(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
眼球側の面を設計することと、前記眼球側の面を設計することと前後して、または、同時に、物体側の面を設計することとを有する眼鏡用の累進屈折力レンズの設計方法であって、
前記眼球側の面を設計することは、眼鏡仕様に基づき、度数の異なる遠用部および近用部、および前記遠用部および前記近用部を接続する中間部を含むように設計することを含み、
前記物体側の面を設計することは、主子午線に沿った第1の領域であって、第1の曲率を有する球面状の第1の領域、前記遠用部に対向する第2の領域であって、前記第1の曲率と等しい第2の曲率を有する球面状の第2の領域、および前記第1の領域の外側の領域であり、前記第2の領域の下側の領域である第3の領域であって、前記第1の曲率より大きい第3の曲率を有する第3の領域を含むように設計することを含む、設計方法。
請求項6において、前記物体側の面を設計することは、前記第3の曲率を前記主子午線から水平方向外側に向けて増加させた非球面状の前記第3の領域を含むように設計することを含む、設計方法。
請求項6または7において、前記物体側の面を設計することは、前記眼鏡仕様に関わらず、共通の前記第1の曲率を有する前記第1の領域、共通の第2の曲率を有する前記第2の領域および共通の前記第3の曲率を有する前記第3の領域を含むように設計することを含む、設計方法。
請求項6または7において、前記物体側の面を設計することは、前記眼鏡仕様に含まれる加入度が所定の範囲のときに、共通の前記第1の曲率を有する前記第1の領域、共通の前記第2の曲率を有する前記第2の領域および共通の前記第3の曲率を有する前記第3の領域を含むように設計することを含む、設計方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの技術により、性能の向上はされてきているものの、依然として累進屈折力レンズの特性、特にゆれに関して適合できないユーザーもおり、更なる改善が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、眼鏡用の累進屈折力レンズであって、眼球側の面が、度数の異なる遠用部および近用部と、遠用部および近用部を接続する中間部とを含む。さらに、この累進屈折力レンズの物体側の面が、主子午線に沿った第1の領域であって、第1の曲率を有する球面状の第1の領域と、遠用部に対向する第2の領域であって、第1の曲率と等しい第2の曲率を有する球面状の第2の領域と、第1の領域の外側の領域であり、第2の領域の下側の領域である第3の領域であって、第1の曲率より大きい第3の曲率を有する第3の領域とを含む。
【0006】
眼球側の面(内面)が遠用部、近用部および中間部を含む、いわゆる内面累進レンズにおいては、物体側の面(外面)を曲率が一定、すなわち、面屈折力が一定の球面にできる。このため、遠用部、中間部および近用部をそれぞれ通して得られるそれぞれの像の倍率差を縮小でき、累進屈折力レンズを通して得られる像のゆれも縮小できる。一方、累進屈折力レンズは、一般に中間部および近用部の側方で急激に屈折力が減少する。このため、中間部および近用部の水平方向(左右の方向)の視線の動きに対して、累進屈折力レンズを通して得られる像の倍率変動が大きくなり易く、装着者(ユーザー)がゆれを感じたり、違和感を持つことがある。具体的には、左右(主子午線から水平方向外側)へ視線が動くと、累進屈折力レンズを通して得られる像の倍率が小さくなる。
【0007】
そこで、上記の累進屈折力レンズにおいては、物体側の面の第1の領域の外側で、第2の領域の下側の第3の領域、すなわち、中間部および近用部の左右の外側(水平方向外側)の領域の第3の曲率を、他の球面状の第1および第2の領域の第1および第2の曲率よりも大きくし、屈折力の低下による像の倍率低下を、物体側の面の面屈折力を大きくすることにより抑制している。したがって、水平方向に視線を動かしたときの像のゆれを小さくでき、装着時の違和感の少ない眼鏡用の累進屈折力レンズを提供できる。
【0008】
さらに、この累進屈折力レンズの第3の領域は非球面状であり、第3の曲率は主子午線から水平方向外側(左右)に向けて増加することが望ましい。眼球側の面に設けられる累進面による屈折力(度数)は、中間部および近用部の水平方向外側に向けて減少する。したがって、物体側の面の第3の曲率を左右(水平方向外側)に向けて増加し、すなわち、物体側の面の面屈折力を左右に向けて増加することにより、水平方向に視線を動かしたときの像のゆれをさらに軽減できる。
