(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、溶接鋼構造物には、大型化、破壊に対する高い安全性、高能率溶接化、素材(鋼材)の経済性等が求められてきている。このような動向を受け、溶接鋼構造物に使用される鋼板に対し、(1)厚手高強度化、(2)大入熱溶接下での高HAZ靭性化、(3)低コスト化等のニーズが高まりつつある。
【0003】
具体的には、(超)高層ビルに用いられる板厚50〜100mmの厚手鋼板(以下、厚手材と称することがある)に対し、(1)降伏強度325〜650MPa、かつ引張強度490〜720MPaの確保、(2)溶接入熱量20kJ/mm以上の溶接部のシャルピー衝撃吸収エネルギー:vE(0℃)≧70Jの確保、(3)高価合金元素の低減(Ni量≦1.0質量%等)を同時に満たすことが要求される。
【0004】
耐溶接冷間割れ性などの工作上の溶接性はもとより、使用性能上の溶接性、特にHAZ靭性を考慮した前記強度クラスの鋼板においては、加工熱処理:TMCP(Thermo−Mechanical Control Process)によって製造されることが多い。なかでも、板厚50〜100mmの厚手鋼板では、加速冷却によっても十分な冷速が得られないことに起因して強度確保が困難なゆえに、ボロン(B)添加による高強度化を図るケースがある。Bは、圧延後のオーステナイト(γ)粒界に固溶状態で偏析し、γ粒界からのフェライト変態を抑制、すなわち焼入性を高める効果を有する。このため、B添加は、圧延後の加速冷却によっても十分な冷速が得られにくい厚手鋼板においても高強度化が図れる。
【0005】
特許文献1では、NbとBを複合添加することによって高強度化を図っている。特許文献1の実施例に示されているように、この場合の圧延終了温度は930〜1000℃と高いことが特徴であり、再結晶γから加速冷却することを必須条件として、NbとBの複合効果を発揮させて高い焼入性を引き出すことにより、強度を高めている。圧延終了温度を930℃よりも低い未再結晶域として低温圧延を行った場合、靭性は満足するものの強度特性は満足できず、Nb−B複合効果による高強度化が難しいことも示されている。
【0006】
また、特許文献1では、大入熱溶接HAZにおけるB利用技術を開示しており、0.30〜0.38%のCeqの下で、γ中固溶Bによる粒界フェライト抑制効果(焼入性向上効果)を享受しつつ、γ中BNによる粒内フェライト促進効果(焼入性低減効果)を併用することの有効性を示している。
【0007】
すなわち、特許文献1におけるB利用技術を要約すると、γ中固溶Bによる焼入性向上効果を母材と大入熱溶接HAZで利用すると同時に、γ中析出B(ここではBN)による焼入性低減効果を大入熱溶接HAZで利用している。
【0008】
発明者らは、大入熱溶接HAZ靭性を高めるために、HAZの冷却過程でγ中に析出するVNをピン止め粒子(酸化物、硫化物)に複合析出させ、このVN複合粒子がフェライト変態核として作用してHAZ組織を微細化する技術を特許文献2、3で発明している。
【0009】
一方、非特許文献1に示されるように、V添加によって母材の強度が上昇する効果は広く知られている。
【0010】
以上説明したように、BあるいはVの添加によって、母材の強度が向上する効果と、大入熱溶接HAZの靭性が向上する効果が知られている。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の大入熱溶接熱影響部靭性に優れた鋼板およびその製造方法の実施の形態について説明する。
【0025】
なお、この実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0026】
(超)高層ビル等の溶接構造物に使用される鋼板においては、(1)大きな板厚での高い強度、(2)良好な大入熱溶接HAZ靭性、(3)低い製造コスト等のニーズが高まっている。すなわち、具体的には、板厚が50〜100mmであり、降伏強度が325〜650MPaであり、引張強度が490〜720MPaである低コストを実現できる溶接入熱量≧20kJ/mmでもvE(0℃)≧70Jとなる良好な大入熱溶接HAZ靭性を有する鋼板が要求される。
【0027】
このようなニーズに対し、本発明に係る大入熱溶接熱影響部靭性に優れた鋼板およびその製造方法を提供する。
【0028】
