特許第5903969号(P5903969)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5903969
(24)【登録日】2016年3月25日
(45)【発行日】2016年4月13日
(54)【発明の名称】皮膚色素濃度測定方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/00 20060101AFI20160331BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20160331BHJP
【FI】
   A61B5/00 M
   G01N21/27 B
   A61B5/00 101A
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2012-67912(P2012-67912)
(22)【出願日】2012年3月23日
(65)【公開番号】特開2013-198576(P2013-198576A)
(43)【公開日】2013年10月3日
【審査請求日】2014年12月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000224
【氏名又は名称】特許業務法人田治米国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】門間 康彦
【審査官】 姫島 あや乃
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−051589(JP,A)
【文献】 Izumi Nishidate et al.,"Noninvasive spectral imaging of skin chromophores based on multiple regression analysis aided by Mo,OPTICS LETTERS Vol.36,No.6,2011年 8月15日,pp.3239-3241
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚の色素濃度を変化させた複数の吸光度スペクトルを主成分分析し、得られた主成分から皮膚の色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(色素の種類をNとしてi=1,2,…,N、以下同じ)を定め、
複数の色素を含む皮膚のシミュレーションモデルで各色素の濃度Ci(i=1,2,…,N)の組み合わせを異ならせた複数の吸光度スペクトルを、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析することにより、次式(1)の回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0の組を複数求め、
【数1】
得られた複数の回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0と前記複数の色素濃度Ci(i=1,2,…,N)とから次式(2)の関係式Fi(i=1,2,…,N)を求め、
【数2】
一方、被験者の皮膚の吸光度スペクトルを取得し、その吸光度スペクトルを、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析することにより、被験者の皮膚の吸光度スペクトルの回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0を求め、この回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0と前記式(2)の関係式Fi(i=1,2,…,N)とから、被験者の皮膚の複数の色素濃度Ci(i=1,2,…,N)のうち少なくとも一つを求める皮膚色素濃度測定方法。
【請求項2】
皮膚の色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を得るために主成分分析する吸光度スペクトルを、重回帰分析する吸光度スペクトルを得るために使用する皮膚のシュミレーションモデルと同一の皮膚のシミュレーションモデルから取得する請求項1記載の皮膚色素濃度測定方法。



【請求項3】
皮膚の色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を得るために主成分分析する吸光度スペクトルとして、皮膚のシミュレーションモデルで皮膚の色素ごとに濃度を変化させることにより得た吸光度スペクトルを使用する請求項1又は2記載の皮膚色素濃度測定方法。
【請求項4】
皮膚の色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を得るために主成分分析する吸光度スペクトルとして、皮膚のモンテカルロシミュレーションモデルによる吸光度スペクトルを使用する請求項1〜3のいずれかに記載の皮膚色素濃度測定方法。
【請求項5】
式(2)の関係式Fi(i=1,2,…,N)を得るために色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析する吸光度スペクトルとして、皮膚のモンテカルロシミュレーションモデルで各色素の濃度Ci(i=1,2,…,N)の組み合わせを異ならせて得た吸光度スペクトルを使用する請求項1〜4のいずれかに記載の皮膚色素濃度測定方法。
【請求項6】
