【文献】
Sundberg Bjorn E et al.,The evolutionary history and tissue mapping of amino acid transporters belonging to solute carrier f,Journal of molecular neuroscience,2008年,Vol.35, No.2, Page.179-193
【文献】
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【文献】
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【文献】
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【文献】
Nakamura, Toshiyuki et al.,Apolipoprotein E4(1-272) fragment is associated with mitochondrial proteins and affects mitochondria,Molecular Neurodegeneration,2009年,Vol.4, No.35, No pp. given,URL,http://www.molecularneurodegeneration.com/content/pdf/1750-1326-4-35.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.本発明のアルツハイマー病判定薬
本発明者等は、(1)アルツハイマー病患者の脳脊髄液および血漿では、正常人に比べてS38AA断片量が増加する、(2)S38AA断片量は、アルツハイマー病疑い患者でも正常人よりも増加していることが認められ、アルツハイマー病の病態の悪化(進行)に伴ってS38AA断片量が増加する、(3)アルツハイマー病の病態依存的S38AA断片量の増加は、ApoE4保有と正の相関を示し、ApoE2保有とは負の相関を示すため、アルツハイマー病の判定の指標として高い信頼性を有する、ことを見出した。
すなわち、本発明は、抗S38AA抗体を含有するアルツハイマー病判定薬を提供するものである。
本発明の判定薬は、アルツハイマー病に罹患しているか否かの判定だけでなく、アルツハイマー病疑いの判定、すなわち、まだ当該疾患に罹患していないが、近い将来罹患する可能性が高いか否かの判定をすることができる。
そのため、本発明においてアルツハイマー病の「判定」とは、既にアルツハイマー病に罹患しているか否かの判定だけでなく、まだアルツハイマー病に罹患していないが、近い将来罹患する可能性が高いか否かを判定することを包含する意味で使用される。
【0013】
本明細書において「アルツハイマー病疑い」とは、アルツハイマー病の確定診断はされていないが、将来罹患する(確定診断される)可能性が高い状態のことである。具体的には、例えばアミロイドイメージング、MRI、CT、SPETあるいは臨床症状により診断時の重篤度分類で軽あるいは中等度に分類される状態、軽度認知障害の状態などが挙げられる。
【0014】
S38AAは、例えば、ヒトS38AAアイソフォーム1(UniProtKB/Swiss-Prot番号:Q9HBR0-1、配列番号2)、ラットS38AAアイソフォーム1(NCBI Reference Sequence番号: XP_002727892.1)やマウスS38AAアイソフォーム1(NCBI Reference Sequence番号: NP_077211.4) 、ヒトS38AAアイソフォーム2(UniProtKB/Swiss-Prot番号:Q9HBR0-2)等のアミノ酸配列が知られている。
また、S38AAをコードする核酸(以下、「S38AA遺伝子」と称す。)の配列についても、例えば、ヒトS38AAアイソフォーム1 cDNA配列(NCBI Reference Sequence番号:NM_001037984.1、配列番号1)が知られている。
S38AAは、UniProtKB/Swiss-Protデータベースによれば10回膜貫通タンパク質であると予測されており、399番目以降のアミノ酸配列(アイソフォーム1では1119番目まで、アイソフォーム2では780番目まで)が膜外領域であると推定されている。
【0015】
本明細書における「S38AA」とは、これらの公知の配列で示される「タンパク質」または「(ポリ)ペプチド」だけでなく、例えば、ヒトS38AAアイソフォーム1を示す特定のアミノ酸配列(配列番号2)と生物学的機能が同等であることを限度として、その同族体(ホモログやスプライスバリアント)、変異体、誘導体、成熟体及びアミノ酸修飾体などが包含される。ここでホモログとしては、ヒトのタンパク質に対応するマウスやラットなど他生物種のタンパク質が例示でき、これらはHomoloGene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/HomoloGene/)により同定された遺伝子の塩基配列から演繹的に同定することができる。スプライスバリアントとしては、ヒトS38AAアイソフォーム2(689-780番目のアミノ酸配列がアイソフォーム1と異なり、781-1119番目のアミノ酸配列を欠失する)が挙げられる。また変異体には、天然に存在するアレル変異体(多型)、天然に存在しない変異体、及び人為的に欠失、置換、付加または挿入されることによって改変されたアミノ酸配列を有する変異体が包含される。なお、上記変異体としては、変異のないタンパク質または(ポリ)ペプチドと、少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは95%、さらにより好ましくは97%同一なものを挙げることができる。天然に存在するアレル変異体(多型)としては、配列番号2において、559番目のLysがArgに置換された変異体(ddbSNP:rs35546507)や、831番目のAlaがGlyに置換された変異体(dbSNP:rs2725405)が挙げられる。またアミノ酸修飾体には、天然に存在するアミノ酸修飾体、天然に存在しないアミノ酸修飾体が包含され、具体的にはアミノ酸のリン酸化体(例えば、配列番号2において、889番目のSerがリン酸化されたリン酸化体)が挙げられる。
