特許第5903103号(P5903103)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5903103ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼを発現するヒト神経幹細胞及びその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5903103
(24)【登録日】2016年3月18日
(45)【発行日】2016年4月13日
(54)【発明の名称】ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼを発現するヒト神経幹細胞及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20160331BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20160331BHJP
   C12N 15/00 20060101ALI20160331BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20160331BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20160331BHJP
   C12N 9/10 20060101ALN20160331BHJP
【FI】
   C12N5/10
   C12N15/00 A
   C12N15/00ZNA
   A61K35/30
   A61P25/28
   !C12N9/10
【請求項の数】9
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2013-532711(P2013-532711)
(86)(22)【出願日】2011年7月4日
(65)【公表番号】特表2014-502142(P2014-502142A)
(43)【公表日】2014年1月30日
(86)【国際出願番号】KR2011004886
(87)【国際公開番号】WO2012046946
(87)【国際公開日】20120412
【審査請求日】2013年6月7日
(31)【優先権主張番号】10-2010-0098234
(32)【優先日】2010年10月8日
(33)【優先権主張国】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】513082801
【氏名又は名称】チュンブク ナショナル ユニバーシティ インダストリー アカデミック コーポレイション ファウンデーション
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100107733
【弁理士】
【氏名又は名称】流 良広
(74)【代理人】
【識別番号】100115347
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 奈緒子
(74)【代理人】
【識別番号】100163038
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 武志
(72)【発明者】
【氏名】キム・ユンペ
(72)【発明者】
【氏名】キム・スン ウプ
【審査官】 吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−329559(JP,A)
【文献】 Q.Wang, et al,The Journal of Medical Investigation,2006年,Vol.53,p.61-69
【文献】 L.J.FISHER, et al,ANALS OF THE NEW YORK ACADEMY OF SCIENCES,1993年,Vol.695,p.278-284
【文献】 M.F.Taha,Current Stem Cell Research & Therapy,2010年 3月,Vol.5,p.23-36
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
HB1.F3がヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されてなり、配列番号1のアミノ酸配列を含むヒトChATを発現することを特徴とするヒト神経幹細胞。
【請求項2】
ベクターが、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、SV40ベクター、ポリオーマウイルスベクター、パピローマウイルスベクター、ピコルナウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター又はヘルパー依存型アデノウイルスベクターである請求項1に記載のヒト神経幹細胞。
【請求項3】
請求項1から2のいずれかに記載のヒト神経幹細胞を有効成分として含むことを特徴とするアルツハイマー病治療用薬剤学的組成物。
【請求項4】
請求項1から2のいずれかに記載のヒト神経幹細胞を有効成分として含むことを特徴とする認知機能障害改善用組成物。
【請求項5】
認知機能障害が、脳におけるアセチルコリンの分泌減少によるものである請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
認知機能が、学習能力又は記憶能力である請求項4に記載の組成物。
【請求項7】
アルツハイマー病の治療方法に使用するための薬剤学的組成物であって、
配列番号1のアミノ酸配列を含むヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含み、
前記ヒト神経幹細胞が、HB1.F3がChATをコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されてなることを特徴とする薬剤学的組成物。
【請求項8】
認知機能障害の治療方法に使用するための薬剤学的組成物であって、
配列番号1のアミノ酸配列を含むヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含み、
前記ヒト神経幹細胞が、HB1.F3がChATをコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されてなることを特徴とする薬剤学的組成物。
【請求項9】
HB1.F3をヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換する工程を含み、
配列番号1のアミノ酸配列を含むヒトChATを発現するヒト神経幹細胞を製造することを特徴とするヒト神経幹細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されてヒトChAT酵素を安定的に発現するヒト神経幹細胞及びその用途に関し、より詳細には、上記ヒトChATを発現するヒト神経幹細胞を含むアルツハイマー病治療用薬剤学的組成物及び認知機能障害改善用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(Alzheimer Disease,AD)は、学習及び記憶力損傷のような認知能力の欠損を特徴とする、最も破壊的な神経変性疾患の一つである(非特許文献1)。アルツハイマー病患者において、シナプス前部のコリン性システムの機能障害が認知機能障害の主な原因の一つであり(非特許文献2〜3)、ここで、アセチルコリン(acetylcholine,ACh)合成酵素であるコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)酵素の活性減少が観察される(非特許文献4〜5)。現在まで、アルツハイマー病の治療は、アセチルコリン分解酵素であるアセチルコリンエストラーゼ(acetylcholinesterase,AChE)を抑制することによりアセチルコリンの濃度を増加させるようにデザインされた小さな分子の薬物に基づいて行われている(非特許文献5〜6)。しかしながら、組職損傷の進行に対する強力な保護効果がない薬物治療は、一時的な症状改善の効果に過ぎないため、AD患者に対する効果的かつ実質的な治療が要求されており、アルツハイマー病をターゲッティングする幹細胞に基づいた治療アプローチが、上記のような要求を満たすものと期待されてきた。様々な神経障害に対して、パーキンソン病(PD)、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症ALS)、脳卒中及び脊髓損傷のような疾患を治療するために、幹細胞ベースの治療研究が始まりつつある(非特許文献7〜9)。
【0003】
薬物による身体機能の一時的な向上とは対照的に、幹細胞は宿主細胞の死滅を抑制するか遅延させ、損傷された組職を回復させることができるものと期待されている(非特許文献7〜10)。本発明者らは、多様な機能遺伝子、特に成長因子をコードする遺伝子を発現するヒト神経幹細胞の移植によって宿主細胞を保護し、脳卒中、PD、ALS及び脊髓損傷の動物モデルにおいて身体機能を回復させることができることを確認した(非特許文献11〜14)。不死化されたヒト神経幹細胞は、エクスビボ(ex vivo)で中枢神経系(central nervous system,CNS)内への遺伝子伝達及び遺伝子操作に非常に効果的な細胞ソースとして認められており、遺伝的に改変された神経幹細胞は、正常又は損傷された脳の中への移植後に生存し、宿主組職に統合されてニューロン及びグリア細胞に分化する(非特許文献9)。
【0004】
本明細書の全体にわたって多数の論文及び特許文献が参照され、その引用が表示されている。引用された論文及び特許文献の開示内容は、その全体が本明細書に参照として組み込まれ、本発明の属する技術分野の水準及び本発明の内容がより明確に説明される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Terry,R.D.,Davies,P.,Annu.Rev.Neurosci.3,77(1980).
