形成されていることにより、下記の効果が得られる。
すなわち、本実施形態では、切削インサート1の製造時において、側面逃げ面4bを研削して側面切れ刃5bを先鋭(鋭利)に形成する際に、インサート本体2の側面全体を研削する必要がない。具体的に、切削インサート1の製造において、側面後退部6bを研削する必要はなく、側面逃げ面4bのみを研削して切れ刃5(側面切れ刃5b)を形成でき、製造が簡便であるとともに生産性がよい。
尚、この効果については、インサート本体2における正面逃げ面4aの高さ方向Hの下方に、該正面逃げ面4aより長手方向Lに後退する正面後退部6aが形成されている構成についても、同様に得られる。
【0089】
また、側面後退部6bが側面逃げ面4bよりも後退していることで、例えばこの切削インサート1を端面溝入れに用いる際に、被削材の端面に形成される溝の側壁(溝の内面のうち被削材径方向を向く面であり、特に、径方向内側を向く面)と、インサート本体2の側面(側面下部)との接触を防止できる。よって、被削材の加工性が向上する。
【0090】
また、このように被削材の溝の側壁とインサート本体2の側面下部との接触を防止しつつも、さらに側面切れ刃5bの逃げ角を小さく設定できるから、これにより、該側面切れ刃5bの刃先強度を確保できる。
【0091】
また、側面後退部6bが形成されていることで、切削インサート1の製造時に前述のように側面切れ刃5bを先鋭に形成する際、インサート本体2の高さ方向Hの下方を向く取付面(下面2a)が研削により削られるようなことが防止される。つまり、インサート本体2の下面2aは側面後退部6bに連なっているものの、該側面後退部6bが研削されないため、下面2aも研削されることはない。
【0092】
特に、インサート本体2の下面2aにおける長手方向Lの端部は、インサート取付座に対する切削インサート1の取り付け安定性や取り付け位置精度に関係しやすいことから、本実施形態のように、下面2a、特に下面2aの端部は研削されないことが望ましい。本実施形態によれば、ホルダに対する切削インサート1の下面2aの位置が安定するとともに、切削加工時における該切削インサート1の装着姿勢が安定する。
【0093】
尚、後退部6のうち、正面後退部6aについても、該正面後退部6aが形成されていることにより、前述した側面後退部6b同様の効果が得られる。
具体的に、正面後退部6aが形成されていることによって、被削材の溝の底壁と、インサート本体2の正面(正面下部)との接触を防止できる。また、正面切れ刃5aの逃げ角を小さく設定することができ、刃先強度を確保できる。また、切削インサート1の製造時に正面切れ刃5aを先鋭に形成する際、インサート本体2の下面2aが研削により削られるようなことが防止される。つまり、インサート本体2の下面2aは正面後退部6aに連なっているものの、該正面後退部6aが研削されないため、下面2aも研削されることはない。
【0094】
また、
図8において、側面逃げ面4b及び側面後退部6bのインサート高さ方向Hの長さの和(h1+h2)に対する、側面逃げ面4bのインサート高さ方向Hの長さh1の割合(比率)、つまりh1/(h1+h2)が、20〜70%であるので、切れ刃5の刃先強度を確保しつつも、切削インサート1の製造時における加工性(作業性)を高めることができる。
具体的に、インサート本体2の側面において、側面逃げ面4bの高さ方向Hの長さh1が、当該側面逃げ面4bと側面後退部6bの高さ方向Hの長さの和(h1+h2)に対して、20%未満である場合には、切込みを大きくした場合等、負荷の高い切削にこの切削インサート1を使用した際、側面切れ刃5bの刃先強度を十分に確保できなくなるおそれがある。また、側面逃げ面4bの高さ方向Hの長さh1が、当該側面逃げ面4bと側面後退部6bの高さ方向Hの長さの和(h1+h2)に対して、70%を超える場合には、切削中に発生した切粉が切削インサート1に接触しやすくなり、またこの場合、側面逃げ面4bの領域が大きくなるとともに切削インサート1の製造時における研削領域が大きくなって、研削作業が複雑になるおそれがある。また前述の端面溝入れなどにおいて、被削材の溝の側壁と側面逃げ面4bとが接触する可能性が高くなり、被削材の加工性が低下するおそれや、切削中に切屑や被削材自体の接触によりインサートが破損し、切削を中止せざるを得ない可能性がある。
