(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明による筆記具の実施の形態について、図を参照しながら詳細に説明すると以下の通りである。
【0012】
本発明の一実施形態である筆記具の断面図は
図1に示す通りである。この筆記具1は直液式筆記具であり、ペン先保持部材3の両端にペン先2とインキタンク4とが取り付けられている。このペン先保持部材3には、インキタンク4の内圧上昇に伴う溢出インキを一時的に保持する櫛歯31が形成されている。この櫛歯31により保留溝32及び誘導溝33が画成され、インキを保溜する機能が発揮される。筆記具1のペン先側を先端側とすると、後端側にインキタンク4が取り付けられているが、本発明においてはインキタンク4は着脱自在に取り付けられており、筆記具1はインキタンク交換式筆記具である。
【0013】
図1に図示された筆記具1は、先軸5と、後軸6とをさらに具備している。前記先軸5はペン先保持部材3を収容しており、またその後端部に後軸6を着脱自在に取り付けるための螺合構造が設けられている。先軸5に収容されているペン先保持部材の後端側にはインキタンク4が着脱自在に取り付けられる構造が設けられている。
図1に示された筆記具においては、後述する先軸5の後端が突出して、筒状の結合部52が形成され、それにインキタンク4が着脱自在に接続されている。このインキタンク4は、後軸6を取り付けることによって後軸6内に収容される。前記ペン先保持部材3の先端にはホルダー7を介してペン先2が取り付けられている。ペン先保持部材3を貫通しているインキ誘導部材8により前記インキタンク4からペン先2へインキが誘導される。
【0014】
・先軸
前記先軸5は、両端が開口された筒状構造、例えば円筒体よりなり、合成樹脂(例えば、ポリプロピレン、ポリカーボネート等)の射出成形等により得られる。前記先軸5の後端部には、縮径された筒状の螺合部51と、該螺合部51の内側に同心円状に配置される筒状の結合部52とを備える。前記螺合部51の外面には、雄ネジ部51aが形成される。前記結合部52は、インキタンク4の取り付け時、インキタンク4の開口部内に圧入される。さらに、前記結合部52の後端の一部には、インキタンク4の取り付け時にインキタンク4の開口部の栓体41を後方へ押し外して開栓させるための突片52aが形成される。
【0015】
・後軸
前記後軸6は、先端側が開口された有底筒状体よりなり、合成樹脂(例えば、ポリプロピレン、ポリカーボネート等)の射出成形等により得られる。前記後軸6の先端側開口部の内周面には、前記先軸5の螺合部51の雄ネジ部51aに着脱自在に螺合可能な雌ネジ部61が形成されている。また、前記後軸6は、インキタンク4内のインキ残量を外部より視認可能なよう、透明性を有することが好ましい。
【0016】
・ペン先保持部材
前記ペン先保持部材3は、合成樹脂(例えば、ABS樹脂等)の射出成形等により得られる。このペン先保持部材3にはペン先2とインキタンク4とが取り付けられている。インキタンク4は着脱自在に取り付けられている。一方、
図1に示された筆記具においては、ペン先2は着脱不可能に取り付けられている。すなわち、本発明においては、ペン先の耐久性が高いために交換の必要性がなく、そのために着脱可能とする必要がないのである。ただし、より長期にわたって使用することを意図して、ペン先を着脱可能に取り付けることも可能である。
【0017】
本発明においてペン先保持部材3は、ペン先とインキタンクとを連結する機能を有するものである。ここで、より高い筆記特性を実現するために、ペン先保持部材にインキ保溜機能を持たせることが好ましい。
図1に示された筆記具はインキ保溜機能を有するペン先保持部材を具備するものである。
【0018】
