【実施例】
【0050】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明する。これら実施例は単に本発明をより具体的に説明するためのものであって、本発明の要旨によって本発明の範囲がこれら実施例によって制限されないことは、当業界における通常の知識を有する者に自明であろう。
【0051】
実施例1:ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)クローニング及びcDNAコンストラクト
ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)完全長cDNAは、ラットの末梢型ChATに関する公知文献に既に記述された方法(参考文献29)によって、ヒト小腸Marathon−Ready cDNA(Clontech,Mountain View,CA)からPCR方法により得た。プラスミドDNAの配列分析は、ABI 3100 DNAシーケンサー(Applied Biosystems,Foster City,CA)を使用して行った。
【0052】
実施例2:ヒト神経幹細胞(Neural Stem Cells,NSCs)
HB1.F3(F3)ヒトNSC(neural stem cell)株(参考文献8、9、11、28)に、ヒトChAT完全長cDNAを含むpLPCX.ChAT遺伝子を持つレトロウイルスを感染させて、プロマイシン耐性細胞を選別した(参考文献13)。ChAT過剰発現クローンであるF3.ChATを分離し、ChATの発現をRT−PCR及び免疫蛍光顕微鏡で分析した。
【0053】
実施例3:RT−PCR分析
全RNAをTRIzol(BRL,Gaithersburg,MD)を使用してヒト神経幹細胞(NSC)培養物から抽出した。相補的DNA鋳型は、オリゴdTプライマーとともに400UのMMLV(Moloney Murine Leukemia Virus)逆転写酵素(Promega,Madison,WI)を使用して25PCRサイクルを行って準備し、RT−PCR産物はエチジウムブロマイド(EtBr)を含む1.2%アガロースゲル上から分離した。ChAT RT−PCRに使用したプライマーは次の通りである。センス:5’−CTGTGCCCCCTTCTAGAGC−3’(配列番号2]);アンチセンス:5’−CAAGGTTGGTGTCCCTGG−3’(配列番号3])。
【0054】
実施例4:NSC細胞株の兔疫細胞化学的分析
F3.ChAT細胞はポリ−L−リジンコートされたAclarプラスチックカバースリップ上にプレーティングし、0.1Mリン酸塩緩衝液内の4%パラホルムアルデヒド中で、常温で5分間固定させた。固定された培養物をヒトChATに特異的な抗体(1:100,rabbit polyclonal,Chemicon,Temecula,CA)と共に4℃で24時間インキュベーションし、次いでAlexa Fluor 488が結合したウサギ抗体IgG(Molecular Probes,Eugene,OR)と共に常温で1時間インキュベーションした。細胞を、細胞の核を確認できるように4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI,Sigma,St.Louis,MO)で対照染色した。
【0055】
実施例5:アルツハイマー病(Alzheimer disease)モデル及び神経幹細胞の移植
220g〜230g体重の雄スプラークドーレイラット(Orient−Bio,Seongnam,Korea)をエンフルランで麻酔し、定位脳手術フレーム(stereotaxic frame)に配置した。肌を切開して穴あけした後、新しく準備したAF64A(RBI,Natick,MA)溶液(3nmol/3μL/ラット)(参考文献17、20)を矢状縫合と冠状縫合の十字縫合(bregma)から後方位0.8mm、側位1.5mm及び腹部位4.0mmの脳定位座標で右側脳室の中に0.5μL/分の流速で脳室内(icv)投与した(参考文献17、21)。2週後に、F3又はF3.ChAT細胞(1×10
6細胞/ラット)を、学習及び記憶力損傷を示すラット(n=15/グループ)に同一の脳定位座標部位にicv投与によって移植した。
【0056】
実施例6:学習能力/記憶力テスト
ラットは細胞を移植した後、4週〜5週(n=8/グループ)又は8週〜9週(n=7/グループ)に学習及び記憶能力テストを行った。記憶習得及び維持に対する評価のために、受動的回避試験を連続4日間1日1回ずつ行い、5回目の実験は4回目の実験から1週間後、すなわち11日目に行った。ラットを暗室で電気ショック(1mAで2秒間)を経験させた後、照明がついてから明室から暗室に入って行く前にとどまる時間を記録した。水迷路実験(water−maze trial)は、22±2℃に維持される水で満たされた丸い水槽で行った。水槽領域は4つの区画に分けて、隠された逃避プラットフォーム(直径10cm)を1つの区画の中央の水中に、見えないように入れた。ラットは迷路外部にあるいくつかの標識を見て、隠されたプラットフォームを捜すように訓練させた。連続4日のそれぞれの日に5分おきで3回ずつ実験を行い、4回目の実験から1週間後に5回目の実験を行った。プラットフォーム上への平均逃避時間を記録した。
