特許第5900968号(P5900968)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5900968
(24)【登録日】2016年3月18日
(45)【発行日】2016年4月6日
(54)【発明の名称】高分子鉄キレート剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/722 20060101AFI20160324BHJP
   A61P 39/04 20060101ALI20160324BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20160324BHJP
   A61P 3/12 20060101ALI20160324BHJP
   C08B 37/08 20060101ALN20160324BHJP
【FI】
   A61K31/722
   A61P39/04
   A61P13/12
   A61P3/12
   !C08B37/08 A
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2012-552688(P2012-552688)
(86)(22)【出願日】2012年1月12日
(86)【国際出願番号】JP2012000153
(87)【国際公開番号】WO2012096183
(87)【国際公開日】20120719
【審査請求日】2014年12月12日
(31)【優先権主張番号】特願2011-6043(P2011-6043)
(32)【優先日】2011年1月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】309033921
【氏名又は名称】株式会社ダステック
(73)【特許権者】
【識別番号】505210115
【氏名又は名称】国立大学法人旭川医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100105991
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 玲子
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100114465
【弁理士】
【氏名又は名称】北野 健
(74)【代理人】
【識別番号】100156915
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 奈月
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(72)【発明者】
【氏名】西田 雄三
(72)【発明者】
【氏名】高後 裕
(72)【発明者】
【氏名】生田 克哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 勝則
【審査官】 伊藤 幸司
(56)【参考文献】
【文献】 特表平09−501144(JP,A)
【文献】 米国特許第04424346(US,A)
【文献】 国際公開第2010/032489(WO,A1)
【文献】 特開平06−128321(JP,A)
【文献】 特開昭61−167644(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非水溶性の高分子骨格と、−NH−CH2−結合を介して高分子骨格に結合した芳香族環とを有し(但し、高分子骨格と芳香族環との結合はアクリルアミド結合を含まない)、芳香族環は、水酸基である一つないし二つの第一の官能基と、水酸基、カルボン酸基および式(I):
【化1】
[式中、Aは−CH3、−CH2−CH3、−CH2−C65、−CH2−C54Nまたは−CH2−COOHであり、Bは−CH2−COOHである]
に示される官能基から選ばれる一つないし二つの第二の官能基とを有しており、第二の官能基は第一の官能基の少なくとも一方に対してオルト位に位置することを特徴とする、非水溶性の高分子鉄キレート剤であって、トランスフェリン結合型の鉄に対して生体不安定鉄をより選択的にキレートすることに用いるための非水溶性の高分子鉄キレート剤
【請求項2】
高分子骨格が、キトサンであることを特徴とする、請求項1記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤。
【請求項3】
請求項1に記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤の製造方法であって、アミン基を有するかまたはアミン基を導入した前記高分子骨格と、前記芳香族環のアルデヒド誘導体とを反応させてシッフ塩基を形成し、これを還元して、高分子骨格と芳香族環との間に−NH−CH2−結合を形成させる、ことを特徴とする方法。
【請求項4】
アミン基を有する高分子骨格がキトサンであることを特徴とする、請求項3記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連する出願
本出願は,日本特許出願2011-006043(2011年1月14日出願)に基づく優先権を主張しており,この内容は本明細書に参照として取り込まれる。
【0002】
技術分野
