(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年の心臓病に対する治療の革新的進歩にかかわらず、重症心不全に対する治療体系は未だ確立されていない。心不全の治療法としては、βブロッカーやACE阻害剤による内科治療が行われるが、これらの治療が奏功しないほど重症化した心不全には、補助人工心臓や心臓移植などの置換型治療、つまり外科治療が行われる。
このような外科治療の対象となる重症心不全には、進行した弁膜症や高度の心筋虚血に起因するもの、急性心筋梗塞やその合併症、急性心筋炎、虚血性心筋症(ICM)、拡張型心筋症(DCM)などによる慢性心不全やその急性憎悪など、多種多様の原因がある。
【0003】
これらの原因と重症度に応じて弁形成術や置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術、機械的補助循環などが適用されるが、この中で、ICMやDCMによる高度の左室機能低下から心不全を来たしたものについては、心臓移植や人工心臓による置換型治療のみが有効な治療法とされてきた。しかしながら、これら重症心不全患者に対する置換型治療は、慢性的なドナー不足、継続的な免疫抑制の必要性、合併症の発症など解決すべき問題が多く、すべての重症心不全に対する普遍的な治療法とは言い難い。
【0004】
このような状況から、重症心不全治療の解決策として新しい再生医療の開発が進められている。重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の線維化が進行し心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害されて細胞死に至るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し心機能の低下もさらに進む。このような重症心不全患者に対する心機能回復には細胞移植法が有用とされ、既に自己骨格筋芽細胞による臨床応用が開始されている。
【0005】
細胞の移植方法としては、細胞の懸濁液を注射器などで直接心筋組織内に注入する手法や、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いて作製したシート状細胞培養物を心臓表面に貼付する手法などが試みられている。シート状細胞培養物を用いる手法は、大量の細胞を広範囲に安全に移植することが可能であり、例えば拡張型心筋症のように心臓全体に病変がある場合の治療にとくに有用である。シート状細胞培養物の製造方法も、種々のものが知られている(特許文献1)。
【0006】
このようなシート状細胞培養物を臨床応用する場合には、移植用または試験用としての使用が予定されている施設内または外で作製されるかに拘らず、作製から移植までの短い間に、洗浄、輸送、保管など様々な工程を経る必要がある。特に、自家移植細胞片などの大量生産が不可能な細胞を取り扱う場合は、細胞を収納した容器内の洗浄液や輸送液をピペットで注意深く交換するなど、シート状細胞培養物の取り扱いに精通した一部の医療関係者の熟練された技能により行われている状況である。また、皮膚や角膜由来の移植片の取り扱いを容易にすべく、種々の方法や器具が知られている(特許文献2〜4)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、シート状構造物に負担をかけることなく、効率的に洗浄でき、かつ、液体中で安定化せしめる、シート状構造物を保持するための方法およびデバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を進める中、シート状構造物を通液性のシート部材で挟み、これをさらにケージ状の保護部材で取り囲むことにより、脆弱なシート状構造物に負担をかけることなく保持でき、洗浄、輸送、保存、移植などのあらゆる工程における取り扱いが容易となることを見出し、さらに研究を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の[1]〜[7]に関する。
[1] シート状構造物を保持する方法であって、
シート状構造物の上面および下面を通液性シート部材で挟んで層状物とする工程、および
前記層状物をケージ状の保護部材に挿入し、該層状物の端部のみを該保護部材に接触固定する工程、
