特許第5905639号(P5905639)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5905639
(24)【登録日】2016年3月25日
(45)【発行日】2016年4月20日
(54)【発明の名称】マルチディスク変速機
(51)【国際特許分類】
   F16H 37/02 20060101AFI20160407BHJP
   F16H 15/14 20060101ALI20160407BHJP
【FI】
   F16H37/02 A
   F16H15/14
【請求項の数】4
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-505233(P2015-505233)
(86)(22)【出願日】2013年11月26日
(86)【国際出願番号】JP2013081821
(87)【国際公開番号】WO2014141542
(87)【国際公開日】20140918
【審査請求日】2015年4月16日
(31)【優先権主張番号】特願2013-49409(P2013-49409)
(32)【優先日】2013年3月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100075513
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 政喜
(74)【代理人】
【識別番号】100120260
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】丹下 宏司
【審査官】 稲垣 彰彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−270923(JP,A)
【文献】 特開2010−53995(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 15/00−15/46
37/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチディスク変速機であって、
動力源からの回転が入力される入力軸と、
前記入力軸に対して平行に配置される出力軸と、
前記入力軸に設けられるプライマリディスクと、
前記出力軸に設けられ、前記プライマリディスクと部分的に重なり合うセカンダリディスクと、
前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクを挟んで両側に配置される一対の押付ローラと、
前記一対の押付ローラを、前記入力軸と前記出力軸との間で移動させる変速アクチュエータと、
前記一対の押付ローラを前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクに押し付ける押付機構と、
前記入力軸に設けられる第1ギヤと前記出力軸に設けられ前記第1ギヤに噛み合う第2ギヤからなる前進用ギヤ列を有し、前記前進用ギヤ列を介して前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達する直結状態と前記前進用ギヤ列を介しては前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達しない非直結状態とを切り換え可能な直結機構と、
を備え
前記第1ギヤ及び前記第2ギヤの一方のギヤは、当該一方のギヤが設けられる軸に対して遊転可能な遊転ギヤであり、
前記直結機構は、前記一方のギヤと前記一方のギヤが設けられる軸とを相対回転不能に係合させる係合機構を有し、
前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態とを切り換える場合、前記押付ローラ及び前記押付機構によって前記プライマリディスクと前記セカンダリディスクとを接触させて前記一方のギヤの回転と前記一方のギヤが設けられる軸の回転とを同期させておき、この状態で前記係合機構によって前記一方のギヤと前記一方のギヤが設けられる軸とを係合させる又は該係合を解除する、
マルチディスク変速機。
【請求項2】
マルチディスク変速機であって、
動力源からの回転が入力される入力軸と、
前記入力軸に対して平行に配置される出力軸と、
前記入力軸に設けられるプライマリディスクと、
前記出力軸に設けられ、前記プライマリディスクと部分的に重なり合うセカンダリディスクと、
前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクを挟んで両側に配置される一対の押付ローラと、
前記一対の押付ローラを、前記入力軸と前記出力軸との間で移動させる変速アクチュエータと、
前記一対の押付ローラを前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクに押し付ける押付機構と、
