(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステンレス鋼が難削材である理由の1つは、熱伝導率が小さいことであるのは特許文献1にも記載されている通りである。そのようなステンレス鋼に中切削加工を行うと、通常は切屑とともに奪い去られる切削熱が切削インサート側に残されて切刃周辺に集中することにより刃先が高温となって塑性変形し、いわゆるダレを生じてしまう。そして、このような塑性変形が、切刃のコーナ部から送り方向とは反対側に延びる部分に発生すると、被削材を所定の外径に旋削することができなくなって、切削加工を続けることが不可能となってしまう。
【0006】
本発明は、このような背景の下になされたもので、ステンレス鋼のような難削材の旋削による中切削加工において、特に上述のような切刃のコーナ部から送り方向とは反対側に延びる部分に発生する塑性変形を防いで、長期に亙って精度の良い切削加工を効率的に行うことが可能な切削インサートを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の切削インサートは、すくい面と逃げ面とを有するインサート本体と、
上記インサート本体の上記すくい面と上記逃げ面との交差稜線部に形成された切刃とを備える。上記切刃は、上記すくい面に対向する方向から見た平面視において凸円弧状をなすコーナ部と、このコーナ部の両端で該コーナ部に接して直線状に延びる一対の直線部とを有する。
上記インサート本体は上記平面視において上記コーナ部の二等分線に関して対称形状とされる。
さらに上記切刃は、上記平面視において上記コーナ部に沿う第1領域と、上記直線部に沿う第2領域と、これら第1、第2領域の間に位置する第3領域とを有する。
上記すくい面上には、上記切刃に直交する断面において上記切刃から該すくい面の内側に向かうに従い上記インサート本体の当該すくい面とは反対側の面に向けて傾斜する傾斜面が、上記第1、第2、第3領域に亙って形成され、上記第3領域では、上記第1、第2領域の少なくとも一方に対して、上記傾斜面の傾斜角が小さくされていて、これにより、上記平面視において上記切刃から垂直に上記すくい面の内側に向けて上記コーナ部の半径R(mm)の幅の範囲での該切刃に直交する断面における上記インサート本体の断面積は、上記第1、第2、第3領域のうち、上記第3領域で最も大きく、かつ上記第2領域で最も小さい。上記第1領域では、上記第3、第2領域における上記断面積の最大、最小値の中間の大きさである。つまり、上記第1領域の断面積は、上記第3領域の断面積よりも小さく、上記第2領域の断面積よりも大きい。
そして、本発明の第1の発明においては、上記第3領域では、上記第1、第2領域の少なくとも一方に対して、上記傾斜面の上記平面視における上記切刃に垂直な方向の幅が大きい。
また、本発明の第2の発明においては、上記平面視における上記第1領域の内側には、上記第1、第3領域において上記切刃に連なる上記すくい面に対して凹むように凹部が形成され、この凹部の底面は、上記平面視における上記コーナ部の二等分線に直交する断面において該二等分線上に稜線部を有する凸V字状である。
さらに、本発明の第3の発明においては、上記第3領域では、上記第1、第2領域の少なくとも一方に対して、上記傾斜面の上記平面視における上記切刃に垂直な方向の幅が大きいとともに、上記平面視における上記第1領域の内側には、上記第1、第3領域において上記切刃に連なる上記すくい面に対して凹むように凹部が形成され、この凹部の底面は、上記平面視における上記コーナ部の二等分線に直交する断面において該二等分線上に稜線部を有する凸V字状である。
【0008】
