特許第5892336号(P5892336)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5892336熱伝導性と潤滑特性にすぐれた表面被覆ドリル
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  • 特許5892336-熱伝導性と潤滑特性にすぐれた表面被覆ドリル 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5892336
(24)【登録日】2016年3月4日
(45)【発行日】2016年3月23日
(54)【発明の名称】熱伝導性と潤滑特性にすぐれた表面被覆ドリル
(51)【国際特許分類】
   B23B 51/00 20060101AFI20160310BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20160310BHJP
【FI】
   B23B51/00 J
   C23C14/06 A
   C23C14/06 P
【請求項の数】2
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-191406(P2012-191406)
(22)【出願日】2012年8月31日
(65)【公開番号】特開2014-46400(P2014-46400A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年3月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100119921
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 正之
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】田中 耕一
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕介
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−249664(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/045454(WO,A2)
【文献】 特開平11−320214(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 51/00
B23B 27/14
B23C 5/16
C23C 14/00 − 14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドリル基体のうち、少なくとも有効切れ刃長の領域上の外周部および切り屑排出溝上に、平均層厚1.5〜3.0μmを有し、Ti、Al、Crのうちいずれか2種類からなる金属の複合窒化物からなる下部層と、平均層厚0.3〜1.0μmを有し、混相組織層とされる(Ti1−xAl1−z(N1−yの成分系からなる最表面層とからなる硬質被覆層を形成し、
前記混相組織層の断面組織を観察したときに、
(ア)窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.2未満であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.5未満であり、かつ、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.40〜0.60であり、かつ、30〜100nmの範囲に含まれる平均粒径を有する微細結晶粒と、
(イ)該微細結晶粒の周囲に、窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.8以上であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.6以上であり、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.01〜0.03である金属相領域が存在することを特徴とする表面被覆ドリル。
【請求項2】
前記混相組織層中の金属相領域が占める面積割合が、ドリル基体表面に対して垂直な断面組織における面積割合で5〜10%であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆ドリル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドリル本体の先端部外周に切屑排出溝が形成されるとともに、この切屑排出溝のドリル回転方向を向く内周面の先端に切刃が設けられ、主として金属材よりなる加工物に穴あけ加工をするのに用いられる長期間に亘りすぐれた熱伝導性と潤滑特性を維持する表面被覆ドリルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
このようなドリルとしては、軸線を中心として該軸線回りにドリル回転方向に回転される概略円柱状のドリル本体の先端側が切刃部とされ、この切刃部の外周に一対の切屑排出溝が、軸線に関して互いに対称となるように、該切刃部の先端面、すなわちドリル本体の先端逃げ面から後端側に向かうに従い軸線回りにドリル回転方向の後方側に捩れる螺旋状に形成され、これらの切屑排出溝の内周面のうちドリル回転方向を向く部分の先端側の前記先端逃げ面との交差稜線部に切刃が形成された、いわゆる2枚刃のソリッドドリルが知られている。従って、このようなソリッドドリルでは、前記切屑排出溝内周面のドリル回転方向を向く部分の先端側がこの切刃のすくい面となり、切刃によって生成された切屑は、このすくい面から切屑排出溝の内周面を摺接しつつ、該切屑排出溝の捩れによって後端側に送り出されて排出されることとなる。そして、さらにこのようなドリルでは、ドリル本体の耐摩耗性の向上のために種々の方法が採用されている。
【0003】