【0009】
また、第3の領域の第3の曲率は、主子午線から水平方向外側に向けて単調に増加することが望ましい。第3の曲率が水平方向外側に向けて単調に変化する面は設計および製造が比較的容易であり経済的である。さらに、第3の曲率が水平方向外側に向けて単調に変化する面により、累進面の屈折力(度数)の変化による倍率変化を十分に抑制できる。このため、簡易な構成の物体側の面を備えた累進屈折力レンズであって、像のゆれの少ない累進屈折力レンズを提供できる。
【0010】
この累進屈折力レンズの第1の領域の主子午線を中心とする幅Wは以下の条件を満たすことが望ましい。
6≦W≦14・・・(1)
ただし、単位はmmである。
【0011】
一般的な(大多数の)累進屈折力レンズでは、近用部の内寄せは2〜3mmである。したがって、第1の領域の主子午線を中心とする幅Wが6mm、すなわち、主子午線に対して幅±3mmの曲率一定の領域が有れば、中間部(累進部)は曲率一定領域内に収まる。このため、最も視野の狭い中間部の視野が確保できる。一方、現行の累進屈折力レンズの近用部の内寄せは最大5mmである。これは、物体距離15cmを想定した、現実的には必要最大値である。近用中心点が5mm内寄せされた場合、さらに2mmの安定視野を確保するために、第1の領域の主子午線を中心とする幅Wが14mm、すなわち、主子午線に対して幅±7mmの曲率一定の領域が有ればよい。
【0012】
本発明の他の態様の1つは、上記の累進屈折力レンズと、累進屈折力レンズが取り付けられた眼鏡フレームとを有する眼鏡である。
【0013】
さらに、本発明の他の異なる態様の1つは、眼球側の面を設計することと、眼球側の面を設計することと前後して、または、同時に、物体側の面を設計することとを有する眼鏡用の累進屈折力レンズの設計方法である。眼球側の面を設計することは、眼鏡仕様に基づき、度数の異なる遠用部および近用部、および遠用部および近用部を接続する中間部を含むように設計することを含む。物体側の面を設計することは、主子午線に沿った第1の領域であって、第1の曲率を有する球面状の第1の領域、遠用部に対向する第2の領域であって、第1の曲率と等しい第2の曲率を有する球面状の第2の領域、および第1の領域の外側の領域であり、第2の領域の下側の領域である第3の領域であって、第1の曲率より大きい第3の曲率を有する第3の領域を含むように設計することを含む。
【0014】
これにより、中間部を通して像を取得する中間視および近用部を通して像を取得する近方視において、視線を水平方向に動かしたときの像の倍率差を縮小でき、像のゆれを抑制できる。特に、近方視を多様するユーザーに対して装着時の違和感の少ない眼鏡用累進屈折力レンズを提供できる。
【0015】
この設計方法において、物体側の面を設計することは、第3の曲率を主子午線から左右(水平方向外側)に向けて増加させた非球面状の第3の領域を含むように設計することを含むことが望ましい。これにより、いっそう像のゆれの少ない累進屈折力レンズを提供できる。
【0016】
この設計方法において、物体側の面を設計することは、眼鏡仕様に関わらず、共通の第1の曲率を有する第1の領域、共通の第2の曲率を有する第2の領域および共通の第3の曲率を有する第3の領域を含むように設計することを含むことも有効である。
【0017】
眼鏡仕様の加入度が大きい累進屈折力レンズは、近用部の側方における度数変化が大きい。したがって、第1の曲率、第2の曲率および第3の曲率を眼鏡仕様に基づいて決めてもよい。一方、上記のように、加入度の大きさにかかわらず、一定の第1および第2の曲率と、それより大きな第3の曲率を採用することにより像の倍率差を縮小でき、像のゆれを抑制できる。したがって、眼鏡仕様に関わらず、共通の第1の曲率、共通の第2の曲率および共通の第3の曲率を採用することにより、物体側の面が固定したセミフィニッシュの設計を採用でき、製造コストを低減できる。
【0018】
また、この設計方法において、物体側の面を設計することは、眼鏡仕様に含まれる加入度が所定の範囲のときに、共通の第1の曲率を有する第1の領域、共通の第2の曲率を有する第2の領域および共通の第3の曲率を有する第3の領域を含むように設計することを含んでいてもよい。眼鏡仕様の加入度が一定の範囲のときに、共通する物体側の面を含むセミフィニッシュの設計を採用できる。したがって、製造コストを低減できる。
