(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基材と、該基材上に形成された配向層とキャップ層および酸化物超電導層を有し、前記配向層がイオンビームアシスト蒸着法により形成されたMgOからなり、前記キャップ層が前記配向層上に形成された下部キャップ層とその上に形成された上部キャップ層からなり、前記下部キャップ層が、レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法のいずれかから形成された厚さ4nm以上の薄膜からなり、前記上部キャップ層が、プラズマを前記下部キャップ層に曝すスパッタ法により形成された薄膜からなり、前記下部キャップ層と上部キャップ層が同一材料からなることを特徴とする酸化物超電導線材。
基材と、該基材上に形成された配向層とキャップ層および酸化物超電導層を有し、前記配向層がイオンビームアシスト蒸着法により形成されたMgOからなり、前記キャップ層が前記配向層上に形成された下部キャップ層とその上に形成された上部キャップ層からなる酸化物超電導線材を製造する方法であり、
前記基材上に配向層を形成する配向層形成工程と、前記配向層上にキャップ層を形成するキャップ層形成工程と、前記キャップ層上に酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程を含み、前記キャップ層形成工程を下部キャップ層形成工程と上部キャップ層形成工程から構成し、
前記下部キャップ層形成工程において、レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法のいずれかから厚さ4nm以上の薄膜として下部キャップ層を形成し、
前記上部キャップ層形成工程において、プラズマを前記下部キャップ層に曝すスパッタ法により形成するとともに、前記下部キャップ層と上部キャップ層を同一材料から形成することを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のイオンビームアシスト蒸着法により結晶配向性の良好な中間層を形成するのは、中間層として良好な結晶配向性を確保し、その上に更に結晶配向性の良好なキャップ層を形成し、その上に酸化物超電導層を成膜するならば、酸化物超電導層の結晶配向性も良好にできるとの知見によっている。また、イオンビームアシスト蒸着法は成膜時に基材の斜め方向からイオンビームを照射しつつ粒子堆積を行い、結晶粒同士の結晶軸がなす粒界傾角を小さくできるので、超電導電流の流れやすい超電導層を製造するために有効な技術として知られている。
【0007】
また、結晶配向性の優れた配向層上にCeO
2からなるキャップ層を成膜することでキャップ層としての結晶配向性を単結晶と同等に向上させることができ、このキャップ層上に酸化物超電導層を成膜することで特性の優れた酸化物超電導層を有した超電導線材を得ることができる。
CeO
2からなるキャップ層を成膜する方法の一例として先の特許文献1には、レーザー蒸着法(PLD法)が開示されている。このPLD法によれば、基材を600〜900℃に加熱し、0.6〜40Pa程度の酸素ガス雰囲気中においてレーザー光をCeのターゲットに照射し、ターゲットから発生させた粒子を配向層上に堆積させることで単結晶と同程度の結晶配向性のキャップ層を得ることができる。
このPLD法によるCeO
2のキャップ層はIBAD−MgO層に対し結晶配向性の面で優れてはいるものの、スパッタ法などに比べて成膜レートが劣り、成膜コストの面で不利となる欠点を有していた。また、PLD法によるキャップ層は、膜厚をある程度増やしてゆくと結晶配向性の向上が止まることがわかっている。
【0008】
一方、スパッタ法はターゲットと基材の間にプラズマを発生させて成膜を行うので、基材上のIBAD−MgO層もプラズマに曝されるが、IBAD−MgO層は10nm以下程度の極めて薄い薄膜であり、プラズマに曝されて損傷を受けるおそれがあった。なお、IBAD−MgO層は10nm以下程度の薄い膜厚での結晶配向性に優れるものの、膜厚を増加すると結晶配向性が劣化することが知られているので、膜厚を増加することはできない。
また、本発明者の知見によれば、単結晶基板などの基板表面にスパッタ法により形成したCeO
2のキャップ層は、その結晶配向度の指標となるΔφ(半値全幅)の値が単結晶と同程度に優れていることが分かっている。しかし、IBAD−MgO層上にスパッタ法によりCeO
2のキャップ層を形成した場合、単結晶上に成膜する場合ほど結晶配向性に優れたキャップ層にならないことを知見している。スパッタ法において成膜レートを上げるためには、基材とターゲットをできる限り近づける必要があるが、同時にIBAD−MgO層へのプラズマダメージが大きくなる問題がある。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、IBAD−MgO層へのダメージを大きくしない成膜法によりIBAD−MgO層上に結晶配向性の良好なキャップ層を成膜することができ、高い生産性を維持しつつ優れた結晶配向性を備えたキャップ層を備えた酸化物超電導線材およびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の酸化物超電導線材は、基材と、該基材上に形成された配向層とキャップ層および酸化物超電導層を有し、前記配向層がイオンビームアシスト蒸着法により形成されたMgOからなり、前記キャップ層が前記配向層上に形成された下部キャップ層とその上に形成された上部キャップ層からなり、前記下部キャップ層が、レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法のいずれかから形成された厚さ4nm以上の薄膜からなり、前記上部キャップ層が、プラズマを前記下部キャップ層に曝すスパッタ法により形成され、前記下部キャップ層と上部キャップ層が同一材料からなることを特徴とする。
【0011】
レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法で下部キャップ層を形成するならば、下部キャップ層の下に位置している薄い配向層の表面をプラズマ等で損傷させことがない。よって、損傷を受けていない結晶配向性の整った配向層表面に対し下部キャップ層の生成ができるので、結晶配向性に優れた下部キャップ層を生成できる。
また、厚さ4nm以上の下部キャップ層の上にプラズマを利用する成膜法であるスパッタ法で上部キャップ層を形成するならば、結晶配向性の優れた上部キャップ層をスパッタ法が有する高い成膜レートを維持しつつ形成できるので、生産効率を向上できる。
上部キャップ層を生成する場合のスパッタ法によるプラズマに下部キャップ層の表面は曝されるが、下部キャップ層と上部キャップ層は同じ材料からなり、上部キャップ層は下部キャップ層に対しホモエピタキシャル成長できるので、下部キャップ層の表面をプラズマに曝したとしても、上部キャップ層を良好な結晶配向性でもって形成できる。これに対し、イオンビームアシスト蒸着法によるMgOの配向層とその上に形成される下部キャップ層の材料は異なるので、配向層の表面の状態によって下部キャップ層の結晶配向性に大きな影響が生じる。プラズマに曝された配向層の表面ではキャップ層の結晶が良好な配向性をもって配向し難くなる。
