特許第5893402号(P5893402)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 麒麟麦酒株式会社の特許一覧

特許5893402自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法
<>
  • 特許5893402-自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法 図000009
  • 特許5893402-自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法 図000010
  • 特許5893402-自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法 図000011
  • 特許5893402-自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法 図000012
  • 特許5893402-自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法 図000013
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5893402
(24)【登録日】2016年3月4日
(45)【発行日】2016年3月23日
(54)【発明の名称】自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、それを含んでなる飲料およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12C 5/02 20060101AFI20160310BHJP
   C12G 3/02 20060101ALI20160310BHJP
   A23L 2/00 20060101ALI20160310BHJP
【FI】
   C12C5/02
   C12G3/02
   A23L2/00 T
【請求項の数】12
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2011-289586(P2011-289586)
(22)【出願日】2011年12月28日
(65)【公開番号】特開2013-138619(P2013-138619A)
(43)【公開日】2013年7月18日
【審査請求日】2014年12月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】307027577
【氏名又は名称】麒麟麦酒株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(72)【発明者】
【氏名】村 上 敦 司
(72)【発明者】
【氏名】古 川 淳 一
(72)【発明者】
【氏名】川 崎 由美子
(72)【発明者】
【氏名】太 田 麗 子
【審査官】 渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−244719(JP,A)
【文献】 特開2010−063431(JP,A)
【文献】 特開2006−325561(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0220935(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12C 1/00−13/10
A23L 2/00
C11B 9/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シス−リナロールオキシド(cis-linalool oxide)、トランス−リナロールオキシド(trans-linalool oxide)、α−テルピネオール(alpha-terpineol)、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分と、
エチルカプレート(ethyl caprate)、およびホップ成分EからなるG2群の成分と
を含んでなる、自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤であって、
ホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて得られる、香気付与剤:
[ここで、
前記のホップ成分A、B、C、DおよびEは、下記分析条件にてガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)により測定した場合に、内部標準物質ボルネオールのリテンションタイムに対してそれぞれ下記のリテンションタイムの出現時間差(分)を有し、かつ、そのリテンションタイムで検出されるm/z値に対するレスポンス量を示すスペクトルデータにおいて、m/z値が50以上であってレスポンス量が多い順から選択した15のピーク中に、少なくとも下記に示したm/z値のピークが含まれるものである:
【表1】
[GC/MS分析条件]
キャピラリーカラム: PEGカラム(長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
オーブン温度: 40℃,0.3分−3℃/分→240℃,20分
キャリアガス: He、10psi 送気
トランスファーライン温度: 240℃
MSイオンソース温度: 230℃
MSQポール温度: 150℃
フロント注入口温度: 200℃ ]。
【請求項2】
請求項に記載の香気付与剤を含んでなる、自然なフローラル様ホップ香が付与された飲料。
【請求項3】
請求項に記載の香気付与剤を含んでなる、自然なフローラル様ホップ香が付与されたビールテイスト飲料であって、
飲料をC18固相カラムで抽出し、下記分析条件にてガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)により測定した場合に、試料中25ppbになるように添加した内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zに対する定量イオンのレスポンス比率(%)として特定される成分濃度が、下記の条件を満たすものである、ビールテイスト飲料。
