(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:2.0%以下、Mn:1.0〜2.5%、Al:0.001〜0.10%、V:0.0005〜0.10%を含有すると共に、Tiおよび/またはNbを、合計で0.02〜0.20%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
[C]−12×([V]/51+[Ti]/48+[Nb]/93)>0.03を満足し、
また、全組織中のフェライト分率が、面積率で50〜90%であり、残部がマルテンサイトおよび/またはベイナイトであって、
更には、前記フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、10個/μm2以上存在し、
板厚が5mm以下で、引張強度が780MPa以上の熱延鋼板相互を、JIS Z 3312記載のG57、G59、G60、G78のいずれかに該当するソリッドワイヤを用いてMAG溶接することで、
溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置において、0.05mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置が、前記溶融線から母材側に0.3mm以上離れていると共に、
前記最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織中のフェライト分率が、面積率で50〜90%であり、残部がマルテンサイトおよび/またはベイナイトであって、
前記フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、10個/μm2以上存在し、
更には、溶接金属の組織中のフェライト分率が、面積率で30%以下である溶接継手を作製することを特徴とする熱延鋼板のMAG溶接方法。
但し、上式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:2.0%以下、Mn:1.0〜2.5%、Al:0.001〜0.10%、V:0.0005〜0.10%を含有すると共に、Tiおよび/またはNbを、合計で0.02〜0.20%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
[C]−12×([V]/51+[Ti]/48+[Nb]/93)>0.03を満足し、
全組織中のフェライト分率が、面積率で50〜90%であり、残部がマルテンサイトおよび/またはベイナイトであって、
更には、前記フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、10個/μm2以上存在し、
板厚が5mm以下で、引張強度が780MPa以上の熱延鋼板相互を、
フラックス中に、鉄粉をフラックス全質量あたり20質量%以上含有するフラックス入りワイヤを用いると共に、JIS K 1105の1級または2級の純Arをシールドガスとして用いて、溶接機の電流・電圧波形をパルス波形とした状態でMIG溶接することで、
溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置において、0.05mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置が、前記溶融線から母材側に0.3mm以上離れていると共に、
前記最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織中のフェライト分率が、面積率で50〜90%であり、残部がマルテンサイトおよび/またはベイナイトであって、
前記フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、10個/μm2以上存在し、
更には、溶接金属の組織中のフェライト分率が、面積率で30%以下である溶接継手を作製することを特徴とする熱延鋼板のMIG溶接方法。
但し、上式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、板厚が5mm以下で、引張強度が780MPa以上の熱延鋼板相互をアーク溶接により接合してなる溶接継手の疲労特性を向上させるために、鋭意、実験、研究を進めた。その結果、溶接止端部付近から母材側に0.3mm以上離れたHAZ焼戻し部の強度を、HAZの他の部位より低くして破壊領域とした上で、HAZ焼戻し部をフェライト主体の組織とすると共に、そのフェライト中にV,Nb、Tiなどを含有する微細な析出物を所定量以上存在させ、更に、溶接金属の組織のフェライト率を一定値以下とすることで、母材の疲労特性のみならず、HAZの疲労特性においても250MPa以上の優れた疲労強度を実現できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0022】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0023】
