特許第5906507号(P5906507)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5906507
(24)【登録日】2016年4月1日
(45)【発行日】2016年4月20日
(54)【発明の名称】多層膜被覆樹脂基板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/115 20150101AFI20160407BHJP
   C23C 16/42 20060101ALI20160407BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20160407BHJP
   C23C 16/455 20060101ALI20160407BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20160407BHJP
【FI】
   G02B1/115
   C23C16/42
   C23C16/40
   C23C16/455
   B32B9/00 A
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-38006(P2015-38006)
(22)【出願日】2015年2月27日
【審査請求日】2015年8月17日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000146009
【氏名又は名称】株式会社昭和真空
(74)【代理人】
【識別番号】110000121
【氏名又は名称】アイアット国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 武史
【審査官】 加藤 昌伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−271860(JP,A)
【文献】 特開2002−161353(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/015417(WO,A1)
【文献】 特表2014−535006(JP,A)
【文献】 特開2007−211326(JP,A)
【文献】 特開2007−138295(JP,A)
【文献】 特開2001−348666(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/10 − 1/18
C23C 16/00 − 16/56
B32B 1/00 − 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩素化合物を原料として樹脂基板に多層膜を形成する多層膜被覆樹脂基板の製造方法において、
非ハロゲン系のAl化合物を原料として、樹脂基板の表面にバリア層として、原子層堆積によりAlを形成する第1の工程と
前記バリア層の表面に、前記多層膜の各層をそれぞれ原子層堆積により積層する第2の工程と
を有し、
前記多層膜の少なくとも一部の層を、塩素化合物を原料として原子層堆積が行われる成膜室内にHを導入して形成する
ことを特徴とする多層膜被覆樹脂基板の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の多層膜被覆樹脂基板の製造方法において、前記第1の工程では、前記Al層を、1nm以上10nm以下の厚さに形成する多層膜被覆樹脂基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層膜被覆樹脂基板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂基板を多層膜で被覆した多層膜被覆樹脂基板は、種々の用途が考えられるが、以下では特に、樹脂製光学レンズへの応用を例に説明する。
【0003】
樹脂製光学レンズの表面に形成された多層膜は、光学レンズに種々の光学特性を付加することができる。例えば、多層膜として低屈折率材料と高屈折率材料とを交互に積み重ねることで、種々の特性の反射防止膜を得ることができる。実質的に反射が生じないような膜も可能である。低屈折率材料としては、例えば二酸化ケイ素SiOが用いられ、高屈折率材料としては、例えば二酸化チタンTiOが用いられる。
【0004】