タンパク質の膜外ドメイン、膜貫通領域などは、例えば、UniProtKB/Swiss-Protデータベースに記載されている予測データや、TMHMM(http://www.cbs.dtu.dk/services/TMHMM)などの公知の予測ツールやソフトウェアを使用することにより容易に推定できる。
【0016】
本明細書における「S38AA断片」としては、S38AA膜外ドメインを含む(ポリ)ペプチドであればよい。ここで「S38AA膜外ドメイン」とは、上記いずれかのS38AAのC末端側の細胞膜外領域の全部もしくは一部、またはゴルジ等の細胞小器官でのS38AAのC末端側の膜外領域の全部もしくは一部を含むペプチド領域を意味する。また、本明細書における「S38AA断片」は、抗S38AA抗体 HPA024631(Atlas Antibodies社; 配列番号2の402-491番目のアミノ酸配列からなるペプチドを免疫原として作製された。)により認識されることにより特徴づけられる。
好ましくは、S38AA断片は配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む。配列番号3で示されるアミノ酸配列は、ヒトS38AAアイソフォーム1の761-770番目の部分アミノ酸配列(アイソフォーム2では、オルタナティブスプライシングにより689番目以降のアミノ酸配列が異なる。)に相当する。従って、S38AA断片は、S38AAアイソフォーム1由来の断片が好ましいが、S38AA断片のSDS-PAGEによるみかけの分子量から、S38AAの切断部位は、2つのアイソフォームに共通するアミノ酸配列(配列番号2の688番目のアミノ酸まで)内にあると予測されるので、切断反応が切断部位のアミノ酸配列のみを認識して起こるのであれば、アイソフォーム2由来の断片も本発明のS38AA断片に含まれ得る。
S38AA断片の分子量は限定されないが、SDS-PAGEによるみかけの分子量で約76〜約102kDaが好ましい。従って、配列番号2で示されるアミノ酸配列の161番目のアミノ酸以降で切断された断片がより好ましい(161-1119番目のアミノ酸配列からなる断片の分子量(理論値)は約102kDaである)。また、後述のプルダウンアッセイとショットガンMS解析の結果から、本発明のS38AA断片としては、配列番号2で示されるアミノ酸配列の505〜1014番目アミノ酸配列を含む断片がさらに好ましい。
【0017】
本発明における「抗S38AA抗体」は、S38AAの膜外ドメインを認識する抗体であり、S38AAアイソフォーム1の膜外ドメインを認識する抗体が好ましい。該膜外ドメインは、アイソフォーム1に特有のアミノ酸領域(配列番号2においては、689-1119番目のアミノ酸領域)内にあっても、アイソフォーム2との共通アミノ酸領域(399-688番目のアミノ酸領域)内にあっても、両領域にまたがってもよい。また、該膜外ドメインは、S38AAの膜外領域内の連続する部分アミノ酸配列であってもよいし、2以上の断続的な部分アミノ酸配列により形成される立体構造であってもよい。
【0018】
抗S38AA抗体は、例えば市販の抗S38AA抗体(例えば、HPA024631、HPA023161、HPA021374(以上、Atlas Antibodies 社製))など、公知の手法を用いて製造されるポリクローナル又はモノクローナル抗体、あるいはこれらのフラグメント(例えば、Fab、F(ab')
2、ScFv、minibody等)であってもよい。
【0019】
本発明で使用される抗S38AA抗体としては、哺乳動物由来のモノクローナル抗体およびポリクローナル抗体が好ましい。
哺乳動物由来のモノクローナル抗体およびポリクローナル抗体としては、動物の血中に産生されるもの、ハイブリドーマに産生されるもの、および遺伝子工学的手法により抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した宿主に産生されるもの、ファージディスプレイにより1兆個の分子からなる莫大なクローンライブラリーから最適抗体がスクリーニングされ、その遺伝子からCHO細胞工場で大量生産されるもの、もしくは、ヒトの抗体を生産するトランスジェニックマウスから直接得られるヒト抗体などが挙げられる。
モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体は当業者に公知の方法によって作製することができる。
【0020】
(1)モノクローナル抗体の作製
S38AAは、哺乳動物に対して投与により抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は通常2〜6週毎に1回ずつ、計2〜10回程度行なわれる。用いられる哺乳動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギが挙げられるが、マウス及びラットが好ましく用いられる。
モノクローナル抗体産生細胞の作製に際しては、抗原を免疫された哺乳動物、例えば、マウスから抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2〜5日後に脾臓又はリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。抗血清中の抗体価の測定は、例えば、後記の標識化S38AAと抗血清とを反応させた後、抗体に結合した標識剤の活性を測定することにより行なうことができる。融合操作は既知の方法、例えば、ケーラーとミルスタインの方法[Nature, 256, 495 (1975年)]に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルスなどが挙げられるが、好ましくはPEGが用いられる。
骨髄腫細胞としては、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0などが挙げられるが、P3U1が好ましく用いられる。用いられる抗体産生細胞(脾臓細胞)数と骨髄腫細胞数との好ましい比率は1:1〜20:1程度であり、PEG(好ましくは、PEG1000〜PEG6000)が10〜80%程度の濃度で添加され、約20〜40℃、好ましくは約30〜37℃で約1〜10分間インキュベートすることにより効率よく細胞融合を実施できる。
【0021】
