(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1記載の装置において、前記マッピング測定制御手段は、一回の前記光検出サイクル中の前記移動範囲が前記ライン状照射領域の長手方向の寸法を一辺とする正方形に相当するように、前記可動ステージの移動速度または前記光検出サイクルのサイクル期間を変更することを特徴とする顕微分光装置。
請求項2記載の装置において、前記光検出制御部は、前記読出期間に、分散した前記ライン状照射領域の像の長手方向に一列に並んでいる全ての受光素子をひとまとめにして読み出す処理を実行することを特徴とする顕微分光装置。
請求項1記載の装置において、前記マッピング測定制御手段は、一回の前記光検出サイクル中の前記移動範囲が前記ライン状照射領域の長手方向の寸法を長辺とする長方形に相当し、かつ、前記長辺が当該長方形の短辺のn倍(nは2以上の整数)に相当するように、前記可動ステージの移動速度または前記光検出サイクルのサイクル期間を変更することを特徴とする顕微分光装置。
請求項4記載の装置において、前記光検出制御部は、前記読出期間に、分散した前記ライン状照射領域の像の長手方向に一列に並んでいる全ての受光素子をn個のグループに分けて、各グループの受光素子をひとまとめにして読み出す処理を実行することを特徴とする顕微分光装置。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面に基づき本発明の好適な実施形態について説明する。
図1は、本発明の顕微分光装置の第一実施形態である顕微レーザーラマン分光光度計(以下、ラマン分光装置10と呼ぶ。)の概略構成図である。ラマン分光装置10は、レーザー光を照射したときに生じる試料(S)からのラマン散乱光を分光検出し、ラマンスペクトルを取得するための装置である。加えて、複数の測定ポイントからそれぞれ取得されるラマンスペクトルに基づき、マッピングデータを構成することもでき、二次元または三次元の広範囲マッピング測定に適する。ラマン分光装置10は、主に、ライン状ビームを照射するライン照射光源20、共焦点光学手段30、可動ステージ40、分光器50、CCD検出器60および制御装置70を備えている。
【0018】
まず、ライン照射光源20は、ライン状照射光を試料に照射するために設けられ、例えば、レーザー装置22、ミラー24、シリンドリカルレンズ26およびビームスプリッタ28からなる。ビームスプリッタ28は光束分離素子の一例である。シリンドリカルレンズ26は、ビーム拡張型のビーム整形手段に相当し、円形断面のレーザー光を拡張して、細長形の断面のレーザー光であるライン状照射光に整形する。なお、これに代えてビーム整形手段として、レーザーラインジェネレータレンズとコリメータレンズの組合せにしてもよい。
【0019】
平行光のライン状照射光をビームスプリッタ28に入射させる。ビームスプリッタ28は、照射光を対物レンズ32に向けて反射するとともに、対物レンズ32からのラマン光を透過する。シリンドリカルレンズ26と対物レンズ32の組合せによって、照射光が試料において細長形のライン状の像、つまり、ライン状照射領域(I
S)が形成される。ここで、シリンドリカルレンズ26を照射系の光軸から外せるようにしてもよい。シリンドリカルレンズ26から通常のビーム拡張素子26Aへの切換手段を設けてもよい。切り換えたビーム拡張素子26Aを用いれば、円形断面の照射光によるビームスポットが試料に形成される。このような切換手段を設ければ、ラインマッピング測定からポイントマッピング測定へスムーズに移行することができる。
【0020】
なお、
図1に示すビーム拡張型のビーム整形手段に代えて、ビーム走査型のビーム整形手段を用いてもよい。ビーム走査型では、ガルバノミラーなどを用いて、円形断面のレーザー光による試料上のスポット位置を高速に移動させることで、細長形のライン状の照射領域が形成される。いずれのビーム整形手段を用いても、Y方向に長く伸びたライン状照射領域I
Sを形成することができ、本書では、Y方向をライン状照射領域の長手方向と呼ぶ。
【0021】
可動ステージ40は、X−Y平面に平行な載置面を有するX−Yの2軸ステージであり、載置面の試料Sを対物レンズ32の集光位置に位置決めできる。可動ステージ40によって試料がX方向に後退(図において左方向に移動)すれば、相対的にライン状照射領域I
SはX方向に前進するので、試料をX方向に走査することができる。なお、可動ステージ40がX−Y−Zの3軸ステージであれば、試料の深さ方向(Z方向)への位置決めを効率よくできる。透光性の試料であれば、試料に埋もれた異物測定などができる。なお、Z方向については、3軸ステージに限られず、専用のZ軸調整装置を設けてもよい。
【0022】
次に、共焦点光学手段30について説明する。共焦点光学手段30は、一対のレンズ(対物レンズ32、結像レンズ34)、レイリー光をカットするためのノッチフィルター36、および、スリット38から構成される。対物レンズ32は、ライン照射光源20からのライン状照射光を試料Sに集光させ、
図1(B)のようにライン状照射領域I
Sを形成する役目と、照射領域I
Sからのラマン光を集光する役目とを担う。ライン状照射領域I
Sの幅をより狭く、かつ検出感度を高くするために、高NAの対物レンズを用いるとよい。本実施形態では、高NA:0.4以上、低NA:0.4未満として区別する。NA=0.4以上の高NAの対物レンズが好ましい。なお、NAの上限値については、例えば液浸レンズを使ってNAを1以上にしても、検出の取り込み角は90°以上にはならないため、検出感度は変わらない。NAを1以上にする効果は、照射サイズを小さくできる点にある。
