特許第5909534号(P5909534)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5909534ポリエステル樹脂組成物およびそれを含むカメラモジュール
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5909534
(24)【登録日】2016年4月1日
(45)【発行日】2016年4月26日
(54)【発明の名称】ポリエステル樹脂組成物およびそれを含むカメラモジュール
(51)【国際特許分類】
   C08L 67/02 20060101AFI20160412BHJP
   C08L 23/00 20060101ALI20160412BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20160412BHJP
   C08K 7/04 20060101ALI20160412BHJP
   C08L 23/08 20060101ALI20160412BHJP
   C08K 3/34 20060101ALI20160412BHJP
   C08K 3/24 20060101ALI20160412BHJP
   G02B 7/02 20060101ALI20160412BHJP
【FI】
   C08L67/02
   C08L23/00
   C08K3/04
   C08K7/04
   C08L23/08
   C08K3/34
   C08K3/24
   G02B7/02 Z
【請求項の数】7
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2014-197059(P2014-197059)
(22)【出願日】2014年9月26日
(62)【分割の表示】特願2014-524218(P2014-524218)の分割
【原出願日】2013年11月19日
(65)【公開番号】特開2015-28181(P2015-28181A)
(43)【公開日】2015年2月12日
【審査請求日】2014年9月26日
(31)【優先権主張番号】特願2012-253430(P2012-253430)
(32)【優先日】2012年11月19日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-255663(P2012-255663)
(32)【優先日】2012年11月21日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-140533(P2013-140533)
(32)【優先日】2013年7月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105050
【弁理士】
【氏名又は名称】鷲田 公一
(72)【発明者】
【氏名】鷲尾 功
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 英人
(72)【発明者】
【氏名】江端 洋樹
(72)【発明者】
【氏名】影山 文雄
(72)【発明者】
【氏名】滝沢 信宏
(72)【発明者】
【氏名】天野 晶規
【審査官】 藤本 保
(56)【参考文献】
【文献】 特表2002−509565(JP,A)
【文献】 特開2005−316539(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/119864(WO,A1)
【文献】 特開昭62−064857(JP,A)
【文献】 特開昭62−241966(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L67/00−67/08
C08L23/00−23/36
C08K3/00−13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テレフタル酸から誘導されるジカルボン酸成分単位を含むジカルボン酸成分単位(a1)と、シクロヘキサン骨格を有する成分単位を含むジアルコール成分単位(a2)とを含み、融点が250℃以上であるポリエステル樹脂(A)と、
オレフィン由来の構造単位および芳香族炭化水素構造を有し、かつデカリン中135℃で測定した極限粘度[η]が0.04〜1.0dl/gである熱可塑性樹脂(B)と
オレフィン由来の構造単位と、αβ-不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位と、α,β−不飽和カルボン酸グリシジルエステル由来の構造を含む環状オキシ炭化水素構造を有する構造単位とを有する共重合体(C)と、
カーボンブラック(G)および繊維状の無機充填材(D)の少なくとも一つとを含む、摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
【請求項2】
前記ポリエステル樹脂(A)30〜75質量部と、
前記共重合体(C)0.5〜5質量部と、
前記カーボンブラック(G)0.5〜5質量部と、
前記繊維状の無機充填材(D)20〜50質量部と、
前記熱可塑性樹脂(B)を0.1〜10質量部含とを含む(ただし、(A)、(C)、(G)および(D)の合計は100質量部である)、請求項1に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
【請求項3】
前記ポリエステル樹脂(A)における、
前記ジカルボン酸成分単位(a1)が、前記テレフタル酸から誘導されるジカルボン酸成分単位30〜100モル%と、前記テレフタル酸以外の芳香族ジカルボン酸成分単位0〜70モル%とを含み、
前記ジアルコール成分単位(a2)が、前記シクロヘキサン骨格を有する成分単位60〜100モル%を含む、請求項1または2に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
【請求項4】
前記共重合体(C)における、
前記オレフィン由来の構造単位が、エチレン、プロピレン、1-ブテン、1-ヘキセン、1-オクテン、および1-デセンからなる群より選ばれる単量体から誘導され、
前記α,β−不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位が、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、メタクリル酸メチルおよびメタクリル酸エチルからなる群より選ばれる単量体から誘導され、
前記環状オキシ炭化水素構造を有する構造単位が、アクリル酸グリシジルエステル、メタクリル酸グリシジルエステルからなる群より選ばれる単量体から誘導される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の、摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
【請求項5】
前記繊維状の無機充填材(D)が、ワラストナイトおよびチタン酸カリウムから選ばれる少なくとも一種類である、請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
【請求項6】
前記共重合体(C)が、エチレン・アクリル酸メチル・メタクリル酸グリシジルエステル共重合体である、請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物を含むカメラモジュール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル樹脂組成物およびそれを含むカメラモジュールに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)は、機械的性質や耐薬品性に優れることに加え、ポリブチレンテレフタレートやポリエチレンテレフタレートなどの一般的なポリエステルに比べて熱変形温度が高い。そのため、耐熱性の要求される電気・電子機器部品、自動車部品および機械部品などの用途に対して展開が期待されている。
【0003】
しかしながら、PCTは成形時に重合度が低下しやすいことから、機械物性が短時間の成形滞留で低下しやすく、成形材料としては実用化が困難であった。また、PCTは靭性が低いために脆く、製品使用上に問題が発生する懸念があった。
【0004】
PCTの滞留安定性を向上させる手段としては、同様なテレフタル酸系ポリエステルであるポリエチレンテレフタレートなどに対してエポキシ化合物を添加する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。その他にもPCTの滞留安定性を向上させる手段としては、3方に分岐したフェノール系エポキシ化合物、3官能性イソシアヌル酸アリル化合物を添加する方法、フェノキシ樹脂を添加する方法、グリシジルエーテルエステル化合物を添加する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
靭性を改良する手段としては、ポリエステルに対してエポキシ基を有するオレフィン系エラストマーを添加する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。その他にも靱性を改良する手段としては、上記の滞留安定性を向上させる二つの技術を組み合わせる方法が提案されている(例えば、特許文献1および2参照)。
【0006】
また、電気・電子機器部品用途に対して樹脂材料を使用する際には、樹脂の難燃性の指標として一般に用いられている、米国アンダーライターラボラトリーズ(UL)の難燃性規格(UL94)における難燃性(V−0)を満足することが求められる。UL94規格には、燃焼時の樹脂の燃焼時間だけでなく、火種の垂れ落ち(ドリップ)に関する規定があり、垂直着火試験における接炎時に樹脂がドリップした場合、試験片下部に設置した規定量のコットンがドリップにより着火しないことが求められる。このような高い難燃性を満足した上で、良好な機械的特性を有することが要求される。
【0007】
これらの問題に対し、難燃性PCTに対して、オレフィン-グリシジル(メタ)アクリレート共重合体に(メタ)アクリル酸エステルモノマーを反応させて得られるグラフト共重合体とオレフィン系樹脂を添加する方法(例えば特許文献4参照)や、多官能エポキシ化合物とオレフィン系エラストマーを添加する方法(例えば特許文献2参照)などが提案されている。
【0008】
さらに、PCTなどの樹脂が用いられる電気・電子機器部品の好ましい例として、カメラモジュールがある。カメラモジュールとは、CCD(電荷結合素子)/CMOS(相補型金属酸化物半導体)撮像素子(イメージセンサー)の上にレンズが組みつけられたカメラ機能をもつ電子部品である。カメラモジュールは、携帯電話、ラップトップコンピューター、デジタルカメラ、デジタルビデオカメラなどに搭載されている。一般的な固定焦点の光学系を搭載したカメラモジュールでは、信号処理チップ上にCMOS撮像素子が実装されている。さらに、イメージセンサーに光学画像を結像するための1つまたは2つ以上のレンズ、当該レンズを保持するためのバレル、当該バレルを保持するためのホルダ、上記イメージセンサーを保持するための基板などの部材を具備する(図1参照)。
【0009】
携帯電子機器の小型化や電子機器の実装工程の低コスト化のための作業、または工程時間短縮の要求から、バレルやホルダは、リフロー方式によるハンダ付けに対応できることが必要となる。そのため、バレルやホルダ用の材料には250℃を超える耐熱性が必要となる。さらには機械的特性や成形性に優れる材料が求められ、現在では液晶性樹脂組成物や長鎖ジアミンを用いた半芳香族ポリアミドが主流となっている(特許文献5〜7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−25517号公報
【特許文献2】特開平6−16912号公報
【特許文献3】特表平5−501274号公報
【特許文献4】特開平5−140424号公報
【特許文献5】特開2012−87171号公報
