特許第5896476号(P5896476)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5896476
(24)【登録日】2016年3月11日
(45)【発行日】2016年3月30日
(54)【発明の名称】漆器製造方法
(51)【国際特許分類】
   A47G 19/00 20060101AFI20160317BHJP
   C09D 193/00 20060101ALI20160317BHJP
【FI】
   A47G19/00 G
   A47G19/00 A
   A47G19/00 S
   C09D193/00
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-126072(P2013-126072)
(22)【出願日】2013年6月14日
(65)【公開番号】特開2015-179(P2015-179A)
(43)【公開日】2015年1月5日
【審査請求日】2015年3月27日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本放送協会(NHK)大津放送局 おうみ発610、NHK大津放送局、平成25年2月13日 http://www.nhk.or.jp/otsu/program/610/tanken/20130213.html、平成25年2月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】505148852
【氏名又は名称】株式会社堤淺吉漆店
(73)【特許権者】
【識別番号】513151624
【氏名又は名称】北川 高次
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北川 高次
【審査官】 芝井 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−007680(JP,A)
【文献】 特開2008−164529(JP,A)
【文献】 特開2008−164552(JP,A)
【文献】 特開平07−213407(JP,A)
【文献】 特開昭52−000863(JP,A)
【文献】 特開2002−219702(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A47G 19/00
B44C 3/00
C09D 193/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹部を有する容器の形状に木を加工した木地の外表面に漆を塗布し、該漆が乾燥する前に該凹部内を該凹部外よりも低い圧力に減圧することを特徴とする漆器製造方法。
【請求項2】
前記漆が生漆であることを特徴とする請求項1に記載の漆器製造方法。
【請求項3】
前記漆の塗布及び前記減圧を複数回行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の漆器製造方法。
【請求項4】
前記複数回の漆の塗布が、生漆を用いて行う塗布と、その後、生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を用いて行う塗布であることを特徴とする請求項3に記載の漆器製造方法。
【請求項5】
前記精製漆が、生漆よりも含有成分を高分散化させた高分散化精製漆であることを特徴とする請求項4に記載の漆器製造方法。
【請求項6】
前記木地の材料がケヤキ又はタモであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の漆器製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆器の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漆器は、木を椀や重箱等の形状に加工することにより「木地」を作製し、該木地に漆を塗布(通常は数回重ね塗り)したうえで、所定の温度及び湿度に調整したムロ(室)内で漆を化学反応させ、固化させることにより製造される。この木地の内部には、材料である木の導管が微細な空洞として存在する。そのため、単に木地の表面に漆を塗布しただけでは、ムロ内で加熱した際に微細空洞内の空気が膨張して木地の外に放出され、木地の表面に気泡が生じる。そうすると、固化した漆器表面に、クレーター状の気泡の跡が残ってしまう。
【0003】
そのため、従来より、木地の表面に、「砥の粉」や「地の粉」と呼ばれる天然鉱物の粉末を糊や漆などと共に水に分散させた下地材を塗布することによって下地層を形成し、その下地層の表面に漆を塗布することにより上塗層を形成することが行われている(例えば特許文献1参照)。これにより、木地内の微細空洞に、下地層によって蓋が形成される。この蓋により、微細空洞内に残った空気が加熱時に膨張しても、微細空洞外に放出されることが抑制され、クレーター状の気泡の跡が形成され難くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平08-238899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