前記入力軸に設けられる第1ギヤと前記出力軸に設けられ前記第1ギヤに噛み合う第2ギヤからなる前進用ギヤ列を有し、前記前進用ギヤ列を介して前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達する直結状態と前記前進用ギヤ列を介しては前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達しない非直結状態とを切り換え可能な直結機構と、
を備え、
前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態との切り換えを前記変速アクチュエータで行うように構成した、
マルチディスク変速機。
【請求項3】
請求項2に記載のマルチディスク変速機であって、
前記変速アクチュエータは、モータであり、
前記変速機は、前記モータの回転を直動運動に変換するカム機構をさらに備え、
前記直動運動が前記直結機構に伝達されることによって前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態とが切り換えられる、
マルチディスク変速機。
【請求項4】
マルチディスク変速機であって、
動力源からの回転が入力される入力軸と、
前記入力軸に対して平行に配置される出力軸と、
前記入力軸に設けられるプライマリディスクと、
前記出力軸に設けられ、前記プライマリディスクと部分的に重なり合うセカンダリディスクと、
前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクを挟んで両側に配置される一対の押付ローラと、
前記一対の押付ローラを、前記入力軸と前記出力軸との間で移動させる変速アクチュエータと、
前記一対の押付ローラを前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクに押し付ける押付機構と、
前記入力軸に設けられる第1ギヤと前記出力軸に設けられ前記第1ギヤに噛み合う第2ギヤからなる前進用ギヤ列を有し、前記前進用ギヤ列を介して前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達する直結状態と前記前進用ギヤ列を介しては前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達しない非直結状態とを切り換え可能な直結機構と、
を備え、
変速時は前記変速アクチュエータと前記押付ローラとを連結し、変速を行わず前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態との切り換えを行うときは前記変速アクチュエータと前記押付ローラとの前記連結を解除する連結機構をさらに備えた、
マルチディスク変速機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチディスク変速機に関する。
【背景技術】
【0002】
JP2010−53995Aには、入力軸に設けられたプライマリディスクと出力軸に設けられたセカンダリディスクとを部分的に重ね合わせてディスク重合領域を設け、この領域で両ディスクを一対の押付ローラで挟んで接触させることで、入力軸の回転を出力軸に伝達するマルチディスク変速機が開示されている。
【0003】
マルチディスク変速機においては、一対の押付ローラが両ディスクを挟む位置を変更することによって変速が実現される。すなわち、両ディスクを挟む位置を、入力軸に近づければ変速比がLow側(変速比大側)に変化し、出力軸に近づければ変速比がHigh側(変速比小側)に変化する。
【発明の概要】
【0004】
しかしながら、マルチディスク変速機においては、両ディスクの接触部において両ディスクの周速差に起因する滑りや面圧が不足することによる滑りが生じるため、ギヤを介して回転を伝達する変速機と比較して伝達ロスが大きい。
【0005】
本発明の目的は、マルチディスク変速機における伝達効率を向上させることである。
【0006】
本発明のある態様によれば、マルチディスク変速機であって、動力源からの回転が入力される入力軸と、前記入力軸に対して平行に配置される出力軸と、前記入力軸に設けられるプライマリディスクと、前記出力軸に設けられ、前記プライマリディスクと部分的に重なり合うセカンダリディスクと、前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクを挟んで両側に配置される一対の押付ローラと、前記一対の押付ローラを、前記入力軸と前記出力軸との間で移動させる変速アクチュエータと、前記一対の押付ローラを前記プライマリディスク及び前記セカンダリディスクに押し付ける押付機構と、直結機構と、を備えたマルチディスク変速機が提供される。
【0007】
前記直結機構は、前記入力軸に設けられる第1ギヤと前記出力軸に設けられ前記第1ギヤに噛み合う第2ギヤからなる前進用ギヤ列を有し、前記前進用ギヤ列を介して前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達する直結状態と前記前進用ギヤ列を介しては前記入力軸の回転を前記出力軸に伝達しない非直結状態とを切り換えることができる。
