(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5904691
(24)【登録日】2016年3月25日
(45)【発行日】2016年4月20日
(54)【発明の名称】長期安定性を有するトロンボプラスチン試薬
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/56 20060101AFI20160407BHJP
G01N 33/86 20060101ALI20160407BHJP
【FI】
C12Q1/56
G01N33/86
【請求項の数】25
【外国語出願】
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2008-323239(P2008-323239)
(22)【出願日】2008年12月19日
(65)【公開番号】特開2009-148261(P2009-148261A)
(43)【公開日】2009年7月9日
【審査請求日】2011年11月25日
【審判番号】不服2014-16045(P2014-16045/J1)
【審判請求日】2014年8月13日
(31)【優先権主張番号】102007062323.4
(32)【優先日】2007年12月21日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】510259921
【氏名又は名称】シーメンス ヘルスケア ダイアグノスティクス プロダクツ ゲゼルシヤフト ミツト ベシユレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【弁理士】
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【弁理士】
【氏名又は名称】竹林 則幸
(72)【発明者】
【氏名】アンドレーアス・レヒナー
【合議体】
【審判長】
鈴木 恵理子
【審判官】
小堀 麻子
【審判官】
長井 啓子
(56)【参考文献】
【文献】
特開平11−316228(JP,A)
【文献】
特開平6−201702(JP,A)
【文献】
特開2006−296379(JP,A)
【文献】
米国特許第3522148(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q1/00-3/00
JST7580
JSTPLUS
JMEDPLUS
PUBMED
BIOSIS
CAPLUS
MEDLINE
WPIDS
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールを少なくとも1つ含む、組織因子、リン脂質およびカルシウムイオンを含む液体試薬。
【請求項2】
2つまたはそれ以上の水溶性ポリフェノールを含み、そのうち少なくとも1つは、少なくとも1個のカテコール官能基を有するものである、請求項1に記載の試薬。
【請求項3】
少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールの少なくとも1つを、0.15〜10mMの濃度で含む、請求項1または2に記載の試薬。
【請求項4】
水溶性ポリフェノールを0.5〜2mMの濃度で含む、請求項3に記載の試薬。
【請求項5】
少なくとも1個のカテコール官能基を有するフラボノイドの群より選択される水溶性ポリフェノールの少なくとも1つを含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項6】
クェルセチン、ルチン、ミリセチン、カテキン、エピカテキン、ガロカテキン、エピガロカテキン、没食子酸エピガロカテキン、ルテオリン、デルフィニジン、ペツニジン、およびシアニジンの群より選択されるフラボノイドを含む、請求項5に記載の試薬。
【請求項7】
少なくとも1個のカテコール官能基を有するフェノール酸の群より選択される、少なくとも1つの水溶性ポリフェノールを含む、請求項1〜6のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項8】
没食子酸、プロトカテク酸、カフェー酸、ロスマリン酸、クロロゲン酸、およびカフタル酸の群より選択されるフェノール酸を含む、請求項7に記載の試薬。
【請求項9】
L−アスコルビン酸をさらに含む、請求項1〜8のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項10】
L−アスコルビン酸を、0.1〜10mMの濃度で含む、請求項9に記載の試薬。
【請求項11】
L−アスコルビン酸を0.5〜1mMの濃度で含む、請求項10に記載の試薬
【請求項12】
ポリエチレングリコールをさらに含む、請求項1〜11のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項13】