このように構成された切削インサートにおいては、切刃の上記第3領域を、旋削加工による中切削加工において切刃のコーナ部から送り方向とは反対側に延びる部分のうち、被削材が1回転する間に切削インサートが送り出されたときの、先に被削材の外周面に形成された旋削跡とその1回転後に形成される旋削跡との境界部、いわゆる送りマークの位置に対応する部位を含む範囲に配置させることができ、この第3領域から送り方向側に向けてコーナ部を経てこの送り方向側に位置する直線部までの切刃を切削に使用することが可能となる。
【0009】
一般に切り込みが1.5mm〜4.0mm、送りが0.2mm/rev〜0.5mm/revとされる中切削加工において、上記切刃の第3領域は、上記境界部を含む範囲により確実に配置されるべきである。そのために、上記第3領域の上記第1領域との境界が、上記直線部の上記コーナ部側への延長線に直交して該コーナ部に接する接線から上記延長線に沿って上記コーナ部の半径R(mm)に対し、R+0.1(mm)〜R+0.3(mm)の範囲内に位置していてもよく、上記第2領域の上記第3領域との境界が、上記直線部の上記コーナ部側への延長線に直交して該コーナ部に接する接線から上記延長線に沿って上記コーナ部の呼び値半径r(mm)に対し、r+0.6(mm)
までの範囲内に位置していてもよく、上記第3領域
が、上記直線部の上記コーナ部側への延長線に直交して該コーナ部に接する接線から上記延長線に沿って上記コーナ部の実測半径R(mm)
と該コーナ部の呼び値半径r(mm)に対し、
R+0.1(mm)〜r+0.3(mm)の
範囲内であってもよい。
ここで、第3領域の第1領域との境界は上記断面積が第1領域に向けて小さくなり始める位置とされ、第2領域と第3領域との境界は、第2領域から第3領域に向けて上記断面積が大きくなり始める位置とする。
【0010】
従って、切刃のコーナ部から送り方向の反対側に延びて被削材の外周面を仕上げる部分では、この第3領域からコーナ部に沿った第1領域に切削熱が集中して塑性変形が発生する。しかし、上記構成の切削インサートでは、上記第1、第2、第3領域のうちで、第3領域の上記断面積が最も大きく、次いで第1領域の断面積が大きいので、こうして切削熱が集中する部分におけるインサート本体の熱容量を、直線部に沿った第2領域よりも大きく確保することができる。このため、切削熱が集中しても刃先が高温となるのを抑えることができ、塑性変形による刃先のダレを防止することが可能となる。
【0011】
ここで、このように第3領域において上記平面視における切刃に直交する断面積を第1、第2領域よりも大きくするのに、本発明では、例えば上記特許文献1、2に記載の切削インサートと同様に、上記すくい面上に、上記切刃に直交する断面において上記切刃から該すくい面の内側に向かうに従い上記インサート本体の当該すくい面とは反対側の面に向けて傾斜する傾斜面を、上記第1、第2、第3領域に亙って形成し、上記第3領域では、上記第1、第2領域の少なくとも一方に対して、この傾斜面の傾斜角を小さくしている。
そして、これと併せて、
本発明の第1、第3の発明では、上記第3領域で、上記第1、第2領域の少なくとも一方に対し、この傾斜面の上記平面視における切刃に垂直な方向の幅を大きく
している。
【0012】
ところで、単に塑性変形を防ぐためだけに切削熱が集中する切刃周辺のインサート本体の熱容量を大きく確保するのであれば、第1、第2、第3領域の全体に亙ってこのように傾斜面の傾斜角を小さくしたり幅を大きくしたりして断面積を大きくすればよい。しかし、上記断面積を大きくすると、送り方向側に位置して被削材に中程度の深さで切り込まれる切刃の直線部に沿った第2領域において切削抵抗が増大し、却って切削熱により切刃周辺が高温となったり、被削材を回転させるための動力の増大を招いたりするおそれがある。
【0013】
