(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、前記クロム系表面処理工程後の前記鋼箔の表面に、ポリオレフィン樹脂層を形成するポリオレフィン樹脂層の形成工程を含むことを特徴とする請求項6または7に記載の蓄電デバイス容器用鋼箔の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
蓄電デバイス容器用鋼箔を用いて製造される蓄電デバイス用容器は、クロム系表面処理層が形成された金属基材に、さらにポリオレフィン樹脂層が形成されたものが一般的に使用される。本実施形態においては、3価クロム処理やクロメート処理などのクロム系表面処理によって形成された表面処理層をクロム系表面処理層という。
【0013】
本発明者らは、上記のような蓄電デバイス用容器において、電解液中で樹脂層が剥離する原因について鋭意検討を行った。
このような蓄電デバイス用容器は、蓄電デバイスに備えられた非水電解液に常に曝される。非水電解液は有機溶媒とリチウム塩とを含んでおり、長期間の使用によって有機溶媒又はリチウム塩が分解して酸などの腐食原因物質が生成する場合がある。例えば、六ふっ化りん酸リチウムをリチウム塩として用いた場合は、腐食原因物質としてふっ酸が生成する場合がある。
本発明者らは、腐食原因物質が有機溶媒中に生成すると、金属基材、クロム系表面処理層またはポリオレフィン樹脂層を攻撃し、ポリオレフィン樹脂層の剥離が発生する場合があることを見出した。ポリオレフィン樹脂層の剥離は、金属基材の腐食またはポリオレフィン樹脂層の劣化によるものと考えられる。従って、ポリオレフィン樹脂層の剥離防止には、金属基材の耐腐食性の向上が有効と考えられる。
【0014】
また、蓄電デバイス容器用鋼箔を成形加工して蓄電デバイス用容器を製造する場合、蓄電デバイス容器用鋼箔に対してプレス成形、深絞り成形等の塑性加工が施される。そのため、蓄電デバイス容器用鋼箔には耐腐食性だけでなく、優れた加工性も求められる。
【0015】
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔(以下、本実施形態に係る鋼箔と言う場合がある)は、基材となる、表層に拡散合金層が形成された圧延鋼箔と、拡散合金層の表面に形成されたクロム系表面処理層と、を備えている。更に、本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔は、
図7に示すように、クロム系表面処理層の上にポリオレフィン樹脂層が形成されていてもよい。本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔は、圧延鋼箔の表層に形成された拡散合金層がNi及びFeを含み、また拡散合金層が特定の集合組織からなり、更に拡散合金層の表面の結晶のアスペクト比が1.0〜5.0である。そのため、非水電解液に対する耐腐食性及び加工性に優れる。このような蓄電デバイス容器用鋼箔は、一例として、ニッケルめっきを有する鋼板に焼鈍を施してめっき中のNiと鋼板のFeとを相互拡散させ、次いで、総圧下率70%以上の条件で冷間圧延を行うことで厚みを200μm以下にするとともにニッケルめっきを施した表層に特定の集合組織を形成させ、次いで、再結晶焼鈍を行うことによって冷間圧延で延ばされた結晶粒を小さくすることで製造される。以下、本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔について詳細に説明する。
【0016】
<基材>
本実施形態に係る鋼箔は、表層にNi及びFeを含む拡散合金層が形成された厚さ200μm以下の圧延鋼箔を基材とする。
基材として厚さ200μm以下の圧延鋼箔を用いたのは、電解箔よりもコストと強度との点で有利であることに加え、後述するように、拡散合金層の集合組織を制御するためにも圧延が有用だからである。
【0017】
<圧延鋼箔>
本実施形態に係る鋼箔の製造に用いる圧延鋼箔は、鋼板を圧延することによって得られる。鋼板は、特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板、及び冷延焼鈍鋼板のいずれも用いることができる。しかしながら、熱延鋼板を後述の冷間圧延で200μm以下の箔とすることは、圧延能力上、困難な場合が多い。また、可能であっても、非効率、非経済的となる。従って、本実施形態に係る鋼箔の基材には冷延鋼板、又は冷延焼鈍鋼板を用いるのがよい。
【0018】
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の基材に用いる鋼板は、その成分組成(化学成分)も特に限定されない。高強度化のために、又は、耐腐食性の向上のために特定元素を鋼板に多量に含有させることは、必須の要件でない。いわゆる、高強度鋼の適用も可能であるが、後述する圧延性の確保の点からは、一般的な成分組成の鋼板を用いることが好ましい。成分組成の一例は、次の通りである。以下成分組成に関する%は質量%である。
【0019】
C:0.0001〜0.1%、
Si:0.001〜0.5%、
Mn:0.01〜1.0%、
P:0.001〜0.05%、
S:0.0001〜0.02%、
Al:0.0005〜0.20%、
N:0.0001〜0.0040%、及び、
残部:Fe及び不純物。
各元素の含有量を上述の範囲とすることが好ましい理由について説明する。
【0020】
(C:0.0001〜0.1%)
Cは、鋼の強度を高める元素である。C含有量が過剰になると強度が上昇しすぎて、圧延性が低下する。本実施形態に係る鋼箔は、後に述べるように、大きな累積圧延率の加工硬化によって高強度化する。そのため、圧延の容易さを考慮すると、素材となる鋼板は軟質であることが好ましい。従って、C含有量の上限を0.1%とするのが好ましい。C含有量の下限を特に規定する必要はないが、精錬コストを考慮して、C含有量の下限は0.0001%とすることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.001〜0.01%である。
【0021】
(Si:0.001〜0.5%)
Siは、鋼の強度を高める元素である。Si含有量が過剰になると鋼の強度が上昇しすぎて、鋼の圧延性が低下する。従って、Si含有量の上限を0.5%とすることが好ましい。Si含有量の下限は特に規定する必要はないが、精練コストを考慮して、Si含有量の下限を0.001%とすることが好ましい。より高い圧延性を確保するためには、Si含有量は0.001〜0.02%がより好ましい。
【0022】
(Mn:0.01〜1.0%)