【非特許文献2】Whitehouse,P.J.et al.,Science 215,1237(1982).
【非特許文献3】Coyle,T.J.,Price,D.L.,DeLong,M.R.,Science 219,1184(1983).
【非特許文献4】K.,Kasa,P.,Rakonczay,Z.,Gulya,K.,Prog.Neurobiol.52,511(1997).
【非特許文献5】Terry,A.V.,Buccafusco,J.J.,Pharmacol.Exp.Ther.306,821(2003).
【非特許文献6】Musial,A.,Bajda,M.,Malawska,B.,Curr.Med.Chem.14,2654(2007).
【非特許文献7】Goldman,S.,Nat.Biotechnol.7,862(2005).
【非特許文献8】Lindvall,O.,Kokaia,Z.,Nature 441,1094(2006).
【非特許文献9】Kim,S.U.,deVellis,J.,J.Neurosci.Res.87,2183(2009).
【非特許文献10】Blurton−Jones,M.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 106,13594(2009).
【非特許文献11】Lee,H.J.et al.,Stem Cells 25,1204(2007).
【非特許文献12】Lee,S.T.et al.,Brain 131,616(2008).
【非特許文献13】Yasuhara,T.et al.,J.Neurosci.26,12497(2006).
【非特許文献14】Hwang,D.H.et al.,Gene Ther.16,1034(2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、幹細胞移植方法を用いてアルツハイマー病で発生するアセチルコリンの欠乏による認知機能、例えば学習能力又は記憶能力の障害を回復させることができる細胞治療技術を開発するために研究努力した。まず、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)遺伝子を過剰発現するヒト神経幹細胞の形質転換体を確立し、該形質転換体をアルツハイマー病動物モデルの脳に移植して、移植された細胞が安定的に分化してアセチルコリンを分泌し、これによって動物モデルの認知機能が改善することを実験的に確認して本発明を完成した。
【0007】
したがって、本発明の目的は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を提供することにある。
【0008】
本発明の別の目的は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を含むアルツハイマー病治療用薬剤学的組成物を提供することにある。
【0009】
本発明のまた別の目的は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を含む認知機能障害改善用薬剤学的組成物を提供することにある。
【0010】
本発明のまた別の目的は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞の薬剤学的有効量を、アルツハイマー病を患う対象に投与するステップを含むアルツハイマー病を治療する方法を提供することにある。
【0011】
本発明のまた別の目的は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞の薬剤学的有効量を、認知機能障害を患う対象に投与するステップを含む認知機能障害を治療する方法を提供することにある。
【0012】
本発明のまた別の目的は、アルツハイマー病の治療方法に使用するための、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含む薬剤学的組成物を提供することにある。
【0013】
本発明のまた別の目的は、認知機能障害の治療方法に使用するための、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含む薬剤学的組成物を提供することにある。
【0014】
本発明の目的及び利点は、下記の発明の詳細な説明、請求の範囲及び図面によって、さらに明確に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞及びその製造に用いたベクターを示す図である。図1のパネルAは、ヒトChAT完全長cDNAを含むプラスミドpLPCX.ChATを持つレトロウイルスベクターの構成を示す。本発明のF3.ChATヒト神経幹細胞株は、上記ベクターをF3ヒト神経幹細胞に感染させて製造した。図1のパネルBは、ChAT mRNA発現のRT−PCR分析結果を示す写真である。図1のパネルCは、F3細胞及びF3.ChAT細胞の形態を示す。図1のパネルDは、F3細胞(左)及びF3.ChAT細胞(右)においてChATタンパク質を免疫細胞化学的に確認した結果である。スケールバーは50μmである。不死化された神経幹細胞(Neural Stem Cell,NSC)株である、HB1.F3(F3)は、妊娠15週ヒト胎児の脳の初代培養細胞をv−mycがん遺伝子をコードするレトロウイルスベクターで感染させて確立した(参考文献9、11、28)。F3 NSC細胞株は、ヒトChAT遺伝子をコードするレトロウイルスで感染させた。完全長ヒトChAT cDNAを含むプラスミドpLPCX.ChATを使用した。PG13マウスパッケージング細胞株をSuperFect試薬を使用してpLPCX.ChATベクターでトランスフェクションさせ、安定化PG13細胞株を5μg/mLのプロマイシンを7日間使用して選別した。PG13.ChAT細胞から収集された複製不能レトロウイルスベクターをF3ヒトNSCの感染のために使用し、プロマイシン耐性F3.ChATクローンを分離して、この中の一つのクローンであるF3.ChAT.D2を増やして移植に使用した。ChAT mRNA発現分析のためにRT−PCRを行い、ChATタンパク質の確認のために培養物をヒトChATに特異的な一次抗体とインキュベーションした後、蛍光二次抗体とインキュベーションし、DAPIで染色した。細胞をantifade mounting溶液を使用してスライドガラス上に装着して、Olympusのレーザ走査型共焦点顕微鏡下で観察した。