【0012】
本発明において、前記キャップ層をCeO
2あるいはLaMnO
3から形成することができる。
イオンビームアシスト蒸着法によるMgOの配向層に対しCeO
2あるいはLaMnO
3からなる下部キャップ層であるならば、良好な配向性でもって結晶配向することが可能となる。
【0013】
本発明において、前記上部キャップ層の結晶配向度の指標となる半値全幅Δφを4.5゜以下にすることができる。
上部キャップ層の半値全幅Δφを4.5゜以下とするならば、その上に形成する酸化物超電導層の面内配向性を良好にすることができ、臨界電流等の超電導特性の優れた酸化物超電導層を備えた酸化物超電導線材を得ることができる。
【0014】
本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、基材と、該基材上に形成された配向層とキャップ層および酸化物超電導層を有し、前記配向層がイオンビームアシスト蒸着法により形成されたMgOからなり、前記キャップ層が前記配向層上に形成された下部キャップ層とその上に形成された上部キャップ層からなる酸化物超電導線材を製造する方法であり、
前記基材上に配向層を形成する配向層形成工程と、前記配向層上にキャップ層を形成するキャップ層形成工程と、前記キャップ層上に酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程を含み、前記キャップ層形成工程を下部キャップ層形成工程と上部キャップ層形成工程から構成し、前記下部キャップ層形成工程においてレーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法のいずれかから厚さ4nm以上の薄膜として下部キャップ層を形成し、前記上部キャップ層形成工程において、プラズマを前記下部キャップ層に曝すスパッタ法により形成するとともに、前記下部キャップ層と上部キャップ層を同一材料から形成することを特徴とする。
【0015】
レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法で下部キャップ層を形成するならば、下部キャップ層の下に位置している薄い配向層の表面をプラズマ等で損傷させことがない。よって、損傷を受けていない結晶配向性の整った配向層表面に対し下部キャップ層の生成ができるので、結晶配向性に優れた下部キャップ層を生成できる。
また、厚さ4nm以上の下部キャップ層の上にプラズマを利用する成膜法であるスパッタ法で上部キャップ層を形成するならば、結晶配向性の優れた上部キャップ層をスパッタ法が有する高い成膜レートを維持しつつ形成できるので、生産効率を向上できる。
上部キャップ層を生成する場合のスパッタ法によるプラズマに下部キャップ層の表面は曝されるが、下部キャップ層と上部キャップ層は同じ材料からなり、上部キャップ層は下部キャップ層に対しホモエピタキシャル成長できるので、下部キャップ層の表面をプラズマに曝したとしても、上部キャップ層を良好な結晶配向性でもって形成できる。これに対し、イオンビームアシスト蒸着法によるMgOの配向層とその上に形成される下部キャップ層の材料は異なるので、配向層の表面の状態によって下部キャップ層の結晶配向性に大きな影響が生じる。プラズマに曝された配向層の表面ではキャップ層の結晶が良好な配向性をもって配向し難くなる。
【0016】
本発明において、前記キャップ層をCeO
2あるいはLaMnO
3から形成することができる。
イオンビームアシスト蒸着法によるMgOの配向層に対しCeO
2あるいはLaMnO
3からなる下部キャップ層であるならば、良好な配向性でもって結晶配向することが可能となる。
【0017】
本発明において、前記上部キャップ層の結晶配向度の指標となる半値全幅Δφを4.5゜以下とすることができる。
上部キャップ層の半値全幅Δφを4.5゜以下とするならば、その上に形成する酸化物超電導層の面内配向性を良好にすることができ、臨界電流等の超電導特性の優れた酸化物超電導層を備えた酸化物超電導線材を得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法で下部キャップ層を形成し、損傷を受けていない結晶配向性の整った配向層表面に対し下部キャップ層の生成ができるので、結晶配向性に優れた下部キャップ層を生成できる。このため、下部キャップ層上に形成した上部キャップ層の結晶配向性にも優れるので、上部キャップ層上に結晶配向性に優れ、超電導特性に優れた酸化物超電導層を形成でき、優れた超電導特性を発揮する酸化物超電導線材を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、酸化物超電導線材および酸化物超電導線材の製造方法の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、本発明は以下説明の実施形態に限定されるものではない。また、以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするため、便宜上、要部となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
図1(A)に示すように、本実施形態の酸化物超電導線材1は、基材2の一面(表面)上に、中間層5、酸化物超電導層6、保護層7および金属安定化層8がこの順に積層され、これらの周囲を絶縁材からなる被覆層10で覆って構成されている。なお、被覆層10は必須の構成ではなく、絶縁が不要な場合は略しても良い。
【0021】
酸化物超電導線材1において基材2は、可撓性を有する長尺の超電導線材とするためにテープ状やシート状あるいは薄板状であることが好ましい。また、基材2に用いられる材料は、機械的強度が比較的高く、耐熱性があり、線材に加工することが容易な金属を有しているものが好ましく、例えば、ステンレス鋼、ハステロイ等のニッケル合金等の各種耐熱性金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配した材料などが挙げられる。中でも、市販品であれば、Ni合金の1種として知られているハステロイ(商品名、米国ヘインズ社製)が好適である。このハステロイの種類には、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等が挙げられ、ここではいずれの種類も使用できる。また、基材2の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は10〜500μm、好ましくは20〜200μmである。また、基材2として、ニッケル合金に集合組織を導入した配向Ni−W合金テープ基材等を適用することもできる。
【0022】
中間層5は、拡散防止層またはベッド層からなる下地層3Aと、配向層3Bと、下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dがこの順に積層された構造を一例として適用することができる。