Mnは、鋼の強度を高める元素である。Mn含有量が過剰になると鋼の強度が上昇しすぎて、圧延性が低下する。従って、Mn含有量の上限を1.0%とすることが好ましい。Mn含有量の下限を特に規定する必要はないが、精練コストを考慮して、Mn含有量の下限を0.01%とすることが好ましい。より高い圧延性を確保するためには、Mn含有量は0.01〜0.5%とすることがより好ましい。
【0023】
(P:0.001〜0.05%)
Pは、鋼の強度を高める元素である。P含有量が、過剰になると鋼の強度が上昇しすぎて、圧延性が低下する。従って、P含有量の上限を0.05%とすることが好ましい。P含有量の下限を特に規定する必要はないが、精練コストを考慮して、P含有量の下限を0.001%とすることが好ましい。より高い圧延性を確保するためには、P含有量は0.001〜0.02%とすることがより好ましい。
【0024】
(S:0.0001〜0.02%)
Sは、鋼の熱間加工性及び耐腐食性を低下させる元素である。そのため、S含有量は少ないほど好ましい。特に、S含有量が0.02%を超えると熱間加工性及び耐腐食性の低下が顕著となるので、S含有量の上限を0.02%とすることが好ましい。S含有量の下限を特に規定する必要はないが、精練コストを考慮して、S含有量の下限を0.0001%とすることが好ましい。より高い圧延性を確保するため、また、コストの点で優位性を得るためには、S含有量を0.001〜0.01%とすることがより好ましい。
【0025】
(Al:0.0005〜0.20%)
Alは、鋼の脱酸元素として添加される。脱酸による効果を得るためには、Al含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Al含有量が過剰になると鋼の圧延性が低下するので、Al含有量の上限を0.20%とすることが好ましい。より高い圧延性を確保するためには、Al含有量を0.001〜0.10%とすることがより好ましい。
【0026】
(N:0.0001〜0.0040%)
Nは、鋼の熱間加工性及び加工性を低下させる元素である。そのため、N含有量は少ないほど好ましい。特に、N含有量が0.0040%を超えると熱間加工性及び加工性の低下が顕著となるので、N含有量の上限を0.0040%とすることが好ましい。N含有量の下限を特に規定する必要はないが、精錬コストを考慮して、N含有量の下限を0.0001%とすることが好ましい。また、コストの点で優位性を得るためには、N含有量を0.001〜0.0040%とすることがより好ましい。
【0027】
(残部:Fe及び的不純物)
鋼板の残部は、Fe及び不純物である。
【0028】
本実施形態に係る鋼箔を製造するための鋼材は、さらに、付加成分として、Ti、Nb、B、Cu、Ni、Sn、及びCrなどを、Feの一部に代えて、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有してもよい。特にTi及びNbは、鋼中のC及びNを炭化物及び窒化物として固定して、鋼の加工性を向上させる効果を有するので、Ti:0.01〜0.8%、Nb:0.005〜0.05%の範囲で1種または2種を含有させてもよい。
【0029】
<拡散合金層>
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔は、圧延鋼箔の表層に、拡散合金層を有している。この拡散合金層は、<111>方位が圧延方向に平行である集合組織からなり、NiとFeとを含んでいる。ここで、<111>方位が圧延方向に平行とは、fcc(面心立方格子)構造のNi(ニッケル)またはFeNi
3の<111>方位が圧延方向に平行であることを意味する。
具体的には、その集合組織として、圧延方向(RD)の<111>方位の極密度が2.0以上である。圧延方向(RD)の<111>方位の極密度が2.0以上であれば、良好な特性が得られる。本発明における<111>方位の極密度とは、<111>から5°以内の範囲における最大の極密度の値として定義される。圧延方向の<111>方位の極密度の最大値は、特に限定されないが、通常、6.0程度を超えない。従って、圧延方向の<111>方位の極密度の実質的な上限は6.0である。
【0030】
NiとFeとを含む拡散合金層の集合組織を上述の範囲にすることで、少ないニッケル量で耐腐食性を向上させることができる。言い換えれば、電解液に含まれる腐食原因物質に対する耐腐食性を満足するために必要なニッケル量を最小限にとどめることが可能となる。そのため、コスト的にも有利となる。すなわち、コスト及び性能の両方が産業利用上優れたレベルとなる。
【0031】
少ないニッケル量で、このような効果が得られる理由は、必ずしも明らかでない。しかしながら、拡散合金層中のニッケルの均一性と被覆性とが向上することが影響していると推定される。具体的には、NiやNi原子の一部がFeに置き換わったFeNi
3はfcc構造であり、原子が最も密になる面は{111}面であるので、拡散合金層における<111>方位を圧延方向と平行にすることで、緻密な拡散合金層が形成されるためであると推定される。
【0032】
fcc構造において、{111}面は「すべり面」と呼ばれる。{111}面は、冷間圧延をはじめとする塑性加工によって、優先的に配向させることが可能である。そのため、圧延工程を利用することで、前述の集合組織を制御することが可能である。
【0033】
本実施形態に係る拡散合金層の集合組織の特定には、EBSD(電子線反射回折:Electron BackScatter Diffraction)法を用いる。具体的には、SEM(走査電子顕微鏡)中で、大きく傾斜(70°)した試料表面から得られるEBSDパターンを利用し、回折パターンの発生点の結晶方位を連続的に測定する。
【0034】
EBSDパターンの特徴は、得られる情報の深さが非常に浅いことである。その深さは、条件にもよるが、数十nmにすぎない。したがって、板面方向からEBSD測定を行うことで、拡散合金層の表面のNi、Fe、FeNi合金などの結晶方位を特定することが可能となる。さらに、EBSDパターンから逆極点図を求め、極密度を得ることができる。
【0035】
図1A〜
図1Cに、EBSD法によって得られた、本実施形態に係る鋼箔の拡散合金層の集合組織(逆極点図)の一例を示す。
図1A〜
図1Cは、ND(板面の法線方向)、RD(圧延方向)、及びTD(圧延方向の直交方向)のそれぞれについて、結晶方位に統計的な偏りがない状態(いわゆるランダムな状態)の極密度を1として、集合組織の度合いを極密度の等高線で表示した図である。
【0036】
図1A〜
図1Cによれば、本実施形態に係る鋼箔が備える拡散合金層は集合組織を有し、RDの<111>及び<001>方位の集積度が高いことがわかる。