を含む、前記方法。
[2] シート状構造物が、シート状骨格筋芽細胞培養物である、[1]に記載の方法。
[3] さらに層状物を挿入した保護部材を洗浄液に浸してシート状構造物を洗浄する工程を含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4] さらに層状物を挿入した保護部材を輸送液に浸して輸送する工程を含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5] シート状構造物を保持するデバイスであって、
シート状構造物を挟んで層状物を形成する2枚の通液性シート部材と、
前記層状物の端部を固定するための固定具を備えた、前記層状物を挿入するケージ状の保護部材と、
を備えた、前記デバイス。
[6] シート状構造物が、シート状骨格筋芽細胞培養物である、[5]に記載のデバイス。
[7] 少なくともシート状構造物の下面に位置する通液性シート部材が親水性である、[5]または[6]に記載のデバイス。
【発明の効果】
【0011】
本発明の安価で簡便な保持方法および保持用デバイスにより、液体外でその一端をつかむと自重で破断するほど脆弱である骨格筋芽細胞培養物などのシート状構造物を、これに負担をかけることなく、作製から移植に至るまでの間、特に洗浄、輸送、保存などの工程を通して安定して保持することができる。
具体的には、本発明において、シート状構造物を担持する層状物の端部のみが、保護部材に接触固定されており、端部以外が保護部材に直接接触しないことから、シート状構造物が保護部材内で顕著に安定する。保護部材および層状物により保持されることで、シート状構造物が液体以外の外界からの物理的な影響をうけにくく、破損のリスクが低減されるだけでなく、シート状構造物に直接触れずに洗浄・輸送・保存・移植の工程を行うことができるという優れた取扱性を有する。
本発明により、脆弱なシート状構造物に直接触れずに液体間を素早く移動させることができ、ある程度の取り回しにも耐え得ることから、迅速性が要求される手術場などでは特に有用である。
本発明により、シート状構造物の液体処理が効率的に行われるので、外気との接触時間を短縮せしめ、シート状構造物の微生物汚染のリスクが低減される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、シート状構造物を保持する方法であって、
シート状構造物の上面および下面を通液性シート部材で挟んで層状物とする工程、および
前記層状物をケージ状の保護部材に挿入し、該層状物の端部のみを該保護部材に接触固定する工程、
を含む、前記方法に関する。
【0014】
図1の(a)には、シート状構造物1と、その上面に重ね合わされる通液性シート部材2(上面部2)と、下面に重ね合わされる通液性シート部材3(下面部3)とが、それぞれ概略的に示されている。シート状構造物をすくいあげる時に使われ、シート状構造物の下面と接する通液性シート部材を下面部と呼び、下面部にすくいあげたシート状構造物の上から押さえシート状構造物を保持するのに使われ、シート状構造物の上面と接する通液性シート部材を上面部と呼ぶ。
本明細書におけるシート状構造物は、シート形状を有する物体であればとくに限定されないが、例えば、シート状細胞培養物などの、生体由来材料からなる平面的な膜状組織や、プラスチック、紙、織布、不織布、金属、高分子、脂質といった種々の材質のフィルム等が挙げられる。平板な膜状組織として、例えばシート状細胞培養物が挙げられる。これらのうち、液中で難分解性のもの、液中で難崩壊性のものなどが好ましい。シート状構造物は、多角形や円形などであってもよく、幅、厚み、直径などは一様であってもなくてもよい。シート状構造物は好ましくは液体中で保存される。
【0015】
本明細書において、シート状細胞培養物とは、細胞が互いに連結してシート状になったものをいい、典型的には1の細胞層からなるものであるが、2以上の細胞層から構成されるものも含む。細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であればとくに限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、とくに、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
