(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記原子比Cl/(Ti+Cl)は、前記第1領域において0.0001〜0.01であり、前記第2領域において0.00001〜0.001である、請求項1記載の表面被覆切削工具。
【背景技術】
【0002】
従来より、基材と該基材上に形成された被膜とを含む表面被覆切削工具において、その被膜としてTiB
2層を含むものが知られている。
【0003】
たとえば、特開昭51−148713号公報(特許文献1)は、超硬合金基体および表面層からなり、この表面層は重ねられた2つの部分層で構成されており、そのうち外側部分層は酸化アルミニウムおよび/または酸化ジルコニウムからなり、内側部分層は1種類以上のホウ化物、特にチタン、ジルコニウム、ハフニウム等の元素の二ホウ化物(すなわちTiB
2層)から成る耐摩耗性成形部材を開示している。
【0004】
上記表面層のうち内側部分層は、1000℃、50torrの高温、高真空の条件下で、反応原料ガスとして水素を1900l/時間、TiCl
4を20ml/時間、BCl
3を4g/時間の条件で投入し1時間成膜することにより、3μmのTiB
2層を形成している。また外側部分層としては、5μmの酸化アルミニウム層が形成されている。
【0005】
しかしながら、上記成膜時の高温、高真空の条件下において超硬合金基体中の接合層およびTiB
2層中のホウ素の拡散により強η層および/またはホウ素含有脆性層が生じ、このためこの耐摩耗性成形部材の寿命を著しく低下させていた。
【0006】
上記の問題を解決することを目的として、ホウ素の拡散抑制およびTiB
2層におけるTiB
2の微粒化により耐摩耗性を向上させた被覆物品が提案されている(特表2011−505261号公報(特許文献2))。この被覆物品は、超硬基材の表面に0.1〜3μmの窒化チタン、炭窒化チタンおよび炭ホウ素窒化チタンの群からなる層を被覆した後、1〜5μmのTiB
2層が形成されている。上記各層のうちTiB
2層の形成条件は、10容量%の水素、0.4容量%のTiCl
4、0.7容量%のBCl
3および88.9容量%のアルゴンガスからなる原料ガス組成で、1時間、標準圧力、温度800℃において、熱CVD法により厚み2.5μmのTiB
2層が形成されている。この被覆物品においては、超硬基材中にホウ素の拡散によるホウ素含有脆性層が形成されておらず、TiB
2層におけるTiB
2の粒径も50nm以下に制御されており、ある程度の工具寿命の向上が図られていた。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを含む構成を有する。このような被膜は、基材の全面を被覆することが好ましいが、基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり、被膜の構成が部分的に異なっていたとしても本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0017】
このような本発明の表面被覆切削工具は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0018】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具に用いられる基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0019】
これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0020】
なお、表面被覆切削工具が刃先交換型切削チップ等である場合、このような基材は、チップブレーカを有するものも、有さないものも含まれ、また、刃先稜線部は、その形状がシャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドとを組み合せたもののいずれのものも含まれる。
【0021】
<被膜>
本発明の被膜は、少なくとも一層のTiB
2層を含む限り、他の層を含んでいてもよい。他の層としては、たとえばAl
2O
3層、TiN層、TiCN層、TiBNO層、TiCNO層、TiAlN層、TiAlCN層、TiAlON層、TiAlONC層等を挙げることができる。なお、本発明において、TiB
2層以外の他の層の組成を「TiN」や「TiCN」等の化学式を用いて表わす場合、その化学式において特に原子比を特定していないものは、各元素の原子比が「1」のみであることを示すものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする。
【0022】
このような本発明の被膜は、基材を被覆することにより、耐摩耗性や耐衝撃性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。