【特許文献6】特開2009−242456号公報
【特許文献7】特開2010−286544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、本発明者らが検討したところ、PCTに対して、上記特許文献1〜3などで示される公知の多官能官能基を有する化合物の添加技術を用いたいずれの方法も改善すべき課題が残されていた。即ち、樹脂組成物(コンパウンド)の調製段階や成形段階において、分岐構造を持ったポリマーが生成され過ぎたり、分岐反応が起こりにくい状態が経時的に繰り返されたりして、良好な成形性(流動性など)を有し、かつ良好な機械特性(強度や靱性など)を有する成形物を得ることが可能な、物性バランスに優れた樹脂組成物が得られない傾向があった。従って、ポリエステル樹脂の機械特性の向上と成形性の向上を図ることが求められている。
【0012】
また、PCTは溶融張力が低いために、UL規格おいて規定される燃焼試験において、樹脂の溶融によるドリップが発生しやすかった。それにより、V−2になる場合があり、V−0規格を安定して達成できない場合があった。一方で、特許文献2などで報告されている多官能エポキシ基を有する化合物を添加する方法では、ドリップなどの難燃性に対する詳細な開示がなく、多官能エポキシ基を有する化合物がPCTの難燃性に及ぼす影響については未知であった。従って、ポリエステル樹脂の機械特性の向上と成形性の向上に加えて、さらに難燃性の向上を図ることが求められている。
【0013】
さらに、カメラモジュールの組立工程において、光学部品系の手動焦点調整(ネジでマウントホルダ部に螺合されたレンズバレル部を螺動し、レンズとイメージセンサー間距離を変化させ、焦点距離を最適化する調整)が必要となる。その調整の際に、部品表面から樹脂組成物の粉(パーティクル)が脱落する場合がある。このようなパーティクルが、CMOSセンサー上に乗ると画像不良を起こす原因となり、それらがイメージセンサー表面やレンズ表面に付着し、黒傷やシミを生じカメラ性能が低下する。カメラの高性能化に伴う画素数の向上によって、1μm未満といった微小の異物であっても、画像不良の原因になる場合がある。そのため、組み立て前の各部品、さらには組立品を十分に洗浄する必要がある。
【0014】
一方で、液晶性樹脂からなる構成部品を超音波洗浄すると、フィブリル化が生じてしまうことから、パーティクルの発生が顕著となり大きな問題となっている。粉の脱落は該部材を組み込んだ製品の使用中にも生じるおそれがあり、同様に大きな問題として捉えられている。
【0015】
さらにカメラモジュールの構成部材であるバレルにはレンズが装着され、ホルダはバレルと螺子により螺合することも多い。そのため、バレルおよびホルダの双方に、その製造時に高い寸法精度が求められるとともに、温度や湿度等の影響によって生じる寸法変化が方向によって大きく変わらない(低異方性)ことも要求される。
【0016】
近年では、さらなる処理画素数の増大に応えるべく、バレルやホルダに益々高い寸法安定性が求められている。そのため、従来の液晶性樹脂や半芳香族ポリアミドでは、それら要求に対応できないという問題がある。
【0017】
加えて、バレルやホルダは周囲の光の透過を防ぐために、特に可視光付近の波長を持つ光を遮蔽することも要求される。
【0018】
本発明者らの検討でも、従来の液晶性樹脂組成物ではパーティクルの発生が問題となり、長鎖ジアミンを用いた半芳香族ポリアミドでは、寸法安定性(特に、吸湿に伴う寸法変化)が十分でなく、さらなる向上が必要であることがわかった。
【0019】
本発明の目的は、ポリエステル樹脂の機械特性と成形性の向上を図ることであり、好ましくはさらに難燃性の向上を図ることである。また、本発明の他の目的は、特に耐熱性と低パーティクル性に優れ、しかも寸法安定性(特に、吸湿に伴う寸法変化)が極めて良好な、カメラモジュール部材などの摺動部材に成形可能な熱可塑性樹脂組成物とそれを含むカメラモジュールなどの摺動構造を有する部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
[1] 融点もしくはガラス転移温度が250℃以上であるポリエステル樹脂(A)と、オレフィン由来の構造単位および芳香族炭化水素構造を有し、かつデカリン中135℃で測定した極限粘度[η]が0.04〜1.0dl/gの熱可塑性樹脂(B)と、オレフィン由来の構造単位、αβ-不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位および環状オキシ炭化水素構造を有する構造単位を有する共重合体(C)と、を含むポリエステル樹脂組成物。
[2] 無機充填材(D)をさらに含む、[1]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[3] 前記ポリエステル樹脂(A)30〜80質量部と、前記熱可塑性樹脂(B)0.1〜10質量部と、前記共重合体(C)0.5〜10質量部と、
前記無機充填材(D)1〜50質量部とを含む(ただし、(A)、(B)、(C)および(D)の合計は100質量部である)、[2]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[4] 前記ポリエステル樹脂(A)が、テレフタル酸から誘導されるジカルボン酸成分単位30〜100モル%、テレフタル酸以外の芳香族ジカルボン酸成分単位0〜70モル%、および炭素原子数4〜20の脂肪族ジカルボン酸成分単位0〜70モル%を含むジカルボン酸成分単位(a1)と、炭素原子数4〜20の脂環族ジアルコール成分単位および脂肪族ジアルコール成分単位の少なくとも一方を含むジアルコール成分単位(a2)とを含む、[2]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[5] 前記ポリエステル樹脂(A)に含まれる前記脂環族ジアルコール成分単位が、シクロヘキサン骨格を有する成分単位である、[4]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[6] 前記熱可塑性樹脂(B)に含まれる前記オレフィン由来の構造単位が、エチレン由来の構造単位を含み、前記芳香族炭化水素構造を有する構造単位が、スチレン由来の構造単位を含む、[2]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[7] 前記共重合体(C)が、エチレン・メチルアクリレート・グリシジルメタクリレート共重合体である、[1]〜[5]のいずれかに記載のポリエステル樹脂組成物。
[8] 臭素化ポリスチレンまたはポリ臭素化スチレン(E)と、難燃助剤(F)とをさらに含む、[1]〜[7]のいずれかに記載のポリエステル樹脂組成物。
[9] (A)、(B)、(C)および(D)の合計を100質量部としたときに、前記臭素化ポリスチレンまたはポリ臭素化スチレン(E)を10〜40質量部と、前記難燃助剤(F)を1〜20質量部とを含む、[8]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[10] 前記難燃助剤(F)が、三酸化アンチモン、四酸化アンチモン、五酸化アンチモン、アンチモン酸ナトリウム、ホウ酸亜鉛、スズ酸亜鉛、リン酸亜鉛、ホウ酸カルシウム、モリブデン酸カルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の化合物である、[8]または[9]に記載のポリエステル樹脂組成物。
[11] 前記難燃助剤(F)が、アンチモン酸ナトリウムとホウ酸亜鉛とを含む、[8]〜[10]のいずれかに記載のポリエステル樹脂組成物。
[12] [1]〜[11]のいずれかに記載のポリエステル樹脂組成物を成形して得られる成形体。
[13] [1]〜[11]のいずれかに記載のポリエステル樹脂組成物の射出成形体を含む、電気電子部品。
[14] [1]〜[11]のいずれかに記載のポリエステル樹脂組成物の射出成形体を含む、自動車機構部品。
[15] 融点もしくはガラス転移温度が250℃以上であるポリエステル樹脂(A)30〜80質量部と、オレフィン由来の構造単位および芳香族炭化水素構造を有し、デカリン中135℃で測定した極限粘度[η]が0.04〜1.0dl/gの熱可塑性樹脂(B)0.1〜10質量部と、オレフィン由来の構造単位、αβ-不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位および環状オキシ炭化水素構造を有する共重合体(C)0.5〜10質量部と、無機充填材(D)1〜50質量部(ただし、(A)、(B)、(C)および(D)の合計を100質量部とする)とを、ポリエステル樹脂(A)の融点から5℃〜30℃高い温度で溶融混練する、ポリエステル樹脂組成物の製造方法。
【0021】
[16] 融点もしくはガラス転移温度が250℃以上であるポリエステル樹脂(A)と、オレフィン由来の構造単位、αβ-不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位および環状オキシ炭化水素構造を有する構造単位を有する共重合体(C)とを含む、摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[17] カーボンブラック(G)および繊維状の無機充填材(D)の少なくとも一つをさらに含む、[16]に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[18] 前記ポリエステル樹脂(A)30〜80質量部と、前記共重合体(C)0.5〜5質量部と、前記カーボンブラック(G)0.5〜5質量部と、前記繊維状の無機充填材(D)20〜50質量部と、を含む(ただし、(A)、(C)、(G)および(D)の合計は100質量部である)、[16]または[17]に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[19] 前記ポリエステル樹脂(A)が、テレフタル酸から誘導されるジカルボン酸成分単位30〜100モル%と、テレフタル酸以外の芳香族ジカルボン酸成分単位0〜70モル%を含むジカルボン酸成分単位(a1)と、炭素原子数4〜20の脂環族ジアルコール成分単位を含むジアルコール成分単位(a2)と、を含む、[16]〜[18]のいずれかに記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[20] 前記ポリエステル樹脂(A)に含まれるジアルコール成分単位(a2)が、シクロヘキサン骨格を有する成分単位を含む、[19]に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[21] オレフィン由来の構造単位および芳香族炭化水素構造を有し、かつデカリン中135℃で測定した極限粘度[η]が0.04〜1.0dl/gである熱可塑性樹脂(B)をさらに含む、[16]〜[20]のいずれかに記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[22] 前記熱可塑性樹脂(B)を0.1〜10質量部含む(ただし、(A)、(C)、(G)および(D)の合計は100質量部である)、[21]に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[23] 前記繊維状の無機充填材(D)が、ワラストナイトおよびチタン酸カルシウムから選ばれる少なくとも一種類である、[17]に記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[24] 前記共重合体(C)が、エチレン・メチルアクリレート・グリシジルメタクリレート共重合体である、[16]〜[23]のいずれかに記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物。