好ましくは、前記第1ギヤ及び前記第2ギヤの一方のギヤは、当該一方のギヤが設けられる軸に対して遊転可能な遊転ギヤであり、前記直結機構は、前記一方のギヤと前記一方のギヤが設けられる軸とを相対回転不能に係合させる係合機構を有し、前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態とを切り換える場合、前記押付ローラ及び前記押付機構によって前記プライマリディスクと前記セカンダリディスクとを接触させて前記一方のギヤの回転と前記一方のギヤが設けられる軸の回転とを同期させておき、この状態で前記係合機構によって前記一方のギヤと前記一方のギヤが設けられる軸とを係合させる又は該係合を解除する。
また、好ましくは、前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態との切り換えを前記変速アクチュエータで行うように構成する。
また、好ましくは、変速時は前記変速アクチュエータと前記押付ローラとを連結し、変速を行わず前記直結機構の前記直結状態と前記非直結状態との切り換えを行うときは前記変速アクチュエータと前記押付ローラとの前記連結を解除する連結機構をさらに備える。
【0008】
上記態様によれば、直結機構を直結状態に切り換えると、入力軸の回転が前進用ギヤ列を介して出力軸に伝達されるようになる。これにより、入力軸の回転がプライマリディスク及びセカンダリディスクを介して出力軸に伝達される摩擦伝達状態と比較して高い伝達効率を実現し、変速機が搭載される車両の燃費を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、マルチディスク変速機を全体概略図である。
図2図2は、プライマリディスク、セカンダリディスク及び押付ローラの関係を示した図である。
図3A図3Aは、リバース準備状態を説明するための図である。
図3B図3Bは、リバース状態を説明するための図である。
図3C図3Cは、パーキング状態を説明するための図である。
図3D図3Dは、Low直結準備状態を説明するための図である。
図3E図3Eは、Low直結状態を説明するための図である。
図3F図3Fは、摩擦伝達準備状態を説明するための図である。
図3G図3Gは、摩擦伝達状態(最Low)を説明するための図である。
図3H図3Hは、摩擦伝達状態(変速)を説明するための図である。
図3I図3Iは、High直結準備状態を説明するための図である。
図3J図3Jは、High直結状態を説明するための図である。
図4A図4Aは、ラッチ機構の動作(連結状態)を説明するための図である。
図4B図4Bは、ラッチ機構の動作(連結解除状態)を説明するための図である。
図5A図5Aは、連結機構の変形例の動作(連結解除状態)を説明するための図である。
図5B図5Bは、連結機構の変形例の動作(連結解除状態から連結状態への移行途中の状態)を説明するための図である。
図5C図5Cは、連結機構の変形例の動作(連結状態)を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
図1は、本発明の実施形態に係るマルチディスク変速機(以下、「変速機」という。)1の全体概略図である。
【0012】
変速機1は、動力源としてのエンジン10と図示しないディファレンシャルギヤとの間に設けられ、エンジン10から入力された回転を変速し、出力ギヤ20からディファレンシャルギヤに出力する変速機である。変速機1は、以下に説明するように、変速機ケース30と、クラッチ40と、入力軸50と、出力軸60と、プライマリディスク70と、セカンダリディスク80と、一対の押付ローラ90と、押付機構100と、直結機構110と、複合カム機構120、ステップモータ130とを備える。
【0013】
入力軸50はエンジン10と同軸に設けられ、出力軸60は入力軸50と平行に設けられる。入力軸50及び出力軸60はそれぞれ変速機ケース30に回転自在に支持される。
【0014】
クラッチ40は、ダイヤフラム式の乾式クラッチである。レリーズレバー41がエンジン10側に押されていない状態では、ダイヤフラムスプリング42によってクラッチディスク43がフライホイール44に押し付けられ、クラッチ40が締結する。これに対し、レリーズレバー41がエンジン10側に押されると、レリーズベアリング45がエンジン10側に押され、ダイヤフラムスプリング42が押し縮められてクラッチディスク43がフライホイール44から離れ、クラッチ40が解放する。
【0015】
プライマリディスク70は、複数枚の円形のディスクで構成され、入力軸50に固定される。同様に、セカンダリディスク80は、複数枚の円形のディスクで構成され、出力軸60に固定される。プライマリディスク70とセカンダリディスク80とは、互い違いに、かつ、両ディスク70、80が部分的に重なり合う領域(以下、「ディスク重合領域」という。)が形成されるように配置される(図2参照)。
【0016】
押付ローラ90は、ベアリング91を介して保持部92に回転自在に保持されており、プライマリディスク70及びセカンダリディスク80を挟んで両側に配置される。