結像レンズ34は、対物レンズ32と同じ光軸上に配置され、対物レンズ32からの光を後段のスリット38の位置に結像させ、スリット位置にライン状照射領域の像I
Aを形成する。
【0023】
スリット38は、細長形の開孔部または隙間を有する。開口部の長手方向は、ライン状照射領域の像I
Aの長手方向に平行である。試料のライン状照射領域I
Sからの光だけがスリット38を通過し、ライン状照射領域外からの光はスリット38を通過できないので、余計な光が分光器50へ入らないで済む。従って、連続走査の瞬時においては、ライン状照射領域I
Sの幅方向に関し、高い空間分解能で形成されたスペクトル像を受光面に形成することができる。CCD検出器60が受光するスペクトル像を
図1(D)に示す。
【0024】
また、スリット38は、分光器50の入射光の取り込み口に位置しており、分光器の入射スリットとしても機能する。スリット38の開口部の幅が狭いほど分光器の波長分解能が向上する。
図1(C)は、スリット38の開口部に対する結像I
Aの大きさを示す図である。
【0025】
分光器50として、一般的な分散型分光器の構成を説明する。分光器50は、スリットの通過光を平行光束にする前段ミラー52と、前段ミラー52からの平行光束を回折する回折格子54と、回折格子54からの回折光を後段のCCD検出器60において再び結像させるための後段ミラー56とからなる。回折格子54の姿勢は、その分散方向がCCD検出器60でのライン状照射領域の像の長手方向に直交する方向になるように、設定されている。ここで、回折格子54の分散方向がCCD検出器60での像の長手方向に直交する方向とは、光軸に直交する平面上での直交方向であり、
図1(D)では横方向である。
【0026】
CCD検出器60は、二次元アレイ型の光検出手段の一例であり、ライン状照射領域の像の長手方向およびこれに直交する分散方向の2方向に配置された受光素子群からなる。本発明では、受光素子を単に画素とも呼ぶ。
【0027】
前述のスリット38での結像I
Aはあらゆる波長の光が混ざった状態であるため、そのままでは波長ごとのラマン光量を検出できない。これに対し、CCD検出器60には、
図1(D)に示すように、分光器50によって波長に応じて分散方向に結像位置がずれた状態の像(スペクトル像とも呼ぶ。)が形成される。CCD検出器60の受光面では、ライン状照射領域の像の長手方向(図における縦方向)に対して、分光器50の分散方向(図における横方向)が直交しているので、分散した波長ごとの像が互いに重なる面積が最小になる。このように、入射スリット38としてライン状照射領域の結像I
Aに合った細いものを使用するので、分光器50を介して受光面に映し出される像から、高い波長分解能でスペクトルデータを得ることができる。例えば、
図1(D)に示す受光面でのスペクトル像のように、分散した像の中で強度の高い波長光が濃いグレーの帯となって現れて、強度の低い波長光と明確に区別できる状態になる。
【0028】
マッピング測定制御装置
制御装置70はラマン分光装置全体を制御するためのものであるが、本実施形態では、CCD検出器60のフルビニング処理を利用したマッピング測定に関する事項を中心に説明する。制御装置70は、可動ステージ40およびCCD検出器60の同期駆動によるマッピング測定を実現させるため、マッピング範囲設定部72、連続走査制御部74、光検出制御部76、および、マッピングデータ構成部78を含んでいる。制御装置70は、例えば、マイクロコントローラユニット(MCU)で構築してもよいし、分光装置に専用の制御コンピュータで構築してもよい。そして、制御装置70は、これらの各機能を実行するためのプログラムを有している。
【0029】
マッピング範囲設定部72は、試料Sのマッピング範囲を設定する。マッピング範囲は複数のマスを2次元または3次元的に並べたものである。1マスの形状は正方形であり、サイズ(一辺の寸法)がマッピング測定の空間分解能を表わす。使用する対物レンズ、結像レンズ、CCD検出器によって、1マスの一辺の設定可能なサイズ範囲は変わる。例えば、100倍対物レンズを使って、1マスの一辺を130μmに設定するシステムが可能である。20倍対物レンズでの1マスの一辺は、その5倍(650μm)になる。
【0030】
一例として、100倍対物レンズ(焦点距離f
1=1.8mm)、Y方向に200ch(長さ3.2mm)のCCD検出器、および、結像レンズ(焦点距離f
2=85mm)を組み合わせたシステムの測定範囲(1マスの一辺)Lを計算する。100倍対物レンズの焦点距離f
1=1.8mmと結像レンズのf
2=85mmから、光学倍率Mは、
M=85mm/1.8mm=47.2倍
となる。CCD検出器のY方向のサイズは3.2mm(1画素:16μm)であるから、CCD検出器が結像レンズおよび対物レンズを通して光を取り込む際の測定範囲Lは、
L=CCD検出器のY方向サイズ/光学倍率M=3.2mm/47.2=68μm
になる。
【0031】
例えば、顕微鏡の対物レンズ用のレボルバーによって、5倍(f
1=36mm)、20倍(f
1=9mm)、50倍(f
1=3.6mm)、100倍(f