【表2】
[GC/MS分析条件 ]
キャピラリーカラム: PEGカラム(長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
オーブン温度: 40℃,0.3分−3℃/分→240℃,20分
キャリアガス: He、10psi 送気
トランスファーライン温度: 240℃
MSイオンソース温度: 230℃
MSQポール温度: 150℃
フロント注入口温度: 200℃
モニタリングイオン: m/z=69、86、96、101、110、111、138、179
定量に用いたイオン:
ボルネオール(内部標準) m/z=110 ]。
【請求項4】
麦芽飲料である、請求項またはに記載の飲料。
【請求項5】
発酵飲料である、請求項2〜4のいずれか一項に記載の飲料。
【請求項6】
非発酵飲料である、請求項2〜4のいずれか一項に記載の飲料。
【請求項7】
請求項に記載の香気付与剤と、ホップ由来成分を含まない飲料の前液とを含んでなる、請求項2〜6のいずれか一項に記載の飲料。
【請求項8】
ホップ由来成分を含まない飲料の前液が、ホップを添加しない発酵前液を発酵させることにより得られたものである、請求項に記載の飲料。
【請求項9】
請求項に記載の香気付与剤と、ホップ由来成分を含む飲料の前液とを含んでなる、請求項2〜6のいずれか一項に記載の飲料。
【請求項10】
ホップ由来成分を含む飲料の前液が、ホップを添加した発酵前液を発酵させることにより得られたものである、請求項に記載の飲料。
【請求項11】
ホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて請求項に記載の香気付与剤を得、
飲料の前液に、得られた香気付与剤を添加することを含む、請求項2〜10のいずれか一項に記載の自然なフローラル様ホップ香が付与された飲料の製造方法。
【請求項12】
飲料の前液が、ホップ由来成分を含まないものである、請求項11に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、自然なフローラル様ホップ香が付与された飲料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料に付与される香りは飲料製品のキャラクター形成に多大な影響を与えることが知られている。例えば、ホップはビールに爽快な苦味と香りを付与することが知られており、ホップに由来する香りはビール、発泡酒等のビールテイスト飲料のキャラクター形成に大きな影響を与えている。ホップの香気は、「フローラル様」、「フルーツ様」または「シトラス様」などと表現され、ホップ品種の選択と、醸造工程におけるホップの使用方法によって、様々な香りを表現することが出来、その香りの制御方法については、これまでに種々の報告がされている。
【0003】
ホップ精油抽出物などを用いて、様々な飲料にホップ香気を付与することが可能であり、市販のものも存在する。例えば、Hopsteiner社のHop oil type dryなどがそれにあたる。しかしながら、これは、ホップそのものに存在するホップ精油の加工品であるため、ビール飲料で感じる自然のホップ香とは官能上少なからず異なり、どちらかというとホップ自体の香りに近いものであった。より自然でビールに感じられるようなホップ香を付与する素材についての報告や市販品は、本発明者らの知る限り、これまで存在していない。
【0004】
一方で、ビールを飲んだときに感じる独特の「ふくみ香」や溜飲した後のアロマ香が近年着目され、その研究が行われている。ホップアロマ香を構成しているのがホップのルプリン粒に含まれるホップ精油である。ホップ精油について具体的な物質例を挙げると、リナロールはホップ精油に含まれる代表的なテルペン化合物であり、フローラル感を付与する物質である。その他にもモノテルペンであるミルセンやα−,β−ピネン、セスキテルペンにα−フムレンやβ−カリオフィレンなど、精油を構成する化合物は現在までに約300種以上が同定されている。
【0005】
このようにホップに由来する多様な香気成分の存在が知られているものの、飲料中の香気と化学成分に関する研究は限定的であった(非特許文献1〜5参照)。すなわち、具体的香気と化学成分との対応関係は明確でなく、特に細分化した香気特徴と関連する化学成分はほとんど知られていない。
【0006】
特表平11−506604号公報(WO96/39480、特許文献1)には、ホップからアルファ酸やホップ油を抽出した抽出残渣を、発酵して得られた水抽出物を、「ホップ香味を飲料に付与する薬剤」として使用することが開示されている。しかしながら、ここで使用されているのはホップ油の抽出残渣であってホップそのものではなく、また水抽出物中の香味に関連する化学成分については何ら検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表平11−506604号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】T. Kishimoto et al., J. Agric. Food Chem., 54, 8855-8861, 2006
【非特許文献2】G. T. Eyres et al., J. Agric. Food Chem., 55, 6252-6261, 2007
【非特許文献3】V. E. Peacock, et al., J. Agric. Food Chem., 28, 774-777, 1980
【非特許文献4】K. C. Lam et al., J. Agric. Food Chem, 34, 763-770, 1986
【非特許文献5】V. E. Peacock et al., J. Agric. Food Chem., 29, 1265-1269, 1981