図2図2は、AF64Aが注入されたラットにヒトF3.ChAT細胞を移植した後のラット脳における、ヒトF3.ChAT細胞の分布、ChAT生成分布、並びに星状細胞及び神経細胞への分化を示す図である。図2のパネルA〜Dは、AF64Aが注入されたラットにヒトF3.ChAT細胞を移植(1×10細胞/ラット)した後、9週にラット脳におけるヒトF3.ChAT細胞(hNuMA陽性反応によって確認)の分布を示す。図2のパネルEは、AF64Aが注入されたラットにヒトF3.ChAT細胞を移植(1×10細胞/ラット)した後、9週にラット脳におけるヒトF3.ChAT細胞(hNuMA陽性反応によって確認)によるChAT生成分布を示す。図2のパネルF及びGは、AF64Aが注入されたラットにヒトF3.ChAT細胞を移植(1×10細胞/ラット)した後、9週にラット脳におけるヒトF3.ChAT細胞(hNuMA染色)が星状細胞(GFAP染色;パネルF)及び神経細胞(NF−Mix染色;パネルG)にそれぞれ分化することを示す。スケールバーは50μmである。
図3図3は、2週間のAF64A前処理(3nmol/ラット)に続き、F3細胞又はF3.ChAT細胞(1×10細胞/ラット)を後移植したラットの脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン濃度の測定結果を示すグラフである。パネルAとBは、それぞれ移植後5週時点及び9週時点の結果を示す。脳脊髄液におけるACh濃度は、Amplex Redアセチルコリン/アセチルコリンエストラーゼ分析キット(Molecular Probes)を使用して測定した。この分析において、AChはAChEによって加水分解されてコリンを放出し、これはさらにコリンオキシダーゼによってベタイン及び過酸化水素(H)に酸化される。Hは西洋ワサビペルオキシダーゼの存在下でAmplex Red(7−dihydroxyphenoxazine)と相互作用して、非常に高い蛍光特性を持つレゾルフィンを生成する。生成された蛍光は530nm〜560nm範囲の放出及び〜590nm範囲の励起を用いて蛍光マイクロプレートリーダー内で測定した。
図4図4は、2週間のAF64A前処理(3nmol/ラット)に続き、F3細胞又はF3.ChAT細胞(1×10細胞/ラット)を後移植したラットの4〜5週時点(パネルA及びC)及び8〜9週時点(パネルB及びD)での受動的回避試験(パネルA及びB)及び水迷路実験(パネルC及びD)の結果を示すグラフである。●:正常対照群、▼:AF64A単独投与群、■:AF64A+F3移植群、◆:AF64A+F3.ChAT移植群。受動的回避試験においては、ラットが明室からギロチンドアを通過して暗室に入ったとき、1mAで2秒間の電気ショックを与えた。照明がついた時から明室にとどまる時間を記録した。記憶の完全な習得を意味する終了点は300秒にセットした。毎日1回ずつ4日間の試験後、1週間が過ぎた時点で、記憶力維持を確認するために5回目の試験を行った。水迷路実験では、ラットを連続4日間、1日に3回で構成される実験を行い、記憶力維持を確認するために4週時点又は8週時点での4日間の試験から1週間が過ぎた時点で、5回目を行った。プラットフォームへの平均逃避時間を計算した。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一様態によれば、本発明は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase,ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞に関するものである。
【0017】
本発明において「コリンアセチルトランスフェラーゼ」とは、アセチルCoAをコリンに結合させて神経伝達物質であるアセチルコリンを生成する機能を持つ酵素である。これは神経細胞のボディ(body)で合成されて軸索流に沿って神経末端に移動される。ヒトではコリンアセチルトランスフェラーゼ酵素はChAT遺伝子によってコードされている[Strauss,W.L.,Kemper,R.R.,Jayakar,P.et al.,Genomics 9,396−398(1991)]。
【0018】
本発明の好ましい実現例によれば、上記ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼは、配列番号1のアミノ酸配列(GenBank Accession No.NP_065574)を含む。
【0019】
本発明においてヒトの「神経幹細胞」(neuronal stem cells,NSCs)とは、増殖を続ける能力、すなわち自己複製能(self−renew)を持っており、中枢神経系を構成する神経細胞(neuron又はneuronal cell)、星状細胞(astrocyte)、希突起膠細胞(oligodendrocyte)などの細胞に分化することができる多分化能を持つ未分化細胞を意味する。
