(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5893066
(24)【登録日】2016年3月4日
(45)【発行日】2016年3月23日
(54)【発明の名称】ステンレス鋼用中性電解液及び電解方法
(51)【国際特許分類】
C25F 1/00 20060101AFI20160310BHJP
【FI】
C25F1/00 B
【請求項の数】8
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-59144(P2014-59144)
(22)【出願日】2014年3月20日
(65)【公開番号】特開2015-183210(P2015-183210A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2015年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】501011886
【氏名又は名称】株式会社タセト
(74)【代理人】
【識別番号】100090158
【弁理士】
【氏名又は名称】藤巻 正憲
(72)【発明者】
【氏名】野川 真輝
(72)【発明者】
【氏名】山村 亮平
【審査官】
瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−043596(JP,A)
【文献】
特開2012−241227(JP,A)
【文献】
特開2003−027296(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25F 1/00
C23G 1/24
C23G 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸又はリン酸のナトリウム塩、カリウム塩、及びアンモニウム塩からなる群から選択された1種又は2種以上を電解液全体の0.05質量%以上含む塩からなる基材と、
0.01質量%以上のフッ化セシウムとを含有し、
残部が水及び不純物であることを特徴とするステンレス鋼用中性電解液。
【請求項2】
ナトリウム、カリウム、及びマグネシウムからなる群から選択された1種又は2種以上を陽イオンとする珪フッ化物を、電解液全体の0.01質量%以上含有することを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼用中性電解液。
【請求項3】
前記0.01質量%以上のフッ化セシウムの代わりに、セシウムイオンが前記0.01質量%以上のフッ化セシウムと当量のセシウムの有機酸塩又は無機酸塩を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のステンレス鋼用中性電解液。
【請求項4】
多価アルコールを電解液全体の1質量%以上含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液。
【請求項5】
ステンレス鋼を直流の陽極又は交流の一の極に接続して、電解処理する際に使用されるものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液。
【請求項6】
ステンレス鋼を直流に交流を重ねた交直重畳電流の陽極側に接続して、電解処理する際に使用されるものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液。
【請求項7】
ステンレス鋼を直流の陽極又は交流の一の極に接続し、前記請求項1乃至4のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液を使用して、電解処理することを特徴とする電解方法。
【請求項8】
ステンレス鋼を直流に交流を重ねた交直重畳電流の陽極側に接続し、前記請求項1乃至4のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液を使用して、電解処理することを特徴とする電解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼の表面を電気分解によって処理する際に使用するステンレス鋼用中性電解液及びそれを使用した電解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼を溶接する際、溶接部とその溶接部周辺の熱影響部に、酸化スケール及び汚れを含む溶接焼けが発生する。この溶接焼けを除去するため、物理的処理により、例えばサンダー等を用いてステンレス鋼の表面を処理すると、ステンレス鋼の腐食を防止する不動態皮膜を、溶接焼けと共に除去してしまい、ステンレス鋼の耐食性を低下させてしまう。一方、例えばフッ化物系の強酸又は王水等を用いて、化学的処理によりステンレス鋼の表面を処理する場合は、不動態皮膜は除去されないため、ステンレス鋼表面の耐食性を維持することはできるが、酸化スケール及び汚れを完全に除去することはできず、これらがステンレス鋼表面に残存してしまう。
