【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、経済産業省、地域イノベーション創出研究開発事業「触媒と炭化水素熱分解による低コスト/大気圧DLC装置の実用化」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記成膜対象物として管材を用い、該管材内に前記成膜用ガスを流すことで、前記成膜対象面としての管材内周面に対し、不純物除去および成膜を行うことを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記不純物除去・成膜工程では、前記成膜用ガスを大気圧で流動させて前記流動経路内の気体を前記成膜用ガスに置換した後、前記成膜用ガスを流しつつ前記成膜対象物を室温から前記所定温度にまで上昇させるプロセスを経ることを特徴とする請求項1〜4のうちいずれか1項に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記成膜用ガスとして、メタンガスを不活性ガスまたは窒素ガスで所定濃度に希釈したガスを用いることを特徴とする請求項1〜5のうちいずれか1項に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記不純物除去・成膜工程では、室温から前記所定温度にまで昇温することにより前記成膜対象面と前記ダイヤモンドライクカーボン膜との間に中間膜を形成することを特徴とする請求項1〜6のうちいずれか1項に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記不純物除去・成膜工程では、昇温する際に、2時間から8時間かけて室温から800℃にまで昇温することを特徴とする請求項1〜8のうちいずれか1項に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記不純物除去・成膜工程で、室温から800℃にまで昇温する時間が2時間以上4時間未満である場合には、昇温後、800℃の温度保持時間を4時間以上にすることを特徴とする請求項9に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記所定温度が600〜650℃の範囲であり、昇温後の温度保持時間が5〜9時間の範囲であることを特徴とする請求項1〜10のうちいずれか1項に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
前記不純物除去・成膜工程の終了時には、不活性ガスまたは窒素ガスを前記流動経路に流すことで前記流動経路からメタンガスを排除した後に室温にまで冷却することを特徴とする請求項1〜11のうちいずれか1項に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。以下の説明では、すでに説明したものと同一または類似の構成要素には同一または類似の符号を付し、その詳細な説明を適宜省略している。
【0016】
また、図面は模式的なものであり、寸法比などは現実のものとは異なることに留意すべきである。従って、具体的な寸法比などは以下の説明を参酌して判断すべきものである。又、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0017】
また、以下に示す実施の形態は、この発明の技術的思想を具体化するための例示であって、この発明の実施の形態は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものではない。この発明の実施の形態は、要旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施できる。
【0018】
[第1実施形態]
まず、第1実施形態について説明する。
図1で、(a)は本実施形態で用いる成膜装置の概念を説明する模式図であり、(b)はDLC膜が形成されたことを示す断面図である。
【0019】
本実施形態で用いる成膜装置10は、
図1に示すように、ガス供給源12と、ガス供給源12から供給されたガスを流動させる流動経路14と、ガス供給源12および流動経路14を制御する制御部16と、を有する。
【0020】
ガス供給源12は、メタンガス(CH4ガス)供給源18とアルゴンガス(Arガス)供給源20とを有する。流動経路14には、成膜対象物を載置する炉が設けられている。制御部16は、ガス制御部22と温度制御部24とを有する。ガス制御部22は、メタンガスとアルゴンガスとの混合比を制御する(例えば、メタンガスとアルゴンガスとの混合比を1:9に制御する)とともに、混合されてなる成膜用ガスRGの流量を調整するようにされている。温度制御部24は、成膜用ガスの温度制御を行うようにされている。
【0021】
(配置工程)
本実施形態では、流動経路14に設ける炉として、例えばマッフル炉などの市販の電気炉26を設ける。そして、ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)の成膜対象となる金属製の成膜対象物30をこの電気炉26内に配置する。
【0022】
金属製の成膜対象物30としては、例えば、SKD11、S45C、SKH51、SNCM439、SUS304、SCM440などの金属物(金属部材や金属部品など)が挙げられる。なお、SKD11はドリルロッドに使用されるのに適しており、SKH51は高速度鋼に使用されるのに適している。また、SCM440はクロムモリブデン鋼であり構造用鋼として使用されるのに適しており、S45Cは鋼管として使用されるのに適している。