【0020】
本発明の好ましい実現例によれば、上記神経幹細胞は、初代培養神経幹細胞又は遺伝的に改変された不死化された(immortalized)神経幹細胞である。
【0021】
本発明の形質転換体である神経幹細胞は、ヒトの組職から分離及び培養された初代培養神経幹細胞であってもよい。例えば、ヒト胎児又は大人の脳から分離した神経幹細胞、ヒト臍帯血由来の造血幹細胞から誘導された神経幹細胞、ヒト骨髓幹細胞から誘導された神経幹細胞、又はヒト胚から誘導された神経幹細胞を形質転換に使用することができる。
【0022】
また、本発明において遺伝的に改変されて不死化された神経幹細胞も、形質転換に使用することができる。例えば、ヒト胎児の脳から分離した神経幹細胞にv−mycがん遺伝子を含むレトロウイルスベクターを導入して確立された不死化されたヒト神経幹細胞株を使用することができる。
【0023】
ヒト神経幹細胞は幹細胞マーカーとしてネスチン(nestin)の陽性染色によって確認される。
【0024】
神経幹細胞の具体的な分離方法は、米国登録特許5,654,183に開示されており、この文献は本明細書に参照として組み込まれる。神経幹細胞は、bFGF(塩基性線維芽細胞成長因子)、EGF(上皮細胞成長因子)、又はFGF(線維芽細胞成長因子)の成長因子を好適な濃度範囲、例えば5ng/mL〜100ng/mLの範囲で培地に添加して培養することができる。
【0025】
本発明のヒト神経幹細胞は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ遺伝子を含むベクターで形質転換された遺伝的に改変(genetically modified)された細胞である。
【0026】
下記本発明の具体的な一実施例から立証されるように、本発明のヒト神経幹細胞に発現ベクターに挿入された形態で導入されたヒトコリンアセチルトランスフェラーゼは安定的に発現し、アルツハイマー病動物モデルの脳に移植された場合、移植された脳組職に安定的に統合、生存及び分化し、アセチルコリンの濃度を正常な水準に上昇させ、最終的に、正常動物と比較可能な程度に認知機能を回復させた。
【0027】
本発明において、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼをヒト神経幹細胞に導入させるために使用されるベクターは、好ましくは次のベクターを使用することができるが、これに限定されるものではない。:(i)アデノウイルスベクター;(ii)レトロウイルスベクター;(iii)アデノ随伴ウイルスベクター;(iv)単純ヘルペスウイルスベクター;(v)SV40ベクター;(vi)ポリオーマウイルスベクター;(vii)パピローマウイルスベクター;(viii)ピコルナウイルスベクター;(ix)ワクシニアウイルスベクター;(x)ヘルパー依存型アデノウイルスベクター。
【0028】
本発明のベクターに含まれる真核細胞で作動する複製起点は、f1複製起点、SV40複製起点、pMB1複製起点、Adeno複製起点、AAV複製起点及びBBV複製起点などを含むが、これに限定されるものではない。
【0029】
本発明のベクターに使用することができるプロモーターとしては、哺乳動物細胞のゲノムに由来するプロモーター(例えば、メタロチオネインプロモーター)又は哺乳動物ウイルスに由来するプロモーター(例えば、アデノウイルス後期プロモーター、ワクシニアウイルス7.5Kプロモーター、SV40プロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター及びHSV tkプロモーター)を用いることができ、転写終結配列としてポリアデニル化配列が含まれ、例えばSV40由来polA配列及びBGH polA配列などがある。
【0030】
本発明において用いられるベクターは選択マーカーとして、当業界で通常用いられる抗生物質耐性遺伝子を含み、例えば、アンピシリン、ゲンタマイシン、カルベニシリン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシン、カナマイシン、ジェネティシン、ネオマイシン、ピューロマイシン及びテトラサイクリンに対する耐性遺伝子がある。
【0031】
本発明の具体的な一実施例によれば、本発明のヒトコリンアセチルトランスフェラーゼを含む発現ベクターの構成は、図1のパネルAに開示されている。
【0032】
本発明のベクターをヒト神経幹細胞内に導入する方法は、公知のトランスフェクション方法を使用することができ、例えば、マイクロインジェクション法(Capecchi,M.R.,Cell 22,479(1980))、リン酸カルシウム沈澱法(Graham,F.L.et al.,Virology 52,456(1973))、エレクトロポレーション法(Neumann,E.et al.,EMBO J.1,841(1982))、リポソームトランスフェクション法(Wong,T.K.et al.,Gene,10,87(1980))、DEAEデキストラン処理法(Gopal,Mol.Cell Biol.5,1188−1190(1985))、及びパーティクル・ガン法(Yang et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87,9568−9572(1990))などがあるが、これに限定されない。
【0033】
形質転換されたヒト神経幹細胞を選別するステップは、上述した選択マーカーによって発現される表現型を用いて、容易に実施することができる。例えば、上記選択マーカーが特定の抗生物質耐性遺伝子である場合には、上記抗生物質が含有された培地で形質転換体を培養することで形質転換体を容易に選別することができる。
