特許第5892570号(P5892570)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5892570ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5892570
(24)【登録日】2016年3月4日
(45)【発行日】2016年3月23日
(54)【発明の名称】ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体
(51)【国際特許分類】
   B32B 5/00 20060101AFI20160310BHJP
   C08J 3/075 20060101ALI20160310BHJP
【FI】
   B32B5/00 Z
   C08J3/075CEY
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-19366(P2015-19366)
(22)【出願日】2015年2月3日
【審査請求日】2015年3月4日
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】とこしえ特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】森永 隆志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴哉
(72)【発明者】
【氏名】上條 利夫
(72)【発明者】
【氏名】荒船 博之
(72)【発明者】
【氏名】古川 英光
【審査官】 加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−111081(JP,A)
【文献】 特開2000−263727(JP,A)
【文献】 特開昭62−207643(JP,A)
【文献】 特開2013−188677(JP,A)
【文献】 特開2012−132018(JP,A)
【文献】 特開2014−133787(JP,A)
【文献】 特開2009−056714(JP,A)
【文献】 特開2003−221258(JP,A)
【文献】 特開2001−138434(JP,A)
【文献】 特開2006−045189(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、2種類以上のポリマーネットワークが相互侵入網目構造を形成してなるダブルネットワークゲルを接着させてなるダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を製造する方法であって、
第1ポリマーネットワークを形成するためのモノマーを反応させることで、第1ポリマーネットワークを得る工程と、
前記第1ポリマーネットワーク中に、前記第1ポリマーネットワークとは別の第2ポリマーネットワークを形成するための、不飽和結合を有するモノマーを含浸させることで、前記第1ポリマーネットワーク内に、前記モノマーを含有してなるモノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを得る工程と、
表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを接触させる工程と
前記表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを接触させた状態にて、前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルに含有されている前記モノマーを前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲル内で反応させることで、前記モノマーによる前記第2ポリマーネットワークの形成、および、前記モノマーと、前記ラジカル活性種と反応可能な置換基との共重合を同時に進行させることでダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得る工程を備え、
前記表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物が、ガラス、金属酸化物および表面に酸化被膜が形成可能な金属からなる群から選択される固体物の表面に、不飽和結合を有するアルコキシシリル基含有アミド化合物またはアルコキシシリル基含有アクリレート化合物を反応させることで、ラジカル活性種と反応可能な置換基を導入したものであるダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法。
【請求項2】
前記ダブルネットワークゲルが、正または負に荷電し得る基を有する不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(A)と、電気的に中性な不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(B)とを含む請求項1に記載のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法。
【請求項3】
前記ダブルネットワークゲルが、下記一般式(1)で表される化合物から形成されるポリマーネットワーク(C)と、電気的に中性な不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(D)とを含む請求項1に記載のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法。
【化6】