<溶接継手>
本発明に係る溶接継手においては、溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置において、0.1mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置と、その最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織形態、更には、溶接金属の組織形態について規定する。
【0024】
(溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置において、
0.05mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置)
図1に、二枚の熱延鋼板2a,2a相互を、アーク溶接(重ねすみ肉溶接)により接合した場合の溶接継手1を示す。溶接継手1は、その中心の溶接金属3と、溶接金属3の周辺で溶接時にアークによる熱の影響を受けた熱影響部(HAZ)4と、更に両側の二枚の熱延鋼板2a,2aで構成された母材2,2より構成される。更に、HAZ4は三層に分けることができ、溶接金属3に近い側から、HAZ粗大粒部4a、HAZ細粒部4b、HAZ焼戻し部4cとなっている。
【0025】
また、
図2に示すように、溶接止端部5の表面から0.1mmの深さで、且つ、溶融線(溶接ボンドともいう。)6から母材2側の位置において、
0.05mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置が、溶融線6から母材2側に0.3mm以上離れている。
【0026】
この素材の硬さが最小値を示す具体的な位置は、HAZ焼戻し部4cである。このように、溶接止端部5付近から離れたHAZ焼戻し部4cの強度を、HAZ4の他の部位(HAZ粗大粒部4a、HAZ細粒部4b)より低くして破壊領域とすることで、HAZ粗大粒部4aやHAZ細粒部4bにかかる応力を小さくし、これらの部位で破壊が起こらないようにする。
【0027】
(素材の硬さが最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織)
この素材の硬さが最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間における組織は、フェライト組織を主体とする。フェライトは転位密度が低いため、実質的に歪が発生する領域の組織として適した組織である。具体的には、素材の硬さが最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織のフェライト分率を、面積率で50〜90%とする。フェライト分率が50%未満であると、転位密度が高い残部のマルテンサイトやベイナイトにまで歪がかかってしまう。そうなると、マルテンサイトやベイナイトで転位の整理による加工軟化が発生して、結果的に溶接継手の疲労特性が低下してしまうことになる。好ましいフェライト分率は60〜85%、より好ましいフェライト分率は65〜80%である。また、フェライト分率を確保しつつ、高強度を得るためには、残部をマルテンサイトおよび/またはベイナイトとする必要がある。
【0028】
(フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が10個/μm
2以上存在)
フェライト中に、硬質な析出物である、Vと、Tiおよび/またはNbの炭化物もしくは炭窒化物を存在させることで、変形を受け持つフェライトに導入される転位の再整理を防止し、繰り返し応力付与時の加工硬化を促進することができる。その結果、溶接継手の疲労特性を高めることができる。
【0029】
但し、析出物が粗大な場合は、それに伴い析出物の個数が少なくなり、析出物の粒子間距離が大きくなることで、転位に対する障害にならなくなるため、溶接継手の疲労特性が劣化してしまう。一方、微細な析出物が多く存在する場合は、疲労特性の向上効果を得ることができるが、析出物の粒径が転位にカッティングされる程度の非常に小さなサイズでは、溶接継手が繰り返し応力を受ける過程で析出物が消失してしまう可能性が考えられるため、好ましくはない。
【0030】
よって、フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、10個/μm
2以上存在することを条件とした。また、フェライト中に、粒径が2〜8nmで、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、20個/μm
2以上存在することが好ましく、フェライト中に、粒径が4〜6nmで、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が、50個/μm
2以上存在することがより好ましい。
