特許第5906201号(P5906201)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5906201
(24)【登録日】2016年3月25日
(45)【発行日】2016年4月20日
(54)【発明の名称】耐水素脆化感受性に優れた溶接金属
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20160407BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20160407BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160407BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20160407BHJP
   B23K 9/18 20060101ALI20160407BHJP
   B23K 103/04 20060101ALN20160407BHJP
【FI】
   B23K35/30 320F
   C22C38/00 301Z
   C22C38/58
   B23K9/23 A
   B23K9/18 G
   B23K103:04
【請求項の数】4
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-4074(P2013-4074)
(22)【出願日】2013年1月11日
(65)【公開番号】特開2014-133258(P2014-133258A)
(43)【公開日】2014年7月24日
【審査請求日】2015年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】名古 秀徳
(72)【発明者】
【氏名】高知 琢哉
(72)【発明者】
【氏名】漆原 亘
(72)【発明者】
【氏名】川崎 浩之
(72)【発明者】
【氏名】韓 鵬
(72)【発明者】
【氏名】北川 良彦
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−176434(JP,A)
【文献】 特開2013−173179(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
B23K 35/00 − 35/40
B23K 9/18
B23K 9/23
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02〜0.12%(「質量%」の意味。化学成分組成について、以下同じ)、Si:0.18〜2.00%、
Mn:0.90〜2.5%、
Ni:1.0〜3.5%、
Cr:0.3〜2.0%、
Al:0.030%以下(0%を含まない)、
N:0.015%以下(0%を含まない)、および
O:0.050%以下(0%を含まない)を夫々含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなり、
円相当直径が0.15μm以上の残留オーステナイト粒子を2500個/mm2以上含有し、残留オーステナイト相の体積分率が、組織全体に対して4.3%以上であり、
CrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]が0.20以上であることを特徴とする耐水素脆化感受性に優れた溶接金属。
【請求項2】
更に、Mo:0.95%以下(0%を含まない)、Ti:0.040%未満(0%を含まない)、V:0.60%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有するものである請求項1に記載の溶接金属。
【請求項3】
更に、Zr:0.10%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の溶接金属。
【請求項4】
更に、B:0.0050%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の溶接金属。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接構造物に使用され、且つ水素脆化に対する感受性を低減し得る溶接金属に関するものである。詳細には、SSRT(Slow Strain Rate Technique)法を用いて耐水素脆化感受性を評価するに当たり、組織的な弱化部をより多く含み易い大型試験片を用いて試験した場合であっても耐水素脆化感受性に優れ得る溶接金属に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高張力鋼を溶接する際には、溶接金属部の低温割れ防止の観点から、予熱/パス間温度を厳密に管理する必要があり、施工効率低下の原因となっている。近年、溶接構造物に使用される鋼材は、ますます高強度化しており、溶接金属においても高強度化への要求が高まっている(例えばHT780:ハイテン780MPa級)。
【0003】
このような高強度化を進めると、耐低温割れ性が低下する傾向がある。従って、高強度化と耐低温割れ性を両立させることが必要となる。特に、サブマージアーク溶接では、溶接時の入熱量が大きく、優れた溶接施工効率を有するため、この溶接法によって形成される溶接金属において、耐低温割れ性を確保する技術が求められている。
【0004】