拡散防止層は、この層よりも上面側に他の層を形成する際に加熱処理した結果、基材2や他の層が熱履歴を受ける場合、基材2の構成元素の一部が拡散し、不純物として酸化物超電導層6側に混入することを抑制する機能を有する。拡散防止層の具体的な例として、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、不純物の混入を防止する効果が比較的高いAl
2O
3、Si
3N
4、又はGZO(Gd
2Zr
2O
7)等から構成される単層構造あるいは複層構造が望ましい。
【0023】
ベッド層は、基材2と酸化物超電導層6との界面における構成元素の反応を抑え、この層よりも上に設けられる層の配向性を向上させるために用いられる。ベッド層の具体的な構造としては、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、耐熱性が高いY
2O
3、CeO
2、La
2O
3、Dy
2O
3、Er
2O
3、Eu
2O
3、Ho
2O
3などの希土類酸化物から構成される単層構造あるいは複層構造が望ましい。拡散防止層とベッド層は両方設けても良く、また、どちらか一方のみ設けても良いが、
図1の実施形態ではこれらをまとめて1つの下地層3Aとして表記した。
【0024】
配向層3Bは、その上に形成されるキャップ層3C、3Dや酸化物超電導層6の結晶配向性を制御する機能と、基材2の構成元素が酸化物超電導層6へ拡散することを抑制する機能と、基材2と酸化物超電導層6との熱膨張率や格子定数といった物理的特性の差を緩和する機能等を有するものである。配向層3Bの構成材料は、前記機能を発現し得るものであれば特に限定されない。Gd
2Zr
2O
7、MgO、ZrO
2−Y
2O
3(YSZ)等の金属酸化物を用いると、後述するイオンビームアシスト蒸着法(以下、IBAD法と呼ぶことがある。)において、結晶配向性の高い層が得られ、キャップ層3C、3Dと酸化物超電導層6の結晶配向性をより良好なものとすることができるため、特に好適である。
IBAD法により形成されたMgOからなる配向層3Bの一例として、X線回折による面内配向度の指標としての半値全幅の値Δφとして、15゜以下、望ましくは10゜以下を得ることができる。
【0025】
キャップ層3C、3Dは、酸化物超電導層6の結晶配向性を配向層3Bと同等ないしそれ以上強く制御し、酸化物超電導層6を構成する元素の中間層5側への拡散や、酸化物超電導層6の積層時に使用するガスと中間層5との反応を抑制する機能等を有するものである。キャップ層3C、3Dの構成材料は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、CeO
2、Y
2O
3、Al
2O
3、Gd
2O
3、ZrO
2、Ho
2O
3、Nd
2O
3、Zr
2O
3、LMnO
3等の金属酸化物が酸化物超電導層6との格子整合性の観点から好適である。そのなかでも、酸化物超電導層6とのマッチング性から、CeO
2あるいはLMnO
3が特に好適である。ここで、キャップ層3C、3DにCeO
2を用いる場合、キャップ層3C、3Dは、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。これらキャップ層3C、3Dの結晶面内配向性の指標である半値全幅の値Δφは4.5゜以下、例えば、1〜4.5゜の範囲とされる。また、キャップ層3C、3Dを合わせたキャップ層全体としての層厚は、100nm以上は必要であり、結晶配向性を考慮すると200nm以上の膜厚が好ましい。また、厚すぎる場合は、成膜処理に時間がかかり過ぎる問題がある。このため、100nm以上、1000nm以下の範囲とすることが好ましく、200nm以上、500nm以下の範囲とすることがより好ましい。
【0026】
本実施形態においてキャップ層は、下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dの2層から構成されている。下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dは、いずれも同じ材料から形成され、各層の結晶配向性も同等とされているが、各層を形成する手段が異なる。
下部キャップ層3Cは、レーザー蒸着法、イオンビームスパッタ法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法、長距離スパッタ法、対向ターゲット式スパッタ法、ECRスパッタ法のいずれかから、上述の材料により形成された好ましくは厚さ4nm以上の薄膜からなる。
下部キャップ層3Cの膜厚は、4nm以上は必要であり、4nm未満の膜厚の場合、上部キャップ層3Dの面内配向度の指標となるΔφの値が不十分となるおそれがある。下部キャップ層3Cの膜厚は、4nm以上であれば良好な面内配向度を得ることができるので、200nmあるいは400nmなどの膜厚としても良い。しかし、下部キャップ層3Cを形成する方法として後述するスパッタ法よりも成膜レートが低い方法である場合、下部キャップ層3Cを形成するために必要以上に時間を要すと、生産性が悪化するのでキャップ層としての全体の成膜時間を短縮するために下部キャップ層3Cは上部キャップ層3Dより薄い方が望ましい。また、成膜時間の短縮などを考慮すると、下部キャップ層3Cの膜厚は、4nm以上かつ200nm以下が好ましい。下部キャップ層3Cの膜厚は、4nm程度あればプラズマによるダメージの影響を受けずにその上に結晶配向性の良好な上部キャップ層3Dを形成できる。なお、スパッタ法によるキャップ層の生成はPLD法よりも安価に実施できるので、スパッタ法で成膜できる部分がトータルの膜厚に対して増えるという点でPLD法のみによる成膜よりも有利となる。
【0027】
上部キャップ層3Dは、スパッタ法により形成されている。スパッタ法は気体の分子をグロー放電などでプラズマ化し、電位差を付けてプラズマをターゲットに向けて加速し、ターゲットに衝突させたプラズマによりターゲットから粒子を叩き出し、この粒子を堆積させて下部キャップ層3C上に成膜する方法である。従って、ターゲットにプラズマを衝突させる上に、粒子を堆積させる側の下部キャップ層3Cにもプラズマを衝突させることとなり、下地の状態によっては下地が損傷するおそれがある。
スパッタ法により上部キャップ層3Dを成膜する場合の下地は下部キャップ層3Cとなる。ここで、下部キャップ層3Cを薄く形成しすぎると、スパッタ法を実施する場合のプラズマの衝撃により下部キャップ層3Cも損傷されるおそれがあり、プラズマによるダメージを受けた下部キャップ層3Cの上に形成される上部キャップ層3Dは面内配向度の指標であるΔφの値が悪化するおそれがある。
【0028】
本実施形態の下部キャップ層3Cは、
図1(B)に拡大して示すように酸化セリウムの結晶をある程度の大きさに成長させた結晶粒3eが複数集合されてなる多結晶体であり、各結晶粒3eの内部では結晶軸のa軸あるいはb軸が揃っているが、粒界Rを介し隣接する結晶粒3e同士が示す粒界傾角Kを1゜〜4.5゜程度の優れた配向性に形成した多結晶体となっている。この粒界傾角については上述の面内配向度の指標であるΔφの値として把握することができる。