【0016】
本明細書におけるシート状細胞培養物は、異なる性質を有する上面および下面を有する。培養容器の底面に接触していた面を下面といい、かかる面は上面よりも接着性細胞が多く存在するため、移植対象の臓器などの表面に張り付けるのに好適である。
【0017】
本明細書におけるシート状細胞培養物は、上記の構造を形成し得る任意の細胞から構成される。かかる細胞の例としては、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、間葉系幹細胞、滑膜細胞、胚性幹細胞、上皮細胞(例えば、角膜上皮細胞、口腔粘膜上皮細胞)、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、歯根膜細胞、皮膚細胞などが挙げられる。本明細書においては、単層の細胞培養物を形成するもの、例えば、筋芽細胞などが好ましく、とくに好ましくは骨格筋芽細胞である。
【0018】
細胞は、細胞培養物による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、とくに限定されないが、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。また、シート状細胞培養物の形成に用いる細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。
【0019】
本発明におけるシート状細胞培養物は、スキャフォルド(細胞培養時の足場または支持構造)に細胞を播種し、培養することによって得られるシート形状の培養組織などでもよい。しかしながら、シート状細胞培養物は、好ましくは生体に由来しないスキャフォルドを含まない。
シート状細胞培養物は、任意の既知の手法によって製造されたものであってよい。
【0020】
本明細書において、通液性シート部材とは、通液性を有しているシート状の部材であれば特に限定されないが、例えば、メッシュ、織布、不織布、金網などの多孔性材料から構成されるシート状の部材が挙げられる。かかる部材は、洗浄の効率を妨げることのない程度の厚み、および/または目の粗さを有する。これにより、挟まれたシート状構造物には、洗浄液、輸送液および/または保存液などの様々な液体が十分かつ迅速に供給され得る。
通液性シート部材はシート状構造物の全部を挟持できればよく、その形状や寸法はとくに限定されない。
【0021】
上面部である通液性シート部材を構成する素材と下面部である通液性シート部材を構成する素材とは、同一であっても異なる種類であってもよいが、好ましくは、異なる種類である。異なる種類の素材を用いることの利点の一つは、シート状構造物の上面および下面が異なる性質を有する場合に、これらを容易に識別することができることである。また、上面部と下面部はそれらの使われ方が異なっている場合、その用途に応じた素材を選択することが好ましいためである。
【0022】
また、前述のとおり、シート状構造物が移植用のシート状細胞培養物である場合、細胞接着性が高い下面(培養皿に接していた面)を移植対象に張り付けるため、層状物を作製する際に、かかる下面に位置する通液性シート部材(下面部)を、層状物から剥離容易なものとするのが好ましい。また、脆弱なシート状細胞培養物を用いて層状物を作製する場合、一例として、かかる培養物を培養容器から当業者に公知の手法を用いて剥離し、液中にてその下面側に通液性シート部材(下面部)を差し込む。かかる場合、用いる通液性シート部材(下面部)は、シート状細胞培養物の下側に差し込み易いように、変形可能なものであるのが好ましい。以上の観点から、シート状構造物の下面に位置する通液性シート部材(下面部)は、前述のメッシュや織布などの多孔性材料から構成されることに加え、柔軟で薄い膜状であることが好ましい。この場合、厚肉なスポンジは、洗浄する観点から、好適とはいえない。
【0023】
下面部の素材は、例えば、ナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が含まれるが、これらに限定されない。また、下面部は滑らかでシート状構造物の下に滑り込ませやすい物性を有することが望ましい。下面部の表面は疎水性であってもよく、親水性であってもよい。親水性である場合、細胞が付着しないような処理がなされていることが好ましい。
【0024】