上記のような低温割れは、拡散性水素が粒界に偏析し、粒界強度が低下する(以下、これを「水素脆化」と呼ぶ)ことが原因であると推察されている。そこで、耐低温割れ性を改善するために、拡散性水素を低減したり、溶接金属の水素脆化感受性を下げることが重要となり、これらの観点から、様々な技術が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1では、水素トラップ能力の高いMo炭化物(Moを含む炭化物)を溶接金属内に分散させることによって、低温割れの防止を図る技術が開示されている。しかしながらこの技術では、Mo炭化物を分散させるために、鋼材を突き合わせた後、内面側からサブマージアーク溶接したうえで、内面側に得られた溶接金属の最高加熱温度を制御するという特殊な溶接手法を採用する必要があり、鋼材の一般溶接には適用できない。
【0006】
また特許文献2には、溶接施工時の冷却時間を管理することで、低温割れを防止する技術が提案されている。この技術では、化学成分に応じた厳格な施工管理が必要となり、作業負荷が高いという問題がある。
【0007】
特許文献3には、拡散性水素をトラップする残留オーステナイト分率を溶接金属中で1%以上とすることで低温割れを防止する技術が提案されている。しかしながら、この技術は、鋼管における両面1パスシーム溶接を前提としており、鋼材の溶接一般に適用できない。
【0008】
特許文献4には、拡散性水素量を低減すると共に、強度と化学成分組成を適切に制御することによって、耐低温割れ性を改善する技術が提案されている。しかしながら、この技術においても、満足すべき強度レベルが成分の影響を受けるため、実際の施工に際しては適用箇所が限られる。
【0009】
特許文献5、6には、レーザー・アークハイブリッド溶接という特殊な溶接方法が開示されている。この方法は、低い入熱量で大入熱サブマージアーク溶接なみの施工効率を得つつ、耐割れ性に優れた溶接金属が得られるメリットがあるが、一般のアーク溶接には適用できないという課題がある。
【0010】
これまで提案されている技術は、いずれも耐低温割れ性を改善する手段として耐水素脆性を高めている。しかし、実際の溶接施工においては、種々の要因で溶接金属中の水素量が増加することがあり、この様な場合には耐低温割れとは関係なく水素脆化が問題となる。そこで、耐低温割れ性の克服との有無と関連づけることなく、耐水素脆化感受性の向上を直接の解決課題にすることが必要となる。
【0011】
本発明者らは、特許文献7において、残留オーステナイト形態を制御することで、HT780MPa級溶接金属の耐水素脆化感受性を改善する技術を開発している。しかしながら、この技術で想定している溶接方法は、主にフラックスコアドワイヤ(FCW)を用いたガスシールドアーク溶接である。例えばサブマージアーク溶接の様な実施工において多用される他の溶接方法を用いた際の耐水素脆化感受性については、まだ改善の余地がある。また、特許文献7の技術では、溶接金属中の比較的狭い領域を評価している。実際の溶接金属では、観察位置によって組織が大きくばらつくため、より精度良く耐水素脆化感受性を評価するためには、溶接金属中の比較的広い領域を評価し得る手法が必要となる。
【0012】
また、近年、海洋構造物に用いられる溶接金属においても、HT780級の適用が拡大している。これらの溶接金属では、寒冷地での使用に耐えられるように、780MPa級強度での耐水素脆化感受性に優れていることが要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−40816号公報
【特許文献2】特開2003−33876号公報
【特許文献3】特開2002−115032号公報
【特許文献4】特開平11−147196号公報
【特許文献5】特開2007−260715号公報
【特許文献6】特開2007−260716号公報
【特許文献7】特開2012−176434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、引張強度が780MPa超の高強度であっても、耐水素脆化感受性に優れた溶接金属を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決することのできた本発明に係る耐水素脆化感受性に優れた溶接金属とは、
C:0.02〜0.12%(「質量%」の意味。化学成分組成について、以下同じ)、
Si:0.18〜2.00%、
Mn:0.90〜2.5%、
Ni:1.0〜3.5%、
Cr:0.3〜2.0%、
Al:0.030%以下(0%を含まない)、
N:0.015%以下(0%を含まない)、および
O:0.050%以下(0%を含まない)を夫々含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなり、
円相当直径が0.15μm以上の残留オーステナイト粒子を2500個/mm2以上含有し、残留オーステナイト相の体積分率が、組織全体に対して4.3%以上であり、
CrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]が0.20以上であるところに要旨を有するものである。
【0016】
上記個数密度の測定に際し対象となる残留オーステナイト粒子の大きさは、測定限界以上のものとして、円相当直径で0.15μm以上のものとした。また、円相当直径とは、光学顕微鏡の観察面上で認められる残留オーステナイト粒子の大きさに着目して、その面積が等しくなる円を想定したときの直径である。
【0017】
本発明の溶接金属においては、更に他の元素として、(a)Mo:0.95%以下(0%を含まない)、Ti:0.040%未満(0%を含まない)、V:0.60%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(b)Zr:0.10%以下(0%を含まない)、(c)B:0.0050%以下(0%を含まない)、等を含有させることも好ましく、含有させる元素の種類に応じて溶接金属の特性が更に改善される。