図1A〜
図1C中に合わせて示した等高線のスケールを参照すると、RDの<111>方位の極密度は2.619〜3.175のスケールであり、RDの<001>方位の極密度は2.619〜3.175のスケールである。ただし、<001>方位については、
図1A〜
図1Cに示されているように、ND及びTDにも配向しており、RDのみに配向しているとはいえない。従って、本実施形態に係る鋼箔の拡散合金層は、RDの<111>方位の集積により特徴づけられることがわかる。ND及びTDについては、<001>方位の集積が見られるが、等高線のスケールを参照すると、極密度はそれぞれ2に満たない。従って、NDおよびTDでは特徴的な集合組織が形成されているとはいい難い。
【0037】
加工性を向上させるため、拡散合金層の表面における結晶のアスペクト比は、1.0〜5.0の範囲にする必要がある。アスペクト比は、拡散合金層及び圧延鋼箔における残留ひずみ量の指標になる。アスペクト比が1.0〜5.0の範囲であれば、再焼鈍による圧延鋼箔と拡散合金層のひずみの緩和が十分となり、蓄電デバイス容器用鋼箔の加工性を高めることができる。好ましい拡散合金層の表面における結晶のアスペクト比は、1.0〜2.85の範囲である。
【0038】
拡散合金層には微細な結晶粒が含まれる。この結晶粒は、鋼板のFeとNiめっき層のNiとがめっき後の焼鈍の際に相互拡散することで形成された相互拡散領域中の結晶であり、冷間圧延及び再結晶焼鈍を経ることによって、1.0〜5.0のアスペクト比を有する。相互拡散領域中の結晶粒は、冷間圧延によって圧延方向に引き延ばされることで、
図2Aに示すように結晶粒のアスペクト比が一旦高くなる。しかしながら、その後、再焼鈍が行われると、冷間圧延時に受けた圧延鋼箔及び拡散合金層のひずみが解放されるとともに、拡散合金層において再結晶化が起こるので、
図2Bに示すように結晶粒のアスペクト比が小さくなる。拡散合金層の表面の結晶のアスペクト比が1.0〜5.0の範囲であれば、再結晶焼鈍による圧延鋼箔及び拡散合金層のひずみの緩和が十分となる。
【0039】
アスペクト比は、EBSD方位マッピング像に基づいて求める。EBSD方位マッピング像とは、逆極点方位マッピング像とも呼ぶ。また、拡散合金層の表面には主にNiとFeが存在するが、Feは主にFeNi
3で存在するので、格子のデータベースとしてはNiで構わない。
具体的には、アスペクト比は以下の方法で求める。すなわち、拡散合金層の表面にて観察した100μmの視野のEBSD方位マッピング像を4等分割し、その分割したそれぞれのエリアの中から、粒界がはっきり確認される結晶粒をランダムに100個選び、選択した結晶粒の縦横の最大長さをそれぞれ測定し、短い方を短軸、長い方を長軸とする。そして長軸/短軸を計算して個々の結晶粒のアスペクト比とする。4等分割したエリアから100個ずつ選ぶので、計400個のアスペクト比が得られる。そして、400個のアスペクト比の平均値をアスペクト比と定義する。
【0040】
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の拡散合金層には、主に、FeNi
3とFeとが存在し、更に、微量の純Niが存在する場合もある。
拡散合金層中のNi及びFeは、めっき後の焼鈍工程及び冷間圧延後の再結晶焼鈍工程において相互拡散し、Niの大部分がFeの一部と化合してFeNi
3を形成する。再結晶焼鈍工程において、FeNi
3は再結晶焼鈍温度である750℃以上に加熱する際、500〜700℃の温度域を通過したときに生成しはじめる。従って、拡散合金層中にFeNi
3が多く含まれるほど、その拡散合金層は、再結晶焼鈍において十分にひずみが緩和されたものになる。
【0041】
拡散合金層中のFeNi
3の含有率を評価する指標として、本実施形態では、X線回折測定によって得られたNiの回折ピークの強度I
NiとFeNi
3の回折ピークの強度I
FeNi3との比(I
FeNi3/I
Ni)を用いてもよい。具体的には、拡散合金層のNiの回折ピークの強度I
NiとFeNi
3の回折ピークの強度I
FeNi3との比であるI
FeNi3/I
Ni(以下回折強度比という場合がある)が5.0以上であると、安定して加工性が向上するため好ましい。拡散合金層の回折強度比が5.0未満である場合、すなわち、FeNi
3が少ない場合には、再結晶焼鈍において圧延鋼箔及び拡散合金層のひずみが十分に緩和されず、加工性が低くなる場合があるため好ましくない。拡散合金層のNiのX線回折ピークが小さいものほど蓄電デバイス容器用鋼箔の加工性が向上するので、回折強度比の上限は特に規定する必要がない。ここで、Niの回折ピークの強度I
Niは、X線源をCuKαとした場合の回折角度(2θ/θ)が51.8°付近に出現する回折ピーク強度を用いる。また、FeNi
3の回折ピークの強度IFeNi
3は、X線源をCuKαとした場合の回折角度(2θ/θ)が51°±0.1°付近に出現する回折ピーク強度を用いる。
【0042】
また、拡散合金層に対してX線回折測定を行ったときに、FeNi
3の回折ピークが検出されるがNiの回折ピークが検出されなくてもよい。Niの全部がFeNi
3になるとNiの回折ピークが観察されず、Niの回折ピークの強度I
Niが0になるので、回折強度比の計算が不可能になるが、この場合でも加工性向上効果が得られる。
【0043】
図3に、本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の拡散合金層のX線回折結果の例を示す。X線源はCuKαである。再焼鈍条件を600℃(焼鈍温度)で120秒(焼鈍時間)とした場合は、51.8°付近にNiの回折ピークが認められ、51.0°付近にFeNi
3の回折ピークが認められる。この場合の回折強度比は4.2となり、ひずみの緩和が限定的であると判断される。一方、再焼鈍条件を800℃で30秒とした場合は、51.8°付近にはNiの回折ピークがほとんど認められず、51.0°付近にFeNi
3の回折ピークが認められる。この場合の回折強度比はほぼ無限大になり、ひずみの緩和が十分になされているといえる。
【0044】
本実施形態に係る鋼箔の拡散合金層において、拡散合金層の表面に、拡散したFeが存在していることが好ましい。拡散合金層の表面までFeが拡散することで、再結晶焼鈍時にNiの大半がFeと合金化してFeNi
3を形成することになる。原子レベルの最表層に、FeNi
3でない、α−Fe相のFeが多く存在すると、耐食性が著しく損なわれるので、原子レベルの最表層では、Feが全てFeNi