本発明は、生体不安定鉄を選択的にキレート可能であり、水に不溶で体内での代謝プロセスに取り込まれない、非水溶性の高分子鉄キレート剤、及び、これを使用した鉄イオンの捕捉方法に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、慢性腎臓病(Chronic Kidney Diseases; CKD)という新しい病気の概念が指摘され、世界中で注目されており、その治療法として、CKDの原因の最上流にある生体不安定鉄(Non-Transferrin-Bound Iron; NTBI)を減少または除去することが有効であることが明らかになった。ここで言う生体不安定鉄とは、トランスフェリンと結合しておらず、かつ人体にとって有害な作用を及ぼす可能性のある鉄イオンのことを意味する。したがって、生体不安定鉄には、例えば、トランスフェリンと結合している鉄(トランスフェリン鉄錯体中の鉄イオン;トランスフェリン結合型鉄)、フェリチンとして肝臓・脾臓・骨髄に存在する貯蔵鉄、赤血球に含まれるヘム(鉄を持つポルフィリン錯化合物)4分子とグロビン(4本のポリペプチド鎖)1分子からなるヘモグロビン、筋肉中にあって酸素分子を代謝に必要な時まで貯蔵する色素タンパク質で1個のヘムを含むミオグロビンなどは含まれない。生体内の鉄、特に生体不安定鉄を体外に減少または除去する治療法として、(1)瀉血療法、(2)鉄制限食法、(3)鉄キレート剤による薬物療法、(4)体外血液循環による血液浄化療法などがある。瀉血療法は、患者のQOL(生活の質;Quality of Life)はよいが、赤血球を含む全血の除去のため、貧血や低タンパク血症などの副作用があり、貧血のない患者に対してのみ適応可能である。鉄制限食法は、鉄の消化管からの吸収を減少させる方法であるが、栄養のアンバランスなどの副作用があり、一部の肝疾患のみ適応可能である。薬物療法の効果が顕著な、生体鉄を除去する各種の鉄キレート剤が提案されており(特表2010-31022、WO2009/130604、特表2007-532509、特表2006-504748、特表2005-509649、特表2000-507601、特表2008-520669、特表2002-502816、特表2000-506546、特開2004-203820、特表平9-501144)、輸血後鉄過剰症の患者に対して主に利用されている。軽度の鉄過剰または鉄代謝異常による、一部臓器での鉄関連障害では、オーバーキレートによる副作用の頻度が高いと言われているだけでなく、体内に取り込まれた鉄キレート剤が体内の代謝プロセスに取り込まれ、腎機能障害を含む生体に対し好ましくない影響を与える可能性がある。体外血液循環による血液浄化療法は、治療のために血液が体外循環している間だけ除鉄が行われるため、オーバーキレートによる副作用が起こりにくい特性を有している。本発明者らは、先に、血液浄化療法に使用可能な生体不安定鉄を選択的に除去可能な鉄キレート剤を開発した(WO2010/32489)。WO2010/32489に記載の生体不安定鉄を選択的に除去可能な鉄キレート剤においても、先述の鉄キレート剤と同様に、水中に溶解した鉄キレート剤が血液中に混入し、体内の代謝プロセスに取り込まれる可能性があり、まだ生体に対し好ましくない影響を与える可能性があった。
【0004】
また、特表平9-501144には、胃消化管からの食物由来のヘム鉄や遊離鉄の吸収を低下させる効果のある、不溶化した鉄結合性ポリマーに関する記載がある。本文献に開示されているポリマーは全て-CO-NH-(アクリルアミド)結合を介して鉄キレート部位がポリマーと結合しているため、体外血液循環に使用し、血液と直接接触させた際に加水分解による鉄キレート部位の脱落が起こり、生体に対し好ましくない影響を与える可能性があった。また、体外血液循環による血液浄化療法にヘム鉄を除去する材料を使用すると、貧血を惹起する可能性が高く、好ましくないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2010-31022
【特許文献2】WO2009/130604
【特許文献3】特表2007-532509
【特許文献4】特表2006-504748
【特許文献5】特表2005-509649
【特許文献6】特表2000-507601
【特許文献7】特表2008-520669
【特許文献8】特表2002-502816
【特許文献9】特表2000-506546
【特許文献10】特開2004-203820
【特許文献11】特表平9-501144
【特許文献12】WO2010/32489
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、鉄イオン、特に生体不安定鉄に対して選択的にキレート可能であり、かつ水に不溶で体内での代謝プロセスに取り込まれない、高分子骨格と鉄キレート部位が安定な化学結合で結合した非水溶性の高分子鉄キレート剤、及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、本発明の高分子鉄キレート剤を用いた鉄イオンの捕捉方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意検討した結果、特定の構造のフェノール系キレート剤を高分子鎖に、化学的に安定な-NH-CH2-結合を介して結合させた、非水溶性の高分子鉄キレート剤が、水中に溶解しないため生体内の代謝プロセスに取り込まれることなく、鉄イオンを選択的にキレート可能であり、生体不安定鉄などの鉄イオンを有効に捕捉することができることを見い出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明は、非水溶性の高分子鉄キレート剤およびその製造方法、ならびに本発明の非水溶性の高分子鉄キレート剤を用いた鉄イオンの捕捉方法、および高分子鉄キレート剤の再生方法に関する。より具体的には、
[1] 高分子骨格と、-NH-CH2-結合を介して高分子骨格に結合した芳香族環とを有し、芳香族環は、水酸基である一つないし二つの第一の官能基と、水酸基、カルボン酸基および式(I):
【化1】
[式中、Aは-CH3、-CH2-CH3、-CH2-C6H5、-CH2-C5H4Nまたは-CH2-COOHであり、Bは-CH2-COOHである]
に示される官能基から選ばれる一つないし二つの第二の官能基とを有しており、第二の官能基は第一の官能基の少なくとも一方に対してオルト位に位置することを特徴とする、非水溶性の高分子鉄キレート剤;