【0003】
これに対し、電解処理によりステンレス鋼の表面を処理する場合は、溶接焼けの除去性が良好であり、また既存の不動態皮膜に加え、電解処理により更に不動態皮膜が形成され、ステンレス鋼表面の耐食性を向上させることができる。また、電解処理によりステンレス鋼の表面を処理すると、ステンレス鋼表面に存在するミクロの凹凸を平滑化させることができるため、処理後のステンレス鋼表面を鏡面に近い状態にすることができる。このような点から、ステンレス鋼に生じた溶接焼けを除去する方法としては、物理的処理及び化学的処理よりも、電気分解を利用した電解処理が有効である。
【0004】
ステンレス鋼の溶接焼けを電解処理により除去する方法の原理は、直流電流用の電源装置を使用する場合、陽極としてのステンレス鋼母材を電源装置の正極に接続し、陰極を電源装置の負極に接続し、電解液を介在させて両極間に直流電流を流すことにより、陽極から溶接焼けを溶出することによって、溶接焼けを除去するというものである。その際、この陰極部分に、電解液の保持性が良好な布又はフェルト等を取付け、この布又はフェルト等に電解液を含浸させた状態で、これを陽極であるステンレス鋼母材に押し当てることにより、電解液が電気分解における電解質系となる。そして、陽極で溶解が起こり、陽極であるステンレス鋼母材表面から溶接焼け等の金属酸化物が溶出することにより、溶接焼け等が除去される。電解処理に適用される電流の方式は、前述の直流方式の他に、陽極と陰極とが周期的に入れ替わる交流方式又は直流電流に交流電流を周期的に混在させる交直重畳法式等がある。これらの電流方式は、ステンレス鋼の表面処理の用途、電解処理液の仕様、表面処理を行う母材の材質又は母材の表面処理加工の種類によって、最適な方式が選択される。
【0005】
この電解処理に使用する電解液には、大きく分けて酸性電解液と中性電解液(pHの値が7近辺)がある。従前は、酸性電解液のみが存在していたが、この酸性電解液は、作業現場の環境を悪化させる要因となるため、近年、作業環境の向上を目的として、中性電解液が開発された。この中性電解液を使用した従来技術として、特許文献1には、燐酸、硫酸又はシュウ酸の塩を含有した中性電解液を用いて、ステンレス鋼の溶接時に発生するスケールを、交流方式で電解処理して除去する方法が開示されている。この従来技術は、燐酸塩、硫酸塩又はシュウ酸塩を含有する電解液中に交流を流すことにより、電解液中の陽イオン及び陰イオンが励起(活性化)し、温度上昇を伴い、電極に接触したステンレス鋼の表面に、発生期状態の水素及び酸素が生じ、これらが、スケールを除去した後の表面を保護し、スケール発生箇所の下地を溶解せず、スケール発生箇所とスケール未発生箇所との輝度ムラを解消しようとしたものである。この中性電解液が開発された後、作業環境性が悪い酸性電解液の使用を回避し、従来一般的に使用されてきた酸性電解液から、中性電解液に切り替えることにより、作業環境を向上させようとする試みが急増している。しかしながら、中性電解液は、酸性電解液よりも、ステンレス鋼表面から溶接焼けを除去する処理速度が遅く、また中性電解液を使用した際のステンレス鋼表面は、酸性電解液を用いた場合よりも、その鏡面性が悪い。このような技術的な面から、作業現場において中性電解液が酸性電解液に完全に取って代わることは、現状では容易ではないと考えられる。
【0006】
また、特許文献2に開示された技術においては、ステンレス鋼の表面の不動態被膜を破壊することなく、交流電源を使用した電解を可能とするために、ステンレス鋼に対して非酸化性に作用する酸のナトリウム塩等を基材とし、これに、フッ化水素酸又はフッ化水素酸のナトリウム塩等を配合した水溶液を電解液としている。しかし、この特許文献2に記載された電解液においても、電解処理により、ステンレス鋼表面の溶接焼けを除去しようとしても、処理後のステンレス鋼の表面の鏡面性が劣化してしまうという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−54200号公報