ポリエチレングリコールを、0.1〜5%(w/v)の濃度で含む、請求項12に記載
の試薬。
【請求項14】
ポリエチレングリコールを0.25〜1%(w/v)の濃度で含む、請求項13に記載
の試薬。
【請求項15】
抗菌活性を有する少なくとも1つの物質をさらに含む、請求項1〜14のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項16】
アジ化ナトリウムおよびチモールの群より選択される抗菌活性を有する物質を含む、請求項15に記載の試薬。
【請求項17】
アジ化ナトリウムを、0.01%〜1%(w/v)の濃度で含む、請求項16に記載の
試薬。
【請求項18】
アジ化ナトリウムを0.1%(w/v)の濃度で含む、請求項17に記載の試薬。
【請求項19】
ヒト組換え組織因子、動物組換え組織因子、組換えウサギ組織因子、または組織抽出物由来の天然のヒトまたは動物組織因子を含む、請求項1〜18のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項20】
患者サンプルの凝固パラメーターをインビトロで測定する方法における、請求項1〜19のいずれか一項に記載の試薬の使用。
【請求項21】
プロトロンビン時間(PT)および内因性トロンビン生成能(ETP)の群より選択される凝固パラメーターのインビトロでの測定方法における、請求項20に記載の使用。
【請求項22】
請求項1〜19のいずれか一項に記載の試薬を含む、インビトロにおける凝固パラメーターの測定方法を行うための試験キット。
【請求項23】
試薬に、少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールを少なくとも1つ添加することを含む、組織因子、リン脂質およびカルシウムイオンを含む液体試薬を安定化する方法。
【請求項24】
少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールの少なくとも1つが、試薬中に0.15〜10mMの最終濃度で存在するように試薬に添加される、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
水溶性ポリフェノールを0.5〜2mMの濃度で含む、請求項24に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凝固分析の領域にあり、組換えまたは天然型の組織因子およびリン脂質をベースとし、ポリフェノールを添加することによって安定化することができる試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
組織因子(トロンボプラスチン)は、血液凝固にとって必須の重要性を有する膜貫通タンパク質である。これらは、通常は血流と接触しない細胞、例えば内皮下層(平滑筋)中の細胞および血管を取り囲む細胞(例えば、線維芽細胞)によって発現される。しかしながら、血管にダメージを与える事象において、組織因子を発現する細胞は、血中を循環する凝血促進性の血液凝固因子である第VII因子と接触する状態になる。組織因子およびVII因子は、カルシウムの存在下で複合体を形成し、第VII因子の活性が千倍増加する(FVII>FVIIa)。組織因子および第VIIa因子の複合体は、リン脂質およびカルシウムの存在下で、不活性な血液凝固因子である第X因子の活性化されたXa因子への変換を触媒し、従って凝固プロセスを促進する。組織因子は、第VII因子と共にいわゆる血液凝固の外因系経路を形成し、それによって血管に対する傷害を最も速い可能性のある血液凝固によって中和しようとするものである。
【0003】
凝固分析において、患者の血液または血漿が十分に凝固する能力があるかどうか、または凝固障害が存在するのかどうかを決定することができる様々なインビトロでの試験方法が開発されている。凝固障害がある事象において、最適な治療手段を選択できるようにするために、存在する障害の原因に関するより正確な情報を得ることが必要となることが多い。組織因子は、様々な血液凝固の副次的機能を調査するための、特に血液凝固の外因系を調査するための活性化因子として用いられる。組織因子の凝固の活性化因子として最もよく知られている用途は、プロトロンビン時間(PT)を決定するためのいわゆるクイック試験(Quick’s test)である。クイック試験およびその変法において、一般的には、血漿サンプルは、組織因子、リン脂質およびカルシウムイオンの混合物と混合され、混合した瞬間からフィブリン形成が観察されるまでの時間が秒単位で測定される。発色性基質が用いられる凝固試験において、その代わりに、混合した瞬間から特定の吸収の変化が達成されるまでの時間が測定される。また組織因子は、凝固時間を測定するのではなく、例えば内因性トロンビン生成能(ETP)のような凝固系の個々の構成要素を測定するのに役立つその他の試験方法でも用いられている(EP420332A2)。組織因子は、原則的に、外因系の凝固の構成要素に関するあらゆる試験で用いることができる。