[2] 高分子骨格が、キトサンであることを特徴とする、[1]に記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤;
[3] キレートされる鉄イオンが生体不安定鉄であることを特徴とする、[1]ないし[2]に記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤;
[4] [1]に記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤の製造方法であって、アミン基を有するかまたはアミン基を導入した前記高分子骨格と、前記芳香族環のアルデヒド誘導体とを反応させてシッフ塩基を形成し、これを還元して、高分子骨格と芳香族環との間に-NH-CH2-結合を形成させる、ことを特徴とする方法;
[5] アミン基を有する高分子骨格がキトサンであることを特徴とする、[4]に記載の非水溶性の高分子鉄キレート剤の製造方法;
[6] 鉄イオンを含む水溶液から鉄イオンを除去する方法であって、鉄イオンを含む水溶液に[1]ないし[3]に記載の高分子鉄キレート剤を加え、形成された鉄錯体を水溶液から除去することを特徴とする方法;
[7] 鉄イオンが生体不安定鉄であることを特徴とする、[6]に記載の方法;および
[8] 該鉄錯体に0.001〜1.0Nの酸を加えて結合した鉄イオンを除去した後に高分子鉄キレート剤を回収する工程をさらに含む、[6]または[7]に記載の方法;
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の高分子鉄キレート剤は、鉄イオンに対して選択的にキレートが可能であり、特に生体不安定鉄に対して有効に作用する。また、高分子鉄キレート剤は非水溶性であるため、体内の代謝プロセスに取り込まれる可能性がきわめて低く、また、試料より鉄イオンをキレートしたのちは、遠心操作などにより簡単に分離することができる点は大きな特徴である。また、結合した鉄イオンを除去した後、再度鉄イオンキレート剤として使用できることに特徴がある。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の高分子鉄キレート剤の鉄キレート構造を示す。
図2図2は、NTBIを測定するための試料の前処置方法を示す。
図3図3は、未処理血清のNTBIを測定した結果を示す。
図4図4は、本発明の高分子鉄キレート剤PC-Carb2で処理した後の血清のNTBIを測定した結果を示す。
図5図5は、本発明の高分子鉄キレート剤PC-Cate1処理した後の血清のNTBIを測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明における高分子鉄キレート剤は、高分子骨格と、-NH-CH2-結合を介して高分子骨格に結合した芳香族環とを有し、芳香族環は、水酸基である一つないし二つの第一の官能基と、水酸基、カルボン酸基および式(I):
【化2】
[式中、Aは-CH3、-CH2-CH3、-CH2-C6H5、-CH2-C5H4Nまたは-CH2-COOHであり、Bは-CH2-COOHである]
に示される官能基から選ばれる一つないし二つの第二の官能基とを有している。第二の官能基は第一の官能基の少なくとも一方に対してオルト位に位置しており、この構造により鉄イオンをキレートすることができる。
【0012】
1つの好ましい態様では、鉄キレート部位は、オルト位に位置した2つの水酸基を有する芳香族環であり、鉄イオンとともに5角形の安定した配位構造を形成するように配位結合が形成される。
【化3】
【0013】
図1にこのような鉄キレート部位を有する高分子鉄キレート剤の構造を示す。図中、波線は高分子骨格を表す。高分子骨格の種類には直鎖型、分岐や側鎖を有するもの、あるいは三次元網目構造等様々な構造があり、また高分子によっては溶媒に分散・溶解させることが出来ず測定できない場合もあり、一概に記述するのは困難であるが、nは任意の整数であり、好ましくは100〜2,000,000、より好ましくは1,000〜1,000,000、さらに好ましくは2,000〜1,000,000である。
【0014】
また別の好ましい態様では、鉄キレート部位は、オルト位に位置した1つの水酸基と1つのカルボン酸基を有する芳香族環であり、鉄イオンとともに6角形の安定した配位構造を形成するように配位結合が形成される。
【化4】
【0015】
さらに別の好ましい態様では、鉄キレート部位は、オルト位に位置した1つの水酸基と式(I)に示される官能基を有する芳香族環であり、生体不安定鉄を1つの5角形と1つの6角形から形成される安定した配位構造でキレートすることが可能となる。その一例を下記の式(II)に示す。
【化5】
【0016】
さらに別の好ましい態様では、鉄キレート部位は、1つの水酸基と、その両側のオルト位に位置した式(I)に示される2つの官能基を有する芳香族環であり、鉄キレート部位1つあたりにキレート出来る生体不安定鉄の量を増やすことが可能となる。その一例を下記の式(III)に示す。
【化6】
【0017】
高分子骨格とは、鉄キレート部位として作用する芳香族環と共有結合を形成して担体として機能しうる高分子の分子を表し、水に不溶性の高分子であれば任意のものを用いることができる。本発明で好適に使用される高分子骨格には、例えば、(1)ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレンテレフタレート等の公知の非水溶性高分子、(2)架橋して不溶化することの可能な、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン等のアミノ基を有する水溶性高分子、ならびに(3)1級アミン基を有する水不溶性天然高分子が挙げられる。
