(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1指標値計算部が、前記歪み−応力相互相関関数を用いて歪みと熱雑音の相互相関関数を除去した正弦曲線にフィッティングすることで前記応力の振幅および前記位相差を計算することを特徴とする請求項1記載の粘弾性計算装置。
予め設定された複数の周波数のうち全ての周波数で前記粘弾性に関する指標値が計算されたか否かを判定し、全ての周波数で計算されるまで、平衡化部、周波数決定部、応力計算部、相互相関関数計算部および第1指標値計算部の処理を繰り返すように制御する判定部を備えたことを特徴とする請求項1又は2記載の粘弾性計算装置。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について図面に基づいて説明する。
【0010】
[第1実施形態]
第1実施形態に係る高分子の粘弾性の計算装置10は、
図1に示すように、入力部12、システム作成部14、平衡化部16、周波数決定部18、応力計算部20、相互相関関数計算部22、第1指標値計算部24、判定部26、及び出力部28を有する。
【0011】
なお、この計算装置10は、例えば、マウスとキーボードを有する汎用のコンピュータを基本ハードウェアとして用いることでも実現することが可能である。すなわち、入力部12、システム作成部14、平衡化部16、周波数決定部18、応力計算部20、相互相関関数計算部22、第1指標値計算部24、判定部26、及び出力部28は、上記のコンピュータに搭載されたプロセッサにプログラムを実行させることにより実現することができる。このとき、計算装置10は、上記のプログラムをコンピュータに予めインストールすることで実現してもよいし、CD−ROM等の記憶媒体に記憶して、又はネットワークを介して上記のプログラムを配布して、このプログラムをコンピュータに適宜インストールすることで実現してもよい。
【0012】
以下、上記各部の構成と機能について順番に説明する。
【0013】
[1]入力部12
入力部12は、計算対象となる高分子の構造に関する情報を取得する。取得する情報としては、システム作成部14で高分子モデルを作成するのに必要な各種データが含まれ、例えば、高分子を構成するモノマーなどの繰り返し単位の構造、複数種の単位からなる場合にはその構成比、重合度、及び分子鎖の数などが挙げられる。また、入力部12において入力されるデータとしては、分子動力学シミュレーションにおいて必要なシステムの温度及び圧力、並びにシステムに付与する歪みの振幅、周波数の範囲(計算を行う複数の周波数)などが含まれる。
【0014】
計算対象となる高分子としては、結晶性高分子でも、無定形(アモルファス)高分子でもよく、特に限定されないが、好ましくは無定形高分子である。無定形高分子としては、例えば、ブタジエン、イソプレン、クロロプレンなどのジエン系モノマーの単独重合体又は共重合体、アクリル酸やメタクリル酸又はそれらのエステル、酢酸ビニル、塩化ビニル、スチレン、アクリロニトリルなどのビニル系モノマーの単独重合体又は共重合体、更には、これらジエン系モノマーとビニル系モノマーとの共重合体などが挙げられ、ジエン系ゴム材料を対象とすることがより好ましい。
【0015】
[2]システム作成部14
システム作成部14は、入力部12で取得した情報を用いて、高分子をモデル化したシステムを作成する。
【0016】
モデル化する手法としては、分子動力学シミュレーションを行うことが可能な各種のモデルを挙げることができ、特に限定されない。例えば、全原子モデルの他、ビーズスプリングモデルやユナイテッドアトムモデルなど、高分子を粗視化したモデルを用いることができる。ビーズスプリングモデルは、kuhn長に相当する程度のいくつかのモノマーユニットを1つのビーズ(セグメント)とみなし、仮想的なバネで結合してモデル化するものである。ユナイテッドアトムモデルは、水素を重原子(例えば炭素)に含めて1つの原子(質点)として取り扱う仮想原子モデルである。
【0017】
図5は、高分子のビーズスプリングモデルの一例を示した図であり、参考文献1:Dynamics of entangled linear polymer melts: A molecular-dynamics simulation, Kurt Kremer, Gray S. Grest, Journal of chemical physics, v.92, pp.5057-pp.5086 (1990)を用いて作成することができる。