例えば、特許文献1においては、ドリル基体の表面に硬質被覆層を形成してなる表面被覆ドリルにおいて、TiとAlとCrの複合炭化物固溶体層、TiとAlとCrの複合窒化物固溶体層およびTiとAlとCrの複合炭窒化物固溶体層のうち少なくとも一層を含む耐摩耗性にすぐれた表面被覆ドリルが開示されている。
【0004】
また、特許文献2においては、ドリルのランド幅/溝幅の比が1.2〜2.0の範囲にあり、ドリルの切刃部を含むドリル有効長の一部乃至全部の範囲に0.05〜5.0μmのCrN(原子比で0.3≦x≦1.0を満足する)よりなる硬質被覆がなされており、前記硬質被覆の最表層にC(原子比で0.3≦y≦1.5を満足する)で構成されその膜厚が0.01〜2.0μmの硬質表層被覆がなされている潤滑硬質膜被覆ドリルが開示されている。
【0005】
また、特許文献3においては、表面被覆ドリルの硬質被覆層を、化学蒸着で形成された上部層と下部層とで構成し、該上部層は1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、該下部層は3〜20μmの合計平均層厚を有する密着性Ti化合物層と改質Ti系炭窒化物層とで構成し、そして、該改質Ti系炭窒化物層は、2.5〜15μmの平均層厚を有し、(Ti1−XCr)CN(但し、X=0.01〜0.10)を満足するTiとCrの複合炭窒化物マトリックス相と、間歇的な蒸着条件変更により形成され、(Ti1−YCr)CN(但し、Y=0.2〜0.8)を満足し、結晶粒界に不連続(島状)に分散析出する平均粒子サイズ0.01〜0.2μmのTiとCrの複合炭窒化物析出相とからなる表面被覆ドリルが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−237010号公報
【特許文献2】特開平8−132310号公報
【特許文献3】特開2008−100336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年のドリル加工装置の自動化はめざましく、加えてドリル加工に対する省力化、省エネ化、低コスト化さらに効率化の要求も強く、これに伴い、高送り、高切り込みなどより高効率の深穴用ドリル加工が要求される傾向にあるが、前記従来表面被覆ドリルにおいては、各種の鋼や鋳鉄を通常条件下でドリル加工した場合に特段の問題は生じないが、切削時に高温が発生する高硬度材の高速穴あけ加工に用いた場合には、熱伝導性が十分でないため切削時に刃先に発生する熱をシャンク方向に逃がすことが出来ず、刃先が高温になるため異常摩耗が発生しやすく、また、潤滑特性が十分でないため加工硬化を起こしやすく切削抵抗が大きくなる等の理由から、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、高硬度材の高速穴あけ加工に用いられた場合にも長期間に亘りすぐれた切削性能を維持する表面被覆ドリルを提供すべく、硬質被覆層の熱伝導性と潤滑特性を向上させることを主眼に研究を重ねた。その結果、所定の下部層の上に、所定の混相組織からなる最表面層を形成してなる硬質被覆層が、すぐれた熱伝導率と潤滑特性を長期に亘って維持するという知見を得た。この知見に基づき、前記硬質被覆層について多観点から研究を重ねた結果、以下、(a)および(b)を兼ね備えた新規な構造を有する硬質被覆層がすぐれた熱伝導効果および潤滑性を奏することを見出した。
【0009】
(a)ドリル基体のうち、少なくとも有効切れ刃長の領域上の外周部および切り屑排出溝上に、平均層厚1.5〜3.0μmを有し、Ti、Al、Crのうちいずれか2種類からなる金属の複合窒化物からなる下部層と、平均層厚0.3〜1.0μmを有し、混相組織層とされる(Ti1−xAl1−z(N1−yの成分系からなる最表面層とからなる硬質被覆層を形成し、
(b)前記混相組織層の断面組織を観察したときに、
(ア)窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.2未満であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.5未満であり、かつ、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.40〜0.60であり、かつ、30〜100nmの範囲に含まれる平均粒径を有する微細結晶粒と、
(イ)該微細結晶粒の周囲に、窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.8以上であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.6以上であり、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.01〜0.03である金属相領域が存在する。
【0010】
さらに、前記(a)および(b)の条件に加えて、
(c)前記混相組織層中の金属相領域が占める面積割合が、断面組織における面積割合で5〜10%である、
という条件を併せ持つとき硬質被覆層は一層すぐれた熱伝導性および潤滑性を奏することを見出した。
【0011】
前述したような硬質被覆層は、図1の概略説明図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置にドリル基体を装着し、
ドリル基体温度:400〜430℃、
プラズマガン放電電力:3kW、
放電ガス流量:アルゴンガス(Ar)ガス 40sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−400V、
という特定の条件でボンバード処理を行った後、
ドリル基体温度:400〜430℃、
蒸発源1:金属Tiまたは金属Cr、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:8〜11kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:7〜8kW、
反応ガス流量割合:窒素(N)ガス 100sccm、
放電ガス流量割合:アルゴン(Ar)ガス 35sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−5V、
蒸着時間:30〜150min.