【0023】
(不純物除去・成膜工程)
成膜対象物30を配置した後、流動経路14に成膜用ガスRGを流し、電気炉26で、基板30を室温から所定温度になるまで加熱するプロセスを経るとともに、電気炉26内のガスを室温から所定温度になるまで加熱するプロセスを経る。加熱する際には、流動経路14内の気体(空気)を成膜用ガスRGに置換するまで流した後に加熱を開始することが好ましく、これにより、加熱した際に、流動経路14内の空気中に含まれる酸素がメタンガスと反応することが回避される。
【0024】
このように、基板30を所定温度にまで昇温させつつメタンガスを成膜対象面に触れさせることにより、成膜対象面30fの酸化物などの不純物と成膜用ガスRGとを反応させてH
2OやCO
2などとしてガス状にすることで成膜対象面30fからこの不純物を除去し、更に、不純物が除去されることで露出した成膜対象面30fの金属元素と成膜用ガスRGを反応させてDLC膜34(
図1(b)参照)を成膜対象面上に成膜させる。
【0025】
所定温度の上限は成膜対象物30が熱で溶けない温度である。この所定温度が低くて済むほど、成膜装置の装置構成を簡素にできて好ましい。本実施形態では成膜対象物として金属製の平板を用いており、平板上の不純物が除去されて平板金属の元素が露出することで、シリコンウェハなどの半導体基板を用いる場合に比べてガス温度を低くしても充分に成膜させることが可能である。従って、半導体基板を用いる場合に比べて900℃程度にまで下げても成膜速度に問題はなく、850℃であっても成膜速度はあまり低下せずに装置構成を更に簡素化することができる。また、800℃であっても充分な成膜速度で成膜させるとともに装置構成がより更に簡素化され、750℃であっても適度な成膜速度で成膜させるとともに装置構成が一段と簡素化される。
【0026】
所定温度の下限は、成膜対象物30へのDLC膜34の成膜速度に問題がない温度である。実用的には、400℃程度にまで下げることが可能である。
【0027】
以上の工程では、成膜用ガスRGを大気圧で流すことにより、流動経路14を減圧に耐えられる構造(外気が流入しない構造)にしなくても、成膜装置10の外部から空気が流動経路14に混入することが回避される。また、成膜用ガスRGを大気圧よりも高い圧力にして流動経路14内で流動させることで、成膜速度を向上させてもよい。この場合、成膜用ガスRGが流動経路14から外部へ漏れないように耐圧仕様にしておく必要がある。
【0028】
成膜工程を終了した後、電気炉26の開放などを行い、電気炉26から成膜対象物30を取り出す。その際、成膜工程の終了時に不活性ガスまたは窒素ガスを流動経路14に流すことでメタンガスを排除し、電気炉26内の成膜用ガスや成膜対象物30を室温にまで冷却し、その後に電気炉26を開放することが好ましい。これにより、成膜対象物30上に形成されたDLC膜34上に煤が付くことが回避される。なお、たとえ煤が付いても拭き取ることで除去可能である。
【0029】
本実施形態により、金属製の成膜対象物30上にDLC膜34を簡易な手法かつ低コストで形成することができる。また、成膜用ガスに接する成膜対象物表面における成膜用ガスの熱分解反応を利用してDLC膜34を成膜しているため、細かい凹凸部(膨らみ部や窪み部)に成膜できることに加え、従来のプラズマCVD法では不可能であった、成膜対象面30fの側面や裏面などの全面、管状内外部にも同時に成膜させることができる。なお、このようにして形成されたDLC膜34は、炭化水素熱分解法で成膜されているので、ラマン散乱分光では後述のGピーク、Dピークが共に顕著に観測される。一方、プラズマ法で作製されたDLC膜ではGピークが強くDピークはShoulder(肩)として観測されるので、DLC膜が炭化水素熱分解法、プラズマ法のどちらで成膜されたかを区別することができる。
【0030】
また、市販の電気炉26を用いることができるので、プラズマCVDなどの装置を用いて成膜する場合に比べ、成膜対象物の寸法が大きくてもDLC膜を成膜することができる。
【0031】
また、鉄系の金属材料の選定と、その金属材料に適した成膜手法を選定することで、成膜対象面に強固な付着力で成膜されるDLC膜の膜厚を制御することができる。
【0032】
また、本実施形態で形成されたDLC膜付き金属物(ダイヤモンドライクカーボン膜付き金属物)36は、金属製の成膜対象物30上にDLC膜34を有するものである。従って、DLC膜付金属物36は、高温に耐え得る非金属の成膜対象物(例えば基板)に比べて高い強度を有する金属上に、工業的に充分に実用的に使用可能となるビッカース硬さ範囲が900〜1300、かつ摩擦係数の範囲が0.2〜0.4程度であるDLC膜34を表面に形成したものとすることができる。なお、DLC膜付き金属物36には、DLC膜34よりもビッカース硬さがやや劣っていて剥離し易い層が表層側に形成されることがあるが、この層が剥離しても金属上にはDLC膜34が残るので、このDLC膜34により充分な硬度が得られる。
【0033】
また、成膜用ガスRGの流量については、多すぎると成膜用ガスRGの温度が低下すること、また、成膜用ガスRGを効率良く使用することを考慮し、成膜対象面30f(被成膜面)に成膜用ガスRGがなるだけゆっくり接触するように流すことが好ましい。ただし、流量が少なすぎるとDLC膜の原料となる炭素が充分に供給されないおそれも出るので、電気炉26の寸法、基板寸法などを考慮して適度な流量に設定する。
【0034】
なお、不純物除去・成膜工程で昇温する際に、成膜対象面30fの清浄化とともにDLC膜が堆積する反応が起こるので、昇温にかける時間が長いほど、すなわちゆっくり昇温させるほど安定なDLC膜34が形成される。例えば、室温から800℃にまで昇温する際には2時間から8時間かけて昇温することが好ましい。