【0018】
本発明の好ましい実施形態において、サブマージアーク溶接によって形成されたものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、化学成分組成と共に、残留オーステナイト粒子の個数密度および体積分率を適切に制御したため、780MPa超の高強度であっても、耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】溶接金属を作製するときの開先形状を示す概略説明図である。
図2】引張試験を行ったときの試験片の形状を示す説明図である。
図3】SSRT法で水素吸蔵量を測定するときの大型試験片の形状を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、例えば特許文献7の発明(以下、先願発明と呼ぶ)において、残留オーステナイト形態、酸化物形態を制御することで、SSRT試験により測定される耐水素脆化感受性を改善している。
【0022】
しかしながら、先願発明では、想定する溶接方法が主としてFCWを用いたガスシールドアーク溶接であり、且つ溶接時の入熱量を2.5kJ/mm以下に制限していた。先願発明で溶接入熱量が2.5kJ/mmを超えると、所定の残留オーステナイト形態が得られず、SSRT試験で所定の特性が満足できなくなることが示されている。
【0023】
実際の施工例が多いサブマージアーク溶接のような高効率な溶接施工法においても、大型SSRT試験における耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が求められている。高効率なサブマージアーク溶接では、溶接入熱量が2.0kJ/mm以上(好ましくは2.5kJ/mm以上)となることが多い。このような入熱量の大きい溶接条件で得られる溶接金属であっても、大型SSRT試験で評価したときに優れた耐水素脆化感受性を示す様な溶接金属を実現するための手段を検討した。その結果、次のような知見が得られた。
【0024】
溶接入熱量が大きくなると、溶接時の冷却速度が低下するため、冷却途中での残留オーステナイトの分解が促進される。また、旧オーステナイト組織が粗大化するため、水素脆化感受性に対し一般に不利となる。これに対し、本発明者らは、溶接材料の化学成分組成を適切に制御すると共に、溶接金属中のCrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn](即ち、Crの含有量[Cr]とMnの含有量[Mn]の比)、およびTi含有量を0.040%未満(0%を含む)に抑制した。このような制御を行うと、安定な残留オーステナイトが所定の形態で確保され、溶接入熱量が比較的大きい場合であっても、大型SSRT試験において優れた耐水素脆化感受性が得られることを見出した。
【0025】
本発明と先願発明との最大の相違は、溶接金属中のTi含有量である。先願発明では、溶接金属中のTiの含有量を0.040〜0.15%とし、Ti酸化物起点の微細組織を発達させることで、残留オーステナイト粒子の個数密度を確保し、耐水素脆化感受性の改善を図っている。しかしながら、サブマージアーク溶接のような入熱量の大きい溶接では、溶接時の冷却速度が低下するため、旧オーステナイト粒界からのベイナイト(粒界ベイナイト)組織が主体となり、Ti酸化物起点の微細組織が十分に得られない。また、Tiそのものはフェライト形成元素であり、残留オーステナイトの安定化に対しては不利な作用を有する。
【0026】
そこで本発明では、基本的には溶接金属中にTiを含まないものとし、或いは必要によってTiを含む場合であってもその含有量を0.040%未満とし、残留オーステナイトを安定化させる。その一方で、粒界ベイナイト組織微細化に対しては溶接金属中のCrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]を0.20以上とすることで、残留オーステナイト粒子を多数分散させることに成功した。
【0027】
但し、先願発明と同等の残留オーステナイト量、残留オーステナイト粒子数を分散させるだけでは、入熱量が大きい場合の耐水素脆化感受性を確保することはできない。それは、前述のように、入熱量が大きい場合には、旧オーステナイト組織が粗大化し、耐水素脆化感受性に対し不利な影響を及ぼすためである(比[Cr]/[Mn]の制御で微細化するのは旧オーステナイト粒内のベイナイト組織である)。
【0028】
これに対して、溶接金属中のTi含有量を0.040%未満とすることで、個々の残留オーステナイト粒子が安定化し、入熱量が大きい場合であっても、優れた耐水素脆化感受性が得られるようになる。即ち、残留オーステナイトは、内部に水素をトラップすることで、耐水素脆化感受性の改善に寄与すると考えられるが、一部の残留オーステナイトは、SSRT試験中の引張りによってマルテンサイト変態を起こし、水素トラップ効果が失われる。Ti含有量を低減することで、残留オーステナイトが安定化し、SSRT試験中のマルテンサイト変態が抑制されるので、耐水素脆化感受性の改善がもたらされると考えられる。
【0029】
尚、フェライト形成元素であるNbは残留オーステナイト安定化の観点から不利な作用を有するため、本発明では不純物レベル(<0.01%)に制御され、積極的な添加は行わない。
【0030】
本明細書において「高強度」とは、引張強度TSが780MPa超のものを意味し、好ましくは、おおむね、800〜980MPaのものを意味する。