【0017】
押付ローラ90は、後述する押付機構100によってディスク面に対して垂直な方向に移動することができる。押付機構100によって押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に押付力を作用させると、プライマリディスク70及びセカンダリディスク80が弾性変形して接触し、入力軸50の回転がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を介して出力軸60に伝達される。
【0018】
また、押付ローラ90は、後述する複合カム機構120によって、図2に示すように、入力軸50と出力軸60とを結ぶ軸連結線Oに沿って移動することができ、これによってプライマリディスク70とセカンダリディスク80との接触位置を変更し、変速機1の変速比を無段階又は有段階に変更することができる。具体的には、プライマリディスク70とセカンダリディスク80との接触位置を入力軸50側に変更すると変速機1の変速比がLow側(変速比大側)に変更され、逆に、出力軸60側に変更すると変速機1の変速比がHigh側(変速比小側)に変更される。
【0019】
押付機構100は、変速機ケース30に固定された回動軸101と、回動軸101にそれぞれ揺動可能に連結される一対のクランプアーム102、103と、一対のクランプアーム102、103の自由端側に設けられる押付力調整機構104とで構成される。
【0020】
押付力調整機構104は、一方のクランプアーム102に固定される円弧状レール105と、他方のクランプアーム103に回動自在に取り付けられ、端部に設けられたローラ106が円弧状レール105に係合する回動係合部107とで構成される。ローラ106にはバネ108によって回動中心方向の力が常時作用しており、回動係合部107は図示しないステップモータによって回動させることができる。
【0021】
図示の状態から回動係合部107を半時計回りに回動させると、バネ108の付勢力のディスク面に垂直な成分が増大し、一対のクランプアーム102、103が押付ローラ90を押す力が増大し、押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に作用する押付力が増大する。押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に作用する押付力を減少させる、あるいは、作用させないようにするには、回動係合部107を時計回りに回動させればよい。
【0022】
直結機構110は、入力軸50の回転をギヤ列を介して出力軸60に伝達する機構であり、前進用ギヤ列としてLowギヤ列111及びHighギヤ列112、後進用ギヤ列としてリバースギヤ列113とを備える。
【0023】
Lowギヤ列111は、入力軸50に遊転可能に設けられる入力側Lowギヤ111iと、入力側Lowギヤ111iよりも歯数が多く、入力側Lowギヤ111iと噛み合い、出力軸60に固定される出力側Lowギヤ111oとで構成される。入力側Lowギヤ111iの端部にはスプライン111sが形成されている。
【0024】
Highギヤ列112は、入力軸50に遊転可能に設けられる入力側Highギヤ112iと、入力側Highギヤ112iよりも歯数が少なく、入力側Highギヤ112iと噛み合い、出力軸60に固定される出力側Highギヤ112oとで構成される。入力側Highギヤ112iの端部にはスプライン112sが形成されている。
【0025】
入力側Lowギヤ111iと入力側Highギヤ112iとの間には、ハブ114とスリーブ115とが配置される。ハブ114は入力軸50に固定されており、外周面にはスプライン114sが形成されている。スリーブ115は、内周面にスプライン115sが形成されている。
【0026】
図示の状態では、スリーブ115のスプライン115sはハブ114のスプライン114sにのみ嵌合し、入力側Lowギヤ111iのスプライン111s及び入力側Highギヤ112iのスプライン112sには嵌合していない。この状態では、入力軸50の回転はLowギヤ列111、Highギヤ列112いずれを介しても出力軸60に伝達されない非直結状態となる。
【0027】
非直結状態からスリーブ115を入力側Lowギヤ111i側にスライドさせ、スリーブ115のスプライン115sを入力側Lowギヤ111iのスプライン111s及びハブ114のスプライン114sの両方に嵌合させると、入力側Lowギヤ111iが入力軸50と相対回転不能に係合され、入力軸50の回転がLowギヤ列111を介して出力軸60に伝達されるLow直結状態となる。
【0028】
逆に、非直結状態からスリーブ115を入力側Highギヤ112i側にスライドさせ、スリーブ115のスプライン115sを入力側Highギヤ112iのスプライン112s及びハブ114のスプライン114sの両方に嵌合させると、入力側Highギヤ112iが入力軸50と相対回転不能に係合され、入力軸50の回転がHighギヤ列112を介して出力軸60に伝達されるHigh直結状態となる。