という特定の条件下で下部層を形成し、さらに、
ドリル基体温度:400〜430℃、
蒸発源1:金属Ti、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:7〜8kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:10〜11kW、
反応ガス流量割合:窒素(N)ガス 50sccm、
反応ガス流量割合:酸素(O)ガス 3〜4sccm、
放電ガス流量割合:アルゴン(Ar)ガス 40sccm、
ドリル基体に印加するパルスバイアス電圧:+3V/−10V、周期5〜8kHz、負電圧のデューティーサイクル15〜30%
蒸着時間:10〜30min、
という特定の条件で最表面層を形成することにより、再現よく形成することができるという知見を発明者らの研究により見出した。
なお、前記sccmとは、真空装置に導入する反応ガスや放電ガスの流量を表す一般的な単位であり、sccmは、standard cc/min、すなわち、規格化されたccm(1分間あたりに何cc)を意味している。通常は、1atm(大気圧1,013hPa)、0℃あるいは、1atm(大気圧1,013hPa)、25℃など一定温度で規格化されたccmが使われるが、本発明においては、0℃で規格化したccmを用いている。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)ドリル基体のうち、少なくとも有効切れ刃長の領域上の外周部および切り屑排出溝上に、平均層厚1.5〜3.0μmを有し、Ti、Al、Crのうちいずれか2種類からなる金属の複合窒化物からなる下部層と、平均層厚0.3〜1.0μmを有し、混相組織層とされる(Ti1−xAl1−z(N1−yの成分系からなる最表面層とからなる硬質被覆層を形成し、
前記混相組織層の断面組織を観察したときに、
(ア)窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.2未満であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.5未満であり、かつ、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.40〜0.60であり、かつ、30〜100nmの範囲に含まれる平均粒径を有する微細結晶粒と、
(イ)該微細結晶粒の周囲に、窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.8以上であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.6以上であり、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.01〜0.03である金属相領域が存在することを特徴とする表面被覆ドリル。
(2) 前記混相組織層中の金属相領域が占める面積割合が、ドリル基体表面に対して垂直な断面組織における面積割合で5〜10%であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆ドリル。」
に特徴を有するものである。
【0013】
本発明について、以下に説明する。
【0014】
下部層および最表面層の平均層厚:
本発明の表面被覆ドリルの超硬合金焼結体あるいは高速度鋼からなるドリル基体のうち、少なくとも有効切れ刃長の領域上の外周部および切り屑排出溝上に、平均層厚1.5〜3.0μmを有し、Ti、Al、Crのうちいずれか2種類からなる金属の複合窒化物からなる下部層と、平均層厚0.3〜1.0μmを有し、混相組織層とされる(Ti1−xAl1−z(N1−yの成分系からなる最表面層とからなる硬質被覆層を形成する。ここで、硬質被膜層の下部層を構成するTi、Al、Crのうちいずれか2種類からなる金属の複合窒化物は、すぐれた熱伝導性と耐摩耗性を有するとともにドリル基体および最表面層の両方に対してすぐれた密着性を有するが、下部層の層厚が1.5μm未満では、所望の耐摩耗性が維持できず、一方、3.0μmを超えると皮膜のチッピングなどが生じる。したがって、下部層の平均層厚は1.5〜3.0μmと定めた。また、最表面層の層厚が0.3μm未満では、切り屑排出溝のうち広範囲の混相組織層が早期に摩耗してしまい、最表層が有する熱伝導性と潤滑性を発揮することが出来ず、一方、1.0μmを超えると、例えば、高硬度材の高速穴あけ加工という厳しい切削条件では、チッピングが発生しやすくなることから、最表面層の平均層厚は0.3〜1.0μmと定めた。
【0015】
最表面層の混相組織:
最表面層は、組成(Ti1−xAl1−z(N1−yを有するとともに、窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.2未満であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.5未満であり、かつ、30〜100nmの範囲に含まれる粒径を有する微細結晶粒と該微細結晶粒の周囲に、窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.8以上であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.6以上であり、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.01〜0.03である金属相領域が存在する混相組織として構成する。
【0016】
混相組織中の微細結晶粒の組成:
微細結晶粒における窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.2を超えると、所望の熱伝導性が得られなくなるため好ましくない。また、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.5以上であると、Alが有する凝着または溶着しやすいという特性から最表面層の潤滑性が低下する。したがって、微細結晶粒における窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yは0.2未満、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xは0.5未満と定めた。
【0017】
混相組織中の微細結晶粒の粒径:
微細結晶粒の粒径が30nmを下回ると、窒化物としての耐摩耗性を発揮できず強度が低下し、100nmを超えると結晶粒が粗大になりすぎ、欠落が生じやすく潤滑特性が低下する。したがって、微細結晶粒の粒径は、30〜100nmと定めた。
【0018】
混相組織中の金属相領域の組成:
金属相領域における窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.8未満であると、所望の潤滑特性が得られなくなるため好ましくない。また、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xを0.6未満であると、相対的にTiの含有割合が多くなり、金属相領域の硬度が増すためチッピングが生じやすくなる。また、たとえ酸素、Alの含有割合が前記の条件を満たしていても、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.01未満であると、切削中に酸化物の形成を促すことができず早期に層が摩滅してしまい、0.03を超えると、金属相領域がもつ潤滑特性を発揮することが出来ない。したがって、金属相領域における窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yは0.8以上とし、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xを0.6以上、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zを0.01〜0.03と定めた。
【0019】
混相組織層に含まれる窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合:
さらに、微細結晶粒、金属相領域を区別せず測定した、混相組織層に含まれる窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが、0.02〜0.05の範囲であれば、金属相がもつ熱伝導効果を犠牲にすることなく、切削中の酸化物形成が生じやすくなるため、工具としての特性を一層向上させることができる。すなわち、前述のように微粒結晶粒および金属相領域それぞれにおける酸素含有量を制御するのみならず、混相組織層全体で見たときの酸素量を所定の量に制御することが好ましい。混相組織層に含まれる窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yは、好ましくは0.02〜0.05の範囲とするのが良い。
【0020】
混相組織層中の金属相の領域が占める面積割合:
混相組織層中の金属相の領域が占める面積割合については、必ずしも限定されるわけではないが、5%未満であると、金属相が持つ熱伝導性を十分に発揮することが出来ず、好ましくない。一方、10%を超えると金属相の有する凝着性などの影響から潤滑特性が低下するため好ましくない。そこで、混相組織層中の金属相の領域が占める面積割合は、5〜10%とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の表面被覆ドリルは、超硬合金焼結体あるいは高速度鋼からなるドリル基体のうち、少なくとも有効切れ刃長の領域上の外周部および切り屑排出溝上に、平均層厚1.5〜3.0μmを有し、Ti、Al、Crのうちいずれか2種類からなる金属の複合窒化物からなる下部層と、平均層厚0.3〜1.0μmを有し、混相組織層とされる(Ti1−xAl1−z(N1−yの成分系からなる最表面層とからなる硬質被覆層を形成し、前記混相組織層の断面組織を観察したときに、(ア)窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.2未満であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.5未満であり、かつ、30〜100nmの範囲に含まれる粒径を有する微細結晶粒と該微細結晶粒の周囲に、窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.8以上であり、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(原子比)xが0.6以上であり、Ti、Al、窒素、酸素の合量に占める非金属元素の含有割合(原子比)zが0.01〜0.03である金属相領域が存在し、(イ)前記混相組織層に含まれる窒素と酸素の合量に占める酸素の含有割合(原子比)yが0.02〜0.05であることによって、長期に亘ってすぐれた熱伝導性と潤滑特性を維持するというすぐれた効果を奏するものである。
さらに、前記構成に加えて、混相組織層中の金属相領域が占める面積割合が、ドリル基体表面に対して垂直な断面組織における面積割合で5〜10%であることによって、より一層、長期に亘ってすぐれた熱伝導性と潤滑特性を維持するというすぐれた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の表面被覆ドリルの硬質被覆層を蒸着形成するための圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置の概略図を示す。
図2】本発明の表面被覆ドリルの硬質被覆層の断面模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
つぎに、本発明の表面被覆ドリルを実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0024】
原料粉末として、平均粒径0.8μmのWC粉末、同2.3μmのCr粉末、同1.5μmのVC粉末および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、ドリル基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、溝形成部の直径×長さが10mm×80mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製のドリル基体D−1〜D−4をそれぞれ製造した。
【0025】
ついで、これらのドリル基体D−1〜D−4の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に装着し、
ドリル基体温度:400〜430℃、
プラズマガン放電電力:3kW、
放電ガス流量:アルゴンガス(Ar)ガス 40sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−400V、
という表2に示す特定の条件でボンバード処理を行った後、
ドリル基体温度:400〜430℃、
蒸発源1:金属Tiまたは金属Cr
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:8〜11kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:7〜8kW、
反応ガス流量割合:窒素(N)ガス 100sccm、
放電ガス流量割合:アルゴン(Ar)ガス 35sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−5V、
蒸着時間:30〜150min.