【0031】
本明細書において「耐水素脆化感受性に優れた」とは、後記する実施例に記載の方法で耐水素脆化感受性を評価したとき、大型試験片を用いたときの破断伸びが2.0%超を満足するものを意味する。
【0032】
以下、本発明の構成要件を詳述する。
【0033】
上述したように本発明の溶接金属は、C:0.02〜0.12%、Si:0.18〜2.00%、Mn:0.90〜2.5%、Ni:1.0〜3.5%、Cr:0.3〜2.0%、Al:0.030%以下(0%を含まない)、N:0.015%以下(0%を含まない)、およびO:0.050%以下(0%を含まない)を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、円相当直径が0.15μm以上の残留オーステナイト粒子を2500個/mm2以上含有し、残留オーステナイト相の体積分率が、組織全体に対して4.3%以上であり、CrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]が0.20以上である点に特徴がある。
【0034】
まず、本発明の溶接金属を特徴付ける残留オーステナイトについて説明する。
【0035】
上述したように本発明では、溶接金属に存在する残留オーステナイト粒子を2500個/mm2以上で、残留オーステナイト相の体積分率(組織全体に対する割合)を4.3%以上に制御している。本発明によれば、残留オーステナイト粒子が適切な個数密度で分散しているため、耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が得られる。
【0036】
本発明では、溶接金属のなかでも特に原質部に存在する残留オーステナイトについて、上記の要件を規定している。溶接金属における残留オーステナイトは、溶接時の後パスの影響により分解するため、特に再熱部では測定箇所により残留オーステナイト量にバラツキが生じやすいのに対し、最終パスの原質部は、溶接時の後パスの熱影響を受けず、残留オーステナイト量を正確に評価しやすいためである。
【0037】
残留オーステナイトは、拡散性水素のトラップサイトとなるため、拡散性水素低減作用を有し、耐水素脆化感受性の向上に寄与する組織であることは既に報告されている。しかし、これまでは、専ら残留オーステナイトの量(全組織中の比率)が規定されているのみであって、その分散状態(個数密度)については何ら留意されていなかった。ところが本発明者らの検討結果によれば、残留オーステナイトの量だけをいくら制御しても、その分散状態を適切に制御しない限り、所望とする耐水素脆化感受性が得られないことが明らかになった(例えば、後記する実施例の表7の実験No.39、43を参照)。
【0038】
即ち、耐水素脆化感受性に優れた溶接金属を得るためには、拡散性水素のトラップサイトとなる残留オーステナイトの量を確保すると共に、マトリクス組織の微細化により残留オーステナイト粒子の個数を高密度(具体的には、2500個/mm2以上)に分散させることによって、拡散性水素のトラップ効果が最大限に発現され、耐水素脆化感受性が大幅に改善されることが判明した。例えば後記する実施例の表7の実験No.39および実験No.43は、いずれも残留オーステナイト粒子の体積分率が本発明で規定する4.3%以上の例であり、所定量の残留オーステナイトが存在する。しかしながら、所定の個数密度を有していない(分散状態が適切でない)ため、大型試験片を用いたときの耐水素脆化感受性が低下した。
【0039】
耐水素脆化感受性向上の観点からは、残留オーステナイト粒子の個数密度は大きい程よく、3000個/mm2以上であることが好ましく、より好ましくは、3300個/mm2以上である。尚、その上限は、耐水素脆化感受性向上の観点からは特に限定されないが、例えば7500個/mm2以下であってもよい。
【0040】
また、耐水素脆化感受性向上の観点からは、全組織に占める残留オーステナイト相の体積分率は多い程よく、4.7%以上であることが好ましく、より好ましくは5.0%以上である。尚、その上限は、耐水素脆化感受性向上の観点からは特に限定されないが、過剰に存在すると降伏応力が低下することなどを考慮すると、例えば10%以下、好ましくは9%以下、より好ましくは8%以下としてもよい。
【0041】
本発明は、溶接金属を構成する組織のうち、残留オーステナイト相の量(体積分率)および残留オーステナイト粒子の個数密度を制御したところに特徴があり、残留オーステナイト以外の組織は何ら限定するものでなく、溶接金属に通常含まれる組織であれば良い。具体的には、主体組織(全組織に対する体積分率で、50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは90%以上となる組織)としてベイナイトを含み、その他に粒界フェライト、マルテンサイトなどを含んでいても良い。尚、上記ベイナイト、粒界フェライトおよびマルテンサイトは、いずれも「フェライト相」の一種であり、後述する方法(実施例)で測定される残留オーステナイト相の分率は、残留オーステナイト、ベイナイト、粒界フェライトおよびマルテンサイトの合計に対する割合となる。また、ベイナイト量は、光学顕微鏡を用いた組織観察により、おおよその面積分率として求められる。
【0042】
次に、本発明の溶接金属における化学成分組成について説明する。
【0043】
[C:0.02〜0.12%]