【0018】
本発明の高分子キレート剤は、高分子骨格と、水酸基である一つないし二つの第一の官能基と、水酸基、カルボン酸基および式(I)に示される官能基から選ばれる一つないし二つの第二の官能基とを有しており、第二の官能基は第一の官能基の少なくとも一方に対してオルト位に位置している芳香族環とが、直接-NH-CH2-結合を介して結合している。上述の高分子骨格と芳香族環とが、直接-NH-CH2-結合を介して結合していることにより、-NH-CO-結合や、-CO-O-結合と比較して、-NH-CH2-結合そのものの耐加水分解性が優れるだけでなく、-NH-CH2-結合は、-CH2-あるいは-CH2-CH2-結合等と異なり、得られる高分子キレートとの親和性の高い親水性の溶媒中で均一に生成させることが可能なため、好ましい。
【0019】
本発明の非水溶性の高分子鉄キレート剤を製造するためには、まず、高分子骨格にアミン基を導入するか、またはアミン基を有する高分子骨格を用意する。ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレンテレフタレート等の公知の非水溶性高分子に、グラフト反応、縮合反応、フリーデルクラフツ反応などの公知の反応方法を利用して、アミノ基を導入することができる。また、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン等のアミノ基を有する水溶性高分子を、キレート部位の導入前、あるいは導入後に架橋反応を行い、鉄キレート部位を損なうことなく不溶化することができる。さらに、1級アミン基を有する水不溶性天然高分子、例えばキトサンが使用可能である。キトサンは、-NH-CH2-結合を介して導入する鉄キレート部位が導入可能な1級アミン基の数(高分子の単位重量あたりの1級アミン含有数)が多く、それ自体が水に不溶なため、特に好ましい。
【0020】
次に、アミン基を有するかまたはアミン基を導入した上記の高分子骨格と、鉄キレート部位である芳香族環のアルデヒド誘導体とを反応させてシッフ塩基を形成した後、これを還元して、高分子骨格と芳香族環との間に-NH-CH2-結合を形成させる。芳香族環のアルデヒド誘導体は、芳香族環上の、高分子と結合させるべき位置にアルデヒド基を有する化合物である。
【0021】
本発明の非水溶性の高分子鉄キレート剤は、例えば、次のようにして製造することができる。
1)5%酢酸とメタノールの混合溶媒中で、キトサンと2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒドを反応させることにより、キトサンのアミノ基と2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒドのアルデヒド基を反応させてシッフ塩基とし、次に得られたゲル状の溶液に水素化ホウ素ナトリウムを結晶性沈殿が生成するまで徐々に加えることにより、シッフ塩基を還元する。この反応により、キトサンと鉄キレート能を有する、2つの水酸基がオルト位に位置する芳香族環が、キトサン側から見て-NH-CH2-結合を介して結合した高分子鉄キレート剤を得ることが出来る。
2)1)において、2,3,-ジヒドロキシベンズアルデヒドに代えて、N,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-(メチル)-グリシン)(Bruce P. Murch, et.al., J. Am. Chem. Soc., 1985, 107 (23), pp 6728−6729に記載の方法により、ホルムアルデヒド水溶液中でパラヒドロキシベンズアルデヒドとN-メチルグリシンを反応させることにより合成できる)を用いることにより、2個の鉄イオンを2つの5員環と、2つの6員環で捕捉することが可能な高分子鉄キレート剤を得ることが出来る(式(III)を参照)。
【0022】
本発明の高分子鉄キレート剤は、生体不安定鉄の除去に特に好適に用いることができる。本発明において、生体不安定鉄とは、トランスフェリンと結合しておらず、かつ人体にとって有害な作用を及ぼす可能性のある鉄イオンのことを意味する。したがって、生体不安定鉄には、例えば、トランスフェリンと結合している鉄(トランスフェリン鉄錯体中の鉄イオン;トランスフェリン結合型鉄)、フェリチンとして肝臓・脾臓・骨髄に存在する貯蔵鉄、赤血球に含まれるヘム(鉄を持つポルフィリン錯化合物)4分子とグロビン(4本のポリペプチド鎖)1分子からなるヘモグロビン、筋肉中にあって酸素分子を代謝に必要な時まで貯蔵する色素タンパク質で1個のヘムを含むミオグロビンなどは含まれない。このような生体不安定鉄である鉄イオンは、通常、生体中では、遊離の状態ではなく、陰イオンと対になった形態や、アミノ酸・ペプチドとキレートを形成していると考えられる。陰イオンとしては、例えば、ヒドロキシイオン(OH)やクエン酸などが結合した化合物などが考えられ、Fe3+・3(OH)、a hydroxy-citrate- (Cit)complex(FeCitOH)、などの形態が考えられる。
【0023】
本発明の高分子鉄キレート剤が鉄イオンに配位した錯体(鉄錯体又は鉄キレート体)は、鉄イオンや高分子鉄キレート剤の吸光波長とは異なる特徴的な吸収波長(吸光波長)を有している。
【0024】
具体的には、本発明の鉄イオンのキレート効果は、例えば、鉄イオンを含む溶液に、本発明の高分子鉄キレート剤を添加し、反応(キレート反応)終了後、高分子鉄キレート剤が呈する色調をキレート反応の前後で比較することで鉄イオンのキレート効果を確認することができる。
【0025】