【0004】
トロンボプラスチン試薬(組織因子試薬)は、特定の試験において中心的な重要性を有する。標準的には、トロンボプラスチン試薬は、凝血促進性のリン脂質と共に組織因子を含む。組織因子は、様々な種(例えば、ウサギ、ヒト、ウシ)の様々な器官(例えば、脳、胎盤、肺)由来の組織抽出物として得られるか、または組換え生産されるかのいずれかである。従来技術において、組織因子を得るための、およびトロンボプラスチン試薬を製造するための多数の方法が既知であり、多数のトロンボプラスチン試薬が市販されている。
【0005】
現在、購入可能なトロンボプラスチン試薬のほとんどは凍結乾燥させた形態で販売されており、従って使用前に、再構成媒質、例えば蒸留水または緩衝溶液で溶解させなければならない。この理由は、液体状態では試薬の安定性が低いためである。凍結乾燥させた形態で提供される試薬の不利な点は、製造元および使用者が、その方法(凍結乾燥および再構成)において余分な時間がかかり、費用を要する工程を実施しなければならないことだけでなく、これらの余分な手段は、必然的にエラー発生の危険を伴い、さらに場合によっては試薬の品質を損ねることも挙げられる。従って、すぐに使用できる状態の液状試薬製剤が望ましい。しかしながら、液状のトロンボプラスチン試薬を提供することにおける問題の一つは、それらの安定性の欠如である。トロンボプラスチン試薬の安定性は、例えば規定の血漿、例えば正常な血漿でプロトロンビン時間が経時的に一定であることと理解され得る。理想的に言えば、トロンボプラスチン試薬は、その仕様を維持すべきであり、または最も好都合なケースにおいては、それが製造された時点と同様の特性および特徴を、その貯蔵または使用の期間にわたり維持すべきである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来技術において、液状のトロンボプラスチン試薬を安定化するための様々な方策が記載されている。EP942284A2には、組換え組織因子をベースとし、アスコルビン酸と血清アルブミンとの添加の組み合わせによって安定化された液状のトロンボプラスチン試薬が記載されている。US3,522,148には、組織から抽出された(天然の)組織因子をベースとし、一定のナトリウムまたはカルシウム塩の添加によって安定化された液状のトロンボプラスチン試薬が記載されている。EP585987A1には、天然の組織因子をベースとし、アルブミンまたはポリエチレングリコールのような様々な安定剤、およびアジ化ナトリウムまたは抗生物質のような抗菌活性を有する様々な物質の添加によって安定化されたその他の液体トロンボプラスチン試薬が記載されている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、液状のトロンボプラスチン試薬を安定化するための新しい方法を提供するという目的に基づいてなされた。この目的は、請求項に開示の本発明に係る方法および物品を提供することによって達成される。この目的は、具体的には、少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールの少なくとも1つを、組織因子およびリン脂質を含むトロンボプラスチン試薬に添加することによって達成される。
【0008】
ポリフェノールは、分子中に2個またはそれ以上のフェノール性ヒドロキシル基を含む芳香族化合物である(Macheix,Jean−Jaques等:Fruit Phenolics.CRCプレス社(CRC Press,Inc.),ボカラトン,米国,1990,第1章も参照)。天然ポリフェノールは、着色物質(アントシアニン)、フレーバー物質およびタンニン酸類(タンニン類)として植物中に存在するものである。これらのうち主に生物活性の、いわゆる二次植物産物は、これまでに8000種をはるかに超える様々なものが知られている。植物におけるこれらの機能は、草食性の害虫、および細菌または菌類によるインフェステーションからの保護から植物の色(例えば花の色)による受粉のための昆虫の引きつけまで広がっている。
【0009】
用語「カテコール官能基」は、ポリフェノールの芳香環のオルト位に2個のヒドロキシル基の存在、すなわち、芳香環の2個の直接隣接したC原子での各場合における1個のヒドロキシル基の存在(例えば、1,2位、2,3位、3,4位などにおいて、例えば、3,4−ジヒドロキシ安息香酸)を意味する。
【0010】