また、中切削加工用の切削インサートとはいえ、例えば被削材の倣い旋削を行うような場合には、切刃のコーナ部のみが切削に使用されるような形態となることもある。そのようなときには、コーナ部に沿った第1領域で傾斜面の傾斜角が小さかったり幅が広かったりすると、小さな幅で生成される切屑を確実に処理することができなくなるおそれもある。
そこで、本発明では、第1、第2、第3領域のうち、上述のように中切削加工の旋削において旋削跡の境界部が位置する第3領域において上記断面積を最も大きくし、第2領域において上記断面積を最も小さくしている。そして、常に切削に使用されるコーナ部に沿った第1領域においては、上記断面積を第3領域よりも小さく、第2領域よりも大きくしている。
【0014】
さらに、上述のような倣い旋削となる場合のコーナ部により生成される幅の小さい切屑をより確実に処理する
のに、本発明の第2、第3の発明では、上記平面視における上記第1領域の内側に、上記第1、第3領域において上記切刃に連なる上記すくい面に対して凹むように凹部を形成し、上記凹部の底面を、上記平面視における上記コーナ部の二等分線に直交する断面において該二等分線上に稜線部を有する凸V字状として
いる。これにより、切屑を上記凹部に導き、その底面がなす凸Vの稜線部に摺接させて切屑に抵抗を与え、分断するようにさせる。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、ステンレス鋼のような難削材の中切削加工において切刃周辺に切削熱が集中しても、刃先が塑性変形してダレを生じることにより旋削が不可能となるような事態が生じるのを、切削抵抗や被削材の回転駆動力の増大を招いたりすることなく未然に防ぐことができる。従って、長期に亙って安定的かつ高精度の切削を効率的に行うことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1ないし
図13は、本発明の一実施形態を示す。本実施形態において、インサート本体1は、超硬合金等の硬質材料により多角形平板状に形成され、その一対の多角形をなす面がすくい面2とされ、このすくい面2の周囲に配される側面が逃げ面3とされる。また、すくい面2の中央には、インサート本体1を刃先交換式バイトのホルダに取り付けるための取付孔4が、インサート本体1をその厚さ方向(
図3、4、6〜13における上下方向)に貫通するようにして開口している。なお、インサート本体1の表面には、Al
2O
3のような金属の酸化物皮膜やTiCNのような窒炭化物皮膜が単層または複層で被覆されていてもよい。ダイヤモンド皮膜を被覆することも可能である。
【0018】
また、隣接する逃げ面3同士の交差稜線部は、これらの逃げ面3に滑らかに接する凸円筒面状に形成されており、これらの逃げ面3とすくい面2との交差稜線部に切刃5が形成されている。従って、この切刃5は、すくい面2に対向する上記厚さ方向から見た平面視において上記隣接する逃げ面3同士の交差稜線部の位置に凸円弧状をなすコーナ部6を有し、このコーナ部6の両端で該コーナ部6に接して直線状に延びる一対の直線部7を備えている。また、この切刃5は、
図3に示すように上記厚さ方向においては、一対のすくい面2のそれぞれに対して該厚さ方向に垂直な1つの平面上に延びるように形成されている。
【0019】
ここで、本実施形態のインサート本体1は、菱形平板状に形成され、その一対の菱形状面がすくい面2とされている。従って、切刃5のコーナ部6は、すくい面2がなす菱形の鋭角角部に形成されるものと鈍角角部に形成されるものとが周方向に交互に配設される。このような切削インサートでは、このうち
図5に示すように鋭角角部に形成されたコーナ部6とこれに連なる直線部7とが被削材の旋削に専ら使用される。ただし、正方形平板状の切削インサートでは、4つの直角角部に形成されるコーナ部とこれに連なる直線部が使用可能である。
