【実施例】
【0048】
[実験例1]
実験例1として、触媒金属層を具体的に形成した例を説明する。まず、工程(a)として、電子ビーム蒸着法を用い、触媒金属の膜としてのNiを、厚さ350μm,表面が10mm×10mmのc面サファイア基板上に蒸着した。なお、形成された触媒金属(Ni)の膜の厚さは、220nm〜250nmの範囲内であった。続いて、大気圧水素雰囲気下で温度を変化させて工程(b)〜(d)の熱処理を行った。熱処理には電気炉を用い、電気炉の中に設置した反応管内にNiを蒸着したc面サファイアを入れ、水素を反応管の中に600mL/分の流量で流しながら行った。工程(b)としては、Niを1000℃まで30℃/minで昇温し、その後1000℃で20分間保持した。工程(c)としては、電気炉の降温速度の設定値を5℃/minにしてNiを1000℃から800℃まで降温した。工程(d)としては、800℃で5時間保持した。その後、室温まで急冷し炉から取り出した。これにより、実験例1の触媒金属層を得た。
図3は、実験例1の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。なお、写真はノマルスキー干渉顕微鏡で観察した像を撮影したものであり、以降の実験例の写真についても同様である。
【0049】
[実験例2]
工程(d)において800℃で10時間保持した点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例2の触媒金属層を得た。
図4(a)は、実験例2の触媒金属層の表面の様子を表す説明図である。
図4(b),
図5は、実験例2の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
図4(a)では、触媒金属層の表面に形成されたグレインのうち、特に大きなグレインの形状を、濃い色で塗りつぶされた領域として示している。図示するように、グレインは、触媒金属層の端部から成長していることがわかる。また、
図4(a)に示す領域(1)〜(9)は触媒金属層を9分割してその位置を表すものである。
図4(b)は、領域(8)の顕微鏡写真であり、
図5(a)は、領域(4)の顕微鏡写真であり、
図5(b)は、領域(5)の顕微鏡写真である。
【0050】
[実験例3]
工程(b)において1000℃まで昇温後で40分間保持した点、及び工程(d)において800℃で15時間保持した点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例3の触媒金属層を得た。
図6(a)は、実験例3の触媒金属層の表面の様子を表す説明図である。
図6(b),
図7,
図8は、実験例3の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。実験例3の触媒金属層では、触媒金属層の表面に形成されたグレインのうち特に大きなグレインが3つ、触媒金属層の端部から成長して形成されており、
図6(a)では領域(1)〜(3)の領域として示している。また、触媒金属の中央(端部以外の場所)から成長した1つの大きなグレインが形成されており、
図6(a)では領域(4)として示している。
図6(b)は、領域(1)のグレインの顕微鏡写真であり、
図7(a)は、領域(2)のグレインの顕微鏡写真であり、
図7(b)は、領域(3)のグレインの顕微鏡写真であり、
図8(a)は、領域(4)のグレインの顕微鏡写真である。また、
図8(b)は、領域(2)のグレインの顕微鏡写真である。
【0051】
[実験例4]
工程(c)において降温速度の設定値を5℃/minにしてNiを1000℃から低温領域の上限値としての900℃以下まで降温し、工程(d)としてそのまま同じ5℃/minで500℃まで降温し続けた点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例4の触媒金属層を得た。
図9は、実験例4の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
図9(a)の顕微鏡写真から平均グレイン面積を算出したところ、463μm
2であった。なお、平均グレイン面積は、次のように算出した。まず、顕微鏡写真において縦横各3本ずつの線を均等に描画し、各線上にあるグレインの個数を数えた。次に、線毎に平均グレインサイズを(線の長さ/グレインの個数)として算出した。そして、平均グレイン面積を(縦3本の線の平均グレインサイズの平均値)×(横3本の線の平均グレインサイズの平均値)として算出した。
【0052】
[実験例5]
工程(c),(d)における降温速度の設定値を7℃/minとした点以外は、実験例4と同様にして触媒金属層を作製し、実験例5の触媒金属層を得た。
図10は、実験例5の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0053】
[実験例6]
工程(c),(d)における降温速度の設定値を10℃/minとした点以外は、実験例4と同様にして触媒金属層を作製し、実験例6の触媒金属層を得た。
図11は、実験例6の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0054】
[実験例7]
工程(c),(d)における降温速度の設定値を20℃/minとした点以外は、実験例4と同様にして触媒金属層を作製し、実験例7の触媒金属層を得た。
図12は、実験例7の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0055】