3として存在していることが好ましい。この場合、Fe含有量(Feの存在比)は、NiとFeの合計存在比を100原子%とした場合に、10原子%〜35原子%程度と考えられる。しかしながら、蛍光X線分析や、グロー放電発光分光分析など、一般的な分析手法では、原子レベルでの最表層の元素比を求めることは非常に困難である。そのため、実務上は、グロー放電発光分光分析法による測定において、最表面から0.1μm程度までのデータを直線外挿し、表層のFe存在比を求める。FeとNiとが拡散途中の状態であれば、表面にFeが少なく、内部程Feが多くなる深さ方向分布となるので、原子レベルの最表層におけるFeの存在比と一般的な分析手法で求めたFeの存在比は必ずしも一致しないが、本発明者らは、NiとFeの合計含有量を100原子%とした場合に、一般的な分析手法において測定したFe含有量が好ましくは20原子%以上であれば、耐食性が向上することを見出した。より好ましくは、30原子%以上である。一方、一般的な分析手法において測定した拡散合金層の表面におけるFe量が80原子%を超えると、原子レベルの最表層のFe濃度も過剰となり、拡散合金層の表面における電解液に対する耐腐食性が低下するおそれがある。そのため、Fe含有量は、80原子%以下が好ましい。より好ましくは、70原子%以下である。
【0045】
図4に、拡散合金層の深さ方向の金属元素分析結果を示す。
図4では、アルゴンプラズマによって拡散合金層を1μmの深さまでエッチングしつつ、グロー放電発光分析による元素分析を行っている。
図4に示す拡散合金層は、表面から深さ0.1μmまでのFe量が金属元素中60%を超えており、Ni量は40%以下になっている。
図4では、深さ0.9μmを超えたあたりからNi量がほぼ1.0%未満になっている。この0.9μmより深い部分は圧延鋼箔である。
【0046】
深さ方向の金属元素分析結果においてNi量が1.0%になる深さを拡散合金層の厚みとすると、拡散合金層の厚みは、0.3μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましく、1.0μm以上が更に好ましい。拡散合金層の厚みが0.3μm未満では、電解液に対する耐腐食性が低下するので好ましくない。
【0047】
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の拡散合金層は、最表層に存在する相がfcc構造を取るものであればよく、例えば、FeNi
3とFeとが共存している拡散合金層であっても、その数十nmレベルの最表層のほとんどがFeNi
3であればよい。そのような拡散合金層であれば、FeNi
3とFeとが共存する合金拡散層でも、FeNi
3のパターンを用いて、上述の手法及び定義によって、極密度を特定することが可能である。
【0048】
本実施形態に係る鋼箔の拡散合金層におけるNi付着量は、0.3g/m
2以上が好ましく、1.3g/m
2以上がより好ましく、2.7g/m
2以上が更に好ましい。付着量を0.3g/m
2以上とすることにより、有機電解液に含まれる腐食原因物質に対する耐腐食性を向上できる。付着量が0.3g/m
2未満であると、有機電解液に含まれる腐食原因物質に対する耐腐食性が十分に得られない。また、EBSD法による集合組織の特定も難しくなる。
拡散合金層におけるNi付着量は、JIS H8501に規定される蛍光X線式試験方法により測定する。さらに詳細には、本明細書中の拡散合金層のNi付着量は、拡散合金層表面から蛍光X線式試験方法により、NiのKα蛍光X線強度を測定し、これを拡散合金層におけるNiの付着量として換算した値で示す。
蛍光X線強度を付着量に換算するための検量線は、基材と同種の鋼板をNi付着量0の標準試験材とし、同じ鋼材に純Niを所定量付着させたNiめっき鋼板を、還元雰囲気で800℃で30秒焼鈍した合金化めっき鋼板を標準試験材として測定して作成した検量線を用いる。厳密には、この標準試験材による検量線でNi付着量を測定・換算すると、標準試験材よりも合金化の進んだ材料については、実際のNi付着量より、低めに測定され、合金化のあまり進んでいない材料については実際のNi付着量より、多めに測定されるが、本発明では箔圧延により、通常の鋼材のめっきより薄い表面層にしかNiが分布していないために、合金化の影響がわずかであることから、このようにして測定したNi付着量で拡散合金層におけるNi付着量を規定する。
【0049】
拡散合金層におけるNi付着量の上限は特に制限されないが、コストを考慮すると、5g/m
2以下が好ましい。本実施形態に係る鋼箔では、このようにNi付着量が少量であっても有意な効果が得られる。
【0050】
従来技術において集合組織が形成されていない拡散合金層を適用する場合、Ni付着量を、最低でも9g/m
2程度以上としなければ、有機電解液に含まれる腐食原因物質に対する耐腐食性の改善効果が望めない。しかも、従来技術による改善効果は本願発明による改善効果より小さい。従来技術では、Ni付着量の増加とともに、僅かな改善効果しか得られず、90g/m
2程度まで増加させた場合であっても、本実施形態に係る鋼箔と同等の顕著な改善効果は得られない。本実施形態では、拡散合金層が特定の集合組織からなるので、非水電解液に対する耐腐食性が飛躍的に向上し、耐電解液性が向上する。
【0051】
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の圧延鋼箔と拡散合金層の合計厚さ(すなわち基材の厚さ)は200μm以下である。好ましくは100μm以下であり、より好ましくは50μm以下である。これは、電池を小型化、及び軽量化していくうえで、容器も薄いものが望まれているからである。下限は、特に限定されないが、コスト、又は厚さの均一性を考えると、通常、5μm以上が望ましい。
【0052】
<クロム系表面処理層>
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔は、拡散合金層の表面にクロム系表面処理層を備える。クロム系表面処理層は、その厚みを2nm以上200nm以下とすることが好ましく、5nm以上60nm以下とすることがより好ましく、8nm以上40nm以下とすることがさらに好ましい。クロム系表面処理層は、少なくとも片面に形成されていればよいが、両面に形成されていても構わない。
【0053】