本発明の要点は、TMCP型で製造する厚手鋼板において、強度、大入熱溶接HAZ靭性および低コスト等を同時に満足するため、BとVを複合添加することを特徴とし、これら窒化物形成元素と結合するNを精緻に制御することでγ中のBとVの存在状態を最適化し、母材と大入熱溶接HAZの変態組織を制御する技術である。具体的には、γ中のBは、母材と大入熱溶接HAZの両方において、Bの一部をBNとして析出させる思想である。一方、γ中のVは、母材では固溶Vとして、大入熱溶接HAZでは析出V(VN等)として利用する思想である。以下、詳細を説明する。
【0029】
まず、本発明における最大のポイントである大入熱溶接HAZ靭性を向上させるための技術を説明するが、低コスト化の観点から高価合金であるNiに頼らずにHAZ靭性の向上を図ることも本発明の特徴の一つでもある。
【0030】
本発明の大入熱溶接HAZ靭性の支配要因は、大別して次の三つである。第一に硬さであり、第二にMA(マルテンサイト・オーステナイト混合相)であり、第三に有効結晶粒径である。
【0031】
硬さとMAの両面から、本発明では炭素当量:Ceqを0.34〜0.45%に制限する。Ceqが0.45%を超えると、HAZが有害なまでに硬化すると同時にMAが増加し、HAZが大きく脆化するからである。また、0.34%未満であると十分な硬さ(強度)が得られない。
【0032】
合金元素の総量規制とも言うべきCeqが0.34〜0.45%であっても、C、Mn、あるいは選択的添加を許容するCr、Moなど個々の元素が限定範囲を超えると、本発明のように中庸なCeqでHAZがベイナイト主体となる場合においては、HAZ硬化が大きく、脆化も大きい。これが後述する合金添加範囲を限定する大きな理由の一つである。
【0033】
合金範囲の限定に当たり、本発明者らの広範な実験によれば、ベイナイト主体HAZではこれら合金の中で唯一Vのみが硬化しにくいことを知見した。この新知見に基づき、Vによる母材の強化分を相殺するようにC、Mn、Cr、Moなどの合金元素を低減すれば、Ceq低減分、もしくは同一CeqであってもHAZ硬さは低減され、HAZ靭性が向上する。このような母材とHAZでのV硬化挙動の差異を利用したHAZ靭性向上技術は従来なかったものである。
【0034】
次いで、化学量論的な計算上の有効ボロン量:eBを0.0001%以上、含有B量の1/2以下に制御することで、HAZにおいてB焼入性の過剰な発現を回避し、過度な硬化とMA増加を抑える。
【0035】
MAの観点から、本発明では可能な限りSiを低減することが好ましい。また、Nbは、従来、TMCP鋼において制御圧延効果を享受するため不可欠な元素とされるが、本発明のTMCP条件では母材材質への寄与が小さいにも関わらずMA生成を助長するため、これも可能な限り低減することが好ましい。さらに、MoはCeqの係数が大きく、Cとの相互作用も大きいために焼入性が高くMA生成を助長するばかりでなく、比較的高価な元素でもあるので、本発明においては必要に応じて選択的に添加する場合でも、可能な限り低減することが好ましい。
【0036】
さらに、有効結晶粒径の観点から、本発明では二つのHAZ組織微細化技術を適用することが好ましい。第一の技術は、γ中のB析出物とV析出物を変態核として同時に利用することである。上記式(2)で表される有効ボロン量(eB)が0.0001%以上、含有B量の1/2以下となるようにN量を適正に制御することで、大入熱溶接の冷却中にγ粒界やγ粒内にBN、VNあるいはV(C,N)が析出し、これらの単独あるいは複合の粒子がフェライトのみならずベイナイトの変態核としても有効に作用し、HAZ組織を微細化する。
【0037】
また、HAZ組織を微細化する第二の技術は、CaやMgの適正添加によって微細な酸化物や硫化物を多数分散させ、γ粒成長をピン止め効果によって抑制することで、ベイナイトのパケットを微細化する。微細な酸化物や硫化物の一部にはB析出物やV析出物が複合析出し、ピン止め粒子に変態核としての機能が付加されることで、γ粒界から変態するベイナイトをより一層微細化する効果もある。以上のHAZ組織微細化技術は、結果的にHAZの焼入性を低めるので、硬さとMAを低減する観点からも貢献する。
【0038】
上記第一の技術によって0℃のシャルピー吸収エネルギーを確保し、これに第二の技術を組み合わせることでHAZ組織を極限まで微細化すれば、−20℃あるいは−40℃のシャルピー吸収エネルギーを確保できる可能性もある。
【0039】
以上説明した硬さ低減、MA低減、HAZ組織微細化の施策を通じて、本発明の大入熱溶接HAZはNiに頼ることなく高いvE(0℃)を達成することができる。
