(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、フラスコやシャーレなどの培養容器により付着性細胞を培養した後には、培養容器の内面から付着性細胞を剥離する作業が必要となる。このような付着性細胞を剥離する作業は、セルスクレーパーと称される器具を用いて、培養容器の内面から付着性細胞を擦り落とす手法や、トリプシンなどの蛋白分解酵素を含む液によって培養容器の内面から付着性細胞を剥離させる手法が採用されている。
【0006】
しかしながら、セルスクレーパーによる付着性細胞の剥離は、培養容器の内面を擦る強さ(力)が付着性細胞に負荷されるので、付着性細胞の圧壊や変形が生じるおそれがある。また、セルスクレーパを内面に到達させることができる大きさの開口を細胞培養容器が有する必要があり、例えば細口のフラスコのように開口が小さければ、セルスクレーパーを内面の全領域に到達させることが困難であったり、作業性が悪くなったりするという問題があった。また、培養バッグにはセルスクレーパーを挿入することは不可能であった。さらに、シャーレを用いて大量培養を行うときには、数十から数百個のシャーレを用いることになるので、このような大量のシャーレの全てにセルスクレーパーによる作業を施すことは煩雑であった。
【0007】
一方、蛋白分解酵素を含む液を用いて培養容器の内面から付着性細胞を剥離させる作業においては、セルスクレーパーによる作業のように、培養容器の開口の大きさによって作業が制限されたり、大量培養において作業が繁雑であったりする不具合はないので、例えば培養バッグに対して利用することができる。しかし、トリプシン処理は細胞接着に関わるタンパク質だけでなく、細胞膜も分解するため細胞に障害を与える可能性がある。また、トリプシンなどの蛋白分解酵素がブタなどの動物由来であれば、培養された付着性細胞を再生医療に用いると、ウィルス汚染のリスクが懸念される。他方、不活化された蛋白分解酵素やリコンビナントによる蛋白分解酵素は、高価であるという問題がある。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、付着細胞の大量培養に適し、培養された付着性細胞を簡易かつ安全に回収できる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1) 本発明は、付着性細胞を培養する細胞培養方法に関する。本発明にかかる細胞培養方法は、可撓性、並びに付着性細胞が培養可能な親水性及び透過性を有するシートがバッグ形状に形成されてなる培養バッグに、液状の培地を保持させ、当該培養バッグのシートの親水性を有する内面に付着性細胞を播種してインキュベートする第1ステップと、上記培養バッグから培地を排出し、金属キレート剤又はオルニチン若しくはその誘導体を含む剥離液を上記培養バッグに充填する第2ステップと、上記剥離液が充填された上記培養バッグのシートを撓ませて、当該シートから付着性細胞を剥離させる第3ステップと、上記培養バッグのシートから剥離された付着性細胞を回収する第4ステップと、を含む。
【0010】
第1ステップにおいて、付着性細胞が培養バッグのシートの内面に付着した状態で、培養バッグ内で培養される。第2ステップにおいて、培養バッグ内に剥離液が充填されることにより、シートの内面から付着性細胞が剥離しやすくなる。この状態において、付着性細胞の一部がシートから剥離されてもよい。第3ステップにおいて、培養バッグのシートが撓ませられることにより、付着性細胞の大部分がシートから剥がれる。そして、第4ステップにおいて、剥離した付着性細胞を含む剥離液が培養バッグから流出されて、付着性細胞が回収される。
【0011】
(2) 上記剥離液が、EDTAを含んでいてもよい。剥離液がEDTAを含むことにより、一層効率よく付着性細胞が回収される。
【0012】
(3) 上記第3ステップにおいて、上記第1ステップのインキュベートにおける上記培養バッグの環境温度より低い環境温度において、上記培養バッグのシートを撓ませてもよい。
【0013】
細胞種によっては、培養バッグの環境温度を低くすることにより、付着性細胞の形状が球状となるので、シートから剥がれやすくなる。