クロム系表面処理層の厚みが均一に2nm未満、もしくは厚みが不均一で部分的に2nm未満、もしくはピンホールがある場合、蓄電デバイス用容器の素材として用いるために、本実施形態に係る鋼箔のクロム系表面処理層の表面にポリオレフィン系樹脂層を形成した際、非水電解液中でのポリオレフィン系樹脂層と基材との密着力が不十分になって剥離の原因となる場合がある。また、クロム系表面処理層の厚みが200nmよりも厚いと、蓄電デバイス容器用鋼箔を加工したときにクロム系表面処理層に割れが発生して電解液中でのポリオレフィン系樹脂層と基材との密着力が不十分となって剥離の原因となる可能性がある。また、クロム系表面処理層が必要以上に厚いと、環境負荷が大きいクロメートやクロム系化合物の使用量が多くなるというデメリットもある。
【0054】
クロム系表面処理層の厚みは,XPS分析(X線光電子分光分析)により元素の存在状態を調査することで測定する。具体的には、XPS分析の結果、Ni元素が検出されるまでの表層からの深さをクロム系表面処理層の厚みとする。表面にポリオレフィン系樹脂層がある場合は鋭利な刃物で表面を斜めに切断し、その断面をXPS分析する。
【0055】
<ポリオレフィン系樹脂層>
本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔は、さらに、クロム系表面処理層の表面に、ポリオレフィン系樹脂層を備えてもよい。
【0056】
ポリオレフィン系樹脂層の具体例は、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、架橋型ポリエチレン、ポリプロピレン又はこれらの2種類以上の混合物を例示できる。
【0057】
ポリオレフィン系樹脂層は、単層でも複層でも構わない。また、ポリオレフィン系樹脂層の上に、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリイミド等の樹脂を被覆して複数層にしてもよい。
【0058】
ポリオレフィン系樹脂層の好ましい厚みの範囲は0.5〜200μmであり,さらに好ましくは15〜100μmである。また、ポリオレフィン系樹脂層の上層にポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリイミドを積層する場合であっても、積層された全層厚みの範囲は0.5〜200μmが好ましく、より好ましくは15〜100μmである。全層厚みが0.5μm未満では、非水電解液に含まれる腐食原因物質の透過防止が十分に得られない場合がある。また、全層厚みが200μmより厚いと加工性が悪くなる場合がある等、2次電池容器用部材として不適切であり、経済メリットも発現し難い(コストが割高となってしまう)。
【0059】
また、本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の引張強度は、200〜1200MPaが望ましい。蓄電デバイス容器用鋼箔の引張強度が200MPa未満である場合、蓄電デバイス用容器として用いた場合に強度が不足し、鋼箔を用いる意義が薄れる。蓄電デバイス容器用鋼箔の引張強度が1200MPaを越えると、鋼箔の取扱いが難しくなる。
ここで、引張強度は、常温においてJIS Z2241に規定される金属材料の引張試験方法の中で、薄板材料の評価に用いられる方法に準拠した方法で測定する。ただし、鋼箔の場合、端面の粗度の影響が非常に大きいので、試験片の作製の際、端面の表面仕上げの粗度をなるべく小さくする必要がある。そのため、箔の引張試験においては、JIS 13B号に準拠した試験片を、端面の粗度がRaで0.2μm以下となるように加工した後、引張試験に供する。粗度を調整する方法は限定されないが、本実施形態においては、対象の鋼箔を1mm程度の厚みの薄鋼板で両側から挟んで固定し、端面をフライス仕上げする方法で試験片を作製した。
【0060】
次に、本実施形態に係る蓄電デバイス用容器について説明する。
本実施形態に係る蓄電デバイス用容器は、クロム系表面処理層の表面にさらにポリオレフィン系樹脂層を有する本実施形態に係る蓄電デバイス用鋼箔からなる。具体的には、ポリオレフィン系樹脂層を有する本実施形態に係る蓄電デバイス用鋼箔を、例えば
図8の符号21に示すような形状に公知の方法で成形することによって得られる。成形によって化学成分や組織は変化しないので、本実施形態に係る蓄電デバイス用容器の化学成分や組織は、本実施形態に係る蓄電デバイス用鋼箔と同等である。
【0061】
次に、本実施形態に係る蓄電デバイスについて説明する。
本実施形態に係る蓄電デバイスは、蓄電デバイス用容器を備える。例えば
図8に示すように、蓄電デバイス用容器21の内部に、少なくとも電解液に浸した正極及び負極と、電池を構成する部材とを納め、正極と接続した正極リード22、負極と接続した負極リード23等をさらに設けることによって得られる。
【0062】
次に、本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の製造方法について説明する。本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の製造方法は、
図5に示すように、鋼板にNiめっきを施すニッケルめっき工程と、ニッケルめっき工程の後にめっき層中のNiと鋼板のFeとを相互拡散させる焼鈍工程と、鋼板に冷間圧延を施して箔とする冷間圧延工程と、再結晶焼鈍工程と、クロム系表面処理工程とを備えている。このような工程を経ることによって、本実施形態の特定の集合組織を有し、表面の結晶のアスペクト比が1.0〜5.0である拡散合金層を備えた箔を製造できる。また、再結晶焼鈍工程の後に、調質圧延工程を行って、箔強度(鋼箔の引張強度)を調整してもよい。更に、本実施形態に係る蓄電デバイス容器用鋼箔の製造方法は、クロム系表面処理工程の後に、ポリオレフィン樹脂層の積層工程をも備えてもよい。
各工程の好ましい条件について説明する。
【0063】
(ニッケルめっき工程)
本実施形態に係る鋼箔を得るために、公知の方法で得られた鋼板にニッケルめっきを施す。この際の鋼板は、冷延ままの冷延鋼板であっても、焼鈍後の冷延鋼板であってもよい。ニッケルめっきの形成方法は、特に限定されないが、コストの点で、電気めっき法が好ましい。電気めっきで用いるめっき浴は、特に限定されないが、製造コスト又は付着量制御性の観点から、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、ほう酸からなるWatt浴が好適である。Watt浴としては、例えば、硫酸ニッケル:200〜400g/l、塩化ニッケル:20〜100g/l、ほう酸:5〜50g/lを含むWatt浴を用いることができる。
【0064】
ニッケルめっき工程にて鋼板に施されるニッケルめっき層の付着量は1g/m
2以上であることが望ましい。1g/m
2未満であると、後の冷間圧延により被覆率が低下し、有機電解液に含まれる腐食原因物質に対する耐腐食性が低下する場合がある。また、後の冷間圧延により、鋼箔の拡散合金層のNi含有量が0.3g/m
