【実施例】
【0048】
(評価実験1)
シャント血管表面に形成される切痕の形と大きさを明らかにするために、16Gの鋭い尖端を有する通常穿刺針で、傾斜端面を上向きに表面に対して30°の角度で白紙を穿刺して、穿刺方向に対して後方に凸の切痕(切痕106に相当)を作製した。一方、その横には、鋭い尖端を有し、更に、当該尖端が穿刺針の内腔に向かって湾曲している16Gの穿刺針で、当該穿刺針の傾斜端面を下向きに、表面に対して30°の角度で白紙を穿刺して、穿刺方向に対して前方に凸の切痕(切痕111に相当)を作製した。二つの切痕106、111の間には、対照としてカッターナイフにより幅が4mmのスリットを作製した。その後、二つの切痕106、111において、フラップ部分を裏返したうえで、黒い紙を重ね合わせ、切痕が作製されている紙を拡大複写した。そして、これを基に、切痕106、111の具体的な形と大きさを明らかにした。
図8には、通常穿刺針を用いて通常の方法で作製した切痕の拡大複写
図P1と、尖端が穿刺針の内腔に向かって湾曲している穿刺針を、傾斜端面を下向きにして作成した切痕の拡大複写
図P2を、スリットの拡大複写図とともに示す。
【0049】
図9(a)には、上記の拡大複写図を基に明らかにした、穿刺方向に対して後方に凸の切痕106のサイズを示し、
図9(b)には、穿刺方向に対して前方に凸の切痕111のサイズを示す。通常穿刺針による切痕106の曲率半径は0.79mm、弦の長さは1.30mm、底点106bから弦までの距離は0.36mmであり、尖端が中心軸方向に湾曲している穿刺針による切痕111の曲率半径は1.20mm、弦の長さは1.25mm、底点111bから弦までの距離は0.21mmであった。
【0050】
(評価実験2)
ボタンホール穿刺時には、ダルニードルの先端でフラップを押圧することにより、癒着している切痕に応力を発生させて、切痕の両側のシャント血管壁を引き離し、穿刺孔を開く。その際に、切痕を跨いで、フラップ部分ではないシャント血管壁を押圧するダルニードルの先端部分の比率が少なくなるようにするためには、シャント血管壁にめり込んで、シャント血管壁に触れる、ダルニードルの先端部分の長さは短い方がよい。ところで、
図2、
図3、
図4に示すように、本発明におけるダルニードル10の傾斜端面20aからは、突出板21が突出している。そして、
図10(b)に示す、ダルニードル10の先端部21aから一定距離における突出板21の横幅21dは、
図10(a)に示す、従来のダルニードル115の先端部115bから同距離における傾斜端面115aの横幅115dよりも小さく形成されている。したがって、従来のダルニードル115の先端あるいは本発明におけるダルニードル10の先端により、
図7(a)に示すシャント血管103上のフラップ108の上の最適押圧点108bをシャント血管内圧以上の強さで押え、あるいは、
図7(b)に示すシャント血管103上のフラップ110の上の初期押圧点110bをシャント血管内圧以上の強さで押えた場合、本発明のダルニードル10においては、従来のダルニードル115よりも、シャント血管壁にめり込んで、シャント血管壁に接する先端部の長さが短くなる。したがって、本発明におけるダルニードル10では、ダルニードル10の先端が切痕106あるいは切痕111を跨いで切痕106あるいは切痕111の両側でシャント血管壁を押圧するという現象が生じにくい。
【0051】
評価実験2は、上記の記載内容を確認するための実験である。すなわち、評価実験2は、従来のダルニードル115の先端、あるいは本発明におけるダルニードル10の先端により、シャント血管壁をシャント血管内圧以上の強さで押えた場合に、本発明のダルニードル10においては、従来のダルニードル115よりも、シャント血管壁に接する先端部の長さが、実際に短くなることを確認するための実験である。
【0052】