【0035】
また、所定温度にまで昇温した後、その温度を維持することで成膜用ガスRGが成膜対象面の金属元素と反応して更にDLC膜34が形成されていく。従って、その温度を維持する時間が長いほどDLC膜34の膜厚を増大させることができる。このため、昇温にかける時間が比較的短い場合には、温度維持時間(温度保持時間)を長くすることが好ましい。例えば、室温から800℃にまで昇温する時間が2時間以上4時間未満である場合には、昇温後、800℃の温度維持時間を4時間以上にすることが好ましい。
【0036】
また、アルゴンガスは、成膜用ガス中のメタンガス濃度を調整して成膜速度などを調整するとともに、流動経路14内が負圧になることを防止することを目的として用いられている。従って、成膜対象面(被成膜面)の形状、昇温にかける時間、昇温温度、温度保持時間などを考慮して成膜速度を設定し、この成膜速度となるようにメタンガス濃度を所定濃度にする。メタンガス100%を成膜用ガスとすることも可能であり、これにより、昇温にかける時間、および、昇温後にその温度(例えば800℃)を維持して成膜させる時間を短縮することができる。また、成膜用ガスに混入させるガスとして、アルゴンガスに代えて不活性ガスや窒素ガスを用いることも可能である。
【0037】
また、本実施形態では、片面側の成膜対象面30fにDLC膜34を成膜することで説明したが、成膜用ガスに接する成膜対象物表面であれば成膜が可能であるため、成膜対象物30の成膜用ガスに接する全面にDLC膜34(
図1の二点鎖線および実線で示すDLC膜34を参照)を成膜することも可能である。
【0038】
[第2実施形態]
次に、第2実施形態について説明する。
図2で、(a)は本実施形態で金属製配管内周面にDLC膜を成膜することを説明する説明図であり、(b)はDLC膜が形成されたことを示す断面図である。
【0039】
本実施形態では、成膜対象物として金属製配管40を用い、金属製配管40を流動経路42の一部とする。すなわち、成膜用ガスRGを金属製配管40内に流すような流動経路42とする。
【0040】
本実施形態では、第1実施形態と同様、成膜用ガスRGを流し、金属製配管40を電気炉46で加熱する。その際、金属製配管40内の気体(空気)を成膜用ガスRGに置換するまで流した後に加熱を開始することが好ましく、これにより、加熱した際に、金属製配管内の空気中に含まれる酸素がメタンガスと反応することが回避される。なお、電気炉46を用いずに、金属製配管40と、成膜用ガスRGを供給するガス配管とをヒータなどで加熱することも可能である。
【0041】
金属製配管40を室温から所定温度にまで昇温させるプロセスを経ながらメタンガスを金属製配管40の内周面40fに触れさせることにより、内周面40fの不純物と成膜用ガスRGとを反応させてガス状にすることで内周面40fからこの不純物を除去し、更に、不純物が除去されることで露出した内周面40fの金属元素で成膜用ガスRGを反応させてDLC膜44を内周面40f上に成膜させる。
【0042】
成膜用ガスRGの流速については、速すぎると金属製配管40や成膜用ガスRGの温度が下がってしまうし、また、成膜用ガスRGを効率良く使用する上で、金属製配管の金属内周面に成膜用ガスRGがなるだけゆっくり接触するように流すことが好ましい。ただし、流速が遅すぎるとDLC膜の原料となる炭素が充分に供給されないおそれも出るので、電気炉46の寸法、金属製配管40の内径などを考慮して適度な流量に設定する。一例として直径40mmの金属製配管内に、メタンガスとアルゴンガスとの混合比1:9の混合ガスを流して成膜する場合、毎分60mlの流速で十分な炭素量が得られる。
【0043】
成膜用ガス中のメタンガス濃度については、第1実施形態と同様に、金属製配管40の内周面40f(被成膜面)の形状、昇温にかける時間、昇温温度、温度保持時間などを考慮して成膜速度を設定し、この成膜速度となるようにメタンガス濃度を所定濃度にする。
【0044】
本実施形態により、市販されている金属製配管40の内周面40fにDLC膜44を簡易かつコストの安い手法で形成することができる。また、高温に耐え得る非金属基板に比べて高い強度を有する金属製配管40の内周面40fに高い硬度のDLC膜44を形成したDLC膜付き金属製配管40とすることができる。
【0045】
また、第1実施形態でも述べたように、金属製配管40の内周面40fでの成膜用ガスの熱分解反応を利用してDLC膜44を成膜しているので、金属製配管40の内径が変化していたり内周面40fに細かい凹凸部が形成されていたりしてもこれらに良好に成膜させることが可能となる。
【0046】
なお、本実施形態では、成膜対象物として金属製配管40を用いたが、金属製の一般的な配管であっても同様にDLC膜44を内周面に形成することができる。
【0047】
また、第1実施形態のように電気炉46を用い、その中に金属製配管40を配置して、金属製配管40の内周面と外周面を含む全面にDLC膜44(
図2の二点鎖線および実線で示すDLC膜44を参照)を同時に成膜することも可能である。これにより、従来のプラズマCVD法では不可能であった、金属製配管40の内側と外側に同じDLC膜を同時に成膜することができる。
【0048】
<実験例1>
本発明者は、一般的に使用される6種類の鋼について、3種類の処理方法でDLC膜作製を検討した。なお、本実験例に限らず実験例2以下であっても、基本的に、成膜対象物30としては1cm×1cmの平板を用いている。
【0049】
図3は、本実験例で用いた鋼の名称と、それぞれの鋼の使用される例、場所とを示す説明図である。