前記ペン先保持部材3は、複数の円板状の櫛歯31を備えている。前記櫛歯31の相互間には、インキを一時的に保溜する保溜溝32が形成されている。前記櫛歯31には、前記各々の保溜溝32と接続している、軸方向に延びるスリット状の誘導溝33が形成されている。前記ペン先保持部材3の櫛歯31群の最後端に位置する鍔部34には、前記誘導溝33と接続し且つインキタンク4側に開口する連通溝35が前後に貫設されている(
図2参照)。また、前記櫛歯31には、空気流通用の凹溝36が形成されている。また、前記ペン先保持部材3の中心には、中心孔37が貫設されている。前記中心孔37には、合成樹脂の押出成形体からなる第1のインキ誘導部材81が挿着されている。
【0019】
なお、ここではペン先保持部材としてインキタンク内の内圧上昇に伴う溢出インキを一時的に保持するインキ保溜機能を有する部材を例示したが、特にこれに限定されるものではない。
【0020】
・インキタンク
図1に示された筆記具において、前記インキタンク4は、合成樹脂(例えは、ポリエチレン等)の射出成形等により得られる。前記インキタンク4は、一般に先端が開口され且つ後端が閉鎖された有底筒状体であり、開口部の内周面には、インキタンク4内を封鎖する栓体41が、嵌着、溶着または接着等により設けられている。前記インキタンク4内には、筆記具用インキが直接収容されている。尚、前記インキタンク4は、内部のインキ残量が視認可能なよう、透明性を有することが好ましい。
【0021】
また、
図1には、インキタンクにインキを直に収容する直液式筆記具が例示されているが、中綿にインキを含浸した中綿式筆記具であってもよい。
【0022】
また、本発明による筆記具に用いられるインキは、水性インキ、水性ゲルインキ、油性インキ等、特に限定されるものではない。しかし、ニュートン粘性の水性インキ、剪断減粘性を付与した水性インキは、ボールとボール抱持部との接触部分が境界潤滑となって摩耗し易い傾向があるため、本発明による耐久性改良の効果が顕著に表れるので好ましい。さらに、本発明に用いられるインキの粘度も、特に限定されるものではないが、筆記時の粘度が10mPa・s未満(20℃)であるインキを用いた場合にも、同様に本発明の効果が顕著に表れるので好ましい。
【0023】
また、本発明による筆記具に用いられるインキは、炭素質膜との親和性が高いことが望ましい。例えばボールペンに用いられるインキには、水や、アルコールやグリコールエーテル等の親水性官能基を有する成分が含まれていることが多い。このような成分を含むインキは、従来使用されていたボール、例えば表面処理がなされていない炭化ケイ素からなるボールとは親和性が低い。このため、ボールとボール抱持部との接触部分が境界潤滑となり易い傾向がある。しかしながら、本発明においてはボールまたはボール抱持部のいずれかに炭素−酸素結合を有する炭素質膜が形成されており、それと親和性の高いインキを用いることでボールとボール抱持部との間が流体潤滑となりやすい。このような炭素質膜に対するインキの親和性は、接触角により評価することができる。本発明においては特に、前記炭素質膜に対するインキの接触角が55°以下であることが好ましく、30°以下であることがより好ましい。
【0024】
・ペン先
前記ペン先2は、先端に設けられたボール抱持部内に回転可能にボール24が抱持された構造を有している。このような構造はボールペンチップとも呼ばれる。ここでボール抱持部においては、金属製のパイプ21(例えばステンレス、銅、アルミニウム、ニッケルなどからなるパイプ)の先細状の先端部を径方向内方に押圧変形することにより形成した内向きの先端縁部22と、前記パイプの先端近傍側壁を径方向内方に押圧変形することにより形成した複数(例えば、3個または4個)の内方突出部23とによってボール24が回転可能に抱持されている。前記複数の内方突出部23は、パイプ2内面に周状に一般に等間隔に配置されている。この最先端部22と内方突出部23とによって、ペン先からボールが離脱しないように抱持されている。
【0025】
尚、
