【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 社団法人 日本船舶海洋工学会の主催の「平成23年秋季講演会」において、平成23年11月1日、平成23年11月2日、平成23年11月8日および平成23年11月15日に文書をもって発表
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記波浪場(2)の取得に当たって、前記造波機の造波板の位置を基準とした検査面を前記波浪場(1)に設定し、前記検査面における自由表面変位、もしくは流速の前記検査面に対する法線方向成分である流束、もしくはその両方を計測あるいは計算によって求めたことを特徴とする請求項1に記載の波浪場の造波方法。
前記波浪場(1)の前記検査面における鉛直方向の流束分布と、前記造波板の鉛直方向の速度分布の差に基づく修正係数を計測あるいは計算によって求めたことを特徴とする請求項2に記載の波浪場の造波方法。
前記流束に前記修正係数を乗じた値を前記波浪場(2)における目標とする速度とし、前記造波板の速度信号として与えて前記波浪場(3)を発生させたことを特徴とする請求項3に記載の波浪場の造波方法。
前記運動物体が平水中を運動する際の前記曳波の前記検査面における自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(4)で表現した場合、式(4)と前記検査面における自由表面変位との差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックし前記造波板を制御したことを特徴とする請求項7に記載の波浪場の造波方法。
前記構造物まわりの前記入射波、前記攪乱波、前記放射波の前記検査面における自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(8)で表現した場合、式(8)と前記検査面における自由表面変位との差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックし前記造波板を制御したことを特徴とする請求項11に記載の波浪場の造波方法。
前記修正係数は、前記運動物体による曳波、前記運動物体あるいは前記構造物への入射波、攪乱波、6自由度の前記運動物体あるいは前記構造物の動揺に対応した放射波に対する補正係数であることを特徴とする請求項4に記載の波浪場の造波方法。
前記運動物体が波浪中を運動する際の前記入射波、前記曳波、前記攪乱波、前記放射波の前記検査面における自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(12)で表現した場合、式(12)と前記検査面における自由表面変位との差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックし前記造波板を制御したことを特徴とする請求項15記載の波浪場の造波方法。
補正した前記速度信号を用いて前記波浪場(3)を発生させ、前記造波板から離れた位置の検査面における自由表面変位を計測し、この自由表面変位計測結果に基づいて前記速度信号をさらに補正したことを特徴とする請求項7、請求項11または請求項15に記載の波浪場の造波方法。
前記自由表面変位もしくは前記流束を実現するため前記造波板に変位信号を与えて波浪場(3)を発生させたことを特徴とする請求項2から請求項17のうちの1項に記載の波浪場の造波方法。
【背景技術】
【0002】
通船、漁船、プレジャーボートなど小型船の転覆や乗船者の落水、養殖いかだの損傷等、海洋構造物周りの複雑な波浪場に起因する事故は多い。しかし、複雑な波浪場に起因する事故を水槽内に再現することは、困難である。
【0003】
船舶等の運動物体周りの複雑な波浪場の一例として曳波がある。水槽内に曳波を発生させるだけであれば、事故を再現する水槽内で模型船を曳航すれば良い。しかし、その中で別の模型船を自航させて運動を計測するとなると、高度な実験技術を要し、実験の再現性を確保するのも容易ではない。また、200mのコンテナ船が作る曳波を10mの小型船が受けるような場合、実験に用いられる船のスケール比が大き過ぎる(例えば、2mのコンテナ船の模型に対して、0.1mの小型船の模型となる。)。このため、信頼性の高い水槽実験を行うことが非常に困難である。
【0004】
上述したように、曳波や海洋構造物周りの複雑な波浪場を模型により発生させて、信頼性の高い水槽実験を実施することは非常に困難である。このことは、小型船に関する事故の研究が進まない一つの要因であった。
【0005】
実験に用いることなどを目的として、水槽内に波を造る方法が種々提案されている(特許文献1〜3)。
特許文献1には、目標とする水面領域内で一様性の高い波高および波向き分布をもつ造波を実現することを目的として、水面における水位振幅の目標値と個々の造波板の運動振幅に応じて計算された計算値との残差平方和を最小にする構成が記載されている。
【0006】