[25] [16]〜[24]のいずれかに記載の摺動部材用ポリエステル樹脂組成物を含むカメラモジュール。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ポリエステル樹脂の機械特性(強度、靱性または滞留安定性)の向上と、成形性(離型性または射出流動性)の向上が図られる。本発明によれば、ポリエステル樹脂の機械特性および成形性の向上と共に、難燃性の向上を図ることができる。
【0023】
本発明は、その成形物の寸法安定性(特に吸湿に伴う寸法変化)と機械的特性(強度が高いこと、弾性率が高いこと、撓みが少ないこと、などを含む)に優れたポリエステル樹脂組成物を提供する。しかも、その成形物の表面平滑性が高く、成形物からのパーティクルの発生が抑制されており、その成形物の耐熱性が高く、高温でも使用可能である。よって、本発明のポリエステル樹脂組成物の成形物は、カメラモジュールの構成部材、特にバレルまたはホルダの構成材料として好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】カメラモジュールの概要を示す図である。
図2】リフロー工程の温度プロファイルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
1.ポリエステル樹脂組成物
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、ポリエステル樹脂(A)と、特定の環状オキシ炭化水素構造を有するオレフィン系共重合体(C)と、ポリオレフィン骨格および芳香族炭化水素構造を有する特定の熱可塑性樹脂(B)とを併用することを着想した。その結果、良好な成形性および機械特性を有するポリエステル樹脂組成物が得られることを見出した。さらに、特定の難燃剤処方を適用することで、UL規格における燃焼試験においてドリップが発生しない安定したV−0規格を達成できることを見出した。
【0026】
また、本発明者らは、高い融点もしくはガラス転移温度を有するポリエステル樹脂(A)と、特定の環状オキシ炭化水素構造を有するオレフィン系共重合体(C)を含む組成物が、耐熱性と機械的性質に優れ、良好な低パーティクル性と寸法安定性を示す特性を併せ持ち、カメラモジュールなどの部品の摺動部材に用いる組成物として好適であることを見出し、本発明を完成した。
【0027】
即ち、本発明のポリエステル樹脂組成物は、ポリエステル樹脂(A)と、共重合体(C)とを含み;必要に応じて熱可塑性樹脂(B)、無機充填材(D)、難燃剤(E)、難燃助剤(F)およびカーボンブラック(G)からなる群より選ばれる一以上をさらに含みうる。
【0028】
1−1.ポリエステル樹脂(A)
ポリエステル樹脂(A)は、芳香族ジカルボン酸由来の成分単位を含むジカルボン酸成分単位(a1)と、脂環状骨格を有するジアルコール由来の成分単位を含むジアルコール成分単位(a2)とを有する構造であることが好ましい。
【0029】
ポリエステル樹脂(A)を構成するジカルボン酸成分単位(a1)は、テレフタル酸成分単位30〜100モル%と、テレフタル酸以外の芳香族ジカルボン酸成分単位0〜70モル%と、炭素原子数4〜20の脂肪族ジカルボン酸成分単位0〜70モル%と、からなることが好ましい(ここで、ジカルボン酸成分単位(a1)の合計量は100モル%とする)。
【0030】
ジカルボン酸成分単位(a1)は、テレフタル酸成分単位を好ましくは40〜100モル%と、テレフタル酸以外の芳香族ジカルボン酸成分単位を好ましくは0〜60モル%と、炭素原子数4〜20(好ましくは6〜12)の脂肪族ジカルボン酸成分単位を0〜60モル%と、を含むことがより好ましい(ジカルボン酸成分単位(a1)の合計量は100モル%とする)。
【0031】
テレフタル酸以外の芳香族ジカルボン酸成分単位の例には、イソフタル酸、2-メチルテレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸由来の単位、およびこれらの組み合わせが含まれる。脂肪族ジカルボン酸成分単位は、その炭素原子数を特に制限するものではないが、炭素原子数が4〜20、好ましくは6〜12の脂肪族ジカルボン酸から誘導される単位であることが好ましい。脂肪族ジカルボン酸成分単位を誘導する脂肪族ジカルボン酸の例としては、例えば、アジピン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、デカンジカルボン酸、ウンデカンジカルボン酸、ドデカンジカルボン酸などが含まれる。
【0032】
ポリエステル樹脂(A)を構成するジカルボン酸成分単位(a1)は、シクロヘキサンジカルボン酸などの脂環族ジカルボン酸由来の成分単位を含んでいてもよい。
【0033】
ジカルボン酸成分単位(a1)は、上記のような構成単位とともに、少量、例えば、10モル%以下程度の量の多価カルボン酸成分単位を含んでいてもよい。このような多価カルボン酸成分単位として具体的には、トリメリット酸およびピロメリット酸等のような三塩基酸および多塩基酸を挙げることができる。
【0034】
一方、ポリエステル樹脂(A)を構成するジアルコール成分単位(a2)は、脂環族ジアルコール成分単位を含むことが好ましい。脂環族ジアルコール成分単位は、炭素数4〜20の脂環式炭化水素骨格を有するジアルコール由来の成分単位を含むことが好ましい。脂環式炭化水素骨格を有するジアルコールの例には、1,3-シクロペンタンジオール、1,3-シクロペンタンジメタノール、1,4-シクロヘキサンジオール、1,4-シクロヘキサンジメタノール、1,4-シクロヘプタンジオール、1,4-シクロヘプタンジメタノールなどの脂環族ジアルコールが含まれる。なかでも、耐熱性や吸水性、入手容易性などの観点から、シクロヘキサン骨格を有するジアルコール由来の成分単位が好ましく、シクロヘキサンジメタノール由来の成分単位がさらに好ましい。
【0035】
ジアルコール成分単位(a2)に対する、脂環族ジアルコール成分単位(好ましくは、シクロヘキサン骨格を有するジアルコール成分単位)の割合は、60〜100モル%であることが好ましい(ジアルコール成分単位(a2)の合計量は100モル%とする)。
【0036】
脂環族ジアルコールには、シス/トランスなどの異性体が存在するが、耐熱性の観点ではトランス構造のほうが好ましい。したがって、シス/トランス比は、好ましくは50/50〜0/100、さらに好ましくは、40/60〜0/100である。
【0037】
ジアルコール成分単位(a2)は、脂環族ジアルコール成分単位のほかに、脂肪族ジアルコール成分単位を含んでいてもよい。脂肪族ジアルコール成分単位は、ポリエステル樹脂(A)の溶融流動性を高めうる。脂肪族ジアルコール成分単位の具体例には、エチレングリコール、トリメチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコール、ネオペンチルグリコール、ヘキサメチレングリコール、ドデカメチレングリコールなどが含まれる。
【0038】
ポリエステル樹脂(A)の、示差走査熱量計(DSC)で測定した融点(Tm)もしくはガラス転移温度(Tg)は、250℃以上である。好ましい下限値は、270℃、さらに好ましくは280℃である。一方、好ましい上限値は350℃を例示でき、さらに好ましくは335℃である。上記の融点やガラス転移温度が250℃以上であると、リフローはんだ時の成型品の変形やブリスターの発生が抑制されたり、高温での熱処理工程を伴う用途のベース材料に使用した場合の耐熱性(機械物性、形状安定性)に優れる。上限温度は原則的としては制限がないが、融点もしくはガラス転移温度が350℃以下であると、溶融成形に際してポリエステル樹脂(A)の分解を抑制できるので好ましい。
【0039】
ポリエステル樹脂(A)の極限粘度[η]は、0.3〜1.0dl/gであることが好ましい。極限粘度がこのような範囲にある場合、ポリエステル樹脂組成物の成形時の流動性が優れるものとし得る。ポリエステル樹脂(A)の極限粘度の調整は、ポリエステル樹脂(A)の分子量を調整することなどでなし得る。ポリエステル樹脂の分子量の調整方法は、重縮合反応の進行度合いや単官能のカルボン酸や単官能のアルコールなどを適量加える等の公知の方法を採用することができる。
【0040】
ポリエステル樹脂(A)の極限粘度は、ポリエステル樹脂(A)をフェノールとテトラクロロエタンの50/50質量%の混合溶媒に溶解し、ウベローデ粘度計を使用し、25℃±0.05℃の条件下で試料溶液の流下秒数を測定し、以下の算式で算出される値である。
[η]=ηSP/[C(1+0.205ηSP)]
[η]:極限粘度(dl/g)
ηSP:比粘度
C:試料濃度(g/dl)
t:試料溶液の流下秒数(秒)
:溶媒の流下秒数(秒)
ηSP=(t−t)/t
【0041】
ポリエステル樹脂(A)は、溶融液晶性を示さないポリエステル樹脂でありうる。溶融液晶性とは、溶融相において光学異方性(液晶性)を示す特性をいう。液晶性ポリマーの成形物はフィブリル化しやすく、パーティクルのような微細粒子を発生させやすいおそれがある。一方で、溶融液晶性を示さないポリエステル樹脂(A)を含む樹脂組成物は、成形物のフィブリル化が抑制され、パーティクルのような微細粒子の発生も抑制されうる。
【0042】
また、ポリエステル樹脂組成物は、必要に応じて、複数の物性の異なるポリエステル樹脂(A)を含んでいてもよい。また、本発明の目的の範囲内であれば、他の熱可塑性樹脂を含んでいてもよい。
【0043】
本発明のポリエステル樹脂組成物におけるポリエステル樹脂(A)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して30〜85質量部であることが好ましく、30〜80質量部であることがより好ましい。ポリエステル樹脂(A)の含有率が上述の上限値と下限値の範囲内であれば、成形性を損なうことなく、はんだリフロー工程に耐え得る耐熱性に優れた樹脂組成物を得ることができるからである。
【0044】
また、本発明のポリエステル樹脂組成物におけるポリエステル樹脂(A)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)、カーボンブラック(G)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して30〜80質量部であることが好ましく、35〜75質量部であることがより好ましい。
【0045】
1−2.共重合体(C)
共重合体(C)は、オレフィン由来の構造単位と、α,β-不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位と、環状オキシ炭化水素構造を有する構造単位とを有する共重合体である。共重合体(C)は、非液晶性ポリエステル樹脂(A)の末端基であるヒドロキシル基もしくはカルボニル基と反応して、ポリエステル樹脂(A)の分子量の低下を抑制する。したがって、樹脂組成物の靱性の向上を図れるエラストマーであれば特に制限なく用いることができる。
【0046】
共重合体(C)を構成するオレフィン由来の構造単位のオレフィンの例には、エチレン、プロピレン、1-ブテン、1-ヘキセン、1-オクテン、1-デセンなどが含まれ、エチレンが好ましい。α,β-不飽和カルボン酸エステル由来の構造単位のα,β-不飽和カルボン酸エステルの例には、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチルなどのアクリル酸エステルや、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチルなどのメタクリル酸エステルなどが含まれ、アクリル酸メチルが好ましい。環状オキシ炭化水素構造を有する構造単位は、例えばα,β-不飽和カルボン酸グリシジルエステル由来の構造単位が挙げられる。α,β-不飽和カルボン酸グリシジルエステルとしては、例えばアクリル酸グリシジルエステル、メタクリル酸グリシジルエステルなどが挙げられ、メタクリル酸グリシジルエステルが好ましい。
【0047】
共重合体(C)は、例えば以下の構造式で示されるような、エチレン・アクリル酸メチル(メチルアクリレート)・グリシジルメタクリレート共重合体を用いることが好ましい。
