【実施例】
【0019】
(1) 本発明に係る漆器製造方法の実施例
(1-1) 木地の作製
まず、原料である木を椀の形状、すなわち凹部111を有する形状に加工することにより、木地11を作製する(
図1(a))。木地11は、従来の漆器における木地と同様の方法により作製すればよい。原料の木には、ケヤキ(欅)又はタモを用いることが望ましい。これらケヤキやタモは、漆器の原料木として用いられている他の木(サクラ、トチ、ブナ、ヒノキ等)よりも導管が太いため、次に述べる漆の塗布工程において、導管から成る微細空洞内に漆が入り易い、という特徴を有する。これにより、微細空洞をより確実に漆で埋めることができる。また、漆が木に食い込み、漆がより木地から剥がれ難くなる。
【0020】
(1-2) 木地の本体外表面への漆の塗布(1回目)
次に、木地11の外表面112のうち、上端の縁114から下方(高台113側)に向かって1cm程度までの部分112Aを除いた部分に、刷毛を用いて漆12を塗布する(
図1(b))。
【0021】
この1回目の塗布の際には、漆12には生漆を用いる。生漆は、ウルシの木の樹液を濾過又は遠心分離することによって該樹液中の不純物を除去したものである。生漆の他に、生漆を加熱して水の含有量を少なくした精製漆を用いることもできるが、水分が多く導管に侵入し易いという点で生漆の方が望ましい。
【0022】
(1-3) 凹部内の減圧及び漆の追加塗布(1回目)
次に、漆12が乾かないうちに、木地11の凹部111内を減圧する(
図1(c))。この減圧には後述の減圧装置20を用いる。このように凹部111内を減圧することにより、凹部111と連通する木地11内の微細空洞(導管)内も減圧され、本体外表面112に塗布された漆12が微細空洞内に引き込まれる。この減圧中に、木地11を回しながら、上記(1-2)において漆12を塗布した部分に、漆12を追加塗布する。これらの操作により、微細空洞内は漆により埋められてゆく。微細空洞を通過した漆は、凹部111の内表面115に浮き出す。
【0023】
(1-4) その他の部分への漆の塗布
漆12が塗布された木地11を減圧装置20から外した後、これまでに漆12を塗布していなかった、本体外表面112のうち上記部分112A、縁114、及び内表面115に漆を塗布する(
図1(d))。その際、内表面115に浮き出していた漆が平坦にならされる。
【0024】
(1-5) 漆の硬化処理
こうして木地11の表面全体に漆12が塗布されたものをムロ30に収容し、一般的には温度20〜25℃、湿度70〜80%の条件で、漆12を硬化させる(
図1(e))。これにより、木地11の表面全体に強固な表面漆層13が形成される(
図1(f))。その後、表面漆層13の全面を研ぎ上げる。
【0025】
(1-6) ここまでに行った操作の繰り返し
ここまでに述べた操作は、数回繰り返し行う。本実施例では、漆の塗布と凹部内の減圧は通算6〜8回行い、最初の2〜3回目には生漆を、それ以降には生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を、それぞれ用いた。これにより、最初の2〜3回目までに生漆を微細空洞内に十分に行き渡らせると共に、それ以降に用いる水分の少ない精製漆によって、さらに強固な漆の層を形成することができる。
【0026】
この精製漆には、本実施例では「光琳」を用いた。「光琳」は、前述のように生漆よりも含有成分が高分散化されているという特徴を有する。これにより、芯乾きが速く、一層硬度が高く、漆器を繰り返し使用しても漆の白化が生じることなく艶を維持することができる表面漆層13を形成することができる。すなわち、この表面漆層13は従来の漆器における上塗層で求められる特性を満足しており、「光琳」を塗布する工程は上塗り工程に相当する。
【0027】
こうして得られた漆器は、木地11と表面漆層13の熱膨張率が比較的近いため、両者の間に生じる熱応力が小さい。そのため、温度変化が繰り返し付与されても、表面漆層13が木地11から剥離し難い。
【0028】
弁当箱や重箱のように複数の木材を組み立てたものを木地として用いる場合には、凹部内の減圧時に、木材同士の繋ぎ目の隙間に漆が浸入する。これにより、繋ぎ目の強度が高まる、という効果も奏する。
【0029】
(2) 減圧装置
次に、
図2を用いて、減圧装置20について説明する。減圧装置20は、凹部111の開口よりも広い面積を有する接触面211を有するヘッド21と、接触面211に設けられたOリングから成る真空シール22と、真空シール22であるOリングで囲まれた領域の内側に設けられた吸引口23と、吸引口23に接続された真空ポンプ24を有する。真空シール22を構成するOリングは、互いに径が異なるものが複数、同心円状に複数個設けられている。これら複数のOリングの径は、この装置を用いて作製される、大きさの異なる複数種の漆器における凹部111の縁114の径に応じて設定されている。真空ポンプ24には、吸引力が調整可能なものを用いることが望ましい。
【0030】
減圧装置20の使用方法は以下の通りである。本体外表面112に漆12を塗布した木地11を、その縁114と同じ径を有する真空シール22であるOリング221に該縁114を合わせるように接触させる(
図2(c))。そして、真空ポンプ24を作動させることにより、凹部111内の空気を排出する。これにより、減圧装置20のヘッド21と木地11の縁114の間の気密性を、Oリング221によって保持することができるため、効率良く凹部111内を減圧させることができる。なお、前述のように、減圧の際には、木地11の本体外表面112のうち縁114付近には漆を塗布しないが、これは、真空シール22に漆が接触することを防止するためである。
【0031】
図2(d)には、(c)に示した木地11とは縁の径が異なる木地11Aに対して凹部の減圧を行う例を図示した。この例に示すように、(c)で用いたOリング221とは径が異なるOリング222に木地の縁を合わせることにより、大きさが異なる木地に対しても凹部の減圧の操作を行うことができる。
【0032】
真空ポンプ24の吸引力は、弱すぎると木地11の微細空洞内に漆12を引き込むことができず、強すぎると漆12が微細空洞を完全に通過してしまって微細空洞を埋めることができない。そのため、例えば、上述の木地11の本体外表面112への漆の塗布及び凹部111内の減圧(
図1(b), (c))を1回行い、凹部の内表面115に漆がわずかに浮き出す程度に真空ポンプ24の吸引力を設定する、という予備実験を行うとよい。
【0033】
本発明は上記の実施例には限定されない。
例えば、上記実施例では本体外表面112への漆12の塗布と凹部111内の減圧を交互に行っているが、凹部111内を減圧しながら本体外表面112に漆12を塗布してもよい。
上記実施例では、4〜5回繰り返し行う漆12の塗布のうち、最初の2回には生漆を用い、その後の2〜3回は生漆よりも水分の含有量が少ない精製漆を使用したが、それら2種の漆のそれぞれの使用回数は上記の例には限られない。また、それら2種の漆のうち、いずれか一方のみを用いてもよい。
上記実施例では本体外表面112への漆12の塗布及び凹部111内の減圧を4〜5回行うが、この回数は3回以下でもよいし、6回以上であってもよい。