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、自然なフローラル様ホップ香が付与されたビールテイスト飲料およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、単にホップそのものではなく、ホップ中の成分を酵母によって物質変換させたホップ由来成分を使用することで、飲料等に、より自然でフローラルなホップ香気を付与しうることを見出した。そして、得られたホップ由来成分において、自然なフローラル様ホップ香気に関係する成分を特定することに成功した。その過程で、ホップから溶液中に移行し、比較的安定して残存する物質群だけではなく、酵母による作用の結果、初めて確認される物質群、すなわち酵母による物質変換によって生じる物質群も、自然なフローラル様ホップ香気を示すためには、重要であることがわかった。これらの結果から、本発明者らは、飲料中の特定成分の含有量を所定の範囲に制御することにより、自然で良質なホップ香気、具体的には、自然なフローラル様のホップ香気が感じられるビールテイスト飲料を製造できることを見出した。
本発明はこれら知見に基づくものである。
【0011】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0012】
(1) シス−リナロールオキシド(cis-linalool oxide)、トランス−リナロールオキシド(trans-linalool oxide)、α−テルピネオール(alpha-terpineol)、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分と、
エチルカプレート(ethyl caprate)、およびホップ成分EからなるG2群の成分と
を含んでなる、自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤。
[ここで、
前記のホップ成分A、B、C、DおよびEは、下記分析条件にてガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)により測定した場合に、内部標準物質ボルネオールのリテンションタイムに対してそれぞれ後述する表1のリテンションタイムの出現時間差(分)を有し、かつ、そのリテンションタイムで検出されるm/z値に対するレスポンス量を示すスペクトルデータにおいて、m/z値が50以上であってレスポンス量が多い順から選択した15のピーク中に、少なくとも後述する表1に示したm/z値のピークが含まれるものである:
【0013】
[GC/MS分析条件]
キャピラリーカラム: HP-INNOWAX(長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
オーブン温度: 40℃,0.3分−3℃/分→240℃,20分
キャリアガス: He、10psi 送気
トランスファーライン温度: 240℃
MSイオンソース温度: 230℃
MSQポール温度: 150℃
フロント注入口温度: 200℃ ]。
【0014】
(2) ホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて得られる、前記(1)の香気付与剤。
(3) 前記(1)または(2)の香気付与剤を含んでなる、自然なフローラル様ホップ香が付与された飲料。
(4) 前記(1)または(2)の香気付与剤を含んでなる、自然なフローラル様ホップ香が付与されたビールテイスト飲料であって、
飲料をC18固相カラムで抽出し、下記分析条件にてガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)により測定した場合に、試料中25ppbになるように添加した内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zに対する定量イオンのレスポンス比率(%)として特定される成分濃度が、後述する表2の条件を満たすものである、ビールテイスト飲料。
[GC/MS分析条件 ]
キャピラリーカラム: HP-INNOWAX(長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
オーブン温度: 40℃,0.3分−3℃/分→240℃,20分
キャリアガス: He、10psi 送気
トランスファーライン温度: 240℃
MSイオンソース温度: 230℃
MSQポール温度: 150℃
フロント注入口温度: 200℃
モニタリングイオン: m/z=69、86、96、101、110、111、138、179
定量に用いたイオン:
ボルネオール(内部標準) m/z=110 ]。
【0015】
(5) 麦芽飲料である、前記(3)または(4)のビールテイスト飲料。
(6) 発酵飲料である、前記(3)〜(5)のいずれかのビールテイスト飲料。
(7) 非発酵飲料である、前記(3)〜(5)のいずれかのビールテイスト飲料。
(8) 前記(2)の香気付与剤と、ホップ由来成分を含まない飲料の前液とを含んでなる、前記(3)〜(7)のいずれかのビールテイスト飲料。
(9) ホップ由来成分を含まない飲料の前液が、ホップを添加しない発酵前液を発酵させることにより得られたものである、前記(8)のビールテイスト飲料。
(10) 前記(2)の香気付与剤と、ホップ由来成分を含む飲料の前液とを含んでなる、前記(3)〜(7)のいずれかのビールテイスト飲料。
(11) ホップ由来成分を含む飲料の前液が、ホップを添加した発酵前液を発酵させることにより得られたものである、前記(10)のビールテイスト飲料。
(12) ホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて前記(1)または(2)の香気付与剤を得、
飲料の前液に、得られた香気付与剤を添加することを含む、前記(3)〜(11)のいずれかの自然なフローラル様ホップ香が付与された飲料の製造方法。
(13) 飲料の前液が、ホップ由来成分を含まないものである、前記(12)の製造方法。
【0016】
本発明によれば、自然なフローラル様ホップ香を持つ香気付与剤、および自然なフローラル様ホップ香が付与されたビールテイスト飲料が提供される。本発明においては、ホップをビールテイスト飲料の発酵前液に加えて発酵させるのではなく、飲料の前液とは別に予め調製しておいた香気付与剤を、飲料の前液に加えることで、所望の自然なフローラル様ホップ香が付与されたビールテイスト飲料を得ることができる。このため、飲料の前液への香気付与剤の添加量を調節することで、需要者等の要望に応じて、飲料におけるフローラル様ホップ香の強弱を容易に調節することができる。
【0017】