【化1】
【0048】
上記式で表される共重合体(C)において、エチレン単位、アクリル酸メチル単位、グリシジルメタクリレート単位の総量(100質量%)に対して、エチレン単位を30〜99質量%の割合で含むことが好ましく、50〜95質量%で含むことがさらに好ましい。上記式で表される共重合体(C)において、エチレン単位、アクリル酸メチル単位、グリシジルメタクリレート単位の総量(100質量%)に対して、アクリル酸メチル単位を0〜60質量%の割合で含むことが好ましく、0〜40質量%で含むことがさらに好ましい。上記式で表される共重合体(C)において、エチレン単位、アクリル酸メチル単位、グリシジルメタクリレート単位の総量(100質量%)に対して、グリシジルメタクリレート単位を1〜30質量%の割合で含むことが好ましい。
【0049】
共重合体(C)は、ポリエステル樹脂(A)との反応性を阻害しない限り、上述の共重合成分の他に、他の共重合成分を含んでいてもよい。他の共重合成分の具体例には、アリルグリシジルエーテル、2-メチルアリルグリシジルエーテルのようなα,β-不飽和グリシジルエーテル;ならびにスチレン、α-メチルスチレン、4-メチルスチレン、4-メトキシスチレン、クロロスチレン、2,4-ジメチルスチレンのような芳香族ビニル化合物;ならびに酢酸ビニルおよびプロピオン酸ビニルのような不飽和ビニルエステルなどが含まれる。
【0050】
共重合体(C)の製造方法としては、オレフィンとα,β-不飽和カルボン酸エステル、環状オキシ炭化水素構造を有する単量体とを、高圧ラジカル重合法、溶液重合法および乳化重合法のような重合方法によって共重合させる方法や、ポリエチレンのようなエチレン単位を含有する重合体に、グリシジル基を有する単量体やα,β-不飽和カルボン酸エステルをグラフト重合させる方法を例示することができる。
【0051】
本発明のポリエステル樹脂組成物における共重合体(C)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して0.5〜10質量部であることが好ましい。共重合体(C)の含有量が上述の上限値と下限値の範囲内であれば、十分な靭性改良効果と、高温で加熱成形した際のポリエステル樹脂(A)の分子量の低下抑制効果により、樹脂組成物の機械物性が向上するからである。共重合体(C)を10質量部以上の割合で含む場合、機械強度が損なわれる場合があるため好ましくない。
【0052】
本発明のポリエステル樹脂組成物における共重合体(C)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)、カーボンブラック(G)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、0.5〜5質量部であることが好ましく、1〜4質量部であることがより好ましい。
【0053】
また、本発明のポリエステル樹脂組成物における共重合体(C)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)および共重合体(C)の合計量100質量部に対して0.1〜20質量部であることが好ましく、0.5〜10質量部であることがより好ましい。共重合体(C)の含有量が一定以上であれば、十分な靭性改良効果と、高温で加熱成形した際のポリエステル樹脂(A)の分子量の低下抑制効果が得られやすい。また、共重合体(C)の含有量が一定以下であれば、溶融粘度が高くなりすぎるのを抑制しうる。
【0054】
本発明のポリエステル樹脂組成物は、ポリエステル樹脂(A)とともに、共重合体(C)を含有するので、その成形物の機械特性が改良される。その改良メカニズムは特に限定されないが、以下のように推定されうる。共重合体(C)の環状オキシ炭化水素構造(例えばエポキシ基)と、ポリエステル樹脂(A)の末端基であるヒドロキシル基やカルボキシル基とが反応すると、樹脂成分が高分子量化する。その結果、高温で加熱成形した際の分子量の低下が抑制されることで、機械強度が向上すると考えられる。また、エラストマーである共重合体(C)とポリエステル樹脂(A)が反応して樹脂界面が補強されることで、靭性が改良されると考えられる。
【0055】
また、本発明のポリエステル樹脂組成物は、ポリエステル樹脂(A)とともに、共重合体(C)を含有することで、UL燃焼試験における接炎時のドリップを抑制することができる。共重合体(C)とポリエステル樹脂(A)との反応による分岐構造の生成により、樹脂組成物の溶融張力が向上するためであると考えられる。
【0056】
1−3.熱可塑性樹脂(B)
熱可塑性樹脂(B)は、オレフィン由来の構造単位と、芳香族炭化水素構造とを有する熱可塑性樹脂である。この場合、熱可塑性樹脂(B)のオレフィン由来の構造単位が、エチレン由来の構造単位を含み;芳香族炭化水素構造を有する構造単位が、スチレン由来の構造単位を含むことが好ましい。
【0057】
熱可塑性樹脂(B)は、ポリオレフィン骨格と、芳香族炭化水素構造とを有する熱可塑性樹脂であることが好ましい。すなわち、本発明の第一の形態の樹脂組成物は、熱可塑性樹脂(B)として、ポリオレフィン骨格と、芳香族炭化水素構造とを含む熱可塑性樹脂を含むことができる。芳香族炭化水素構造は、後述するように、スチレンなどに代表される芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物から誘導される構造単位であり得る。
【0058】
熱可塑性樹脂(B)は、ポリオレフィン骨格と芳香族炭化水素構造とを有し、デカリン中135℃で測定した極限粘度[η]が、0.04〜1.0dl/gである熱可塑性樹脂である。この極限粘度の好ましい下限は0.05dl/g、より好ましくは0.07dl/gである。一方、好ましい上限は0.5dl/g、より好ましくは0.2dl/gである。極限粘度が低すぎるとカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物から熱可塑性樹脂(B)が必要以上にブリードアウトし易くなる可能性がある。また、成形加工時に臭気や発煙の原因となりやすい。一方で極限粘度が高すぎると、溶融粘度の向上(射出流動性の向上)効果が不充分になり、成形性が低下することがある。
【0059】
熱可塑性樹脂(B)の140℃における溶融粘度(mPa・s)は10〜2000mPa・sであることが好ましく、20〜1500mPa・sであることがさらに好ましく、30〜1200mPa・sであることが特に好ましい。熱可塑性樹脂(B)の140℃における溶融粘度が低すぎると、樹脂組成物から熱可塑性樹脂(B)が必要以上にブリードアウトし易くなる可能性がある。また、成形加工時に臭気や発煙の原因となりやすい。一方で、熱可塑性樹脂(B)の140℃における溶融粘度が高すぎると、樹脂組成物の溶融粘度の向上効果が不充分になることがある。上記粘度はブルックフィールド粘度計で測定し得る。
【0060】
熱可塑性樹脂(B)は、通常、スチレン類等に代表される芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物と、ポリオレフィンワックスと称されるワックス(以下、ポリオレフィンワックス(b)と称することがある)とを、ニトリルや過酸化物などのラジカル発生剤の存在下で反応させて得られうる。このような熱可塑性樹脂(B)を、所謂変性ワックスと称することもある。
【0061】
熱可塑性樹脂(B)は、特に、上記ポリオレフィンワックス(b)100質量部に対して、スチレンなどの芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物を1〜900質量部、より好ましくは10〜300質量部、特に好ましくは20〜200質量部導入したものであることが好ましい。芳香族炭化水素由来の構造が少な過ぎると、溶融粘度の向上(射出流動性の向上)効果や前述の共重合体(C)の樹脂組成物中での分散性の向上効果が不充分になることがある。一方、芳香族炭化水素由来の構造が多過ぎると臭気が強くなることがある。
【0062】
熱可塑性樹脂(B)の芳香族炭化水素構造の含有率は、調製時のポリオレフィンワックス(b)と芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物と仕込み比、100〜600MHzクラスの核磁気共鳴スペクトル分析装置(NMR)による構造特定、フェニル構造炭素と他の炭素との吸収強度の比、およびフェニル構造水素と他の水素との吸収強度の比等の常法によって特定することができる。勿論、構造特定には赤外吸収スペクトル分析などを併用することも可能である。
【0063】
具体的なNMR測定条件としては、以下の様な条件を例示できる。
H NMR測定の場合、日本電子(株)製ECX400型核磁気共鳴装置を用い、溶媒は重水素化オルトジクロロベンゼンとし、試料濃度20mg/0.6mL、測定温度は120℃、観測核はH(400MHz)、シーケンスはシングルパルス、パルス幅は5.12μ秒(45°パルス)、繰り返し時間は7.0秒、積算回数は500回以上とする条件である。基準のケミカルシフトは、テトラメチルシランの水素を0ppmとするが、例えば、重水素化オルトジクロロベンゼンの残存水素由来のピークを7.10ppmとしてケミカルシフトの基準値とすることでも同様の結果を得ることが出来る。官能基含有化合物由来のHなどのピークは、常法によりアサインした。
【0064】
13C NMR測定の場合、測定装置は日本電子(株)製ECP500型核磁気共鳴装置、溶媒としてオルトジクロロベンゼン/重ベンゼン(80/20容量%)混合溶媒、測定温度は120℃、観測核は13C(125MHz)、シングルパルスプロトンデカップリング、45°パルス、繰り返し時間は5.5秒、積算回数は1万回以上、27.50ppmをケミカルシフトの基準値とする条件である。各種シグナルのアサインは常法を基にして行い、シグナル強度の積算値を基に定量を行うことができる。
【0065】
他の簡便な官能基構造単位の含有率の測定方法としては、官能基含有率の異なる重合体を前記のNMR測定で官能基含有率を決定しておき、これらの重合体の赤外分光(IR)測定を行い、特定のピークの強度比を基に検量線を作成し、この結果を基に、官能基含有率を決定する方法もある。この方法は前述のNMR測定に比して簡便ではあるが、基本的にはベース樹脂や官能基の種類により、それぞれ対応する検量線を作成する必要がある。このような理由からこの方法は、例えば商用プラントでの樹脂生産における工程管理等に好ましく用いられる方法である。
【0066】
芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物の種類は、特に制限はないが、例えばスチレン、α-メチルスチレン、o-メチルスチレン、m-メチルスチレン、p-メチルスチレンなどを挙げることができる。これらの中でも好ましくはスチレンである。
【0067】
ポリオレフィンワックス(b)の例には、エチレン、プロピレン、1-ブテン、1-ヘキセン、4-メチル-1-ペンテン、1-デセンなどのα-オレフィンの単独重合体または2種以上のα-オレフィンを共重合したエチレン系ワックス、プロピレン系ワックス、4-メチル-1-ペンテン系ワックスなどが含まれる。これらのポリオレフィンワックスの中では、エチレンを主成分とするエチレン系ワックスが好適である。
【0068】
ポリオレフィンワックス(b)の数平均分子量は、400〜12000であることが好ましく、500〜5000であることがさらに好ましく、600〜2000であることが特に好ましい。ポリオレフィンワックス(b)の分子量が低すぎると、熱可塑性樹脂(B)が、樹脂組成物から必要以上にブリードアウトし易くなる可能性がある。一方で分子量が高すぎると、樹脂組成物の溶融粘度の向上効果が不充分になることがある。
【0069】
ポリオレフィンワックス(b)の数平均分子量は、下記の様な条件でのGPC測定で求めることができる。
装置 : ゲル浸透クロマトグラフAlliance GPC2000型(Waters社製)
溶剤 : o−ジクロロベンゼン
カラム: TSKgelカラム(東ソー社製)×4