という表2に示す特定の条件下で下部層を形成し、さらに、
ドリル基体温度:400〜430℃、
蒸発源1:金属Ti、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:7〜8kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:10〜11kW、
反応ガス流量割合:窒素(N)ガス 50sccm、
反応ガス流量割合:酸素(O)ガス 3〜4sccm、
放電ガス流量割合:アルゴン(Ar)ガス 40sccm、
ドリル基体に印加するパルスバイアス電圧:+3V/−10V、周期5〜8kHz、負電圧のデューティーサイクル15〜30%
蒸着時間:10〜30min、
という表2に示す特定の条件で最表面層を形成することにより、表4に示される組成および表4に示される目標層厚を有する下部層と最表面層を有し該最表面層が、表4に示される組成と粒径範囲を有する微細結晶粒とその周りに表4に示される組成の金属相領域を有する本発明表面被覆ドリル1〜15をそれぞれ製造した。
【0026】
また、比較の目的で、前記ドリル基体D−1〜D−4の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、本発明表面被覆ドリルの製造に使用したのと同じ図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に装着し、
ドリル基体温度:400〜430℃、
プラズマガン放電電力:3kW、
放電ガス流量:アルゴンガス(Ar)ガス 40sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−400V、
という表3に示す特定の条件でボンバード処理を行った後、
ドリル基体温度:400〜430℃、
蒸発源1:金属Tiまたは金属Cr、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:8〜11kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:10〜11kW、
反応ガス流量割合:窒素(N)ガス 100sccm、
放電ガス流量割合:アルゴン(Ar)ガス 35sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧:−5V、
蒸着時間:30〜150min.
という表3に示す特定の条件下で下部層を形成し、さらに、
ドリル基体温度:400〜430℃、
蒸発源1:金属Ti、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:7〜8kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:10〜11kW、
反応ガス流量割合:窒素(N)ガス 50sccm、
反応ガス流量割合:酸素(O)ガス なし、
放電ガス流量割合:アルゴン(Ar)ガス 40sccm、
ドリル基体に印加する直流バイアス電圧: −10V
蒸着時間:10〜30min.、
という表3に示す特定の条件で最表面層を形成することにより、表5に示される組成および表5に示される目標層厚を有する下部層と最表面層を有し該最表面層が、表5に示される組成と粒径範囲を有する微細結晶粒とその周りに表5に示される組成の金属相領域を有する比較表面被覆ドリル1〜15をそれぞれ製造した。
【0027】
つぎに、本発明表面被覆ドリル1〜15および比較表面被覆ドリル1〜15について、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:80mmのJIS・SUS304(HB230)の板材、
主軸回転速度:2100回転/min.