【0023】
このような本発明の被膜は、2〜20μm、より好ましくは5〜15μmの厚みを有することが好適である。その厚みが2μm未満では、耐摩耗性が不十分となる場合があり、20μmを超えると、断続加工において被膜と基材との間に大きな応力が加わった際に被膜の剥離または破壊が高頻度に発生する場合がある。
【0024】
<TiB
2層>
本発明の被膜に含まれるTiB
2層は、TiB
2とともにCl(塩素)を含み、該TiB
2層において、該基材側界面から厚み0.5μmの領域を第1領域とし、該被膜表面側界面から厚み0.5μmの領域を第2領域とする場合、TiとClとの原子比Cl/(Ti+Cl)は、該第2領域よりも該第1領域で高くなることを特徴とする。本発明のTiB
2層は、このように厚み方向において塩素濃度を制御したことにより、耐摩耗性と耐衝撃性とが高度に向上するという優れた効果を示す。これは、第2領域において相対的にClの量を少なくすることにより、硬度および強度が高くなり、耐摩耗性が向上することとなる一方において、第1領域において相対的にClの量を多くすることにより、硬度が低くなり追従性が向上するためである。すなわち、第1領域において硬度が低くなることによって緩衝作用が示され、このため仮に第2領域に亀裂が発生したとしてもこの第1領域で緩和されることにより結果的に耐衝撃性が向上し、以って第2領域自体が有する耐摩耗性の向上作用と相俟って、耐摩耗性と耐衝撃性とが高度に向上したものになるものと推測される。
【0025】
これに対し、TiB
2層の全域において一律にClの量が少ない場合は、硬度が高くなり耐摩耗性に優れるものの、耐衝撃性が低下するものとなる。一方、TiB
2層の全域において一律にClの量が多い場合は、密着性および耐摩耗性の両者が低下したものとなる。
【0026】
なお、第1領域および第2領域の厚みをそれぞれ0.5μmと規定したのは、0.5μm未満では分析精度上、原子比Cl/(Ti+Cl)を十分に特定できない場合があるためである。このため、第1領域を基材側界面近傍の特性を最も反映する領域とし、かつ第2領域を被膜表面側界面近傍の特性を最も反映する領域とする観点と分析精度上の観点とから、各領域の厚みを0.5μmとしたものである。なお、第1領域および第2領域における原子比Cl/(Ti+Cl)の特定は、各領域ごとに互いに異なる3地点以上の数値(比)の平均値を求めることにより、測定誤差を防止することが好ましい。
【0027】
このように本発明のTiB
2層は、TiB
2(二ホウ化チタン)を主成分とするとともにClを含むものであるが、従来、製造時の原料の残留物として存在することが知られていたClを、積極的にその濃度を制御することにより上記のような優れた効果を得ることに成功したものである。なお、このようなTiB
2層に含まれるClの存在形態は特に限定されず、TiB
2に固溶されていてもよいし、遊離の原子またはイオンとして存在していてもよい。また、本発明のTiB
2層は、TiB
2およびCl以外に不可避不純物が含まれていても本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0028】
ここで、原子比Cl/(Ti+Cl)は、第1領域において0.0001〜0.01であり、第2領域において0.00001〜0.001であることが好ましい。より好ましくは、第1領域において0.0001〜0.005であり、第2領域において0.00001〜0.0008である。
【0029】
原子比Cl/(Ti+Cl)を第1領域において0.0001〜0.01とすることにより、被膜形成時または切削加工時に発生する熱衝撃や振動が緩和され、結果的に耐衝撃性の向上に資するものとなる。
【0030】
一方、原子比Cl/(Ti+Cl)を第2領域において0.00001〜0.001とすることにより、硬度が向上し、耐摩耗性の向上に資するものとなる。
【0031】
また、本発明のTiB
2層は、1〜10μm、より好ましくは1.5〜8μmの厚みを有することが好適である。その厚みが1μm未満では、連続加工において十分に耐摩耗性を発揮できない場合があり、10μmを超えると、断続切削において耐衝撃性が安定しない場合がある。
【0032】
なお、TiB
2層の厚みが1μmを超える場合、上記第1領域と第2領域との間に中間領域が存在することになるが、この中間領域の組成(すなわち原子比Cl/(Ti+Cl))は、特に限定されない。そのような中間領域の組成は、上記第1領域の組成と同じであってもよいし、上記第2領域の組成と同じであってもよく、またあるいは上記の第1領域と第2領域との中間的な組成をとることもできる。またさらに、その中間領域の組成は、上記第1領域の原子比Cl/(Ti+Cl)より高いものであってもよいし、上記第2領域の原子比Cl/(Ti+Cl)より低いものであってもよい。なお、このような中間領域の組成は、厚み方向に変化するものであってもよい。