本発明との関連において適切なポリフェノールは、少なくとも1個のカテコール官能基を有していなければならない。このようなポリフェノールは、1個より多くのカテコール官能基を有していてもよく、この場合には、カテコール官能基は、ポリフェノールの同じ芳香環、または異なる芳香環のいずれに存在していてもよい。例えば、2個のカテコール官能基は、1個の芳香環が、オルト位に3個のヒドロキシル基を有するように存在していてもよいし(例えば、ガロカテキンのような3,4,5位)、または化合物の2個の芳香環がそれぞれ、1個のカテコール官能基を有するように存在していてもよい[例えば、ロスマリン酸(rosmarinic acid)など]。3個のカテコール官能基は、例えば、第一の芳香環がオルト位に3個のヒドロキシル基を有し、第二の芳香環が、オルト位に2個のヒドロキシル基を有するように存在していてもよいし(例えば、カテキンの没食子酸エステルなど)、または化合物の3個の芳香環を通じ、それぞれ1個のカテコール官能基(例えば、3個のカテキン分子で構成される3量体プロシアニジン)を有するように存在していてもよい。これに相当することが、3個より多いカテコール官能基を有するポリフェノールにも当てはまる。例えば没食子酸エピガロカテキンは、4個のカテコール官能基を有しており、具体的には、2個の芳香環を通じそれぞれオルト位に3個のヒドロキシル基を有する。
【0011】
フラボノイドおよびフェノール酸類は、ポリフェノールの2つの最も重要な下位群を形成する。加えて、スチルベン類、クマリン類、キサントン類、リグニン類およびタンニン類の物質群もまた、ポリフェノールに含まれる。フラボノイドは、水溶性の植物性着色物質の一群であり、これらはいずれもフラバンの基本的な化学構造から誘導される(Macheix,Jean−Jaques等:Fruit Phenolics.CRCプレス社,ボカラトン,米国,1990,第1章も参照)。ほとんどのフラボノイドはグルコースまたはラムノースに結合しており、これらがまた配糖体と称されるのはそのためである。フラバン−3−オール類およびプロアントシアニジン類だけが、糖分子に結合していない(=アグリコン)。
【0012】
フラボノイドは、構造的な特性に従ってさらに以下のように分類される:
−フラボノール類(例えば、クェルセチン、ルチン、ケンペロール、ミリセチン、およびそれらの誘導体)、
−フラバン−3−オール類(例えば、カテキン、ガロカテキン、エピカテキン、没食子酸エピガロカテキン)、
−プロシアニジン(重合フラバン−3−オール類)、
−フラボン類(例えば、ルテオリン、アピゲニン、モリン、およびそれらの誘導体)、
−フラバノン類(例えば、ヘスペレチン、ナリンゲニン、エリオジクチオール、およびそれらの誘導体、例えばヘスペリジンまたはナリンギン)、
−イソフラボン類(例えば、ゲニステイン、ダイゼイン、およびそれらの誘導体)、
−アントシアニン類(anthrocyanins)(例えば、シアニジン、デルフィニジン、マルビジン、ペラルゴニジン、ペオニジン、ペツニジン、およびそれらの誘導体)。
【0013】
ガロイル化されたフラバン−3−オール、例えば没食子酸エピガロカテキンは、インビトロでトロンビン生成に対する阻害作用を有することが報告されている[Stampfuss等(2005)Green tea catechins containing a galloyl group in the 3’position inhibit tissue factor induced thrombin generation.Thromb Haemost 93:1200〜1201]。
【0014】
フェノール酸類は、ヒドロキシ安息香酸類の群、およびヒドロキシケイ皮酸類の群に分類することができる化学物質である(Macheix,Jean−Jaques等:Fruit Phenolics.CRCプレス社,ボカラトン,米国,1990,第1章も参照)。ヒドロキシ安息香酸類としては、特に、サリチル酸、没食子酸、プロトカテク酸、およびバニリン酸、ならびにそれらの誘導体、例えば3,4−ジヒドロキシ安息香酸が挙げられる。最もよく知られたヒドロキシケイ皮酸類としては、例えば、カフェー酸、フェルラ酸、シナピン酸(synapic acid)、およびクマル酸、ならびにそれらの誘導体、例えばカフェオイルグルコース、ロスマリン酸、フェルリルキナ酸(ferulylquinic acid)などが挙げられる。自然界において、フェノール酸類は、結合形態においてほとんど例外なくフラボノイドと類似の方式で存在している。最も一般的なものは、例えばクロロゲン酸またはカフタル酸(caftaric acid)のような有機酸または配糖体とのエステルである。
【0015】
本発明は、トロンボプラスチン試薬、すなわち組織因子およびリン脂質を含む水溶液を安定化する方法に関する。1つまたはそれ以上のポリフェノール(ここで少なくとも1つのポリフェノールは水溶性であり、少なくとも1個のカテコール官能基を有する)の添加が、組織因子およびリン脂質を含む水溶液の安定性を高めることが発見された。本発明に従って安定化されたトロンボプラスチン試薬によって、+2℃〜+8℃で12ヶ月間貯蔵した後でも、その期間の開始時におけるプロトロンビン時間(PT)測定値との差が25%未満のPT測定値が得られる。+37℃8週間の加速貯蔵によって、+2℃〜+8℃で12ヶ月またはそれ以上の貯蔵安定性が期待できるかどうかの迅速な推測が得られる。+37℃で4週間にわたる貯蔵で安定化されたトロンボプラスチン試薬が、期間の開始時におけるプロトロンビン時間(PT)測定値との差が25%未満のPT測定値を提供する場合、その試薬は、2℃〜+8℃の温度で12ヶ月またはそれ以上の貯蔵でも安定であると予想することができる。