送り:0.20mm/rev.、
穴深さ:50mm、
の条件でのステンレス鋼の乾式高速深穴あけ切削加工試験(通常の、直径が10mmであるドリルの回転速度および送りは、それぞれ、1700回転/min.および0.20mm/rev.)、
を行い、5穴ごとに、工具刃先の逃げ面摩耗幅を測定し、先端切刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまで、若しくは切り屑つまりや欠損等が原因で、工具としての使用が困難な状態に至るまでの穴あけ加工数を測定した。この測定結果を表4、5にそれぞれ示した。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
【表3】
【0031】
【表4】
【0032】
【表5】
【0033】
この結果得られた本発明表面被覆ドリル1〜15の硬質被覆層を構成する下部層および最表面層、さらに、比較表面被覆ドリル1〜15の硬質被覆層を構成する下部層および最表面層の平均層厚を、走査型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0034】
さらに、本発明表面被覆ドリル1〜15、比較表面被覆ドリル1〜15を集束イオンビーム加工装置により、層厚方向に
高さ:層厚の2倍相当 × 幅:50μm × 厚さ:100nm
の薄片に加工した後、透過型電子顕微鏡を用いて、観察加速電圧200kVの条件のもと、本発明表面被覆ドリル1〜15および比較表面被覆ドリル1〜15の硬質被覆層の下部層および最表面層を構成する混相組織層(微細結晶粒および金属相領域)を観測し、さらに、直径が混相組織層の層厚相当の電子線を混相組織層に照射してエネルギー分散型分光分析装置を用いて、各層の組成をもとめたところ、各層での組成が表4、5に示す目標組成と実質的に同じ組成を有していることを確認した。さらに、電子線を直径5nmの面積まで絞って、視野中に含まれる微細結晶粒のうち10個に照射し、エネルギー分散型分光分析装置を用いて組成を測定し、その平均組成を、微細結晶粒の組成とし、それぞれの元素割合から、x、yおよびzの値を算出した。同様に、視野中に含まれる金属相領域のうち、10点に対して電子線を照射し、エネルギー分散型分光分析装置を用いて組成を測定し、その平均組成を、金属相領域の組成とし、それぞれの元素割合から、x、yおよびzの値を算出した。
さらに、混相組織層に含まれる微細結晶粒の粒径を測定し、平均粒径を求めた、すなわち、混相組織層に含まれる微細結晶粒の面積と同じ面積をもつ真円の直径を、その微細結晶粒の粒径とした。混相組織層のうち、高さ:層厚相当 × 幅:10μmの視野に含まれる結晶粒について同様の測定を行い、その平均値を平均粒径とした。その結果、本発明表面被覆ドリル1〜15のいずれも混相組織層に含まれる微細結晶粒の平均粒径は、表4に示すように30〜100nmの範囲内であることが確認できた。一方、比較表面被覆ドリル1〜15の測定結果については、表5に示した。また、最表面層のドリル基体に垂直な断面研磨面を1μm×1μmの範囲で走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、その観察像から微細結晶粒と金属相領域の面積割合(%)を測定した。その結果を、同じく、表4、5に示した。
【0035】
表4に示される結果から、本発明表面被覆ドリル1〜15は、所定の下部層の上に粒径が30〜100nmで(Ti1−xAl1-z(N1−y(x<0.5、y<0.2)の成分系からなる微細結晶粒と(Ti1−xAl1-z(N1−y(0.6≦x、0.8≦y)の成分系からなる金属相領域とからなる混相組織で構成された最表面層が形成されていることによって、熱伝導率および潤滑特性が向上することによって、高硬度材の高速穴あけ加工において、長期間に亘りすぐれた切削性能を維持することが明らかである。
これに対して、表5に示される結果から、硬質被覆層の最表面層の成分組成、微細結晶粒の粒径などが本発明表面被覆ドリルと異なるもの、あるいは、下部層あるいは最表面層の平均層厚が所定の範囲内に制御されていない硬質被覆層を有する比較表面被覆ドリルにおいては、熱伝導特性および潤滑特性が十分でないために、チッピング、欠損、剥離の発生等により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0036】
前述のように、本発明表面被覆ドリルは、超硬合金焼結体あるいは高速度鋼からなるドリル基体の上に、所定の下部層を介し、最表面層として平均層厚0.3〜1.0μmで(Ti1−xAl1-z(N1−y(x<0.5、y<0.2)の成分系からなる粒径が30〜100nmの微細結晶粒と(Ti1−xAl1-z(N1−y(0.6≦x、0.8≦y)の成分系からなる金属相領域とからなる混相組織層を形成したことによって、すぐれた熱伝導特性と潤滑特性が発揮され、高硬度材の高速穴あけ加工においても、長期間に亘りすぐれた切削性能を維持するものであり、その産業上の利用可能性はきわめて大きい。
図1
図2