【0095】
また、
図5において、側面切れ刃5bに対して側面後退部6bが幅方向Wに後退する後退量w1が、0.3〜1mmとなっているので、被削材からの逃げ量を確保して接触を防止しつつも、側面切れ刃5bの刃先強度を確保できる。
【0096】
すなわち、前記後退量w1が0.3mm未満である場合、特に端面溝入れにおいて、被削材との接触の可能性がある。また、前記後退量w1が1mmを超える場合、側面切れ刃5bから下方に向けた刃先の肉厚を十分に確保できず、刃先強度が低下するおそれがある。またこの場合、インサート本体2の取付面(下面2a)の幅方向Wに沿う長さを十分に確保できず、ホルダに対する切削インサート1の取り付け安定性や取り付け位置精度が低下するおそれがある。
【0097】
また、本実施形態のインサート本体2は超硬合金からなり、該インサート本体2には、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Y、Mn、Ni、Sのうちから選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、ホウ素のうちから選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物である硬質被覆層が、前記研削痕の上に少なくとも1層以上形成されていてもよく、その場合は下記の効果を奏する。
【0098】
すなわち、この場合、インサート本体2に、例えば化学蒸着法(CVD法)や物理蒸着法(PVD法)により形成される硬質被覆層の具体的な材質は上記の中から選択すればよいが、切削インサート1としては、TiC、TiCN、TiN、TiAlN、TiAlCrN、TiAlCrSiN、TiAlNbNなどのTi系硬質被膜やAlCrNなどが工具寿命の延長に特に有効である。
【0099】
尚、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0100】
例えば、前述の実施形態では、インサート本体2の長手方向Lの両端部に切れ刃5及び後退部6が形成されていることとしたが、前記両端部のうちいずれか一方の端部にのみ切れ刃5及び後退部6が形成されていても構わない。
【0101】
また、切れ刃5が、正面切れ刃5aと側面切れ刃5bとの間にコーナー刃5c(及びワイパー刃)を備えているとしたが、このようなコーナー刃5c(及びワイパー刃)が形成されていなくても構わない。またこの場合、コーナー逃げ面4cが形成されていなくても構わない。ただし、本実施形態の構成とされることにより、切れ刃5のコーナー部における大きなチッピングが防止され、また加工面精度を高品位に安定して維持できることから、好ましい。
【0102】
また、前述の実施形態では、切れ刃5を鋭利に形成するための逃げ面4の研削加工に、研削砥石であるカップ型砥石10を用いるとしたが、これに限定されるものではなく、それ以外の例えば円板状等の研削砥石を用いることとしても構わない。
【0103】
また、切削インサート1がホルダのインサート取付座に装着された状態で、該切削インサート1のすくい面3が、鉛直方向のうち上方を向くように配置されるとしたが、ホルダに対する切削インサート1の装着姿勢は、前述した実施形態に限定されない。
【0104】
また、前述の実施形態では、切削インサート1が、内径溝入れや端面溝入れに用いられる(つまり内径溝入れ用の切削インサート1である)こととしたが、これに限定されるものではなく、それ以外の例えば外径溝入れや、突切り加工等に用いてもよい。ただし、本発明品は、内径溝入れ用の切削インサート1としての使用に、最も適している。
【実施例】