【0016】
本発明の方法のその他の好ましい実施態様において、少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールの少なくとも1つが、0.15〜10mMの最終濃度、特に好ましくは0.5〜2mMの最終濃度で試薬中に存在するように、該ポリフェノールがトロンボプラスチン試薬に添加される。
【0017】
本発明の方法の具体的な実施態様において、2つまたはそれ以上の水溶性ポリフェノール(ここで、そのうち少なくとも1つは、少なくとも1個のカテコール官能基を有する)が、トロンボプラスチン試薬に添加される。好ましくは2つの水溶性ポリフェノールが、トロンボプラスチン試薬に添加され、ここにおいて上記ポリフェノールは両方とも、少なくとも1個のカテコール官能基を有する。より好ましくは、2つまたはそれ以上のポリフェノールは、それぞれのポリフェノールが、0.15〜10mMの最終濃度、特に好ましくは0.5〜2mMの最終濃度で試薬中に存在するようにして、トロンボプラスチン試薬に添加される。複数のポリフェノールのうち好ましい組み合わせとしては、クロロゲン酸とカテキンの組み合わせ、またはクロロゲン酸とルチンの組み合わせが挙げられる。
【0018】
本発明の方法の具体的な実施態様において、少なくとも1個のカテコール官能基を有し、フラボノイド群から誘導された水溶性ポリフェノールの少なくとも1つが、安定化のために用いられる。水溶性であり、少なくとも1個のカテコール官能基を有する適切なフラボノイドは、例えば以下の通りである:
−クェルセチン、ルチン、ミリセチン、およびそれらの配糖体(これらは、フラボノール類の下位群に属する);
−カテキン、ガロカテキン、エピカテキン、没食子酸エピガロカテキン(これらは、フラバン−3−オール類の下位群に属する);
−プロシアニジン(これらは、重合フラバン−3−オール類の下位群に属する);
−ルテオリン、およびそれらの配糖体(これらは、フラボン類の下位群に属する);および、
−シアニジン、デルフィニジン、ペツニジン、およびそれらの配糖体(これらは、アントシアニンの下位群に属する)。
【0019】
本発明の方法の特に好ましい実施態様において、少なくともカテキンまたはエピカテキンが、安定化のために用いられる。
【0020】
本発明の方法のさらなる具体的な実施態様において、少なくとも1個のカテコール官能基を有し、フェノール酸類の群から誘導された水溶性ポリフェノールの少なくとも1つが、安定化のために用いられる。水溶性であり、少なくとも1個のカテコール官能基を有する適切なフェノール酸類は、例えば以下の通りである:
−没食子酸、プロトカテク酸(3,4−ジヒドロキシ安息香酸)、およびそれらのエステルまたはそれらの配糖体(これらは、ヒドロキシ安息香酸類の下位群に属する);および、
−カフェー酸、クロロゲン酸、カフタル酸、カフェオイルグルコース、ロスマリン酸、およびそれらのエステルまたはそれらの配糖体(これらは、ヒドロキシケイ皮酸類の下位群に属する)。
【0021】
本発明の方法の特に好ましい実施態様において、少なくともクロロゲン酸が、安定化のために用いられる。
【0022】
本発明の方法のさらなる実施態様において、さらに安定化させるために、L−アスコルビン酸、および/またはポリエチレングリコール、および/または抗菌活性を有する物質が、追加でトロンボプラスチン試薬に添加される。添加されるL−アスコルビン酸の量は、好ましくは0.1〜10mMの最終濃度、特に好ましくは0.5〜1mMの最終濃度で試薬中に存在するような量である。添加されるポリエチレングリコールの量は、好ましくは0.1〜5%(w/v)の最終濃度、特に好ましくは0.25〜1%(w/v)の最終濃度で試薬中に存在するような量である。抗菌活性を有する特に好ましい物質は、アジ化ナトリウムおよびチモールである。添加されるアジ化ナトリウムの量は、好ましくは0.01〜1%(w/v)の最終濃度、特に好ましくは0.1%(w/v)の最終濃度で試薬中に存在するような量である。
【0023】
本発明の方法は、組換え組織因子(ヒトまたは動物、特にウサギ)を、天然および/または合成リン脂質と共に含むトロンボプラスチン試薬を安定化すること、加えて、組織抽出物由来(例えば、脳、胎盤、肺由来)の天然のヒトまたは動物(例えば、ウサギ、ウシ)の組織因子を、天然および/または合成リン脂質と共に含むトロンボプラスチン試薬を安定化することの両方に適している。