図4は、それぞれの鋼に含まれる微量元素とその割合とを示す説明図である。割合を示す数値の単位は%である。SUS304を除き、各鋼の大部分の組成は鉄(Fe)から構成される。そして、各鋼では、
図4に含まれる微量元素を含むことで特有の性質を示すことが知られている。SUS304は、NiとCrとを合計で30%ほど含み、その分だけ鉄の割合が低いので、他の鋼と異なる点に注意する必要がある。
【0050】
図5は、いずれも本実験例での成膜対象物載置方式を説明する説明図である。ここで、
図5(a)は、成膜対象物である2枚の平板30を、成膜対象面30fが上下となるように2段にして平置きとする例であり、成膜対象面30fが成膜用ガスRGの流れと平行になるように配置されている。以下、この配置を単に平置きともいう。
図5(b)は、成膜対象面30fに成膜用ガスRGが衝突するように縦置きとする例である。以下、この配置を単に縦置きともいう。
【0051】
本実験例では、成膜処理の温度プロセスをパラメータとして変化させ、第1温度プロセス、第2温度プロセス、第3温度プロセスの3つのプロセスで実験を行った。
図6〜
図8は、それぞれ、第1〜第3温度プロセスの温度変化を示すグラフ図である。
【0052】
第1温度プロセスは、室温から800℃まで2時間(2h)で昇温し、800℃で6時間保持(6時間の成膜処理)する温度プロセスである。
【0053】
第2温度プロセスは、室温から400℃まで2時間(2h)で昇温し、400℃から800℃まで6時間で昇温し、800℃で8時間保持(8時間の成膜処理)する温度プロセスである。
【0054】
第3温度プロセスは、室温から800℃まで6時間(6h)で昇温し、800℃→400℃→800℃の温度変化を2回繰り返し、最後に800℃で8時間保持(8時間の成膜処理)する温度プロセスである。
【0055】
本実験例では、上記の6種類の鋼に対し、以下の処理1〜処理3の3種類の処理パターンを適宜行った。
【0056】
[処理1]
平板の配置:平置き配置
成膜用ガス:CH
4ガス(60ml/min)+Arガス(60ml/min)を流しながら処理。
【0057】
温度プロセス:第1温度プロセス
成膜処理後の基板冷却:Arガスに切り替え室温まで冷却
[処理2]
平板の配置:縦置き配置
成膜用ガス:CH
4ガス+Arガス(10%+90%)を100ml/min流しながら処理。
【0058】
温度プロセス:第2温度プロセス
成膜処理後の基板冷却:N
2ガスに切り替え室温まで冷却
[処理3]
平板の配置:縦置き配置
成膜用ガス:CH
4ガス+Arガス(10%+90%)を100ml/min流しながら処理。
【0059】
温度プロセス:第3温度プロセス
成膜処理後の基板冷却:N
2ガスに切り替え室温まで冷却
以上の処理1〜3での共通条件は、以下の1)〜3)である。
【0060】
1)気体の流通系にガス漏れがないことを確認する。2)成膜用ガスのガス圧を大気圧と同じにする。3)流動経路14内の空気で酸化されることを防止するために、加熱する前に充分に(最短でも1時間)上記の混合ガスを流動経路14に流して、流動経路14内の空気を成膜用ガスに置換する。
【0061】
図9に評価結果を示す。
図9で、「◎」「○」「△」「×」はそれぞれDLC膜が「非常に良く形成された」「よく形成された」「まあまあ形成された」「あまり形成されない」を意味し、「-」は処理をしていないことを意味する。
【0062】
なお、後述するように、ラマン分光法により本実験例で作製した薄膜はDLC膜であることがわかるので、以降DLC膜と記述する。ここで、「×」については、DLC膜が少しは形成されているので、成膜処理の時間をかけることで所定の厚みのDLC膜を形成することが可能である。また、
図9では、SUS304の評価を記載していないが、SUS304の基板についても成膜処理の時間をかけることで所定厚みの良好なDLC膜が形成される。
【0063】
(検討)
本実験例では、金属試料表面の表と裏に反応気体であるメタンガスがより接触すると、その接触時間も増すことになると考えられる。しかし、処理1〜3では、800℃に昇温してからの反応時間はいずれも6〜8時間と長いにもかかわらず、処理1ではDLC膜の堆積が少ししか見られないのに対し、処理2、3では比較的DLC膜が堆積する種類の鋼(平板)が見られる。
【0064】
この事実から、室温から800℃までの昇温過程で以下の1)〜3)のことが考えられる。1)試料表面に反応気体がより多く接触するような物理的な試料位置の重要性
2)金属試料表面の清浄化によりメタン分解反応が進む可能性
3)メタン分解により生成する表面上の炭素がDLCとなる反応が進む可能性
また、S45Cの結果を見ると、800℃→400℃→800℃と繰り返す処理によりDLC膜がよく生成している。この事実は、400℃と800℃の間で炭素生成とその炭素がDLCとなる反応が進むことを意味していると考えられる。
【0065】
ここで、1)の重要性を検証するために、SKD−11、S45C、SKH51、SCM440の4種類の各金属試料(平板)を処理2または処理3で行ったような縦置きとし、第1温度プロセス(処理1に用いた温度処理プロセス)によってDLC膜を作製した。この結果、処理1の平置きの場合に比べ、
図9に示したように、各平板でDLC膜がよく生成されていることが観測された。この結果から以下の知見が得られる。
【0066】
1)反応気体の接触時間が重要であるので、試料金属の置き方が重要である。
【0067】
2)複雑な形状の試料を対象とする場合、充分なDLC膜を生成するためには、試料表面に充分に反応気体が拡散して充分な反応が進むことを目指して反応気体をできるだけゆっくり流すことが重要であると考えられる。