メラニン濃度Cm、酸化ヘモグロビン濃度Coh、及び還元ヘモグロビン濃度Cdhの少なくとも一つの色素濃度を求める請求項1〜5のいずれかに記載の皮膚色素濃度測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚の吸光度スペクトルから皮膚に含まれる色素の濃度を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の見た目の色は、皮膚に含まれる色素の種類と濃度に依存する。そこで、従来より皮膚の色の観測に基づいて皮膚に含まれるメラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの濃度を測定する方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1にはランベルト−ベールの法則を用いた方法が開示されている。ここでは、皮膚の吸光度スペクトルが皮膚に含まれるメラニン、酸化ヘモグロビン及び還元ヘモグロビンの吸光度スペクトル及び定数項の線形結合であり、各色素の吸光度スペクトルはそれぞれの吸光係数スペクトルと濃度の積で表せるとのモデルをたて、皮膚のある領域に光を入射させると共に、同領域からの反射光を受光することにより平均値として得た所謂一点計測の皮膚の吸光度スペクトルを、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの吸光度スペクトルを用いて重回帰分析することにより、皮膚中のメラニン濃度、酸化ヘモグロビン濃度、又は還元ヘモグロビン濃度を求めている。
【0004】
しかしながら、このモデルで用いている吸光係数スペクトルは、無散乱透過光に対する吸光を表すものであり、皮膚を構成する表皮又は真皮における散乱や、表皮、真皮、皮下脂肪の各界面での散乱が考慮されていないため、色素濃度の測定精度が低い。
【0005】
これに対し、皮膚における散乱を考慮したモンテカルロシミュレーションモデルで補われた重回帰分析法が提案されている(非特許文献1)。この分析法では、まず、モンテカルロシミュレーションモデルによる吸光度スペクトルを目的変数とし、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)を説明変数として重回帰分析することにより、次式(1')aの回帰パラメータの切片a0、メラニンの回帰パラメータam、酸化ヘモグロビンの回帰パラメータaoh、還元ヘモグロビンの回帰パラメータadhを得る。
【0006】
【数1】
【0007】
これを種々の色素濃度の組み合せに対して行い、各色素濃度と各回帰パラメータとを対応付けて、回帰パラメータの切片a0、メラニンの回帰パラメータam、及び総ヘモグロビンの回帰パラメータath(但し、ath=aoh+adh)と、メラニン濃度Cm及び総ヘモグロビン濃度Cthとの関係式Cm=Fm(a0,am,ath)、Cth=Fth(a0,am,ath)を求めておく。
【0008】
一方、任意の皮膚の吸光度スペクトルを、メラニン、酸化ヘモグロビン及び還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)及びεdh(λ)を説明変数として重回帰分析することにより回帰パラメータの切片a0、メラニン吸光係数の回帰パラメータam、及び総ヘモグロビン吸光係数の回帰パラメータathを得、このa0、am、athと前述の関係式Cm=Fm(a0,am,ath)、Cth=Fth(a0,am,ath)とからメラニン濃度Cmと総ヘモグロビン濃度Cthを得る。
【0009】
このモンテカルロシミュレーションモデルを用いた色素濃度測定方法では、皮膚の吸光度スペクトルについて散乱の影響が考慮されているので、特許文献1に記載の色素濃度の測定方法に比して測定精度が高い。しかしながら、この方法では、吸光度スペクトルを吸光係数スペクトルで重回帰分析することにより回帰パラメータを求め、その回帰パラメータの使用により重回帰分析の誤差を補正するものであり、重回帰分析自体の精度が向上しているわけではない。そのため、関係式Cm=Fm(a0,am,ath)、Cth=Fth(a0,am,ath)の精度をいくら高めても測定精度の向上に限界があった。また、重回帰分析の各回帰パラメータも他の色素の影響を大きく受けているので、補正で受ける他の色素の影響も大きくなる。その結果、モンテカルロシミュレーションモデルと実際の皮膚との間で厚みや散乱係数に相違があると、他の色素が影響して生じる誤差も大きくなってしまう。例えば、酸化ヘモグロビンや還元ヘモグロビンの濃度が変わっただけで、関係式Cm=Fm(a0,am,ath)からメラニン濃度Cmを求めるときの回帰パラメータathが適切に機能しなくなり、メラニン濃度までも変わったという結果が得られてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平11−299743号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Journal of Biomedical Optics,9(4),700-710 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上述の従来の課題を解決しようとするものであり、予め、皮膚のシミュレーションモデルで算出した吸光度スペクトルを重回帰分析することにより回帰パラメータを算出し、その回帰パラメータと色素濃度との関係式を求め、任意の皮膚の吸光度スペクトルから皮膚中の色素濃度を測定するにあたり、回帰パラメータの説明率を改善し、色素濃度の測定精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、複数の色素を含む皮膚のシミュレーションモデルの吸光度スペクトルを重回帰分析することにより回帰パラメータを求め、その回帰パラメータと色素濃度との関係式を算出し、その関係式を用いて実際の吸光度スペクトルから皮膚中の色素濃度を測定する従前の方法に対し、(i)重回帰分析の説明変数として、散乱の影響を含まない吸光係数スペクトルに代えて、皮膚における反射光の見かけの吸光係数スペクトル(実効吸光係数スペクトルとする)を使用することとし、その場合に、(ii)この実効吸光係数スペクトルとして、吸光度スペクトルの主成分分析により得られる主成分を使用すると、回帰パラメータの説明率が改善し、任意の色素濃度における皮膚の吸光度スペクトルの予測精度が改善すると共に、個々の皮膚の吸光度スペクトルから色素濃度を予測する際の予測精度が高まることを見出した。