【0024】
本発明はさらに、トロンボプラスチン試薬として使用するための試薬または水溶液であって、これは組織因子およびリン脂質、ならびに少なくとも1個のカテコール官能基を有する水溶性ポリフェノールを少なくとも1つ含む、試薬または水溶液に関する。少なくとも1つのポリフェノールは、好ましくは0.15〜10mMの最終濃度で、特に好ましくは0.5〜2mMの最終濃度で試薬中に存在する。本発明の試薬の好ましい実施態様は、カルシウムイオンをさらに含む。本発明の試薬のさらなる実施態様は、上述した様々な本発明の方法の実施態様により得ることができる。本試薬は、液状試薬として提供してもよいし、またはそれ以外に、水もしくは緩衝液で再構成することができる凍結乾燥した形態として提供してもよい。
【0025】
本発明はさらに、インビトロでの患者サンプル中の凝固パラメーターの測定方法における本発明のトロンボプラスチン試薬の使用、特にプロトロンビン時間(PTまたはクイック試験)およびそれらの変法、および内因性トロンビン生成能(ETP)からなる群より選択される凝固パラメーターの測定方法における本発明のトロンボプラスチン試薬の使用に関する。本発明の試薬は、例えばフィブリンクロットの検出をベースとする試験方法における、および発色または蛍光試験方法における凝固カスケードの活性化因子としての使用に適している。
【0026】
本発明はさらに、試験キットであって、特にインビトロにおける凝固パラメーターの測定方法を行うための試験キットであって、ここにおいて試験キットは、本発明に従って安定化された少なくとも1つのトロンボプラスチン試薬を含む、該試験キットに関する。キット中に本発明のトロンボプラスチン試薬が凍結乾燥した形態で存在する場合、本キットは、好ましくは、適切な再構成用媒質(例えば、蒸留水または緩衝溶液)を含む。液状のトロンボプラスチン試薬を収容した容器を含む試験キットが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】様々な方法で安定化されたトロンボプラスチン試薬を用いて、規定の標準血漿(キャリブレーター(calibrator)4)を+2〜+8℃で12ヶ月間貯蔵した場合のプロトロンビン時間である(実施例1を参照)(PEG=ポリエチレングリコール;アジ化物=アジ化ナトリウム)。
【
図2】様々な方法で安定化されたトロンボプラスチン試薬を用いて、規定の標準血漿(キャリブレーター1)を+2〜+8℃で42週間貯蔵した場合のプロトロンビン時間である(実施例2を参照)(cat=カテキン;asc=アスコルビン酸;アジ化物=アジ化ナトリウム)。
【
図3】様々な方法で安定化されたトロンボプラスチン試薬を用いて、規定の標準血漿(キャリブレーター1)を+37℃で8週間貯蔵した場合のプロトロンビン時間である(実施例3を参照)(アジ化物=アジ化ナトリウム)。
【
図4】様々な方法で安定化されたトロンボプラスチン試薬を用いて、規定の標準血漿(キャリブレーター1)を+37℃で8週間貯蔵した場合のプロトロンビン時間である(実施例4を参照)(アジ化物=アジ化ナトリウム)。
【
図5】様々な方法で安定化されたトロンボプラスチン試薬を用いて、規定の標準血漿(K1〜K6,PT−マルチキャリブレーターキット(PT Multi Calibrator Kit),デイド・ベーリング・マールブルグ社(Dade Behring Marburg GmbH))を+37℃で8週間貯蔵した場合のプロトロンビン時間である(実施例5を参照)。
【0028】
以下の実施例は本発明を説明するのに役立つが、限定するものとして理解すべきではない。
【0029】
実施例1:+2〜+8℃で12ヶ月間貯蔵した、カテキンで安定化されたトロンボプラスチン試薬の安定性の測定
時間t
0に、組換えヒト組織因子、合成リン脂質、およびカルシウムイオンを含む凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬を蒸留水で再構成し、溶解した試薬に以下の物質を指定されている最終濃度で添加した:
1.追加の添加なし
2.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム
3.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1%(w/v)PEG
4.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1%(w/v)PEG+2mMのアスコルビン酸
5.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1%(w/v)PEG+1mMのカテキン
6.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのカテキン。
【0030】
BCT
