【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、炭素鋼の深穴加工に用いられた場合にもすぐれた耐摩耗性と切屑排出性を示し表面被覆ドリルの長寿命化を図るべく、ドリル表面を、例えば、(Ti
1−x−yAl
xSi
y)(N
1−zO
z){ただし、原子比で、x=0.40〜0.70、y=0.01〜0.10、Z≦0.4}の成分系からなる硬質被覆層で構成するとともに、該硬質被覆層の結晶組成及び結晶粒組織に着目し鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0009】
(a)硬質被覆層として、((Ti
1−x−yAl
xSi
y)(N
1−zO
z){ただし、原子比で、x=0.40〜0.70、y=0.01〜0.10、Z≦0.4}の成分系からなる層の形成を、
図1および
図2の概略図に示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置にドリル基体を装着し、
ドリル基体温度:700〜800℃、
蒸発源1:TiAlSi合金、
蒸発源2:TiAlSi合金、
バイアス電圧:−35〜−20V
アーク放電電流:100〜120A
反応ガス組成:O
2ガス1〜10vol%、残りN
2ガス
圧力:2.66Pa
という条件下で、かつ、ドリル基体のシャンク側からドリル先端に向けて所定流量割合の酸素ガスを吹き付けながら成膜した場合、この結果形成された硬質被覆層を備えた表面被覆ドリルは、酸素含有量がドリル先端側からシャンク軸方向に滑らかに漸次増加しており、従来の表面被覆ドリルに比して、炭素鋼の深穴加工において、すぐれた耐摩耗性および切屑排出性を示すことを見出した。
【0010】
(b)さらに、前記硬質被覆層の断面組織を透過型電子顕微鏡で観察したところ、
図3の断面模式図に示すように、層厚方向の縦断面においては、ドリル先端部近傍では、結晶粒の長径が50〜250nmであり、アスペクト比が1.0〜2.0、表面粗さRaが0.35〜0.45μmの微細粒状晶であるとともに、ドリル後端において長径が0.6〜5.0μm、アスペクト比が15〜20になるよう漸次増加し、表面粗さRaが0.15〜0.25μmの柱状晶組織へと連続的に変化している。
【0011】
(c)そして、表面被覆ドリルの硬質被覆層を、前記結晶粒組織を持つ硬質被覆層(以下、酸素含有量制御層)で構成すると以下のような効果を発揮する。すなわち、ドリル先端部は高熱・高負荷がかかるため、微細粒状晶組織の皮膜にて構成することにより、高い耐摩耗性を実現する。また、刃のシャンクに近い後方部分は低い表面粗さRaを有し、酸素を所定割合含有した潤滑性を有する柱状晶組織の皮膜にて構成することにより、高い切屑排出性を実現することができる。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金からなるドリル基体の上に、直接または中間層を介し、最表面に硬質被覆層として(Ti
1−x−yAl
xSi
y)(N
1−zO
z){ただし、原子比で、x=0.40〜0.70、y=0.01〜0.10、Z≦0.4}の成分系からなる平均層厚0.8〜5.0μmを有するTi、Al、Siの複合酸窒化物層を被覆してなる表面被覆ドリルにおいて、ドリルの直径をDとし、ドリルを先端から軸方向に沿って、距離Dごとに区分けした際に、シャンクと刃の境界部を含む区間及びそれ以降を除いた各区間を先端から区間1D、区間2D、・・・区間LD(但し、Lは整数かつ3≦L≦8を満たす。)と表した場合に、
区間1Dの平均酸素含有量O
1D及び区間LDの平均酸素含有量O
LDがそれぞれO
1D≦5at%、O
LD= 15〜20at%であり 、かつ、平均酸素量変化率をα=(O
LD−O
1D)/(LD−D)、区間(N−1)Dから区間ND間での区間内酸素量変化率をα
ND=(O
ND−O
(N−1)D)/Dと表した場合、平均酸素量変化率と区間内酸素量変化率との比α
ND/αが2.0以下(但し、Nは3≦N≦Lを満たす全ての整数。)である、
ことを特徴とする耐摩耗性と切屑排出性にすぐれた表面被覆ドリル。
(2)前記硬質被覆層組織の平均長径は漸次増加しており、区間1Dの平均長径C
1D及び区間LDの平均長径C
LDがそれぞれC
1D=50〜250nm、C
LD=0.6〜5.0μmであるとともに、刃長の中点を含む区間での平均長径C
1が0.5〜2.5μm(但し、C
1D<C
1<C
LDを満たす。)であり、かつ、前記硬質被覆層組織の平均アスペクト比は漸次増加しており、区間1Dの平均アスペクト比A
1D及び区間LDの平均アスペクト比A
LDがそれぞれA
1D=1.0〜2.0、A