1=1.8mm)の対物レンズに切り換え可能にしておくとよい。同じ結像レンズを用いる場合、5倍対物レンズの測定範囲(1マスの一辺)Lは1355μmであり、20倍対物レンズではL=339μm、50倍対物レンズではL=136μm、100倍対物レンズではL=68μmである。従って、最初は、低倍率の対物レンズを使って比較的広い範囲をマッピング測定し、徐々に高倍率の対物レンズに切り換えることで、対象範囲の絞り込みをスムーズに行うことができる。更に、ラインマクロマッピング測定からピンポイント測定に切り換えれば、絞り込んだ対象範囲の詳細な測定へと進めることもできる。
【0032】
別の例で、CCD検出器のY方向サイズが6.9mm(1画素:13.5μm)であるCCD検出器を使った場合を同様に計算する。同じ結像レンズを用いて、対物レンズを5倍から20倍、50倍、100倍と変更することにより、測定範囲Lを2922μmから、731μm、292μm、146μmと変化させることができる。
【0033】
本実施形態では、感度の面から20倍対物レンズ(NA0.4)からが実用的になるため、測定範囲Lについては1μm〜0.7mmに設定するのがよい。感度のことを議論しない場合は、測定範囲Lを1μm〜1mmに設定することができる。本実施形態では、例えば100μmとして、マスの一辺の寸法をライン状照射領域I
Sの長手方向の寸法に相当させるとよい。そして、1マス分の領域を、ライン状照射領域I
Sによる一回の光検出サイクルでの走査範囲に相当させるのがよい。
【0034】
また、マッピング範囲設定部72は、1マスのサイズに応じて、可動ステージ40の移動速度または/およびCCD検出器のサイクル期間を設定する。つまり、これらの移動速度または/およびサイクル期間を変更することにより、マッピング測定の空間分解能(1マスのサイズ)を容易に調整することができる。
図1(B)には1マス分の走査範囲しか示しておらず、ハッチングを付したライン状照射領域I
Sは走査開始位置である。
【0035】
連続走査制御部74は、可動ステージ40に連続走査を実行させる。走査開始位置にライン状照射領域I
Sが形成されるように、可動ステージ40によって試料を位置決めすることができる。連続走査は、可動ステージ40をX方向に設定された移動速度で後退させることにより実行される。つまり、可動ステージ40の移動によってライン状照射領域I
Sが、当該照射領域I
Sの長手方向に直交する方向(X方向)へ停止することなく連続的に移動する。
【0036】
光検出制御部76は、ライン状照射領域I
Sの連続的な移動中に、CCD検出器60の光検出を制御する。CCD検出器60の光検出サイクルは、露光期間および読出期間からなる。露光期間は、受光素子を露光状態に維持する期間であり、読出期間は、受光量を読み出す期間である。光検出サイクルと連続走査は同期して同時に行われるため、露光状態のまま試料Sが走査され、続くCCD検出器の読み出し処理中も、試料Sは走査されることになる。このようにCCD検出器60の光検出サイクル中に、試料Sの走査が停止することなく同時に行われることを、「連続走査」と呼ぶ。従来型のラインマッピング測定における「ステップワイズ走査」と対比した表現である。
図1(B)には、露光期間における照射領域I
Sの移動範囲を露光領域として示し、読出期間における照射領域I
Sの移動範囲を読出領域として示す。ライン状照射領域I
Sは試料上の1マス内を移動しているため、露光期間中に、CCD検出器60は同じマス内ではあるが、そのマス内においては異なる部位からのラマンスペクトル像を受光することになる。
【0037】
さらに、本実施形態では、CCD検出器60が読出期間にフルビニング処理を実行するのがよい。通常のビニング処理では、受光面全体でスペクトル像を一斉に受光(露光)した後、露光を止めて受光量を読み出す際に、いくつかの素子を1区画の素子群とみなしてその区画にある素子の電荷をまとめて読み出す。特に、フルビニング処理では、ライン状照射領域の像の長手方向(
図1(D)における縦方向)に一列に並んでいる全ての受光素子の受光量(電荷)をひとまとめにして読み出す。1つの画素列の受光量の総計は、その画素列の位置に応じた波長の光強度を表し、画素列ごとの受光量を個別に読み出すことで、1本分のスペクトルデータが取得される。このようなフルビニング処理をすれば、電荷を読み出す素子の実質的な総数が大幅に少なくなるので、フレームレートが向上する。特に、微弱光であるラマン光の検出においては、複数画素に蓄積された電荷をまとめて読み出すことで検出感度が向上する。
【0038】
本実施形態において特徴的なことは、露光期間中の時々刻々と変化するスペクトル像が、CCD検出器60に光量に応じた電荷量として蓄積されることを利用して、フルビニング処理により読み出す1本のスペクトルデータが、1サイクルに対応するマス内の試料の平均的なスペクトルデータになっていることである。
【0039】
マッピングデータ構成部78は、光検出サイクル毎に取得された平均的なスペクトルデータを蓄積し、平均的なスペクトルデータに基づいてマッピングデータを構成する。
【0040】
ラインマクロマッピングの測定方法
図2を用いて、マッピング測定方法について説明する。測定の手順は、マッピング範囲の設定S1→試料の位置決めS2→連続走査の開始(同時に光検出サイクルの開始)S3→反復動作(行換え及び連続走査の再開)S4→マッピングデータの構築(マッピング表示など)S5である。
【0041】