したがって、本発明による香気付与剤を、ホップ由来成分を含まない飲料の前液に加えて飲料を調製することで、ホップ由来成分を本来含まない飲料に、本発明で所望の特徴的かつ自然なホップ香気を付与することができる。一方、本発明による香気付与剤を、ホップ由来成分を含む飲料の前液に加えて飲料を調製することで、飲料が本来持つ香気に加えて、またその香気の代わりに、所望の香気を増強、強調したり、香気のタイプを改変したりすることができる。このため、本発明は需要者から求められる新しいタイプの飲料を提供できる点で有利である。また、このような自然で良質なホップ香気を有する香気付与剤は従来知られておらず、飲料におけるフローラル様ホップ香の強弱を容易に調節できることは、新製品の開発時間の短縮とコスト低減の観点からも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】試験例2において得られた、ホップ成分Aに関するスペクトルデータを示す。
図2】試験例2において得られた、ホップ成分Bに関するスペクトルデータを示す。
図3】試験例2において得られた、ホップ成分Cに関するスペクトルデータを示す。
図4】試験例2において得られた、ホップ成分Dに関するスペクトルデータを示す。
図5】試験例2において得られた、ホップ成分Eに関するスペクトルデータを示す。
【発明の具体的説明】
【0019】
香気付与剤
本発明による香気付与剤は、自然なフローラル様ホップ香を持つものであって、
シス−リナロールオキシド、トランス−リナロールオキシド、α−テルピネオール、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分と、
エチルカプレート、およびホップ成分EからなるG2群の成分と
を含んでなる。香気付与剤に使用するG1群の成分の種類が多いほど、自然なフローラル様ホップ香をより明確にする上で有利である。
【0020】
好ましくは、香気付与剤は、7成分あるG1群より選択される成分を3種以上、より好ましくは4種以上、さらに好ましくは5種以上、さらにより好ましくは6種以上、特に好ましくはG1群の7種すべてを含む。
【0021】
香気付与剤に含まれる成分中、ホップ成分A、B、C、DおよびEは、それぞれ以下により特定される成分である。
すなわち、ホップ成分A、B、C、DおよびEはそれぞれ、前記したGC/MS分析条件にてガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリーにより測定した場合に、内部標準物質ボルネオールのリテンションタイムに対してそれぞれ下記表1のリテンションタイムの出現時間差(分)を有するという特徴がある。また、ホップ成分A、B、C、DおよびEは、それぞれが示すリテンションタイムで検出されるm/z値に対するレスポンス量を示すスペクトルデータにおいて、m/z値が50以上であってレスポンス量が多い順から選択した15のピーク中に(好ましくは10のピーク中、より好ましくは8つのピーク中、さらに好ましくは5つのピーク中に)、少なくとも下記表1に示したm/z値のピークが含まれるものである。より好ましくは、ホップ成分A、B、C、DおよびEは、それぞれが示すリテンションタイムで検出されるm/z値に対するレスポンス量を示すスペクトルデータにおいて、m/z値が50以上であってレスポンス量が多い順から選択した3つのピークが下記に示したm/z値のピークである。
【0022】
【表1】
【0023】
本発明のより好ましい態様によれば、ホップ成分A、B、C、DおよびEは、表1に示されるような、リテンションタイムの出現時間差(分)と、各リテンションタイムで検出されるスペクトルデータにおける、レスポンス量が多い順から選択した15のピーク中の3つのピークの分子量スペクトルのm/z値と、そのm/z値におけるレスポンス量の大小関係が、下記のような不等式、等式による関係式とにより特定できる。
(関係式)
・ホップ成分A: 59m/z≧86m/z>68m/z
・ホップ成分B: 84m/z>71m/z≧56m/z
・ホップ成分C: 109m/z>96m/z>138m/z
・ホップ成分D: 111m/z>55m/z≒67m/z
・ホップ成分E: 73m/z>103m/z>179m/z
(なおここで、「≒」で示される場合の大小関係は、互いのピークのレスポンス量の差が無く等しいか、差があっても、その差の範囲がレスポンス量全体10%以下、好ましくは5%以下である場合を意味する)。
【0024】
さらに、ホップ成分A、B、C、DおよびEを特定する際には、表1に示したスペクトルデータに基づく各m/z値のピーク値に加えて、必要に応じて、図1〜5をぞれぞれ参照することにより、各ホップ成分を特定するために追加で参照すべきm/z値のピークを適宜選択することができる。例えば、各ホップ成分について下記のものが追加で例示することができるがこれらに限定するものではない。
・ホップ成分A: 67、93、58
・ホップ成分B: 55,81、96
・ホップ成分C: 81、123
・ホップ成分D: 83、125
・ホップ成分E: 91、161
【0025】
ホップ成分A、B、C、DおよびEについては、質量分析の結果、文献等の既知情報に基づく成分同定が不可能であったため、上記のような特定をするものであるが、当業者であれば、上記のような特定手法によって、ホップ成分A、B、C、DおよびEがそれぞれどのようなものであるか容易に理解でき、また必要に応じて後述の実施例の記載を参照することでそれぞれの成分を容易に入手できる。
【0026】
本発明による香気付与剤は、前記したように、自然なフローラル様ホップ香を持つものであり、この香気付与剤を所望の飲料前液に添加することで、飲料に自然なフローラル様ホップ香を付与することができる。飲料において、自然なフローラル様ホップ香がより明確に感じられるようにするためには、香気付与剤を添加した飲料において香気の各指標成分が後述する表2に示された濃度を有していることが望ましい。香気付与剤が、G1群の成分のうち、例えば2種を含むものである場合には、後述する表2の濃度条件はその含まれる2種について満たしていれば良い。したがって、本発明による香気付与剤は、それを添加した場合に、飲料において、香気の各指標成分が表2に示された濃度を示すような比率で各成分を含むものであることが望ましい。
【0027】
本発明のより好ましい態様によれば、本発明による香気付与剤は、後述する表2に示された濃度に基づく比率で、各成分を含むものである。