図1には、ステンレス鋼製パイプを押圧加工等して形成したパイプタイプのボールペンチップが例示されているが、ステンレス鋼線材をドリルによって切削加工して形成した切削タイプのボールペンチップであってもよい。前記ボール24の材料としては、例えば、例示したタングステンカーバイドの焼結体、ジルコニア、アルミナ、シリカ、炭化珪素等のセラミックス、またはステンレス鋼等が挙げられる。
【0026】
ペン先に抱持されているボールの材質は特に限定されないが、一般に金属またはセラミックスからなるものが用いられる。本発明による筆記具には耐久性が求められるために、高度の高い材料が選択されることが好ましい。例えば、炭化タングステン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、炭化ケイ素などのセラミックスやステンレス鋼などの金属が用いられる。また、セラミックスと金属性結合材とからなる超硬合金を用いてもよい。このような超硬合金としては、タングステンカーバイトと、コバルトまたはニッケルなどの金属性結合材とからなるものが知られている。
【0027】
図1に示された筆記具においては、直径0.5mmの炭化タングステン(ISO K−10相当)のボールを用いている。ボールの大きさは、その筆記具の用途や筆記時に要求される描線の幅などによって決められるが、一般に0.25〜2.0mmの範囲から選択される。
【0028】
・炭素質膜
本発明による筆記具においては、前記ボール表面、または前記ボール抱持部の前記ボールとの接触部分の少なくとも一方に炭素質膜が形成されている。前記ボール表面と前記接触部分の両方に炭素質膜が形成されていてもよい。
図3には、ボール本体24Aの表面に中間層24B(詳細後述)を介して、炭素質膜24Cが形成されている例が示されている。本発明においては、ボール本体24Aにこれらの中間層24Bおよび炭素質膜24Cを含めたものを含めてボールということがある。なお、ボール抱持部に炭素質膜が形成される場合には、ボールと接触する部分だけに炭素質膜が形成されていればよいが、製造の容易さや、使用による変形などの観点から、実際の接触部分よりも広い範囲に炭素質膜が形成されていてもよい。さらには、ボール抱持部の内面全部に炭素質膜が形成されていてもよい。
【0029】
本発明において炭素質膜は、炭素原子及び該炭素原子と結合した酸素原子を有している。このため、ボールまたはボール抱持部の耐久性が高くなる。さらに本発明における炭素質膜はインキとの親和性が高いため、ボールとボール抱持部内部との隙間にインキが保持され、ボールとボール抱持部との直接の接触が生じにくくなる。この結果、ボールとボール抱持部とが直接に接触することによるボール及びボール抱持部内部の摩耗を低減でき、耐久性がさらに改良される。そして耐久性改良により使用に伴う書き味の劣化が生じにくいため、ペン先の交換は実質的に不要となり、長期にわたり安定した筆記性能を満足するボールペンを実現することができる。また、ボール表面に炭素質膜を形成させた場合には、ボール表面とインキとの親和性が向上することにより、筆記時におけるボールと紙面との接触部へのインキの供給を安定化することができるので、より均一な筆跡及び良好な筆感を実現し、書き出し性を良化することが可能となる。
【0030】
尚、炭素質膜において炭素原子は種々の形態で酸素原子と結合する。具体的には、C−O、O=C−O、およびC=Oの形態で炭素原子と酸素原子とが結合していると考えられる。ここで、C−Oは水酸基及びエーテル等を主に構成し、C=Oはカルボニル基及びケトン等を主に構成し、O=C−Oは主にカルボキシル基及びエステル等を主に構成していると考えられる。これらの結合によって親水性が高くなると考えられる。また、炭素原子は、その他、炭素や水素とC−CまたはC−Hの形態で結合している。したがって、炭素の全結合(C−O、O=C−O、C=O、C−C、およびC−H)に対する酸素を含む結合(C−O、O=C−O、およびC=O)の割合(以下、CO