LD=15〜20であるとともに、刃長の中点を含む区間での平均アスペクト比A
1が8.0〜12.0である、
ことを特徴とする(1)に記載の表面被覆ドリル。
(3)前記硬質被覆層組織の平均表面粗さRaは漸次減少しており、区間1Dの平均表面粗さRa
1D及び区間LDの平均表面粗さRa
LDがそれぞれRa
1D=0.35〜0.45μm、Ra
LD=0.15〜0.25μmであるとともに、刃長の中点を含む区間での平均表面粗さRa
1が0.25〜0.30μm(但し、Ra
1D>Ra
1>Ra
LDを満たす。)である、
ことを特徴とする(1)又は(2)に記載の表面被覆ドリル。」
に特徴を有するものである。
【0013】
本発明について、以下に説明する。
【0014】
本発明の表面被覆ドリルの硬質被覆層を構成する酸素含有量制御層は、組成を(Ti
1−x−yAl
xSi
y)(N
1−zO
z){ただし、原子比で、x=0.40〜0.70、y=0.01〜0.10、Z≦0.4}とした時のTiとAlとSiの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xの値が0.40より小さいとTiN格子中TiサイトへのAl置換が与える格子歪みに起因する高い硬度や、酸化保護膜による耐酸化性が得られず、0.70を超えると、十分な硬さを示さない六方晶構造窒化物が形成し、所望の高温靭性、高温強度が得られない。また、TiとAlとSiの合量に占めるSiの含有割合(原子比)yの値が0.01より小さいとすぐれた硬さを有する格子歪みに起因する微細結晶組織を形成できないと共に、酸化保護膜の形成による耐酸化性が低下するため好ましくなく、一方、yの値が0.10を超えるとSiO
2の形成により、所望の高温靭性、高温強度が得られない。したがって、xの値を0.40〜0.70、yの値を0.01〜0.10と定めた。
また、複合窒酸化物の酸素と窒素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)zの値が0.4を超えると過剰な酸素供給による格子ひずみの増大による脆弱化および局所的な歪みを引き起こす。また、TiO
2等の結晶性酸化物の形成により性能が低下し短寿命にいたる。したがって、zの値をz≦0.4と定めた。
また、硬質被覆層の平均層厚は、0.8μmよりも小さいと耐摩耗性が十分でなく、5.0μmよりも大きいとチッピングしやすくなる。そこで、硬質被覆層の平均層厚は、0.8〜5.0μmと定めた。
さらに、本発明の表面被覆ドリルの酸素含有量はドリルの刃の先端から軸方向に沿って、滑らかに漸次増加しており、区間1Dの平均酸素含有量が5at%よりも大きいと潤滑性はある程度有するものの、粗大な柱状晶組織となってしまい、先端に必要な耐摩耗性が十分でなくなり、区間LDの平均酸素含有量O
LD、つまり後端の平均酸素含有量が15at%未満であると切屑排出に必要な潤滑性が十分でなく、20at%よりも多いと過剰な酸素供給による格子ひずみの増大による脆弱化および局所的な歪みを引き起こす。また、TiO
2等の結晶性酸化物の形成により性能が低下し短寿命にいたる。また、各区間間での平均酸素量変化率からのずれを示す平均酸素量変化率と区間内酸素量変化率との比α
ND/αが2.0より大きいと(但し、Nは3≦N≦Lを満たす全ての整数。)、耐摩耗性微細粒状組織と潤滑性酸素含有柱状組織の界面がドリル軸方向に沿って存在することになる、つまり、軸方向に沿って熱特性や機械特性が極端に変化する界面が存在することになるため、切削衝撃により該界面においてクラックが誘発されてしまう。また、層厚方向にも酸素含有量の変化は少ない方がクラック抑制の点から望ましい。
【0015】
また、硬質被覆層の断面TEM観察を実施し、個々の結晶粒の測定された最大径を示す線分を長径、長径に対して垂直方向の最大径を短径とする。この時、ドリルの先端側の区間1Dにおける平均長径C
1Dが50nm以下は作製することが困難であり、250nm以上であると、結晶粒粗大化により、転位の阻害要因となる粒界が十分でないために耐摩耗性が十分でない。また、C
LDが0.6μm未満であるとすぐれた潤滑性を有する組織とならないとともに、5.0μmより大きいものは結晶粒粗大化により、転位の阻害要因となる粒界が十分でないために硬さが向上せず、耐摩耗性が十分でない。また、刃長の中点を含む区間での平均長径C
1が0.5〜2.5μmの範囲にないと、組織が極端に変化する界面が存在してしまう。
また、ドリルの先端側の区間1Dにおける平均アスペクト比A
1Dが2.0よりも大きいとすぐれた硬さを持つ微細結晶粒組織とならず、区間LDの平均アスペクト比A