【0018】
なお、モデル化する高分子が無定形高分子の場合、ガラス転移温度よりも高温にてモデル系、即ちシステムを作成する。
【0019】
[3]平衡化部16
平衡化部16は、上記システムを所定の温度で平衡化させる。所定の温度としては、粘弾性特性を求めたい温度に設定され、無定形高分子の場合、ガラス転移温度よりも高い温度が設定される。
【0020】
例えば、粒子数、圧力及び温度が一定の系であるNPTアンサンブルの場合、温度を設定すれば、時間発展によりシステムは平衡化するので、温度設定後、所定時間刻みにて分子動力学計算を行い、ある一定時間を経過した段階で平衡化したと判断すればよい。
【0021】
[4]周波数決定部18
周波数決定部18は、上記システムに与える歪みの周波数を決定する。周波数は、粘弾性特性を求めたい所定の周波数が決定され、入力部12で入力された複数の周波数の中から選択される。例えば、複数の周波数の低周波数側から順次に選択してもよく、高周波数側から順次に選択してもよい。
【0022】
[5]応力計算部20
応力計算部20は、上記システムに前記周波数で所定振幅の歪みを与えながら、分子動力学シミュレーションを行い、各時刻の応力を計算する。
【0023】
分子動力学シミュレーションは、例えば参考文献2(岡崎進、吉井範行著「コンピュータシミュレーションの基礎」、第2版、化学同人発行、2011年)に記載されたように公知である。例えば、高分子を原子モデルで構成する場合、原子の間にいくつかのポテンシャル関数を設定し、ニュートンの運動方程式に従って原子位置を徐々にずらしていき、このようにして時々刻々と変化する原子位置が統計的な平衡状態に達する状況をシミュレートするのが分子動力学シミュレーションである。
【0024】
詳細には、上記システムの温度Tを一定に保ちながら、下記式(1)で表される振幅X
0および周波数ωの正弦波の歪みをシステムに与える。かかる周期的歪みを与える周期の繰り返し数は特に限定されないが、通常は5〜50回程度である。
【数1】
【0025】
かかる条件の下で分子動力学シミュレーションを行い、時間に依存する応力応答B(t)を計算する。分子動力学計算で得られる応力値は熱雑音を含むものであり、すなわち、強い熱雑音N(t)と真の応力応答値σ(t)の和になっているので、応力応答B(t)は、下記式(2)で表される。
【数2】
【0026】
ここで、十分に長い時間周期的な歪みを与えると、真の応力応答値σ(t)は周波数ωの振動を行うようになるので、応力応答B(t)は、応力の振幅をσ
0とし、歪みと応力の位相差をδとして、下記式(3)により表される。
【数3】
【0027】
なお、システムに付与する歪みの振幅は、特に限定されず、例えば、システムのX軸方向においてその平衡化状態の長さの0.1〜0.6倍とすることができる。すなわち、平衡化状態の長さを100としたとき、振幅が10〜60である歪みを付与することができる。
【0028】
[6]相互相関関数計算部22
相互相関関数計算部22は、上記で得られた熱雑音を含む応力と歪みから、時間相関関数として歪み−応力相互相関関数を計算する。
【0029】
高分子材料モデルの粘弾性は、貯蔵弾性率と位相差δとによって定まる。ここで、貯蔵弾性率は、歪みの振幅と応力の振幅とにより下記式(4)で表される。
【数4】
【0030】
ここで、σ
0とtanδは、上記式(3)を用いて正弦曲線にフィッティングすることにより求めることができる。しかしながら、分子動力学シミュレーションにおいて応力は熱雑音の影響を強く受けるので、式(3)の応力値B(t)を直接用いると、熱雑音N(t)により精度が悪くなる。そこで、本実施形態では、歪みと応力応答の時間相関関数、即ち、歪み−応力相互相関関数を計算して熱雑音を除去する。歪み−応力相互相関関数は、遅れ時間をTとして、下記式(5)により与えられる。
【0032】
ここで、C(t)は歪みと熱雑音の相互相関関数であり、通常絶対値は小さくなる。
【0033】
[7]第1指標値計算部24
第1指標値計算部24は、上記歪み−応力相互相関関数から、熱雑音を除去した応力の振幅σ
0および該応力と歪みとの位相差δを計算して、高分子の粘弾性に関する指標値を算出する。本実施形態では、該指標値として、上記式(4)で表される貯蔵弾性率G’(ω)と、tanδを求める。
【0034】
上記応力の振幅σ
0と位相差δを計算するに際しては、上記式(5)を用いたフィッティングを行うことが好ましい。すなわち、第1指標値計算部24は、歪み−応力相互相関関数を用いて、歪みと熱雑音の相互相関関数C(t)を除去した正弦曲線にフィッティングすることで、応力の振幅σ