(上記一般式(1)中、mは、1以上10以下の整数を示す。nは、1以上5以下の整数を示す。Rは、水素原子、または炭素数1〜3のアルキル基を示す。R、R、Rは、炭素数1〜5のアルキル基を示す。R、R、Rは、酸素原子、硫黄原子、フッ素原子から選ばれる1種以上のヘテロ原子を含んでいてもよく、R、R、Rのいずれか2個の基が環状構造を形成していてもよい。Yは一価のアニオンを示す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ダブルネットワーク構造を有するゲルが知られており(たとえば、特許文献1参照)、このようなダブルネットワーク構造を有するゲルは、高強度であり、低摩擦特性を有するため、低摩擦摺動材、たとえば、人工関節の摺動面や、物体の摺動運搬用シートあるいは基盤、フライホイールの摺動面などの、低摩擦摺動性や機械強度、耐環境性などが要求される用途への利用が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2008/065756
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このようなダブルネットワーク構造を有するゲルを、固体物に接着させて、ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の状態で使用する場合に、その製造過程等において、膨潤や収縮などによる形状変化が起こってしまうため、このようなダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を良好に形成できないという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、上記目的を達成するために鋭意研究した結果、ダブルネットワークゲルを固体物に接着させる際に、固体物表面に、ラジカル活性種と反応可能な置換基を導入する手法を用いることで、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明によれば、
〔1〕表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、2種類以上のポリマーネットワークが相互侵入網目構造を形成してなるダブルネットワークゲルを接着させてなるダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を製造する方法であって、
第1ポリマーネットワークを形成するためのモノマーを反応させることで、第1ポリマーネットワークを得る工程と、
前記第1ポリマーネットワーク中に、前記第1ポリマーネットワークとは別の第2ポリマーネットワークを形成するための、不飽和結合を有するモノマーを含浸させることで、前記第1ポリマーネットワーク内に、前記モノマーを含有してなるモノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを得る工程と、
表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを接触させる工程と
前記表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを接触させた状態にて、前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルに含有されている前記モノマーを前記モノマー含有第1ポリマーネットワークゲル内で反応させることで、前記モノマーによる前記第2ポリマーネットワークの形成、および、前記モノマーと、前記ラジカル活性種と反応可能な置換基との共重合を同時に進行させることでダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得る工程を備え、
前記表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物が、ガラス、金属酸化物および表面に酸化被膜が形成可能な金属からなる群から選択される固体物の表面に、不飽和結合を有するアルコキシシリル基含有アミド化合物またはアルコキシシリル基含有アクリレート化合物を反応させることで、ラジカル活性種と反応可能な置換基を導入したものであるダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法、
〔2〕前記ダブルネットワークゲルが、正または負に荷電し得る基を有する不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(A)と、電気的に中性な不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(B)とを含む前記〔1〕に記載のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法、ならびに、
〔3〕前記ダブルネットワークゲルが、下記一般式(1)で表される化合物から形成されるポリマーネットワーク(C)と、電気的に中性な不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(D)とを含む前記〔1〕に記載のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法、
【化7】
(上記一般式(1)中、mは、1以上10以下の整数を示す。nは、1以上5以下の整数を示す。Rは、水素原子、または炭素数1〜3のアルキル基を示す。R、R、Rは、炭素数1〜5のアルキル基を示す。R、R、Rは、酸素原子、硫黄原子、フッ素原子から選ばれる1種以上のヘテロ原子を含んでいてもよく、R、R、Rのいずれか2個の基が環状構造を形成していてもよい。Yは一価のアニオンを示す。)
が提供される。

【発明の効果】
【0007】