【0034】
本発明の別の一様態によれば、本発明は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されてChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含むアルツハイマー病治療用薬剤学的組成物に関するものである。
【0035】
本発明の薬剤学的組成物は、典型的に細胞を含む懸濁液形態の注射剤として製造されることができる。注射に適した製薬形態は、直ちに準備可能な溶液又は分散液のための滅菌された溶液又は分散液を含む。いずれの場合にも注射液形態の薬剤は滅菌されなければならず、注射が容易な程度に流動性を持たなければならない。
【0036】
本発明の薬剤学的組成物は、有効成分以外に薬剤学的に許容される担体を含むことができる。上記「薬剤学的に許容される」とは、人間に投与されたとき、アレルギー反応や類似する不利な反応を起こさないということを意味する。このような担体としては、特定の溶媒、分散媒質、コーティング剤、抗菌剤及び抗真菌剤、等張剤及び吸収遅延剤などを含む。薬剤学的に活性である物質にこのような媒質及び製剤を使用することは当業界に公知されている。薬剤学的組成物の担体は、例えば、水、食塩水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール及び液状ポリエチレングリコールなど)、これらの好適な混合物、及び植物油を含む溶媒又は分散媒質であってもよい。レシチンのようなコーティング剤の使用によって流動性を維持することができる。微生物汚染を防ぐためにパラベン、クロロブタノール、フェノール、ソルビン酸、チメロサールなどのような多様な抗菌剤及び抗真菌剤が含まれてもよく、糖又は塩化ナトリウムなどの等張剤も含まれてもよい。また、体内投与時に吸収作用を延長させるために、組成物に吸収を遅延させる製剤、例えば、モノステアリン酸アルミニウム及びゼラチンを含ませてもよい。滅菌注射溶液は、必要によって上述した種々の異なる成分を有する好適な溶媒に必要な量の活性化合物を混合した後、濾過滅菌して製造される。
【0037】
本発明の薬剤学的組成物は、好ましくは非経口で投与することができ、即ち、腹腔内、真皮内、筋肉内、静脈内、脳質内、脊髄内の経路で投与、又は局所投与することができ、より好ましくは、脳部位に直接注入によって投与することができる。
【0038】
本発明の薬剤学的組成物は、剤形と両立する方式で治療的に効果的な量で投与される。また、治療対象の状態又は条件によって投与量を調節することができる。水性の注射溶液で非経口投与するために、溶液は必要によって適宜緩衝されなければならず、まず、液体希釈剤を十分な食塩水又はグルコースで等張性とする。これら特殊な水溶液は、特に、静脈内、筋肉内、皮下、真皮内、脳質内、脊髄内及び腹腔内投与に好適である。これに係り、本組成物に使用されることができる担体及び製剤、媒質に関する内容は当業界に公知されている(”Remington’s Pharmaceutical Sciences”,1995,15版参照)。
【0039】
本発明のまた別の一様態によれば、上述のヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含む認知機能障害改善用組成物に関するものである。
【0040】
本発明の好ましい実現例によれば、上記認知機能は、学習能力又は記憶能力である。
【0041】
本発明の別の好ましい実現例によれば、上記認知機能障害は、脳におけるアセチルコリンの分泌減少によるものである。
【0042】
本発明の別の好ましい実現例によれば、上記認知機能障害改善用組成物は、薬剤学的組成物の形態で製造することができる。薬剤学的組成物に関する内容は、上記アルツハイマー病治療用薬剤学的組成物に関する内容と同一である。したがって、本明細書を複雑にさせるような過度の重複を避けるため、両者に共通する記載を省略する。
【0043】
本発明の別の一様態によれば、本発明は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞の薬剤学的有効量を、アルツハイマー病を患う対象に投与するステップを含むアルツハイマー病を治療する方法を提供する。
【0044】
本発明のまた別の一様態によれば、本発明は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞の薬剤学的有効量を認知機能障害を患う対象に投与するステップを含む認知機能障害を治療する方法を提供する。
【0045】
本発明のまた別の一様態によれば、本発明は、アルツハイマー病の治療方法に使用するための、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含む薬剤学的組成物を提供する。
【0046】
本発明のまた別の一様態によれば、本発明は、アルツハイマー病治療剤の製造のための、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞の使用を提供する。
【0047】
本発明のまた別の一様態によれば、本発明は、認知機能障害の治療方法に使用するための、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞を有効成分として含む薬剤学的組成物を提供する。
【0048】
本発明のまた別の一様態によれば、本発明は、認知機能障害治療剤の製造のための、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されて、ChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞の使用を提供する。