2を下回る場合がある。上限は、コストによって制約されるが、通常、50g/m
2以下が好ましい。冷間圧延前のニッケルめっき層の付着量は、より好ましくは10〜30g/m
2である。しかしながら、冷間圧延前のニッケルめっき層の付着量が50g/m
2を上回っても、金属組織および特性に関し、望ましい鋼箔を得ることができる。
【0065】
(焼鈍工程)
ニッケルめっき工程にてニッケルめっき層を形成した鋼板(Niめっき鋼板)に、焼鈍工程にてニッケルめっき中のNiと鋼板中のFeとが相互拡散するように焼鈍を行う。また、相互拡散の過程で、再結晶が進んでもよい。ニッケルめっき後の焼鈍による再結晶とは(1)ニッケルめっき前の原板が未焼鈍板であった場合には、鋼板及びニッケルめっき層双方の再結晶を意味し、(2)ニッケルめっき前の原板が焼鈍板であった場合には、ニッケルめっき層の再結晶を意味する。ニッケルめっき層及び鋼板の再結晶温度を比較すると、通常、ニッケルめっき層の再結晶温度の方が低い。これは、ニッケルめっき工程にてニッケルめっき層に導入される歪が再結晶の駆動力となるからである。
【0066】
再結晶したかどうかは、組織観察、又は硬度変化の測定によって確認することができる。例えば、ニッケルめっき層は、電気めっきにより生成したままの状態ではビッカース硬度が250〜300Hv程度であるが、焼鈍により再結晶が生じると、ビッカース硬度が200Hv以下に低下する。適正な焼鈍条件は、温度と時間の積で決定される。すなわち高温であれば相対的に短時間、低温であれば相対的に長時間の焼鈍が必要である。具体的な焼鈍法としては、箱型焼鈍と連続焼鈍とがある。また、相互拡散の有無は、グロー放電発光分析による元素分析の結果から判断することができる。
【0067】
箱型焼鈍は、設備特性上、短時間の処理は不可能である。従って、箱型焼鈍の場合、数時間〜数日の長時間処理を行うのが通常である。箱型焼鈍の際の板温度は低め、具体的には500〜700℃に設定される場合が多い。連続焼鈍は、生産性を向上させるために短時間で処理を行うことが好ましい。従って、連続焼鈍の場合、数秒〜数分の短時間処理が行われる場合が多い。連続焼鈍の場合の板温度は高め、具体的には700〜900℃に設定される場合が多い。焼鈍工程では、相互拡散がおこるように適宜温度及び時間を制御すれば、箱型焼鈍、連続焼鈍のいずれで行ってもよい。適正な条件で焼鈍が行われなかった場合、続く冷間圧延工程にてNiめっきの剥離が生じやすくなり、また、<111>方位が圧延方向に平行である集合組織を得ることができない。
【0068】
(冷間圧延工程)
焼鈍工程後のNiめっき鋼板に冷間圧延を施し、厚さ200μm以下、好ましくは100μm以下、より好ましくは20μm以下の箔を製造する。焼鈍後の冷間圧延において、後述の通り各パスでの圧延率を制御することにより、圧延方向の逆極点図の<111>極密度が2.0以上6.0以下の<111>方位が圧延方向に平行である集合組織が形成される。
【0069】
冷間圧延の最終パスまでの累積圧延率(総累積圧延率)は70%以上、好ましくは90%以上である。ここで、累積圧延率とは、最初の圧延パスの入口板厚に対する当該パスまでの累積圧下量(最初のパス前の入口板厚と該当するパス後の出口板厚との差)の百分率である。最終パスまでの累積圧延率が小さいと、所望の集合組織が得られない。最終パスまでの累積圧延率の上限は、特に限定されないが、通常の圧延能力では98%程度が限界である。
【0070】
また、冷間圧延は、複数回のパスで行う。圧延パス数を多くすることで、製造工程での疵発生や破断発生を防止できる。複数回のパスで冷間圧延を行う場合の各パスにおける圧下率は、特に制限する必要はなく、どのような圧延スケジュールで圧延してもよいが、<111>方位を圧延方向に揃えて緻密な合金層を形成し耐電解液性を向上させるには、圧延パス数を多くして乱れが少ない組織に作り込むとよい。具体的には、複数回のパスで冷間圧延を行う場合の各圧延スタンドにおける圧下率を制御することが好ましい。例えば、圧延パスの回数を少なくとも7パス以上とし、1回目の圧延パスの圧下率を30%以下とし、4回目の圧延パスにおける累積圧延率を70%以下とし、最終パスの2つ前の圧延パスにおける累積圧延率と最終パスにおける累積圧延率との差を5%以下にすることが好ましい。
圧延パスの回数を少なくとも7パス以上とすることで、1回の圧延パス当たりの圧下率を小さくできる。また、1回目の圧延パスの圧下率を30%以下とし、4回目まで(4回目を含む)の圧延パスにおける累積圧延率を70%以下とすることで、前半の圧延パスにおける累積圧延率を70%以下に抑えて、前半の累積圧延率が大きくなりすぎないようにする。更に、最終パスの2つ前の圧延パスにおける累積圧延率と最終パスにおける累積圧延率との差を5%以下にすることで、後半は前半よりもより圧下率を抑えて圧延を行うことができる。これらの場合、より乱れが少ない組織に作り込むことができる。
【0071】
(再結晶焼鈍工程)
冷間圧延の後に、再結晶焼鈍を行って、拡散合金層の表面の結晶のアスペクト比を1.0〜5.0の範囲に調整する。再結晶焼鈍は、焼鈍炉内に鋼箔を連続して送り込む連続焼鈍でよい。再結晶焼鈍工程における焼鈍温度が低すぎると、アスペクト比を1.0〜5.0の範囲に調整できず、加工性を高めることができない。また、焼鈍温度が高すぎると、クリープ伸びが発生して焼鈍炉内部を鋼箔が通過できなくなる。また、拡散合金層の集合組織が崩れるおそれがある。焼鈍温度が適切であっても焼鈍時間が短すぎると、アスペクト比を1.0〜5.0の範囲に調整できない。また、焼鈍温度が適切であっても焼鈍時間が長すぎると、加工性の向上効果が飽和する。再結晶焼鈍の焼鈍温度は、750〜1100℃の範囲であり、好ましくは800〜1000℃の範囲であり、より好ましくは800〜900℃の範囲である。また焼鈍時間は、4〜120秒の範囲であり、10〜60秒の範囲が好ましく、15〜30秒の範囲がより好ましい。焼鈍時間は、焼鈍温度での保持時間である。さらに、焼鈍温度が低い場合には、必要な焼鈍時間は長くなるため、焼鈍時間(秒)をTc、焼鈍温度(℃)をTaとしたとき、TcとTaが、750≦Ta≦800の場合に以下の式(1)満たし、Ta>800の場合に式(2)を満たす必要がある。
Tc≧13−0.1×(Ta−750) (1)
Tc≧8−(4/300)×(Ta−800) (2)
より安定してアスペクト比を1.0〜5.0とする場合、及び、回折強度比を5.0以上とする場合、焼鈍時間(秒)をTc、焼鈍温度(℃)をTaとしたとき、TcとTaが、750≦Ta≦800の場合に以下の式(3)満たし、Ta>800の場合に式(4)を満たすことが好ましい。