他方、上面部は、取り回し時にシート状構造物の担体となり得るため、シート状構造物への追随性が高く、柔軟な素材で構成されることが好ましい。シート状構造物がシート状細胞培養物である場合、シート状細胞培養物が送達される部位(移植部位)への追随性を有することが好ましい。かかる上面部の表面は疎水性であってもよく、親水性であってもよい。親水性である場合、細胞が付着しないような処理がなされていることが好ましい。
上面部の素材には、例えば、ナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が含まれるが、これらに限定されない。
上面部および下面部の具体例としては、限定するものではないが、各々、ナイロンとポリプロピレン、ナイロンとポリエチレン、ポリエチレンテレフタレートとセルロースの組合せが挙げられる。
【0025】
本発明の方法には、シート状構造物の上面および下面を通液性シート部材で挟んで層状物とする工程が含まれる。
図1の(b)には、シート状構造物1と、その両面に重ね合わされた通液性シート部材2、3とからなる層状物4が、
図1の(b1)には層状物4の断面図が、それぞれ概略的に示されている。
本明細書において、層状物とは、シート状構造物と、その上面および下面を挟む通液性シート部材とから構成される層状の構造物をいう。シート状構造物と通液性シート部材の上面部と下面部は間に介在する部材がない状態で互いに直接接触していることが好ましい。層状物を作製する工程には、層状物の分離を防止し、挟持されるシート状構造物の脱落を回避するために、必要に応じて、層状物の縁の一部または全部を接着して封鎖する工程が含まれていてもよい。かかる封鎖工程は、クリップ、針などによって行ってもよい。
本発明の層状物に含まれるシート状構造物は、1枚のみを単層の状態でもよいし、2枚以上を重ねた積層の状態でもよい。後者の場合、積層の各層は互いに連結していても、連結していなくてもよく、連結している場合は、重なり合っている部分が全て連結していても、部分的に連結していてもよい。複数枚のシート状構造物を本発明の方法またはデバイスにより保持することで、一度に大量のシート状構造物の洗浄、輸送、および/または保管が可能となり、作業の効率化に資する。
またシート状構造物の上面および下面を挟む通液性シート部材は上面部と下面部が連結部を介して連結した一体的な部材として供することができる。上面部および下面部が連結しているとシート状構造物を下面からすくい上げた後にただちに上面からシート状構造物を保持することができ、ハンドリングの観点から好ましい。連結部は上面部および/または下面部と同じ素材であっても、異なる素材であってもよい。1枚のシート状構造物を上面および下面から挟む構造を有している限り、複数のシート状構造物を保持できるように複数の上面部と下面部とが連結していてもよい。
【0026】
シート状構造物を通液性シート部材で挟む方法としては、シート状構造物に破損を与えないものであれば特に限定されないが、とくに脆弱なシート状細胞培養物を用いる場合は、これが破損することないよう配慮することが好ましい。例えば、脆弱なシート状細胞培養物を用いる場合は、これを培養容器から当業者に公知の手法を用いて剥離して液中に浮遊させ、その下面に通液性シート部材(下面部)を差し込み、かかるシート部材を支持体として液外に取り出し、シート状骨格筋芽細胞培養物の上面に別の通液性シート部材(上面部)を重ねることで、本発明の層状物とすることができる。
【0027】
本発明の方法には、層状物をケージ状の保護部材に挿入し、層状物の端部のみを保護部材に接触固定する工程が含まれる。
図1の(c)には、層状物4の端部を固定具501〜504により接触固定して収納したケージ状の保護部材5が概略的に示されている。
ケージ状の保護部材とは、層状物を取り囲んで外界の物理的な影響から保護しつつ、液体を十分に層状物中のシート状構造物に供給できる程度の空間および通液性を有する部材であって、層状物を脱落させることなく内部に保持できるものをいう。かかるケージ状の保護部材には、例えば、
図1の(c)に図示されるような簡単な骨格を有するケージ状の枠組みや、市販の実験用カセットなどが含まれるが、これらに限定されない。ケージ状の保護部材の素材としては、当該技術分野において想定できる範囲の衝撃・衝突に耐えうる素材であり、シート状構造物に悪影響を与えないものであれば特に限定されず、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。