特許文献2には、造波に関わる演算と造波装置による実験とを同時に行うことを目的として、複数の造波信号を出力する並列演算可能なパラレルプロセッサと、複数のモーションコントローラと、複数の造波ドライブユニットとを備えた造波装置により、各モーションコントローラが造波信号に基づいて造波コントロール信号を出力し、造波コントロール信号に基づいて造波ドライブユニットにより波を造る構成が記載されている。
【0007】
特許文献3には、水面上に形成される波を利用して水面上に任意の文字や図形などを表示することを目的として、多分割の造波ユニットの法線方向の流体速度を制御して、水面上に凹凸部分を形成し波面によって描画する構成が記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上述した特許文献1〜3はいずれも、曳波や海洋構造物周りの複雑な波浪場を発生させる方法に関するものではない。このため、実験の再現性を確保することができ、また、スケール比の問題も解決することができる、複雑な波浪場に対する小型船等の応答性や運動性等の計測を容易にする波浪場の造波方法が望まれている。
そこで、本発明は、信頼性の高い水槽実験を可能とする、船舶等の運動物体周りや海洋構造物等の構造物周りの複雑な波浪場を発生させる波浪場の造波方法および造波システムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1記載の本発明の波浪場の造波方法は、運動物体あるいは構造物が流体の自由表面に発生させる波浪場(1)を予め計測あるいは計算によって求め、前記波浪場(1)に基づいた目標とする波浪場(2)を得て、この目標とする波浪場(2)に基づいて水槽内に造波機を用いて波浪場(1)を再現する波浪場(3)を発生させたことを特徴とする。
上記の構成により、運動物体や構造物が流体の自由表面に発生させる波浪場(1)を水槽内に再現することができる。ここで、「波浪場(1)」とは、計測または計算によって求められた流体の運動をいい、「波浪場(2)」とは、波浪場(1)を再現する波浪場(3)発生させる制御における設定値として用いられるものをいい、「波浪場(3)」とは、水槽内において実際に発生させられる流体の自由表面の運動をいう。また、「流体の自由表面」としては、例えば、水面や海面などが相当するが、水以外の流体を実験に用いることも可能であるところ、この流体の流体表面を含む。この場合、水槽、平水中等の用語は適宜、読み替えるものとする。
【0011】
請求項2記載の本発明は、請求項1に記載の波浪場の造波方法において、前記波浪場(2)の取得に当たって、前記造波機の造波板の位置を基準とした検査面を前記波浪場(1)に設定し、前記検査面における自由表面変位、もしくは流速の前記検査面に対する法線方向成分である流束、もしくはその両方を計測あるいは計算によって求めたことを特徴とする。
上記の構成により、自由表面変位および/または流束を波浪場(2)として取得することができる。ここで、「造波板の位置を基準とした検査面」とは、造波板の位置または造波板から所定の距離を隔てた鉛直な面をいう。また、「検査面における自由表面変位」とは、流体自由表面と検査面とが交わる交線における自由表面の垂直方向の変位をいう。
【0012】
請求項3記載の本発明は、請求項2に記載の波浪場の造波方法において、前記波浪場(1)の前記検査面における鉛直方向の流束分布と、前記造波板の鉛直方向の速度分布の差に基づく修正係数を計測あるいは計算によって求めたことを特徴とする。
【0013】
請求項4記載の本発明は、請求項3に記載の波浪場の造波方法において、前記流束に前記修正係数を乗じた値を前記波浪場(2)における目標とする速度とし、前記造波板の速度信号として与えて前記波浪場(3)を発生させたことを特徴とする。修正係数を用いることにより、鉛直方向に指数関数的に変化する流束分布を再現して波浪場(3)を発生させることができる。
【0014】
請求項5記載の本発明は、
請求項4に記載の波浪場の造波方法において、前記修正係数は、前記運動物体が平水中を運動する際の曳波に対する補正係数であることを特徴とする。補正係数を用いることにより、波浪場(3)における曳波の再現性を良好にすることができる。
なお、修正係数とは、波浪場(1)から計測あるいは計算により求めるもの、また波浪場(2)における目標とする速度を得るもの、波浪場(3)を発生させる際に使用するもの等であり、この修正係数のうち速度信号を得る式等に適用するものを補正係数という。
例えば、修正係数がテーブルや式で、補正係数が数値であるような表現が異なるものであってもよい。
【0015】
請求項6記載の本発明は、請求項5に記載の波浪場の造波方法において、前記検査面での流束を式(1)で表現した場合、前記造波板の速度信号を式(2)で与えたことを特徴とする。
【数1】
【数2】
v
wm:造波板の速度
CS:検査面
FS:自由表面
CS∩FS:検査面と自由表面との交線
k
k:曳波補正係数
添字kは曳波を意味する。
【0016】
請求項7記載の本発明は、