【0068】
<実験例2>
本実験例では、SKD−11の平板を縦置きとして、第1温度プロセスで成膜処理を行い、平板上に形成された膜をラマン分光で分析した。分光で得られたチャート図を
図10に示す。1300cm
−1、1600cm
−1付近にブロードな2本のシグナル、すなわち、それぞれDピーク、Gピークと呼ばれるシグナル、が観測される事実をもって、形成された膜がDLCであると評価される。他の種類の鋼(平板)でも、第1〜第3温度プロセスで成膜し、ラマン分光を行ったところ、同様のチャート図が得られた。
【0069】
(ラマンスペクトルについて)
なお、炭素材料に関し、結晶性の違いによるラマンスペクトルの差として、
図11に示すようなチャート図が知られている(Ref: 斉藤秀俊、DLCハンドブック、株式会社エヌ・ティー・エス、(2006年))。
図11に示すように、通常用いられる可視光レーザを用いたラマン散乱分光の場合、グラファイトでは1584cm
−1に鋭いピークが一本観測される。この振動モードはグラファイトの頭文字をとってG−bandと呼ばれる。また、グラファイトでは1350cm
−1付近の領域に大きなフォノン状態密度を持つがラマン活性でない為に、結晶性の高いグラファイトではピークは観測されない。しかし、欠陥が導入されるとラマンピークとなって観測される。このピークは欠陥(defect)由来のピークとしてD−bandと呼ばれる。欠陥由来である為に、結晶性の低いグラファイトやアモルファス、ナノ粒子において強い強度で観測される。また、同じカーボン結晶でも、グラファイトと異なる結晶構造であるダイヤモンドの振動モードでは1333cm
−1に一本鋭いピークが現れ、微小結晶および薄膜の結晶性評価などに使用されている。
【0070】
つまり、ダイヤモンドやグラファイトのような完全な結晶構造を持たない炭素材料では、二本のラマンピークが観測され、結晶性が高くなるほど鋭く、半値幅の狭いピークを示す。DLCはダイヤモンドやグラファイトのような完全な結晶ではないため、ラマンスペクトルで区別することができる。そのため最近では、ハードディスクや切削工具の表面保護に用いられるDLCの評価にラマンが重要な役割を果たしている。
【0071】
また、ラマンスペクトルに関して、学会誌で以下の1)〜3)が報告されている。
【0072】
1)<グラファイト単結晶の示すラマンシグナルと結晶サイズに関する知見>
(Ref. F. Tuinstra, J. L. Koenig, J. Chem. Phys., 53,1970, 1126-1130.)
グラファイト単結晶では1575cm
−1に鋭いピークが観測され、結晶サイズあるいは結晶径が小さくなったグラファイトでは1355cm
−1にピークが観測される。また、1355cm
−1と1575cm
−1のピーク強度比は結晶径が小さくなるに従って強度比は大きくなる。
【0073】
2)<励起波長を変えて、ダイヤモンド、sp
2炭素、水素も効果を検証>
(Ref. J. Wagner, M. Ramsteiner, Ch. Wild, P. Koidl, Phys. Rev.,B 40, 1989, 1817-1824)
ダイヤモンドが1332cm
−1に鋭いラマンシグナルを示すことが検証されている。構造の壊れたグラファイトのブロードなラマンシグナルが1300〜1350cm
−1に観測され、sp
2炭素からのラマン散乱は1580〜1600cm
−1であると解析され、Dピーク、Gピークに関する知見が得られている。励起エネルギーが低い時(励起波長が長いとき)Gピーク強度が増長され、Hを含んだ非晶質炭素ではGピーク位置が低端数側にシフトする。
【0074】
3)グラファイトとダイヤモンドではラマン散乱効率が50倍違う。
【0075】
同じ量でもグラファイトの方が強いシグナルが観測される。
【0076】
(Ref. Wada, P. J. Gaczi, S. A. Solin, J. Non.-Cryst. Solids 35&36, 543, 1980)
(検討)
従来のプラズマ法で作製されてきたDLC膜ではGピークが強くDピークはShoulder(肩)として観測される。DピークとGピークの比を膜の強度と関連させて議論する論文が多いのは、このプラズマ法による膜の強度の理由づけとしての観が否めない。
【0077】
これに対し、炭化水素熱分解法で作製されるDLCではDピークが顕著に観測される。上記論文から分かることは、通常のラマン散乱実験では励起にArレーザを用いるのでJ.Wagnerらの論文では低い励起エネルギーに相当しGピークがより強く観測されるはずである。Dピークにはサイズの小さなグラファイトからの情報が大半と考えれば、ラマン分光法により得られる情報としては、結晶径の小さなグラファイトから構成されるDLCであるということになる。この点が後で述べる低摩擦力の原因として考えることができる。
【0078】
GピークとDピークの比から膜の強度を議論するなどされてきているが、ラマンシグナルは様々な種の示すシグナルの重なりであるので、詳細な解析には至っていないのが実情である。逆に本実験結果からラマンの解析とともに別の方法で解析した、硬さ(主にsp
3炭素に由来すると考えられる)、摩擦係数(主にsp
2炭素に由来すると考えられる)などと比較することでDLC膜解析の発展に繋がる可能性がある。
【0079】
<実験例3>
本実験例では、実験例2で種々の平板上にDLC膜を作製してなるDLC膜付き平板36(成膜用ガスを大気圧で流して成膜させたもの。