【0031】
(溶接金属の組織のフェライト分率が面積率で30%以下)
溶接金属の組織として強度が低いフェライトが多く存在すると、溶接金属全体の強度が高くても溶接金属中のフェライトが降伏して、疲労破壊するサイトになってしまう。そのため、溶接金属の組織のフェライト分率はなるべく低い方が好ましい。具体的には、溶接金属の組織のフェライト分率を、面積率で30%以下とする。
【0032】
・溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置の素材の硬さ、フェライト分率、フェライト中に存在する析出物の数密度の各測定方法
ここで、溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置の素材の硬さ、素材の硬さが最小値を示す領域並びに溶接金属の組織中のフェライト分率、フェライト中に存在する粒径が10nm以下で、且つV、Nb、Tiの1種または2種以上を含有する析出物の数密度の各測定方法について説明する。
【0033】
溶接止端部の表面から100μmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置の素材の硬さについては、
図2に示すように、溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側へ、母材表面と平行に引いた仮想線上に沿って0.05mm間隔(×で示す)にビッカース硬さ(荷重0.1kg)を室温で測定し、素材の硬さが最小となる領域を求めた。
【0034】
尚、ビッカース硬さは、JIS Z 2244に記載のビッカース硬さ試験方法により測定した。
【0035】
素材の硬さが最小値を示す領域並びに溶接金属の組織中のフェライト分率(面積率)については、各供試材をナイタール腐食し、走査型電子顕微鏡(SEM;倍率1000倍)により該当部位を5視野撮影し、フェライト、(ベイナイト、パーライト、および、マルテンサイト+残留オーステナイト)の比率を点算法で求めた。
【0036】
フェライト中に存在する析出物の粒径については、抽出レプリカ法により析出物を抽出し、フェライト領域を透過形電子顕微鏡にて、倍率×150000で1μm×1μmの領域を観察及び撮影し、その中に観察されたV、Nb、Tiの1種または2種以上を含有する析出物(円相当直径で2nm以上)を画像解析して各粒子の面積を求め、その面積から円相当直径を求めて析出物の粒径とした。その上で、該当する粒径の析出物を抽出し、その個数を数えることでフェライト中に存在する析出物の数密度とした。
【0037】
尚、析出物が、Vと、Tiおよび/またはNbを含有するか否かについては、FE−TEMで観察した析出物のうち、代表的なものを5個選別し、それをEDX(エネルギー分散型X線分析)にて定量分析を行い、∨、Nb、Tiの3元素の比を求め、5個の元素濃度の平均値が2%以上となる場合、析出物に当該元素を含むと判断した。
【0038】
また、MAG溶接並びにMIG溶接で用いる熱延鋼板の組織中のフェライト分率、フェライト中に存在する析出物の数密度についても同様の測定方法を採用した。
【0039】
<熱延鋼板のMAG溶接方法>
本発明に係る溶接継手は、板厚が5mm以下で、引張強度が780MPa以上の熱延鋼板相互をアーク溶接により接合して作製されるが、アーク溶接としては、MAG溶接、MIG溶接のいずれをも採用して溶接継手を作製することができる。まず、熱延鋼板相互をMAG溶接により接合して溶接継手を作製する場合の熱延鋼板のMAG溶接方法について説明する。
【0040】
本発明に係る熱延鋼板のMAG溶接方法においては、板厚が5mm以下で、引張強度が780MPa以上の熱延鋼板相互を、ソリッドワイヤを用いてMAG溶接することで溶接継手を作製するが、MAG溶接に用いる熱延鋼板の成分組成、熱延鋼板の組織形態、MAG溶接に用いるソリッドワイヤについて、夫々規定する。
【0041】
(熱延鋼板の成分組成)
まず、熱延鋼板の成分組成について説明する。尚、単位は全て%と記載するが、質量%のことを示す。
【0042】
・C:0.05〜0.20%
Cは強化元素であり、C量が増加するとフェライトの面積率が低下する。0.05%未満ではHAZ(細粒部)で焼入れ性が不足して、素材の硬さが最小値を示す領域が溶融線に近い位置となり、疲労強度が低下するため、疲労特性が確保できない。好ましくは、0.06〜0.15%である。
【0043】
・Si:2.0%以下
Siはフェライトの固溶強化元素として継手部のTSの改善に寄与し、疲労特性改善にも寄与する。しかし、Siはフェライト形成元素であるため、2.0%を超えるとフェライト分率が高くなりすぎ、強度が低下する。好ましくは0.5〜1.7%である。
【0044】
・Mn:1.0〜2.5%