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマのスクリーニングには種々の方法が使用できるが、例えば、蛋白質等の抗原を直接あるいは担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)にハイブリドーマ培養上清を添加し、次に放射性物質や酵素などで標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)又はプロテインAを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法、抗免疫グロブリン抗体又はプロテインAを吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加し、放射性物質や酵素などで標識した蛋白質等を加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法などが挙げられる。
モノクローナル抗体の選別は、自体公知あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地などで行なうことができる。選別及び育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いても良い。例えば、1〜20%、好ましくは10〜20%のウシ胎児血清を含むRPMI 1640培地、1〜10%のウシ胎児血清を含むGIT培地(和光純薬工業(株))又はハイブリドーマ培養用無血清培地(SFM-101、日水製薬(株))などを用いることができる。培養温度は、通常20〜40℃、好ましくは約37℃である。培養時間は、通常5日〜3週間、好ましくは1週間〜2週間である。培養は、通常5%炭酸ガス下で行なうことができる。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、上記の抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
【0022】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様に免疫グロブリンの分離精製法〔例、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相又はプロテインAあるいはプロテインGなどの活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法〕に従って行なうことができる。
【0023】
(2)ポリクローナル抗体の作製
S38AAに対するポリクローナル抗体は、それ自体公知あるいはそれに準じる方法にしたがって製造することができる。例えば、免疫抗原(蛋白質等の抗原)とキャリアー蛋白質との複合体を作り、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に哺乳動物に免疫を行なうかニワトリに免疫を行ない、該免疫動物からS38AAに対する抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造できる。
哺乳動物及びニワトリを免疫するために用いられる免疫抗原とキャリアー蛋白質との複合体に関し、キャリアー蛋白質の種類及びキャリアーとハプテンとの混合比は、キャリアーに架橋させて免疫したハプテンに対して抗体が効率良くできれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよいが、例えば、ウシ血清アルブミン、ウシサイログロブリン、キーホール・リンペット・ヘモシアニン等を重量比でハプテン1に対し、約0.1〜20、好ましくは約1〜5の割合でカプルさせる方法が用いられる。
又ハプテンとキャリアーのカプリングには、種々の縮合剤を用いることができるが、グルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオピリジル基を含有する活性エステル試薬等が用いられる。
縮合生成物は、哺乳動物又はニワトリに対して、抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2〜6週毎に1回ずつ、計約3〜10回程度行なうことができる。
ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された哺乳動物の血液、腹水、母乳など、好ましくは血液から採取することができ、ニワトリの場合は血液及び卵黄から採取できる。
抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、上記の血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、上記のモノクローナル抗体の分離精製と同様の免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。
【0024】
2.アルツハイマー病を判定するためのキット
本発明は、アルツハイマー病を判定するためのキットを提供する。本発明のキットには、S38AA断片量を測定するための試薬が含まれる。本発明のキットを用いてS38AA断片量を測定することにより、アルツハイマー病を判定することができる。
本発明のキットは、具体的には、S38AAを認識する抗S38AA抗体を含むものである。抗S38AA抗体としては、例えば、上述の「1.本発明のアルツハイマー病判定薬」に詳述されている抗S38AA抗体を挙げることができる。抗体は、蛍光標識抗体、酵素標識抗体、ストレプトアビジン標識抗体、ビオチン標識抗体あるいは放射性標識抗体であってもよい。
抗S38AA抗体は、通常、水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBSなど)中に適当な濃度となるように溶解された水溶液の態様、あるいは凍結乾燥品の態様で、本発明のキットに含まれる。
本発明のキットは、S38AA断片の測定方法に応じて、当該方法の実施に必要な他の成分を構成としてさらに含んでいてもよい。例えば、ウエスタンブロッティングで測定する場合には、本発明のキットは、ブロッティング緩衝液、標識化試薬、ブロッティング膜等、検出試薬、標準液などをさらに含むことができる。ここで「標準液」としては、上記「S38AA断片」の精製標品を水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBSなど)中に特定の濃度となるように溶解した水溶液が挙げられる。