まず、マッピング範囲設定部72によって試料Sにマッピング範囲を設定する。ここでは、2行2列(2×2で表す)の4マスからなるマッピング範囲を使って説明する。次に、測定プログラムを実行して、可動ステージ40による連続走査およびCCD検出器60による光検出サイクルを開始する。測定プログラムの基本動作は、対物レンズ32の集光位置に試料Sの走査開始位置を位置決めする可動ステージ40の動作と、走査開始位置に照射光を当てるレーザー装置22の動作と、複数マス(2マス)からなる1行分の領域をライン状照射領域I
Sが連続的に移動するように、試料Sを移動させる可動ステージ40の動作と、1行分のマス数の光検出サイクルを実行するCCD検出器60の動作と、からなる。ライン状照射領域I
Sが走査終了位置に達したら、これらレーザー装置22、可動ステージ40およびCCD検出器60を停止させる。
【0042】
試料Sを連続走査する可動ステージ40の動作と、光検出サイクルを実行するCCD検出器60の動作は、同時に実行される。ライン状照射領域I
Sは、走査開始位置から1行分のマスの並びの最後まで、停止することなく連続して試料Sを走査する。その間に、CCD検出器60は、マスの数だけ光検出サイクルを実行し、マスに対応したスペクトルデータを順次取得する。また、測定プログラムは、照射領域I
Sが1行分のマスの並びの最後まで連続走査したら、照射したまま、照射領域I
Sを隣りの行の走査再開位置に合わせる行換え動作と、連続走査を再開させる動作とを含み、マスの行数分(2行分)だけこれらの動作を反復して実行するようになっている。
【0043】
上記の測定プログラムによって取得されるスペクトルデータは、組成成分の濃度分布など分光測定の目的に応じたマッピングデータとして構築され、必要に応じてモニター等に表示される。マッピングデータを構成する個々の情報は、マッピング範囲のマス目ごとの平均的なスペクトルデータであるから、マス内の測定部位の平均的な情報と言える。このような測定方法によれば、ライン状照射光による連続走査を行うため、試料の広範囲を高速にマッピング測定できるという点で非常に有効である。このような測定方法を、特に、「ラインマクロマッピング」若しくは「マクロマッピング」と呼ぶ。
【0044】
図3を用いて、可動ステージ40の動作とCCD検出器60の動作とを同期させる方法を説明する。
図3は、ライン状照射領域I
Sが3つ分のマス目を連続走査する場合の、ステージ位置40の時間変化とCCD検出器60のサイクル動作を示す。可動ステージ40には、必要な位置決め精度と移動速度が要求されるため、例えばステッピングモーター駆動型を用いる。図示されたパルス信号に基づいて、ステッピングモーターが可動ステージ40を一定速度で移動させる。同時に、このパルス信号をCCD検出器60のサイクル動作にも用いて、光検出サイクルをパルスのカウント数に基づいて実行させる。CCDの露光動作については、ON期間に露光し、OFF期間にフルビニングでの読み出しを行う。このようにすれば、個々のマスを高い位置決め精度で連続走査することができ、かつ、これに同期したスペクトルデータの取得も可能になる。
【0045】
従来型のラインマッピングとの違い
図4および
図5を用いて、従来型のラインマッピングとの違いを説明する。
図4に、本実施形態における可動ステージ40とCCD検出器60の同期動作を、可動ステージ40の加速期間も合わせて示した。加速中、すなわち、移動速度が一定になるまでは、CCD検出器60の露光を開始しない。移動速度が一定になってから、露光を開始する。一旦、速度が安定すれば、その状態を維持して、露光および読出の光検出サイクルを繰り返し実行する。行換え動作などが必要になるまで、可動ステージ40に対して他の動作指令は付与されず、可動ステージ40の連続走査が中断することはない。
【0046】
図5に、従来型ラインマッピングの手法を示す。従来型ラインマッピングの目的は、高い空間分解能でマッピングデータを取得することである。そのため、本実施形態と同じサイズのマッピング範囲から得られるスペクトルデータの数は非常に多い。ライン状照射領域I
Sを移動させる方向は、本実施形態と同様に、照射領域I
Sの長手方向に直交する方向(X方向)であり、必要に応じて行換え動作も行う。しかし、高い空間分解能のスペクトルデータを得るため、試料を停止させた状態で、CCD検出器の光検出サイクル(露光および読出)を実行する。そのため、X方向に並んだマスの数だけ、可動テーブルによる試料の位置決めを実行して、スペクトルを取得したいマス列にライン状照射領域I
Sを合わせなければならない。ステージの加減速と整定に時間がかかるため、1回の位置決め時間が長くなる。なお、この時間は、ステージの種類に応じて異なっている。可動テーブルの位置決めが完了したら、露光および読出の光検出サイクルを開始する。つまり、試料が停止した状態で露光を行って、ライン状照射領域I
Sに応じた試料の部位からのスペクトルデータを取得する。そして、光検出サイクルが完了したら、ライン状照射領域I
Sを隣りのマス列に合わせるため試料を再度位置決めする。このような試料の段階的な移動は、ステップワイズ移動と呼ばれ、移動と露光(読出を含む)とが交互に行われる。さらに、CCD検出器においてはビニング処理を用いず、画素ごとのきめ細かな読み出しを行う。このような可動テーブルのステップワイズ移動、および、CCD検出器の画素ごとの読み出しをすることで、従来型ラインマッピングでは、高い空間分解能でマッピングデータを取得できる。例えば、試料のライン状照射領域I