【0028】
また、本発明のケージ状の保護部材は、層状物を挿入でき、かつ、外部へ取り出すことができる構造を有する。例えば、ケージ状の保護部材が
図1の(c)に示される立方体の枠組みである場合、その一面が開閉構造を有していてもよく、かかる構造の例としては、取り外し式の蓋(例えば
図2の(e1))、スライド式の蓋、または観音開き式の蓋(例えば
図2の(d2))などが挙げられる。
【0029】
本発明において、層状物の端部のみを保護部材に接触固定する。これにより、ケージ状の保護部材内で層状物を安定させることができ、層状物の分離までも防止することができる。層状物の端部とは、層状物の外縁付近の部分であって、シート状構造物を保持していない部分をいう。
【0030】
本明細書における、層状物の端部のみを該保護部材に接触固定する工程は、シート状構造物に悪影響を与えないものであればとくに限定されず、例えば、保護部材に備えられた固定具により行われてもよい。接触固定する一例として、
図2の(d1)には、層状物4の端部が、ケージ状の保護部材5の内部に備えられた固定具503〜506(ツメ)によって接触固定されている様子が概略的に示されている。
【0031】
本発明の一側面において、層状物をケージ状の保護部材に挿入する工程と層状物の端部のみを保護部材に接触固定する工程とは連動してなされる。例えば、層状物をケージ状の保護部材に挿入し、その蓋を閉じると、該ケージ状の保護部材に備えられた固定具によって層状物の端部がケージ内に接触固定される。かかる場合、ケージ状の保護部材の蓋を閉じることで、固定具による固定がなされ、蓋を開けて層状物を取り出すと同時に固定具から解放され、層状物が分離可能となる。
図2の(d1)および(d2)には、層状物を接触固定する一例として、内底および内蓋に円錐形状のツメ501〜506を備える保護部材が示されている。ツメ503〜506は内底および内蓋の表面から内側の層状物に向かって突出している。かかる例において、底部51に備えられたツメ505および506と蓋部52および53に備えられたツメ503および504とは、蓋が閉じた際(d1)に相互作用して層状物4の端部を固定し、蓋が開いた状態(d2)ではかかる固定は行われない。
【0032】
本発明の別の態様を
図2の(e1)および(e2)に図示する。保護部材の底部51の面積よりも広い面積を有する通液性シート部材を有する層状物4と、取り外し可能な蓋部54を有するケージ状の保護部材とを用いる。かかる場合、層状物4を、保護部材の底部51の上面の縁に載置すると層状物4の端部が保護部材からはみ出し、この上から蓋部54を載せて閉じることで、固定具を用いずとも層状物を固定することができる。
本発明の一態様において、層状物と保護部材との間の空間に通液性の介在部材を配置することもできる。介在部材は層状物および保護部材とは独立した部材であり、クッション性を有する立体的な構造を有する。かかる介在部材は、層状物に接した際に層状物を強く圧迫しない程度に層状物および保護部材の間の空間よりもやや大きい厚みを有する。介在部材としては特に限定されないが、樹脂や金属などのメッシュからなる袋状またはメッシュを複数回折りたたみある程度の厚みを有する構造体として構成される。層状物と保護部材との間の空間を埋めるように予め層状物に接するように配置した後に保護部材で層状物および介在部材を固定してもよいし、層状物を保護部材で固定した後に層状物と保護部材との間の空間に挿入してもよい。このような介在部材は保護部材に与えられた衝撃を吸収したり、あるいは保護部材ごと液体中で洗浄する際に層状物への液体のしみこみ圧力を低減する効果がある。
【0033】
本発明の一態様において、層状物は、その平面形状を維持したままケージ状の保護部材に挿入される。平面形状を維持するとは、層状物が巻回されたり折り畳まれたりした形状を排除する意であり、間に挟まれたシート状構造物の破損のリスクを回避できる状態であれば特に限定されない。層状物を、その平面形状を維持したままケージ状の保護部材に挿入することで、挟まれたシート状構造物の破損を防止できるため、変形した形状復帰作業が不要となり、即時的に使用することができる。
【0034】