Mnは脱酸元素として添加され、また固溶強化により強度向上に寄与する。しかし、1.0%未満であるとHAZ(細粒部)の焼入れ性が不足し、硬さが低下することで、疲労特性が確保できなくなる。また、溶接金属中の焼入れ性が低下し、フェライトが形成されることで溶接金属の疲労特性が低下し、継手の疲労強度が低下する。一方、2.5%を超えると焼入れ性が高くなり過ぎフェライトの面積率が低下する。好ましくは1.2〜2.0%である。
【0045】
・Al:0.001〜0.10%
Alは固溶強化によりTS−ELバランスを改善する効果があり、必要に応じて添加される。しかし、下限値未満ではその効果が得られず、上限値を超えると粒界偏析し、粒界破壊を助長して疲労特性を低下させる。
【0046】
・V:0.0005〜0.10%
下記のTiおよびNbと共にフェライト中に微細な炭化物を形成することで母材の疲労特性を改善する。また、HAZ(粗粒部、細粒部)において、溶接による加熱時に固溶してオーステナイト粒の微細化を抑制し、且つ、固溶C量および固溶V量を増加させることで、HAZの焼入れ性を向上させて強度を高め、HAZの疲労特性をも改善する。更に、HAZ(焼戻し部)のフェライト中にTiおよびNbと共に微細な析出物として存在することで、HAZ(焼戻し部)の疲労強度を高める。そのため、Vは必須の添加元素である。好ましくは0.002〜0.08%である。
【0047】
・Tiおよび/またはNbを、合計で0.02〜0.20%
TiとNbはVと同様、フェライト中に微細な炭化物を形成することで母材の疲労特性を改善する。また、Vと混合することで、HAZ(焼戻し部)の微細な炭化物の粗大化を防止し、溶接後の微細炭化物の数密度を確保する効果がある。また、HAZ(細粒域)ではγ粒をピン止めし、HAZ(細粒域)での焼入れ性低下の要因になりうるが、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物とすることで、Vの一部が溶解し炭化物の成長が促進されるため、細粒部のピン止め効果が小さくなり、細粒部の焼入れ性を確保できるようになる。しかし、下限値未満であると析出強化効果が不十分であり、上限値を超えて添加しても特性改善効果が得られない。TiとNbは、上記Vとは異なり、個々には選択的な添加元素であり、いずれか一方、または、双方とも添加して用いる。好ましくは合計で0.03〜0.15%である。
【0048】
・[C]−12×([V]/51+[Ti]/48+[Nb]/93)>0.03
この式はV、Nb、Tiにより固定されないフリーC量を0.03%超残存させることを意味する。フリーCはHAZ(粗粒部、細粒部)の焼入れ性に影響し、低いと特にHAZ(細粒部)の強度が低下して疲労特性が低下する。左辺の計算値(成分パラメータという。)は0.05%以上が好ましい。なお、式中の[ ]は各元素の含有量(質量%)を意味する。
【0049】
MAG溶接で用いる熱延鋼板は上記成分を基本的に含有し、残部が実質的にFeおよび不可避的不純物であり、この不可避的不純物としてはP、S、N、O等が含まれるが、その他、本発明の作用を損なわない範囲で、Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%の1種または2種以上を添加することができる。
【0050】
(熱延鋼板の組織形態)
MAG溶接で用いる熱延鋼板は、全組織中のフェライト分率が、面積率で50〜90%であり、残部がベイナイトおよび/またはマルテンサイトであって、更には、前記フェライト中に、粒径が6nm以下で、且つVおよび/またはTiを含有する析出物が、10個/μm
2以上存在することを条件とするが、その理由は以下の通りである。
【0051】
・フェライト:50〜90%、残部がベイナイト+マルテンサイト
全組織中のフェライト分率が、面積率で50%未満、または、ベイナイト+マルテンサイト分率が、面積率で50%を超えると、溶接後の硬さが最小になる焼戻し部で、フェライト分率が50%未満もしくはベイナイト+マルテンサイト分率が面積率で50%超えるようになるため、継手の疲労強度が劣化する。また、フェライト分率が90%を超えると、引張強度TSが確保できない。好ましくは、フェライト分率が、面積率で60〜80%、ベイナイト+マルテンサイト分率が、面積率で20〜40%である。尚、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト以外の組織としては残留オーステナイト(MA)分率を、面積率で10%未満とするのが望ましい。
【0052】
・フェライト中に、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が10個/μm
2以上存在
析出物にVを含有させておくと共に、微細な析出物を多量にすることにより、析出物中のVの固溶を促進することで、上記メカニズムによるHAZの疲労特性の確実且つ十分な改善を実現することができる。析出物の粒径に関しては、好ましくは、粒径が5nm以下である。但し、Vが固溶した後にも析出強化に寄与できるだけの析出物が分散している必要があるため、数密度が多いことが好ましい。数密度に関しては、好ましくは、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が20個/μm