【0019】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の設計方法により設計された累進屈折力レンズを製造することを含む、累進屈折力レンズの製造方法である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は、眼鏡の一例を斜視図にて示している。
図2(a)は、本発明の実施形態の1つの累進屈折力レンズの一方のレンズを平面図にて模式的に示している。
図2(b)は、その累進屈折力レンズの一方のレンズを断面図にて模式的に示している。
【0022】
本例では、使用者側(ユーザー側、着用者側、眼球側)からみて、左側を左、右側を右として説明する。この眼鏡1は、左眼用および右眼用の左右一対の眼鏡用レンズ10Lおよび10Rと、レンズ10Lおよび10Rをそれぞれ装着した眼鏡フレーム20とを有する。眼鏡用レンズ10Lおよび10Rは、それぞれ、累進多焦点レンズ(累進屈折力レンズ)である。レンズ10Lおよび10Rの基本的な形状は物体側に凸のメニスカスレンズである。したがって、レンズ10Lおよび10Rは、それぞれ、物体側の面(凸面、以下外面ともいう)19Aと、眼球側(使用者側)の面(凹面、以下内面ともいう)19Bとを含む。
【0023】
図2(a)は右眼用レンズ10Rを示している。このレンズ10Rは、上方に遠距離の物を見る(遠方視の)ための視野部である遠用部11を含み、下方に遠用部11と異なる度数(屈折力)の近距離の物を見る(近方視の)ための視野部である近用部12を含む。さらに、レンズ10Rは、これら遠用部11と近用部12とを連続的に屈折力が変化するように連結する中間部(中間視のための部分、累進部、累進帯)13を含む。また、レンズ10Rは、遠方視・中間視・近方視をするときに視野の中心となるレンズ上の位置を結んだ主注視線14を含む。眼鏡用レンズ10Rをフレーム枠に合わせて外周を成形し枠入れする際に遠方水平正面視(第一眼位)での視線が通過するようにするレンズ上の基準点であるフィッティングポイントPeは遠用部11のほぼ下端に位置するのが通常である。
【0024】
以下において、このフィッティングポイントPeをレンズの座標原点とし、フィッティングポイントPeを通る水平基準線Xの水平方向の座標をx座標、フィッティングポイントPeを通る垂直基準線(主子午線)Yの垂直方向の座標をy座標とする。主注視線14は、主子午線Yに対してフィッティングポイントPeを過ぎたあたりから鼻側に曲がる。主注視線14と主子午線Yとの間隔15を内寄せと称する。
【0025】
なお、以下において眼鏡用レンズとして右眼用の眼鏡用レンズ10Rを中心に説明するが、眼鏡用レンズ、眼鏡レンズまたはレンズは左眼用の眼鏡用レンズ10Lであってもよく、左眼用の眼鏡用レンズ10Lは、左右の眼の眼鏡仕様の差を除けば基本的には右眼用の眼鏡用レンズ10Rと左右対称の構成となる。また、以下においては、右眼用および左眼用の眼鏡用レンズ10Rおよび10Lを共通して眼鏡用レンズ(またはレンズ)10と称する。
【0026】
累進屈折力レンズ10の光学性能のうち、視野の広さについては非点収差分布図や等価球面度数分布図により知ることができる。累進屈折力レンズ10の性能としては累進屈折力レンズ10を着用して頭を動かしたときに感じるゆれ(ユレ、揺れ)も重要である。非点収差分布や等価球面度数分布がほとんど同じ累進屈折力レンズ10であっても、ゆれに関して差が発生することがある。
【0027】
図3(a)に、典型的な累進屈折力レンズ10の度数分布(屈折力分布、単位はディオプ
トリ(D))を示し、
図3(b)に、非点収差分布(単位はディオプトリ(D))を示し、
図3(c)に、このレンズ10により正方格子を見たときの歪曲の状態を示している。累進屈折力レンズ10においては、主注視線14に沿って所定の度数が加入される。したがって、度数の加入により、中間領域(中間部、累進領域)13の側方には大きな非点収差が発生し、そこの部分では物がぼやけて見えてしまう。度数分布は近用部12では所定の量(加入度)だけ度数がアップし、中間部13、遠用部11へと順次度数が減少する。この累進屈折力レンズ10においては、遠用部11の度数(遠用度数、Sph)は0.00D(ディオプトリ)であり、加入度数(A