本発明の一態様において、シート状細胞培養物は、シート状骨格筋芽細胞培養物である。シート状細胞培養物は、その一部を液外でつかむと自重で破断するほど脆弱であり、安定的に保持して取り扱い得ることに意義がある。
本明細書において、「安定」とは、広く物理的・生物学的な安定を指し、高ハンドリング性、難分離性、難崩壊性、難脱落性、難破損性、難感染性、高生存率、形状維持性などに関連する。
【0035】
本発明の一側面は、さらに層状物を挿入した保護部材を洗浄液に浸してシート状構造物を洗浄する工程を含む、シート状構造物の保持方法に関する。
シート状構造物は、その作製後に洗浄する必要がある場合がある。シート状構造物がシート状細胞培養物である場合、脆弱なシート状細胞培養物をシャーレなどの容器内に設置した状態で、洗浄液のピペットによる添加・排水を繰り返して洗浄するのが一般的である。本発明を用いると、シート状構造物を、通液性シート部材およびケージ状の保護部材を用いて保持した状態で液体槽などに浸すことが可能であり、洗浄が簡便となる。本発明の特徴的なシート部材や保護部材の組み合わせを用いることにより、担持されるシート状構造物の洗浄効率が維持できる。つまり、本発明の洗浄工程によると、脆弱なシート状構造物を単体で洗浄する場合に比べ、洗浄時間および労力を大幅に削減することができる。
【0036】
本明細書における洗浄液は、シート状構造物を洗浄できるものであれば特に限定されないが、例えば、水、水溶液、非水溶液、懸濁液、乳液などが挙げられる。シート状構造物が生体由来材料である場合、洗浄液は、生物学的安定性の観点から、生体適合性のもの、すなわち、生体組織や細胞に対して炎症反応、免疫反応、中毒反応などの望まない作用を起こさないか、少なくともかかる作用が小さいものが好ましく、例えば、水、生理食塩水、緩衝液、塩類溶液、培養液、ハンクス平衡塩溶液などが挙げられる。
洗浄工程は、必要に応じて、二種類以上の洗浄液を用いて二度以上行ってもよい。
【0037】
本発明の一側面は、さらに層状物を挿入した保護部材を輸送・保存液に浸して輸送・保存する工程を含む、シート状構造物の保持方法に関する。
本明細書における輸送液または保存液とは、シート状構造物を輸送または保存できるものであれば特に限定されないが、例えば、水、水溶液、非水溶液、懸濁液、乳液などが挙げられる。シート状構造物が生体由来材料である場合、輸送液は、生物学的安定性や長期保存可能性の観点から、生体適合性のもの、すなわち、生体組織や細胞に対して炎症反応、免疫反応、中毒反応などの望まない作用を起こさないか、少なくともかかる作用が小さいものが好ましく、上述の洗浄液と同じものを使用することができる。
【0038】
本発明の方法によると、シート状構造物を、通液性シート部材およびケージ状の保護部材により保持された状態で、液体槽などにそのまま浸漬せしめ、シート状構造物の原形状を維持したまま輸送・保存することができる。シート状構造物を使用に供する際には、特別な器具を用いなくとも、保護部材ごと液体外に取り出すことで、液中輸送・保存の状態を解除できる。
【0039】
本発明の一側面は、シート状細胞培養物を移植する方法であって、
シート状細胞培養物と、該シート状細胞培養物の上面および下面を挟む通液性シート部材とからなる層状物の端部を固定収納したケージ状の保護部材から、該層状物を取り出す工程、
該下面に位置する通液性シート部材を該層状物から剥離する工程、および
該上面に位置する通液性シート部材を担体として、該シート状細胞培養物の下面を移植対象の表面に接触させる工程を含む、前記方法に関する。
【0040】
層状物からシート状細胞培養物の下面に位置する通液性シート部材を剥離する場合、シート状細胞培養物の落下防止の観点より、層状物がシート状細胞培養物の上面が下方、下面が上方に位置する状態で行われることが好ましい。
層状物からシート状細胞培養物の下面に位置する通液性シート部材を剥離したあと、シート状細胞培養物は、その下面(すなわち、移植対象への接着性を有する面)を露出した状態で残りの通液性シート部材に担持されている。このとき、シート状細胞培養物の落下防止の観点より、シート状細胞培養物の上面が下方、下面が上方に位置することが好ましい。
【0041】
本発明に含まれる接触させる工程は、当業者に公知の手法であれば特に限定されないが、例えば、シート状細胞培養物を担持した通液性シート部材を、医療関係者の手の平や指の腹、またはヘラなどの医療器具に載せて移植対象に近づけ、露出したシート状細胞培養物の下面を移植対象の表面に接触させる。