【0020】
なお、すくい面2の中央部における上記取付孔4の開口部の周辺には、該すくい面2がなす菱形の鋭角角部同士を結ぶ対角線、すなわち鋭角角部の上記コーナ部6の二等分線Lを挟んでその両側に、すくい面2から上記厚さ方向に盛り上がるようにボス部8が形成されている。ここで、このボス部8の上面は、それぞれのすくい面2において切刃5が位置する上記平面よりも僅かに突出した位置にあって、上記厚さ方向に垂直な平坦面とされている。
【0021】
また、このボス部8から上記二等分線Lに沿って上記鋭角角部に向けても、すくい面2から盛り上がるように突条部9が形成され、この突条部9の上面も、ボス部8の上面と上記厚さ方向において同じ位置にあって該厚さ方向に垂直な平坦面とされている。なお、この突条部9は上記平面視において該鋭角角部に向かうに従い幅狭となるように形成され、これら突条部9とボス部8の側面は、それぞれその上面からすくい面2側に向かうに従い裾野を広げるような傾斜面とされている。また、本実施形態では、インサート本体1が上記平面視において上記二等分線Lに関して対称形状とされ、上記厚さ方向にも対称形状とされ、従って表裏反転対称形状とされている。
【0022】
さらに、切刃5に連なるすくい面2の周縁部には、コーナ部6および直線部7のいずれからも、各すくい面2の内側に向かうに従い反対側のすくい面2側に向かって傾斜する傾斜面10が形成されている。ここで、本実施形態では、この傾斜面10は、切刃5側から順に、該切刃5が位置する上記平面に対して緩やかな傾斜角αで反対側のすくい面2側に傾斜する第1傾斜面10Aと、この第1傾斜面10Aよりも急な傾斜角βで傾斜する第2傾斜面10Bとにより形成される。また、切刃5に直交する断面においては、これらの傾斜角α、βはそれぞれ一定とされている。
【0023】
一方、コーナ部6から直線部7にかけて切刃5が延びる方向に向けては、この傾斜面10の傾斜角α、βが異なる大きさとされ
ている。また、これと併せて、上記平面視における傾斜面10の切刃5に垂直な方向の幅が異なる大きさとされている。そして、これにより、切刃5のうち、上記平面視において
図5に示すように、少なくともコーナ部6に沿う部分を第1領域Aとし、少なくとも直線部7に沿う部分を第2領域Bとし、これら第1、第2領域A、Bの間に位置する部分を第3領域Cとしたとき、同平面視において切刃5から垂直にすくい面2の内側に向けてコーナ部6の半径R(mm)の幅の範囲での切刃5に直交する断面におけるインサート本体1の断面積は、第1、第2、第3領域A〜Cのうち第3領域Cで最も大きくされ、第2領域Bで最も小さくされ、第1領域Aではこれら第2、第3領域B、Cにおける断面積の最大、最小値の中間の大きさとされている。つまり、第1領域Aの断面積は、第3領域Cの断面積よりも小さく、第2領域Bの断面積よりも大きい。
【0024】
ここで、本実施形態では、このうち第3領域Cにおいては傾斜面10の傾斜角α、βが
図7に示すように小さな傾斜角α1、β1とされる。また、傾斜面10の上記幅は
図5に示すように第1、第2領域A、Bより大きくされる。また第1領域Aにおいては傾斜角α、βは
図6に示すように第3領域Cと等しい小さな傾斜角α1、β1とされる一方、傾斜面10の幅は第3領域Cよりも小さくされている。
【0025】
さらに、第2領域Bでは、傾斜面10の傾斜角α、βは、
図8に示すように第1、第3領域A、Cの傾斜角α1、β1よりも大きな傾斜角α2、β2とされ、傾斜面10の幅は第3領域Cよりも小さくされている。これらにより上述のように上記断面積の大きさが、第3領域Cで最大で、第2領域Bで最小となり、第1領域ではこの中間の大きさとなる。
【0026】
また、このうち第3領域Cは、第1、第2領域A、Bとの境界P、Qが、本実施形態では
