(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5904485
(24)【登録日】2016年3月25日
(45)【発行日】2016年4月13日
(54)【発明の名称】人工関節部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61F 2/30 20060101AFI20160331BHJP
A61L 27/00 20060101ALI20160331BHJP
【FI】
A61F2/30
A61L27/00 M
【請求項の数】6
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2011-274765(P2011-274765)
(22)【出願日】2011年12月15日
(65)【公開番号】特開2013-123580(P2013-123580A)
(43)【公開日】2013年6月24日
【審査請求日】2014年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098969
【弁理士】
【氏名又は名称】矢野 正行
(72)【発明者】
【氏名】▲たか▼玉 博朗
(72)【発明者】
【氏名】小久保 正
(72)【発明者】
【氏名】松下 富春
【審査官】
松浦 陽
(56)【参考文献】
【文献】
特表2009−519750(JP,A)
【文献】
特開平08−126695(JP,A)
【文献】
特開平07−148244(JP,A)
【文献】
特開2009−235534(JP,A)
【文献】
特開2011−208166(JP,A)
【文献】
特開2008−284348(JP,A)
【文献】
特開平05−168691(JP,A)
【文献】
高玉 博朗, 木付 貴司, 松下 富春, PRIBOSIC Irena, KOSMAC Tomaz, 小久保 正,表面にAlを導入したチタン合金の表面酸化によるアルミナ層の形成,日本セラミックス協会秋季シンポジウム講演予稿集,日本,公益社団法人 日本セラミックス協会,2011年 9月 7日,p.421
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/28
A61F 2/30 − 2/44
A61L 27/00
CiNii
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン又はチタン合金からなる金属基材を準備し、その金属基材の表面をアルミニウム及びジルコニウムのうちから選ばれる1種以上の成分からなる粉末で直接的に被覆し、真空もしくは不活性ガス中で前記金属基材と前記粉末との金属間化合物が形成される温度で加熱した後、被覆部分の少なくとも表面を酸化させることで、前記金属基材の表面に、前記金属間化合物からなる中間層と、前記粉末の成分の酸化物からなる表面層と、を備える人工関節部材を得ること、を特徴とする人工関節部材の製造方法。
【請求項2】
前記粉末で被覆する手段が、コールドスプレーである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記表面を酸化させる手段が、酸素を含む雰囲気中における加熱である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記粉末がアルミニウムからなり、前記真空もしくは不活性ガス中での加熱の温度が600℃以上1000℃以下である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記粉末がジルコニウムからなり、前記真空もしくは不活性ガス中での加熱の温度が700℃以上1100℃以下である請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記酸素を含む雰囲気中での加熱の温度が600℃以上1200℃以下である請求項3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、人工関節部材とその製造方法に関するものである。この人工関節部材は、人工関節の摺動部に好適に利用されうる。
【背景技術】
【0002】
人工関節は、全体的に高い破壊靭性が要請されるとともに、その摺動部には耐摩耗性が要請されることから、耐用年数を増すために、金属を基材とし、摺動部表面にアルミナやジルコニアなどの優れた耐摩耗性を示すセラミックスの膜を形成することが有効であると考えられている。
【0003】