流速 : 1.0 ml/分
試料 : 0.15mg/mL o−ジクロロベンゼン溶液
温度 : 140℃
検量線: 市販の単分散標準ポリスチレンを用いて作成。
分子量換算 : PE換算/汎用較正法
【0070】
なお、汎用較正の計算には、以下に示すMark−Houwink粘度式の下記の係数を用い得る。
ポリスチレン(PS)の係数:KPS=1.38×10−4,aPS=0.70
ポリエチレン(PE)の係数:KPE=5.06×10−4,aPE=0.70
【0071】
熱可塑性樹脂(B)は、上述のように、ポリオレフィンワックス(b)に芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物を導入することにより得られる。
【0072】
ポリオレフィンワックス(b)は、例えば対応するオレフィンを低圧や中圧で重合することによって得られる。重合に用いる重合触媒の例には、特開昭57−63310号公報、特開昭58−83006号公報、特開平3−706号公報、特許第3476793号公報、特開平4−218508号公報、特開2003−105022号公報等に記載されているマグネシウム担持型チタン触媒や、国際公開第01/53369号、国際公開第01/27124号、特開平3−193796号公報あるいは特開平2−41303号公報などに記載のメタロセン触媒などを代表例とする遷移金属含有オレフィン重合用触媒が好適に用いられる。また、ポリオレフィンワックス(b)は、対応するポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン重合体を常法により熱分解やラジカル分解することによって得ることもできる。
【0073】
また、ポリオレフィンワックス(b)への芳香族構造の導入方法としては、前述のニトリルや過酸化物などのラジカル発生剤の存在下で、ポリオレフィンワックス(b)と芳香族炭化水素構造を有するビニル化合物とを反応させる方法の他、上記のオレフィン重合体とポリスチレンなどの芳香族ビニル化合物の重合体の共存下、これらの成分を熱分解やラジカル分解する方法も好適な例の一つである。熱分解反応やラジカル分解反応は、分解反応が優勢ではあるが、再結合反応も併発していることが予想される。このため、このような方法を用いれば、ポリオレフィン骨格に芳香族構造を導入することも可能である。
【0074】
本発明のポリエステル樹脂組成物における熱可塑性樹脂(B)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、0.1〜10質量部であることが好ましい。熱可塑性樹脂(B)の含有量が上述の上限値と下限値の範囲内であれば、樹脂組成物の溶融粘度を低くし、樹脂組成物中における共重合体(C)の分散性が向上し、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)との反応が均一に進行しやすくなる。そして、熱可塑性樹脂(B)が本来有する離型性と射出流動性の向上効果を保持したまま、樹脂組成物の機械強度が向上するからである。熱可塑性樹脂(B)を10質量部以上の割合で含む場合、ブリードアウトにより外観が悪化すると共に、機械特性が損なわれる場合があるため、好ましくない。
【0075】
本発明のポリエステル樹脂組成物における熱可塑性樹脂(B)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)、カーボンブラック(G)および繊維状の無機充填材(D)の合計量100質量部に対して0.1〜10質量部であることが好ましく、0.5〜3質量部であることがより好ましい。
【0076】
また、本発明のポリエステル樹脂組成物における熱可塑性樹脂(B)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)および共重合体(C)の合計量100質量部に対して0.1〜15質量部であることが好ましく、0.5〜10質量部であることがより好ましい。熱可塑性樹脂(B)の含有量が一定以上であれば、共重合体(C)を含む樹脂組成物の溶融粘度を低くし、共重合体(C)の分散性を高めやすい。一方、熱可塑性樹脂(B)の含有量が一定以下であれば、ブリードアウトや機械特性の低下を抑制しうる。
【0077】
本発明のポリエステル樹脂組成物における、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)および共重合体(C)の合計量は、樹脂組成物全体100質量部に対して30質量部以上であることが好ましく、50質量部以上であることがより好ましい。
【0078】
本発明のポリエステル樹脂組成物は、ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)とともに、熱可塑性樹脂(B)をさらに含有することで、樹脂組成物の成形性が改良される。その改良メカニズムは特に限定されないが、以下のように推定されうる。共重合体(C)とポリエステル樹脂(A)とが反応すると、分岐状のポリマーが生成する。それにより、樹脂組成物の溶融粘度が上昇する。このとき、共重合体(C)が十分に分散していない場合には、溶融粘度が局所的に上昇して、さらに局所的に発熱が生じる。そのため、不均一に過度な分岐構造(架橋)が生じ易くなり、射出流動性の低下や、樹脂組成物の結晶性の低下による離型性の低下が生じる。
【0079】
これに対して、本発明のポリエステル樹脂組成物には、前述の共重合体(C)とともに、熱可塑性樹脂(B)をさらに含むことによって、共重合体(C)の分散性が向上されている。そのため、樹脂組成物の局所的な粘度上昇や不均一な分岐構造の発生を抑えることができる。そのため、樹脂組成物の離型性や射出流動性が向上して、成形性が改良されると考えられる。
【0080】
さらに、本発明のポリエステル樹脂組成物は、共重合体(C)とともに、芳香族炭化水素構造(例えばポリスチレン骨格)を有する熱可塑性樹脂(B)とを含むことで、ポリエステル樹脂組成物の成形物の機械特性が改良される。その改良メカニズムは特に限定されないが、熱可塑性樹脂(B)の作用によって樹脂組成物中の共重合体(C)の分散性が向上し、その結果、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)との反応が均一に進行しやすくなる。その結果、熱可塑性樹脂(B)が本来有する離型性を保持したまま、機械強度が向上すると考えられる。さらに、共重合体(C)の分散性が向上することで、均一な分岐構造が得られやすくなり、射出成形時間に左右されない安定した機械物性が得られると考えられる。
【0081】
1−4.無機充填材(D)
無機充填材(D)は、公知の無機充填材を用いることができる。具体的には、繊維状、粉状、粒状、板状、針状、クロス状またはマット状であり、かつ高いアスペクト比を有する無機充填材を用いることが好ましい。具体的には、ガラス繊維、カルボニル構造を有する無機化合物(例えば、炭酸カルシウムなどの炭酸塩のウィスカーなど)、ハイドロタルサイト、チタン酸カリウム等のチタン酸塩、ワラストナイト、ゾノトライト、ホウ酸アルミニウムウィスカー、硫酸マグネシウムウィスカー、セピオライト、酸化亜鉛ウィスカー、ミルドファイバー、カットファイバーなどを挙げることができる。これらのうちの1種を単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
【0082】
なかでも、繊維状の無機充填材(繊維状強化材ともいう)が好ましく、その例には、ガラス繊維、ワラストナイト、チタン酸カリウムウィスカー、炭酸カルシウムウィスカー、ホウ酸アルミニウムウィスカー、硫酸マグネシウムウィスカー、セピオライト、ゾノトライト、酸化亜鉛ウィスカー、ミルドファイバー、カットファイバーなどが含まれる。
【0083】
繊維状の無機充填材は、好ましくはガラス繊維(BG)、カルボニル構造を有する無機化合物(BW)でありうる。これらの無機充填材は、シリコーン化合物等の公知の化合物で処理されていても良い。特にシリコーン化合物で処理されたガラス繊維は好ましい態様の一つである。
【0084】
また、ポリエステル樹脂組成物の成形物の表面平滑性を高める観点では、繊維状の無機充填材は、好ましくはワラストナイト、チタン酸カリウムウィスカーからなる群から選ばれる少なくとも1種でありうる。ワラストナイト、チタン酸カリウムウィスカーは、繊維径が比較的小さいためである。成形物の表面平滑性を高めるためには、使用する繊維状の無機充填材のサイズを可能な限り小さくすることが好ましく、特に繊維径が小さいことが望ましい。成形物の表面平滑性を悪化させる要因の一つに、樹脂成分と繊維状の無機充填材の収縮率差が挙げられ、繊維状の無機充填材の繊維径が小さければ、表面平滑性は損なわれ難い傾向を示す。成形物の表面平滑性が高いポリエステル樹脂組成物は、例えば後述するようなカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物として好適である。
【0085】
無機充填材(D)の平均長さは、好ましくは10mm以下、より好ましくは5mm以下、さらに好ましくは300μm以下、特に好ましくは100μm以下、最も好ましくは50μm以下である。例えば、当該平均長さが300μm以下であると、本発明のポリエステル樹脂組成物の成形物の寸法安定性が高まりやすく、寸法変化の異方性が低く、表面平滑性が高まりやすい。また、当該樹脂組成物をカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物として用いた場合に、成形物からのパーティクルの発生が抑制される。無機充填材(D)の平均長さの下限値に特に制限はないが、好ましくは0.1μmであり、より好ましくは10μmでありうる。
【0086】
無機充填材(D)の平均長さは、以下の方法により測定することができる。即ち、無機充填材を水に分散させ、光学顕微鏡(倍率:50倍)で任意の300本それぞれの繊維長(Li)を計測し、繊維長がLiである繊維の本数をqiとし、次式に基づいて重量平均長さ(Lw)を算出し、これを無機充填材の平均長さとする。
重量平均長さ(Lw)=(Σqi×Li)/(Σqi×Li)
【0087】
無機充填材(D)のアスペクト比(L平均繊維長/D平均繊維径)は、1〜500であることが好ましく、10〜350であることがより好ましく、1〜100であることがさらに好ましく、5〜70であることが特に好ましい。このような範囲にある無機充填材を使用すると、成形物の強度の向上や線膨張係数の低下などの面で好ましい。
【0088】
無機充填材(D)は、異なる長さや異なるアスペクト比を有する二種以上の無機充填材を組み合わせて用いてもよい。
【0089】
長さやアスペクト比が相対的に大きい無機充填材(DL)として、具体的には、前述のガラス繊維、ワラストナイト(珪酸カルシウム)等の珪酸塩、チタン酸カリウムウィスカーなどのチタン酸塩等を挙げることができる。これらの中でもガラス繊維が好ましい。
【0090】
無機充填材(DL)の長さの好ましい下限値は、15μm、好ましくは30μm、より好ましくは50μmである。一方、好ましい上限値は10mm、より好ましくは8mm、さらに好ましくは6mm、特に好ましくは5mmである。特にガラス繊維の場合、好ましい下限値は500μm、より好ましくは700μm、さらに好ましくは1mmである。
【0091】
無機充填材(DL)のアスペクト比の好ましい下限値は20、より好ましくは50、さらに好ましくは90である。一方、好ましい上限値は500、より好ましくは400、さらに好ましくは350である。
【0092】
長さやアスペクト比が前述の無機充填材よりも相対的に小さい無機充填材(DS)の例としては、カルボニル基を有する無機充填材(BW)が好ましい例として挙げられ、具体的には炭酸カルシウムなどの炭酸塩のウィスカーを挙げることができる。
【0093】
上記のカルボニル基を有する無機充填材のアスペクト比は、好ましくは1〜300、より好ましくは5〜200、更に好ましくは10〜150である。
【0094】