0と位相差δを計算する。ここでいう正弦曲線には余弦曲線も含まれる。より詳細には、本実施形態では、下記式(6)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法によりフィッティングする。
【数6】
【0035】
これにより、応力の振幅σ
0と位相差δが得られるので、更に歪みの振幅X
0を用いて、上記式(4)により貯蔵弾性率G’(ω)と、tanδを算出することができる。
【0036】
[8]判定部26
判定部26は、入力部12で設定された複数の周波数のうち全ての周波数で粘弾性に関する指標値が計算されたか否かを判定し、全ての周波数で計算されるまで、平衡化部16、周波数決定部18、応力計算部20、相互相関関数計算部22および第1指標値計算部24の処理を繰り返すように制御する。すなわち、全ての周波数で計算されていなければ、上記処理を繰り返すように制御し、全ての周波数で計算されていれば、計算を終了する。
【0037】
[9]出力部28
出力部28は、上記により得られた高分子の粘弾性特性を出力する。粘弾性特性の出力は、ディスプレイによって表示したり、プリンタによって印刷したりすることにより行うことができる。
【0038】
次に、本実施形態に係る計算装置10の動作状態について、
図2のフローチャートに基づいて説明する。
【0039】
ステップS1において、入力部12が、計算対象となる高分子の分子構造を含む情報を取得する。
【0040】
次いで、ステップS2において、システム作成部14が、取得した情報を用いて高分子をモデル化したシステムを作成する。そしてステップS3に進む。
【0041】
ステップS3において、平衡化部16が、粘弾性特性を求めたい温度で上記システムを平衡化する。そしてステップS4に進む。
【0042】
ステップS4において、周波数決定部18が、上記システムに与える歪みの周波数を決定する。歪みの周波数は、ステップS1で入力された複数の周波数の中から選択され、例えば低周波数側から順次に計算する場合、まず最初に、最も低い周波数が選択される。そしてステップS5に進む。
【0043】
ステップS5において、応力計算部20が、上記システムに対し、ステップS4で決定した周波数で、所定振幅の周期的歪みを所定周期にわたり与えながら、分子動力学シミュレーションを行い、各時刻の応力応答を計算する。これにより得られる応力は、上記のように熱雑音を含むものである。
【0044】
次いで、ステップS6において、相互相関関数計算部22が、上記で得られた熱雑音を含む応力と歪みから、時間相関関数として、上記式(5)で表される歪み−応力相互相関関数を計算する。そしてステップS7に進む。
【0045】
ステップS7において、第1指標値計算部24が、上記歪み−応力相互相関関数から、熱雑音を除去した応力の振幅σ
0と位相差δを計算して、高分子の粘弾性に関する指標値として貯蔵弾性率とtanδを算出する。そしてステップS8に進む。
【0046】
ステップS8において、判定部26が、ステップS1で入力された複数の周波数のうち全ての周波数で粘弾性に関する指標値が計算されたか否かを判定し、計算されていなければ、ステップS3、S4、S5、S6及びS7の処理を繰り返すように制御し、全ての周波数で計算されていれば、計算を終了して、ステップS9に進む。
【0047】
ステップS9において、出力部28が、上記により得られた高分子の粘弾性特性を出力する。
【0048】
以上よりなる本実施形態によれば、線形応答理論ではなく、システムに歪みを与えて応力応答を直接計算するので、任意の歪みに対して粘弾性を計算することができ、粘弾性の歪み依存性をシミュレートすることができる。また、分子動力学シミュレーションにおいて応力は熱雑音の影響を強く受けるが、歪み−応力相互相関関数を計算することにより熱雑音の影響を除去することができるので、与えられた歪みに対する応力応答を精密に計算することができ、正確な粘弾性特性を得ることができる。
【0049】
[第2実施形態]
第2実施形態に係る高分子の粘弾性の計算装置10Aは、
図3に示すように、入力部12、システム作成部14、平衡化部16、周波数決定部18、応力計算部20、相互相関関数計算部22、第1指標値計算部24、自己相関関数計算部30、第2指標値計算部32、評価部34、判定部26、及び出力部28を有する。すなわち、第2実施形態に係る計算装置10Aは、第1実施形態に係る計算装置10に対して、自己相関関数計算部30、第2指標値計算部32及び評価部34を追加したものであり、その他の構成は共通している。以下、追加した構成部分について詳細に説明する。