totalという)が大きくなるほど、炭素質膜の表面における親水性が増大し、炭素質膜とインキとの親和性が高くなると考えられる。CO
totalの値は炭素質膜とインキとの親和性が高まり、長期及び長距離にわたり安定した筆記性能を維持しやすいので0.1以上であることが好ましく、0.15以上であることがより好ましい。一方、CO
totalの値が大きくなりすぎると、炭素同士の結合が減少して硬度が低下する傾向があるため、0.5以下とすることが好ましく、0.45以下であることがより好ましい。
【0031】
本発明において炭素質膜は、任意の方法により、ボール表面、またはボール抱持部のボールとの接触部分に形成させることができる。炭素質膜は、ボール表面またはボール抱持部のいずれか一方に形成させればよいが、両方に形成させてもよい。ただし、ボール表面に炭素質膜を形成させると、ボールとボール抱持部との間の摩耗低減に加え、前記した通りインキの供給が安定化されるので、少なくともボール表面に炭素質膜を形成させることが好ましい。
【0032】
尚、炭素質膜を形成する方法は、特に制限されない。例えば、炭化水素ガスを原料として用いるプラズマ化学気相堆積法(プラズマCVD法)又は触媒化学気相堆積法(CAT−CVD法)等により形成することができる。また、固体グラファイトを原料とするスパッタリング法、アークイオンプレーティング法等により形成することもできる。さらに、他の方法により形成してもよく、複数の方法を組み合わせて形成してもよい。
【0033】
本発明において用いられる炭素質膜は、ダイヤモンド様膜(DLC膜)に代表されるsp
2炭素−炭素結合(グラファイト結合)及びsp
3炭素−炭素結合(ダイヤモンド結合)を含む膜である。DLC膜のようなアモルファス状態の膜であっても、ダイヤモンド膜のような結晶状態の膜であってもよい。しかしながら、本発明において炭素質膜は、sp
3炭素−炭素結合のsp
2炭素−炭素結合に対する比率が高いほうが、炭素質膜の硬度が高くなるので好ましい。具体的には、sp
3炭素−炭素結合のsp
2炭素−炭素結合に対する比率が0.3以上であることが好ましい。
【0034】
また、通常、炭素質膜はsp
2炭素−水素結合及びsp
3炭素−水素結合を含んでいるが、本発明における炭素質膜には炭素−水素結合は必須の構成要素ではない。また、炭素質膜には本発明の効果を損なわない範囲でシリコン(Si)又はフッ素(F)等が添加されていてもよい。
【0035】
また、炭素質膜へ炭素−酸素結合を導入する方法は、例えば酸素プラズマ又は酸素を含むガスのプラズマ等の照射により行えばよい。酸素を含むガスとしては水蒸気、空気等を用いることができる。また、酸素原子を含む有機物化合物等のガスを用いることもできる。さらに、酸素を含む雰囲気において炭素質膜に紫外線を照射したり、炭素質膜を酸化性の溶液に浸漬したりすることによって、酸素を導入することもできる。また、炭素質膜を成膜する際に雰囲気中の酸素濃度を高くすることにより、炭素質膜を成膜する際に炭素−酸素結合を導入することも可能である。炭素質膜の成膜直後にはその表面に未結合手が存在している。このため、成膜直後の炭素質膜を酸素を含む雰囲気に放置することにより未結合手と酸素とを反応させて炭素−酸素結合を導入することも可能である。また、炭素−酸素結合を導入してあれば、未結合手の炭素原子が存在していてもよい。
【0036】
炭素質膜の膜厚は、特に限定されないが、0.001μm〜3μmの範囲が好ましく、0.005μm〜1μmの範囲であることがより好ましい。また、炭素質膜はボールまたはボール抱持部の表面に直接形成することができるが、ボールまたはボール抱持部と炭素質膜とをより強固に密着させるために、中間層を設けることが好ましい。中間層の材質としては、ボールまたはボール抱持部の種類に応じて種々のものを用いることができるが、例えばケイ素(Si)と炭素(C)、チタン(Ti)と炭素(C)又はクロム(Cr)と炭素(C)からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。その厚みは特に限定されるものではないが、0.001μm〜0.3μmの範囲が好ましく、0.005μm〜0.1μmの範囲であることがより好ましい。中間層は、例えば、スパッタ法、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いて形成することができる。