請求項6記載の波浪場の造波方法において、前記運動物体が平水中を運動する際の前記曳波の自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(3)で表現した場合、式(4)で与えられる前記検査面での自由表面変位に基づいて前記速度信号を補正したことを特徴とする。
【数3】
η:自由表面変位
η
k:曳波による自由表面変位
【数4】
【0017】
請求項8記載の本発明は、請求項7に記載の波浪場の造波方法において、前記運動物体が平水中を運動する際の前記曳波の前記検査面における自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(4)で表現した場合、式(4)と前記検査面における自由表面変位との差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックし前記造波板を制御したことを特徴とする。
【0018】
請求項9記載の本発明は、
請求項4に記載の波浪場の造波方法において、前記修正係数は、前記構造物に対する波浪の入射波、攪乱波、6自由度の前記構造物の動揺に対応した放射波に対する補正係数であることを特徴とする。
【0019】
請求項10記載の本発明は、請求項9に記載の波浪場の造波方法において、前記検査面での流束を式(5)で表現した場合、前記造波板の速度信号を式(6)で与えたことを特徴とする
【数5】
【数6】
t:時間
v
n:検査面での流束
v
ni:入射波による検査面での流束
v
n0:攪乱波による検査面での流束
v
n1〜v
n6:放射波による検査面での流束
k
i:入射波補正係数
k
0:攪乱波補正係数
k
1〜k
6:放射波補正係数
v
wm:造波板の速度
添字i、jは次の波成分を意味する。
i:入射波
j=0:攪乱波
j=1〜6:構造物の6自由度の動揺による放射波
【0020】
請求項11記載の本発明は、
請求項10に記載の波浪場の造波方法において、前記構造物まわりの前記入射波、前記攪乱波、前記放射波の自由表面変位ηを予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(7)で表現した場合、式(8)で与えられる前記検査面位置の自由表面変位に基づいて前記速度信号を補正したことを特徴とする。
【数7】
【数8】
【0021】
請求項12記載の本発明は、請求項11に記載の波浪場の造波方法において、前記構造物まわりの前記入射波、前記攪乱波、前記放射波の前記検査面における自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(8)で表現した場合、式(8)と前記検査面における自由表面変位との差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックし前記造波板を制御したことを特徴とする。
【0022】
請求項13記載の本発明は、
請求項4に記載の波浪場の造波方法において、前記修正係数は、前記運動物体による曳波、前記運動物体あるいは前記構造物への入射波、攪乱波、6自由度の前記運動物体あるいは前記構造物の動揺に対応した放射波に対する補正係数であることを特徴とする。
【0023】
請求項14記載の本発明は、請求項12に記載の波浪場の造波方法において、前記検査面での流束を式(9)で表現した場合、前記造波板の速度信号を式(10)で与えたことを特徴とする。
【数9】
【数10】
t:時間
v
n:検査面での流束
v
nk:曳波による検査面での流束
v
ni:入射波による検査面での流束
v
n0:攪乱波による検査面での流束
v
n1〜v
n6:放射波による検査面での流束
k
i:入射波補正係数
k
k:曳波補正係数
k
0:攪乱波補正係数
k
1〜k
6:放射波補正係数
v
wm:造波板の速度
添字i、jは次の波成分を意味する。
i:入射波
k:曳波
j=0:攪乱波
j=1〜6:運動物体あるいは構造物の6自由度の動揺による放射波
【0024】
請求項15記載の本発明は、
請求項14に記載の波浪場の造波方法において、前記運動物体が波浪中を運動する際の前記入射波、前記曳波、前記攪乱波、前記放射波の自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(11)で表現した場合、式(12)で与えられる前記検査面位置の自由表面変位に基づいて前記速度信号を補正したことを特徴とする。
上記の構成により、入射波、曳波、運動物体あるいは構造物が入射波を攪乱することで発生する攪乱波および運動物体あるいは構造物の6自由度の揺動による放射波の存在する複雑な波浪場(1)を再現する波浪場(3)を発生させることができる。
【数11】
【数12】
【0025】