【0014】
即ち、本発明は、皮膚の色素濃度を変化させた複数の吸光度スペクトルを主成分分析し、得られた主成分から皮膚の色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(色素の種類をNとしてi=1,2,…,N、 以下同じ)を定め、
複数の色素を含む皮膚のシミュレーションモデルで各色素の濃度Ci(i=1,2,…,N)の組み合わせを異ならせた複数の吸光度スペクトルを、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析することにより、次式(1)の回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0の組を複数求め、
【0015】
【数2】
得られた複数の回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0と前記複数の色素濃度Ci(i=1,2,…,N)とから次式(2)の関係式Fi(i=1,2,…,N)を求め、
【0016】
【数3】
【0017】
一方、被験者の皮膚の吸光度スペクトルを取得し、その吸光度スペクトルを、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析することにより、被験者の皮膚の吸光度スペクトルの回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0を求め、この回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0と前記式(2)の関係式Fi(i=1,2,…,N)とから、被験者の皮膚の複数の色素濃度Ci(i=1,2,…,N)のうち少なくとも一つを求める皮膚色素濃度測定方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、皮膚のシミュレーションモデルを用いて複数の色素を含む皮膚の吸光度スペクトルを求め、それを重回帰分析することにより回帰パラメータを求め、その回帰パラメータと各色素濃度との関係式を求めておき、この関係式を用いて実際の吸光度スペクトルから皮膚中の色素濃度を測定するにあたり、重回帰分析の説明変数として実効吸光係数スペクトルを使用する。そして、この実効吸光係数スペクトルとして、吸光度スペクトルを主成分分析することにより得られた主成分を使用する。
【0019】
従前のランベルト−ベールの法則に基づいて得られた吸光係数スペクトルには、被験物質中での散乱の影響が考慮されていないが、本発明では、吸光度スペクトルの主成分分析から主成分を求め、それを実効吸光係数スペクトルとして使用するため、実効吸光係数スペクトルを、散乱の影響を反映したものとすることができる。したがって、散乱の影響を含まない従前の吸光係数スペクトルを使用する場合に比して、回帰パラメータの説明率が改善し、色素濃度の推定精度を高めることができる。また、色素濃度から吸光度スペクトルないし反射スペクトルを推定する際の推定精度も高めることができる。
【0020】
したがって、本発明によれば、個々の被験者の吸光度スペクトルから、皮膚のメラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビン等の各色素濃度を正確に求めることができる。よって、例えば、酸化ヘモグロビンの濃度Cohと還元ヘモグロビンの濃度Cdhからヘモグロビンの酸素飽和度(Coh/(Coh+Cdh))を容易に分析することが可能となり、皮膚における酸素の消費状態、血行状態などを推定することが可能となる。さらに、化粧料を適用した皮膚について、本発明の方法により皮膚中の色素濃度を経時的に測定することにより、化粧料の有効性の評価を行うことが可能となる。また、本発明は、店頭での美容のための肌診断などでも有用となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1A図1Aは、本発明の一実施例の方法の概略工程図である。
図1B図1Bは、本発明の一実施例の方法の概略工程図である。
図2図2は、実施例で使用する皮膚のシミュレーションモデルの模式図である。
図3A図3Aは、工程1(1-2)で得られた吸光度スペクトルの一例である。
図3B図3Bは、吸光係数スペクトルと実効吸光係数スペクトルとの比較図である。
図4図4は、実効吸光係数スペクトルへの波長の影響を示す模式図である。
図5図5は、実効吸光係数スペクトルへ吸光係数スペクトル自身が及ぼす影響を示す模式図である。
図6図6は、被験者の皮膚の内部反射光画像から皮膚中の色素濃度を求めるシステムの一例である。
図7図7は、試験例1及び2における分光反射率の推定値と分光反射率の実測値のグラフである。
図8図8は、実施例1及び比較例1における駆血方法の説明図である。
図9図9は、実施例1及び比較例1で得たメラニンの回帰パラメータの推移を示すグラフである。
図10図10は、実施例1及び比較例1で得たメラニン濃度の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面に基づき、本発明を詳細に説明する。なお、各図中、同一符号は、同一又は同等の構成要素を表している。
【0023】
図1A及び図1Bは、本発明の一実施例の方法の概略工程図である。
本発明の皮膚色素濃度の測定方法では、被験者の皮膚の吸光度スペクトルA(λ)から被験者の皮膚中の色素濃度を求めるために、まず、皮膚における各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)を求める(工程1)。