LDが15未満であるとすぐれた潤滑性を有する柱状組織とならず、20よりも大きいものは作製が困難であるとともに、刃長の中点を含む区間での平均アスペクト比A
1が8.0〜12.0の範囲にないと、組織が極端に変化する界面が存在してしまう。
【0016】
また、表面被覆ドリルの硬質被覆層を、高熱・高負荷がかかるドリル先端部のすくい面及び逃げ面は、すぐれた硬さを有する微細粒状晶組織の皮膜にて構成することにより、高い耐摩耗性を実現する。また、刃のシャンクに近い後方部分は低い表面粗さRaに起因する潤滑性を有する柱状晶組織の皮膜にて構成することにより、高い切屑排出性を実現する。
そして、ドリルの先端側の区間1Dにおける平均表面粗さRa
1Dは0.35μm未満では切り屑と硬質皮膜との接触面積が大きくなるため、切り屑離れしにくく、0.45μmよりも大きいと切削時のドリル先端硬質皮膜にかかる応力は不均一な分布となり、異常損傷が発生する。また、区間LDにおける平均表面粗さRa
LDは0.15μm未満は作製することが難しく、0.25μmよりも大きいと切屑排出時に、ビビリ振動や摩擦熱が発生しやすくなるため、精度低下、溶着などが起きやすくなる。また、刃長の中点を含む区間での平均表面粗さRa
1が0.25〜0.30μmの範囲にない場合、表面性状が極端に異なる界面が存在することになり、界面両端で切屑排出時の表面被覆硬質皮膜と切り屑との擦れや被削材側面での摩耗の際の衝撃が異なることにより、クラックが誘発される。
【0017】
さらに、本発明の表面被覆ドリルは、硬質被覆層が、ドリル先端から、シャンクに向けてすぐれた耐摩耗性を有する微細粒状晶組織からすぐれた潤滑性を有する柱状晶組織へと連続的に変化していることにより、クラックなどを誘発するような熱特性、機械特性、表面性状の異なる組織間の界面が存在しないために、異常損傷や刃溝部中途で切屑詰まりによるドリルの折損、切屑滞留による穴あけ精度低下などなく、長寿命を示す表面被覆ドリルが得られる。
【0018】
なお、ここでいう「アスペクト比」とは、個々の結晶粒の測定された最大径を示す線分である長径の値を、長径に対して垂直方向の最大径を示す短径の値で除した値である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の表面被覆ドリルは、
(1)炭化タングステン基超硬合金からなるドリル基体の上に、直接または中間層を介し、最表面に硬質被覆層として(Ti
1−x−yAl
xSi
y)(N
1−zO
z){ただし、原子比で、x=0.40〜0.70、y=0.01〜0.10、Z≦0.4}の成分系からなる平均層厚0.8〜5.0μmを有するTi、Al、Siの複合酸窒化物層を被覆してなる表面被覆ドリルにおいて、硬質被覆層が、ドリルの直径をDとし、ドリルを先端から軸方向に沿って、距離Dごとに区分けした際に、シャンクと刃の境界部を含む区間及びそれ以降を除いた各区間を先端から区間1D、区間2D、・・・区間LD(但し、Lは整数かつ3≦L≦8を満たす。)と表した場合に、区間1Dの平均酸素含有量O
1D及び区間LDの平均酸素含有量O
LDがそれぞれO
1D≦5at%、O
LD= 15〜20at%であり 、かつ、平均酸素量変化率をα=(O
LD−O
1D)/(LD−D)、区間(N−1)Dから区間ND間での区間内酸素量変化率をα
ND=(O
ND−O
(N−1)D)/Dと表した場合、平均酸素量変化率と区間内酸素量変化率との比α
ND/αが2.0以下(但し、Nは3≦N≦Lを満たす全ての整数。)であり、
(2)前記硬質被覆層組織の平均長径は漸次増加しており、区間1Dの平均長径C
1D及び区間LDの平均長径C
LDがそれぞれC
1D=50〜250nm、C
LD=0.6〜5.0μmであるとともに、刃長の中点を含む区間での平均長径C
1が0.5〜2.5μm(但し、C
1D<C
1<C
LDを満たす。)であり、かつ、該硬質被覆層組織の平均アスペクト比は漸次増加しており、区間1Dの平均アスペクト比A
1D及び区間LDの平均アスペクト比A
LDがそれぞれA
1D=1.0〜2.0、A
LD=15〜20であるとともに、刃長の中点を含む区間での平均アスペクト比A
1が8.0〜12.0、であり、
(3)前記硬質被覆層組織の平均表面粗さRaは漸次減少しており、区間1Dの平均表面粗さRa
1D及び区間LDの平均表面粗さRa
LDがそれぞれRa
1D=0.35〜0.45μm、Ra
LD=0.15〜0.25μmであるとともに、刃長の中点を含む区間での平均表面粗さRa
1が0.25〜0.30μm(但し、Ra
1D>Ra
1>Ra
LDを満たす。)であることにより、炭素鋼の深穴加工切削条件において、高い潤滑性と耐摩耗性を有し、高能率の深穴加工が可能となるという効果を奏する。