シャント血管が著しく怒張している部分では、皮膚は非薄化しており、更に、シャント血管壁と皮膚との間には、ほとんど皮下組織が存在しない。したがって、この部位において、ダルニードルの先端により、皮膚を押圧すると、直接シャント血管壁を押圧した時にダルニードルの先端がシャント血管壁にめり込むのと同程度に、ダルニードルの先端が皮膚にめり込む。すなわち、この部分をダルニードルの先端で押圧して、皮膚に触れるダルニードルの先端の長さを評価することにより、仮に、ダルニードルの先端により、シャント血管壁を直接押圧した時に、ダルニードルの先端が触れるシャント血管壁の長さを推定することができる。
【0053】
この実験のために、横断面の外径が1.6mmで、突出板21の横幅が0.8mmである本発明に係るダルニードル10と、横断面の外径が同様に1.6mmであり、傾斜端面が楕円形であって、突出板21がない従来のダルニードルが準備された。そして、それぞれのダルニードルの先端には墨汁が塗られた。シャント血管が前腕にあり、かつ、シャント血管が怒張して蛇行している10名の透析患者において、まず、怒張して蛇行しているシャント血管の直上の皮膚表面に、物差しとして1mmの長さの細いテープを貼り付けた。次に、シャント血管のある側の上腕を駆血帯で駆血し、その後、本発明に係るダルニードル10および従来のダルニードル115のそれぞれの先端により、術者の感覚においてダルニードルを穿刺孔に挿入するときに加える力とほぼ等しい力で、かつ30°の角度で、物差しとして張り付けられた前記テープの傍の部位で皮膚表面を押圧した。そして、その後、怒張して蛇行しているシャント血管の直上の皮膚を拡大鏡を使用して観察し、物差しとしての前記テープの長さと、ダルニードルの先端で押圧することにより生じた、それぞれの墨汁の染みの長さとを比較することにより、目視でそれぞれの墨汁の染みの長さを評価した。
【0054】
評価実験2の結果では、従来のダルニードルでは、墨汁の染みの長さが1.2mmであったのに対し、本発明におけるダルニードルでは、墨汁の染みの長さは0.8mmと、従来のダルニードルにおけるよりも、皮膚に触れる先端の長さが短かった。
【0055】
ところで、
図9(a)及び
図5(a)に示すように、穿刺方向Xに対して後方に凸の切痕106による穿刺孔107においては、最適押圧部位108bを通る弦106cの長さは0.76mmであり、一方、
図9(b)、
図5(b)に示すように、穿刺方向に対して前方に凸の切痕111による穿刺孔109においては、初期押圧部位110bを通る弦111cの長さは0.96mmと、いずれの穿刺孔においても、押圧部位の横径は、ダルニードル10の突出板21の横幅とほぼ等しかった。したがって、従来のダルニードルであっても、本発明のダルニードルであっても、ダルニードルが押圧するフラップの部位が、フラップの中央から左右いずれかに僅かにでもズレていると、ダルニードルの先端部はフラップだけでなく、切痕を跨いでフラップの反対側のシャント血管壁をも圧迫する。この時、フラップを押圧する先端部の長さが、切痕を跨いでフラップの反対側のシャント血管壁を押圧する先端部の長さよりも長ければ、両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがし易い。さて、本発明のダルニードルでは、シャント血管壁と接触する先端部の長さが、通常のダルニードルよりも短い。ゆえに、本発明におけるダルニードルでは、従来のダルニードルにおけるよりも、フラップを押し下げて穿刺孔を開くために、ダルニードルの先端が押圧すべきフラップ108上の範囲が広いと思われる。
【0056】
例えば、仮に、フラップ108を押し下げて穿刺孔107を開くためには、シャント血管壁に接するダルニードルの先端部の長さの最低でも2/3以上がフラップ108上になければならないとすると、従来のダルニードル115では、墨汁の染みの長さ、すなわち、シャント血管壁に接している先端部の長さである1.2mmのうち0.8mmでフラップ108を押圧していなければならない。そうするためには、ダルニードルの先端部は、切痕106から0.2mmだけフラップ側のシャント血管壁表面を押圧していなければならないことになる。