上述した二つの制約、つまり、有効ボロン量(eB)が0.0001%以上、含有B量の1/2以下でCeqが0.45%以下である場合に、残る技術課題である厚手高強度化のための技術を説明する。
【0040】
板厚50〜100mmの鋼板において所定の強度を確保するためには、鋼成分ならびにTMCP条件を適正範囲に制御限定する必要があるのはいうまでもない。
【0041】
まず、鋼成分の総量ともいえる下記式(1)に示す炭素当量Ceqは焼入性を表す指標でもあり、0.34〜0.45%にする必要がある。
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
・・・(1)
炭素当量Ceqが0.34%未満の低い焼入性では、eBを制御し微量の固溶Bを利用する本発明においても板厚100mmの下で325MPa以上の降伏強度と490MPa以上の引張強度を安定的に確保するのは難しいので、炭素当量Ceqを0.34%以上とした。一方、HAZの硬化とMA生成を抑制するために、Ceqを0.45%以下するが、0.41%以下または0.39%以下に制限してもよい。したがって、炭素当量Ceqを0.34〜0.45%とした。
【0042】
本発明の鋼板の製造方法としては、前記した鋼成分のスラブは1000℃を越えて1300℃以下に加熱する必要がある。1000℃以下の低温加熱では、凝固偏析した合金元素が十分に固溶せず析出物のまま残存する懸念があり、圧延後の加速冷却時において合金元素による焼入性が十分に発揮されず、強度を安定的に確保するのが難しい。一方、1300℃を超える高温加熱だと、γ粒が著しく粗大化し、圧延によってもγ粒の細粒化が不十分となり、靭性を安定的に確保するのが難しい。
【0043】
加熱されたスラブは、鋼表面温度が850℃以上で累積圧下量が50%以上の圧延を行う必要がある。850℃未満の低温圧延を行うと、γが未再結晶化して焼入性が大幅に低下するため、限定されたCeq下で強度を安定的に確保するのが難しい。一方、850℃以上のγ再結晶域での累積圧下量が50%未満であると、γ再結晶粒の細粒化が不十分となり、靭性を安定的に確保するのが難しい。
【0044】
圧延終了後、鋼表面温度が800℃以上から加速冷却を適用して500℃以下まで冷却する必要がある。800℃未満からの加速冷却を適用すると、圧延終了後から加速冷却開始までの間にγ再結晶粒が成長して靭性が劣化する懸念が生じる。一方、加速冷却を500℃より高温で停止すると、本発明が対象とする板厚50mm以上では、鋼板内部が十分冷却されないために変態が完了せず、加速冷却終了後は未変態部が放冷、すなわち徐冷されることになるため、ベイナイト組織分率が少なくなって強度が不足する。加速冷却においては、0.3m
3/m
2/min以上の水量密度を確保することが、強度と靭性を両立するために好ましい。
【0045】
さらに本発明では、強度を安定かつ十分に確保することを狙って、下記の二つの手段を講じる。
【0046】
第一の手段は、TMCP条件の精緻な制御と、eBを0.0001%以上、含有B量の1/2以下に制御することでγ中に焼入性に寄与する固溶Bと変態核として寄与する析出B(BN)を併用することで、高強度と細粒化効果による高靭性に同時に達成するものである。
【0047】
第二の手段は、V炭化物による析出強化を利用して母材強度を高める。本発明のTMCP条件では、V添加が極めて有効な強化手段である。これは、鋼成分(Ceq)とTMCP条件を適正化して得られるベイナイト組織が加速冷却や焼戻処理においてV炭化物(VC、V
4C
3等)が微細高密度に析出する素地として好適なためである。本発明でVを添加するもう一つの意義は先述した通り大入熱溶接HAZにある。
【0048】
加速冷却後に350〜700℃で5〜60分の焼戻熱処理をおこなうことにより、製造コストは上昇するものの、強度や伸び、シャルピー衝撃特性を、高精度で所定の範囲に制御できる。焼戻熱処理の温度や時間が350℃未満や5分未満など不完全であると、十分な焼戻効果が発揮されない。また、焼戻熱処理の温度や時間が700℃超えや60分超えなど過剰であると、析出物の粗大化などを通じて強度低下とシャルピー衝撃特性劣化し、適正な機械的性質が得られない。
【0049】
<化学成分組成>
以下に本発明における鋼板(および鋼板の製造に用いられる連続鋳造スラブ)の化学成分についての限定理由を説明する。
【0050】
「C:炭素」0.05〜0.12%