【0028】
本発明による香気付与剤は、G1群より選択される2種以上と、G2群の成分とを使用し、例えばそれらを混合して製造することができる。その際、好ましくは、使用する成分を前記表2に示された濃度に基づく比率で含むように調整することができる。
【0029】
本発明による香気付与剤は、酵母に接触させる工程を経ずに、個々の成分を個別に入手することにより製造することができる。この場合、これらの香気成分の取得源は特に限定されるものではなく、市販のもの、合成して得られたもの、あるいは天然物から単離・精製されたものいずれを用いてもよい。
【0030】
本発明による香気付与剤は、好ましくは、ホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて得ることができる。ここで培地に使用できる糖としては、液糖、スターチなどが使用可能であり、また、窒素源とてしては、タンパク質分解物、乾燥酵母エキス、エンドウ豆タンパク、大豆タンパクなどが使用可能である。
【0031】
酵母の接触とは、酵母によりホップ香気成分の変換が起こる状態であればよく、酵母が発酵している状態でも、発酵していない状態でもよい。
【0032】
本発明による香気付与剤の製造に使用するホップとしては、
シス−リナロールオキシド、トランス−リナロールオキシド、α−テルピネオール、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分を含んでなり、
ホップを含む培地の酵母による接触の後に、エチルカプレートおよびホップ成分EからなるG2群の成分を生じ得るその前駆物質を含んでなるものが挙げられる。このようなホップとしては、ミッテルフルワー種(産国:ドイツ)が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0033】
本発明による香気付与剤の添加量は、その製造条件等により変化しうるが、典型例を挙げれば、5%〜30%(容量%)であり、好ましくは10%〜20%である。
【0034】
本発明の別の好ましい態様によれば、本発明による香気付与剤は、ホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて得られるものである。酵母に接触させて得られたものは、それがもつフローラル様ホップ香気に影響を及ぼさない限りにおいて、必要に応じてさらに、蒸留、濃縮、乳化など実使用に適した形の加工をさらに施して、それを香気付与剤として使用しても良い。
【0035】
ビールテイスト飲料
本発明による飲料は、本発明による香気付与剤を含んでなるものであり、自然なフローラル様ホップ香気が付与されてなるものである。
すなわち、本発明による飲料は、自然なフローラル様ホップ香が明確に感じられるように、シス−リナロールオキシド、トランス−リナロールオキシド、α−テルピネオール、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分と、エチルカプレート、およびホップ成分EからなるG2群の成分とを含んでなるものである。
【0036】
好ましくは、本発明による飲料は、前記成分中、飲料に実際に含まれるものについては、自然なフローラル様ホップ香が明確に感じられるようにその含有量(濃度)が以下のような条件を満たすものである。
すなわち、目的とする飲料をC18固相カラムで抽出し、ガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)で検出した場合に、内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zに対する定量イオンのレスポンス比率(%)として特定される成分濃度が、下記表2の条件を満たすものである。飲料に含まれる成分が、G1群の成分のうち、例えば2種を含むものである場合には、表2の濃度条件はその含まれる2種について満たしていれば良い。
【0037】
【表2】
【0038】
前記表2に示した各成分の濃度は、より好ましくは以下のとおりであることできる:
cis-リナロールオキシドは、好ましくは4〜24%、より好ましくは8〜16%であり、
trans-リナロールオキシドは、好ましくは3〜18%、より好ましくは5〜12%であり、
α−テルピネオールは、好ましくは2〜13%、より好ましくは4〜9%であり、
ホップ成分Aは、好ましくは1〜6%、より好ましくは2〜5%であり、
ホップ成分Bは、好ましくは1〜6%、より好ましくは1〜4%であり、
ホップ成分Cは、好ましくは52〜314%、より好ましくは104〜211%であり、
ホップ成分Dは、好ましくは6〜39%、より好ましくは13〜27%であり、
エチルカプレートは、好ましくは5〜27%、より好ましくは9〜18%であり、
ホップ成分Eは、好ましくは2〜11%、より好ましくは3〜7%である。
【0039】
本発明による飲料は、より具体的には、本発明による香気付与剤と、飲料の前液とを含んでなるものである。
【0040】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による飲料は、本発明による香気付与剤と、ホップ由来成分を含まない飲料の前液とを含んでなるものである。このようにして得られた飲料は、ホップ由来成分を含まない飲料の前液を用いていながら、飲料としては、本発明で所望のホップ香気を有する飲料とすることができる。ここで、香気付与剤は、好ましくはホップを、糖と窒素源とを含む培地に加え、酵母に接触させて得られたものである。また、ホップ由来成分を含まない飲料の前液とは、発酵、非発酵を問わずに得られたものであって、ホップ自体もしくはその含有成分を含まない、またはホップを含む麦汁を発酵させた場合に含まれるホップ由来の成分を含まない飲料製造のための前液をいう。好ましくは、ホップ由来成分を含まない飲料の前液は、ホップを添加しない発酵前液を発酵させることにより得られたものである。
したがって、麦芽飲料、発酵麦芽飲料などの飲料の製造に際して、ホップを使用することなく製造したものが、ここでいう好適な飲料の前液となりうる。
【0041】