【0049】
本発明は、ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)をコードするヌクレオチド配列を含むベクターで形質転換されてChAT酵素を発現するヒト神経幹細胞、この細胞を有効成分として含むアルツハイマー病治療用薬剤学的組成物、及び認知機能障害改善用組成物に関するものである。本発明の利点及び効果を要約すると、次の通りである。
(i)本発明のヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)を発現するように遺伝的に改変されたヒト神経幹細胞は、アルツハイマー病(AD)動物モデルの脳内に直接移植又は血管注射のような他の経路で移植された場合、宿主脳組職に成功裏に統合されて神経細胞及びグリア細胞に分化する。
(ii)本発明のヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ発現ベクターで形質転換されたヒト神経幹細胞株は、AD動物モデルの脳内に直接移植又は血管注射のような他の経路で移植されてChAT酵素を安定的に発現させることで、減少していたアセチルコリンの濃度を正常な水準に回復させる。
(iii)本発明のChAT発現ヒト神経幹細胞は、学習能力及び記憶能力が損傷されたAD動物モデルの認知能力を正常な水準に復旧させる。
(iv)本発明のChAT発現ヒト神経幹細胞株は、アルツハイマー病の治療及びこの病による認知機能障害改善の用途に使用することができる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明する。これら実施例は単に本発明をより具体的に説明するためのものであって、本発明の要旨によって本発明の範囲がこれら実施例によって制限されないことは、当業界における通常の知識を有する者に自明であろう。
【0051】
実施例1:ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)クローニング及びcDNAコンストラクト
ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)完全長cDNAは、ラットの末梢型ChATに関する公知文献に既に記述された方法(参考文献29)によって、ヒト小腸Marathon−Ready cDNA(Clontech,Mountain View,CA)からPCR方法により得た。プラスミドDNAの配列分析は、ABI 3100 DNAシーケンサー(Applied Biosystems,Foster City,CA)を使用して行った。
【0052】
実施例2:ヒト神経幹細胞(Neural Stem Cells,NSCs)
HB1.F3(F3)ヒトNSC(neural stem cell)株(参考文献8、9、11、28)に、ヒトChAT完全長cDNAを含むpLPCX.ChAT遺伝子を持つレトロウイルスを感染させて、プロマイシン耐性細胞を選別した(参考文献13)。ChAT過剰発現クローンであるF3.ChATを分離し、ChATの発現をRT−PCR及び免疫蛍光顕微鏡で分析した。
【0053】
実施例3:RT−PCR分析
全RNAをTRIzol(BRL,Gaithersburg,MD)を使用してヒト神経幹細胞(NSC)培養物から抽出した。相補的DNA鋳型は、オリゴdTプライマーとともに400UのMMLV(Moloney Murine Leukemia Virus)逆転写酵素(Promega,Madison,WI)を使用して25PCRサイクルを行って準備し、RT−PCR産物はエチジウムブロマイド(EtBr)を含む1.2%アガロースゲル上から分離した。ChAT RT−PCRに使用したプライマーは次の通りである。センス:5’−CTGTGCCCCCTTCTAGAGC−3’(配列番号2]);アンチセンス:5’−CAAGGTTGGTGTCCCTGG−3’(配列番号3])。
【0054】
実施例4:NSC細胞株の兔疫細胞化学的分析
F3.ChAT細胞はポリ−L−リジンコートされたAclarプラスチックカバースリップ上にプレーティングし、0.1Mリン酸塩緩衝液内の4%パラホルムアルデヒド中で、常温で5分間固定させた。固定された培養物をヒトChATに特異的な抗体(1:100,rabbit polyclonal,Chemicon,Temecula,CA)と共に4℃で24時間インキュベーションし、次いでAlexa Fluor 488が結合したウサギ抗体IgG(Molecular Probes,Eugene,OR)と共に常温で1時間インキュベーションした。細胞を、細胞の核を確認できるように4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI,Sigma,St.Louis,MO)で対照染色した。
【0055】
実施例5:アルツハイマー病(Alzheimer disease)モデル及び神経幹細胞の移植
220g〜230g体重の雄スプラークドーレイラット(Orient−Bio,Seongnam,Korea)をエンフルランで麻酔し、定位脳手術フレーム(stereotaxic frame)に配置した。肌を切開して穴あけした後、新しく準備したAF64A(RBI,Natick,MA)溶液(3nmol/3μL/ラット)(参考文献17、20)を矢状縫合と冠状縫合の十字縫合(bregma)から後方位0.8mm、側位1.5mm及び腹部位4.0mmの脳定位座標で右側脳室の中に0.5μL/分の流速で脳室内(icv)投与した(参考文献17、21)。2週後に、F3又はF3.ChAT細胞(1×10細胞/ラット)を、学習及び記憶力損傷を示すラット(n=15/グループ)に同一の脳定位座標部位にicv投与によって移植した。