図5に示すように切刃5の上記直線部7のコーナ部6側への延長線Mに直交して該コーナ部6に接する接線Nから、この延長線Mに沿って上記平面視におけるコーナ部6の実測半径R(mm)と該コーナ部6の呼び値半径r(mm)に対し、R+0.1(mm)〜r+0.3(mm)の範囲内に位置する。ただし、第3領域Cの第1領域Aとの境界Pは、上記接線Nから延長線Mに沿って上記実測半径R(mm)に対しR+0.1(mm)〜R+0.3(mm)の範囲内に位置していてもよく、また第2領域Bの第3領域Cとの境界Qが、上記接線Nから延長線Mに沿って上記呼び値半径r(mm)に対しr+0.6(mm)
までの範囲内に位置していてもよく、さらに、上記境界Pが上記接線Nから延長線Mに沿って上記実測半径R(mm)に対しR+0.1(mm)の位置にあり、上記境界Qが上記接線Nから延長線Mに沿って上記呼び値半径r(mm)に対しr+0.3(mm)の位置にあってもよい。従って、第3領域Cは、一対の直線部7がなすコーナ角によって、切刃5のコーナ部6と直線部7との接点を含む領域とされていてもよく、また第3領域C全体が直線部7に位置していてもよい。
【0027】
なお、第3領域Cにおけるすくい面2の上記傾斜面10よりもさらに内側は、切刃5が位置する上記平面と平行な平坦面とされている。これに対して、第2領域Bにおけるすくい面2の上記傾斜面10よりさらに内側は、このすくい面2の内側に向かうに従い極緩やかな傾斜でインサート本体1の反対側のすくい面2側に向かう傾斜面とされている。これによっても、第2領域Bの断面積は小さくされている。
【0028】
また、第3領域Cにおいて隣接する第2領域Bに向けて移行する部分では、第2領域Bから離間するに従い傾斜面10の傾斜角α、βが漸次小さくされ、幅が漸次大きくなる。一方、この部分に隣接する第2領域Bでは、切刃5に沿って所定の範囲で傾斜面10の傾斜角α2、β2と上記幅が一定とされていて、この部分で上記断面積が最小とされている。ここで、第3領域Cの第2領域Bとの上記境界Qは、本実施形態ではこの第2領域Bの断面積が最小とされた部分から第3領域Cにおいて傾斜面10の傾斜角α、βが小さくなり始め、上記幅が大きくなり始める位置とされている。
【0029】
一方、上記第1領域Aの内側には、第3領域Cと等しい傾斜角α1、β1とされた傾斜面10が第1傾斜面10Aの途中から上記平面視にC字状またはU字状をなして上記厚さ方向に凹む凹部11が形成されている。これにより第1領域Aの傾斜面10の幅が第3領域Cより小さくされて、断面積も小さくされている。ここで、本実施形態では、第3領域Cの第1領域Aとの上記境界Pは、第3領域Cから第1領域Aに向けてこの凹部11により上記断面積が小さくなり始める位置とされている。
【0030】
さらに、この凹部11の底面11Aは、上記二等分線Lに直交する断面において
図10または
図11に示すように該二等分線L上に稜線部を有する上記厚さ方向に偏平した凸V字状である。ただし、この凸V字の稜線部は第1、第2、第3領域A〜Cにおける傾斜面10の第1傾斜面10Aよりも上記厚さ方向に凹んだ位置にあって、こうして凸V字状をなす凹部11の底面11Aは、上記平面視にコーナ部6がなす凸円弧の中心を超えて、上記突条部9の先端に達する。
【0031】
このような切削インサートを用いた旋削加工では、切刃5の被削材に切り込まれたコーナ部6から該コーナ部6の送り方向の反対側に延びる部分が被削材の外周面を仕上げる。一般に切り込みが1.5mm〜4.0mm、送りが0.2mm/rev〜0.5mm/revとされる被削材の中切削加工を行う場合、この外周面を仕上げる切刃5のうち、上記直線部7のコーナ部6側への延長線Mに直交して該コーナ部6に送り方向側から接する接線Nから延長線Mに沿って該直線部7側にコーナ部6の実測半径R(mm)と該コーナ部6の呼び値半径r(mm)に対し、R+0.1(mm)〜r+0.3(mm)の範囲に、先に被削材の外周面を仕上げた切刃5による旋削跡とその1回転後に形成される旋削跡との境界部、いわゆる送りマークが略位置する。