【0024】
従来、非特許文献1に記載されているように、吸光度スペクトルを目的変数とし、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)を説明変数とする重回帰分析により、回帰式(1')a の回帰パラメータam、aoh、adh及びその切片aoを求めておき、任意の吸光度スペクトルからメラニン濃度、酸化ヘモグロビン濃度及び還元ヘモグロビン濃度を求める方法が知られている。
【0025】
【数4】
【0026】
ここで、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)としては文献値が使用される。これらの吸光係数スペクトルは、例えば生理食塩水に吸光係数スペクトルを求めたい色素を分散させ、その透過率スペクトルを分光器で計測し、吸光度スペクトルに変換した後、光路長と色素濃度を除することで得られる。
【0027】
しかしながら、実際の皮膚では光の散乱が起こるため、散乱の影響を含まない吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)と、皮膚における見かけの吸光係数スペクトルとは一致しない。両者が一致しない理由としては、まず、同じ皮膚に波長の異なる光を入射させ、その反射光を観察した場合に、図4の模式図に示すように、長波長側の光は短波長側の光よりも散乱を受けにくいことにより皮膚の深くにまで到達して散乱するため、色素で吸収される割合が高くなることがあげられる。
【0028】
例えば、長波長側の光は真皮に到達するが、短波長側の光は真皮に到達しない場合には、長波長側の光は真皮で酸化及び還元ヘモグロビンによって吸収されるのに対し、短波長側の光は、真皮に到達しないことから酸化及び還元ヘモグロビンで吸収されない。このような場合、長波長側では吸収を受けるため酸化及び還元ヘモグロビンの見かけの吸光係数は有限の値を取るのに対して、短波長側では吸収を受けないため酸化及び還元ヘモグロビンの見かけの吸光係数は0となる。
【0029】
見かけの吸光係数スペクトルと散乱の影響を含まない吸光係数スペクトルの不一致は、吸光係数の値そのものによっても生じる。例えば、図5に示すように散乱程度が同じで吸光係数のみ異なる2種の皮膚モデルを考える。光は、光路長が長くなるほど吸収されやすくなるが、その程度は吸光係数が大きいほど強くなる。いいかえると、吸光係数が大きいと長い光路を経由する光が選択的に吸収され、その分平均的な光路長は短くなる。そして、光路長が短くなることで、実際の吸収は吸光係数が小さい値のときの吸収から想定されるほどは起こらない。つまり、見かけの吸光係数スペクトルは、散乱の影響を含まない吸光係数スペクトルと比較すると、変化が小さくなる。
【0030】
このように、見かけの吸光係数は、波長が長いほど、また、吸光係数が小さいほど、相対的に光路長が長くなるために大きくなり、散乱の影響を含まない吸光係数スペクトルとの不一致が生じる。そこで、本発明では、従前の吸光係数スペクトルに代えて、皮膚内部での散乱を踏まえた見かけの吸光係数として、実効吸光係数スペクトルを使用する。
【0031】
各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)は、次のようにして求めることができる。まず、皮膚の色素濃度を変化させた複数の吸光度スペクトルを求め、それを主成分分析する。そして、得られた主成分から各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)を定める(図1A、工程1)。
【0032】
より具体的には、例えば、散乱の影響が考慮されている皮膚のシミュレーションモデルにおいて、色素ごとに濃度を変えた分光反射率R(λ)を取得し(図1A、工程1(1-1))、分光反射率R(λ)から吸光度スペクトルA(λ)を求め(図1A、工程1(1-2))、吸光度スペクトルA(λ)を主成分分析して得られる主成分を各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)とする(図1A、工程1(1-3))。
【0033】
散乱の影響が考慮されている皮膚のシミュレーションモデルとしては、例えば、モンテカルロシミュレーションモデル(L.-H. Wang, S.L. Jacques, and L.-Q.Zheng,Computer Methods and Programs in Biomedicine 47, 131-146 (1995).)を使用することができる。このシミュレーションモデルでは、図2に示す皮膚の模式図のように、皮膚中の色素として表皮にメラニン、真皮に酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンを考える。色素ごとに濃度を変えた吸光度スペクトルとしては、例えば、まず、図3Aに示すように、(i)メラニン濃度Cm、還元ヘモグロビン濃度Cdhをゼロとし、酸化ヘモグロビン濃度Cohを種々変化させたときの分光反射率R(λ)を求め、
吸光度スペクトルA(λ)=log(1/R(λ))
により、分光反射率R(λ)を吸光度スペクトルA(λ)に変換する。同様に、(ii)メラニン濃度Cm、酸化ヘモグロビン濃度Cohをゼロとし、還元ヘモグロビン濃度Cdhを種々変化させたときの分光反射率R(λ)を求め、吸光度スペクトルA(λ)に変換し、(iii)酸化ヘモグロビン濃度Coh、還元ヘモグロビン濃度Cdhをゼロとし、メラニン濃度Cmを種々変化させたときの分光反射率R(λ)を求め、吸光度スペクトルA(λ)に変換する。なお、図3Aの各グラフ中の各線は下から濃度の低い順になっている。
【0034】