2以上存在すること、より好ましくは、粒径が5nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物が20個/μm
2以上存在することである。
【0053】
(ソリッドワイヤ)
MAG溶接に用いるソリッドワイヤとしては、JIS規格に示されるワイヤのうち、高強度仕様のワイヤを用いる必要がある。具体的には、JIS Z 3312記載のG57、G59、G60、G78のいずれかに該当するソリッドワイヤを用いてMAG溶接を行うことで、溶接金属の合金濃度を高めることができ、フェライト変態を防止できる。
【0054】
<熱延鋼板のMIG溶接方法>
本発明に係る熱延鋼板のMIG溶接方法では、板厚が5mm以下で、引張強度が780MPa以上の熱延鋼板相互を、フラックス入りワイヤを用いてMIG溶接することで溶接継手を作製する。この熱延鋼板のMIG溶接方法においては、MIG溶接に用いる熱延鋼板の成分組成、熱延鋼板の組織形態、MIG溶接に用いるフラックス入りワイヤ、MIG溶接に用いるシ−ルドガス、MIG溶接に用いる溶接機の電流・電圧波形について、夫々規定する。但し、熱延鋼板の成分組成と熱延鋼板の組織形態については、前述したMAG溶接の場合と同様であるので、その説明を省略する。
【0055】
(フラックス入りワイヤ)
溶接金属の焼入れ性を高めるためには、C、Mn等の焼入れ性を向上させる元素を溶接金属中に十分に入れる必要があるが、MAG溶接に用いられる一般的な溶接ワイヤ(ソリッドワイヤ)では、ワイヤ中に入れることができるC、Mn量が限定的になる。また、MAG溶接を行うと、溶接金属中に酸素が導入され、易酸化性元素であるC、Mn等の焼入れ性向上元素の溶接金属中の歩留りが低くなる。その結果、溶接金属中に導入できるC、Mn量が低くなり、フェライトの形成を完全に防止するのが困難となる。
【0056】
そのため、ワイヤの組成を広く制御することができ、C、Mn量を増量可能なフラックス入りワイヤを用いてMIG溶接を行うことを検討した。MIG溶接することで易酸化性元素の歩留りを高めることができ、溶接金属中のC、Mn等の焼入れ性向上元素の濃度を高めることができる。その結果、フェライトの形成を強く抑制できるようになる。
【0057】
・鋼製外皮内にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤ
一般的なソリッドワイヤでは、C、Mn等の合金元素をワイヤ中に導入することが困難であるため、組成の制御が容易でワイヤ中のC、Mn等の量を高められるフラックス入りワイヤにするとより良い効果が得られる。但し、フラックス入りワイヤとしての構造は従来からのフラックス入りワイヤと同じである。
【0058】
本発明で用いるフラックス入りワイヤの製造方法は、帯鋼の長さ方向にフラックスを散布してから包み込むように円形断面に成形し伸線する方法や、太径の鋼管にフラックスを充填して伸線する方法があるが、いずれの方法を採用してフラックス入りワイヤを作製しても良い。更にシームがあるものと無いものがあるが、これもいずれでも良い。外皮の成分については何ら規定する必要はないが、コスト面と伸線性の面から軟鋼の材質を用いるのが一般的である。また、表面に銅メッキを施す場合もあるが、めっきの有無は問わない。
【0059】
・フラックス中に、鉄粉をフラックス全質量あたり20質量%以上含有
フラックスは基本的に合金元素と鉄粉で構成されるが、鉄粉はフラックス全質量あたり20質量%以上含有されることを条件とする。尚、ここで説明した鉄粉の定義は、Fe濃度95%以上で、且つ粒度が500μm以下の粉体のことを示す。但し、アーク安定性の更なる改善目的で、合金元素と鉄粉以外にアルカリ金属やアルカリ土類金属、或いはそれらの化合物を微量に添加することは本目的に対して短所とはならないため、許容しうる。
【0060】
(フラックスの成分組成)
次に、フラックス入りワイヤのフラックスの成分組成(含有される好ましい元素およびその含有量)について説明する。尚、フラックス中に含有される各元素の含有量は、全てワイヤ全質量あたりの含有率で示す。単位は全て%と記載するが、質量%のことを示す。
【0061】
・Ti、Zr、Al、Mgの1種または2種以上:0.03〜5.00%
Ti、Zr、Al、Mgは溶滴の表面張力を上昇させて、ワイヤ先端溶融部の長さを短くし、純Arガス雰囲気下でのアーク安定性を改善する。これらの元素は金属そのもの(例:Ti、Zr、Al、Mg)や鉄合金(例:フェロチタン、フェロジルコニウム、フェロアルミ)、それぞれの合金(例:アルミマグネ合金)といった形態でフラックスとして用いる。尚、酸化物での添加は、純Ar雰囲気でアークの安定性を低下させるため好ましくない。いずれの形態にしろ、Ti、Zr、Al、Mgの換算で合計0.03〜5.00%の添加でアーク安定性は改善するが、5.00%超では過剰となり、溶接止端部の馴染み性が劣化して応力集中改善を妨げる。従って、Ti、Zr、Al、Mgの含有量は合計で0.03〜5.00%とする。