【0037】
前記ペン先2は、ホルダー7の前部に取り付けられている。そして、前記ホルダー7の後部は、インキ保持部材3の中心孔37の先端開口部に圧入されている。即ち、ペン先2がインキ保持部材3にホルダー7を介して取り付けられる。前記ホルダー7は、ペン先2が取り付けられる鍔状の前部と、インキ保持部材3の中心孔37の先端開口部に圧入される後部とからなる。前記ホルダー7は合成樹脂等の射出成形等により得られる。
【0038】
前記インキ誘導部材8は、第1のインキ誘導部材81と、第2のインキ誘導部材82と、第3のインキ誘導部材83とを具備している。前記ホルダー7の後部内には、繊維加工体からなる第2のインキ誘導部材82が収容されている。前記ペン先2の内部には、ボール24後面にインキを誘導する合成樹脂の押出成形体よりなる第3のインキ誘導部材83が収容されている。前記第2のインキ誘導部材82の先端には、第3のインキ誘導部材83の後端が貫入し接続され、前記第2のインキ誘導部材82の後端には、第1のインキ誘導部材81の先端が貫入し接続されている。前記第3のインキ誘導部材83は、各々の内方突出部23の内面(後側内面)に当接されている。
【0039】
・炭素質膜の形成方法
本発明による筆記具においては、ボールまたはボール抱持部の少なくとも一方に炭素質膜が形成されている。次に、炭素質膜の形成方法について説明する。ここでは、例としてボール表面に炭素質膜を形成させる方法を説明する。ボール抱持部に炭素質膜を形成させる場合にも同様の方法を応用することができる。
【0040】
ボール表面に炭素質膜を形成させるのに先立って、中間層を形成することができる。ここでは、ボールの表面にSiとCとを含むアモルファス膜からなる中間層を形成させる場合を説明する。中間層の成膜には例えばイオン化蒸着法を用いることができる。この方法では、真空ポンプを用いてイオン化蒸着用のチャンバー内を所定の圧力に調整すると共に、チャンバー内にテトラメチルシラン(Si(CH
3)
4)を導入し、ボールにバイアス電圧(例えば1kV)を印加して、放電(例えば30分間)を行う。成膜の際にチャンバー内においてボールを回転させることにより、ボールの表面全面に中間層を形成することができる。
【0041】
中間層の形成後、チャンバー内に供給するガスをベンゼンに変更し、炭素質膜を形成する。チャンバー内を真空ポンプを用いて所定の圧力に調整した後、ボールにバイアス電圧(例えば1kV)を印加して、放電(例えば90分間)を行う。成膜の際にチャンバー内においてボールを回転させることによりボールの表面全面に炭素質膜を形成することができる。
【0042】
この後、酸素を含む雰囲気においてプラズマ照射を行い、炭素質膜への炭素−酸素結合の導入を行う。チャンバー内を例えば100Paの圧力に調整し、出力を例えば10Wとしてプラズマ照射を行い、目的のボールを得ることができる。
【0043】
得られた炭素質膜に含まれる炭素−酸素結合の割合は、X線光電子分光(XPS)測定により評価することができる。測定条件は、形成させる炭素質膜の種類、厚さなどによって調整されるが、例えば、試料に対する検出角度を90°とし、X線源にはAlを用い、X線照射エネルギーを100Wとすることができる。1回の測定の時間は0.1ms程度とされるのが一般的である。また、測定精度を高めるために、1つの試料について複数回、例えば64回測定を行ってその平均値を測定結果とすることがある。
【0044】
炭素質膜中のC−O、C=O及びO=C−Oの割合を求めるために、XPS測定により得られた炭素1s(C1s)ピークを、炭素同士が結合したsp