【0014】
(4) 上記培養バッグのシートとして、少なくとも内面側にポリオレフィン系樹脂層を有するものであって、当該ポリオレフィン系樹脂層がプラズマ処理されることにより親水性を有するものが挙げられる。
【0015】
(5) 本発明は、付着性細胞を培養するための細胞培養キットとして捉えられてもよい。本発明にかかる細胞培養キットは、可撓性、並びに付着性細胞が培養可能な親水性及び透過性を有するシートがバッグ形状に形成されており、培地が充填された第1バッグと、金属キレート剤又はオルニチン若しくはその誘導体を含む剥離液が充填された第2バッグと、上記第1バッグと上記第2バッグとを連結して、上記第2バッグから上記第1バッグへ上記剥離液を送液可能な送液回路と、を具備する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、培養バッグを用いて付着性細胞を培養するので、大量培養に好適である。また、可撓性のシートの内面において付着性細胞が培養され、そのシートの内面が剥離液に曝された状態でシートが撓ませられるので、付着性細胞に過度の力が付与されることなく、シートから剥離される。これにより、培養された付着性細胞を簡易かつ安全に回収することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。なお、本実施形態は本発明の一実施態様にすぎず、本発明の要旨を変更しない範囲で実施態様を変更できることは言うまでもない。
【0019】
図1に示されるように、細胞培養キット10は、培養バッグ11と剥離液バッグ12とが送液回路13により送液可能に接続されたものである。培養バッグ11が、第1バッグに相当する。剥離液バッグ12が、第2バッグに相当する。
【0020】
培養バッグ11は、平面視において矩形であって、その内部に一定容量の培地を封入可能なものである。培養バッグ11の形状は、特に限定されるものではなく、充填される培地の容量、操作性などを考慮して、形状及び容量が設定される。培養バッグ11は、培地を保持する密閉空間を形成するものであれば、培養バッグ11の内部空間に雑菌などが侵入するおそれが低減される。培養バッグ11の容量としては、例えば、20〜1000mLが採用され、操作性を考慮すれば、50〜200mLが好ましい。
【0021】
培養バッグ11は、平面視において矩形の合成樹脂シートが貼り合わせられたものである。合成樹脂シートの貼り合わせは、例えば、周縁を熱溶着することにより行われる。周縁の一縁側には、樹脂チューブ21,22が介設される。樹脂チューブ21,22により、培養バッグ11の内部空間に液体を流入又は流出させるためのポートが形成される。なお、ポートの数は適宜変更されてよい。樹脂チューブ21,22は、ピンチコックや溶着などによって開閉される。
【0022】
培養バッグ11を構成する合成樹脂シートは、可撓性を有するものであって、かつ、バッグ形状を維持できる曲げ剛性を有するものである。合成樹脂シートの可撓性及び曲げ剛性は、素材、厚み、ラミネート構造などに依存して変動するので、素材の選択、厚みやラミネート構造を適宜設定することによって、所望の可撓性及び曲げ剛性が得られる。また、合成樹脂シートはガス透過性を有する。このような合成樹脂シートの素材として、例えば、低密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、環状ポリオレフィン系樹脂、またはこれら及び他の素材とのラミネート構造が挙げられる。
【0023】
ラミネート構造が採用される場合には、合成樹脂シートの内面側は、細胞毒性を低くするという観点から、ポリオレフィン系樹脂層が好ましい。ポリオレフィン系樹脂として、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、ポリエチレン−ポリテトラフルオロエチレン共重合体、ポリエチレン−1,2−ジクロロエタン共重合体などが挙げられる。
【0024】