最近、小中学校や幼稚園等から、学校給食で使用する食器に、教育(食育)上の観点で漆器を用いたいという要望が出されている。しかし、学校給食の現場では多くの場合、使用後の食器は、高温(通常は60〜70℃)の水を用いた食器洗浄機で洗浄が行われ、その後、85〜90℃の熱風で乾燥及び消毒がなされている(なお、乾燥・消毒時の温度は、文部科学省スポーツ・青年局学校健康教育課発行の「調理場における洗浄・消毒マニュアル Part II」に規定されている)。このような温度変化が漆器に対して繰り返し付与されると、漆器から上塗層や下地層が剥離する、という問題が生じてしまう。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、温度変化が繰り返し付与されても漆の層が剥離し難い漆器を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、温度変化の付与によって漆器から上塗層や下地層が剥離する原因を検討した結果、木地、下地層及び上塗層という3つの構成要素間における熱膨張率の相違が原因になっていることを見出した。木地の木と上塗層の漆は、いずれも植物由来のものであり、比較的近い熱膨張率を有する。それに対して下地層の砥の粉や地の粉は天然鉱物に由来するものであり、木や漆よりも熱膨張率が小さい。そのため、漆器に対して温度変化が繰り返し付与されると、その度に、互いに接する木地と下地層の間、及び下地層と上塗層の間で熱応力が生じる。その結果、それら木地と下地層の間、及び下地層と上塗層の間に隙間が生じ、上塗層(又は上塗層と下地層が積層されたもの)が剥離してしまう。
【0008】
また、下地層による蓋が形成された微細空洞の内部には、空気が残存している。微細空洞内の空気による圧力は、漆器の製造時におけるムロ内での温度ではさほど上昇しない(それゆえ、上塗層にクレーター状の気泡が形成されることは防止される)が、使用時に100℃近い味噌汁やスープ等を入れることにより、微細空洞内の空気が膨張し、下地層及び上塗層が木地から剥離する原因となる。同様に、食器洗浄機で用いられる高温の水や乾燥・消毒の際の熱風によって漆器が加熱されることも、下地層及び上塗層が木地から剥離する原因となる。
【0009】
これら熱膨張率、及び微細空洞に残留する空気による圧力に関する知見に基づき、本願発明者は本発明を成すに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係る漆器製造方法は、凹部を有する容器の形状に木を加工した木地の外表面に漆を塗布し、該漆が乾燥する前に該凹部内を該凹部外よりも低い圧力に減圧することを特徴とする。
【0011】
前記減圧は、木地の外表面に漆を塗布した後(直後が望ましい)に行ってもよいし、漆を塗布しながら行ってもよい。また、木地の外表面に漆を塗布した後に、前記減圧を行いながら更に該外表面に漆を塗布してもよい。
【0012】
本発明によれば、木地の外表面に漆を塗布して凹部内を減圧することにより、木地が有する微細空洞(木の導管)内に漆が吸引され、該微細空洞が漆で埋められる。そのため、木地の表面に砥の粉等による下地層を形成しなくとも、漆の塗布後に所定の(通常、室温よりも高い)温度で漆を化学反応により固化させる際に気泡が生じることを防ぐことができる。そして、上述のように木と漆が互いに比較的近い熱膨張率を有することから、木地と、微細空洞内に吸引されることなく木地の表面に残存する漆により形成される表面漆層の間に生じる熱応力が小さいため、温度変化が繰り返し付与されても、表面漆層は木地から剥離し難い。
【0013】
木地の外表面に塗布する漆には、漆が木地内の微細空洞に吸引され易くするという点において、生漆を用いることが望ましい。表面漆層の強度を高めるという点からは、生漆よりも水分の含有量を少なくした精製漆を用いてもよい。
【0014】
漆の塗布及び凹部内の減圧は、1回だけ行ってもよいが、木地内の微細空洞をより確実に埋めるために、複数回繰り返し行うことが望ましい。複数回塗布する場合、初めは生漆を用い、その後、生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を用いることが望ましい。これにより、木地内の微細空洞を確実に埋めつつ、表面漆層の強度を高めることができる。
【0015】