ここで、皮膚のモンテカルロシミュレーションモデルは、コンピュータを用いて計算上多数の光を皮膚に入射させ、各光を実効散乱係数と吸収係数に従った確率で散乱、吸収させ、再び出てきた光の入射させた光の数に対する割合を反射率とする皮膚モデルである。皮膚中の色素として、メラニン、酸化ヘモグロビン及び還元ヘモグロビンを考える場合、実効散乱係数スペクトル(μs'(λ))と、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの各色素の吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)と、各色素の濃度Cm、Coh、Cdhから分光反射率R(λ)を求めることを可能とする。
【0035】
より具体的には、この皮膚モデルにおいて、
表皮の吸収係数は、Cm×εm(λ) で表され、
真皮の吸収係数は、Coh×εoh(λ)+Cdh×εdh(λ) で表される。
【0036】
実効散乱係数スペクトル(μs'(λ))や各色素の吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)は文献値を用いることができることから、任意に各色素の濃度Cm、Coh、Cdhを設定することにより、設定した色素濃度での分光反射率R(λ)を求めることができる。
【0037】
モンテカルロシミュレーションで使用する実効散乱係数スペクトル(μs'(λ))と各色素の吸光係数スペクトルεm(λ)、εoh(λ)、εdh(λ)としては、以下の文献値を使用することができる。
IEEE Trans.Biomed.Eng.36(1989) 1146-1154
http://omlc.ogi.edu/news/jan98/skinoptics.html
http://omlc.ogi.edu/spectra/
SPIE Proc. 3252(1998) 70-82
J.Invest Dermatol 77,1(1981) 13-19
【0038】
そして、上記(i)の分光反射率R(λ)から変換した吸光度スペクトルA(λ)について主成分分析を行い、得られた第1主成分を酸化ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルε'oh(λ)とする(図1Aの工程1(1-3))。同様に、(ii)の分光反射率R(λ)から変換した吸光度スペクトルA(λ)から還元ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルε'dh(λ)を得、(iii)の分光反射率R(λ)から変換した吸光度スペクトルA(λ)からメラニンの実効吸光係数スペクトルε'm(λ)を得る。こうして得られた各色素の実効吸光係数スペクトルを図3Bに示す。同図には、比較のために吸光係数スペクトルも示す。なお、両者を比較するために、500 nmでの値が一致するように吸光係数スペクトルを全波長一定倍している(比例定数は色素ごとに異なる)。
【0039】
図3Bから、実効吸光係数スペクトルは、相対的に吸光係数スペクトルよりも長波長側で大きくなり、また、スペクトルのピーク付近で小さくなっていることがわかる。
【0040】
なお、上述のように、皮膚の色素ごとに濃度を変化させた吸光度スペクトルの主成分分析により各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)を得る方法は、重回帰分析の段階で特定の光路長を仮定しない点で、非特許文献1の解析方法と大きく異なる。
【0041】
また、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)を得るために使用する複数の吸光度スペクトルとしては、上述のように、特定の色素の濃度を変えるときに、それ以外の色素の濃度をゼロとした複数の吸光度スペクトルを使用してもよいが、特定の色素の濃度を変えるときに、それ以外の色素の濃度をゼロ以外で一定とした複数の吸光度スペクトルを使用してもよい。
【0042】
また、例えば、メラニン、還元ヘモグロビン、酸化ヘモグロビンの濃度を同時に変化させて複数の吸光度スペクトルを得、それを主成分分析し、3次までの主成分を各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)に対応させてもよい。この場合、工程1で、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)を得るために使用する吸光度スペクトルとして、後述する工程2で算出した吸光度スペクトルを使用することができる。
【0043】
また、ここで使用する皮膚のシミュレーションモデルとしては、色素濃度から分光反射率を算出することができ、また、散乱の影響が考慮されているものであればよく、モンテカルロシミュレーションモデルの他に、例えば、クベルカ-ムンクの式 (Kubelka-Munk formula)、Adding-Doubling法 (Adding-Doubling method)、拡散理論 (Diffusion theory)、擬似皮膚を使った実測値に基づくモデル等も使用することができる。また、皮膚の血流状態や日焼け状態などを変化させて皮膚の吸光度スペクトルを実測しても良い。現象記述の正確さと得られる複数のスペクトル間との整合性の高さからの点からは、モンテカルロシミュレーションモデルを使用することが好ましい。
【0044】
また、得られた実効吸光係数スペクトルに対して、ここでゼロ点の移動やスペクトルの形の拡大/縮小などを行っても最終的な結果は影響を受けないので、扱う数字の桁数を揃えるためなどの理由から、標準化(平均値を0、分散を1とするアフィン変換)などを行っても構わない。
【0045】
一方、複数の色素を含む皮膚のシミュレーションモデルを用いて、皮膚の吸光度スペクトルを取得する(図1A、工程2)。この場合、吸光度スペクトルは、各色素の濃度Ci(i=1,2,…,N)の組み合わせが異なる複数の場合について求める。ここで吸光度スペクトルをモンテカルロシミュレーションモデルを用いて算出する場合、その算出には、各色素の吸光係数スペクトルεi(λ)を使用する。
