【実施例】
【0034】
以下に実施例を示し、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はかかる実施例に何ら限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]
キトサン(ナカライテスク製、クラブシェル由来)700mgと、5-ホルミルサリチル酸(東京化成製)300mgを、5%酢酸溶液50mlとメタノール50mlの混合溶媒に加えた。得られたゲル状の溶液に水素化ホウ素ナトリウム(ナカライテスク製)3gを結晶性沈殿が生成するまで、徐々に加えた。沈殿形成が止まった時点で吸引濾過を行い、その後、水、メタノールで洗浄した。得られた合成物を風乾した後、さらに真空乾燥を行い、700mgの高分子鉄キレート(PC-Carb2)を得た。PC-Carb2の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が5-ホルミルサリチル酸と反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化7】
【0036】
[実施例2]
実施例1のキトサンを500mg、5-ホルミルサリチル酸に代えて、2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成製)を300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として700mgの高分子鉄キレート(PC-Cate1)を得た。PC-Cate1の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒドと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化8】
【0037】
[実施例3]
実施例1に準じて、5-ホルミルサリチル酸に代えて、5-メチル-3-ホルミルサリチル酸を用いて、結晶性の沈殿として高分子鉄キレート(PC-Carb1)を得た。PC-Carb1の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が5-メチル-3-ホルミルサリチル酸と反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化9】
【0038】
[実施例4]
実施例2に準じて、2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒドに代えて、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドを用いて、結晶性の沈殿として高分子鉄キレート(PC-Cate2)を得た。PC-Cate2の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化10】
【0039】
[実施例5]
先述の文献記載の方法により、p-ヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成製)N-メチルグリシン(ナカライテスク製)30%ホルムアルデヒド水溶液(和光純薬製)を使用し、N,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-メチル−グリシン)を合成した。実施例1のキトサンを700mg、5-メチル-3-ホルミルサリチル酸に代えて、合成したN,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-メチル−グリシン)を300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として800mgの高分子鉄キレート(PC-Disa)を得た。PC-Disaの構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2がN,N’-(2-ヒドロキシ-5-ホルミル-1,3-ジキシレン)ビス(N-メチル-グリシン)と反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化11】
【0040】
[実施例6]
実施例1のキトサンを500mg、5-メチル-3-ホルミルサリチル酸に代えて、2,3,4-トリヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成製)を300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として700mgの高分子鉄キレート(PC-Cate3)を得た。PC-Cate3の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が2,3,4-トリヒドロキシベンズアルデヒドと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化12】