【0033】
このような本発明のTiB
2層は、Ti合金などの難削材をはじめ各種の被削材を切削する際に生じる衝撃を緩和するとともに、耐摩耗性が向上し、以って耐摩耗性と耐衝撃性とが高度に向上したことにより、工具自体の耐欠損性および寿命が向上したものとなる。
【0034】
<その他の層>
本発明の被膜は、上記のTiB
2層以外に他の層を含むことができる。このような他の層としては、たとえば基材と被膜との密着性をさらに高めるために基材の直上に形成されるTiN、TiC、TiBN等からなる下地層や、このような下地層とTiB
2層との密着性を高めるためにこれら両層の間に形成されるTiCN層や、耐酸化性を高めるためにTiB
2層上に形成されるAl
2O
3層や、このようなAl
2O
3層とTiB
2層との密着性を高めるためにこれら両層の間に形成されるTiCNO、TiBNO等からなる中間層や、刃先が使用済か否かの識別性を示すために被膜の最表面に形成されるTiN、TiCN、TiC等からなる最外層等を挙げることができるが、これらのみに限定されるものではない。
【0035】
このような他の層は、通常0.1〜10μmの厚みで形成することができる。
<製造方法>
本発明は、基材と該基材上に形成された被膜とを含み、該被膜は少なくとも一層のTiB
2層を含む表面被覆切削工具の製造方法にも係わり、該製造方法は、該TiB
2層を形成するステップを含み、該ステップは、TiCl
4(四塩化チタン)とBCl
3(三塩化ホウ素)とを少なくとも含む原料ガスを用いて、該TiB
2層を化学蒸着法により形成するステップであり、該原料ガスにおける該TiCl
4と該BCl
3とのモル比TiCl
4/BCl
3は、該ステップの開始時において0.6以上であり、終了時において0.6未満となっていることを特徴とする。すなわち、上記で説明した本発明のTiB
2層は、このような製造方法により形成することができる。
【0036】
このように本発明の製造方法では、該TiB
2層を形成するステップにおいて、原料ガスであるTiCl
4とBCl
3とのモル比TiCl
4/BCl
3を、該ステップの開始時と終了時とにおいて相違させることにより、上記で説明したような特徴あるTiB
2層の構造を形成することが可能となったものである。このような条件を採用したことにより、なぜTiB
2層の構造が上記のような特徴ある構造になるのか、その詳細なメカニズムは未だ解明されていないが、恐らくTiB
2層の結晶が成長する際に、原料ガス中のTiCl
4およびBCl
3のClの分裂、蒸発、脱離の状態が両者のモル比に依存して変化し、その結果ClのTiB
2層における含有率が変化するためではないかと考えられる。
【0037】
この点、モル比TiCl
4/BCl
3は、該ステップの開始時において0.6以上であり、終了時において0.6未満となっている限り、本発明の構成のTiB
2層を得ることができるが、そのモル比の変化は、開始時から終了時にかけて徐々に変化するものであってもよいし、該ステップのいずれかの時点において切り替わるものであってもよい。
【0038】
また、該モル比TiCl
4/BCl
3は、開始時において最大の数値を示し、終了時において最小の数値を示すことが好ましいが、該ステップの途中段階において、最小値や最大値が示さるものであってもよい。
【0039】
また、本発明のTiB
2層が、上記のように第1領域と第2領域との間に中間領域を有する場合、その中間領域の組成(すなわち原子比Cl/(Ti+Cl))は、上記のような原料ガスのモル比TiCl
4/BCl
3の変化に依存して変化する傾向を示す。
【0040】
ここで、上記の製造方法をより詳細に説明すると、まず、TiB
2層を形成するステップにおける原料ガス(反応ガスともいう)としては、TiCl
4、BCl
3、H
2、Arを用いることができる。そして、該ステップの開始時において、TiCl
4とBCl
3とのモル比TiCl
4/BCl
3は0.6以上とすることを要し、さらに1.0以上とすることが好ましい。該モル比が0.6未満であると、第1領域における原子比Cl/(Ti+Cl)が低くなり、第2領域の該原子比よりも高くすることが困難となるからである。なお、該ステップの開始時におけるモル比TiCl
4/BCl
3は10以下とすることが好ましい。これは、該モル比が10を超えると第1領域における原子比Cl/(Ti+Cl)が0.01を超え、目的とする強度が得られない傾向を示すためである。また、反応効率が極端に低下するとともに多量の未反応物が堆積し、反応操作自体が継続できなくなる場合がある。
【0041】
一方、該ステップの終了時におけるモル比TiCl
4/BCl
3は、0.6未満とすることを要し、さらに0.5未満とすることが好ましい。該モル比が0.6以上になると、第2領域における原子比Cl/(Ti+Cl)が0.001より高くなり、耐衝撃性が不十分となるためである。なお、該ステップの終了時におけるモル比TiCl