Cは、強度向上のために重要な元素である。低温加熱、低温圧延を徹底したTMCP型厚手鋼板において、所定の強度を安定確保するために、0.05%以上のCを含有させる必要がある。好ましくは、0.06%以上または0.07%以上のCを含有させることにより、より安定して強度を高めることができる。また、後述する理由から、本発明ではNb、Ni、Moの含有量を必要最小限に抑える必要があるので、これらの元素を増加して高強度化することは困難である。したがって、Cは非常に重要な強化元素である。さらに、Cは大入熱HAZにおけるV(C、N)変態核の析出を促す効果もある。しかしながら、良好なHAZ靭性を安定確保するためには、Cを0.12%以下に抑える必要がある。Cを0.11%以下または0.10%以下に制限してもよい。
【0051】
「Si:ケイ素」0.3%以下
Siは、脱酸作用を有するが、強力な脱酸元素であるAlが十分に含有されている場合には不要である。母材を強化する作用もあるが、他の元素に比べるとその効果は相対的に小さい。比較的高い炭素当量Ceqが必要となる本発明の大入熱溶接HAZでは、SiはMA生成を助長する危険性が高いため、0.3%以下に抑える必要がある。HAZ靭性の観点からSiを極力低くすることが好ましく、0.20%以下、0.16%以下または0.13%以下に制限してもよい。
【0052】
「Mn:マンガン」1.0〜2.0%
Mnは、経済的に強度を確保するために1.0%以上の含有量が必要である。ただし、2.0%を超えてMnを含有させると、スラブの中心偏析の有害性が顕著となる上、大入熱溶接HAZの硬化とMA生成を助長して脆化させるため、これを上限とする。強度を確保するためには、Mnを1.1%以上または1.2%以上に制限してもより。大入熱溶接HAZの硬化とMA生成を抑制するために、1.8%以下、1.6%以下または1.5%以下に制限してもよい。
【0053】
「P:リン」0.015%以下
Pは、不純物元素であり、良好な脆性破壊伝播停止特性と大入熱溶接HAZ靭性を安定的に確保するために、0.015%以下に低減する必要がある。
【0054】
「S:硫黄」0.006%以下
Sは、0.005%以下に抑える必要がある。Sが0.006%を超えると、硫化物の一部が粗大化して破壊起点として有害性をもたらし、母材と大入熱溶接HAZの靭性が劣化する。靭性向上のため、Sを0.004%以下または0.003%以下に制限してもよい。
【0055】
「B:ボロン(ホウ素)」0.0005〜0.0020%
Bは、本発明の特徴的な元素である。すでに詳述したように、本発明では母材と大入熱溶接HAZの両方において、γ中に一部を固溶Bとして存在させるとともに、一部をBNとして析出させるため、下記式(2)で示す有効ボロン量eBを0.0001%以上、含有B量の1/2以下に制御する。γ中に析出させたBNは変態核として作用し、HAZの組織微細化、硬さ低減、MA低減を通じて靭性を高める。これらのために、Bを0.0005%以上含有させる必要がある。必要に応じて、Bを0.0008%以上に制限しても良い。一方、0.0020%を超えてBを含有させると、粗大なB析出物が生成してHAZ靭性が劣化するため、これを上限とする。過剰な固溶B、すなわち過度な焼入性制御とHAZ靭性向上を高位安定して両立させるため、Bを0.0015%以下に制限しても良い。
eB=B−0.77{N−0.29(Ti−2OTi)} ・・・(2)
【0056】
「V:バナジウム」0.02〜0.10%
Vは、本発明の特徴的な元素である。すでに詳述したように、Vは本発明のTMCP条件において母材を効果的に強化する。その一方で、Vは本発明の大入熱溶接HAZにおいて硬化やMA増加を抑えると同時に、γ中に析出させたVNやV(C,N)は変態核として作用し、HAZ組織を微細化して靭性を高める。この効果を発揮するためには、0.02%以上のVが必要である。HAZの靭性をより高めるために、Vを0.03%以上に制限することがより好ましい。しかしながら、Vが0.10%を超えると、HAZの組織微細化効果が飽和すると同時にHAZの硬化が著しくなるので、HAZ靭性が劣化する。したがって、Vの含有量を0.10%以下にする必要がある。必要に応じて、Vを0.07%以下に制限してもよい。
【0057】
「Al:アルミニウム」0.01〜0.07%