【0029】
Low直結状態で実現される変速比は、押付ローラ90を最もプライマリディスク70側に配置した時に実現される最Low変速比に等しく、High直結状態で実現される変速比は、押付ローラ90を最もセカンダリディスク80側に配置した時に実現される最Hihgh変速比に等しい。また、Low直結状態、High直結状態での出力軸60の回転方向はプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を介して回転が出力軸60に伝達される場合と同じであるので、回転方向を反転するためのアイドルギヤは不要である。
【0030】
スリーブ115のスライドは、ステップモータ130の回転を複合カム機構120によって直動運動に変換し、この直動運動をスリーブ115に伝達することで行われる。これについては後述する。
【0031】
リバースギヤ列113は、入力軸50及び出力軸60に対して平行に設けられるカウンタ軸113cと、カウンタ軸113cに遊転可能かつ軸方向スライド可能に設けられるリバースアイドルギヤ113aと、入力軸50に固定される入力側リバースギヤ113iと、出力軸60に固定される出力側リバースギヤ113oとを備える。
【0032】
リバースアイドルギヤ113aは、運転者によるセレクトレバー(又はセレクトスイッチ)の操作に機械的又は電気的に連動して、入力側リバースギヤ113i及び出力側リバースギヤ113oに噛み合わない位置と噛み合う位置との間をスライドする。
【0033】
リバースアイドルギヤ113aが入力側リバースギヤ113i及び出力側リバースギヤ113oに噛み合った状態では、リバースギヤ列113によって入力軸50の回転が反転されて出力軸60に伝達されるリバース状態となる。
【0034】
複合カム機構120は、単一のアクチュエータ(ステップモータ130)で以下の三つの機能:
・クラッチ40を締結・解放する機能
・エンジン10の回転がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を介して伝達される摩擦伝達状態と直結機構110を介して伝達される直結状態とを切り換える機能
・押付ローラ90を軸連結線Oに沿って変位させ、変速機1の変速比を変更する機能
を実現するカム機構である。
【0035】
複合カム機構120は、送りネジ121と、スライドナット122と、第1カム123と、第1ロッド124と、第2カム125と、第2ロッド126とを備える。
【0036】
送りネジ121はステップモータ130の回転軸に連結されており、ステップモータ130によって回転駆動される。
【0037】
スライドナット122は送りネジ121に螺合しており、ステップモータ130を回転駆動すると送りネジ121の送り方向に変位する。
【0038】
第1カム123はスライドナット122のエンジン10側に設けられ、エンジン10側にカム面を有するカムであり、カム面には第1ロッド124の端部に設けられたローラ124rが接触している。第1ロッド124は、変速機ケース30に形成された貫通孔に貫通され、ローラ124rとは反対側に位置する端部がクラッチ40のレリーズレバー41に接触している。
【0039】
ステップモータ130が回転駆動されて第1カム123がスライドナット122とともに変位し、第1カム123のカム山によって第1ロッド124がエンジン10側に押されると、レリーズレバー41がエンジン10側に押されてクラッチ40が解放する。逆に、第1カム123のカム山が低くなって、第1ロッド124が変速機1側に戻され、ダイヤフラムスプリング42の力によってレリーズレバー41が変速機側に戻されると、クラッチ40が締結する。
【0040】
また、第2カム125はスライドナット122の直結機構110側に設けられている。第2カム125は、蛇行しながら送りネジ121の送り方向に延びるカム溝を有し、カム溝に第2ロッド126の端部に設けられたローラ126rが係合する確動カムである。第2ロッド126のローラ126rとは反対側に位置する端部は直結機構110のスリーブ115に連結されている。
【0041】
ステップモータ130が回転駆動されて第2カム125がスライドナット122とともに変位すると、ステップモータ130の回転が第2ロッド126の直動運動に変換され、これが直結機構110のスリーブ115に伝達されてスリーブ115がスライドする。これにより、直結機構110のLow直結状態、非直結状態、High直結状態を切り換えることができる。
【0042】
なお、第2ロッド126には、直結機構110がLow直結状態、非直結状態、High直結状態を安定して保持できるように、各状態に対応して第2ロッド126に形成される切り欠きとボールプランジャからなる位置決め機構127が設けられている。
【0043】
また、押付ローラ90の保持部92に図4A図4Bに示すラッチ機構93が設けられており、スライドナット122が押付ローラ90の保持部92と接触する位置まで変位すると、ラッチ機構93によってスライドナット122と保持部92とが連結される。これにより、ステップモータ130を回転駆動すると、押付ローラ90が軸連結線Oに沿って変位するようになり、ステップモータ130を変速用アクチュエータとして機能させることができる。ラッチ機構93の詳細については後述する。