また、サンドイッチELISAで測定する場合には、本発明のキットは、上記に加え固層化抗体測定プレート、洗浄液等をさらに含むことができる。ラテックス凝集法を含む凝集法で測定する場合には、抗体コーティングしたラテックス、ゼラチン等を含むことができる。化学蛍光法、化学蛍光電子法で測定する場合には、抗体結合磁性粒子、適当な緩衝液を含むことができる。LC/MS、LC-MS/MSあるいはイムノクロマトグラフィー法を用いたS38AAの検出には、抗体コーティングしたカラムあるいはマイクロカラム、マクロチップを検出機器の一部として、含むことができる。さらに時間分解蛍光測定法あるいはそれに類似した蛍光測定法であれば、複数のラベル化した抗S38AA抗体と必要な他の成分を構成として含んでもよい。
【0025】
3.アルツハイマー病の判定方法
本発明者等は、(1)アルツハイマー病患者の脳脊髄液および血漿では、正常人に比べてS38AA断片量が増加する、(2)S38AA断片量は、軽度アルツハイマー病患者でも正常人よりも増加していることが認められ、アルツハイマー病の病態の悪化(進行)に伴ってS38AA断片量が増加する、(3)アルツハイマー病の病態依存的S38AA断片量の増加は、ApoE4保有と正の相関を示し、ApoE2保有とは負の相関を示すため、アルツハイマー病の判定の指標として高い信頼性を有する、ことを見出した。
すなわち、本発明は被検動物より採取した試料中のS38AA断片を検出することによりアルツハイマー病を判定する方法を提供するものである。
本発明の判定方法は、アルツハイマー病に罹患しているか否かの判定だけでなく、まだ当該疾患に罹患していないが、近い将来罹患する可能性が高いか否かをも判定することができる。
【0026】
本発明の判定方法は、被検動物より採取した被検試料中のS38AA断片を検出する工程、およびS38AA断片量とアルツハイマー病との間の正の相関に基づきアルツハイマー病を判定する工程を含む。
【0027】
本発明の判定方法の被検対象となり得る動物は、S38AAを産生するものであれば特に制限はなく、例えば、哺乳動物(例:ヒト、サル、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ラット等)、鳥類(例:ニワトリ等)などが挙げられる。好ましくは、哺乳動物、より好ましくはヒトである。
試料となる被検動物由来の生体試料は特に限定されないが、例えば、血液、血清、血漿、唾液、尿、脳脊髄液などが挙げられる。より好ましくは、血漿または脳脊髄液である。
血清や血漿は、常法に従って被験動物から採血し、液性成分を分離することにより調製することができる。脳脊髄液は、脊椎穿刺等の公知の手段により採取することができる。
【0028】
試料中のS38AA断片の検出は、公知の方法により実施することができる。例えば、ウエスタンブロッティング、ゲル電気泳動(例:SDS-PAGE、二次元ゲル電気泳動など)や、各種の分離精製法(例:イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動など)、イオン化法(例:電子衝撃イオン化法、フィールドディソープション法、二次イオン化法、高速原子衝突法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化法など)、質量分析計(例:二重収束質量分析計、四重極型分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換質量分析計、イオンサイクロトロン質量分析計など)等に供することにより行うことができる。
また、S38AA断片の検出は、公知の免疫化学的方法(ネフロメトリー、競合法、イムノメトリック法、化学蛍光法、化学蛍光電子法及びサンドイッチ法等)で実施することもできる。これらの免疫化学的方法は、例えば、入江 寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江 寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」Vol. 121(Immunochemical Techniques(Part I:Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies))(アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
S38AAを特異的に検出し得る抗S38AA抗体としては、例えば、「1.本発明のアルツハイマー病判定薬」に詳述されている抗S38AA抗体を挙げることができる。
【0029】
次に、検出されたS38AA断片の濃度に基づいて、アルツハイマー病を検出することができる。後述の実施例2に示すように、アルツハイマー病やアルツハイマー病疑い患者の脳脊髄液ではS38AA断片の濃度が正常者よりも高く、血漿中のS38AA断片濃度もアルツハイマー病患者は正常者よりも高いため、S38AA断片の濃度とアルツハイマー病との間の正の相関に基づき、試料中のS38AA断片濃度が高い場合には、アルツハイマー病であると判断することができる。
さらに、正常者にあっても、アルツハイマー病感受性アレルであるApoE4保有者群(アルツハイマー病ハイリスク群)では、ホモApoE3遺伝子型群に比べて脳脊髄液中S38AA断片濃度が高く、逆に、同疾患抵抗性アレルであるApoE2保有者群では、ホモApoE3遺伝子型群に比べて脳脊髄液中S38AA断片濃度が低いことから、試料中のS38AA断片濃度が高い場合には、将来アルツハイマー病に罹患する可能性が高いと判断することができる。
【0030】
本発明の判定方法は、S38AA断片に加えて、他のアルツハイマー病診断マーカーの変動を調べることにより、より高精度にアルツハイマー病を判定することができる。他のアルツハイマー病診断マーカーとしては、アミロイドベータ(Aβ40、Aβ42)、リン酸化タウ蛋白などの公知のマーカーが挙げられ、これらは周知慣用の検出法に従って検出することができる。
【0031】
4.アルツハイマー病を治療または予防し得る物質を探索する方法