請求項16記載の本発明は、請求項15記載の波浪場の造波方法において、前記運動物体が波浪中を運動する際の前記入射波、前記曳波、前記攪乱波、前記放射波の前記検査面における自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(12)で表現した場合、式(12)と前記検査面における自由表面変位との差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックし前記造波板を制御したことを特徴とする。
上記の構成によれば、波浪場(3)を発生させた後の検査面における自由表面変位の測定結果を造波板の制御にフィードバックすることができる。
【0026】
請求項17記載の本発明は、請求項7、請求項11または請求項15に記載の波浪場の造波方法において、補正した前記速度信号を用いて前記波浪場(3)を発生させ、前記造波板から離れた位置の検査面における自由表面変位を計測し、この自由表面変位計測結果に基づいて前記速度信号をさらに補正したことを特徴とする。
この構成により、造波板から離れた位置の検査面の波浪場(3)を目標とする波浪場(1)に整合するものに収束させることができる。ここで、「離れた位置の検査面」とは、造波板により直接形成された流体の運動を計測するための検査面ではなく、造波板から所定の距離離れた位置において、流体を媒体として伝わった運動を計測するための検査面をいう。例えば、例えば、小型船の走行経路として想定される直線のような実験に用いられる領域をいう。
【0027】
請求項18記載の本発明は、請求項2から請求項17のうちの1項に記載の波浪場の造波方法において、前記自由表面変位もしくは前記流束を実現するため前記造波板に変位信号を与えて波浪場(3)を発生させたことを特徴とする。なお、「変位信号」は速度信号を積分することにより得られる信号である。
【0028】
請求項19記載の本発明の造波システムは、請求項1から請求項18のうちの1項に記載の波浪場の造波方法に基づいて造波機を動作させ波浪場を発生させたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、運動物体や構造物が流体の自由表面に発生させる複雑な波浪場(1)を波浪場(3)により再現することができる。このため、流体中において波浪場を作り出すための模型船を曳航したり構造物を配置したりすることなく、運動物体や構造物周りの複雑な波浪場を水槽中で再現し、被実験物としての小型船等の応答性や運動性等の計測が容易となり、複数の船舶を用いる場合のスケール比の問題も生じない信頼性の高い水槽実験が可能となる。
【0030】
検査面を波浪場に設定する構成とすれば、波浪場(3)を発生させる際の制御目標である波浪場(2)として自由表面変位および/または流束を用いることが可能となる。
【0031】
修正係数や補正係数を用いる構成、または、入射波、構造物が入射波を攪乱することで発生する攪乱波および構造物または運動物体の6自由度の揺動による放射波のそれぞれに対して補正係数を乗じる構成とすれば、波浪場(3)による波浪場(1)の再現性を向上させてより精度の高い造波を行うことが可能となる。
【0032】
波浪場(3)を検査面における自由表面変位に基づいて補正する構成、または、検査面における自由表面変位との差をフィードバックして造波板を制御する構成とすれば、実際に発生した波浪場(3)の状態を踏まえて造波板を制御して、波浪場(1)の再現性を向上させてより精度の高い造波を行うことが可能となる。
【0033】
造波板から離れた位置の検査面における自由表面変位計測結果に基づいて速度信号をさらに補正する構成とすれば、造波板から離れた位置の検査面の波浪場(3)を目標とした波浪場(1)と整合するものに収束させて高精度な造波を行い、小型船に関する事故を研究する水槽実験に有用な波浪場の再現性を向上させることが可能となる。
【0034】
検査面での流束を式(9)、造波板の速度信号を式(10)、自由表面変位を式(11)、検査面位置の自由表面変位を式(12)で表現した場合、統合的に運動物体による曳波、運動物体あるいは構造物への入射波、攪乱波、6自由度の運動物体あるいは構造物の動揺に対応した放射波や造波機の動きが表現できるため、目的に応じて式(1)、(2)、(3)、(4)あるいは(5)、(6)、(7)、(8)を容易に導き出すことができる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(第1の実施形態)
本発明の造波方法を実施する形態について、以下、
図1および
図2を参酌して説明する。
図1は本発明の実施形態による波浪場の造波方法のフローチャートである。同図に示すように、本発明の波浪場の造波方法は、運動物体や構造物が流体の自由表面に発生させる波浪場(1)を予め計測あるいは計算によって求めるステップ(S10)、波浪場(1)に基づいた目標とする波浪場(2)を設定するステップ(S20)、この目標とする波浪場(2)に基づいて水槽内に造波機を用いて波浪場(1)を再現する波浪場(3)を発生させるステップ(S30)を備えている。
【0037】
まず、運動物体や構造物が流体の自由表面に発生させる波浪場(1)を予め計測あるいは計算によって求めるステップ(S10)について説明する。