Alは、脱酸を担い、O(酸素)を低減して鋼の清浄度を高めるために必要である。Al以外のSi、Ti、Ca、Mg、REM等も脱酸作用があるが、たとえこれらの元素が含有される場合でも、0.01%以上のAlがないと安定的にOを0.004%以下に抑えることは難しい。ただし、Alが0.07%を超えるとアルミナ系粗大酸化物がクラスター化する傾向を強め、破壊起点としての有害性が顕在化するため、これを上限とする。Alを0.06%以下、0.04%または0.03%以下に制限することがより好ましい。
【0058】
「Ti:チタン」0.005〜0.02%、
「N:窒素」0.002〜0.007%、
「eB:有効ボロン量」0.0001%以上、含有B量の1/2以下、
Tiは、Nと結合してTiNを形成し、スラブ再加熱時と大入熱溶接HAZでピン止め粒子として作用し、γ細粒化を介して母材やHAZの組織を微細化して靭性を高める。そして、TiNを形成した残りのNはBと結合してBNを形成し、さらにγ中に固溶Bとしても存在させ、B焼入性をも活用する。以上の効果を同時に発揮するために、Tiを0.005〜0.02%、Nを0.002〜0.007%、eBを0.0001%以上、含有B量の1/2以下とする必要がある。TiとNが、それぞれ0.005%、0.002%に満たないと、TiNによるピン止め効果が十分に発揮されず、母材とHAZの靭性が劣化する。TiとNがそれぞれ0.02%、0.007%を超えると、TiC析出や固溶N増加によって母材とHAZの靭性が劣化する。さらに、TiとNが適正範囲にあっても。eBが含有B量の1/2を超えると、γ中の固溶B量が過剰となってB焼入性が過度に発現し、母材強度のばらつきやHAZの硬化(脆化)をもたらす。Tiは0.015%以下に制限することがより好ましい。なお、N量は、含有量の前記の範囲に限定するが、後述するeB、eTiを制御する上で自ずと制約されるものである。
【0059】
以下に、有効ボロン量:eBの考え方を説明する。なお、以下に示す元素を含む式において、元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0060】
化学成分として添加されたTiは、溶鋼中の脱酸で消費される場合があり(低Alの場合に起こりやすい)、脱酸後に残ったTiが凝固後のγ中でTiNを形成する。この際、Tiに対してNが過剰であると、TiNを形成した後に残ったNがBの一部と結合してBNを形成する。そして、BNを形成した残りのBが固溶Bとして焼入性を発現する。この焼入性に寄与するγ中の固溶B量を本発明では有効ボロン量(eB)として扱う。
各元素の添加量、熱力学的な反応順序、生成物質の化学量論組成に基づいたeBの計算方法について以下に説明する。
【0061】
まず、脱酸力の高い順に、Ca、Mg、REM(希土類元素)、AlがOと結合すると仮定する。この際の脱酸生成物として、CaO、MgO、REM
2O
3、Al
2O
3を仮定して、脱酸されるO量を計算する。
【0062】
Tiよりも脱酸力の強いこれらの元素によって脱酸が完了しない場合、これらの強脱酸元素による脱酸後に残存し。弱脱酸元素であるTiによって脱酸され得る残存酸素量OTi(%)は、下記式(4)で表される。
OTi(%)=O−0.4Ca−0.66Mg−0.17REM−0.89Al ・・・ (4)
ただし、上記式(4)において、不可避的不純物扱いの成分元素も計算に含める。また、OTiが0%より小さい場合、残存酸素量OTiを0%とみなす。
【0063】
この場合、残った酸素(つまり、OTi)をTiが脱酸することになる。なお、意図的に添加してない不可避的不純物扱いの脱酸に寄与する成分元素も酸素と結合する。残存酸素量OTiはTiによって脱酸され得る残存酸素量であり、Tiと結合してTi
2O
3を形成する。このとき3個のOに対して2個のTiが結合する。したがって、Ti
2O
3を質量%で考えると、Oの原子量は16なので、Oが3個で48である。また、Tiの原子量は48なので、Tiが2個で96である。よって、Ti
2O
3を構成するTiはO(ここではOTi)の2倍の質量と計算される。これが脱酸で消費されるTiの量である。そこで、Ti
2O
3を仮定して、脱酸で消費されるTiを差し引いた残りのチタン量である有効チタン量:eTiは、下記式(3)で表される。
eTi=Ti−2OTi ・・・ (3)
【0064】
このeTiが、HAZ靭性改善効果があるTiNを生成するTi量となる。脱酸で消費されるTiを差し引いた残りのTiが0.005%未満であると、TiNによるピン止め効果が十分に発揮されず、厚手母材と大入熱溶接HAZ靭性が劣化する。このため、eTiを0.005%以上確保する必要がある。
【0065】