ラミネート構造において積層される樹脂シートとしては、例えば、ポリエチレン、ポリ酢酸エチル、ポリビニルアルコール、ポリ−1,2−ジクロロエタンなどが挙げられる。また、合成樹脂シートの形状を維持する観点からは、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミドなどが挙げられる。ラミネート構造は特に限定されないが、材料及び製造のコストや成形加工性の観点から、内層に環状ポリオレフィン重合体、中間層にポリエチレン、外層にポリエチレンテレフタレートの3層構造のラミネートフィルムが好ましい。
【0025】
ポリオレフィン系樹脂層は、環状ポリオレフィン系重合体からなるものであってもよい。環状ポリオレフィン系重合体とは、分子内に脂環式炭化水素基(環状オレフィンモノマーユニット)を含む重合体の総称であり、1種以上の環状オレフィンモノマーの開環重合体若しくは付加重合体に代表され、非晶質且つ高透明性である。
【0026】
環状ポリオレフィン系重合体の種類は特に限定されないが、開環重合体がモノマーやオリゴマーの溶出が少ないので好ましく、水素付加された開環共重合体がより好ましい。環状ポリオレフィン系重合体の重量平均分子量は特に限定されないが、成形体(合成樹脂シート)の機械的強度及び成形加工性の観点から、5000〜500000が好ましく、より好ましくは8000〜250000であり、さらに好ましくは10000〜200000である。
【0027】
合成樹脂シートの内面は、細胞付着性官能基を有する。細胞付着性官能基とは、細胞との親和性に優れた化学官能基という。細胞付着性官能基として、例えば、アミノ基、アミン基、水酸基、スルホン基、スルフェン基、スルフィン基、エーテル基、カルボキシル基、カルボニル基などが挙げられる。これらのうち、細胞との付着性が高いアミノ基及びカルボキシル基が好ましい。この細胞付着性官能基により、合成樹脂シートの内面が親水性となる。
【0028】
プラズマ処理により合成樹脂シートの内面のポリオレフィン系樹脂層が細胞付着性官能基化される。プラズマ処理とは、特定ガス雰囲気下で放電して、特定ガスの電離作用によって生じるプラズマを処理対象物に照射することにより、処理対象物の表面に、エッチング、親水性(濡れ性)の向上、官能基の導入などの効果を付与する処理である。プラズマ処理における放電としては、一般に、コロナ放電(高圧低温プラズマ)、アーク放電(高圧高温プラズマ)、グロー放電(低圧低温プラズマ)、大気圧プラズマが挙げられるが、製造コストが安価であることから大気圧プラズマが好ましい。
【0029】
大気圧プラズマは大気圧下で行われるプラズマ処理であり、通常、8.88×10
−2〜10.85×10
−2MPaの圧力下で行われる。その他の条件は適宜設定されるものであるが、例えば、温度が約25〜50℃、出力が約100〜500W、放電時間が約100〜10000秒の範囲で行われる。また、プラズマ処理の回数は特に限定されないが、通常、1〜10回程度である。
【0030】
プラズマ処理に用いられる上記特定ガスは、少なくとも酸素原子又は窒素原子を含む気体であれば、当業者により任意に選択される。このような特定ガスとして、例えば、酸素、窒素、空気、一酸化炭素、二酸化炭素、亜酸化窒素、アンモニア、三フッ化窒素などの他、混合ガスとして、酸素/希ガス、窒素/希ガス、空気/希ガス、一酸化炭素/希ガス、亜酸化窒素/希ガス、又は三フッ化窒素/希ガスなどが挙げられる。また、酸素元素又は窒素元素を含む水、ヒドラジンなどの液体を気化させたものであってもよい。さらに、本発明の効果を損なわない限り、これらのガス以外に、水素、メタン、四フッ化炭素などが特定ガスに含まれていてもよい。また、上記希ガスとしては、例えば、ヘリウム、アルゴン、ネオン、キセノンが挙げられる。
【0031】
プラズマ処理は、培養バッグ11として貼り合わされる前の合成樹脂シートに施されてもよいし、培養バッグ11とした後に施されてもよい。また、合成樹脂シートにプラズマ処理を施す場合には、熱溶着される周縁領域をマスキングして一部にのみ行うこともできる。
【0032】