【特許文献2】特開2003−27296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のごとく、従来、中性電解液を用いて、ステンレス鋼表面を電解処理する際、耐食性が良好な不動態皮膜を安定して得ようとすると、特殊な電解装置が必要である。又は、中性電解液の組成により、耐食性を向上させようとすると、使用可能な電流の種類(直流又は交流)を限定されてしまう。更に、従来の中性電解液は、電解処理後のステンレス鋼の表面の鏡面性の改善は不十分であり、輝度ムラの解消には至っていないという問題点がある。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、ステンレス鋼表面の溶接焼けを除去する際に、特殊な装置を使用したり、特殊な処理方法を実施しなくても、また、直流若しくは交流又は直流に交流を重ねた交直重畳電流などの電解処理時の電流の種類の如何に拘わらず、耐食性が良好な不動態皮膜を安定して得ることができ、処理後のステンレス鋼の鏡面性が優れており、輝度ムラが解消された表面を得ることができるステンレス鋼用中性電解液及び電解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るステンレス鋼用中性電解液は、
クエン酸又はリン酸のナトリウム塩、カリウム塩、及びアンモニウム塩からなる群から選択された1種又は2種以上を
電解液全体の0.05質量%以上含む
塩からなる基材と、
0.01質量%以上のフッ化セシウムとを含有し、
残部が水及び不純物であることを特徴とする。
【0011】
このステンレス鋼用中性電解液において、例えば、
ナトリウム、カリウム、及びマグネシウムからなる群から選択された1種又は2種以上を陽イオンとする珪フッ化物を、
電解液全体の0.01質量%以上含有することができる。
【0012】
また、本発明のステンレス鋼用中性電解液においては、
前記0.01質量%以上のフッ化セシウムの代わりに、セシウムイオンが前記0.01質量%以上のフッ化セシウムと当量のセシウムの有機酸塩又は無機酸塩を含有するように構成しても良い。これらの場合に、ステンレス鋼用中性電解液は、多価アルコールを
電解液全体の1質量%以上含有してもよい。
【0013】
更に、本発明のステンレス鋼用中性電解液は、例えば、
ステンレス鋼を直流の陽極又は交流の
一の極に接続して、電解処理する際に使用されるものである。
【0014】
又は、本発明のステンレス鋼用中性電解液は、例えば、
ステンレス鋼を直流に交流を重ねた交直重畳電流の陽極側に接続して、電解処理する際に使用されるものである。
【0015】
本発明に係る電解方法は、
ステンレス鋼を直流の陽極又は交流の
一の極に接続し、前記請求項1乃至5のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液を使用して、電解処理することを特徴とする。
【0016】
更に、本発明に係る他の電解方法は、
ステンレス鋼を直流に交流を重ねた交直重畳電流の陽極側に接続し、前記請求項1乃至5のいずれか1項に記載のステンレス鋼用中性電解液を使用して、電解処理することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、電解処理により、ステンレス鋼の表面から溶出されるクロムイオンを活性化し、ステンレス鋼の耐食性を高める不動態被膜をステンレス鋼の表面に形成することができる。このとき、ステンレス鋼表面の鏡面性も向上し、表面の輝度ムラを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】腐食試験によるステンレス鋼の表面性状の相違を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、具体的に説明する。本実施形態に係る電解液は、直流電流を使用したステンレス鋼表面の電解処理に用いるものであり、pHの値が6乃至8の中性水溶液である。そして、この電解液は、基材として、クエン酸又はリン酸のナトリウム塩、カリウム塩、又はアンモニウム塩を含有する。これらの塩は、その1種又は2種以上を含み、単独又は複合添加される。この基材の含有量は、電解液全体の0.05質量%以上である。なお、クエン酸又はリン酸の外に
、酒石酸、シュウ酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸、グルコン酸、グリコール酸、コハク酸等のステンレス鋼に対して非酸化性である酸も使用できるが、取扱性の上から、クエン酸又はリン酸が好ましい。基材の含有量は0.05質量%以上であるが、2以上の塩の複合添加の場合は、その全体の量が0.05質量%以上である。なお、各塩は、水に溶解した状態で存在する必要があり、従って、各塩の含有量は、その水に対する飽和濃度以下であることは当然である。
【0020】
電解液は、更に、その0.01質量%以上のフッ化セシウムを含有する。このフッ化セシウムに代えて、セシウムの有機酸塩又は無機酸塩も使用することができる。このフッ化セシウム又はセシウムの有機酸塩若しくは無機酸塩の含有量は、0.01質量%以上であるが、これらの物質も、電解液中に溶解している必要があるから、その含有量は、それらの水に対する飽和濃度以下であることは当然である。なお、セシウムの有機酸塩又は無機酸塩を使用する場合は、その含有量は、基材を含む水に、フッ化セシウムを0.01質量%添加した場合のセシウムのイオン濃度と、同一当量となるものである。即ち、セシウムの有機酸塩又は無機酸塩を水に溶解させた場合に、その含有量の下限値は、水にフッ化セシウムを溶解させた場合に得られるセシウムイオンの当量の下限値と、同一当量のイオン濃度が得られるものとする必要がある。