また本発明の別の好ましい態様によれば、本発明による飲料は、本発明による香気付与剤と、ホップ由来成分を含む飲料の前液とを含んでなるものである。より具体的には、本発明による飲料は、本発明による香気付与剤と、ホップを添加した発酵前液を発酵させることにより得られた飲料の前液とを含んでなるものであってもよい。このようにして得られた飲料は、ホップ由来成分を含む飲料の前液を用いつつも、飲料としては、本発明で所望のホップ香気が増強され、強調された飲料とすることができる。
【0042】
本発明において「飲料」という場合には、ビールテイスト飲料の他、必ずしもビールテイストを持たない清涼飲料、炭酸飲料、果汁入り飲料、野菜汁入り飲料、果汁および野菜汁入り飲料、果汁含有飲料、茶飲料、牛乳、豆乳、乳飲料、ドリンクタイプのヨーグルト、コーヒー、ココア、栄養ドリンク、スポーツ飲料、飲用水(ミネラルウォーター等)などをも含む意味で用いられる。ここで飲料は、好ましくはビールテイスト飲料である。
【0043】
本発明において「ビールテイスト飲料」とは、通常にビールを製造した場合、すなわち、酵母等による発酵に基づいてビールを製造した場合に得られるビール特有の味わい、香りを有する飲料をいい、例えば、ビール、発泡酒、リキュール等の発酵麦芽飲料や、完全無アルコール麦芽飲料等の非発酵麦芽飲料が挙げられる。
【0044】
本発明による飲料は、発酵飲料または非発酵飲料の形態で提供することができる。本発明において「発酵飲料」とは酵母により発酵させた飲料を意味する。また「非発酵飲料」とは、製造の過程で、発酵処理を行うことなく得られた飲料を意味する。
【0045】
本発明による飲料は、アルコールを含有したアルコール含有飲料の形態で提供することができる。本発明において「アルコール含有飲料」には、酵母などの発酵過程で生じたアルコールを含むものやアルコールを別途添加して得られた飲料を含むことは当然として、酵母により発酵させて得られた発酵飲料とアルコールが添加された飲料を含む意味で用いられる。また、本発明による飲料は、アルコールを含有しない非アルコール飲料の形態で提供することもできる。
【0046】
本発明による飲料は麦芽飲料の形態で提供することができる。本発明において「麦芽飲料」とは、麦および/または麦芽から得られた麦汁を主体とする飲料を意味し、炭酸ガス等により清涼感が付与された麦芽清涼飲料も含まれるものとする。麦芽飲料としては、アルコール含量が0重量%である完全無アルコール麦芽飲料のような非発酵麦芽飲料や、アルコールを含有するアルコール含有麦芽飲料が挙げられる。このアルコール含有麦芽飲料としては、発酵して得られた発酵麦芽飲料とアルコールが添加された麦芽飲料が挙げられる。麦芽飲料としては、また、発酵して得られた発酵麦芽飲料からアルコール、その他の低沸点成分や低分子成分を除去して得られた非アルコール発酵麦芽飲料が挙げられる。
【0047】
本発明において「発酵麦芽飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、原料として少なくとも麦芽を使用した飲料を意味する。
このような発酵麦芽飲料としては、ビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)などが挙げられる。本発明による飲料は、好ましくは、本発明による香気付与剤を含み、かつ、原料として少なくとも水、および麦芽を使用した発酵麦芽飲料の形態で提供することができる。
【0048】
本発明によるビールテイスト飲料は、ビールテイストである限り特に麦芽飲料に限定されるものではなく、麦や麦芽を使用しない非麦飲料の形態で提供することもできる。本発明において「非麦飲料」は炭酸ガス等により清涼感が付与された清涼飲料も含まれるものとする。非麦飲料としては、アルコール含量が0重量%である完全無アルコール飲料のような非発酵飲料や、アルコールを含有するアルコール含有飲料が挙げられる。このアルコール含有非麦飲料としては、発酵して得られた発酵飲料とアルコールが添加された飲料が挙げられる。
非麦飲料としては、また、発酵して得られた発酵飲料からアルコール、その他の低沸点成分や低分子成分を除去して得られた非アルコール発酵飲料が挙げられる。
【0049】
飲料の製造
本発明による飲料は、本発明による香気付与剤を、飲料の前液に添加することにより製造することができる。詳しくは、本発明の飲料は、シス−リナロールオキシド、トランス−リナロールオキシド、α−テルピネオール、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分と、エチルカプレート、およびホップ成分EからなるG2群の成分とを含むようにこれらを添加することによって製造することができる。好ましくは、含まれる各成分が、表2で示される所定の濃度となるように添加することにより製造することができる。例えば、酵母による発酵工程を経ずに得られる飲料は、上記G1群およびG2群の香気成分を添加することにより本発明による飲料とすることができる。
【0050】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による飲料に使用される飲料前液は、原料としてホップまたはホップ由来成分を使用することなく製造する。ビールテイスト飲料を製造する場合には、ホップを使用することなく、例えば、麦芽、副原料(大麦等)、液糖を原料とした発酵原液を発酵することにより、飲料前液を調製することができる。また飲料の前液として、発酵工程を経ずに調整したものを使用して、これに本発明による香気付与剤を添加して、ビールテイスト飲料とすることもできる。
【0051】
本発明による飲料が発酵麦芽飲料である場合には、例えば、ホップを使用せずに、少なくとも水、麦芽を含んでなる発酵前液を発酵させることにより、飲料の前液を製造することができる。すなわち、ホップを含まない、麦芽等の醸造原料から調製された麦汁(発酵前液)に発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、所望により発酵液を低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することにより、本発明による発酵麦芽飲料に使用できる飲料の前液を製造することができる。
【0052】