dd)は2.00Dである。
【0028】
この度数のレンズ10上の位置による違いにより、度数の大きな近用部12では遠用部11に比べ像の倍率が大きくなり、中間部13から近用部12の側方では、正方格子像は若干ひずんで見える。さらに、
図3(a)に示しているように、中間部13および近用部12の左右(水平方向外側)の側方領域16においては、度数(屈折力)が急激に減少し、中間部13および近用部12に対して像の倍率が小さくなる。このような像の倍率の変動が、頭を左右(水平方向)に動かしたときの像のゆれ(ユレ)の原因となる。
【0029】
図4に、前庭動眼反射(Vestibulo−Ocular Reflex(VOR))の概要を示している。人はものを見ているときに頭部が動くと視界も動く。このとき、網膜上の像も動く。その頭部の動き(顔の回旋(回転)、頭部の回旋)8を相殺するような眼球3の動き(眼の回旋(回転))7があれば視線2は安定し(動かず)、網膜像は動かない。このような網膜像を安定化させる機能をもつ、反射的な眼球運動を代償性眼球運動という。その代償性眼球運動の一つが前庭動眼反射であり、頭部の回旋が刺激となり反射を生じる。水平回転(水平回旋、水平旋回)による前庭動眼反射の神経機構はある程度解明されており、頭部の回旋8を水平半規管が検知し、それからの入力が外眼筋に抑制性と興奮性の作用を与え、眼球3を動かすと考えられている。
【0030】
頭部が回旋したとき、前庭動眼反射により眼球が回旋すると網膜像は動かないが、
図4に破線および一点鎖線で示したように、頭部の回旋に連動して眼鏡レンズ10が回旋する。このため、前庭動眼反射により眼鏡レンズ10を通過する視線2は相対的に眼鏡レンズ10の上を動く。したがって、前庭動眼反射により眼球3が動く範囲、すなわち、前庭動眼反射により視線2が通過する範囲で眼鏡用レンズ10の結像性能に差があると、網膜像がゆれることがある。
【0031】
また、眼鏡レンズの倍率Mは近似的に以下の式で表わされる。
M=Ms×Mp・・・(2)
ここで、Msはシェープ・ファクター、Mpはパワー・ファクターと呼ばれる。レンズ基材の屈折率をn、レンズの物体側の面のベースカーブ(面屈折力)をD(ディオプトリ)、レンズの眼球側の面の頂点(内側頂点)から眼球までの距離をL、内側頂点の屈折力(内側頂点屈折力)をP(度数S)、レンズ中心の厚みをtとすると、MpおよびMsは、以下のように表される。
Ms=1/(1−D×t/n)・・・(3)
Mp=1/(1−L×P)・・・・・(4)
【0032】
なお、式(3)および(4)の計算にあたっては、ベースカーブDおよび内側頂点屈折力Pについてはディオプトリ(D)を、また、厚みtおよび距離Lについてはメートル(m)を用いる。
【0033】
したがって、式(2)は、以下のようになる。
M={1/(1−D×t/n)}×{1/(1−L×P)}・・・(5)
この式(5)からわかるように、屈折力Pが小さくなると倍率Mは小さくなり、中間部13の像の倍率および近用部12の像の倍率に対して側方領域16の像の倍率Mが小さくなる。一方、ベースカーブD、すなわち、外面19Aの面屈折力を大きくすることにより倍率Mを大きくできる。
【0034】
したがって、以下に説明する実施例においては、内面累進レンズを採用し、内面19Bの中間部13および近用部12の外側の側方領域16に対向する外面19Aの面屈折力を大きくすることにより、側方領域16の像の倍率変化を抑制し、像のゆれを抑制する。
【0035】
2. 実施例
2.1 実施例1
実施例1の累進屈折力レンズ10aは、セイコーエプソン社製の内面累進屈折力レンズ「セイコースーパーP−1」Aタイプ(屈折率1.67)に眼鏡仕様として累進帯長14mm、処方度数(遠用度数、Sph)が0.00(D)、加入度数(Add)が1.00(D)を適用して設計されたものである。なお、レンズ10aの直径は65mmであり、乱視度数は含まれていない。したがって、この累進屈折力レンズ10aは、内面19Bに、
図3(a)に示したような遠用部11、近用部12、中間部13および側方領域16を含む累進面が形成されている。
【0036】
図5に実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aの面屈折力分布を示している。また、