このような多層膜は、従来、スパッタや真空蒸着等のPVD(物理気相成長:Physical Vapor Deposition)より形成されている。しかし、PVDのように粒子が直線的に飛ぶ成膜方法では、基板が高曲率であったり複雑な形状をしている場合、均一に膜を付けることは難しいという問題がある。一方、例えばスマートフォンなどの携帯機器に搭載されるカメラモジュールでは、小型化に伴い、レンズユニットも小型化され、高曲率化している。さらに、ガルウィングと呼ばれる山が二つあるような形状のレンズも用いられることがある。このため、PVDにより成膜された多層膜では、局所的に明るい部分が生じるフレアや、多重反射や像がぼやけるゴーストの発生が顕在化している。
【0005】
曲率が大きいなどの複雑な形状の基板に均一に膜を形成する方法として、ALD(原子層堆積)が検討されている。ALDは、原料化合物の分子を基板表面に吸着させ、吸着した分子の表面化学反応により膜を形成し、余剰分子をパージする、というサイクルを繰り返すことで、原子層を一層ごとに堆積させる技術である。この技術を用いることで、基板の形状に影響されることなく、正確な厚さの膜を形成することができる。原料化合物としては液体の有機系やハロゲン化物が用いられ、酸化物や窒化物、金属などの種々の膜を形成することができる。
【0006】
例えば特許文献1には、可撓性のポリマーフィルムにALDによりTiO薄膜を生成し、そのTiO薄膜を蒸気バリアとして利用することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2012−511106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
高屈折率材料としてTiOをALD成膜する場合、原料化合物としては、有機系とハロゲン化物が考えられる。しかし、樹脂基板に成膜する場合、基板をあまり高温にすることはできない。一方、有機系Tiは蒸気圧が低く、低温では、粉が出たり、十分な膜質が得られないという問題がある。このため、樹脂基板にTiOを成膜するための原料化合物としては、ハロゲン化物、特にTiClを使用する必要がある。
【0009】
また、樹脂表面に接する一層目の材料選択も重要である。SiOを選択した場合、樹脂との密着が弱く、膜の剥離が問題となる。TiOは樹脂との密着性が良いが、原料化合物としてハロゲン化物を使用するため、成膜時にハロゲンやハロゲン化水素が発生する。このようなハロゲンやハロゲン化水素は、樹脂基板表面に反応し、光学特性のバラツキの原因となる。
【0010】
本願発明は、このような課題を解決し、膜厚分布が均一で樹脂基板との密着性に優れた多層膜が形成された多層膜被覆樹脂基板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によると、塩素化合物を原料として樹脂基板に多層膜を形成する多層膜被覆樹脂基板の製造方法において、非ハロゲン系のAl化合物を原料として、樹脂基板の表面にバリア層として、原子層堆積によりAlを形成する第1の工程と、このバリア層の表面に、多層膜の各層をそれぞれ原子層堆積により積層する第2の工程とを有し、多層膜の少なくとも一部の層を、塩素化合物を原料として原子層堆積が行われる成膜室内にHを導入して形成することを特徴とする多層膜被覆樹脂基板の製造方法が提供される。
【0014】
第1の工程では、Al層を、1nm以上10nm以下の厚さに形成することが望ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、膜厚分布が均一で樹脂基板との密着性に優れた多層膜が形成された多層膜被覆樹脂基板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態に係る多層膜被覆樹脂基板の断面図である。
図2】樹脂基板にAlバリア層および多層膜を成膜するための成膜装置の構成例を示す。
図3】多層膜被覆樹脂基板の製造方法を示すフローチャートである。
図4】各層の成膜工程を示すフローチャートである。
図5】樹脂基板に接する層をTiO層として試作した多層膜被覆樹脂基板の反射率分布の測定結果例を示す。
図6】樹脂基板に接する層をSiO層として試作した多層膜被覆樹脂基板の反射率分布の測定結果例を示す。
図7】樹脂基板と多層膜との間にAlバリア層を設けて試作した多層膜被覆樹脂基板の反射率分布の測定結果例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、本発明の実施形態に係る多層膜被覆樹脂基板の断面図である。この多層膜被覆樹脂基板は、樹脂基板1と、この樹脂基板1を被覆する多層膜3とを備える。樹脂基板1と多層膜3との間には、Alバリア層2が設けられている。多層膜3は、互いに屈折率の異なる材料の層が積層された積層構造を有する。この実施形態では、多層膜3は、交互に積層された高屈折率のTiO層3-1,…および低屈折率のSiO層3-2,…を含む。Alバリア層2および多層膜3の各層は、それぞれ原子層堆積により形成された層である。Alバリア層2は、その厚さが1nm以上10nm以下、特に3nmであることが望ましい。