【0050】
[10]自己相関関数計算部30
自己相関関数計算部30は、応力計算部20により得られた熱雑音を含む応力から時間相関関数として応力自己相関関数を計算する。応力自己相関関数は、遅れ時間をTとして、下記式(7)により与えられる。
【0052】
ここで、D(t)は熱雑音の自己相関関数であり、原点付近に強いピークを持ち急速に減衰する。
【0053】
[11]第2指標値計算部32
第2指標値計算部32は、上記応力自己相関関数から、熱雑音を除去した応力の振幅σ
0を計算して、高分子の粘弾性に関する指標値を算出する。本実施形態では、該指標値として、上記式(4)で表される貯蔵弾性率G’(ω)を求める。
【0054】
該応力の振幅σ
0を計算するに際しては、上記式(7)を用いたフィッティングを行うことが好ましい。すなわち、第2指標値計算部32は、応力自己相互相関関数を用いて、熱雑音の自己相互相関関数D(t)を除去した正弦曲線にフィッティングすることで、応力の振幅σ
0を計算する。ここでいう正弦曲線には余弦曲線も含まれる。より詳細には、本実施形態では、下記式(8)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法によりフィッティングする。
【数8】
【0055】
上記のようにD(t)は原点付近に強いピークを持ち急速に減衰するので、フィッティングはD(t)が十分にゼロに近づいた時刻から行うにより、真の応力応答の振幅σ
0を精度良く計算することができる。このように応力の振幅σ
0が得られるので、歪みの振幅X
0を用いて、上記式(4)により貯蔵弾性率G’(ω)を算出することができる。
【0056】
[12]評価部34
評価部34は、第1指標値計算部24により得られた指標値(以下、第1指標値)を、第2指標値計算部32により得られた指標値(以下、第2指標値)と対比して、その精度を評価する。対比する指標値としては、応力の振幅σ
0でもよく、あるいはまた貯蔵弾性率G’(ω)でもよい。
【0057】
より詳細には、評価部34は、第1指標値と第2指標値を対比し、両者の差が所定範囲内であれば、第1指標値計算部24により算出される粘弾性特性の精度が確保されていると判断して、判定ステップS8に進むように制御する。一方、両者の差が所定範囲内でなければ、第1指標値計算部24により算出される粘弾性特性の精度が確保されていないと判断して、応力計算ステップS5に進み、分子動力学シミュレーションにおけるシミュレーション条件を変更した上で再度応力を計算するように制御する。すなわち、シミュレーションの精度を高めるために、例えば、システムに付与する歪み周期の繰り返し数を増加させ、両者の差が所定範囲内になるまで、応力計算部20、相互相関関数計算部22、第1指標値計算部24、自己相関関数計算部30及び第2指標値計算部32の処理を繰り返すように制御する。
【0058】
ここで、第1指標値と第2指標値の差に関する上記所定範囲としては、特に限定しないが、例えば、両者の差が、第1指標値の±10%の範囲内にあるかどうかを基準とすることができる。
【0059】
第2実施形態に係る計算装置10Aの動作状態は、
図4のフローチャートに示した通りであり、第1実施形態とは、ステップS10、S11及びS12が追加された点で異なる。以下、追加したステップについて説明する。
【0060】
ステップS7で第1指標値計算部24が第1指標値としての貯蔵弾性率G’(ω)とtanδを算出した後、ステップS10において、自己相関関数計算部30が、ステップS5で得られた熱雑音を含む応力から、時間相関関数として、上記式(7)で表される応力自己相互相関関数を計算する。そしてステップS11に進む。
【0061】
ステップS11において、第2指標値計算部32が、上記応力自己相互相関関数から、熱雑音を除去した応力の振幅σ
0を計算して、第2指標値としての貯蔵弾性率G’(ω)を算出する。そしてステップS12に進む。
【0062】
ステップS12において、評価部34が、ステップS7で得られた第1指標値としての貯蔵弾性率を、ステップS11で得られた第2指標値としての貯蔵弾性率と対比して、両者の差が所定範囲内であれば、ステップS7で得られた第1指標値の精度が確保されていると判断してステップS8に進み、所定範囲内でなければ、精度が確保されていないと判断してステップS5に進む。
【0063】