【0021】
更に、電解液中には、ナトリウム、カリウム又はマグネシウムを陽イオンとする珪フッ化物を、電解液の0.01質量%以上添加することができる。この珪フッ化物も、複数種類の陽イオンを含むように添加することができるが、その含有量は、全体で0.01質量%以上である。また、珪フッ化物も水に対する飽和濃度以下の割合で配合することは勿論である。
【0022】
残部は、水及び不純物である。このようにして、水を溶質とし、クエン酸又はリン酸のナトリウム塩、カリウム塩又はアンモニウム塩を基材として含有し、更に、フッ化セシウムの溶解により得られたセシウムイオンを含有する水溶液からなる電解液が得られる。セシウムイオンは、セシウムの有機酸塩又は無機酸塩から得ることもできる。更に、必要に応じて、電解液中には、ナトリウム、カリウム、又はマグネシウムを陽イオンとする珪フッ化物が添加される。
【0023】
この電解液は、直流電流、若しくは交流電流、又は直流に交流を重ねた交直重畳電流を使用する電解装置に使用される。この電解装置が直流電流を使用する場合は、ステンレス鋼が直流電源の陽極に接続される。また、交流電流を使用する場合は、ステンレス鋼はその一極に接続される。更に、直流に交流を重ねた交直重畳電流を使用する場合は、ステンレス鋼は、その電源の陽極に接続される。このように電源にステンレス鋼を接続し、何らかの方法で電解液をステンレス鋼に接触させ、ステンレス鋼の表面を電解処理する。これにより、ステンレス鋼表面の溶接焼けが除去される。また、ステンレス鋼の表面に不働態被膜が形成され、ステンレス鋼の耐食性が向上する。なお、本発明においては
、耐食性が良好なステンレス鋼が得られるが、この「優れた耐食性」とは、JIS G 0578「ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験方法」において、孔食が確認されない程度の状態をいう。この孔食の評価については、JIS G 0578本文に、「孔食の評価については、当事者間の協定による。」と記載されている。
【0024】
次に、上述の如く構成された本実施形態の動作について説明する。本実施形態において、ステンレス鋼を電解処理すると、ステンレス鋼の表面からクロムがイオン化する。この場合に、本実施例の電解液には、セシウムイオンが含有されているので、クロムイオンが活性化し、セシウムイオンによりクロムイオンの活性化が促進される。そして、クロムイオンの活性化により、ステンレス鋼の表面層に存在する不動態皮膜の形成が促進され、結果的に、ステンレス鋼表面に良好な不動態皮膜が完成し、それ自体の耐食性が向上する。
【0025】
クロムイオンの活性化の要因としては、セシウムイオンのイオン化傾向が極めて大きいことがあげられる。セシウムは、ナトリウム及びカリウム等より、原子半径が大きいため、セシウム塩は、陰イオンと陽イオンのイオン間距離が離れており、イオン間結合力が小さい。よって、セシウム塩を水溶液中に添加することにより、セシウム塩は容易に電離するため、電子の授受を行なう電解液の系においては、理想的な挙動を示す。セシウム化合物は、反応性の高さ故、系全体の反応性を向上させるという特性があり、有機化合物を重合する際の触媒として使用されている。本発明においては、セシウム化合物による「系全体の反応性を向上させる」という特性を、電解液に新たに適用することによって、電解処理によりステンレス鋼表面から溶出されるクロムイオンを活性化し、耐食性向上に起因するステンレス鋼表面上の不動態皮膜の形成を促進する。
【0026】
また、クエン酸又はリン酸のナトリウム塩、カリウム塩又はアンモニア塩を基材とし、これに、ナトリウム、カリウム又はマグネシウムを陽イオンとした珪フッ化物を配合した電解液においては、珪フッ化イオンが、ステンレス鋼表面に不動態皮膜が形成される過程で、所謂バインダーのような働きをして、より耐食性が向上した不動態皮膜の形成を助長する。この珪フッ化イオンは、そのイオン化傾向が高いために、クロムメッキ等において、特殊鋼に対する表面処理に使用されている。本発明においては、これらの技術を中性電解液に適用したものである。この珪フッ化イオンによる効果は、直流電流、交流電流、又は直流に交流を重ねた交直重畳電流等の電流の種類によらず発揮され、電流の種類に拘わらず、電解処理を行うだけで、ステンレス鋼表面上に強固且つ良好な不動態皮膜を形成させ、ステンレス鋼の表面の耐食性を向上させる。
【0027】