鉄イオンのキレートに際して用いられる鉄イオンを含む溶液や高分子鉄キレート剤の洗浄液(乾燥状態から湿潤状態に移行するための溶液)やけん濁溶液の溶媒としては、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(Dulbecco’s Phosphate-Buffered Saline: D-PBS(-))、純水(例えば、ミリポア(Millipore)社製の超純水製造装置「ミリQ(Milli-Q)」により作製された純水など;いわゆる「ミリQ水」)などを用いることができる。溶媒は1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0026】
本発明の鉄イオンの捕捉方法としては、本発明の高分子鉄キレート剤を用いて鉄イオンを捕捉することを特徴とする。本発明の高分子鉄キレート剤は、鉄イオン(特に3価の鉄イオン)に対するキレート能が非常に高く、鉄イオンを選択的に捕捉し、系内の鉄イオンの量を効果的に低減させることができる。また、鉄イオンとしての生体不安定鉄も有効に捕捉することができるため、生体内の過剰鉄である生体不安定鉄を有効に捕捉し、過剰鉄による生体への悪影響を低減させることができる。なお、生体内の過剰鉄を捕捉させた後、生体外に除去させることも可能である。
【0027】
具体的に鉄イオンを捕捉する方法は、例えば、鉄イオン含有物に、本発明の高分子鉄キレート剤(又は含有物)を導入する方法、本発明の高分子鉄キレート剤(又は含有物)に、鉄イオン含有物を導入する方法のいずれであってもよい。なお、鉄イオン含有物としては、例えば、鉄イオンを含む液状物を挙げることができ、水性液状物が好適である。また、高分子鉄キレート剤含有物としては、特に制限されず、使用する形態に応じて適宜設定することができ、例えば、高分子鉄キレート剤が分散したけん濁状物、高分子鉄キレート剤を内部に含む水溶性又は水分解性のカプセル状物、高分子鉄キレート剤が固定された固状物(フィルター等)などを例示することができる。
【0028】
本発明の鉄イオンの捕捉方法では、鉄イオンを本発明の高分子鉄キレート剤で直接に捕捉させることが最適であるが、鉄イオンを、一旦、ニトリロ三酢酸(Nitrilotriacetic acid: NTA)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(Hydroxyethylethylene- diaminetriacetic acid: HEDTA)、エチレンジアミン四酢酸(Ethylenediaminetetraacetic acid: EDTA)などの他のキレート剤により錯体化(キレート化)させた後、該錯体中(キレート体中)の鉄イオンを本発明の高分子鉄キレート剤により奪取させることにより、鉄イオンを捕捉することも可能である。
【0029】
なお、本発明の鉄キレート剤は、トランスフェリンに結合している鉄(トランスフェリン結合型鉄)に対してキレート能が低く、トランスフェリン結合型鉄から殆ど鉄イオンを奪取(置換)しない。このため、本発明では、生体中の過剰鉄を捕捉させる場合、生体にとって必要なトランスフェリン結合型鉄から鉄イオンを殆ど又は全く奪取させずに、生体にとって不必要な生体不安定鉄のみを有効に捕捉させることができ、生体中の過剰鉄の低減を有効に図ることができる。
【0030】
なお、本発明の鉄イオンの捕捉方法は、医療用途、工業用途として使用することができる。
【0031】
本発明の高分子鉄キレート剤は、0.001〜1規定の酸、好ましくは0.01〜1規定の酸で洗浄し、鉄イオンを除去することにより、再生することが可能である。高分子鉄キレート剤の再生には、高分子鉄キレート剤を構成する高分子骨格や鉄キレート部位の化学構造に応じて、高分子鉄キレート剤が膨潤しない酸を用いることが好ましい。
【0032】
本明細書において用いる場合、「・・・を含む(comprising)」との表現により表される態様は、「本質的に・・・からなる(essentially consisting of)」との表現により表される態様、ならびに「・・・からなる(consisting of)」との表現により表される態様を包含する。
【0033】
本明細書において明示的に引用される全ての特許および参考文献の内容は全て本明細書に参照として取り込まれる。
【実施例】
【0034】
以下に実施例を示し、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はかかる実施例に何ら限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]
キトサン(ナカライテスク製、クラブシェル由来)700mgと、5-ホルミルサリチル酸(東京化成製)300mgを、5%酢酸溶液50mlとメタノール50mlの混合溶媒に加えた。得られたゲル状の溶液に水素化ホウ素ナトリウム(ナカライテスク製)3gを結晶性沈殿が生成するまで、徐々に加えた。沈殿形成が止まった時点で吸引濾過を行い、その後、水、メタノールで洗浄した。得られた合成物を風乾した後、さらに真空乾燥を行い、700mgの高分子鉄キレート(PC-Carb2)を得た。PC-Carb2の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が5-ホルミルサリチル酸と反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化7】
【0036】
[実施例2]
実施例1のキトサンを500mg、5-ホルミルサリチル酸に代えて、2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成製)を300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として700mgの高分子鉄キレート(PC-Cate1)を得た。PC-Cate1の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒドと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化8】