そこで、その手段として、TiAlの金属間化合物を酸素雰囲気中で加熱し、アルミニウムだけを酸化させる(特許文献1及び2)、Zr−Nb合金を表面酸化する(非特許文献1)、TiもしくはTi合金の基材の表面にアルミナ粉末を溶射する(特許文献3及び4、非特許文献2)、TiもしくはTi合金の基材の表面にアルミニウムを蒸着させるとともに酸素イオンを照射する(特許文献5及び6、非特許文献3)などの方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平02−294458
【特許文献2】特開平07− 54124
【特許文献3】特開平04−295354
【特許文献4】特開平05−168691
【特許文献5】特開平08−126695
【特許文献6】特開平08−126696
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Linn W.Hobbsら、Int.J.Appl.Ceram.Technol.,vol.2,p221-246(2005)
【非特許文献2】谷和美ら、セラミックス,vol.46,p531−535(2011)
【非特許文献3】伊藤暁彦ら、セラミックス,vol.46,p556−562(2011)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1、2に記載の方法で得られる部材は、基材のTi−Al金属間化合物が、脆く、低強度である。非特許文献1に記載の方法で得られる部材は、表面の酸化膜の厚さが薄く、更に基材のZr−Nb合金自体の強度が低い。特許文献3、4及び非特許文献2に記載の方法で得られる部材は、溶射時に基材の酸化劣化を生じるうえ、表面のアルミナ膜に熱応力を残存させることから、アルミナ膜の密着性に欠ける。特許文献5、6及び非特許文献3に記載の方法は、いずれも気相で膜形成を行うため、医療分野からの要請に見合う厚い膜の形成には不向きである。
それ故、この発明の課題は、高強度の金属基材と、その表面に形成されて緻密で高い硬度の表面層とが強固に結合することにより、人工関節の摺動部に適した部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
その課題を解決するために、この発明の人工関節部材は、
金属基材と、
その金属基材の表面に連続し、主として金属基材中の金属成分とアルミニウム及びジルコニウムのうちから選ばれる1種以上の成分との金属間化合物からなる中間層と、
その中間層の上に連続し、実質的にアルミナ及びジルコニアのうちから選ばれる1種以上の酸化物からなる緻密な表面層と
を備え、前記中間層と表面層との合計厚さが10μm〜5mmであることを特徴とする。
【0008】
アルミナやジルコニアは、生体に害を及ぼさず、既に人工関節の摺動部材として臨床応用されており、優れた耐摩耗性を示す実績もある。この発明の人工関節部材によれば、表面層がアルミナ及びジルコニアのうちから選ばれる1種以上の酸化物からなるので、優れた耐摩耗性を示す。しかも表面層が主として金属基材中の金属成分とアルミニウム及びジルコニウムのうちから選ばれる1種以上の成分との金属間化合物からなる中間層を介して基材と接合しているので、基材との高い密着性を示す。尚、前記中間層と表面層との合計厚さが10μmに満たない場合は、摺動部で使用する過程において、摩耗により長期に機能を維持することが難しく、5mmを超えると緻密な膜を得ることが困難になる。
【0009】
この発明の人工関節部材を製造する適切な方法は、
金属基材を準備し、その金属基材の表面をアルミニウム及びジルコニウムのうちから選ばれる1種以上の成分からなる粉末で被覆し、真空もしくは不活性ガス中で加熱した後、被覆部分の少なくとも表面を酸化させることを特徴とする。
【0010】
この方法では、金属基材の表面をアルミニウム及びジルコニウムのうちから選ばれる1種以上の成分からなる粉末で被覆し、真空もしくは不活性ガス中で加熱することにより、金属基材と粉末とが酸化することなく界面で反応し、双方の成分からなる中間層が金属基材に連続して形成される。次いで、被覆部分の少なくとも表面を酸化させることにより、アルミナ及びジルコニアのうちから選ばれる1種以上の酸化物からなる表面層が中間層に連続して形成される。得られる中間層は、金属基材に近いほど金属基材中の成分比率が高く、表面層に近いほどアルミニウム及び/又はジルコニウムの成分比率の高い傾斜組成を有し、基材と表面層の双方に強固に結合している。中間層及び表面層の合計厚さは、被覆する粉末の量で制御可能であり、粉末層の厚さとほぼ同等である。また、各層の厚さの比率は、酸化前の加熱時間及び酸化時間によって制御可能である。