【0029】
上部キャップ層3Dの面内配向度を示す指標となるΔφの値は、4.5゜以下、例えば、1〜4.5゜の範囲、あるいは、3〜4.5゜の範囲とすることが望ましい。このため、上述の如く下部キャップ層3Cを厚さ4nm以上成膜し、かつ、その上に上述のスパッタ法により数10nm〜300nm程度の膜厚で上部キャップ層3Dを形成することが好ましい。
面内配向性の優れた下部キャップ層3Cの上に上部キャップ層3Dを成膜するならば、下部キャップ層3Cの良好な結晶配向性に整合するように上部キャップ層3Dの結晶構造も整うので、優れた面内配向性の上部キャップ層3Dを得ることができる。
【0030】
本実施形態において上部電極3Dを形成する方法として、成膜レートの高いプラズマ法を採用するが、プラズマ法を実施する場合の下地がIBAD−MgO層のように極めて薄く、プラズマダメージの影響を受けやすい薄膜である場合、IBAD−MgO層はプラズマダメージを受けて自身表面の状態が乱れることとなり、その上に形成する下部キャップ層3Cの結晶配向性を良好とすることができない問題がある。
そこで、IBAD−MgOからなる配向層3Bを保護し、かつ、自身はスパッタ時のプラズマからのダメージの影響を受けにくく、面内配向性も確保できる層として下部キャップ層3Cを設けている。
【0031】
酸化物超電導層6は、超電導状態の時に電流を流す機能を有するものである。酸化物超電導層6に用いられる材料には、通常知られている組成の酸化物超電導体からなるものを広く適用することができ、例えば、Y系超電導体、Bi系超電導体などの銅酸化物超電導体などが挙げられる。Y系超電導体の組成は、例えば、REBa
2Cu
3O
7−x(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素、xは酸素欠損を表す。)が挙げられ、具体的には、Y123(YBa
2Cu
3O
7−x)、Gd123(GdBa
2Cu
3O
7−x)が挙げられる。Bi系超電導体の組成は、例えば、Bi
2Sr
2Ca
n−1Cu
nO
4+2n+δ(nはCuO
2の層数、δは過剰酸素を表す。)が挙げられる。この酸化物超電導体の母物質は絶縁体であるが、後述する製造方法において説明する酸素アニール処理により酸素を取り込むことで結晶構造の整った酸化物超電導体となり、超電導特性を示す性質を持っている。
【0032】
酸化物超電導層6がこのような優れた結晶配向性を示すためには、上述のIBAD法により配向層3Bを良好な結晶配向性で成膜した上に、下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dを積層し、それらの上に酸化物超電導層6を成膜することにより実現できる。
図2に配向層3Bと下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dとが積層されてこれらの結晶配向性が整っている状態を示す。
図2では、基材2上に配向層3Bと下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dと酸化物超電導層6が積層され、超電導積層体4が構成された状態を略図として示している。
このような優れた結晶配向性の酸化物超電導層6であるならば、超電導線材1として臨界温度以下に冷却し、通電した場合、優れた臨界電流特性を発揮する。
【0033】
保護層7は、酸化物超電導線材1への通電時、何らかの事故により発生する過電流をバイパスする電流路となり、酸化物超電導層6に酸素を取り込ませやすくするために、加熱時には酸素を透過しやすくする機能を有する。このため、保護層7は、Agあるいは少なくともAgを含む材料から形成されることが好ましい。また、保護層7を形成する材料は、Au、Ptなどの貴金属を含む混合物もしくは合金であってもよく、これらを複数用いてもよい。
【0034】
本実施形態の酸化物超電導線材1の構造においては、保護層7上に金属安定化層8が積層されている。金属安定化層8の用途は、酸化物超電導線材1の用途により異なる。例えば、超電導ケーブルや超電導モーターなどに使用する場合は、何らかの事故によりクエンチが起こり、酸化物超電導層6が常電導状態に転移した時に発生する過電流を転流させるバイパスのメイン部として用いられる。このとき、金属安定化層8に用いられる材料は、銅、Cu−Zn合金(黄銅)、Cu−Ni合金等の銅合金、アルミ、アルミ合金、ステンレス等の比較的安価な材質からなるものを用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることから銅を用いることが好ましい。また、酸化物超電導線材1を超電導限流器に使用する場合、安定化層は、クエンチが起こり常電導状態に転移した時に発生する過電流を瞬時に抑制するために用いられる。この用途の場合、金属安定化層8に用いられる材料は、例えば、Ni−Cr等のNi系合金等の高抵抗金属が挙げられる。
金属安定化層8の構造は、他の層と同様に層構造であっても良く、基材2から保護層7まで積層した積層体を保護層7の表面側から積層体の裏面側を所定幅覆うように金属テープを折り曲げた横断面C型構造の金属安定化層であってもよい。また、金属安定化層8を金属めっきにより構成し、基材2から保護層7まで形成した積層体の全体をめっき層で覆った構造としても良い。
【0035】
また、
図1に示す本実施形態の構造のように、酸化物超電導線材1の構造において、基材2、中間層5、酸化物超電導層6、保護層7、金属安定化層8が積層された積層体9の全周を覆うようにテープ状、シート状の絶縁材からなる被覆層10が形成された構造としてもよい。絶縁材からなる被覆層10は、外部との絶縁を図り、酸化物超電導線材1を補強する機能を有する。被覆層10に用いられる材料は、絶縁性材料であれば特に限定されないが、例えば、ポリイミド等の絶縁樹脂が挙げられる。なお、被覆層10は必ず必要な要素ではなく、酸化物超電導線材1として個別絶縁することが不要な場合は略してもよい。
【0036】
次に、本発明に係る酸化物超電導線材1の製造方法の一例について説明する。
まず、テープ状の基材2の表面上に、拡散防止層とベッド層からなる下地層3Aを形成する(下地層形成工程)。
拡散防止層とベッド層は、結晶性が特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成できる。なお、拡散防止層とベッド層は必ずしも両方用いる必要はなく、これらの層のうち少なくとも1層を用いた構造になればよく、場合によっては両方の層を略しても良い。拡散防止層とベッド層の両方の層を略した場合、基材2の表面上に直接、以下に説明する配向層3Bを形成する。
【0037】
下地層3A上に配向層3Bを形成する(配向層形成工程)。
配向層3Bの形成方法には、酸化物超電導層6や下部キャップ層3Cの結晶配向性をより高く制御できることから、IBAD法を用いることが好ましい。ここで、IBAD法とは、成膜時に、結晶の成膜面に対して所定の入射角度でArなどのイオンビームを照射することにより、結晶軸を配向させる方法である。また、配向層3Bは、前述した材料を一つ用いて単層構造としても良いし、複数用いて複層構造としても良い。