このようにしてステップS12から戻ってきたステップS5では、分子動力学シミュレーションにおけるシミュレーション条件を変更した上で再度応力を計算し、ステップS6に進む。
【0064】
なお、ステップS8において、判定部26は、ステップS7で得られた第1指標値が全ての周波数で計算されているか否かを判定する。また、ステップS9において、出力部28は、上記により得られた第1指標値を高分子の粘弾性特性として出力する。
【0065】
第2実施形態によれば、歪み−応力相互相関関数に加えて、応力自己相関関数を計算し、応力自己相関関数から得られた第2指標値を用いて、歪み−応力相互相関関数から得られた第1指標値の精度を評価するので、より正確な粘弾性特性を得ることができる。
【0066】
第2実施形態において、ステップS4における周波数の決定は、ステップS1で入力された複数の周波数について低周波数側から順次に選択することが好ましい。分子動力学シミュレーションにより計算される粘弾性特性の精度は、一般に低周波数側ほどノイズが大きく、精度に劣る。そのため、低周波数側で計算精度が確保されていれば、より高周波数側でも計算精度が確保されている可能性が高い。そのため、低周波数側から計算することにより、シミュレーション条件を変更することによるそれまでの計算工数の無駄をできるだけ小さくすることができる。
【0067】
なお、
図4に示す例では、ステップS12において、評価部34が、精度が確保されていないと判断したときに、ステップS5に進むようにしているが、ステップS2に進むように制御してもよい。すなわち、評価部34は、第1指標値と第2指標値の差が所定範囲内でないとき、システム作成ステップS2に進み、システムを再構成した上で再度応力を計算するように制御してもよい。例えば、システムを構成する高分子モデルの分子鎖数を多くすることで精度を高めることができるので、このようにして分子鎖数を増加させながら、両者の差が所定範囲内になるまで、システム作成部14、平衡化部16、周波数決定部18、応力計算部20、相互相関関数計算部22、第1指標値計算部24、自己相関関数計算部30及び第2指標値計算部32の処理を繰り返すように制御してもよい。
【0068】
上記第1及び第2実施形態では、複数の周波数についての粘弾性特性を求めているが、他の実施形態として、単一の周波数についての粘弾性特性を求めるようにしてもよい。その場合、周波数決定部18は、入力部12で取得した周波数を、システムに与える歪みの周波数として決定する。
【0069】
また、上記第1及び第2実施形態では、単一の振幅についての粘弾性特性を求めているが、他の実施形態として、複数の振幅についての粘弾性特性を求めるようにしてもよい。その場合、システムに与える歪みの振幅を設定する振幅設定部を設けておき、応力計算部18では、該振幅設定部で設定した振幅の歪みをシステムに与えながら分子動力学シミュレーションにより応力を計算する。そして、予め設定された複数の振幅のうち全ての振幅で粘弾性に関する指標値が計算されたか否かを判定し、全ての振幅で計算されるまで、指標値を取得する計算を繰り返すように制御する第2判定部を設けておけばよい。
【0070】
また、上記第1及び第2実施形態では、単一の温度についての粘弾性特性を求めているが、他の実施形態として、複数の温度についての粘弾性特性を求めるようにしてもよい。その場合、システムを平衡化する温度を設定する温度設定部を設けておき、平衡化部16では該温度設定部で設定した温度でシステムを平衡化させ、当該温度で分子動力学シミュレーションにより粘弾性に関する指標値を計算する。そして、予め設定された複数の温度のうち全ての粘弾性に関する指標値が計算されたか否かを判定し、全ての温度で計算されるまで、指標値を取得する計算を繰り返すように制御する第3判定部を設けておけばよい。
【0071】
以上のように、本実施形態によれば、高分子材料の粘弾性特性を分子動力学シミュレーションによって予測することができる。一般にゴムに代表されるエラストマー材料では、特定の周波数の振動に対する損失を制御することが重要であり、この損失物性は粘弾性特性によって決定されるので、本発明はゴムなどの高分子の材料開発を行う場合に有益である。
【実施例】
【0072】
[実施例1]
上記実施形態により高分子の粘弾性特性が正確に計算できることを、実施例1により示す。分子動力学シミュレーションには、公開プログラムのLAMMPS[Large-Scale Atomic/Molecular Massively Parallel Simulator:米国サンディア国立研究所]を用いた。