【0062】
・C:0.08〜2.00%
Cは焼入れ性を高め、フェライトの形成を抑制する効果のある元素である。溶接金属中のフェライト分率を抑制するには、0.08%以上が効果的である。一方、C量を高めるにつれ、フェライト抑制効果が高まるが、硬度が上昇し遅れ割れが発生しやすくなる。また、相変態図における固液共存温度域が拡大することから、凝固割れも起きやすくなり、更には靱性も低下する。高温割れも防ぎ、靭性も確保するためにはCは2.00%以下に抑制することが必須である。尚、耐高温割れ性、靭性の観点から、好ましくは1.00%以下、より好ましくは0.50%以下である。
【0063】
・Si:2.00%以下
Siは固溶強化により強度を高める効果があるので添加することが好ましい。一方で、フェライトフォーマーであるため、2.00%を超えると溶接金属中のフェライトが増加し好ましくない。好ましくは1.5%以下、より好ましくは1.0%以下である。
【0064】
・Mn:10.00%以下
Mnは焼入れ性を高め、フェライトの形成を抑制する効果のある元素である。溶接金属中のフェライト分率を抑制するには、1.0%以上添加することが効果的で好ましい。一方、Mn量を高めるにつれ、フェライト抑制効果が高まるが、硬度が上昇し、遅れ割れが発生しやすくなる。また、相変態図における固液共存温度域が拡大することから、凝固割れも起きやすくなり、更には靱性も低下する。高温割れも防ぎ、靭性も確保するためには、Mnは10.0%以下に抑制することが必須である。尚、耐高温割れ性、靭性の観点から、好ましくは5.0%以下、より好ましくは3.0%以下である。
【0065】
・Ni、Cu、Cr、Mo、V、Nb:各3.00%以下、B:0.0200%以下
Ni、Cu、Cr、Mo、V、Nbは無添加でも問題ないが、夫々適当な量を添加することでフェライトの形成を抑制する効果がある。それらの効果が現れるには最低0.05%以上添加することが必要である。一方、3.00%を超えると強度過剰で割れが発生するといった短所が生じるので3.00%以下にする。また、Bについては、固溶状態で存在することでフェライトの形成を防止する効果がある。他の元素に比べ、少量で十分なフェライト抑制効果が得られるが、過剰に添加しすぎると、Bが析出物となり固溶Bが確保できず、焼入れ性が劣化する。従って、Bを添加する場合は0.020%以下とする。尚、Cuはワイヤ表面へメッキした場合、メッキ部を含めた割合とする。
【0066】
・REM:0.50%以下
REMはレアアースメタル(希土類金属)の意で、La、Ceなどで一般的に構成される。無添加でも問題ないが、0.01%以上添加すると、MIG溶接時にアーク安定性が向上し、且つ溶接金属の酸素量をより低下させてMs点を低下できる。一方、0.50%を超える添加はアーク安定化効果が飽和し、逆に溶滴が大粒化してスパッタが増加する。更に、コストも上がるので添加する場合は0.50%以下とする。
【0067】
・F:0.50%以下、Ca:0.50%以下
F、Caもまた無添加でも問題ないが、夫々適当な量を添加することで強力な脱酸作用を有し、溶接金属の焼入れ性を高める。その効果は最低0.005%以上が添加することが必要である。一方、FまたはCaが0.50%を超えると、溶融池の粘性が上昇して高速溶接時にハンピングする。また、スパッタの発生量が増加するため、F、Caを添加する場合は夫々0.50質量%以下にする。
【0068】
・K、Na、Liの1種または2種以上:合計で1.00%以下
K、Na、Liもまた無添加でも問題ないが、夫々適当な量を添加することで電子放出を容易にし、アーク安定化と溶滴移行を円滑にしてスパッタ発生量を低下させる。その効果は少なくとも1種の元素を合計で0.001質量%以上の添加で発揮される。一方、合計で1.00質量%を超える添加はその効果が飽和してしまうと共に、アーク力が弱まって溶込み深さが浅くなる。そのため、溶融池が不安定となってハンピングするなどの問題が生じる。従って、上限は合計で1.00質量%である。尚、K、Na、LiはK2O、Na2O、Li2Oを主成分とする長石、ソーダガラス、カリガラスを原料としてフラックスに添加するのが一般的である。
【0069】
・P:0.030%以下、S:0.030%以下
P、Sは耐高温割れ性を低下させる元素であり、本発明の目的では特段の積極添加の意味はない(無添加でも問題はない)。従って、従来ワイヤと同等に工業的生産性とコストを考慮し夫々0.030%以下に抑制する。
【0070】
(シ−ルドガス)
MIG溶接に用いるシ−ルドガスは、鉄系の消耗電極式溶接法では用いられない純Arとする。このように純Arをシールドガスとして用いることで、酸化性ガスを加えた一般的なシールドガスに対して、C、Mn等の易酸化性且つ焼入れ性向上元素を、溶接金属中に歩留り易くすることができ、溶接金属中のフェライトの形成を抑制し、疲労特性の向上に寄与できる。