【0044】
本実施形態に係る変速機では、リバース状態、パーキング状態、Low直結状態、摩擦伝達状態、High直結状態を切り換えることができる。以下、各状態に移行する前段階である準備状態も含めて各状態について説明する。
【0045】
<リバース準備状態>
図3Aは、スライドナット122がステップモータ130に最も近い位置にある状態を示している。
【0046】
この状態では、第1カム123のカム山によって第1ロッド124及びレリーズレバー41がエンジン10側に押され、クラッチ40は解放されている。
【0047】
また、この状態では、押付機構100によって押付ローラ90をプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に押し付け、プライマリディスク70とセカンダリディスク80とを軽く接触させ、入力軸50の回転を停止又は略停止させる。
【0048】
運転者がセレクトレバー(又はセレクトスイッチ)を後進位置に操作をする状況では、車両は停止しているか略停止しており、出力軸60の回転が停止又は略停止しているので、プライマリディスク70とセカンダリディスク80とを軽く接触させれば入力軸50の回転を停止又は略停止させることができる。
【0049】
そして、セレクトレバー操作に連動してリバースアイドルギヤ113aがスライドすると、リバースアイドルギヤ113aが入力側リバースギヤ113i及び出力側リバースギヤ113oと噛み合う。
【0050】
入力軸50及び出力軸60の回転が停止又は略停止しているので、入力側リバースギヤ113i及び出力側リバースギヤ113oの回転も停止又は略停止している。このため、リバースアイドルギヤ113aを入力側リバースギヤ113i及び出力側リバースギヤ113oに噛み合わせるにあたり、これら回転要素の回転を同期させるための同期機構は不要である。
【0051】
<リバース状態>
図3Aに示す状態からステップモータ130を正回転させて図3Bに示す状態までスライドナット122を下降させると、第1カム123のカム山が低くなることで第1ロッド124及びレリーズレバー41が変速機1側に戻されてクラッチ40が締結する。
【0052】
この状態では、エンジン10の回転が変速機1で逆転されて、出力ギヤ20から出力することができる。すなわち、リバース状態が実現される。
【0053】
<パーキング状態>
図3Bに示す状態からステップモータ130をさらに正回転させて図3Cに示す状態までスライドナット122を下降させると、第1カム123のカム山によって第1ロッド124及びレリーズレバー41がエンジン10側に押されてクラッチ40が解放される。
【0054】
この状態で押付ローラ90によってプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に最大押圧力を作用させ、プライマリディスク70とセカンダリディスク80とを強く押し付けると、回転を伝達する経路がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を経由する経路とリバースギヤ列113を経由する経路との二系統になり、かつ、出力軸60に伝達される回転の回転方向が逆になる。
【0055】
この状態では、出力ギヤ20が回転不能になり、パーキング状態を実現することができる。このため、パーキング状態を実現するためにパーキング機構を別途設ける必要はない。
【0056】
<Low直結準備状態>
この状態では、セレクトレバー操作に連動してリバースアイドルギヤ113aがスライドし、リバースアイドルギヤ113aと入力側リバースギヤ113i及び出力側リバースギヤ113oとの噛み合いが解除される。
【0057】
また、押付ローラ90によってプライマリディスク70とセカンダリディスク80とを軽く接触させて入力軸50の回転を停止、又は略停止させる。セレクトレバーがパーキング位置から前進位置に操作される状況では車両が停止又は略停止しており、出力軸60の回転は停止、又は略停止しているので、プライマリディスク70とセカンダリディスク80とを軽く接触させると、入力軸50の回転を停止、又は略停止させることができる。
【0058】
そして、ステップモータ130を図3Cに示す状態からさらに正回転させて図3Dに示す状態までスライドナット122を下降させると、第2カム125によって第2ロッド126がエンジン10側に変位し、スリーブ115が入力側Lowギヤ111i側にスライドし、スリーブ115のスプライン115sが入力側Lowギヤ111iのスプライン111sに嵌合する。入力軸50の回転が停止又は略停止しており、入力側Lowギヤ111iの回転も停止又は略停止しているので、スリーブ115のスプライン115sを入力側Lowギヤ111iのスプライン111sに嵌合させるあたり、これら回転要素の回転を同期させるための同期機構は不要である。