こうして減圧塗布を行った漆器は、そのまま漆器として用いることもできるが、適切な上塗りを行うことにより、漆器らしい艶や強度を付与することが望ましい。この上塗りには、生漆や、上述の、生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を用いてもよいが、生漆よりも含有成分を高分散化させた高分散化精製漆を用いることが望ましい。このような高分散化精製漆として、例えば株式会社堤淺吉漆店製「光琳」、「魁」(いずれも登録商標)が挙げられる。これら「光琳」、「魁」を初めとする高分散化精製漆は塗布時の芯乾きが速く、それにより、加熱が繰り返されるという厳しい使用条件においても、当該使用条件に耐えることができる機械的強度を持つうえに、漆の白化が防止されることにより艶が維持される上塗層を形成することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る漆器製造方法により、温度変化が繰り返し付与されても表面漆層が剥離し難い漆器を得ることができる。このようにして製造された漆器は特に、食器洗浄機を用いて高温の水で洗浄し、熱風で乾燥及び殺菌を行う必要がある学校給食用の食器に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る漆器製造方法の一実施例を示す概略工程図。
図2】本実施例の漆器製造方法で用いられる減圧装置の概略構成図(a)、ヘッドの正面図(b)、木地の本体外表面に漆を塗布したものを減圧装置に取り付けた状態を示す概略図(c)、及び取り付ける木地の大きさが(c)とは異なる場合を示す概略図(d)。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る漆器製造方法の実施例を、図1図2を用いて説明する。ここでは、椀を製造する場合を例として説明するが、本実施例の方法は、凹部を有しさえすれば、容器の種類は限定されない。例えば、学校給食を対象とする場合には、皿、盆等の漆器の製造に用いることができる。また、学校給食用の容器には限定されず、例えば鉢、杯、櫃(ひつ)等の漆器の製造にも用いることができる。また、ここまでに挙げた例は1本の木を加工することによって木地が得られるものであるが、本実施例の方法は、弁当箱や重箱のように複数の木材を組み立てたものに対しても好適に用いることができる。
【実施例】
【0019】
(1) 本発明に係る漆器製造方法の実施例
(1-1) 木地の作製
まず、原料である木を椀の形状、すなわち凹部111を有する形状に加工することにより、木地11を作製する(図1(a))。木地11は、従来の漆器における木地と同様の方法により作製すればよい。原料の木には、ケヤキ(欅)又はタモを用いることが望ましい。これらケヤキやタモは、漆器の原料木として用いられている他の木(サクラ、トチ、ブナ、ヒノキ等)よりも導管が太いため、次に述べる漆の塗布工程において、導管から成る微細空洞内に漆が入り易い、という特徴を有する。これにより、微細空洞をより確実に漆で埋めることができる。また、漆が木に食い込み、漆がより木地から剥がれ難くなる。
【0020】
(1-2) 木地の本体外表面への漆の塗布(1回目)
次に、木地11の外表面112のうち、上端の縁114から下方(高台113側)に向かって1cm程度までの部分112Aを除いた部分に、刷毛を用いて漆12を塗布する(図1(b))。
【0021】
この1回目の塗布の際には、漆12には生漆を用いる。生漆は、ウルシの木の樹液を濾過又は遠心分離することによって該樹液中の不純物を除去したものである。生漆の他に、生漆を加熱して水の含有量を少なくした精製漆を用いることもできるが、水分が多く導管に侵入し易いという点で生漆の方が望ましい。
【0022】
(1-3) 凹部内の減圧及び漆の追加塗布(1回目)
次に、漆12が乾かないうちに、木地11の凹部111内を減圧する(図1(c))。この減圧には後述の減圧装置20を用いる。このように凹部111内を減圧することにより、凹部111と連通する木地11内の微細空洞(導管)内も減圧され、本体外表面112に塗布された漆12が微細空洞内に引き込まれる。この減圧中に、木地11を回しながら、上記(1-2)において漆12を塗布した部分に、漆12を追加塗布する。これらの操作により、微細空洞内は漆により埋められてゆく。微細空洞を通過した漆は、凹部111の内表面115に浮き出す。
【0023】
(1-4) その他の部分への漆の塗布
漆12が塗布された木地11を減圧装置20から外した後、これまでに漆12を塗布していなかった、本体外表面112のうち上記部分112A、縁114、及び内表面115に漆を塗布する(図1(d))。その際、内表面115に浮き出していた漆が平坦にならされる。
【0024】
(1-5) 漆の硬化処理
こうして木地11の表面全体に漆12が塗布されたものをムロ30に収容し、一般的には温度20〜25℃、湿度70〜80%の条件で、漆12を硬化させる(図1(e))。これにより、木地11の表面全体に強固な表面漆層13が形成される(図1(f))。その後、表面漆層13の全面を研ぎ上げる。
【0025】
(1-6) ここまでに行った操作の繰り返し