Tc≧16−0.1×(Ta−750) (3)
Tc≧11−0.02×(Ta−800) (4)
【0072】
再結晶焼鈍を行った場合に、箔強度が上述した好ましい範囲(200〜1200MPa)を下回る場合があるが、この場合でも有機電解液の耐腐食性が損なわれることはない。
【0073】
図6A〜
図6Eに、拡散合金層の深さ方向の金属元素分析結果の一例を示す。
図4の場合と同様に、アルゴンプラズマによって拡散合金層をエッチングしつつ、グロー放電発光分析による元素分析を行っている。
図6A〜
図6Eでは、横軸をエッチング時間とし、縦軸を各元素の検出強度としている。
図6A〜
図6Eの縦軸は検出強度であって原子比ではない。
図6Aは、再結晶焼鈍を行わなかった拡散合金層である。
図6Bは再結晶焼鈍条件を600℃、30秒間とした例である。
図6Cは再結晶焼鈍条件を600℃、120秒間とした例である。
図6Dは再結晶焼鈍条件を800℃、30秒間とした例である。
図6Eは再結晶焼鈍条件を800℃、120秒間とした例である。
【0074】
図6Aに示すように、再結晶焼鈍を行わない場合は、拡散合金層表面のFe濃度がほぼ0になっている。ただし、この例ではめっき後に焼鈍を行っているので、Ni及びFeの相互拡散は起きていることが確認できる。
また、
図6B〜
図6Eに示すように、再結晶焼鈍の温度が高くなり、また、焼鈍時間が長くなるにつれて、Feは拡散合金層の表面にまで拡散していることがわかる。
このように、再結晶焼鈍は、拡散合金層中の結晶のアスペクト比を1.0〜5.0にするほかに、Fe及びNiの相互拡散を更に進めることができる。
【0075】
本実施形態において、有機電解液に含まれる腐食原因物質に対する耐腐食性を高いレベルで満足するとともに、加工性を高めるためには、上述したように、冷間圧延の累積圧延率を特定の範囲に制御するとともに、再結晶焼鈍を実施することが重要である。
【0076】
(クロム系表面処理工程)
再結晶焼鈍後の鋼箔に対してクロム系表面処理を行う。クロム系表面処理には、3価クロム処理やクロメート処理などが含まれる。
具体的なクロム系表面処理の方法としては,酸化クロムを主成分とする水溶液や酸化クロムとりん酸を主成分とする水溶液等を塗布する方法、又は電解クロメート処理する方法が例示できる。その他にも、従来公知のクロム系表面処理方法として酸化クロムとポリアクリル酸とを主成分とする水溶液を塗布して加熱及び乾燥する方法等も例示できる。しかしながら、これらに限定されるものではない。
【0077】
(ポリオレフィン樹脂層の形成工程)
クロム系表面処理工程後の鋼箔に、ポリオレフィン樹脂層を形成してもよい。ポリオレフィン樹脂層は、熱ラミネート法によって積層すればよい。
【0078】
このようにして製造された蓄電デバイス容器用鋼箔は、更にプレス成形等を経て、蓄電デバイス用容器に加工される。そして、蓄電デバイス用容器に電極を挿入し、有機電解液等の非水電解液を注液することで、蓄電デバイスが製造される。例えば、電極としてリチウムイオンを吸蔵放出可能な正極及び負極を用い、電解液としてリチウム塩を含む有機電解液を用いることで、リチウムイオン二次電池を製造できる。また、活性炭からなる電極と有機電解液との組み合わせによって、キャパシタを製造できる。
【実施例】
【0079】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例の条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0080】
(実施例1〜17及び比較例1〜3、5〜6)
表1に示す成分組成の冷延鋼板(未焼鈍材)に対して、脱脂及び酸洗の後、電気めっき法により、Niめっきを行った。
【0081】
ニッケルめっきでは、硫酸ニッケル:320g/l、塩化ニッケル:70g/l、ほう酸:40g/lを含むめっき浴を用い、浴温度:65℃、電流密度:20A/dm
2にて、種々の付着量のニッケルめっき層を形成した。次いで、5%H
2(残部N
2)雰囲気で、所定の温度及び時間で連続焼鈍処理を行った。その後、所定の累積圧延率で冷間圧延を行い、更に5%H
2(残部N
2)雰囲気で再結晶焼鈍を行って箔を製造した。原板の厚さ、蛍光X線分析装置を用いて測定したニッケルめっき層の付着量(Niめっき量)、焼鈍条件、及び累積圧延率、得られた箔の厚み、再結晶焼鈍条件を表2に示す。
表3は、冷間圧延の各圧延パスまでの累積圧延率を表す圧下パターンを示す表である。例えば、実施例1は、最終の累積圧延率が95%であり、圧下パターンA5であるので、表3に示すように合計で14パスを行ったことを示している。
【0082】
【表1】
【0083】
【表2】
【0084】
【表3】
【0085】
(比較例4)
表1に示す成分組成Al−kの冷延鋼板(未焼鈍材)を使用し、ニッケルめっきは行わず、5%H
2(残部N
2)雰囲気で、所定の温度及び時間で連続焼鈍処理を行った。その後、所定の累積圧延率で冷間圧延を行い、更に5%H
2(残部N
2)雰囲気で再結晶焼鈍を行って箔を製造した。
【0086】
(比較例7)
表1に示す成分組成Al−kの冷延鋼板(未焼鈍材)を使用し、先の例と同条件で、Niめっきを行った。その後、連続焼鈍は行わず、冷間圧延及び再結晶焼鈍を行って箔を製造した。
【0087】
(比較例8、9)
表1に示す成分組成Al−kの20μm箔を使用し、先の例と同じ条件でNiめっきを行った。その後の連続焼鈍工程及び冷間圧延は実施しなかった。再結晶焼鈍は、比較例8に対しては行わず、比較例9に対しては行った。このようにして比較例8、9の箔を製造した。
【0088】
これらの鋼箔について、拡散合金層のNi付着量、集合組織、XRD強度比、アスペクト比、加工性、耐電解液性を評価した。それぞれの評価方法は以下の通りである。
【0089】
(評価方法)
拡散合金層のNi付着量:
鋼板のニッケルめっき層の付着量の測定と同様の方法で、蛍光X線分析装置により定量した。具体的には、1辺が35mmの正方形のサンプルを切り出し、株式会社リガクの蛍光X線分析装置ZSX−100eを使用して、マスク径30mmφで、拡散合金層表面からNiのKα蛍蛍光X線強度を測定した。同じ鋼材及びその鋼材に対して純Niめっきを付着させて合金化焼鈍を施した標準材を測定して作成した検量線により付着量に換算し、拡散合金層のNi付着量とした。
【0090】
集合組織(極密度):