本発明はまた、被検物質がS38AA断片の生成を抑制するか否かを評価することを含む、アルツハイマー病を治療または予防する物質を探索する方法、並びに当該方法により得られうる物質を提供する。本発明の探索方法においては、S38AA断片の生成を下方制御する物質が、アルツハイマー病を治療または予防する物質として選択される。
【0032】
本発明の探索方法に供される被検物質は、いかなる公知化合物および新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、ランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0033】
本発明の探索方法は、以下の工程を含む:
(1)被検物質とS38AA断片の生成を測定可能な細胞とを接触させること;
(2)被検物質を接触させた細胞におけるS38AA断片の生成量を測定し、該生成量を被検物質を接触させない対照細胞におけるS38AA断片の生成量と比較すること;並びに
(3)上記(2)の比較結果に基づいて、S38AA断片の生成量を下方制御する被検物質を、アルツハイマー病を治療または予防し得る物質として選択すること。
【0034】
本発明の探索方法に用いる「細胞」とは、測定対象のS38AA断片の生成レベルが評価可能な細胞をいう。該細胞としては、測定対象のS38AA断片を天然で生成可能な細胞、刺激を加えることによりS38AA断片を生成することができるS38AA発現細胞、あるいはS38AA断片を生成できるように遺伝子組換えした細胞が挙げられる。
【0035】
測定対象、即ちS38AA断片を天然で生成可能な細胞は、特に限定されないが、当該細胞として、哺乳動物(例えばヒト、マウス等)の初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株などを用いることができる。
S38AAはU251細胞やSHSY-5Y細胞に発現していることが公知であり、BE(2)-C細胞、SK-N-MC細胞にもS38AAは発現している。また、公知技術を用いてS38AA、あるいはFLAGタグ等のラベル化S38AAなどを過剰発現させた遺伝子組換細胞を作製することも可能である。S38AA発現細胞は、培養によりS38AAが切断され、生成されたS38AA断片が遊離する。生成されるS38AA断片量が少ない場合には、適宜、S38AAが切断され易い条件で培養することにより、S38AA断片の生成を測定することができる。
S38AAが切断され易い条件としては、例えば、グルコースを枯渇させた培地、あるいは脳に生理的に刺激を与えることが知られている物質を含む培地で培養することが挙げられる。当該物質としては、具体的には、TNFα、インタ―フェロンγ、インターロイキン1、インターロイキン6などのサイトカイン、アミロイドベータあるいはその凝集体などを例示することができる。
【0036】
被検物質とS38AA断片の生成を測定可能な細胞との接触は、培養培地中で行われる。培養培地は、S38AA断片の生成を測定可能な細胞に応じて適宜選択されるが、例えば、約5〜20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)などである。培養条件も同様に適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約0.1〜約72時間である。
【0037】
S38AA断片の生成量の測定は、細胞の培養上清中に遊離したS38AA断片量を、(3.アルツハイマー病の判定方法)の項で述べた方法に従って測定することにより行うことができる。
【0038】
生成量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれ得る。なお、被検物質を接触させない対照細胞におけるS38AA断片の生成量は、被検物質を接触させた細胞におけるS38AA断片の生成量の測定に対し、事前に測定した生成量であっても、同時に測定した生成量であってもよい。
【0039】
そして、比較の結果得られた、S38AA断片の生成量を下方制御する物質が、アルツハイマー病を治療または予防し得る剤として選択される。
本発明の探索方法で得られる化合物は、新たなアルツハイマー病の治療剤または予防剤の開発のための候補物質として有用である。
【実施例】
【0040】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例になんら限定されるものではない。
【0041】
参考例1 脳組織におけるS38AA発現量の検討
脳切片はスウェーデン脳銀行(ブレインパワー)で保管され、カロリンスカ医科大学内倫理委員会より使用許可を得た切片を使用した。ホルマリン固定し、パラフィン包埋した脳組織ブロックより、海馬切片を厚さ5マイクロメートルでスライスし、スライドガラスに貼付した。キシレン−アルコールで脱パラフィン・親水処理後、Diva Decloaker (BIOCARE MEDICAL社)中、121℃・25分加熱で抗原賦活した。冷却後、pH 7.6 のトリス緩衝生理食塩水に希釈した3% ヤギ全血清で非特異的反応をブロックし、その後トリス緩衝生理食塩水に200倍希釈した抗38AA抗体 (商品番号HPA024631, Atlas Antibodies社)を、標本と4℃で一晩インキュベーションした。トリス緩衝生理食塩水で洗浄後、300倍希釈したビオチン化ヤギ坑ウサギIgG抗体で1時間室温にてインキュベーションした。その後、発色のためにVectastain Elite ABC kit (Vector Laboratories社) を30分処理し、さらに3-3-diaminobenzidine-4 HCl (DAB/H
2O
2)で発色させた。対比染色のため、ヘマトキシリンを使用した。
【0042】
図1に正常例の代表的な海馬CA1領域での免疫染色像、および
図2にアルツハイマー病確定例の代表的な海馬CA1領域での免疫染色像を示した。図中のバーの長さは200 μmに相当する。
図1中に矢印で示すように、細胞内で濃く染色されている部分が、S38AAの強発現を示している。重度アルツハイマー病例では神経細胞中にほとんど染色が認められない。用いた抗38AA抗体の認識部位はS38AAアイソフォーム1およびS38AAアイソフォーム2の膜外ドメインであることから、この結果は診断が確定したアルツハイマー病例の海馬CA1領域におけるS38AAの膜外ドメインの減少を示している。この結果より重度アルツハイマー病例では、S38AAの発現量が大幅に減少していることが明らかである。