図1(b)参照。以下、成膜用ガスを大気圧で流して成膜したDLC膜を大気圧DLC膜ともいう)について、DLC膜のビッカース硬さを、硬さ標準工具「Hardnester」(株式会社山本科学工具研究社 製)で測定した。この結果、大気圧DLC膜のビッカース硬さは1000程の値であった。
【0080】
また、試験荷重49、98、196、294、490Nでダイヤモンド圧子を10秒間試料表面に押し付けてできた圧痕を測定し、マイクロビッカース(微小ビッカース硬さ)を求めた。この結果、大気圧DLC膜のビッカース硬さは数値として900〜1300という値が得られ、充分な硬さであることが示された。
【0081】
次に、マイクロビッカースによる圧痕の形状により、大気圧DLC膜の評価を行った。成膜対象金属として1cm×1cm×0.5cmのサイズのSKD11、SCM440,及びS45Cの平板を縦に置き、第1温度プロセスの温度プロファイルでDLC膜を作製した。そして、このDLC膜にマイクロビッカースにより圧痕を形成し、評価した。
図12は、マイクロビッカースによる各圧痕形状を示す写真図である。
【0082】
図12では、比較のために他社製の3種類のDLC膜(他社製DLC−1から他社製DLC−3:プラズマ法で作製)での結果も併せて示す。ここでは、SEM像とCOMP像を200μmと20μmのサイズで観測している。
【0083】
図12から判るように、他社製のDLC膜と、本発明で作製した大気圧DLC膜とを比較すると、490Nという大きな荷重を掛けた圧痕では、いずれも圧痕周囲での僅かな亀裂、剥離が観測されるが大規模な剥離が発生した痕跡は見られなかった。このことは、成膜用ガスを大気圧で流して作製したDLC膜(大気圧DLC膜)が、プラズマ法で作製したDLC膜に対し、剥離耐性と強度において遜色がないことを意味している。
【0084】
<実験例4>
本実験例では、SKD−11の平板およびSCM440の平板の上に、成膜用ガスを大気圧で流してDLC膜を各々成膜し、ボールオンディスク摩擦磨耗装置によりDLC膜の摩擦係数を測定した。測定結果を
図13に示す。また、比較のために、ステンレス平板上にDLC膜を形成した他社製のもの(ナノテック株式会社製、DLC厚み3μm)について、DLC膜の摩擦係数を同様にして測定した。測定結果を
図14に示す。
図13、
図14では、縦軸は摩擦係数、横軸はトライボメータにより試料表面に金属球を回転磨耗させた距離(走査距離)を示す。
図13、
図14では、金属球を50mまで走査した結果を示している。
【0085】
また、本実験例では、母材であるSKD−11平板およびSCM440平板の各平板面の摩擦係数も測定しており、この結果を
図13に併せて示している。そして、ステンレス平板面についても摩擦係数を測定しており、この結果を
図14に併せて示している。
【0086】
図13から判るように、SKD−11平板およびSCM440の平板の摩擦係数は、走査距離の増加により大きく増加し、0.6から0.8ほどの大きな値となることが判った。これに対し、SKD11上の大気圧DLC膜の摩擦係数は、走査距離50m以内で0.20±0.05の範囲内であり、SCM440上の大気圧DLC膜の摩擦係数は、走査距離50m以内で0.30±0.05であり、母材(平板)に比べて小さな値を示した。
【0087】
他社のDLC膜(ナノテック株式会社製、DLC厚み3μm)をこのボールオンディスク摩擦磨耗装置にて測定すると0.18という摩擦係数値であり、良好な低い値であった。従って、大気圧DLCの摩擦係数はプラズマ法によるDLC膜に比べると若干摩擦係数は大きいが、充分実用レベルのあることが分かる。
【0088】
更に、本実験例では、走査距離を500mまで延ばして走査した。そして、そのときのSKD11上の大気圧DLC膜の摩擦係数、および、SCM440上の大気圧DLC膜の摩擦係数を測定し、また、金属球によるDLC膜上の痕跡をSEMで観察した。摩擦係数の測定結果を
図15に示し、SEMの観察像を
図16、
図17に示す。なお、
図16はSKD11平板上に形成されたDLC膜の観察像を示し、
図17はSCM440平板上に形成されたDLC膜に関する観察像を示す。
【0089】
摩擦係数は、走査距離が50mを超えた初期では0.2程度の小さい値であり、500m近く走査した終期でも0.36程度にまでしか増加しておらず、充分に低い値であった。また、
図16、
図17のSEM像を観察すると、筋状に炭化物が残存していることが観察され、この炭化物により低摩擦になっていると推測される。
【0090】
<実験例5>
本実験例では、SKD−11の平板、SCM440の平板、S45Cの各平板を縦置きにし、成膜用ガスを大気圧で流して大気圧DLC膜を形成したものについて、ナノインデンテーション試験によりDLC膜の硬度の測定を行った。測定結果を
図18に示す。また、比較のために、ステンレス平板上にDLC膜を形成した他社製のもの(ナノテック株式会社製、DLCの厚み3μm)についても、ナノインデンテーション試験によりDLC膜の硬度の測定を同様に行った。測定結果を
図19に示す。
図18、
図19では、縦軸は荷重(mN)、横軸は押圧深さ(μm)を示す。なお、他社製のものについては、試験体を3つ用意してナノインデンテーション試験を1回ずつ合計で3回行い、本発明者が作製したものについては、ナノインデンテーション試験を各平板毎に1回ずつ行っている。
【0091】
図19から判るように、他社製のDLC膜では表層から0.1μmほど押し込む時にかかる力と試料の変位との関係は、力を元に戻す際の変位の戻りとの関係とほぼ同様となる。これは表層に硬い層が存在することを意味する。一方、