【0018】
図1では簡単のため各層を平坦に示しているが、樹脂基板1は例えば光学レンズであり、表面が凸形状または凹形状、あるいはさらに複雑な形状をしていてもよい。多層膜3は、反射防止膜として機能する。
【0019】
図2は、樹脂基板1にAlバリア層2および多層膜3を成膜するための成膜装置の構成例を示す。ここでは、ALDとして、原料化合物のガスと酸素プラズマとを反応させて酸化膜を形成するプラズマALD(Plasma enhanced ALD)を用いる場合を例に説明する。
【0020】
図2に示す成膜装置はALD装置であり、成膜室11と、この成膜室11内に設けられた基板ホルダ12およびガスシャワー13と、成膜室11に連結された排気装置14と、高周波電源15と、給気部16-1〜16-3、17〜19とを備える。基板ホルダ12は、成膜対象の樹脂基板を保持する。ガスシャワー13は、基板ホルダ12に対向配置され、成膜対象面に対してガスの流れを均等に生成する。排気装置14は、成膜室11内を真空雰囲気に維持する。高周波電源15は、ガスシャワー13に接続され、成膜室11内に高周波電力を印加してプラズマを生成させる。給気部16-1〜16-3は、成膜室11内に原料ガスを導入する。給気部17〜19はそれぞれ、成膜室11内に、不活性ガス、酸素ガスO、および水素ガスHを導入する。各部の動作は、図外の制御部により制御される。
【0021】
Alバリア層2を成膜するための原料ガスとしては、非ハロゲン系のガス、例えばトリメチルアルミニウム(TMA)が用いられる。多層膜3としてTiO層とSiO層を成膜する場合には、TiO層の原料ガスとして例えば塩化チタンTiCl、SiO層の原料ガスとして例えばアミノシランが用いられる。不活性ガスとしては、例えばアルゴンArが用いられる。
【0022】
図2に示す実施形態では成膜室11および基板ホルダ12を接地するものとしているが、新たな高周波電源を設けて、基板ホルダ12に高周波電力を印加してもよい。
【0023】
図3は、本発明の実施の形態に係る多層膜被覆樹脂基板の製造方法を示すフローチャートである。この方法を図1図2を共に参照して説明する。
【0024】
まず、成膜室11内の基板ホルダ12に、樹脂基板1を取り付けておく。そして、給気部17から供給される不活性ガス雰囲気中で、成膜工程を実施する。この成膜工程では、まず、給気部16-1から供給されるAl化合物の原料ガスを用いて、樹脂基板1の表面にAlバリア層2をALDにより形成する(ステップS1)。続いて、Alバリア層2の表面に、給気部16-2から供給されるTi化合物の原料ガスを用いてTiO層3-1、…を、給気部16-2から供給されるSi化合物の原料ガスを用いてSiO層3-2、…をそれぞれ成膜して、多層膜を形成する。
【0025】
図4は、各層の成膜工程を示すフローチャートである。各層の成膜工程は原料ガスが異なるだけであり、図4では、給気部16-1〜16-3を共通の給気部16として示す。したがって、Alバリア層2の成膜時には「給気部16」を「給気部16-1」と、TiO層3-1、…の成膜時には「給気部16」を「給気部16-2」と、SiO層3-2、…の成膜時には「給気部16」を「給気部16-3」と読み替えるものとする。
【0026】
各層の成膜工程は、成膜室11内に給気部17から不活性ガスを導入した状態で行われる。この状態で、まず、給気部16を開き、原料ガスを成膜室11内に導入する(ステップS11)。原料ガスを成膜対象(樹脂基板1またはその表面に一部の層が成膜されたもの)の表面に吸着させた後に、給気部16を閉じ、原料ガスをパージする(ステップS12)。その後、給気部18,19を開き、成膜室1内にOガスまたはOガスとHガスを導入する(ステップS13)。次いで、ガスシャワー13に高周波電力を印加し、活性水素を含有する酸素プラズマを生成して、成膜対象の表面に吸着している原料ガス分子を酸化させる(ステップS14)。酸化の程度は、高周波電力の印加時間により制御することができる。酸化が終了した後は、給気部18,19を閉じて、OガスまたはO2ガスとH2ガスを成膜室11からパージする(ステップS15)。以上、原料ガスの導入(ステップS11)、パージ(ステップS12)、酸化ガスおよび水素ガスの導入(ステップS13)、高周波電力の印加(ステップS14)、パージ(ステップS15)のサイクルを、所望の膜厚になるまで繰り返す。
【0027】