本発明の別の一つの好ましい態様によれば、本発明による飲料に使用される飲料前液は、原料としてホップまたはホップ由来成分を使用して製造する。ビールテイスト飲料を製造する場合には、例えば、ホップ、麦芽、副原料(大麦等)、液糖を原料とした発酵原液を発酵することにより、飲料前液を調製することができる。また飲料の前液として、発酵工程を経ずに調整したものを使用して、これに本発明による香気付与剤を添加して、ビールテイスト飲料とすることもできる。
【0053】
上記製造手順において麦汁の作製は常法に従って行うことができる。例えば、醸造原料と水の混合物を糖化し、濾過して、麦汁を得、その麦汁を煮沸し、煮沸した麦汁を冷却することにより麦汁を調製することができる。なお、本発明において、ホップを前液に加えてもよい場合には、このとき、典型的には、ホップはいずれの段階でも加えてもよい。
【0054】
本発明による発酵麦芽飲料の前液の製造方法では、麦芽以外に、米、とうもろこし、こうりゃん、馬鈴薯、でんぷん、糖類(例えば、液糖)等の酒税法で定める副原料や、タンパク質分解物や酵母エキス等の窒素源、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物を醸造原料として使用することができる。また、未発芽の麦類(例えば、未発芽大麦(エキス化したものを含む)、未発芽小麦(エキス化したものを含む))を醸造原料として使用してもよい。得られた発酵麦芽飲料の前液は、(i)減圧若しくは常圧で蒸留してアルコールおよび低沸点成分を除去するか、あるいは(ii)逆浸透(RO)膜にてアルコールおよび低分子成分を除去することによって、非アルコール発酵麦芽飲料の前液とすることもできる。
【0055】
本発明による飲料が麦や麦芽を使用しないビールテイスト発酵飲料である場合には、発酵麦芽飲料の前液の製造手順に準じて、ホップを含むもしくは含まない発酵前液を発酵させることにより、飲料前液を製造することができる。例えば、発酵前液には、ホップを使用することなく、水の他に炭素源(例えば、液糖などの糖類)、窒素源(例えば、タンパク質分解物や酵母エキスなどのアミノ酸供給源)を添加することができ、必要に応じて、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物等を添加することができる。得られたビールテイスト発酵飲料の前液は、(i)減圧若しくは常圧で蒸留してアルコールおよび低沸点成分を除去するか、あるいは(ii)逆浸透(RO)膜にてアルコールおよび低分子成分を除去することによって、非アルコール・ビールテイスト発酵飲料の前液とすることもできる。
【0056】
本発明の別の態様によれば、シス−リナロールオキシド、トランス−リナロールオキシド、α−テルピネオール、ホップ成分A、ホップ成分B、ホップ成分C、およびホップ成分DからなるG1群より選択される2種以上の成分と、エチルカプレート、およびホップ成分EからなるG2群の成分とが飲料中で所定の濃度となるように調整することによる、自然なフローラル様ホップ香気に飲料を調整する方法が提供される。香気成分の飲料中における濃度の調整は、これら香気成分を添加してもよいし、また原料となるホップの品種を選択することで調整するとしてもよい。
【実施例】
【0057】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0058】
実験方法1: サンプルの調整
(1)香気付与剤
ホップ品種として、ドイツ産ミッテルフルワー種(Barth社より入手可能)を使用した。糖と窒素源を含む簡易培地(糖度7°P)1Lに、ホップ15gを添加し、80℃で30分間、加温した。ここに、ビール酵母を添加し、4日間(96時間)静置し、香気付与剤としての添加液を調整した。
(2)発泡酒前液
官能評価用の発泡酒サンプルのための発泡酒前液として、ホップを使用せず、麦芽、大麦、液糖を原料に作成した発泡酒(原麦汁エキス12゜P、アルコール5.5%)を用いた。
具体的には、発泡酒前液は1.5Lスケールの装置を用いて作成した。仕込麦汁12度に調整した仕込麦汁(仕込時の麦芽使用比率:49%,副原料(大麦、液糖)使用比率:51%)を醸造試験に用いた。より具体的には、煮沸強度が一定で、かつ、60分間で蒸発率が10%となるように調節しながら、電気ヒーターで仕込麦汁を加温煮沸した。煮沸終了後、蒸発量と同量の水をサンプルに追加した上で、95℃で60分間、麦汁を静置させた。ろ紙ろ過後、氷水で麦汁を冷却させた麦汁にビール酵母を添加し、1週間主発酵、4日間後発酵を行なったものを、試飲用の発泡酒サンプルの前液とした。
【0059】
実験方法2: 香気成分の分析および指標成分の濃度探索の方法
香気成分の分析と香気の指標成分の濃度の探索に当たっては、質量分析計付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)を用いた。具体的には、香気成分を供試サンプルからC18固相カラムで抽出し、それをGC/MSに供した。定量は内部標準法を用いた。内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用い試料中25ppbになるよう添加した。GC/MSにおけるホップ香気成分の分析条件は以下の通りであった。
なお、各物質の濃度は、内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zに対するそれぞれの定量イオンのレスポンス比(%)として定量した。
【0060】
[GC/MS分析条件]
キャピラリーカラム: 商品名:HP-INNOWAX (Agilent社製、PEGカラム)
(長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
オーブン温度: 40℃,0.3分−3℃/分→240℃,20分
キャリアガス: He、10psi低圧送気
トランスファーライン温度: 240℃
MSイオンソース温度: 230℃
MSQポール温度: 150℃
フロント注入口温度: 200℃
モニタリングイオン: 以下、定量イオンと同じ
定量に用いたイオン:
ボルネオール(内部標準) m/z=110
その他は、後述する表Bに示した通り。
【0061】
試験例1: 発泡酒の調整と香気の評価試験
(i) 実験方法1(1)で調整した添加液(香気付与剤)を添加濃度10%(容量%)となるよう、実験方法1(2)で調整した発泡酒の前液に添加し、発泡酒サンプルを得た。得られた発泡酒サンプルは、爽やかなフローラルホップ香気を有するものであり、添加液を発泡酒前液に添加することによって、所望の自然なフローラル様ホップ香気が付与された発泡酒を調整できることが確認できた。