【0038】
次に、配向層3B上に下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dを形成する(キャップ層形成工程)。
下部キャップ層3Cの形成には、CeO
2あるいは金属セリウムのターゲットを用いた成膜法を採用できる。この場合、一例として、パルスレーザー蒸着法(以下、PLD法と呼ぶことがある。)を採用できる。
図3は長尺の基材上に形成されている配向層3B上に、PLD法により下部キャップ層3Cを連続成膜する装置の一例を示す図である。
【0039】
この例のレーザー蒸着装置Aは、
図3、
図4に示すようにテープ状の基材2をその長手方向に走行するための走行装置13と、この走行装置13の下側に設置されたターゲット11と、このターゲット11にレーザー光を照射するために処理容器(真空チャンバ)18の外部に設けられたレーザー光源12を備えている。
前記走行装置13は、一例として、成膜領域15に沿って走行するテープ状の基材2を案内するための転向リールの集合体である転向部材群16、17を備え、これら転向部材群16、17に基材2を巻き掛けて成膜領域15に基材2の複数のレーンを構成するように基材2を案内できる装置として構成される。
【0040】
前記走行装置13とターゲット11は処理容器18の内部に収容されており、処理容器18は、外部と成膜空間とを仕切る容器であり、気密性を有するとともに、内部が高真空状態とされるため耐圧性を有する構成とされる。この処理容器18には、処理容器内のガスを排気する排気手段19が接続され、他に、処理容器内にキャリアガスおよび反応ガスを導入するガス供給手段が形成されているが、図面ではガス供給手段を略し、各装置の概要のみを示している。
基材2は処理容器18の内部に設けられている供給リール20に巻き付けられ、必要長さ繰り出すことができるように構成されている。供給リール20から繰り出された基材2は、複数の転向リール16aを同軸的に隣接配置した転向部材群16と、複数の転向リール17aを同軸的に隣接配置した転向部材群17に交互に巻き掛けられている。これらの転向部材群16、17は処理容器18の内部において離間して配置され、それらの間に複数の平行なレーン2Aを構成するように基材2が配置され、基材2は転向部材群17から引き出されて巻取リール21に巻き取られるように構成されている。
【0041】
また、処理容器18の内部に、転向部材群16、17とその周囲を囲む矩形箱状のヒーターボックス23が設けられ、供給リール20から繰り出された基材2はヒーターボックス23の一側の入口部23aを通過して転向部材群16に至るように構成され、転向部材群17から引き出された基材2はヒーターボックス23の他側の出口部23bを介し巻取リール21側に巻き取られるようになっている。なお、図に示す装置においてヒーターボックス23は成膜領域15の温度制御を行うために設けられているが、ヒーターボックス23は略しても差し支えない。
転向部材群16、17の間の中間位置の下方に本発明に係る円板状のターゲット11が設けられている。このターゲット11は、円盤状のターゲットホルダ25に装着されて支持され、ターゲットホルダ25は、その下面中央部に取り付けられた支持ロッド26により回転自在(自転自在)に支持され、更に図示略の往復移動機構により
図2に示すY
1、Y
2方向(転向部材群16、17の間に形成される基材2のレーン2Aに沿う前後方向)に水平に往復移動自在に支持されている。これらの機構によるターゲットホルダ25の回転移動と往復前後移動により、ターゲット11の表面に照射されるレーザー光の位置を適宜変更できるように構成されている。
【0042】
ターゲット11の上方のヒーターボックス23の下面には、転向部材群16、17間において基材2が走行する複数のレーン2Aの全幅に該当するように開口部23cが形成されている。また、ヒーターボックス23において開口部23cの内側には熱板などの加熱装置27が配置され、転向部材群16、17の間を複数のレーン状に走行移動される基材2をそれらの裏面側から所望の温度に加熱できるように構成されている。加熱装置27は基材2をその裏面側から目的の加熱できる装置であればその構成は問わないが、通電式の電熱ヒータを内蔵した金属盤からなる一般的な加熱ヒータを用いることができる。
【0043】
図1に示すように処理容器18において、ターゲット11を中心としてターゲット11の一側に位置する側壁18Aにターゲット11に対向するように照射窓が形成されている。照射窓の外方には集光レンズ32と反射ミラー33を介しアブレーション用のレーザー光源12が配置されている。
前記アブレーション用のレーザー光源12はエキシマレーザーあるいはYAGレーザー等のようにパルスレーザーとして良好なエネルギー出力を示すレーザー光源を用いることができる。レーザー光源12の出力として、例えば、エネルギー密度1〜5J/cm
2程度、パルス周波数200〜600Hzのレーザー光源を用いることができる。
【0044】
レーザー蒸着装置Aを用いて下部キャップ層3Cを成膜するには、一例として、基材2上に下地層3Aと配向層3Bを先に説明した種々の成膜法で形成したテープ状の基材を用いる。
この基材2を供給リール20から転向部材群16、17を介して巻取リール21に
図3または
図4に示すように巻き掛け、ターゲット11を装着した後、処理容器18の内部を減圧する。
目的の圧力に減圧後、レーザー光源12からパルス状のレーザー光をターゲット11の表面に集光照射する。
ターゲット11の表面にパルス状のレーザー光を集光照射すると、ターゲット11の表面部分の構成粒子を叩き出し若しくは蒸発させて前記ターゲット11から構成粒子の噴流(プルーム)29を発生させることができ、レーンを構成し走行しているテープ状の基材2の配向層3Bの上に目的の粒子堆積を行って、下部キャップ層3Cを成膜できる。
この成膜の際、転向部材群16、17を通過した際の膜厚が4nm以上となるようにレーザー蒸着装置Aにおける基材搬送速度とレーザー照射条件を選択する。下部キャップ層3Cは、結晶配向性に優れた配向層3Bの上に積層されるので、エピタキシャル成長できる結果、優れた結晶配向性が得られる。
【0045】
下部キャップ層3C上に以下に説明するスパッタ装置により上部キャップ層3Dを成膜する。
図5に示すスパッタ装置Bは、水平に配置されたホルダ40の上に設置されたターゲット41と、該ターゲット41の上方に対向するように設けられた基板保持部42と、ターゲット41と基板保持部42とに接続された交流電源43と整合器44とを備えている。また、ホルダ40とターゲット41と基板保持部42が真空チャンバー等の減圧容器45の内部に収容されている。
【0046】
減圧容器45には、上部に供給口46および排気口47が設けられており、供給口46および排気口47を介し、減圧容器45の内部と外部が連通されている。供給口46にはガス供給手段が、排気口47には真空ポンプ等の減圧手段がそれぞれ接続されている。