(R)血液凝固測定装置(ベーリング凝固タイマー(Behring Coagulation Timer),デイド・ベーリング・マールブルグ社,マールブルグ,ドイツ)の自動プロトロンビン時間試験(PT試験)で、様々な試薬を用いた。用いられたサンプルは、規定の標準血漿(PT−マルチキャリブレーターキット(デイド・ベーリング・マールブルグ社,マールブルグ,ドイツ)のキャリブレーター4)であった。いずれのケースにおいても、サンプルおよび試薬を37℃に予熱し、最後に混合した。試薬を添加することによって凝固プロセスを開始させ、フィブリンクロットが形成されるまでの時間を測定した。
【0031】
様々な試薬の長期安定性を測定するために、試薬を液体状態で、+2〜+8℃で12ヶ月までの期間にわたり保存した。試薬のサンプルを毎月採取し、同じ標準血漿のプロトロンビン時間を測定した。様々な試薬を製造するために用いられた同一バッチの凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬を蒸留水で新たに再構成し、各時点でコントロールとして測定した。
【0032】
図1は、12ヶ月の期間にわたる様々なトロンボプラスチン試薬のプロトロンビン時間を示す。カテキンで安定化された本発明のトロンボプラスチン試薬(番号5および6)を用いた場合のみ、差が時間t
0における最初の値から25%未満の安定なプロトロンビン時間が達成された。最も遅いものでも9ヶ月後には、その他の全ての試薬において、かなり異なるプロトロンビン時間が示されたに過ぎない(番号4を参照)。アジ化ナトリウムは、試薬の性能安定性に影響がなかった。試薬番号2(0.1%アジ化ナトリウム;値は示していない)は、試薬番号1(添加なし)と同様の作用を示した。しかしながら、試薬番号2(0.1%アジ化ナトリウム)は、試薬番号1(アジ化ナトリウムなし)よりも濁った外観の程度が明らかに少なかった。
【0033】
実施例2:2〜8℃で48週間貯蔵した、カテキンで安定化されたトロンボプラスチン試薬の安定性の測定
以下に指定された最終濃度の物質を、実施例1と同じトロンボプラスチン試薬に添加した:
7.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのカテキン
8.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+0.5mMのカテキン
9.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+0.1mMのカテキン
10.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+0.5mMのカテキン+1mMのL−アスコルビン酸。
【0034】
規定の標準血漿(PT−マルチキャリブレーターキット(デイド・ベーリング・マールブルグ社,マールブルグ,ドイツ)のキャリブレーター1)のPT測定のため、実施例1で説明されているように様々な試薬を用いた。
【0035】
様々な試薬の長期安定性を測定するために、試薬を液体状態で、+2〜+8℃で48週間までの期間にわたり保存した。試薬のサンプルを4週間毎に採取し、同じ標準血漿のプロトロンビン時間を測定した。様々な試薬を製造するために用いられた同一バッチの凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬を蒸留水で新たに再構成し、各時点でコントロールとして測定した。
【0036】
貯蔵試験から、0.1mMのカテキンの濃度(試薬番号9)は、約32週を超える期間、+2〜+8℃でトロンボプラスチン試薬を安定化させるには不十分であることが示される(
図2)。しかしながら、0.5mMのカテキンの濃度、ならびに0.5mMのカテキンおよび1mMのL−アスコルビン酸との組み合わせは、少なくとも48週の期間トロンボプラスチン試薬を安定化する作用を示す(
図2)。カテキンの添加後に観察されたプロトロンビン時間の長期化の程度は、明らかに濃度依存性である。
【0037】
実施例3:37℃で8週間貯蔵した、様々なポリフェノールで安定化されたトロンボプラスチン試薬の安定性の測定
以下に指定された最終濃度の物質を、実施例1で説明されたのと同じトロンボプラスチン試薬に添加した:
11.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのカテキン
12.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのエピカテキン
13.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのルチン
14.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのクロロゲン酸