また、脱酸で残った0.005%以上のTiがTiNを形成した後に残存する窒素量Nrは、下記式(5)で表される。
Nr(%)=N−0.29(Ti−2OTi) ・・・(5)
ここで、Nrが正の値の場合には窒素が残存していることを、Nrが0または負の値の場合にはNが残存していないことを意味する。
Nr>0の場合:Nが残る
Nr≦0の場合:Nが残らない
【0066】
また、Nrが0%より大きくなる場合、つまり窒素が残存している場合は、Bの一部がBNとして消費されるので、下記式(2)によって有効ボロン量eBが計算される。
eB(%)=B−0.77{N−0.29(Ti−2OTi)} ・・・(2)
【0067】
また、Nrが0または負の値となって窒素が残らない場合は、eBは、鋼中に含有されるB量となる。つまり、Nrが0%より小さい場合、Nr=N−0.29(Ti−2OTi)を0%として式(2)の計算を行うと、eBを算出できる。
【0068】
次に、上述した残存酸素量OTiの式(4)におけるCa、Mg、REM、Alの係数について述べると、溶鋼中での脱酸反応(酸化反応)による生成物(酸化物)としてCaO、MgO、REM
2O
3、Al
2O
3を仮定し、これらの酸化物として存在するO量を質量%で計算する。例えば、CaOの場合、原子量はCaが40でOが16であるから、Caの質量%に対して16/40=0.4のOが結合する(O as CaO=0.4Ca)。Al
2O
3であれば、原子量はAlが27でOが16であるから、Alの質量%に対して(16×3)/(27×2)=0.89のOが結合する(O as Al
2O
3=0.89Al)。以下同様の計算概念として、上述のOTi式(4)の各元素の係数(0.66:Mg、0.17:REM、)を規定した。
【0069】
また、有効ボロン量eBの導出式の概念を、低温側から高温側に遡って示すと以下のようになる。
有効ボロン量eB(%)=成分B量−(B as BN)
→(B as BN)=0.77{N−(N as TiN)}
→(N as TiN)=0.29{(Ti−(Ti as Ti
2O
3)}
→(Ti as Ti
2O
3)=2{O−(O as CaO)−(O as MgO)−(O as REM
2O
3}−(O as ZrO
2)−(O as Al
2O
3)}
→(O as CaO)=0.4Ca
→(O as MgO)=0.66Mg
→(O as REM
2O
3)=0.17REM
→(O as Al
2O
3)=0.89Al
【0070】
次に、有効ボロン量eBの導出式概念を、高温側から低温側への反応順に示すと以下のようになる。すなわち、製鋼での精錬→凝固工程において、以下の順で反応する。
【0071】
液相(溶鋼中)での脱酸反応(1600℃付近)
Oとの化学的親和力の強い順にCaO→MgO→REM
2O
3→Al
2O
3の反応が生じ、溶鋼中の溶存Oが減少していく。これで脱酸が完了する場合は、OTi≦0で表される。脱酸が完了せずに溶存Oが残る場合は、OTi>0、Tief=Ti−2OTi≧0.005(%)で表され、Alより弱脱酸元素であるTiがTi
2O
3として脱酸に寄与し、成分Tiから脱酸で消費されたTi as Ti
2O
3を差し引いた残りの有効チタン量eTiが0.005%以上となる。
【0072】
固相(凝固γ中)での脱窒反応(1300℃付近〜800℃付近)
Nとの化学的親和力の強い順にTiN→BN→AlNの反応が生じ、固相γ中の固溶Nが減少していく。まず、脱酸で消費された残りのTiが脱窒反応を起こす。これで脱窒が完了する場合は、N−0.29(Ti−2OTi)≦0で表され、γ中に固溶Nが存在しないので、BがBNを形成せずにすべてが固溶Bとして存在する。一方、Tiによって脱窒が完了せず、固溶Nが残る場合は、N−0.29(Ti−2OTi)>0で表され、Bの一部がBNを生成して残りが固溶Bとなる。
【0073】
一方、Tiよりも脱酸力の強い元素によって脱酸が完了する場合には、下記式を満たす。
【0074】
OTi≦0
この場合、Tiは脱酸では消費されない。TiがTiNを形成し、Nが残る場合は下記式を満たす。
【0075】
N−0.29Ti>0
この際のeBは下記式で計算される。
【0076】
eB(%)=B−0.77(N−0.29Ti)
TiがTiNを形成し、Nが残らない場合は下記式を満たす。
【0077】
N−0.29≦0
この際のeBは下記式で計算される。
【0078】
eB(%)=B−0.77{N−0.29(Ti−2OTi)}
ここで、Ti−2OTiは、有効チタン量eTiである。