ここまでに述べた操作は、数回繰り返し行う。本実施例では、漆の塗布と凹部内の減圧は通算6〜8回行い、最初の2〜3回目には生漆を、それ以降には生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を、それぞれ用いた。これにより、最初の2〜3回目までに生漆を微細空洞内に十分に行き渡らせると共に、それ以降に用いる水分の少ない精製漆によって、さらに強固な漆の層を形成することができる。
【0026】
この精製漆には、本実施例では「光琳」を用いた。「光琳」は、前述のように生漆よりも含有成分が高分散化されているという特徴を有する。これにより、芯乾きが速く、一層硬度が高く、漆器を繰り返し使用しても漆の白化が生じることなく艶を維持することができる表面漆層13を形成することができる。すなわち、この表面漆層13は従来の漆器における上塗層で求められる特性を満足しており、「光琳」を塗布する工程は上塗り工程に相当する。
【0027】
こうして得られた漆器は、木地11と表面漆層13の熱膨張率が比較的近いため、両者の間に生じる熱応力が小さい。そのため、温度変化が繰り返し付与されても、表面漆層13が木地11から剥離し難い。
【0028】
弁当箱や重箱のように複数の木材を組み立てたものを木地として用いる場合には、凹部内の減圧時に、木材同士の繋ぎ目の隙間に漆が浸入する。これにより、繋ぎ目の強度が高まる、という効果も奏する。
【0029】
(2) 減圧装置
次に、図2を用いて、減圧装置20について説明する。減圧装置20は、凹部111の開口よりも広い面積を有する接触面211を有するヘッド21と、接触面211に設けられたOリングから成る真空シール22と、真空シール22であるOリングで囲まれた領域の内側に設けられた吸引口23と、吸引口23に接続された真空ポンプ24を有する。真空シール22を構成するOリングは、互いに径が異なるものが複数、同心円状に複数個設けられている。これら複数のOリングの径は、この装置を用いて作製される、大きさの異なる複数種の漆器における凹部111の縁114の径に応じて設定されている。真空ポンプ24には、吸引力が調整可能なものを用いることが望ましい。
【0030】
減圧装置20の使用方法は以下の通りである。本体外表面112に漆12を塗布した木地11を、その縁114と同じ径を有する真空シール22であるOリング221に該縁114を合わせるように接触させる(図2(c))。そして、真空ポンプ24を作動させることにより、凹部111内の空気を排出する。これにより、減圧装置20のヘッド21と木地11の縁114の間の気密性を、Oリング221によって保持することができるため、効率良く凹部111内を減圧させることができる。なお、前述のように、減圧の際には、木地11の本体外表面112のうち縁114付近には漆を塗布しないが、これは、真空シール22に漆が接触することを防止するためである。
【0031】
図2(d)には、(c)に示した木地11とは縁の径が異なる木地11Aに対して凹部の減圧を行う例を図示した。この例に示すように、(c)で用いたOリング221とは径が異なるOリング222に木地の縁を合わせることにより、大きさが異なる木地に対しても凹部の減圧の操作を行うことができる。
【0032】
真空ポンプ24の吸引力は、弱すぎると木地11の微細空洞内に漆12を引き込むことができず、強すぎると漆12が微細空洞を完全に通過してしまって微細空洞を埋めることができない。そのため、例えば、上述の木地11の本体外表面112への漆の塗布及び凹部111内の減圧(図1(b), (c))を1回行い、凹部の内表面115に漆がわずかに浮き出す程度に真空ポンプ24の吸引力を設定する、という予備実験を行うとよい。
【0033】
本発明は上記の実施例には限定されない。
例えば、上記実施例では本体外表面112への漆12の塗布と凹部111内の減圧を交互に行っているが、凹部111内を減圧しながら本体外表面112に漆12を塗布してもよい。
上記実施例では、4〜5回繰り返し行う漆12の塗布のうち、最初の2回には生漆を用い、その後の2〜3回は生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を使用したが、それら2種の漆のそれぞれの使用回数は上記の例には限られない。また、それら2種の漆のうち、いずれか一方のみを用いてもよい。
上記実施例では本体外表面112への漆12の塗布及び凹部111内の減圧を4〜5回行うが、この回数は3回以下でもよいし、6回以上であってもよい。
【符号の説明】
【0034】
11、11A…木地
111…凹部
112…本体外表面
112A…本体外表面のうち、凹部の減圧前に漆を塗布しない部分
113…高台
114…縁
115…内表面
12…漆
13…表面漆層
20…減圧装置
21…ヘッド
211…接触面
22、221、222…真空シール(Oリング)
23…吸引口
24…真空ポンプ
30…ムロ
図1
図2