15.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+2mMのクロロゲン酸。
【0038】
規定の標準血漿(PT−マルチキャリブレーターキット(デイド・ベーリング)のキャリブレーター1)のPT測定のため、実施例1で説明されているように様々な試薬を用いた。
【0039】
様々な試薬の長期安定性を測定するために、試薬を液体状態で、+37℃で8週間まで保存した。試薬のサンプルを1、4および8週後に採取し、同じ標準血漿のプロトロンビン時間を測定した。様々な試薬を製造するために用いられた同一バッチの凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬を蒸留水で新たに再構成し、各時点でコントロールとして測定した。
【0040】
+37℃での加速安定性調査から、フラバン−3−オールのエピカテキン(カテキンのエピマー)、フラボノール配糖体のルチン、およびヒドロキシケイ皮酸誘導体のクロロゲン酸は、トロンボプラスチン試薬を安定化するためのカテキンに匹敵する濃度で同様に適していることが示される(
図3)。2mMのクロロゲン酸を添加することによって、トロンボプラスチン試薬を特に十分に安定化させることが可能である。
【0041】
実施例4:37℃で8週間貯蔵した、様々なポリフェノールで安定化されたトロンボプラスチン試薬の安定性の測定
以下に指定された最終濃度の物質を、実施例1で説明されたのと同じトロンボプラスチン試薬に添加した:
16.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMの3,4−ジヒドロキシ安息香酸
17.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのカフェー酸
18.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのクロロゲン酸+1mMのL−アスコルビン酸+0.5%PEG。
【0042】
規定の標準血漿(PT−マルチキャリブレーターキット(デイド・ベーリング)のキャリブレーター1)のPT測定のため、実施例1で説明されているように様々な試薬を用いた。
【0043】
様々な試薬の長期安定性を測定するために、試薬を液体状態で、+37℃で8週間まで保存した。試薬のサンプルを、1、4および8週間後に採取し、同じ標準血漿のプロトロンビン時間を測定した。様々な試薬を製造するために用いられた同一バッチの凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬を蒸留水で新たに再構成し、各時点でコントロールとして測定した。
【0044】
+37℃での加速安定性調査から、凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬の長期安定化のために、ポリフェノールの3,4−ジヒドロキシ安息香酸、カフェー酸、およびクロロゲン酸(番号16〜18)が用いられる濃度で適していることが示される。トロンボプラスチン試薬を、物質の組み合わせを添加することによって特に十分に安定化させることが可能である(番号18)。
【0045】
実施例5:37℃で8週間貯蔵した、複数のポリフェノールで安定化されたトロンボプラスチン試薬の安定性の測定
以下に指定された最終濃度の物質を、実施例1で説明されたのと同じトロンボプラスチン試薬に添加した:
19.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+0.5mMのカテキン+0.5mMのクロロゲン酸
20.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+1mMのクロロゲン酸+0.5mMのルチン21.0.1%(w/v)アジ化ナトリウム+0.5mMのクロロゲン酸+0.5mMのカテキン+0.5mMのL−アスコルビン酸。
【0046】
規定の標準血漿(K1〜K6、PT−マルチキャリブレーター(デイド・ベーリング)のPT測定のため、実施例1で説明されている様々な試薬を用いた。それらから得られたキャリブレーションプロットを互いに比較した。
【0047】
様々な試薬の長期安定性を測定するために、試薬を液体状態で、+37℃で8週間まで保存した。試薬のサンプルを、4および8週間後に採取し、同じ標準血漿のプロトロンビン時間を測定した。様々な試薬を製造するために用いられた同一バッチの凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬を蒸留水で新たに再構成し、各時点でコントロールとして測定した。
【0048】
+37℃での加速安定性調査から、凍結乾燥したトロンボプラスチン試薬の長期安定化のために、ポリフェノールのカテキン、クロロゲン酸およびルチン(番号19〜21)の組み合わせが用いられる濃度で適していることが示される(
図5)。