【0062】
(ii) 次に、同様にして、実験方法1(1)で調整した添加液(香気付与剤)を添加濃度が表Aに記載の各条件となるよう、実験方法1(2)で調整した発泡酒の前液に添加し、各発泡酒サンプルを得た。
得られたサンプルについて、官能評価を行った。官能評価は訓練を受けたパネリスト3人で行い、香りの特徴を、「ホップフローラル香」(自然なフローラル様ホップ香)、「ホップ異臭」および「全体のバランス」(好ましさ)について下記のとおりに評価した。
【0063】
(官能試験の評価基準)
「ホップフローラル香」を強度として表現し、以下の判断基準で評価した。
3:良好なホップフローラル香があり、であり、強く明確に感じる
2:ホップフローラル香が有る(感じる)
1:ホップフローラル香は弱いが感じる
0:感じない
【0064】
「ホップ異臭」については、以下の判断基準で評価した。
3:「青草」、「松脂」や「オイル」様のホップ異臭を強く感じる
2:「青草」、「松脂」や「オイル」様のホップ異臭を感じる
1:ホップ異臭をわずかに感じる
0:感じない
【0065】
発泡酒サンプルの香りの全体のバランス(好ましさ)については、下記基準で評価した。
3:ホップ異臭もなく、ホップフローラル香があり、全体として良好なホップ感がある
2:全体として良好なホップ感は保たれている
1:全体としてのホップ感は保たれている
0:ホップ異臭の強度が強く、全体のバランスも好ましいものではない
【0066】
結果は表Aに示されるとおりであった。
【0067】
【表3】
【0068】
結果から明らかなように、添加液(香気付与剤)の添加比率が10%以上で、しっかりとしたホップフローラル香を感じる飲料(サンプル)を得ることが出来た。添加剤の添加比率を上げるほどホップフローラル香は強くなった。但し、添加濃度30%および40%の試験区においては、「青草」、「松脂」や「オイル」様のホップ異臭が感じられるようになった。
よって、ここでの添加液の適切な添加比率は5%〜30%であり、好ましくは10%〜20%であることが明らかとなった。
【0069】
試験例2: 香気成分の分析および指標成分の探索
表Aのサンプル中の香気成分を網羅的に探索し、その中からホップフローラル感の特徴に寄与していると思われる物質を絞り込んだ。
具体的には、探索の過程で、数十成分が候補にあげられた。これらの成分の挙動をホップ添加前後で比較し、次のように分類した。
G1群: 酵母添加前からホップ中に存在している成分
G2群: 添加前にはピークとして検出されないものの、添加後、少なくとも24時間以降で検出される成分
【0070】
これらの成分を、他の香気特徴の異なる例えば、「フルーツ香」や「ハーバル香」の香気を持つホップ品種で同様に試料を作成し、分析した結果と照合して、本サンプルに特異的な成分、すなわちフローラル香に寄与している成分を絞り込んだ。
最終的に表Bに示した香気成分が、本発明が目的とする香気の指標として相応しい可能性が高いと判断した。
【0071】
なお、質量分析の結果、文献等の既知情報に基づく成分同定が不可能であった成分(ホップ成分A〜E)は、「実験方法2」の分析条件で分析した場合に、分析チャート上に出現する時間、すなわちリテンションタイムと、その場合の各スペクトルデータ(m/z値に対するレスポンス量を示したもの)とを表B中に付記した。これら情報によってこれら成分を特定した。
【0072】
表B中、スペクトルデータとしては、検出される分子量スペクトルの中から特徴的なフラグメントの分子量およびそのレスポンス量の多少について、レスポンスの多いフラグメント順に3点とり、これらの関係を等号または不等号で表現した。このとき、分子量50未満のピークについては、溶媒であるジクロロメタンの影響を受けることが多く、特徴的ピークを見出しにくいことから、特徴的フラグメントの候補から外した。
実際のスペクトルデータは、図1〜5に示したとおりであった。
【0073】
【表4】
【0074】
なお、リテンションタイム(分)は、内部標準物質ボルネオールの出現時間の前後何分(すなわち±何分)として、出現時間の差についても示した(表Bのリテンションタイムの項における括弧内の値)。例えば、ボルネオールのリテンションタイムは、43分である一方、シス−リナロールオキシドのリテンションタイムは32分であるため、内部標準との差(出現時間の差)は「−11分」であった。
【0075】
試験例3: 香気指標成分の濃度の測定
表Aの各サンプルにおける良質なホップフローラル香に関連する指標成分の濃度を測定した。成分濃度は、内部標準物質ボルネオールのイオン110m/zに対する、各成分について定めた定量イオンのレスポンス比率(%)として算出した。
【0076】
結果は表Cに示したとおりであった。
【0077】
【表5】
【0078】
表Aおよび表Cの結果から、各香気成分値の望ましい範囲は以下の通りであると考えられた。
成分G1群:
シス−リナロールオキシド(cis-linalool oxide): 1%〜25%
トランス−リナロールオキシド(trans-linalool oxide): 1%〜20%
α−テルピネオール(alpha-terpineol): 1%〜15%
ホップ成分A: 0.5%〜 8%
ホップ成分B: 0.5%〜 7%
ホップ成分C: 25%〜400%
ホップ成分D: 2%〜45%
成分G2群:
エチルカプレート(ethyl caprate): 1%〜30%
ホップ成分E: 0.5%〜13%
【0079】
また、各香気成分値のより望ましい範囲は以下の通りであると考えられた。
成分G1群:
シス−リナロールオキシド: 4%〜24%
トランス−リナロールオキシド: 3%〜18%
α−テルピネオール: 2%〜13%
ホップ成分A: 1%〜6%
ホップ成分B: 1%〜6%
ホップ成分C: 52%〜314%
ホップ成分D: 6%〜39%
成分G2群:
エチルカプレート(ethyl caprate): 5%〜27%
ホップ成分E: 2%〜11%
【0080】
一方、試験例1において、酵母と接触後に初めて良質な香気が得られたことから、本発明が目的とする香気を得るためには、G1群の成分から選択される2以上の成分と、G2群の成分全てとが必要であると考えられた。
図1
図2
図3
図4
図5