[実験例8]
工程(c),(d)における降温速度の設定値を3℃/minとした点以外は、実験例4と同様にして触媒金属層を作製し、実験例8の触媒金属層を得た。
図13は、実験例8の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0056】
[実験例9]
工程(c)において降温速度の設定値を5℃/minにしてNiを1000℃から900℃まで降温した点、及び工程(d)において900℃で15時間保持した点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例9の触媒金属層を得た。
図14は、実験例9の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0057】
[実験例10]
工程(c)において降温速度の設定値を1℃/minにしてNiを1000℃から低温領域の上限値としての900℃以下まで降温し、工程(d)としてそのまま同じ1℃/minで500℃まで降温し続けた点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例10の触媒金属層を得た。
図15は、実験例10の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0058】
[実験例11]
工程(c)において降温速度の設定値を1℃/minにしてNiを1000℃から800℃まで降温した点、及び工程(d)において800℃で1時間保持した点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例11の触媒金属層を得た。
図16は、実験例11の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。
【0059】
[実験例12]
工程(c)において降温速度の設定値を1℃/minにしてNiを1000℃から低温領域の上限値としての900℃以下まで降温し、工程(d)としてそのまま同じ1℃/minの設定値で630℃まで降温し続けた点以外は、実験例1と同様にして触媒金属層を作製し、実験例12の触媒金属層を得た。
図17は、実験例12の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。実験例4と同様の方法により
図17(a)の顕微鏡写真から平均グレイン面積を算出したところ、305μm
2であった。
【0060】
[実験例13]
工程(d)として工程(c)と同じ1℃/minの設定値で750℃まで降温し続けた点以外は、実験例12と同様にして触媒金属層を作製し、実験例13の触媒金属層を得た。
図18は、実験例13の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。実験例4と同様の方法により
図18の顕微鏡写真から平均グレイン面積を算出したところ、86.8μm
2であった。
【0061】
[実験例14]
工程(d)として工程(c)と同じ1℃/minの設定値で800℃まで降温し続けた点以外は、実験例12と同様にして触媒金属層を作製し、実験例14の触媒金属層を得た。
図19は、実験例14の触媒金属層の表面の顕微鏡写真である。実験例4と同様の方法により
図19の顕微鏡写真から平均グレイン面積を算出したところ、40.4μm
2であった。
【0062】
なお、降温速度の設定値を5℃/minとした実験例1〜4,9では、実際には電気炉内の温度変化が設定した速度に追従できていなかった。実際の降温速度は、降温開始から最初の5分間が最も早く、時間が経過するにつれて降温速度が低下する傾向にあった。降温速度の設定値を5℃/minとした場合において、工程(c)で触媒金属が1000℃から900℃(低温領域の上限値)になるまでの間の降温速度を5分毎の実際の温度変化を元に算出したところ、降温速度は3.2℃/min〜5.0℃/minの範囲の値であった。降温速度の設定値を7℃/min,10℃/min,20℃/minとした実験例5,6,7でも同様の傾向を示し、工程(c)で触媒金属が1000℃から900℃(低温領域の上限値)になるまでの間の降温速度はそれぞれ3.8℃/min〜5.0℃/min,3.6℃/min〜5.6℃/min,3.7℃/min〜5.8℃/minの範囲の値であった。また、工程(c)で触媒金属が1000℃から900℃になるまでの時間(低温領域に到達するまでの時間)は、実験例1〜7,9のいずれも約22分であった。工程(c)で触媒金属が1000℃から800℃になるまでの時間は、実験例1〜4,9が約50分、実験例5〜7が約52分であった。実験例4〜6においては、触媒金属が800℃から500℃まで降温する間は実際の降温速度は3℃/min以下となっており、触媒金属が1000℃から500℃になるまでの時間はいずれも約210分であった。一方、降温速度の設定値が3℃/minである実験例8や設定値が1℃/minである実験例10〜14では、設定値通りの速度で降温されており、工程(c)で触媒金属が1000℃から900℃になるまでの時間はそれぞれ約33分,約100分であった。ただし、設定値が3℃/minである実験例8においては、触媒金属の温度が800℃から500℃になるまでの間は、実験例4〜6と同様に降温速度は3℃/min以下となっていた。
【0063】