Cは、溶接金属の強度を確保するために欠くことのできない元素であり、こうした効果を発揮させるため、C含有量の下限を0.02%以上とする。好ましくは0.04%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。しかしながら、C含有量が0.12%を超えると、強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなる(すなわち、耐水素脆化感受性が劣化する)ため、その上限を0.12%以下とする。C含有量の好ましい上限は0.10%以下であり、より好ましくは0.08%以下である。
【0044】
[Si:0.18〜2.00%]
Siは、固溶状態で存在することで炭化物形成を遅らせ、残留オーステナイトを安定化する作用を有する。Si含有量が0.18%未満であると、所定の残留オーステナイトを確保できず、上述した作用が有効に発揮されないため、Si含有量の下限を0.18%以上とする。好ましくは0.30%以上、より好ましくは0.35%以上である。一方、Si含有量が過剰になると、強度の著しい上昇により水素脆化感受性が高くなるため、上限を2.00%以下に規制する。好ましくは1.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
【0045】
[Mn:0.90〜2.5%]
Mnは、溶接金属の強度を確保する上で必要な元素であり、こうした効果を発揮させるため、Mn含有量の下限を0.90%以上とする。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.4%以上である。しかしながら、Mn含有量が2.5%を超えると、強度の著しい上昇により水素脆化感受性が高くなるため、その上限を2.5%以下とする。好ましくは2.2%以下であり、より好ましくは2.0%以下である。
【0046】
[Ni:1.0〜3.5%]
Niは、溶接金属の強度を確保する上で必要な元素であり、こうした効果を発揮させるため、Ni含有量の下限を1.0%以上とする。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.5%以上である。しかしながら、Ni含有量が3.5%を超えて過剰になると、強度の過大な上昇により水素脆化感受性が高くなるため、その上限を3.5%以下とする。好ましくは3.0%以下であり、より好ましくは2.8%以下である。
【0047】
[Cr:0.3〜2.0%]
Crは、粒界ベイナイト組織を微細化させることで、残留オーステナイト粒子の微細分散に寄与する元素であり、こうした効果を発揮させるため、Cr含有量の下限を0.3%以上とする。好ましくは0.4%以上、より好ましくは0.5%以上である。しかしながら、Cr含有量が2.0%を超えて過剰になると、強度の過大な上昇により水素脆化感受性が高くなるため、その上限を2.0%以下とする。好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.5%以下である。
【0048】
[Al:0.030%以下(0%を含まない)]
Alは脱酸元素として添加される。過剰に添加すると、AlNを形成することで強度の過大な上昇をもたらし、耐水素脆化感受性が劣化するため、上限を0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。
【0049】
[N:0.015%以下(0%を含まない)]
Nは、不可避的に混入してくる元素の一つであり、工業的に0%とすることは困難である。Nは、溶接金属の強度向上に有効であるが、過剰に含有すると、強度の過大な上昇により水素脆化感受性が高くなる。そのため、N含有量の上限は0.015%以下とする。好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.006%以下である。
【0050】
[O:0.050%以下(0%を含まない)]
Oは、溶接金属中に不可避的に含まれる元素であり、工業的に0%とすることは困難である。O含有量が0.050%を超えるとSi酸化物が形成され、固溶Siが減少することで残留オーステナイト量が確保できなくなるため、その上限を0.050%以下とする。好ましくは0.045%以下であり、より好ましくは0.040%以下である。
【0051】
本発明の溶接金属に含まれる基本成分は上記の通りであって、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、PやS等)が挙げられる。但し、一般に不純物は粒界に偏析することで粒界強度を低下させ、低温割れを助長するため、例えばP:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.025%以下(0%を含まない)に夫々抑制することが好ましい。
【0052】
本発明の溶接金属における基本成分は上記のとおりであるが、更に他の元素として、(a)Mo:0.95%以下(0%を含まない)、Ti:0.040%未満(0%を含まない)、V:0.60%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(b)Zr:0.10%以下(0%を含まない)、(c)B:0.0050%以下(0%を含まない)等を含有しても良く、含有させる元素の種類に応じて溶接金属の特性が更に改善される。前記(a)、(b)および(c)に属する元素は、夫々単独で含有させてもよく、適宜組み合わせて含有してもよい。
【0053】