膨潤や収縮などによる形状変化の発生を有効に防止しながら、ダブルネットワーク構造を有する高強度なゲルを、固体物表面に良好に接着させることができ、これにより、低摩擦摺動であり、機械強度および耐環境性に優れたダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体は、表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、2種類以上のポリマーネットワークが相互侵入網目構造を形成してなるダブルネットワークゲルを接着させてなることを特徴とする。
【0009】
<ダブルネットワークゲル>
まず、本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を構成する、ダブルネットワークゲルについて説明する。
【0010】
本発明に係るダブルネットワークゲルは、2種類以上のポリマーネットワークによって形成される相互侵入網目構造を形成してなるものである。ここで、「相互侵入網目構造」とは、2以上の架橋網目構造を有するポリマーが互いの網目構造に進入することで、物理的に絡まり合っており、結果として内部に複数の網目構造が形成されている構造あるいは状態をいう。なお、本発明に係るダブルネットワークゲルは、2種類のポリマーネットワークによって形成されたものはもちろんのこと、3種類のポリマーネットワークによって形成されたもの、あるいは、それ以上の種類のポリマーネットワークによって形成されたもののいずれであってもよい。また、本発明に係るダブルネットワークゲルは、さらに直鎖状のポリマーを含有することで、半相互侵入網目構造を形成するものであってもよい。
【0011】
本発明に係るダブルネットワークゲルは、2種類以上のポリマーネットワークによって形成されるものであるが、通常、これらのポリマーネットワーク中には、分散媒として、常温(25℃)において液体の性状を示す化合物をさらに含有している。このような化合物としては、たとえば、水、エタノール、プロパノール、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、プロピレンカーボネートなどの極性化合物や、イオン液体などが挙げられる。
【0012】
また、ダブルネットワークゲルを形成するための2種以上のポリマーネットワークとしては、特に限定されないが、たとえば、分散媒として、極性化合物を含有する場合には、ダブルネットワークゲルの強度を適切に高めることができるという観点より、正または負に荷電し得る基を有する不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(A)と、電気的に中性な(正または負に荷電し得る基を有さない)不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(B)との組み合わせであることが好ましい。
【0013】
正または負に荷電し得る基を有する不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(A)(以下、適宜、「ポリマーネットワーク(A)」とする。)を形成するための、正または負に荷電し得る基を有する不飽和モノマーとしては、特に限定されないが、酸性基(たとえば、カルボキシル基、リン酸基及びスルホン酸基)や塩基性基(たとえば、アミノ基)を有する不飽和モノマーなどが挙げられる。
【0014】
正または負に荷電し得る基を有する不飽和モノマーの具体例としては、
(メタ)アクリル酸(アリクル酸および/またはメタクリル酸を意味する。以下同様。)、(無水)マレイン酸、マレイン酸モノアルキルエステル、フマル酸、フマル酸モノアルキルエステル、クロトン酸、イタコン酸、イタコン酸モノアルキルエステル、イタコン酸グリコールモノエーテル、シトラコン酸、シトラコン酸モノアルキルエステル、桂皮酸等のカルボキシル基含有ビニル系モノマーや、これらの塩;
スルホプロピル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシ−3−(メタ)アクリロキシプロピルスルホン酸、2−(メタ)アクリロイルアミノ−2,2−ジメチルエタンスルホン酸、2−(メタ)アクリロイルオキシエタンスルホン酸、3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸などのスルホン酸基含有ビニル系モノマーや、これらの塩;
2−ヒドロキシエチルアクリロイルホスフェートなどのリン酸基含有ビニル系モノマーや、これらの塩;
アミノエチル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、t−ブチルアミノエチル(メタ)アクリレートなどのアミノ基含有ビニル系モノマー;などが挙げられる。
これらのモノマーは、1種単独で使用してもよいし、2種以上併用してもよい。
【0015】
また、電気的に中性な(正または負に荷電し得る基を有さない)不飽和モノマーから形成されるポリマーネットワーク(B)(以下、適宜、「ポリマーネットワーク(B)」とする。)を形成するための、電気的に中性な不飽和モノマーとしては、ジメチルシロキサン、スチレン、アクリルアミド、メチレンビスアクリルアミド、トリメチールプロパントリメタクリレート、ビニルピリジン、スチレン、メタクリル酸メチル、フッ素含有不飽和モノマー(たとえば、トリフルオロエチルアクリレート(TFE))、ヒドロキシエチルアクリレート、酢酸ビニル、トリエチレングリコールジメタクリレートなどが挙げられる。これらのモノマーは、1種単独で使用してもよいし、2種以上併用してもよい。
【0016】