【0079】
上記各式において、式(N−0.29eTi)はTiによって脱窒された残りのNであり、Bと結合してBNを形成しうる。このとき1個のBに対して1個のNが結合する。したがって、BNを質量%で考えると、Bの原子量は10.8であり、Nの原子量は14である。よって、BNを構成するBはN(ここではN−0.29eTi)の0.77倍の質量と計算される。これが脱窒で消費されるBの量である。
【0080】
また、上記各式において、式(N−0.29eTi)における0.29eTiは、N as TiNを意味する。ここで、原子量はTiが48でNが14であるから、eTi(脱酸で消費されたTiを差し引いた残りのTi)の質量%に対して14/48=0.29のNが結合する。また、N−0.29Ti≦0であれば、NはすべてTiNで固定され、γ素地中に固溶Nは存在しない。一方、N−0.29eTi>0ならば、γ素地中にはTiNの他に固溶Nが存在するので、この固溶Nは、Bと結合してBNを生成し、有効ボロン量を減少させる。
【0081】
下記式(6)で示すBpは、多数の実験室溶製鋼での解析から導出した経験式であり、(C量によって予想される最高硬さ)×(eBの寄与)でパラメータ化したものである。
Bp=(884×[C]×(1−0.3×[C]
2)+294)×eB ・・・(6)
【0082】
有効ボロン量eBが高いほど、HAZ硬さが高くなりやすく、特に今回のような大入熱溶接の粗大なHAZ組織における靭性に大きく影響する。
【0083】
図1は、横軸にBp、縦軸に継ぎ手靭性をとったもので、○はvE0,●はvE−20のデータである。
図1のように、Bpが0.24%を超えると溶接HAZの著しい硬さ上昇を引き起こし、HAZ靭性が劣化するため、上限を0.24%に限定した。なお、下限については、本発明が限定するC、eBの最小値であるそれぞれ0.05%、0.0001%の時、Bpは最小値0.028%となり自ずと限定され、これを下限値とする。
【0084】
「O:酸素」0.004%以下
Oは、0.004%以下に抑える必要がある。Oが0.004%を超えると、酸化物の一部が粗大化して破壊起点として有害性をもたらし、母材と大入熱溶接HAZの靭性が劣化する。一方で、HAZのピン止め効果を利用する際には、Oは0.001%以上確保する必要がある。その理由は、HAZの溶融線近傍において、HAZ靭性を高めるためにCaやMgの適正添加によって微細な酸化物を多数分散させた場合に、ピン止め効果を強化してγ細粒化を図るためである。Oが0.001%未満だと、酸化物個数が不足して十分なピン止め効果が得られない場合がある。
【0085】
「Ca:カルシウム」0.0003〜0.004%、
「Mg:マグネシウム」0.0003〜0.004%、
Ca、Mgは、溶鋼への添加順序を考慮しつつ、一方あるいは両方を0.0003%以上含有させることで、CaやMgを含有する10〜500nmの酸化物や硫化物を1000個/mm
2以上確保することができる。CaやMgが0.0003%未満だと、大入熱溶接HAZのピン止め粒子である酸化物や硫化物の個数が不足する場合がある。しかしながら、それぞれ0.004%超含有させると、酸化物や硫化物が粗大化してピン止め粒子の個数が不足すると同時に、破壊起点としての有害性も顕著となり、良好なHAZ靭性が得られない場合がある。なお、Nbを添加する場合には、大入熱溶接HAZのピン止め効果による細粒化効果を併用が好ましいので、Mgを添加することが望ましい。
【0086】
「Ni:ニッケル」0.03〜0.80%
Niは、靭性の劣化を抑えて強度を確保するために有効である。そのためには0.03%以上のNiを含有させることが好ましい。しかしながら、Niは合金コストが非常に高い上に、表面疵の手入れ工程が発生するという問題がある。したがって、Niは0.80%以下に抑えることが好ましい。また、Niの含有量は極力低くすることが好ましく、0.70%以下、0.50%以下または0.30%以下に制限しても良い。
【0087】
「Cu:銅」0.03〜1.2%
「Cr:クロム」0.03〜0.80%
「Mo:モリブデン」0.03〜0.4%
Cu、Cr、Moは、強度を確保するために有効であり、その効果を享受するため少なくとも0.03%以上の含有が必要である。一方、大入熱溶接HAZ靭性を劣化させる観点から、それぞれ1.2%、0.80%、0.4%が上限である。MoはNi同様に高価な元素であり、さらにHAZのMA生成を助長する危険性も高いので、Moの含有量はNi同様に極力低くすることが好ましい。HAZ靭性向上のため、Cu、Crを0.5%以下または0.3%以下に、Moを0.3%以下または0.1%以下に制限しても良い。