【0011】
前記金属基材が、チタン、チタン合金、コバルト−クロム合金、あるいはステンレスであることが望ましい。これらの部材は、ある程度の強度を有し、生体環境下で使用された実績を有しているからである。
前記表面層は、0.5%以下の気孔率、1000以上のビッカース硬度を有することが望ましい。気孔率が0.5%を超えると、気孔の一部が表面にも存在して平滑性が失われるため、摩耗が促進される。ビッカース硬度が1000に満たないときも、摩耗が促進される。
【0012】
金属基材の表面を前記金属粉末で被覆する手段としては、コールドスプレー法が挙げられる。コールドスプレー法では、粉末を不活性ガスとともに超音速で基材に衝突させるので、粉末が酸化することなく基材上で塑性変形する。このため金属基材の表面が湾曲していても粉末を所望の厚さで緻密に堆積させることができる。真空装置を必要とせず、基材の酸化劣化や熱変質を生じることがなく、熱応力も残留しない。
【0013】
粉末で被覆された金属基材を加熱する雰囲気の温度は、粉末がアルミニウムからなるときは600℃以上1000℃以下、粉末がジルコニウムからなるときは700℃以上1100℃以下であることが望ましい。温度が低いと、金属基材と前記粉末とが反応しない。温度が高すぎると、反応層が深部まで拡散してしまい、後工程で前記表面層を構成する金属(アルミニウムやジルコニウム)を最表面に留めることができない。
【0014】
被覆部分の少なくとも表面を酸化させる手段としては、酸素を含む雰囲気中で加熱する、酸素が多めのガスバーナーで加熱するなどの方法が挙げられる。そのときの表面温度は600℃以上1200℃以下であることが望ましい。これにより、酸素が表面のアルミニウム又はジルコニウムと反応してアルミナ又はジルコニアからなる表面層が形成される。酸素を含まない雰囲気では酸化が進まないが、酸素が過剰にあると基材の酸化も並行して進み、基材の強度低下につながる。温度が低いと、表面酸化が進行しない。温度が高すぎると、基材の酸化も並行して進み、基材の強度低下につながる。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、この発明の人工関節部材は、金属基材の表面にアルミナ及びジルコニアのうちから選ばれる1種以上の酸化物からなる表面層を有することから、摺動部ではアルミナまたはジルコニアの優れた耐摩耗性を示す。一方、基材が金属であるから、高い破壊靱性を示す。このため、人工関節の摺動部に適用された場合、摩耗粉が少量しか発生せず、且つ割れやかけを生じることもなく、長期間、人工関節部材として機能することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
−実施形態1−
Ti−6Al−2Nb−1Ta合金からなり滑らかな曲面を有する基材を研磨し、アセトン、2−プロパノール、超純水で順に各30分間超音波洗浄し、室温で乾燥する。この基材に平均粒径5〜15μmの純アルミニウム粉末を次の条件でコールドスプレーすることにより、粉末を所定の厚さに堆積させる。
【0017】
[コールドスプレー条件]
作動ガス:窒素、ヘリウム、またはそれらの混合
作動ガスの温度:300〜800℃
ガス流量:100〜4000L/分(温度と圧力に依存する。)
ガス圧力:0.5〜5MPa
スプレーガンの速度:50〜200mm/s
スプレーガンと基材の距離:20〜40mm
粒体供給量:10〜200g/分
【0018】
その後、アルゴン雰囲気中800℃で2〜5時間加熱する。これによりアルミニウムがチタンと反応し、TiAl3などの金属間化合物からなる中間層が形成される。化合物種(結晶相)についてはTF−XRDなどにより、同定することができ、表面および断面微細構造(傾斜構造を含む)についてはSEMなどにより観察することができる。また、各元素の含有比はEDXで元素分析することで求めることができる。
【0019】
次に、大気中800〜900℃で3〜10時間保持する。これにより、チタンと反応せずに表面に存在するアルミニウムおよび前記TiAl3などの金属間化合物が酸化されて
α−Al2O3からなる表面層が形成され、人工関節部材が得られる。表面が実質的に
α−Al2O3からなることは、表面をTF−XRD及びEDXで分析することにより同定される。また、表面層の緻密さの程度は、走査型電子顕微鏡で観察することができる。
【0020】
−実施形態2−
純アルミニウム粉末に代えて平均粒径5〜15μmの純ジルコニウム粉末を用いることと、アルゴン雰囲気中での加熱温度を1000℃とすること以外は、実施形態1と同様にして人工関節部材を製造することができる。