4/BCl
3は0.1以上とすることが好ましい。これは、該モル比が0.1未満になるとTiB
2の析出速度が著しく低下し、目的とするTiB
2膜の生成が困難となる場合があるためである。
【0042】
このようにTiB
2層を形成するステップにおいて原料ガスのモル比TiCl
4/BCl
3を、開始時に比し終了時において低くすることにより、上記のような構造のTiB
2層を形成することができる。
【0043】
なお、上記原料ガス中H
2は約70〜99モル%、Arは約0〜20モル%とすることが好ましい(すなわちArを含まない場合もある)。このように、原料ガス中、体積比率的にはH
2およびArが大部分を占めるものとなる。
【0044】
また、該ステップの反応温度は、800〜950℃とし、より好ましくは850〜900℃である。800℃未満では本発明の特性を有するTiB
2層を形成することが困難となり、950℃を超えるとTiB
2が粗粒化したり基材が超硬合金である場合には強η層(WCoB層)やホウ素含有脆性層(CoB層)を生成したりする恐れがある。この点、本発明の製造方法によれば、強η層やホウ素含有脆性層が生成することを防止できるという優れた効果が示される。
【0045】
本発明のTiB
2層は、上記の条件を採用する限り、圧力等の他の条件は従来公知の条件を特に限定することなく採用することができる。なお、本発明の被膜が、TiB
2層以外の層を含む場合、それらの層は従来公知の化学蒸着法や物理蒸着法により形成することができ特にその形成方法は限定されないが、一つの化学蒸着装置内においてTiB
2層と連続的に形成できるという観点から、それらの層は化学蒸着法により形成することが好ましい。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
<基材の調製>
以下の表1に記載の基材Aおよび基材Bを準備した。具体的には、表1に記載の配合組成からなる原料粉末を均一に混合し、所定の形状に加圧成形した後、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、形状がCNMG120408NUXとSEET13T3AGSN−Gとの2種類の形状の超硬合金製の基材を得た。すなわち、各基材毎に2種の異なった形状のものを作製した。
【0048】
上記2種の形状はいずれも住友電工ハードメタル社製のものであり、CNMG120408NUXは旋削用の刃先交換型切削チップの形状であり、SEET13T3AGSN−Gは転削(フライス)用の刃先交換型切削チップの形状である。
【0049】
【表1】
【0050】
<被膜の形成>
上記で得られた基材に対してその表面に被膜を形成した。具体的には、基材を化学蒸着装置内にセットすることにより、基材上に被膜を化学蒸着法により形成した。被膜の形成条件は、以下の表2および表3に記載した通りであり、表4に記載した各厚みとなるように成膜時間を調整した。表2はTiB
2層以外の各層の形成条件を示し、表3はTiB
2層の形成条件を示している。なお、表2中のTiBNOとTiCNOは後述の表4の中間層であり、それ以外のものも表4中のTiB
2層を除く各層に相当することを示す(TiCN層と最外層としてのTiCNは同じ形成条件である)。
【0051】
また、表3に示すように、TiB
2層の形成条件はa〜eとx〜yの7通りであり、このうちa〜eが本発明の方法に従う条件であり、x〜yが比較例(従来技術)の条件である。また、TiB
2層を形成する全成膜時間のうち前半の半分を「開始時」の欄に記載した原料ガス組成とし、後半の半分を「終了時」の欄に記載した原料ガス組成とした。
【0052】
たとえば、形成条件aは、前半を2.5モル%のTiCl
4、3.7モル%のBCl
3、および93.8モル%のH
2からなる組成の原料ガス(反応ガス)とし、後半を2.0モル%のTiCl
4、3.7モル%のBCl
3、および94.3モル%のH
2からなる組成の原料ガス(反応ガス)とし、圧力80.0kPaおよび温度850℃の条件下でTiB
2層を化学蒸着法により形成したことを示している。なお、それぞれの原料ガス組成中のモル比TiCl
4/BCl
3は、表3に示した通りであり、TiB
2層を形成するステップの開始時の組成は表3の「開始時」の組成であり、終了時の組成は表3の「終了時」の組成である。
【0053】
なお、表2に記載したTiB
2層以外の各層についても、原料ガス組成を成膜途中で変化させないことを除き、同様に形成した。なお、表2中の「残り」とは、H
2が原料ガス(反応ガス)の残部を占めることを示している。また、「全ガス量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりにCVD炉に導入された全体積流量を示す。
【0054】
また、各被膜の組成(TiB