[Mo:0.95%以下(0%を含まない)、Ti:0.040%未満(0%を含まない)、V:0.60%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Mo、Ti、VおよびCuは、溶接金属の強度向上元素として有用であり、単独で含有しても良いし、2種以上を併用しても良い。このうちMoは、強度確保に有効な元素であるが、過剰に含有させると強度の過大な上昇をもたらし、耐水素脆化感受性が劣化する。そのため、上限を0.95%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.85%以下であり、更に好ましくは0.50%以下である。強度向上の効果を得るためのMo含有量は、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.20%以上である。
【0054】
Tiは、強度向上に有効であるが、残留オーステナイトを不安定にさせる作用を有するため、Ti含有量が過剰になると、大型SSRT試験の際に、残留オーステナイトが応力誘起変態によりマルテンサイト化し、良好な耐水素脆化感受性が確保できなくなる。こうした観点から、Ti含有量は0.040%未満であることが好ましい。より好ましくは0.035%以下、更に好ましくは0.030%以下である。強度向上の効果を得るためのTi含有量は、好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.015%以上である。
【0055】
VおよびCuは、溶接金属の強度向上元素として有用であり、こうした効果を発揮させるための好ましい下限は、Vで0.02%以上、Cuで0.05%以上である。但し、これらの元素の含有量が過剰になると、強度の過大な上昇により水素脆化感受性が高くなる。そのため、各元素量の上限について、Vで0.60%以下(より好ましくは0.50%以下、更に好ましくは0.40%以下)、Cuで1.0%以下(より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.2%以下)に、夫々抑制することが好ましい。
【0056】
[Zr:0.10%以下(0%を含まない)]
Zrは、強脱酸元素であり、固溶Si増加による残留オーステナイト増加を促進する作用がある。このような作用を有効に発揮させるための好ましい下限は、0.010%以上である。但し、Zr含有量が過剰になると、酸化物起点の粒内変態が減少し、組織粗大化により水素脆化感受性が高くなる。そのため、Zr含有量の上限は0.10%以下(より好ましくは0.050%以下)に抑制することが好ましい。
【0057】
[B:0.0050%以下(0%を含まない)]
Bは、旧オーステナイト粒界からのフェライト生成を抑制することで強度の向上に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるため、B含有量の下限を0.0010%以上とすることが好ましい。但し、B含有量が過剰になると、強度が著しく上昇し、水素脆化感受性が高くなるため、その上限を0.0050%以下(より好ましくは0.0030%以下)に抑制することが好ましい。
【0058】
[比[Cr]/[Mn]:0.20以上]
CrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]を0.20以上に制御することで、旧オーステナイト粒界からのベイナイト組織が微細化され、残留オーステナイト粒子の高密度分散が可能となる。好ましくは0.25以上、より好ましくは0.40以上である。
【0059】
次に、本発明の溶接金属を作製する方法について説明する。
【0060】
本発明の溶接金属を作製するための溶接方法は限定されないが、入熱量が大きく施工効率の良好なサブマージアーク溶接(SAW)が好ましい。SAWにおいて、所定の残留オーステナイト形態を満足する溶接金属を得るための好ましい条件[フラックス成分、ワイヤ成分、溶接条件]は、以下(a)〜(d)の通りである。尚、溶接金属の化学成分組成を適切にするためには、用いる溶接ワイヤの化学成分組成も適切に調整する必要があるのは勿論である。また、フラックスには、SiO2の他、MgO、Al23、金属フッ化物を含有するものとする。
【0061】
(a)フラックス中のSiO2濃度:8〜18%
(b)フラックス中の金属Si濃度:1〜4%
(c)ワイヤ中のSi濃度:0.10〜1.60%
(d)溶接時の入熱量:2.0〜3.0kJ/mm
【0062】
上記(a)〜(c)の要件は、残留オーステナイトを所定量確保するのに有効な固溶Si量を確保するために設定されたものである。それぞれ下限値を下回ると、所定の残留オーステナイト形態が得られない。また、上限値を上回ると、適切な化学成分組成の溶接ワイヤを用いても、溶接金属中のSi濃度が規定の範囲を超えてしまい、強度が過剰となることで水素脆化感受性が劣化する。
【0063】
フラックス中のSiO2濃度は、より好ましい下限は9%以上(更に好ましくは10%以上)であり、より好ましい上限は15%以下(更に好ましくは14%以下)である。フラックス中の金属Si濃度は、より好ましい下限は1.2%以上(更に好ましくは1.5%以上)であり、より好ましい上限3.5%以下(更に好ましくは3.0%以下)である。ワイヤ中のSi濃度の好ましい上限は1.2%以下、好ましい下限は0.12%以上である。
【0064】
(d)溶接時の入熱量:2.0kJ/mm以上、3.0kJ/mm以下
溶接時の入熱量が3.0kJ/mmを超えると、溶接時の冷却速度が低下し、残留オーステナイトの分解が促進される。その結果、所望の残留オーステナイト粒子(個数密度および体積分率)が得られない。より好ましくは2.8kJ/mm以下である。入熱量は小さい程良いが、施工効率の観点から、2.0kJ/mm以上とすることが好ましい。より好ましくは2.5kJ/mm以上である。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する趣旨ではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適宜改変して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0066】