【0041】
[実施例7]
2,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド、イミノ2酢酸、ホルムアルデヒドを原料として、先に示した論文(Bruce P. Murch, et.al., J. Am. Chem. Soc., 1985, 107 (23), pp 6728–6729)に従い、2,4-ジヒドロキシ-3-ホルミルベンゼン-1-N-(カルボキシメチル)グリシンを、合成した。実施例1の5-メチル-3-ホルミルサリチル酸に代えて、2,4-ジヒドロキシ-3-ホルミルベンゼン-1-N-(カルボキシメチル)グリシン300mg用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、結晶性の沈殿として700mgの高分子鉄キレート(PC-Caim1)を得た。PC-Caim1の構造式を下記に示す。仕込み比から、キトサン中のアミノ基の1/2が2,4-ジヒドロキシ-3-ホルミルベンゼン-1-N-(カルボキシメチル)グリシンと反応し、キレートに置き換わっているものと推定される。
【化13】
【0042】
[比較例1]
鉄キレート剤として、ニトリロ三酢酸(NTA)の2ナトリウム塩(NTA2Na:商品名「245-022」、nacalai tesque社製)および3ナトリウム塩(NTA3Na:商品名「245-03」、nacalai tesque 社製)を用いた。
【0043】
[比較例2]
鉄キレート剤として、クエン酸(Citric acid anhydrous:商品名「091-09」、nacalai tesqu社製)を用いた。
【0044】
[比較例3]
鉄キレート剤として、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)の3ナトリウム塩(HEDTA3Na:商品名「H2378-100G」Sigma社製)を用いた。
【0045】
[高分子鉄キレート剤の評価A]
鉄に対するキレート能の有無について、下記の評価方法Aにより評価を行った。
【0046】
(高分子鉄キレート剤の調製方法:湿潤方法)
高分子鉄キレート剤20mg(風乾状サンプル)を、14mlのチューブに量り取った後、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS(-)、商品名「045-2975」、Wako社製」)を5ml添加し、室温下にて30分間静かに攪拌し、高分子鉄キレート剤の洗浄を行い、洗浄後のD-PBS(-)は除去した。この洗浄作業を3回繰り返し、湿潤状態の高分子鉄キレート剤を調整した。
【0047】
【表1】
【0048】
(クエン酸鉄錯体溶液の調製方法)
0.1Mクエン酸溶液(pH5.91)5ml、鉄標準液(Fe 100、商品名「091-03851」、Wako社製、鉄濃度は1.78mM Fe)28mlを分取、混合し、4N水酸化ナトリウム で溶液のpHを7.0に調整したのち、ミリQ水で全量を50mlにメスアップした。この暗黄色の溶液のpHは7.29を示した。また、鉄イオンの最濃度1mMに対してクエン酸の終濃度が10mMであることから、鉄:クエン酸のモル比は「1:10」となる。
【0049】
(評価方法A)
クエン酸鉄錯体溶液100μlに対して湿潤状態の高分子鉄キレート剤、PC-Carb2を3.75mg、PC-Cate1を5.50mg をそれぞれ添加し(乾燥状態で1mg相当)、室温、遮光下で30分間インキュベートした。高分子鉄キレート剤の色の変化を観察した。その結果、クエン酸鉄錯体溶液にPC-Carb2を加えると赤橙色の沈殿が生じ、鉄イオンを含まないクエン酸溶液およびD−PBSでは加えたキレート剤には変化が起きず、着色しない。また、クエン酸鉄錯体溶液にPC-Cate1を加えると黒褐色の沈殿が生じ、鉄イオンを含まないクエン酸溶液およびD−PBSでは加えたキレート剤には変化が起きず、着色しない。
【0050】
すなわち、2種類の高分子鉄キレート剤は、それぞれクエン酸鉄錯体より鉄イオンを奪取する能力を有することが確認された。
【0051】
また、実施例3〜7の高分子鉄キレート剤についても、同様のクエン酸鉄錯体より鉄イオンを奪取する能力を有することを確認した。
【0052】