2層における原子比Cl/(Cl+Ti)を含む)は、SEM−EDX(走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分光)により確認した。なお、第1領域および第2領域の原子比Cl/(Cl+Ti)は、各領域ごとに3地点について測定し、その平均値とした。その結果を表3に示す。
【0055】
<TiB
2層の剥離発生時間>
TiB
2層の剥離発生時間は、次のようにして測定した。
【0056】
まず、丸ホーニングされたCNMA12008(住友電工ハードメタル社製)を基材とし、これの表面を研磨した(Ra≦0.5μm)後、表3記載の条件で厚み5μmのTiB
2層を該基材上に直接形成した。次いで、平均粒径100μmの球状アルミナの20%水分散液を、0.3MPaの圧縮空気で上記TiB
2層に投射し(基材(刃先稜線)と投射口との距離を30mmとする)、TiB
2層の破壊状態(刃先稜線部における)を顕微鏡で観察した。
【0057】
そして、TiB
2層が剥離または破壊されるまでの時間(秒)を測定した。この時間が長いものほど、基材との密着性が良好で耐衝撃性に優れていることを示す。その結果を表3に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
<表面被覆切削工具の作製>
上記の表2および表3の条件により基材上に被膜を形成することにより、以下の表4に示した実施例1〜20および比較例1〜7の表面被覆切削工具(各被膜毎に2種(基材の形状違い)の刃先交換型切削チップ)を作製した。
【0061】
たとえば実施例4の表面被覆切削工具は、基材として表1に記載の基材Aを採用し、その基材Aの表面に下地層として厚み0.5μmのTiN層を表2の条件で形成し、その下地層上に厚み2.0μmのTiCN層を表2の条件で形成し、そのTiCN層上に厚み2.5μmのTiB
2層を表3の形成条件cで形成し、、そのTiB
2層上に中間層として厚み0.5μmのTiBNO層、厚み1.5μmのAl
2O
3層、最外層として厚み0.8μmのTiN層を、それぞれこの順に表2の条件で形成することにより、基材上に合計厚み7.8μmの被膜を形成した構成であることを示している。
【0062】
なお、比較例1〜7のTiB
2層は全て本発明の方法に従わない従来技術の条件で形成されているため、それらのTiB
2層は本発明のような構成を示さないことになる(すなわち、厚み方向において原子比Cl/(Ti+Cl)が変化せず一定となる。表3参照)。
【0063】
なお、表4中の空欄は、該当する層が形成されていないことを示す。
【0064】
【表4】
【0065】
<切削試験>
上記で得られた表面被覆切削工具を用いて、以下の4種類の切削試験を行なった。
【0066】
<切削試験1>
以下の表5に記載した実施例および比較例の表面被覆切削工具(形状がCNMG120408NUXであるものを使用)について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.25mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表5に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐衝撃性に優れていることを示す。
【0067】
<切削条件>
被削材:Ti6Al4V丸棒外周切削
周速:70m/min
送り速度:0.15mm/rev
切込み量:1.5mm
切削液:あり
【0068】
【表5】
【0069】
表5より明らかなように本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、耐摩耗性および耐衝撃性の両者に優れていることは明らかである。
【0070】
なお、表5の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「チッピング」とは切れ刃部に生じた微小な欠けを意味する。
【0071】
<切削試験2>
以下の表6に記載した実施例および比較例の表面被覆切削工具(形状がCNMG120408NUXであるものを使用)について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.25mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表6に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐衝撃性に優れていることを示す。
【0072】
<切削条件>
被削材:インコネル718丸棒外周切削
周速:50m/min
送り速度:0.15mm/rev
切込み量:1.5mm
切削液:あり
【0073】
【表6】
【0074】
表6より明らかなように本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、耐摩耗性および耐衝撃性の両者に優れていることは明らかである。