3C−C及びsp
2C−C、炭素と水素とが結合したsp
3C−H及びsp
2C−H、炭素と酸素とが結合したC−O、C=O及びO=C−Oの7つの成分にカーブフィッティングにより分解する。カーブフィッティングにあたり、sp
3C−Cの結合エネルギーは283.8eV、sp
2C−Cの結合エネルギーは284.3eV、sp
3C−Hの結合エネルギーは284.8eV、sp
2C−Hの結合エネルギーは285.3eV、C−Oの結合エネルギーは285.9eV、C=Oの結合エネルギーは287.3eV、O=C−Oの結合エネルギーは288.8eVとするのが適当である。カーブフィッティングにより得られた各ピークの面積をC1sピーク全体の面積により割った値を、各成分の組成比とした。C−O、C=O及びO=C−Oの組成比の和を炭素−酸素結合した炭素原子の全炭素原子に対する割合(CO
total)とする。
【0045】
炭素質膜が形成されたボールをオージェ電子分光分析装置(アルバックファイ株式会社製PHI−660型(商品名))により分析することで、中間層および炭素質膜の厚さを測定することができる。具体的には、炭素質膜が形成されたボールの表面を段階的にエッチングし、各段階でオージェ電子分光分析法により表面分析を行う。測定条件は、例えば、電子銃の加速電圧を10kV、試料電流を500nm、アルゴンイオン銃の加速電圧を2kVとする。この測定条件により、ボール表面の40μm角の領域について、各深さにおける分析を行うことで、中間層や炭素質膜の厚さを測定することができる。
【0046】
前記した方法により製造した炭素質膜付きのボールについて分析した場合には以下の結果が得られた。炭素質膜が形成されたボールの表面から80nm程度の深さまではほぼ炭素原子(C)だけが存在しており、炭素質膜が形成されていた。80nm〜120nmの深さにおいては、Si原子が存在しており、SiCからなる中間層が形成されていた。100nm以上の深さの部分では炭化タングステン(WC)だけが検出され、ボールである炭化タングステンの表面に、中間層および炭素質膜が形成されていることが確認された。
【0047】
実施例
前記した方法により、ボール表面に炭素質膜を形成させたボール(DLC−1)と、プラズマ照射条件を変えることにより、炭素−酸素結合の割合が異なる炭素質膜を得たボール(DLC−2)を作成した。具体的には、DLC−1は、高周波電源の出力を10Wとし、60秒秒間酸素プラズマを照射した。DLC−2は、高周波電源の出力を50Wとし、60秒間酸素プラズマを照射した。これらのボールに形成された炭素質膜に含まれる各結合の割合を前記した方法で測定した。得られた結果は表1に示す通りであった。
【0049】
酸素原子と結合した炭素原子の全炭素原子に対する比率(CO
total)は、DLC−1では0.16であり、DLC−2では0.43であった。酸素プラズマを照射する際の電源出力が高いDLC−2の方がDLC−1よりもCO
totalの値が大きくなった。CO
totalをさらに詳しくみると、C−Oの全炭素に対する比率は、DLC−1とDLC−2とでほぼ同じとなったが、C=Oの比率は、DLC−2においてDLC−1の約6倍となり、O=C−Oの比率は、DLC−2においてDLC−1の約9倍となった。また、これらの炭素質膜におけるsp
3炭素−炭素結合のsp
2炭素−炭素結合に対する比率は0.3以上であった。
【0050】
次に、炭素質膜を形成していない炭化タングステンボール(WC)、前記したDLC−1、または前記したDLC−2の各ボールの表面と、筆記具用インキとの接触角に関し、測定を行った。得られた結果は
図4に示す通りであった。尚、筆記具用インキは、水、有機溶剤、着色剤(水溶性染料)からなる筆記具用水性インキ(株式会社パイロットコーポレーション製、20℃の環境下におけるインキ粘度は、2mPa・s)を用いて測定を行った。なお、粘度の測定にはデジタル粘度計(ブルックフィールド社製DV−II:CPE−42ローター)を用いて測定を行った。