【0037】
[実施例3]
実施例1に準じて、5-ホルミルサリチル酸に代えて、5-メチル-3-ホルミルサリチル酸を用いて、結晶性の沈殿として高分子鉄キレート(PC-Carb1)を得た。PC-Carb1の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が5-メチル-3-ホルミルサリチル酸と反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化9】
【0038】
[実施例4]
実施例2に準じて、2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒドに代えて、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドを用いて、結晶性の沈殿として高分子鉄キレート(PC-Cate2)を得た。PC-Cate2の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化10】
【0039】
[実施例5]
先述の文献記載の方法により、p-ヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成製)N-メチルグリシン(ナカライテスク製)30%ホルムアルデヒド水溶液(和光純薬製)を使用し、N,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-メチル−グリシン)を合成した。実施例1のキトサンを700mg、5-メチル-3-ホルミルサリチル酸に代えて、合成したN,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-メチル−グリシン)を300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として800mgの高分子鉄キレート(PC-Disa)を得た。PC-Disaの構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2がN,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-メチル-グリシン)と反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化11】
【0040】
[実施例6]
実施例1のキトサンを500mg、5-メチル-3-ホルミルサリチル酸に代えて、2,3,4-トリヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成製)を300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として700mgの高分子鉄キレート(PC-Cate3)を得た。PC-Cate3の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が2,3,4-トリヒドロキシベンズアルデヒドと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化12】
【0041】
[実施例7]
2,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド、イミノ2酢酸、ホルムアルデヒドを原料として、先に示した論文(Bruce P. Murch, et.al., J. Am. Chem. Soc., 1985, 107 (23), pp 6728&#8211;6729)に従い、2,4-ジヒドロキシ-3-ホルミルベンゼン-1-N-(カルボキシメチル)グリシンを、合成した。実施例1の5-メチル-3-ホルミルサリチル酸に代えて、2,4-ジヒドロキシ-3-ホルミルベンゼン-1-N-(カルボキシメチル)グリシン300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として700mgの高分子鉄キレート(PC-Caim1)を得た。PC-Caim1の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が2,4-ジヒドロキシ-3-ホルミルベンゼン-1-N-(カルボキシメチル)グリシンと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化13】
【0042】
[比較例1]
鉄キレート剤として、ニトリロ三酢酸(NTA)の2ナトリウム塩(NTA2Na:商品名「245-022」、nacalai tesque社製)および3ナトリウム塩(NTA3Na:商品名「245-03」、nacalai tesque 社製)を用いた。
【0043】
[比較例2]
鉄キレート剤として、クエン酸(Citric acid anhydrous:商品名「091-09」、nacalai tesqu社製)を用いた。
【0044】
[比較例3]
鉄キレート剤として、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)の3ナトリウム塩(HEDTA3Na:商品名「H2378-100G」Sigma社製)を用いた。
【0045】
[高分子鉄キレート剤の評価A]
鉄に対するキレート能の有無について、下記の評価方法Aにより評価を行った。
【0046】
(高分子鉄キレート剤の調製方法:湿潤方法)
高分子鉄キレート剤20mg(風乾状サンプル)を、14mlのチューブに量り取った後、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS(-)、商品名「045-2975」、Wako社製」)を5ml添加し、室温下にて30分間静かに攪拌し、高分子鉄キレート剤の洗浄を行い、洗浄後のD-PBS(-)は除去した。この洗浄作業を3回繰り返し、湿潤状態の高分子鉄キレート剤を調整した。