図18に示すように、SKD11、SCM440、S45Cの平板上に堆積させた大気圧DLC膜についてナノインデンテーション試験を行うと、測定圧子を深さ方向に0.1μm変位させた時の負荷としてかかる力は、押し込み方向の時にはかかる力が変化するのに対して、力を元に戻しても変位は殆ど変化がないことが読み取れる。このことは、大気圧DLC膜の最表側には、比較的柔らかくて力に対して不可逆な変位を及ぼす最表層(例えば
図27に示す最表層34u)が存在することを意味する。
【0092】
さらに、本実験例では、上記の6つの試験体(本発明者により作製された3試験体、および、他社製の3試験体)について、DLC膜の最表側から0.1μmほどの深さまでの領域におけるビッカース硬さとヤング率とを求めた。測定結果を
図20に示す。
【0093】
図20から判るように、大気圧DLC膜における最表層34u(
図27参照)のビッカース硬さは他社製のDLC膜の値に比べて劣るが、ヤング率ではほぼ同様の値が得られた。ヤング率の100〜200GPaという数値はダイヤモンドの値(約1000)に比べると小さく、応力に対してある程度のひずみのある材質となっていることが判る。このヤング率の値は鋼のヤング率に相当し、通常のプラズマ法で形成したDLC膜の値である70〜80GPaに比べると大きい。なお、ヤング率(E)は応力(σ)をひずみ(ε)で割った値で定義される。
【0094】
<実験例6>
本実験例では、大気圧DLC膜の剥離しにくい性質を解明するために、DLC膜と金属との界面を、電子顕微鏡(SEM)と併設のエネルギー分散型X線解析装置(EDX)にて元素分析を行った。
【0095】
本実験例では、断面SEMの撮像を得るために、試料表面に樹脂硬化剤を塗布し断面を削り出し、観測に供した。大気圧DLC膜を成膜する金属製の成膜対象物としては、SKH51の平板を縦置きとし、第1温度プロセスで成膜した。測定結果を
図21に示す。生成した約40μmのDLC膜34と金属平板(SKH51の平板)30との間に約3μmほどの中間膜32(界面膜)を観測できた。
【0096】
図22に、大気圧DLC膜34、中間膜32、金属平板(SKH51の平板)30に相当する各部分における元素分析をEDXにて行った結果を示す。DLC膜34がC(炭素)から構成されていることは当然であるが、中間膜32もほぼ100%C(炭素)から構成されていることが分かった。
【0097】
<実験例7>
本発明者は、大気圧DLC膜が剥離しにくい原因を解明するために、以下の実験を行った。
【0098】
すなわち、第1温度プロセスで、室温から800℃までの昇温にかける時間について、1)2時間かけて昇温、2)8時間かけて昇温、3)14時間かけて昇温、の3つのパターンを設定した。また、800℃到達後の800℃の維持時間(成膜時間)について、4)4時間、5)6時間、6)8時間の3つのパターンを設定した。
【0099】
そして、成膜用ガスの成分比(メタンガスとアルゴンガスとを1:9の割合とすること)、および、成膜後にアルゴンガス雰囲気下で自然冷却すること、については各試験で一定とした。従って、1)〜6)では、上記の成膜用ガスが常に流れている。試験条件の説明図を
図23に示す。
【0100】
ここで、比較のために、室温から800℃までの昇温にかける時間について、1)2時間かけて昇温、2)8時間かけて昇温、3)14時間かけて昇温、の3つのパターンを設定し、800℃での保持時間なしで自然冷却させたもの(温度プロセスについては
図24参照)を作製し、試料表面に樹脂硬化剤を塗布し断面を削り出し、各試験体断面をSEMで観察した。観察結果を
図25に示す。
図25から判るように、各試験体では、最表層はあまり見られず、中間層も非常に薄い。2時間かけて昇温したもの(昇温時間2時間)では中間層も見られない。
【0101】
次に、800℃までの昇温を2時間とし、その後、800℃での保持時間(成膜時間)を、4)4時間、5)6時間、6)8時間としてDLC膜を成膜し、自然冷却させたもの(温度プロセスについては
図23参照)を作製し、試料表面に樹脂硬化剤を塗布し断面を削り出し、各試験体をSEMで観察した。観察結果を
図26に示す。
【0102】
同様に、800℃までの昇温を4時間とし、その後、800℃での保持時間(成膜時間)を、4)4時間、5)6時間、6)8時間としてDLC膜を成膜し、自然冷却させたもの(温度プロセスについては
図23参照)を作製し、試料表面に樹脂硬化剤を塗布し断面を削り出し、各試験体をSEMで観察した。観察結果を
図27に示す。
【0103】
そして、同様に、800℃までの昇温を8時間とし、その後、800℃での保持時間(成膜時間)を、4)4時間、5)6時間、6)8時間としてDLC膜を成膜し、自然冷却させたもの(温度プロセスについては
図23参照)を作製し、試料表面に樹脂硬化剤を塗布し断面を削り出し、各試験体をSEMで観察した。観察結果を
図28に示す。
【0104】
本発明者は、
図25〜
図28を参照しつつ、昇温時間、保持時間がDLC膜の成膜に与える影響について検討し、
図29を作成した。そして、以下のことを見出した。
【0105】
a)昇温時間2時間では上述の最表層は見られず、保持時間4時間以上で断面形状に大きな違いはない。
【0106】
b)DLC膜の下には、素地であるSKH51にクラックが生じたような、中間膜32が存在し、高温環境にある時間が長いほど、つまり800℃での保持時間が長いほど、中間膜32の厚さが増す傾向が見られる(
図27、
図28参照)。
【0107】
c)昇温時間8時間のみで中間膜32にクラックが生じているように見えたが、昇温2時間、保持4時間では中間膜32にクラックが生じているようには見えない。従って、温度影響によりクラック生じるものである場合には、800℃の時間が6〜8時間の間にクラックが生じ始めると考えられる。