次に、本発明の高分子鉄キレート剤の再利用可能性を調べた。鉄イオンを完全に取り込んだ高分子鉄キレート(黒色、Fe-Cate3、500mg)を、50mlの0.5N 塩酸溶液に加えると脱色した(薄い褐色の沈殿)。この際、再生したFe-Cate3には膨潤は見られなかった。これを一度ろ過して、再度クエン酸鉄錯体溶液に浸すと、再度黒褐色の沈殿が生じた。このようにして、鉄イオンの取り込みと放出を4〜5回繰り返すことができた。
【0053】
[高分子鉄キレート剤の評価B]
高分子鉄キレート剤が低分子鉄錯体(クエン酸鉄錯体)から鉄イオンを奪取する効果を有することが確認された一方で、トランスフェリン鉄錯体(トランスフェリンが鉄イオンにキレートしたトランスフェリン鉄錯体)より鉄を奪取する効果が無いかあるいはほとんど無い状態のキレート剤である必要がある。そこで当該高分子鉄キレート剤がトランスフェリン鉄錯体から鉄イオンを奪取する能力があるか否かについて評価を行った。
【0054】
(鉄キレート剤溶液の調製方法)
比較例3に係る鉄キレート剤であるHEDTAの800mM溶液を調製した。結晶13.76gを50-mLのコニカルチューブに分取し、ミリQ水25mlを加え溶解した後、濃塩酸(35〜37%)を用いてpH7.0に調整し、ミリQ水で全量を50mlとした(「HEDTA溶液(800mM)」)。D-PBS(-)を用いて、HEDTAの濃度が50mMのHEDTA溶液(「HEDTA溶液(50mM)」)を調製した。
【0055】
(ニトリロ三酢酸溶液の調製方法)
比較例1に係る鉄キレート剤であるNTA2NaおよびNTA3Naを用いて800mM溶液(pH7.0)を調製した。NTA2Na 9.4gをミリQ水に溶解し全量を50mlとした(「NTA2Na溶液(800mM)」)。一方、NTA3Na 11.0g をミリQ水に溶解し全量を50mlとした(「NTA3Na溶液(800mM)」)。NTA2Na溶液(800mM)(pH6.3)とNTA3Na溶液(800mM)(pH11.3)とを混合しpH7.0の800mM NTA溶液を調製した。D-PBS(-)を用いて、50mMのNTA溶液(「NTA溶液(50mM)」)を調製した。
【0056】
(トランスフェリン鉄錯体の調製方法)
市販されているトランスフェリン鉄錯体(holo-Transferrin(hTf)、human、Code T0665-100MG、Lot 038K1350、Sigma社製)を、D-PBS(-)に溶解させて、50μMのhTf溶液を調製した。この時、トランスフェリンに結合している鉄濃度は2倍の100μMとなる。
【0057】
(評価方法B)
50μMのhTf溶液 50μlを1.5-mLのサンプル・チューブに分取し、これに、各鉄キレート剤溶液(HEDTA溶液(50mM)およびNTA溶液(50mM))をそれぞれ50μl添加し、室温、遮光下で30分間静置した。各種反応液50μlを遠心式の限外ろ過ユニット(商品名「UFC8030」、 Millipore社製)に分取し、そこにD-PBS(-) 450μlを添加し、3,000 rpm、1時間、20°Cで遠心を行い、トランスフェリンと低分子の各鉄キレート剤とを分離した(1回目)。遠心後、ろ過液は廃棄した。ユニットに濃縮されたトランスフェリンを含む溶液(約50μl残る)に再度D-PBS(-) 450μlを添加し同一条件で遠心分離を行った(2回目)。2回目の遠心処理後にユニット内に濃縮されたトランスフェリンを含む溶液を回収し、分光光度計(商品名「Spectrophotometer DU 640」Beckman Coulter社製)を用いて、波長466nm(hTfの最大吸収波長)の吸光度を測定した。一方、高分子鉄キレート剤に関しては、50μMのhTf溶液 100μlを1.5-mLのサンプル・チューブに分取し、これに、湿潤状態の高分子鉄キレート剤をそれぞれPC-Carb2 7.5mg(乾燥状態で2mgに相当)およびPC-Cate1 11.0mg(乾燥状態で2mgに相当)を添加し、室温、遮光下で30分間インキュベートした。15,000 rpm、1分間、20°Cで遠心を行い、トランスフェリンを含む上清を回収し、分光光度計を用いてhTfの最大吸収波長における吸光度を測定した。評価結果を表2および表3に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
表2より、実施例に係る高分子鉄キレート剤は、トランスフェリン鉄錯体溶液に添加しても、吸光度(波長466nm)の変化が少なく、トランスフェリン鉄錯体より鉄イオンをほとんど奪取しないことが確認された。
【0061】
[高分子鉄キレート剤の評価C]