図2は本発明の第1の実施形態による造波方法により再現される波浪場の一例を説明する模式図である。同図に示すように、船舶(運動物体)1が波のない平水中を航走することにより、水面(自由表面)10に曳波が形成される。この水面10の変位を計測または計算することによって波浪場(1)を求める。この水面10の変位を計算する方法としては、この水面10の変位をCFD(Computational Fluid Dynamics、計算流体力学)を用いて求める方法が挙げられる。
【0038】
つづいて、波浪場(1)に基づいた目標とする波浪場(2)を設定するステップ(S20)について説明する。
波浪場(2)を設定するにあたり、
図2に示すように検査面20を設定する。この検査面20は、水面10に対して垂直であり、かつ、水槽30の造波手段が配置される辺に対応する位置に設けられる。また、本実施形態では、船体1の航路に略平行となるように設けられている。そして、検査面20における水面10の変位または流束、もしくはその両方を計測あるいは計算によって求め、これを波浪場(2)として設定する。流束とは、水の流速vを検査面20に対する法線方向成分v
kと検査面20に平行な方向の成分v
pとに分けた場合における、検査面20に対する法線方向成分v
kをいう。
【0039】
つづいて、目標とする波浪場(2)に基づいて水槽内に造波機を用いて波浪場(1)を再現する波浪場(3)を発生させるステップ(S30)について説明する。
波浪場(3)の発生においては、
図2中に破線で示した領域の波浪場(1)を水槽30内で再現する。水槽30の備えている造波機の造波板31が検査面20に対応する位置に配置されている。造波機は、波浪場(2)としての変位または流束に基づいて造波板31を制御して波浪場(3)を発生させることにより、水槽30内に波浪場(1)を再現する。
【0040】
造波板31の制御においては、波浪場(1)の検査面20における鉛直方向の流束分布と、造波板31の鉛直方向の速度分布の差を修正するための修正係数を用いてもよい。この修正係数は、計測あるいは計算によって求めることができる。流束に修正係数を乗じた値を目標とする速度に対応する速度信号を造波板31に与えて、検査面20を通過する波を水槽30内に発生させる。これにより、上述した速度分布の差を修正し、波浪場(3)による波浪場(1)の再現性を良好にすることが出来る。
【0041】
船体等の運動物体が平水中を運動する際の曳波に対する補正係数が修正係数となる場合について以下に説明する。
空間に固定された座標系をSFC(Space Fixed Coordinates)、SFCに対し速度Uで移動している運動物体に固定された座標系をBFC(Body Fixed Coordinates)とする。SFCとBFCは直交座標系、円筒座標系、球面座標系等、何であってもよく、座標系の取り方に依存しない。
SFCによる位置ベクトルと、BFCによる位置ベクトルは式(13)で与えられる平行移動と回転からなる座標変換Qと式(14)で与えられる逆変換Q
−1により相互に変換可能である。
【数13】
【数14】
【0042】
BFCの原点のSFCから見た位置ベクトルは、下記の式(15)で与えられる。
【数15】
【0043】
CFD(Computational Fluid Dynamics、計算流体力学)等による計算、または水槽実験による計測、もしくはその双方から運動物体が平水中を航走することで造る波浪場情報として、流体領域Ωとその静止時自由表面FS上で、物体が航走することによる曳波の流速ベクトルおよび自由表面変位が得られたとする。
【数16】
【0044】
物体固定座標系BFCで与えられた波浪場情報を写像Q、Q
−1により空間固定座標系SFCに変換することにより、波浪場(1)が、式(16)および式(3)で与えられる。
【数17】
【数18】
【0045】
検査面を法線方向に貫く流速ベクトルの成分である流束(フラックス)は、下記の式(1)に示すように、流速ベクトルと法線方向単位ベクトルの内積で与えられる。ここで添字nは各流速ベクトルと法線方向単位ベクトルとの内積で与えられる流束を意味する。
【数19】
【0046】
検査面での流束を式(1)で表現した場合、造波板の速度信号を式(2)で与える。
【数20】
【0047】
運動物体が平水中を運動する際の曳波の自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を上記の式(3)で表現した場合、式(4)で与えられる検査面での自由表面変位に基づいて速度信号を補正することができる。
【数21】
【0048】
構造物に対する波浪の入射波、攪乱波、6自由度の構造物の動揺に対応した放射波に対する補正係数が修正係数となる場合について以下に説明する。この場合も、運動物体が平水中を運動する際の曳波に対する補正係数が修正係数となる場合において説明したものと同じ座標系と座標変換を用いることができる。そして、CFD等による計算、または水槽実験による計測、もしくはその双方から波浪中に置かれた構造物が造る波浪場情報として、流体領域Ωとその静止時自由表面FS上で、下記の入射波、攪乱波および放射波が得られたとする。