【0057】
実施例7:脳脊髄液におけるアセチルコリン濃度の分析
学習及び記憶能力テストの終了後にラットを犠牲にして、アセチルコリン(ACh)含量を分析するために、脳脊髄液(CSF)を採取した。脳脊髄液におけるアセチルコリンの濃度は、Amplex Redアセチルコリン/アセチルコリンエストラーゼ分析キット(Molecular Probes)を使用して、キット製造者のマニュアルに従って測定した。
【0058】
実施例8:脳組職に対する免疫組職化学染色
ラットの脳を4%パラホルムアルデヒド溶液で還流固定し、48時間、後固定した後、30%スクロースに72時間置いて凍結保護した。横断面で30μm厚みの凍結切片を準備し、hNuMA(1:100,mouse monoclonal,EMD Biosciences,San Diego,CA)、ChAT(1:100,rabbit polyclonal,Chemicon)、NF−Mix(1:1,000,rabbit polyclonal,Chemicon)又はGFAP(1:1,000,rabbit polyclonal,Chemicon)に対する特異的抗体を使用して、ヒト細胞確認用のhNuMA(human nuclear matrix antigen)、機能を持つタンパク質ChAT(コリンアセチルトランスフェラーゼ)、神経細胞確認用のNF−Mix(ニューロフィラメントタンパク質)、星状細胞確認用の酸性タンパク質(GFAP)に対して二重染色を行った。脳組職スライドを一次抗体と4℃で一晩中インキュベーションして、Alexa Fluor−488又はAlexa Fluor−594(1:1,000,Molecular Probes)が結合した二次抗体と常温で1時間インキュベーションした。
【0059】
実施例9:統計分析
データは平均±標準誤差で示した。行動データに対するグループ間の比較における統計学的な有意性は、一元変量分析(one−way ANOVA)及び二元変量分析(two−way ANOVA)によって決定した。P値が<0.05である場合は、統計学的に有意なものと見なした。
【0060】
実施例10:ChAT発現ヒト神経幹細胞株の確立
ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)遺伝子のF3ヒト神経幹細胞(NSC)へのトランスフェックションに対して、RT−PCR(reverse transcriptase−polymerase chain reaction)分析を行って、F3.ChAT神経幹細胞内でコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)mRNAが正常に発現していることを確認した(
図1のパネルA及びパネルB参照)。F3.ChAT細胞はF3細胞に比べてコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)のmRNA発現及びタンパク質合成水準が非常に高かった(
図1のパネルB及びD)。F3.ChAT細胞はこれらの親細胞であるF3細胞と類似する形態を示し(
図1のパネルC)、F3.ChAT細胞はChAT抗体に対して高い陽性の免疫反応を示した(
図1のパネルD)。
【0061】
実施例11:F3.ChAT細胞のAF64A処理されたラット脳への移植結果
AF64A処理されたラットにF3.ChAT細胞(1×10
6細胞/ラット)を脳室内に移植した後、9週時点で観察した結果、F3.ChAT細胞が脳全体領域に分布したことを確認した(
図2のパネルAないしD参照)。コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)に対する免疫反応性は、海馬、視床、視床下部、皮質及び隔膜から検出された。移植されたF3.ChAT細胞がコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)活性を発現することをインビボで確認するために、ヒト核マトリックス抗原(hNuMA)及びChATに特異的な抗体を使用して二重免疫染色を行った。その結果、huNuMA陽性F3.ChAT細胞のうち大部分は移植後9週でChATを強く発現することが観察された(
図2のパネルE参照)。さらに、hNuMA及びGFAP(グリア線維酸性タンパク質)に対して二重陽性であると共にhNuMA及びNF(神経フィラメント)に対して二重陽性であるF3.ChAT細胞が発見された。上記結果は、F3.ChAT細胞が星状細胞及び神経細胞に成功裏に分化したことを暗示するものである(