高分子鉄キレート剤を用いて血清を前処理することで、血中NTBIを除去できるか否かについて検討を加えた。NTBI測定方法は従来の方法を改良し「Subtraction法」を採用した。試料を2つに分けることで、一方をバックグラウンドを含んだ全鉄濃度測定用試料[A]とし、もう片方をバックグラウンドの鉄濃度測定用試料[B]としてそれぞれ鉄濃度を求め、全鉄濃度[A]よりバックグラウンドの鉄濃度[B]を差し引くことで真の鉄濃度(NTBI)を求めることができる。
【0062】
(試料の前処置)
試料の前処置方法を
図2に示した。凍結保存の試料(血清)を速やかに解凍し、使用時まで氷中で冷蔵保存した。解凍した試料より500μlを1.5-mLサンプル・チューブに分取し、そこに、湿潤状態の高分子鉄キレート剤、PC-Cate1 11.0mgあるいはPC-Carb2 7.5mgを添加し(乾燥状態で2mg相当)、室温、30分間インキュベートした。15,000 rpm、1分間、20°Cで遠心を行い、上清の血清を回収した。新しい1.5-mLサンプル・チューブに血清450μlを分取し、そこに5mM [Na
3Co(CO
3)
3]・3H
2Oを50μl添加した。37°Cの恒温槽にて静置し、アポトランスフェリン(apotransferrin)の鉄結合サイトにコバルト・イオンを導入した。1時間後、試料を37°Cの恒温槽より取り出し、新たに用意した1.5-mLサンプル・チューブ2本にコバルト・イオン処理した試料をそれぞれ225μlずつ分注した。一本のサンプル・チューブに80mM NTA・3Na溶液25μlを添加し(試料A)、もう一本のサンプル・チューブには80mM NTA・3Na溶液を調製した際の溶媒を25μl添加した(試料B)。室温下で30分間静置し、非トランスフェリン結合鉄(Non-transferrin-bound iron: NTBI)をFe-NTA錯体としてスカベンジした。次に試料中の鉄結合蛋白質であるトランスフェリン、フェリチンや発色蛋白質のビリルビンからFe-NTAを分離する目的で分画分子量10,000の限外ろ過ユニットに試料を添加し、14,000xg、1時間、20°Cで遠心分離し、限外ろ過液を回収した。試料Aおよび試料Bのそれぞれの限外ろ過液20μlを非金属HPLCにインジェクトした。
【0063】
HPLCによるNTBIの定量:
装置:Nonmetallic PEEK(polyether-ethylketone) チューブを用いた2796 BioSeparation Module、2998 Photodiode Array検出器(Waters社製)に、OmniSher 5C18ガラス・カラム(G100x3 Repl、Varian社製)、ChromSepガード・カラム(Varian社製)を装着した Non-metal HPLCシステムを構築した。
移動相:5mM MOPS(同仁化学)、3mM CP22(Biochemical Pharmacology 57:1305-1310, 1999に掲載されている発色性キレート剤、依頼合成)、20%アセトニトリル(和光純薬)溶液を調製し、濾過フィルター・ユニット:Stericup&Steritop(商品名「SCHVU05RE」、ミリポア社製)にてろ過と脱気処理を行った。
定量:鉄濃度を算出するための標準曲線には電気加熱原子吸光法にて鉄濃度を決定したFe-NTA溶液を用い、鉄濃度で0〜10μMの範囲の標準曲線を得た。試料Aおよび試料Bの各限外ろ過液20μlをインジェクトし、標準曲線を求める際に用いたFe-NTAがFe-CP22として検出される位置(検出器の波長を450nmとする)に相当するピークより鉄濃度を求め、試料Aの鉄濃度(バックグラウンドを含んだ全鉄濃度)より試料Bの鉄濃度(バックグラウンドとしての鉄濃度)を差し引いた値を試料中のNTBIとして算出した。
図2にサブトラクション法の概要図を示す。
【0064】
(評価方法C)
対象として、高分子鉄キレート剤処理を行わなかった血清のNTBI濃度を求め、これに対して、高分子鉄キレート剤PC-Carb2ないしはPC-Cate1処理後の血清のNTBI濃度の変動を比較検討したところ、未処理血清のNTBI濃度が1.325μMであったのに対して、PC-Carb2処理した血清のNTBI濃度は0.805μM、PC-Cate1処理した血清のNTBI濃度は0.565μMであった。血清NTBIのHPLC検出パターンを
図3、
図4ならびに
図5に示し、評価結果を表4にまとめた。
【0065】
【表4】
【0066】
今回設定した高分子鉄キレート剤の血清に対する処理条件、血清500μlに対して乾燥重量に換算して2mg相当の高分子鉄キレート剤を添加し、室温、30分間反応させた条件において、血清中のNTBIを吸収除去することが可能であることが確認された。