【0043】
参考例2 重酸素ラベル化法による海馬CA1錐体細胞中S38AA蛋白の定量的質量分析
カロリンスカ医科大学内倫理委員会より使用許可をうけ、スウェーデン脳銀行(ブレインパワー)で保管された患者死後脳より冷凍切片を作成し、海馬CA1錐体細胞をレーザーキャプチャ法で回収した。方法は既報の青木らの方法に従った(Neuroreport (2008) 19:1085-9)。
アルツハイマー病確定患者、非アルツハイマー病患者より各々12,000個の海馬CA1錐体細胞を分取した。チューブに回収した細胞は、1 μLの0.5% RapiGest SF (Waters 社)溶液を加え溶解し、95℃で90分インキュベートした。その後、溶媒を遠心バキュームシステムで除去し、改めて2 μLの4 mM 塩化カルシウム、1% RapiGest SF、 360 mM 炭酸水素ナトリウム混合溶液および5 μLの蒸留水を加え、5分間超音波処理を実施した。神経細胞由来の蛋白質をトリプシン限定分解するために、さらに0.1 mg/mLのトリプシンを3 μL加え、37℃で24時間インキュベートした。その後、サンプルを1 μLとり、4-12% グラディエントSDS-PAGEゲルで電気泳動したのち銀染色を実施し、限定分解の終了を確認した。アルツハイマー病確定患者由来の限定分解サンプルはその後、重酸素ラベル化した。方法の詳細は、以下の通りである。
【0044】
トリプシン限定分解後、3 μLの濃塩酸を加えRapiGest SFを化学分解し、生成した分解物は13,000回転、10分間の遠心分離により沈殿させ、上清を分取した。得られた上清はZipTipC
18 (Millipore社)カラムに吸着させ、0.3% 蟻酸溶液で3回洗浄後、80% アセトニトリル/0.3% 蟻酸溶液で溶出させることで精製した。精製サンプル中の溶媒は遠心バキュームシステムで除去し、残渣は1.7 μLの0.3 M 酢酸ナトリウム重水素水溶液(pH 5.2)、1μLの50mM 塩化カルシウム、47.3μLの重酸素水に再溶解した。この溶液に1 μLの0.5 mg/mL trypsin (Trypsin Gold, Promega社)を加え、37℃で48時間インキュベートした。ラベル化反応を停止させるため、重酸素水で希釈した8 μLの5% 蟻酸溶液を加え、95℃で90分インキュベーションした。最終サンプルは−80℃で保存した。非アルツハイマー病患者由来のサンプルは、アルツハイマー病確定患者由来のサンプルと同様の処理を実施したが、重酸素水の代わりに、蒸留水を使用した。質量分析実施直前に、重酸素化されたアルツハイマー病確定患者サンプルと非アルツハイマー病患者サンプルを20 μLずつ等量混合し、分析カラム(Zorbax 300SB, 0.1 × 150 mm Agilent Technologies社)にインジェクションした。分析の移動相は0.1% 酢酸(移動相A)、0.1% 酢酸―メタノール(移動相B)を使用し、移動相B濃度を5%から75%に90分で直線増加、その後95%移動相Bで10分保持のグラディエントプログラムを用いた。質量分析計はサーモフィッシャー社、LTQ-Orbitrapシステムを使用した。質量測定レンジは400〜2000 m/zとした。得られたデータを使用して、Mascot software version 2.2 とSwiss-Prot database (release 55)でペプチド同定し、さらに定量的解析はXome software (三井情報株式会社)を使用した。Mascot software上の解析パラメータは下記の通り。monoisotopic massを解析に使用し、peptide mass tolerance は10 ppmで、fragment ion MS/MS tolerance は0.8 Daで設定した。消化酵素はトリプシンを指定したが、missed cleavages数は最大1とした。解析対象はC末端2重ラベルのみで、メチオニン酸化は許容した。
【0045】
上記のプロテオーム解析により、S38AAの同定に成功した。さらにS38AA発現量の差をアルツハイマー病患者(AD)と非アルツハイマー患者(control)で検討した(表1)。MASCOTのペプチドサーチによる同定配列はS38AAアイソフォーム1の膜外ドメイン(配列番号2で示されるアミノ酸配列の761-770番目のアミノ酸領域)に相当し、ペプチド同定は統計的に有意であった。
錐体細胞中のS38AA膜外ドメイン量はアルツハイマー病患者において、非アルツハイマー病対照に比較して、1/20に低下していた。免疫組織学的検討で用いた抗体の認識部位は膜外ドメインであり、その場合でも発現量の低下が認められたことから、この結果は、免疫組織学的検討結果と一致した。すなわち、海馬CA1領域の神経細胞において、少なくともS38AA膜外ドメインはアルツハイマー病で低下していることが明白である。
【0046】
【表1】
【0047】
実施例1 脳脊髄液中のS38AA断片の検出と分子量予測
確定アルツハイマー病10例(病態スコア9〜12:スウェーデン脳銀行内での病理スコア)、アルツハイマー病疑い6例(病態スコア3〜7)、正常11例(病態スコア0〜4)と診断された患者の脳脊髄液を使用した。スコアリングはAlafuzoffらの評価方法(Acta Neuropathol(Berl) (1987) 74:209- 225)に従って実施された。病態判定は病理スコアならびに生前の臨床医による診察も加味して実施された。SDSサンプルは、脳脊髄液3容積に対し、1容積のLDS サンプルバッファー(Invitrogen社)を加え、70℃・10分加熱することで作成した。作成したサンプル10 μLを用い、4-12% グラディエントSDS-PAGEゲルでS38AAを分離した。その後、Mini Trans-Blot system (Bio-Rad Laboratories社)を用いて、分離した全蛋白をPVDF膜に転写し、抗体染色のステップに進んだ。抗体によるS38AAの検出の前に、PVDF膜を5%スキムミルク含有リン酸緩衝生理食塩水 (pH 7.4) で1時間室温にて非特異的反応をブロックした。1次抗体 (商品番号HPA024631, Atlas Antibodies社)は、リン酸緩衝生理食塩水で1000倍希釈し、