本発明のポリエステル樹脂組成物における無機充填材(D)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、1〜50質量部であることが好ましく、10〜50質量部であることがより好ましい。無機充填材(D)の含有量が上述の下限値以上であれば、射出成形時やはんだリフロー工程で成形物が変形することが無くなる傾向があるからである。また上述の上限値以下であれば、成形性および外観が良好な成形品を得ることができるからである。
【0095】
本発明のポリエステル樹脂組成物における繊維状の無機充填材(D)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)、カーボンブラック(G)および繊維状の無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、20〜50質量部の範囲内であり、25〜45質量部の範囲内であることが好ましい。樹脂組成物のリフロー耐熱性を高め、成形物の低異方性を改善することができる。また、成形物の表面を平滑にし、低埃性を改善する。
【0096】
本発明のポリエステル樹脂組成物が無機充填材(D)をさらに含むことで、成形物の機械的強度や耐熱性を高めることができる。さらに、長さやアスペクト比が異なる無機充填材(DL)と無機充填材(DS)を組み合わせるとベースポリマーへの無機充填材の分散性が改良され、またベースポリマーと無機充填材との親和性が向上することにより、耐熱性、機械強度などを効率的に向上させると考えられる。
【0097】
1−5.難燃剤(E)
難燃剤(E)は、樹脂の燃焼性を低下させる目的で添加されうる。アンダーライターズ・ラボラトリーズ・スタンダードUL94で規定されている、V−0といった高い難燃性や耐炎性が要求されることが多い電気電子部品、表面実装部品の樹脂組成物に適用するには、難燃剤を配合した樹脂組成物とすることが好ましい。
【0098】
難燃剤(E)には公知のものを使用することができ、特に限定されるものではない。難燃剤(E)の例には、ハロゲン化合物、リン酸塩化合物、リン酸エステル化合物、水酸化金属化合物、シリコーン化合物、窒素化合物などが含まれる。少量の添加で高い難燃効果が得られ、高い機械物性が得られる点で、難燃剤を、臭素化ポリスチレン、ポリ臭素化スチレン、臭素化ポリフェニレンエーテル、リン酸化合物の金属塩、ホスファゼン化合物、ポリリン酸メラミンとすることが好ましい。臭素化ポリスチレン、ポリ臭素化スチレン、リン酸化合物のアルミニウム塩とすることがより好ましい。なかでも、難燃剤(E)としては、臭素化ポリスチレンまたはポリ臭素化スチレンを用いることが好ましい。
【0099】
難燃剤(E)である臭素化ポリスチレンは、ポリスチレンまたはポリα−メチルスチレンの臭素化物である。スチレンまたはα-メチルスチレンを原料として重合反応させてポリスチレンなどとした後、さらに臭素化して得られた臭素化ポリスチレンは、芳香族環を形成する炭素原子に結合した水素原子の一部が臭素原子で置換されている。さらに製造方法によっては、ポリマーの主骨格をなすアルキル鎖を形成する炭素原子に結合する水素原子の一部も、臭素原子で置換されていることもある。難燃剤(E)は、芳香族環を形成する炭素原子に結合した水素原子の一部が臭素原子で置換されており、かつポリマーの主骨格をなすアルキル鎖を形成する炭素原子に結合した水素原子は実質的に臭素原子で置換されていない臭素化ポリスチレンであることが好ましい。さらに難燃剤(E)である臭素化ポリスチレンの臭素含有量は、65〜71質量%であることが好ましく、67〜71質量%であることがさらに好ましい。
【0100】
ポリマーの主骨格をなすアルキル鎖を形成する炭素原子に結合した水素原子が実質的に臭素原子で置換されていないとは、ポリマーの主骨格をなすアルキル鎖を形成する炭素原子に結合した水素原子のうち、臭素原子で置換されている割合が、0〜0.5質量%、好ましくは0〜0.2質量%であることをいう。このような臭素化ポリスチレンは、熱安定性が高く、さらにはそれを用いて得られた樹脂組成物やその成形品の熱安定性も向上する。
【0101】
本発明のポリエステル樹脂組成物における難燃剤(E)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、10〜40質量部であることが好ましく、さらには10〜30質量部であることがより好ましい。難燃剤(E)の含有量が上述の下限値以上であれば、安定した難燃性が得られるからである。
【0102】
1−6.難燃助剤(F)
難燃助剤(F)は、難燃剤(E)とともに配合されることで、難燃剤(E)の難燃化作用を高めるものであればよく、公知のものを使用することができる。難燃助剤(F)の具体例には、三酸化アンチモン、四酸化アンチモン、五酸化アンチモン、アンチモン酸ナトリウムなどのアンチモン化合物;ホウ酸亜鉛、スズ酸亜鉛、リン酸亜鉛などの亜鉛化合物;ホウ酸カルシウム、モリブデン酸カルシウムなどが含まれる。これらを単独または2種類以上を組合せて使用してもよい。これらの中で、アンチモン酸ナトリウム、ホウ酸亜鉛、リン酸亜鉛が好ましい。また成形時の熱安定性の観点からアンチモン酸ナトリウム、ホウ酸亜鉛の無水物(2ZnO・3B)が好ましい。
【0103】
さらに難燃助剤(F)は、アンチモン酸ナトリウム(F1)と、ホウ酸亜鉛の無水物(2ZnO・3B)(F2)との組み合せであることが好ましい。組み合わせて使用することにより、少量の難燃剤(E)でUL94−V0規格が達成されうる。難燃助剤(F)がアンチモン酸ナトリウム(F1)とホウ酸亜鉛の無水物(F2)の組合せであるときに、互いの質量比率(F1/F2)は、通常は100/0〜1/99であり、好ましくは99/1〜30/70であり、さらに好ましくは90/10〜50/50である。
【0104】
本発明のポリエステル樹脂組成物における難燃助剤(F)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、1〜20質量部であることが好ましく、1〜10質量部であることがより好ましい。難燃助剤(F)の含有量が上述の下限値以上であれば、安定した難燃性が得られるからである。
【0105】
難燃助剤(F)がアンチモン酸ナトリウム(F1)とホウ酸亜鉛の無水物(F2)とを含む場合、本発明のポリエステル樹脂組成物におけるアンチモン酸ナトリウム(F1)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、通常は0〜20質量部であり、好ましくは0.1〜10質量部である。一方、ホウ酸亜鉛の無水物(F2)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、熱可塑性樹脂(B)、共重合体(C)および無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、通常は0〜10質量部であり、好ましくは0.1〜5質量部であり、より好ましくは0.1〜3質量部である。
【0106】
本発明のポリエステル樹脂組成物が難燃剤(E)や難燃助剤(F)をさらに含むことで、成形物に良好な難燃性を付与することができる。即ち、所定量の難燃剤(E)としての臭素化ポリスチレンまたはポリ臭素化スチレンと、所定量の難燃助剤(F)とを併用することで、樹脂の燃焼時間や残炎時間を短くすることができ、高いレベルの難燃性を付与できると考えられる。それにより、前述した共重合体(C)を含有させることによるドリップ防止効果と、特定の難燃処方とにより、安定したV−0特性が得られると考えられる。
【0107】
1−7.カーボンブラック(G)
本発明のポリエステル樹脂組成物は、例えば後述するカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物として用いられる場合、カーボンブラック(G)をさらに含みうる。カーボンブラック(G)は、樹脂組成物を黒色に着色する着色剤として機能しうる。
【0108】
カーボンブラック(G)の種類は特に限定されず、樹脂着色に用いられる一般的に入手可能なものを使用することできる。市販品としては、例えば、三菱化学社製の「#980B」やキャボット社製の「REGAL99I」などが挙げられる。
【0109】
本発明のポリエステル樹脂組成物におけるカーボンブラック(G)の含有量は、ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)、カーボンブラック(G)および繊維状の無機充填材(D)の合計量100質量部に対して、0.5〜5.0質量部の範囲内であることが好ましく、0.8〜2.0質量部の範囲内であることがより好ましい。カーボンブラック(G)を上記範囲で含有すると、光遮蔽性に一層優れたカメラモジュール構成部材を得ることができる。そのため、外部の光がカメラモジュール構成部材を通してカメラモジュールの撮像素子へ漏れ込むのを防ぐことができる。一方、カーボンブラック(G)の含有量が高すぎると、樹脂組成物の成形性が低下したり、成形物の絶縁性や機械的特性等が低下したりする場合がある。
【0110】
1−8.任意の添加剤
本発明のポリエステル樹脂組成物は、発明の効果を損なわない範囲で、用途に応じて、以下の添加剤、すなわち、酸化防止剤(フェノール類、アミン類、イオウ類、リン類等)、耐熱安定剤(ラクトン化合物、ビタミンE類、ハイドロキノン類、ハロゲン化銅、ヨウ素化合物等)、光安定剤(ベンゾトリアゾール類、トリアジン類、ベンゾフェノン類、ベンゾエート類、ヒンダードアミン類、オザニリド類等)、他の重合体(ポリオレフィン類、エチレン・プロピレン共重合体、エチレン・1−ブテン共重合体等のオレフィン共重合体、プロピレン・1−ブテン共重合体等のオレフィン共重合体、ポリスチレン、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリスルフォン、ポリフェニレンオキシド、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、LCP等)、難燃剤(臭素系、塩素系、リン系、アンチモン系、無機系等)、蛍光増白剤、可塑剤、増粘剤、帯電防止剤、離型剤、着色剤、顔料、結晶核剤、種々公知の配合剤を含有することができる。
【0111】
また、本発明のポリエステル樹脂組成物におけるこれらの添加剤の含有量は、その成分の種類によって異なるが、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)の合計100質量部、またはポリエステル樹脂(A)と熱可塑性樹脂(B)と共重合体(C)の合計100質量部に対して、0〜10質量部であることが好ましく、0〜5質量部であることがより好ましく、0〜1質量部であることがさらに好ましい。
【0112】
本発明のポリエステル樹脂組成物を、他の成分と組み合わせて使用する場合に、上記添加剤の選択が重要になる場合がある。例えば、組合せ使用する他の成分に触媒などが含まれる場合、上記の添加剤に触媒毒になる成分や元素が含まれている物は避けることが好ましいのは自明である。上記のような避けた方が好ましい添加剤としては、例えば、リンや硫黄などを含む成分を挙げることができる。
【0113】
前述の通り、本発明のポリエステル樹脂組成物は、成形性に優れる。しかも、本発明のポリエステル樹脂組成物から得られる成形体は、機械特性(強度、靱性)やリフロー耐熱性が良好で、しかも低吸水性のため寸法安定性に優れる。そのため、本発明のポリエステル樹脂組成物は、このような特性を活かせる用途;例えば電気電子部品用材料または自動車機構部品用材料などとして好ましく使用されうる。即ち、本発明のポリエステル樹脂組成物を射出成形して得られる成形体は、例えば電気電子部品や自動車機構部品を構成しうる。
【0114】
また、本発明のポリエステル樹脂組成物に含まれるポリエステル樹脂(A)は、溶融液晶性を示さない非液晶性のポリエステル樹脂(A)でありうる。そのようなポリエステル樹脂組成物は、成形物のフィブリル化が抑制され、パーティクルのような微細粒子の発生も抑制されうる。そのようなポリエステル樹脂組成物は、電気電子部品や自動車機構部品などの摺動部材に用いられるポリエステル樹脂組成物、好ましくはカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物として好適である。