【0032】
従って、切刃5は、この境界部から送り方向に向けてコーナ部6の切り込み先端を経て、該切り込み先端から切り込み深さ分までの長さの部分が中切削加工に使用される。そして、上記構成の切削インサートでは、上記接線Nから延長線Mに沿った上記範囲に切刃5の第3領域Cが位置しており、この第3領域Cで、上記平面視に切刃5からコーナ部6の半径R(mm)の範囲での切刃5に直交する断面における断面積が最大とされ、コーナ部6に沿った第1領域Aでの断面積も残りの第2領域Bより大きくされている。
【0033】
このため、これら第1、第3領域A、Cでは、インサート本体1の体積も第2領域Bよりも大きくなって熱容量も第2領域Bより大きく確保することができるので、たとえステンレス鋼のような難削材の旋削加工においてインサート本体1の切刃5周辺に切削熱が集中しても、刃先が高温となって塑性変形を生じるのは避けることができる。特に、被削材の外周面を仕上げる上記境界部から切り込み先端にかけての切刃5は、これら第1、第3領域A、Cによって構成されるので、このような塑性変形による刃先のダレによって被削材を所定の外径に旋削することができなくなるような事態を未然に防止することができる。よって、長期に亙って高精度の旋削加工を安定して行うことが可能となる。
【0034】
その一方で、本実施形態では、第1、第2、第3領域A〜Cにおいて切刃5に連なるすくい面2を傾斜面10とし、第3領域Cでは第2領域Bに対して、その傾斜角α1、β1を小さくし、上記平面視における幅は大きくして上記断面積を大きくしている。しかし、逆に切刃5の直線部7に沿う第2領域Bでは、傾斜面10の傾斜角α2、β2が大きく、幅は小さいので、送り方向に向けられて被削材に切り込まれる直線部7で切屑が必要以上に強く、しかも長く傾斜面10に押し付けられることにより切削抵抗が増大したりすることはない。
【0035】
しかるに、単に切削熱の集中による塑性変形を防ぐだけなら、この第2領域Bも含めて切刃5の全体に亙って傾斜面10の傾斜角α、βを小さくし、幅は大きくして断面積を大きくし、これによって切刃5周辺のインサート本体1の熱容量をより大きく確保すればよい。しかし、そうすると切削抵抗の増大を招いて被削材を回転させる動力も増大するのに対し、上記構成の切削インサートにおいては、直線部7に沿う第2領域Bでは上述のように大きな傾斜角α2、β2で幅狭の傾斜面10とすることにより、断面積は小さくなるものの、上述のように切削抵抗の増大を防ぐことができる。すなわち、上記切削インサートによれば、上述のような安定した高精度の旋削加工を、効率的かつ経済的に行うことができる。
【0036】
また、上記切削インサートでは、第1領域Aにおいても、傾斜面10の傾斜角α1,β1は第3領域Cと等しいものの、幅は第3領域Cより小さくすることにより、上記断面積を、第2領域Bよりは大きいものの第3領域Cよりは小さくしている。よって、断面積および熱容量を確保しつつも切削抵抗の増大を抑えることができる。しかも、中切削加工でも被削材の倣い旋削を行うような場合には、第1領域Aが位置する切刃5のコーナ部6のみが使用される軽切削に近い切削形態となる。そのような形態においても、上記構成の切削インサートでは、第1領域Aで第3領域Cに対して傾斜面10の幅が小さくされているので、幅狭で生成される切屑を傾斜面10から速やかにすくい面の内側に送り出して確実に処理することが可能となる。
【0037】