図2のパネルF及びG参照)。コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)タンパク質は移植した後に脳全体領域に分布したF3.ChAT細胞から検出され、インビボで9週時点まで生存した(
図2参照)。
【0062】
実施例12:F3.ChAT細胞移植によるアセチルコリン濃度の回復
AF64A(エチルコリンマスタードアジリジニウムイオン)は、高親和性コリン輸送システムによってのみ吸収されて、コリン性神経細胞内部に移動され、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)のmRNA発現及び酵素活性に変化を起こすコリンアナログである(参考文献15〜17)。AF64Aを脳に投与するとアセチルコリン(ACh)の放出が減少し、これによって学習及び記憶能力欠乏を含む認知能の損傷が誘導される(参考文献16〜18)。したがって、本発明においては、F3.ChAT細胞移植による記憶力向上の概念を測定するために、AF64A動物モデルを使用した。例えば、アセチルコリン(ACh)レベルが25%〜30%程度だけ減少しても、β−アミロイド形質転換マウス(Tg2576)(参考文献19)においてだけでなく、AF64A投与動物モデルにおいても深刻な記憶力損傷を示すが、かかる症状は2週以内に始まって11週以上持続する(参考文献16〜18、20)。
【0063】
コリン性毒素であるAF64A(3nmol/ラット)をラットの脳室内に投与した後、7週及び11週時点で脳脊髄液(CSF)内のアセチルコリン(ACh)濃度を測定した結果、AF64Aを投与したラットの方が、生理食塩水を投与した対照群ラットに比べてアセチルコリンの濃度が顕著に減少した(
図3のパネルA及びB)。一方、AF64A投与後2週時点でF3.ChAT細胞移植を受けたラットの脳では、AF64A投与によって減少していたアセチルコリン(ACh)レベルが完全に回復したが、比較群としてF3細胞移植を受けたラットでは、アセチルコリン(ACh)レベルが依然に低く維持された。
【0064】
移植された神経幹細胞の拡散分布のために、特定の脳領域よりは脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)の濃度を分析した。F3.ChAT細胞からのコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)のmRNA発現(
図1のパネルB参照)及びタンパク質の生成(
図1のパネルD参照)によって、脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)レベルを増加させたものと見られる。
【0065】
実施例13:F3.ChAT細胞移植による学習及び記憶能力の回復
AF64A処理されたラット(▼で表示)は、AF64A投入後2週時点(細胞移植前)、6週〜7週(細胞移植後4週〜5週)時点(
図4のパネルA及びパネルC)及び10週〜11週(細胞移植後8週〜9週)時点(
図4のパネルB及びD)で行われた受動的回避試験(
図4のパネルA及びパネルB)及び水迷路実験(
図4のパネルC及びD)によって測定されたように、正常動物(●で表示)と違って学習能力及び記憶能力の深刻な損傷を示した。
【0066】
興味深いことに、AF64A処理後F3.ChAT細胞を移植されたラット(◆で表示)は、移植後4週〜5週及び8週〜9週時点で学習能力及び記憶能力が回復したのに対し、比較のためにAF64A処理後F3細胞を移植した場合(■で表示)は、上記のような効果が生じなかった[●:正常対照群、▼:AF64A単独投与群、■:AF64A+F3移植群、◆:AF64A+F3.ChAT移植群]。
【0067】
上述した実施例12のように、F3.ChAT(1×10
6細胞/ラット)の移植は、脳におけるアセチルコリン(ACh)レベルを全面的に回復させ(
図3参照)、これによりAF64A処理されたラットの学習能力及び記憶能力を正常動物の水準に向上させたものと推定される(
図4参照)。F3親細胞の場合には、脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)の含量を少し増加させたが、記憶能力の向上に対してはほぼ無視できるような効果を示した。F3及びF3.ChAT細胞は、傷部位に移動して神経細胞及び星状細胞に分化し、移植後9週後まで生存した(
図2参照)。脳全体領域に拡散して分布しているため、脳切片での細胞の正確な数を数えることは不可能だった。ところが、大部分のhNuMA陽性F3.ChAT細胞がChATを発現することを確認した(