プラズマ処理は、通常、プラズマ処理装置を用いて行われる。プラズマ処理装置のチャンバー内を特定ガス雰囲気にした後、該チャンバー内に合成樹脂シート又は培養バッグ11を入れ、チャンバー内の対向する電極間に位置せしめて放電を行う。これにより、合成樹脂シート又は培養バッグ11にプラズマ処理が施される。その後、合成樹脂シート又は培養バッグ11を、チャンバーから取り出す。
【0033】
プラズマ処理により、ポリオレフィン系樹脂層が細胞付着性官能基化されて合成樹脂シートの内面に細胞付着性(親水性)が付与される。プラズマ処理の効果は、合成樹脂シートの内面と水との接触角として評価することができる。プラズマ処理がされた合成樹脂シートの内面の接触角は、細胞の付着性の観点から70°以下が好ましく、より好ましくは45°以下である。なお、ポリオレフィン系樹脂層を細胞付着性官能基化する方法はプラズマ処理に限定されず、例えば、イオンビームを照射することにより行うことも考えられる。
【0034】
培養バッグ11の内部には、付着性細胞を培養するに適した液状の培地が充填されている。このような培地として、例えば、MEM、DMEM、PRMI−1640、Ham F−12などが挙げられる。
【0035】
剥離液バッグ12は、平面視において矩形であって、その内部に一定容量の剥離液を封入可能なものである。剥離液バッグ12の形状は、特に限定されるものではなく、充填される剥離液の容量、操作性などを考慮して、形状及び容量が設定される。剥離液バッグ12は、剥離液を保持する密閉空間を形成するものであれば、剥離液バッグ12の内部空間に雑菌などが侵入するおそれが低減される。剥離液バッグ12の容量としては、例えば、20〜400mLが採用され、操作性を考慮すれば、50〜200mLが好ましい。
【0036】
剥離液バッグ12は、平面視において矩形の合成樹脂シートが貼り合わせられたものである。合成樹脂シートの貼り合わせは、例えば、周縁を熱溶着することにより行われる。周縁の一縁側には、樹脂チューブ23,24が介設される。樹脂チューブ23,24により、剥離液バッグ12の内部空間に液体を流入又は流出させるためのポートが形成される。なお、ポートの数は適宜変更されてよい。樹脂チューブ23,24は、ピンチコックや溶着などによって開閉される。
【0037】
剥離液バッグ12は、剥離液を貯留するものであるから、培養バッグ11のように、合成樹脂シートのような可撓性、曲げ剛性、親水性及びガス透過性は必ずしも必要でない。ただし、剥離液バッグ12から剥離液を円滑に流出させるためには、剥離液バッグ12が適度な可撓性を有することが好ましい。
【0038】
剥離液は、金属キレート剤又はオルニチン若しくはその誘導体を含む。また、剥離液は、トリプシンは含まない。金属キレート剤としては、EDTA、NTA、DTPA、HIDS、クエン酸、フィチン酸などが挙げられる。オルニチンは、尿素回路を構成する物質の一つであり、アルギニンの分解によって生成するアミノ酸の一種である。オルニチンの分子式は、C
5H
12N
2O
2であり、IUPAC命名法では、2,5−ジアミノペンタン酸(2,5-diaminopentanoic acid)と表される化合物をいう。本発明において、オルニチンは、ラセミ体、、L体、D体の何れも含む総称である。ただし、本発明においては、L−オルニチンが好適に用いられる。オルニチンの誘導体としては、N−[アミノ(ヒドロキシイミノ)メチル]−オルニチン又はその構造異性体、N−アセチル−オルニチン、N−アシル−アルニチン、N−(L−カルボキシエチル)−オルニチン、N−サクシニル−オルニチン、N,N−ジベンゾイル−オルニチン、(ジフルオロメチル)オルニチンン、N−[(ヒドロキシ)(イミノ)メチル]−オルニチン、などが挙げられる。これら金属キレート剤、オルニチン若しくはその誘導体は、剥離液処理直後においてバッグを撓ませずともある程度細胞が剥離できる観点から、剥離液は少なくともオルニチン若しくはその誘導体を含むことが望ましい。また、剥離した細胞の分散度合いがよい観点から、剥離液は、金属キレート剤、オルニチン若しくはその誘導体を組み合わせて用いることが特に望ましい。ただい、オルニチンは含まず、金属キレート剤のみを含む剥離液であっても、バッグを撓ませることにより細胞はバッグから剥離するため、本発明においては、必ずしも、剥離液が、オルニチン若しくはその誘導体を含むもの、または金属キレート剤、オルニチン若しくはその誘導体を組み合わせて含むものに限定されるものではない。