Sのサイズが、本実施形態と同様に幅1μm×長さ100μmであって、CCD検出器の画素数が100×100である場合について、従来型ラインマッピングでの1マスのサイズは次のようになる。ライン照射の領域は、X方向に1μmずつステップワイズで位置決めされる。そして、1回の露光と読出のサイクルで100本のスペクトルを取得する。従って、1本のスペクトルを取得する正方形のマス目の1辺(空間分解能)は、1μmになる。
【0047】
従来型ラインマッピングでの課題は、スペクトルデータを取得する測定ポイントが過多であるということだけでなく、CCD検出器の光検出サイクルごとに可動ステージの移動時間が余計にかかるので、測定時間の短縮が困難になっていることである。特に、可動ステージを停止させる際、減速期間の後にステージが静止するまでの整定時間が必要になるので、これも測定時間のロスになる。仮に、従来型ラインマッピングを利用して、マクロマッピングデータを取得することを考えるとすれば、例えば、n×nのマス目から取得したn×n個のスペクトルデータを合算平均して、1つのスペクトルデータとして扱えばよい。しかし、大量の測定ポイントから個々のスペクトルデータを取得することには変わらないので、測定時間の短縮にはならない。CCD検出器のS/Nは、合算平均するマス目(n×n)におけるnの平方根に比例した値になるが、各チャンネルでの読出ノイズが残る。
【0048】
一方、本実施形態のラインマクロマッピングによれば、露光したまま試料を連続走査させるので、ステップワイズ移動がなく、測定時間が非常に短くなる。また、従来型で合算平均するマス(n×n)と同サイズのマスに対して、本実施形態ではCCD検出器の光検出サイクルを1回行うだけなので、読み出し回数も大幅に削減される。
【0049】
取得するマッピングデータの空間分解能は悪くなるが、1mm角〜数十mm角の広範囲のマッピング測定の場合は、従来型のラインマッピング測定のような高レベルの空間分解能を必要としないことが多い。本実施形態のラインマクロマッピングは、従来型のラインマッピング測定と比較すれば、空間分解能を犠牲にしたものとも言えるが、広範囲のマッピング測定としては、十分な空間分解能である。しかも、上述のように、測定時間の大幅な短縮により、マクロマッピングデータの取得が速い。
【0050】
また、従来型よりも1サイクルの露光時間(T)を長く設定し易くなる。CCD検出器のS/Nは、この露光時間Tに比例するので、従来型の合算平均よりも、本実施形態のような露光時間を拡大させる方がS/Nを高くできる点で有利である。
【0051】
ステージ移動速度および測定時間
図6に、本実施形態のラインマクロマッピング測定の適用例を示す。錠剤の成分分布の測定を目的として、10mm角のマッピング範囲に、1辺が100μmのマスをX,Y方向に100マスずつ配置した。測定点数は1万ポイントになる。
図6は、1マス(100μm角)の露光時間を5通り(1、10、100、500、1000ms)に設定した場合の可動ステージ40の走査速度、および、測定時間を示した一覧である。なお、CCD検出器60の読出時間および行換え時間をゼロとして、測定時間を算出した。露光時間が長ければ測定時間も長くはなるが、どの露光時間の条件においても、従来型のラインマッピング測定の測定時間から大幅に短縮されている。この一覧から分かるように、露光時間が1msと短いと、測定時間を10秒と短くできるが、100mm/sという高速移動に適した可動ステージが必要になる。露光時間の設定下限値は、10msになる。これは、FVBモードでの読み取りに数msかかるためである。代表的な検出器のスペクトル読み取り速度は、1秒間に269点(1点あたり4ms)であり、その他、75点(14ms)、122点(8.2ms)、396点(2.5ms)の検出器がある。
【0052】
ラインマクロマッピングでは、露光時間を短くすると、CCD読み取りによる空白領域が発生してしまう。逆に露光時間が長いと、空白領域が小さくなる。S/Nを上げるため、露光時間をできる限り長くしたい。一方、露光時間を1000msと長くすると、測定時間が166分となり、錠剤の成分分布のマクロマッピングとしては、もう少し短縮したい。露光時間を10〜500msの間に設定すれば、S/N、走査速度および測定時間のいずれも実用的な範囲になる。例えば、露光時間を100msとすれば、測定時間が17分となり、非常に実用的なマクロマッピング測定を実現できる。より好ましくは、露光時間を50ms以上に設定することである。
【0053】
また、露光時間および測定時間の実用的な範囲を考慮すると、可動テーブル40の性能については、1mm/sの走査速度に対応できれば十分であり、10mm/s以上の高速対応にする必要がないことが分かる。
【0054】
図7は、
図6と同様に錠剤の成分分布の測定において、さらに、マッピング範囲に並べるマスの1辺のサイズを4通り(1、5、10、100μmステップ)に設定して、それぞれの測定時間を示した一覧である。マスのサイズに応じて、測定点数は、1億、400万、100万、1万ポイントになる。
図6でのライン状照射領域の長手方向は100μmであるが、
図7ではマスのサイズに応じてライン状照射領域の長手方向を1、5、10、100μmにする。測定点数が多ければ測定時間も長くなるが、どの測定条件においても従来型のラインマッピング測定の測定時間との比較においては、大幅に短縮される。この一覧から分かるように、錠剤の成分分布のマクロマッピングとしては、1μmステップや5μmステップの条件では測定時間が未だ長すぎる。やはり、10mm角のマッピング範囲に対して、1つのマスを100μmステップで測定する条件が、最も実用的である。