上記膜を希釈した抗体で4℃・一晩インキュベートした。その後、50000倍希釈したHRP化ヤギ坑ウサギIgG抗体(GE healthcare社)で室温1時間インキュベーションしたのち、充分な洗浄過程をへて、SuperSignal(登録商標) West Dura (Thermo Fisher Scientific社)で発色させた。
【0048】
脳脊髄液中S38AA断片に由来するシグナルがウエスタンブロットで検出でき、その強度はアルツハイマー病で増大する傾向が認められた(
図4)。検出された分子量は76-102 kDaであり、S38AAアイソフォーム2の全長に相当した。しかしながら、アイソフォーム2は10回膜貫通型蛋白であり、全長蛋白が脳脊髄液中に分泌される可能性は相当低い。そこで、S38AAの一部切断、分泌の可能性を検討した。
【0049】
UniProtKBデータベースの登録情報より、S38AAのアイソフォーム1のアミノ酸配列を入手した。TMHMMソフトウェアにより膜外領域を予測し、得られた予測膜外領域をボックス内に示した(
図3)。膜外領域の分子量は399番目より1119番目までの721アミノ酸からなり、分子量はおよそ76kDaと計算された。一方、ウエスタンブロットによる脳脊髄液中のS38AAの分子量は76〜102kDa程度と見積もられ(
図4)、想定した膜外領域の分子量サイズとおおむね一致した。分子量の観点から、脳脊髄液中で検出されたS38AAはアイソフォーム1の膜外ドメインを含む(ポリ)ペプチド(S38AA断片)であることが示唆された。
【0050】
実施例2 患者背景と脳脊髄液中のS38AA断片の定量分析およびAPOEアレルとの相関
定量解析のために数例の脳脊髄液をあらかじめ混合し、これを標準脳脊髄液として、すべての解析に使用した。すべてのサンプルは同様の処理を実施し、SDS-PAGEゲルごとに標準曲線を作成した。S38AA断片を定量分析するためのウエスタンブロットは、実施例1と同様の方法で行った。LAS3000 イメージアナライザー(富士フイルム株式会社)でS38AA抗体由来のシグナル強度を画像解析し、MultiGauge V3.0ソフトウエア(富士フィルム株式会社)で定量化した。各シグナル強度は、膜ごとに同時に転写された標準脳脊髄液から作成した標準曲線で補正した。
患者背景については、個人情報保護の観点から患者番号は本試験に固有の番号を付与し、スウェーデン脳銀行の管理番号とは一致させていない。APOEの遺伝子型の解析はスウェーデン脳銀行内の標準手順書に則って実施された。遺伝子型が判明している患者は27例(表2)であり、これらを用いて解析を行った。
【0051】
【表2】
【0052】
図5に示すように、脳脊髄液中のS38AA断片の量は、アルツハイマー病では増加することが明確であり、アルツハイマー病疑い患者でも、S38AA断片量の増加傾向が認められる。このことは、アルツハイマー病初期あるいは未発症の段階からS38AA断片が増加しており、アルツハイマー病確定患者では明確な増加が観察されることを示している。
【0053】
全患者を対象にAPOE遺伝子型(ApoE2/3、ApoE3/3、ApoE3/4、ApoE4/4の4種; 表2参照)で分類し、グループごとにS38AAの脳脊髄液中の量をグラフにまとめた(
図6)。ApoE4を持つ、特にホモ接合体患者(ApoE4/4)でのS38AA断片量の増加が著しい。ApoE4はアルツハイマー病発症リスク遺伝子であり、ApoE2はアルツハイマー病発症の抵抗因子と考えられている。すなわち、
図6はAPOE遺伝子型のアルツハイマー病発症リスクファクターと脳脊髄液中のS38AA断片量が相関することを示している。
また、非アルツハイマー病患者11例のS38AA断片量とAPOE遺伝子型の関連性に関しては、
図7に示すように、ApoE2/3、ApoE3/3、ApoE3/4の順に脳脊髄液中のS38AA断片量の増加が認められた。
これらの相関は、脳脊髄液中S38AAが将来のアルツハイマー病の発症リスクと相関することを示しており、さらにS38AAがアルツハイマー病未発症の患者においてでさえ、将来のアルツハイマー病の発症リスクを見積もるバイオマーカーとなりうる可能性を示唆している。アルツハイマー病は早期発見・早期治療が重要と考えられているが、アルツハイマー病を早期発見できる診断マーカーは見出されていない。したがって、アルツハイマー病疑いを検出できることは、極めて有用である。
【0054】
実施例3 脳脊髄液中のS38AA断片がS38AAの膜外領域を含むことの確認
(1)免疫沈降に用いる抗体に基づくS38AA断片の確認
免疫沈降用の抗S38AA抗体(HPA023161あるいはHPA021374, Atlas Antibodies社)2 μLを500 μLのアルツハイマー患者由来の脳脊髄液に加え、20時間・4℃でインキュベーションし、その後、ProteinG Mag Sepharose(GEヘルスケア)と共に1時間・4℃でインキュベーションすることで、S38AA断片を免疫沈降させた。その後、磁気ビーズに対し10 μLのLDSサンプルバッファー(Invitrogen社)を加え、SDS-PAGE用サンプルとした(ProteinG Mag Sepharose bound画分)。また、ProteinG Mag Sepharoseで沈殿しない上清画分を9 μLとり、LDSサンプルバッファーを3 μL加え、非結合画分のサンプルとした(ProteinG Mag Sepharose unbound画分)。
実施例1と同様にSDS-PAGE実施後、HPA024631を一次抗体としてウエスタンブロットした。
【0055】
その結果、免疫沈降に使用したHPA023161、HPA021374いずれにおいても、これまで脳脊髄液で認められたのと同様の分子量の免疫沈降物がウエスタンブロットで検出できた(
図8:boundのレーン)。一方、免疫沈降させた上清部分には、S38AA断片は検出されなかった(
図8:unboundのレーン)。
HPA023161、HPA021374の抗体作製に用いたペプチドのアミノ酸配列は、それぞれMKPKQVSRDLGLAADLPGGAEGAAAQPQAVLRQPELRVISDGEQGGQQGHRLDHGGHLEMRKA(配列番号4;配列番号2においては、926-988番目のアミノ酸領域に相当)およびPVPHDKVVVDEGQDREVPEENKPPSRHAGGKAPGVQGQMAPPLPDSEREKQEPEQGEVGKRPGQAQALEEAGDLPEDPQKVPEADGQPA(配列番号5;配列番号2においては、500-588番目のアミノ酸領域に相当)であるので、少なくとも脳脊髄