図6に、外面19Aの屈折力分布、曲率分布、曲率半径の分布を主子午線Yからの距離(水平方向の座標y)を用いて示している。また、
図7に、外面19Aの屈折力分布を座標(x、y)のマトリクスで示し、
図8に、外面19Aの曲率分布を座標(x、y)のマトリクスで示し、
図9に、外面19Aの曲率半径の分布を座標(x、y)のマトリクスで示している。
【0037】
外面19Aは、基本は面屈折力が4.00(D)の球面であり、両側方に面屈折力が外側に向かって徐々に単調に増加する非球面の領域を含む。すなわち、物体側の面(外面)19Aは、主子午線Yに沿った第1の領域31であって、第1の曲率r1(第1の面屈折力D1)を有する球面状の第1の領域31と、遠用部11に対向(対応)する第2の領域32であって、第1の曲率r1と等しい第2の曲率r2(第2の面屈折力D2)を有する球面状の第2の領域32と、第1の領域31の外側の領域であり、第2の領域32の下側の領域である第3の領域33であって、第1の曲率r1より大きい第3の曲率r3(第3の面屈折力D3)を有する第3の領域33とを含む。第3の領域33は、実質的に、内面19Bの中間部13および近用部12の水平方向外側の領域、すなわち、側方領域16に対向(対応)する外面19Aの領域である。
【0038】
実施例1の累進屈折力レンズ10aでは、第1の曲率r1および第2の曲率r2は6.042(1/m)、第1の面屈折力D1および第2の面屈折力D2は4.0(D)である。第3の曲率r3は、第1の曲率r1より大きく、第1の領域31との境界における値6.042(1/m)から水平方向外側に向けて徐々に増加し、周辺(周縁)近傍においては、8.308(1/m)になっている。面屈折力で説明すると、第3の面屈折力D3は、第1の面屈折力D1より大きく、第1の領域31との境界における値4.0(D)から水平方向外側に向けて徐々に増加し、周辺(周縁)近傍においては、5.5(D)になっている。したがって、第1の領域31および第2の領域32は球面であり、第3の領域33は非球面である。
【0039】
本例の累進屈折力レンズ10aにおいては、第3の領域33の第3の曲率r3は、主子午線Yから水平方向外側に向けて単調に増加している。
図5においては、第3の領域33の第3の曲率r3に対応する第3の面屈折力D3の等量線はほぼ等間隔に表れている。
【0040】
第1の領域31の主子午線Yを中心とする幅Wは8mm(主子午線Yからの距離(y座標)が±4mm)であり、上記の条件(1)を満たす。一般的な(大多数の)累進屈折力レンズ10では、近用部12の内寄せ、すなわち、近用部12における主注視線14と主子午線Yとの距離15は2〜3mmである。したがって、第1の領域31の主子午線Yを中心とする幅Wが6mm、すなわち、主子午線Yに対して幅±3mmの曲率一定の領域が有れば、中間部(累進部)13は曲率一定領域内に収まる。このため、最も視野の狭い中間部13の視野が確保できる。
【0041】
一方、現行の累進屈折力レンズ10の近用部12の内寄せは最大5mmである。これは、物体距離15cmを想定した、現実的には必要最大値である。近用中心点が5mm内寄せされた場合、さらに2mmの安定視野を確保するために、第1の領域31の主子午線Yを中心とする幅Wが14mm、すなわち、主子午線Yに対して幅±7mmの曲率一定の領域が有ればよい。
【0042】
第1の領域31の幅Wが条件(1)の上限に近い場合、すなわち、主子午線Yを中心として±7mmの曲率一定領域が外面(凸面)19A側に有れば、内面(凹面)19B側の設計は基本的な累進設計で良い。一方、第1の領域31の幅Wが条件(1)の下限に近い場合、すなわち、主子午線Yを中心として±3mmの曲率一定領域が外面(凸面)19Aにある場合、第1の領域31だけでは近用部12の明視野の幅を確保できない場合がある。そのような場合には、内面(凹面)19B側の累進設計を補正することにより、近用部12の視野を確保できる。例えば、外面19Aの曲率変化に応じた曲率分布を水平方向に持つ非球面の要素を内面19B側に付加することが考えられる。
【0043】
2.2 比較例1
実施例1の累進屈折力レンズ10aと比較するために、比較例1として、内面19Bの設計は変えずに、外面19Aを面屈折力4.0(D)の球面とした累進屈折力レンズ10bを設計した。
【0044】
2.3 比較
図10に、実施例1の累進屈折力レンズ10aを通して得られる像の倍率を座標(x、y)のマトリクスで示している。また、