【数22】
【0049】
物体固定座標系BFCで与えられた波浪場情報は、写像Q、Q
−1により空間固定座標系SFCに変換して、波浪場(1)は、式(17)および式(7)で与えられる。
【数23】
【数24】
【0050】
ここで、検査面を法線方向に貫く流速ベクトルの成分である流束(フラックス)は、流速ベクトルと鉛直な検査面の法線方向単位ベクトルとの内積で与えられる。ここで添字nは各流速ベクトルと法線方向単位ベクトルとの内積で与えられる流束を意味する。
【数25】
【0051】
検査面での流束を式(5)で表現した場合、造波板の速度信号を式(6)で与えることができる。
【数26】
【0052】
構造物まわりの入射波、攪乱波放射波の自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(7)で表現した場合、式(8)で与えられる検査面位置の自由表面変位に基づいて速度信号を補正することとしてもよい。
【数27】
【0053】
運動物体による曳波、入射波、攪乱波、6自由度の構造物の動揺に対応した放射波に対する補正係数が修正係数となる場合について以下に説明する。この場合も、運動物体が平水中を運動する際の曳波に対する補正係数が修正係数となる場合において説明したものと同じ座標系と座標変換を用いることができる。そして、CFD等による計算、または水槽実験による計測、もしくはその双方から波浪中に置かれた運動物体が造る波浪場情報として、流体領域Ωとその静止時自由表面FS上で、下記の入射波、攪乱波および放射波が得られたとする。
【数28】
【0054】
物体固定座標系BFCで与えられた波浪場情報は、写像Q、Q
−1により空間固定座標系SFCに変換して、波浪場(1)は式(18)、式(11)で与えられる。
【数29】
【数30】
【0055】
検査面を法線方向に貫く流速ベクトルの成分である流束(フラックス)は、流速ベクトルと法線方向単位ベクトルの内積により得られる。ここで、添字nは各流速ベクトルと法線方向単位ベクトルとの内積で与えられる流束を意味する。
【数31】
【0056】
検査面での流束を式(9)で表現した場合、造波板の速度信号を式(10)で与えることができる。
【数32】
【0057】
運動物体が波浪中を運動する際の入射波、曳波、攪乱波、放射波の自由表面変位を予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(11)で表現した場合、式(12)で与えられる検査面位置の自由表面変位に基づいて速度信号を補正することとしてもよい。
【数33】
【0058】
(第2の実施形態)
平水中を航走する船舶が造る曳波の造波方法として本発明を実施する形態について、以下、
図3〜
図5を参酌して説明する。
【0059】
図3は本発明の実施形態による波浪場の造波方法において用いる座標系の説明図である。同図に示すように、本実施形態では、空間に固定された空間固定座標系と、運動体または構造物に固定された対象物固定座標系とを用いる。
空間固定座標系は、空間に固定された水平面をXY、鉛直上向きをZとする三次元直交座標系O−XYZである。対象物固定座標系は、対象物である運動体または構造物に原点oを固定された水平面をxy、鉛直上向きをzとする三次元直交座標系o−xyzである。
【0060】
本実施形態では、対象物固定座標系としての船体固定座標系を固定する船体1がX方向に平均速度uで移動する。このため、時間をtとすると、各座標系の関係は以下の式により表される。
X=x+ut
Y=y
Z=z
なお、本実施形態では、説明の便宜のため、空間固定座標系のX軸と対象物固定座標系のx軸とを一致させている。
【0061】
図4は座標系と水槽との関係を説明する模式図である。同図は、時間tにおける船体1と水槽30との関係を模式的に示している。同図に示すように、船体1は空間固定座標系のXY平面(Z=0)上のX軸(Y=0)に沿って航行しており、船体1の航路と検査面20との距離はY
Cである。このため、検査面20に相当する位置に備えられている造波板31は、空間固定座標系を用いると(X、Y
C、0)となる。
【0062】
船体1により形成される曳波は、ステップ10において対象物固定座標系における波浪場(1)として求められている。そして、ステップ20により、対象物固定座標系における波浪場(2)として、検査面20での流速v
kが求められる。この検査面20での流速v
kは、下記の式(19)により表される。
【数34】
【0063】
空間固定座標系と船体固定座標系との間の上記関係式を用いると、式(19)は、下記の式(19)’により表される。
【数35】
【0064】
上述したように、造波板31の空間固定座標系における座標は(X、Y
C、0)で表されるから、式(19)’は、式(19)''のようになる。
【数36】
【0065】