【0108】
D)800℃での保持時間が0〜6時間の範囲内に、成膜が安定する時間がある可能性が考えられる。
【0109】
また、800℃までに達する昇温時間を2、8、14時間と変化させ、800℃での保持時間を8時間として作製した大気圧DLC膜の下に、素地であるSKH51の基板に厚さ10〜20μmのクラックが生じたような中間膜32の存在が確認された。この中間膜32の特に硬さに関する情報を得ることを目的として、試料断面におけるDLC膜の最表面から金属基板30に至る間のビッカース硬さを「島津製作所製 微小硬度計 HMV−2000」を用いて測定した。測定結果を
図30に示す。
【0110】
試験片が断面であることから縦軸のHV値の誤差は大きいが、DLC膜表層で充分な硬さが得られていることがわかる。中間膜32におけるビッカース硬さについては、金属母材に比べてビッカース硬さは高い可能性がある。
【0111】
本発明者はこれらの実験結果、検討のもとで、以下の結論を得た。
【0112】
1)DLC膜34と金属平板30との境界に2〜5μmの中間膜32が存在しこの中間膜32がDLC膜34と金属平板30との物理的強度を強くし、剥離しにくい性質の原因となっている、と考えられる。
【0113】
2)この中間膜32を作製するプロセスは、800℃までの昇温に時間を掛けるほど、そして800℃での反応時間が長いほど、促進される。
【0114】
[第3実施形態]
次に、第3実施形態について説明する。
図31で、(a)は本実施形態で用いる成膜装置の概念を説明する模式図であり、(b)は、DLC膜が形成されたことを示す断面図である。本実施形態で用いる成膜装置100は、第1実施形態に比べ、流動経路14に代えて流動経路114が設けられている。この流動経路114には、管状の電気炉126と、管状の電気炉126内に挿通された炉心管128と、が設けられている。
【0115】
本実施形態では、ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)の成膜対象となる金属製の成膜対象物30の設置位置128sは、炉心管128内の中心部128cよりもやや下流側の位置に設定されている。従って、炉心管128内を昇温したとき、成膜対象物30の温度は、中心部128cの温度よりもやや低い。
【0116】
本実施形態で成膜対象物30に成膜するには、炉心管128内の設定位置に成膜対象物30を配置する。この配置位置は、成膜用ガスRGを流して昇温するにあたり、成膜対象物30の表面の不純物除去および成膜用ガスRGの分解によるDLC膜の成膜を行う上で、中心部128cの温度を好適な範囲にしたときに、成膜対象物30の温度が600〜650℃の範囲となる位置に設定されている。
【0117】
本実施形態では、第1実施形態に比べ、成膜用ガスRGの昇温温度を下げずに成膜対象物30の昇温温度を低下させることができる。従って、成膜対象物30の適用材料の範囲を広範囲にすることができる。
【0118】
なお、成膜対象物30の温度が600〜650℃の範囲、と記載したが、実際には、成膜対象物30の温度が600〜700℃程度であっても、成膜対象物30の適用材料の広範囲化の効果は充分に得られる。また、600〜650℃の範囲のうち好適な範囲は610〜650℃の範囲である。
【0119】
<実験例8>
本実験例では、第3実施形態で説明した成膜装置100を用いて成膜した実験例である。炉心管128としては円筒状のもの(直径52mm)を用いた。
【0120】
本実験例では、まず、電気炉126の中心部128cから下流側への距離と、その距離の位置における温度との関係を実験により求めた。実験結果を
図32に示す。なお、本実験例では、電気炉126の設定温度は中心部128cでの設定温度、すなわち、
図32で「中心からの距離」が0cmの位置での設定温度を意味する。また、成膜対象物30の設置位置128sは「中心からの距離」が下流側に14mmとなる位置である。
図32から判るように、何れの場合であっても、設置位置128sの温度は中心部128cよりも200℃程度低くなっていた。
【0121】
更に、本発明者は、成膜対象物30として、7種類の平板状の試料A〜Gを用い、成膜条件をパラメータとして変更して、各試料の表面(成膜対象面30f)に成膜した。成膜条件を
図33に示す。また、7種類の試料のうちSKH51およびSNCM439について、主成分(Fe(鉄))以外の含有物の成分をそれぞれ
図34(a)および(b)に示す。
【0122】
そして、各試料に形成された膜をラマン分光で分析した。分光で得られたチャート図を
図35(a)〜(c)、
図36(d)〜(g)に示す。
図35(a)〜(c)は、それぞれ、試料A〜Cの分光で得られたチャートに対応しており、
図36(d)〜(g)は、それぞれ、試料D〜Gの分光で得られたチャートに対応している。上述したように、1300cm
−1、1600cm
−1付近にブロードな2本のシグナル、すなわち、それぞれDピーク、Gピークと呼ばれるシグナル、が観測される事実をもって、形成された膜がDLCであると評価される。
【0123】
本実験例では、試料D、Eに形成された膜(それぞれ、
図36(d)、(e)を参照)がDLC膜であると判断され、試料A〜C、F、Gに形成された膜はDLC膜でないと判断された。なお、試料Dには、試料温度649℃、反応時間(温度保持時間)6hで成膜し、試料Eには、試料温度649℃、反応時間(温度保持時間)8hで成膜している。
【0124】
本実験例などにより、成膜対象物30の温度が600〜650℃の範囲であり、かつ、温度保持時間が5〜9hの範囲であると、試料の成分にかかわらず、形成された膜はDLC膜であると考えられる。