実施例1
下記表1に示す化学成分組成のフラックス(F1〜F9)、および下記表2、3に示す化学成分組成のワイヤ(W1〜W52)を組み合わせて用い、下記の(A)溶接条件で溶接金属を作製した。表2、3の欄において「−」とは、無添加(含有せず)を意味する。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
(A)溶接条件
溶接方法:サブマージアーク溶接(SAW)
ワイヤ径:4.0mmφ
溶接母材:80キロ級厚鋼板(板厚:32mm)
開先形状:開先角が30°となるV形開先で、ルート間隔を13mmとして裏当て材を使用(図1参照)
極性:DCEP(直流逆極性)
入熱条件(電流−電圧−速度):
(ア)500A−29V−40cpm(2.2kJ/mm)
(イ)550A−30V−40cpm(2.5kJ/mm)
(ウ)550A−30V−36cpm(2.8kJ/mm)
(エ)580A−32V−36cpm(3.1kJ/mm)
積層法:9層19パス
予熱−パス間温度:140〜160℃
【0071】
得られた溶接金属の化学成分組成を、用いたフラックス(表1)および溶接ワイヤ(表2、3)と共に、下記表4、5に示す。作製した各溶接金属について各種性能(引張強度、残留オーステナイト粒子の個数密度、残留オーステナイト粒子の体積分率、耐水素脆化感受性)を、下記(1)、(2)、(3)、(4)のようにして評価した。
【0072】
(1)引張強度TSの評価
得られた溶接金属の中央部より、溶接方向に平行に図2に示す引張試験片を採取し、JIS−Z2241に準拠して引張試験を実施した。そして引張強度TSが780MPaを超えるものを合格とした。
【0073】
(2)残留オーステナイト粒子の個数密度の測定
得られた溶接金属の最終パス原質部を鏡面研磨し、レペラ試薬で腐食させ、光学顕微鏡にて1000倍の画像を2視野撮影した。残留オーステナイト粒子の白い腐食コントラストを、画像解析ソフト(「Image−Pro Plus」 Media Cybernetics社製)により解析し、円相当直径が0.15μm以上の大きさの残留オーステナイト粒子の個数密度を算出した。
【0074】
(3)残留オーステナイト相の体積分率の測定
得られた溶接金属の最終パス原質部について、その表面を電解研磨し、リガク社製の二次微小部X線回折装置(「RINT−RAPIDII」)にてX線回折測定を実施した。フェライト相の(110)、(200)、(211)、(220)の各格子面のピーク、および残留オーステナイト相の(111)、(200)、(220)、(311)の各格子面のピークについて、各ピークの積分強度比に基づき、残留オーステナイト相の(111)、(200)、(220)、(311)の体積分率をそれぞれ算出し、これらの平均値(算術平均)を求め、これを「残留オーステナイト相の体積分率」とした。
【0075】
(4)大型SSRT試験片を用いた耐水素脆化感受性の評価
得られた溶接金属の中央部より、溶接方向に平行に図3に示す大型試験片を採取し、下記条件(B)で水素チャージを行なった。
【0076】
(B)水素チャージ条件
水溶液:1L中にNaCl(30g)とKSCN(1g)を溶解した溶液
電流密度:0.1A/dm2
チャージ時間:100時間
【0077】
上記(B)条件下で、上記の大型試験片に水素チャージを行った後、水素逃散を防ぐための亜鉛めっきを、下記(C)めっき条件に従って実施した。
(C)めっき条件
水溶液:1L中に、ZnSO4・7H2O(350g)、97%のH2SO4(20.6g)およびNa2SO4(60g)を溶解した溶液
浴温:60℃
電流密度:50A/dm2
めっき時間:3分
【0078】
めっきした試験片に対して、クロスヘッド速度:3.0×10-2mm/分(歪速度:6.94×10-6/秒)でSSRT試験を実施し、試験片の破断伸びが2.0%を超えるものを、大型試験片での耐水素脆化感受性に優れると評価した。
【0079】
【表4】
【0080】
【表5】
【0081】
これらの結果を、下記表6、7に示す(実験No.1〜52)。
【0082】
【表6】
【0083】
【表7】
【0084】
これらの結果から、以下のように考察することができる。
【0085】
表6の実験No.1〜26および表7の実験No.27〜33は、本発明で規定する要件を満足する例であり、780MPa超の高強度であっても、大型試験片での耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が得られた。詳細には、表1〜3に示す適切な溶接材料(フラックス、溶接ワイヤ)を用い、適切な入熱条件[(ア)〜(ウ)]にて溶接を行なったため、溶接金属の化学成分組成、残留オーステナイト粒子の個数密度および体積分率が全て適切に制御された結果、所望の特性を兼ね備えた溶接金属が得られた。
【0086】
これに対し、表7の実験No.34〜52は、本発明で規定するいずれかの要件を外れる例であり、所望とする特性が得られなかった。
【0087】
まず実験No.34は、適切なフラックスF1を用いたが、入熱量が多い入熱条件(エ)で溶接した例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の体積分率が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