【0056】
実施例6:学習能力/記憶力テスト
ラットは細胞を移植した後、4週〜5週(n=8/グループ)又は8週〜9週(n=7/グループ)に学習及び記憶能力テストを行った。記憶習得及び維持に対する評価のために、受動的回避試験を連続4日間1日1回ずつ行い、5回目の実験は4回目の実験から1週間後、すなわち11日目に行った。ラットを暗室で電気ショック(1mAで2秒間)を経験させた後、照明がついてから明室から暗室に入って行く前にとどまる時間を記録した。水迷路実験(water−maze trial)は、22±2℃に維持される水で満たされた丸い水槽で行った。水槽領域は4つの区画に分けて、隠された逃避プラットフォーム(直径10cm)を1つの区画の中央の水中に、見えないように入れた。ラットは迷路外部にあるいくつかの標識を見て、隠されたプラットフォームを捜すように訓練させた。連続4日のそれぞれの日に5分おきで3回ずつ実験を行い、4回目の実験から1週間後に5回目の実験を行った。プラットフォーム上への平均逃避時間を記録した。
【0057】
実施例7:脳脊髄液におけるアセチルコリン濃度の分析
学習及び記憶能力テストの終了後にラットを犠牲にして、アセチルコリン(ACh)含量を分析するために、脳脊髄液(CSF)を採取した。脳脊髄液におけるアセチルコリンの濃度は、Amplex Redアセチルコリン/アセチルコリンエストラーゼ分析キット(Molecular Probes)を使用して、キット製造者のマニュアルに従って測定した。
【0058】
実施例8:脳組職に対する免疫組職化学染色
ラットの脳を4%パラホルムアルデヒド溶液で還流固定し、48時間、後固定した後、30%スクロースに72時間置いて凍結保護した。横断面で30μm厚みの凍結切片を準備し、hNuMA(1:100,mouse monoclonal,EMD Biosciences,San Diego,CA)、ChAT(1:100,rabbit polyclonal,Chemicon)、NF−Mix(1:1,000,rabbit polyclonal,Chemicon)又はGFAP(1:1,000,rabbit polyclonal,Chemicon)に対する特異的抗体を使用して、ヒト細胞確認用のhNuMA(human nuclear matrix antigen)、機能を持つタンパク質ChAT(コリンアセチルトランスフェラーゼ)、神経細胞確認用のNF−Mix(ニューロフィラメントタンパク質)、星状細胞確認用の酸性タンパク質(GFAP)に対して二重染色を行った。脳組職スライドを一次抗体と4℃で一晩中インキュベーションして、Alexa Fluor−488又はAlexa Fluor−594(1:1,000,Molecular Probes)が結合した二次抗体と常温で1時間インキュベーションした。
【0059】
実施例9:統計分析
データは平均±標準誤差で示した。行動データに対するグループ間の比較における統計学的な有意性は、一元変量分析(one−way ANOVA)及び二元変量分析(two−way ANOVA)によって決定した。P値が<0.05である場合は、統計学的に有意なものと見なした。
【0060】
実施例10:ChAT発現ヒト神経幹細胞株の確立
ヒトコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)遺伝子のF3ヒト神経幹細胞(NSC)へのトランスフェックションに対して、RT−PCR(reverse transcriptase−polymerase chain reaction)分析を行って、F3.ChAT神経幹細胞内でコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)mRNAが正常に発現していることを確認した(図1のパネルA及びパネルB参照)。F3.ChAT細胞はF3細胞に比べてコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)のmRNA発現及びタンパク質合成水準が非常に高かった(図1のパネルB及びD)。F3.ChAT細胞はこれらの親細胞であるF3細胞と類似する形態を示し(図1のパネルC)、F3.ChAT細胞はChAT抗体に対して高い陽性の免疫反応を示した(図1のパネルD)。
【0061】
実施例11:F3.ChAT細胞のAF64A処理されたラット脳への移植結果
AF64A処理されたラットにF3.ChAT細胞(1×10細胞/ラット)を脳室内に移植した後、9週時点で観察した結果、F3.ChAT細胞が脳全体領域に分布したことを確認した(図2のパネルAないしD参照)。コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)に対する免疫反応性は、海馬、視床、視床下部、皮質及び隔膜から検出された。移植されたF3.ChAT細胞がコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)活性を発現することをインビボで確認するために、ヒト核マトリックス抗原(hNuMA)及びChATに特異的な抗体を使用して二重免疫染色を行った。その結果、huNuMA陽性F3.ChAT細胞のうち大部分は移植後9週でChATを強く発現することが観察された(図2のパネルE参照)。さらに、hNuMA及びGFAP(グリア線維酸性タンパク質)に対して二重陽性であると共にhNuMA及びNF(神経フィラメント)に対して二重陽性であるF3.ChAT細胞が発見された。上記結果は、F3.ChAT細胞が星状細胞及び神経細胞に成功裏に分化したことを暗示するものである(図2のパネルF及びG参照)。コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)タンパク質は移植した後に脳全体領域に分布したF3.ChAT細胞から検出され、インビボで9週時点まで生存した(図2参照)。