【0088】
「Nb:ニオブ」0.003〜0.03%
Nbは、焼入性と析出の両面から強度を確保するために有効である。しかし、圧延γ再結晶化や大入熱溶接HAZ靭性に対してNbは有害である。Nbの強度向上効果を享受するためには、0.003%以上のNbを含有させることが好ましい。より好ましくは、0.008%以上含有させると良い。しかし、多過ぎる添加は圧延γ再結晶化や大入熱溶接HAZ靭性に対するNbの有害さが顕在化するため、本発明では0.03%以下の微量Nbしか含有させないことが好ましい。0.02%以下、0.01%以下に抑えることがより好ましい。他の元素添加により強度確保が可能であれば、Nbを含有しないことがHAZ靭性の観点からさらに好ましい。
【0089】
「REM:希土類元素(ランタノイド系元素)」0.0003〜0.01%
REM(希土類元素)は、脱酸と脱硫に関与して、中心偏析部の粗大な延伸MnSの生成を抑えて硫化物を球状無害化し、母材と大入熱溶接HAZの靭性を改善する。これらの効果を発揮するためには、少なくとも0.0003%である。ただし、含有量を増やしても効果は飽和するため、経済性の観点から上限は0.01%である。なお、本発明で含有するREMとは、LaやCeなどのランタノイド系元素である。
なお、鋼成分の残部はFeおよび不可避不純物である。
【0090】
以上説明したように、本発明に係る大入熱溶接熱影響部靭性に優れた鋼板およびその製造方法によれば、(1)板厚50〜100mm、降伏強度325〜650MPa、かつ引張強度490〜720MPaの厚手高強度で、(2)溶接入熱量≧20kJ/mmでもvE(0℃)≧70Jとなる良好な大入熱溶接HAZ靭性を有し、(3)高価合金元素の低減(Ni≦1.0質量%等)等による低い製造コストを実現できる。
【0091】
このような本発明による厚手高強度鋼板が(超)高層ビルをはじめとする各種の溶接構造物に使用されることで、溶接構造物の大型化、破壊に対する高い安全性、建造における溶接の高能率化、素材である鋼材の経済性等々が同時に満たされることから、その産業上の効果は計り知れない。
【実施例】
【0092】
以下、本発明に係る大入熱溶接熱影響部靭性に優れた鋼板およびその製造方法の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0093】
(サンプル作製)
製鋼工程において溶鋼の脱酸・脱硫と鋼成分を制御し、連続鋳造によって表1に示す鋼成分のスラブを作製した。そして、前記スラブを表2に示す製造条件で板厚50〜100mmの厚鋼板を作製した。
【0094】
鋼成分、製造条件とも本発明が限定する範囲(特許請求の範囲)にある鋼1〜24の本発明例は、表3に示すように、母材の強度(降伏強度、引張強度)・靭性はもとより、溶接入熱50kJ/mm超のエレクトロスラグ溶接(ESW)継手靭性もきわめて良好であることが確認された。
【0095】
これに対し、比較例である鋼25〜34は、鋼成分が本発明の限定範囲を逸脱しているため、母材特性および/またはESW継手靭性が本発明例に対し明らかに劣る。
【0096】
すなわち、鋼25は、C量が低いため、継手靭性は良好であるが、製造条件が適正であっても強度が低い。鋼26は、逆にC量が高いため、製造条件が適正であっても母材靭性が低く、継手靭性にも劣る。鋼27は、Mn量が低く、Ceqも低いため、継手靭性は良好であるが、製造条件が適正であっても強度が低い。鋼28は、Mn量が高く、Ceqも高いため、製造条件が適正であっても母材靭性が低く、継手靭性も劣る。鋼29は、B量が低いためeB量が低く(負の値)、製造条件が適正であっても強度が低く、継手靭性も劣る。鋼30は、Al量が低いのに加え、eTi量も低いため、継手靭性が劣る。鋼31は、Ti量が低いためeTi量が低いだけでなく、eB量も低い(負の値)のため、母材靭性、継手靭性ともに劣る。鋼32は、N量が低く、eB量が高すぎるため、強度がやや高く、母材靭性、継手靭性に劣る。鋼33は、Si量が高いため、特にHAZでMA−constituentの生成が顕著となって、継手靭性に劣る。鋼34は、Vが無添加のため、HAZの組織制御が不十分となって、継手靭性に劣る。
【0097】
【表1-1】
【0098】
【表1-2】
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】