また、本発明においては、電解液に、多価アルコールを1質量%以上含有させることができる。これにより、電解液の粘性が増加し、電解処理する対象の鋼板が水平方向に対して傾斜している場合にも、電解液が鋼板表面から垂れ難く、電解処理の作業性が向上する。多価アルコールとは、その分子内に水酸基を2個以上持つアルコール類である。代表的な多価アルコールとしては、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール等がある。なお、電解液に、多価アルコールを1質量%以上含有させても、腐食量(mg/cm
2)には影響がなく、多価アルコールの含有により、電解処理時の作業性の向上効果が得られる。
【実施例】
【0028】
次に、本発明の実施例及び比較例について説明し、本発明の効果について説明する。溶接を施したSUS304(2B材)を試験片として、電圧が15Vで一定の直流電源の+極を、前記SUS304試験片に接続した。また、前記直流電源の−極を、布に覆われた電極板に接続した。そして、この−極に接続された電極板を覆った布に、比較例及び実施例により調製した電解液を十分に染み込ませた後、この−極の電極板を、前記SUS304試験片の溶接ビードに、一定面積(100cm
2、5cm×10cmの試験片の両面)を対象に押し当て、この状態で+極と−極との間に直流電流を流しながら3分間継続して押し当てることにより、電解処理を行った。電解処理を行った後、電解処理したSUS304試験片を用いて、ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験(JIS G 0578)を行った。なお、比較例及び実施例におけるアルカリ金属塩の含有量を、調整した電解液のpH値が6及至8となるように決定した。
【0029】
比較例1とは、溶接を施したSUS304(2B材)試験片に表面処理を施していない状態である。比較例2は、水を95質量%、クエン酸塩であるクエン酸三ナトリウムを5質量%に調製した電解液を作製し、その電解液を用いて、電解処理を行ったものである。比較例1及び2のSUS304試験片を使用して、ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験(JIS G 0578)を行った。その結果を下記表1に示す。表1は、電解液の組成と腐食量の試験結果を示す。
【0030】
次に、実施例として、クエン酸塩であるクエン酸三ナトリウムに、フッ化セシウム、又はセシウムの有機酸塩若しくは無機酸塩を添加し、更に、一部は、ナトリウム、カリウム、マグネシウム等を陽イオンとした珪フッ化物を添加して、電解液を作成した。実施例1として、水を94.7質量%、クエン酸塩であるクエン酸三ナトリウムを5質量%、セシウムの無機酸塩でもあるフッ化セシウムを0.3質量%に調整した電解液を作製した。また、実施例2として水を94.7質量%、クエン酸三ナトリウムを5質量%、珪フッ化物として珪フッ化カリウムを0.3質量%に調整した電解液を作製した。この実施例1乃至2の電解液を用いて、電解処理を行った後、電解処理したSUS304試験片を用いて、ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験(JIS G 0578)を行った。その結果を、下記表1に合わせて示す。なお、
図1は、実施例1,2及び比較例1,2の腐食試験の前後における表面状態を示す。
【0031】
【表1】
【0032】
この表1に示すように、溶接のままの比較例1は、多数の孔食発生が確認され、腐食量も65〜70(mg/cm
2)と極めて多いものであった。比較例2、3は電解処理を行うことにより、陽極であるステンレス鋼母材表面から溶接焼け等の金属酸化物が溶出し、溶出されたクロムイオンによってステンレス鋼表面に不動態皮膜が形成されるため、未処理の場合に比べて、腐食量が35〜40(mg/cm
2)と低い。しかし、この比較例2、3は、電解液の組成が本発明の範囲から外れるため、熱影響部に孔食発生が確認された。
【0033】
一方、実施例1〜6は、電解液の組成が本発明の範囲に入るため、いずれも、試験片表面にはほとんど孔食は認められなかった。また、腐食量も、実施例1〜6は10〜15(mg/cm
2)と、比較例1〜3の腐食量と比較して、極めて小さかった。いずれも比較例1及び比較例2と比較すると、セシウムの無機酸塩であるフッ化セシウム又はフッ化セシウム及び珪フッ化物である珪フッ化カリウムを添加することにより、電解処理後、処理されたステンレス鋼表面には、より耐食性が向上した不動態皮膜が形成され、腐食を抑制できることが確認された。また、実施例4〜6は、実施例1〜3と比較すると、焼け取りの仕上り具合に関して、より光沢があることが確認できた。つまり、実施例4〜6は、セシウムの無機酸塩であるフッ化セシウム又はフッ化セシウム及び珪フッ化物である珪フッ化カリウムを添加することにより、耐食性は同等であるが、仕上がり具合(光沢)が向上した。