つまり、切痕106の左脚と右脚とから、それぞれ0.2mm以内の範囲を除いた、フラップ108上の残りの範囲を押圧すれば、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすことができることになる。したがって、フィブリン糊を引きはがすために押圧すべきフラップ108上の範囲は、最適押圧部位108bにおけるフラップ108の横幅である0.76mmから0.2mmずつを差っ引いた0.36mmとなる。一方、本発明におけるダルニードル10でも、同様に、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすためには、シャント血管壁に接する先端部の長さの最低でも2/3以上がフラップ108上になければならないとすると、墨汁の染みの長さ、すなわち、シャント血管壁に接している先端部の長さである0.8mmのうち0.53mmでフラップ108を押圧していなければならない。そして、この時、ダルニードルの先端部は、切痕106から0.13mm以内の範囲を除いた、フラップ108上の残りの範囲を押圧すれば、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすことができることになる。したがって、フィブリン糊を引きはがすために押圧すべきフラップ108上の範囲は、最適押圧部位108bにおけるフラップ108の横幅である0.76mmから0.13mmずつを差っ引いた0.5mmとなる。
【0057】
実際には、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがし、以て、フラップ108を押し下げて穿刺孔107を開くためには、シャント血管壁に接する先端部の長さのどの程度がフラップ108上になければならないのかは、正確には不明である。しかし、切痕106の両側のシャント血管壁を癒着させているフィブリン糊を引きはがすために、先端部の全長に占めるフラップ108上になければならない先端部の長さの比率がどれだけであろうと、フィブリン糊を引きはがすために押圧すべきフラップ108上の範囲は、本発明におけるダルニードルで、従来のダルニードルにおけるよりも広いことは明らかである。
【0058】
(評価実験3)
ダルニードルの先端部が穿刺孔内において、中央線の左右いずれかに僅かにであってもずれていると、ダルニードルの先端をシャント血管の奥の方に押し進めていくうちに、ダルニードルの傾斜端面の側縁が穿刺孔の縁に当たり、穿刺孔の縁を外側に押圧し、以て、ダルニードルの傾斜端面の側縁と穿刺孔の縁との間に摩擦が生じることとなる。とくに、ダルニードルの挿入方向において前方に向かって湾曲している穿刺孔109においては、ダルニードルの挿入方向において、前方に行くほど、穿刺孔の横径が小さくなって行くので、この現象が出現しやすい。
【0059】
本発明におけるダルニードル10においては、
図3および
図10(b)に示すように、ダルニードル10の傾斜端面20aの外周縁部分のうち、先端部21aから左右に続く部分が、上面から見て、それぞれ直線状の側縁21c、20cになっている。したがって、本発明におけるダルニードル10においては、次の述べる理由により、
図10(a)に示す、従来のダルニードル115に比べて、上記の現象が出現しにくい。
【0060】
図10(a)に示すように、従来のダルニードル115では、先端部の縁115cは楕円形の傾斜端面115aの周辺縁の一部である。そして、
図11(a)に示すように、ダルニードル115の先端部を穿刺孔109の奥の方に押し進める力FC1は、ダルニードル115の傾斜端面115aの側縁が穿刺孔109の縁に接触する点Q1において、傾斜端面の形状である楕円形の当該点における接線L1に対して直角の方向の力の成分、すなわち穿刺孔の縁を押す力の成分FC2と、接線L1に沿って穿刺孔109の中心方向への力の成分、すなわちダルニードル115を穿刺孔109の中心線Cの方向に戻そうとする力の成分FC3に分けられる。一方、本発明におけるダルニードル10では、
図10(b)に示すように、穿刺孔109の縁を押圧する先端部の側縁21c、20cは、円弧状の先端部21aに続く直線状の縁である。そして、