また、これら金属キレート剤、オルニチン若しくはその誘導体は、例えば、リン酸緩衝液に溶解されることにより、剥離液とされてもよい。リン酸緩衝液のpHは、培養される付着性細胞に応じて適宜設定されるが、例えば、pH7.2〜7.4が好ましい。剥離液は、金属キレート剤、オルニチン若しくはその誘導体のうちの複数の成分を含んでもよい。また、剥離液は、他の成分、例えば、細胞分散作用や細胞保護作用をもつ成分などを含んでもよいが、カルシウム、マグネシウムを含まないことが好ましい。細胞は、カルシウム、マグネシウム依存的なタンパク質によって接着しているからである。
【0039】
送液回路13は、培養バッグ11の樹脂チューブ22及び剥離液バッグ12の樹脂チューブ23と連結されたチューブ25と、チューブ25に設けられた三方活栓26とを有する。チューブ25は、剥離液が流通可能なものであれば特に限定されず、例えば、樹脂チューブ22,23と同じ素材のものが用いられる。三方活栓26は、培養バッグ11と剥離液バッグ12との流通状態を開閉するための構成の一例であり、例えば、ピンチコックなどによって代用されてもよい。
【0040】
以下、細胞培養キット10を用いた細胞培養方法が説明される。細胞培養キット10は、付着性細胞の培養に用いられる。付着性細胞とは、基材に付着して、該基材を足場として増殖することができる細胞であり、浮遊性細胞と対立する概念である。付着性細胞としては、例えば、骨膜細胞、間葉系幹細胞、神経細胞、上皮細胞、繊維芽細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。
【0041】
なお、本実施形態においては、本発明に係る細胞培養方法が、細胞培養キット10が用いられる態様として説明がなされるが、本発明に係る細胞培養方法が、細胞培養キット10が用いられる態様に限定されないことは言うまでもない。したがって、例えば、付着性細胞と培地の細胞懸濁液が培養バッグ11に充填され、剥離液が別途に調製されて培養バッグ11に流入されて、培養バッグ11において付着性細胞の剥離が行われるような実施態様であってもよい。
【0042】
本実施形態に係る細胞培養方法は、次の4つのステップに大別される。
(1)培養バッグ11の内面に付着性細胞を播種してインキュベートする第1ステップ。
(2)培養バッグ11から培地を排出し、剥離液を培養バッグ11に充填する第2ステップ。
(3)剥離液が充填された培養バッグ11の合成樹脂シートを撓ませて、合成樹脂シートから付着性細胞を剥離させる第3ステップ。
(4)培養バッグ11の合成樹脂シートから剥離された付着性細胞を回収する第4ステップ。
【0043】
第1ステップにおいて、培養される付着性細胞と培地の懸濁液(細胞懸濁液)が樹脂チューブ21から培養バッグ11へ注入される。培養バッグ11における付着性細胞の濃度は適宜設定されるものではあるが、通常、培養バッグ11の内面の単位面積当たり、約2000〜3000cells/cm
2が目安とされる。培養バッグ11に細胞懸濁液を注入した後、10〜40分間程度、培養バッグ11を静置する。これにより、細胞懸濁液中の付着細胞が沈殿して培養バッグ11の内面に付着する。つまり、培養バッグ11の内面に付着性細胞が播種される。培養バッグ11の内面の両側に付着性細胞を播種する場合には、その後、培養バッグ11を表裏が逆になるように反転させ、反対側の内面にも付着性細胞を付着させる。そして、二酸化炭素環境下、37℃などの所定の培養条件でインキュベートして細胞培養を行う。
【0044】
第2ステップにおいて、まず、培養バッグ11の樹脂チューブ21から培地が流出される。付着性細胞は、培養バッグ11の内面に付着しているので、培地と共に流出されることはない。培地を排出した後、培養バッグ11内の培地成分を取り除くために、送液回路13の三方活栓26を開いて、剥離液バッグ12から培養バッグ11へ剥離液を送る。まず、若干量の剥離液が培養バッグ11に送られ、その後、培養バッグ11の樹脂チューブ21から剥離液が流出される。これが数回繰り返されることにより、培養バッグ11の内部が剥離液によって洗浄される。