【0059】
スリーブ115のスライドは、変速に用いられるステップモータ130の回転を第2カム125、第2ロッド126等で直動運動に変換し、この直動運動が伝達されることによって行われるので、スリーブ115のスライド用にアクチュエータを別途設ける必要がない。
【0060】
<Low直結状態>
図3Dに示す状態から、押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に作用する押付力をゼロにすると、入力軸50の回転がLowギヤ列111を介して出力軸60に伝達されるLow直結状態が実現される(図3E)。
【0061】
Low直結状態では、プライマリディスク70−セカンダリディスク80間の滑りに起因する伝達ロスがなく、入力軸50の回転がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を介して出力軸60に伝達される場合と比較して高い伝達効率を実現し、変速機1が搭載される車両の燃費を向上させることができる。
【0062】
<摩擦伝達準備状態>
図3Eに示す状態から、ステップモータ130をさらに正回転させ図3Fに示す状態までスライドナット122を下降させると、摩擦伝達準備状態に移行する。摩擦伝達準備状態では、押付ローラ90によってプライマリディスク70とセカンダリディスク80とを軽く接触させて、入力軸50と入力側Lowギヤ111iの間の微少な回転速度差を解消する。
【0063】
また、スライドナット122が押付ローラ90の保持部92に接触すると、図4Aに示すように、ラッチ機構93のバネ付勢された係合爪93nがスライドナット122の外周に形成された切り欠き122gに係合し、スライドナット122と保持部92とが連結される。これにより、後述する摩擦伝達状態〜High直結状態ではスライドナット122と押付ローラ90とが一体となって移動する。
【0064】
なお、スライドナット122と保持部92との連結は、変速機1の状態が逆に摩擦伝達状態からLowギヤ直結状態に移行する際に、図4Bに示すように、クランプアーム102に設けられているロック解除用カム94に係合爪93nの解除用突起93pが接触し、係合爪93nがスライドナット122の切り欠き122gから抜けることによって、解除される。
【0065】
<摩擦伝達状態>
図3Fに示す状態から、ステップモータ130をさらに正回転させ図3Gに示す状態までスライドナット122を下降させると、第2カム125によって第2ロッド126が直結機構110側に移動し、スリーブ115のスプライン115sと入力側Lowギヤ111iのスプライン111sとの嵌合が解除される。
【0066】
プライマリディスク70とセカンダリディスク80とを軽く接触させたことで入力軸50と入力側Lowギヤ111iの回転が同期しているので、スリーブ115のスプライン115sと入力側Lowギヤ111iのスプライン111sの嵌合は容易に解除することができる。
【0067】
同時に、押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に作用する押付力を増大し、入力軸50の回転がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を介して出力軸60に伝達されるようにする。
【0068】
これにより、トルク抜けやショックを生じることなく短時間でLow直結状態から摩擦伝達状態に移行することができる。
【0069】
摩擦伝達状態では、図3Hに示すように、ステップモータ130を正回転又は逆回転させて、押付ローラ90がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を押す位置を変更することによって、変速機1の変速比を無段階又は有段階に変更することができる。押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に作用する押付力は、必要とされるトルク容量に応じて調整される。
【0070】
<High直結準備状態>
図3Hに示す状態からステップモータ130をさらに正回転させ図3Iに示す状態までスライドナット122を下降させると、プライマリディスク70及びセカンダリディスク80によって実現される変速比が最Highに近づき、入力軸50(スリーブ115)と入力側Highギヤ112iの回転速度差が小さくなる。
【0071】
<High直結状態>
図3Iに示す状態からステップモータ130をさらに正回転させ図3Jに示す状態までスライドナット122を下降させると、プライマリディスク70及びセカンダリディスク80によって実現される変速比が最Highになり、入力軸50(スリーブ115)と入力側Highギヤ112iとの回転が同期する。
【0072】
また、第2カム125によって第2ロッド126が直結機構110側に移動し、スリーブ115が入力側Highギヤ112i側にスライドし、スリーブ115のスプライン115sと入力側Highギヤ112iのスプライン112sとが嵌合する。
【0073】