一方、ダブルネットワークゲルに含有させる分散媒として、イオン液体を用いる場合には、ダブルネットワークゲルの強度を適切に高めることができるという観点より、ダブルネットワークゲルを、架橋点間分子量が比較的大きなポリマーネットワークと、架橋点間分子量が比較的小さなポリマーネットワークとの組み合わせであることが好ましく、特に、イオン液体との親和性を良好なものとするという観点より、下記一般式(1)で表される化合物から形成されるポリマーネットワーク(C)と、下記一般式(1)で表される化合物以外の化合物から形成されるポリマーネットワーク(D)との組み合わせであることが好ましい。
【0017】
この場合において、下記一般式(1)で表される化合物から形成されるポリマーネットワーク(C)(以下、適宜、「ポリマーネットワーク(C)」とする。)、および、下記一般式(1)で表される化合物以外の化合物から形成されるポリマーネットワーク(D)(以下、適宜、「ポリマーネットワーク(D)」とする。)のうち、いずれを架橋点間分子量が比較的大きなポリマーネットワークとしても、架橋点間分子量が比較的小さなポリマーネットワークとしてもよく、特に限定されない。
【化1】
(上記一般式(1)中、mは、1以上10以下の整数を示す。nは、1以上5以下の整数を示す。Rは、水素原子、または炭素数1〜3のアルキル基を示す。R、R、Rは、炭素数1〜5のアルキル基を示す。R、R、Rは、酸素原子、硫黄原子、フッ素原子から選ばれる1種以上のヘテロ原子を含んでいてもよく、R、R、Rのいずれか2個の基が環状構造を形成していてもよい。また、Yは一価のアニオンを示す。)
【0018】
炭素数1〜5のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、2−プロピル基、ブチル基、ペンチル基等が挙げられる。また、R、RおよびRのいずれか2個の基が環状構造を形成している化合物としては、アジリジン環、アゼチジン環、ピロリジン環、ピペリジン環等を有する4級アンモニウム塩等が挙げられる。
【0019】
また、一価のアニオンYとしては、特に限定されるものではなく、BF、PF、AsF、SbF、AlCl、NbF、HSO、ClO、CHSO、CFSO、CFCO、(CFSO、Cl、Br、I等のアニオンを用いることができるが、ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の安定性等を考慮すると、BF、PF、(CFSO、CFSO、またはCFCOであることが好適であり、CFSOであることがより好適である。
【0020】
また、上記一般式(1)で表される化合物のなかでも、下記一般式(2)〜(9)で表される化合物が特に好適である。
【化2】
(上記一般式(2)〜(9)中、m、R、R、Yは、上記一般式(1)と同様である。)
【0021】
なお、上記一般式(1)で表される化合物は、1種単独で使用してもよいし、2種以上併用してもよい。
【0022】
ポリマーネットワーク(D)を形成するためのモノマーとしては、特に限定されないが、たとえば、上述したポリマーネットワーク(B)の形成に用いられる電気的に中性な不飽和モノマーなどが挙げられる。
【0023】
また、この際に用いられるイオン液体としては、特に限定されないが、低摩擦摺動性や機械強度、耐環境性をより高めることができるという観点より、下記一般式(10)で示され、融点が25℃以下であるイオン液体を好適に用いることができる。
【化3】
(上記一般式(10)中、R〜Rは互いに同一もしくは異種の炭素数1〜5のアルキル基、またはR−O−(CH−で表されるアルコキシアルキル基(Rはメチル基またはエチル基を示し、nは1〜4の整数である。)を示し、これらR、R、RおよびRは、2つ以上が連結して環状構造を形成していてもよい。ただし、R〜Rの内少なくとも1つは上記アルコキシアルキル基である。Xは窒素原子またはリン原子を示し、Yは一価のアニオンを示す。〕
【0024】
炭素数1〜5のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、2−プロピル基、ブチル基、ペンチル基等が挙げられる。R−O−(CH−で表されるアルコキシアルキル基としては、メトキシまたはエトキシメチル基、メトキシまたはエトキシエチル基、メトキシまたはエトキシプロピル基、メトキシまたはエトキシブチル基等が挙げられる。
【0025】
また、R、R、RおよびRのいずれか2個の基が環状構造を形成している化合物としては、Xに窒素原子を採用した場合には、アジリジン環、アゼチジン環、ピロリジン環、ピペリジン環等を有する4級アンモニウム塩、一方、Xにリン原子を採用した場合には、ペンタメチレンホスフィン(ホスホリナン)環等を有する4級ホスホニウム塩等が挙げられる。
【0026】
特に、置換基として、上記Rがメチル基であり、nが2のメトキシエチル基を少なくとも1つ有する4級アンモニウム塩が好適である。
また、置換基として、メチル基、2つのエチル基、およびアルコキシエチル基を有する下記一般式(11)で示される4級塩を好適に用いることができ、なかでも、下記式(12)〜(20)で表される化合物を特に好適に用いることができる。
【化4】
(上記一般式(11)中、Rはメチル基またはエチル基を示し、Xは窒素原子またはリン原子を示し、Yは一価のアニオンを示す。)
【化5】
【0027】
なお、ダブルネットワークゲルに含有させる分散媒として、イオン液体を用いる場合には、イオン液体に加えて、イオン液体と相溶性を有する別の分散媒、たとえば、プロピレンカーボネート、アセトニトリル、水、テトラヒドロフランなどを併用してもよい。
【0028】
<表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物>