【0115】
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【0116】
2.ポリエステル樹脂組成物の製造方法
本発明のポリエステル樹脂組成物は、上記の各成分を、公知の方法、例えばヘンシェルミキサー、Vブレンダー、リボンブレンダー、タンブラーブレンダーなどで混合する方法、あるいは混合後さらに一軸押出機、多軸押出機、ニーダー、バンバリーミキサーなどで溶融混練後、造粒あるいは粉砕する方法により製造することができる。
【0117】
溶融混練は、ポリエステル樹脂(A)の融点より5℃〜30℃高い温度で行う。溶融混練温度の好ましい下限値は255℃、更に好ましくは275℃とすることができ、好ましい上限値は、360℃、更に好ましくは340℃とすることができる。
【0118】
3.用途
本発明のポリエステル樹脂組成物の成形物は、前述の通り、良好な機械的特性と成形性とを有する。そのため、本発明のポリエステル樹脂組成物の成形物は、種々の電気電子部品や自動車機構部品などに好ましく用いることができる。なかでも、本発明のポリエステル樹脂組成物の成形物は、表面平滑性が高く、低パーティクル性を有しうることから、電気電子部品や自動車機構部品などにおける摺動部材に好ましく用いることができる。
【0119】
摺動部材とは、互いに(相対的に)摺動する2以上の部材のうち一以上を示す。摺動には、後述する図1に示されるようなねじ込む動作も含まれる。例えば、後述の図1に示されるカメラモジュールにおける摺動部材は、バレルとホルダの一方または両方を示す。摺動部材を有する部品の例には、カメラモジュール、電気用品、事務機・動力機器の軸受け、各種ギア、カム、ベアリング、メカニカルシールの端面材、バルブの弁座、Vリング、ロッドパッキン、ピストンリング、圧縮機の回転軸・回転スリーブ、ピストン、インペラー、ベーン、ローターなどが含まれる。即ち、本発明のポリエステル樹脂組成物は、摺動部材用ポリエステル樹脂組成物;好ましくはカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物として用いられうる。
【0120】
本発明のカメラモジュールは、その構成部品の一部に本発明のポリエステル樹脂組成物が含まれていることを特徴とする。カメラモジュールの例が、図1に示される。図1に示されるカメラモジュールは、基板1と、基板1に実装された撮像素子2と、撮像素子2を囲むように基板1に配置されたホルダ5と、ホルダ5の上部の螺旋部で回転可能に設けられている円筒状のバレル4と、バレル4円筒内部に取り付けられたレンズ3と、レンズ3と撮像素子2との間に設けられたIRフィルタ6とを有する。撮像素子2は、CCDやCMOSなどでありうる。
【0121】
レンズ3を通過した光は、IRフィルタ6を通って撮像素子2に入光する。ここで、バレル4が回転することにより、レンズ3と撮像素子2との距離が変化するので、カメラモジュールのフォーカスを調整することができる。
【0122】
本発明のカメラモジュールは、バレルおよびホルダの少なくとも一方に本発明のポリエステル樹脂組成物が含まれていることが好ましい。バレルおよびホルダの両方に本発明のポリエステル樹脂組成物が含まれていてもよいし、一方だけに本発明のポリエステル樹脂組成物が含まれていてもよい。
【0123】
バレルとホルダとが一体化されていてもよい。バレルとホルダとの一体化物を、本発明のカメラモジュール用ポリエステル樹脂組成物で成形してもよい。
【0124】
本発明のポリエステル樹脂組成物を含むカメラモジュール部品は、ポリエステル樹脂組成物を、例えば射出成形することで得ることができる。
【実施例】
【0125】
以下において、実施例および比較例を参照してさらに本発明を説明する。本発明の技術的範囲は、これらによって限定して解釈されない。
【0126】
ポリエステル樹脂(A)
(ポリエステル樹脂(A)の製造)
ジメチルテレフタレート106.2部、1,4-シクロヘキサンジメタノール(シス/トランス比:30/70)94.6部にテトラブチルチタネート0.0037部を加え、150℃から300℃まで3時間30分かけて昇温して、エステル交換反応をさせた。
【0127】
前記エステル交換反応終了時に、1,4-シクロヘキサンジメタノールに溶解した酢酸マグネシウム・四水塩0.066部を加えて、引き続きテトラブチルチタネート0.1027部を導入して重縮合反応を行った。重縮合反応は、常圧から1Torrまで85分かけて徐々に減圧し、同時に所定の重合温度300℃まで昇温し、温度と圧力を保持した。所定の撹拌トルクに到達した時点で反応を終了して、生成した重合体を取り出した。さらに、得られた重合体を260℃、1Torr以下で3時間固相重合を行なった。得られた重合体(ポリエステル樹脂(A))の[η]は0.6dl/g、融点は290℃であった。
【0128】
比較用樹脂
(ポリアミド樹脂の製造)
テレフタル酸4819.4g(29.01モル)、1,9-ジアミノノナンと2-メチル-1,8-ジアミノオクタンの混合物〔前者/後者=70/30(モル比)〕4772.4g(30.15モル)、安息香酸241.8g(1.98モル)、次亜リン酸ナトリウム一水和物9.8gおよび蒸留水2.5リットルを内容積20リットルのオートクレーブに入れて窒素置換した。この混合物を100℃で30分間攪拌し、2時間かけてオートクレーブ内部の温度を220℃に昇温した。このとき、オートクレーブ内部の圧力は2MPaまで昇圧した。そのまま2時間反応を続けた後、230℃に昇温し、次いで2時間、230℃に温度を保ち、水蒸気を徐々に抜いて圧力を2MPaに保ちながら反応させた。次に、30分間かけて圧力を1MPaまで下げた。さらに、1時間反応させて、極限粘度[η]が0.14dl/gのプレポリマーを得た。
【0129】
これを100℃、減圧下で12時間乾燥し、2mm以下の粒径になるまで粉砕した。これを、230℃、13Pa(0.1mmHg)にて10時間固相重合し、融点が306℃、極限粘度[η]が0.78dl/gである白色のポリアミド樹脂を得た。
【0130】
熱可塑性樹脂(B)
(B1)低分子量熱可塑性樹脂:公知の固体状チタン触媒成分で得られたエチレン重合体系ワックスとスチレンとの混合物を公知のラジカル発生剤の存在下に反応させて、以下の低分子量熱可塑性樹脂(B1)を得た。
デカリン中135℃で測定した粘度 :0.10dl/g
140℃での溶融粘度 :1,100mPa・s
スチレン単位含有率 :60質量%
(B2)低分子量熱可塑性樹脂:公知の固体状チタン触媒成分で得られたエチレン重合体系ワックスとスチレンとの混合物を、公知のラジカル発生剤の存在下に反応させて、以下の低分子量熱可塑性樹脂(B2)を得た。
デカリン中135℃で測定した粘度 :0.11dl/g
140℃での溶融粘度 :1,200mPa・s
スチレン単位含有率 :20質量%
(比較用化合物)モンタン酸カルシウム:クラリアント社製 リコモントCaV102
【0131】
共重合体(C)
エチレン・メチルアクリレート・グリシジルメタクリレート共重合体(アルケマ社製 ロタダーAX8900)
【0132】
無機充填材(D)
無機充填材(D1):ガラス繊維:長さ3mm、アスペクト比300(セントラルガラス(株)製ECS03−615、シラン化合物処理品)
無機充填材(D2):ワラストナイト(NYCO社製 NYGLOS 4W)
無機充填材(D3):チタン酸カリウムウィスカー((株) クボタTXAX−MA)
無機充填材(D4):ガラス繊維(日本電気硝子(株)製ECS03T−790DE)
無機充填材(D5):ミルドファイバー(セントラル硝子(株)製EFH−100−31)
【0133】
難燃剤(E):臭素化ポリスチレン(アルベマール(株)製、商品名HP−3010、臭素含有量:68質量%)
【0134】
難燃助剤(F)
(F1)アンチモン酸ナトリウム(日本精鉱(株)製、商品名SA−A)
(F2)ホウ酸亜鉛(BORAX社製,FIREBRAKE 500)
【0135】
カーボンブラック(G):三菱化学株式会社製「#980B」
【0136】
(実施例1〜5、比較例1〜3)
表1に示される各成分を、表1に示される質量比にて混合した。この混合物を温度300℃に設定した二軸ベント付押出機に投入し、溶融混練して実施例1〜5、比較例1〜3の樹脂組成物(コンパウンド)を得た。なお、各成分の質量比は、合計で100質量%になるようにした。
【0137】
得られた樹脂組成物の物性(靭性、滞留安定性、離型性、射出流動性)を、以下の方法で評価した。その結果を表1に示す。
【0138】
[曲げ試験(靭性)]
下記の射出成形機を用い、下記条件で成形して長さ64mm、幅6mm、厚さ0.8mmの試験片を得た。なお、試験片の成形時には離型剤を用いた。この試験片を、温度23℃、窒素雰囲気下で24時間放置した。次いで、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気下で曲げ試験機:NTESCO社製 AB5、スパン26mm、曲げ速度5mm/分で曲げ試験を行い、曲げ強度、歪量、弾性率、およびその試験片を破壊するのに要するエネルギー(靭性)を測定した。なお、靱性の値が大きいほど靱性が良好であることを示す。
成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A
成形機シリンダー温度:融点(Tm)+10℃、金型温度:150℃
【0139】
[滞留安定性(曲げ試験)]
上記曲げ試験片(長さ64mm、幅6mm、厚さ0.8mm)の射出成形において、射出成形機シリンダー内での滞留時間を1.5分、3分、5分、7分の4条件で曲げ試験片を作製した。そして、上記と同様の曲げ試験を行い、4サンプルの曲げ強度の最大値と最小値の幅がその中間値の±1%未満の場合は1、±2%未満の場合は2、±2%以上の場合を3として評価した。
【0140】
[離型性]
上記曲げ試験片(長さ64mm、幅6mm、厚さ0.8mm)の射出成形において、離型剤などを用いずに、金型内での冷却時間を変更して成形を行った。そして、下記の条件にて離型できる最小の冷却時間を決定し、離型性の指標とした。なお、冷却時間が短いほど離型性が良好であることを示す。
成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A、
成形機シリンダー温度:融点(Tm)+10℃、金型温度:150℃。
【0141】
[射出流動性]
幅10mm、厚み0.5mmのバーフロー金型を使用して、下記の条件で射出し、金型内の樹脂の流動長(mm)を測定した。なお、流動長が長いほど射出流動性が良好であることを示す。
射出成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A
射出設定圧力:2000kg/cm、シリンダー設定温度:融点(Tm)+10℃、金型温度:150℃。
【表1】
【0142】
表1に示されるように、実施例1〜5は、離型性、射出流動長、靱性、滞留安定性が良好であった。このような結果について、理由は定かではないが、比較例との対比において以下のように考えることができる。
【0143】
実施例5と比較例1の結果より、低分子量熱可塑性樹脂(B1)と共重合体(C)を併用することにより、離型性および滞留安定性が向上することが確認された。これは、低分子量熱可塑性樹脂(B1)と共重合体(C)を併用することにより、樹脂組成物内において共重合体(C)が均一に分散された結果、ポリエステル樹脂(A)の一部に共重合体(C)による局所的な分岐構造の生成が抑制されたためと考えられる。一方、共重合体(C)のみを添加した比較例1では、局所的な分岐構造の生成が抑制されずに、組成分布が広い樹脂組成物ができたため、射出成形時の反応制御が困難になったものと考えられる。
【0144】