【0073】
上記参考文献1に基づき、高分子のビーズスプリングモデルシステムとして、50ビーズの高分子鎖40本からなるアモルファス高分子モデルを作成した。該システムにおいて、結合ポテンシャルと非結合ポテンシャルは、参考文献1に従い、下記式の通りとした。
【0074】
【数9】
【0075】
ここで、U
FENE(r)は伸びきりのある結合ポテンシャルであり、kとR
0は、それぞれ、結合の強さおよび伸びきり距離(これ以上結合した粒子間の距離が大きくならない)を示している。rは粒子間距離を表わしている。U
LJ(r)はレナードジョーンズ非結合ポテンシャルで、Aは相互作用の強さ、Bは粒子の大きさを表わすパラメータである。式(9b)ではカットオフ距離2
1/6Bを設定し、それよりも大きな距離にある粒子間の非結合相互作用をゼロとしている。
【0076】
次いで、該システムを、圧力4.85で一定の下、温度1.0で平衡化した。ここで、温度や圧力などの各パラメータの単位は、レナードジョーンズ単位である。
【0077】
周波数を4.0×10
−4[1/τ]とし、
図6に示すように該周波数で振幅0.2の歪みを10周期にわたり与えながら、分子動力学シミュレーションを行い、各時刻の応力を計算した。歪みは、シミュレーション中の座標系においてx軸方向に与えた。分子動力学シミュレーションにより得られた応力の時間変化は
図7に示す通りである。応力の単位はレナードジョーンズパラメータのσ(長さ)とε(エネルギー)で与えられており、この計算では、両者とも1.0、即ちσ=1.0、ε=1.0とした。
図7に示すように、分子動力学シミュレーションにより得られた応力の時間変化は熱雑音の大きいものであった。
【0078】
次に、この熱雑音を含む応力から、上記式(5)で表される歪み−応力相互相関関数を計算した。結果は
図8に示す通りであり、歪み−応力相互相関(以下、歪み−応力相関ということがある。)の時間変化では、熱雑音の影響を大幅に除去することができた(即ち、式(5)においてC(t)で表される歪みと熱雑音の相互相関関数は小さい)。なお、歪み−応力相関の次元は、歪み×応力となるので、単位は応力と同じである。
【0079】
次に、上記式(6)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法により正弦曲線にフィッティングしたところ、
図9に示す通りとなり、以下の結果が得られた。歪みの振幅X
0=0.2、応力の振幅σ
0=0.01088[ε/σ
3]、周波数(角振動数)ω=2π×4.0×10
−4[1/τ]、位相差δ=1.98048[rad]、残差平均の平方根/振幅=0.027248。ここから計算した貯蔵弾性率は0.054232[ε/σ
3]であり、tanδは2.302728であった。
【0080】
また、上記熱雑音を含む応力から、上記式(7)で表される応力自己相互相関関数を計算した。結果は
図10に示す通りであり、応力自己相互相関の時間変化では、
図7に示す応力自体の時間変化に比べて熱雑音の影響を除去することができた。次いで、上記式(8)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法により正弦曲線にフィッティングしたところ、
図11に示す通りとなり、以下の結果が得られた。歪みの振幅X
0=0.2、応力の振幅σ
0=0.01086[ε/σ
3]、周波数(角振動数)ω=2π×4.0×10
−4[1/τ]、残差平均の平方根/振幅=1.217957。ここから計算した貯蔵弾性率は0.054318[ε/σ
3]であった。この値は、歪み−応力相関から得られた貯蔵弾性率=0.054232とよく一致していた。
【0081】
一方、上記実施例による効果を示すために、比較例として、
図7に示す応力自体の時間変化について、相関関数を計算することなく、そのままフィッティングにより粘弾性特性を計算した。すなわち、下記式(10)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法によりフィッティングしたところ、
図12に示す白抜きの曲線が得られた。結果は、歪みの振幅X
0=0.2、応力の振幅σ
0=0.24086[ε/σ
3]、周波数(角振動数)ω=2π×4.0×10
−4[1/τ]、位相差δ=2.06297[rad]、残差平均の平方根/振幅=30.7988であった。この結果は、残差がフィッティング対象の値に比べて非常に大きく、信頼性に乏しい。位相差δは、歪み−応力相互相関関数から得られたものに近いが、貯蔵弾性率は10倍以上の違いがある。これは、応答応力に比べて非常に大きな雑音がフィッティング精度に悪影響を与えているためと考えられる。