表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物としては、固体状であり、その表面に、ラジカル活性種と反応可能な置換基を有するものであればよいが、本発明においては、ラジカル活性種と反応可能な置換基が、ケイ素−酸素結合を介して、固体物を構成する元素と化学結合することにより導入されたものであることが好ましい。
【0029】
固体物としては、特に限定されないが、その表面において、ケイ素−酸素結合を形成する酸素原子と結合可能なものであればよいが、たとえば、ガラスや、酸化亜鉛などの金属酸化物、さらには表面に酸化被膜が形成可能な各種金属などが挙げられる。
【0030】
また、固体物の表面に、ラジカル活性種と反応可能な置換基を導入するための化合物としては、特に限定されないが、たとえば、固体物の表面に、ラジカル活性種と反応可能な置換基およびアルコキシシリル基を含有する化合物を反応させる方法が好適である。
【0031】
ラジカル活性種と反応可能な置換基およびアルコキシシリル基を含有する化合物としては、特に限定されないが、N,N−ビス(3−(トリメトキシシリル)プロピル)メタクリルアミド、N,N−ビス(3−(トリメトキシシリル)プロピル)アクリルアミド、N,N−ビス((メチルジメトキシシリル)プロピル)メタクリルアミドなどの不飽和結合を有するアルコキシシリル基含有アミド化合物;メタクリル酸3−(トリメトキシシリル)プロピル、メタクリル酸3−(トリエトキシシリル)プロピル、メタクリル酸3−[トリ(メトキシエトキシ)シリル]プロピル、メタクリル酸3−(メチルジメトキシシリル)プロピル、メタクリル酸3−(メチルジエトキシシリル)プロピルなどのアルコキシシリル基含有アクリレート化合物;などが挙げられる。
【0032】
固体物の表面に、ラジカル活性種と反応可能な置換基およびアルコキシシリル基を含有する化合物を反応させる方法としては特に限定されないが、固体物に対して、表面を親水化するための処理を施し、親水化処理を施した固体物を、ラジカル活性種と反応可能な置換基およびアルコキシシリル基を含有する化合物を含有する溶液に浸漬させることにより、これらを反応させる方法などが挙げられる。親水化処理の方法としては、特に限定されないが、プラズマエッチング処理による方法などが挙げられる。
【0033】
また、この際の反応温度は、特に限定されないが、好ましくは20〜50℃であり、反応時間は6〜48時間である。
【0034】
<ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の製造方法>
本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体は、上述した表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、上述した2種類以上のポリマーネットワークが相互侵入網目構造を形成してなるダブルネットワークゲルを接着させてなるものであればよく、特に限定されないが、たとえば、次の方法により製造することができる。
【0035】
すなわち、たとえば、ダブルネットワークゲルを構成するポリマーネットワークが2種類である場合を例示すると、まず、2種類のポリマーネットワークのうち、1種類のポリマーネットワーク(以下、「第1ポリマーネットワーク」とする。)からなるゲル(以下、「第1ポリマーネットワークゲル」とする。)を調製する。第1ポリマーネットワークゲルを製造する方法としては特に限定されないが、第1ポリマーネットワークゲルを形成するためのモノマー、架橋剤、および溶媒を含有する溶液を調製し、この溶液について重合および架橋を行うことにより調製することができる。
【0036】
なお、架橋剤としては、特に限定されず、架橋構造を形成可能なものであればよいが、たとえば、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジビニルベンゼンおよびメチレンビスアクリルアミドなどが挙げられる。また、溶媒としては、特に限定されず、第1ポリマーネットワークおよびこれを形成するためのモノマーに対して親和性を有するものを制限なく用いることができるが、通常は、ダブルネットワークゲル中に最終的に残存させる、分散媒を、溶媒として用いることが好ましい。
【0037】
次いで、上記により得られた第1ポリマーネットワークゲル中に、2種類のポリマーネットワークのうち、残りのポリマーネットワーク(以下、「第2ポリマーネットワーク」とする。)を形成するためのモノマー、架橋剤、および溶媒を含有する溶液を、第1ポリマーネットワークゲル中に含浸させ、これにより、モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを調製する。
【0038】
なお、第2ポリマーネットワークを形成するためのモノマー、架橋剤、および溶媒を含有する溶液を、第1ポリマーネットワークゲル中に含浸させる方法としては、特に限定されないが、たとえば、該溶液中に、第1ポリマーネットワークゲルを浸漬させる方法などが挙げられる。また、架橋剤、および溶媒としては、上述したものを同様に用いることができる。
【0039】
次いで、上記により得られたモノマー含有第1ポリマーネットワークゲルを、表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に接触させ、これらを接触させた状態にて、反応させる。そして、これにより、モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルに含まれる、第2ポリマーネットワーク形成用のモノマーによる第2ポリマーネットワークの形成、および、第2ポリマーネットワーク形成用のモノマーと、ラジカル活性種と反応可能な置換基との反応を同時に進行させることで、本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができる。