図11に、比較例1の累進屈折力レンズ10bを通して得られる像の倍率を座標(x、y)のマトリクスで示している。さらに、
図12に、比較例1の累進屈折力レンズ10bの倍率に対する、実施例1の累進屈折力レンズ10a倍率比を座標(x、y)のマトリクスで示している。
【0045】
たとえば、中間部13と近用部12との境界に近いy座標が−24mmの倍率値をみると、
図11の比較例1の累進屈折力レンズ10bにおいては、主子午線Yに沿ったx座標が0mmの位置では1.0303957であり、側方のx座標が−28mmの位置では1.0237506である。したがって、主子午線Yに沿った領域の像に対し、外側の領域の像は小さく、主子午線Yに沿った領域の像に対する倍率比は99.36%程度になる。
【0046】
一方、
図10の実施例1の累進屈折力レンズ10aのy座標が−24mmの倍率値は、x座標が0mmの位置では1.0304005であり、側方のx座標が−28mmの位置では1.0246259である。したがって、主子午線Yに沿った第1の領域31の像に対し外側の第3の領域33の像は小さいが、外側の第3の領域33の倍率値は上昇しており、倍率比は99.44%程度になる。このため、主子午線Y近傍の像と、水平方向外側(左右)の像との倍率比は0.08ポイント程度改善され、近用部12および中間部13において水平方向に視線2を動かしたときの像のゆれを改善できる。
【0047】
図12に示すように、実施例1の累進屈折力レンズ10aにおいては、比較例1の累進屈折力レンズ10bに対して、中間部13および近用部12の外側の側方領域16のほぼ全域にわたり倍率が増加しており、主子午線Y近傍の像と、主子午線Yから水平方向に離れた位置の像との倍率差が改善されていることがわかる。
【0048】
また、主子午線Yに近い領域では、実施例1の累進屈折力レンズ10aの倍率の方が比較例1の累進屈折力レンズ10bの倍率より小さくなっている部分があり、外側の領域の倍率と傾向が逆転している。したがって、この点でも、実施例1の累進屈折力レンズ10aにおいて、主子午線Y近傍の像と、主子午線Yから水平方向に離れた位置の像との倍率差が改善されていることがわかる。
【0049】
図13は、実施例1の累進屈折力レンズ10aと、比較例1の累進屈折力レンズ10bとにより正方格子を見たときの歪曲の状態を示している。比較例1の累進屈折力レンズ10bにおいては、中間部13および近用部12の側方で倍率が減少するため像が小さくなる。これに対し、実施例1の累進屈折力レンズ10aにおいては、中間部13および近用部12の側方における倍率の減少が抑制されるので、像の大きさの変化は小さい。したがって、この累進屈折力レンズ10aを用いることにより、中間部13および近用部12、特に近用部12を多く使うユーザー、たとえば、精密部品の組み立てなどを行うユーザーにおいては、視線2の水平方向の動きによる像のゆれを抑制でき、装着感の優れた眼鏡1を提供できる。
【0050】
2.4 実施例2および比較例2
実施例2の累進屈折力レンズ10cは、セイコーエプソン社製の内面累進屈折力レンズ「セイコースーパーP−1」Aタイプ(屈折率1.67)に眼鏡仕様として累進帯長14mm、処方度数(遠用度数、Sph)が0.00(D)、加入度数(Add)が2.00(D)を適用して設計されたものである。その他の条件は実施例1の累進屈折力レンズ10aと同じであり、内面19Bに、遠用部11、近用部12、中間部13および側方領域16を含む累進面が形成されている。また、外面19Aは、基本は面屈折力が4.00(D)の球面であり、両側方に面屈折力が外側に向かって徐々に単調に増加する非球面の領域を含む。具体的には、外面19Aとしては実施例1の累進屈折力レンズ10aと同じものを採用した。すなわち、物体側の面(外面)19Aは、主子午線Yに沿った第1の領域31であって、第1の曲率r1(第1の面屈折力D1)を有する球面状の第1の領域31と、遠用部11に対向する第2の領域32であって、第1の曲率r1と等しい第2の曲率r2(第2の面屈折力D2)を有する球面状の第2の領域32と、第1の領域31の外側の領域であり、第2の領域32の下側の領域である第3の領域33であって、第1の曲率r1より大きい第3の曲率r3(第3の面屈折力D3)を有する第3の領域33とを含む。
【0051】