さらに、本実施形態では、このコーナ部6に沿う切刃5の第1領域Aの内側に凹部11が形成されている。この凹部11の底面11Aは、上記二等分線Lに直交する断面において該二等分線L上に稜線部を有する凸V字状である。従って、上述のような切削形態においてコーナ部6により幅狭に生成された切屑は、傾斜面10の幅が小さいこととも相俟って速やかにこの凹部11に導かれてその流出方向が安定する。さらに底面11Aがなす凸V字の稜線部に摺接することにより、切屑に抵抗が与えられて分断されるので、本実施形態によればこのような形態でも確実な切屑処理を図ることができる。
【0038】
なお、本実施形態では上述のように、第3領域Cにおいて傾斜面10の傾斜角α、βが第1領域Aと等しく、第2領域に対しては小さくされ、傾斜面10の上記平面視における幅は、第1、第2領域A、Bの双方に対して大きくされることにより、上記断面積が最も大きくなる。しかし、第3領域Cにおける傾斜面10の傾斜角α、βが、第1領域Aより小さくされていてもよく、またこうして傾斜角α、βが第3領域Cで第1領域Aより小さくされている場合には、傾斜面10の幅が第1、第3領域A、Cで等しくされて
いてもよい。
【0039】
さらに、傾斜面10は傾斜角α、βの異なる第1、第2の2つの傾斜面10A、10Bによって構成されているが、
例えば傾斜面10は単一の傾斜面とされていたり、3段以上の傾斜面で構成されていてもよい。さらにまた、切刃5は、その全周に亙って上記厚さ方向に垂直な平面上に位置していなくてもよく、例えば直線部7がコーナ部6側から離間するに従い反対のすくい面2側に向けて傾斜していてもよい。
【0040】
また、本実施形態では、平板状のインサート本体1が上記平面視において上記二等分線Lに関して対称形状とされ、上記厚さ方向にも対称形状とされて、表裏反転対称形状とされている。従って、一方のすくい面2側において傾斜面10の傾斜角α、βや幅の大小が上述のようにされていれば、上記平面視において切刃5から垂直にすくい面2の内側に向けてコーナ部6の半径R(mm)の幅の範囲での切刃5に直交する断面におけるインサート本体1の断面積は、第3領域Cで最も大きく、次いで第1領域Aが大きくて、第2領域Bで最も小さくなる。
【0041】
ただし、このようにインサート本体1が表裏反転対称形状でなくても、例えば上述のようなすくい面2が形成されたインサート本体1の表面に対して、裏面は上記厚さ方向に垂直な平坦面であったとしても、上記平面視において切刃5から垂直にすくい面2の内側に向けてコーナ部6の半径R(mm)の幅の範囲での切刃5に直交する断面におけるインサート本体1の断面積は、第3領域Cを最も大きく、次いで第1領域Aが大きくて、第2領域Bが最も小さくなるようにすることができる。
【実施例】
【0042】
次に、上記第3領域Cが位置する範囲について、実施例を挙げてその効果について実証する。本実施例では、上記実施形態に準じて、上記直線部7のコーナ部6側への延長線Mに直交してコーナ部6に接する接線Nから延長線Mに沿った方向における上記第3領域Cが位置する範囲を変化させた4種の切削インサートを製造した。これらを実施例1〜4とする。
【0043】
なお、これら実施例1〜4の切削インサートは、型番CNMG120408でコーナ部6の呼び値半径rは0.8(mm)であり、実測半径Rは0.794(mm)であった。また、インサート本体1は、JIS B 4053−1998におけるM20種の超硬合金製であり、その表面に、TiCNの上にAl
2O
3を被覆した膜厚約5μmの複合皮膜をCVD法により被覆した。
【0044】