【0046】
より具体的には、例えば皮膚中の色素として、メラニン、酸化ヘモグロビン及び還元ヘモグロビンを考える場合に、上記工程2においてモンテカルロシミュレーションモデルで各色素の吸光係数スペクトルεi (λ)を使用して皮膚の分光反射率R(λ)を求め、それを次式により吸光度スペクトルA(λ)に変換する。
吸光度スペクトルA(λ)=log(1/R(λ))
【0047】
この工程2で使用する皮膚のシミュレーションモデルは、必ずしも前述の工程1で使用する皮膚のシミュレーションモデルと同一のものでなくてもよいが、実用的には、同一のものとすることが好ましい。より具体的には、工程1でモンテカルロシミュレーションモデルを使用した場合に、工程2で使用するシミュレーションモデルとしては、モンテカルロシミュレーションモデルに限らず、例えば、クベルカ-ムンクの式 (Kubelka-Munk formula)、Adding-Doubling法 (Adding-Doubling method)、拡散理論 (Diffusion theory)、擬似皮膚を使った実測値に基づくモデルなどを使用してもよい。現象記述の正確さと得られる複数のスペクトル間との整合性の高さから、モンテカルロシミュレーションに基づくモデルが好ましい。
【0048】
次に、複数の吸光度スペクトルA(λ)を、各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析する(図1A、工程3)。
【0049】
【数5】
【0050】
そして、重回帰分析により得られた回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0と前記複数の色素濃度Ci(i=1,2,…,N)とから次式(2)の関係式Fi(i=1,2,…,N)を求めておく(図1A、工程4)。なお、この関係式を求める上で、必ずしも全ての回帰パラメータを使用する必要はない。
【0051】
【数6】
【0052】
より具体的には、皮膚中の色素として、メラニン、酸化ヘモグロビン及び還元ヘモグロビンを考える場合に、皮膚のシミュレーションモデルに基づく吸光度スペクトルA(λ)を、メラニンの実効吸光係数スペクトルεm'(λ)、酸化ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルεoh'(λ)及び還元ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルεdh'(λ)を説明変数として重回帰分析して以下の重回帰式(1)aを得る。
【0053】
【数7】
【0054】
そして、この式(1)aで得られる回帰パラメータのうちa0を除くam、aoh、adhから、メラニン濃度Cm、酸化ヘモグロビン濃度Coh及び還元ヘモグロビン濃度Cdhを求める次式(2)aの関係式Fm、Foh、Fdhを求めておく(図1A、工程4)。
【0055】
【数8】
【0056】
関係式の具体的な取得方法としては、例えば、次式のように多項式近似をすることができる。
【0057】
【数9】
色素濃度Cm、Coh及びCdhと回帰パラメータam、aoh及びadhとの関係式Fm、Foh、Fdhを求める手法としては、多項式近似に代えて、ルックアップテーブルによる対応付け、直線近似、指数関数近似、対数関数近似等を用いても良い。
【0058】
本発明において、上述の式(2)aに示した関係式Fm、Foh、Fdhの求め方は、さらに皮膚内に存在する他の色素、例えば、カロテン、ビリルビン、AGEsなどにも適用することができ、前述の式(2)を求めることができる。
【0059】
【数10】
【0060】
一方、本発明の方法においては、式(2)とは別に、被験者の皮膚の吸光度スペクトルA(λ)を取得する(図1B、工程6)。そのために、まず、被験者の皮膚の分光反射率R(λ)を求め(図1B、工程5)、それを前述のように吸光度スペクトルA(λ)に変換すればよい。そして、吸光度スペクトルA(λ)を各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)を説明変数として重回帰分析することにより回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0を算出し(図1B、工程7)、回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0を、予め求めておいた式(2)の関係にあてはめることにより、被験者の皮膚中の色素濃度を算出する(図1B、工程8)。
【0061】
ここで、被験者の皮膚の分光反射率R(λ)の測定方法は、皮膚の狭い領域に所定波長の光を入射させると共にその領域から受光した反射光の平均値を用いる、所謂一点計測の分光反射率測定装置を使用してもよく、皮膚の代謝や血行状態の観察のし易さの点から皮膚の内部反射光の撮像により求めてもよい。
【0062】
図6は、被験者の皮膚の内部反射光画像から皮膚中の色素濃度を求めるシステムの構成例である。
同図のシステムでは、被験者の皮膚の内部反射光画像を求めるために、被験者1に、第1の偏光フィルタ2aを通して光源3から光を入射させ、第2の偏光フィルタ2bを備えた波長可変フィルタ4を通してデジタルカメラ5で皮膚画像を撮る。この場合、第1の偏光フィルタ2aと第2の偏光フィルタ2bの偏光方向を直交させることにより、第2の偏光フィルタ2bで被験者1の皮膚からの表面反射光を遮光し、皮膚の色情報を担う内部反射光のみがデジタルカメラ5で受光されるようにする。
【0063】
光源3としては、白色光を発するハロゲンランプ、メタルハロゲンランプ等を使用する。光源3は、平行光を発するものでも拡散光を発するものでもよい。光源としては、好ましくは、入射角0〜45°の範囲で被験者1の皮膚に光を出射するものを使用する。