【0045】
その後、培養バッグ11に剥離液が充填され、常温又は4℃の環境下において数分〜1時間放置される、この放置時間内において、培養バッグ11の合成樹脂シートが数回撓ませられてもよい。
【0046】
第3ステップにおいては、培養バッグ11を両手に持って合成樹脂シートが撓ませられる。培養バッグ11の合成樹脂シートを撓ませる手法は、特に限定されず、培養バッグ11を軽く叩いたり、培養バッグ11を揺すったりするなどの手法が採用されてもよい。培養バッグ11の内面が剥離液に曝された状態において合成樹脂シートが撓ませられることにより、合成樹脂シートから付着性細胞が剥離する。また、培養バッグ11が低温環境下におかれることにより、付着性細胞の形状が球形状となり、合成樹脂シートから剥がれやすくなると考えられる。
【0047】
第4ステップにおいて、培養バッグ11の樹脂チューブ21から付着性細胞を含む剥離液が流出されて、培養された付着性細胞が回収される。その後、付着性細胞は、再生医療などの使用目的に応じて、洗浄や調製が行われる。
【0048】
このように、本実施形態によれば、培養バッグ11を用いて付着性細胞を培養するので、大量培養に好適である。また、培養バッグ11の内面において付着性細胞が培養され、培養バッグ11の内面が剥離液に曝された状態で合成樹脂シートが撓ませられるので、付着性細胞に過度の力が付与されることなく、合成樹脂シートから付着性細胞が剥離される。これにより、培養された付着性細胞を簡易かつ安全に回収することができる。
【実施例】
【0049】
以下に、本発明の実施例が説明される。実施例は、本発明の一実施形態であり、本発明が実施例に記載されたものに限定されないことは言うまでもない。
【0050】
(実施例1)
低密度ポリエチレン(LDPE、三菱ファーマケミカル)単層、厚み250μmの樹脂シートを縦100mm×横120mmの長方形に裁断した。裁断した樹脂シートの周縁領域の約10mmをマスキングして大気圧プラズマ処理を行った。大気圧プラズマ処理は、約25℃、アルゴン68容量%、ヘリウム29容量%、窒素3容量%の混合ガス雰囲気下、大気圧で行った。また、高圧電極及び低圧電極は板状(335mm×250mm)とし、電極間距離を3mmに設定した。また、電源として周波数が5kHzの交流電源を用い、高圧電極と低圧電極との間に2.2kVの電圧を与えた。このプラズマ処理を30秒間行うことにより、上記樹脂シートの中央部(縦80mm×横100mm)に細胞付着性官能基を導入した。
【0051】
プラズマ処理された2枚の樹脂シートを重ね、ポートとしてポリエチレン製のチューブをフィルム間に配置して、周縁領域をヒートシールで溶着することにより、上記実施形態と同様の培養バッグ11を得た。得られた培養バッグ11に対して、ガンマ線を用いて滅菌処理を行った。培養バッグ11の内面をFT−IR(フーリエ変換型赤外分光)装置(日本分光、商品名:FT/IR−420)及び元素分析装置(日本電子、JMS−6360LP)を用いて分析したところ、アミノ基が官能基化されていることが確認された。
【0052】
前述された培養バッグ11に、10%ウシ胎仔血清1を含むDMEM培地により細胞懸濁液とされた胎仔繊維芽細胞を導入して、37℃、湿度飽和の条件で培養した。剥離液として、0.01%EDTA(金属キレート剤)を含み、カルシウム及びマグネシウムを含まないリン酸緩衝液を用いた。培養バッグ11から培地を流出させ、剥離液により培養バッグ11の内部を洗浄した後、剥離液50mlを培養バッグ11に充填し、常温で10分間放置した。培養バッグ11を両手でもって軽く撓ませた後、培養バッグ11から剥離液を回収して、付着性細胞の数をカウントした。
【0053】
(実施例2)
0.01%EDTA(金属キレート剤)に代えて、1%L−オルニチンを用いたほかは、実施例1と同様に実施した。
【0054】
(実施例3)
0.01%EDTA(金属キレート剤)に代えて、0.01%EDTA(金属キレート剤)及び1%L−オルニチンを用いたほかは、実施例1と同様に実施した。