【数10】
【0082】
[実施例2]
本実施形態により粘弾性の歪み依存性を計算できることを示すために、実施例2では歪み振幅を0.5として、その他は実施例1と同様の計算を行った。
【0083】
詳細には、圧力、温度及び周波数を実施例1と同じに設定し、
図13に示す振幅0.5の歪みを10周期にわたり与えながら、分子動力学シミュレーションを行い、各時刻の応力を計算した。分子動力学シミュレーションにより得られた応力の時間変化は
図14に示す通りであった。
【0084】
次に、この熱雑音を含む応力から、上記式(5)で表される歪み−応力相互相関関数を計算した。結果は
図15に示す通りであり、歪み−応力相互相関の時間変化では、熱雑音の影響を大幅に除去することができた。次いで、上記式(6)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法により正弦曲線にフィッティングしたところ、
図16に示す通りとなり、以下の結果が得られた。歪みの振幅X
0=0.5、応力の振幅σ
0=0.130025[ε/σ
3]、周波数(角振動数)ω=2π×4.0×10
−4[1/τ]、位相差δ=1.734045[rad]、残差平均の平方根/振幅=0.013949。ここから計算した貯蔵弾性率は0.26005[ε/σ
3]であり、tanδは6.071126であった。
【0085】
また、上記熱雑音を含む応力から、上記式(7)で表される応力自己相互相関関数を計算した。結果は
図17に示す通りであった。また、上記式(8)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法により正弦曲線にフィッティングしたところ、
図18に示す通りとなり、以下の結果が得られた。歪みの振幅X
0=0.5、応力の振幅σ
0=0.123872[ε/σ
3]、周波数(角振動数)ω=2π×4.0×10
−4[1/τ]、残差平均の平方根/振幅=0.101784。ここから計算した貯蔵弾性率は0.247745[ε/σ
3]であった。この値は、歪み−応力相関から得られた貯蔵弾性率=0.26005とよく一致していた。
【0086】
一方、上記実施例による効果を示すために、比較例として、
図14に示す応力自体の時間変化について、相関関数を計算することなく、そのままフィッティングにより粘弾性特性を計算した。すなわち、上記式(10)を用いて、応力の時間変化を最小平均二乗法によりフィッティングしたところ、
図19に示す白抜きの曲線が得られた。結果は、歪みの振幅X
0=0.5、応力の振幅σ
0=0.547941[ε/σ
3]、周波数(角振動数)ω=2π×4.0×10
−4[1/τ]、位相差δ=1.72409[rad]、残差平均の平方根/振幅=0.60519であった。歪み0.2の場合に比べて残差は小さくなっているが、それでも歪み−応力相関に比べて数十倍の値となっており、信頼性に乏しい。位相差δは、歪み−応力相互相関関数から得られたものに近いが、貯蔵弾性率は5倍程度の違いを生じている。これは、応答応力に比べて非常に大きな雑音がフィッティング精度に悪影響を与えているためと考えられる。
【0087】
以上の実施例1及び2によれば、下記表1に示すように、システムに与える歪みの大きさにより粘弾性が変化しており、すなわち歪みに依存する粘弾性データが得られることが示された。
【0088】
【表1】
【0089】
[実施例3]
上記参考文献1に基づき作成した100ビーズの高分子鎖50本からなるアモルファス高分子モデルについて、温度を1.0とし、周波数を1.0×10
−1〜3.91×10
−4[1/τ]として、x軸方向に振幅0.2の歪みを10周期にわたり与えながら、実施例1と同様の計算を行った。該アモルファス高分子モデルについての結合ポテンシャルと非結合ポテンシャルは、上記式(9a)及び(9b)の通りとした。
【0090】
結果は、下記表2、
図20及び
図21に示す通りであり、各周波数に対して貯蔵弾性率とtanδの計算結果が得られた。
【0091】
【表2】
【0092】
上記では本発明の一実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の主旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。