【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、合金鋼の湿式高速穴あけ加工に用いられた場合にも長期間に亘りすぐれた耐摩耗性と切り屑排出性を維持する表面被覆ドリルを提供すべく、ドリルの最表面層に組成硬度制御層として(Ti
1−xAl
x)Nの成分系からなる層厚0.5〜5μmの硬質被覆層が存在する表面被覆ドリルの組成硬度制御層の組成変化および硬度変化に着目し鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0012】
(a)組成硬度制御層の組成のうち、ドリル先端におけるAlの含有比率xの値が0.3から0.5の範囲に存在し、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部におけるAlの含有比率xが0.5から0.7の範囲に存在し、かつ、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置まで漸次増加する場合、このような組成硬度制御層を硬質被覆層として備えた表面被覆ドリルは、従来の表面被覆ドリルに比して、合金鋼の湿式高速穴あけ加工において、長期間に亘りすぐれた耐摩耗性および切り屑排出性を示すことを見出した。
【0013】
(b)ドリル先端とドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部における組成硬度制御層の硬さを所定の値に制御すると共に、前記組成硬度制御層の硬さをドリル先端からドリル直径の3倍の位置まで漸次減少させることにより、耐摩耗性および切り屑排出性を一層向上させることができることを見出した。
【0014】
(c)ドリル先端から、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置までのマージン部における組成硬度制御層の組成のうち、金属元素全体に対するAlの含有比率が、ドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、連続的に減少することによって、耐摩耗性および切り屑排出性を一層向上させることができることを見出した。
【0015】
(d)ドリル先端から、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置までのマージン部における組成硬度制御層の硬さが、ドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、連続的に増加することによって、耐摩耗性および切り屑排出性を一層向上させることができることを見出した。
【0016】
前述したような組成硬度制御層は、
図1の概略説明図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置にドリル基体を装着し、
ドリル基体温度:420〜430℃、
蒸発源1:なし
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:3kW、
放電ガス流量:アルゴン(Ar)ガス 30sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−500V、
という特定の条件でボンバード処理を行った後、
ドリル基体温度:420〜430℃、
蒸発源1:金属Ti、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:10〜12kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:6〜9kW、
反応ガス流量:窒素(N
2)ガス 135sccm、
放電ガス流量:アルゴン(Ar)ガス 75sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−25V、
という特定の条件下で、かつ、ドリル基体の先端をTiハースに向けたまま、公転させずに自転のみさせる。
また、組成硬度制御層の組成または硬度を連続的に減少または増加させるには、成膜中にAlプラズマガン、アシストガンの出力を増加または減少させることによって達成できる。この結果形成された組成硬度制御層を硬質被覆層として備えた表面被覆ドリルは、従来の表面被覆ドリルに比して、合金鋼の湿式高速穴あけ加工において、すぐれた耐摩耗性および切り屑排出性を示すことを見出した。
【0017】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 超硬合金焼結体あるいは高速度鋼からなるドリル基体の上に、直接または中間層を介し、最表面に組成硬度制御層を形成した表面被覆ドリルにおいて、
前記組成硬度制御層が、(Ti
1−xAl
x)Nの成分系および層厚0.5〜5.0μmからなり、かつ、前記成分系のうち、金属元素全体に対するAlの含有割合をxとしたとき、ドリル先端におけるAlの含有割合がx=0.3〜0.5、かつ、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部におけるAlの含有割合がx=0.5〜0.7に存在し、かつ、Alの含有割合xがドリル先端からドリル直径の3倍の位置まで漸次増加することを特徴とする表面被覆ドリル。
(2) 前記組成硬度制御層のドリル先端における、100mgfで測定した微小押し込み硬さが3000〜5000kgf/mm
2の範囲に存在し、かつ、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部における組成硬度制御層の、100mgfで測定した微小押し込み硬さが1500〜2800kgf/mm
2の範囲に存在し、前記組成硬度制御層の硬さがドリルの軸方向に沿って、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置まで漸次減少することを特徴とする(1)を特徴とする表面被覆ドリル。
(3) 前記組成硬度制御層のドリル先端から、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置までのマージン部における組成のうち、金属元素全体に対するAlの含有比率xが、前記ドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、それぞれ連続的に減少することを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆ドリル。
(4) 前記組成硬度制御層のドリル先端から、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置までのマージン部における硬さが、前記ドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、連続的に増加することを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆ドリル。」
に特徴を有するものである。
【0018】
本発明について、以下に説明する。
【0019】
本発明の表面被覆ドリルの超硬合金焼結体あるいは高速度鋼からなるドリル基体の上に、直接または、中間層を介して、(Ti
1−xAl
x)Nの成分系からなる層厚0.5〜5.0μmの硬質被覆層を形成する。ここで、硬質被膜層の層厚が0.5μm未満では、所望の耐摩耗性が維持できず、一方、5μmを超えると応力による自己破壊が生じ、所望の耐衝撃性を得ることができない。したがって、硬質被覆層の層厚は0.5〜5.0μmと定めた。
また、硬質被覆層の組成(Ti
1−xAl
x)Nにおいて、ドリル先端のAlの含有比率xの値が、0.3未満では、所望の耐摩耗性が得られない。一方、0.5を超えるとTiの量が相対的に低くなりすぎ、所望の高い耐熱性が得られない。したがって、ドリル先端のAlの含有比率xの値は0.3〜0.5と定めた。
また、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部におけるAlの含有割合が、0.5未満では、所望の耐衝撃性が得られない。一方、0.7を超えるとTiの量が相対的にきわめて低くなりすぎ、最低限の耐熱性が得られない。したがって、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部におけるAlの含有割合は0.5〜0.7と定めた。
また、ドリル先端の組成硬度制御層の100mgfで測定した微小押し込み硬さが3000kgf/mm
2未満では、耐摩耗性が低くなりすぎ、5000kgf/mm
2を超えると皮膜の靭性が著しく低下し、衝撃によるチッピングの原因となる。さらに、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置での組成硬度制御層の100mgfで測定した微小押し込み硬さが1500kgf/mm
2未満では、最低限の耐摩耗性が得られず、2800kgf/mm
2を超えると靱性が低下し、またドリルの切削抵抗が大きくなりやすく、チッピングや剥離の原因となる。したがって、硬度制御層のドリル先端における100mgfで測定した微小押し込み硬さが3000〜5000kgf/mm
2、かつ、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部における組成硬度制御層の100mgfで測定した微小押し込み硬さが1500〜2800kgf/mm
2の範囲と定めた。
【0020】
また、組成硬度制御層の組成のうち金属元素全体に対するAlの含有比率がドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、連続的に減少することによって、ドリルのうち溝形成部の後方においてもすぐれた耐熱衝撃性を発揮し、長期に亘り安定的な切削を実現する。さらに、組成硬度制御層の硬さがドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、連続的に増加することによって、ドリル先端に必要不可欠な高い硬度を具備するとともに、高い硬さが必要とされない溝形成部の後方においては、比較的摩耗しやすい低い硬さを具備することにより、切削抵抗が低く安定的な切削性能を実現し、ドリルの寿命を更に長期化することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の表面被覆ドリルは、超硬合金焼結体あるいは高速度鋼からなるドリル基体の上に、直接または中間層を介し、最表面に組成硬度制御層を形成した表面被覆ドリルにおいて、組成硬度制御層が、(Ti
1−xAl
x)Nの成分系および層厚0.5〜5.0μmからなり、かつ、成分系のうち、金属元素全体に対するAlの含有割合をxとしたとき、ドリル先端におけるAlの含有割合がx=0.3〜0.5、かつ、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部におけるAlの含有割合がx=0.5〜0.7に存在し、かつ、Alの含有割合xがドリル先端からドリル直径の3倍の位置まで漸次増加する構成にしたことにより、合金鋼の湿式高速穴あけ加工において、長期間に亘りすぐれた耐摩耗性および切り屑排出性を示す。さらに、前述の構成に加えて、組成硬度制御層のドリル先端における荷重100gfで測定した微小押し込み硬さが3000〜5000kgf/mm
2の範囲に存在し、かつ、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置のマージン部における組成硬度制御層の荷重100gfで測定した微小押し込み硬さが1500〜2800kgf/mm
2の範囲に存在し、前記組成硬度制御層の硬さがドリルの軸方向に沿って、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置まで漸次減少することにより、耐摩耗性および切り屑排出性を一層向上させることができる。
さらに、前述の構成に加えて、組成硬度制御層のドリル先端から、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置までのマージン部における組成のうち、金属元素全体に対するAlの含有比率xが、ドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、それぞれ連続的に減少することにより、耐摩耗性および切り屑排出性を一層向上させることができる。
さらに、前述の構成に加えて、組成硬度制御層のドリル先端から、ドリル先端からドリル直径の3倍の位置までのマージン部における硬さが、前記ドリル基体側から組成硬度制御層表面に向けて、連続的に増加することにより、耐摩耗性および切り屑排出性を一層向上させることができる。
すなわち、本発明の表面被覆ドリルは、マスキング等の手法によって作成された段階的に大きく変化する従来の表面被覆ドリルよりも安定的な切削性能を長時間にわたって維持することができるものであって、更に膜厚方向にAlの含有率が減少することで、皮膜内部ではすぐれた靭性を発揮するとともに熱負荷の大きい表面側ではすぐれた耐熱衝撃性を発揮し、ドリル寿命を更に長期化することが出来、また、更に膜厚方向に硬さが増加することで、皮膜内部ではすぐれた靭性を発揮するとともに力学的負荷の大きい表面側ではすぐれた耐衝撃性を発揮し、ドリルの寿命を長期化することが出来るという本発明に特有の格別にすぐれた効果を発揮することが出来る。