そして、ステップ30においては、上述したように、船体1が平水中を運動する際の曳波に対する補正係数kを乗じることにより補正を行うことから、造波板31の速度信号v
wmは、下記の式(20)により表現することができる。
【数37】
t:時間(時刻0において、船体固定座標系の原点oは空間固定座標系の原点Oに一致するものとする。)
Y
C:検査面位置
v
k:曳波による検査面での流束
k:補正係数
【0066】
速度信号v
wmの代わりに造波板31に変位信号を与えて波浪場(3)を発生させてもよい。また、波浪場(3)を発生させるステップ(S30)における速度信号を、波浪場(1)を求めるステップ(S10)において求めた検査面20における水面10の変位に基づいて補正することとしてもよい。
【0067】
図5は本実施形態において、造波板から離れた位置の検査面を説明する模式図である。同図に示すように、上述した検査面20(造波板31の位置に対応)に加え、さらに造波板31から離れた位置に検査面21を設けてもよい。この検査面21における水面10の自由表面変位を計測し、この自由表面変位計測結果に基づいて速度信号をさらに補正することができる。
【0068】
検査面21は、例えば、本発明を用いた実験において、小型船の走行経路として想定される航路に相当する直線をいう。このように、実際に実験に用いられる造波板から離れた位置の検査面21の波浪場(3)を目標とした波浪場(1)と整合するものに収束させることにより、水槽30を用いた実験の精度を向上させることができる。なお、通常、検査面21の計測による補正の前の段階において再現性は十分である。このため、補正を行う場合も、1、2回の補正により波浪場(3)を波浪場(1)と整合させることができる。
【0069】
(第3の実施形態)
波浪中を航走する船舶が造る波浪場の造波方法として本発明を実施する形態について、以下に説明する。なお、平水中と波浪中において異ならない構成については、本実施形態では説明を省略する。
船体が波浪中を運動する場合、入射波、曳波、攪乱波、6自由度の船体の動揺に対応した放射波が生じる。ここで、攪乱波とは、入射派を船体1が攪乱することによって発生する波をいう。また、6自由度の船体の動揺とは、並進運動としての、前後揺(サージ)、左右揺(スウェイ)および上下揺(ヒーブ)、ならびに、回転運動としての、横揺(ロール)、縦揺(ピッチ)、および船首揺(ヨー)をいう。
【0070】
船体が波浪中を航行する場合、第1の実施形態において説明したステップ(S10、S20)により、対象物固定座標系における波浪場(2)として、下記の式(23)により表される流速vを求めることができる。
【数38】
【0071】
そして、ステップ30において造波板31の制御に用いられる速度信号v
WMは、船体に対する波浪の入射波、攪乱波、6自由度の船体1の動揺に対応した放射波に対する補正係数を用いて、下記の式(24)により与えられる。
【数39】
t:時間(時刻0において、船体固定座標系の原点oは空間固定座標系の原点Oに一致するものとする。)
Y
c:検査面位置
v
i:入射波による検査面での流束
v
k:曳波による検査面での流束
v
0:攪乱波による検査面での流束
v
1〜v
6:放射波による検査面での流束
k
i:入射波補正係数
k
k:曳波補正係数
k
0:攪乱波補正係数
k
1〜k
6:放射波補正係数
添字i、j、kは次の波成分を意味する。
i:入射波
k:曳波
j=0:攪乱波
j=1〜6:6自由度の船体1の動揺による放射波
【0072】
検査面20における水面10の自由表面変位ηを予め計測あるいは計算によって求めた結果を式(25)で表現した場合、式(25)と検査面20における水面10の自由表面変位ηとの差を、PID制御を含む制御アルゴリズムにフィードバックして造波板31を制御することとしてもよい。この構成によれば、波浪場(3)を発生させた後の検査面20における水面10の自由表面変位の測定結果をフィードバックして、造波板の制御の精度を向上させることができる。
このことは、水面10の自由表面変位ηを第1の実施形態において述べた式(4)、式(8)または式(12)で表現した場合も同様である。
【数40】
t:時間(時刻0において、船体固定座標系の原点oは空間固定座標系の原点Oに一致するものとする。)
Y
c:検査面位置
η
i:検査面での入射波による自由表面変位
η
k:検査面での曳波による自由表面変位
η
0:検査面での攪乱波による自由表面変位
η
1〜η
6:検査面での放射波による自由表面変位
添字i、j、kは次の波成分を意味する。
i:入射波
j=0:攪乱波
j=1〜6:6自由度の船体1による放射波
【0073】
(第4の実施形態)
運動物体ではなく構造物が造る波浪場の造波方法として本発明を実施する形態について、以下に説明する。なお、第1〜第3の実施形態と共通する事項については、説明を省略する。
【0074】
図6は、本実施形態による構造物周りの造波方法を説明する模式図である。同図に示すように、構造物2は能動的な運動をするものではないから、空間に固定された空間固定座標系O−XYZと構造物に固定された対象物固定座標系としての構造物固定座標系o−xyzとは一致する。