また、実施例2の累進屈折力レンズ10cと比較するために、比較例2として、内面19Bの設計は変えずに、外面19Aが面屈折力4.0(D)の球面の累進屈折力レンズ10dを設計した。
【0052】
図14に、実施例2の累進屈折力レンズ10cを通して得られる像の倍率を座標(x、y)のマトリクスで示している。また、
図15に、比較例2の累進屈折力レンズ10dを通して得られる像の倍率を座標(x、y)のマトリクスで示している。さらに、
図16に、比較例2の累進屈折力レンズ10dの倍率に対する、実施例2の累進屈折力レンズ
10cの倍率比を座標(x、y)のマトリクスで示している。
【0053】
実施例1と同様に、中間部13と近用部12との境界に近いy座標が−24mmの倍率値に着目すると、
図15の比較例2の累進屈折力レンズ10dにおいては、主子午線Yに沿ったx座標が0mmの位置では1.0633531であり、側方のx座標が−28mmの位置では1.0048368である。したがって、主子午線Yに沿った領域の像に対し、外側の領域の像は小さく、主子午線Yに沿った領域の像に対する倍率比は94.49%程度になる。
【0054】
一方、
図14の実施例2の累進屈折力レンズ10cのy座標が−24mmの倍率値は、x座標が0mmの位置では1.0633580であり、側方のx座標が−28mmの位置では1.0056959である。したがって、主子午線Yに沿った第1の領域31の像に対し外側の第3の領域33の像は小さいが、外側の第3の領域33の倍率値は上昇しており、倍率比は94.58%程度になる。このため、主子午線Y近傍の像と、水平方向(左右)外側の像との倍率比は0.09ポイント程度改善され、近用部12および中間部13において水平方向に視線2を動かしたときの像のゆれを改善できる。
【0055】
図16に示すように、実施例2の累進屈折力レンズ10cにおいても、比較例2の累進屈折力レンズ10dに対して、中間部13および近用部12の外側の側方領域16のほぼ全域にわたり倍率が増加しており、主子午線Y近傍の像と、主子午線Yから水平方向に離れた位置の像との倍率差が改善されていることがわかる。
【0056】
2.6 実施例3および比較例3
実施例3の累進屈折力レンズ10eは、セイコーエプソン社製の内面累進屈折力レンズ「セイコースーパーP−1」Aタイプ(屈折率1.67)に眼鏡仕様として累進帯長14mm、処方度数(遠用度数、Sph)が0.00(D)、加入度数(Add)が3.00(D)を適用して設計されたものである。その他の条件は実施例1の累進屈折力レンズ10aと同じであり、内面19Bに、遠用部11、近用部12、中間部13および側方領域16を含む累進面が形成されている。また、外面19Aは、基本は面屈折力が4.00(D)の球面であり、両側方に面屈折力が外側に向かって徐々に単調に増加する非球面の領域を含む。具体的には、外面19Aとしては実施例1の累進屈折力レンズ10aと同じものを採用した。すなわち、物体側の面(外面)19Aは、主子午線Yに沿った第1の領域31であって、第1の曲率r1(第1の面屈折力D1)を有する球面状の第1の領域31と、遠用部11に対向する第2の領域32であって、第1の曲率r1と等しい第2の曲率r2(第2の面屈折力D2)を有する球面状の第2の領域32と、第1の領域31の外側の領域であり、第2の領域32の下側の領域である第3の領域33であって、第1の曲率r1より大きい第3の曲率r3(第3の面屈折力D3)を有する第3の領域33とを含む。
【0057】
また、実施例3の累進屈折力レンズ10eと比較するために、比較例3として、内面19Bの設計は変えずに、外面19Aが面屈折力4.0(D)の球面の累進屈折力レンズ10fを設計した。
【0058】
2.7 比較
図17に、実施例3の累進屈折力レンズ10eを通して得られる像の倍率を座標(x、y)のマトリクスで示している。また、
図18に、比較例3の累進屈折力レンズ10fを通して得られる像の倍率を座標(x、y)のマトリクスで示している。さらに、
図19に、比較例3の累進屈折力レンズ10fの倍率に対する、実施例3の累進屈折力レンズ
10eの倍率差を座標(x、y)のマトリクスで示している。
【0059】
実施例1と同様に、中間部13と近用部12との境界に近いy座標が−24mmの倍率値に着目すると、
図18の比較例3の累進屈折力レンズ10
fにおいては、主子午線Yに沿ったx座標が0mmの位置では1.0987136であり、側方のx座標が−28mmの位置では1.0048368である。したがって、主子午線Yに沿った領域の像に対し、外側の領域の像は小さく、主子午線Yに沿った領域の像に対する倍率比は91.46%程度になる。