【0042】
本明細書における移植対象は特に限定されないが、例えば、心臓などの臓器が挙げられる。
本発明の移植方法には、層状物を収納したケージ状の保護部材を洗浄液、輸送液、および/または保存液に浸す工程を含んでもよい。
【0043】
本発明の一側面は、シート状構造物を保持するデバイスであって、
シート状構造物を挟んで層状物を形成する2枚の通液性シート部材と、
前記層状物の端部を固定するための固定具を備えた、前記層状物を挿入するケージ状の保護部材と、
を備えた、前記デバイスに関する。
【0044】
図1の(c)には、本発明のデバイスの一態様が概略的に示される。
本発明のデバイスは、シート状構造物を含んでいてもいなくてもよい。
本発明のデバイスにおける各構成部材の定義は、前述のとおりである。
【0045】
また、本発明の方法およびデバイスは、ヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いるシート状細胞培養物の取り扱いに限らず、他の医療用途にも供することができる。以上に説明した態様を、本発明の思想を逸脱しない範囲で改変した種々の態様もまた本発明の範囲に包含され、かかる改変は当業者にとっては容易に理解可能である。
【0046】
以下に、本発明で用いたシート状細胞培養物の作製方法および洗浄方法を例示する。
【0047】
実施例1:シート状細胞培養物の作製
20%ヒト血清を含有するDMEM/F12培地(Invitrogen製)を、3.5cm UpCell(登録商標)dish温度応答性培養皿(セルシード製)に0.8mL添加し、37℃、5%CO
2濃度の条件で前処理として培養を行った。7時間後にピペッティングにより除去し、20%ヒト血清含有DMEM/F12培地1.66mLに懸濁した9.3×10
6個のヒト骨格筋芽細胞を播種した。播種後、37℃、5%CO
2濃度の条件で24時間の培養を行ってシート状細胞培養物(直径約10mm、厚さ400〜470μm)を作製した。温度を変化させることによりシート状細胞培養物を培養皿の表面から剥離した。剥離したシート状細胞培養物は培養皿の中の培養液中に浮遊した状態であった。
【0048】
実施例2:シート状細胞培養物の洗浄
実施例1で作製したシート状細胞培養物の下側にポリプロピレンメッシュを差し込みメッシュ上にすくいあげた。メッシュ上のシート状細胞培養物の上にナイロンの膜を配置し、シート状細胞培養物をポリプロピレンメッシュとナイロン膜で挟んだ。これを金属フレームからできたケージに挟み込み、シート状細胞培養物が保持されていないポリプロピレンメッシュとナイロン膜の部分を固定した。シート状細胞培養物を収容した状態のケージをハンクス平衡塩溶液中に沈め放置することによりシート状細胞培養物を洗浄した。この洗浄工程を二回繰り返し、洗浄されたシート状細胞培養物を得た。
【0049】
実施例3:シート状細胞培養物の洗浄
実施例1で作製したシート状細胞培養物の下側にポリエチレンメッシュを差し込みメッシュ上にすくいあげた。メッシュ上のシート状細胞培養物の上にナイロンの膜を配置し、シート状細胞培養物をポリエチレンメッシュとナイロン膜で挟んだ。これを金属フレームからできたケージに挟み込み、シート状細胞培養物が保持されていないポリエチレンメッシュとナイロン膜の部分を固定した。シート状細胞培養物を収容した状態のケージを培養液中に沈め放置することによりシート状細胞培養物を洗浄した。この洗浄工程を七回繰り返し、洗浄されたシート状細胞培養物を得た。
【0050】
実施例4:シート状細胞培養物の洗浄
実施例1で作製したシート状細胞培養物の下側にセルロース膜を差し込みセルロース膜上にすくいあげた。セルロース膜上のシート状細胞培養物の上にポリエチレンテレフタレートの膜を配置し、シート状細胞培養物をセルロース膜とポリエチレンテレフタレート膜で挟んだ。ここにステンレス製メッシュを複数回折りたたみ厚みを出した構造物をポリエチレンテレフタレート膜側に配置し、折りたたんだステンレスメッシュごと金属フレームからできたケージに挟み込み、シート状細胞培養物が保持されていないセルロース膜とポリエチレンテレフタレート膜の部分を固定した。シート状細胞培養物を収容した状態のケージを培養液中に沈め放置することによりシート状細胞培養物を洗浄した。この洗浄工程を七回繰り返し、洗浄されたシート状細胞培養物を得た。