【0062】
実施例12:F3.ChAT細胞移植によるアセチルコリン濃度の回復
AF64A(エチルコリンマスタードアジリジニウムイオン)は、高親和性コリン輸送システムによってのみ吸収されて、コリン性神経細胞内部に移動され、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)のmRNA発現及び酵素活性に変化を起こすコリンアナログである(参考文献15〜17)。AF64Aを脳に投与するとアセチルコリン(ACh)の放出が減少し、これによって学習及び記憶能力欠乏を含む認知能の損傷が誘導される(参考文献16〜18)。したがって、本発明においては、F3.ChAT細胞移植による記憶力向上の概念を測定するために、AF64A動物モデルを使用した。例えば、アセチルコリン(ACh)レベルが25%〜30%程度だけ減少しても、β−アミロイド形質転換マウス(Tg2576)(参考文献19)においてだけでなく、AF64A投与動物モデルにおいても深刻な記憶力損傷を示すが、かかる症状は2週以内に始まって11週以上持続する(参考文献16〜18、20)。
【0063】
コリン性毒素であるAF64A(3nmol/ラット)をラットの脳室内に投与した後、7週及び11週時点で脳脊髄液(CSF)内のアセチルコリン(ACh)濃度を測定した結果、AF64Aを投与したラットの方が、生理食塩水を投与した対照群ラットに比べてアセチルコリンの濃度が顕著に減少した(図3のパネルA及びB)。一方、AF64A投与後2週時点でF3.ChAT細胞移植を受けたラットの脳では、AF64A投与によって減少していたアセチルコリン(ACh)レベルが完全に回復したが、比較群としてF3細胞移植を受けたラットでは、アセチルコリン(ACh)レベルが依然に低く維持された。
【0064】
移植された神経幹細胞の拡散分布のために、特定の脳領域よりは脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)の濃度を分析した。F3.ChAT細胞からのコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)のmRNA発現(図1のパネルB参照)及びタンパク質の生成(図1のパネルD参照)によって、脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)レベルを増加させたものと見られる。
【0065】
実施例13:F3.ChAT細胞移植による学習及び記憶能力の回復
AF64A処理されたラット(▼で表示)は、AF64A投入後2週時点(細胞移植前)、6週〜7週(細胞移植後4週〜5週)時点(図4のパネルA及びパネルC)及び10週〜11週(細胞移植後8週〜9週)時点(図4のパネルB及びD)で行われた受動的回避試験(図4のパネルA及びパネルB)及び水迷路実験(図4のパネルC及びD)によって測定されたように、正常動物(●で表示)と違って学習能力及び記憶能力の深刻な損傷を示した。
【0066】
興味深いことに、AF64A処理後F3.ChAT細胞を移植されたラット(◆で表示)は、移植後4週〜5週及び8週〜9週時点で学習能力及び記憶能力が回復したのに対し、比較のためにAF64A処理後F3細胞を移植した場合(■で表示)は、上記のような効果が生じなかった[●:正常対照群、▼:AF64A単独投与群、■:AF64A+F3移植群、◆:AF64A+F3.ChAT移植群]。
【0067】
上述した実施例12のように、F3.ChAT(1×10細胞/ラット)の移植は、脳におけるアセチルコリン(ACh)レベルを全面的に回復させ(図3参照)、これによりAF64A処理されたラットの学習能力及び記憶能力を正常動物の水準に向上させたものと推定される(図4参照)。F3親細胞の場合には、脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)の含量を少し増加させたが、記憶能力の向上に対してはほぼ無視できるような効果を示した。F3及びF3.ChAT細胞は、傷部位に移動して神経細胞及び星状細胞に分化し、移植後9週後まで生存した(図2参照)。脳全体領域に拡散して分布しているため、脳切片での細胞の正確な数を数えることは不可能だった。ところが、大部分のhNuMA陽性F3.ChAT細胞がChATを発現することを確認した(図2参照)。このことは移植されたF3.ChAT細胞が宿主の脳組職の新しい環境内で正常に機能するということを示唆するものであり、これは脳脊髄液(CSF)において増加されたアセチルコリン(ACh)レベルによって裏付けられる(図3参照)。
【0068】
上記本発明の実験を通じて、ChATを発現するヒト神経幹細胞をAF64A誘導されたADモデルラットの脳に移植した場合、脳脊髄液(CSF)におけるアセチルコリン(ACh)レベルをほぼ正常な水準に回復させて、学習能力及び記憶能力の回復に寄与することを確認した。
【0069】
以上、本発明の特定の部分を詳細に記述したが、当業界における通常の知識を有する者にとってこのような具体的な記述は単に好ましい実現例に過ぎず、これに本発明の範囲が制限されるのではない点は明らかである。したがって、本発明の実質的な範囲は、添付の請求項とそれの等価物によって定義されると言えよう。
【0070】
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図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]