【0040】
なお、上記例において、たとえば、ダブルネットワークゲルを、上述したポリマーネットワーク(A)、ポリマーネットワーク(B)および極性化合物からなる分散媒を含有するものとする場合には、ポリマーネットワーク(A)からなる第1ポリマーネットワークゲルを得て、次いで、ポリマーネットワーク(B)を形成するためのモノマーを、これに含浸させ、次いで、表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に接触させた状態にて反応させることにより、第2ポリマーネットワークの形成、および、ラジカル活性種と反応可能な置換基との反応を同時に進行させることで、本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができる。
【0041】
あるいは、上記例において、たとえば、ダブルネットワークゲルを、上述したポリマーネットワーク(C)、ポリマーネットワーク(D)およびイオン性液体からなる分散媒を含有するものとする場合には、ポリマーネットワーク(D)からなる第1ポリマーネットワークゲルを得て、次いで、ポリマーネットワーク(C)を形成するためのモノマーを、これに含浸させ、次いで、表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に接触させた状態にて反応させることにより、第2ポリマーネットワークの形成、および、ラジカル活性種と反応可能な置換基との反応を同時に進行させることで、本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができる。
【0042】
なお、上記例においては、ダブルネットワークゲルを形成するためのポリマーネットワークを2種類とした場合を例示したが、ダブルネットワークゲルを、3種類以上のポリマーネットワークにより形成する場合も、同様とすることができる。すなわち、たとえば、ダブルネットワークゲルを、N種類(N≧3)のポリマーネットワークにより形成する場合を例示すると、まず、N−1種類のポリマーネットワークを形成した後、残りのポリマーネットワークを形成するためのモノマーを含浸させ、次いで、表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に接触させた状態にて反応させることにより、本発明のダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができる。
【0043】
本発明によれば、上記のように、まず、第1ポリマーネットワークゲルを得て、次いで、第2ポリマーネットワークを形成するためのモノマーを、これに含浸させて、モノマー含有第1ポリマーネットワークゲルとし、得られたモノマー含有第1ポリマーネットワークゲルの状態にて、表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に対して接着させるための反応と、第2ポリマーネットワークの形成を同時に行うものであるため、製造工程における、膨潤や収縮などによる形状変化を有効に防止しながら、ダブルネットワーク構造を有する高強度なゲルを、固体物表面に良好に接着させることができ、これにより、低摩擦摺動であり、機械強度および耐環境性に優れたダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を提供することができるものである。
【0044】
一方で、たとえば、第1ポリマーネットワークゲルを形成する際に、第1ポリマーネットワークゲルの形成と同時に、固体物への接着を行い、次いで、第2ポリマーネットワークを形成するためのモノマーの含浸、架橋を行うという方法を採用した場合には、次のような不具合が発生していた。すなわち、第2ポリマーネットワークを形成するためのモノマーの含浸させた際に、膨潤による形状変化や、第2ポリマーネットワークを形成するためのモノマーを反応させた場合に、収縮による形状変化がおこってしまい、得られるダブルネットワークゲルと、固体物との間の接着状態が維持できず、そのため、良好なダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができないという不具合がった。
【0045】
これに対し、本発明によれば、上記不具合を良好に解決することができ、これにより、低摩擦摺動であり、機械強度および耐環境性に優れたダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体の提供を可能とするものである。
【実施例】
【0046】
以下に、実施例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0047】
[実施例1]
アクリルアミド型固定化開始剤(N−(3−(トリメトキシシリル)プロピル)アクリルアミド)を用いた、ガラス板表面への水溶媒系ダブルネットワークゲルの固定化
2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸2.1g、メチレンビスアクリルアミド60mg、αケトグルタル酸1.5mgを純水8gに溶解した。この溶液をアルゴンガスで5分間のバブリング後、厚さ1mmのスペーサーを介した2枚のガラス板の間に注入し、17時間の紫外線照射を行うことで溶液をゲル化することで、第1ポリマーネットワークゲルを得た。そして、得られた第1ポリマーネットワークゲルをガラス板の間から取り出し、過剰量の純水中に2日浸漬することで第1ポリマーネットワークゲルの洗浄を行った。続いて、ジメチルアクリルアミド2.0g、メチレンビスアクリルアミド3mg、αケトグルタル酸3mgを純水8gに溶解したものをアルゴンガスで5分間バブリングした溶液に、洗浄を行った第1ポリマーネットワークゲルを1日浸漬することで、内部が重合溶液で満たされた第1ポリマーネットワークゲルを調製した。