【0055】
本実施形態によれば、(1)マッピングデータとしては空間分解能を下げた状態になるが、高い空間分解能のスペクトル像に基づく平均的なスペクトルデータを取得することができて、(2)波長分解能も高いまま、(3)高い検出感度で、広範囲のマッピングデータを高速に取得することができる。以下、(1)〜(3)について詳しく述べる。
【0056】
(1)高空間分解能のスペクトル像の形成に基づく平均的なスペクトルデータの取得という作用によって、広範囲の高速マッピング測定の実現という効果が得られる。本実施形態では、ライン状照射光を用いるのでその幅方向(X方向)に関して言えば、瞬時のラマンスペクトルの取り込みの際に、レーザー光の回折限界に匹敵する高い空間分解能のスペクトル像を形成することができる。このようなスペクトル像がCCD検出器60の受光面に形成されて、しかも、ライン状照射光が1マス内を走査する間、CCD検出器60の露光状態が維持される。従って、露光期間に、マス内の照射領域I
Sは移動を続けながら、常に高空間分解能のスペクトル像がCCD検出器60に蓄積されていく。つまり、高空間分解能のスペクトル像に基づく、1マス分の平均的なスペクトルデータを高速に取得できる。これにより、広範囲の高速マッピング測定を実現できる。
【0057】
(2)従来型ラインマッピング測定と同レベルの波長分解能を実現できるという効果が得られる。本発明では、ライン状照射光を用いるので、上述の通り、照射領域I
Sの幅寸法をレーザー光の回折限界に相当するレベルまで短くすることができる。これに伴って、分光器の入射スリット38の幅寸法を狭くできる。
図1(C)を参照。従って、従来型ラインマッピング測定と同レベルの高い波長分解能を実現することができる。
【0058】
(3)検出感度を向上できるという効果が得られる。本実施形態では、高NAの対物レンズ32を用いているので、試料のライン状照射領域I
Sからのラマン光を効率よく取り込むことができる。また、分光器50のスループットを上げるためには、分光器の開口角に合わせて、分光器へ光を導入する入射光学系を設定(Fマッチング)する必要がある。本実施形態の高NAの対物レンズ32および入射スリット38の組合せによれば、特別な光学系を追加することなく、入射光学系のF値と分光器50のF値とを合わせ易く、Fマッチングが容易である。従って、本実施形態の構成によれば、微弱なラマン光などに対して高い検出感度を実現できる。
【0059】
第二実施形態
図8は、本発明の顕微分光装置の第二実施形態であるラマン分光装置110の概略構成図である。
図1のラマン分光装置10の構成との違いは、制御装置170におけるマッピング範囲設定部172、連続走査制御部174および光検出制御部176にあり、その他の構成は略同様である。
【0060】
本実施形態では、マッピング範囲設定部172が、ライン状照射領域I
Sの長手方向の寸法に対して、より小さいサイズのマス目を設定すること、および、光検出制御部176が、CCD検出器60に通常のビニング処理を実行させることに特徴がある。
【0061】
図1では、1マスの一辺を例えば100μmに設定した。本実施形態では、マッピング範囲設定部172が、1マスの一辺を(100/n)μmに設定する。ここでnは2以上の整数であり、
図8においてはn=3である。つまり、ライン状照射領域I
Sの長手方向の寸法をnで割った値に、マスのサイズを合わせる。この際、1マスの一辺が短くなるので、可動ステージ40の移動速度を維持させる場合は、1回の光検出サイクルでの露光期間を短くする。S/Nの低下などの問題が生じる場合は、露光期間を維持させるために、可動ステージ40の移動速度を遅くする。このように、可動ステージ40の移動速度、または、光検出のサイクル期間(特に露光期間)を変更することによって、マスを所望のサイズに設定することができる。ここで、nの下限は2であるが、n=1の場合が
図1の実施形態である。nの上限を説明する。ライン状照射領域I
Sの長手方向の寸法をn分割した値が、当該照射領域I
Sの幅寸法になる場合を、nの上限とする。例えば、ライン状照射領域I
Sの大きさが、幅1μm×長さ100μmである場合、n値の上限は100になる。
【0062】
図8(B)には36マス分のマッピング範囲を示し、ハッチングの領域は、各光検出サイクルの露光期間の開始時におけるライン状照射領域I
Sの位置である。このように、ライン状照射光は、n個のマスの左端部を同時に照射する。このことは、一回の光検出サイクルでのライン状照射領域I
Sの移動範囲が、この照射領域I
Sの長手方向の寸法を長辺とする長方形となり、かつ、この長辺が長方形の短辺のn倍になることを意味する。ライン状照射領域I
Sが形成される試料の部位は同時に3マス内を移動するため、露光期間中に、CCD検出器60は、異なるマス内の部位からのラマン光のスペクトル像を受光する。そこで、本実施形態では、光検出制御部176が、CCD検出器60を通常のビニング処理で読み出しを実行させる。
【0063】
通常のビニング処理は、
図8(D)のように、分散したライン状照射領域の像の長手方向(図中の縦方向)に一列に並んでいる全ての受光素子をn個のグループに分けて、各グループの受光素子の受光量(電荷)をひとまとめにして読み出す処理である。つまり、受光面全体を、n個のトラックに分割し、トラックずつ合計n本のスペクトルデータを読み出す。n本のスペクトルは、