【0088】
実験No.35は、SiO2量が少ないフラックスF6を用いた例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の体積分率が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性も低下した。また、用いた溶接ワイヤに起因して、溶接金属中のC含有量が低くなっており、引張強度が低下している。
【0089】
実験No.36は、SiO2量が多いフラックスF7を用いた例である。その結果、溶接金属のSi含有量が多くなり、強度が著しく上昇して大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。また、用いた溶接ワイヤに起因して、溶接金属中のMn含有量が多くなっており、引張強度が著しく上昇している。
【0090】
実験No.37は、金属Si量が少ないフラックスF8を用いた例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の体積分率が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性も低下した。また、用いた溶接ワイヤに起因して、溶接金属中のMn含有量が少なくなっており、引張強度が低下している。
【0091】
実験No.38は、金属Si量が多いフラックスF9を用いた例である。その結果、溶接金属中のSi含有量が多くなり、強度が著しく上昇して大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。また、用いた溶接ワイヤに起因して、溶接金属中のNi含有量が多くなっており、引張強度が著しく上昇している。
【0092】
実験No.39は、溶接金属中のCrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]が小さくなっている例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の個数密度が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。また、用いた溶接ワイヤに起因して、溶接金属中のC含有量が多くなっており、引張強度が著しく上昇している。
【0093】
実験No.40は、溶接金属中のSi含有量が少ない例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト相の体積分率が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。実験No.41は、溶接金属中のSi含有量が多い例である。その結果、引張強度が著しく上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
【0094】
実験No.42は、溶接金属中のCrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]が小さくなっている例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の個数密度が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。また、溶接金属中のO含有量が多くなっており、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の体積分率が少なくなり、こうした点からも大型試験片での耐水素脆化感受性が低下している。更に、溶接金属中のNi含有量がすくなくなっており、引張強度が低下している。
【0095】
実験No.43は、溶接金属中のCrとMnの含有量の比[Cr]/[Mn]が小さくなっている例である。その結果、溶接金属中の残留オーステナイト粒子の個数密度が少なくなり、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
【0096】
実験No.44は、溶接金属中のCr含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。実験No.45は、溶接金属中のMo含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
【0097】
実験No.46は、溶接金属中のAl含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。実験No.47は、溶接金属中のN含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
【0098】
実験No.48は、溶接金属中のTi含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。No.49は、溶接金属中のV含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
【0099】
実験No.50は、溶接金属中のCu含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。実験No.51は、溶接金属中のZr含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。実験No.52は、溶接金属中のB含有量が多い例である。その結果、溶接金属の強度が過大に上昇し、大型試験片での耐水素脆化感受性が低下した。
図1
図2
図3