【0047】
【表1】
【0048】
(クエン酸鉄錯体溶液の調製方法)
0.1Mクエン酸溶液(pH5.91)5ml、鉄標準液(Fe 100、商品名「091-03851」、Wako社製、鉄濃度は1.78mM Fe)28mlを分取、混合し、4N水酸化ナトリウム で溶液のpHを7.0に調整したのち、ミリQ水で全量を50mlにメスアップした。この暗黄色の溶液のpHは7.29を示した。また、鉄イオンの最濃度1mMに対してクエン酸の終濃度が10mMであることから、鉄:クエン酸のモル比は「1:10」となる。
【0049】
(評価方法A)
クエン酸鉄錯体溶液100μlに対して湿潤状態の高分子鉄キレート剤、PC-Carb2を3.75mg、PC-Cate1を5.50mg をそれぞれ添加し(乾燥状態で1mg相当)、室温、遮光下で30分間インキュベートした。高分子鉄キレート剤の色の変化を観察した。その結果、クエン酸鉄錯体溶液にPC-Carb2を加えると赤橙色の沈殿が生じ、鉄イオンを含まないクエン酸溶液およびD−PBSでは加えたキレート剤には変化が起きず、着色しない。また、クエン酸鉄錯体溶液にPC-Cate1を加えると黒褐色の沈殿が生じ、鉄イオンを含まないクエン酸溶液およびD−PBSでは加えたキレート剤には変化が起きず、着色しない。
【0050】
すなわち、2種類の高分子鉄キレート剤は、それぞれクエン酸鉄錯体より鉄イオンを奪取する能力を有することが確認された。
【0051】
また、実施例3〜7の高分子鉄キレート剤についても、同様のクエン酸鉄錯体より鉄イオンを奪取する能力を有することを確認した。
【0052】
次に、本発明の高分子鉄キレート剤の再利用可能性を調べた。鉄イオンを完全に取り込んだ高分子鉄キレート(黒色、Fe-Cate3、500mg)を、50mlの0.5N 塩酸溶液に加えると脱色した(薄い褐色の沈殿)。この際、再生したFe-Cate3には膨潤は見られなかった。これを一度ろ過して、再度クエン酸鉄錯体溶液に浸すと、再度黒褐色の沈殿が生じた。このようにして、鉄イオンの取り込みと放出を4〜5回繰り返すことができた。
【0053】
[高分子鉄キレート剤の評価B]
高分子鉄キレート剤が低分子鉄錯体(クエン酸鉄錯体)から鉄イオンを奪取する効果を有することが確認された一方で、トランスフェリン鉄錯体(トランスフェリンが鉄イオンにキレートしたトランスフェリン鉄錯体)より鉄を奪取する効果が無いかあるいはほとんど無い状態のキレート剤である必要がある。そこで当該高分子鉄キレート剤がトランスフェリン鉄錯体から鉄イオンを奪取する能力があるか否かについて評価を行った。
【0054】
(鉄キレート剤溶液の調製方法)
比較例3に係る鉄キレート剤であるHEDTAの800mM溶液を調製した。結晶13.76gを50-mLのコニカルチューブに分取し、ミリQ水25mlを加え溶解した後、濃塩酸(35〜37%)を用いてpH7.0に調整し、ミリQ水で全量を50mlとした(「HEDTA溶液(800mM)」)。D-PBS(-)を用いて、HEDTAの濃度が50mMのHEDTA溶液(「HEDTA溶液(50mM)」)を調製した。
【0055】
(ニトリロ三酢酸溶液の調製方法)
比較例1に係る鉄キレート剤であるNTA2NaおよびNTA3Naを用いて800mM溶液(pH7.0)を調製した。NTA2Na 9.4gをミリQ水に溶解し全量を50mlとした(「NTA2Na溶液(800mM)」)。一方、NTA3Na 11.0g をミリQ水に溶解し全量を50mlとした(「NTA3Na溶液(800mM)」)。NTA2Na溶液(800mM)(pH6.3)とNTA3Na溶液(800mM)(pH11.3)とを混合しpH7.0の800mM NTA溶液を調製した。D-PBS(-)を用いて、50mMのNTA溶液(「NTA溶液(50mM)」)を調製した。
【0056】
(トランスフェリン鉄錯体の調製方法)
市販されているトランスフェリン鉄錯体(holo-Transferrin(hTf)、human、Code T0665-100MG、Lot 038K1350、Sigma社製)を、D-PBS(-)に溶解させて、50μMのhTf溶液を調製した。この時、トランスフェリンに結合している鉄濃度は2倍の100μMとなる。
【0057】
(評価方法B)
50μMのhTf溶液 50μlを1.5-mLのサンプル・チューブに分取し、これに、各鉄キレート剤溶液(HEDTA溶液(50mM)およびNTA溶液(50mM))をそれぞれ50μl添加し、室温、遮光下で30分間静置した。各種反応液50μlを遠心式の限外ろ過ユニット(商品名「UFC8030」、 Millipore社製)に分取し、そこにD-PBS(-) 450μlを添加し、3,000 rpm、1時間、20°Cで遠心を行い、トランスフェリンと低分子の各鉄キレート剤とを分離した(1回目)。遠心後、ろ過液は廃棄した。ユニットに濃縮されたトランスフェリンを含む溶液(約50μl残る)に再度D-PBS(-) 450μlを添加し同一条件で遠心分離を行った(2回目)。2回目の遠心処理後にユニット内に濃縮されたトランスフェリンを含む溶液を回収し、分光光度計(商品名「Spectrophotometer DU 640」Beckman Coulter社製)を用いて、波長466nm(hTfの最大吸収波長)の吸光度を測定した。一方、高分子鉄キレート剤に関しては、50μMのhTf溶液 100μlを1.5-mLのサンプル・チューブに分取し、これに、湿潤状態の高分子鉄キレート剤をそれぞれPC-Carb2 7.5mg(乾燥状態で2mgに相当)およびPC-Cate1 11.0mg(乾燥状態で2mgに相当)を添加し、室温、遮光下で30分間インキュベートした。15,000 rpm、1分間、20°Cで遠心を行い、トランスフェリンを含む上清を回収し、分光光度計を用いてhTfの最大吸収波長における吸光度を測定した。評価結果を表2および表3に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