(EBSD法によって極密度を測定した。具体的には、供試材に前処理(アセトン超音波脱脂)を施した後、SEM/EBSD試料台にセットした。RD方向:120μmかつTD方向:100μmの領域に対して、0.2μm間隔にて、方位測定を行った。測定には、ショットキー型熱電子銃を搭載したFE−SEM(日立製SU−70)を用い、加速電圧は25kVに設定した。EBSD法による分析を行うためのソフトとして、TSLソリューションズ製OIMシステムv5.31を使用した。
【0091】
RDの逆極点図から、ランダムな状態の極密度を1として、<111>方位の極密度を求めた。ここでの<111>方位の極密度とは、<111>から5°以内の範囲における最大の極密度の値である。
【0092】
XRD強度比:
X線源としてCuKαを用い、2θ/θ法により、拡散合金層のX線回折測定を行った。X線回折測定によって得られたNiの回折ピークの強度I
NiとFeNi
3の回折ピークの強度I
FeNi3から、回折強度比(I
FeNi3/I
Ni)を求めた。Niの回折ピークの強度I
Niは、X線源をCuKαとした場合の回折角度(2θ/θ)が51.8°付近に出現する回折ピーク強度を用いた。また、FeNi
3の回折ピークの強度I
FeNi3は、X線源をCuKαとした場合の回折角度(2θ/θ)が51°±0.1°付近に出現する回折ピーク強度を用いた。
【0093】
アスペクト比:
EBSD方位マッピング像に基づいて求めた。EBSD方位マッピング像として、逆極点方位マッピング像を用い、格子データとしてはNiを用いた。
100μmの視野のEBSD方位マッピング像を4等分割し、その分割したそれぞれのエリアの中から、粒界がはっきり確認される結晶粒をランダムに100個選び、選択した結晶粒の縦横の最大長さをそれぞれ測定し、短い方を短軸、長い方を長軸とした。そして長軸/短軸を計算して個々の結晶粒のアスペクト比とした。4等分割したエリアから100個ずつ選んだので、計400個のアスペクト比が得られた。そして、この平均値をアスペクト比とした。
アスペクト比は、1.0以上2.85以下をAランク、2.85超5.0以下をBランク、5.0超を不合格(NG)と評価した。
【0094】
加工性:
圧延鋼箔を幅1cm、長さ10cmに鋭利な刃物で切り出して試験片とし、株式会社島津製作所製オートグラフAGS−Hを用いて、評点間距離10mm、チャック移動速度1mm/分で引張試験を行い、破断までの伸びを測定した。破断伸び12%以上をAランク、10〜12%未満をBランク、7〜10%未満をCランク、5〜7%未満をDランク、5%未満を不合格(NG)とした。
【0095】
耐電解液性:
実施例1〜17及び比較例1〜9の鋼箔に対し、クロム系表面処理層を形成した。クロム系表面処理は、無水クロム酸25g/L,硫酸3g/L,硝酸4g/Lからなる常温の浴に,適宜りん酸、塩酸、ふっ化アンモニウム等を加えて用い、陰極電流密度25A/dm
2で電解クロメート処理層を形成した。該クロメート処理層の厚みは、処理時間を調整して10nmとした。膜厚と処理時間が比例せず,通電量や推定反応量等では膜厚を制御できないため,XPS分析(PHI社製Quantum2000型,X線源はAlKα(1486.7eV)単色化,X線出力は15kV 1.6mA)によりクロメート処理層の厚さを直接測定し,制御した。本実施例、及び比較例において、クロメート処理は片面にのみ行った。
次に、クロメート処理層の上に、厚さ30μmのポリプロピレンフィルムをラミネートした。
そして、ポリプロピレンフィルムをラミネートした鋼箔を5mm×40mmに切り出した試験片を、各例について10本ずつ作製し、半分の5本の試験片については、蓋を用いて密閉できるポリプロピレン製の瓶の中で電解液に完全に浸漬し、80℃で7日間保持した。電解液浸漬をしていない試験片5本と、電解液浸漬した5本の試験片の全数に対し、JIS K 6854−2に準拠した180°ピール試験を実施し、ポリプロピレンフィルムの密着強度を測定した。浸漬した試験片の密着強度を浸漬していない試験片の密着強度で割って百分率にしたものを低下率として耐電解液性の指標とした。低下率が低いほど耐電解液性が高いことを示す。
【0096】
本試験における比較例5(Niめっきまま)の低下率は50%であるが、低下率が50%より小さいものを比較例5より良いとして合格(GOOD)、低下率が50%以上のものを比較例5と同等ともしくはそれより悪いとして不合格(NG)とした。電解液は、六ふっ化りん酸リチウム(LiPF
6)をエチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを1:1に混合した溶媒で1mol/Lの濃度に希釈したものを用いた。
【0097】
以上の評価結果を表4に示す。
【0098】
【表4】
【0099】
表4に示すように、本発明の実施例は、良好な耐電解液性を示すとともに、良好な加工性を示した。比較例は、耐電解液性または加工性の何れか一方または両方が劣る結果となった。
【0100】
表4に示す実施例1〜17及び比較例1、3の拡散合金層の集合組織は、RDの<111>及び<001>方位の集積度が高く、RDの<111>方位の極密度が2.0以上であった。また、NDについては、<101>から<112>にかけて集積が見られ、TDについては<101>方位の集積が見られたが、極密度はそれぞれ2.0に満たなかった。よって、これらの実施例及び比較例では、<111>方位が圧延方向に平行である集合組織からなる拡散合金層であった。更に、実施例1〜17においては、アスペクト比がBランク以上であった。このため、実施例1〜17は、良好な耐電解液性を示すとともに、加工性が良好になったものと考えられる。一方、比較例1、3は、アスペクト比が5.0超であったため、加工性が低下したものと考えられる。
【0101】
比較例5、6、8、9は、RDの<111>及び<001>方位の集積度が低く、RDの<111>方位の極密度が2.0未満であり、<111>方位が圧延方向に平行になっているとはいえないものであった。このため、耐電解液性が低かったものと考えられる。
【0102】
比較例2は、冷間圧延後の熱処理の温度が高すぎたため、所望の集合組織が得られなかったため、耐電解液性が大幅に低下した。
また、比較例4は、ニッケルめっき層を形成しなかったため、拡散合金層も形成されず、耐電解液性が大幅に低下した。
更に、比較例7は、冷間圧延前の焼鈍を実施しなかったため、FeとNiとの拡散層が形成されず、冷間圧延時にニッケルめっき層が破壊されてしまった。
この蓄電デバイス容器用鋼箔は、厚さ200μm以下の圧延鋼箔と、前記圧延鋼箔の表層に形成され、Ni及びFeを含む拡散合金層と、前記拡散合金層上に形成されたクロム系表面処理層と、を備え、前記拡散合金層における圧延方向の逆極点図の<111>極密度が2.0以上6.0以下であり、前記拡散合金層の表面における結晶のアスペクト比が1.0以上5.0以下である。