図8(B)にて同時に連続走査されるn個のマスに対応したスペクトルである。このように、本実施形態では、1回の光検出サイクルで読み出されるn本のスペクトルデータが、そのサイクル中に照射領域が通過するn個のマス内の平均的なスペクトルデータになっている。
【0064】
本実施形態のマッピング測定方法については、
図1に示す測定方法と基本的には同じである。ただ、光検出サイクルにて通常のビニング処理を実行する。また、可動ステージ40による連続走査の動作において、
図1では、ライン状照射領域I
Sが1行分のマスの並びを走査すると説明したが、本実施形態では、
図9に示すように、ライン状照射領域I
Sがn行分のマスの並びをまとめて走査する。CCD検出器60の露光制御については、ON期間に露光し、OFF期間にn分割のビニングでの読み出しを行う。
【0065】
本実施形態の構成によれば、第一実施形態と同様の効果が得られるだけでなく、スペクトルデータを取得するマスのサイズを、可動ステージ40の移動速度、または、光検出のサイクル期間の変更によって、所望の大きさに容易に設定することができる。従って、1マスのサイズがライン照射の長手方向の寸法に限定されることはなく、同じライン照射であっても、多様なマス数のマッピング範囲を設定することができる。
【0066】
以上の2つの実施形態に共通する事項を説明する。ビーム整形手段を照射光の光軸に対してオンライン位置およびオフライン位置に切り換える切換手段を設けて、必要に応じてレーザー装置からのレーザー光をライン状にしないで照射して、試料にビームスポットを形成できるようにするとよい。すなわち、ビーム整形手段を介さずに円形断面の照射光を試料に集光させたときのスポット径を集光限界とすると、ビーム整形手段を介して試料に形成されるライン状照射領域I
Sの形状は、集光限界に相当する幅寸法、および、幅寸法の2〜500倍の長さ寸法を有するとよい。このような切換手段を設ければ、本発明にかかるラインマクロマッピング測定の後、必要な微小部位についてポイントマッピング測定を続けて行うことができて、マクロ測定とミクロ測定の連携を同一の装置でスムーズに行うことができる。
【0067】
1点照射の時に、光学系の設計および分光器の調整でCCD検出器の1画素にビームスポットが結像するようにしたと仮定する。この場合、最大で設定できるライン照射の幅は、CCD検出器の大きさに依存する。代表的なCCD検出器のY方向の画素数は、200、255、400、512チャンネルであるので、これを考慮すると、ライン状照射領域I
Sの長さ寸法を、幅寸法の2倍から500倍と設定した。
【0068】
なお、本発明は、ラマン分光装置に限られず、蛍光分光装置や赤外分光装置などへも適用される。本実施形態では照射光にレーザー光を用いるが、赤外分光装置などには高輝度セラミック光源やハロゲンランプ等からの赤外光を照射光として用いる。また、ラマンスペクトルの測定に限られず、試料への照射光の反射光や透過光、励起光による発光などのスペクトルの測定装置にも適用される。
【0069】
比較例
以降、広範囲マッピングに関する幾つかの比較例を挙げて、本発明の顕微分光装置の優位性を説明する。
【0070】
図10(A)の比較例は、「ポイントマッピング法」である。ビームスポットでマッピング範囲の全域を走査する。高速化を図るため、既存のリニアステージ、EMCCD検出器、多変量解析などを適用するとしても、測定ポイントが過多であるため、高速化には限界があり、1点当たりの露光時間を短縮させなければならなくなる。ラマン光等の微弱な光の検知では、S/Nの問題で露光時間の短縮を避ける必要がある。これらの理由でポイントマッピングは広範囲マッピングには適さない。
【0071】
図10(B)の比較例は、「従来型のラインマッピング法」である。ポイントマッピングと比較すれば、CCD検出器の1サイクルの光検出によってライン照射の長手方向に沿った複数の部位からのスペクトルデータをまとめて取得できるとは言えるが、
図5を用いた説明と同様に、広範囲マッピングへの適用に関しては、測定時間を十分に短縮することができない。
【0072】
次に、「低倍率の対物レンズを用いた比較例」について説明する。本発明では、従来型ラインマッピング測定と同様に、高倍率の対物レンズを採用することができる。低倍率のレンズが得策ではない理由を説明する。広範囲のマッピング測定において、試料上のビームスポットが大きければ、測定ポイント数を減らすことができて、測定時間の短縮化を図れる。ビームスポットはレンズのNA(開口数)が小さいほど大きい。低倍率の対物レンズを用いると、レンズのNAが小さいため、ビームスポットを大きくすることができる。しかし、対物レンズの検出感度(スループット)の点で問題が生じる。レンズによるラマン光の取り込み量が多い程、検出感度がよいと言える。試料への光の潜り込みが少ないSi基板などの固体においては、対物レンズで取り込まれるラマン光の信号強度PはNAの二乗に比例するから、NAが小さいと信号強度の検出感度が低下してしまう。
図11(A)に示すように、例えば100倍(NA=0.9)の対物レンズを20倍(NA=0.4)および5倍(NA=0.1)のものに変更すると、信号強度はそれぞれ20%、1%まで減衰してしまう。
図11(A)中のハッチングは、低NAレンズによる取り込み範囲を示す。このように、NAの小さい低倍率レンズを採用すると、対物レンズの検出感度が低下してしまう。
【0073】