【0071】
尚、本発明における「純Ar」の表記は科学上の100%Arではなく、工業製品としての純Arである。JIS K 1105には工業用Arが規定されており、1級が純度99.99%以上、2級が純度99.90%以上である。どちらも本溶接に用いるシ−ルドガスとして問題なく使用できる。
【0072】
(溶接機の電流・電圧波形)
MIG溶接に用いる溶接機の電源は、一般的に消耗電極式アーク溶接用として用いられる定電圧特性電源でも問題ない。しかし、MIG溶接におけるアーク安定性を更に向上させるためにはパルス溶接機との組み合わせが最も推奨される。純Ar溶接ではハンピング発生に関わる溶滴離脱の規則性について、酸化性ガスを用いたMAG溶接よりも劣る。従って、平均電流に係わらず常に高い電流の作用でピンチ力を付与でき、規則正しい溶滴離脱が実現できるパルス溶接法が好ましい。パルスの設定については特に限定しないが、ピーク電流350乃至600A、ベース電流30乃至100A、1ピーク間(立上り開始〜ピーク定常期〜立上り終了)で0.8乃至5.0ミリ秒が一般的に使用される。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【0074】
表1に示す成分組成、組織、引張強度を有し、板厚が3.2mmの各種熱延鋼板を、表2に示す各種条件の溶接材料(ワイヤ、シールドガス、電極)を用いて、
図3に示すように、アーク溶接(MAG溶接またはMIG溶接)により重ねすみ肉溶接して溶接継手1を作製した。尚、アーク溶接の条件は、用いるワイヤのワイヤ径が1.2mm、ワイヤ突き出し長さが15mm、シールドガスの流量が15リットル/分、溶接電流が270A、溶接速度が120cm/分で、
図3に示すトーチ7の前進後退角が0°である。
【0075】
本発明に係る溶接継手の効果を確証するため、作製した各種溶接継手から、
図4に示す試験片を採取し、両振平面曲げ疲労試験(周波数:25Hz、正弦波応力)を実施した。本疲労試験では、疲労限度が存在しなかったため、2×10
6回で未破断となる時間強度を継手疲労強度とし、疲労強度が250MPa以上の試験片(試験片を採取した溶接継手)を、優れた疲労強度を有すると判断した。試験結果を表3に示す。
【0076】
尚、表1に示す熱延鋼板の組織中のフェライト分率、残部の組織、フェライト中に存在する粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物の数密度析出物の数密度(10nm以下の析出物)、並びに、表3に示す溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置において、
0.05mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置までの距離(溶融線−硬さ最小位置)、素材の硬さが最小値を示す測定位置のビッカース硬さ(硬さ最小位置の硬さ)、素材の硬さが最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織中のフェライト分率(硬さ最小位置のフェライト分率)、硬さ最小位置の残部の組織、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物の数密度(10nm以下の析出物)、溶接金属の組織中のフェライト分率については、上記[発明を実施するための形態]の欄で説明した各測定方法により求めた。
【0077】
また、表1に示す熱延鋼板の引張強度(TS)は、熱延鋼板から表裏面を研削して板厚2mmの板サンプルにした上で、JIS Z 2241に準拠して引張試験を実施することで求めた。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
本発明の要件
を満足する溶接継手から採取したNo.
3、4、8、10、12〜34の試験片は、両振平面曲げ疲労試験で得られた疲労強度が全て250MPa以上であり、疲労強度に優れた溶接継手であると評価することができる。
【0082】
これに対し、No.1、2の試験片は、溶接金属の組織中のフェライト分率が本発明の要件を満足せず、No.5、6、11の試験片は、溶接止端部の表面から0.1mmの深さで、且つ溶融線から母材側の位置において、
0.05mm間隔毎に素材の硬さを測定した時の硬さの最小値を示す位置までの距離(硬さ最小位置の硬さ)が、本発明の要件を満足せず、No.5、
6、11の試験片は、素材の硬さが最小値を示す測定位置から母材側0.05mmの間の組織中のフェライト分率(硬さ最小位置のフェライト分率)が本発明の要件を満足せず、No.1、2、5〜7、11の試験片は、粒径が10nm以下で、且つ、Vと、Tiおよび/またはNbを含有する析出物の数密度(10nm以下の析出物)が本発明の要件を満足しない。その結果、両振平面曲げ疲労試験で得られた疲労強度は全て250MPa未満であり、疲労強度に優れた溶接継手であると評価することができない。