表2より、実施例に係る高分子鉄キレート剤は、トランスフェリン鉄錯体溶液に添加しても、吸光度(波長466nm)の変化が少なく、トランスフェリン鉄錯体より鉄イオンをほとんど奪取しないことが確認された。
【0061】
[高分子鉄キレート剤の評価C]
高分子鉄キレート剤を用いて血清を前処理することで、血中NTBIを除去できるか否かについて検討を加えた。NTBI測定方法は従来の方法を改良し「Subtraction法」を採用した。試料を2つに分けることで、一方をバックグラウンドを含んだ全鉄濃度測定用試料[A]とし、もう片方をバックグラウンドの鉄濃度測定用試料[B]としてそれぞれ鉄濃度を求め、全鉄濃度[A]よりバックグラウンドの鉄濃度[B]を差し引くことで真の鉄濃度(NTBI)を求めることができる。
【0062】
(試料の前処置)
試料の前処置方法を図2に示した。凍結保存の試料(血清)を速やかに解凍し、使用時まで氷中で冷蔵保存した。解凍した試料より500μlを1.5-mLサンプル・チューブに分取し、そこに、湿潤状態の高分子鉄キレート剤、PC-Cate1 11.0mgあるいはPC-Carb2 7.5mgを添加し(乾燥状態で2mg相当)、室温、30分間インキュベートした。15,000 rpm、1分間、20°Cで遠心を行い、上清の血清を回収した。新しい1.5-mLサンプル・チューブに血清450μlを分取し、そこに5mM [Na3Co(CO3)3]・3H2Oを50μl添加した。37°Cの恒温槽にて静置し、アポトランスフェリン(apotransferrin)の鉄結合サイトにコバルト・イオンを導入した。1時間後、試料を37°Cの恒温槽より取り出し、新たに用意した1.5-mLサンプル・チューブ2本にコバルト・イオン処理した試料をそれぞれ225μlずつ分注した。一本のサンプル・チューブに80mM NTA・3Na溶液25μlを添加し(試料A)、もう一本のサンプル・チューブには80mM NTA・3Na溶液を調製した際の溶媒を25μl添加した(試料B)。室温下で30分間静置し、非トランスフェリン結合鉄(Non-transferrin-bound iron: NTBI)をFe-NTA錯体としてスカベンジした。次に試料中の鉄結合蛋白質であるトランスフェリン、フェリチンや発色蛋白質のビリルビンからFe-NTAを分離する目的で分画分子量10,000の限外ろ過ユニットに試料を添加し、14,000xg、1時間、20°Cで遠心分離し、限外ろ過液を回収した。試料Aおよび試料Bのそれぞれの限外ろ過液20μlを非金属HPLCにインジェクトした。
【0063】
HPLCによるNTBIの定量:
装置:Nonmetallic PEEK(polyether-ethylketone) チューブを用いた2796 BioSeparation Module、2998 Photodiode Array検出器(Waters社製)に、OmniSher 5C18ガラス・カラム(G100x3 Repl、Varian社製)、ChromSepガード・カラム(Varian社製)を装着した Non-metal HPLCシステムを構築した。
移動相:5mM MOPS(同仁化学)、3mM CP22(Biochemical Pharmacology 57:1305-1310, 1999に掲載されている発色性キレート剤、依頼合成)、20%アセトニトリル(和光純薬)溶液を調製し、濾過フィルター・ユニット:Stericup&Steritop(商品名「SCHVU05RE」、ミリポア社製)にてろ過と脱気処理を行った。
定量:鉄濃度を算出するための標準曲線には電気加熱原子吸光法にて鉄濃度を決定したFe-NTA溶液を用い、鉄濃度で0〜10μMの範囲の標準曲線を得た。試料Aおよび試料Bの各限外ろ過液20μlをインジェクトし、標準曲線を求める際に用いたFe-NTAがFe-CP22として検出される位置(検出器の波長を450nmとする)に相当するピークより鉄濃度を求め、試料Aの鉄濃度(バックグラウンドを含んだ全鉄濃度)より試料Bの鉄濃度(バックグラウンドとしての鉄濃度)を差し引いた値を試料中のNTBIとして算出した。図2にサブトラクション法の概要図を示す。
【0064】
(評価方法C)
対象として、高分子鉄キレート剤処理を行わなかった血清のNTBI濃度を求め、これに対して、高分子鉄キレート剤PC-Carb2ないしはPC-Cate1処理後の血清のNTBI濃度の変動を比較検討したところ、未処理血清のNTBI濃度が1.325μMであったのに対して、PC-Carb2処理した血清のNTBI濃度は0.805μM、PC-Cate1処理した血清のNTBI濃度は0.565μMであった。血清NTBIのHPLC検出パターンを図3図4ならびに図5に示し、評価結果を表4にまとめた。
【0065】
【表4】
【0066】
今回設定した高分子鉄キレート剤の血清に対する処理条件、血清500μlに対して乾燥重量に換算して2mg相当の高分子鉄キレート剤を添加し、室温、30分間反応させた条件において、血清中のNTBIを吸収除去することが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の非水溶性の高分子鉄キレート剤は、非水溶性であるため、体内の代謝プロセスに取り込まれる可能性が皆無で、鉄イオンに対して選択的にキレートが可能であり、特に生体不安定鉄に対して有効に作用する点、さらに、遠心操作により簡単に高分子鉄キレート剤を試料より分離することができ、一度結合した鉄イオンを除去することにより再生して繰り返し鉄イオンをキレート出来る点は、産業上極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5