対物レンズの検出感度だけでなく、分光器のFマッチングも考慮したケースで、低倍率レンズが得策ではないことを説明する。ターレットに取付けられる1.25倍の低倍率対物レンズ(オリンパス社製MPlanFLN1.25x、NA=0.04、f1=144mm)を用いるとする。
図11(B)に示すように、この対物レンズへの入射平行光の径寸法を3.3mmとすると、実NAは以下のように導かれる。レンズの瞳径Dは、D=2・NA・f1=11.5mmとなり、入射側の実NAは、NAin=NA・(入射平行光の径)/D=0.011となり、ビームスポット径φ=1.22・λ/NAin=約60μmとなる。ここで、λは、入射レーザー光の波長(0.532μm)である。このような装置条件で、焦点距離20cmの分光器のF値が8である場合のエネルギーロスを検討する。結像レンズの焦点距離f2が85mmである場合、分光器が受け取れる平行光束の大きさは、10.6mmまでになる。これと対物レンズの瞳径(11.5mm)との関係で、エネルギーロスが生じる。前述と同様の計算にて、100倍対物レンズから1.25倍レンズに変更した場合の、対物レンズの検出感度は、0.2%まで低下する。さらに、上記の分光器の入口におけるエネルギーロスによって、検出感度はさらに低下することが分かる。従って、低倍率の対物レンズを用いると検出感度の低下という問題が生じるので、広範囲マッピング測定のために、安易に低倍率の対物レンズにしてはならないことが分かる。
【0074】
なお、
図11(B)でのスリット位置でのビームサイズは、像倍率Mとの関係から、次のように導かれる。像倍率Mは、M=f2/f1=0.59倍になる。スリットでの像サイズは、(ビームスポット径φ)×M=34μmになる。
【0075】
図10(C)および(D)の比較例は、「マクロ照射法」および「擬似後方照射法」である。高NAの対物レンズを用いて、ビームスポットを大きくする方法として、
図10(C)のように入射側の実NAを低くする方法または入射側の平行光を崩す方法、或いは、
図10(D)のような擬似後方散乱の方法がある。高NAの対物レンズを使ってビームスポットを大きくする場合の問題点を説明する。100倍の対物レンズ(NA=0.9、f1=1.8mm)および結像レンズ(f2=30mm)を用いる。試料には径10μmのビームスポットが形成されるとする。このとき、分光器の入射スリットでの像サイズは、次のように導かれる。像倍率Mは、M=f2/f1=16.7倍になる。入射スリットでの像サイズは、(ビームスポット径φ)×M=167μmになる。このため、入射スリットの幅を大きくする必要がある。比較のため、試料でのビームスポット径が1μmである場合の、スリット幅およびCC検出器での結像状態を合わせて示す。
図12から明らかなように、この比較例で得られるスペクトルは、ピーク強度が小さく、ブロードになってしまう。従って、高倍率の対物レンズでビームスポットを広げる方法では、CCD検出器における波長分解能が低下してしまう。これに対して、本発明では高NAの対物レンズを使うが、試料でのビームスポットを大きくするのではなく、ライン照射によるライン状の照射領域を形成するので、スリット幅を広げる必要がなく、高い波長分解能での測定が可能になる。
【0076】
なお、
図10(D)の疑似後方照射の例では、斜め入射によって照射ビームの照射面積を大きくする。この場合も、同様に、照射面積が広いことによる波長分解能の低下が生じる。また、対物レンズに高NAレンズを用いるとレンズと試料との作動距離が小さくなるので、斜め入射ができなくなってしまう。
【0077】
図10(E)の比較例は、「低倍率専用光学系」を用いた方法である。低倍率の対物レンズを使うと、NAが小さいために検出感度が低下するという問題がある。これを解決するため、大口径の1倍対物レンズ(NA=0.15)を使用する。ビームスポットが大きくなるように、入射光の実NAを設計している。しかし、この方法では、低倍率の対物レンズを高倍率の対物レンズに切り換えることが困難である。用いるレンズが大口径であるため、ターレットの使用や、分光器とのFマッチングに問題が生じるからである。従って、この比較例は、低倍率専用の光学系になってしまう。
【0078】
以上に列挙した比較例からも明らかなように、本発明の顕微分光装置であれば、波長分解能の面からも、検出感度の面からも有効であり、広範囲の高速マッピング測定に適しており、対物レンズの倍率を切り換える場合にも適していることが分かる。
【0079】
なお、本発明において測定点とは、スペクトルの取得対象となる所定面積を有する領域を指す。また、正方形、長方形には、厳密な意味での正方形、長方形だけでなく、角が丸みを帯びた形状なども含まれる。特にライン状ビームの移動範囲の形状が長方形であるという場合、長方形の短辺が円弧状になっている形状も含まれるものとする。
【解決手段】ラマン分光装置は、励起光をライン状に照射する手段と、試料用の可動ステージと、ライン状照射領域からのラマン光を集光する対物レンズと、ラマン光の結像位置に設けた入射スリットと、その通過光を分散させる分光器と、ラマンスペクトル像を検出するCCD検出器と、可動ステージおよびCCD検出器を同期させてマッピング測定を制御する制御装置とを備える。制御手段は、可動ステージを制御してライン状照射領域を長手方向に直交する方向へ移動させるとともに、一回の光検出サイクルでライン状照射領域の移動範囲の平均的なスペクトルを一つ取得するように、ステージ移動中にCCD検出器のサイクルを実行するように構成する。