【0048】
上記とは別に、厚さ1mmのガラス板を準備し、これをスキャット溶液に浸漬し、15分間の超音波処理を行った後、純水で洗浄した。次に、N−(3−(トリメトキシシリル)プロピル)アクリルアミド0.5gと28%アンモニア水5.0g、純水5.0g、をエタノール50mLに溶解させることで、処理用溶液を得た。そして、洗浄後のガラス板に対し、ソフトプラズマエッチング処理を施すことで、表面を親水化させ、これを、上記にて得られた処理用溶液に浸漬させ、室温にて12時間静置することでアクリルアミド基固定化ガラス板(表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物)を得た。
【0049】
次いで、上記にて得られた、内部が重合溶液で満たされた第1ポリマーネットワークゲルを、アクリルアミド基固定化ガラス板と未処理のガラス板で挟み、次いで、クリップで圧着し、圧着下状態にて17時間の紫外線照射を行った。そして、これにより、ゲル内にて、ジメチルアクリルアミドの重合が進行し、ダブルネットワークゲルが形成され、これと同時に、ガラス板表面に固定化されたアクリルアミド基と、ゲル中のジメチルアクリルアミドが共重合することにより、ダブルネットワークゲルとガラス板が化学結合により強固に固定化された、ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができた。実施例1において得られたダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体は、ダブルネットワークゲルの有する特性、すなわち、低摩擦摺動であり、機械強度および耐環境性に優れているという特性を良好に備えたものであった。
【0050】
[実施例2]
メタクリレート型固定化開始剤(メタクリル酸3−(トリエトキシシリル)プロピル)を用いた、ガラス板表面へのイオン液体溶媒系ダブルネットワークゲルの固定化
メタクリル酸メチル2.0g、トリエチレングリコールジメタクリレート100mg、ベンゾフェノン10mgをプロピレンカーボネート8gに溶解した。この溶液をアルゴンガスで5分間のバブリング後、厚さ1mmのスペーサーを介した2枚のガラス板の間に注入し、17時間の紫外線照射を行うことで溶液をゲル化することで、第1ポリマーネットワークゲルを得た。そして、得られた第1ポリマーネットワークゲルをガラス板の間から取り出し、過剰量のアセトニトリル中に2日浸漬することで第1ポリマーネットワークゲルの洗浄を行った。続いて、N,N−ジエチル−N−(2−メタクリロイルエチル)−N−メチルアンモニウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(DEMM−TFSI)5.0g、トリエチレングリコールジメタクリレート5mg、および、IRGACURE 369(BASF社製)5mgをN,N−ジエチル−N−(2−メトキシエチル)−N−メチルアンモニウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド5.0gに溶解したものをアルゴンガスで5分間バブリングした溶液に、洗浄を行った第1ポリマーネットワークゲルを1日浸漬することで、内部が重合溶液で満たされた第1ポリマーネットワークゲルを調製した。
【0051】
上記とは別に、厚さ1mmのガラス板を準備し、これをスキャット溶液に浸漬し、15分間の超音波処理を行った後、純水で洗浄した。次に、メタクリル酸3−(トリエトキシシリル)プロピル1.0gと28%アンモニア水5.0g、純水5.0g、をエタノール50mLに溶解させることで、処理用溶液を得た。そして、洗浄後のガラス板に対し、ソフトプラズマエッチング処理を施すことで、表面を親水化させ、これを、上記にて得られた処理用溶液に浸漬させ、室温にて12時間静置することでメタクリレート基固定化ガラス板(表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物)を得た。
【0052】
次いで、上記にて得られた、内部が重合溶液で満たされた第1ポリマーネットワークゲルを、メタクリレート基固定化ガラス板と未処理のガラス板で挟み、次いで、クリップで圧着し、圧着下状態にて17時間の紫外線照射を行った。そして、これにより、ゲル内にて、DEMM−TFSIの重合が進行し、ダブルネットワークゲルが形成され、これと同時に、ガラス板表面に固定化されたアクリルアミド基と、ゲル中のDEMM−TFSIが共重合することにより、ダブルネットワークゲルとガラス板が化学結合により強固に固定化された、ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を得ることができた。実施例1において得られたダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体は、ダブルネットワークゲルの有する特性、すなわち、低摩擦摺動であり、機械強度および耐環境性に優れているという特性を良好に備えたものであった。
【要約】
【課題】低摩擦摺動であり、機械強度および耐環境性に優れたダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を提供すること。
【解決手段】表面上にラジカル活性種と反応可能な置換基を有する固体物に、2種類以上のポリマーネットワークが相互侵入網目構造を形成してなるダブルネットワークゲルを接着させてなることを特徴とする、ダブルネットワークゲル−固体物ハイブリッド構造体を提供する。
【選択図】なし