【0060】
一方、
図17の実施例3の累進屈折力レンズ10eのy座標が−24mmの倍率値は、x座標が0mmの位置では1.0987186であり、側方のx座標が−28mmの位置では1.0056959である。したがって、主子午線Yに沿った第1の領域31の像に対し外側の第3の領域33の像は小さいが、外側の第3の領域33の倍率値は上昇しており、倍率比は91.53%程度になる。このため、主子午線Y近傍の像と、水平方向(左右)外側の像との倍率比は0.07ポイント程度改善され、近用部12および中間部13において水平方向に視線2を動かしたときの像のゆれを改善できる。
【0061】
図19に示すように、実施例3の累進屈折力レンズ10eにおいても、比較例3の累進屈折力レンズ10
fに対して、中間部13および近用部12の外側の側方領域16のほぼ全域にわたり倍率が増加しており、主子午線Y近傍の像と、主子午線Yから水平方向に離れた位置の像との倍率差が改善されていることがわかる。
【0062】
このように、実施例1〜3の累進屈折力レンズ10a、10cおよび10eは、内面19Bは、加入度がそれぞれ1.00(D)、2.00(D)、3.00(D)の眼鏡仕様に基づいて設計され、一方、外面19Aは共通で、主子午線Yに沿った第1の領域31および遠用部11に対向する第2の領域32が球面で、側方領域16に対向する第3の領域33が主子午線Yから外側に向かって面屈折力が増加する非球面となっている。したがって、眼鏡仕様、特に加入度が異なる累進屈折力レンズ10であっても、共通の外面19Aを用いることにより、主子午線Yから水平方向に視線2が動いたときの像のゆれを抑制できることがわかる。また、上述したように、加入度が大きい累進屈折力レンズは、近用部12の側方における倍率差が大きくなる。したがって、外面19Aの第1および第2の領域31および32の第1および第2の曲率r1およびr2と、第3の領域33の第3の曲率r3の変化とを、眼鏡仕様の加入度により選択し、水平方向の倍率差をさらに低減するようにしてもよい。
【0063】
図20に、累進屈折力レンズ10を設計および製造する過程を示している。ステップ101において、眼鏡仕様に基づいて内面(眼球側の面)19Bを設計する。この累進屈折力レンズ10において内面19Bは累進面であり、遠用部11、中間部13および近用部12を含む。
【0064】
ステップ101と前後して、あるいは同時に、ステップ102において、第1の領域31、第2の領域32および第3の領域33を含む外面(物体側の面)19Aを設計する。ステップ102において、外面19Aは、眼鏡仕様によらず共通の面、すなわち、眼鏡仕様に対して共通の第1の領域31、共通の第2の領域32および共通の第3の領域33を含むものであってもよい。例えば、加入度0.5(D)の内面累進に合わせて外面19Aを設計し、その外面(凸面)19Aを用いて加入度3.5(D)の累進屈折力レンズを設計してもよい。この場合、製造のために準備するセミフィニッシュのレンズを、加入度に関係なく事前に準備できるので、製造コストを低減するために好適である。
【0065】
また、ステップ102において、眼鏡仕様に含まれる加入度が所定の範囲のときに、共通の第1の曲率を有する第1の領域、共通の第2の曲率を有する前記第2の領域および共通の第3の曲率を有する前記第3の領域を含むように外面19Aを設計してもよい。たとえば、加入度が0.50、1.00、2.50に合わせた3種類の外面19Aを予め設計しておき、加入度が特定の範囲の累進屈折力レンズ10を製造する際に共通の外面19Aを採用するようにしてもよい。製造コストを抑えながら加入度に対してより最適な設計を提供できる。
【0066】
次に、ステップ103において、上記にて設計された内外面を有する眼鏡用の累進屈折力レンズ10を製造する。
【0067】
なお、上記においては、外面19Aが眼鏡仕様、特に、加入度に関係なく共通の曲面を備えた累進屈折力レンズを例に説明しているが、外面19Aとして、特許請求の範囲に記載された範囲内において眼鏡仕様に基づき様々な形状の曲面を採用してもよい。また、上記では、第3の領域33として曲率(面屈折力)が変化する非球面を採用した例を説明しているが、第3の領域33は曲率(面屈折力)が一定の球面であってもよい。