実施例2と比較例2の結果より、共重合体(C)を添加することにより、射出流動性や離型性を損なうことなく、靱性、滞留安定性が向上することが確認された。この結果は、共重合体(C)を添加したことにより、ポリエステル樹脂(A)とエラストマー成分である共重合体(C)が反応して高分子化したことで、加熱成形の際のポリエステル樹脂(A)の分子量の低下が抑制されたことに加え、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)の樹脂界面が補強され、十分な靭性改良効果が得られたためと考えられる。また、滞留安定性が向上したのは、低分子熱可塑性樹脂(B1)と共重合体(C)を組み合わせることにより、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)との反応が均一に進行しやすくなることで、ポリエステル樹脂(A)の分子量の低下が安定して抑制され、滞留時間による機械物性のバラつきが少なくなったためと考えられる。
【0145】
実施例1〜5と比較例3の結果より、低分子量熱可塑性樹脂(B1)を用いた方が、モンタン酸カルシウムを添加する場合よりも、離型性、射出流動性、滞留安定性が向上することが確認された。この結果は、低分子量熱可塑性樹脂(B1)を用いることで、樹脂組成物内における共重合体(C)の均一性が向上したことに起因するものと考えられる。
【0146】
(実施例6〜11、比較例4〜6)
表2に示される各成分を、表2に示す質量比にて混合し、温度300℃に設定した二軸ベント付押出機に投入し、溶融混練して実施例6〜11、比較例4〜6の樹脂組成物(コンパウンド)を得た。なお、各成分の質量比は、合計で100質量%になるようにした。
【0147】
得られた樹脂組成物の物性(靭性、滞留安定性、離型性、射出流動性、難燃性)を評価した。靭性、滞留安定性、離型性および射出流動性の評価は、前述と同様の方法で行い;難燃性の評価は、以下の方法で行った。その結果を、表2に示す。
【0148】
[燃焼性試験]
射出成形で調製した、厚み1/32インチ、幅1/2インチ 、長さ5インチの試験片を用いて、UL94規格(1991年6月18日付のUL Test No.UL94)に準拠して垂直燃焼試験を行い、難燃性を評価した。この際、試験中にドリップが生じるものは「あり」、ドリップが生じないサンプルは「なし」とし、結果を表2に記載した。
成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A
成形機シリンダー温度:融点(Tm)+10℃、金型温度:150℃。
【表2】
【0149】
表2に示されるように、実施例6〜11は、離型性、射出流動長、靱性、滞留安定性、難燃性が良好であった。このような結果について理由は定かではないが、比較例との対比において以下のように考えることができる。
【0150】
実施例7と比較例4の結果より、共重合体(C)を添加することにより、靱性、滞留安定性が向上すると共に、ドリップが防止されることで難燃性が改善されることが確認された。この結果は、共重合体(C)を添加したことにより、ポリエステル樹脂(A)とエラストマー成分である共重合体(C)が反応して高分子化したことで、加熱成形の際のポリエステル樹脂(A)の分子量の低下が抑制されたことに加え、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)の樹脂界面が補強され、十分な靭性改良効果が得られたためと考えられる。またポリエステル樹脂(A)が分岐構造を伴って高分子量化するために、樹脂の溶融張力が向上し、ドリップ防止に寄与したと考えられる。滞留安定性が向上したのは、低分子熱可塑性樹脂と共重合体(C)を組み合わせることにより、ポリエステル樹脂(A)と共重合体(C)との反応が均一に進行しやすくなることで、ポリエステル樹脂(A)の分子量の低下が安定して抑制され、滞留時間による機械物性のバラつきが少なくなったためと考えられる。
【0151】
実施例6〜11と比較例4および5との結果より、低分子量熱可塑性樹脂(B1)と共重合体(C)を併用することにより、離型性および滞留安定性が向上することが確認された。この結果は、低分子量熱可塑性樹脂(B1)と共重合体(C)を併用することにより、樹脂組成物内において共重合体(C)が均一に分散された結果、ポリエステル樹脂(A)の一部に共重合体(C)による局所的な分岐構造の生成が抑制されたためと考えられる。一方、共重合体(C)または低分子量熱可塑性樹脂(B1)の一方のみを添加した比較例4および5では、局所的な分岐構造の生成が抑制されにくく、組成分布が広い樹脂組成物ができたため、射出成形時の反応制御が困難になったものと考えられる。
【0152】
実施例6〜11と比較例6の結果より、低分子量熱可塑性樹脂(B1)を用いた方が、モンタン酸カルシウムを添加する場合よりも、射出流動性、滞留安定性が向上することが確認された。この結果は、低分子量熱可塑性樹脂(B1)を用いることで、樹脂組成物内における共重合体(C)の均一性が向上したことに起因するものと考えられる。一方、比較例6では、モンタン酸カルシウムが酸補足剤としても働き、難燃剤から生じる酸(HBr)を補足してカルボキシル基が生成され、このカルボキシル基が共重合体(C)のエポキシ基と反応したことで離型効果が低下したと考えられる。
【0153】
(実施例12)
ポリエステル樹脂(A)、共重合体(C)、カーボンブラック(G)、繊維状の無機充填材(D)、熱可塑性樹脂(B)を、表3に示す割合でタンブラーブレンダーを用いて混合した。混合物を、二軸押出機(株)日本製鋼所製 TEX30αにてシリンダー温度を樹脂の融点より15℃高い温度で原料を溶融混錬後、ストランド状に押出し、水槽で冷却後、ペレタイザーでストランドを引き取り、カットすることでペレット状組成物を得た。すなわち良好なコンパウンド性を示した。
【0154】
(実施例13〜21、比較例7)
表3に示す組成とした以外は実施例12と同様にして樹脂組成物を調製した。
【0155】
得られたポリエステル樹脂組成物について、各物性を以下の方法で評価した。その結果を表3に示す。
【0156】
[薄肉曲げ試験]
下記射出成形機を用い、下記成形条件で調製した長さ64mm、幅6mm、厚さ0.8mmの試験片を、温度23℃、窒素雰囲気下で24時間放置した。次いで、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気下で、曲げ試験機(NTESCO社製 AB5)で、スパン26mm、曲げ速度5mm/分で曲げ試験を行い、試験片の強度、弾性率、およびたわみ量を測定した。
成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A
成形機シリンダー温度:融点(Tm)+10℃、金型温度:150℃
【0157】
[リフロー耐熱性]
下記射出成形機を用い、下記の成形条件で調製した長さ64mm、幅6mm、厚さ0.8mmの試験片を、温度40℃、相対湿度95%で96時間調湿した。
成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A
成形機シリンダー温度:融点(Tm)+10℃、金型温度:150℃
エアーリフローはんだ装置(エイテックテクトロン(株)製AIS−20−82−C)を用いて、図2に示す温度プロファイルのリフロー工程を行った。
【0158】
上記調湿処理を行った試験片を、厚み1mmのガラスエポキシ基板上に載置すると共に、この基板上に温度センサーを設置して、プロファイルを測定した。図1において、所定の速度で温度230℃まで昇温した。次いで20秒間で所定の温度(aは270℃、bは265℃、cは260℃、dは255℃、eは250℃)まで加熱した後230℃まで降温した場合において、試験片が溶融せず、且つ表面にブリスターが発生しない設定温度の最大値を求め、この設定温度の最大値をリフロー耐熱温度とした。
【0159】
[流動性]
幅10mm、厚み0.5mmのバーフロー金型を使用して以下の条件で射出し、金型内の樹脂の流動長(mm)を測定した。
射出成形機:(株)ソディック プラステック、ツパールTR40S3A
射出設定圧力:2000kg/cm、シリンダー設定温度:融点(Tm)+10℃
金型温度:150℃
【0160】
[寸法安定性]
得られた樹脂組成物を、住友重機械工業製SE50型成形機を用いて、使用した樹脂の融点より10℃高い温度でMD方向長さ50mm、TD方向長さ30mm、厚さが0.6mmの試験片を射出成形した。金型の温度は150℃とした。用いた金型は、MD方向の間隔が40mmとなる一対の平行線、TD方向の間隔が20mmとなる一対の平行線形状の凹部が形成されている物を用いた。
【0161】
上記の試験片に形成された線状部の、MD方向間距離およびTD方向間距離を測定し、金型で設定された線間隔を基準とした収縮の割合(成形直後の割合)を、式『(金型寸法−成形品寸法)/金型寸法』にて求めた。
【0162】
次いで、上記のサンプルを温度40℃、相対湿度95%で96時間調湿し、得られたサンプルの寸法変化量をMD方向とTD方向とでそれぞれ測定し、寸法変化率(吸水寸法変化率)を、式『(吸水後の寸法 − 吸水前の寸法)/吸水前の寸法』にて求めた。
【0163】
[表面平滑性]
得られた樹脂組成物を住友重機械工業製SE50型成形機を用いて、使用した樹脂の融点より10℃高い温度で、幅30mm、長さ30mm、厚さが0.3mmの試験片を射出成形した。金型の温度は150℃とした。ブルカーAXS社製表面形状測定(WYKO)「NT1100」を用いて表面粗度を測定した。測定条件として、測定モードをVSI,測定範囲を1.2mm×0.9mm、補正をTiltとした。
【0164】
[光透過性]
得られた樹脂組成物を住友重機械工業製SE50型成形機を用いて、使用した樹脂の融点より10℃高い温度で、幅30mm、長さ30mm、厚さが0.5mmの試験片を射出成形した。金型の温度は150℃とした。日立製分光光度計「U−4000」を用いて得られた平板の波長1000nmでの光透過係数を測定した。
【表3】
【0165】
比較例7の樹脂組成物は、ポリアミド樹脂を含み、ポリエステル樹脂(A)を含まない。そのため、吸水寸法変化量が大きく、寸法安定性(特に、吸水による寸法安定性)が悪いことがわかる。一方、実施例12〜21の樹脂組成物は、ポリエステル樹脂(A)を含む。そのため、吸水寸法変化量が小さく、寸法安定性がよいことがわかる。
【0166】
特に、実施例12〜16は、耐熱性、流動性、表面平滑性、光透過性とも優れた結果となっている。実施例17は、繊維状の無機充填材(D)の量が少なめであり、耐熱性がやや低下していることがわかる。実施例18は、繊維状の無機充填材(D)の量が多めであり、流動性がやや低下していることがわかる。実施例19は、繊維状の無機充填材(D)がガラス繊維であり、成形物の表面平滑性が低下していることがわかる。実施例20は、ミルドファイバーを含み、成形物の表面平滑性が低下していることがわかり、かつ寸法変化率が高まっていることがわかる。特に、TD方向の吸水後の変化率が高まり、異方性が生じていることがわかる。実施例21では、カーボンブラック(G)の含有量が少なめであるため、光透過性が高まる(光遮蔽率が低下している)ことがわかる。
【0167】
本出願は、2012年11月19日出願の特願2012−253430、2012年11月21日出願の特願2012−255663、および2013年7月4日出願の特願2013−140533に基づく優先権を主張する。当該出願明細書および図面に記載された内容は、すべて本願明細書に援用される。
【産業上の利用可能性】
【0168】
本発明のポリエステル樹脂組成物は、前述の通り、良好な機械的特性と成形性とを有する。そのため、本発明のポリエステル樹脂組成物の成形物は、種々の電気電子部品や自動車機構部品などに好ましく用いることができる。具体的には、本発明のポリエステル樹脂組成物は、カメラモジュールの構成部品、特にカメラモジュールのバレルとホルダの成形材料として好適である。
【符号の説明】
【0169】
1 基板
2 撮像素子
3 レンズ
4 バレル
5 ホルダ
6 IRフィルタ
図1
図2