ガス供給手段は、プロセスガスと反応性ガスとの混合ガスを、供給口46から減圧容器45内に供給できるように構成されている。プロセスガスを減圧状態の減圧容器45内に導入してターゲット41と基板保持部42に電力を投入すると、ターゲット41と基板保持部42間にプラズマを発生させることができる。このようなプロセスガスとして、不活性ガス、例えば、Arガスを例示できる。反応性ガスは、ターゲット41から叩き出された粒子と反応して基板2の一面側に化合物薄膜を形成する原材料となるものである。用いる反応性ガスは、特に限定しないが、酸化物の膜を堆積する場合はO
2ガスが挙げられる。
【0047】
なお、
図5においては略されているが、基板保持部42の下面側に長尺のテープ状の基材2を供給し、基板保持部42の下面側から基材2を引き出すための供給リール装置と巻取リール装置が減圧容器45内に設けられている。そして、下部キャップ層3Cを形成済みの基材2を供給リール装置から基板保持部42の下面側に供給しながら減圧容器45の内部でスパッタ処理を行うことで、下部キャップ層3C上に上部キャップ層3Dを形成することができる。ここで、下部キャップ層3Cが配向層3Bの影響を受けて優れた配向性で面内配向しているので、上部キャップ層3Dも下部キャップ層3Cの結晶配向性に習い、優れた面内配向性の層となる。
また、スパッタ装置Bを用いる成膜方法であるならば、
図3、
図4に示したレーザー蒸着装置Aよりも成膜レートが高く、高速成膜可能であるので、下部キャップ層3Cと上部キャップ層3Dを併せたキャップ層全体としての必要な膜厚、例えば、100〜500nmの成膜をPLD法のみで行う場合よりも短時間で成膜できる。
更に、下部キャップ層3Cと上部キャップ層3DはいずれもCeO
2あるいはいずれもLaMnO
3からなるなどのように同一材料からなるので、下部キャップ層3C上に上部キャップ層3Dをホモエピタキシャル成長させることができるので、下部キャップ層3Cの表面をプラズマに曝したとしても、上部キャップ層3Dを良好な結晶配向性で形成できる。
【0048】
次に、キャップ層3C上に、酸化物超電導層6を形成する(酸化物超電導形成工程)。酸化物超電導層6の形成には、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、PLD法もしくは電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法、化学気相成長法(CVD法)、もしくは、塗布熱分解法(MOD法)等の化学的蒸着法を用いることができる。一般的に、酸化物超電導層6に用いられる酸化物超電導体は、結晶配向性を整えることにより良好な臨界電流特性を発揮するので、結晶のc軸をテープ状の基材2の表面(成膜面)に垂直に配向させるとともに、a軸またはb軸をテープ状の基材2の長さ方向に配向するように成膜する必要がある。
上述の工程において、配向層3Bとキャップ層3C、3Dを良好な配向性に制御しつつ成膜しておくならば、上部キャップ層3Dの上に成膜される酸化物超電導体の結晶粒も良好な配向性をもって配向し、良好な超電導特性を発揮する酸化物超電導層6が得られる。また、酸化物超電導層6の膜厚は、0.5〜5μm程度であって、均一な厚さであることが好ましい。
【0049】
続いて、酸化物超電導層6上に保護層7を形成する(保護層形成工程)。
保護層7は、公知の成膜法で形成することができるが、DCスパッタ装置、RFスパッタ装置などの成膜装置を用いたスパッタ法で成膜することができる。また、保護層7の膜厚は、通常は1〜30μmであればよい。
【0050】
次に、基材2上に保護層7までを積層した積層体に対し、図示略の加熱炉を用いて、酸素アニール処理を施す(酸素アニール工程)。ここで、酸化物超電導層6の母物質は絶縁体であるため、そのままでは良好な超電導特性を示さない。このため、酸化物超電導層6の母物質に酸素を供給し、その結晶構造を整えることで、超電導特性の良好な酸化物超電導体の結晶からなる酸化物超電導層6とする。
したがって、加熱条件として、加熱炉内の雰囲気は、酸素ガスを含む雰囲気とすることが好ましい。酸素アニール時の加熱温度は、300〜500℃、数時間〜数10時間の範囲を選択することができる。
【0051】
次に、酸素アニール処理後に保護層7の上に金属安定化層8を積層し、必要に応じて絶縁性の被覆層10で覆うならば、
図1に示す酸化物超電導線材1を得ることができる。なお、金属安定化層8と被覆層10を設けない構造を採用する場合はこれらの層を略することができる。
金属安定化層8の形成方法は、公知の方法であれば、特に限定されないが、半田を用いて金属テープを直接貼り合わせる方法やスパッタ法や蒸着法などで層として形成する方法あるいはめっきにより形成する方法を選択することが好ましい。また、金属安定化層8の膜厚は、特に限定されないが、適宜調整可能であるが、超電導線材1としての可撓性を考慮し、10〜300μmとすることが好ましい。
また、絶縁材からなる被覆層10の形成方法は、特に限定されないが、金属安定化層8までを形成した積層体の全周をテープ状、シート状、もしくは薄板状の絶縁被覆層で覆うことにより形成できる。
【0052】
上述のように製造された酸化物超電導線材1を例えば巻回してコイル体を構成し、これらを必要数積層して超電導コイルを形成することができる。
また、超電導コイルを必要数用いて超電導マグネットや超電導モーターなどの超電導機器を製造することができる。ここで、超電導機器は、前記酸化物超電導線材1を有するものであれば特に限定されず、例えば、超電導変圧器、超電導限流器、超電導電力貯蔵装置などを例示できる。勿論、前記酸化物超電導線材1をコイル化することなく複数本集合してケーブル構造とした超電導機器についても本実施形態に係る酸化物超電導線材1を適用できるのは勿論である。
【0053】
本発明においては下部キャップ層3Cを形成する場合、その下に形成されている配向層3Bの表面を濃いプラズマに曝すことなく成膜できる成膜方法であれば、成膜方法は問わない。先の実施形態では、
図3と
図4に示すレーザー蒸着装置Aを用いて下部キャップ層3Cを形成したが、例えば、以下の
図6に示すECR(Electron Cyclotron Resonance:電子サイクロトロン共鳴)スパッタ装置C、
図7、
図8に示す対向ターゲットスパッタ装置D、
図9に示すイオンビームスパッタ装置E、
図10に示す電子ビーム蒸着装置Fのいずれを用いても良い。あるいは、その他に長距離スパッタ装置、化学気相蒸着法(CVD法)などの成膜方法を採用しても良い。
【0054】
「ECRスパッタ装置」
図6に示すECRスパッタ装置Cは、プラズマ室50と該プラズマ室50に連通してその下方に設けられた成膜室51を有し、各室はいずれも密閉可能な減圧容器からなる。成膜室51にはガス導入口52と排気口53が設けられ、ガス導入口52には図示略のガス供給源が接続され、排気口53には図示略の真空ポンプが接続され、ガス導入口52からArガスなどのプロセスガスを供給できるように構成されている。