ALDを用いることにより、膜厚を高い精度で制御することができる。また、樹脂基板1の成膜面が平面でなく凹凸面を有する場合であっても、膜の着き回りがよく、均一な膜を形成することができる。さらに、本実施の形態では、樹脂基板1と多層膜3との間にAlバリア層2を設けている。Alバリア層2は、原料ガスとしてハロゲン系の化合物を用いる必要がなく、それ自身が樹脂基板1に悪影響を及ぼすことが無いだけでなく、その後のTiO層の成膜時における樹脂基板1へのハロゲンの悪影響を防止することできる。
【0028】
また、ステップS15では、非ハロゲン系化合物を原料とするAlバリア層2およびSiO層の成膜時に成膜室1内にOガスを導入し、ハロゲン系化合物を原料とするTiO層の成膜時に成膜室1内にOガスおよびHガスを導入するものとする。塩化物(塩化チタンTiCl)を原料とするTiO層の成膜時に、Oガスに加えてHガス導入することで、膜の密着性を向上させることができる。本実施形態では、非ハロゲン系化合物であるアミノシランを用いてSiO層を形成するが、ハロゲン系化合物であるSiClを用いてSiO層を形成する場合は、SiO層の成膜時にもOガスに加えてHガス導入すればよい。
【0029】
図5ないし図7は、試作された多層膜被覆樹脂基板の反射率分布の測定結果例を示す。多層膜3としては、TiO層とSiO層との6層構造を用いた。図5は、樹脂基板1に接する層をTiO層としたもの、図6は、樹脂基板1に接する層を厚さ10nmのSiO層としたもの、図7は、樹脂基板1と多層膜3との間に10nmのAlバリア層2を設けたものである。膜厚分布が一様であれば、測定箇所による反射率のバラツキは小さく、それぞれの図における線が重なるはずである。しかし、樹脂基板1に接する層をTiO層としたものは、反射率のバラツキが大きく、膜厚が均一ではないことがわかる。一方、樹脂基板1に接する層をSiO層としたもの、およびAlバリア層2を設けたものは、膜厚が均一であることがわかる。
【0030】
図6に示すように、樹脂基板1に接する層がSiO層であっても、均一な膜厚分布が得られる。しかし、上述したように、SiOは樹脂との密着が弱く、膜の剥離が問題となる。Alバリア層2であれば、図7に示すように均一な膜厚分布が得られると共に、発明者らの実験によれば、厚さが10nm以下、特に3nm程度のとき、樹脂基板1に対して良好な密着性が得られる。
【0031】
また、発明者らの実験によると、TiClを原料ガスとするTiOの成膜時にOガスに加えてHガスを導入することで、各層の密着性がさらに改善されることがわかった。
【0032】
以上の説明において、各層の成膜時のプラズマの生成を容量結合により行うものとしたが、誘導結合によってプラズマを生成することもできる。すなわち、図2に示す成膜装置において、高周波電極としてのガスシャワー4に代えて成膜室11の周囲にコイルを配置し、このコイルに高周波電力を供給して成膜室11内に誘導結合プラズマを生成することで、成膜対象に吸着した原料ガスを酸化させることができる。
【0033】
樹脂基板1として光学レンズ、多層膜3として反射防止膜を例に説明したが、他の用途の樹脂基板1および多層膜3でも本発明を同様に実施できる。
【0034】
また、バリア層は非ハロゲン系化合物を原料として樹脂基板の表面に形成される誘電体層であればよい。バリア層を設けることにより、ハロゲン系化合物を原料とする多層膜を形成する際に、樹脂基板へのハロゲンの悪影響を防止することができる。ハロゲン系化合物は塩化物であってもよい。ハロゲン系化合物を原料とする多層膜の形成は、TiClを原料ガスとするTiO膜の形成に限られず、例えばHfClを原料ガスとするHfO膜の形成、AlClを原料ガスとするAl膜の形成、ZrClを原料ガスとするZrOの形成、TaClを原料ガスとするTaの形成、SiClを原料ガスとするSiO膜の形成など、適宜選択すればよい。バリア層および多層膜は酸化物に限らず、窒化物であってもよい。
【符号の説明】
【0035】
1 樹脂基板
2 Alバリア層
3 多層膜
3-1、… TiO
3-2、… SiO
11 成膜室
12 基板ホルダ
13 ガスシャワー
14 排気装置
15 高周波電源
16-1〜16-3、17〜19 給気部
【要約】      (修正有)
【課題】膜厚分布が均一で樹脂基板との密着性に優れた多層膜が形成された多層膜被覆樹脂基板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】樹脂基板1と、この樹脂基板1を被覆する多層膜3とを備え、前記樹脂基板1と前記多層膜3との間に、非ハロゲン系化合物を原料とするAlバリア層2が設けられた多層膜被覆樹脂基板。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7