【0105】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。ただし本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0106】
[研削痕の傾斜角度に関する確認試験]
まず、正面逃げ面4a及び側面逃げ面4bに形成される各研削痕の傾斜角度と、切削後の切れ刃5状態及び被削材の仕上げ面精度との関係について、確認試験を行った。
【0107】
P15グレードの原料粉末をプレス成型した後、焼結し、
図1に示される2コーナー型の溝入れ加工用切削インサート素材を準備した。
本切削インサートは溝幅3mm用で、切削インサート素材の両端切れ刃5部における幅は、研削後の切削インサート1の切れ刃5部の幅3mmに対し研削用削り代を追加した寸法で製作した。尚、切削インサート素材の長手方向Lにおいても、幅方向Wと同様に研削用削り代を追加した寸法で成形した。
その後、これらの切削インサート素材に対して、砥石番手#400のカップ型砥石10(外径200mm)を用い切れ刃5部の研削加工を行った。
【0108】
正面逃げ面4a及び側面逃げ面4bは研削砥石の加工点を変えることにより、研削痕の角度を変更し、下記表1に示すサンプルを製作した。具体的には、本発明品である実施例
2〜4、参考例1、5、及び、本発明品でない比較例1、2を製作した。この表1において「正面逃げ面 研削痕角度」とは、
図5に示されるインサート本体2を長手方向L(中心軸O方向)から見た正面視で、正面逃げ面4aに形成される研削痕が幅方向Wに対して傾斜する角度であり、よって例えば「正面逃げ面 研削痕角度」が90°ならば、当該研削痕は高さ方向Hに平行である。また、表1において「側面逃げ面 研削痕角度」とは、
図8に示されるインサート本体2を幅方向Wから見た側面視で、側面逃げ面4bに形成される研削痕が長手方向L(中心軸O方向)に対して傾斜する角度θであり、よって例えば「側面逃げ面 研削痕角度」が90°ならば、当該研削痕は高さ方向Hに平行である。
また、いずれの切削インサートも、逃げ面4研削後に砥粒を含有したナイロンブラシを使用し、切れ刃5には半径0.04mmの丸ホーニングを施してある。
【0109】
【表1】
【0110】
次に、以下に示す条件により切削試験を行った。
すなわち、切削試験の条件を、被削材:JIS−S45Cの穴付き丸棒の内周面に、切削速度:100m/min、送り速度:0.1mm/rev、溝深さ:5.0mmにて、湿式切削(内径溝入れ)を行い、実加工時間5分後の切れ刃5の状態及び被削材の仕上げ面精度を評価した。
下記表2に、この切削試験の結果を示す。
【0111】
【表2】
【0112】
表2の切削試験の結果より、側面逃げ面4bの研削痕角度が90°(高さ方向Hに平行)である比較例1に対し、側面逃げ面4bの研削痕角度が高さ方向Hの下方に向かうに従い長手方向Lのインサート内側に向かって延びて形成されている実施例
2〜4及び参考例1、5は、使用後の切れ刃5にチッピングや溶着が少なく、中でも実施例2〜4においては、切れ刃5が正常摩耗してチッピングや溶着が殆んど見受けられず、被削材の仕上げ面精度も優れていることがわかる。これは切削時に切れ刃5に発生した溶着が比較的初期の状態で脱落し、その成長が妨げられている為と考えられる。
また、側面逃げ面4bの研削痕角度は実施例3と同じだが、正面逃げ面4aの研削痕角度が高さ方向Hに平行ではない比較例2は、正面切れ刃5aに大きな溶着を生じており、被削材の仕上げ面精度も実施例
2〜4及び参考例1、5に比べて劣る結果となった。これは、実施例
2〜4及び参考例1、5に比べ正面切れ刃5aにおける溶着抑制効果が少ない為と推測される。
【0113】
[側面逃げ面の高さの比率、及び取付面状態に関する確認試験]
次に、側面逃げ面4b及び側面後退部6bの高さ方向Hに沿う長さの和(h1+h2)に対する、側面逃げ面4bの高さ方向Hに沿う長さh1の割合(比率)つまりh1/(h1+h2)、及び、工具本体のインサート取付座へのインサート本体2の取付面である下面2aの状態と、切削後の切れ刃5状態との関係について、確認試験を行った。