【0064】
波長可変フィルタ4は、コントローラ6の制御により透過波長を変更する。これにより、例えば、波長500nmから20nm間隔で600nmまで撮像波長をずらしながら、内部反射光画像を繰り返し撮る。波長可変フィルタ4で用いる分光方式は、液晶チューナブルフィルタ分光方式、回折格子分光方式、干渉フィルタ分光方式等を使用する。
【0065】
デジタルカメラ5は、全測定波長領域に渡って感度を有するカメラであれば、モノクロカメラで充分であるが、カラーカメラでも差し支えない。
【0066】
こうしてデジタルカメラ5で撮影した画像は、パーソナルコンピュータ等の演算装置7に保存する。演算装置7は、各ピクセルの画素値から、各ピクセルごとに反射率を算出する。撮影にカラーカメラを用いた場合は、画素値としてRGB各画素値の重み付き平均を用いればよく、測定波長に対する感度を有する特定の画素のみを用いても良い。演算装置7において、画素値から分光反射率を算出させるためには、画像処理が可能なプログラミング環境を用いて、反射率既知の白色板の波長ごとの画素値から、各波長の反射率に変換するための係数を求め、その係数を該波長画像全体に適用すればよい。このようなプログラミング環境としては、MATLAB(Mathworks社製)等を使用することができる。
【0067】
演算装置7は、分光反射率を吸光度スペクトルに変換する。また、演算装置7には各色素の実効吸光係数スペクトルεi'(λ)(i=1,2,…,N)と前述の式(2)の関係式を記憶させておく。
【0068】
【数11】
【0069】
そして、実効吸光係数スペクトルεi'(λ)を説明変数として被験者の吸光度スペクトルを重回帰分析することにより回帰パラメータai(i=1,2,…,N)とその切片a0を算出し、回帰パラメータai(i=1,2,…,N)及びその切片a0と、前述の式(2)から被験者の皮膚の色素濃度Ci(i=1,2,…,N)を算出する。
【0070】
より具体的には、色素としてメラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンを考える場合、前述の式(2)a
【0071】
【数12】
と、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの各色素の回帰パラメータam、aoh及びadhから、メラニン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの各色素濃度Cm、Coh及びCdhを算出する。
【0072】
さらに、被験者の皮膚画像の各ピクセルについて算出した各色素濃度Ci(i=1,2,…,N)の一つ又は任意の組み合わせを全ピクセルで表示させ、皮膚色素画像を形成してもよい。こうして得られる皮膚色素画像は、色素の正確な濃度分布を示すものとなる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。
【0074】
試験例1、2(回帰パラメータの説明率)
分光反射率計CM2600−d(コニカミノルタ社製)を用いて、被験者の前腕内側の皮膚の分光反射率を、波長400nm〜700nmの間を10nm間隔で求めた。分光反射率の実測値を図7に示す。
【0075】
得られた分光反射率を吸光度スペクトルに換算した後、メラニンの吸光係数スペクトルεm(λ)、酸化ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεoh(λ)及び還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεdh(λ)を説明変数として重回帰分析することにより回帰パラメータam、aoh、adh及び切片a0を算出した。この場合、メラニンの吸光係数スペクトルεm(λ)、酸化ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεoh(λ)及び還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεdh(λ)は、次の文献に記載されている値を用いた。
【0076】
IEEE Trans.Biomed.Eng.36(1989) 1146-1154
http://omlc.ogi.edu/news/jan98/skinoptics.html
http://omlc.ogi.edu/spectra/
SPIE Proc. 3252(1998) 70-82
J.Invest Dermatol 77,1(1981) 13-19
【0077】
こうして得た各回帰パラメータから次式(1')aの吸光度スペクトルA(λ)を得、分光反射率に換算し、図7にプロットした(試験例1)。
【0078】
【数13】
【0079】
一方、計算ソフト「MCML」(Computer Methods and Programs in Biomedicine 47, 131-146 (1995))を使用し、モンテカルロシミュレーションモデル(Journal of Biomedical Optics,9(4),700-710 (2004))において、メラニン濃度Cm、還元ヘモグロビン濃度Cdhをゼロとし、酸化ヘモグロビン濃度Cohを0.2、0.4、0.6、0.8、1.0%の条件で変化させたときの分光反射率R(λ)を求めた。この場合、モンテカルロシミュレーションモデルでは、表皮厚0.006cm、真皮厚0.494cmとし、表皮にメラニンが含まれ、真皮にヘモグロビンが含まれるとし、表皮及び真皮の屈折率は1.4で一定とした。次に、酸化ヘモグロビン濃度を変えることにより得られた一連の分光反射率を主成分分析し、その第一主成分を酸化ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルεoh'(λ)とした。
【0080】