【0051】
未処理のWCボールでは60°程度あった接触角がDLC−1では55°程度まで低下し、DLC−2では3°程度まで低下しており非常に親和性が高くなっていることがわかる。炭素−酸素結合を有する炭素質膜を形成することにより、筆記具用インキとの親和性が向上することが明らかである。
【0052】
接触角の測定には、自動接触角測定機(協和界面科学株式会社製DM−500(商品名))を用いた。ボールに設けた炭素質膜と同一条件にて設けた炭素質膜を有する試験プレート(WC、ISO K−10相当)の表面上に前記の水性インキを1μl滴下して接触角を測定した。測定タイミングは滴下直後とし、測定値は3点の平均値とした。接触角は、粘度が比較的高いインキの場合、例えば水性ゲルインキや油性インキの場合には滴下の3秒後の測定(測定値は3点の平均値)によって求めることができる。
【0053】
尚、前記水性インキの表面張力は40mN/mであった。インキの表面張力は、インキタンクの交換時にスムーズにインキが供給されるように、20℃の環境下で、20mN/m以上、40mN/m以下とすることが好ましく、25mN/m〜35mN/mとすることが最も好ましい。この表面張力の測定方法は、協和界面科学株式会社製の表面張力計測器を用い、20℃の環境下、ガラスプレートを用いて、垂直平板法によって測定によって求めることができる。
【0054】
次に、前記の各ボールを具備した筆記具を準備して、走行試験を行った。この試験は、筆記具を紙面に対して70度傾斜させた状態で保持し、荷重100gf(約0.98N)で、直径32mmの円を描くように回転させ、筆記用紙(JIS:P3201)を4m/分の速さで移動させる試験機を用いて、筆記具による筆記距離を調べる試験である。筆記具が1つの円を描くことにより約10cmの距離を筆記する。筆記距離の100mごとにペン先先端からボール先端位置までの距離を測定した。ボール及びボール抱持部の磨耗により、ペン先先端からボール先端位置までの距離が小さくなるため、ボール先端位置の変化量(沈み量)を磨耗量とした。また、インキタンクに充填されたインキの消耗後は、インキタンクを交換し、さらに走行試験を継続した。
【0055】
先に述べた摩耗量を測定した結果、炭素質膜を形成していない未処理のボール(WC)>炭素−酸素結合導入を行っていない炭素質膜(DLC−0)>DLC−1>DLC−2という結果となった。これは、水性インキにおいては、ボールとボール抱持部との間で境界潤滑になると考えられるが、炭素−酸素結合を有する炭素質膜を形成した場合には、ボールと水性インキとの親和性が向上し、ボールとボール抱持部との直接の接触が生じにくいため、ボール及びボール抱持部が摩耗しにくくなったためである考えられる。また、DLC−0は、2000m筆記において、摩耗量が大きく、均一な筆跡を得られなかった。一方、DLC−1、DLC−2については、3000m、5000mの筆記においても安定した筆記性能を維持することができた。
【0056】
DLC−1における具体的なボール先端位置の変化量(沈み量)は、未筆記で0μm、0〜100m筆記後3μmであり、500m筆記後が4μm、1000m筆記後が5μmであった。さらに、カートリッジを交換して、連続的に測定した結果、1500m筆記後が5μmであり、2000m筆記後が6μm、3000m筆記後が7μm、5000m筆記後が8μmであった。尚、インキの組成や粘度によっても異なるが、ボール先端位置の変化量(沈み量)が10μmを超えると均一な筆跡を得られ難い。
【0057】
DLC−1については0〜100m筆記後3μmとやや摩耗量が大きいが、これは、筆記距離0mから筆記距離100mまでボールとボール抱持部がなじんで当接面を形成するためであり、その後は炭素質膜によって、摩耗しない或いは僅かに摩耗するだけなので、長期に渡り安定した筆記性能を満足するものとなる。