図2参照)。このことは移植されたF3.ChAT細胞が宿主の脳組職の新しい環境内で正常に機能するということを示唆するものであり、これは脳脊髄液(CSF)において増加されたアセチルコリン(ACh)レベルによって裏付けられる(
図3参照)。
【0068】
上記本発明の実験を通じて、ChATを発現するヒト神経幹細胞をAF64A誘導されたADモデルラットの脳に移植した場合、脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)レベルをほぼ正常な水準に回復させて、学習能力及び記憶能力の回復に寄与することを確認した。
【0069】
以上、本発明の特定の部分を詳細に記述したが、当業界における通常の知識を有する者にとってこのような具体的な記述は単に好ましい実現例に過ぎず、これに本発明の範囲が制限されるのではない点は明らかである。したがって、本発明の実質的な範囲は、添付の請求項とそれの等価物によって定義されると言えよう。
【0070】
参考文献
1.Terry,R.D.,Davies,P.,Annu.Rev.Neurosci.3,77(1980).
2.Whitehouse,P.J.et al.,Science 215,1237(1982).
3.Coyle,T.J.,Price,D.L.,DeLong,M.R.,Science 219,1184(1983).
4.K.,Kasa,P.,Rakonczay,Z.,Gulya,K.,Prog.Neurobiol.52,511(1997).
5.Terry,A.V.,Buccafusco,J.J.,Pharmacol.Exp.Ther.306,821(2003).
6.Musial,A.,Bajda,M.,Malawska,B.,Curr.Med.Chem.14,2654(2007).
7.Goldman,S.,Nat.Biotechnol.7,862(2005).
8.Lindvall,O.,Kokaia,Z.,Nature 441,1094(2006).
9.Kim,S.U.,deVellis,J.,J.Neurosci.Res.87,2183(2009).
10.Blurton−Jones,M.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 106,13594(2009).
11.Lee,H.J.et al.,Stem Cells 25,1204(2007).
12.Lee,S.T.et al.,Brain 131,616(2008).
13.Yasuhara,T.et al.,J.Neurosci.26,12497(2006).
14.Hwang,D.H.et al.,Gene Ther.16,1034(2009).
15.Fan,Q.I.,Hanin,I.,Neurochem.Res.24,15(1999).
16.Yamazaki,N.,Kato,K.,Kurihara,E.,Nagaoka,A.,Psychopharmacology(Berl.) 103,215(1991).
17.Bessho,T.,Takashina,K.,Eguchi,J.,Komatsu,T.,Saito,K.,J.Neural Transm.115,1019(2008).
18.Abe,E.,Murai,S.,Masuda,Y.,Saito,H.,Itoh,T.,Br.J.Pharmacol.108,387(1993).
19.Tsai,K.−J.,Tsai,Y.−C.,Shen,C.−K.,J.Exp.Med.204,1273(2007).
20.Fisher,A.,Mantione,C.R.,Abraham,D.J.,Hanin,I.,J.Pharmacol.Exp.Ther.222,140(1982).
21.Takashina,K.,Bessho,T.,Mori,R.,Eguchi,J.,Saito,K.,J.Neural Transm.115,1027(2008).
22.Shimato,S.et al.,Gene Ther.14,1132(2007).
23.Xuan,A.G.et al.,Neurosci.Lett.440,331(2008).
24.Wu,S.et al.,Pathobiology 75,186(2008).
25.Srivastava,N.,Seth,K.,Khanna,V.K.,Ansari,R.W.,Agrawal,A.K.,Int.J.Dev.Neurosci.27,103(2009).
26.Beck,K.D.et al.,Nature 373,339(1995).
27.Schbitz,W.R.et al.,Stroke 31,2212(2000).
28.Kim,S.U.,Neuropathology 24,159(2004).
29.Matsuo et al.,A.,Neurochem.Int.46,423(2005).