図11(b)に示すように、ダルニードル10の先端部を穿刺孔109の奥の方に押し進める力FN1は、ダルニードル10の先端部が穿刺孔109の縁に接触する点Q2において、ダルニードル10の先端部の直線状の側縁21c、20cに対して直角の方向の力の成分、すなわち穿刺孔の縁を押す力の成分FN2と、当該側縁に沿って穿刺孔109の中心線Cの方向への力の成分、すなわちダルニードルを穿刺孔の中心線の方向に戻そうとする力の成分FN3に分けられる。
【0061】
さて、
図11(b)に示すように、本発明におけるダルニードル10の先端部の直線状の側縁21c、20cがダルニードルの進行方向Cに対して成す角度E2は、従来のダルニードル115の傾斜端面115aの側縁が穿刺孔
109の縁に接触する点Q1における接線L1がダルニードル10の進行方向Cに対して成す角度E1よりも小さい。ゆえに、本発明におけるダルニードル10と従来のダルニードル115を同じ強さで穿刺孔109の奥の方に押し進めた場合において、本発明におけるダルニードル10では、従来のダルニードル115におけるよりも、穿刺孔
109の縁を押す力が弱く、一方、ダルニードルを穿刺孔
109の中心線Cの方向に戻そうとする力が大きい。
【0062】
本発明におけるダルニードルが従来のダルニードルよりもスムーズに穿刺孔の奥に進入するか、否か確認するために、評価実験3が施行された。評価実験3は、前腕に自己血管内シャントと共に、皮膚とシャント血管の間に穿刺ルートとダルニードルの穿刺方向において前方に凸のフラップを有する末期腎不全血液透析患者40名に対して行われた。3名の透析センター看護師がそれぞれ、各患者に対して、
図2、
図3および
図4に示す、本発明に係るダルニードル10を用いて、述べ120回のボタンホール穿刺を行った。更に、その後、同じ3名の看護士が、今度は
図17(b)に示す従来のダルニードル115を用いて、やはり述べ120回のボタンホール穿刺を行った。そして、3名の看護士のうち、ひとりでも穿刺孔へダルニードルの先端を進める際に抵抗を感じたと報告した場合には、その患者に対するそのダルニードルを使用してのボタンホール穿刺には「抵抗があった」と見なし、3名の看護士のすべてが、穿刺孔へダルニードルの先端を進める際に抵抗を感じなかったと報告した場合には、その患者に対するそのダルニードルを使用してのボタンホール穿刺には「抵抗がなかった」と見なした。この評価実験3の結果を次の表1に示す。
【0063】
【表1】
本発明に係るダルニードル10を使用した場合には、従来のダルニードル115を使用した場合よりも「抵抗なし」の比率が高かった。
【0064】
(評価実験4)
評価実験4は、荷重測定器(MODEL-1605N:アイコーエンジニアリング社製)を用い、厚み1.05mm、40mmΦのシリコンゴム(SR-50;タイガーポリマー社製)に対し17G穿刺針で穿刺後各サンプルのダルニードルを刺通させ、そのときの必要荷重を測定することによって行った。実験条件として、室温26℃にて刺通スピードは50mm/minで行った。この評価実験4の結果を表2に示す。表2中の最大必要荷重は、各サンプルを刺通したときに必要になった最大荷重であり、接点必要荷重は、ダルニードルの突出板21と傾斜端面20aとの接点がシリコンゴムを刺通する際に必要になった荷重である。
【0065】
実施例1、2、3及び比較例1のサンプルは、突出板21と傾斜端面20aとの接点角度(傾斜角度)Bがそれぞれ11.5度、25.3度、35.1度、65.3度、のダルニードルである。比較例2のサンプルは、
図10(a)に示す突出板21を有さないダルニードルである。
【0066】
【表2】
【0067】
接点角度Bが60度未満の実施例1〜3の最大必要荷重は、比較例1、2に比べて著しく小さくなっている。また、実施例1〜3の接点必要荷重は、100mN以下で、比較例1に対して著しく小さくなっている。よって、接点角度Bを60度未満にすることにより、刺通抵抗が著しく低下し、穿刺をスムーズに行うことができる。