【0075】
なお、表6の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「前境界微小欠」とは仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けでかつ基材の露出が認められることを意味する。
【0076】
<切削試験3>
以下の表7に記載した実施例および比較例の表面被覆切削工具(形状がSEET13T3AGSN−Gであるものを使用)について、以下の切削条件により欠損または逃げ面摩耗量(Vb)が0.25mmになるまでのパス回数および切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表7に示す。
【0077】
なお、パス回数とは、下記被削材(形状:300mm×100mm×80mmのブロック状)の一側面(300mm×80mmの面)の一方端から他方端までを、表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を1枚取付けたカッタにより転削する操作を繰り返し、その繰り返し回数をパス回数とした(なお、パス回数に少数点以下の数値を伴うものは、一方端から他方端までの途中で上記の条件に達したことを示す)。なお、切削距離とは、上記の条件に達するまでに切削加工された被削材の合計距離を意味し、パス回数と上記側面の長さ(300mm)との積に相当する。
【0078】
パス回数が多いもの程(すなわち切削距離が長いもの程)、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐衝撃性に優れていることを示す。
【0079】
<切削条件>
被削材:Ti6Al4Vブロック材
周速:80m/min
送り速度:0.25mm/s
切込み量:1.0mm
切削液:あり
カッタ:WGC4160R(住友電工ハードメタル社製)
チップ取付け数:1枚
【0080】
【表7】
【0081】
表7より明らかなように本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、耐摩耗性および耐衝撃性の両者に優れていることは明らかである。
【0082】
なお、表7の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「欠損」とは切れ刃部に生じた大きな欠けを意味する。
【0083】
<切削試験4>
以下の表8に記載した実施例および比較例の表面被覆切削工具(形状がSEET13T3AGSN−Gであるものを使用)について、以下の切削条件により欠損または逃げ面摩耗量(Vb)が0.25mmになるまでのパス回数および切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表8に示す。
【0084】
なお、パス回数とは、切削試験3と同様に下記被削材(形状:300mm×100mm×80mmのブロック状)の一側面(300mm×80mmの面)の一方端から他方端までを、表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を1枚取付けたカッタにより転削する操作を繰り返し、その繰り返し回数をパス回数とした(なお、パス回数に少数点以下の数値を伴うものは、一方端から他方端までの途中で上記の条件に達したことを示す)。なお、切削距離も、切削試験3と同様に上記の条件に達するまでに切削加工された被削材の合計距離を意味し、パス回数と上記側面の長さ(300mm)との積に相当する。
【0085】
パス回数が多いもの程(すなわち切削距離が長いもの程)、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐衝撃性に優れていることを示す。
【0086】
<切削条件>
被削材:SUS304ブロック材
周速:150m/min
送り速度:0.2mm/s
切込み量:1.0mm
切削液:あり
カッタ:WGC4160R(住友電工ハードメタル社製)
チップ取付け数:1枚
【0087】
【表8】
【0088】
表8より明らかなように本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、耐摩耗性および耐衝撃性の両者に優れていることは明らかである。
【0089】
なお、表8の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「欠損」とは切れ刃部に生じた大きな欠けを意味する。
【0090】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0091】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。