入力軸50(スリーブ115)と入力側Highギヤ112iの回転が同期しているので、スリーブ115のスプライン115sと入力側Highギヤ112iのスプライン112sとを嵌合させるにあたり、これら回転要素の回転を同期させるための同期機構は不要である。
【0074】
また、スリーブ115のスライドは変速に用いられるステップモータ130を利用して行われるので、スリーブ115のスライド用にアクチュエータを別途設ける必要がない。
【0075】
そして、押付ローラ90からプライマリディスク70及びセカンダリディスク80に作用する押付力をゼロにすれば、入力軸50の回転がHighギヤ列112を介して出力軸60に伝達されるようになり、High直結状態が実現される。
【0076】
これにより、トルク抜けやショックを生じることなく短時間で摩擦伝達状態からHigh直結状態に移行することができる。
【0077】
High直結状態では、プライマリディスク70−セカンダリディスク80間の滑りに起因する伝達ロスがなく、入力軸50の回転がプライマリディスク70及びセカンダリディスク80を介して出力軸60に伝達される摩擦伝達状態と比較して高い伝達効率を実現し、変速機1が搭載される車両の燃費を向上させることができる。
【0078】
以上説明したように、本実施形態に係る変速機においては、ステップモータ130を正回転させることによって、上記した各状態を順次切り換えることができる。
【0079】
また、ステップモータ130を逆回転させれば、上記した各状態を逆順で切り換えることができる。High直結状態から摩擦伝達状態に移行する場合、摩擦伝達状態からLow直結状態に移行する場合も、Low直結状態から摩擦伝達状態に移行する場合、摩擦伝達状態からHigh直結状態に移行する場合と同様に、プライマリディスク70とセカンダリディスク80とを接触させることで必要な同期が行われ、トルク抜けやショックを生じることなく短時間で移行を完了させることができる。
【0080】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したものに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0081】
本実施形態では、動力源がエンジン10である場合について説明したが、動力源はモータであってもよい。動力源がインホイールモータ(ホイール内に設置されるモータ)である場合は、インホイールモータとともに変速機1がホイール内に設置される。
【0082】
また、本実施形態では、スライドナット122と保持部92との連結及びその解除を、ラッチ機構93を利用して実現しているが、他の機構を利用して同様の機能を実現することも可能である。
【0083】
例えば、スライドナット122と保持部92との連結及びその解除は、図5A図5Cに示される機構によっても実現することができる。この機構では、スライドナット122の移動方向に延び、かつ、全周に渡って延びる切り欠き92nを途中に有する第1連携ロッド92rが保持部92に固定されている。また、第1連携ロッド92rに対して直交する方向に延び、全周に渡って延びる切り欠き122nを途中に有する第2連携ロッド122rがスライドナット122に対して軸方向に摺動可能に取り付けられている。第2連携ロッド122rはバネ96によって変速機ケース30側に付勢されており、変速機ケース30にはローラ95が取り付けられている。
【0084】
摩擦伝達状態〜High直結状態の間は、図5Aに示すように、第1連携ロッド92rの切り欠き92nに第2連携ロッド122rの側面が嵌っており、第1連携ロッド92rと第2連携ロッド122rとはスライドナット122の移動方向に相対変位不能となっている。これにより、スライドナット122と保持部92とは連結された状態となる。
【0085】
図5Aの状態からスライドナット122が図中右方向に移動し、摩擦伝達状態からLow直結状態に移行する際には、第2連携ロッド122rが変速機ケース30に固定されているローラ95に乗り上げることで上昇し、図5Bに示すように、第1連携ロッド92rの切り欠き92nと第2連携ロッド122rの切り欠き122nとが重なることで、第1連携ロッド92rと第2連携ロッド122rとは互いに自由に移動可能な状態となる。
【0086】
そして、この状態からLow直結状態、リバース状態へと移行すべくスライドナット122がさらに図中右側に移動すると、図5Cに示すように、第2連携ロッド122rの切り欠き122nに第1連携ロッド92rの側面が嵌り、第1連携ロッド92rと第2連携ロッド122rとはスライドナット122の移動方向に相対変位可能となり、スライドナット122と保持部92との連結が解除される。
【0087】
本願は日本国特許庁に2013年3月12日に出願された特願2013−49409号に基づく優先権を主張し、この出願の全ての内容は参照により本明細書に組み込まれる。
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図3G
図3H
図3I
図3J
図4A
図4B
図5A
図5B
図5C