液中のS38AA断片は、これらのS38AA膜外ドメイン配列の一部であるアミノ酸配列を含むことが示された。
【0056】
(2)ショットガンMS解析によるS38AA断片の確認
実施例3(1)の免疫沈降サンプルがS38AA膜外ドメインを含むことを示すために、免疫沈降サンプル2種に対し、90 μLのミリQ水、5 μLの1 M トリス緩衝液(pH 8)、48 mg 尿素、1 μLの0.5 M ジチオスレイトールを加え、30℃で2時間インキュベーションした。その後、2 μLの0.5 M ヨードアセトアミドを加え、室温で1時間処理して、チオール残基をアルキル化した。その後、50 mMの炭酸アンモニウムを750 μL加え、2 μgのトリプシン(プロメガ社)を加えて、37℃で一晩インキュベーションして、トリプシン分解物を得た。得られた分解物は、トリフルオロ酢酸でpH 1〜2に低下させ、TopTip200カラム(グライジェン社)で操作マニュアルに従って精製した。
【0057】
HPA023161あるいはHPA021374で免疫沈降させたトリプシン分解物は、それぞれ20 μLの0.1% トリフルオロ酢酸溶液に溶解し、そのうち5 μLを分析カラム(Zorbax 300SB, 0.1×150 mm Agilent Technologies社)にインジェクションした。分析の移動相は0.1% ギ酸(移動相A)、0.1%ギ酸―メタノール(移動相B)を使用し、移動相B濃度を5%から75%に30分で直線増加、その後98%移動相Bにし(31分)、5分保持(36分)のグラディエントプログラムを用いた。質量分析計はサーモフィッシャー社、LTQ velosシステムを使用した。質量測定レンジは400〜1400 m/zとした。得られたデータを使用して、Mascot software version 2.2 とSwiss-Prot database (20110804)でペプチド同定した。
Mascot software上の解析パラメータ条件を以下に示す。
monoisotopic massを選択
peptide mass tolerance :15 Da
fragment ion MS/MS tolerance :0.8 Da
消化酵素:トリプシンを指定
missed cleavages数:最大1
メチオニン酸化:許容
【0058】
HPA023161、HPA021374による免疫沈降物をショットガンMS解析した結果、計6本のS38AA膜外ドメインに由来するペプチド配列が同定できた(
図3下線部、配列番号6〜11)。従って、免疫沈降物は、確かにS38AA膜外ドメインを含むことが示された。
【0059】
実施例4 血漿中のS38AA断片の検出と分子量予測
ヒト血漿においても、S38AA断片が検出可能かどうか検討した。アルツハイマー患者、あるいは非アルツハイマー患者よりヘパリン血漿を分離した。PureProteome アルブミン除去磁気ビーズ(ミリポア社)500 μL、60 μLのProteinG Mag Sepharose(GEヘルスケア)をエッペンチューブにとり、リン酸緩衝生理食塩水で洗浄した。その後、この混合磁気ビーズに対して、血漿20 μLおよびリン酸緩衝生理食塩水60 μLを加え、4℃で2時間インキュベーションした。得られた血漿はアルブミン・イムノグロブリンが除去されたものであることが、SDS-PAGEで確認できた。このサンプル60 μLに対し、LDSサンプルバッファー(Invitrogen社)20 μLを加え、SDS-PAGE用サンプルとし、上記の実施例3と同様にHPA024631を1次抗体としてウエスタンブロットで解析した。
【0060】
その結果、
図9に示すように脳脊髄液の場合と同じ分子量と考えられるバンドが認められ、アルツハイマー患者では該当バンド量の増大が認められた。
従って、ヒト血漿中にもS38AA断片は存在し、アルツハイマー患者では正常人と比べて血漿中のS38AA断片量が増加することが判明した。
【0061】
実施例5 培養細胞上清中に生成されるS38AA断片の検出例1
BE(2)-C細胞、SK-N-MC細胞、SHSY-5Y細胞、SHSY-5Y(APP)細胞(SHSY-5Y細胞にヒトAPPを遺伝子導入した細胞株)を10% Fetal bovine serumを含むD-MEM (Invitrogen社) で2日間培養し、その後、培地を回収した。ラット胎児初代神経細胞は、B27を含むNeurobasal medium (Invitrogen社) で7日間培養後、培地を回収した。それぞれ回収した培地1 mLにHPA021374抗体を加え、4℃で20時間インキュベーションした。その後、30 μLのProteinG Mag Sepharoseを加え、4℃で2時間インキュベートした。磁気ビーズをPBS(-)で洗浄後、20 μLの4倍希釈したLDSサンプルバッファーを加え、SDS-PAGE用サンプルとした。上記実施例3と同様に、HPA024631を1次抗体としてウエスタンブロットで解析した。
【0062】
その結果、脳脊髄液、血漿の場合と同じ分子量と考えられるバンドが認められた。従って、培養細胞あるいはラット初代培養細胞でも、ヒトの神経細胞と同様に、S38AAの切断、すなわちS38AA断片の生成・分泌が検出できることが判明した。
【0063】
実施例6 培養細胞上清中に生成されるS38AA断片の検出例2
S38AAのC末端にFlag-Tag(DYKDDDDK; 配列番号12)を付加したDNA配列を含んだ発現ベクターを構築し、SHSY-5Y細胞に遺伝子導入した。48時間後に培地75 μLを回収し、25 μLのLDSサンプルバッファーを加え、SDS-PAGE用サンプルとした。今回は抗FlagM2モノクローナル抗体(Sigma-Aldrich社)を1次抗体としてウエスタンブロットで解析した。
【0064】
その結果、脳脊髄液、血漿の場合と同じ分子量と考えられるバンドが、実施例5とは異なり免疫沈降することなく検出することができた。従って、遺伝子導入をすることで、より容易に培養細胞の培養上清でもS38AA断片の検出が可能であることが判明した。