同様に、メラニン濃度Cm、酸化ヘモグロビン濃度Cohをゼロとし、還元ヘモグロビン濃度Cdhを0.2、0.4、0.6、0.8、1.0%の条件で変化させたときの分光反射率R(λ)を求め、還元ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルεdh'(λ)を得、また、酸化ヘモグロビン濃度Coh、還元ヘモグロビン濃度Cdhをゼロとし、メラニン濃度Cmを0.2、0.4、0.6、0.8、1.0%の条件で変化させたときの分光反射率R(λ)を求め、メラニンの実効吸光係数スペクトルεm'(λ)を得た。ここで、メラニン濃度は、吸光度がJournal of Photochemistry and Photobiology Vol.53 No.6 769-775で与えられたメラノソームの吸光度と等しくなるときの濃度を100%としたときの比率である。また、酸化、還元ヘモグロビン濃度は、それぞれヘマトクリット45%の血液の酸素飽和度100%、0%のときの濃度を100%としたときの比率である。
【0081】
こうして得た各色素の実効吸光係数スペクトルεm'(λ)、εoh'(λ)、εdh'(λ) を説明変数として、前記皮膚の吸光度スペクトルを重回帰分析することにより回帰パラメータam、aoh、adh及び切片a0を得た。こうして得た回帰パラメータから次式(1)aの吸光度スペクトルA(λ)を得、分光反射率に換算し、これを図7にプロットした(試験例2)。
【0082】
【数13】
【0083】
図7から、文献値の吸光係数スペクトルを使用して得た試験例1の分光反射率の推定値は実測値との誤差が大きく、特に人の皮膚に特徴的な550 nm付近での凹みが完全に失われているが、本発明の方法にしたがって実効吸光係数スペクトルを使用して得た試験例2の分光反射率の推定値は、実測値と非常に良く一致しており、特に、皮膚に特徴的な550nm付近での凹みが再現できていることがわかる。
【0084】
試験例1の方法による分光反射率の推定値の実測値に対する説明率(相関係数の二乗)が0.963であるのに対し、試験例2の方法による分光反射率の推定値の実測値に対する説明率は0.980であり、実効吸光係数スペクトルの使用により説明率が向上することが確認できた。
【0085】
実施例1、比較例1(駆血実験におけるメラニン濃度の推移)
図8に示すように、アネロイド式血圧計カフ10により腕11の血流を止める駆血の前後で、腕の前腕内側の皮膚の分光反射率を分光反射率計CM2600‐d(コニカミノルタ社製)で測定した。また、得られた分光反射率の内500nmから20nmおきに600nmまでのデータから実施例1及び比較例1の方法によりメラニン濃度を算出した。
【0086】
この場合、分光反射率は、駆血前に5回測定した。さらに、駆血開始(200mmHg)後0、10、・・・、120秒、3、4、5、6分に分光反射率を測定し、駆血中断(開放)後0、10、・・・、120秒、3、4、5、6分に分光反射率を測定した。
【0087】
次に、測定された分光反射率を吸光度スペクトルに変換し、試験例1と同様のメラニンの吸光係数スペクトルεm(λ)、酸化ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεoh(λ)及び還元ヘモグロビンの吸光係数スペクトルεdh(λ)の内500nmから20nmおきに600nmまでのデータを説明変数として重回帰分析することにより回帰パラメータam、aoh、adh及び切片a0を算出した(比較例1)。
【0088】
また、測定された分光反射率を吸光度スペクトルに変換し、波長域のみを変えて試験例2と同様の方法で求めたメラニンの実効吸光係数スペクトルεm'(λ)、酸化ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルεoh'(λ)及び還元ヘモグロビンの実効吸光係数スペクトルεdh'(λ)を説明変数として重回帰分析することにより回帰パラメータam、aoh、adh及び切片a0を算出した(実施例1)。
【0089】
比較例1及び実施例1で得たメラニンの回帰パラメータamの推移を図9に示す。図9から、比較例1のメラニンの回帰パラメータは駆血の前後で大きく変化しているが、実施例1のメラニンの回帰パラメータは駆血の前後の変化が小さいことがわかる。皮膚中のメラニン濃度は駆血の前後で変化しないと考えられることから、比較例1の方法に比して実施例1の方法がメラニンに対応する回帰パラメータの誤差が小さいことがわかる。
【0090】
さらに、モンテカルロシミュレーションモデルにおける色素濃度Ciの設定値と、その色素濃度Ciの設定値で得られる吸光度スペクトルを、吸光係数スペクトルを説明変数として重回帰分析したときの回帰パラメータとの関係から、回帰パラメータam、aoh、adhと、メラニン濃度Cmとの関係式を求め、それを用いて比較例1におけるメラニン濃度Cmの推移を求めた。また、同様の方法で実施例1におけるメラニン濃度Cmの推移を求めた。これらを図10に示す。図10から、メラニン濃度も、比較例1に比して実施例1では駆血の前後の変化が小さく、実施例1のメラニン濃度の測定精度が高いことがわかる。
【0091】
また、比較例1と実施例1のそれぞれについて、駆血実験で得られたメラニンの回帰パラメータamのS/N(平均値/標準偏差)を求めたところ、比較例1では6.21、実施例1では16.49であり、実施例1が2.7倍改善されていた。
メラニン濃度Cmについても同様にS/Nを求めたところ、比較例1では6.63、実施例1では13.77であり、実施例1が2.1倍改善されていた。
【符号の説明】
【0092】
1 被験者
2a 第1の偏光フィルタ
2b 第2の偏光フィルタ
3 光源
4 波長可変フィルタ
5 デジタルカメラ
6 コントローラ
7 演算装置
10 アネロイド式血圧計カフ
11 腕
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10