実験例1〜14の熱処理条件、及び実験例4,12〜14で算出した平均グレイン面積を表1にまとめて示す。なお、実験例1〜9が実施例に相当し、実験例10〜14が比較例に相当する。
【0064】
【表1】
【0065】
図3〜19の顕微鏡写真では、網目状の線のように見える部分がグレインの境界線であり、黒い点のように見える部分がサファイア基板表面が露出した部分すなわち凝集が生じた部分である。この
図3〜14と
図15〜19との比較から明らかなように、降温速度を1℃/minとした実験例10〜14と比べて、降温速度を2℃以上として第1条件を満たしている実験例1〜9では、凝集の発生が抑制されており、Niのグレインが大きくなっていることがわかる。また、算出した平均グレインサイズの大きさも、実験例4の方が実験例12〜14のいずれと比較しても大きい結果となった。なお、実験例1〜9はいずれも工程(c)でNiの温度が中温領域(1000℃未満900℃超過)に含まれる時間が50分以内となっており、第2条件も満たしている。これに対して実験例10〜14では、第1条件及び第2条件のいずれも満たしていない。
【0066】
図3(b)では、Ni表面にバンチングした原子ステップ(図の上下方向に走る複数の薄い筋状の模様)が確認された。このことからも、
図3(b)における網目状の線で囲まれた複数の領域がそれぞれ1つのグレインになっていることが明確に確認できる。同様に、
図5(a),
図6(b)では、図の上側の領域にバンチングした原子ステップ(図の右上から左下方向に走る複数の薄い筋状の模様)が確認でき、この領域が1つの大きなグレインになっていることが明確に確認できる。
図7(a)では、図の左上及び右上を除いた領域にバンチングした原子ステップ(図の右上から左下方向に走る複数の薄い筋状の模様)が確認でき、この領域が1つの大きなグレインになっていることが明確に確認できる。
図8(a)では、図の左上を除いた領域にバンチングした原子ステップ(図の右上から左下方向に走る複数の薄い筋状の模様)が確認でき、この領域が1つの大きなグレインになっていることが明確に確認できる。
【0067】
図15〜19では、黒い点はグレインの境界線に沿っているものが多く、凝集がグレインの境界部分に現れやすいことがわかる。これは、降温を行うと触媒金属と基板の熱膨張係数差により触媒金属中に引っ張り応力が発生し、隣り合う触媒金属のグレイン境界に亀裂を生じさせるおそれがあり、この亀裂がもとで触媒金属の凝集が促進される、という、上述したメカニズムとも一致する結果と考えられる。
【0068】
実験例3の顕微鏡写真である
図8(b)と実験例9の顕微鏡写真である
図14とを比較すると、いずれも大きなグレインが形成されているが、
図14では一部に凝集が生じている。実験例3と実験例9とは、工程(c)で降温をやめて保持する温度が800℃であるか900℃であるかが異なる点以外は同様の熱処理条件であることから、降温によりミスフィット転位が導入されて凝集の発生を抑制できる低温領域の上限値が900℃であることが示唆されていると考えられる。なお、より高い温度である900℃で保持した実験例9の方が、保持時間は同じでもグレインの拡大は進んでいた。
【0069】
工程(d)において800℃で保持した実験例1〜3と、工程(d)において500℃まで降温を続けた実験例4とを比較すると、
図3〜8と
図9との比較から明らかなように、実験例1〜3の方がより大きなグレインが形成されていることがわかる。実験例1〜3では、(低温領域の上限値−150)℃(=750℃)以上である800℃の温度で保持しているため、実験例4と比べてグレインの成長が速くなり比較的短時間で大きなグレインの触媒金属層を得ることができていると考えられる。
【0070】
工程(d)における800℃の保持時間以外は同様の熱処理条件で作製した実験例1〜3を比較すると、
図3〜8から、保持時間が長い方がグレインの拡大が進み、より大きなグレインが形成されていることがわかる。特に、15時間保持した実験例3では、
図8(b)の顕微鏡写真からミリメータサイズの極めて大きなグレインが得られていることがわかる。また、
図6(b)では、細かいグレインが結合して単一ドメインになってゆく境界がよくわかる。
【0071】
図4(a)や
図6(a)に示したように、大きなグレインはNiの端部から成長しやすいことが確認できた。そのため、工程(a)で形成する触媒金属膜の形状としては、例えば正方形などいずれの端部からも遠い触媒金属膜の領域が比較的多い形状よりも、線状やジグザグ状などいずれの端部からも遠い触媒金属膜の領域が比較的少ない形状の方が、大きなグレインの触媒金属層が得やすいと考えられる。
【0072】
なお、実験例12〜14を比較すると、工程(d)におけるNiの降温の目標温度(実験例12,13,14の目標温度はそれぞれ630℃,750℃,800℃)が低いほど平均グレイン面積が大きくなっていた。これは、実験例12〜14の降温速度が同じであり、目標温度が低いほどその温度に到達するまでの時間が長いすなわち熱処理時間が長いため、その間にグレインが拡大したものと考えられる。ただし、実験例12〜14はいずれも作製されたNiの触媒金属層に凝集が多数発生しており、グラフェン素材の製造には適さないものとなっていた。なお、実験例12の顕微鏡写真である
図17(a)では凝集があまり見られないが、
図17(b)など実験例12のNiの他の部分において凝集が多数発生していた。
【0073】
本出願は、2012年2月27日に出願された日本国特許出願第2012−040554号を優先権主張の基礎としており、その内容の全てが引用により本明細書に含まれる。