【0075】
本実施形態は、第3の実施形態として説明した波浪中を航走する船舶により形成される波浪場から、船舶により形成される曳波を除いたものに相当する。このため、修正係数は、構造物に対する波浪の入射波、攪乱波、6自由度の構造物2の動揺に対応した放射波に対する補正係数となる。
【0076】
第1の実施形態において説明したステップ(S10、S20)により、構造物2に起因する対象物固定座標系における波浪場(2)として、下記の式(21)により表される流速vを求めることができる。
【数41】
【0077】
そして、ステップ30において造波板31の制御に用いられる速度信号v
wmは、構造物2に対する波浪の入射波、攪乱波、6自由度の船体1の動揺に対応した放射波に対する補正係数を用いて、下記の式(22)により与えられる。
【数42】
t:時間(時刻0において、構造物固定座標系の原点oは空間固定座標系の原点Oに一致するものとする。)
Y
C:検査面位置
v
i:入射波による検査面での流束
v
0:攪乱波による検査面での流束
v
1〜v
6:放射波による検査面での流束
k
i:入射波補正係数
k
k:曳波補正係数
k
0:攪乱波補正係数
k
1〜k
6:放射波補正係数
添字i、j、kは次の波成分を意味する。
i:入射波
j=0:攪乱波
j=1〜6:6自由度の構造物2の動揺による放射波
【0078】
本発明は、第1〜第4の実施形態として説明した波浪場の造波方法に基づいて造波機を動作させ波浪場を発生させる造波システムとして実施することもできる。
【実施例】
【0079】
(水槽、造波機)
造波機を用いた波浪場の造波を試すため、実海域再現水槽を用いて曳波の造波を実施した。
図7は、下記の実施例において用いた水槽130の概略平面図を示している。水槽130は全周に382台の多分割型吸収造波機131を有している。多分割型吸収造波機131としては、フラップ型で、造波の幅は55cm、ヒンジ深さは1.6mのものを用いた。
【0080】
(移動する特異点が作る波)
本発明の造波方法を試すため、水中を移動する吹き出しが作る曳波の発生を試みた。Ingris 等の方法(R.B. Inglis and W.G. Price:Calculation of the Velocity Potential of a Translating, Pulsating Source, Trans. RINA Vol.123 (1981), pp.163-174.)で計算した検査線Y=−2m上での速度ポテンシャルφ、自由表面形状η、流速を
図8(a)〜(c)に示す。この例では吹き出しの深度は0.25m、前進速度は4.0m/sである。
【0081】
(実施例1:水位変動を用いた造波)
本実施例では、
図8(b)中段に示す自由表面形状の検査線に添った波形を用いた造波を試みた。川口は造波板前面で目標とする水位変動を与える造波板の速度信号を求める式を導いた(川口隆:波面検出及び速度制御を用いた無反射造波方式,三井造船技報,第 128 号,(1986),P.20-24)。この式には造波板が作る定存波成分も考慮されており、この式を用いて造波機を制御すれば、より忠実な造波が可能であると考えられる。実海域再現水槽130の造波機131として、この方式による造波機制御プログラムが用意されており、造波板位置での水位変動データを与えて造波できるようになっているものを用いた。
【0082】
図9はX=0での水位変動の時間波形を示す。この信号を個々の造波機に適切な時間差をもって与え、曳波を造波した。本実施例では、船のセンターラインから2m離れた検査線(Y
C=2m、
図4参照)より外側を造波した。
【0083】
図10は、実施例1により得られた波浪場(3)のうち水槽130の2点で計測された結果を示すグラフである。同図に示すように、本実施例において造波された曳波の計測波形(測定値、波浪場(3))は、解析解(理論値、波浪場(1))を精度良く再現していた。
【0084】
(実施例2:流束を用いた造波)
図8の横軸は船体固定座標系のxである。ここでは、時刻t=0に特異点はX
0=−10mにあるものとする。空間固定座標系(水槽固定座標系)の位置Xiにある造波板の速度Viが流束(フラックス)と等しくなるよう制御すると、造波板の速度は下記の式で与えられる。造波板が変位制御方式の場合は、下記の式を時間積分して用いれば良い。
【数43】
【0085】
図11に
図8(c)に示す流束を積分して求めた造波板の変位信号を示す。この信号を個々の造波機に適切な時間差をもって与え、曳波を造波した。本実施例でも、船のセンターラインから2m離れた検査線(Y
C=2m、
図4参照)により外側を造波した。
【0086】
図12は、実施例2により得られた波浪場(3)のうち水槽130の2点で計測された結果を示すグラフである。同図に示すように、本実施例において造波された曳波の計測波形(測定値、波浪場(3))は、解析解(理論値、波浪場(1))を精度良く再現していた。