【0114】
P25グレードの原料粉末をプレス成型した後、焼結し、2コーナー型・溝幅2mm用の溝入れ加工用切削インサート素材を準備し、カップ型砥石10を用い切れ刃5部の研削加工を行った。
尚、素材形状を変えることにより、
図8に示される側面逃げ面4bと側面後退部6bの高さ方向Hの長さ比率(h1:h2)を変化させ、下記表3に示すサンプルを製作した。具体的には、本発明品である実施例6〜11、及び、本発明品でない比較例3を製作した。また、実施例11と比較例3については、工具本体との取付面である下面2aを研削加工して形成した。
いずれの切削インサートも、逃げ面4研削後にブラシを用い、切れ刃5に半径0.03mmの丸ホーニングを施してある。
【0115】
【表3】
【0116】
次に、以下に示す条件により切削試験を行った。
すなわち、切削試験の条件を、被削材:JIS−SCM440の穴付き丸棒の内周面に、切削速度:150m/min、送り速度:0.12mm/rev、溝深さ:3.5mmにて、湿式切削(内径溝入れ)を行い、実加工時間3分後の切れ刃5の状態を評価した。また、切削中に異常欠損が生じた場合は、その時点で切削を中止しそれまでの切削時間を評価した。
下記表4に、この切削試験の結果を示す。
【0117】
【表4】
【0118】
表4の切削試験の結果より、実施例6〜11においては、一部の切れ刃5に微小チッピングが見受けられるものの異常欠損は認められず、中でも「側面逃げ面の高さの比率 h1/(h1+h2)」が20〜70%であり、かつ、下面(取付面)2aが焼結肌である実施例7〜9に関しては、正常摩耗で切削を終了し良好な結果となった。
一方、工具本体への取付面が研削加工され、更に、側面逃げ面4bの研削痕角度が90°である比較例3においては、切削中に発生した溶着が成長したことに起因する切れ刃の欠損の為、短時間(2分05秒)で切削終了となった。
【0119】
[硬質被覆層に関する確認試験]
次に、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Y、Mn、Ni、Sのうちから選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、ホウ素のうちから選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物である硬質被覆層が、正面逃げ面4aの研削痕上及び側面逃げ面4bの研削痕上に形成されたインサート本体2における、切削後の切れ刃5状態及び被削材の仕上げ面精度について、確認試験を行った。
【0120】
前述した[研削痕の傾斜角度に関する確認試験]における実施例3及び比較例1の研削痕を有する切削インサートに対して、インサート本体2の表面に、PVD(物理蒸着)法の一種であるアークイオンプレーティング装置により、種々の硬質被覆層を蒸着形成し、下記表5に示されるように、本発明品である実施例12〜14、及び、本発明品でない比較例4を製作した。
【0121】
【表5】
【0122】
次に、以下に示す条件により切削試験を行った。
すなわち、切削試験の条件を、被削材:JIS−S55Cの穴付き丸棒の内周面に、切削速度:200m/min、送り速度:0.12mm/rev、溝深さ:5.0mmにて、湿式切削(内径溝入れ)を行い、実加工時間8分後の切れ刃5の状態及び被削材の仕上げ面精度を評価した。
下記表6に、この切削試験の結果を示す。
【0123】
【表6】
【0124】
表6の切削試験の結果より、実施例12〜14の切削インサート1はいずれも切れ刃5状態が異常損傷の無い正常摩耗となり、被削材の仕上げ面精度も良好であった。
一方、側面逃げ面4bの研削痕角度が90°(高さ方向Hに平行)である比較例4は、研削痕上に硬質被覆層を蒸着形成した場合でも、切れ刃5に溶着によるチッピングを生じ、被削材の仕上げ面も白濁した面となり、実施例12〜14に劣る結果となった。
これらの結果より、インサート本体2表面に各種被覆処理をしても、本発明による効果が確認できた。