成膜室51の内部にステージ55が設けられ、成膜室51のステージ55の上方であってプラズマ室50との境界部分に下部キャップ層3Cを生成するための環状のターゲット56が設置されている。ターゲット56の上方側にプラズマ室50の周囲を囲むように磁場コイル57、57が設けられ、プラズマ室50の上方に真空窓58を備えた導波管59が設置され、この導波管59からマイクロ波をプラズマ室50に送ることができる。磁場コイル57、57によりプラズマ室50に磁場を印加し、導波管59からマイクロ波を導入することでプラズマ室50にプラズマを生成することができる。ターゲット56は外部に設けられた電源49に接続されていてターゲット56に電位を与えることができる。
成膜室51のステージ55の両側には供給リール20と巻取リール21とが設けられ、供給リール20に巻き付けられている配向層付きの基材2を巻取リール21で巻き取ることで、ステージ55の上に基材2を連続供給することができる。
【0055】
図6に示すECRスパッタ装置Cは、プラズマ室50に発生させたプラズマによりターゲット56から粒子を叩き出してステージ55側に向けて飛び出させ、ステージ55の上に供給される基材2に粒子の堆積を行うことができる。
図6に示すECRスパッタ装置Cはプラズマを成膜室51の内部側に閉じ込めることができ、成膜対象のステージ55側にまでプラズマの影響が及ばないので、下部キャップ層3Cを形成する場合、その下の配向層3Bにプラズマの悪影響を及ぼすことなく下部キャップ層3Cを成膜できる特徴を有する。
【0056】
「対向ターゲットスパッタ装置」
図7、
図8に示す対向ターゲットスパッタ装置Dは、対向する板状のターゲット60、60からなる対向ターゲット60Aを真空容器などの処理容器69の内部に収容してなり、ターゲット60、60間の間隙はプラズマ生成領域Eとされている。これらのターゲット60は下部キャップ層3Cを形成するためのものである。
図7において処理容器69の詳細構造は略しているが、処理容器69は気密性を有するとともに、内部が高真空状態とされるため耐圧構造とされている。この処理容器69には処理容器内のガスを排気するガス排気手段が接続され、更に、処理容器内にキャリアガスおよび反応ガスを導入するガス供給手段が接続されているが、
図1ではガス排気手段やガス供給手段の記載を略し、処理容器69の輪郭のみを示している。なお、処理容器69の内部には、減圧後、Arガス等のプラズマ生成用ガスが図示略のガス供給装置から導入される。
【0057】
一対のターゲット60の外周縁側にはそれぞれターゲット60の外周を取り囲むようにシールドリング61が設けられ、ターゲット60の裏面側であってシールドリング61の内側に磁場発生装置(磁場発生手段)62が設けられている。これらの磁場発生装置62は磁石装置などのようにターゲット60、60間にミラー磁場Hを発生できる装置である。
前記ターゲット60とシールドリング61には別途処理容器69の外部に設けられている直流電源63が配線64、65を介し接続されていて、処理容器69の内部を減圧後にターゲット60、60間で放電し、プラズマを発生できるように構成されている。なお、
図7では図示の簡略化のために電源63の位置をターゲット60の近傍に描いている。
【0058】
図7に示す対向ターゲットスパッタ装置Dは、処理容器69の内部を減圧し、処理容器69の内部にArガスを導入し、磁場発生装置62、62からターゲット60、60間に直流磁場(ミラー磁場)Hを作用させている状態においてターゲット60、60間に放電することで、プラズマ生成領域EにおいてArガスをイオン化してプラズマを生成できる。Arガスをイオン化してプラズマを生成させると、Ar
+イオンが
図7に示すようにターゲット60、60をスパッタしてスパッタ粒子66を発生させる。なお、磁場発生装置62、62が発生させたミラー磁場Hで2次電子等の荷電粒子は補足できるので、プラズマ生成領域Eから外部への2次電子の飛び出しを防止できる。
【0059】
また、処理容器69の内部において、ターゲット60、60の周りを周回するように前述の構成の基材2を移動させる移送装置が
図8に示すように設けられている。この移送装置は、配向層3Bまでを形成した基材2を巻き付けた供給リール20と、前記基材2を巻き取るための巻取リール21と、供給リール20と巻取リール21との間において、対になるターゲット60、60の長さ方向両端側にこれらを挟むように配置された転向部材群16、17とから構成されている。
転向部材群16、17は先のレーザー蒸着装置Aに設けられていた転向部材群16、17と同等であり、複数の転向リール16a、17a間に基材2を掛け渡すことで、ターゲット60、60の周りを周回するように、かつ、ターゲット60、60間のプラズマ生成領域Eの両側に基材2による複数のレーンを並列的に形成できる。
図7に示す対向ターゲットスパッタ装置Dにより下部キャップ層3Cを形成する場合、その下の配向層3Bにプラズマの悪影響を及ぼすことなく下部キャップ層3Cを成膜できる。
【0060】
「イオンビームスパッタ装置」
図9に示すイオンビームスパッタ装置Eは、先の対向ターゲットスパッタ装置Dに設けられていた移送装置と同等構成であり、供給リール20、巻取リール21、転向部材群16、17、転向リール16a、17aを備えた移送装置が真空容器S1の内部に設けられている。この真空装置S1の内部に、基材2の配向層3B上に下部キャップ層3Cを形成するための第1の成膜系76及び第2の成膜系77を備えている。
真空容器S1には真空排気装置S2が接続され、この真空排気装置S2により真空容器S1内を所定の圧力に減圧するようになっている。第1の成膜系76と第2の成膜系77にそれぞれ下部キャップ層3Cを形成するためのターゲット78が設置されている。第1の成膜系76のターゲット78に対向するように第1のスパッタビーム照射装置76Aが設けられ、第2の成膜系77のターゲット78に対向するように第2のスパッタビーム照射装置77Aが設けられている。
【0061】
図9に示すイオンビームスパッタ装置Eを用いることで、基材2上に形成した配向層3Bの上に下部キャップ層3Cを生成できる。即ち、スパッタビーム照射装置76A、77Aによりスパッタビームを各ターゲット78に照射して粒子を叩き出すことができる。そして、配向層3Bを備えた基材2を転向リール16a、17a間で走行移動することにより、配向層3上に下部キャップ層3Cを生成することができる。
図9に示すイオンビームスパッタ装置Eであるならば、プラズマダメージの問題を生じることなく配向層3上にターゲット粒子の堆積ができるので、配向層3Bの表面にプラズマダメージを与えることなく下部キャップ層3Cを生成することができる。
【0062】
「電子ビーム蒸着装置」
図10に示す電子ビーム蒸着装置Fは、減圧可能な真空容器80の底部に電子銃81と原料収納容器82が隣接配置され、原料収容容器82に収容されている蒸発源83を電子銃で加熱して蒸発粒子を発生できるように構成されている。
蒸発源83の上方空間をシャッター装置85が覆うように設けられ、このシャッター装置85のシャッターを開閉することにより電子銃81で加熱した蒸発源83からの蒸発粒子を上方に向けて移動できるように構成されている。