さらに、第1、第3領域A、Cにおける第1傾斜面10Aの傾斜角α1は6°、第2傾斜面10Bの傾斜角β1は16°、第2領域Bにおける第1傾斜面10Aの傾斜角α2は10°、第2傾斜面10Bの傾斜角β2は20°とし、上記平面視において、第1領域Aにおける第1傾斜面10Aの幅は0.3mm、第2傾斜面10Bの幅は0.6mm、第2領域Bにおける第1傾斜面10Aの最大幅は0.3mm、第2傾斜面10Bの最大幅は0.7mm、第3領域Cにおける第1傾斜面10Aの幅は0.5mm、第2傾斜面10Bの幅は0.8mmとした。
【0045】
一方、これら実施例1〜4に対する比較例として、実施例1〜4の第2領域Bにおける傾斜面10と同じ傾斜面を切刃5の全長に亙って形成した切削インサートを、実施例1〜4と同じ材種で製造して同じ複合皮膜を被覆した。
【0046】
そして、これら実施例1〜4と比較例の切削インサートにより、ステンレス鋼よりなる被削材に旋削により中切削加工を施し、そのときの耐塑性変形性と、比較例に対する実施例1〜4の被削材の回転動力の増加を比較した。これらの結果と総合評価とを、実施例1〜4における第3領域Cが位置する上記範囲と併せて次表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
なお、被削材はSUS304(硬さ169HB)製で直径132.4mmの丸棒材であり、切り込み4.0mm、送り0.3mm/rev、切削速度150m/minの切削条件で、JIS K 2241:2000におけるA3種1号の切削油剤を用いた湿式切削により、被削材の回転軸線方向に0.2mに亙って被削材に連続外径旋削を行った。
【0049】
また、評価の基準は、耐塑性変形性については、塑性変形が認められなかったものを”EX(Excellent)”、塑性変形が認められるものの切削は可能であったものを”FA(Fair)”、塑性変形によって切削が不可能になったものを”NB(Not Bad)”とした。さらに、動力についての評価は、比較例の切削インサートによる切削時の被削材の回転動力を基準として、動力の増大値が1%以下であったものを”EX(Excellent)”、1%を超えて3%未満であったものを”FA(Fair)”、3%以上のものを”NB(Not Bad)”とした。そして、総合評価は、これら耐塑性変形性と動力の結果のうち評価の低いものとした。
【0050】
この表1の結果より、まず耐塑性変形性については、本発明に係わる実施例1〜4では塑性変形は一切認められず、精度の良い中切削加工を安定して行うことが可能であった。これは、上記の切削条件では、上記第3領域Cが位置する範囲が実施例1〜4において共通する1.094mm〜1.1mmの範囲に、上述した送りマークが形成される境界部が位置しているためであると考えられる。これに対して、切刃5に連なるすくい面2の傾斜面10を全周に亙って第2領域Bと同じく傾斜角α2:10°、β1:20°とした比較例では、切削熱による刃先の塑性変形により切削が不可能となった。
【0051】
また、動力については、傾斜面10の傾斜角α、βが全周に亙って大きくされた比較例が最も小さかったが、実施例1〜4のうち実施例1、2はこの比較例と略同程度の結果であった。ただし、実施例1と実施例2はともに動力の増大は比較例に対して1%以下であるが、僅かながら実施例1の方が増大は少なかった。これらの結果より、第3領域Cが、上記直線部7のコーナ部6側への延長線Mに直交してコーナ部6に接する接線Nから延長線Mに沿った方向においてコーナ部の実測半径R(mm)と該コーナ部6の呼び値半径r(mm)に対し、R+0.1(mm)〜r+0.3(mm)の範囲内である実施例1がより望ましいことが分かる。
【0052】
なお、第3領域Cと第1領域Aとの境界Pがそれぞれ同じ位置にある実施例1〜3を比較すると、第3領域Cの範囲の幅が小さい方が動力増大も少ない傾向にある。また、第3領域Cの範囲の大きさが等しい実施例1と実施例4とを比較すると、第1、第3領域A、Cの境界Pがよりコーナ部6側にある実施例1が少ない動力増大であった。