【0055】
(比較例1)
培養バッグ11に代えてフラスコを用い、他の条件は実施例1と同様にして付着性細胞を培養した。その後、実施例1と同様に剥離液10mlをフラスコに流入して、常温、10分間放置した。その後、フラスコから剥離液を回収して、剥離液中に懸濁された付着性細胞の数をカウントした。
【0056】
(参考例1)
実施例1と同様にして培養バッグ11に付着性細胞を培養した。その後、0.25%トリプシン(250IU)−0.01%EDTAを含む剥離液10mlを培養バッグ11に流入して、37℃、5分間放置した。その後、培養バッグ11を撓ませた上で培養バッグ11から剥離液を回収して、剥離液中に懸濁された付着性細胞の数をカウントした。
【0057】
(参考例2)
培養バッグ11に代えてフラスコを用い、他の条件は実施例1と同様にして付着性細胞を培養した。その後、0.25%トリプシン(250IU)−0.01%EDTAを含む剥離液2mlをフラスコに流入して、37℃、5分間放置した。その後、フラスコから剥離液を回収して、剥離液中に懸濁された付着性細胞の数をカウントした。
【0058】
実施例1〜3、比較例1及び参考例1,2において、回収された付着性細胞の数を単位面積当たりの数(×10
4cells/cm
2)としたもの、及び実施例1〜3について参考例1を100とした回収率、比較例1について参考例2を100とした回収率が表1に示される。
【0059】
【表1】
【0060】
実施例1〜3、比較例1、及び参考例1,2において、剥離液処理直後の容疑(培養バッグ11又はフラスコ、培養バッグ11を撓ませる前)の細胞を培養した箇所を顕微鏡で観察した写真が、
図2に示される。
図2から、実施例1及び比較例1において、容器に細胞が付着したままであったが、実施例1においては、培養バッグ11を撓ませることにより細胞が剥離した。一方、実施例2,3は、多少細胞が付着していたものの、培養バッグ11を撓ませなくとも、ある程度は細胞が剥離していた。このことから、剥離液は、少なくとも、オルニチン若しくはその誘導体を含むことが望ましいとわかる。参考例1,2では、剥離液にトリプシンが含まれるので、容器を剥離液で処理した直後であっても、容器から細胞が剥離していた。
【0061】
実施例1〜3、比較例1、及び参考例1,2において、容器を剥離液で処理をして、容器が培養バッグ11である場合には培養バッグ11を撓ませた後の剥離液中に懸濁された細胞の様子を顕微鏡で観察した写真が、
図3に示される。
図3から、実施例1及び実施例2において、部分的に細胞の凝集塊が確認された。一方、実施例3においては、剥離液中に懸濁された細胞は分散していた。このことから、剥離液は、金属キレート剤、オルニチン若しくはその誘導体を組み合わせて用いることが特に望ましいとわかる。参考例1,2では、剥離液にトリプシンが含まれるので、剥離液中に懸濁された細胞は分散していた。なお、比較例1は、細胞が剥離しなかったので、剥離液中に細胞が観察できなかった。
【0062】
実施例1〜3、比較例1及び参考例1,2において、回収後の容器(バッグ又はフラスコ、バッグを撓ませた後)に付着した細胞をギムザ染色(細胞は紫色に染色)し、観察した写真が、
図4に示される。
図4から、比較例1においてのみ、容器が紫色に染色されていたことから、容器に細胞が付着(残存)していることが確認された。一方、実施例1〜3、参考例1,2においては、容器が染色されておらず、ほとんどの細胞が回収できていることが確認された。
【0063】
実施例1〜3、比較例1及び参考例1,2の回収細胞数から判るように、実施例1〜3によれば、参考例1,2のように従来より用いられているトリプシンによる付着性細胞の剥離と同等の効率で、付着性細胞が回収された。参考例2と比較例1とを対比すると、フラスコのように可撓性がない容器では、トリプシンを使用しないと細胞の回収が困難であることが示された。実施例1と比較例1とを対比すると、同じ剥離液を用いても、比較例1では細胞がほとんど回収されていないのに対し、実施例1〜3のように培養バッグ11を用いて合成樹脂シートを撓ませることにより、ほぼ全ての細胞が回収できることが確認された。