真空容器82の天井部にステージ86が設けられ、このステージ86の左右両側を挟むように供給リール20と巻取リール21とが配置され、配向層3Bまでを成膜した基材2を供給リール20からステージ86に供給し、巻取リール21に巻き取ることができるように構成されている。
【0063】
図10に示す電子ビーム蒸着装置Fを用いて、供給リール20からステージ86側に送り出す基材2の配向層3Bに積層するように蒸発粒子の堆積を行って下部キャップ層3Cを生成することができる。電子ビーム蒸着装置Fにおいても配向層3Bをプラズマに曝すことはないので、配向層3上に結晶配向性の優れた下部キャップ層3Cを形成できる。
【0064】
以上説明したように本発明の各実施形態において、配向層3B上に下部キャップ層3Cを形成する際、配向層3Bがプラズマダメージを受けないような成膜方法により下部キャップ層3Cを形成し、その上にスパッタ法により上部キャップ層3Dを形成することで目的の良好な配向性、例えば、Δφが4.5゜以下の上部キャップ層3Dを得ることができる。そして、このように良好な結晶配向性の上部キャップ層3D上に酸化物超電導層6を形成することで、臨界電流特性などの超電導特性に優れた超電導線材1を得ることができる。
なお、上述した実施形態においては、下部キャップ層3Cを形成するために、
図3と
図4に示すレーザー蒸着装置Aを用いたレーザー蒸着法、
図6に示すECRスパッタ装置Cを用いたECRスパッタ法、
図7、
図8に示す対向ターゲットスパッタ装置Dを用いた対向ターゲットスパッタ法、
図10に示す電子ビーム蒸着装置Fを用いた電子ビーム蒸着法を用いたが、下部キャップ層3Cを形成するのは、これらの装置あるいは方法に限定されるものではない。
レーザー蒸着法、ECRスパッタ法、電子ビーム蒸着法の他に、長距離スパッタ法、あるいは、化学気相蒸着法(CVD法)などの方法を適用し、下部キャップ層3Cを形成し ても良い。
【0065】
長距離スパッタ法とは、ターゲットと基材との距離を通常のスパッタ装置では100mm以下の距離であるのに対し、300〜800mm程度、あるいはそれ以上の長い距離として基材側にプラズマの影響を受け難くしたスパッタ法として知られている。この長距離スパッタ装置は、プラズマを生成する空間の周囲に超電導磁石を用いて強力な平行磁場を与えてターゲット近傍のプラズマ密度を上げるとともに、従来のスパッタ装置より1〜2桁低い、10
−3〜10
−2Pa台のスパッタガス圧で成膜が可能な装置である。このような低いガス圧ではスパッタ粒子の平均自由工程が長くなるので、上述の範囲のターゲット、基材間距離を確保することが可能となり、それ故プラズマダメージを配向膜3Bに与えることがない。
【実施例】
【0066】
以下、本発明の内容を、実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
「実施例1」
ハステロイ(商品名ハステロイC−276、米国ヘインズ社製)からなる幅10mm、厚さ0.1mm、長さ10mのテープ状の基材を複数用意し、表面粗さRaが4〜5nmとなるまで各々研磨した後、アルコール及び有機溶剤により洗浄した。
次に、以下の形成条件により、複数の基材の一面上に、拡散防止層、ベッド層、配向層およびキャップ層をこの順に積層した。
まず、イオンビームスパッタ法により、テープ状の基材の上にAl
2O
3からなる膜厚100nmの拡散防止層を形成し、次に、イオンビームスパッタ法により、拡散防止層の上にY
2O
3からなる膜厚20nmのベッド層を形成した。
次に、IBAD法により、ベッド層の上にMgOからなる膜厚10nmの配向層を形成した。
【0067】
配向層を形成後、
図3と
図4に示す構成のPLD装置を用いたPLD法を実施することにより、CeO
2ターゲットを用いて各基材の配向層上にCeO
2からなる膜厚4〜400nmのキャップ層を形成した。
PLD法による成膜温度は800℃、エキシマレーザー光源(KrF:248nm)を用い、エネルギー密度3.0J/cm
2、基材の搬送速度30m/h、パルスレーザーの繰り返し周波数300Hz、転向部材間に配置する基材搬送レーンを5レーンとして以下の表1に示すように種々の膜厚の下部キャップ層を形成した。
【0068】
次に、
図5に示すスパッタ装置を用いて先の下部キャップ層上に上部キャップ層を形成した。スパッタ装置の導入ガスとしてArガスを用い、真空容器の動作真空度0.45Pa、出力電圧1000W、ターゲット形状:6インチ円板型、パルスDC電圧周波数100kHz、成膜温度800℃として上部キャップ層を形成した。これら各試料の上部キャップ層について結晶配向性の指標となるX線回折による半値全幅の値(Δφ)を測定し、面内配向性を調べた。
また、一部の試料は配向層上にPLD法のみで厚さ200nmの単層のキャップ層あるいは厚さ400nmの単層のキャップ層を形成し、面内配向性を調べた。更に、一部の試料について、下部キャップ層を形成することなく、配向層の上に直にスパッタ装置により上部キャップ層を形成し、面内配向性を調べた。表1に示す判定基準の欄において、Δφの値が4.5゜を超える試料を×印で示し、Δφの値が4.5゜以下の試料を○印で示した。
【0069】
【表1】
【0070】
表1に示す結果が示すように、下部キャップ層を設けることなくスパッタ法により配向層上に直に上部キャップ層を形成した試料は、Δφの値が大きく、面内配向度が大幅に低下した。このことから、配向層上に直にスパッタ法により下部キャップ層を形成すると、下地となるIBAD−MgO層がプラズマでダメージを受け、これが原因となって、下部キャップ層の面内配向性が低下したと推定できる。また、下部キャップ層の厚さを2nmとした試料では、面内配向性が若干向上しているものの、酸化物超電導層を成膜する場合に高い臨界電流特性を得られる目安である4.5゜以下のΔφの値には不足であった。
これらの試料に対し、4nm以上の厚さの下部キャップ層を備えた試料はいずれも4.5゜以下、3〜4.5゜の範囲の優れた面内配向性が得られた。このことから、下部キャップ層の厚さを4nm以上とすることにより、スパッタ時に生じるプラズマによるダメージの影響を受けることなく面内配向性の優れた上部キャップ層を形成できることが判明した。
下部キャップ層と上部キャップ層の成膜時間から、下部キャップ層を必要以上に厚く形成しても、成膜時間の短縮には繋がらないので、合計成膜時間の短縮のためには下部キャップ層を成膜する時間をできるだけ短くするのが望ましい。
また、PLD法による膜厚200nmにスパッタ法による膜厚200nmを加えた試料は上部キャップ層のΔφが3.7゜であり、PLD法による膜厚200nmにスパッタ法による膜厚300nmを加えた試料は上部キャップ層のΔφが3.3゜であるのに対し、PLD法のみによる試料におけるキャップ層のΔφは膜厚200nmの場合4.3゜であり、膜厚400nmの場合に4゜である。このことから、PLD法によれば膜厚が厚くなるほど配向性は若干向上するものの、ある程度の膜厚で配向性の向上は止まるのに対し、PLD法とスパッタ法の併用による試料ではスパッタ膜厚を厚くすると配向性は更に良好になることがわかる。